(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-03
(45)【発行日】2025-03-11
(54)【発明の名称】アルツハイマー病モデルマウスのAβバイオマーカー及びその分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20250304BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20250304BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20250304BHJP
【FI】
G01N33/53 D
G01N33/15 Z ZNA
G01N33/50 Z
(21)【出願番号】P 2023536746
(86)(22)【出願日】2022-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2022027975
(87)【国際公開番号】W WO2023002967
(87)【国際公開日】2023-01-26
【審査請求日】2024-01-10
(31)【優先権主張番号】P 2021120750
(32)【優先日】2021-07-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金子 直樹
(72)【発明者】
【氏名】富田 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】松崎 将也
(72)【発明者】
【氏名】横山 雅シャラ
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/178398(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/093001(WO,A1)
【文献】特開2008-000027(JP,A)
【文献】KAWARABAYASHI, T. et al.,Age-Dependent Changes in Brain, CSF, and Plasma Amyloid β Protein in the Tg2576 Transgenic Mouse Model of Alzheimer's Disease,The Journal of Neuroscience,2001年01月15日,Vol.21, No.2,pp.372-381
【文献】松崎将也 ほか,マウスにおけるアルツハイマー病血漿バイオマーカー分子APP669-711の解析,Dementia Japan,2020年10月,Vol.34, No.4,p.529
【文献】松崎将也 ほか,マウスにおけるアルツハイマー病血漿バイオマーカー分子APP669-711の産生機構の解明,Dementia Japan,2018年09月,Vol.32, No.3,p.415
【文献】NAKAMURA, A. et al.,High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease,Nature,2018年02月08日,Vol.554,pp.249-254
【文献】KANEKO, N. et al.,The APP669-711/Aβ1-40 ratio as a plasma biomarker specific for the brain Aβ deposition in APP/PS1 mouse,Alzheimer's & Dementia,2021年12月31日,Vol.17, Suppl.5,p.1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルツハイマー病(AD)モデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、
マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、
ADモデルマウスの前記比が、脳内Aβ蓄積が出現していない基準マウスの前記比よりも高い場合に、前記ADモデルマウスの脳内Aβ蓄積量は、前記基準マウスの脳内Aβ蓄積量よりも多いと判断する工程とを含む、脳内Aβ蓄積状態を判断する分析方法
であって、
前記生体試料が血液である、分析方法。
【請求項2】
ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後において、
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、
マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、
介入前におけるADモデルマウスの前記比と介入後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程とを含む、脳内のAβ蓄積状態に関して前記介入の有効性を判断する分析方法
であって、
前記生体試料が血液である、分析方法。
【請求項3】
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程とを同じADモデルマウスに経時的に複数回行ない、ADモデルマウスの前記比の変化を評価し、脳内のAβ蓄積量が増加または減少していることを判断する、分析方法
であって、
前記生体試料が血液である、分析方法。
【請求項4】
ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前後において、
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、
マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、
候補物質の供与前におけるADモデルマウスの前記比と、候補物質の供与後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程を含む、脳内のAβ蓄積状態を改善するための候補物質をスクリーニングする分析方法
であって、
前記生体試料が血液である、分析方法。
【請求項5】
前記ADモデルマウスがAPP/PS1マウスである、請求項1
~4のいずれか1項に記載の分析方法。
【請求項6】
ADモデルマウス由来の生体試料中のマウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40からなる脳内Aβ蓄積状態を判断するマーカー
であって、前記生体試料が血液である、マーカー。
【請求項7】
前記ADモデルマウスがAPP/PS1マウスである、請求項
6に記載のマーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)モデルマウスのAβバイオマーカー及びその分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ADは認知症の主な原因で、認知症全体の半数以上を占める神経変性疾患である。認知症患者数は2017年で世界中に約5000万人いると推計され、2030年には約8200万人になると見込まれている。日本国内でも認知症患者数は2025年には700万人に達すると推定されている。
【0003】
ADの発症にはアミロイドβ(Aβ)が深く関わっていると考えられている。770残基のアミノ酸からなるアミロイド前駆タンパク質(Amyloid precursor protein:APP)が各種プロテアーゼによる切断を受けることによって、様々な分子種のAβが産生される。主要なAβとしてはアミノ酸40残基のAβ1-40とアミノ酸42残基のAβ1-42が存在し、Aβ1-42は凝集性が強い。ADでは、Aβの線維化を伴う凝集により脳内に老人斑が出現するが、それが最も早期の病理学的変化と考えられている。
【0004】
Aβの脳内蓄積はAD発症の20年前から始まっているとも言われており、より早期の段階でAD発症の可能性を判別することが重要となる。AD診断に利用される検査法としては脳内のAβ蓄積を可視化するPET(Positron Emission Tomography:陽電子放出断層撮影)イメージング(アミロイドPET)や脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)中のAβをバイオマーカー(単に「マーカー」とも呼称する)として検出する方法などがある。このうちアミロイドPETは脳内のAβアミロイド蓄積の部位と量を高い精度で画像化する技術であり、現在ADの早期病態を検出可能な画像バイオマーカーとしての地位が確立している。しかしながら、アミロイドPETは検査費用が高額なため、臨床現場では限られた条件下で使用するのが現実的である。一方、CSF検査は侵襲性の高い検査であるため身体的負担が大きい。このような背景のもと、非侵襲的で採取が容易なバイオマーカーの開発が望まれていた。
【0005】
近年、脳内Aβ蓄積状態を反映する有望なバイオマーカーとして、ヒト血漿試料に対して免疫沈降法(Immuno Precipitation:IP)とMALDI-TOF MS(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometry:マトリックス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間型質量分析法)を組み合わせたIP-MS(Immunoprecipitation-Mass Spectrometry)法(特許文献1)により、血漿中のAPP669-711/Aβ1-42比とAβ1-40/Aβ1-42比、及びそれらを組み合わせたcomposite biomarkerがヒトの脳内Aβ蓄積を高精度に推定できることが報告された(特許文献2、3、非特許文献1、2)。このバイオマーカーはヒトのAD鑑別やAD発症のリスク因子としての利用価値があり、それにより治療や予防などの介入方法の決定に重要な役割を担うことが期待され、臨床的な利用価値に重きが置かれている。
【0006】
一方、ADは根本的治療または発症予防について確立された方法は存在しないため、その開発が急務となっている。介入方法の研究開発や、ADの発症メカニズムを解明する上でADモデルマウスを用いた実験は必要となる研究であり、それを遂行するにあたってADモデルマウスの脳内Aβ蓄積開始時期や進行具合を把握し、介入のタイミングの検討や、研究段階の介入法の効果などを評価するためにバイオマーカーを利用することができ、製薬企業や研究機関が行なう基礎研究や非臨床試験において利用価値が存在する。
【0007】
ADモデルマウスの脳内ではAβ1-42だけではなくAβ1-40(Aβ40)が蓄積されていることが分かってきている。たとえば非特許文献3には、Aβ1-40特異的抗体BA27による染色でADモデルマウスの脳内にAβ1-40が蓄積することが示され、非特許文献4には、マウス脳のFA soluble Ab(Aβ蓄積が溶解される画分)中のAβ1-40が野生型(WT)よりもトランスジェニックマウスで増えていることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第6424757号
【文献】特許第6410810号
【文献】特許第6467512号
【非特許文献】
【0009】
【文献】Kaneko N, Nakamura A, Washimi Y, Kato T, Sakurai T, Arahata Y, Bundo M, Takeda A, Niida S, Ito K, Toba K, Tanaka K, Yanagisawa K. : Novel plasma biomarker surrogating cerebral amyloid deposition. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2014;90(9):353-64
【文献】Nakamura A, Kaneko N, Villemagne VL, Kato T, Doecke J, Dore V, Fowler C, Li QX, Martins R, Rowe C, Tomita T, Matsuzaki K, Ishii K, Ishii K, Arahata Y, Iwamoto S, Ito K, Tanaka K, Masters CL, Yanagisawa K. : High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease. Nature. 2018;8;554(7691):249-254
【文献】富士フイルム和光の抗体カタログ「For Alzheimer’s Disease Research Anti Amyloid β Antibody BAN50/BNT77/BA27/BC05」[令和3年6月8日検索]、インターネット<URL:https://labchem-wako.fujifilm.com/us/category/docs/01222_doc02.pdf>
【文献】Li X, Feng Y, Wu W, Zhao J, Fu C, Li Y, Ding Y, Wu B, Gong Y, Yang G, Zhou X. 「Sex differences between APPswePS1dE9 mice in A-beta accumulation and pancreatic islet function during the development of Alzheimer's disease」, Lab Anim. 2016 Aug;50(4):275-85
【文献】Franke TN, Irwin C, Bayer TA, Brenner W, Beindorff N, Bouter C, Bouter Y. : In vivo Imaging With 18 F-FDG- and 18 F-Florbetaben-PET/MRI Detects Pathological Changes in the Brain of the Commonly Used 5XFAD Mouse Model of Alzheimer's Disease. Front Med (Lausanne). 2020 Sep 15;7:529
【文献】Loffler T, Flunkert S, Temmel M, Hutter-Paier B. : Decreased Plasma Aβ in Hyperlipidemic APPSL Transgenic Mice Is Associated with BBB Dysfunction Front Neurosci. 2016 Jun 1;10:232
【文献】Wu Q, Li Q, Zhang X, Ntim M, Wu X, Li M, Wang L, Zhao J, Li S. : Treatment with Bifidobacteria can suppress Aβ accumulation and neuroinflammation in APP/PS1 mice. PeerJ. 2020 Oct 28;8:e10262
【文献】「Research Models」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.alzforum.org/research-models/alzheimers-disease>
【文献】「B6.Cg-Tg(APPswe,PSEN1dE9)85Dbo/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/005864>
【文献】「B6.Cg-Tg(APPSwFlLon,PSEN1*M146L*L286V)6799Vas/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/008730>
【文献】「B6;C3-Tg(APPswe,PSEN1dE9)85Dbo/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/004462>
【文献】「APP/PS1/rTg21221」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.alzforum.org/research-models/appps1rtg21221>
【文献】「B6.Cg-Tg(APP695)3Dbo Tg(PSEN1dE9)S9Dbo/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/005866>
【文献】「B6;C3-Tg(APPswe,PSEN1dE9)85Dbo/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/004462>
【文献】「APPSWE-Model 1349」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.taconic.com/transgenic-mouse-model/appswe-model-1349>
【文献】「APPSWE-Tau」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.taconic.com/transgenic-mouse-model/appswe-tau>
【文献】「B6SJL-Tg(APPSwFlLon,PSEN1*M146L*L286V)6799Vas/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/006554>
【文献】「B6;129-Tg(APPSwe,tauP301L)1Lfa Psen1tm1Mpm/Mmjax」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/004807>
【文献】「B6.Cg-Tg(Thy1-APP)3Somm/J」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/030504>
【文献】「STOCK Apptm1Sud/J」[令和3年6月14日検索]、インターネット<https://www.jax.org/strain/008390>
【文献】Macklin L, Griffith CM, Cai Y, Rose GM, Yan XX, Patrylo PR. : Glucose tolerance and insulin sensitivity are impaired in APP/PS1 transgenic mice prior to amyloid plaque pathogenesis and cognitive decline. Exp Gerontol. 2017 Feb;88:9-18
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ADモデルマウスの脳内Aβ蓄積量を評価する手法として上述したPETイメージングがあるが、実験動物用のPET装置が必要となり、放射性物質も取り扱う必要があるため危険性の潜在する実験となる(非特許文献5)。また、ADモデルマウスは体が小さいためCSF採取が難しく、採取できたとしても少量で、さらに血液が混入するリスクもある。一方、脳内Aβ蓄積評価で比較的容易な方法として、ADモデルマウスの脳を溶解したあとの不溶性画分のアミロイドを測定することにより脳内アミロイド蓄積状態を評価する方法もあるが、ADモデルマウスを殺してしまうため、継続的なモニタリングは不可能である(非特許文献6、7)。
【0011】
本発明は、採取が比較的容易で、安全性もあり、継続的な観察が可能である、ADモデルマウスの脳内のAβ蓄積状態を評価するバイオマーカー及びその分析方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の態様は、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、ADモデルマウスの前記比が、脳内Aβ蓄積が出現していない基準マウスの前記比よりも高い場合に、前記ADモデルマウスの脳内Aβ蓄積量は、前記基準マウスの脳内Aβ蓄積量よりも多いと判断する工程とを含む、脳内Aβ蓄積状態を判断する分析方法に関する。
【0013】
本発明の第2の態様は、ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後において、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、介入前におけるADモデルマウスの前記比と、介入後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程とを含む、脳内のAβ蓄積状態に関して前記介入の有効性を判断する分析方法に関する。
【0014】
本発明の第3の態様は、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程とを同じADモデルマウスに経時的に複数回行ない、ADモデルマウスの前記比の変化を評価し、脳内のAβ蓄積量が増加または減少していることを判断する分析方法に関する。
【0015】
本発明の第4の態様は、ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前後において、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、候補物質の供与前におけるADモデルマウスの前記比と、候補物質の供与後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程とを含む、脳内のAβ蓄積状態を改善するための候補物質をスクリーニングする分析方法に関する。
【0016】
本発明の第5の態様は、ADモデルマウス由来の生体試料中のマウスAβ1-40とマウスAPP669-711との組み合わせからなる脳内Aβ蓄積状態を判断するマーカーに関する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る分析方法及びマーカーによれば、採取が比較的容易で、安全性もあり、継続的な観察が可能である、ADモデルマウスの脳内のAβ蓄積状態を評価する分析方法及びバイオマーカーを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例1における、23か月齢のAPP/PS1マウスの脳組織の免疫染色画像である。
【
図2】実施例1における、2か月齢(A)と25か月齢(B)のAPP/PS1マウスの血漿中マウスAβ関連ペプチドのマススペクトルである。
【
図3】実施例1において、若齢ADモデルマウス(2~5か月齢、N=11)の血漿Aβ1-40の標準化強度(Normalized intensity)と高齢ADモデルマウス(23~30か月齢、N=13)の血漿Aβ1-40の標準化強度とを比較したグラフである。
【
図4】実施例1において、若齢ADモデルマウス(2~5か月齢、N=11)の血漿APP669-711の標準化強度と高齢ADモデルマウス(23~30か月齢、N=13)の血漿APP669-711の標準化強度とを比較したグラフである。
【
図5】実施例1において、若齢ADモデルマウス(2~5か月齢、N=11)の血漿APP669-711/Aβ1-40比と高齢ADモデルマウス(23~30か月齢、N=13)の血漿APP669-711/Aβ1-40比とを比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<分析方法>
(第1の態様)
本発明の第1の態様は、脳内Aβ蓄積状態を判断する分析方法であって、
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、
マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、
ADモデルマウスの前記比が、脳内Aβ蓄積が出現していない基準マウスの前記比よりも高い場合に、前記ADモデルマウスの脳内Aβ蓄積量は、前記基準マウスの脳内Aβ蓄積量よりも多いと判断する工程とを含む。
【0020】
第1の態様では、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程(当該工程を「測定工程」と呼称する)を含む。ADモデルマウスとしては、特に制限されるものではなく、たとえば非特許文献8などに記載のADモデルマウスを適宜用いることができる。具体的には、Tg(APPswe,PSEN1dE9)85Dbo(非特許文献9)、5xFAD(B6SJL)(非特許文献10)、5xFAD(C57BL6)(非特許文献11)、APP/PS1/rTg21221(非特許文献12)、APPSwe/PSEN1(A246E)(非特許文献13)、APPSwe/PSEN1dE9(C3-3 x S-9)(非特許文献14)、APPswe/PSEN1dE9(line 85)(非特許文献15)、Tg2576/Tau(P301L)(APPSwe-Tau)(非特許文献16)、TREM2-BAC X 5xFAD(非特許文献17)、3xTg(非特許文献18)、APP23(非特許文献19)、APP Knock-in(非特許文献20)などが挙げられる。
【0021】
ADモデルマウスとして、ヒトSwedish変異型APP及びΔExon変異型PS1を神経系特異的プリオンプロモーター(PrP)により過剰発現しているトランスジェニックマウスであるAPP/PS1マウスが好ましく、後述する実施例1ではTg(APPswe,PSEN1dE9)85Dboを用いている。APP/PS1マウスは6~7か月齢程度から脳内Aβ蓄積が出現することが知られており(非特許文献21)、そのため、脳内Aβ蓄積の有無の比較として、若齢と高齢のAPP/PS1マウスが研究に使用される。
【0022】
測定工程において、「生体試料」は、血液、尿、糞便、体分泌液(例えば、唾液、涙)などから選ぶことができる。これらのうち、採取のし易さ、脳内のAβの状態の反映しやすさなどの理由から、生体試料は血液であることが好ましい。血液は、マーカーの発現レベルの測定工程に直接供される試料であり、全血、血漿及び血清などが含まれる。血液は、ADモデルマウスから採取された全血を、適宜処理することによって調製することができる。採取された全血から血液試料の調製を行なう場合に行なわれる処理としては特に限定されず、例えば遠心分離などいかなる処理が行なわれてもよい。また、測定工程に供される血液は、その調製工程の中途段階又は調製工程の後段階において、適宜冷凍など低温下での保存が行なわれたものであってもよい。
【0023】
生体試料は、そのまま成分の濃度の測定に用いてもよいが、必要に応じて適宜前処理を行なってから成分の濃度の測定に用いてもよい。前処理としては、例えば、生体試料中の酵素反応の停止、脂溶性物質の除去、タンパク質の除去等が挙げられる。これらの前処理は、公知の方法を用いて行なえばよい。また、生体試料は、適宜、希釈又は濃縮して用いてもよい。
【0024】
測定工程では、生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る。マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711は、以下のアミノ酸配列を有するものである。
【0025】
・マウスAβ1-40:
DAEFGHDSGFEVRHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV(配列番号1)
・マウスAPP699-711:
VKMDAEFGHDSGFEVRHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV(配列番号2)
本発明において、マーカーのレベルとは、基本的には濃度を意味するが、当業者が濃度に準じて用いる他の単位、例えば、質量分析における検出イオン強度であってもよい。
【0026】
マーカーの測定は、好ましくは、生体分子特異的親和性に基づく検査によって行なわれる。生体分子特異的親和性に基づく検査は、当業者によく知られた方法であり、特に限定されないが、イムノアッセイが好ましい。具体的には、ウェスタンブロット、ラジオイムノアッセイ、ELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)(サンドイッチイムノ法、競合法、及び直接吸着法を含む)、免疫沈降法、沈降反応、免疫拡散法、免疫凝集測定、補体結合反応分析、免疫放射定量法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイなどの、競合及び非競合アッセイ系を含むイムノアッセイが含まれる。イムノアッセイにおいては、生体試料中の上記マーカーに結合する抗体を検出する。
【0027】
マーカーの測定を、アミロイド前駆タンパク質(APP)由来のペプチドを認識可能な抗原結合部位を持つ免疫グロブリン、またはアミロイド前駆タンパク質(APP)由来のペプチドを認識可能な抗原結合部位を含む免疫グロブリン断片を用いて作製された抗体固定化担体を用いて行なってもよい。前記抗体固定化担体を用いた免疫沈降法により質量分析装置での試料中ペプチドの検出を行なうことができる(IP-MS)。
【0028】
第1の態様では、上述した測定工程の後、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程(当該工程を「算出工程」と呼称する)を含む。前記比APP669-711/Aβ1-40であるマーカーは、脳内Aβ蓄積が出現していない基準ADモデルマウスからの血漿試料中の比と、脳内のAβが過剰に蓄積されているADモデルマウスからの血漿試料中の比との間に有意な差が認められたものである。
【0029】
なお、ヒト等のAD分析において、これまでAβ1-42が好適な指標として用いられてきた(特許文献2、3、非特許文献1、2)。マウスにおいても、同様に、下記アミノ酸配列を有するマウスAβ1-42が存在する。
【0030】
・マウスAβ1-42:
DAEFGHDSGFEVRHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVVIA(配列番号3)
しかしながら、ADモデルマウスを被験対象とする場合、ヒト等の場合とは異なり採血量が少なく濃度の薄いマウスAβ1-42は測定しにくい。このため、本発明者等は、ADモデルマウスを被験対象とする場合には、マウスAβ1-42よりも、マウスAβ1-40、マウスAPP669-711がより好適な指標となり得ることを見出した。
【0031】
第1の態様では、上述した算出工程の後、ADモデルマウスの前記比が、脳内Aβ蓄積が出現していない基準マウスの前記比よりも高い場合に、前記ADモデルマウスの脳内Aβ蓄積量は、前記基準マウスの脳内Aβ蓄積量よりも多いと判断する工程を含む。当該工程では、測定値と基準値との比較によって生体試料中のマーカーの濃度分析を行なう。基準マウスとしては、2~5か月齢(若齢)のADモデルマウスや野生型マウスを好適に用いることができる。
【0032】
このような第1の態様の分析方法によれば、採取が比較的容易で、安全性もあり、継続的な観察が可能である、ADモデルマウスの脳内のAβ蓄積状態を評価する分析方法を提供することが可能となる。
【0033】
(第2の態様)
本発明の第2の態様は、脳内のAβ蓄積状態に関して前記介入の有効性を判断する分析方法であり、
ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後において、
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程(測定工程)と、
マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程(算出工程)と、
介入前におけるADモデルマウスの前記比と、介入後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程とを含む。
【0034】
第2の態様の分析方法は、ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後に行なわれる。ここで、「介入」とは、ADの治療薬や予防薬の投与、食事療法、運動療法、学習療法、外科手術などが含まれる。なお、運動療法、学習療法、外科手術は既知、未知のいずれのものも含む。
【0035】
第2の態様における測定工程及び算出工程は、上述した第1の態様における測定工程及び算出工程と同様である。
【0036】
第2の態様では、ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後で測定工程及び算出工程を行なった後、介入前におけるADモデルマウスの前記比と、介入後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう。このような第2の態様によれば、ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後に適用することで、ADの治療薬、予防薬の薬効評価、あるいはその他の処置の有効性評価を行なうことができる。
【0037】
(第3の態様)
本発明の第3の態様は、脳内のAβ蓄積量が増加または減少していることを判断する分析方法であり、
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程(測定方法)と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程(算出工程)とを同じADモデルマウスに経時的に複数回行ない、ADモデルマウスの前記比の変化を評価する。
【0038】
第3の態様の分析方法は、測定工程及び算出工程を同じADモデルマウスに経時的に複数回行なう。第3の態様における測定工程及び算出工程も、上述した第1の態様における測定工程及び算出工程と同様である。
【0039】
第3の態様では、測定工程及び算出工程を同じADモデルマウスに経時的に複数回行なってADモデルマウスの前記比の変化を評価する。このような第3の態様によれば、ADモデルマウスの脳内のAβ蓄積の変化を経時的に評価し、脳内のAβ蓄積量が増加または減少していることを判断することができる。
【0040】
(第4の態様)
本発明の第4の態様は、脳内のAβ蓄積状態を改善するための候補物質をスクリーニングする分析方法であり、
ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前
後において、
ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程(測定工程)と、
マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程(算出工程)と、
候補物質の供与前におけるADモデルマウスの前記比と、候補物質の供与後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程を含む。
【0041】
第4の態様の分析方法は、ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前後に行なわれる。ここで、「候補物質」とは、脳内のAβ蓄積状態の改善するためのADの治療薬や予防薬の候補となる可能性を有する未知の物質を指す。
【0042】
第4の態様における測定工程及び算出工程も、上述した第1の態様における測定工程及び算出工程と同様である。
【0043】
第4の態様では、候補物質の供与前におけるADモデルマウスの前記比と、候補物質の供与後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう。このような第4の態様によれば、ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前後に適用することで、脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質の有効性評価を行なうことができる。
【0044】
<脳内Aβ蓄積状態を判断するマーカー>
(第5の態様)
本発明は、ADモデルマウス由来の生体試料中のマウスAβ1-40とマウスAPP669-711との組み合わせからなる脳内Aβ蓄積状態を判断するマーカーについても提供する。これまでヒトでは血液APP669-711/Aβ1-40比がバイオマーカーとして報告されていないことから、ADモデルマウス特異的なバイオマーカーと言える。本発明のマーカーを用いることで、ADモデルマウスに由来する生体試料の脳内Aβ蓄積状態を高い精度で判断可能となる。
【0045】
本発明のマーカーにおける生体試料、ADモデルマウスは、第1の態様で上述したものであればよいが、同様に生体試料としては血液が好ましく、ADモデルマウスとしてはAPP/PS1マウスが好ましい。
【0046】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
<実施例1>
[1]ADモデルマウス
ADモデルマウスとして汎用されるAPP/PS1マウス(Tg(APPswe,PSEN1dE9)85Dbo、非特許文献9)を用いた。APP/PS1マウスはヒトSwedish変異型APP及びΔExon変異型PS1を神経系特異的プリオンプロモーター(PrP)により過剰発現しているトランスジェニックマウスである。2~5か月齢(若齢)もしくは23~30か月齢(高齢)のAPP/PS1マウスを使用した。APP/PS1マウスは6~7か月齢程度から脳内Aβ蓄積が出現することが知られており(非特許文献21)、脳内Aβ蓄積の有無の比較として、若齢と高齢のAPP/PS1マウスが研究に使用される。
【0048】
[2]脳組織の免疫染色
本実施例で使用する23か月齢のAPP/PS1マウスで、その脳組織の免疫染色で脳内Aβ蓄積が出現することを以下の手順で確認した。マウスから摘出した半脳を4% PFA(パラホルムアルデヒド:paraformaldehyde)/PBS(リン酸緩衝液:Phosphate Buffer Solution)(pH6.7)で24時間浸透し、脳を細切した。その後、脳を70% エタノールで1時間、80% エタノールで2時間、90% エタノールで2時間、99% エタノールで3時間×3回、キシレンで3時間、キシレンで2時間、パラフィンで3時間×3回により脱水し包埋した。作製したブロックはMICROM HM 430(Thermo SCIENTIFIC)を用いて4mm厚で薄切、PLL(ポリ-L-リジン:poly-L-lysine)コートされたスライドガラス上で伸展し37℃で2日間乾燥した。
【0049】
作製した脳切片の脱パラフィンのために、キシレンで5分間×3回浸した。続いて、100% エタノールで2.5分間×2回、90% エタノールで2.5分間、80% エタノールで2.5分間、70% エタノールで2.5分間、流水に10分間浸した。抗原を賦活化するために、0.01M クエン酸(pH6.0)/DW(蒸留水:distilled water)中で121℃、10分間の条件でオートクレーブし、流水に10分間、TS(Tris buffer)に浸した。その後、非働化済みの10% calf serum/PBSを用いて室温30分間でブロッキングし、各種1000倍希釈した一次抗体を室温で一晩充てた。一次抗体として抗ヒトAβ マウスモノクローナル抗体(82E1、IBL)と抗マウスAβ ラビットポリクローナル抗体(APP597、IBL)を用いた。次に、各種500倍希釈したビオチン化二次抗体を室温で2時間、ABC elite(VECTOR)で1時間、ImmPACT SG(VECTOR)に5分間、0.1% ヘマトキシリン液に10秒間、流水に5分間浸透した。最後に、脱水のために、70% エタノールで2.5分間、80% エタノールで2.5分間、90% エタノールで2.5分間、100% エタノールで2.5分間×2回、透徹のためにキシレンで5分間×3回浸透した。そして封入剤HSR液(Sysmex)を用いて封入し、乾燥後EVOS FL Auto2(Invitrogen)により観察し、23か月齢のAPP/PS1マウスで、その脳組織の免疫染色で脳内Aβ蓄積が出現することを確認した(
図1)。
【0050】
[3]ADモデルマウスからの採血
ADモデルマウスの顎骨付近の顔面静脈から、21Gの注射針を用いて穿刺し、表面に出てきた血液を採取した。採取中に血液の凝固を防ぐため、それぞれの採血用チューブに予めEDTA-2Na(終濃度:0.15%)を加えた。採取した血液をすぐに4℃、3,500rpm、5分間で遠心分離し、上清である血漿を採取した。得られた上記の血液成分はそれぞれ-80℃で凍結保存した。
【0051】
[4]血漿Aβ関連ペプチド測定
血漿中のAβ関連ペプチドは免疫沈降(IP)と質量分析(MS)を組み合わせたIP-MSを用いて測定した。抗マウスAβ ラビットポリクローナル抗体APP597(IBL)からBSAを除くためにProtein G(Thermo Fisher Scientific)で抗体を精製した後、Dynabeads Epoxy(Thermo Fisher Scientific)に共有結合させた抗体ビーズをIPに使用した。凍結保存したマウス血漿(40~100μL)を融解し、内部標準ペプチド溶液と血漿を等量で混合した。抗体ビーズと混ぜて、1時間4℃で抗原抗体反応させた。内部標準ペプチドは40pM 安定同位体標識マウスAβ1-42(SIL-Aβ1-42、理論質量m/z 4471.30)を使用した。抗原抗体反応後、抗体ビーズを洗浄し、Aβ関連ペプチドをDDM(n-ドデシル-β-D-マルトシド:n-dodecyl-β-D-maltoside)を含むグリシン緩衝液(pH2.8)で溶出した。トリス緩衝液で中性に戻した後、もう一度、抗体ビーズをAβ関連ペプチドと抗原抗体反応させ、洗浄後、Aβ関連ペプチドを溶出液(5mM HCl、0.1mM Methionine、70%(v/v) アセトニトリル)で溶出した。予め、0.5mg/mL CHCA(α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸:α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)/0.2%(w/v) MDPNA(メチレンジホスホン酸:methylenediphosphonic acid) 0.5μLを滴下、乾燥させたμFocus MALDI plate(商標) 900μm(Hudson Surface Technology, Inc., Fort Lee,NJ)の4well上へ、IP後の溶出液を滴下して乾燥させた。
【0052】
マススペクトルデータはAXIMA Performance(Shimadzu/KRATOS, Manchester, UK)を用いて、ポジティブイオンモードのLinear TOFで取得した。Linear TOFのm/z値はピークのアベレージマスで表示した。m/z値とシグナル強度は標準ペプチドを用いて校正を行なった。human angiotensin IIとhuman ACTH fragment 18-39、bovine insulin oxidized beta-chain、bovine insulinを外部標準として用いてm/z値をキャリブレーションした。内部標準ペプチドSIL-Aβ1-42は、血漿中の各Aβ関連ペプチドのシグナル強度の標準化に使用した。その後、1サンプルから得られる4つのマススペクトルの標準化強度(Normalized intensity)の平均値を求め、それをAβ関連ペプチド量として評価した。検出下限に達しない(S/N<3)データ数が二つ以上存在した場合は検出不可とした。
【0053】
本測定法はマウスのAβ配列に特異的に反応する抗体を用いており、かつ、マススペクトルにおいてはマウスのAβ配列の理論質量で検出されるピークを分析している。このことから、本分析データはマウスのAβ関連ペプチドを対象としており、過剰発現しているヒトSwedish変異型APP由来のAβ関連ペプチドは分析対象ではない。
【0054】
[5]血漿Aβ関連ペプチドの解析
2か月齢と25か月齢のAPP/PS1マウス血漿をIP-MSにより分析して得られたマウスAβ関連ペプチドのマススペクトルを
図2に示す。ここでは2か月齢と25か月齢、それぞれ一個体のデータを示しており、これらのマススペクトルでは、表1に示される理論質量の位置にAβ1-40、Aβ1-42、APP669-711のピークが検出された。
【0055】
次に、脳内Aβ蓄積のない若齢群(2~5か月齢)と脳内Aβ蓄積のある高齢群(23-30か月齢)に分類し、Aβ1-40とAPP669-711の標準化強度の群間比較した。2群間の比較はstudent’sのt-testで行ない有意水準を5%とした。その結果、Aβ1-40とAPP669-711では若齢群と高齢群で有意な差は確認できなかった(
図3,4)。一方、Aβ1-40に対するAPP669-711の標準化強度の比(APP669-711/Aβ1-40)を算出し、2群間の比較を行なうと、p=0.0012となり、若齢群と高齢群で有意な差を確認できた。つまり、高齢群のAPP669-711/Aβ1-40は若齢群よりも増加していることになる(
図5)。このことから、血液APP669-711/Aβ1-40比はADモデルマウスの脳内Aβ蓄積を反映していることが示唆された。これまでヒトでは血液APP669-711/Aβ1-40比がバイオマーカーとして報告されていないことから、ADモデルマウス特異的なバイオマーカーと言える。
【0056】
[態様]
上述した例示的な実施形態及び実験例は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0057】
(第1項)
一態様に係る分析方法は、脳内Aβ蓄積状態を判断する分析方法であり、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、ADモデルマウスの前記比が、脳内Aβ蓄積が出現していない基準マウスの前記比よりも高い場合に、前記ADモデルマウスの脳内Aβ蓄積量は、前記基準マウスの脳内Aβ蓄積量よりも多いと判断する工程とを含む。
【0058】
第1項に記載の分析方法によれば、採取が比較的容易で、安全性もあり、継続的な観察が可能である、ADモデルマウスの脳内のAβ蓄積状態を評価する分析方法を提供することが可能となる。
【0059】
(第2項)
一態様に係る分析方法は、脳内のAβ蓄積状態に関して介入の有効性を判断する分析方法であり、ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後において、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、介入前におけるADモデルマウスの前記比と介入後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程とを含む。
【0060】
第2項に記載の分析方法によれば、ADモデルマウスに対して行なわれた介入の前後に適用することで、ADの治療薬、予防薬の薬効評価、あるいはその他の処置の有効性評価を行なうことができる。
【0061】
(第3項)
一態様に係る分析方法は、脳内のAβ蓄積量が増加または減少していることを判断する分析方法であり、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程とを同じADモデルマウスに経時的に複数回行ない、ADモデルマウスの前記比の変化を評価する。
【0062】
第3項に記載の分析方法によれば、ADモデルマウスの脳内のAβ蓄積の変化を経時的に評価し、脳内のAβ蓄積量が増加または減少していることを判断することができる。
【0063】
(第4項)
一態様に係る分析方法は、脳内のAβ蓄積状態を改善するための候補物質をスクリーニングする分析方法であり、ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前後において、ADモデルマウス由来の生体試料を、マウスAβ1-40及びマウスAPP669-711を含むマーカーの検出に供して、前記生体試料中のマウスAβ1-40及びマウスAPP669-711の各測定レベルを得る工程と、マウスAβ1-40レベルに対するマウスAPP669-711レベルの比:APP669-711/Aβ1-40を求める工程と、候補物質の供与前におけるADモデルマウスの前記比と、候補物質の供与後におけるADモデルマウスの前記比との比較を行なう工程を含む。
【0064】
第4項に記載の分析方法によれば、ADモデルマウスに対して脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質を供与した前後に適用することで、脳内のAβ蓄積状態の改善するための候補物質の有効性評価を行なうことができる。
【0065】
(第5項)
第1項~第4項のいずれかに記載の分析方法において、生体試料は血液である。
【0066】
第5項に記載の分析方法によれば、血液以外の生体試料と比較して容易に採取することができる。
【0067】
(第6項)
第1項~第5項のいずれかに記載の分析方法において、ADモデルマウスはAPP/PS1マウスである。
【0068】
第6項に記載の分析方法によれば、ADモデルマウスとして汎用されているものであり、容易に入手することができる。
【0069】
(第7項)
一態様に係る脳内Aβ蓄積状態を判断するマーカーは、ADモデルマウス由来の生体試料中のマウスAβ1-40とマウスAPP669-711との組み合わせからなる。
【0070】
第7項に記載のマーカーによれば、ADモデルマウスに由来する生体試料の脳内Aβ蓄積状態を高い精度で判断可能となる。
【0071】
(第8項)
第7項に記載のマーカーにおいて、生体試料は血液である。
【0072】
第8項に記載のマーカーによれば、血液以外の生体試料と比較して容易に採取することができる。
【0073】
(第9項)
第7項または第8項に記載のマーカーにおいて、ADモデルマウスはAPP/PS1マウスである。
【0074】
第9項に記載のマーカーによれば、ADモデルマウスとして汎用されているものであり、容易に入手することができる。
【配列表】