IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 旭硝子株式会社の特許一覧

特許76475811-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-10
(45)【発行日】2025-03-18
(54)【発明の名称】1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 17/25 20060101AFI20250311BHJP
   C07C 21/18 20060101ALI20250311BHJP
   C07C 17/389 20060101ALI20250311BHJP
   B01J 31/02 20060101ALI20250311BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20250311BHJP
【FI】
C07C17/25
C07C21/18
C07C17/389
B01J31/02 102Z
C07B61/00 300
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021567575
(86)(22)【出願日】2020-12-23
(86)【国際出願番号】 JP2020048272
(87)【国際公開番号】W WO2021132390
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2023-08-07
(31)【優先権主張番号】P 2019235660
(32)【優先日】2019-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【弁理士】
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(74)【代理人】
【識別番号】100148080
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 史生
(74)【代理人】
【識別番号】100149401
【弁理士】
【氏名又は名称】上西 浩史
(72)【発明者】
【氏名】岩瀬 卓也
(72)【発明者】
【氏名】藤森 厚史
(72)【発明者】
【氏名】藤本 敦司
(72)【発明者】
【氏名】河口 聡史
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/018412(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/203318(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/092780(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/203319(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
B01J
C07B
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相間移動触媒、比誘電率が30以上の有機溶媒、および、塩基の存在下において、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを脱フッ化水素反応することを特徴とする、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法であって、
前記有機溶媒が、ジメチルスルホキシド、アセトニトリルおよびニトロメタンからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記相間移動触媒が、第4級アンモニウム塩であり、
液相反応で実施され、溶媒として水が用いられる、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項2】
前記有機溶媒の使用量に対する前記相間移動触媒の使用量の質量比が、0.020~0.20である、請求項1に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項3】
前記有機溶媒の使用量に対する前記相間移動触媒の使用量の質量比が、0.020~0.090である、請求項1または2に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項4】
前記水の使用量に対する前記有機溶媒の使用量の質量比が、0.01~0.50である、請求項1~3のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項5】
前記有機溶媒が、ジメチルスルホキシドおよびアセトニトリルの少なくとも一方である、請求項1~のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項6】
前記塩基が、水酸化カリウムおよび水酸化ナトリウムの少なくとも一方である、請求項1~のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項7】
前記脱フッ化水素反応における反応温度が40~90℃である、請求項1~のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項8】
塩基を含む水相と、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを含む有機相との界面で前記脱フッ化水素反応を進行させる、請求項1~のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項9】
前記塩基が塩基溶液の形態で使用され、前記塩基溶液における溶媒の使用量は、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの使用量(100質量部)に対して、98~300質量部であり、
前記相間移動触媒の使用量は、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの使用量(100質量部)に対して、0.1~3質量部であり、
前記有機溶媒の使用量は、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの使用量(100質量部)に対して、1~30質量部である、請求項1~のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項10】
請求項1~のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法にて製造された前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンおよび前記有機溶媒を含む反応液から前記有機溶媒を回収し、回収した前記有機溶媒、相間移動触媒、および、塩基の存在下において、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを脱フッ化水素反応することを特徴とする、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の製造方法により1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンを含む反応液を得、前記反応液から1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンを分離することを特徴とする1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項12】
前記前記反応液から1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンを分離する方法が、分離精製方法、水洗処理、固体吸着処理からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項11に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【請求項13】
前記固体吸着処理が、活性炭、ゼオライト、シリカ、アルミナから選ばれる少なくとも1種で行われる、請求項12に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペン(CHCl=CF-CHF。HCFO-1233yd。以下、1233ydとも記す。)は、3,3-ジクロロ-1,1,1,2,2-ペンタフルオロプロパン(CF-CF-CHCl。以下、HCFC-225caとも記す。)や1,3-ジクロロ-1,1,2,2,3-ペンタフルオロプロパン(CClF-CF-CClFH。以下、HCFC-225cbとも記す。)に代わる地球温暖化係数(GWP)の小さい新しい洗浄剤、冷媒、発泡剤、溶剤、およびエアゾール用途に用いられる化合物である。
特許文献1には、1233ydの製造方法として、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパン(CHF-CF-CHCl。HCFC-244ca。以下、244caとも記す。)を、塩基の存在下に脱フッ化水素反応する方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-164152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、1233ydの収率向上の点から、1233ydの原料である244caの転化率の向上が求められている。
本発明者らが、特許文献1に記載の方法で1233ydを製造したところ、244caの転化率は高くなるものの、副生成物である1-クロロ-3,3-ジフルオロプロピン(以下、単にプロピンとも記す。)の生成量を十分に低減できないという課題があることを見出した。
【0005】
本発明は、プロピンの生成量を低減でき、原料である244caの転化率に優れる1233ydの製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討した結果、相間移動触媒、比誘電率が30以上の有機溶媒、および、塩基の存在下において、244caの脱フッ化水素反応を行えば、所望の効果が得られることを見出し、本発明に至った。
【0007】
すなわち、本発明者らは、以下の構成により上記課題が解決できることを見出した。
[1] 相間移動触媒、比誘電率が30以上の有機溶媒、および、塩基の存在下において、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを脱フッ化水素反応することを特徴とする、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[2] 前記有機溶媒の使用量に対する前記相間移動触媒の使用量の質量比が、0.020~0.20である、[1]に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[3] 前記有機溶媒の使用量に対する前記相間移動触媒の使用量の質量比が、0.020~0.090である、[1]または[2]に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[4] 前記脱フッ化水素反応がさらに水の存在下で実施され、
前記水の使用量に対する前記有機溶媒の使用量の質量比が、0.01~0.50である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[5] 前記有機溶媒が、ジメチルスルホキシド、アセトニトリルおよびニトロメタンからなる群から選択される少なくとも1種である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[6] 前記有機溶媒が、ジメチルスルホキシドおよびアセトニトリルの少なくとも一方である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[7] 前記相間移動触媒が、第4級アンモニウム塩である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[8] 前記塩基が、水酸化カリウムおよび水酸化ナトリウムの少なくとも一方である、[1]~[7]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[9] 前記脱フッ化水素反応における反応温度が40~90℃である、[1]~[8]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[10] 液相反応で実施され、溶媒として水が用いられる、[1]~[9]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[11] 前記脱フッ化水素反応がさらに水の存在下で実施され、塩基を含む水相と、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを含む有機相との界面で前記脱フッ化水素反応を進行させる、[1]~[10]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[12] 前記塩基が塩基溶液の形態で使用され、前記塩基溶液における溶媒の使用量は、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの使用量(100質量部)に対して、98~300質量部であり、
前記相間移動触媒の使用量は、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの使用量(100質量部)に対して、0.1~3質量部であり、
前記有機溶媒の使用量は、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの使用量(100質量部)に対して、1~30質量部である、[1]~[11]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[13] [1]~[12]のいずれか1項に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法にて製造された前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンおよび前記有機溶媒を含む反応液から前記有機溶媒を回収し、回収した前記有機溶媒、相間移動触媒、および、塩基の存在下において、3-クロロ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを脱フッ化水素反応することを特徴とする、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[14] [1]~[13]のいずれか1項に記載の製造方法により1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンを含む反応液を得、前記反応液から1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンを分離することを特徴とする1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[15] 前記前記反応液から1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンを分離する方法が、分離精製方法、水洗処理、固体吸着処理からなる群から選ばれる少なくとも1種である、[14]に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
[16] 前記固体吸着処理が、活性炭、ゼオライト、シリカ、アルミナから選ばれる少なくとも1種で行われる、[15]に記載の1-クロロ-2,3,3-トリフルオロプロペンの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、プロピンの生成量を低減でき、原料である244caの転化率に優れる1233ydの製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明における用語の意味は以下の通りである。
「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
本明細書において、ハロゲン化炭化水素については、化合物名の後の括弧内にその化合物の略称を記すが、本明細書では必要に応じて化合物名に代えてその略称を用いる。
1233ydは二重結合上の置換基の位置により、幾何異性体であるZ体とE体が存在する。本明細書中では特に断らずに化合物名や化合物の略称を用いた場合には、Z体およびE体から選択される少なくとも1種を示し、化合物名や化合物の略称の後ろに(E)または(Z)を付した場合には、それぞれの化合物の(E)体または(Z)体であることを示す。例えば、HCFO-1233yd(Z)はZ体を示し、HCFO-1233yd(E)はE体を示す。
「Aの使用量」とは、1233ydの製造に使用するために反応器内に添加したAの全添加量を意味する。なお、「A」は反応に使用する成分であり、例えば、後述の244ca、相間移動触媒、比誘電率が30以上の有機溶媒、塩基、溶媒等が挙げられる。
【0010】
[1233ydの製造方法]
本発明の1233ydの製造方法は、相間移動触媒、比誘電率が30以上の有機溶媒(以下、特定有機溶媒とも記す。)、および、塩基の存在下において、244caを脱フッ化水素反応することを特徴とする。
本発明の製造方法における244caの脱フッ化水素反応は、以下の式1で示される反応である。
【0011】
【化1】
【0012】
本発明の製造方法によれば、プロピンの生成量を低減でき、原料である244caの転化率に優れる。この理由の詳細は明らかになっていないが、以下の理由によるものと推測される。
244caを用いた1233ydの製造において、プロピン(例えば、1-クロロ-3,3-ジフルオロプロピン)は、目的生成物である1233ydが脱フッ化水素した場合に生成する。本発明者らは、相間移動触媒および特定有機溶媒を併用することで、244caの反応速度が向上して、反応時間を短くでき、生成した1233ydが反応系中に存在する期間が短くなった結果、1233ydの脱フッ化水素反応を抑制できたと推測している。
また、相間移動触媒および特定有機溶媒を併用することで、244caの脱フッ化水素反応が促進されて、244caの転化率が向上したと推測される。
以下の説明において、244caの転化率が優れること、および、プロピンの生成量を低減できることを、本発明の効果が優れるともいう。
【0013】
<244ca>
244caは、含フッ素化合物の製造原料または中間体として知られる化合物である。
244caは、例えば、下記の式2に示されるとおり、2,2,3,3-テトラフルオロプロパノール(TFPO)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)の存在下、塩化チオニル(SOCl)によって塩素化する方法により製造可能である。この方法は、液相中または気相中で行うことができる。
【0014】
【化2】
【0015】
式2の反応において、反応器は、ガラスフラスコ、SUS製オートクレーブ、およびガラスライニング反応器等の、一般的な反応器を使用できる。ガラスフラスコを用いる場合、ラシヒリングを充填したガラス蒸留塔を設置し、244caの生成と分離を同時に行うのが好ましい。
【0016】
TFPOの1モルに対するDMFの投入量は0.001~0.2モル、塩化チオニルの投入量は0.5~1.5モル程度が好ましい。DMFは触媒的に作用して反応を進行させる作用を有する。式2の反応は等モルで定量的に反応が進行するので、どちらかが過剰である必要はない。
【0017】
TFPOの1モルに対する塩化チオニルの添加速度が速すぎると、塩化水素の生成速度が上がり、生成物が塩化水素に同伴して系外へ排出されロスとなる可能性がある。したがって、反応進行による温度変動が30℃以内となるような速度で塩化チオニルを滴下することが好ましい。なお、水が存在する場合、塩化チオニルは水と反応して加水分解され、SOとHClに分解する。さらに3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンも加水分解し、TFPOとSOとHClに分解する。これらを防ぐために、反応器内の雰囲気は乾燥窒素ガスにて置換することが好ましい。
【0018】
式2の反応においては、塩化チオニルの添加により、TFPOと塩化チオニルが反応し、3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンが生成する。3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンは加熱されると、脱二酸化硫黄反応を起こし、244caが生成する。加熱時の温度は70~150℃が好ましく、90~130℃が特に好ましい。昇温速度は任意であるが、生成した二酸化硫黄の処理が不十分となることや、生成した244caの回収が不十分となることを避けるために、1~2℃/分程度のゆっくりとした速度で昇温して、生成速度を調整することが望ましい。
【0019】
3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの加熱において、昇温速度の調整が難しい場合には、例えば、3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを溶媒中で加熱する方法(液相反応)を採用するのが好ましい。溶媒は3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパン分解反応の反応温度より沸点が高く、式2で示される反応に関与する化合物と反応しにくい溶媒であって、非プロトン性溶媒を用いることが好ましい。具体例には、ジメチルスルホキシド、DMF等が挙げられる。溶媒の使用量は3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの1モルに対して、0.5~3モルが好ましい。
【0020】
3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンの脱二酸化硫黄反応には、上記と同様の反応器を準備し、液相反応で実施するのが好ましい。すなわち、反応器中に溶媒を添加して脱二酸化硫黄反応する温度まで加熱したところに、3-クロロスルフィニルオキシ-1,1,2,2-テトラフルオロプロパンを滴下することによって244caを製造する。脱二酸化硫黄反応の反応温度は70~150℃が好ましく、90~130℃が特に好ましい。反応器内の雰囲気は乾燥窒素ガスにて置換することが好ましい。
【0021】
式2の反応を経て生成する244caの粗生成物は、通常はガス状である。この粗生成物を水洗などの方法で、塩酸および二酸化硫黄を除去する処理を行い、塩化カルシウムやモレキュラーシーブなどの乾燥剤により乾燥して不純物を除き、244caを含む組成物をコールドトラップなどの方法で回収することができる。得られた244caを含む組成物は、そのまま、または、これをさらに精製して、例えば、純度が99.5質量%以上の244caの組成物として、本発明の製造方法に用いることができる。
【0022】
本発明の製造方法に用いる244caとしては、純度100%の244ca以外に、精製工程を経た高純度の244caの組成物を用いてよく、244caと244ca以外の成分(例えば、不純物等)を含む組成物を用いてもよい。ただし、後者の組成物を用いる場合においては、不純物が本発明の反応に活性な不純物である場合には、予め除去しておくのが好ましい。例えば、式2の方法で244caを製造する場合、生成する244caとともにTFPOが残留すると、本発明の生成物である1233ydと反応する場合があるため、本発明の方法に用いる場合には、生成物中からTFPOをできるだけ除くのが好ましい。
【0023】
本発明の製造方法では、上記以外の製造方法で得られた244caを用いてもよい。
244caの他の製造方法の具体例としては、CrおよびAlから選ばれる少なくとも1種を有する化合物を含む触媒の存在下、1,1,2,2,3-ペンタフルオロプロパン(以下、245caとも記す。)と炭素数1または2の含塩素化合物(好ましくは、四塩化炭素、クロロホルム、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、または、テトラクロロエチレン)とを反応させる方法、および、触媒(好ましくは、金属触媒)の存在下、1,1,2,2,3-ペンタフルオロプロパン(245ca)と塩化水素とを反応させる方法が挙げられる。
【0024】
<塩基>
塩基は、脱フッ化水素反応が実行可能な塩基であれば特に限定されない。
塩基は、入手性、反応時間および反応収率の点から、金属水酸化物、金属酸化物および金属炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1種の塩基を含むのが好ましい。塩基は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0025】
金属水酸化物としては、アルカリ土類金属水酸化物、アルカリ金属水酸化物等が挙げられる。アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムが挙げられる。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが挙げられる。
【0026】
金属酸化物を構成する金属の具体例としては、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、遷移金属元素、周期表における第12族金属元素、第13族金属元素が挙げられる。中でも、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、周期表における第6族金属元素、第8族金属元素、第10族金属元素、第12族金属元素、第13族金属元素が好ましく、ナトリウム、カルシウム、クロム、鉄、亜鉛、アルミニウムが特に好ましい。
金属酸化物は、1種の金属を含む酸化物であってもよく、2種以上の金属の複合酸化物であってもよい。
金属酸化物としては、反応時間および反応収率の点から、酸化ナトリウム、酸化カルシウム、酸化クロム(クロミア)、酸化アルミニウム(アルミナ)、酸化亜鉛が好ましく、アルミナおよびクロミアが特に好ましい。
【0027】
金属炭酸塩としては、アルカリ土類金属炭酸塩、アルカリ金属炭酸塩等が挙げられる。アルカリ土類金属炭酸塩の具体例としては、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウム等の金属の炭酸塩が挙げられる。アルカリ金属炭酸塩の具体例としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウム等の金属の炭酸塩が挙げられる。
【0028】
中でも、塩基は、反応時間および反応収率の点から、金属水酸化物が好ましく、水酸化カリウムおよび水酸化ナトリウムの少なくとも一方が特に好ましい。金属水酸化物は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
本発明の製造方法において、塩基は、塩基を溶媒に溶解させた溶液状態で使用するのが好ましい。
上記溶媒としては、所定量の塩基を溶解でき、かつ、脱フッ化水素反応に寄与しない溶媒であれば特に制限されない。溶媒としては、アルカリ金属水酸化物を十分に溶解でき、溶媒由来の副反応がない等の観点から水が好ましい。
塩基は、塩基濃度を高くできるという観点で、水1Lに1g以上溶解する化合物であるのが好ましく、100g以上溶解する化合物であるのがより好ましく、200g以上溶解する化合物であるのが特に好ましい。
以下の説明において、塩基を溶媒に溶解させた溶液を「塩基溶液」と記し、溶媒が水である場合には「塩基水溶液」と記す。
【0030】
<相間移動触媒>
相間移動触媒としては、第4級アンモニウム塩、第4級ホスホニウム塩、第4級アルソニウム塩、スルホニウム塩、クラウンエーテル等が挙げられ、本発明の効果がより優れる点から、第4級アンモニウム塩が好ましい。
相間移動触媒は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0031】
第4級アンモニウム塩としては、下式iで表される化合物が挙げられる。
【0032】
【化3】
【0033】
式i中、R11~R14はそれぞれ独立に、1価の炭化水素基、または、反応に不活性な官能基が結合した1価の炭化水素基を表し、Y1-は、陰イオンを表す。
【0034】
11~R14における炭化水素基としては、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、シクロアルケニル基、アリール基が挙げられ、アルキル基、アリール基が好ましい。
11~R14の炭素原子数は、4~100が好ましい。R11~R14は、互いに同一でも異なっていてもよい。
11~R14が、反応に不活性な官能基が結合した1価の炭化水素基である場合の官能基は、反応条件に応じて適宜選択されるが、ハロゲン原子、アルコキシカルボニル基、アシルオキシ基、ニトリル基、アシル基、カルボキシ基、アルコキシ基等が挙げられる。
【0035】
11121314の具体例としては、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラ-n-プロピルアンモニウム、テトラ-n-ブチルアンモニウム、メチルトリ-n-オクチルアンモニウム、セチルトリメチルアンモニウム、ベンジルトリメチルアンモニウム、ベンジルトリエチルアンモニウム、セチルベンジルジメチルアンモニウム、セチルピリジニウム、n-ドデシルピリジニウム、フェニルトリメチルアンモニウム、フェニルトリエチルアンモニウム、N-ベンジルピコリニウム、ペンタメトニウム、ヘキサメトニウムが挙げられる。
【0036】
1-の具体例としては、塩素イオン、フッ素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、過塩素酸イオン、硫酸水素イオン、水酸化物イオン、酢酸イオン、安息香酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、p-トルエンスルホン酸イオンが挙げられ、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、硫酸水素イオン、水酸化物イオンが好ましい。
【0037】
式iで表される化合物としては、汎用性および反応性の観点から、下記R11121314と、下記Y1-との組合せが好ましい。
11121314:テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラ-n-プロピルアンモニウム、テトラ-n-ブチルアンモニウム、メチルトリ-n-オクチルアンモニウム。
1-:フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、水酸化物イオン。
【0038】
4級アンモニウム塩としては、本発明の効果がより優れる点から、テトラ-n-ブチルアンモニウムクロリド(TBAC)、テトラ-n-ブチルアンモニウムブロミド(TBAB)、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムクロリド(TOMAC)が好ましい。
【0039】
第4級ホスホニウム塩としては、下式iiで表される化合物が挙げられる。
【0040】
【化4】
【0041】
式ii中、R21~R24はそれぞれ独立に、1価の炭化水素基を表し、Y2-は、陰イオンを表す。
【0042】
21~R24における炭化水素基としては、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、シクロアルケニル基、アリール基等が挙げられ、アルキル基、アリール基が好ましい。
【0043】
第4級ホスホニウム(R21222324)の具体例としては、テトラエチルホスホニウム、テトラ-n-ブチルホスホニウム、エチルトリ-n-オクチルホスホニウム、セチルトリエチルホスホニウム、セチルトリ-n-ブチルホスホニウム、n-ブチルトリフェニルホスホニウム、n-アミルトリフェニルホスホニウム、メチルトリフェニルホスホニウム、ベンジルトリフェニルホスホニウム、テトラフェニルホスホニウムが挙げられる。
【0044】
式iiにおけるY2-の具体例としては、塩素イオン、フッ素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、過塩素酸イオン、硫酸水素イオン、水酸化物イオン、酢酸イオン、安息香酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、p-トルエンスルホン酸イオンなどが挙げられ、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオンが好ましい。
【0045】
第4級アルソニウム塩としては、下式iiiで表される化合物が挙げられる。
【0046】
【化5】
【0047】
式iii中、R31~R34はそれぞれ独立に、1価の炭化水素基を表し、Y3-は、陰イオンを表す。
【0048】
31~R34における炭化水素基の具体例としては、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、シクロアルケニル基、アリール基が挙げられ、アルキル基、アリール基が挙げられる。
【0049】
式iiiにおけるY3-は、ハロゲンイオンが好ましく、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオンが特に好ましい。
【0050】
第4級アルソニウム塩の具体例としては、トリフェニルメチルアルソニウムフロライド、テトラフェニルアルソニウムフロライド、トリフェニルメチルアルソニウムクロライド、テトラフェニルアルソニウムクロライド、テトラフェニルアルソニウムブロマイドが挙げられ、トリフェニルメチルアルソニウムクロライドが好ましい。
【0051】
スルホニウム塩としては、下式ivで表される化合物が挙げられる。
【0052】
【化6】
【0053】
式iv中、R41~R43はそれぞれ独立に、1価の炭化水素基を表し、Y4-は、陰イオンを表す。
【0054】
41~R43における炭化水素基としては、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、シクロアルケニル基、アリール基等が挙げられ、アルキル基、アリール基が好ましい。
【0055】
式ivにおけるY4-としては、ハロゲンイオンが好ましく、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオンが特に好ましい。
【0056】
スルホニウム塩の具体例としては、ジ-n-ブチルメチルスルホニウムアイオダイド、トリ-n-ブチルスルホニウムテトラフルオロボレート、ジヘキシルメチルスルホニウムアイオダイド、ジシクロヘキシルメチルスルホニウムアイオダイド、ドデシルメチルエチルスルホニウムクロライド、トリス(ジエチルアミノ)スルホニウムジフルオロトリメチルシリケートが挙げられ、ドデシルメチルエチルスルホニウムクロライドが好ましい。
【0057】
クラウンエーテルの具体例としては、18-クラウン-6、ジベンゾ-18-クラウン-6、ジシクロヘキシル-18-クラウン-6が挙げられる。
【0058】
<特定有機溶媒>
特定有機溶媒は、比誘電率が30以上の有機溶媒である。
特定有機溶媒の比誘電率は、30以上であり、本発明の効果がより優れる点から、37以上が好ましく、40以上が特に好ましく、また、120以下が好ましく、60以下が特に好ましい。
特定有機溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)(47.2)、アセトニトリル(36.6)、ニトロメタン(37.3)、ニトロベンゼン(35.6)、メタノール(33.0)等が挙げられ、反応収率および244caの反応速度がより向上する点から、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、ニトロメタンが好ましく、ジメチルスルホキシド、アセトニトリルが特に好ましい。特定有機溶媒は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
特定有機溶媒の比誘電率は、化学便覧 基礎編改訂5版 日本化学会編 I-770~777により、数値の確認が可能である。
【0059】
<製造工程>
本発明の製造方法では、塩基、相間移動触媒および特定有機溶媒の存在下において、244caと塩基とが反応して、244caの脱フッ化水素反応が起こることによって、1233ydが生成する。
【0060】
本発明の製造方法は、固相反応で実施してもよいし、液相反応で実施してもよいが、反応速度、1233ydの収率および選択率がより優れる点から、液相反応で実施するのが好ましい。
ここで、固相反応としては、固体状態の塩基と、気体状態の244caとを接触させる方法が挙げられる。また、液相反応としては、塩基溶液(好ましくは塩基水溶液)に含まれる塩基と、液体状態の244caとを接触させる方法が挙げられる。
【0061】
本発明の製造方法は、バッチ式で実施されても、半連続式または連続流通式で実施されてもよい。反応時間は、各様式により適宜調整できる。
【0062】
本発明の製造方法の一例を説明する。
まず、反応器内に、塩基、相間移動触媒、特定有機溶媒および244caを導入して、反応器内で各成分を混合する。これにより、反応器内で244caの脱フッ化水素反応が進行して、1233ydおよび特定有機溶媒等を含む反応液が得られる。
液相反応で行う場合、脱フッ化水素反応は、本発明の効果がより発揮される点から、溶媒として水を用いるのが好ましい。溶媒は、上述した塩基溶液(好ましくは、塩基水溶液)の状態で反応器内に導入できる。
このように水を用いた場合、244caの脱フッ化水素反応は、塩基を含む水相と、244caを含む有機相との界面で進行する。そのため、塩基と244caとが良好に接触するように、攪拌手段(例えば、スタティックミキサー等)によって各成分を混合するのが好ましい。
【0063】
次に、反応器から導出させた反応液に含まれる1233ydを回収する。具体的には、塩基水溶液を用いた場合、反応終了後に反応液を静置して、反応液を有機相と水相とに分離させた後、有機相に含まれる1233ydを蒸留等による分離精製方法によって回収する。
本発明の製造方法によれば、1-クロロ-3,3-ジフルオロプロピンの選択率を0.2%以下にできるので、有機相に含まれる1233ydの分離精製が容易になる。
ここで、有機相は、特定有機溶媒および1233ydを含み、未反応の244ca、1-クロロ-3,3-ジフルオロプロピン等の副生成物が含まれる場合がある。生成物中に244caを含む場合は、244caと1233yd(Z)の沸点が近いことから、精度の高い蒸留を実施するのが好ましい。また、1233yd(Z)、1233yd(E)の純度を高くするために1233ydのE体とZ体の分離を蒸留等の分離精製方法で実施してもよい。
なお、水相は、水を含み、特定有機溶媒、溶媒、1233yd等が含まれる場合がある。
【0064】
なお、特定有機溶媒は、その一部が分解し、分解物が有機相または水相に含まれうる。有機相に含まれる分解物は、蒸留等による分離精製方法や水で洗浄する水洗処理、固体吸着剤と接触させる固体吸着処理、またはこれらの組み合わせにより1233ydとの分離が可能である。固体吸着剤としては、活性炭、ゼオライト、シリカ、アルミナ等が挙げられる。固体吸着剤は、2種以上併用してもよい。
【0065】
なお、特定有機溶媒としてDMSOを用いた場合、DMSOの一部が分解し、ジメチルスルフィドとして有機相または水相に含まれうる。有機相に含まれるジメチルスルフィドは、蒸留等による分離精製方法や水で洗浄する水洗処理、固体吸着剤と接触させる固体吸着処理、またはこれらの組み合わせにより1233ydとの分離が可能である。固体吸着剤としては、活性炭、ゼオライト、シリカ、アルミナ等が挙げられる。固体吸着剤は、2種以上併用してもよい。ジメチルスルフィドに対して、高い吸着性を有するため、活性炭の使用が好ましい。
分離操作後、ジメチルスルフィドの含有量は、1233ydを含む組成物の全量に対して、0.1~10質量ppmが好ましく、0.3~5質量ppmがより好ましく、0.5~3質量ppmがさらに好ましい。下限値以上であれば、製造コストの面で有利であり、溶剤特有の臭いを低減できる。上限値以下であれば、ジメチルスルフィドによる刺激臭を低減できる。
【0066】
本発明の製造方法によれば、反応液の二層分離性にも優れる。この理由の詳細は明らかになっていないが、特定有機溶媒の作用によるものと推測される。
反応液の二層分離性に優れていると、1233ydの回収が容易になる場合や、各成分の再利用が容易になる、工程時間を短縮できる等の利点がある。
【0067】
本発明の製造方法により得られる1233ydを上記のように分離精製して回収することで、1233ydを高純度に含有する精製1233ydが得られる。精製1233ydに、HCl等の酸分や水、酸素が含まれると、その使用に際して設備が腐食したり、1233ydの安定性が低下するなどのおそれがある。したがって、酸分、つまり塩素イオンおよびフッ素イオンの含有量は、精製1233ydの全量に対して、好ましくは10質量ppm未満、より好ましくは1質量ppm未満、最も好ましくは0.1質量ppm未満である。また、精製1233ydにおける水分濃度は2000質量ppmが好ましく、1500質量ppm未満がより好ましく、1000質量ppmがさらに好ましく、最も好ましくは100質量ppm未満である。精製1233ydにおける酸素濃度は1000質量ppm以下が好ましく、500質量ppm以下が特に好ましい。上記範囲外では、1233ydの分解が起きたり、脱脂洗浄性能が阻害されたりする可能性がある。
【0068】
反応器の材質は、本発明の製造方法に使用する成分、および、反応後に得られる反応液に含まれる成分に不活性であり、耐蝕性の材質であれば特に制限されない。
反応器の材質の具体例としては、ガラス、鉄、ニッケル、および鉄等を主成分とするステンレス鋼等の合金が挙げられる。
【0069】
脱フッ化水素反応における反応温度は、40~90℃が好ましく、本発明の効果がより優れる点、および、反応速度がより向上する点から、45℃以上がより好ましく、55℃以上がさらに好ましく、60℃以上が特に好ましく、本発明の効果がより優れる点、および、1233ydの選択率がより向上する点から、80℃以下がより好ましく、75℃以下がさらに好ましく、70℃以下が特に好ましい。
【0070】
本発明の製造方法によって得られる1233ydは、E体であってもZ体であってもよく、これらの混合物であってもよい。ここで、244caの沸点は53℃、1233yd(Z)の沸点は54℃、であり、1233yd(E)の沸点は47~48℃である。
本発明の製造方法によって得られる1233ydの用途の具体例としては、洗浄剤、冷媒、発泡剤、溶剤、エアゾールが挙げられる。
【0071】
上述した反応液の有機相に含まれる特定有機溶媒を回収して、本発明の製造方法に使用する特定有機溶媒として再利用することができる。本発明の製造方法によれば、反応液の二層分離性に優れるので、特定有機溶媒の回収効率に優れる。
具体的には、上記のようにして得られた1233ydおよび特定有機溶媒を含む反応液から特定有機溶媒を回収し、回収した特定有機溶媒、相間移動触媒、および、塩基の存在下において、244caの脱フッ化水素反応を実施して、1233ydを製造する方法が挙げられる。
反応液から特定有機溶媒を回収する方法の具体例としては、反応液に含まれる有機相を分離精製する方法(例えば、蒸留)が挙げられる。
【0072】
また、未反応の244caが残っている場合、蒸留によって244caを濃縮し、本発明の製造方法における原料として再利用することも可能である。
【0073】
<使用量および含有比>
塩基の使用量は、244caの1モルに対して、0.8~3.0モルが好ましく、1.0~2.5モルがより好ましく、1.2~2.0モルが特に好ましい。下限値以上であれば、1233ydの収率および選択率がより優れ、上限値以下であれば、反応の容積効率に優れる。
塩基が上述した塩基溶液(好ましくは塩基水溶液)の形態で使用される場合、塩基溶液中の塩基の濃度は、20~55質量%が好ましく、30~48質量%がより好ましく、38~44質量%が特に好ましい。下限値以上であれば、反応速度がより向上でき、上限値以下であれば、プロピンの生成をより低減でき、1233ydの選択率をより向上できる。
塩基が上述した塩基溶液(好ましくは塩基水溶液)の形態で使用される場合、溶媒(好ましくは、水)の使用量は、244caの使用量(100質量部)に対して、98~300質量部が好ましく、103~200質量部が特に好ましい。水の使用量が上記範囲内にあれば、反応液の二層分離性がより優れる。
【0074】
相間移動触媒の使用量は、244caの使用量(100質量部)に対して、0.1~3質量部が好ましく、0.1~2質量部がより好ましく、0.5~1.5質量部がさらに好ましい。下限値以上であれば、244caの転化率および1233ydの収率がより向上する。上限値以下であれば、二層分離性に優れ、コスト面でも有利となる。
特定有機溶媒の使用量は、244caの使用量(100質量部)に対して、1~30質量部が好ましく、5~25質量部がより好ましく、10~20質量部が特に好ましい。下限値以上であれば、プロピンの生成をより低減でき、また、反応速度および反応液の二層分離性がより優れる。上限値以下であれば、二層分離性および反応の容積効率に優れ、コスト面でも有利となる。
【0075】
特定有機溶媒の使用量に対する、相間移動触媒の使用量の質量比(相間移動触媒/特定有機溶媒)は、0.020~0.20が好ましく、0.020~0.090がより好ましく、0.040~0.070がさらに好ましい。下限値以上であれば、効率よく反応を進行させることができる。上限値以下であれば、反応液の二層分離性がより優れ、また、プロピンの生成を低減できる。
塩基が上述した塩基溶液(好ましくは塩基水溶液)の形態で使用される場合、溶媒(好ましくは、水)の使用量に対する、特定有機溶媒の使用量の質量比(特定有機溶媒の使用量/溶媒の使用量)は、0.01~0.50が好ましく、0.05~0.30がより好ましく、0.08~0.16が特に好ましい。下限値以上であれば、プロピンの生成をより低減でき、また、効率よく反応を進行させることができる。上限値以下であれば、反応液の二層分離性がより優れる。
【実施例
【0076】
以下、例を挙げて本発明を詳細に説明する。例1-1~1-3および例2-1~2-8は実施例であり、例1-4および例2-9は比較例である。ただし本発明はこれらの例に限定されない。
【0077】
[ガスクロマトグラフィーの条件]
以下の各種化合物の製造において、得られた反応物の組成分析はガスクロマトグラフィー(GC)を用いて行った。カラムはDB-1301(長さ60m×内径250μm×厚み1μm、アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いた。
【0078】
[転化率、選択率、収率]
上記GCの測定結果に基づいて、転化率、選択率および収率を算出した。
転化率は、反応に使用した原料(特に記載しない限り、244ca)のモル量に対する、反応で消費された原料(244ca)のモル量の割合(単位:%)を示す。
選択率は、生成物の全量に対する、生成物(1233yd、または、1-クロロ-3,3-ジフルオロプロピン)の生成量(モル量)の割合(単位:%)をいう。
収率(%)は、反応で得られた有機相から回収量された生成物(1233yd)のモル量を、反応系中に導入した244caのモル量に対する割合(単位:%)で示した数値である。
【0079】
[反応速度定数]
反応速度定数は、各時間での244caの濃度から実験的に求められる転化率と、下記反応速度式から計算で求められる転化率の差が最小になるよう最小二乗法により算出した。
反応速度式:-d[244ca]/dt=k[244ca][KOH]
式中、kは速度定数、tは時間、[244ca]は244caの濃度、[KOH]はKOHの濃度を表す。
【0080】
[二層分離性の評価]
二層分離性は、1233ydを得るための反応終了後において、有機相および水相を含む反応液を1時間静置した後、反応液を目視に観察して、以下の基準によって二層分離性を評価した。
○:有機相と水相の界面が明瞭である。
△:有機相と水相の界面にわずかなエマルジョンや固形の浮遊物が観測される。
×:溶液の大部分、もしくは全体がエマルジョンとなっている
【0081】
[244caの製造]
244caを以下の方法によって製造した。以下の方法は、上記式2に示すようにTFPOを塩化チオニルによって塩素化して244caを得る方法である。
【0082】
<244caの合成>
攪拌機、ジムロート、冷却器、ラシヒリングを充填したガラス蒸留塔(段数測定値5段)を設置した2リットル四つ口フラスコにTFPOの1204g(9.12モル)およびN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)の12g(0.17モル)を加えた。塩化チオニルの1078g(0.12モル)を滴下し、室温で12時間攪拌した。その後、反応器を100℃に加熱し、還流タイマーにより還流時間/留出時間の比を5/1で反応蒸留を行った。留出した244caは20質量%水酸化カリウム水溶液で中和した。回収した244ca(純度100%)は、979g(6.50モル)であった。
【0083】
[例1-1]
攪拌機を有するオートクレーブに、上記のようにして得られた244caの52.9g、相間移動触媒であるテトラ-n-ブチルアンモニウムブロミド(TBAB)の0.529g、特定有機溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)の7.935g、30質量%水酸化カリウム(KOH)水溶液の131.3gを入れ、オートクレーブを70℃に加熱した。反応温度を70℃に維持し、攪拌を4時間(反応時間)続けた後、有機相および水相を含む反応液を得た。得られた反応液を用いて、上述の二層分離性の評価を実施した。
また、反応液から回収した有機相を水洗した後、ガスクロマトグラフィーを用いて分析し、転化率、選択率および収率を算出した。
【0084】
[例1-2~1-4、例2-1~2-9]
各成分の使用量および反応条件を下記の表1に記載の通りに変更した以外は、例1-1と同様にして、例1-2~1-4および例2-1~2-9における反応液および有機相を得た。得られた反応液および有機相を用いて、例1-1と同様の評価を実施した。
なお、表1中、MeCNはアセトニトリルを意味し、MeNOはニトロメタンを意味する。
【0085】
以上の評価結果を表1に示す。
なお、表1中、KOH濃度は、KOH水溶液中のKOHの濃度を意味する。KOH当量は、244caの1モルに対するKOHの使用量(モル)を意味する。また、水、TBABおよび特定有機溶媒の使用量はいずれも、244caの使用量(100質量部)に対する使用量(質量部)を意味する。また、A/Bは、特定有機溶媒の使用量に対するTBABの使用量の質量比を意味し、B/Cは、水の使用量に対する特定有機溶媒の使用量の質量比を意味する。
【0086】
【表1】
【0087】
表1に示す通り、相間移動触媒、比誘電率が30以上の有機溶媒、および、塩基の存在下において、244caの脱フッ化水素反応をして1233ydを製造した場合、プロピンの生成量を低減でき、原料である244caの転化率に優れることが確認された(例1-1~1-3および例2-1~2-8)。
【0088】
例2-4で製造した組成物(1233yd:99.9質量%、ジメチルスルフィド:14質量ppm)に、組成物に対して10質量%の活性炭(大阪ガスケミカル社製、カルボラフィン)を添加し、25℃で3日間浸漬した。
その後、ろ過により活性炭を除去し、組成物を回収した。ガスクロマトグラフィーを用いて回収した組成物を分析したところ、1233ydは99.9質量%、ジメチルスルフィドは2.6質量ppmであり、1233ydの回収率は90.1%であった。
【0089】
例2-2で製造した組成物(1233yd:99.9質量%、ジメチルスルフィド:184質量ppm)の蒸留を行い、留出液を回収した。
ガスクロマトグラフィーを用いて回収した留出液を分析したところ、1233ydは99.9質量%、ジメチルスルフィドは0.6質量ppmであり、1233ydの回収率は85.3%であった。
【0090】
なお、2019年12月26日に出願された日本特許出願2019-235660号の明細書、特許請求の範囲、図面及び要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。