(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-25
(45)【発行日】2025-03-05
(54)【発明の名称】匂い検出キット、匂い検出キットの製造方法、及び匂い検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20250226BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20250226BHJP
G01N 33/497 20060101ALI20250226BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20250226BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20250226BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20250226BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G01N21/78 C ZNA
G01N33/497 D
C12N15/12
C12N5/10
C12Q1/06
(21)【出願番号】P 2021544075
(86)(22)【出願日】2020-09-07
(86)【国際出願番号】 JP2020033831
(87)【国際公開番号】W WO2021045233
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2023-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2019162985
(32)【優先日】2019-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター、イノベーション創出強化研究推進事業、「昆虫嗅覚受容体を利用した飲食料由来のカビ臭の簡易検査システムの開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの 平成29年度、農林水産省、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】光野 秀文
(72)【発明者】
【氏名】荒木 章吾
(72)【発明者】
【氏名】藤林 駿佑
(72)【発明者】
【氏名】照月 大悟
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 健志
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲志
(72)【発明者】
【氏名】小熊 久美子
(72)【発明者】
【氏名】神崎 亮平
(72)【発明者】
【氏名】二木 佐和子
(72)【発明者】
【氏名】祐川 侑司
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-027376(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0199921(US,A1)
【文献】国際公開第2003/074691(WO,A1)
【文献】特開2005-269902(JP,A)
【文献】国際公開第2018/135550(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/156180(WO,A1)
【文献】特開2011-007741(JP,A)
【文献】特開2005-046121(JP,A)
【文献】特開2005-027659(JP,A)
【文献】国際公開第2018/043533(WO,A1)
【文献】TERMTANASOMBAT, Maneerat et al.,Cell-Based Odorant Sensor Array for Odor Discrimination Based on Insect Odorant Receptors,J. Chem. Ecol.,2016年07月16日,Vol.42,pp.716-724,doi: 10.1007/s10886-016-0726-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/83
G01N 33/48 - G01N 33/98
C12N 1/00 - C12N 7/08
C12N 15/12
C12Q 1/00 - C12Q 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に単層で配置された、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞と、
前記基板を内部に固定可能なチューブであって、
匂い検査の対象の液体を入れるためのチューブであって、蛍光光度計に設置可能なチューブと、
を備え
、
前記チューブの内径と前記基板の幅が同じである、
蛍光光度計用の匂い検出キット。
【請求項2】
前記匂い検出細胞が、細胞膜修飾剤を介して前記基板に固定されている、請求項1に記載の匂い検出キット。
【請求項3】
前記匂い検出細胞が、導入遺伝子によって嗅覚受容体を発現している、請求項1又は2に記載の匂い検出キット。
【請求項4】
前記匂い検出細胞が、昆虫の嗅覚受容体を発現している、請求項1から3のいずれか1項に記載の匂い検出キット。
【請求項5】
前記嗅覚受容体が、イオンチャネル型受容体である、請求項1から4のいずれか1項に記載の匂い検出キット。
【請求項6】
前記蛍光タンパク質が、イオン濃度に応じて前記蛍光強度を変化させる、請求項5に記載の匂い検出キット。
【請求項7】
前記嗅覚受容体が、BmOR1、BmOR3、DmOr13a、DmOr56a、DmOr82a、DmOr49b、DmOr85b及びPxOR1から選択される、請求項1から6のいずれか1項に記載の匂い検出キット。
【請求項8】
前記匂い検出細胞が昆虫細胞である、請求項1から7のいずれか1項に記載の匂い検出キット。
【請求項9】
前記昆虫細胞が、ガ由来の細胞である、請求項8に記載の匂い検出キット。
【請求項10】
前記昆虫細胞が、Sf21、Sf9、High Five、及びTni由来細胞から選択される、請求項8又は9に記載の匂い検出キット。
【請求項11】
前記昆虫細胞が、ショウジョウバエ由来の細胞である、請求項8に記載の匂い検出キット。
【請求項12】
前記昆虫細胞が、Drosophila S2細胞である、請求項8に記載の匂い検出キット。
【請求項13】
前記基板が透明である、請求項1から12のいずれか1項に記載の匂い検出キット。
【請求項14】
基板と、前記基板上に単層で配置された、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞と、前記基板を内部に固定可能なチューブであって、蛍光光度計に設置可能なチューブと、を備える、蛍光光度計用の匂い検出キットを用意することと、
前記チューブに匂い検査の対象の液体を入れることと、
前記チューブを前記蛍光光度計に設置し、前記匂い検出細胞に励起光を照射することと、
を含
み、
前記チューブの内径と前記基板の幅が同じである、
匂い検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は検出技術に関し、匂い検出キットの製造方法、及び匂い検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水は水源から取得され、浄水場で処理された後、水道水として家庭、店舗、及び事業所等に供給される。あるいは、食品工場等は、自ら水源から水を取得し、水を利用して飲料及び食料を生産している。水源の例としては、ダム湖、天然の湖沼、川、及び地下水等が挙げられる。水源の温度が上昇すると、浮遊性藻類や放線菌が発生し、水源から取得する水にカビ臭さが生じ得る。水のカビ臭は、浄水しても消えない場合がある。したがって、水を需要者に供給する前に、水のカビ臭を定量することが望まれる。
【0003】
水のカビ臭の程度は、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)で正確に定量できる。しかし、GC/MSの実施には時間がかかるため、水の浄化と供給を連続的に実施している場合に、GC/MSで規定以上のカビ臭を検出しても、サンプル元となった水はすでに需要者に供給されている場合がある。また、GC/MSを実施する装置は移動することが困難であるため、GC/MSを実施する装置は、屋外の水源から取得した直後の水のカビ臭を現地で評価するには利用できない。さらに、検査員が水のカビ臭を官能評価することが可能であるが、検査員の育成には時間がかかり、かつ、官能評価の結果は検査員によって変化し得る。
【0004】
そこで、GC/MSとは異なる簡便な匂いの検査方法が提案されている(例えば、特許文献1から3参照。)。しかし、これらの方法は、匂いを安定的に正確に検査できない場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許5127783号公報
【文献】特許6474945号公報
【文献】特表2002-518035号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
水のカビ臭のみならず、様々な検査対象の匂いを簡便かつ安定に検出可能な技術が望まれている。そこで、本発明は、匂いを簡便かつ安定に検出可能な匂い検出キット、匂い検出キットの製造方法、及び匂い検出方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様によれば、基板と、基板上に単層で配置された、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞と、を備える、蛍光光度計用の匂い検出キットが提供される。
【0008】
上記の匂い検出キットにおいて、匂い検出細胞が、細胞膜修飾剤を介して基板に固定されていてもよい。
【0009】
上記の匂い検出キットが、基板を内部に固定可能なチューブをさらに備えていてもよい。
【0010】
上記の匂い検出キットにおいて、匂い検出細胞が、導入遺伝子によって嗅覚受容体を発現していてもよい。
【0011】
上記の匂い検出キットにおいて、匂い検出細胞が、昆虫の嗅覚受容体を発現していてもよい。
【0012】
上記の匂い検出キットにおいて、嗅覚受容体が、イオンチャネル型受容体であってもよい。
【0013】
上記の匂い検出キットにおいて、蛍光タンパク質が、イオン濃度に応じて蛍光強度を変化させてもよい。
【0014】
上記の匂い検出キットにおいて、嗅覚受容体が、BmOR1、BmOR3、DmOr13a、DmOr56a、DmOr82a、DmOr49b、DmOr85b及びPxOR1から選択されてもよい。
【0015】
上記の匂い検出キットにおいて、匂い検出細胞が昆虫細胞であってもよい。
【0016】
上記の匂い検出キットにおいて、昆虫細胞が、ガ由来の細胞であってもよい。
【0017】
上記の匂い検出キットにおいて、昆虫細胞が、Sf21、Sf9、High Five、及びTni由来細胞から選択されてもよい。
【0018】
上記の匂い検出キットにおいて、昆虫細胞が、ショウジョウバエ由来の細胞であってもよい。
【0019】
上記の匂い検出キットにおいて、昆虫細胞が、Drosophila S2細胞であってもよい。
【0020】
上記の匂い検出キットにおいて、基板が透明であってもよい。
【0021】
また、本発明の態様によれば、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞を用意することと、基板を用意することと、基板上に、匂い検出細胞を単層で配置することと、を含む、蛍光光度計用の匂い検出キットの製造方法が提供される。
【0022】
上記の匂い検出キットの製造方法において、匂い検出細胞を、細胞膜修飾剤を介して基板に固定してもよい。
【0023】
上記の匂い検出キットの製造方法が、匂い検出細胞を配置した基板をチューブ内に固定することをさらに含んでいてもよい。
【0024】
上記の匂い検出キットの製造方法が、(a)嗅覚受容体を有し、蛍光タンパク質を発現している細胞群から一部の細胞を選択し、(b)選択された細胞を増殖し、(c)増殖した細胞の匂い物質への応答性を確認することの(a)工程から(c)工程を複数実施することと、匂い物質への応答性が基準値以上の増殖した細胞を、匂い検出細胞として選択することと、をさらに含んでいてもよい。
【0025】
上記の匂い検出キットの製造方法が、(a)嗅覚受容体を有し、蛍光タンパク質を発現している細胞群から一部の細胞を選択し、(b)選択された細胞を増殖し、(c)増殖した細胞の匂い物質への応答性を確認することの(a)工程から(c)工程を複数実施することと、匂い物質への応答性が最も高い増殖した細胞を、匂い検出細胞として選択することと、をさらに含んでいてもよい。
【0026】
上記の匂い検出キットの製造方法が、第1の嗅覚受容体を発現している細胞に、第2の嗅覚受容体を発現させることを含んでいてもよい。第1の嗅覚受容体と第2の嗅覚受容体が、異なっていてもよい。第1の嗅覚受容体と第2の嗅覚受容体が、異なる匂い分子に反応してもよい。
【0027】
上記の匂い検出キットの製造方法において、選択される一部の細胞が単一の細胞であってもよい。
【0028】
また、本発明の態様によれば、基板上に単層で配置された、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞に、匂い検査の対象の流体を接触させることと、匂い検出細胞が発する蛍光を計測することと、を含む、匂い検出方法が提供される。
【0029】
上記の匂い検出方法において、匂い検出細胞が、細胞膜修飾剤を介して基板に固定されていてもよい。
【0030】
上記の匂い検出方法において、基板がチューブ内に固定されており、上記の匂い検出方法が、チューブ内に流体を入れることをさらに含んでいてもよい。
【0031】
上記の匂い検出方法において、流体が液体であってもよい。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、匂いを簡便かつ安定に検出可能な匂い検出キット、匂い検出キットの製造方法、及び匂い検出方法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】実施形態に係る蛍光光度計用の匂い検出キットの模式図である。
【
図2】実施形態に係る嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現される方法を示す模式図である。
【
図3】実施形態に係る基板への匂い検出細胞の固定方法を示す模式図である。
【
図4】実施形態に係る匂い検出細胞を均一化する方法を示す模式図である。
【
図5】実施形態に係る複数の嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現される方法を示す模式図である。
【
図6】実施形態に係る複数の嗅覚受容体を匂い検出細胞に発現される方法を示す模式図である。
【
図7】実施形態に係る匂い分子に対する匂い検出細胞の応答を示す模式図である。
【
図8】実施例に係る匂い分子に対する匂い検出細胞の濃度依存的な応答を示す写真とグラフである。
【
図9】実施例に係る匂い分子に対する匂い検出細胞の特異的な応答を示すグラフである。
【
図10】実施例に係る匂い検出細胞の懸濁液が発する蛍光の時間変化を示すグラフである。
【
図11】実施例に係る均質化された匂い検出細胞と均質化されていない匂い検出細胞の匂い分子に対する応答を示すグラフである。
【
図12】実施例に係る長期間継代培養された匂い検出細胞の匂い分子に対する応答を示すグラフである。
【
図13】実施例に係る3か月半の冷凍保存後に長期間継代培養された匂い検出細胞の匂い分子に対する応答を示すグラフである。
【
図14】実施例に係る6か月半の冷凍保存後に長期間継代培養された匂い検出細胞の匂い分子に対する応答を示すグラフである。
【
図15】実施例に係る匂い検出キットを用いた測定結果を示すグラフである。
【
図16】実施例に係るゲオスミン濃度と検出された蛍光強度の変化率との関係を示すグラフである。
【
図17】実施例に係る匂い検出キットの匂い分子特異性を示すグラフである。
【
図18】実施例に係る匂い検出キットと細胞懸濁液が安定になるまでの時間比較を示すグラフである。
【
図19】実施例に係る匂い検出キットと細胞懸濁液の匂い分子への応答性比較を示すグラフである。
【
図20】実施例に係る匂い検出キットと細胞懸濁液の匂い分子への応答性のばらつき比較を示すグラフである。
【
図21】実施例に係る匂い検出キットを用いた屋外での測定結果を示すグラフである。
【
図22】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の時間変化を示すグラフである。
【
図23】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の時間変化を示すグラフである。
【
図24】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の時間変化を示すグラフである。
【
図25】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の変化と、匂い物質の濃度と、の関係を示すグラフである。
【
図26】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の時間変化を示すグラフである。
【
図27】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の変化と、匂い物質の濃度と、の関係を示すグラフである。
【
図28】実施例に係る匂い検出細胞が発する蛍光の変化と、匂い物質と、の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号で表している。ただし、図面は模式的なものである。したがって、具体的な寸法等は以下の説明を照らし合わせて判断するべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0035】
実施形態に係る蛍光光度計用の匂い検出キットは、
図1に示すように、基板10と、基板10上に単層で配置された、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞20と、を備える。
【0036】
基板10は、例えば透明であり、ガラス及び樹脂等からなる。
【0037】
匂い検出細胞20は、細胞膜に嗅覚受容体を発現している。匂い検出細胞20において、嗅覚受容体は天然に発現されていてもよいし、導入遺伝子によって発現されていてもよい。嗅覚受容体は、昆虫の嗅覚受容体であってもよい。
【0038】
匂い検出細胞20は、昆虫細胞であってもよい。昆虫細胞は、ヨトウガ(Spodoptera frugiperda)及びイラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)等のガ由来の細胞であってもよい。ヨトウガ由来の細胞の例としては、Sf21及びSf9が挙げられる。Sf21細胞は、卵巣細胞由来である。Sf21細胞は、無限分裂し、導入した遺伝子を永続的に発現する安定発現系統を樹立することが可能である。また、Sf21細胞は、18℃から40℃の広い温度範囲で生存可能であり、培養液のpHを調整するための二酸化炭素も不要である。Sf21細胞は、本来、嗅覚受容体を有しないが、嗅覚受容体の遺伝子を導入することにより、嗅覚受容体を発現させることが可能である。Sf9細胞は、Sf21のクローンである。イラクサギンウワバ由来の細胞の例としては、High Five及びTniが挙げられる。Tni由来細胞は、卵巣細胞由来である。
【0039】
あるいは、昆虫細胞は、ショウジョウバエ由来の細胞であってもよい。ショウジョウバエ由来の細胞の例としては、Drosophila S2細胞が挙げられる。
【0040】
嗅覚受容体は、Gタンパク質共役型受容体であってもよいし、イオンチャネル型受容体であってもよい。イオンチャネル型受容体は、匂い分子であるリガンドと相互作用する部位と、イオンが流入する部位と、を有する。匂い検出細胞20のイオンチャネル型受容体がリガンドと結合すると、匂い検出細胞20内にナトリウムイオンやカルシウムイオン等の陽イオンが流入する。匂い検出細胞20において、イオンの流入は、リガンドの結合から数10ミリ秒程度で生じ得る。流入するイオンの量は多く、1個のリガンドの結合に対し、細胞内に流入するイオンの量は107個ともいわれている。
【0041】
一般に、特定の種類の嗅覚受容体は、特定の匂い分子に対する特異性を有する。匂い検出細胞20において、1種類の匂い分子に対応する1種類の嗅覚受容体のみを発現させてもよいし、複数種類の匂い分子に対応する複数種類の嗅覚受容体を発現させてもよい。また、発現させる嗅覚受容体の量を調整してもよい。
【0042】
嗅覚受容体の例としては、ショウジョウバエの受容体であって、カビ臭であるゲオスミンの受容体であるDmOr56a、ショウジョウバエの受容体であって、芳香あるいは果実臭を有する酢酸ゲラニルの受容体であるDmOr82a、ショウジョウバエの受容体であって、ヒトの汗の臭いを有する2-メチルフェノール(o-クレゾール)の受容体であるDmOr49b、ショウジョウバエの受容体であって、カビ臭である1-octen-3-olの受容体であるDmOr13a、カイコガの性フェロモンであるボンビコール(Bombykol)の受容体であるBmOR1、カイコガの性フェロモンの副成分であるボンビカール(Bombykal)の受容体であるBmOR3、キイロショウジョウバエの一般臭受容体であるDmOr85b、及びコナガの性フェロモン受容体であるPxOR1が挙げられるが、これらに限定されない。なお、「ゲオスミン」は「ジェオスミン」とも呼ばれる。
【0043】
遺伝子工学的に嗅覚受容体を匂い検出細胞20に発現させる場合、例えば、
図2に示すように、嗅覚受容体をコードする遺伝子をベクターに組み込み、構築されたベクターを宿主細胞にトランスフェクトさせる。嗅覚受容体をコードする遺伝子は、例えば、昆虫の嗅覚器官からmRNAを抽出し、cDNAを合成して単離することができる。単離されたcDNAから、PCRプライマーを用いて、嗅覚受容体をコードする遺伝子の一部をPCR法にて増幅することが可能である。
【0044】
嗅覚受容体をコードする遺伝子の一部は、合成した二本鎖cDNAを適当なベクターに組み込み、当該ベクターを用いて大腸菌等を形質転換してcDNAライブラリーを作製することによっても取得することができる。cDNAは、制限酵素とリガーゼを用いる通常の方法、例えば、得られたcDNAを制限酵素で切断し、ベクターDNAの制限酵素部位に挿入してベクターに連結する方法によって、ベクターに組込むことができる。
【0045】
匂い検出細胞20内において、蛍光タンパク質が発現している。上述したように、匂い検出細胞20において、イオンチャネル型嗅覚受容体に匂い分子が結合すると、匂い検出細胞20内にイオンが流れる。したがって、イオンに応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現させる遺伝子を匂い検出細胞20に導入することにより、蛍光強度の変化から、匂い検出細胞20が匂い分子を検出しているか否かを確認することが可能である。蛍光タンパク質の例としては、カルシウムイオンと反応して蛍光を発するGCaMP3、GCaMP6s及びエクオリンが挙げられる。
【0046】
匂い分子の濃度が高いと、匂い検出細胞20内に流入するイオンの濃度も高くなり、多くの蛍光タンパク質が蛍光を発する。そのため、匂い検出細胞20が発する蛍光強度が強くなる。匂い分子の濃度が低いと、匂い検出細胞20内に流入するイオンの濃度も低くなり、少ない蛍光タンパク質が蛍光を発する。そのため、匂い検出細胞20が発する蛍光強度が弱くなる。したがって、蛍光強度に基づき、匂い分子の濃度を評価することが可能である。
【0047】
また、匂い分子と匂い分子受容体との相互作用は弱く、同じ匂い分子が何度も同じ匂い分子受容体と相互作用したり、同じ匂い分子が同じ細胞の複数の匂い分子受容体と相互作用したり、同じ匂い分子が複数の異なる細胞の匂い分子受容体と相互作用したりするものと考えらえる。そのため、匂い分子数が少なくとも、細胞内へのイオン流入が繰り返し発生するため、高い感度で匂い分子を検出可能であるものと考えられる。
【0048】
図1に示す基板10の表面は、コラーゲンやウシ血清アルブミン(BSA)等のタンパク質でコートされていてもよい。匂い検出細胞20は、基板10表面を覆うタンパク質を介して、基板10上に固定されていてもよい。あるいは、匂い検出細胞20は、細胞膜修飾剤を介して基板上に固定されていてもよい。またあるいは、
図3に示すように、匂い検出細胞20は、細胞膜修飾剤と、基板10表面を覆うコラーゲンやBSA等のタンパク質と、を介して、基板10上に固定されていてもよい。
【0049】
細胞膜修飾剤は、匂い検出細胞20の細胞膜に結合する細胞膜結合基を有する。細胞膜結合基としては、脂質が使用可能である。例えば、細胞膜結合基としては、オレイル基、ジオレイル基、コレステロール基、及びテトラエチレングリコール基が使用可能である。また、細胞膜修飾剤は、基板10表面又は基板10を覆うタンパク質に結合する基板結合基を有する。基板10を覆うタンパク質に結合する基板結合基としては、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)基が使用可能である。細胞膜修飾剤は、細胞膜結合基と基板結合基との間に、水溶性を高めるポリエチレングリコール(PEG)を有していてもよい。基板10と匂い検出細胞20の間に適当な距離をおくために、PEGのエチレンオキシド単位の繰り返し数を適宜設定してもよい。
【0050】
細胞膜修飾剤の例としては、下記化学式(1)で示されるオレイル-O-ポリ(エチレングリコール)スクシニル-N-ヒドロキシ-スクシンイミジルエステル(oleyl-PEG-NHS)が挙げられる。なお、nは自然数を表す。
【化1】
【0051】
実施形態に係る蛍光光度計用の匂い検出キットは、
図1に示すように、基板10を内部に固定可能なチューブ30をさらに備える。例えば、チューブ30の内径と、基板10の幅と、を略同一にすることにより、チューブ30に挿入された基板10が、チューブ30内で動くことを抑制することが可能である。
【0052】
匂い検出細胞20が非接着細胞である場合、匂い検出細胞20を基板10表面に接触させても、匂い検出細胞20が基板10表面に接着しない場合がある。あるいは、匂い検出細胞20が接着細胞であっても、基板10への接着力が弱く、基板10から簡単にはがれる場合がある。これに対し、細胞膜修飾剤を用いれば、匂い検出細胞20が非接着細胞であったり、接着力の弱い接着細胞であったりしても、匂い検出細胞20を基板10表面に単層で固定することが可能である。
【0053】
次に、実施形態に係る蛍光光度計用の匂い検出キットの製造方法を説明する。実施形態に係る蛍光光度計用の匂い検出キットの製造方法は、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞20を用意することと、基板10を用意することと、基板10上に、匂い検出細胞20を単層で配置することと、を含む。
【0054】
匂い検出細胞20は、(a)嗅覚受容体を有し、蛍光タンパク質を発現している細胞群から一部の細胞を選択し、(b)選択された細胞を増殖し、(c)増殖した細胞の匂い物質への応答性を確認することの(a)工程から(c)工程を複数実施し、匂い物質への応答性が基準値以上の増殖した細胞から選択されてもよい。(a)工程で選択される細胞は、単一の細胞(シングルセル)であってもよい。
【0055】
あるいは、匂い検出細胞20は、(a)嗅覚受容体を有し、蛍光タンパク質を発現している細胞群から一部の細胞を選択し、(b)選択された細胞を増殖し、(c)増殖した細胞の匂い物質への応答性を確認することの(a)工程から(c)工程を複数実施し、匂い物質への応答性が最も高い増殖した細胞から選択されてもよい。(a)工程で選択される細胞は、単一の細胞(シングルセル)であってもよい。
【0056】
具体的には、
図4に示すように、嗅覚受容体を有し、蛍光タンパク質を発現している細胞系統群の希釈を繰り返すことにより、単一又は少数の細胞を選択し、選択した細胞を培養して増殖させることにより、細胞系統を樹立してもよい。当該工程を複数実施することにより、複数の細胞系統が樹立される。樹立された複数の細胞系統のうち、匂い物質への応答性が所定の基準値以上の細胞系統を、匂い検出細胞20として使用してもよい。あるいは、樹立された複数の細胞系統のうち、匂い物質への応答性が最も高い細胞系統を、匂い検出細胞20として使用してもよい。
【0057】
図5及び
図6に示すように、樹立した嗅覚受容体を発現している細胞に、さらに別の嗅覚受容体を発現させてもよい。すなわち、上記の方法等で樹立した第1の嗅覚受容体を発現している細胞に、さらに第2の嗅覚受容体を発現させてもよい。例えば、第2の嗅覚受容体をコードする遺伝子をベクターに組み込み、構築されたベクターを第1の嗅覚受容体を発現している細胞にトランスフェクトさせることにより、第1の嗅覚受容体及び第2の嗅覚受容体を発現している細胞を樹立することが可能である。第1の嗅覚受容体を発現している細胞に、さらに複数の異なる嗅覚受容体を発現させてもよい。
図5は、第1の嗅覚受容体としてOr56aを発現している細胞に、第2の嗅覚受容体であるOr-Xの遺伝子を含むベクターと、抗生物質耐性遺伝子を含むベクターと、を導入する例を示している。
図6は、第1の嗅覚受容体としてOr56aを発現している細胞に、第2の嗅覚受容体であるOr-Xの遺伝子と抗生物質耐性遺伝子の両方を含むベクターを導入する例を示している。
【0058】
図1に示す基板10上に匂い検出細胞20を単層で配置する際には、上述したように、匂い検出細胞20を、細胞膜修飾剤を介して基板10に固定してもよい。例えば、基板10をタンパク質でコートし、基板10を覆うタンパク質上に細胞膜修飾剤を含む溶液を滴下して、基板10を覆うタンパク質と、細胞膜修飾剤の基板結合基と、を反応させ、基板10を覆うタンパク質に細胞膜修飾剤を結合させる。その後、基板10上に匂い検出細胞20を含む溶液を滴下して、基板10に結合している細胞膜修飾剤の細胞膜結合基と、匂い検出細胞20と、を反応させ、基板10上に細胞膜修飾剤を介して匂い検出細胞20を固定する。
【0059】
その後、匂い検出細胞20を配置した基板10を、チューブ30内に固定する。
【0060】
次に、実施形態に係る匂い検出方法を説明する。実施形態に係る匂い検出方法は、基板10上に単層で配置された、嗅覚受容体を有し、匂い分子の濃度に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現している匂い検出細胞20に、匂い検査の対象の流体40を接触させることと、匂い検出細胞20が発する蛍光を計測することと、を含む。
【0061】
基板10がチューブ30内に固定されている場合、チューブ30内には、緩衝液あるいは匂い検出細胞20の生存に必要な物質を適宜含む溶液が入れられていてもよい。チューブ30内に匂い検査の対象の流体40を入れることにより、匂い検出細胞20に、匂い検査の対象の流体40を接触させてもよい。匂い検査の対象の流体40は、例えば水等の液体である。
【0062】
例えば、チューブ30に匂い検査の対象の流体40を入れた後、チューブ30を蛍光光度計(フルオロメーター)に設置し、匂い検出細胞20に励起光を照射する。
図7に示すように、励起光を照射された匂い検出細胞20は、匂い検査の対象の流体40に含まれる匂い分子の濃度に応じた強度の蛍光を発する。蛍光タンパク質がGCaMP6sである場合、励起光の波長は例えば495nmであり、蛍光の波長は510nmから580nmである。
【0063】
匂い検出細胞20が発した蛍光の強度に基づき、匂い検査の対象の流体40の匂いを評価する。例えば、予め取得した蛍光の強度と、匂い分子の濃度や匂いの強さと、の関係に基づき、流体40の匂いを定量化してもよい。あるいは、匂い検出細胞20が発した蛍光の強度が、予め設定された基準値以上である場合、匂い検査の対象の流体40の匂いが基準値以上であると評価してもよい。
【0064】
本実施形態に係る匂い検出方法によれば、予め基板10に固定された匂い検出細胞20に匂い検査の対象の流体40を接触させることによって、簡便に匂い検査の対象の流体40の匂いを評価することが可能である。
【0065】
また、本実施形態に係る匂い検出方法において、例えば蛍光光度計として、持ち運び可能な卓上フルオロメーターを用いると、実験室に限らず任意の場所で、匂い検査の対象の流体40の匂いを短時間で評価することが可能である。例えば、匂い検査の対象の流体40が水であり、検査対象の匂いがカビ臭である場合、屋外の水源で水を採取し、その場で、水のカビ臭を検査することが可能である。
【0066】
(実施例)
(実施例1:DmOr56a発現細胞の作製)
キイロショウジョウバエの触角cDNA由来の、共受容体であるDmOrcoの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、以下の遺伝子特異的な配列を含むプライマーで増幅し、DmOrco遺伝子(ORFの完全長)を得た。得られたDmOrco遺伝子を、pIBベクター(Invitrogen社製)のマルチクローニングサイトに挿入し、pIB-DmOrcoベクターを構築した。
DmOrco:
フォワード:5'-TTCGAATTTAAAGCTGCCGCCATGACAACCTCTATGCAACC-3'
リバース:5'-TTACCTTCGAACCGCTTACTTAAGCTGAACAAGAACCATGAAG-3'
【0067】
PCRによる遺伝子の増幅は、各100pmol/Lの濃度のフォワードプライマー及びリバースプライマー、PrimeSTAR HS DNAポリメラーゼ(タカラバイオ(株)R010A)、当該ポリメラーゼに添付の反応バッファー、並びにdNTPを使用し、ポリメラーゼに添付のプロトコールに従って行った。PCRの温度条件は、94℃で2分間のステップ、次に、98℃で10秒間、55℃で10秒間、72℃で2分間の温度サイクルを30サイクル繰り返すステップ、その後、72℃で10分間のステップとした。
【0068】
同様に、キイロショウジョウバエの触角cDNA由来の、受容体であるDmOr56aの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、以下の遺伝子特異的な配列を含むプライマーで増幅し、DmOr56a遺伝子(ORFの完全長)を得た。得られたDmOr56a遺伝子を、pIBベクターのマルチクローニングサイトに挿入し、pIB-DmOr56aベクターを構築した。
DmOr56a:
フォワード:5'-CAGTGTGGTGGAATTGCCGCCATGTTTAAAGTTAAGGATCTGTTGC-3'
リバース:5'-GCCCTCTAGACTCGACTAATACAAGTGGGAGCTAC-3'
【0069】
次に、pIB-DmOrcoベクターのタンパク質発現カセット(OpIE2プロモーター(P(OpIE2))、DmOrco、OpIE2ポリA付加シグナル(OpIE2pA)と連なる部分)を増幅し、pIB-DmOr56aベクターのPci1部位に、増幅されたタンパク質発現カセットを挿入し、嗅覚受容体発現ベクターpIB-DmOr56a-DmOrcoを構築した。
【0070】
また、カルシウ感受性タンパク質(GCaMP6s)発現ベクターを構築した。GCaMP6s遺伝子は、Addgeneを介して、Douglas Kim博士(Janelia Farm Research Campus,Howard Hughes Medical Institute)より入手した。GCaMP6sの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、以下の遺伝子特異的な配列を含むプライマーで増幅し、GCaMP6s遺伝子(ORFの完全長)を得た。得られたGCaMP6s遺伝子を、pIZベクター(Invitrogen社製)のマルチクローニングサイトに挿入し、pIZ-GCaMP6sベクターを構築した。
GCaMP6s:
フォワード:5'-TTCGAATTTAAAGCTGCCGCCATGGGTTCTCATCATCATCATC-3'
リバース:5'-TTACCTTCGAACCGCTCACTTCGCTGTCATCATTTGTAC-3'
【0071】
構築した嗅覚受容体発現ベクター及びカルシウ感受性タンパク質発現ベクターを、リポフェクション法(TransIT-Insect;Mirus社製、登録商標)により、TransIT-Insectの添付のマニュアルに従って、Sf21細胞に導入した。これにより、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにカルシウ感受性タンパク質(GCaMP6s)を発現しているSf21細胞を得た。DmOr56a受容体は、カビ臭の匂い分子に反応する。
【0072】
(実施例2:DmOr56a発現細胞の応答の濃度依存性)
カビ臭の原因物質であるゲオスミンを0mol/L、30nmol/L、100nmol/L、300nmol/L、1μmol/L、3μmol/L、10μmol/L、及び30μmol/Lにアッセイバッファー(140mmol/LのNaCl、5.6mmol/LのKCl、4.5mmol/LのCaCl
2、11.26mmol/LのMgCl
2、10mmol/LのHEPES、9.4mmol/LのD-glucose、pH7.2)で段階希釈した。なお、応答測定用アッセイバッファーおよび匂い溶液はすべて終濃度0.1%DMSOを含むように調製した。次に、希釈液のそれぞれを、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞に接触させた。その結果、
図8に示すように、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞は、ゲオスミンの濃度に応じた強度の蛍光を発した。
【0073】
(実施例3:DmOr56a発現細胞の応答の匂い分子特異性)
10μmol/Lの濃度でリナロールを含む溶液、10μmol/Lの濃度でデカナールを含む溶液、10μmol/Lの濃度でオクタナールを含む溶液、10μmol/Lの濃度でシトラールを含む溶液、及び10μmol/Lの濃度でゲオスミンを含む溶液を用意した。リナロールは、スズラン、ラベンダー、ベルガモット様の香りをもたらす匂い分子である。デカナールは、柑橘系の香りをもたらす匂い分子である。オクタナールは、果実の香りをもたらす匂い分子である。シトラールは、レモンの香りをもたらす匂い分子である。
【0074】
それぞれの匂い分子を含む溶液を、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞に接触させた。その結果、
図9に示すように、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞は、ゲオスミンに特異的に反応して蛍光を発した。
【0075】
(実施例4:DmOr56a発現細胞の懸濁液を用いた匂い分子の検出)
T-25フラスコでDmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞を接着培養した。その後、T-25フラスコから細胞をスクレイパー(IWAKI;9020-250)で剥がし、細胞懸濁液を50mLチューブに移した。500×gでチューブを遠心後、チューブから上清を取り除いた。
【0076】
チューブに、アッセイバッファーを20mL添加し、細胞ペレットをアッセイバッファー中に懸濁した。その後、チューブを500×gで遠心した。遠心後、チューブから上清を取り除き、1×107cells/mLとなるようにアッセイバッファーをチューブに添加し、細胞を懸濁することで、細胞懸濁液を得た。
【0077】
0.5mLチューブ(プロメガ;E4941)に180μLの細胞懸濁液を入れ、チューブを蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)に設置して、
図10に示すように、ベースとなる蛍光強度を測定した。変動が±2%以内の蛍光強度が連続して10回取得できるまで、5秒間のピペッティングと蛍光計測を繰り返し、ベースとなる蛍光強度を安定させた。ベースとなる蛍光強度が安定した後、10μmol/Lのゲオスミン20μLをチューブ内の細胞懸濁液に滴下した。滴下後、20秒ごとに蛍光強度を測定した。その結果、ゲオスミンに反応して、細胞が蛍光を発することが確認された。しかし、細胞を固定していないと、ベースとなる蛍光強度が安定するまでに、時間がかかることが示された。
【0078】
(実施例5:均質な匂い検出細胞系統の樹立)
Grace's Insect Medium, Supplemented(Gibco;11605-094)に、終濃度10%のUS Insect Cell Screened FBS(GEヘルスケア;SH30070.03)と、3種類の抗生物質(終濃度10μg/mLのGentamicin Reagent Solution(Gibco;15710-064)、終濃度10μg/mLのBlasticidin S HCl(Gibco;A11139-03)、終濃度100μg/mLのZeocin(Invitrogen;R25001))を添加して、継代培地を用意した。当該継代培地を用いて、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞をフラスコ(FALCON;353082)内で継代培養した。継代時の細胞懸濁液の液量は6mLとした。細胞がコンフルエントになったら、フラスコから6mLの上清を回収し、15mLチューブ(TPP;91015)に入れた。微量高速遠心機を用いて、15mLチューブを400×g、4℃で3分間遠心した。
【0079】
遠心後、上清を10mLシリンジ(TOP;01007)と0.45μmフィルター(CORNING;431220)を用いて滅菌した。滅菌した上清を、抗生物質(終濃度10μg/mLのBlasticidin S HCl、終濃度100μg/mLのZeocin)を含む、等量の新しい継代培地と混合することで、10mLのコンディション培地を調製した。
【0080】
上清を回収したフラスコ底面に接着した細胞を剥がして新しい培地1mLに懸濁し、細胞懸濁液を1.5mLチューブ(AXYGEN;MCT-150-C)に回収した。細胞を40個含む細胞懸濁液を抽出し、上記のコンディション培地に加え、よくピペッティングをした。細胞を加えられたコンディション培地の全量をリザーバー(BMBio;BM-0850-1)に移した。さらに、8マルチチャンネルピペット(HTL;HT5123)を用いて、96ウェルプレート(IWAKI;3860-096)に細胞を加えられたコンディション培地を100μLずつ滴下し、その後、細胞を27℃で培養した。細胞がウェルに接着した後、倒立顕微鏡でウェルを観察し、単一細胞(シングルセル)のみがコンディション培地中に存在するウェルを確認した。
【0081】
播種時に単一細胞が確認できたウェルの細胞を約80%から約90%コンフルエントになるまで培養を続けた。その後、24ウェルプレート(IWAKI;3820-024)、35mmディッシュ(CORNING;353801)、T-25フラスコの順で、細胞をスケールアップした。24ウェルプレート、35mmディッシュ、T-25フラスコでの培養は、それぞれ液量が500μL、2.5mL、5mLとなるように培地の量を調整し、27℃で培養した。T-25フラスコまでスケールアップができた細胞は、カルシウムイメージングにより応答性を調査し、良好な応答性を示した細胞系統を、均質な匂い検出細胞系統として取得した。
【0082】
(実施例6:均質な匂い検出細胞系統の反応性)
DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞であって、均質化していないSf21細胞と、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞であって、均質化しているSf21細胞と、の、匂い物質への蛍光応答を下記手順で測定した。
【0083】
細胞を直径12mmのカバーガラス(CS-12R:Warner Instruments,LLC)に播種して接着させた後、カバーガラスを円形カバーガラス用開放型バスチャンバー(RC-48LP:Warner Instruments,LLC)に挿入した。チャンバー内の溶液の潅流と匂い分子の添加のために、ペリスタルティックチューブポンプ(MP-2010:Tokyo Rikakikai Co.Ltd.)に接続した内径1mm、外径3mmのシリコンチューブを、自作ホルダーによってチャンバーのインレットとアウトレットにそれぞれ設置した。潅流条件を約1.5mL/分の流量、約200μLのチャンバー内液量とし、10μmol/Lのゲオスミンによる匂い刺激時間を15秒として細胞への刺激を行った。
【0084】
チャンバー内の細胞の蛍光応答は、顕微鏡を用いて測定した。顕微鏡は、20倍の水浸対物レンズ(UMPlanFI 20x/0.50 W:Olympus)を備えた正立蛍光顕微鏡(BX51WI: Olympus)を用いた。細胞の蛍光強度変化の計測には、EM-CCDカメラ(DU-897E:Andor Technology PLC)を使用した。カメラの操作はAndoriQ(Andor Technology)を用いて512×512ピクセルの画像を取得した。顕微鏡のフィルタには、GFP用の蛍光フィルターセット(U-MGFPHQ: Olympus)を使用した。光源には100Wハロゲンランプ(TH4-100, Olympus)を用い、蛍光観察時の露光時間は500ミリ秒に設定した。撮影は1秒ごとに行った。
【0085】
匂い分子を与えた前後の蛍光強度の変化率と、細胞数の割合と、の関係を示すグラフを
図11に示す。均質化されていない細胞系統を用いた場合、5%以上の蛍光反応のあった細胞は全体のうち67.7%であった。また、匂い分子を与えた際の蛍光変化率が低い細胞が多く、変化率の平均は26.7%であった。これに対し、均質化された細胞系統を用いた場合、蛍光反応のあった細胞は全体のうち92.0%であった。また、匂い分子を与えた際の蛍光変化率が高い細胞が多く、変化率の平均は45.9%であった。したがって、均質化された細胞系統を用いた場合、匂い分子を高い感度で検出できることが示された。
【0086】
(実施例7:匂い検出細胞の長期安定性)
クローン化直後の匂い刺激時の蛍光変化率が36.1%の均質化された細胞系統を長期間継代し、匂い刺激時の蛍光変化率の継時変化を調べた。その結果、
図12に示すように、クローン化後、3か月半にわたって、クローン化直後と同等以上の匂い刺激に対する蛍光変化率を示した。また、クローン化直後から3か月半、均質化された細胞系統を冷凍保存し、融解後、当該細胞系統を長期間継代し、匂い刺激時の蛍光変化率の継時変化を調べた。その結果、
図13に示すように、融解後、2か月にわたって、匂い刺激に対してクローン化直後と同等以上の蛍光変化率を示した。また、クローン化直後から6か月半、均質化された細胞系統を冷凍保存し、融解後、当該細胞系統を長期間継代し、匂い刺激時の蛍光変化率の継時変化を調べた。その結果、
図14に示すように、融解後、1か月半にわたって、匂い刺激に対してクローン化直後と同等以上の蛍光変化率を示した。
【0087】
(実施例8:匂い検出キットの作製)
76mm×26mmのスライドガラス(MATSUNAMI、S9441)をガラス切断用ダイアモンドカッタ(TRUSCO、419-9847)で4mm×26mmに切断した。切断したガラスにコラーゲン溶液を約100μL滴下し、スライドガラスを30分間クリーンベンチ内で静置した。コラーゲン溶液はCellmatrix TypeI-C(新田ゼラチン株式会社、63100771)をHCl(富士フイルム和光純薬株式会社、pH=3)で10倍希釈して使用した。
【0088】
30分後、スライドガラスから余分なコラーゲン溶液を取り除き、100μmol/Lの細胞膜修飾剤(oleyl-PEG-NHS)溶液をスライドガラスに適量滴下し、37℃で30分間静置した。細胞膜修飾剤溶液は、SUNBRIGHT(NOF、OE-040CS)0.4mgと超脱水DMSO10mLの混合液をD-PBS(富士フィルム和光純薬株式会社、045-29795)で100倍希釈して調製した。30分後、スライドガラスから余分な細胞膜修飾剤溶液を取り除き、20分間静置した。
【0089】
20分後、約1×107個の均質化された匂い検出細胞の懸濁液(溶媒はアッセイバッファー)を細胞膜修飾剤処理したスライドガラス表面に滴下し、10分間静置した。その後、DMSO0.1%を含むアッセイバッファー400μLで満たした0.5mLチューブ内に、匂い検出細胞を単層で固定したスライドガラスを固定することで、実施例に係る匂い検出キットを作製した。
【0090】
(実施例9:キットと蛍光光度計を用いた匂い測定)
実施例に係る匂い検出キットを作製してすぐに、ベースとなる蛍光強度が安定になるのを確認するために、実施例に係る匂い検出キットを蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)に設置し、蛍光強度の変化率の幅が±2%以内となる10点が測定できるまで待機した。次に、実施例に係る匂い検出キットのチューブ中のアッセイバッファー400μLに10μmol/Lのゲオスミンを200μL添加し、チューブ中の溶液を10秒間ピペッティングした。その後、20秒ごとに140秒間にわたって、蛍光強度の変化率を測定した。その結果、
図15に示すように、ゲオスミンに対する蛍光応答が測定された。複数の実施例に係る匂い検出キットを用いて同様の計測を繰り返したところ、いずれも安定的にゲオスミンに対する蛍光応答が測定された。なお、スライドガラスをチューブ内に固定しなかった場合は、ベースとなる蛍光強度が安定せず、ゲオスミンに対する蛍光応答を安定的に測定できないことがあった。
【0091】
(実施例10:キットと蛍光光度計を用いた低濃度匂い分子の検出)
実施例に係る匂い検出キットに、終濃度がそれぞれ0mol/L、10pmol/L、100pmol/L、1nmol/L、10nmol/L、100nmol/L、1μmol/L、10μmol/Lとなるようゲオスミンを添加し、蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)により蛍光強度の変化率を測定した。結果を
図16に示す。ゲオスミンの濃度が0mol/Lの時の蛍光強度変化率は1.5±0.4%であり、ゲオスミンの濃度が10pmol/Lの時の蛍光強度変化率は2.7±0.5%であり、ゲオスミンの濃度が100pmol/Lの時の蛍光強度変化率は5.5±1.0%であり、ゲオスミンの濃度が1nmol/Lの時の蛍光強度変化率は8.1±0.8%であり、ゲオスミンの濃度が10nmol/Lの時の蛍光強度変化率は12.0±1.0%であり、ゲオスミンの濃度が100nmol/Lの時の蛍光強度変化率は21.3±2.0%であり、ゲオスミンの濃度が1μmol/Lの時の蛍光強度変化率は35.0±5.3%であり、ゲオスミンの濃度が10μmol/Lの時の蛍光強度変化率は29.4±4.3%であり、ゲオスミンの濃度に依存して蛍光強度が増加した。
【0092】
測定された蛍光強度の変化率を、ウェルチのt検定で計算したp値をHolmの方法により補正した有意水準により検定した結果、0mol/Lのゲオスミンと比較して、100pmol/L以上のゲオスミンで有意差が認められた。したがって、実施例に係る匂い検出キットと蛍光光度計を用いれば、GC/MSと同等の感度で匂い分子を検出可能であることが示された。例えば、日本の水道水の水源となるダム湖におけるゲオスミンの濃度は33.5nmol/L以下であった。したがって、実施例に係る匂い検出キットと蛍光光度計を用いれば、ダム湖から採取した水のカビ臭を検出可能であることが示された。また、上述のように調製したゲオスミン溶液に対する人による官能評価の下限は約10nmol/Lであった。したがって、実施例に係る匂い検出キットと蛍光光度計を用いれば、人による官能評価では検出できない低濃度のカビ臭を検出可能であることが示された。
【0093】
(実施例11:キットと蛍光光度計を用いた匂い分子の特異的な検出)
ダム湖水中にはゲオスミンや2-メチルイソボルネオール(2-MIB)といった複数種類のカビ臭が発生する。そこで、作製した実施例に係る匂い検出キットのカビ臭選択性を評価するために、ゲオスミン10μmol/L、2-MIB 10μmol/L、及びどちらのカビ臭も含まないアッセイバッファー(コントロール)のそれぞれを実施例に係る匂い検出キットに滴下し、蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)で蛍光強度の変化率を測定した。
【0094】
その結果、
図17に示すように、コントロールを滴下した場合の蛍光強度の変化率は0.1±0.6%、2-MIBを滴下した場合の蛍光強度の変化率は-0.3±1.1%、ゲオスミンを滴下した場合の蛍光強度の変化率は13.7±3.2%であった。測定された蛍光強度の変化率を、ウェルチのt検定で計算したp値をHolmの方法により補正した有意水準により検定した結果、コントロールと比較して、10μmol/Lのゲオスミンで有意差が認められ、10μmol/Lの2-MIBで有意差が認められなかった。よって、作製した実施例に係る匂い検出キットは、ゲオスミンを特異的に検出することが示された。
【0095】
(実施例12:細胞懸濁液とキットの安定性の比較)
匂い分子を加えていない匂い検出細胞の懸濁液を蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)に配置して、ベースとなる蛍光強度の変化率が±2%と安定になるまでの時間と、匂い分子を加えていない実施例に係る匂い検出キットを蛍光光度計に配置して、ベースとなる蛍光強度の変化率が±2%と安定になるまでの時間と、を比較した。その結果、安定になるまでの時間は、
図18に示すように、匂い検出細胞の懸濁液で300±30秒、実施例に係る匂い検出キットで70±6秒であった。したがって、匂い検出細胞を基板上に単層で配置している実施例に係る匂い検出キットのほうが、安定になるまでの時間が短いことが示された。
【0096】
(実施例13:細胞懸濁液とキットの応答性の比較)
匂い検出細胞の懸濁液の匂い分子への応答と、実施例に係る匂い検出キットの匂い分子への応答と、を比較するため、それぞれにアッセイバッファー(コントロール)及びゲオスミン10μmol/Lのそれぞれを添加した後、120秒後の蛍光強度の変化率を蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)で測定した。その結果、
図19に示すように、匂い検出細胞の懸濁液の場合、コントロール添加後の蛍光強度の変化率は-3.9±6.5%、ゲオスミン添加後の蛍光強度の変化率は3.2±3.6%であった。実施例に係る匂い検出キットの場合、コントロール添加後の蛍光強度の変化率は2.4±1.7%、ゲオスミン添加後の蛍光強度の変化率は27.5±4.3%であった。よって、実施例に係る匂い検出キットを用いると、コントロール添加時の蛍光強度の変化率が小さく、匂い分子添加時の蛍光強度の変化率が大きいことが示された。
【0097】
(実施例14:細胞懸濁液とキットの測定結果のばらつきの比較)
図19に示した結果にもとづき、それぞれの蛍光強度の変化率の変動係数の絶対値を求めた。変動係数の絶対値は、ばらつきを表す。その結果、
図20に示すように、匂い検出細胞の懸濁液の場合、コントロール添加後の蛍光強度の変化率の変動係数の絶対値は165.9%、ゲオスミン添加後の蛍光強度の変化率の変動係数の絶対値は113.8%であった。実施例に係る匂い検出キットの場合、コントロール添加後の蛍光強度の変化率の変動係数の絶対値は71.2%、ゲオスミン添加後の蛍光強度の変化率の変動係数の絶対値は15.5%であった。よって、実施例に係る匂い検出キットを用いると、測定結果のばらつきが小さいことが示された。
【0098】
(実施例15:ダム湖から取得した水の測定)
ダム湖湖畔にて、実施例に係る匂い検出キットと蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)を用いて、アッセイバッファー単独(コントロール)をキットに添加した場合と、ゲオスミン100μmol/Lを添加したアッセイバッファーをキットに添加した場合の蛍光強度の変化率を測定した。その結果、
図21に示すように、アッセイバッファー単独(コントロール)をキットに添加した場合、蛍光強度の変化率は2.8%であり、ゲオスミン100μmol/Lを添加したアッセイバッファーをキットに添加した場合、蛍光強度の変化率は21.2%であった。よって、実施例に係る匂い検出キットを用いれば、屋外であっても、匂い分子の検出が可能であることが示された。
【0099】
次に、ダム湖湖畔にて、実施例に係る匂い検出キットと蛍光光度計(Quantus、Fluorometer、登録商標)を用いて、ダム水の表層水をキットに添加した場合と、ゲオスミン100μmol/Lを添加したダム水の表層水をキットに添加した場合の蛍光強度の変化率を測定した。その結果、
図21に示すように、ダム水の表層水単独をキットに添加した場合、蛍光強度の変化率は6.0%であり、ゲオスミン100μmol/Lを添加したダム水の表層水をキットに添加した場合、蛍光強度の変化率は13.7%であった。ダム水の表層水をGC/MSで分析したところ、ダム水の表層水は、300pmol/Lのゲオスミンを含んでいた。したがって、実施例に係る匂い検出キットを用いれば、背景臭や夾雑物質が含まれるダム湖水を検査対象としても、特定の匂い分子を検出可能であることが示された。
【0100】
(実施例16:DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体発現細胞の作製)
実施例5で述べた方法で、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞から、均質な匂い検出細胞系統を作製した。
【0101】
また、キイロショウジョウバエの触角cDNA由来の、受容体であるDmOr82aの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、以下の遺伝子特異的な配列を含むプライマーで増幅し、pIEx4ベクター(Novagen)のマルチクローニングサイト(BamHI、NotI)に挿入し、pIEx4-DmOr82aベクターを構築した。
DmOr82a
フォーワード; 5'-ACGTCAAGAGCTCGCGGATCGCCGCCATGGGTAGGCTGTTTCAACTG-3'
リバース; 5'-CTTTACCAGAAGATGCGGCCTTACTCAATAGATTTGATGAG-3'
【0102】
構築したpIEx4-DmOr82aベクターを、pIE1-neoベクター(Novagen社; G418耐性遺伝子含有)とともに、リポフェクション法(TransIT-insect; Mirus社製、登録商標)により、TransIT-Insectの添付のマニュアルに従って、DmOr56a受容体を発現している均質な匂い検出細胞系統に遺伝子導入した。これにより、DmOr56a受容体に加えて、DmOr82a受容体を発現している細胞を作製した。
【0103】
(実施例17:DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体発現細胞の作製)
実施例5で述べた方法で、DmOr56a受容体及び共受容体DmOrco、並びにGCaMP6sを発現しているSf21細胞から、均質な匂い検出細胞系統を作製した。
【0104】
また、pIE1-neoベクター由来のG418耐性遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、以下の遺伝子特異的な配列を含むプライマーで増幅し、pIZベクター(pIZ/V5-His(Invitrogen社製)のマルチクローニングサイト(HindIII、SacII)に挿入し、pIZ-neoベクターを構築した。
G418(neo)
フォーワード; 5'-ATCTGTTCGAATTTAAAGCTGCCGCCATGATTGAACAAGATGGATTGC-3'
リバース; 5'-GATAGGCTTACCTTCGAACCTCAGAAGAACTCGTCAAGAAG-3'
【0105】
次に、pIZ-neoベクターのタンパク質発現カセット(OpIE2プロモーター(P(OpIE2))、neo遺伝子、OpIE2ポリA付加シグナル(OpIE2pA)と連なる部分)を増幅し、pIBベクターのPci1部位に、増幅されたタンパク質発現カセットを挿入し、G418耐性遺伝子挿入ベクターpIB-neoベクターを構築した。
【0106】
次に、キイロショウジョウバエの触角cDNA由来の、受容体であるDmOr49bの遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを、以下の遺伝子特異的な配列を含むプライマーで増幅し、pIB-neoベクター(上記)のマルチクローニングサイト(EcoRI、XhoI)に挿入し、pIB-DmOr49b-neoベクターを構築した。
DmOr49b
フォーワード; 5'-CAGTGTGGTGGAATTGCCGCCATGTTTGAAGACATTCAGCTAATC-3'
リバース; 5'-GCCCTCTAGACTCGATCATCCGTAGACTCGCTTG-3'
【0107】
構築したpIB-DmOr49b-neoベクターを、リポフェクション法(TransIT-insect; Mirus社製、登録商標)により、TransIT-Insectの添付のマニュアルに従って、DmOr56a受容体を発現している均質な匂い検出細胞系統に遺伝子導入した。これにより、DmOr56a受容体に加えて、DmOr49b受容体を発現している細胞を作製した。
【0108】
(実施例18:DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体発現細胞の反応性)
実施例16で述べた方法で、DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞を作製した。
【0109】
また、匂いを含まない溶液(ネガティブコントロール)、300μmol/Lの濃度で酢酸ゲラニルを含む溶液、及び10μmol/Lの濃度でゲオスミンを含む溶液を用意した。酢酸ゲラニルは、DmOr82a受容体の対象臭である。ゲオスミンは、DmOr56a受容体の対象臭である。
図22に示すように、ネガティブコントロールの溶液、酢酸ゲラニルを含む溶液、ゲオスミンを含む溶液の順で、それぞれの溶液をDmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞に接触させた。その結果、DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞の蛍光強度は、酢酸ゲラニルに対し23.2%変化し、ゲオスミンに対し16.4%変化した。
【0110】
(実施例19:DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体発現細胞の反応性)
実施例17で述べた方法で、DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞を作製した。
【0111】
また、匂いを含まない溶液(ネガティブコントロール)、300μmol/Lの濃度で2-メチルフェノールを含む溶液、及び10μmol/Lの濃度でゲオスミンを含む溶液を用意した。2-メチルフェノールは、DmOr49b受容体の対象臭である。ゲオスミンは、DmOr56a受容体の対象臭である。
図23に示すように、ネガティブコントロールの溶液、2-メチルフェノールを含む溶液、ゲオスミンを含む溶液の順で、それぞれの溶液をDmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞に接触させた。その結果、DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞の蛍光強度は、2-メチルフェノールに対し37.6%変化し、ゲオスミンに対し29.4%変化した。
【0112】
(実施例20:DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体発現細胞の濃度依存的反応性)
実施例16で述べた方法で、DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞を作製した。
【0113】
また、酢酸ゲラニルを、終濃度が0mol/L(コントロール)、1μmol/L、3μmol/L、10μmol/L、30μmol/L、100μmol/L、及び300μmol/Lになるよう、アッセイバッファー(140mmol/LのNaCl、5.6mmol/LのKCl、4.5mmol/LのCaCl2、11.26mmol/LのMgCl2、10mmol/LのHEPES、9.4mmol/LのD-glucose、pH7.2)で段階希釈した。また、ポジティブコントロールとして、ゲオスミンを、終濃度が10μmol/Lになるよう、アッセイバッファーに希釈した。なお、全ての溶液は、終濃度0.1%でDMSOを含むように調製した。
【0114】
次に、
図24に示すように、溶液のそれぞれを、DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞に、6分間隔で接触させた。その結果、
図24及び
図25に示すように、DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞は、酢酸ゲラニルの濃度に応じた強度の蛍光を発した。また、ポジティブコントロールであるゲオスミンにも対しても蛍光を発した。
【0115】
(実施例21:DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体発現細胞の濃度依存的反応性)
実施例17で述べた方法で、DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞を作製した。
【0116】
また、2-メチルフェノールを、終濃度が0mol/L(コントロール)、1μmol/L、3μmol/L、10μmol/L、30μmol/L、100μmol/L、及び300μmol/Lになるよう、アッセイバッファーで段階希釈した。また、ポジティブコントロールとして、ゲオスミンを、終濃度が10μmol/Lになるよう、アッセイバッファーに希釈した。なお、全ての溶液は、終濃度0.1%でDMSOを含むように調製した。
【0117】
次に、
図26に示すように、溶液のそれぞれを、DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞に、6分間隔で接触させた。その結果、
図26及び
図27に示すように、DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞は、2-メチルフェノールの濃度に応じた強度の蛍光を発した。また、ポジティブコントロールであるゲオスミンにも対しても蛍光を発した。
【0118】
(実施例22:嗅覚受容体発現細胞の特異的反応性)
実施例5で述べた方法で、DmOr56a受容体を発現している細胞を作製し、実施例16で述べた方法で、DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞を作製し、実施例17で述べた方法で、DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞を作製した。
【0119】
また、匂いを含まない溶液(ネガティブコントロール)、300μmol/Lの濃度でベンズアルデヒドを含む溶液、300μmol/Lの濃度で安息香酸メチルを含む溶液、300μmol/Lの濃度で1-オクテン-3-オールを含む溶液、300μmol/Lの濃度で2-メチルフェノールを含む溶液、300μmol/Lの濃度で酢酸ゲラニルを含む溶液、及び10μmol/Lの濃度でゲオスミンを含む溶液を用意した。
【0120】
それぞれの溶液をDmOr56a受容体を発現している細胞に接触させたところ、
図28に示すように、DmOr56a受容体を発現している細胞の蛍光強度は、ゲオスミンに対し68.1%変化した。DmOr56a受容体及びDmOr82a受容体を発現している細胞の蛍光強度は、ベンズアルデヒドに対し7.4%変化し、酢酸ゲラニルに対し34.5%変化し、ゲオスミンに対し4.3%変化した。DmOr56a受容体及びDmOr49b受容体を発現している細胞の蛍光強度は、ベンズアルデヒドに対し19.4%変化し、2-メチルフェノールに対し58.5%変化し、ゲオスミンに対し29.6%変化した。
【符号の説明】
【0121】
10・・・基板、20・・・匂い検出細胞、30・・・チューブ、40・・・流体
【配列表】