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特許7631607嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-07
(45)【発行日】2025-02-18
(54)【発明の名称】嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20250210BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20250210BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20250210BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2024134176
(22)【出願日】2024-08-09
【審査請求日】2024-08-26
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関口 美知留
(72)【発明者】
【氏名】小林 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 康彦
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/088039(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0199921(US,A1)
【文献】特開2020-091120(JP,A)
【文献】山田 哲也,蚊の嗅覚受容体を再構成した人工細胞膜センサ,J. Japan Association on Odor Environment,2022年,53(1),pp.17-24
【文献】山口 淳一,線虫が早期がんを発見する新技術「N-NOSE」-現状と次世代技術の開発-,日本臨床検査医学会誌,2022年,70(9),pp.755-760
【文献】Martin Strauch,More than apples and oranges - Detecting cancer with a fruit fly’s antenna,SCIENTIFIC REPORTS,4: 3576,DOI: 10.1038/srep03576
【文献】Tomasz Wasilewski,Olfactory receptor-based biosensors as potential future tools in medical diagnosis,Trends in Analytical Chemistry,2022年,150,116599,https://doi.org/10.1016/j.trac.2022.116599
【文献】Yanli Lu,Insect Olfactory System Inspired Biosensors for Odorant Detection,Sens. Diagn.,2022年,1-3,DOI: 10.1039/D2SD00112H
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48~33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験嗅覚受容体タンパク質のがんに対する反応性を試験することを含み、且つ
前記被験嗅覚受容体タンパク質とがんを有する被検体由来の試料とを接触させて応答強度Pを測定すること、
前記被験嗅覚受容体タンパク質とがんを有しない健常被検体由来の試料とを接触させて応答強度Qを測定すること、並びに
(1)がん種aに対する反応性を有する嗅覚受容体タンパク質Aと、がん種aを含むがんに対する反応性を有しない嗅覚受容体タンパク質Cとの組合せ、
(2)がん種aに対する反応性を有し且つがん種a以外のがんの少なくとも1種に対して反応性を有しない、又はがん種a以外のがんの少なくとも1種に対する反応性が逆である嗅覚受容体タンパク質A’と、がん種aを含む複数種のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである嗅覚受容体タンパク質Bとの組合せ、及び
(3)複数種のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである嗅覚受容体タンパク質B’、
からなる群より選択される少なくとも1種を選択すること
を含み、
前記嗅覚受容体タンパク質Aが、がん種a患者由来試料を接触させた場合と健常者由来試料を接触させた場合とで応答強度が異なり、
前記嗅覚受容体タンパク質Cが、がん種a患者由来試料を接触させた場合と健常者由来試料を接触させた場合とで応答強度が同程度であり、
前記嗅覚受容体タンパク質A’が、がん種a患者由来試料を接触させた場合と健常者由来試料を接触させた場合とで応答強度が異なり且つがん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料を接触させた場合と健常者由来試料を接触させた場合とで応答強度が同等である、又はがん種a患者由来試料を接触させた場合の応答強度とがん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料を接触させた場合の応答強度とで健常者由来試料を接触させた場合の応答強度に対する高低が逆であり、
前記嗅覚受容体タンパク質B及びB’が、がん種a患者由来試料を接触させた場合の応答強度と、がん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料を接触させた場合の応答強度とで、健常者由来試料を接触させた場合の応答強度に対する高低が同じである、
嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法。
【請求項2】
選択された嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせががん検査に用いるための受容体である、請求項1に記載の嗅覚受容体タンパク質のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記嗅覚受容体タンパク質Aががん種a以外のがんの少なくとも1種に対して反応性を有しない、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記嗅覚受容体タンパク質Cががん種aを含む複数種のがんに対して反応性を有しない、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記嗅覚受容体が昆虫嗅覚受容体である、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記応答強度Pと前記応答強度Qとが異なる場合に、前記被験嗅覚受容体タンパク質ががんに対する反応性を有すると判定すること、及び/又は
前記応答強度Pと前記応答強度Qとが同程度である場合に、前記被験嗅覚受容体タンパク質ががんに対する反応性を有しないと判定すること
を含む、請求項に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、日本において、死因の1位であり、また年間罹患数も100万人前後に達する。また、高齢化の進展とともに、これらの数字は今後も増加していくと予測されている。早期診断が早期治療に繋がり、これにより予後の改善が見込まれることから、より簡便ながんのリスク検査技術の開発が進められている。
【0003】
ヒトの特定の疾患や精神状態等を特徴付ける匂い物質群が同定されており、検査マーカーとしての利用価値が高いことから、これらをターゲットとした様々な匂いセンサの開発が盛んになっている。生物の嗅覚受容体は、多様性、感度、選択性等の面で半導体等の従来の匂いセンサ素子にはない優れた特性を有することから、嗅覚受容体をセンサ素子とした新しい匂いセンサの開発が期待されている。
【0004】
特許文献1では、改変嗅覚受容体を発現する細胞や改変嗅覚受容体を備える脂質二重膜を匂いセンサとして用いることについて開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2022/024902号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、がん検査において有用な嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、嗅覚受容体には、被検体由来試料に対する応答強度、がん患者由来試料に対する応答強度、健常者由来の試料に対する応答強度等が異なる、種々の受容体が存在することを見出した。そして、この知見に基づいてさらに研究を進め、嗅覚受容体の中には、がんに対する反応性を有する(すなわち、がん患者由来試料と健常者由来試料とで応答強度が異なる)受容体、及びがんに対する反応性を有しない(すなわち、がん患者由来試料と健常者由来試料とで応答強度が同等である)受容体が存在することを見出した。さらにこの知見に基づいて研究を進め、あるがんに対しては反応性を有するものの、これとは別のがんに対しては反応性を有しない、又はその反応性が逆である受容体、及び複数種のがんに対する反応性を有する受容体が存在することを見出した。これらの知見に基づいて鋭意研究を進め、がんに対する反応性に特徴を有する嗅覚受容体又はその組み合わせを使用することにより、がん検査精度の向上を図ること、及び/又は複数種のがんの可能性がある中で、がんであるか否かについて、より漏れのない判定を図ることができることを見出した。本発明は、下記の態様を包含する。
【0008】
項1. 被験嗅覚受容体タンパク質のがんに対する反応性を試験することを含み、且つ
(1)がん種aに対する反応性を有する嗅覚受容体タンパク質Aと、がん種aを含むがんに対する反応性を有しない嗅覚受容体タンパク質Cとの組合せ、
(2)がん種aに対する反応性を有し且つがん種a以外のがんの少なくとも1種に対して反応性を有しない、又はがん種a以外のがんの少なくとも1種に対する反応性が逆である嗅覚受容体タンパク質A’と、がん種aを含む複数種のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである嗅覚受容体タンパク質Bとの組合せ、及び
(3)複数種のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである嗅覚受容体タンパク質B’、
からなる群より選択される少なくとも1種を選択することを含む、
嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法。
【0009】
項2. 選択された嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせががん検査に用いるための受容体である、項1に記載の嗅覚受容体タンパク質のスクリーニング方法。
【0010】
項3. 前記嗅覚受容体タンパク質Aががん種a以外のがんの少なくとも1種に対して反応性を有しない、項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【0011】
項4. 前記嗅覚受容体タンパク質Cががん種aを含む複数種のがんに対して反応性を有しない、項1~3のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【0012】
項5. 前記嗅覚受容体が昆虫嗅覚受容体である、項1~4のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【0013】
項6. 前記被験嗅覚受容体タンパク質とがんを有する被検体由来の試料とを接触させて応答強度Pを測定すること、及び
前記被験嗅覚受容体タンパク質とがんを有しない健常被検体由来の試料とを接触させて応答強度Qを測定すること、
を含む、項1~5のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【0014】
項7. 前記応答強度Pと前記応答強度Qとが異なる場合に、前記被験嗅覚受容体タンパク質ががんに対する反応性を有すると判定すること、及び/又は
前記応答強度Pと前記応答強度Qとが同程度である場合に、前記被験嗅覚受容体タンパク質ががんに対する反応性を有しないと判定すること
を含む、項6に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、がん検査において有用な嗅覚受容体タンパク質及び/又はその組み合わせを見出すスクリーニング方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0017】
本明細書中において、アミノ酸変異は、例えばアミノ酸の置換、挿入、付加、又は欠失であり、好ましくは置換であり、特に好ましくは保存的置換である。
【0018】
本明細書中において、「保存的置換」とは、アミノ酸残基が類似の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;トレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基;チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0019】
本明細書において、アミノ酸配列の「同一性」とは、2以上の対比可能なアミノ酸配列の、お互いに対するアミノ酸配列の一致の程度をいう。従って、ある2つのアミノ酸配列の一致性が高いほど、それらの配列の同一性又は類似性は高い。アミノ酸配列の同一性のレベルは、例えば、配列分析用ツールであるFASTAを用い、デフォルトパラメータを用いて決定される。若しくは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(Karlin S, Altschul SF.“Methods for assessing the statistical significance of molecular sequence features by using general scoringschemes”Proc Natl Acad Sci USA.87:2264-2268(1990)、Karlin S,Altschul SF.“Applications and statistics for multiple high-scoring segments in molecular sequences.”Proc Natl Acad Sci USA.90:5873-7(1993))を用いて決定できる。このようなBLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTPやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、National Center of Biotechnology Information(NCBI)のウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を参照すればよい。
【0020】
本明細書において、ORは嗅覚受容体(Odorant receptor)を示し、AaはAedes aegypti由来であることを示し、AgはAnopheles gambiae由来であることを示し、DmはDrosophila melanogaster由来であることを示し、BmはBombyx mori由来であることを示し、LmはLocusta migratoria由来であることを示し、CIはCimex lectularius由来であることを示す。
【0021】
本開示は、その一態様において、被験嗅覚受容体タンパク質のがんに対する反応性を試験することを含み、且つ
(1)がん種aに対する反応性を有する嗅覚受容体タンパク質Aと、がん種aを含むがんに対する反応性を有しない嗅覚受容体タンパク質Cとの組合せ、
(2)がん種aに対する反応性を有し且つがん種a以外のがんの少なくとも1種に対して反応性を有しない、又はがん種a以外のがんの少なくとも1種に対する反応性が逆である嗅覚受容体タンパク質A’と、がん種aを含む複数種のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである嗅覚受容体タンパク質Bとの組合せ、及び
(3)複数種のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである嗅覚受容体タンパク質B’、
からなる群より選択される少なくとも1種を選択することを含む、
嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法(本明細書において、「本開示のスクリーニング方法」と示すこともある。)、に関する。以下に、これについて説明する。
【0022】
がんは、特に制限されない。がんとしては、例えば大腸がん、胃がん、肺がん、小細胞肺がん、乳がん、前立腺がん、悪性リンパ腫、膵臓がん、肝臓がん、胆道がん、食道がん、膀胱がん、腎盂・尿管がん、腎臓がん(腎細胞がん)、皮膚がん、甲状腺がん、卵巣がん、中皮腫、白血病、慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫、メラノーマ(悪性黒色腫)、肉腫、子宮頸がん、子宮体がん、子宮肉腫、頭頸部がん、GIST(消化管間質腫瘍)、唾液腺がん、小腸がん、脳腫瘍、原発不明がん等が挙げられる。がんは、あらゆる程度(例えば軽度、中等度、重度)、ステージのがんを包含する。
【0023】
がん種aは、他のがん種とは、由来組織、由来細胞等の点で区別されるがん種であり、その限りにおいて特に制限されない。
【0024】
複数種のがんとは、互いに、由来組織、由来細胞等の点で区別される複数種のがんである。
【0025】
嗅覚受容体タンパク質は、化学物質の存在を検出可能なタンパク質であり、例えばイオンチャネル型受容体及び/又はGタンパク質共役型受容体である。嗅覚受容体タンパク質は、好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類等の脊椎動物、昆虫、線虫嗅覚受容体タンパク質であり、本開示のスクリーニング方法が対象とする受容体をより取得し易いという観点から、より好ましくは昆虫嗅覚受容体タンパク質である。
【0026】
昆虫嗅覚受容体タンパク質は、7回膜貫通構造を有する膜タンパク質であり、昆虫の匂いセンサとして働く。嗅覚受容体タンパク質のアミノ末端(以下、「N末端」という場合もある。)からカルボキシル末端(以下、「C末端」という場合もある。)に向かって順に、N末端領域(NT)、第1膜貫通ドメイン(TM1)、第1細胞外ループ(EC1)、第2膜貫通ドメイン(TM2)、第1細胞内ループ(IC1)、第3膜貫通ドメイン(TM3)、第2細胞外ループ(EC2)、第4膜貫通ドメイン(TM4)、第2細胞内ループ(IC2)、第5膜貫通ドメイン(TM5)、第3細胞外ループ(EC3)、第6膜貫通ドメイン(TM6)、第3細胞内ループ(IC3)、第7膜貫通ドメイン(TM7)、及びC末端領域(CT)が連結されて構成される。本開示において、各領域は、TMpred(K. Hofmann, W. Stoffel, TMbase - a database of membrane spanning proteins segments, Biol. Chem. Hoppe-Seyler, 374 (1993), p. 166、https://embnet.vital-it.ch/software/TMPRED_form.html)を用いた構造予測(条件はデフォルト)により決定される。
【0027】
昆虫嗅覚受容体タンパク質の由来昆虫としては、好ましくはカ科、ショウジョウバエ科等の双翅目昆虫;カイコガ科等の鱗翅目昆虫;ミツバチ科等の膜翅目昆虫;バッタ科等の直翅目昆虫;トコジラミ科等の半翅目昆虫等が挙げられ、さらに好ましくはカ科、ショウジョウバエ科等の双翅目昆虫;バッタ科等の直翅目昆虫;トコジラミ科等の半翅目昆虫が挙げられる。カ科の昆虫としては、例えば、ガンビエハマダラカ(Anopheles gambiae)、ネッタイシマカ(Aedes aegypti)、ネッタイイエカ(Culex quinquefasciatus)等が挙げられる。ショウジョウバエ科の昆虫としては、例えば、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)、ウスグロショウジョウバエ(Drosophila pseudoobscura)、クロショウジョウバエ(Drosophila virillis)等が挙げられる。カイコガ科の昆虫としては、例えば、カイコガ(Bombyx mori)、クワコ(Bombyx mandarina)、イチジクカサン(Trilocha varians)等が挙げられる。ミツバチ科の昆虫としては、例えば、セイヨウミツバチ(Apis mellifera)、ヒメミツバチ(Apis florea)、オオミツバチ(Apis dorsata)、セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)等が挙げられる。バッタ科の昆虫としては、例えば、トノサマバッタ(Locusta migratoria)等が挙げられ、トコジラミ科の昆虫としては、例えば、トコジラミ(Cimex lectularius)等が挙げられる。
【0028】
野生型の昆虫嗅覚受容体タンパク質として、各種公知であるか、公知の配列に基づいた配列同一性検索により容易に同定することができる。
【0029】
被験嗅覚受容体は、本開示のスクリーニング方法に供する嗅覚受容体タンパク質である。被験嗅覚受容体は、野生型嗅覚受容体アミノ酸配列を含むものであってもよいし、野生型嗅覚受容体アミノ酸配列に対して変異が導入されてなるアミノ酸配列、例えば70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むものであってもよい。
【0030】
本開示のスクリーニング方法において、被験嗅覚受容体の種類数は特に制限されず、例えば1以上、2以上、10以上、20以上、40以上、60以上、100以上、200以上、又は300以上であることができ、また例えば5000以下、3000以下、2000以下、1000以下、又は700以下であることができる。
【0031】
昆虫嗅覚受容体タンパク質Aは、がん種aに対する反応性を有する(すなわち、がん種a患者由来試料と健常者由来試料とで応答強度が異なる)。
【0032】
昆虫嗅覚受容体タンパク質Aは、例えば
がん種a患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、高い傾向にある受容体(受容体AX)、又は
がん種a患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、低い傾向にある受容体(受容体AY)、
であることができる。
【0033】
昆虫嗅覚受容体タンパク質Cは、がん種aを含むがんに対する反応性を有しない(すなわち、がん種aを含むがん患者由来試料と健常者由来試料とで応答強度が同等である)。
【0034】
昆虫嗅覚受容体タンパク質Aの応答強度を指標とすること(例えば当該応答強度がカットオフ値以上又は以下であることを指標とすること)により、がん種aを判定することができる。より具体的には、例えば
受容体AXの被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以上である場合に前記被検体ががん種aを有すると判定すること、且つ/或いは
受容体AYの被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以下である場合に前記被検体ががん種aを有すると判定すること、
ができる。
【0035】
昆虫嗅覚受容体タンパク質Cは、当該受容体由来の応答強度を、検体間の個体差補正に利用することができる。これにより、昆虫嗅覚受容体タンパク質Aを用いたがん種a判定精度を向上させることが可能である。また、昆虫嗅覚受容体タンパク質Cを、当該受容体由来の応答強度を指標とすること(例えば当該応答強度が一定範囲内であること(例えば、異常値ではないことを指標とすること))により、昆虫嗅覚受容体タンパク質Aを用いたがん種a判定精度をがん種a判定に用いた場合の判定精度を向上させることが可能である。
【0036】
このため、昆虫嗅覚受容体タンパク質Aと昆虫嗅覚受容体タンパク質Cとの組合せは、がん検査において有用である。
【0037】
昆虫嗅覚受容体タンパク質A’は、がん種aに対する反応性を有し(すなわち、がん種a患者由来試料と健常者由来試料とで応答強度が異なる)且つがん種a以外のがんの少なくとも1種(好ましくは少なくとも2種)に対して反応性を有しない(すなわち、がん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料と健常者由来試料とで応答強度が同等である)、又はがん種a以外のがんの少なくとも1種に対する反応性が逆である(すなわち、がん種a患者由来試料の応答強度と、がん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料の応答強度とで、健常者由来試料の応答強度に対する高低が逆である)。
【0038】
昆虫嗅覚受容体タンパク質A’は、例えば
がん種a患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、高い傾向にあり、且つがん種a以外のがんの少なくとも1種(好ましくは少なくとも2種)の患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度と、同等の傾向の受容体(受容体A’X1)、
がん種a患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、高い傾向にあり、且つがん種a以外のがんの少なくとも1種(好ましくは少なくとも2種)の患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、低い傾向にある(すなわち、がん種aと反応性が逆である)受容体(受容体A’X2)、
がん種a患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、低い傾向にあり、且つがん種a以外のがんの少なくとも1種(好ましくは少なくとも2種)の患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度と、同等の傾向の受容体(受容体A’Y1)、又は
がん種a患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、低い傾向にあり、且つがん種a以外のがんの少なくとも1種(好ましくは少なくとも2種)の患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、高い傾向にある(すなわち、がん種aと反応性が逆である)受容体(受容体A’Y2)、である。
【0039】
昆虫嗅覚受容体タンパク質Bは、がん種aを含む複数種(2種以上、好ましくは3種以上)のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである(すなわち、がん種a患者由来試料の応答強度と、がん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料の応答強度とで、健常者由来試料の応答強度に対する高低が同じである)
昆虫嗅覚受容体タンパク質Bは、例えば
がん種aを含む複数種のがん患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、高い傾向の受容体(受容体BX)、又は
がん種aを含む複数種のがん患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、低い傾向の受容体(受容体BY)、
である。
【0040】
昆虫嗅覚受容体タンパク質A’の応答強度を指標とすること(例えば当該応答強度がカットオフ値以上又は以下であることを指標とすること)により、がん種aを判定することができる。より具体的には、例えば
受容体A’X1及び/又は受容体A’X2の被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以上である場合に前記被検体ががん種aを有すると判定すること、且つ/或いは
受容体A’Y1及び/又は受容体A’Y2の被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以下である場合に前記被検体ががん種aを有すると判定すること、
ができる。
【0041】
さらに、昆虫嗅覚受容体タンパク質Bの応答強度を指標として組み合わせること(例えば当該応答強度がカットオフ値以上又は以下であることを指標とすること)により、がん種aをより高い精度で判定することができる。より具体的には、上記した昆虫嗅覚受容体タンパク質A’の応答強度を指標に加えてさらに、例えば
受容体BXの被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以上である場合に前記被検体ががん種aを有すると判定すること、且つ/或いは
受容体BYの被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以下である場合に前記被検体ががん種aを有すると判定すること、
ができる。
【0042】
このため、昆虫嗅覚受容体タンパク質A’と昆虫嗅覚受容体タンパク質Bとの組合せは、がん検査において有用である。
【0043】
昆虫嗅覚受容体タンパク質B’は、複数種(2種以上、好ましくは3種以上)のがんに対する反応性を有し且つ当該反応性の方向が同じである(すなわち、あるがん(がん種a)患者由来試料の応答強度と、がん種a以外のがんの少なくとも1種のがん患者由来試料の応答強度とで、健常者由来試料の応答強度に対する高低が同じである)。
【0044】
昆虫嗅覚受容体タンパク質B’は、例えば
複数種のがん患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、高い傾向の受容体(受容体B’X)、又は
複数種のがん患者由来試料に対する応答強度が、健常者由来試料に対する応答強度よりも、低い傾向の受容体(受容体B’Y)、
である。
【0045】
昆虫嗅覚受容体タンパク質B’の応答強度を指標とすること(例えば当該応答強度がカットオフ値以上又は以下であることを指標とすること)により、複数種のがんの可能性がある中で、がんであるか否かについて、より漏れのない判定を図ることができる。より具体的には、例えば
受容体B’Xの被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以上である場合に前記被検体ががんを有すると判定すること、且つ/或いは
受容体B’Yの被検体由来試料に対する応答強度が、カットオフ値以下である場合に前記被検体ががんを有すると判定すること、
ができる。
【0046】
このため、昆虫嗅覚受容体タンパク質B’は、がん検査において有用である。
【0047】
被検昆虫嗅覚受容体タンパク質のがんに対する反応性は、具体的には、例えば
被験嗅覚受容体タンパク質とがんを有する被検体由来の試料とを接触させて応答強度Pを測定すること、及び
被験嗅覚受容体タンパク質とがんを有しない健常被検体由来の試料とを接触させて応答強度Qを測定すること、
を含む方法により、試験することができる。
【0048】
応答強度Pは、例えば複数の被検体(被検体P1、被検体P2、被検体P3、・・・)由来の試料それぞれを用いて複数の応答強度(応答強度P1、応答強度P2、応答強度P3、・・・を得て、これら複数の応答強度を用いて算術処理して得られる値(例えば幾何平均等の平均値)とすることができる。応答強度Qについても同様である。
【0049】
当該方法において、より具体的には、
応答強度Pと応答強度Qとが異なる場合に、被検昆虫嗅覚受容体タンパク質ががんに対する反応性を有すると判定すること、及び/又は
応答強度Pと応答強度Qとが同程度である場合に、被検昆虫嗅覚受容体タンパク質ががんに対する反応性を有しないと判定すること、
ができる。
【0050】
応答強度Pを測定する際の試料が由来する被検体として、あるがん(がん種a)を有する被検体、がん種a以外の任意のがんを有する被検体を採用して上記判定を行うことにより、昆虫嗅覚受容体タンパク質A、C、A’、B、B’をスクリーニングすることができる。
【0051】
応答強度Pと応答強度Qとが異なるか否かの判断は、後述の試験例1のように、一定の基準値を設けて判断することができる。すなわち、応答強度Pと応答強度Qとの差が、当該基準値超(又は以上)である場合はがんに対する反応性を有すると判断することができ、当該基準値以下(又は未満)である場合はがんに対する反応性を有しないと判断することができる。
【0052】
本開示のスクリーニング方法において、被験嗅覚受容体タンパク質は、匂い物質応答活性を発揮可能な形態である限りにおいて、特に制限されない。匂い物質応答活性とは、嗅覚受容体タンパク質が匂い物質を認識し、シグナル伝達する(例えば陽イオンを流入させる、cyclic AMPを増加させる等)性質をいう。このため、通常、被験嗅覚受容体タンパク質は、膜に保持された形態であることが好ましい。
【0053】
膜は、好ましくは脂質膜である。脂質膜は、脂質から構成される膜状体を意味する。脂質膜は、平面状の膜を形成してもよいし、ベシクル(リポソーム)またはミセル等の袋状の膜(小胞)を形成してもよい。脂質膜は、1層の脂質膜から構成されてもよいし、2層以上の脂質膜から構成されてもよく、好ましくは、脂質二重膜である。脂質膜構造体が細胞である場合、前記脂質膜は、例えば、細胞膜ということもできる。
【0054】
被験嗅覚受容体タンパク質は、被験嗅覚受容体タンパク質を発現する細胞の形態で使用することが好ましい。
【0055】
細胞は、特に制限されない。細胞は、化学物質の検出に適しているという観点から、昆虫細胞、哺乳類動物細胞等の動物細胞が好ましい。
【0056】
上記細胞は、好ましくは、被験嗅覚受容体タンパク質のコード配列を含む外来性ポリヌクレオチドを含む。外来性ポリヌクレオチドとは、細胞のゲノムDNA(特に、染色体ゲノムDNA)に由来しない塩基配列を含むポリヌクレオチドであり、その限りにおいて特に制限されない。
【0057】
嗅覚受容体タンパク質が昆虫嗅覚受容体タンパク質である場合、外来性ポリヌクレオチドは、昆虫の嗅覚受容体共受容体のコード配列を含むことが好ましい。昆虫の嗅覚受容体共受容体は、嗅覚受容体と同様に7回膜貫通構造を有する膜タンパク質であり、嗅覚受容体とヘテロ複合体を形成して機能する。嗅覚受容体と嗅覚受容体共受容体とから構成されるヘテロ複合体である嗅覚受容体複合体は、匂い物質で活性化されるイオンチャネル活性が備わっており、活性化されるとナトリウムイオン(Na+)、カルシウムイオン(Ca2+)等の陽イオンを細胞内に流入させる。
【0058】
外来性ポリヌクレオチドは、嗅覚受容体タンパク質が応答した場合に細胞内に流入するイオン(カルシウムイオン等)や細胞内で増加するcyclic AMP等のセカンドメッセンジャーにより蛍光又は発光を発するタンパク質のコード配列を含むことが好ましい。このようなタンパク質としては、イクオリン、Yellow Cameleon、GCaMP等が挙げられる。或いは、カルシウムイオン依存性蛍光色素(例えばFura-2、Fluo-3、Fluo-4等)等のイオン依存性蛍光色素も好ましい。
【0059】
本開示のスクリーニング方法においては、被嗅覚受容体タンパク質/上記細胞が区画に含まれていることが好ましい。
【0060】
区画は、昆虫嗅覚受容体タンパク質/細胞を配置させる領域である。区画の形態は、昆虫嗅覚受容体タンパク質/細胞を配置できる態様である限り特に制限されない。昆虫嗅覚受容体タンパク質/細胞の乾燥耐性、昆虫嗅覚受容体タンパク質/細胞の保持性、製造効率、又は匂い物質の検出性の観点から、区画は、壁によって区分けされた形態(例えば、ウェル状であること及び/又は外壁によって周囲と区切られた形態であること)が好ましい。また、区画外の表面を細胞が配置(例えば接着)できない(或いは接着性が著しく抑えられた)表面とすることにより、細胞を配置(例えば接着)できる区画と区別することも可能である。
【0061】
当該区画は、例えば、細胞及び細胞を保持するための器材(ディッシュやウェルプレートなど)からなる細胞チップ内の区画であることができる。
【0062】
被検体由来試料は、被検体の体液又はそれに由来する試料(体液由来試料)、及び呼気であり、その限りにおいて特に制限されない。
【0063】
被検体としては、特に制限されず、例えばヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウマ、ウシ、ブタなどの種々の哺乳類動物が挙げられ、好ましくはヒトが挙げられる。
【0064】
体液としては、例えば尿、血液、唾液、汗、涙、組織液、関節液、卵胞液、髄液、精液、乳汁、膣液等が挙げられる。これらの体液の中でも、採取のしやすさという観点から、尿が好ましい。
【0065】
体液は、生物から、公知の方法に従った又は準じた方法により採取することができる。採取された体液は、すぐに本開示の試料の調製に使用することもできるし、保管後(例えば、冷蔵又は冷凍下で保管後、)に本開示の試料の調製に使用することもできる。
【0066】
体液由来試料とは、体液そのものではなく、体液に、体液内の成分組成に影響を与える何らかの処理を施して得られる試料であり、その限りにおいて特に制限されない。当該処理としては、溶媒又は溶液による希釈、精製等の各種処理が含まれ得る。精製方法としては、例えば塩類、タンパク質等の除去処理(例えば酵素処理、クロマトグラフィーカラム精製処理、遠心分離処理等)が挙げられる。
【0067】
被検体由来試料と被験嗅覚受容体タンパク質とを接触させた後、被験嗅覚受容体タンパク質の応答強度を測定することにより、被検体由来試料に対する応答強度を得ることができる。
【0068】
接触の態様は、被検体由来試料中の成分が被嗅覚受容体タンパク質と接触可能である特に制限されず、例えば被験嗅覚受容体タンパク質を保持する膜又は被嗅覚受容体タンパク質を発現する細胞を含む区画に被検体由来試料を添加することにより、被検体由来試料と被嗅覚受容体タンパク質とを接触させることができる。
【0069】
応答強度の測定方法は、被験嗅覚受容体タンパク質のイオンチャネル活性やcyclic AMP産生量を検出可能な方法である限り特に制限されない。一例として、シグナル伝達を担う因子(例えばイオンチャネル活性により膜内に流入する陽イオン)の量をシグナル(例えば発光、発光等)量に変換して、当該シグナル量を測定する方法が挙げられる。
【0070】
本開示のスクリーニング方法において指標とする応答強度の種類は特に制限されず、例えばシグナル量の最大値、シグナル量の積算値、シグナル量の増加速度等であることができ、より具体的には例えば被検体由来試料接触後の所定時間内または所定時間経過時におけるシグナル量の最大値、積算値、及び/又は増加速度等とすることができる。
【0071】
選択された嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせは、がん検査に用いることができる。一例として、上述したカットオフ値を利用したがん検査に用いることができる。
【0072】
カットオフ値は、がん判定精度の各種指標(例えばAccuracy、F1-score、Matthews、Precision、ROC-AUC、Recall、Specificity等)の観点から当業者が適宜設定することができる。カットオフ値は、人種、年齢などに応じて、その都度設定した値、及び予め設定された値のいずれでもよい。カットオフ値は、例えば、がんに罹患していないと判定された被検体又はがんに罹患していると判定された被検体から採取された試料に対する応答強度の最大値、平均値、パーセンタイル値、又は最小値に基づく値とすることができる。
【0073】
カットオフ値は、一態様において、その値を基準としてがんの有無を判定した場合に、がん判定精度が十分に高い値を指す。例えば、がんを有する個体において高い陽性率を示し、かつ、がんを有しない個体で高い陰性率を示す値をカットオフ値として設定することができる。
【0074】
カットオフ値を設定する手法は、この分野において周知であり、より具体的には、例えば、がんに罹患していないと判定された被検体又はがんに罹患していると判定された被検体から採取された生体試料における、対象バイオマーカーの量又は濃度を測定して、該測定値を用いて、受信者操作特性(Receiver Operating Characteristic, ROC)曲線の解析などに基づいた統計解析(より具体的には、Youden indexを用いた方法が例示される。)を行うことにより、設定することができる。
【0075】
このようなカットオフ値は、特定の値をとるものではなく、カットオフ値の設定の際に使用される被検体母集団に依存して変動する。
【0076】
なお、同一の被検体を対象とした場合でも、測定値は使用する分析方法によって異なることもあるため、カットオフ値は使用する分析方法に応じて設定する。
【実施例
【0077】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0078】
試験例1.がん反応性を有する昆虫嗅覚受容体のスクリーニング1
GFP-Aequorin)コード配列、昆虫嗅覚受容体共受容体Orcoコード配列、及び昆虫嗅覚受容体ORコード配列を含む発現プラスミドを、特許第6875815号に記載の方法に準じて作製した。得られた発現プラスミドを、細胞に導入、384well plateに播種し、発光強度測定に供した。発光強度測定は、FDSS/μCELL(浜松ホトニクス)にて被検試料を添加し、発光強度を経時的に計測することにより行った。被検試料には、ある組織のがん(がん種X)の患者の尿 25検体及び健常者の尿 25検体それぞれを用いた。
【0079】
まず、各ORにおける各被検試料の発光強度について、がん種X患者の尿及び健常者の尿の幾何平均を算出した。測定開始から100秒間(測定開始から10秒後に被検試料を添加)において、がん種X患者の場合の最大発光強度及び/又は健常者の場合の最大発光強度の測定値が2000以上であり、且つがん種X患者の場合の最大発光強度と健常者の場合の最大発光強度との差が1000超である受容体を、選抜した。このようにして、がんに対する反応性を有する昆虫嗅覚受容体が見出された。これらの昆虫嗅覚受容体の中には、がん種X患者の場合の方が発光強度が高い受容体と、健常者の場合の方が発光強度が高い受容体とが含まれていた。
【0080】
続いて、がん種X患者の場合の最大発光強度及び/又は健常者の場合の最大発光強度の測定値が2000以上であり、且つがん種X患者の場合の最大発光強度と健常者の場合の最大発光強度とに差が無いと判断した受容体を、選抜した。このようにして、がんに対する反応性を有しない昆虫嗅覚受容体が見出された。
【0081】
がんに対する反応性を有しない昆虫嗅覚受容体は、当該受容体由来の応答強度を、検体間の個体差補正に利用することができる。これにより、がんに対する反応性を有する昆虫嗅覚受容体を用いたがん判定精度を向上させることが可能である。
【0082】
試験例2.がん反応性を有する昆虫嗅覚受容体のスクリーニング2
がん種Xとは異なる組織由来のがん(がん種Y、がん種Z)について、試験例1と同様に、発光強度を測定し、がん患者の尿と健常者の尿のどちらが発光強度が高いか、或いは同等であるのか、判定した。判定結果を表1に示す。
【0083】
【表1】
【0084】
表1のグループa、b、及びdの受容体は、特定のがん(がん種X)に対する反応性を有するものの、他のがん種に対しては反応性を有しない(a及びb)又は反応の方向性が逆である(d)ので、当該受容体由来の応答強度を指標とすること(例えば当該応答強度がカットオフ値以上又は以下であることを指標とすること)により、複数種のがんの可能性がある中でも、より高い精度で当該特定のがんを判定することができる。
【0085】
表1のグループcの受容体は、特定のがん(がん種X)を含む複数種のがんに対する反応性を有する。よって、当該受容体由来の応答強度と、グループa、b、dの受容体由来の応答強度とを組み合わせること(例えばグループcの受容体由来の応答強度がカットオフ以上であり、且つグループa、b、dの受容体由来の応答強度がカットオフ以上又は以下であることを指標とすること)により、より高い精度で当該特定のがんを判定することができる。また、例えばグループcの受容体で検査してがんであると判定された被検体についてグループa、b、dの受容体で詳細に検査することにより、がん種特定のための不用な検査を減らすことも可能である。
【0086】
また、表1のグループcの受容体は、複数種のがんに対する反応性を有するので、当該受容体由来の応答強度を指標とすること(当該応答強度がカットオフ値以上であることを指標とすること)により、複数種のがんの可能性がある中で、がんであるか否かを、より漏れなく、判定することができる。
【0087】
試験例3.がん種Xの判定1
試験例1で見出された受容体の発光強度(試験例1で測定したがん種X患者の尿及び健常者の尿の発光強度の時間変化の幾何平均)を用いて、検体ががん種Xであるか否かを判定した。具体的な方法は次のとおりである。
【0088】
まず、判定したい被検試料について、試験例1で選抜した各受容体における発光強度の時間変化を測定した。次いで、各時間における試験例1で測定したがん種X患者の尿の発光強度の幾何平均及び健常者の尿の発光強度の幾何平均と被検試料の発光強度との差分の絶対値を算出し、それぞれに対するその累積和を計算した。がん種X患者の尿及び健常者の尿に対して、累積和の小さい方を判定結果とした。その結果、正答率が0.80以上である受容体は、3つであった。
【0089】
次に、試験例1で見出されたがんに対する反応性を有しない昆虫嗅覚受容体(補正用受容体)の発光強度(試験例1で測定)を用いて個体差補正を行い、試験例1で見出されたがんに対する反応性を有する昆虫嗅覚受容体(判定用受容体)の発光強度(試験例1で測定)を用いて、検体ががん種Xであるか否かを判定した。具体的な方法は次のとおりである。
【0090】
まず、判定したい被検試料について、判定用受容体及び補正用受容体における発光強度の時間変化を測定した。
【0091】
次いで、各補正用受容体(補正用受容体i1, i2, i3, i4, i5, i6,)について、各時間における試験例1で測定したがん種X患者の尿の発光強度の幾何平均と健常者の尿の発光強度の幾何平均とを算出し、両幾何平均をさらに幾何平均して、基準となる発光強度の時間変化を得た。各補正用受容体について、被検試料の発光強度の時間変化のAUCと、基準となる発光強度の時間変化のAUCとを算出し、2つのAUCの比(比αi1, 比αi2, 比αi3, 比αi4, 比αi5, 比αi6,)を算出した。全ての比(比αi1, 比αi2, 比αi3, 比αi4, 比αi5, 比αi6,)の幾何平均を、補正係数αと定義した。
【0092】
続いて、各判定用受容体について、各時間における被検試料の発光強度に補正係数αを乗じて、補正後の発光強度を得た。各判定用受容体について、各時間における試験例1で測定したがん種X患者の尿の発光強度の幾何平均及び健常者の尿の発光強度の幾何平均と被検試料の補正後の発光強度との差分の絶対値を算出し、それぞれに対するその累積和を計算した。がん種X患者の尿及び健常者の尿に対して、累積和の小さい方を判定結果とした。その結果、正答率が0.80以上である受容体は、6つとなった。
【0093】
以上より、試験例1で見出されたがんに対する反応性を有しない昆虫嗅覚受容体を個体差補正に用いることにより、がん種Xの判定精度が向上することが示された。
【0094】
続いて、個体差補正を行った場合の正答率が高い、上位1~5位の受容体の組合せ、上位1~8位の受容体の組合せ、上位1~9の受容体の組合せ、上位1~10位の受容体の組合せにより、検体ががん種Xであるか否かを判定した。具体的には、各判定用受容体を用いて、上記と同様に個体差補正を行った上で検体ががん種Xであるか否かを判定し、上記組合せの判定用受容体それぞれの判定結果の多数決で、がん種Xであるか否かを判定した。結果を表2に示す。
【0095】
【表2】
【0096】
以上より、受容体を組み合わせることにより、がん種Xの判定精度が向上することが示された。
【要約】
【課題】がん検査において有用な嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】被験嗅覚受容体タンパク質のがんに対する反応性を試験することを含み、且つ(1)嗅覚受容体タンパク質Aと、嗅覚受容体タンパク質Cとの組合せ、(2)嗅覚受容体タンパク質A’と、嗅覚受容体タンパク質Bとの組合せ、及び(3)嗅覚受容体タンパク質B’、からなる群より選択される少なくとも1種を選択することを含む、嗅覚受容体タンパク質又はその組み合わせのスクリーニング方法。
【選択図】なし