(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-07
(45)【発行日】2025-03-17
(54)【発明の名称】セラミックスボール用素材およびそれを用いたセラミックスボールの製造方法並びにセラミックスボール
(51)【国際特許分類】
C04B 35/587 20060101AFI20250310BHJP
C04B 35/111 20060101ALI20250310BHJP
C04B 35/569 20060101ALI20250310BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20250310BHJP
【FI】
C04B35/587
C04B35/111
C04B35/569
F16C33/32
(21)【出願番号】P 2024561497
(86)(22)【出願日】2023-11-28
(86)【国際出願番号】 JP2023042487
(87)【国際公開番号】W WO2024117112
(87)【国際公開日】2024-06-06
【審査請求日】2024-10-29
(31)【優先権主張番号】P 2022189024
(32)【優先日】2022-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐野 翔哉
(72)【発明者】
【氏名】船木 開
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 英樹
【審査官】大西 美和
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/138579(WO,A1)
【文献】特開2013-209283(JP,A)
【文献】特開2011-093789(JP,A)
【文献】特開2003-137640(JP,A)
【文献】特開2001-163673(JP,A)
【文献】特開2000-337386(JP,A)
【文献】特開平03-073310(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/587
C04B 35/111
C04B 35/569
C04B 35/626
F16C 33/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
球面部と、前記球面部の表面の円周に亘って形成された帯状部と、を備え、
前記帯状部の端部の表面粗さR1と前記帯状部の中央部の表面粗さR2との比であるR1/R2が0.3以上で1.0未満であることを特徴とするセラミックスボール用素材。
【請求項2】
前記球面部の中心を通り外周面上に両端がある線分が0.5mm以上であり、
前記帯状部の端部の表面粗さR1と前記帯状部の中央部の表面粗さR2との比であるR1/R2が0.4以上で0.9未満であることを特徴とする請求項1に記載のセラミックスボール用素材。
【請求項3】
前記セラミックスボール用素材が酸化アルミニウム焼結体、窒化ケイ素焼結体、炭化ケイ素焼結体、窒化ほう素焼結体、酸化ジルコニウム焼結体のいずれか1種
からなることを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載のセラミックスボール用素材。
【請求項4】
前記セラミックスボール用素材が窒化ケイ素を85質量%以上含有するセラミックス焼結体を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載のセラミックスボール用素材。
【請求項5】
請求項3に記載のセラミックスボール用素材を研磨加工することでセラミックスボールを製造することを特徴とするセラミックスボールの製造方法。
【請求項6】
前記セラミックスボールの算術表面粗さRaが0.01μm以下であることを特徴とする請求項
5に記載のセラミックスボール
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
後述する実施形態は、セラミックスボール用素材およびそれを用いたセラミックスボールの製造方法並びにセラミックスボールに関する。
【背景技術】
【0002】
種々のセラミックス材料は高硬度、絶縁性、耐摩耗性などの特性を有している。特に純度を高め粒子径を均一化させたファインセラミックスは、コンデンサ、アクチュエータ材料、耐火材など様々な分野に用いられる特性を発現させる。その中で、耐摩耗性、絶縁性を生かした製品としてボール用途のものがある。ボール用途の製品には、ベアリング、治具、工具、ゲージ、電磁弁、チェック弁、各種バルブなどがある。このうち、ベアリング用途では、酸化アルミニウム、窒化ケイ素、酸化ジルコニウムなどの材料が用いられている。例えば、特開平6-48813号公報(特許文献1)、特許第2764589号公報(特許文献2)において窒化ケイ素材料、特開昭60-18620号公報(特許文献3)において酸化ジルコニウム材料を用いたベアリングボールが開示されている。
【0003】
これらのベアリングボール用材料を製造するプロセスにおいては、成形体を焼結する方法が用いられている。また、成型方法は金型を用いたプレス成型が用いられている。プレス成型は、一般的に
図1に示されるように、上部パンチ2と下部パンチ3の間に粉体を挿入し、圧力をかける方法である。プレス成型時には、金型を保護するために上部パンチ先端部2aと下部パンチ先端部3aの間に隙間を設けてプレス成形をする。このため、成形体には球面部と帯状部が形成される。例えば、特許第4761613号公報(特許文献4)には、球面部と帯状部を有するベアリングボール用素材が開示されている。
図2(A)に従来のセラミックスボール用素材を示す。符号5Pはセラミックスボール用素材、符号6Pは球面部、符号7Pは帯状部、である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平6-48813号公報
【文献】特許第2764589号公報
【文献】特開昭60-18620号公報
【文献】特許第4761613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
図2(A)に示す球面部6Pと帯状部7Pを有するセラミックスボール用素材5Pを研磨加工することによりセラミックスボールになる。球面部6Pと帯状部7Pを有するセラミックスボール用素材5Pを素球と呼ぶこともある。例えば、セラミックスボール用素材5Pに対して表面の算術平均粗さRaが0.1μm以下の鏡面加工が行われる。鏡面加工には定盤加工が用いられている。
【0006】
一般的に、セラミックス材料は耐摩耗性に優れるが、脆性材料であるため強い衝撃が加わった際に欠けが生じやすい。さらには、曲面は衝撃を逃がしやすいが、角部は衝撃により欠けが生じやすい。そのため、帯状部7Pを有したセラミックスボール用素材5Pに定盤加工を行う場合、帯状部7Pの角部である両肩部が選択的に定盤に接触し欠けが生じる可能性を低減するように抑えた加工を行うため、加工時間が長引く原因となっていた。
【0007】
本発明はこのような課題を解決するものであり、定盤加工時におけるセラミックス材料の欠けを抑制しつつ加工時間を短縮することができるセラミックスボール用素材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態に係るセラミックスボール用素材は、球面部と、前記球面部の表面の円周に亘って形成された帯状部と、を備え、前記帯状部の端部の表面粗さR1と前記帯状部の中央部の表面粗さR2との比であるR1/R2が0.3以上で1.0未満であることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】一般的な金型プレス成型装置の一例を示す断面図。
【
図2】(A)は従来例(比較例)に係るセラミックスボール用素材の一例を示す外観図、(B)は実施形態に係るセラミックスボール用素材の一例を示す外観図。
【
図3】
図2(B)に示す実施形態に係るセラミックスボール用素材の帯状部の拡大図。
【
図4】実施形態に係る等方圧プレスゴム型成型の一例を示す外観図。
【
図5】実施形態に係る等方圧プレスゴム型成型に敷設された穴形状と成形体の一例を示す断面図。
【実施形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら、セラミックスボール用素材およびそれを用いたセラミックスボールの製造方法並びにセラミックスボールの実施形態について詳細に説明する。
【0011】
実施形態に係るセラミックスボール用素材は、球面部と、前記球面部の表面の円周に亘って形成された帯状部と、を備え、前記帯状部の端部の表面粗さR1と前記帯状部の中央部の表面粗さR2との比であるR1/R2が0.3以上で1.0未満である。
【0012】
図2(B)に実施形態に係るセラミックスボール用素材の模式図を示す。
図2(B)において、符号5は実施形態に係るセラミックスボール用素材、符号6は球面部、符号7は帯状部、である。球面部6と帯状部7を有するセラミックスボール用素材5を素球と呼ぶこともある。また、符号Wは帯状部7の幅である。帯状部7の幅Wのことを単に「幅W」ということもある。なお、
図2(B)において、球面部6に対する帯状部7の高さおよび幅の大きさは、説明上の便宜を考慮して図示されている。
【0013】
セラミックスボール用素材5は、球面部6と帯状部7を有している。帯状部7は球面部6の表面の円周に亘って形成されている。球面部6の表面の円周とは、球面部6表面の複数の円周のいずれか1つであればよい。球面部6の表面は、二次曲面であればよい。そのため、球面部6としては、真球や楕円体等が挙げられる。帯状部7の幅Wは、例えば、帯状部7の最も大きな幅であるが、複数箇所の平均値であってもよい。
【0014】
図3に、
図2(B)の帯状部7の近傍のA部分の拡大図を示す。符号7aは帯状部7の角部である。帯状部7を幅Wの方向に3等分し、帯状部7を、上部パンチ側の端部(「帯状部端部」と呼ぶ)7b1、中央部(「帯状部中央部」と呼ぶ)7b2、下部パンチ側の端部(「帯状部端部」と呼ぶ)7b3の3つに分ける。なお、上部パンチ2と下部パンチ3の形状は同じであることが多いため、上部パンチ側の帯状部端部7b1と下部パンチ側の帯状部端部7b3は、上下の区別を付けずに同じであるとみなせる。このため、本明細書における「帯状部端部7b1」は、上部パンチ側の帯状部端部7b1のみならず、下部パンチ側の帯状部端部7b3を含む場合もある。
【0015】
セラミックスボール用素材5の帯状部7に対応する成形体の帯状部は、プレス成型を容易に行うために形成される。セラミックスボール用素材5は真球状に加工するが、帯状部7は球面部6より突出して形成されているために加工を阻害する。このため帯状部7は容易に加工ができるように強度が高くないことが望ましい。一方で球面部6から突出して形成された帯状部7は、輸送時や加工時に製品同士や他の部材と衝突により欠けが発生しやすい。この欠けを防ぐために帯状部7には一定の強度が必要である。
【0016】
そこで、実施形態に係るセラミックスボール用素材5は、帯状部中央部7b2の表面粗さが、帯状部端部7b1の表面粗さよりも大きくなるように調整される。帯状部端部7b1は帯状部中央部7b2より緻密にプレス成型することにより、帯状部端部7b1および帯状部角部7aの強度が強くなり、プレス成型後から研磨加工前の工程での欠けを防止することができる。一方で帯状部中央部7b2は角部に比較して緻密に成型しないことで、焼結体の密度が低くなることにより研磨加工が容易になり工程の負荷を低減できる。
【0017】
研磨加工前のセラミックスボール用素材5の帯状部端部7b1および帯状部中央部7b2の表面粗さは、JIS B 0601(2013)「製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性状:輪郭曲線方式-用語,定義及び表面性状パラメータ」によるものとする。表面粗さは、セラミックス焼結体の表面粗さを測定する多くの場合に使用される、算術平均粗さ(Ra)、最大高さ粗さ(Rz)、十点平均粗さ(Rzjis)で比較できる。これ以外の表面粗さの指標として、粗さ曲線の最大山高さ(Rp)、粗さ曲線の最大谷深さ(Rv)、粗さ曲線要素の平均高さ(Rc)、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)など、JIS B 0601(2013)に記載の他の測定可能な表面粗さ指標で比較してもよい。
【0018】
帯状部端部7b1の表面粗さR1と帯状部中央部7b2の表面粗さR2との比であるR1/R2が1.0未満の範囲内である。プレス成型には後述する造粒粉が使用されるが、この造粒粉がプレス成型時に潰れにくい状態で存在すると成形体の密度が低下し表面が粗くなる。このため、R1/R2が、この範囲内であると表面が粗い分だけ帯状部中央部7b2が研磨材と優先的に接触されやすくなるため加工が進む。また、帯状部端部7b1と帯状部中央部7b2の表面粗さが等しい場合に比較して、帯状部7全体の密度が小さくなるため、帯状部7の加工が容易になり、研磨加工時間を短くできる。このため、R1/R2は0.9未満、さらには0.8未満であることが好ましい。
【0019】
また、R1/R2が0.3以上の範囲内であることが好ましい。R1/R2が0.3未満であると、帯状部端部7b1の表面粗さR1を制御できても、帯状部中央部7b2の表面粗さR2が大きくなり、帯状部中央部7b2およびその近傍の成形体密度が小さくなりすぎる。これにより帯状部7全体の成形体の強度が低下することによる欠け不良が発生するためである。このため、R1/R2は0.4以上、さらには0.5以上であることが好ましい。
【0020】
R1/R2が1.0以上であると、帯状部中央部7b2の密度が帯状部端部7b1の密度に比較して、等しいか大きくなる。帯状部端部7b1の密度よりも帯状部中央部7b2の密度を上昇させた場合は、帯状部7全体の加工が容易でなくなるため、研磨加工時間が長くなる。帯状部中央部7b2の密度よりも帯状部端部7b1の密度を小さくした場合は、加工中や輸送中に素体同士や他部材と接触して帯状部端部7b1に欠けが発生しやすい。
【0021】
ここで、セラミックスボール用素材5の帯状部端部7b1の表面粗さR1と帯状部中央部7b2の表面粗さR2の測定方法について説明する。なお、表面粗さの測定方法は、JIS B 0601(2013)「製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性状:輪郭曲線方式-用語,定義及び表面性状パラメータ」に準拠するものとする。
【0022】
表面粗さR1および表面粗さR2の測定は表面粗さ測定機を用いるものとする。表面粗さ測定機は、東京精密社製SURFCOM2000を使用し、同装置の評価解析ソフトを用いて行うものとする。測定装置は、これと同等の機能を有するものであればよい。
【0023】
表面粗さR1および表面粗さR2の測定距離(基準長さ)はセラミックスボール用素材の帯状部7の外周の長さの1~10%とし、帯状部端部7b1および帯状部中央部7b2の測定距離は同じとする。また、測定条件は、測定カットオフ波長が0.08mm、カットオフ種別がガウシアン、傾斜補正が最小二乗直線補正、λsカットオフ比が300とする。なお、測定回数は3回とし、測定値は3回の平均値とする。
【0024】
帯状部端部7b1の表面粗さR1の測定エリアは、帯状部端部7b1のうち、幅Wの方向の略中央に沿って、帯状部端部7b1の外周方向に延びるエリアである。この外周方向に沿ったエリアを測定する。同様に、帯状部中央部7b2の表面粗さR2の測定エリアは、帯状部中央部7b2のうち、幅Wの方向の略中央に沿って、帯状部端部7b1の外周方向に延びるエリアである。この外周方向に沿ったエリアを測定する。表面粗さR1,R2の測定には欠けなどの部分的な欠陥がある場合は欠陥部分を避けて、帯状部7の同じ個所または近傍の場所を測定する。
【0025】
帯状部7を外周方向に沿って測定できない場合は、帯状部7の幅Wの方向に沿って測定しても良い。その場合、帯状部端部7b1の測定エリアと帯状部中央部7b2の測定エリアを連続させ、それら連続する測定エリアから表面粗さR1,R2を算出しても良いし、帯状部端部7b1の測定エリアと帯状部中央部7b2の測定エリアとを連続させず、連続しない測定エリアから表面粗さR1,R2を別々に測定しても良い。この場合も、表面粗さR1,R2の測定には欠けなどの部分的な欠陥がある場合は欠陥部分を避けて測定する。
【0026】
セラミックスボール用素材5は、球面部6の中心を通り外周面上に両端がある線分、例えば直径が0.5mm以上であることが好ましい。球面部6の中心を通り外周面上に両端がある線分、例えば直径が0.5mm未満であると、帯状部7を形成するための粉末プレス金型の制御が難しくなる。このため、球面部6の中心を通り外周面上に両端がある線分、例えば直径は1mm以上が好ましい。さらには2mm以上であることが好ましい。
【0027】
セラミックスボール用素材5は、酸化アルミニウム(Al2O3)、窒化ケイ素(Si3N4)、炭化ケイ素(SiC)、窒化ほう素(BN)、酸化ジルコニウム(ZrO2)のいずれか1種または2種以上を85質量%以上含有することが好ましい。セラミックスボール用素材5は、セラミックス焼結体からなっている。酸化アルミニウム、窒化ケイ素、炭化ケイ素、窒化ほう素、酸化ジルコニウムのいずれか1種または2種以上を85質量%以上含有するということは、セラミックス焼結体中の含有量である。言い換えると、セラミックス焼結体は、上記以外の物質を15質量%以下含有していてもよい。なお、セラミックスボール用素材5は窒化ケイ素を85質量%以上含有するものであることが好ましい。
【0028】
例えば、ベアリングボールとして、酸化アルミニウム焼結体、窒化ケイ素焼結体、炭化ケイ素焼結体、窒化ほう素焼結体、酸化ジルコニウム焼結体、アルジル焼結体が使われている。なお、アルジル焼結体とは、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムを混合した焼結体である。この中で窒化ケイ素焼結体からなるベアリングボールは最も耐摩耗性に優れている。例として、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、アルジルはビッカース硬度が1200~1700程度であるが、破壊靭性値が3~6MPa・m1/2程度と低い。対して窒化ケイ素焼結体は、ビッカース硬度が1400~1800程度であるが、破壊靭性値が5~10MPa・m1/2程度と高い。窒化ケイ素焼結体は、高い靭性値とビッカース硬度を両立しており、その点から耐摩耗性に優れる。窒化ケイ素焼結体は、β型窒化ケイ素結晶粒子が主体となった組織である。β型窒化ケイ素結晶粒子は長細い形状を有しており、長細い結晶粒子が複雑に絡み合うことにより高い靭性値を達成している。窒化ケイ素焼結体は高い機械的強度のために研磨効率が悪いという面もある。しかしながら、前述のように、帯状部中央部7b2の表面粗さを大きくさせることにより、窒化ケイ素焼結体のように強度の高いセラミックス焼結体からなるセラミックスボール用素材5であっても研磨効率を向上させることができる。
【0029】
次に、セラミックスボール用素材5の製造方法について説明する。実施形態に係るセラミックスボール用素材5は上記構成を満たしていれば、特にその製造方法は限定されるものではないが、効率よく製造するための方法として次の製造方法が挙げられる。セラミックスボール用素材5の製造方法については、窒化ケイ素焼結体を例に挙げて説明する。
【0030】
まず、原料となる窒化ケイ素に適当量の焼結助剤、添加剤、溶媒およびバインダー等を加え混合、解砕し、スプレードライヤーにて造粒を行う。この工程により、原料粉末の造粒粉を調製する。また、窒化ケイ素粉末と焼結助剤粉末の合計を100質量%としたとき、窒化ケイ素粉末を85質量%以上にすることが好ましい。また、添加物は可塑剤である。溶媒は、水または有機溶媒である。有機溶媒としてはアルコール、ケトン、ベンゼンなどがある。また、バインダーは有機物である。バインダーの添加量は、窒化ケイ素粉末と焼結助剤粉末の合計を100質量%としたとき、3~20質量%の範囲内とする。
【0031】
次に得られた造粒粉の平均粒径を小さくする。造粒粉の平均粒径が大きいとプレス金型に造粒粉を充填したときに造粒粉間に空間が得られるため造粒粉は潰れやすくなる。これとは逆に平均粒径を小さくすると造粒粉間に空間が少なくなるため潰れにくくなる。このため造粒粉の平均粒径を小さくすることによりパンチからの圧力が小さくなるプレス中央部で潰れにくくなる。しかしながら、単に造粒粉の平均粒径を小さくした場合は、プレス金型内部への造粒粉の流れ性が低下し、生産性に影響を与える可能性がある。このため、造粒粉の流れ性を損なうことなく平均粒径を小さくする必要がある。
【0032】
スプレードライヤーで通常得られる造粒粉は概ね正規分布であり平均値の付近に集積するような分布を示している。このため、分級により粒径を変えた2種類の造粒粉を混合することにより、流れ性を大きく損なうことなく平均粒径を小さくした造粒粉を得ることができる。金型プレス成型に使用される造粒粉の平均粒径は50~150μmであるが、分級により平均粒径を小さくすることが可能である。例えば、平均粒径120μmの造粒粉であれば、造粒粉を2分割して一方の造粒粉を70メッシュ(目開き量:約240μm)の篩により分級して70メッシュより小さい造粒粉を得る。また、2分割した残りの造粒粉を、120メッシュ(目開き量:約130μm)により分級して120メッシュよりも小さい造粒粉を得る。70メッシュより小さい造粒粉と120メッシュよりも小さい分級した造粒粉を一定割合で混合することにより、平均粒径120μmの造粒粉の平均粒径を80μmにすることが可能である。これにより、後述する複数の工程を介してセラミックスボール用素材5の帯状部中央部7b2の表面粗さR2を大きくし易くなる。
【0033】
次に、平均粒径を調整した造粒粉を使ってプレス成型を行う。プレス成型は、
図1に示す金型プレス成型装置の上部パンチ2、下部パンチ3、ダイス4を用いた成型方法が挙げられる。造粒粉末を充填して上部パンチ2と下部パンチ3に垂直方向に圧力を加えることによりパンチの内側の球面形状が、後述する複数の工程を介してセラミックスボール用素材5の球面部6となる。また、上部パンチ先端部2a、下部パンチ先端部3a、およびダイス4の内側の円筒形状が、後述する複数の工程を介してセラミックスボール用素材5の帯状部7となる。プレス成型したときの上部パンチ2の先端部2aと下部パンチ3の先端部3aの形状および粉末の充填量を調整することにより、セラミックスボール用素材5の帯状部7の幅Wや高さを調整することができる。同様に、球面部方向の直径および帯状部方向の直径の調整を行うことができる。プレス成型により得られた成形体は、球面部と帯状部を有する成形体となる。なお、成形体の球面部と帯状部は、前述のセラミックスボール用素材5の球面部6と帯状部7にそれぞれ対応する。
【0034】
次に、成形体に等方圧成型を行う。等方圧成型を行うことにより、成形体中の造粒粉に均一に圧縮を掛けることができる。これにより、成形体中でつぶれ残った造粒粉を低減することができる。つぶれ残った造粒粉を低減することにより、焼結工程での収縮割合を制御することができる。
【0035】
等方圧成型の一例としてゴム型を用いた等方圧成型方法を説明する。
図4に円盤状のゴム型8の一例を示した。符号9は上部ゴム型、符号10は下部ゴム型である。また、
図5は、上部ゴム型9および下部ゴム型10内の球面部空間11内に成形体12を配置した一例を示した断面図である。
【0036】
上部ゴム型9および下部ゴム型10は成形体の最大直径よりも1%以上35%以下程度大きな半球状の穴を両面に敷設している。その穴に成形体を設置してゴム型を重ねることで、成形体をゴム型に囲まれた球面部空間11に密閉する。そのゴム型に、成型時の圧力よりも高い等方圧を掛けるものとする。また、ゴム型はショア硬さHsが30以上50以下のものを用いることが好ましい。ゴム型の硬度をこの範囲内にすることにより、成形体表面とゴム型を均一に接触できる変形能を具備することができる。これにより、成形体に対して均一に圧縮をかけることができる。この工程により造粒粉のつぶれ残りを低減することができる。
【0037】
また、ゴム型に等方成形圧をかける昇圧速度は遅い方が好ましい。昇圧速度が遅いと帯状部角部に最初に圧力がかかるため、プレス体の角部の密度が上がりやすいためである。また、昇圧速度は昇圧時全体を遅くする必要はなく、角部に圧力がかかるタイミングまでの昇圧速度を遅くすればよい。全体にかける最大圧力の20%以下の昇圧を一次昇圧として、一次昇圧から最大圧力までを二次昇圧とすると、一次昇圧の速度は二次昇圧速度の50%未満とすることが望ましい。一次昇圧の速度を遅くすることにより、成形体の帯状部では角部に最初に圧力がかかり、最後に中央部に圧力がかかることになる。
【0038】
次に、成形体を脱脂する脱脂工程を行う。脱脂工程は、バインダー等の有機成分の分解温度以上で加熱し、有機成分を抜く工程である。脱脂工程は、窒素雰囲気、大気雰囲気中で行ってもよい。脱脂工程により脱脂体を得ることができる。
【0039】
次に、脱脂体を焼結する焼結工程を行う。焼結工程は、1600℃以上2000℃以下が好ましい。また、焼結工程は窒素雰囲気中で行うことが好ましい。また、焼結時の圧力は大気圧以上1MPa以下の範囲内で行うことが好ましい。なお、大気圧は0.10133MPa(=1atm)である。また、焼結工程により得られた焼結体に対し、HIP(熱間静水圧プレス)処理を行ってもよい。焼結工程(またはHIP処理工程)により、セラミックスボール用素材5を得ることができる。また、セラミックスボール用素材5は、理論密度98%以上のセラミックス焼結体とする。
【0040】
セラミックスボール用素材5を研磨加工することによりセラミックスボールを製造することができる。球の研磨加工は、代表的なものとして定盤加工が挙げられる。例えば、セラミックスボール用素材5を、上下に平行に設けられた定盤間に挿入する。研磨定盤の運動により、セラミックスボール用素材5を真球状に加工することが挙げられる。ベアリングボールの表面粗さはASTMF2094に定められている。ベアリングボールは、用途に応じてASTMF2094に準じたグレードが採用される。そのグレードに準じた算術平均粗さRaに研磨される。グレードが上がると算術表面粗さRaが0.01μm以下の鏡面加工が施されるものもある。なお、ASTMとはASTM Internationalの発行する標準規格である。ASTMInternationalの旧名称は米国試験材料協会(American Society for Testingand Materials:ASTM)である。
【0041】
実施形態に係るセラミックスボール用素材5の帯状部7は角部から研磨が開始するが、帯状部中央部7b2の焼結密度は帯状部角部よりも小さいために、帯状部中央部7b2に向かうに従い加工が行いやすくなる。そのため、研磨定盤などの砥石への帯状部7全体からの接触を意識することなく加工することができる。これにより、研磨工程でのセラミックスボール用素材5が破損することを抑制できる。また、研磨定盤の耐久性も向上させることができる。また、研磨時間を短縮させたことにより加工性を向上させることができる。
【0042】
(実施例1~8、比較例1~6)
原料となるセラミックス粉末に焼結助剤、添加剤、溶剤およびバインダー等を加え混合、解砕し、スプレードライヤーにて造粒を行った。実施例1~6、比較例1~4は窒化ケイ素焼結体、実施例7および比較例5は酸化アルミニウム焼結体、実施例8および比較例6は炭化ケイ素焼結体である。窒化ケイ素焼結体は窒化ケイ素を85質量%以上含有したものである。酸化アルミニウム焼結体は酸化アルミニウムを85質量%以上含有したものである。また、炭ケイ素焼結体は炭化ケイ素を85質量%以上含有したものである。それぞれ主成分と焼結助剤の合計を100質量部としたとき、バインダーの添加量を3~20質量部の範囲内とした。
【0043】
次に、造粒粉を2分割して70メッシュの篩により分級した。また、分割した残りの造粒粉を120メッシュの篩により分級した。70メッシュにより分級した造粒粉と120メッシュより分級した造粒粉を混合した造粒粉を得た。また、造粒粉を2分割せず、70メッシュにより分級した造粒粉を得た。
【0044】
次に、得られた造粒粉を用いてプレス成型を行った。プレス成型は、
図1に示す金型プレス成型装置の上下の金型を使った金型成形である。
【0045】
金型成形後に、等方圧成型を行った。等方圧成型はショア硬さHs30以上50以下の円盤状ゴム型を用いてゴム型内部にプレス成形体を設置して静水圧を掛けた。等方圧成型工程は、成型時の圧力よりも高い静水圧を掛けるが、最終静水圧の半分以下までの圧力を掛ける工程を一次昇圧、一次昇圧から最終の最終静水圧までの圧力を掛ける工程を二次昇圧とした。等方圧成型工程では、一次昇圧速度と二次昇圧速度を同じにしたものと、一次昇圧速度を二次昇圧速度よりも遅くしたものを使用した。
【0046】
次に、焼結工程を行った。窒化ケイ素は1700~1900℃、窒素雰囲気中、大気圧で加熱処理を行った。その後、1700~1900℃、不活性ガス中、圧力200MPaでHIP処理を行った。酸化アルミニウムは、1500~1700℃、大気雰囲気中、大気圧で加熱処理行った。その後、1500~1700℃、不活性ガス中、圧力200MPaでHIP処理を行った。炭化ケイ素は1900~2200℃で加熱処理を行った。その後、1900~2200℃、不活性ガス中、圧力200MPaでHIP処理を行った。
【0047】
この工程により、実施例に係るセラミックスボール用素材を作製した。また、比較例では、70メッシュにより分級した造粒粉だけを使用した。さらに、等方圧成型工程では、一次昇圧速度と二次昇圧速度を同じとした。実施例および比較例の製造条件を表1および表2に示す。
表1および表2では、焼結体の種類として、窒化ケイ素はSi3N4、酸化アルミニウムはAl2O3、炭化ケイ素はSiCと表記した。また、70メッシュと120メッシュの混合粉を70+120、70メッシュの造粒粉を70、と表記した。
【0048】
【0049】
【0050】
表1に示すように、実施例1~3、7~8は、研磨加工後に3/8インチ(9.525mm)となるセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5である。他方、比較例1、5~6は、研磨加工後に3/8インチ(9.525mm)となるセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5Pである。また、実施例4は7/8インチ(22.225mm)のセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5である。他方、比較例2は7/8インチ(22.225mm)のセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5Pである。実施例5は1-3/16インチ(30.165mm)のセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5である。他方、比較例3は1-3/16インチ(30.165mm)のセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5Pである。実施例6は、1-7/8インチ(47.625mm)のセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5である。他方、比較例4は、1-7/8インチ(47.625mm)のセラミックスボールのためのセラミックスボール用素材5Pである。なお、実施例1~8のセラミックスボール用素材5と、比較例1~6のセラミックスボール用素材5Pとは、いずれもベアリングボールとして使用できるものである。
【0051】
実施例1に係るセラミックスボール用素材5の帯状部端部7b1の表面粗さR1および帯状部中央部7b2の表面粗さR2と、比較例1に係るセラミックスボール用素材5Pの帯状部7Pの帯状部端部の表面粗さR1および帯状部中央部の表面粗さR2とについて、算術平均粗さ(Ra)、最大高さ粗さ(Rz)、十点平均粗さ(Rzjis)、粗さ曲線の最大山高さ(Rp)、粗さ曲線の最大谷深さ(Rv)を測定した。測定結果を表3に示す。また、実施例2~9に係るセラミックスボール用素材5の帯状部端部7b1の算術平均粗さR1および帯状部中央部7b2の算術平均粗さR2と、比較例2~7に係るセラミックスボール用素材5Pの帯状部7Pの帯状部端部の算術平均粗さR1および帯状部中央部の算術平均粗さR2とについて、算術平均粗さ(Ra)を測定した。測定結果を表4に示す。なお、それぞれの測定方法は前述した通りである。
【0052】
表3に示すように、実施例1は、表面粗さを算術平均粗さ(Ra)とする場合のR1/R2を示し、実施例1-2は、表面粗さを最大高さ粗さ(Rz)とする場合のR1/R2を示し、実施例1-3は、表面粗さを十点平均粗さ(Rzjis)とする場合のR1/R2を示し、実施例1-4は、表面粗さを粗さ曲線の最大山高さ(Rp)とする場合のR1/R2を示し、実施例1-5は、表面粗さを粗さ曲線の最大谷深さ(Rv)とする場合のR1/R2を示す。このように、表面粗さを、算術平均粗さ(Ra)、最大高さ粗さ(Rz)、十点平均粗さ(Rzjis)、粗さ曲線の最大山高さ(Rp)、粗さ曲線の最大谷深さ(Rv)のいずれにしようともR1/R2に大きな違いはなく、0.3以上で1.0未満である。
【0053】
他方、表4にあるように、実施例1~8は帯状部端部7b1の表面粗さR1と帯状部中央部7b2の表面粗さR2との比であるR1/R2が範囲内のものである。これに対して、比較例1~6は帯状部7Pの帯状部端部の表面粗さR1と帯状部中央部の表面粗さR2との比であるR1/R2が範囲外のものである。
【0054】
さらに、実施例1~8のセラミックスボール用素材5および比較例1~6のセラミックスボール用素材5Pを用いて、研磨効率について評価した。ボール加工研磨機を使用して各セラミックスボール用素材5,5Pを加工するための研磨条件を固定して帯状部分の加工状態を調べて評価した。加工条件は、上側定盤の無加圧(加圧無し)、下側定盤の回転である。そして、ダイヤモンドにグリセリンをルブリカントとして使用した研磨剤を供給して60分後から5分間隔で100個をサンプリングし目視にて帯状部7,7Pを外観検査して、帯状部7,7Pが確認できなくなるまでの時間を帯状部7,7Pの加工時間として示した。なお、同一サイズ、同一焼結体のセラミックスボールについては、上側定盤とのギャップ距離、下側回転の回転数、セラミックスボール用素材5,5Pの投入数量、研磨剤の供給量の条件を同一とした。
【0055】
【0056】
【0057】
表4から分かる通り、実施例1~8に係るセラミックスボール用素材5では帯状部7の加工性が向上した。これは、実施例1~8に係るセラミックスボール用素材5の加工時間を短縮できることを意味する。また、実施例1~8に係るセラミックスボール用素材5と、比較例1~6に係るセラミックスボール用素材5Pとで加工条件は同一であるが、セラミックスボール用素材5,5Pともに、加工時の帯状部の角部の欠け(損傷)は生じなかった。
【0058】
以上説明したように、セラミックスボール用素材5によれば、研磨加工時におけるセラミックス材料の欠けを抑制しつつ加工時間を短縮することができる。
【0059】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態はその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。