(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-06
(45)【発行日】2025-03-14
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 32/16 20170101AFI20250307BHJP
B01J 23/74 20060101ALI20250307BHJP
B82B 3/00 20060101ALI20250307BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20250307BHJP
【FI】
C01B32/16
B01J23/74 M
B82B3/00
B82Y40/00
(21)【出願番号】P 2021061732
(22)【出願日】2021-03-31
【審査請求日】2024-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】會澤 英樹
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-213590(JP,A)
【文献】国際公開第2007/125923(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/015044(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/143466(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
B01J 21/00-38/74
B82B 3/00
B82Y 40/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の炭化水素化合物、金属元素を含む触媒源及び反応促進剤を含む第1の原料を反応系に供給する、第1の原料供給工程と、
前記第1の炭化水素化合物とは異なる第2の炭化水素化合物として気相の直鎖状炭化水素化合物
を含む第2の原料を反応系に供給する、第2の原料供給工程と、を有し、
前記第1の炭化水素化合物に対する前記直鎖状炭化水素化合物のモル比が、70%以上400%以下であ
り、
カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの割合が75個数%以上であるカーボンナノチューブを得る
、カーボンナノチューブの製造方法。
【請求項2】
平均直径が1.8nm以上2.0nm以下であるカーボンナノチューブを得る、請求項1に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項3】
前記第1の炭化水素化合物に対する前記直鎖状炭化水素化合物のモル比が、70%以上300%以下である、請求項1又は2に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項4】
前記第1の炭化水素化合物としてベンゼンおよびトルエンを併用し、かつ、前記直鎖状炭化水素化合物としてメタンを用いる場合を除く、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項5】
前記第1の原料供給工程が、液相の前記第1の原料を反応器に噴霧する工程を含む請求項1
乃至4のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項6】
前記第1の原料供給工程が、液相の前記第1の原料を気化させた前記第1の原料を反応器に供給する工程を含む請求項1
乃至4のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項7】
前記第1の炭化水素化合物が、芳香族炭化水素化合物、脂環式炭化水素化合物及び炭素数5以上の鎖状炭化水素化合物からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物である請求項1乃至
6のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項8】
前記第1の炭化水素化合物が、芳香族炭化水素化合物及び脂環式炭化水素化合物からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物である請求項1乃至
6のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項9】
前記直鎖状炭化水素化合物が、炭素数1以上4以下の炭化水素化合物である請求項1乃至
8のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【請求項10】
前記直鎖状炭化水素化合物が、メタン、エタン、エチレン及びアセチレンからなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物である請求項1乃至
8のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブの製造方法に関し、特に、2層構造の比率が高いカーボンナノチューブを優れた合成速度にて製造できるカーボンナノチューブの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、様々な特性を有する素材であり、多くの分野への応用が期待されている。例えば、カーボンナノチューブは、六角形格子の網目構造を有する筒状体の単層、または略同軸で配された多層で構成される3次元網目構造体であり、軽量であると共に、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性に優れる。
【0003】
また、カーボンナノチューブは、その層数、直径等を制御することにより、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性のさらなる向上を図ることができる。
【0004】
一方で、自動車や産業機器などの様々な分野における電力線や信号線として、一又は複数の線材からなる芯線と、該芯線を被覆する絶縁被覆とからなる電線が用いられている。芯線を構成する線材の材料としては、通常、電気特性の観点から銅又は銅合金が使用されるが、近年、軽量化の観点からアルミニウム又はアルミニウム合金が提案されている。しかし、自動車や産業機器などの高機能化に伴う配線数の増大により、電線のさらなる軽量化が要求されている。そこで、軽量性、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性に優れる点から、電線材料として、金属線に代えてカーボンナノチューブ線材を使用することが試みられている。
【0005】
電線材料としてカーボンナノチューブ線材を使用する場合には、特に、導電性に優れることが要求される。カーボンナノチューブ線材に優れた導電性を付与するためには、カーボンナノチューブ線材を構成するカーボンナノチューブが、2層構造であることが好ましい。2層構造のカーボンナノチューブは、高グラファイト構造を有していることから、導電性が高いためである。
【0006】
そこで、熱重量分析で高温側の燃焼ピークが700~850℃にあり、かつ低温側の重量減量分(TG(L))と高温側の重量減量分(TG(H))が、TG(H)/(TG(L)+TG(H))=0.75以上となるまで酸化反応を行うことで、高い導電性を有する2層カーボンナノチューブを製造することが提案されている(特許文献1)。
【0007】
しかし、特許文献1の製造方法では、製造工程の制御が複雑であり、2層構造のカーボンナノチューブの合成速度が十分に得られない点で、カーボンナノチューブの生産性に改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記事情に鑑み、本発明は、2層構造の比率が高いカーボンナノチューブを優れた合成速度にて製造できるカーボンナノチューブの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の構成の要旨は、以下の通りである。
[1]第1の炭化水素化合物、金属元素を含む触媒源及び反応促進剤を含む第1の原料を反応系に供給する、第1の原料供給工程と、
前記第1の炭化水素化合物とは異なる第2の炭化水素化合物として気相の直鎖状炭化水素化合物含む第2の原料を反応系に供給する、第2の原料供給工程と、を有し、
前記第1の炭化水素化合物に対する前記直鎖状炭化水素化合物のモル比が、70%以上400%以下であるカーボンナノチューブの製造方法。
[2]前記第1の原料供給工程が、液相の前記第1の原料を反応器に噴霧する工程を含む[1]に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
[3]前記第1の原料供給工程が、液相の前記第1の原料を気化させた前記第1の原料を反応器に供給する工程を含む[1]に記載のカーボンナノチューブの製造方法。
[4]前記第1の炭化水素化合物が、芳香族炭化水素化合物、脂環式炭化水素化合物及び炭素数5以上の鎖状炭化水素化合物からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物である[1]乃至[3]のいずれか1つに記載のカーボンナノチューブの製造方法。
[5]前記第1の炭化水素化合物が、芳香族炭化水素化合物及び脂環式炭化水素化合物からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物である[1]乃至[3]のいずれか1つに記載のカーボンナノチューブの製造方法。
[6]前記直鎖状炭化水素化合物が、炭素数1以上4以下の炭化水素化合物である[1]乃至[5]のいずれか1つに記載のカーボンナノチューブの製造方法。
[7]前記直鎖状炭化水素化合物が、メタン、エタン、エチレン及びアセチレンからなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物である[1]乃至[5]のいずれか1つに記載のカーボンナノチューブの製造方法。
【0011】
上記[1]の態様では、第1の炭化水素化合物を含む第1の原料と、第2の炭化水素化合物である気相の直鎖状炭化水素化合物含む第2の原料が、カーボンナノチューブを合成するための反応系に供給される。第1の原料は、カーボンナノチューブの炭素源である第1の炭化水素化合物と、金属元素を含む触媒源と、触媒となる金属の融点を下げて適度な温度で触媒作用を促進させる反応促進剤と、を含む。第2の原料に含まれる気相の直鎖状炭化水素化合物は、カーボンナノチューブの追加炭素源である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法の態様によれば、第1の炭化水素化合物、金属元素を含む触媒源及び反応促進剤を含む第1の原料を反応系に供給する第1の原料供給工程と、反応系に供給した第1の原料に、気相の直鎖状炭化水素化合物を供給する第2の原料供給工程と、を有し、第1の炭化水素化合物に対する直鎖状炭化水素化合物のモル比が70%以上400%以下であることにより、2層構造の比率が高いカーボンナノチューブを優れた合成速度にて製造することができる。また、本発明のカーボンナノチューブの製造方法の態様によれば、カーボンナノチューブの直径のばらつきを防止しつつ、従来と同様に、カーボンナノチューブの直径を細く(例えば、平均直径2nm程度)することができる。
【0013】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法の態様によれば、第1の炭化水素化合物が芳香族炭化水素化合物、脂環式炭化水素化合物及び炭素数5以上の鎖状炭化水素化合物からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物であることにより、得られるカーボンナノチューブのうちの2層構造の比率が確実に向上する。
【0014】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法の態様によれば、第1の炭化水素化合物が、芳香族炭化水素化合物及び脂環式炭化水素化合物からなる群から選択された少なくとも1種の炭化水素化合物であることにより、得られるカーボンナノチューブのうちの2層構造の比率がさらに向上する。
【0015】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法の態様によれば、直鎖状炭化水素化合物が、メタン、エタン、エチレン及びアセチレンからなる群から選択された少なくとも1種であることにより、2層構造の比率とカーボンナノチューブの合成速度が、さらに向上する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、カーボンナノチューブの構造について説明する。カーボンナノチューブは、単層構造または複層構造を有する筒状体であり、それぞれ、SWNT(Single-walled nanotube)、MWNT(Multi-walled nanotube)と呼ばれる。このうち、2層構造を有するカーボンナノチューブでは、六角形格子の網目構造を有する2つの筒状体が略同軸で配された3次元網目構造体となっており、DWNT(Double-walled nanotube)と呼ばれる。構成単位である六角形格子は、その頂点に炭素原子が配された六員環であり、他の六員環と隣接してこれらが連続的に結合している。このように、カーボンナノチューブは、六角形格子の3次元網目構造体を有した六員環構造であることから、表面積が大きく、自由電子数も多いので、導電性に優れている材料である。
【0017】
例えば、2層構造のような比較的層数が少ないカーボンナノチューブは、それより層数の多いカーボンナノチューブよりも比較的導電性が高く、ドーピング処理を施した際には、2層構造を有するカーボンナノチューブでのドーピング効果が最も高い。従って、カーボンナノチューブを用いたカーボンナノチューブ線材の導電性を向上させるには、2層構造を有するカーボンナノチューブの割合を増大させることが好ましい。具体的には、カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの割合が、75個数%以上が好ましく、80個数%以上が特に好ましい。2層構造をもつカーボンナノチューブの割合は、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察及び解析し、100個のCNTのそれぞれの層数を測定することで算出することができる。
【0018】
以下に、本発明のカーボンナノチューブの製造方法について詳細を説明する。本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、(1)第1の炭化水素化合物、金属元素を含む触媒源及び反応促進剤を含む第1の原料を反応系に供給する、第1の原料供給工程と、(2)前記第1の炭化水素化合物とは異なる第2の炭化水素化合物として気相の直鎖状炭化水素化合物含む第2の原料を反応系に供給する、第2の原料供給工程と、を有している。また、本発明のカーボンナノチューブの製造方法では、第1の原料供給工程で供給する第1の炭化水素化合物に対する第2の原料供給工程で供給する第2の炭化水素化合物(すなわち、直鎖状炭化水素化合物)のモル比が、70%以上400%以下の範囲に制御されている。
【0019】
本発明では、上記製造工程と、第1の炭化水素化合物と第2の炭化水素化合物とのモル比の制御により、カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの比率が高いカーボンナノチューブを、優れた合成速度にて製造することができる。また、本発明では、カーボンナノチューブの直径のばらつきを防止しつつ、従来と同様に、平均径の細い(例えば、平均直径2nm程度)カーボンナノチューブを得ることができる。
【0020】
(1)第1の原料供給工程
第1の原料供給工程は、カーボンナノチューブの合成反応系に、カーボンナノチューブの炭素源である第1の炭化水素化合物と、金属元素を含む触媒源と、反応促進剤と、を含む第1の原料を供給する工程である。反応促進剤は、触媒となる金属の融点を下げて適度な温度で触媒作用を促進させる成分である。カーボンナノチューブの合成反応系は、原料導入手段である原料導入器と、原料導入器の下流に設けられた、カーボンナノチューブが合成される反応器と、反応器の下流に設けられた、合成されたカーボンナノチューブを回収する回収器と、を備えている。カーボンナノチューブの合成反応系では、原料導入器から反応器を介して回収器へ、キャリアガスが流通している。キャリアガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガス、水素ガス等が挙げられる。
【0021】
反応器には加熱炉が設けられており、加熱炉によって所定の雰囲気温度に加熱された反応器内部を、第1の原料が、原料導入器から回収器の方向へ流通する。反応器内部の雰囲気温度としては、例えば、1000℃以上1500℃以下が挙げられる。
【0022】
第1の原料としては、例えば、第1の炭化水素化合物と金属元素を含む触媒源と反応促進剤の混合物が挙げられる。第1の原料は、液相の状態でカーボンナノチューブの合成反応系に供給してもよく、液相の第1の原料を加熱して気化させてから、すなわち、気相の状態でカーボンナノチューブの合成反応系に供給してもよい。
【0023】
液相の第1の原料をカーボンナノチューブの合成反応系に供給する方法としては、例えば、カーボンナノチューブの合成反応系に設けられた原料導入器に液相の第1の原料を導入し、原料導入器から反応器の方向に流れるキャリアガスに向けて、原料導入器に設けられた噴霧器から液相の第1の原料を噴霧する方法が挙げられる。また、気相の第1の原料をカーボンナノチューブの合成反応系に供給する方法としては、例えば、液相の第1の原料を気化器にて加熱して気化させてから、原料導入器から反応器の方向に流れるキャリアガスに、気相の第1の原料を原料導入器にて供給する方法が挙げられる。
【0024】
第1の炭化水素化合物と金属元素を含む触媒源と反応促進剤の配合割合は、カーボンナノチューブに要求される特性に応じて適宜選択可能であり、例えば、第1の炭化水素化合物:金属元素を含む触媒源:反応促進剤のモル比は、100:1~10:1~10が挙げられる。
【0025】
第1の炭化水素化合物としては、例えば、得られるカーボンナノチューブ全体のうち、2層構造のカーボンナノチューブの比率が確実に向上する点から、芳香族炭化水素化合物、脂環式炭化水素化合物、炭素数5以上の鎖状炭化水素化合物が好ましい。芳香族炭化水素化合物としては、トルエン、ベンゼン、キシレン、ナフタレン、アントラセン等が挙げられる。脂環式炭化水素化合物としては、デカリン等が挙げられる。炭素数5以上の鎖状炭化水素化合物としては、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン、テトラデカン、ペンタデカン、ヘキサデカン、ヘプタデカン等の炭素数5以上20以下の鎖状炭化水素化合物が挙げられる。
【0026】
また、これらの第1の炭化水素化合物のうち、得られるカーボンナノチューブ全体のうち、2層構造のカーボンナノチューブの比率がさらに確実に向上する点から、芳香族炭化水素化合物、脂環式炭化水素化合物が好ましい。これらの炭化水素化合物は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0027】
金属元素を含む触媒源は、金属元素含有化合物であり、金属元素を含む触媒源としては、例えば、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)等の第VI族遷移金属を含む触媒源(第VI族遷移金属元素含有化合物)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)等の第VIII族遷移金属を含む触媒源(第VIII族遷移金属元素含有化合物)等が挙げられる。このうち、入手の容易性等から、鉄を含む触媒源が好ましい。鉄を含む触媒源としては、例えば、フェロセン、鉄アセチルアセトナート、鉄フタロシアニン、鉄ポルフィリン等の鉄元素含有化合物が挙げられる。これらの化合物は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0028】
また、反応促進剤としては、例えば、硫黄、硫黄化合物等が挙げられる。硫黄化合物としては、例えば、二硫化炭素;チオフェン;メチルチオフェン、エチルチオフェン、ヘキシルチオフェン、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン、テトラヒドロチオフェン等のチオフェン誘導体;フェニルスルフィド誘導体;フィニルジスルフィド誘導体;スルホラン;テトラメチレンスルホキシド;アルキルチオール;チオフェノール等が挙げられる。これらの化合物は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
(2)第2の原料供給工程
第2の原料供給工程は、カーボンナノチューブの合成反応系に供給した第1の原料に、第1の炭化水素化合物とは異なる第2の炭化水素化合物として気相の直鎖状炭化水素化合物含む第2の原料を供給する工程である。すなわち、第2の原料供給工程は、カーボンナノチューブの合成反応系に、気相の直鎖状炭化水素化合物を含む第2の原料を供給する工程である。気相の直鎖状炭化水素化合物は、カーボンナノチューブの追加炭素源である。なお、「気相の直鎖状炭化水素化合物」とは、常温(25℃)且つ常圧(標準気圧)で気相である直鎖状炭化水素化合物を意味する。
【0030】
カーボンナノチューブの合成反応系に第1の原料と気相の直鎖状炭化水素化合物を含む第2の原料を供給することで、反応器にて主に2層構造を有するカーボンナノチューブが、優れた合成速度にて合成される。
【0031】
気相である第2の原料をカーボンナノチューブの合成反応系に供給する方法としては、例えば、第1の原料を反応系へ導入する原料導入器とは別の他の原料導入器から供給する方法が挙げられる。具体的には、例えば、原料導入器から反応器へ流れる第1の原料が供給されたキャリアガスに、反応器の上流に設けられた他の原料導入器にて第2の原料を供給する方法が挙げられる。また、原料導入器の上流に設けられた他の原料導入器にて、第1の原料が供給されていないキャリアガスに、先ず第2の原料を供給する方法が挙げられる。また、原料導入器から第1の原料をキャリアガスに供給するのと同時に、他の原料導入器から第2の原料をキャリアガスに供給する方法が挙げられる。また、原料導入器に第1の原料と第2の原料を別々の導入経路にて導入し、原料導入器から第1の原料と第2の原料をキャリアガスに供給する方法が挙げられる。上記のようにして合成反応系に供給された第1の原料及び第2の原料からカーボンナノチューブが合成される過程は、次のように考えられる。まず、第1の原料に含まれる触媒源から触媒粒子が合成される。次に、主に第1の原料の炭素源である第1の炭化水素化合物由来の炭素から触媒上にカーボンナノチューブが成長し始める。そして、主に第2の原料に含まれる第2の炭化水素化合物由来の炭素からカーボンナノチューブが成長し、長尺化する。
【0032】
第1の原料に含まれる第1の炭化水素化合物と第2の原料に含まれる第2の炭化水素化合物の配合割合は、第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比が70%以上400%以下の範囲に制御されている。第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比は70%以上400%以下の範囲であれば、特に限定されないが、その下限値は、2層構造を有するカーボンナノチューブの合成速度をさらに向上させる点から、80%が好ましく、90%が特に好ましい。一方で、第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比の上限値は、2層構造を有するカーボンナノチューブの比率を確実に向上させる点から、350%が好ましく、200%が特に好ましい。
【0033】
第2の炭化水素化合物である気相の直鎖状炭化水素化合物としては、炭素数1以上4以下の直鎖状炭化水素化合物が挙げられる。炭素数1以上4以下の直鎖状炭化水素化合物としては、メタン、エタン、エチレン、アセチレン、プロパン、プロペン、ブタン、ブテン等が挙げられる。これらのうち、2層構造の比率とカーボンナノチューブの合成速度がさらに向上する点から、メタン、エタン、エチレン、アセチレンが好ましい。これらの化合物は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【実施例】
【0034】
次に、本発明の実施例を説明するが、本発明の趣旨を超えない限り、本発明は、下記実施例に限定されるものではない。
【0035】
カーボンナノチューブの製造
実施例1
第1の炭化水素化合物としてトルエン、金属元素を含む触媒源としてフェロセン、反応促進剤としてチオフェンを混合して液体状の第1の原料を作製した。第1の原料のトルエン:フェロセン:チオフェンのモル比は100:2.5:3.0とした。また、第2の炭化水素化合物としてメタンを用いて第2の原料を作製した。
【0036】
カーボンナノチューブの合成反応系として、セラミック管(φ30mm)を用いた。具体的には、前記セラミック管の一端に、第1の原料を導入する原料導入器と第2の原料を導入する他の原料導入器を設けた。また、前記セラミック管の中央部に電気炉を設置して、セラミック管の中央部を反応器とした。また、前記セラミック管の他端に筒状のステンレス製メッシュ部材を配置して、カーボンナノチューブの回収器とした。カーボンナノチューブの合成反応系に供給するキャリアガスとして所定流量の水素ガスを、前記セラミック管の一端から他端へ流した。反応器内部を電気炉にて約1200℃に加熱し、液相の第1の原料を原料導入器の噴霧器から150μL/minにて噴霧することで、カーボンナノチューブの合成反応系に第1の原料を供給した(第1の原料供給工程)。また、気相の第2の原料を他の原料導入器から水素ガスへ供給することで、カーボンナノチューブの合成反応系に第2の原料を供給した(第2の原料供給工程)。このとき、水素ガスと気相の第2の原料の合計流量が10L/minとなるように調整した。
【0037】
実施例1では、トルエンに対するメタンのモル比が100%となるように、第1の原料と第2の原料をカーボンナノチューブの合成反応系に供給した。反応器にて合成されたカーボンナノチューブを回収器であるメッシュ部材に付着させ、メッシュ部材に付着したカーボンナノチューブを回収することで、実施例1のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0038】
実施例2
トルエンに対するメタンのモル比を300%とした以外は実施例1と同様にして、実施例2のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0039】
実施例3
第2の炭化水素化合物としてメタンに代えてエチレンとした以外は実施例1と同様にして、実施例3のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0040】
実施例4
第2の炭化水素化合物としてメタンに代えてエタンとした以外は実施例1と同様にして、実施例4のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0041】
実施例5
第1の炭化水素化合物としてトルエンに代えてデカリンとした以外は実施例1と同様にして、実施例5のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0042】
実施例6
第1の炭化水素化合物としてトルエンに代えてトルエンとデカリンの混合物(トルエンとデカリンのモル比は1:1)とした以外は実施例1と同様にして、実施例6のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0043】
実施例7
第2の炭化水素化合物としてメタンに代えてメタンとエチレンの混合物(メタンとエチレンのモル比は1:1)とした以外は実施例1と同様にして、実施例7のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0044】
比較例1
トルエンに対するメタンのモル比を500%とした以外は実施例1と同様にして、比較例1のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0045】
比較例2
トルエンに対するメタンのモル比を50%とした以外は実施例1と同様にして、比較例2のカーボンナノチューブのサンプルを得た。
【0046】
評価項目
(1)合成速度比率
カーボンナノチューブの合成開始から30分後に、メッシュ部材に付着したカーボンナノチューブのサンプルを回収し、回収したカーボンナノチューブのサンプルを400℃で30分加熱後、10質量%の塩酸に30分間浸漬させ、その後、水で洗浄して100℃で3時間乾燥させることで、鉄とアモルファスカーボンを除去して、カーボンナノチューブのサンプルを秤量した。秤量したカーボンナノチューブのサンプルを合成時間で割って単位時間あたりの合成速度(mg/min)を算出した。第2の原料を供給しなかった以外は実施例1と同様にしてカーボンナノチューブのサンプルを得たスタンダードサンプルの上記合成速度(mg/min)を100%として、実施例と比較例の合成速度比率(%)を算出した。
【0047】
(2)カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの比率(2層比率)およびカーボンナノチューブの平均直径(nm)
メッシュ部材から回収したカーボンナノチューブ約0.1mgにエタノール10mLを加え、超音波処理で分散させた。得られた分散液を支持膜に滴下して、高分解能透過型電子顕微鏡(日本電子製 JEM-F200、加速電圧 200kV)で観察を行った。10視野観察を行い、画像から、任意の約100本のカーボンナノチューブの層数、および最外層の直径を計測した。得られたデータから、カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの比率(2層比率)およびカーボンナノチューブの平均直径(nm)を算出した。
【0048】
実施例1~7、比較例1、2で使用した第1の炭化水素化合物、第2の炭化水素化合物、モル比及び評価結果を下記表1に示す。
【0049】
【0050】
上記表1から、第1の原料供給工程にて芳香族炭化水素化合物及び/または脂環式炭化水素化合物である第1の炭化水素化合物を、第2の原料供給工程にて炭素数1以上4以下の直鎖状炭化水素化合物(第2の炭化水素化合物)を、それぞれ反応系に供給し、第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比が70%以上400%以下の範囲内である実施例1~7では、カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの比率が75個数%以上、且つ合成速度比率が130%以上であり、2層構造の比率が高いカーボンナノチューブを優れた合成速度にて製造することができた。また、実施例1~7では、カーボンナノチューブの直径のばらつきを防止しつつ、従来と同様に、カーボンナノチューブの平均直径2.0nm程度とすることができた。
【0051】
特に、第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比が100%である実施例1、3~7では、カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの比率が80個数%以上と、2層構造の比率がさらに向上した。また、実施例1、3、4から、第2の炭化水素化合物としてメタン、エチレンを用いると、2層構造の比率がさらに向上した。また、実施例1、5、6から、第1の炭化水素化合物としてトルエンとデカリンを併用すると、2層構造の比率がさらに向上した。また、実施例1、3~5から、第1の炭化水素化合物としてトルエン、第2の炭化水素化合物としてメタン、エチレンを用いると、合成速度がさらに向上した。
【0052】
一方で、第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比が500%である比較例1では、カーボンナノチューブ全体に対する2層構造をもつカーボンナノチューブの比率が72個数%と、2層構造の比率が高いカーボンナノチューブを得ることができなかった。また、第1の炭化水素化合物に対する第2の炭化水素化合物のモル比が50%である比較例2では、合成速度比率が130%未満であり、優れた合成速度が得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のカーボンナノチューブの製造方法は、2層構造の比率が高いカーボンナノチューブを優れた合成速度にて製造できるので、特に、高い導電性が要求される電力線や信号線等の電線の分野で利用価値が高い。