(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-17
(45)【発行日】2025-02-26
(54)【発明の名称】被検出物質の検出方法および被検出物質の検出システム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/17 20060101AFI20250218BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20250218BHJP
G01N 15/14 20240101ALI20250218BHJP
【FI】
G01N21/17 A
G01N33/543 541Z
G01N15/14 C
(21)【出願番号】P 2021543081
(86)(22)【出願日】2020-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2020032758
(87)【国際公開番号】W WO2021040021
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-07-31
(31)【優先権主張番号】P 2019158131
(32)【優先日】2019-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 未来社会創造事業 「低侵襲ハイスループット光濃縮システムの開発」委託事業 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯田 琢也
(72)【発明者】
【氏名】床波 志保
(72)【発明者】
【氏名】中瀬 生彦
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-006465(JP,A)
【文献】特開平05-296914(JP,A)
【文献】国際公開第2014/192937(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/207937(WO,A1)
【文献】特開平09-329602(JP,A)
【文献】Mayu Ueda,Microflow-mediated optical assembly of nanoparticles with femtogram protein via shrinkage of light-induced bubbles Scilightfeatured,APL Photonics,2019年01月,Vol.4 No.1,pp.010802-1~010802-6,https://doi.org/10.1063/1.5079306
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/74
G01N 33/48-33/98
G01N 37/00
G01N 15/00-15/1492
JSTPlus(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料をポンプを用いて、
上面および下面を有するマイクロ流路内が充填された状態で前記マイクロ流路に流通させるステップと、
前記被検出物質と前記複数の微粒子との凝集体が形成されるように、前記複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を前記マイクロ流路を流通している前記液体試料に照射するステップと、
前記液体試料からの光を受けた受光器からの信号に基づいて前記被検出物質を検出するステップとを含
み、
前記照射するステップは、前記非共鳴光の照射方向と同方向の散逸力を前記複数の微粒子に作用させることで、前記上面および前記下面のうち前記非共鳴光の照射方向下方の面に前記複数の微粒子を押し付けるステップを含む、被検出物質の検出方法。
【請求項2】
被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料をポンプを用いて、マイクロ流路内が充填された状態で前記マイクロ流路に流通させるステップと、
前記被検出物質と前記複数の微粒子との凝集体が形成されるように、前記複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を前記マイクロ流路を流通している前記液体試料に照射するステップと、
前記液体試料からの光を受けたカメラからの信号に基づいて前記被検出物質を検出するステップとを含み、
前記検出するステップは、
前記液体試料を前記カメラにより撮影した画像に基づき、前記被検出物質と前記複数の微粒子とが凝集することで形成された凝集体のサイズを表す指標を算出するステップと、
前記液体試料が前記マイクロ流路を流通している条件下において前記被検出物質の濃度と前記指標との間に予め求められた定量的な対応関係を参照することによって、算出された前記指標から前記液体試料に含まれる前記被検出物質の濃度を算出するステップとを含む
、被検出物質の検出方法。
【請求項3】
被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料をポンプを用いて、マイクロ流路内が充填された状態で前記マイクロ流路に流通させるステップと、
前記被検出物質と前記複数の微粒子との凝集体が形成されるように、前記複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を前記マイクロ流路を流通している前記液体試料に照射するステップと、
前記液体試料からの光を受けた受光器からの信号に基づいて前記被検出物質を検出するステップとを含み、
前記照射するステップの後に前記非共鳴光の照射を停止するステップをさらに含み、
前記検出するステップは、前記非共鳴光の照射が停止してから前記液体試料の流通により前記凝集体を洗浄するのに要する時間だけ待機した後に前記受光器から取得された信号に基づいて、前記被検出物質を検出するステップを含み、
前記凝集体の洗浄は、前記複数の微粒子のうち前記凝集体に結合していない微粒子を前記液体試料の流通方向に押し流して前記凝集体から遠ざける作用である
、被検出物質の検出方法。
【請求項4】
前記検出するステップは、前記非共鳴光の照射継続中に前記受光器から取得した信号の強度変化に基づいて、前記液体試料に前記被検出物質が含まれているか否かを判定するステップを含む、請求項
1に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項5】
前記複数の微粒子の各々の比重は、前記複数の微粒子の分散媒の比重よりも大きく、
前記照射するステップは、前記非共鳴光を前記液体試料の上方から下方に向けて照射するステップを含む、請求項1
~4のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項6】
前記照射するステップは、前記非共鳴光の焦点が前記マイクロ流路よりも前記非共鳴光の照射方向後方に位置する条件下で前記非共鳴光を前記液体試料に照射するステップを含む、請求項1
~5のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項7】
前記照射するステップは、前記非共鳴光が照射されない領域が局所的に残った状態で、前記非共鳴光を前記液体試料に照射するステップを含む、請求項1
~6のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項8】
前記流通させるステップに先立ち、前記液体試料の流速を、前記被検出物質と前記複数の微粒子とが結合して前記凝集体の成長が進み、かつ、成長した前記凝集体が分裂することを抑制可能な流速に調整するステップをさらに含む、請求項1
~7のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項9】
前記被検出物質および前記複数の微粒子のうちの少なくとも一方は、蛍光色素により修飾されている、請求項1
~8のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項10】
前記複数の微粒子の直径と前記非共鳴光の波長域との組み合わせは、前記非共鳴光を前記複数の微粒子に照射した場合に前記非共鳴光がミー散乱を起こすように定められる、請求項1
~9のいずれか1項に記載の被検出物質の検出方法。
【請求項11】
上面および下面を有するマイクロ流路が設けられた検出キットを保持するように構成されたホルダと、
被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料を前記マイクロ流路内が充填された状態で前記マイクロ流路に流通させるポンプと、
前記複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を前記マイクロ流路を流通している前記液体試料に照射する光源と、
前記液体試料からの光を受ける受光器と、
前記受光器からの信号に基づいて前記被検出物質の検出処理を実行する演算装置とを備え
、
前記光源は、前記上面および前記下面のうち前記非共鳴光の照射方向下方の面に前記複数の微粒子が押し付けられるように、前記非共鳴光の照射方向と同方向の散逸力を前記複数の微粒子に作用させるように構成されている、被検出物質の検出システム。
【請求項12】
マイクロ流路が設けられた検出キットを保持するように構成されたホルダと、
被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料を前記マイクロ流路内が充填された状態で前記マイクロ流路に流通させるポンプと、
前記複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を前記マイクロ流路を流通している前記液体試料に照射する光源と、
前記液体試料を撮影するカメラと、
前記カメラからの信号に基づいて前記被検出物質の検出処理を実行する演算装置とを備え、
前記演算装置は、前記検出処理において、
前記カメラにより撮影された画像から、前記被検出物質と前記複数の微粒子とが凝集することによって形成された凝集体のサイズを表す指標を算出し、
前記液体試料が前記マイクロ流路を流通している条件下において前記被検出物質の濃度と前記指標との間に予め求められた定量的な対応関係を参照することによって、算出された前記指標から前記液体試料に含まれる前記被検出物質の濃度を算出する
、被検出物質の検出システム。
【請求項13】
前記光源からの前記非共鳴光を前記液体試料に照射し、かつ、前記液体試料からの光を前記
カメラへと導く共焦点光学系をさらに備え、
前記演算装置は、前記カメラにより撮影された3次元画像から前記凝集体の体積を前記指標として算出する、請求項
12に記載の被検出物質の検出システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被検出物質の検出方法および被検出物質の検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる可能性がある被検出物質を検出する様々な技術が実用化されている。被検出物質の例としては、アレルギー物質、がん細胞由来のタンパク質、核酸または小胞などが挙げられる。たとえばタンパク質の検出技術として、ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)法またはSPR(Surface Plasmon Resonance)法などが知られている。ELISA法により検出可能な被検出物質の最低濃度(検出限界)は0.3[ng/mL]程度とされ、SPR法の検出限界は1[μg/mL]程度とされている。また、いずれの手法によっても被検出物質の検出には数時間を要する。
【0003】
光を用いて被検出物質を検出する技術が提案されている。たとえば国際公開第2014/192937号(特許文献1)に開示された被検出物質の検出装置は、複数の金属ナノ粒子と、光源と、対物レンズと、受光器と、検出器とを備える。複数の金属ナノ粒子の各々は、被検出物質を特異的に付着可能なホスト分子で修飾されている。光源は、複数の金属ナノ粒子を集合させるための偏光を発する。対物レンズは、偏光を集光して、集光された偏光を、試料と複数の金属ナノ粒子とを含む液体に導入する。受光器は、液体からの光を受ける。検出器は、受光器からの信号に基づいて、被検出物質を検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2014/192937号
【文献】国際公開第2015/170758号
【非特許文献】
【0005】
【文献】鈴木祥夫、入門講座「総タンパク質の定量法」、ぶんせき、2018年2月号p.2~9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
被検出物質の検出感度を高めたり被検出物質の検出時間を短縮したりする技術、言い換えれば、微量の被検出物質を迅速に検出可能な技術に対する要望が常に存在する。
【0007】
本開示は、かかる課題を解決するためになされたものであり、本開示の目的は、被検出物質を迅速かつ高感度に検出することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示のある局面に従う被検出物質の検出方法は、第1~第3のステップを含む。第1のステップは、被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料をポンプを用いてマイクロ流路に流通させるステップである。第2のステップは、複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を液体試料に照射するステップである。第3のステップは、液体試料からの光(透過光、反射光または散乱光)を受けた受光器からの信号に基づいて被検出物質を検出するステップである。
【0009】
受光器は、液体試料を撮影するカメラを含む。検出するステップ(第3のステップ)は、液体試料をカメラにより撮影した画像に基づき、被検出物質と複数の微粒子とが凝集することで形成された凝集体のサイズを表す指標を算出するステップと、被検出物質の濃度と指標との間に予め求められた対応関係を参照することによって、算出された指標から液体試料に含まれる被検出物質の濃度を算出するステップとを含む。
【0010】
被検出物質の検出方法は、照射するステップ(第1のステップ)の後に非共鳴光の照射を停止するステップをさらに含む。検出するステップ(第3のステップ)は、非共鳴光の照射が停止してから所定期間だけ待機した後に受光器から取得された信号に基づいて、被検出物質を検出するステップを含む。
【0011】
検出するステップ(第3のステップ)は、非共鳴光の照射継続中に受光器から取得した信号の強度変化に基づいて、液体試料に被検出物質が含まれているか否かを判定するステップを含む。
【0012】
複数の微粒子の各々の比重は、複数の微粒子の分散媒の比重よりも大きい。照射するステップ(第2のステップ)は、非共鳴光を液体試料の上方から下方に向けて照射するステップを含む。
【0013】
照射するステップ(第2のステップ)は、非共鳴光の焦点がマイクロ流路よりも非共鳴光の照射方向後方に位置する条件下で非共鳴光を液体試料に照射するステップを含む。
【0014】
照射するステップ(第2のステップ)は、非共鳴光が照射されない領域が局所的に残った状態で、非共鳴光を液体試料に照射するステップを含む。
【0015】
被検出物質の検出方法は、流通させるステップ(第1のステップ)に先立ち、液体試料の流速を、被検出物質と複数の微粒子とが凝集後に分裂することを抑制可能な流速に調整するステップをさらに含む。
【0016】
被検出物質および複数の微粒子のうちの少なくとも一方は、その表面が蛍光分子により修飾されているか、その内部に蛍光分子をドープ(または発現)している。
【0017】
前記複数の微粒子の直径と前記非共鳴光の波長域との組み合わせは、前記非共鳴光を前記複数の微粒子に照射した場合に前記非共鳴光がミー散乱を起こすように定められる。
【0018】
本開示の他の局面に従う被検出物質の検出システムは、ホルダと、ポンプと、光源と、受光器と、演算装置とを備える。ホルダは、マイクロ流路が設けられた検出キットを保持するように構成されている。ポンプは、被検出物質に特異的に結合するホスト分子で各々が修飾された複数の微粒子を含む液体試料をマイクロ流路に流通させる。光源は、複数の微粒子の電子的共鳴の波長域外の光である非共鳴光を液体試料に照射する。受光器は、液体試料からの光(透過光、反射光または散乱光)を受ける。演算装置は、受光器からの信号に基づいて被検出物質の検出処理を実行する。
【0019】
光源は、複数の微粒子によりミー散乱を起こす波長域の光を非共鳴光として液体試料に照射する。
【0020】
受光器は、液体試料を撮影するカメラを含む。演算装置は、検出処理において、カメラにより撮影された画像から、被検出物質と複数の微粒子とが凝集することによって形成された凝集体のサイズを表す指標を算出する。演算装置は、被検出物質の濃度と指標との間に予め求められた対応関係を参照することによって、算出された指標から液体試料に含まれる被検出物質の濃度を算出する。
【0021】
被検出物質の検出システムは、共焦点光学系をさらに備える。共焦点光学系は、光源からの非共鳴光を液体試料に照射し、かつ、液体試料からの透過光または反射光を受光器へと導く。演算装置は、カメラにより撮影された3次元画像から凝集体の体積を指標として算出する。
【発明の効果】
【0022】
本開示によれば、被検出物質を迅速かつ高感度に検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】ある被検出物質の検出原理を説明するための概念図である。
【
図3】他の被検出物質の検出原理を説明するための概念図である。
【
図4】実施の形態1に係る抗原検出システムの全体構成を概略的に示す図である。
【
図5】レーザ光の照射時における検出キットの様子を示す模式図である。
【
図6】
図5のVI-VI線に沿う検出キットの断面図である。
【
図7】レーザ光の照射時における検出キットを撮影した画像である。
【
図8】検出キットへのレーザ光の照射態様を説明するための図である。
【
図9】検出キットへのレーザ光の照射時におけるラテックスビーズの凝集メカニズムを説明するための図である。
【
図10】ラテックスビーズのサイズとレーザ光の波長との間の関係を説明するための概念図である。
【
図11】ラテックスビーズの消衰スペクトルの測定結果の一例を示す図である。
【
図12】実施の形態1における第1の抗原検出処理を示すフローチャートである。
【
図13】実施の形態1における第2の抗原検出処理を示すフローチャートである。
【
図14】ターゲット抗原の濃度(ターゲット濃度)を算出するための検量線の一例を示す概念図である。
【
図15】ターゲット濃度とラテックスビーズの凝集面積との間の関係の測定結果を示す図である。
【
図16】サンプルの流速がラテックスビーズの凝集に及ぼす影響を説明するための概念図である。
【
図17】被検出物質がCD80であり、レーザ光を検出キットの下方から上方に向けて照射した場合(上方照射時)におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
【
図18】
図17に示す画像から求められた、被検出物質がCD80である場合のターゲット濃度と凝集面積との間の関係を示す図である。
【
図19】上方照射時においても凝集面積に誤差が生じる理由を説明するための概念図である。
【
図20】被検出物質がCD80であり、10倍レンズを用いた場合におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
【
図21】被検出物質がCD80であり、40倍レンズを用いた場合におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
【
図22】
図20および
図21に示す画像から求められた、被検出物質がCD80である場合のターゲット濃度とラテックスビーズの凝集面積との間の関係を示す図である。
【
図23】被検出物質がFDPである実施例2におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
【
図24】被検出物質がFDPである場合のターゲット濃度とラテックスビーズの凝集面積との間の関係を示す図である。
【
図25】レーザ光の照射停止後に待機時間を設ける意味を説明するための概念図である。
【
図26】被検出物質がFDPである場合の上方照射時におけるターゲット濃度とラテックスビーズの凝集面積との間の関係を示す図である。
【
図27】
図26に示す画像から求められた、被検出物質がFDPである場合のターゲット濃度とラテックスビーズの凝集面積との間の関係を示す図である。
【
図28】デフォーカス条件を説明するための図である。
【
図29】被検出物質がCD80である場合にデフォーカス条件下でマイクロ流路の底面に生じた凝集体の画像を示す図である。
【
図30】デフォーカス条件下におけるターゲット濃度と凝集面積との間の関係を示す図である。
【
図31】デフォーカス条件下におけるラテックスビーズの凝集メカニズムを説明するための図である。
【
図32】デフォーカス条件下におけるターゲット濃度と多層割合との間の関係を示す図である。
【
図33】被検出物質がCD9/CD63複合エピトープである場合のデフォーカス条件下におけるターゲット濃度と多層割合との間の関係を示す図である。
【
図34】3種類の検出キットを撮影した画像である。
【
図36】第1~第3のマイクロ流路の各々について、流路幅と照射スポット径との間の関係を説明するための断面拡大図である。
【
図37】第2のマイクロ流路と第3のマイクロ流路との間のメカニズムの違いを説明するための図である。
【
図38】第2のマイクロ流路よりもさらに流路幅が狭い場合においてラテックスビーズが閉塞している様子を撮影した画像を示す図である。
【
図39】第3のマイクロ流路の底面に生じた凝集体の画像を示す図である。
【
図40】ELISA法により得られた検量線を比較例として示す図である。
【
図41】第3のマイクロ流路を用いて得られた検量線を示す図である。
【
図42】被検出物質がエクソソームである場合にELISA法により得られた検量線を比較例として示す図である。
【
図43】本実施例において被検出物質がエクソソームである場合に得られた検量線を示す図である。
【
図44】2種類のシリンジポンプを用いて得られた検量線を示す図である。
【
図45】実施の形態2に係る抗原検出システムの全体構成を概略的に示す図である。
【
図46】実施の形態2における第1の抗原検出処理を示すフローチャートである。
【
図47】実施の形態2における第2の抗原検出処理を示すフローチャートである。
【
図48】被検出物質がCD9/CD63複合エピトープであり、ビーズが蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路に形成された凝集体の光学顕微鏡像を示す図である。
【
図49】被検出物質がCD9/CD63複合エピトープであり、ビーズが蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路に形成された凝集体の3次元蛍光像を示す図である。
【
図50】被検出物質が非蛍光性エクソソームであり、ビーズが蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路に形成された凝集体の光学顕微鏡像を示す図である。
【
図51】被検出物質が非蛍光性エクソソームであり、ビーズが蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路に形成された凝集体の3次元蛍光像を示す図である。
【
図52】被検出物質が蛍光性エクソソームであり、ビーズが非蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路に形成された凝集体の2次元蛍光像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付して、その説明は繰り返さない。
【0025】
<用語の説明>
本開示およびその実施の形態において、「試料」とは、被検出物質を含む物質または被検出物質を含む可能性がある物質を意味する。試料は、たとえば動物(たとえばヒト、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ニワトリ、ラット、マウスなど)からの生体試料であり得る。生体試料は、たとえば、血液、組織、細胞、分泌液、体液等を含み得る。なお、「試料」はそれらの希釈物または分離物(血清、血漿等)を含んでもよい。「液体試料」とは、試料を含有する液体である。
【0026】
本開示およびその実施の形態において、「被検出物質」とは、ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでのサイズを有し、検出キットを用いて検出される物質を意味する。被検出物質の形状は特に限定されず、たとえば球形状、楕円球形状、ロッド形状(棹形状)である。被検出物質が楕円球形状である場合、楕円球の短軸方向および長軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。被検出物質がロッド状である場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。
【0027】
被検出物質の例としては、細胞、微生物(細菌、真菌等)、小胞(エクソソーム、マイクロベクシル、アポトーシス小体等)、生体高分子(タンパク質、核酸、脂質、多糖類等)、抗原(アレルゲン等)およびウイルスなどが挙げられる。タンパク質の具体例としては、CD9,CD63,CD80,CD81等のCD(Cluster of Differentiation)分類された抗体、IL-6等のサイトカイン、または、アルブミンなどが挙げられる。核酸としてはDNAまたはRNAが挙げられる。具体的には、核酸は、遊離DNA(cell free DNA, cfDNA)、がん細胞由来の血中腫瘍DNA(circulating tumor DNA, ctDNA)、メッセンジャーRNA(mRNA)およびマイクロRNA(miRNA)などを含む。ただし、被検出物質は、生体由来の物質(生体物質)に限定されず、樹脂ビーズ金属ナノ粒子、金属ナノ粒子集合体、金属ナノ粒子集積構造体、半導体ナノ粒子、有機ナノ粒子などであってもよい。
【0028】
本開示およびその実施の形態において、「微粒子」とは、ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでのサイズを有する物質を意味する。微粒子の形状は、球形状に限定されるものではなく、楕円球形状またはロッド形状などであってもよい。微粒子が楕円球形状である場合、楕円球の長軸方向の長さおよび短軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。微粒子がロッド形状である場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでの範囲内であればよい。
【0029】
微粒子の例としては、金属ナノ粒子、金属ナノ粒子集合体、金属ナノ粒子集積構造体、半導体ナノ粒子、有機ナノ粒子、樹脂ビーズ、磁性ビーズ、微小粒子状物質(PM:Particulate Matter)などが挙げられる。「金属ナノ粒子」とは、ナノメートルのオーダーのサイズを有する金属粒子である。「金属ナノ粒子集合体」とは、複数の金属ナノ粒子が凝集することによって形成された集合体である。「金属ナノ粒子集積構造体」とは、たとえば、複数の金属ナノ粒子が相互作用部位を介してビーズの表面に固定され、互いに隙間を設けて、金属ナノ粒子の直径以下の間隔で配置された構造体である。「半導体ナノ粒子」とは、ナノメートルのオーダーのサイズを有する半導体粒子である。「有機ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する有機化合物からなる粒子である。「樹脂ビーズ」とは、ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでのサイズを有する樹脂からなる粒子である。「磁性ビーズ」とは、ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまでのサイズを有する磁性を帯びた粒子(磁性体を内部に分散または包埋したポリマー微粒子)である。「PM」とは、マイクロメートルオーダーのサイズを有する粒子状物質である。
【0030】
本開示およびその実施の形態において、「ナノメートルオーダー」には、1nmから1000nm(=1μm)までの範囲が含まれる。「マイクロメートルオーダー」には、1μmから1000μm(=1mm)までの範囲が含まれる。したがって、「ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまで」には、1nmから1000μmまでの範囲が含まれる。「ナノメートルオーダーからマイクロメートルオーダーまで」との用語は、典型的には数nm~数百μmの範囲を意味し、好ましくは100nm~100μmの範囲を意味し、より好ましくは1μm~数十μmの範囲を意味し得る。
【0031】
本開示およびその実施の形態において、「ホスト分子」とは、被検出物質に特異的に結合(特異的な付着であってもよい)することが可能な物質を意味する。ホスト分子と被検出物質との組み合わせとしては、たとえば、抗原と抗体、糖鎖とタンパク質、脂質とタンパク質、低分子化合物(リガンド)とタンパク質、タンパク質とタンパク質、一本鎖DNAと一本鎖DNAなどが挙げられる。これらの特異的親和性を有する両者のうちのいずれか一方が被検出物質である場合に、他方をホスト分子として用いることができる。すなわち、たとえば抗原が被検出物質である場合には、抗体をホスト分子として用いることができる。逆に抗体が被検出物質である場合には、抗原をホスト分子として用いることができる。また、DNAのハイブリダイゼーションにおいては、被検出物質がターゲットDNAであり、ホスト分子がプローブDNAである。また、DNAと特異的に結合する抗DNA抗体(たとえば、二重鎖DNAと特異的に結合する抗dsDNA、または、一本鎖DNAと特異的に結合する抗ssDNAなど)もホスト分子として用いることができる。なお、抗原は、アレルゲン、微生物(細菌、真菌など)、ウイルス、小胞などを含み得る。また、抗体の種類を変えることによって、検出可能なアレルゲン、微生物またはウイルスの種類を変えることもできる。したがって、本開示により検出可能なアレルゲン、微生物またはウイルスの種類は特に限定されるものではない。また、被検出物質が重金属である場合には、重金属イオンを捕集可能な物質をホスト分子として利用できる。
【0032】
ホスト分子は、ホスト分子と微粒子との間の相互作用により微粒子の表面に固定される。ホスト分子を微粒子表面に固定するのに用いられる相互作用の種類は微粒子の種類に応じて定まる。相互作用は、共有結合、イオン結合、金属結合、ファンデルワールス力、静電的相互作用、疎水性相互作用、分子間力(たとえば水素結合)および吸着力などを含む。
【0033】
本開示およびその実施の形態において、「マイクロ流路」とは、液体を流通させる流路の断面がマイクロメートルオーダーである流路を意味する。たとえば流路断面が長方形である場合には、長方形の短辺および長辺のうちの少なくとも一方の長さがマイクロメートルオーダーであればよい。流路断面が円形である場合には、直径の長さがマイクロメートルオーダーであればよい。
【0034】
本開示およびその実施の形態において、「光誘起力」とは、散逸力、勾配力および物質間光誘起力の総称として用いられる。散逸力とは、光散乱あるいは光吸収といった散逸的過程において、光の運動量が物質に与えられることによって発生する力である。勾配力は、光誘起分極が生じた物質が不均一な電磁場の中に置かれた場合に、電磁気学的なポテンシャルの安定点に物質を移動させる力である。物質間光誘起力とは、光励起された複数の物質中の誘起分極から生じる縦電場による力と横電場(輻射場)による力との和である。
【0035】
本開示およびその実施の形態において、「共鳴光」とは、微粒子への入射によって微粒子に電子励起由来の大きな光誘起分極を生じさせる光を意味する。光誘起分極とは、物質内部の電子が光によって励起されることにより生じる電気分極である。「微粒子の電子的共鳴の波長域」とは、たとえば微粒子が金属ナノ粒子である場合には、局在表面プラズモン共鳴のピークの半値全幅に対応する波長域である。この波長域は、微粒子のサイズに応じて定まり、微粒子が金属ナノ粒子である場合、典型的には400nm~700nmの可視光の波長域に含まれる。微粒子が半導体微粒子または有機微粒子(ポリスチレンなどの有機材料からなる微粒子)である場合には、バンド間遷移または励起子共鳴(電子-正孔対の共鳴)などの電子的共鳴の波長域が共鳴光の波長域となる。微粒子が有機微粒子である場合、「微粒子の電子的共鳴の波長域」は、典型的には400nmよりも短波長側の波長域に含まれる。
【0036】
一方、「非共鳴光」とは、微粒子への入射によって微粒子に生じる光誘起分極が小さな光を意味する。たとえば微粒子が金属微粒子である場合には、「微粒子の電子的共鳴の波長域外」とは、局在表面プラズモン共鳴のピークの半値全幅の外の波長域である。この波長域は、微粒子のサイズに応じて定まり、微粒子が金属ナノ粒子である場合、典型的には赤外の波長域に含まれる。「赤外の波長域」とは、700nm~10,000μm(=1mm)の波長域を指し、好ましくは700nm~2,500nmの波長域を指し、より好ましくは700nm~1,400nmの波長域を指す。なお、「微粒子の局在表面プラズモン共鳴の波長域外」が紫外の波長域(10nm~400nmの波長域)に含まれる場合もある。微粒子が有機微粒子である場合、「微粒子の電子的共鳴の波長域外」は、バンド間遷移または励起子共鳴(電子-正孔対の共鳴)などの電子的共鳴の波長域外の波長域である。この波長域は、400nmよりも長波長側の波長域に含まれる。
【0037】
本開示およびその実施の形態において、「白色光」とは、紫外域~近赤外域の波長範囲(たとえば200nm~1100nmの波長範囲)を有する光を意味する。白色光は、連続光であってもよいしパルス光であってもよい。
【0038】
[実施の形態1]
<被検出物質の検出原理>
図1は、ある被検出物質の検出原理を説明するための概念図である。実施の形態1では、いわゆるラテックス(Latex)凝集法を用いて被検出物質が検出される。より詳細には、
図1に示す例では、2種類のビーズB1,B2が準備される。
【0039】
ビーズB1,B2の各々は、共通のビーズ本体B0を含む。ビーズ本体B0は、ポリスチレンからなる樹脂ビーズ(ラテックスビーズ)である。ビーズ本体B0は、一般的なラテックスビーズと同様に、マイクロメートルオーダーのサイズ(典型的には直径1μm~5μm程度のサイズ)を有する。ビーズ本体B0の材料は、アクリル、ポリオレフィン、ポリエチレン、ポリプロピレン等の他の樹脂であってもよい。
【0040】
ビーズB1において、ビーズ本体B0は、第1抗体B11により修飾されている。第1抗体B11の修飾には、アビジンB12とビオチンB13とが用いられている。アビジンB12は、アビジンB12とビーズ本体B0との間の相互作用により、ビーズ本体B0の表面に固定されている。ビオチンB13は、第1抗体B11と結合することで第1抗体B11を標識する。第1抗体B11は、アビジンB12とビオチンB13との間の強い親和性により、ビーズ本体B0の表面に修飾されている。
【0041】
ビーズB2において、ビーズ本体B0は、第2抗体B21により修飾されている。第2抗体B21も第1抗体B11と同様に、アビジンB22とビオチンB23とによってビーズ本体B0の表面に修飾されている。
【0042】
図1に示す例における被検出物質Xは抗原である。具体的には、CD80などを被検出物質Xとすることができる。CD80はB7-1と呼ばれることもある。被検出物質Xは、抗体が抗原に結合する部位を意味する「エピトープ」が設けられた、抗原以外の物質であってもよい。また、被検出物質Xは、複数のエピトープを含む物質であってもよい。そのような物質としては、CD9/CD63複合エピトープが挙げられる。
【0043】
被検出物質Xは、第1抗体B11との間で抗原抗体反応を起こすとともに、第2抗体B21との間で抗原抗体反応を起こす。そのため、被検出物質Xの存在下において、ビーズB1とビーズB2とは、被検出物質Xを介して結合する。
図1では、ビーズB1が1つの第1抗体B11のみで修飾されている例を示す。しかし、実際のビーズB1は、より多くの第1抗体B11により修飾されている。ビーズB2についても同様である。そのため、被検出物質Xを含む試料に複数のビーズB1,B2が導入されると、複数のビーズB1,B2が抗原抗体反応により凝集することでビーズB1,B2の凝集体が形成される。
【0044】
図2は、被検出物質Xの他の一例を示す図である。被検出物質Xは、表面に様々な膜タンパク質を有する細胞外ナノ粒子であってもよい。具体的には、細胞から分泌されるエクソソーム(細胞外小胞)を被検出物質Xとすることができる。大腸がん細胞、肺がん細胞、子宮頸がん細胞などのがん細胞由来のエクソソームが知られている。エクソソームは、バイオマーカーとして診断に利用するなど各種応用に向けた研究が進められている。
図3には、4回膜貫通型の膜タンパク質(具体的にはテトラスパニン)を表面に有するエクソソームが模式的に例示されている。エクソソームの典型的なサイズは、直径30nm~150nm程度である。
【0045】
図3は、他の被検出物質の検出原理を説明するための概念図である。被検出物質の種類によっては2種類のビーズは必ずしも必要ではない。
図3に示す例では、1種類のビーズB3のみが準備される。ビーズB3は、ビーズ本体B0と、ビーズ本体B0を修飾する抗体B31とを含む。
【0046】
この例における被検出物質Yも抗原であり、具体的には、たとえばフィブリノゲン・フィブリン分解産物(FDP:Fibrin/fibrinogen Degradation Products)である。複数のビーズB3と被検出物質Yとを組み合わせた場合にも、複数のビーズB3が被検出物質Yとの抗原抗体反応により凝集し、ビーズB3の凝集体が形成される。
【0047】
<検出システムの全体構成>
図4は、実施の形態1に係る抗原検出システムの全体構成を概略的に示す図である。以下では、CD80(
図1参照)、エクソソーム(
図2参照)等の被検出物質Xを検出するための構成について代表的に説明する。x方向およびy方向は水平方向を表す。x方向とy方向とは互いに直交する。z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはz方向下方である。
【0048】
図4を参照して、実施の形態1に係る抗原検出システム100は、XYZ軸ステージ10と、調整機構20と、シリンジポンプ30と、レーザ光源41と、照明光源42と、ダイクロイックミラー43と、対物レンズ50と、カメラ60と、コントローラ70とを備える。
【0049】
XYZ軸ステージ10は、検出キット90を保持するように構成されている。検出キット90は、サンプルSPが流通するマイクロ流路92が基材91上に設けられたマイクロ流路チップである。サンプルSPとは、被検出物質Xを含む可能性がある液体試料である。検出キット90の詳細な構成については
図5および
図6にて説明する。検出キット90には、マイクロ流路92にサンプルSPを導入するための毛細管31と、マイクロ流路92からサンプルSPを排出するための毛細管32とが接続されている。なお、XYZ軸ステージ10は、本開示に係る「ホルダ」に相当する。
【0050】
調整機構20は、コントローラ70からの指令に応じて、検出キット90が設置されたXYZ軸ステージ10のx方向、y方向およびz方向の位置を調整する。本実施の形態では対物レンズ50の位置が固定されている。そのため、XYZ軸ステージ10の位置を調整することにより、検出キット90と対物レンズ50との相対的な位置関係が調整される。調整機構20としては、たとえば、顕微鏡に付属のサーボモータおよび焦準ハンドルなどの駆動機構を用いることができるが、調整機構20の具体的な構成は特に限定されるものではない。調整機構20は、固定された検出キット90に対して対物レンズ50の位置を調整してもよい。
【0051】
図示しないが、抗原検出システム100にレーザ変位計を設けてもよい。レーザ変位計は、レーザ変位計のレーザ出射口と検出キット90との間の鉛直方向の距離を測定するとともに、検出キット90の水平方向の変位を測定する。調整機構20は、レーザ変位計の測定結果に基づいてXYZ軸ステージ10の位置を調整し、それによりレーザ光源41から出射されるレーザ光L1のビームウエストの位置(後述)を調整できる。
【0052】
シリンジポンプ30は、マイクロ流路92の上流側に設けられた毛細管31に接続されている。シリンジポンプ30は、コントローラ70からの指令に応じて圧力駆動流を調節して毛細管31にサンプルSPを吐出することで、検出キット90にサンプルSPを流通させる。さらに、シリンジポンプ30は、圧力駆動流によるサンプルSPの流れの速さ(以下、「流速V」と記載する)を調整可能に構成されている。
【0053】
シリンジポンプ30は、本開示に係る「ポンプ」に相当する。「ポンプ」は、圧力、遠心力または回転力などの作用によりサンプルSPを送り出すことが可能に構成されていればよい。「ポンプ」が電動式であることは必須ではなく、手動式であってもよい。そのため、シリンジポンプ30に代えて、たとえばディスペンサまたはマイクロピペットを採用してもよい。
【0054】
レーザ光源41は、コントローラ70からの指令に応じてレーザ光L1を発する。レーザ光L1は、光誘起力を発生させることでサンプルSP中の微粒子を捕捉するために用いられる。レーザ光L1は、ビーズB1,B2の電子的共鳴の波長域から外れた波長を有する「非共鳴光」である。電子的共鳴の波長域は、ビーズB1,B2のサイズ(直径)によって異なる。実施の形態1におけるビーズB1,B2の直径は2μmである。この場合、ビーズB1,B2の電子的共鳴の波長域は、400nm未満の波長域である。一方、レーザ光L1の波長は、電子的共鳴の波長域外の波長であり、たとえば近赤外域に含まれる波長(実施の形態1では1064nm)である。このように、ビーズB1,B2の直径とレーザ光L1の波長との適切な組み合わせを採用することにより、レーザ光L1をビーズB1,B2に照射した場合にレーザ光L1がミー(Mie)散乱を起こす条件を満たすことができる。ミー散乱については
図11にて詳細に説明する。なお、レーザ光源41は、本開示に係る「光源」に相当する。
【0055】
照明光源42は、コントローラ70からの指令に応じて、検出キット90内のサンプルSPを照らすための白色光L2を発する。一例として、ハロゲンランプを照明光源42として用いることができる。
【0056】
ダイクロイックミラー43は、レーザ光源41からのレーザ光L1を反射する一方で、照明光源42からの白色光L2を透過する。なお、ダイクロイックミラー43および対物レンズ50は、たとえば倒立型顕微鏡本体または正立型顕微鏡本体に組み込むことができる。
【0057】
対物レンズ50は、レーザ光源41から発せられ、ダイクロイックミラー43で反射したレーザ光L1を集光する。対物レンズ50により集光された光は、検出キット90(より詳細にはマイクロ流路92(
図5参照))に照射される。対物レンズ50は、照明光源42から検出キット90に照射された白色光L2を取り込むためにも用いられる。対物レンズ50により取り込まれた白色光L2は、ダイクロイックミラー43によりカメラ60へと導かれる。
【0058】
カメラ60は、コントローラ70からの指令に応じて、白色光L2が照射された検出キット90内のサンプルSPを撮影し、撮影された画像をコントローラ70に出力する。カメラ60は、静止画を撮影するスチールカメラであってもよいし、動画を撮影するビデオカメラであってもよい。なお、カメラ60は、本開示に係る「受光器」に相当する。本開示に係る「受光器」は、画像データを出力する機器に限られず、フォトダイオード、光電子増倍管(PMT:Photomultiplier)などを含み得る。
【0059】
コントローラ70は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサ71と、ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)などのメモリ72と、入出力ポート73とを含むマイクロコンピュータである。コントローラ70は、抗原検出システム100内の各機器(調整機構20、シリンジポンプ30、レーザ光源41、照明光源42およびカメラ60)を制御する。また、コントローラ70は、カメラ60により撮影された画像に所定の画像処理を施すことで抗原を検出する「抗原検出処理」を実行する。コントローラ70による抗原検出処理については後に詳細に説明する。コントローラ70は、本開示に係る「演算装置」に相当する。
【0060】
なお、抗原検出システム100の光学系は、レーザ光源41からのレーザ光L1を検出キット90に照射することが可能であるととともに、検出キット90からの白色光L2をカメラ60に取り込むことが可能であれば、
図4に示した構成に限定されるものではない。たとえば、後に
図7にて説明するように、検出キット90に対するレーザ光L1の照射方向を適宜変更できる。抗原検出システム100の光学系は、ダイクロイックミラー43に代えてまたは加えて他の光学部品(ミラー、ビームスプリッタ、プリズム、光ファイバ等)を含んでもよい。抗原検出システム100において、調整機構20および照明光源42は必須の構成要素ではない。
【0061】
<検出キットの構成>
図5は、レーザ光L1の照射時における検出キット90の様子を示す模式図である。前述のように、検出キット90の基材91にはマイクロ流路92が形成されている。
図5に示す例では、マイクロ流路92は、1つのインレット921に対して1つのアウトレット922が形成された非分岐型の流路である。以下では、マイクロ流路92におけるサンプルSPの流通方向をx方向とする。
【0062】
検出キット90は、レーザ光L1および白色光L2に対して透明な材料で作成できる。好ましくは、検出キット90に用いられる材料は、たとえばガラスまたは石英のように、偏光であるレーザ光L1に対して異方性を示さない材料である。
【0063】
図6は、
図5のVI-VI線に沿う検出キット90の断面図である。
図6に示すように、マイクロ流路92の断面は、たとえば長方形形状を有する。一例として、長方形の横幅(流路幅、y方向の長さ)は350μmであり、長方形の高さ(z方向の長さ)は100μmである。サンプルSPは、マイクロ流路92を充填した状態(すなわち空気を含まない状態)でマイクロ流路92内を流通する。
【0064】
図7は、レーザ光L1の照射時における検出キット90を撮影した画像である。マイクロ流路92中の微小な黒点の各々がビーズB1またはビーズB2である。サンプルSPの流通方向は、画像右側から左側に向かう方向(x方向)である。ビーズB1,B2の凝集体が画像中央付近に形成されていることを確認できる。
【0065】
<上方照射および下方照射>
図8は、検出キット90へのレーザ光L1の照射態様を説明するための図である。本実施の形態においては、レーザ光L1が2通りの照射態様のうちのいずれかの態様により検出キット90に照射されるように、抗原検出システム100の光学系が構成されている。以下では、対物レンズ50を検出キット90の上方に配置し、検出キット90の上方から下方に向けてレーザ光L1を照射するレーザ光L1の照射態様を「下方照射」とも称する。反対に、対物レンズ50を検出キット90の下方に配置し、検出キット90の下方から上方に向けてレーザ光L1を照射するレーザ光L1の照射態様を「上方照射」とも称する。
【0066】
対物レンズ50の焦点にレーザ光L1のビームウエストが形成される。ビームウエストにおけるビーム直径(最小スポット径φ0)は、たとえば数μm~数十μm程度である。最小スポット径φ0が大きいほど、マイクロ流路92を流れるサンプルSPに対するレーザ光L1の照射面積が大きくなる。よって、レーザ光L1の強度が十分高ければ、より多くのビーズB1,B2を集積できる可能性がある。また、最小スポット径φ0が大きいほど、レーザ光L1の照射を受けずにマイクロ流路92を通過してしまうビーズB1,B2の量を減らすことができる。
【0067】
後述する一部の測定例(
図15、
図17、
図18など)では、下方照射および上方照射のいずれにおいても、ビームウエストがマイクロ流路92の内部に位置するように、検出キット90と対物レンズ50との間の相対的な位置関係が調整される(フォーカス条件)。ビームウエストの高さは、レーザ光L1の波長および対物レンズ50の仕様(倍率等)から既知である。よって、調整機構20を用いてXYZ軸ステージ10の鉛直方向の位置を調整することで、狙った高さにビームウエストを調整できる。
【0068】
下方照射において、マイクロ流路92の底面を基準(z=0)とした、レーザ光L1のビームウエストの鉛直方向の位置(z座標)をzbtmと記載する。たとえば、zbtm=0である場合、レーザ光L1のビームウエストがマイクロ流路92の底面に位置する。zbtm=50μmである場合、レーザ光L1のビームウエストがマイクロ流路92の底面よりも50μmだけ上方に位置する。一方、上方照射において、マイクロ流路92の上面を基準(z=0)とした、レーザ光L1のビームウエストの鉛直方向の位置(z座標)をztopと記載する。
【0069】
なお、レーザ光L1の最小スポット径φ0は、対物レンズ50の倍率に加えて、ビームウエストの位置zbtm(またはztop)によっても異なり得る。ある測定例では、対物レンズ50の倍率が10倍であり、かつ、zbtm=0である場合に、最小スポット径φ0=4.66μmであった。対物レンズ50の倍率が10倍であり、かつ、zbtm=50μmである場合、最小スポット径φ0=19.7μmであった。
【0070】
<凝集メカニズム>
図9は、検出キット90へのレーザ光L1の照射時におけるビーズB1,B2の凝集メカニズムを説明するための図である。レーザ光L1のビームウエストがサンプルSP中に位置するように調整した上でレーザ光L1を検出キット90に照射することで、光誘起力(より詳細には物質間光誘起力および勾配力)によりビーズB1,B2がビームウエストの近傍に集まる。これにより、ビームウエスト近傍におけるビーズB1,B2の密度が他の位置(ビームウエストから十分に離れた位置)におけるビーズB1,B2の密度と比べて局所的に高くなる。
【0071】
被検出物質Xがビームウエストの周囲に存在する場合、
図1にて説明したように、ビーズB1の表面に修飾された第1抗体B11と被検出物質Xとの間、および、ビーズB2の表面に修飾された第2抗体B21と被検出物質Xとの間で抗原抗体反応が起こり、ビーズB1とビーズB2とが被検出物質Xを介して結合する。抗原検出システム100では、シリンジポンプ30を用いてサンプルSPを流通させることで新たな被検出物質Xがビームウエストの周囲に次々に供給されるので、静止した液体中と比べて、抗原抗体反応が起こり易い。抗原抗体反応が繰り返されることでビーズB1,B2の凝集体が形成される。
【0072】
ビーズB1,B2の凝集体のサイズが増大するに従って、凝集体の周囲に存在する被検出物質Xが凝集体に遭遇する確率が高まるので、抗原抗体反応が起こる頻度が増加する。言い換えると、実施の形態1に係る抗原検出システム100によれば、レーザ光L1の照射によってビーズB1,B2の凝集を加速させる「光誘導加速」を実現できる。その結果、ビーズB1,B2が高密度に凝集した凝集体が短時間で形成される。そして、形成した凝集体を光学的に検出することで、サンプルSPが被検出物質Xを含むと迅速に判定できる。
【0073】
ビーズB1,B2には、物質間光誘起力および勾配力に加えて、散逸力がレーザ光L1の照射方向と同方向に作用する。上方照射の場合、ビーズB1,B2は、下方から上方への散逸力が作用することでマイクロ流路92の上面に押し付けられる。一方、下方照射の場合、ビーズB1,B2は、上方から下方への散逸力が作用することでマイクロ流路92の底面に押し付けられる。
【0074】
ラテックスビーズの比重が1.04[g/cm3]程度と水の比重と同程度であるのに対し、磁性ビーズの比重は約1.6[g/cm3]である。磁性ビーズのように微粒子の比重(質量密度)が周囲の分散媒の比重(この例では純水)よりも十分に大きい場合、微粒子は、攪拌・静置後のサンプルSP中で沈降してマイクロ流路92の底面に近い位置に分散する傾向がある。そのため、マイクロ流路92の底面で凝集体を形成する下方照射の方が、マイクロ流路92の上面で凝集体を形成する上方照射よりも効果的であり、より効率良く微粒子の凝集体を形成できる。
【0075】
図10は、ビーズB1,B2のサイズとレーザ光L1の波長との間の関係を説明するための概念図である。前述のように、ビーズB1,B2の典型的な直径は1μm~5μm程度(後述の実施例では約2μm)である。ビーズB1,B2の電子的共鳴の波長域は、ビーズB1,B2の直径に応じて定まり、上記の直径に対しては400nmよりも短波長側の波長域である。
【0076】
レーザ光L1がビーズB1,B2の直径と比べて十分に長い波長(たとえば10倍以上の波長)を有する場合、レーザ光L1のほとんどはビーズB1,B2を素通りしてしまう。より詳細には、ビーズB1,B2に照射されたレーザ光L1は、レイリー(Rayleigh)散乱を起こす。レイリー散乱により生じる散逸力は、ビーズB1,B2の直径の6乗に比例する。そのため、レイリー散乱では弱い光誘起力しか発生しない。
【0077】
これに対し、実施の形態1において、レーザ光L1は、電子的共鳴の波長域から外れた波長を有する非共鳴光である。具体的には、レーザ光L1は、1064nmの波長、すなわち、ビーズB1,B2の直径と同程度の波長を有する。
【0078】
図11は、ビーズB1,B2の消衰スペクトルの測定結果の一例を示す図である。
図11には、上から順に、ビーズB1,B2の直径が5μmである場合、ビーズB1,B2の直径が2μmである場合、ビーズB1,B2の直径が1μmである場合の消衰スペクトルが示されている。なお、消衰スペクトルとは、散乱スペクトルと吸収スペクトルとを足し合わせたものである。
【0079】
図11より、ビーズB1,B2の直径が5μmまたは2μmである場合に、波長1064nm付近で特に大きな消衰が起こることが分かる。これは、レーザ光L1がビーズB1,B2の直径と同程度の波長を有する場合、レーザ光L1がビーズB1,B2に閉じ込められた後にミー散乱を起こすためである(
図10参照)。
【0080】
ミー散乱により生じる散逸力は、ビーズB1,B2の直径の2乗に比例するため、強い光誘起力が発生する。この強い光誘起力によって、より強力にマイクロ流路92の上面(上方照射の場合)または底面(下方照射の場合)にビーズB1,B2を押し付けることができる。その結果、より効率良くビーズB1,B2の凝集体を形成できる。
【0081】
このように、ビーズB1,B2の直径とレーザ光L1の波長との組み合わせは、ビーズB1,B2への照射時にレーザ光L1がミー散乱を起こすように選定することが望ましい。なお、ここでは、始めにビーズB1,B2の直径が決定され、その後、ビーズB1,B2の直径に応じてレーザ光L1の波長が選定されるように説明した。しかし、レーザ光L1の波長に応じて、使用するビーズB1,B2の直径を選定してもよい。
【0082】
<抗原検出フロー>
続いて、実施の形態1における2通りの抗原検出処理について説明する。第1の抗原検出処理は、サンプルSP中に被検出物質Xが含有されているかどうかを検出する処理である。第2の抗原検出処理は、サンプルSP中における被検出物質Xの含有濃度を定量する処理である。
【0083】
図12は、実施の形態1における第1の抗原検出処理を示すフローチャートである。
図12および後述する
図13に示すフローチャートは、所定条件の成立時(たとえばユーザが図示しない開始ボタンを操作したとき)に実行される。これらのフローチャートに含まれる各ステップは、基本的にはコントローラ70によるソフトウェア処理によって実現されるが、その一部または全部がコントローラ70内に作製されたハードウェア(電気回路)によって実現されてもよい。以下、ステップを「S」と略す。
【0084】
なお、レーザ光L1のビームウエストの位置(マイクロ流路92の底面を基準(z=0)とした場合のz座標であるzbtm、または、マイクロ流路92の上面を基準(z=0)とした場合のz座標であるztop)は、所望の値に予め設定されているものとする。
【0085】
図12を参照して、S101において、コントローラ70は、検出キット90をXYZ軸ステージ10上に設置する。この処理は、たとえば、検出キット90の送り機構(図示せず)により実現できる。ただし、ユーザが手作業で検出キット90を設置してもよい。
【0086】
S102において、コントローラ70は、検出キット90へのサンプルSPの流通を開始するようにシリンジポンプ30を制御する。この際、コントローラ70は、サンプルSPの流速Vが事前に実験的に求められた適切な流速となるようにシリンジポンプ30を制御することが好ましい。ここでの流速Vとは、サンプルSPの流速開始時から流通終了時までの流速の時間平均である。
【0087】
S103において、コントローラ70は、検出キット90へのレーザ光L1の照射を開始(または継続)するようにレーザ光源41を制御する。これにより、被検出物質XがサンプルSPに含まれていた場合、光誘起力により捕捉されたビーズB1,B2に被検出物質Xが遭遇して両者が結合することでビーズB1,B2の凝集体が形成される。ビーズB1,B2の凝集体は、レーザ光L1の照射時間が長くなるにつれて成長する。
【0088】
S104において、コントローラ70は、レーザ光L1の照射開始時からの経過時間が規定時間(後述する例では3分間または4分間)に達したか否かを判定する。コントローラ70は、光照射時間が規定時間に達していない場合(S4においてNO)には処理をS103に戻す。これにより、レーザ光L1の照射が継続される。光照射時間が規定時間に達すると(S104においてYES)、コントローラ70は、処理をS105に進める。
【0089】
S105において、コントローラ70は、検出キット90への白色光L2の照射を開始するように照明光源42を制御する。そして、コントローラ70は、レーザ光L1の照射位置における検出キット90の画像を撮影するようにカメラ60を制御する(S106)。
【0090】
S107において、コントローラ70は、S106にて撮影された画像に所定の画像処理を施すことで、ビーズB1,B2の凝集体が画像中に確認されたかどうかを判定する。この画像処理には、種々の公知の画像処理技術を用いることができる。たとえば、ビーズB1,B2の凝集体が形成された領域では、白色光L2の透過光が減少して画像の色が濃くなる(後述する
図17等を参照)。そのため、画像の色が濃くなった領域の有無(または領域の面積の大小)に基づいて、ビーズB1,B2の凝集体が形成されたかどうかを判定できる。あるいは、パターン認識の技術を用いてビーズB1,B2の凝集体の形状の特徴を抽出することで、凝集体が形成されたかどうかを判定することも可能である。
【0091】
また、カメラに代えて他の受光器(フォトダイオードなど)を用いる場合には、受光器からの信号強度に基づいてビーズB1,B2の凝集体の有無を判定できる。より具体的には、ビーズB1,B2の凝集体が形成されると、白色光L2がビーズB1,B2の凝集体により遮られる。そのため、ビーズB1,B2の凝集体が形成された場合には、ビーズB1,B2の凝集体が形成されていない場合と比べて、受光器からの信号強度が低下する。したがって、レーザ光L1の照射継続中に受光器からの信号強度が低下したか否かによって、ビーズB1,B2の凝集体の有無を判定できる。
【0092】
ビーズB1,B2の凝集体が確認された場合(S107においてYES)、コントローラ70は、被検出物質XがサンプルSPに含まれていると判定する(S108)。一方、ビーズB1,B2の凝集体が確認されなかった場合(S107においてNO)、コントローラ70は、被検出物質Xは非検出である(サンプルSPに含まれていない)と判定する(S109)。
【0093】
その後、コントローラ70は、サンプルSPの流通を停止するようにシリンジポンプ30を制御する(S110)。また、コントローラ70は、レーザ光L1の照射を停止するようにレーザ光源41を制御するとともに、白色光L2の照射を停止するように照明光源42を制御する(S111)。これにより、一連の処理が終了する。
【0094】
なお、サンプルSPの流通を開始する処理(S102の処理)と、レーザ光L1の照射を開始する処理(S103の処理)と、白色光L2の照射を開始する処理(S105の処理)との順序は、適宜入れ替えることができる。たとえば、白色光L2の照射下で検出キット90の画像(ここでは動画)を撮影しながらサンプルSPの流通を開始し、その後にレーザ光L1の照射を開始してもよい。逆に、動画撮影中にレーザ光L1の照射を開始し、その後にサンプルSPの流通を開始してもよい。
【0095】
図13は、実施の形態1における第2の抗原検出処理を示すフローチャートである。
図13を参照して、S201~S204の処理は、第1の抗原検出処理におけるS101~S104の処理(
図12参照)とそれぞれ同様であるため、説明は繰り返さない。
【0096】
S205において、コントローラ70は、レーザ光L1の照射を停止するようにレーザ光源41を制御する。さらに、コントローラ70は、レーザ光L1の照射停止後、所定時間(後述する例では10秒間)だけ待機する。
【0097】
S206において、コントローラ70は、検出キット90への白色光L2の照射を開始するように照明光源42を制御する。そして、コントローラ70は、レーザ光L1の照射位置における検出キット90の画像を撮影するようにカメラ60を制御する(S207)。
【0098】
S208において、コントローラ70は、S207にて撮影された画像に画像処理を施し、ビーズB1,B2が凝集することで画像の色が濃くなった領域の面積を算出する。以下、当該領域の面積を「凝集面積A」と記載する。凝集面積Aは、本開示に係る「凝集体のサイズを表す指標」の一例である。
【0099】
S209において、予め準備された検量線を用いることによって、S207にて算出された凝集面積Aから被検出物質Xの濃度を決定する。以下、被検出物質Xの濃度を「ターゲット濃度」と略す場合がある。
【0100】
図14は、被検出物質Xの濃度を算出するための検量線の一例を示す概念図である。
図14および後述する
図15等において、横軸は被検出物質Xの濃度(ターゲット濃度)を表す。縦軸は、ビーズB1,B2の凝集面積Aを表す。
【0101】
ターゲット濃度とビーズB1,B2の凝集面積Aとの間には対応関係が存在する。
図14に示すように、ターゲット濃度が高いほど、ビーズB1,B2の凝集面積Aも大きくなる。このような対応関係が測定条件(レーザ光L1の強度および照射時間、対物レンズ50の倍率、レーザ光L1のビームウエストの位置z
topまたはz
btmなどに関する条件)毎に事前実験により求められ、検量線としてコントローラ70のメモリ72に格納されている。したがって、コントローラ70は、測定条件に応じた検量線をメモリ72から読み出すことによって、ビーズB1,B2の凝集面積Aからターゲット濃度を決定できる。
【0102】
図13に戻り、その後のS210,S211の処理は、
図12に示したフローチャートにおけるS110,S111の処理とそれぞれ同様である。S211の処理の終了に伴い、一連の処理が終了する。なお、検出キット90の画像撮影に先立ってレーザ光L1の照射を停止して待機する処理(S206の処理)は必須ではない。この待機処理の効果については後述する。
【0103】
以下の実施例1~4においては、抗原検出システム100を用いた被検出物質の検出結果(被検出物質の濃度測定結果)について説明する。実施例1~4では、2種類のビーズB1,B2を用いて被検出物質Xの濃度を測定した。被検出物質XはCD80であり、ビーズB1,B2の表面を抗CD80抗体により修飾した。
【0104】
[実施例1]
<ターゲット抗原の濃度依存性>
図15は、被検出物質XがCD80である場合のターゲット濃度とビーズB1,B2の凝集面積Aとの間の関係の測定結果を示す図である。
図15には、下方照射におけるマイクロ流路92の底面からのレーザ光L1のビームウエストの位置z
btmを2通り(z
btm=0μm,50μm)に設定し、かつ、サンプルSPの流速Vを2通り(V=47.6[μm/s],476[μm/s])に設定した場合(つまり、位置z
btmと流速Vとの組合せにより4通りの測定条件が存在する場合)の測定結果が示されている。
【0105】
図15および後述する
図18等において、エラーバーは、各ターゲット濃度において複数回の測定を行った結果の測定誤差、具体的にはビーズB1,B2の凝集面積Aの標準偏差を表している。
図15では、流速V=47.6[μm/s]である場合については4回の測定結果のエラーバーが示されており、流速V=476[μm/s]である場合については3回の測定結果のエラーバーが示されている。
【0106】
0[pg/mL]~250[pg/mL]の濃度範囲で5通りのターゲット濃度(被検出物質Xの質量濃度)を準備した。いずれの濃度も極めて低濃度であり、サンプルSPに含まれる被検出物質Xの量は極微量である。対物レンズ50の倍率は10倍であった。
【0107】
図15を参照して、4通りの測定条件のいずれにおいても、基本的に、ターゲット濃度の増大とともにビーズB1,B2の凝集面積Aが増加するという、
図14に示したような比例傾向を確認できた。これにより、凝集面積Aからターゲット濃度を検出可能であることが裏付けられたと言える。その一方で、多くのターゲット濃度においてエラーバーが長いことから、測定条件の最適化に改善の余地があることが分かる。
【0108】
[実施例2]
<サンプルの流速の影響>
図16は、サンプルSPの流速VがビーズB1,B2の凝集に及ぼす影響を説明するための概念図である。ビーズB1,B2と被検出物質Xとが遭遇して結合するかどうかは確率的な事象である。しかし、流速Vが遅い場合(たとえばV=47.6[μm/s]である場合)、レーザ光L1のビームウエストに対するビーズB1,B2および被検出物質Xの単位時間当たりの供給量が相対的に少ないため、ビーズB1,B2と被検出物質Xとの遭遇確率が低い。よって、数分間の光照射時間が経過するまでの間にビーズB1,B2が被検出物質Xを介して結合して凝集体の成長がある程度進む場合もあれば、ビーズB1,B2と被検出物質Xとが遭遇せずにビーズB1,B2があまり結合できず、凝集体の成長が進みにくい場合もある(上図参照)。したがって、流速Vが過度に低流速(V=47.6[μm/s])である場合にはエラーバーが大きくなると考えられる。
【0109】
一方、流速Vが速い場合(たとえばV=476[μm/s]である場合)には、ビーズB1,B2および被検出物質Xの単位時間当たりの供給量が相対的に多い。そのため、3分間の光照射時間の間にビーズB1,B2の凝集体の成長が進みやすい。しかしながら、ビーズB1,B2の凝集体が高流速の流体から受ける抵抗も大きいので、一旦、形成されつつあった凝集体が分裂する(凝集体の一部が千切れる)可能性がある(下図参照)。分裂して流される凝集体のサイズがばらつくため、残る側の凝集体のサイズもばらつく。したがって、流速Vが過度に高流速(V=476[μm/s])である場合にもエラーバーが大きくなると考えられる。
【0110】
このような理由により、流速Vには、たとえば、マイクロ流路92の特性(流路内壁の形状、親水性/疎水性など)、ビーズB1,B2の特性(形状、サイズ、濃度、親水性/疎水性、帯電など)、サンプルSPの特性(溶媒の粘度など)に応じて、適切な範囲が存在する。よって、抗原検出処理の実行開始に先立ち、流速Vを最適化しておくことが望ましい。シリンジポンプ30からの流速Vは、サンプルSPの流通開始に先立ち、ビーズB1,B2と被検出物質Xとが特異的に結合して凝集体の成長が進む最適な流速に調整される。また、後に実施例10(
図44参照)にて説明するように、流速Vを所望の値の付近で高精度に調整可能なシリンジポンプ30を採用することが望ましい。
【0111】
[実施例3]
<レーザ光の照射方向の影響>
次に、レーザ光L1を上方照射した場合の測定結果を、レーザ光L1を下方照射の場合の測定結果(
図15参照)と比較する。
【0112】
図17は、被検出物質がCD80であり、レーザ光L1を検出キット90の下方から上方に向けて照射した場合(上方照射時)におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。この例においても倍率10倍の対物レンズ50を用いた。また、マイクロ流路92の上面を基準としたビームウエストの位置z
top=0μmに設定した。さらに、サンプルSPの流速Vを119[μm/s]に設定した。サンプルSPの流通方向は、図中右側から左側に向かう方向であった。
【0113】
上方照射においても、ターゲット濃度が高いほど、ビーズB1,B2の凝集面積Aが大きくなる傾向が確認された。また、ビーズB1,B2の凝集体の形状がサンプルSPの流通方向に伸びた形状となることも分かった。
【0114】
図18は、
図17に示す画像から求められた、被検出物質XがCD80である場合のターゲット濃度と凝集面積Aとの間の関係を示す図である。
図18には4回の測定結果の平均およびエラーバーが示されている。
図18より、上方照射においても下方照射と同様に、ターゲット濃度と凝集面積Aとの間の対応関係(検量線)を取得可能であることが理解される。
【0115】
下方照射時には、レーザ光L1の散逸力がビーズB1,B2に対して上方から下方に向けて作用する。ビーズB1、2の比重は水の比重と同程度(0.98~1.04[g/cm
3])であるものの、凝集体を形成したビーズB1,B2はマイクロ流路92の底面に堆積または沈降しやすい。このことが凝集面積Aの算出結果に誤差を生じさせる要因となり得る。そこで、ビーズB1,B2の堆積または沈降を防ぎ、この誤差要因を取り除くことを目的に、下方照射に代えて上方照射を採用することも考えられる。しかし、上方照射により得られた凝集面積Aのエラーバーは、下方照射により得られた凝集面積Aのエラーバー(
図15参照)と同程度の長さであった。
【0116】
図19は、上方照射時においても凝集面積Aに誤差が生じる理由を説明するための概念図である。レーザ光L1のビームウエストの位置に形成されたビーズB1,B2の凝集体に、サンプルSPの流通とともに新たなビーズB1,B2が供給されて結合することで、凝集体が成長する。この際、重力の影響により、凝集体は、ビームウエストの上方には伸びにくく、ビームウエストの下方には伸びやすい。凝集体がビームウエストの下方に伸びると、凝集体を鉛直方向に観察したときに、凝集体を構成するビーズB1,B2が互いに重複することになる。この重複部分は、凝集面積Aに反映されないので、実際の凝集体のサイズと凝集面積Aとの間に誤差を生じさせ、凝集面積Aの算出精度を低下させ得る(詳細については後述する
図25の説明も参照)。
【0117】
[実施例4]
<対物レンズの倍率の影響>
続いて、対物レンズ50の倍率がビーズB1,B2の凝集体に与える影響について説明する。以下では、倍率が10倍の対物レンズ50を「10倍レンズ」とも記載し、倍率が40倍の対物レンズ50を「40倍レンズ」とも記載する。
【0118】
図20は、被検出物質XがCD80であり、10倍レンズを用いた場合におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
図21は、被検出物質XがCD80であり、40倍レンズを用いた場合におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
図20および
図21には、ターゲット濃度を0[pg/mL]から2.5[ng/mL](=2500[pg/mL])までの濃度範囲で6通りに設定し、下方照射により取得された画像が示されている。また、
図20および
図21において、左側の画像は、レーザ光L1を3分間照射した後に取得された画像である。右側の画像は、3分間のレーザ光L1の照射後にレーザ光L1の照射を停止し、その後、10秒間が経過したときに取得された画像である。
【0119】
図20および
図21に示すように、実施の形態1においては、光誘導加速によって3分間程度でビーズB1,B2の凝集体が観察された。つまり、被検出物質X(CD80)の検出に要する時間は、わずか3分程度であった。光誘導加速を行わない手法(たとえばELISA法)では検出時間が約2時間であることを考えると、実施の形態1によれば被検出物質Xの検出時間が大幅に短縮されていることが分かる。
【0120】
また、ターゲット濃度が等しい条件下で比較すると、40倍レンズを用いた場合には、10倍レンズを用いた場合と比べて、ビーズB1,B2の凝集体のサイズが大きくなる様子が観察された。その理由は以下のように考えられる。40倍レンズを用いた場合には、10倍レンズを用いた場合と比べて、ビームウエストのサイズが小さい分だけビームウエストにおける電場強度および電場強度勾配が強くなる。そうすると、ビーズB1,B2に作用する光誘起力(物質間光誘起力および勾配力)が強くなるので、ビーズB1,B2が凝集しやすい。
【0121】
図22は、
図20および
図21に示す画像から求められた、被検出物質XがCD80である場合のターゲット濃度とビーズB1,B2の凝集面積Aとの間の関係を示す図である。
図22には4回の測定結果の平均およびエラーバーが示されている。マイクロ流路92の底面を基準としたビームウエストの位置z
btm=0μmに設定した。サンプルSPの流速Vは119[μm/s]に設定した。
【0122】
図22を参照して、10倍レンズを用いた場合には、ターゲット濃度が高いほど、ビーズB1,B2の凝集面積Aが大きくなる傾向が確認された。ただし、ターゲット濃度が250[pg/mL]から2500[pg/mL]に増大しても、それに伴う凝集面積Aの増加は比較的小さかった。そのため、ターゲット濃度をより高濃度にしても凝集面積Aが単調には増加しなくなる可能性がある。
【0123】
また、有意差検定を行うと、ターゲット濃度25[pg/mL]の群の両側確率は0.011となった。両側確率が0.05(=5%)以内であることから、25[pg/mL]の群と2.5[pg/mL]の群との間に有意な差があることが確認された。したがって、この実施例における被検出物質X(CD80)の検出限界は2.5[pg/mL]と見積もられた。光誘導加速を行わないELISA法の検出限界が約20[pg/mL]であるので、本実施例における被検出物質Xの検出限界が1桁程度低濃度である(すなわち、検出感度が1桁高い)ことが分かる。
【0124】
一方、40倍レンズを用いた場合、ターゲット濃度が2500[pg/mL]のときの凝集面積Aが、ターゲット濃度が250[pg/mL]のときの凝集面積Aよりも小さくなった。また、ターゲット濃度が250[pg/mL]または2500[pg/mL]である場合のエラーバーが非常に大きくなった。これは、40倍レンズの使用によりビーズB1,B2の凝集体が過度に大きく成長する結果、ビーズB1,B2の凝集体の一部が分裂してサンプルSPの流通方向に流されてしまったためと考えられる。
【0125】
[実施例5]
<FDPの濃度依存性>
実施例5~実施例7では、被検出物質Yがフィブリノゲン・フィブリン分解産物(FDP)である場合の濃度測定結果について説明する。
図3にて説明したように、被検出物質Y(FDP)の検出には、1種類の抗FDP抗体により修飾されたビーズB3が用いられる。
【0126】
図23は、被検出物質YがFDPである実施例2におけるレーザスポット近傍の画像を示す図である。
図23および後述する
図26には、被検出物質Yの濃度(ターゲット濃度)を0[ng/mL]~120[μg/mL]の濃度範囲で6通りに設定した場合に、各ターゲット濃度において取得された画像が示されている。また、
図23の左側は、レーザ光L1を3分間下方照射した後に取得された画像を示す。右側は、3分間のレーザ光L1の下方照射後にレーザ光L1の照射を停止し、さらに10秒間が経過したときに取得された画像を示す。
【0127】
図23に示すように、被検出物質YがFDPである場合にも、ビーズB3の凝集体が確認された。
【0128】
図24は、被検出物質YがFDPである場合のターゲット濃度とビーズB3の凝集面積Aとの間の関係を示す図である。この例では、下方照射において、サンプルSPの流速Vを2通り(V=47.6[μm/s],119[μm/s])に設定した。また、3分間のレーザ光L1の照射後に10秒待機した場合としなかった場合とを比較した。エラーバーは、各測定条件下で4回測定した場合の測定誤差を表す。
【0129】
図24を参照して、いずれの測定条件においても、ターゲット濃度が12[μg/mL]である場合の凝集面積Aは、ターゲット濃度が0.12[μg/mL](=120[ng/mL])以下である場合の凝集面積Aと異なる。よって、ターゲット濃度が12[μg/mL]である場合には測定条件にかかわらず被検出物質Yを検出可能であることが分かる。
【0130】
その中でも右下図に示すように、流速Vを119[μm/s]に設定し、かつ、3分間のレーザ光L1の照射後に10秒間待機した場合には、ターゲット濃度が1.2[μg/mL]である場合にも被検出物質Yを検出できている可能性がある。このように、レーザ光L1の照射停止後に10秒間の待機時間を設けることで、待機時間を設けない場合(左下図参照)と比べて、被検出物質Yの検出精度が向上し、検出可能な被検出物質Yの濃度の範囲が広くなっている(検出限界がより低濃度になっている)可能性がある。
【0131】
[実施例6]
<待機時間の設定>
図25は、レーザ光L1の照射停止後に待機時間を設ける意味を説明するための概念図である。待機時間を設けることで被検出物質Yの検出精度が向上する理由としては以下の2点が考えられる。
【0132】
第1に、レーザ光L1の照射開始後、時間の経過に伴い、ビーズB3の凝集体の成長が進む。レーザ光L1の照射開始後に3分間が経過した時点では、レーザ光L1の光誘起力によりビームウエスト近傍に捕捉されているもののビーズB3の凝集体には結合していないビーズB3が存在する。このような未結合のビーズB3の量には測定毎のばらつきが大きい。よって、未結合のビーズB3は、凝集面積Aを算出する上で誤差要因となり得る。レーザ光L1の照射停止後に待機時間を設けることで、未結合のビーズB3がサンプルSPの流通方向に流されるので、誤差要因が低減される。
【0133】
第2に、ターゲット濃度と直接的に相関するパラメータは、ビーズB3の凝集体の3次元的なサイズ(体積)である。しかし、1台のカメラ60で凝集体の3次元形状を撮影するのは困難である。そのため、ターゲット濃度の定量に、ビーズB3の凝集体のサイズに代えて、その凝集体を水平面上に射影した面積である凝集面積Aを用いている。ここで、ビーズB3の凝集体には、鉛直方向(z方向)に互いに重複する部分が存在するが、このような重複部分はカメラ60では撮影されない。したがって、重複部分の大小は凝集面積Aに反映されず、凝集体のサイズと凝集面積Aとの対応が悪化する可能性がある。待機期間中には、レーザ光L1の照射停止直後と比べて、重複部分がサンプルSPの流通方向(x方向)に伸びることで、重複部分が小さくなる。その結果、ビーズB3の凝集体のサイズと凝集面積Aとの対応を改善できる。
【0134】
以上の2つの理由により、待機時間を設けることで、ビーズB3の凝集面積Aからターゲット濃度をより正確に定量することが可能になる。
【0135】
[実施例7]
<照射方向依存性および光照射時間の影響>
図26は、被検出物質YがFDPである場合の上方照射時におけるターゲット濃度とビーズB3の凝集面積Aとの間の関係を示す図である。
図26の左側は、レーザ光L1を4分間照射した後に取得された画像を示す。右側は、4分間のレーザ光L1の照射後にレーザ光L1の照射を停止し、その後、10秒間が経過したときに取得された画像を示す。
【0136】
図27は、
図26に示す画像から求められた、被検出物質YがFDPである場合のターゲット濃度とビーズB3の凝集面積Aとの間の関係を示す図である。
図27を参照して、上方照射においては、レーザ光L1の照射後に待機時間を設けた場合(下図参照)のエラーバーの長さは、待機時間を設けなかった場合(上図参照)のエラーバーの長さと同程度であった。これより、上方照射時には下方照射時(
図24参照)とは異なり、待機時間を設ける効果が小さいことが分かる。
【0137】
また、
図24と
図27とを比較すると、レーザ光L1の照射時間を3分間から4分間に長くしたことで、各ターゲット濃度におけるエラーバーが短くなった。これにより、測定条件最適化の一環としてレーザ光L1の照射時間の最適化が重要であることが分かる。
【0138】
[実施例8]
<デフォーカス条件>
実施例8,9では、被検出物質XがCD80またはCD9/CD63複合エピトープである場合において、レーザ光L1のビームウエストがマイクロ流路92を外れた条件下で光誘導加速を実施した結果について説明する。以下、この条件を「デフォーカス条件」とも呼ぶ。
【0139】
図28は、デフォーカス条件を説明するための図である。
図28を参照して、デフォーカス条件とは、より詳細には、レーザ光L1のビームウエストがマイクロ流路92よりもレーザ光L1の照射方向後方に位置するとの条件である。
図28には、下方照射において、ビームウエストがマイクロ流路92の底面よりも下方に位置する条件が図示されている。この条件は、マイクロ流路92の底面を基準(z=0)に設定した場合のビームウエストの位置z
btmが負になる条件とも言い換えられる。
【0140】
図29は、被検出物質XがCD80である場合にデフォーカス条件下でマイクロ流路92の底面に生じた凝集体の画像を示す図である。ビームウエストをマイクロ流路92の底面よりも65μmだけ下方に調整した(z
btm=-65μm)。40倍レンズ透過後のレーザ出力は0.53Wであった。サンプルSPの流速V=119[μm/s]に設定した。
【0141】
図29に示すように、ターゲット濃度が比較的高い場合(特にターゲット濃度が25[pg/mL]以上である場合)、画像の色が相対的に薄い領域(以下、「薄色領域」とも呼ぶ)を輪郭とし、その中に画像の色が相対的に濃い領域(以下、「濃色領域」とも呼ぶ)の存在を確認できた。一方で、ターゲット濃度が極めて低濃度である場合(ターゲット濃度が2.5[pg/mL]以下である場合)にも薄色領域を確認できた。これは、ターゲット濃度が低濃度であってもビーズB1,B2の凝集が生じていることを意味している。
【0142】
図30は、デフォーカス条件下におけるターゲット濃度と凝集面積Aとの間の関係を示す図である。デフォーカス条件下では、前述のフォーカス条件下(レーザ光L1のビームウエストがマイクロ流路92内に位置する条件)での各測定結果とは異なり、ターゲット濃度の増大とともにビーズB1,B2の凝集面積Aが増加するとの比例傾向は確認されなかった。これはデフォーカス条件に特有のビーズB1,B2の凝集メカニズムに起因すると考えられる。
【0143】
図31は、デフォーカス条件下におけるビーズB1,B2の凝集メカニズムを説明するための図である。
図31では、マイクロ流路92の底面におけるレーザ光L1(レーザスポット)を黒い円で示している。
【0144】
レーザ光L1の照射を受けたビーズB1,B2は、レーザ光L1の光誘起力(特に散逸力)によってマイクロ流路92の底面に押し付けられる。これにより、マイクロ流路92の底面上にビーズB1,B2が単層状に並ぶ(上図参照)。その単層の上に他のビーズB1,B2がさらに押し付けられることで、ビーズB1,B2の多層構造が形成される(中段の図参照)。ただし、被検出物質Xを介して結合されていないビーズB1,B2は、サンプルSPの流通方向に押し流される(下図参照)。このような、いわば「洗浄効果」の結果、被検出物質Xを介して結合したビーズB1,B2の多層構造が形成された領域が残る。
図29に示した濃色領域は、抗原抗体反応の結果、ビーズB1,B2の多層構造が維持された領域であると考えられる。
【0145】
このように、濃色領域は、被検出物質Xを介して結合したビーズB1,B2の量に依存する領域である。これに対し、薄色領域は、ビーズB1,B2が被検出物質Xを介して結合しているか否かにかかわらず、基本的にはレーザスポットの大きさに応じて定まる領域である。したがって、デフォーカス条件下では、画像の濃淡を区別しない凝集面積Aに代えて濃色領域の面積を用いることで、ターゲット濃度を高精度に定量することが可能になる。
【0146】
本実施例では便宜のため、濃色領域の面積を規格化する。具体的には、薄色領域の面積(画像の色が薄い輪郭内の全面積)に対する濃色領域の面積の割合を「多層割合」と定義する。
【0147】
多層割合=濃色領域の面積/全面積
図32は、デフォーカス条件下におけるターゲット濃度と多層割合との間の関係を示す図である。
図32において、横軸はターゲット濃度を表し、縦軸は多層割合を表す。後述する
図33等においても同様である。
【0148】
図32の上部に示すように、ターゲット濃度2.5[pg/mL]と25[pg/mL]との間に明確な差異が確認された。そこで、ターゲット濃度2.5[pg/mL]と25[pg/mL]との間をより詳細に5[pg/mL]間隔で測定した結果を
図32の下部に示す。
図32の下部に示されるように、デフォーカス条件下では、ターゲット濃度の増大とともに多層割合が増大するとの比例傾向が1[pg/mL]~10[pg/mL]の濃度範囲で確認された。この結果は、ELISA法等の従来の検出法と比べてターゲット濃度が1桁低い数[pg/mL]オーダーであっても検出できる可能性を示唆するものである。
【0149】
図33は、被検出物質XがCD9/CD63複合エピトープである場合のデフォーカス条件下におけるターゲット濃度と多層割合との間の関係を示す図である。測定条件は、
図29にて説明した被検出物質XがCD80である場合と共通の条件とした。
【0150】
図33を参照して、広範囲のターゲット濃度において、ターゲット濃度と多層割合との間の比例関係を確認できた。しかしながら、ターゲット濃度が極めて低濃度である場合には、大きなエラーバーに表されているように測定誤差が大きかった。これは、CD9/CD63複合エピトープとビーズB1,B2との間の結合力(親和性)が、CD80とビーズB1,B2との間の結合力と比べて弱いためと考察される。
【0151】
[実施例9]
<流路幅と照射スポット径との関係>
ターゲット濃度が極めて低濃度である場合の測定誤差を低減すべく、マイクロ流路92の幅とマイクロ流路92におけるレーザスポットの直径との間の関係を最適化した。なお、以下ではマイクロ流路92の幅を「流路幅W」と略す場合がある。また、マイクロ流路92の底面におけるレーザスポットの直径を「照射スポット径φ」と記載することで、ビームウエストにおけるレーザスポットの直径である「最小スポット径φ0」と区別する。本実施例では、流路幅Wが互いに異なる3種類の検出キット90を準備し、光誘導加速の測定を下方照射条件下で実施した。3種類のマイクロ流路92を第1~第3のマイクロ流路と記載する。
【0152】
図34は、3種類の検出キット90を撮影した画像である。
図34には上から順に第1~第3のマイクロ流路が示されている。各マイクロ流路は、長方形(正方形を含む)形状を有する。第1のマイクロ流路の流路幅W=350μmであった。第2のマイクロ流路の流路幅W=50μmであった。第3のマイクロ流路の流路幅W=100μmであった。各画像の中央に記載された円は、マイクロ流路92の底面におけるレーザスポットの大きさ(照射スポット径φ)を表している。
【0153】
図35は、3種類の検出キット90の断面図である。
図36は、第1~第3のマイクロ流路の各々について、流路幅Wと照射スポット径φとの間の関係を説明するための断面拡大図である。
図35および
図36を参照して、第1のマイクロ流路においては、流路幅W=350μmに対して、照射スポット径φ=68.3μmであった。この場合、流路幅Wが照射スポット径φよりも著しく大きいため、第1のマイクロ流路の断面の一部のみ(詳細には断面積の約34%)にレーザ光L1が照射される。
【0154】
第2のマイクロ流路においては、流路幅W=50μmに対して、照射スポット径φ=50μmであった。したがって、第2のマイクロ流路では、その断面全体にレーザ光L1が照射される。
【0155】
第3のマイクロ流路においては、流路幅W=100μmに対して、照射スポット径φ=68.3μmであった。この測定は、レーザスポットが下方ほど小さくなる下方照射条件で実施され、マイクロ流路92の上面では全体にレーザ光L1が照射される。その点を考慮すると、流路幅Wとレーザスポットの大きさとは同程度であると言える。第3のマイクロ流路の断面のほとんど全部(詳細には断面積の約95%)にレーザ光L1が照射されるものの、レーザ光L1が照射されない領域もわずかに存在する(残りの約5%)。
【0156】
本発明者らによる検討の結果、高効率な凝集かつ高精度な定量を実現できるのは、第3のマイクロ流路のようにレーザ光L1が照射されない領域が局所的に残った場合であることが明らかになった。その理由は以下のように説明できる。まず、第1のマイクロ流路では、流路幅Wがレーザスポットの大きさよりも著しく大きい。そのため、レーザ光L1の照射を受けることなくレーザスポットを素通りするビーズB1,B2の割合が高い。よって、ビーズB1,B2の凝集効率を向上させる余地がある。一方、第2または第3のマイクロ流路においては、断面の全体またはほぼ全体にレーザ光L1が照射されるため、ビーズB1,B2が凝集しやすい。第2および第3のマイクロ流路のなかでも特に第3のマイクロ流路を用いることで高い定量精度を実現できることを本発明者らは見出した。
【0157】
図37は、第2のマイクロ流路と第3のマイクロ流路との間のメカニズムの違いを説明するための図である。第2のマイクロ流路では断面全体にレーザ光L1が照射される。そうすると、ビーズB1,B2が凝集し、ビーズB1,B2の多層構造が形成される。本来であれば
図31にて説明したように、サンプルSPの流通方向に洗浄効果が生じ、被検出物質Xを介して結合されていないビーズB1,B2は、サンプルSPの流通方向に押し流される。しかし、第2のマイクロ流路では、サンプルSPの流れがビーズB1,B2により閉塞しやすく、洗浄効果が得られにくい。つまり、被検出物質Xを介して結合されていないビーズB1,B2もサンプルSPの流通方向に押し流されずに残りやすい。そうすると、多層構造が形成された領域と、被検出物質Xを介して結合したビーズB1,B2が存在する領域とが必ずしも一致しないので、多層割合からターゲット濃度を高精度には定量しにくい。なお、
図38は、第2のマイクロ流路よりもさらに流路幅Wが狭い(W=20μm)場合においてビーズB1,B2が閉塞している様子を撮影した画像を示す。
【0158】
これに対し、第3のマイクロ流路においては、レーザ光L1が照射されない領域が流路側面付近に局所的に存在する。この領域は、サンプルSPの流れのいわば「逃げ道」または「抜け穴」として機能する。したがって、第3のマイクロ流路においてはビーズB1,B2による閉塞が生じにくく、洗浄効果が得られやすい。その結果、多層構造が形成された領域と、被検出物質Xを介して結合したビーズB1,B2が存在する領域とがよく一致する。よって、多層割合からターゲット濃度を高精度に定量することが可能になる。
【0159】
図39は、第3のマイクロ流路の底面に生じた凝集体の画像を示す図である。この測定では、ビームウエストをマイクロ流路92の底面よりも65μmだけ下方に調整した(D
btm=-65μm)。40倍レンズ透過後のレーザ出力は0.27Wであった。この場合、第3のマイクロ流路の流路壁面における散逸力は、3.37pNと算出される。被検出物質XにはCD9/CD63複合エピトープを用いた。サンプルSPの流速V=119[μm/s]に設定した。
【0160】
図39をよく観察すると、ターゲット濃度が高くなるに従って、ビーズB1,B2の凝集体の輪郭内で濃色領域が増大していく様子を確認できる。
【0161】
図40は、ELISA法により得られた検量線を比較例として示す図である。
図39と同様に、被検出物質XにはCD9/CD63複合エピトープを用いた。
図40(および後述する
図42)の縦軸は、波長450nmにおける光学濃度(OD値)を表す。
図41は、第3のマイクロ流路を用いて得られた検量線を示す図である。
【0162】
図40に示すように、ELISA法によっても高い直線線を示す検量線を得ることができた(決定係数R
2=0.9993)。ただし、ELISA法によって測定可能なターゲット濃度の範囲は、3.1[pg/mL]~200[pg/mL]であった。ターゲット濃度が当該濃度範囲の下限値よりも低い場合にはエラーバーが大きく、十分に高い定量精度を得ることはできなかった。サンプル量は100μLであった。また、測定にはサンプル調製等の前処理を含めて約5時間を要した。
【0163】
一方、本実施例においては
図41に示すように、CD9/CD63複合エピトープを被検出物質Xとした場合に、0.31[pg/mL]~5.0[pg/mL]の濃度範囲において、すなわち、ELISA法を適用可能な濃度範囲の下限と同等か1桁低い濃度において、高い直線線を示す検量線を得ることができた(R
2=0.9371)。サンプル量は1μL以下でよく、測定の所要時間も5分以内であった。
【0164】
続いて、肺がん細胞(具体的には市販の肺がん細胞株A549)由来のエクソソームを被検出物質Xとして用いた測定結果について説明する。光学系の測定条件は、
図39にて説明した条件と共通である。濃度1000[μg/mL]のエクソソーム原液をリン酸バッファ(リン酸二水素ナトリウムとリン酸水素二ナトリウムとの混合水溶液)で希釈してサンプルSPとした。リン酸バッファの濃度は10[mM]であり、リン酸バッファのpHは7.0であった。まず、ELISA法での測定結果について説明する。
【0165】
図42は、被検出物質Xがエクソソームである場合にELISA法により得られた検量線を比較例として示す図である。ELISA法によれば、ターゲット濃度が1.0[μg/mL]~50[μg/mL]の濃度範囲内である場合には、高い直線線を示す検量線が得られた(R
2=0.9986)(上図参照)。しかしながら、ターゲット濃度が1.0[μg/mL]以下である場合には定量精度が大きく低下した(R
2=0.7208)(下図参照)。測定には約5時間を要した。
【0166】
図43は、本実施例において被検出物質Xがエクソソームである場合に得られた検量線を示す図である。本実施例においては、0.01[μg/mL]~0.5[μg/mL]の濃度範囲において、すなわち、ELISA法を適用可能な濃度範囲の下限よりも2桁以上低い濃度においても、高い直線線を示す検量線を得ることができた(R
2=0.9595)。測定の所要時間も5分程度であり、2桁の時間短縮を達成できた。
【0167】
なお、
図2にて説明したように、エクソソームは、その表面に膜タンパク質を有する、直径30nm~150nm程度の球形物質である。一方、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)も、その表面にS(スパイク)タンパク質を有する直径約100nmの球形物質である。したがって、エクソームを高感度かつ迅速に検出可能であることを示す上記
図43の測定結果は、SARS-CoV-2も検出可能であることを示唆している。すなわち、本実施例の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査への応用可能性が示唆されている。
【0168】
[実施例10]
<シリンジポンプの影響>
実施例10では、異なる2機種のシリンジポンプ30を用いた測定結果を比較する。第1および第2のシリンジポンプの流速Vは、各シリンジポンプの仕様値に基づく計算上、互いに等しい値になるように調整した。具体的は、マイクロ流路の断面の幅×高さが100μm×100μmである場合に流速V=167[μm/s]に調整した。
【0169】
なお、シリンジポンプ30以外の測定条件は、
図39、
図41および
図43にて説明した条件と共通である。被検出物質Xとしては大腸がん細胞(具体的には市販の大腸がん細胞株HCT116)由来のエクソソームを用いた。濃度1000μg/mLのエクソソーム原液をリン酸バッファで希釈してサンプルSPとした。リン酸バッファの濃度は10[mM]であり、リン酸バッファのpHは7.0であった。
【0170】
図44は、2種類のシリンジポンプを用いて得られた検量線を示す図である。
図44の上部に第1のシリンジポンプを用いて得られた検量線を示し、下部に第2のシリンジポンプを用いて得られた検量線を示す。第1のシリンジポンプと比べて、第2のシリンジポンプの方が流速が安定していることを確認している。
【0171】
第1および第2のシリンジポンプのどちらを用いた場合であっても、大腸がん細胞由来のエクソソームに関して高い直線性を示す検量線を得られることを確認できた。ただし、特に1[μg/mL]未満の低濃度範囲で比較すると、より安定した流速の流れを発生可能な第2のシリンジポンプを用いた場合の方が第1のシリンジポンプを用いた場合と比べて、検量線の直線性が一層向上するとともに測定誤差が低減されることが読み取れる。実施例2(
図16参照)にて説明したように、サンプルSPの流速Vは、ビーズB1,B2と被検出物質Xとの凝集体の成長が進みやすい最適な流速に調整することが望ましい。その最適な流速の実現に適した安定した圧力駆動流を発生できるシリンジポンプ30を選定することで、より理想的な検量線を作成できる。
【0172】
以上のように、実施の形態1においては、被検出物質X(CD80、エクソソーム等)とビーズB1,B2とを含有し、マイクロ流路92を流れるサンプルSPに対して、ビーズB1,B2に非共鳴光であるレーザ光L1を照射する。レーザ光L1の光誘起力を利用した「光誘導加速」を実現することで、被検出物質Xの存在下では、被検出物質Xがたとえ極微量(たとえばサブ~数[pg/mL])であってもビーズB1,B2が短時間(たとえば数分間)で凝集する。カメラ60により撮影された画像に基づき、ビーズB1,B2の凝集体の存在の有無を判定することで、被検出物質Xの有無を検出できる(第1の抗原検出処理)。特に、ビーズB1,B2の凝集体の面積(凝集面積A)と被検出物質Xの濃度(ターゲット濃度)との間の対応関係を検量線として予め準備しておくことで、凝集面積Aからターゲット濃度を算出できる(第2の抗原検出処理)。よって、実施の形態1によれば、被検出物質Xを迅速かつ高感度に検出できる。被検出物質Y(FDP等)とビーズB3との組合せについても同様である。
【0173】
[実施の形態2]
実施の形態2においては、光誘導加速を3次元蛍光観察に適用する構成について説明する。
【0174】
図45は、実施の形態2に係る抗原検出システムの全体構成を概略的に示す図である。実施の形態2に係る抗原検出システム200は、共焦点レーザ顕微鏡の光学系である共焦点光学系80を備える点において、実施の形態1に係る抗原検出システム100(
図4参照)と異なる。共焦点光学系80は、励起光源81と、ビームスプリッタ82と、走査装置83と、焦準機構84と、対物レンズ85と、結像レンズ86と、ピンホール(共焦点絞り)87と、受光器88とを含む。
【0175】
励起光源81は、サンプルSPを観察するためのレーザ光L3を発する。レーザ光L3は、サンプルSPに含まれる蛍光色素を励起可能な波長を有する。以下、サンプルSPから発せられ、観察しようとする蛍光を「蛍光L4」とも記載する。
【0176】
ビームスプリッタ82は、励起光源81からのレーザ光L3を透過する一方で、サンプルSPからの蛍光L4を反射するように構成されている。
【0177】
走査装置83は、コントローラ70からの指令に応じて、励起光源81からのレーザ光L3を光軸と直交する方向(xy方向)に走査する。走査装置83としては、たとえば、ガルバノミラー、ポリゴンミラー、音響光学偏向素子(AOD:Acousto-optic Deflector)を用いることできる。
【0178】
焦準機構84は、コントローラ70からの指令に応じて、検出キット90と対物レンズ85の焦点位置との間の光軸方向(z方向)の距離を変化させる。なお、
図45には、焦準機構84が対物レンズ85を移動させる例が図示されているが、焦準機構84は、検出キット90が配置されたXYZ軸ステージ10を光軸方向に移動させてもよい。すなわち、焦準機構84は、検出キット90と対物レンズ85との光軸方向の相対的な位置関係を変化させることができればよい。また、焦準機構84に代えて、空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)、デフォーマブルミラーなどを採用してもよい。
【0179】
対物レンズ85は、励起光源81からのレーザ光L3をサンプルSPに照射するとともに、サンプルSPから発せられた蛍光L4を走査装置83に向けて透過する。
【0180】
結像レンズ86は、ビームスプリッタ82にて反射した蛍光L4をピンホール87上に集光させる。
【0181】
ピンホール87は、結像レンズ86と受光器88との間において、対物レンズ85の焦点位置と共役な位置に配置されている。
【0182】
受光器88は、ピンホール87を通過した蛍光L4を検出し、その検出結果をコントローラ70に出力する。受光器88は、フォトダイオード、アバランシェ・フォトダイオード(APD:Avalanche Photodiode)、光電子増倍管などの受光素子を含む。
【0183】
なお、抗原検出システム200の上記以外の構成は、抗原検出システム100の対応する構成と共通である。よって、詳細な説明は繰り返さない。また、図面の煩雑さを避けるため図示しないが、以下に測定結果を示すように、抗原検出システム200は、光学顕顕微鏡像を撮影することも可能に構成されている。
【0184】
図46は、実施の形態2における第1の抗原検出処理を示すフローチャートである。
図47は、実施の形態2における第2の抗原検出処理を示すフローチャートである。
図46および
図47を参照して、実施の形態2における第1または第2の抗原検出処理は、白色光L2を照射する処理(S105,S206)に代えてレーザ光L3を照射する処理(S305,S406)を含む点、および、画像(光学顕微鏡像)を撮影する処理(S106,S207)に代えて蛍光像を撮影する処理(S306,S407)を含む点において、実施の形態1における処理(
図12または
図13参照)と異なる。これら以外の処理は同等であるため、説明は繰り返さない。
【0185】
[実施例11]
実施例11では、被検出物質XとしてCD9/CD63複合エピトープを用いた。CD9/CD63複合エピトープは蛍光色素を含まないため、ビーズB1,B2(ビーズ本体B0)に蛍光ビーズを採用した。
【0186】
図48は、蛍光ビーズを用いた場合にマイクロ流路92に形成された凝集体の光学顕微鏡像を示す図である。
図49は、蛍光ビーズを用いた場合にマイクロ流路92に形成された凝集体の3次元蛍光像を示す図である。
【0187】
図48に示す光学顕微鏡像より、ターゲット濃度が高くなるに従ってビーズB1,B2の凝集面積Aが大きくなることが確認できた。また、
図49に示す3次元蛍光像においても、ターゲット濃度が高くなるに従って高い蛍光強度を示す領域(体積)が広がる様子を確認できた。
【0188】
ビーズB1,B2の凝集面積Aに代えて、高い蛍光強度を示す領域の体積、いわばビーズB1,B2の凝集体積を用いてもよい。凝集体積とターゲット濃度との間の検量線を準備することにより、凝集体積からターゲット濃度を算出できる。凝集体積は、本開示に係る「凝集体のサイズを表す指標」の他の一例である。なお、凝集体積の算出に共焦点光学系80は必須ではない。凝集体積は、一般的な光学顕微鏡の光学系を用いて凝集体を少なくとも2方向(たとえば鉛直方向および水平方向)から観察することでも算出できる。
【0189】
さらに、対物レンズ50として、凸レンズに代えてシリンドリカルレンズを用いることで、サンプルSPの流通方向に伸びる細長い形状の凝集体を形成することも可能である。この場合、ビーズB1,B2が凝集した領域の長さ(サンプルSPの流通方向の長さ)を「凝集体のサイズを表す指標」として用いることもできる。このように、「凝集体のサイズを表す指標」は、長さ(1次元パラメータ)、面積(2次元パラメータ)、体積(3次元パラメータ)のいずれであってもよい。
【0190】
[実施例12]
実施例12では、被検出物質Xとして、肺がん細胞株A549由来の非蛍光性エクソソームを用いた。非蛍光性エクソソームのタンパク濃度(ターゲット濃度)は0.1[μg/mL]、1[μg/mL]の2通りに設定した。リン酸バッファの濃度は10[mM]であり、リン酸バッファのpHは7.0であった。ビーズB1,B2には蛍光ビーズを用いた。
【0191】
図50は、被検出物質Xが非蛍光性エクソソームであり、ビーズB1,B2が蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路92に形成された凝集体の光学顕微鏡像を示す図である。
図51は、被検出物質Xが非蛍光性エクソソームであり、ビーズB1,B2が蛍光ビーズである場合に、マイクロ流路92に形成された凝集体の3次元蛍光像を示す図である。
【0192】
実施例11と同様に、光学顕微鏡像(
図50)においてはターゲット濃度が高いほどビーズB1,B2の凝集面積Aが大きくなった。また、3次元蛍光像(
図51)においても、ターゲット濃度の上昇に伴って蛍光強度が高い領域の体積が増加した。
【0193】
[実施例13]
実施例13では、被検出物質Xとして蛍光性エクソソーム(CD63-GFP-HeLa-exosome)を用いた。蛍光性エクソソームのタンパク濃度(ターゲット濃度)は20[μg/mL]であった。リン酸バッファの濃度は10[mM]であり、リン酸バッファのpHは7.0であった。ビーズB1,B2には非蛍光ビーズを用いた。
【0194】
図52は、被検出物質Xが蛍光性エクソソームである場合に、マイクロ流路92に形成された凝集体の2次元蛍光像を示す図である。
図52を参照して、ビーズB1,B2が非蛍光性ビーズであっても、ビーズB1,B2に特異的に結合した蛍光性エクソソームからの蛍光を確認できた。
【0195】
なお、実施例11~13では、被検出物質XおよびビーズB1,B2のうちの一方のみが蛍光色素を含む例について説明した。しかし、被検出物質XおよびビーズB1,B2の両方が蛍光色素を含む場合にも、高い蛍光強度を示す領域の広さ(≒凝集面積A)がターゲット濃度に応じて定まることは上記測定結果から明らかである。
【0196】
以上のように、実施の形態2においては、被検出物質XおよびビーズB1,B2のうちの少なくとも一方が蛍光色素を含み、かつ、抗原検出システム200が蛍光観察可能な共焦点光学系80を備える。2次元/3次元撮影された蛍光画像に蛍光を示す領域が観察されるかどうかに基づいて、ビーズB1,B2の凝集体の存在の有無を判定することで、被検出物質Xの有無を検出できる(第1の抗原検出処理)。また、蛍光が観察される領域の広さ(すなわち凝集面積A)とターゲット濃度との間の対応関係を検量線として予め準備しておくことで、凝集面積Aからターゲット濃度を算出できる(第2の抗原検出処理)。よって、実施の形態2によっても実施の形態1と同様に、被検出物質Xを迅速かつ高感度に検出できる。被検出物質YとビーズB3との組合せについても同様である。
【0197】
なお、実施の形態1と実施の形態2とは適宜組み合わせることができる。実施の形態1にて説明した上方照射/下方照射、デフォーカス条件、流路幅Wと照射スポット径φとの関係、流速調整などを考慮して蛍光観察を行うことができる。
【0198】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0199】
B1~B3 ビーズ、X,Y 被検出物質、B0 ビーズ本体、B11 第1抗体、B21 第2抗体、B12,B22 アビジン、B13,B23 ビオチン、B31 抗体、10 XYZ軸ステージ、20 調整機構、30 シリンジポンプ、31,32 毛細管、41 レーザ光源、42 照明光源、43 ダイクロイックミラー、50 対物レンズ、60 カメラ、70 コントローラ、71 プロセッサ、72 メモリ、73 入出力ポート、80 共焦点光学系、81 励起光源、82 ビームスプリッタ、83 走査装置、84 焦準機構、85 対物レンズ、86 結像レンズ、87 ピンホール、88 受光器、90 検出キット、91 基材、92 マイクロ流路、921 インレット、922 アウトレット、100,200 抗原検出システム。