(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-04
(45)【発行日】2025-03-12
(54)【発明の名称】テーラードブランク材及びその製造方法並びにプレス成形品
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20250305BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20250305BHJP
【FI】
B23K20/12 G
B23K20/12 D
B21D22/20 E
(21)【出願番号】P 2021134686
(22)【出願日】2021-08-20
【審査請求日】2024-05-10
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】藤井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】森貞 好昭
(72)【発明者】
【氏名】潮田 浩作
(72)【発明者】
【氏名】平田 弘征
(72)【発明者】
【氏名】富士本 博紀
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2008/0023527(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0084905(US,A1)
【文献】特開2018-122344(JP,A)
【文献】国際公開第2020/195569(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
B21D 22/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の部材と他方の部材とを線形摩擦接合し、
前記一方の部材と前記他方の部材の引張強度の差を150MPa以上と
し、
線形摩擦接合時に印加する接合圧力をP、前記一方の部材の引張強度が前記Pとなる温度をT
1
(℃)、前記他方の部材の引張強度が前記Pとなる温度をT
2
(℃)とし、
前記T
1
と前記T
2
の差が100℃以内となるように前記Pを設定すること、
を特徴とするテーラードブランク材の製造方法。
【請求項2】
前記一方の部材及び/又は前記他方の部材を鋼板とし、
前記鋼板の引張強度を980MPa以上とすること、
を特徴とする請求項
1に記載のテーラードブランク材の製造方法。
【請求項3】
前記一方の部材及び/又は前記他方の部材を亜鉛めっき鋼板とすること、
を特徴とする請求項
1又は2に記載のテーラードブランク材の製造方法。
【請求項4】
接合温度を前記鋼板のA
1点以下とすること、
を特徴とする請求項
2又は3に記載のテーラードブランク材の製造方法。
【請求項5】
一方の部材と他方の部材が線形摩擦接合界面を介して一体となった線形摩擦接合部を有し、
前記一方の部材と前記他方の部材の引張強度の差が150MPa以上であ
り、
前記線形摩擦接合界面のビッカース硬度(H)が、前記一方の部材及び前記他方の部材のビッカース硬度のいずれか高い方の値の1.1倍以下であり、かつ、前記一方の部材及び前記他方の部材のビッカース硬度のいずれか低い方の値の0.9倍以上であること、
を特徴とするテーラードブランク材。
【請求項6】
前記一方の部材及び/又は前記他方の部材が鋼板であり、
前記鋼板の引張強度が980MPa以上であること、
を特徴とする請求項
5に記載のテーラードブランク材。
【請求項7】
前記一方の部材及び/又は前記他方の部材が亜鉛めっき鋼板であること、
を特徴とする請求項
5又は6に記載のテーラードブランク材。
【請求項8】
前記線形摩擦接合界面のビッカース硬度(H)、前記一方の部材のビッカース硬度(H
1)及び前記他方の部材のビッカース硬度(H
2)が下記(1)式の関係を満たすこと、
を特徴とする請求項
5~7のうちのいずれかに記載のテーラードブランク材。
0.8[(H
1+H
2)/2]≦H≦1.2[(H
1+H
2)/2] (1)
【請求項9】
請求項
5~8のうちのいずれかに記載のテーラードブランク材の前記線形摩擦接合部が塑性変形していること、
を特徴とするプレス成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はテーラードブランク材及びその製造方法並びに当該テーラードブランク材を用いたプレス成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用高強度鋼板は、実用の際には複数の鋼板を溶接して板材としたテーラードブランク材を作製後、プレス成形などにより加工される場合が存在する。そのため、母材のみならず接合部の成形性も要求される。
【0003】
しかしながら、従来の溶接技術で得られる接合部においては硬化及び/又は軟化が生じ、接合部に母材と同程度の成形性を付与することはできなかった。特に、対象となる鋼板の強度の増加に伴い、母材と接合部の機械的性質の差は大きくなり、構造設計及び加工プロセス等において接合部が明瞭な特異点となってしまう。
【0004】
これに対し、例えば、特許文献1(特開2014-83565号公報)では、厚板と薄板とを一方の面が一平面となる様に突き合せて溶接する溶接工程と、溶接工程で溶接した溶接部を再溶融させる再溶融工程と、を有し、再溶融工程では、溶接部を再溶融させるための再溶融走査速度および入熱密度を、溶接部に焼きなましを入れて再溶融部の冷却が進行する値に設定することを特徴とするテーラードブランクの製造方法、が開示されている。
【0005】
上記特許文献1に記載のテーラードブランクの製造方法においては、「再溶融走査速度を低速にすることで、再溶融時に再溶融部から再溶融部の周辺に熱伝導される時間を増大し、加熱領域を広げる。溶接部の周囲の広い加熱領域が高温に保持されることで、再溶融部と加熱領域との温度差を小さくでき、再溶融部の冷却速度を遅くでき、溶接部が焼きなまされる速度で冷却が進行する。このように溶接部を焼きなましを入れて冷却することで、接合部の硬度を低下させることができる。また、溶接時に溶接部の表面に形成された凹凸を再溶融させることで、接合部の表面を平滑に形成することができる。これらにより、接合部への応力集中や接合部の割れを緩和することができる。」とされている。
【0006】
また、特許文献2(特表2015-510453号公報)においては、異種強度又は異種厚さを有するめっき鋼板ブランクを、フィラーワイヤを使用してレーザ溶接で接合することを特徴とするテーラードブランクの製造方法、が開示されている。
【0007】
上記特許文献2に記載のテーラードブランクの製造方法においては、「めっき層の溶け込みを考慮して設計されたフィラーワイヤを用いてテーラードブランクを製造することによって、溶接部がホットスタンピング成形後にフルマルテンサイト組織を有するようになる。その結果、テーラードブランクの製造時にめっき層除去工程及び再めっき工程が不要となり、原価を節減し、生産性を向上させるという効果をもたらす。」とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-83565号公報
【文献】特表2015-510453号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1及び特許文献2に開示されているテーラードブランクの製造方法は溶融溶接によって溶融凝固組織からなる溶接部を形成させるものであり、溶接部の微細組織及び機械的性質の制御には限界がある。一般的な炭素鋼材においては溶接部にマルテンサイトが生成し、脆化及び硬化が生じてしまう。また、溶融溶接時は不可避的に被接合材の融点以上の温度に昇温されるため、特に、強度が高い金属材に関しては熱影響部の軟化が問題となる。
【0010】
即ち、従来の溶接法で形成される溶接部は母材とは異なる機械的性質を有する特異点となり、当該溶接部を含むテーラードブランク材に良好な成形性を付与することは困難であった。特に、異なる強度を有する金属材が接合されたテーラードブランク材においては、十分な強度を有すると共に、接合部の塑性変形を阻害しない異方性のない等方的な機械的性質を有する良好な接合界面の形成が難しいことに加え、接合部の機械的性質を制御することは極めて困難であった。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、成形性に優れた接合部を有し、異なる強度を有する金属材からなるテーラードブランク材及び当該テーラードブランク材を簡便かつ効率的に製造する方法を提供することにある。また、本発明は、本発明のテーラードブランク材を用いたプレス成形品を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記目的を達成すべく、テーラードブランク材における接合部の成形性及び好適な接合方法等について鋭意研究を重ねた結果、線形摩擦接合を用いること等が極めて効果的であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
一方の部材と他方の部材とを線形摩擦接合し、
前記一方の部材と前記他方の部材の引張強度の差を150MPa以上とすること、
を特徴とするテーラードブランク材の製造方法、を提供する。
【0014】
線形摩擦接合を用いることで、150MPa以上の引張強度の差を有する金属部材であっても良好な固相接合部を得ることができる。また、代表的な固相接合法である摩擦攪拌接合(FSW:Friction Stir Welding)と比較して、板厚方向に均質な極めて薄い接合領域が形成されるため、テーラードブランク材の成形性に及ぼす接合部の影響を最小化することができる。ここで、テーラードブランク材の有用性及び適用性の観点から、一方の部材と他方の部材の引張強度の差は300MPa以上とすることがより好ましい。
【0015】
図1に線形摩擦接合中の状況を示す模式図を示す。線形摩擦接合は被接合材同士を線形運動で擦りあわせた際に生じる摩擦熱を主な熱源とする固相接合である。昇温によって軟化した材料を被接合界面からバリとして排出することで、被接合界面に形成していた酸化被膜を除去し、新生面同士を当接させることで接合部を得ることができる。
【0016】
線形摩擦接合の条件は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の接合条件を用いることができるが、接合圧力を高い値に設定することで接合温度が低下し、より狭い接合領域を得ることができる。周波数、振幅及び寄り代等は、被接合材の種類、大きさ及び形状等に応じて適宜調整すればよい。
【0017】
また、本発明のテーラードブランク材の製造方法においては、線形摩擦接合時に印加する接合圧力をP、前記一方の部材の引張強度が前記Pとなる温度をT1(℃)、前記他方の部材の引張強度が前記Pとなる温度をT2(℃)とし、前記T1と前記T2の差が100℃以内となるように前記Pを設定すること、が好ましい。T1とT2の差が100℃以内であれば、300MPa以上の引張強度の差を有する金属部材であっても、線形摩擦接合中に両方の材料(一方の部材と他方の部材)が被接合界面近傍で変形し、新生面同士の当接による接合に必要となる十分な量のバリを排出することができる。ここで、引張強度に代えて降伏強度を用いることもできる。
【0018】
また、本発明のテーラードブランク材の製造方法においては、前記一方の部材及び/又は前記他方の部材を鋼板とし、前記鋼板の引張強度を980MPa以上とすること、が好ましい。線形摩擦接合を用いることで、引張強度が980MPa以上の高張力鋼材であっても良好な固相接合部を形成させることができる。
【0019】
また、本発明のテーラードブランク材の製造方法においては、前記一方の部材及び/又は前記他方の部材を亜鉛めっき鋼板とすること、が好ましい。亜鉛めっき鋼板を溶接すると、亜鉛めっき成分が不可避的に溶接部に混入し、溶接部の機械的性質が低下してしまう。これに対し、線形摩擦接合では接合界面の全周からバリが排出されて接合が達成されるため、接合中に亜鉛めっきの蒸発や溶融が生じた場合であっても、当該亜鉛めっき成分の接合部への混入を効果的に抑制することができる。特に、亜鉛めっき鋼板を線形摩擦接合する場合、板厚と垂直方向に線形摺動させることで、接合部表面の殆どを占める長辺から速やかにバリを排出することができ、亜鉛めっき成分の接合部への混入を極めて効果的に抑制することができる。
【0020】
また、本発明者が亜鉛めっき鋼板の線形摩擦接合部を詳細に観察した結果、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層は適度に軟化したバリに追随して変形及び/又は移動するため、線形摩擦接合部はバリの根元まで亜鉛めっき層で被覆されることが明らかとなった。即ち、線形摩擦接合を用いることで接合部への亜鉛の混入を抑制できるだけでなく、接合部の表面を接合後も、亜鉛めっき層で十分に被覆することができる。
【0021】
被接合材を亜鉛めっき鋼板とする場合、当該亜鉛めっき鋼板の種類、大きさ及び形状は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の亜鉛めっき鋼板を使用することができる。亜鉛めっき鋼板としては、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、電気亜鉛めっき(EG)及び2層形合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GAE)を挙げることができ、また、高耐食性の溶融亜鉛、アルミニウム、マグネシウム合金めっき鋼板(ZAM(登録商標)、スーパーダイマ(登録商標):高耐気候性めっき鋼板)、亜鉛アルミニウム合金めっき鋼板、亜鉛ニッケル合金めっき鋼板、亜鉛マグネシウムめっき鋼板などの異なる組成の亜鉛めっき鋼板にも同様な手法が適用できる。また、各亜鉛めっき鋼板において、めっき付着量(めっき厚さ)も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の様々な値とすることができる。
【0022】
更に、本発明のテーラードブランク材の製造方法においては、接合温度を前記鋼板のA1点以下とすること、が好ましい。接合温度を鋼板のA1点以下とすることで、鋼板の軟化や脆化を抑制することができる。ここで、本発明において、「接合温度」とは線形摩擦接合時の被接合界面の所望の最高到達温度を意味する。炭素含有量の多い中・高炭素など、鋼は相変態によって脆いマルテンサイトが形成し、接合が困難な場合及び接合部が脆化してしまう場合が存在する。これに対し、接合温度をA1点以下とすることで、相変態が生じないことから、脆いマルテンサイトの形成を完全に抑制することができる。加えて、接合温度の低下により、熱影響部における軟化を抑制することができる。
【0023】
ここで、線形摩擦接合の印加圧力を増加させると当該摩擦熱は増加するが、軟化した材料はバリとなって連続的に排出されるため、軟化した材料に印加される圧力(バリを排出する力)によって「接合温度」が決定される。つまり、印加圧力を高く設定した場合、より高い強度(降伏強度が高い状態)の被接合材をバリとして排出することができる。ここで、「より降伏強度が高い状態」とは、「より低温の状態」を意味していることから、印加圧力の増加によって「接合温度」が低下することになる。降伏強度と温度の関係は材料によって略一定であることから、摩擦熱を用いた場合と比較して、極めて正確に接合温度を制御することができる。
【0024】
また、本発明は、一方の部材と他方の部材が線形摩擦接合界面を介して一体となった線形摩擦接合部を有し、前記一方の部材と前記他方の部材の引張強度の差が150MPa以上であること、を特徴とするテーラードブランク材、も提供する。
【0025】
本発明のテーラードブランク材は一方の部材と他方の部材の引張強度の差が150MPa以上となっており、各部位において要求される強度や板厚が大きく異なる場合のテーラードブランク材として好適に使用することができる。また、他の固相接合法と比較しても接合領域の幅が狭い線形摩擦接合部を介して一方の部材と他方の部材が強固に接合されていることから、テーラードブランク材の成形性に及ぼす接合部の影響が極めて小さくなっている。一方の部材と他方の部材の引張強度の差は300MPa以上とすることが好ましい。
【0026】
本発明のテーラードブランク材は、前記一方の部材及び/又は前記他方の部材が鋼板であり、前記鋼板の引張強度が980MPa以上であること、が好ましい。一方の部材及び/又は他方の部材が980MPa以上の引張強度を有する高張力鋼板となっていることで、自動車等の構造用部材として好適に使用することができる。
【0027】
また、本発明のテーラードブランク材は、前記一方の部材及び/又は前記他方の部材が亜鉛めっき鋼板であること、が好ましい。亜鉛めっき鋼板を用いることで、耐食性が要求される部材に適用することができ、例えば、自動車等の構造用部材として好適に使用することができる。
【0028】
また、本発明のテーラードブランク材は、前記線形摩擦接合界面のビッカース硬度(H)が、前記一方の部材及び前記他方の部材のビッカース硬度のいずれか高い方の値の1.1倍以下であり、かつ、前記一方の部材及び前記他方の部材のビッカース硬度のいずれか低い方の値の0.9倍以上であること、が好ましい。線形摩擦接合界面のビッカース硬度(H)をこのような範囲内とすることで、十分な強度を有すると共に塑性変形を阻害しない異方性のない等方的な機械的性質を有する良好な接合部とすることができる。
【0029】
また、本発明のテーラードブランク材は、前記線形摩擦接合界面のビッカース硬度(H)、前記一方の部材のビッカース硬度(H1)及び前記他方の部材のビッカース硬度(H2)が0.8[(H1+H2)/2]≦H≦1.2[(H1+H2)/2]の関係を満たすこと、が好ましい。
【0030】
強度が異なる金属材が接合されたテーラードブランク材においては、良好な成形性を付与する観点から、「一方の部材~接合部~他方の部材」の硬度が滑らかに連続的に変化すること(接合部を特異点としないこと)が好ましい。ここで、接合部のビッカース硬度(H)が一方の部材のビッカース硬度(H1)と他方の部材のビッカース硬度(H2)の平均値の0.8倍~1.2倍の範囲となっていることで、接合部が特異点となることを効果的に抑制することができる。
【0031】
本発明のテーラードブランク材は、本発明のテーラードブランク材の製造方法を用いて好適に得ることができる。
【0032】
更に、本発明は、本発明のテーラードブランク材の前記線形摩擦接合部が塑性変形していること、を特徴とするプレス成形品、も提供する。
【0033】
本発明のテーラードブランク材の線形摩擦接合部は機械的性質の観点から当該テーラードブランク材の特異点となっておらず、良好な成形性を有している。その結果、本発明のプレス成形品では塑性変形した線形摩擦接合部に亀裂や皺等を伴わず、良好な外観と高い信頼性を有している。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、成形性に優れた接合部を有し、異なる強度を有する金属材からなるテーラードブランク材及び当該テーラードブランク材を簡便かつ効率的に製造する方法を提供することができる。また、本発明のテーラードブランク材を用いたプレス成形品を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図2】本発明の線形摩擦接合の接合工程を示す模式図である。
【
図3】各温度における炭素鋼の変形応力(降伏応力)を示すグラフである。
【
図4】各温度における各種金属の引張強度を示すグラフである。
【
図5】本発明のテーラードブランク材の一例を示す概略断面図である。
【
図6】本発明のプレス成形品の一例を示す概略断面図である。
【
図7】実施例で用いた590MPa級高強度鋼板の母材組織である。
【
図8】実施例で用いた980MPa級高強度鋼板の母材組織である。
【
図9】実施例で用いた1250MPa級高強度鋼板の母材組織である。
【
図10】実施例で用いた各高強度鋼板の強度の温度依存性を示すグラフである。
【
図11】実施590/980継手の断面マクロ写真である。
【
図12】実施590/1250継手の断面マクロ写真である。
【
図13】比較590/980継手の断面マクロ写真である。
【
図14】比較590/1250継手の断面マクロ写真である。
【
図15】実施590/980継手の線形摩擦接合界面近傍の微細組織写真である。
【
図16】実施590/1250継手の線形摩擦接合界面近傍の微細組織写真である。
【
図17】比較590/980継手の溶接部の微細組織写真である。
【
図18】比較590/1250継手の溶接部の微細組織写真である。
【
図19】実施590/980継手及び比較590/980継手のビッカース硬度分布である。
【
図20】実施590/1250継手及び比較590/1250継手のビッカース硬度分布である。
【
図22】実施590/980継手及び比較590/980継手のエリクセン試験結果である。
【
図23】実施590/1250継手及び比較590/1250継手のエリクセン試験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、図面を参照しながら本発明のテーラードブランク材及び当該テーラードブランク材の製造方法並びに当該テーラードブランク材を用いたプレス成形品の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0037】
(1)テーラードブランク材の製造方法(線形摩擦接合方法)
図2は本発明における線形摩擦接合の接合工程を示す模式図である。線形摩擦接合は、一方の部材2を他方の部材4に当接させて被接合界面6を形成する第一工程と、被接合界面6に対して略垂直に圧力を印加した状態で、一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、摺動の方向と略平行及び略垂直に被接合界面からバリ8を排出させる第二工程と、摺動を停止して接合面を形成する第三工程と、を有している。以下、各工程について詳細に説明する。
【0038】
(1-1)第一工程
第一工程は、一方の部材2を他方の部材4に当接させて被接合界面6を形成する工程である。接合部の形成を所望する箇所に一方の部材2及び/又は他方の部材4を移動させ、被接合面同士を当接させ、被接合界面6を形成する。一方の部材2及び他方の部材4の形状及び大きさは本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、一方の部材2と他方の部材4の形状及び大きさが異なっていてもよい。また、被接合界面6を有する端面の形状及び大きさが、一方の部材2と他方の部材4とで異なっていてもよい。
【0039】
本発明のテーラードブランク材の製造方法においては、一方の部材2と他方の部材4の引張強度の差を150MPa以上とすること、が特徴となっている。また、当該引張強度の差異は300MPa以上とすることが好ましい。一方の部材2と他方の部材4との強度差が大きい場合、接合部が機械的性質の特異点となることの回避が非常に困難である。しかしながら、線形摩擦接合を用いて接合部の幅を極めて狭くすることに加え、接合温度の制御(低温化)によってマルテンサイトの生成等に起因する硬化や熱影響部の軟化を効果的に抑制することで、良好なテーラードブランク材を得ることができる。
【0040】
また、一方の部材2及び/又は他方の部材4を鋼板とし、当該鋼板の引張強度を980MPa以上とすることが好ましい。線形摩擦接合を用いることで、引張強度が980MPa以上の高張力鋼材であっても、良好な固相接合部を形成させることができる。ここで、鋼板のより好ましい引張強度は1180MPa以上である。
【0041】
また、一方の部材2及び/又は他方の部材4を亜鉛めっき鋼板とすることが好ましい。亜鉛めっき鋼板を溶接すると、亜鉛めっき成分が不可避的に溶接部に混入し、溶接部の機械的性質が低下してしまう。これに対し、線形摩擦接合では接合界面の全周からバリが排出されて接合が達成されるため、接合中に亜鉛めっきの蒸発や溶融が生じた場合であっても、当該亜鉛めっき成分の接合部への混入を効果的に抑制することができる。特に、亜鉛めっき鋼板を線形摩擦接合する場合、板厚と垂直方向に線形摺動させることで、接合部表面の殆どを占める長辺から速やかにバリを排出することができ、亜鉛めっき成分の接合部への混入を極めて効果的に抑制することができる。
【0042】
また、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層は適度に軟化したバリに追随して変形及び/又は移動するため、線形摩擦接合部はバリの根元まで亜鉛めっき層で被覆される。即ち、線形摩擦接合を用いることで接合部への亜鉛の混入を抑制できるだけでなく、接合後であっても、接合部の表面を亜鉛めっき層で十分に被覆することができる。
【0043】
被接合材を亜鉛めっき鋼板とする場合、当該亜鉛めっき鋼板の種類、大きさ及び形状は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の亜鉛めっき鋼板を使用することができる。亜鉛めっき鋼板としては、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、電気亜鉛めっき(EG)及び2層形合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GAE)を挙げることができ、また、高耐食性の溶融亜鉛、アルミニウム、マグネシウム合金めっき鋼板(ZAM(登録商標)、スーパーダイマ(登録商標):高耐気候性めっき鋼板)、亜鉛アルミニウム合金めっき鋼板、亜鉛ニッケル合金めっき鋼板、亜鉛マグネシウムめっき鋼板などの異なる組成の亜鉛めっき鋼板にも同様な手法が適用できる。また、各亜鉛めっき鋼板において、めっき付着量(めっき厚さ)も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の様々な値とすることができる。
【0044】
(1-2)第二工程
第二工程は、被接合界面6に対して略垂直に圧力Pを印加した状態で、一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させ、摺動の方向と略平行及び略垂直に被接合界面6からバリ8を排出させる工程である。
【0045】
一方の部材2と他方の部材4とを同一軌跡上で繰り返し摺動させる方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、両方の部材を共に加振させても、一方を固定して他方を加振させてもよい。
【0046】
線形摩擦接合の条件は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の接合条件を用いることができるが、接合圧力を高い値に設定することで接合温度が低下し、より狭い接合領域を得ることができる。周波数、振幅及び寄り代等は、被接合材の種類、大きさ及び形状等に応じて適宜調整すればよい。ここで、周波数及び/又は振幅を増加させることで、昇温速度及び冷却速度を増加させることができ、熱影響部の軟化を効果的に抑制することができる。また、新生面同士の当接によって十分な接合強度が得られる限りにおいて、寄り代を小さくすることで、接合時間が短くなり接合部への熱影響を低減することができる。加えて、周波数や振幅を増加させることによっても、接合時間を短くすることができる。
【0047】
また、線形摩擦接合時に印加する接合圧力をP、一方の部材2の引張強度がPとなる温度をT1(℃)、他方の部材4の引張強度がPとなる温度をT2(℃)となる場合、T1とT2の差が100℃以内となるようにPを設定することが好ましい。T1とT2の差が100℃以内であれば、300MPa以上の引張強度の差を有する金属部材であっても、線形摩擦接合中に両方の材料(一方の部材2と他方の部材4)が被接合界面近傍で変形し、新生面同士の当接による接合に必要な十分な量のバリを排出することができる。T1とT2の差は50℃以内とすることがより好ましく、30℃以内とすることが最も好ましい。
【0048】
ここで、線形摩擦接合時の圧力Pを、所望する接合温度における一方の部材2及び/又は他方の部材4の降伏応力以上かつ引張強度以下に設定することで、接合温度を制御することができる。例えば、圧力Pを所望する接合温度における溶融亜鉛めっき鋼板の降伏応力以上かつ引張強度以下に設定することで、溶融亜鉛めっき鋼板を基準として接合温度を決定することができる。圧力Pを溶融亜鉛めっき鋼板の降伏応力以上とすることで被接合界面6からのバリ8の排出が開始され、引張強度までの間で圧力Pを増加させると、バリ8の排出が加速されることになる。降伏応力と同様に、特定の温度における引張強度も被接合材によって略一定であることから、設定した圧力Pに対応する接合温度を実現することができる。
【0049】
具体例として、各温度における炭素鋼の変形応力(降伏応力)を
図3に、各温度における各種金属の引張強度を
図4に、それぞれ示す。なお、
図3は「鉄と鋼,第67年(1981)第11号,140頁」に掲載されたグラフであり、
図4は「鉄と鋼,第72年(1986)第6号,55頁」に掲載されたグラフである。これらの図に示されているように、特定の温度における引張強度及び降伏応力は材料によって略一定である。
【0050】
即ち、接合時の圧力Pを高く設定した場合、より高い降伏強度及び引張強度の被接合材をバリとして排出することができ、接合温度を低下させることができる。また、
図3及び
図4に示されているとおり、特定の温度における引張強度及び降伏応力は材料によって略一定であることから、被接合材の強度の温度依存性に基づいて接合圧力Pを設定することで、極めて正確に接合温度を制御することができる。
【0051】
線形摩擦接合においては、圧力P以外の接合パラメータ(被接合材を加振する周波数及び振幅、接合時間及び寄り代等)も設定する必要があるが、本発明の効果を損なわない限りにおいてこれらの値は制限されず、被接合材の材質、形状及びサイズ等によって適宜設定すればよい。ここで、被接合材を摺動させる振幅や周波数を増加させることによって昇温速度及び接合後の冷却速度は増加するが、最高到達温度(接合温度)は変化しない。
【0052】
また、一方の部材2及び/又は他方の部材4を鋼材とする場合は、接合温度を当該鋼板のA1点以下とすることが好ましい。接合温度を鋼板のA1点以下とすることで、鋼板の軟化や脆化を抑制することができる。鋼は相変態によって脆いマルテンサイトが形成し、接合が困難な場合及び接合部が脆化してしまう場合が存在する。これに対し、接合温度をA1点以下とすることで、相変態が生じないことから、脆いマルテンサイトの形成を完全に抑制することができる。加えて、接合温度の低下により、熱影響部における軟化を抑制することができる。
【0053】
更に、一方の部材2及び/又は他方の部材4を亜鉛めっき鋼板とする場合は、接合温度は亜鉛の沸点(907℃)以下とすることが好ましく、亜鉛めっきの融点以下とすることがより好ましい。線形摩擦接合においては接合圧力Pで接合温度を正確に決定できるところ、当該接合温度を亜鉛の沸点以下とすることで、鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層の変化を抑制することができる。また、接合温度を亜鉛めっきの融点以下とすることで、より確実に亜鉛めっき層の変化を抑制することができる。
【0054】
(1-3)第三工程
第三工程は、第二工程における摺動を停止して接合面を形成する工程である。本発明の線形摩擦接合方法においては、被接合界面6の全面からバリ8が排出された後に摺動を停止させることで、良好な接合体を得ることができる。また、被接合界面6の全面からバリ8を排出することにより、亜鉛めっき成分の接合部への混入を抑制することができる。なお、第二工程において被接合材に印加した圧力Pはそのまま維持してもよく、バリ8を排出すると共に新生面をより強く当接させる目的で、より高い値としてもよい。
【0055】
ここで、被接合界面6の全面からバリ8が排出された後であれば摺動を停止するタイミングは限定されないが、摺動の方向に対して略垂直の方向から被接合界面6を観察し、バリ8が摺動の方向に対して略平行に排出された瞬間に摺動の停止を実行することで、バリ8の排出量を最小限に抑えつつ(被接合材の消費を最小限に抑えつつ)、良好な接合部を形成することができる。なお、「摺動の方向と略垂直方向」及び「摺動の方向と略平行方向」は、共に印加圧力に対して略垂直の方向である。
【0056】
(2)テーラードブランク材
図5は、本発明のテーラードブランク材の一例を示す概略断面図である。テーラードブランク材10は、一方の部材2と他方の部材4とが線形摩擦接合されたものであり、一方の部材2と他方の部材4が線形摩擦接合界面12を介して一体となった線形摩擦接合部14を有し、一方の部材2と他方の部材4の引張強度の差が150MPa以上であることを特徴としている。また、一方の部材2と他方の部材4の引張強度の差は300MPa以上であることが好ましい。
図5においては線形摩擦接合する端部の大きさ及び形状が同一の突合せ接合の場合を示しているが、本発明のテーラードブランク材はこれに限られず、一方の部材2と他方の部材4とが異なる大きさ及び/又は形状であってもよく、異なる材質であってもよい。
【0057】
テーラードブランク材10は一方の部材2と他方の部材4の引張強度の差が150MPa以上(好ましくは300MPa以上)となっており、各部位において要求される強度が大きく異なる場合のテーラードブランク材として好適に使用することができる。また、他の固相接合法と比較しても接合領域の幅が狭い線形摩擦接合部14(線形摩擦接合界面12)で一方の部材2と他方の部材4が強固に接合されていることから、テーラードブランク材の成形性に及ぼす接合部の影響が極めて小さくなっている。
【0058】
テーラードブランク材10は、一方の部材2及び/又は他方の部材4が鋼板であり、当該鋼板の引張強度が980MPa以上であることが好ましい。一方の部材2及び/又は他方の部材4が980MPa以上の引張強度を有する高張力鋼板となっていることで、自動車等の構造用部材として好適に使用することができる。ここで、一方の部材2及び/又は他方の部材4のより好ましい引張強度は1180MPa以上である。
【0059】
また、テーラードブランク材10は、一方の部材2及び/又は他方の部材4が亜鉛めっき鋼板であることが好ましい。亜鉛めっき鋼板を用いることで、耐食性が要求される部材に適用することができ、例えば、自動車等の構造用部材として好適に使用することができる。
【0060】
一方の部材2及び/又は他方の部材4が亜鉛めっき鋼板である場合、線形摩擦接合部14には溶融亜鉛めっき鋼板の表面に形成された亜鉛めっき層の成分が混入していない。「亜鉛めっき成分が線形摩擦接合部に混入していない」は、接合部の断面に対してSEM-EDSを用いた元素分析で確認すればよいが、亜鉛の定量値は鉄に起因するピーク等の影響で誤差を生じるため、例えば、接合部断面の全域に対して元素マッピングを取得し、接合部の内部に明確な亜鉛の存在箇所が示されるか否かで判断すればよい。
【0061】
また、テーラードブランク材10においては、線形摩擦接合後は線形摩擦接合界面12の外縁にバリ8が形成するが、一方の部材2及び/又は他方の部材4が亜鉛めっき鋼板である場合、線形摩擦接合部14の表面はバリ8の根元まで亜鉛めっき層で被覆されている。線形摩擦接合部14の表面がバリ8の根元まで亜鉛めっき層で被覆されていることで、耐食性に優れた接合部を実現することができる。
【0062】
また、テーラードブランク材10は、線形摩擦接合界面12のビッカース硬度(H)が、一方の部材2及び他方の部材4のビッカース硬度のいずれか高い方の値の1.1倍以下であり、かつ、一方の部材2及び他方の部材4のビッカース硬度のいずれか低い方の値の0.9倍以上であることが好ましい。線形摩擦接合界面12のビッカース硬度(H)をこのような範囲内とすることで、十分な強度を有すると共に塑性変形を阻害しない異方性のない等方的な機械的性質を有する良好な接合部とすることができる。
【0063】
また、テーラードブランク材10は、線形摩擦接合界面12のビッカース硬度(H)、一方の部材2のビッカース硬度(H1)及び他方の部材4のビッカース硬度(H2)が0.8[(H1+H2)/2]≦H≦1.2[(H1+H2)/2]の関係を満たすことが好ましい。
【0064】
強度が異なる金属材が接合されたテーラードブランク材10においては、良好な成形性を付与する観点から、「一方の部材~接合部~他方の部材」の硬度が滑らかに連続的に変化すること(接合部を特異点としないこと)が好ましい。ここで、接合部のビッカース硬度(H)が一方の部材2のビッカース硬度(H1)と他方の部材4のビッカース硬度(H2)の平均値の0.8倍~1.2倍の範囲(より好ましくは0.9倍~1.1倍の範囲)となっていることで、接合部が特異点となることを効果的に抑制することができる。
【0065】
線形摩擦接合界面12の幅は極めて薄く、線形摩擦接合条件にも依存するが、0.2~2.0mm程度となることから、当該領域のみの硬度を測定することが困難な場合も存在する。よって、接合部のビッカース硬度(H)は、ビッカース硬度計の圧子が線形摩擦接合界面の略中心となるように測定位置を決定して得られる値を用いればよい。
【0066】
(3)プレス成形品
図6は、本発明のプレス成形品の一例を示す概略断面図である。プレス成形品20はテーラードブランク材10の線形摩擦接合部14が塑性変形していることを特徴としている。
【0067】
線形摩擦接合部14は機械的性質の観点からテーラードブランク材10の特異点となっておらず、良好な成形性を有している。その結果、プレス成形品20では塑性変形した線形摩擦接合部14に亀裂や皺等を伴わず、良好な外観と高い信頼性を有している。
【0068】
線形摩擦接合部14に付与する塑性加工の種類及び大きさは本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、所望のプレス成形品20の形状等に応じて適宜決定すればよい。
【0069】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0070】
≪実施例≫
被接合材に590MPa級高強度鋼板(析出強化鋼,0.07%C-0.02%Si-1.87%Mn-0.015%P-0.003%S)、980MPa級高強度鋼板(DP鋼,0.113%C-0.941%Si-2.09%Mn-0.018%P-0.002%S)及び1250MPa級高強度鋼板(マルテンサイト鋼,0.15%C-0.18%Si-1.23%Mn-0.016%P-0.004%S)の強度レベルが異なる3種類の高強度鋼板を用いた。
【0071】
590MPa級高強度鋼板の母材組織を
図7、980MPa級高強度鋼板の母材組織を
図8、1250MPa級高強度鋼板の母材組織を
図9にそれぞれ示す。590MPa級高強度鋼板はフェライトとセメンタイトからなる微細組織、980MPa級高強度鋼板はフェライトとマルテンサイトからなる微細組織、1250MPa級高強度鋼板はマルテンサイトからなる微細組織を有している。
【0072】
鋼板のサイズは全て2mm×80mm×62.5mmとし、2mm×80mmの端面同士で付き合わせて線形摩擦接合を施した。被接合材の組合せは、590MPa級高強度鋼板と980MPa級高強度鋼板の異材接合(590/980継手)、及び590MPa級高強度鋼板と1250MPa級高強度鋼板の異材接合(590/1250継手)とした。
【0073】
また、線形摩擦接合の接合圧力を決定するために3種類の高強度鋼板の強度の温度依存性を調査した。ひずみ速度を1.0/sとし、400~800℃の温度における引張強度を測定した結果を
図10に示す。接合温度を可能な限り低くすることに加え、被接合界面近傍から両方の被接合材をバリとして十分に排出するために、接合圧力を250MPaに設定した。250MPaの接合圧力を伴う線形摩擦接合においてバリが形成される温度は、590MPa級高強度鋼板では約650℃、980MPa級高強度鋼板では約670℃、1250MPa級高強度鋼板では約710℃となる。
【0074】
接合圧力以外の線形摩擦接合条件は、周波数:30Hz、振幅:1mm及び寄り代:2.7mmで一定として、実施590/980継手及び実施590/1250継手を得た。
【0075】
≪比較例≫
線形摩擦接合の代わりにレーザ溶接を用いて接合を行ったこと以外は実施例と同様にして、比較590/980継手及び比較590/1250継手を得た。
【0076】
レーザ溶接はディスクレーザを用いて大気中で実施し、レーザ出力:4kW、溶接速度:6m/s、レーザスポット径:340μmとした。
【0077】
[評価]
(1)継手の断面マクロ観察
得られた各継手の断面試料を作製し、鏡面研磨を施した後に光学顕微鏡観察を行った。
【0078】
実施590/980継手の断面マクロ写真を
図11、実施590/1250継手の断面マクロ写真を
図12にそれぞれ示す。何れの継手においても、両方の被接合材から十分なバリが排出されており、欠陥のない良好な固相接合部が形成されていることが分かる。
【0079】
比較590/980継手の断面マクロ写真を
図13、比較590/1250継手の断面マクロ写真を
図14にそれぞれ示す。何れの継手においても良好なレーザ溶接部が形成されており、溶接欠陥等は認められない。
【0080】
(2)接合部の微細組織観察
接合界面の状況を確認するため、接合部断面試料のSEM観察を行った。断面を研磨及び腐食(4%ナイタール)した後、走査電子顕微鏡(FE-SEM,日本電子株式会社製JSM-7001FA)を用いて組織観察を行った。なお、研磨にはエメリー紙(#600~#3000)及びダイヤモンドペースト(粒度3μm及び1μm)を用いた。なお、母材観察用の試料も同様に準備した。
【0081】
実施590/980継手の線形摩擦接合界面近傍の微細組織写真を
図15に示す。590MPa級高強度鋼板側の微細組織はフェライトと微量のマルテンサイトからなり、980MPa級高強度鋼板側の微細組織はフェライトとマルテンサイトからなっている。これらの微細組織は、線形摩擦接合温度がA
1点近傍であったことを示している。また、線形摩擦接合界面には微小な欠陥も存在していないことが分かる。
【0082】
実施590/1250継手の線形摩擦接合界面近傍の微細組織写真を
図16に示す。590MPa級高強度鋼板側及び1250MPa級高強度鋼板側の微細組織は共にフェライトと微細セメンタイトから構成されており、線形摩擦接合温度がA
1点以下であったことを示している。また、線形摩擦接合界面には微小な欠陥も存在していない。ここで、A
1点は590MPa級高強度鋼板:660℃、980MPa級高強度鋼板:668℃、1250MPa級高強度鋼板:693℃であり、
図10に示す各鋼板の強度の温度依存性から、実際の接合温度とA
1点は近い値となっており、実施590/1250継手の場合は両材料共にA
1点以下になったものと考えられる。
【0083】
比較590/980継手及び比較590/1250継手の溶接部の微細組織写真を
図17及び
図18にそれぞれ示す。レーザ溶接した場合には、両溶接部においてマルテンサイトのみからなる微細組織が形成されている。
【0084】
(3)ビッカース硬度測定
上記実施例及び比較例で得られた各継手の接合部断面に対してビッカース硬度測定を行った。測定装置にはFUTURE-TECH製のARS 10Kを用い、1kg、10sの条件で測定を行った。
【0085】
実施590/980継手及び比較590/980継手の断面における接合界面に垂直なビッカース硬度分布を
図19に示す。590MPa級高強度鋼板のビッカース硬度は約200Hv、980MPa級高強度鋼板のビッカース硬度は約350Hvとなっている。線形摩擦接合部のビッカース硬度は両鋼板の値の間に入っており、590MPa級高強度鋼板~線形摩擦接合部~980MPa級高強度鋼板の硬度は緩やかに変化している。線形摩擦接合界面のビッカース硬度は250Hvであり、590MPa級高強度鋼板のビッカース硬度と980MPa級高強度鋼板のビッカース硬度の間の値となっており、590MPa級高強度鋼板のビッカース硬度と980MPa級高強度鋼板のビッカース硬度の平均値の0.8倍~1.2倍の範囲となっている。
【0086】
一方で、比較590/980継手の接合部においてはマルテンサイトの形成に起因して大幅な硬度上昇が認められる。接合部の硬度は980MPa級高強度鋼板の硬度よりも100Hv程度高い値となっており、接合部が機械的性質の特異点となっていることが分かる。
【0087】
590/1250継手の断面における線形摩擦接合界面に垂直なビッカース硬度分布を
図20に示す。590MPa級高強度鋼板のビッカース硬度は約200Hv、1250MPa級高強度鋼板のビッカース硬度は約450Hvとなっている。線形摩擦接合部のビッカース硬度は両鋼板の値の間に入っており、590MPa級高強度鋼板~線形摩擦接合部~1250MPa級高強度鋼板の硬度は緩やかに変化している。線形摩擦接合界面のビッカース硬度は270Hvであり、590MPa級高強度鋼板のビッカース硬度と1250MPa級高強度鋼板のビッカース硬度の間の値となっており、590MPa級高強度鋼板のビッカース硬度と1250MPa級高強度鋼板のビッカース硬度の平均値の0.8倍~1.2倍の範囲となっている。
【0088】
一方で、比較590/1250継手の接合部においては、主として590MPa級高強度鋼板ではマルテンサイトの形成に起因する硬度上昇、1250MPa級高強度鋼板側では熱影響部における軟化が生じている。また、線形摩擦接合界面近傍の硬度は1250MPa級高強度鋼板よりも高い値となっている。このように、比較590/1250継手の接合部の硬度は大きく変化しており、接合部が機械的性質の特異点となっていることが分かる。
【0089】
(4)成形性の評価(エリクセン試験)
得られた各継手の成形性を評価するために、エリクセン試験を行った。実施したエリクセン試験の概略図を
図21に示す。試験片形状は、1.8mm厚×80mm幅×120mm長の矩形板であり、接合線を試験片中央に配置した。なお、線形摩擦接合継手の接合部から排出されたバリはエメリー紙(♯80)で除去した。
【0090】
エリクセン試験は、自動型万能深絞り試験機(JT TOHSI SAS-200D)を用いて、一定のパンチ速度:5mm/s、しわ抑え力:30kNの条件で実施した。パンチの形状は直径20mmの半球状であり、パンチの頂上付近で破断させるため、潤滑材として0.1mm厚のテフロンシート(登録商標)を用いた。塑性変形領域が破断するまでのドーム高さを測定し、各継手の成形性を評価した。
【0091】
実施590/980継手及び比較590/980継手の結果を
図22、実施590/1250継手及び比較590/1250継手の結果を
図23にそれぞれ示す。何れの場合においても、実施継手は比較継手よりもドーム高さとなっており、本発明の実施継手は優れた成形性を有している。なお、比較継手は溶融溶接では最も良好な成形性が得られるレーザ溶接によって得られたものであり、本発明の実施継手は従来の溶融溶接で得られたテーラードブランク材と比較して、優れた成形性を有していることが分かる。
【符号の説明】
【0092】
2・・・一方の部材、
4・・・他方の部材、
6・・・被接合界面、
8・・・バリ、
10・・・テーラードブランク材、
12・・・線形摩擦接合界面、
14・・・線形摩擦接合部、
20・・・プレス成形品。