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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-10
(45)【発行日】2025-02-19
(54)【発明の名称】増粘剤
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/00 20060101AFI20250212BHJP
   A61K 8/64 20060101ALI20250212BHJP
   A61K 8/55 20060101ALI20250212BHJP
   A61K 8/34 20060101ALI20250212BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20250212BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20250212BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20250212BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20250212BHJP
【FI】
C09K3/00 103H
A61K8/64
A61K8/55
A61K8/34
A61Q19/00
A61K9/08
A61K47/42
A61K47/24
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021572976
(86)(22)【出願日】2020-11-11
(86)【国際出願番号】 JP2020042040
(87)【国際公開番号】W WO2021149334
(87)【国際公開日】2021-07-29
【審査請求日】2023-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2020008230
(32)【優先日】2020-01-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井村 知弘
(72)【発明者】
【氏名】平 敏彰
(72)【発明者】
【氏名】辻 忠夫
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 恵広
【審査官】田中 雅之
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-275017(JP,A)
【文献】国際公開第2015/137357(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/123861(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/162103(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第110331179(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/00
C09K 3/20- 3/22
A61K 8/00- 8/99
A61K 1/00-90/00
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
A61P 1/00-43/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン脂質バイオサーファクタントおよび多価アルコールを含有し、
バイオサーファクタントが、下記式(II)で表されるサーファクチンまたはその塩であり、
【化1】
[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し、
2 はC 9-18 アルキル基を示す]
バイオサーファクタント1質量部に対するリン脂質の割合が4質量部超、10質量部以下であり、
バイオサーファクタント1質量部に対する多価アルコールの割合が1質量部以上、20質量部以下であることを特徴とする増粘剤。
【請求項2】
上記リン脂質および上記バイオサーファクタントを含む紐状分子集合体を含有する請求項1に記載の増粘剤。
【請求項3】
高分子増粘剤を含まないか、高分子増粘剤の含有量が1.0質量%未満である請求項1または2に記載の増粘剤。
【請求項4】
上記リン脂質がグリセロリン脂質またはスフィンゴリン脂質である請求項1~3のいずれかに記載の増粘剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の増粘剤を含有することを特徴とする外用剤。
【請求項6】
化粧料である請求項5に記載の外用剤。
【請求項7】
水を含む組成物の粘度を高めるための方法であって、
上記組成物に、リン脂質、バイオサーファクタントおよび多価アルコールを含有し、バイオサーファクタントが、下記式(II)で表されるサーファクチンまたはその塩であり、バイオサーファクタント1質量部に対するリン脂質の割合が4質量部超、10質量部以下であり、バイオサーファクタント1質量部に対する多価アルコールの割合が1質量部以上、20質量部以下である増粘剤を配合する工程を含むことを特徴とする方法。
【化2】
[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し、
2 はC 9-18 アルキル基を示す]
【請求項8】
上記増粘剤が上記リン脂質および上記バイオサーファクタントを含む紐状分子集合体を含有する請求項7に記載の方法。
【請求項9】
上記リン脂質がグリセロリン脂質またはスフィンゴリン脂質である請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
上記組成物における高分子増粘剤の濃度が1.0質量%未満である請求項7~のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子増粘剤を含まないか或いは高分子増粘剤の含有量が抑制されていることから、皮膚などに塗布した際のべたつきを抑制し使用感を維持しつつ組成物の粘度を高めることが可能な増粘剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水溶液や分散液などの液剤に対して、皮膚などに適用される外用剤の粘度を高めれば、適用時の液だれが抑制されて適用され易くなる。そこで、外用剤には粘度を高める増粘剤が配合されることがある。
【0003】
増粘剤としては、一般的に、ゼラチン等のタンパク質や、微生物由来のキサンタンガム、海藻由来のカラギーナン、植物由来のグァーガムやセルロース誘導体などの多糖類などの高分子が用いられる。しかし高分子である増粘剤は、例えば水飴が付着した場合のように、特に外用剤が塗布後に乾燥されると、べたつきの原因となり、使用感を悪化させる原因となる。そこで、低分子で増粘作用を有する化合物や組成物が望ましいが、これまで実用的な低分子増粘剤が開発されたことはない。
【0004】
例えば特許文献1には、比較的低分子量の増粘剤成分として、疎水性ポリマーユニットとスルホン酸基含有親水性ポリマーユニットとを含有するブロック共重合体が開示されている。ところがかかるブロック共重合体の分子量は数万以上であり、上述したべたつきの問題を解決できるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-241060号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、従来の増粘剤はタンパク質や多糖類などの高分子であるために、べたつきの問題がある。
そこで本発明は、高分子増粘剤を含まないか或いは高分子増粘剤の含有量が抑制されていることから、皮膚などに塗布した際のべたつきを抑制し使用感を維持しつつ組成物の粘度を高めることが可能な増粘剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、リン脂質とバイオサーファクタントを用い、これらの割合を適切に規定することにより、互いに絡み合う紐状の分子集合体が形成され、高分子増粘剤を使わなくても増粘剤が得られることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0008】
[1] リン脂質およびバイオサーファクタントを含有し、
バイオサーファクタント1質量部に対するリン脂質の割合が4質量部超、10質量部以下であることを特徴とする増粘剤。
[2] 上記リン脂質および上記バイオサーファクタントを含む紐状分子集合体を含有する上記[1]に記載の増粘剤。
[3] 上記バイオサーファクタント1質量部に対して、1質量部以上、20質量部以下の多価アルコールを含有する上記[2]に記載の増粘剤。
[4] 上記バイオサーファクタントが、下記式(II)で表されるサーファクチンまたはその塩である上記[1]~[3]のいずれかに記載の増粘剤。
【化1】

[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し、
2はC9-18アルキル基を示す]
[5] 上記[1]~[4]のいずれかに記載の増粘剤を含有することを特徴とする外用剤。
[6] 高分子増粘剤の含有量が1.0質量%未満である上記[5]に記載の外用剤。
[7]化粧料である上記[5]または[6]に記載の外用剤。
【0009】
[8] 水を含む組成物の粘度を高めるための、リン脂質およびバイオサーファクタントを含有し、バイオサーファクタント1質量部に対するリン脂質の割合が4質量部超、10質量部以下である増粘剤の使用。
[9] 上記増粘剤が上記リン脂質および上記バイオサーファクタントを含む紐状分子集合体を含有する上記[8]に記載の使用。
[10] 上記増粘剤が、上記バイオサーファクタント1質量部に対して、1質量部以上、20質量部以下の多価アルコールを含有する上記[8]または[9]に記載の使用。
[11] 上記バイオサーファクタントが、上記式(II)で表されるサーファクチンまたはその塩である上記[8]~[10]のいずれかに記載の使用。
[12] 上記組成物における高分子増粘剤の濃度が1.0質量%未満である上記[8]~[11]のいずれかに記載の使用。
【0010】
[13] 水を含む組成物の粘度を高めるため方法であって、
上記組成物に、リン脂質およびバイオサーファクタントを含有し、バイオサーファクタント1質量部に対するリン脂質の割合が4質量部超、10質量部以下である増粘剤を配合する工程を含むことを特徴とする方法。
[14] 上記増粘剤が上記リン脂質および上記バイオサーファクタントを含む紐状分子集合体を含有する上記[13]に記載の方法。
[15] 上記増粘剤が、上記バイオサーファクタント1質量部に対して、1質量部以上、20質量部以下の多価アルコールを含有する上記[13]または[14]に記載の方法。
[16] 上記バイオサーファクタントが、上記式(II)で表されるサーファクチンまたはその塩である上記[13]~[15]のいずれかに記載の方法。
[17] 上記組成物における高分子増粘剤の濃度が1.0質量%未満である上記[13]~[16]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る増粘剤は、たとえ高分子増粘剤を用いなかったり、或いはその配合量を低減しても、組成物の粘度を高めることができる。その結果、本発明に係る増粘剤を含む組成物を皮膚などに適用した場合、特に乾燥後における高分子増粘剤に起因するべたつきが抑制される。よって、本発明に係る増粘剤は、化粧料などの外用剤の粘度を高める成分として非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明に係る増粘剤の外観写真である。
図2図2は、本発明に係る増粘剤の動的粘弾性測定結果を示すグラフである。
図3図3は、本発明に係る増粘剤をフリーズフラクチャー透過型電子顕微鏡での拡大観察結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る増粘剤は、高分子増粘剤を含まないか、或いは高分子増粘剤の含有量が1.0質量%未満であるにもかかわらず増粘性を示す。
【0014】
本開示において高分子増粘剤の分子量は、高分子増粘剤が高分子といえるものであれば特に制限されないが、例えば10,000以上をいう。一般的な高分子増粘剤としては、例えば、セルロースおよびその誘導体であるセルロース系高分子増粘剤;アルギン酸ナトリウム等のアルギン酸系高分子増粘剤;デンプン、カルボキシメチルデンプン、メチルヒドロキシプロピルデンプン等のデンプン系高分子増粘剤;寒天、キサンタンガム、カラギーナン、グァーガム等のその他多糖類系高分子増粘剤;ペクチン、コラーゲン、カゼイン、アルブミン、ゼラチン等のタンパク質系高分子増粘剤;ポリビニルメチルエーテル、カルボキシビニルポリマー等のビニル系高分子増粘剤;ポリオキシエチレン系高分子、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン共重合体系高分子、ポリエチルアクリレート、ポリアクリルアミド等のアクリル系高分子増粘剤などが挙げられる。
【0015】
リン脂質は構造中にリン酸エステル部位をもつ脂質の総称であり、骨格中にグリセリンを含むグリセロリン脂質と、骨格中にスフィンゴシンを含むスフィンゴリン脂質に分類される。スフィンゴシンは、グリセリンのC2位のヒドロキシ基がアミノ基で置き換わり、さらにC1位に長鎖アルキル基が結合した構造を持つ。リン酸基は、グリセリンまたはスフィンゴシンの水酸基とリン酸エステルを形成する。リン脂質は細胞膜の構成成分の一つであることから、リン脂質を含むゲル状組成物や乳化組成物は使用感に優れる。
【0016】
リン脂質としては、下記一般式(III)で表されるものを挙げることができる。
【化2】

[式中、R3とR4は、独立して、C8-24アルキル基、C8-24アルケニル基、またはC8-24アルキニル基を示し、R5~R7は、独立してC1-6アルキル基を示す。]
【0017】
8-24アルキル基は、炭素数8以上、24以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、オクチル、ノニル、デシル、ドデシル、テトラデシル、ヘキサデシル、オクタデシル、エイコサシル、ドコシル、イソテトラデシル、イソヘキサデシル、イソオクタデシル、イソエイコサシル、イソドコシル、2-ブチルデシル、2-ヘキシルデシル、2-オクチルデシル、2-デカニルデシル、2-ドデカニルデシル、テトラコシル等が挙げられる。
【0018】
8-24アルケニル基は、炭素数が8以上、24以下であり、少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。
【0019】
8-24アルキニル基は、炭素数が8以上、24以下であり、少なくとも一つの炭素-炭素三重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。
【0020】
1-6アルキル基は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル等である。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、より更に好ましくはメチルである。
【0021】
具体的なリン脂質としては、レシチンを挙げることができる。レシチンは下記構造を有するホスファチジルコリンの別名である。
【化3】
【0022】
また、リン脂質を含む天然由来の脂質製品を天然レシチンと呼ぶことがある。例えば、卵黄由来のリン脂質製品を卵黄レシチン、大豆由来のリン脂質製品を大豆レシチンと呼ぶことがある。
【0023】
その他、リン脂質としては、ホスファチジン酸、ビスホスファチジン酸、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルメチルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロール等のグリセロリン脂質;スフィンゴシン、セラミド、スフィンゴミエリン、セレブロシド等のスフィンゴリン脂質;水素添加大豆リン脂質、水素添加卵黄レシチン等の水添レシチンが挙げられる。
【0024】
バイオサーファクタントは、微生物などが製造する天然の界面活性化合物であり、例えば、疎水性基と親水性のペプチド部分を有するリポペプチドバイオサーファクタントを挙げることができ、特にリポペプチド部分が環状である環状リポペプチドバイオサーファクタントが挙げられる。当該環状ペプチド部分には、カルボキシ基やフェノール性水酸基など、1以上のアニオン性基が含まれる。リポペプチドバイオサーファクタントは、微生物などにより分解され易いため、環境に与える影響が小さいという利点もある。
【0025】
環状リポペプチドバイオサーファクタントとしては、サーファクチン、アルスロファクチン、イチュリン、およびそれらの塩から選択される1以上が挙げられ、サーファクチンまたはその塩が好ましい。
【0026】
ここで、サーファクチンまたはその塩とは、一般式(II)で示されるサーファクチンまたはその塩である。
【化4】

[式中、R2とXは前述したものと同義を示す。]
【0027】
Xとしてのアミノ酸残基は、L体でもD体でもよいが、L体が好ましい。サーファクチンの塩を構成するカウンターカチオンとしては、例えば、アルカリ金属イオンや第四級アンモニウムイオンが挙げられる。アルカリ金属イオンは特に限定されないが、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどが挙げられ、ナトリウムイオンが好ましい。第四級アンモニウムイオンの置換基としては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、tert-ブチル等のC1-6アルキル基;2-ヒドロキシエチル等、置換基を有するC1-6アルキル基;ベンジル、メチルベンジル、フェニルエチル等のアラルキル基;フェニル、トルイル、キシリル等のアリール基等の有機基が挙げられる。第四級アンモニウムイオンとしては、例えば、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0028】
「C9-18アルキル基」は、炭素数9以上、18以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和炭化水素基をいう。例えば、n-ノニル、6-メチルオクチル、7-メチルオクチル、n-デシル、8-メチルノニル、n-ウンデシル、9-メチルデシル、n-ドデシル、10-メチルウンデシル、n-トリデシル、11-メチルドデシル、n-テトラデシル、n-ペンタデシル、n-ヘキサデシル、n-ヘプタデシル、n-オクタデシルなどが挙げられる。
【0029】
アルスロファクチンは、一般式(IV)で表される。
【化5】
【0030】
アルスロファクチンは、構造中、D-アスパラギン酸とL-アスパラギン酸をそれぞれ1つずつ有し、これらアミノ酸残基は塩を形成してもよく、かかる塩を構成するカウンターカチオンとしては、例えば、アルカリ金属イオンおよび第四級アンモニウムイオンが挙げられる。
【0031】
イチュリンは、一般式(V)で表される。
【化6】

式(V)中、R8はC9-18アルキル基を示し、例えば、-(CH210CH3、-(CH28CH(CH3)CH2CH3、-(CH29CH(CH32を示す。
【0032】
バイオサーファクタントまたはその塩は、1種、または2種以上使用してもよい。例えば、疎水性基の炭素数が異なる2種以上の混合物であってもよい。環状リポペプチドバイオサーファクタントは、公知方法に従って、目的の環状リポペプチドバイオサーファクタントを生産する微生物を培養し、その培養液から分離することができ、精製品であっても、未精製、例えば培養液のまま使用することもできる。例えば、サーファクチンを生産する微生物としては、バチルス・ズブチリスに属する菌株を挙げることができる。また、化学合成法によって得られるバイオサーファクタントも同様に使用できる。
【0033】
リン脂質とバイオサーファクタントは、協同して紐状分子集合体を形成し、その結果、本発明に係る増粘剤は、高分子増粘剤を含まないか或いは高分子増粘剤の含有量が少ないにもかかわらず、優れた増粘作用を示すと考えられる。本開示において紐状分子集合体とは、少なくともリン脂質とバイオサーファクタントから形成される集合体であり、紐状の集合体が絡み合った構造を有するものをいう。紐状分子集合体の幅としては、例えば、5nm以上、40nm以下が挙げられる。ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)等の界面活性剤も紐状ミセルを形成することが知られているが、その紐状ミセルの幅よりも、本発明に係る紐状分子集合体の幅は数倍も大きい。よって、本発明に係る紐状分子集合体は、比較的低濃度でも絡み合い構造を維持し、優れた増粘作用や糸引き性を示すと考えられる。
【0034】
本発明に係る増粘剤の主な溶媒は水であり、水のみ、または水混和性有機溶媒と水との混合溶媒であってもよい。水混和性有機溶媒とは、水と制限無く混和可能な有機溶媒であり、人体、特にヒトの皮膚に対する悪影響が少ないものが好ましい。水混和性有機溶媒としては、エタノールやイソプロピルアルコールが挙げられる。水混和性有機溶媒を用いる場合、水と水混和性有機溶媒の合計に対する水混和性有機溶媒の割合としては0.1質量%以上、20質量%以下が好ましく、15質量%以下がより好ましく、10質量%以下または5質量%以下がより更に好ましい。
【0035】
本発明に係る増粘剤は、上述した通り、高分子増粘剤を含まないか或いはその配合量が少ないにもかかわらず増粘性を示す。高分子増粘剤を含まないか或いはその配合量が少ない一方で増粘性を示す本発明に係る増粘剤の態様の一つとしては、リン脂質とバイオサーファクタントとの割合を適切に調整することが挙げられる。具体的には、バイオサーファクタント1質量部に対するリン脂質の割合を4質量部超、10質量部以下とすることができる。リン脂質とバイオサーファクタントの割合が当該範囲内にあれば、高分子類似の分子集合体がより確実に形成され、高分子増粘剤と同様の増粘性が発揮されると考えられる。上記割合としては、4.5質量部以上が好ましく、また、8質量部以下が好ましく、6質量部以下がより好ましい。
【0036】
本発明に係る増粘剤は、常法により製造することができる。例えば、増粘させるべき他の成分と共に、溶媒中、少なくともリン脂質とバイオサーファクタントを混合することにより製造してもよいし、或いは、増粘させるべき液状の組成物に、本発明に係る増粘剤を別途添加し、液状組成物を増粘させてもよい。後者の態様の場合、本発明に係る増粘剤は溶媒を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
【0037】
本発明に係る増粘剤、および本発明増粘剤を含む増粘組成物は、上記のリン脂質およびバイオサーファクタントの他、任意成分である溶媒に加えて、他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、グリセリン等、3以上の水酸基を有する多価アルコールが挙げられる。当該多価アルコールの配合量は適宜調整すればよいが、例えば、バイオサーファクタント1質量部に対して、1質量部以上、20質量部以下とすることができる。3以上の水酸基を有する多価アルコールは、常温常圧であれば溶媒としても使用でき、また、保湿剤、保水剤、湿潤剤、皮膚保護剤、口腔衛生剤、香料などとして用いることができる。他の成分としては、紫外線吸収剤、酸化防止剤、エモリエント剤、可溶化剤、抗炎症剤、保湿剤、防腐剤、殺菌剤、色素、香料、粉体類なども挙げられる。
【0038】
本発明に係る増粘剤、および本発明増粘剤を含む増粘組成物は、高分子増粘剤を含まないか或いはその配合量が少ないため、特に乾燥された後におけるべたつきが小さく、使用感に優れている。具体的には、本発明に係る増粘剤、または本発明に係る増粘剤を含む増粘組成物における高分子増粘剤の濃度としては、1.0質量%未満が好ましい。当該濃度は、0質量%であってもよい。よって、本発明増粘剤を含む増粘組成物は、特に皮膚へ直接塗布する化粧料や皮膚外用剤などの外用剤として有用である。
【0039】
本発明に係る増粘剤は、具体的には、リン脂質、バイオサーファクタント、および水を含有し、粘度が30mPa・s以上、600Pa・s以下であり、且つ高分子増粘剤の含有量が1.0質量%未満である。上記粘度は、例えば、リン脂質を0.1質量%以上、5質量%以下、バイオサーファクタントを0.2質量%以上、10質量%以下、溶媒として水を含み、且つ高分子増粘剤を含まないか或いはその濃度が1.0質量%未満である溶液中で円筒または円板を回転させ、使用した円筒または円板に働く粘性抵抗トルクを測定し、得られた測定値を換算することにより求めることができる。粘性抵抗トルクは、常法により測定することができる。上記粘度としては、40mPa・s以上が好ましく、50mPa・s以上がより好ましく、また、500Pa・s以下が好ましい。
【0040】
本願は、2020年1月22日に出願された日本国特許出願第2020-8230号に基づく優先権の利益を主張するものである。2020年1月22日に出願された日本国特許出願第2020-8230号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0042】
実施例1
リン脂質(「L-α-ジミリストイルホスファチジルコリン」日油社製,以下、「DMPC」と略記する)(625mg)を試験管に秤量し、クロロホルムを加えることで溶解させた。ボルテックスミキサーで溶液を撹拌しながら試験管内に窒素ガスを吹き付け、クロロホルムを除去することにより、試験管の壁面に脂質フィルムを形成させた。デシケーター中で2日間静置した後、水またはpH7.4のリン酸緩衝液(5mL)を加え、室温で10分間水和させた。その後、3分間ボルテックスミキサーで撹拌することで、200mMのDMPCリポソーム水溶液を調製した。なお、DMPCの濃度は、リン脂質定量キット(「リン脂質C-テストワコー」和光純薬社製)を用いて測定した。
次に、サーファクチンナトリウム(以下、「SFNa」と略記する)(524mg)を試験管に秤量し、リン酸緩衝液(pH7.4)(10mL)または水を加えることで、50mMのSFNa水溶液を調整した。上記200mM DMPCリポソーム水溶液(2480μL)と50mM SFNa水溶液(2000μL)を、5520μLのリン酸緩衝液(pH7.4)または水と共に混合し、DMPCとSFNaの合計濃度が4質量%または8質量%となるように混合し、ボルテックスミキサーで3分間撹拌した後、小型恒温振とう培養機(「バイオシェイカーBR-23FD」タイテック社製)を使って200rpmで一昼夜撹拌した。
その結果、図1に示すように、粘稠な透明組成物が得られ、DMPCの組成が高い場合、試験管を傾けても界面をそのまま維持する増粘ゲル状組成物が得られることが分かった。また、予めリポソームを調製せずに、DMPCとSFNaの粉末を試験管に量り取り、水を加えて1分間ボルテックスミキサーで撹拌した後、上記と同様に一昼夜撹拌したことによっても、粉末が若干溶け残るものの同様の結果が得られた。なお、これらの溶液のpHを測定したところ、中性付近のpH7.5程度であった。
【0043】
また、DMPCとSFNaの合計割合が8質量%である増粘ゲル状組成物の動的粘弾性を測定した。動的粘弾性は、アントンパール社製のモジュラーコンパクトレオメータ302と、直径49.977mmのSANDBLASTEDパラレルプレートを用い、25℃にて測定した。結果を図2に示す。
図2(a)には、歪みを35%に固定した際の貯蔵弾性率(G’)および損失弾性率(G’’)の角周波数依存性を示す。その結果、損失弾性率(G”)曲線は、貯蔵弾性率(G’)曲線との交点において極大値を持つこと、また、極大となった各角周波数以上において、貯蔵弾性率(G’)曲線がほぼ一定となることから、このゲル状組成物が典型的なMaxwell流体の挙動を示すことが判明した。
図2(b)には、このゲル状組成物のCole-Coleプロット(G’vsG”)を示す。半円状にデータが分布していることからも、典型的なMaxwell流体の挙動を示すことが判明した。この挙動は、高分子の絡み合いによる粘弾性発現とは異なり、このゲル状組成物が紐状分子集合体を形成していることを示唆している。
本発明の紐状分子集合体を形成した組成物は、静的状態では粘性を示し、攪拌などの力をかけると流動性が高くなる性質を示す。この紐状分子集合体構造を有する本発明の組成物は、チクソトロピー性を有しており、掌に組成物をとった段階では紐状分子集合体構造に起因する粘性のために、ダレ落ちを防止でき、皮膚への塗布行為を行う際には紐状分子集合体構造が崩壊し、粘性が低下するため塗布が容易となる。また塗布後は再度紐状分子集合体構造が回復するために塗布箇所からのダレ落ちは起き難いという優れた使用特性を発揮する。
従来の、増粘性保湿製剤をそのまま皮膚に塗布する外用剤は、皮膚上の塩分により、粘性が低下したり、多糖類などの高分子増粘剤を多量に配合して粘性を維持した場合には、べたつきが生じる問題があった。本発明の紐状分子集合体を形成した組成物を適用すれば、粘性を維持し、べたつきのない、使用感の良好な外用剤を提供できる。
【0044】
実施例2
SFNaの濃度を10mM、DMPCの濃度を50mMとした以外は実施例1と同様にしてゲル状組成物を調製した。得られたゲル状組成物を急速凍結し、高真空条件下において表面を割断した。次にその割断面の溶媒をエッチングして観察対象物を露出させた後、その表面で白金およびカーボンによるレプリカ膜を作成し、フリーズフラクチャー透過型電子顕微鏡(FF-TEM,「JEM-1010」日本電子株式会社製)により観察した。結果を図3に示す。
図3の通り、DMPC:SFNa=5:1(質量比)であるゲル状組成物には紐状の絡み合う分子集合体が観察され、任意に選択した20箇所の紐幅の平均値は20.4±3.7nmであった。この幅はCTAB等の通常の界面活性剤が形成する紐状ミセルよりも数倍も大きいことから、DMPCとSFNaが形成する平板状のナノ粒子が互いに積層して紐状の分子集合体を形成したと考えられる。
本発明に係る増粘剤が、高分子を含まなくても増粘性を示す理由は、かかる分子集合体構造によると考えられる。
図1
図2
図3