(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】加工抵抗推定の適応化方法、加工抵抗推定の適応化プログラムおよび工作機械
(51)【国際特許分類】
G05B 19/18 20060101AFI20250318BHJP
B25J 19/02 20060101ALI20250318BHJP
G05B 13/02 20060101ALI20250318BHJP
【FI】
G05B19/18 W
B25J19/02
G05B13/02 P
G05B13/02 C
(21)【出願番号】P 2021042689
(22)【出願日】2021-03-16
【審査請求日】2024-03-05
(31)【優先権主張番号】P 2020145018
(32)【優先日】2020-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000146847
【氏名又は名称】DMG森精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134430
【氏名又は名称】加藤 卓士
(72)【発明者】
【氏名】藤本 博志
(72)【発明者】
【氏名】大野 航
(72)【発明者】
【氏名】寺田 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】伊佐岡 慶浩
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-033532(JP,A)
【文献】国際公開第2019/239594(WO,A1)
【文献】特開2015-143969(JP,A)
【文献】特開2010-123018(JP,A)
【文献】特開平03-282717(JP,A)
【文献】特開2021-047556(JP,A)
【文献】特開平09-006432(JP,A)
【文献】特開2014-174854(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 19/18 - 19/46
B23Q 15/00
B25J 19/02
G05B 13/00 -13/02
G05D 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具が装着された刃物台およびワークが保持されるワーク保持機構を備えた工作機械において、前記刃物台および前記ワーク保持機構の少なくともいずれか一方が、移動体として、ボールねじの回転駆動によって移動することにより、前記工具を用いて前記ワークを
切削する際の
切削力を推定する
切削力推定の適応化方法であって、
前記移動体の移動に関する運動方程式と、前記ボールねじのねじれトルクとを用いて、前記移動体の質量、前記移動体の駆動系における粘性摩擦係数、および前記移動体の駆動系におけるクーロン摩擦を求める第1推定ステップと、
前記第1推定ステップによって推定された前記移動体の質量、前記粘性摩擦係数、および前記クーロン摩擦に基づいて、前記
切削力を推定する第2推定ステップと、
を含む
切削力推定の適応化方法。
【請求項2】
前記第1推定ステップでは、最小二乗法を用いて前記移動体の質量、前記粘性摩擦係数、および前記クーロン摩擦を推定する請求項1に記載の
切削力推定の適応化方法。
【請求項3】
前記工具は切削用の工具であり、
前記第1推定ステップでは、さらに、前記工具による切削力の直流成分を推定する請求項1または2に記載の
切削力推定の適応化方法。
【請求項4】
前記第1推定ステップでは、カルマンフィルタを用いて前記移動体の質量、前記粘性摩擦係数、および前記クーロン摩擦を推定する請求項1に記載の
切削力推定の適応化方法。
【請求項5】
前記移動体の移動に関する運動方程式は、サンプル間差分を項とする運動方程式である請求項1~4のいずれか1項に記載の
切削力推定の適応化方法。
【請求項6】
前記第1推定ステップでは、前記移動体の速度の反転時と、非反転時とで、推定式を動的に切り替え、前記移動体の速度の反転がないときには、前記クーロン摩擦の推定を行わない請求項1~5のいずれか1項に記載の
切削力推定の適応化方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項の
切削力推定の適応化方法で推定した
切削力を、加工中に出力する出力部を備えた工作機械。
【請求項8】
前記出力部は、前記ワークの
切削加工中の前記
切削力の時系列値に基づいて、工具負荷、工具摩耗および工具折損の少なくともいずれか1つを導出して出力する請求項7に記載の工作機械。
【請求項9】
工具が装着された刃物台およびワークが保持されるワーク保持機構を備えた工作機械において、前記刃物台および前記ワーク保持機構の少なくともいずれか一方が、移動体として、ボールねじの回転駆動によって移動することにより、前記工具を用いて前記ワークを加工する際の
切削力を推定する
切削力推定の適応化プログラムであって、
前記移動体の移動に関する運動方程式と、前記ボールねじのねじれトルクとを用いて、前記移動体の質量、前記移動体の駆動系における粘性摩擦係数、および前記移動体の駆動系におけるクーロン摩擦を求める第1推定ステップと、
前記第1推定ステップによって推定された前記移動体の質量、前記粘性摩擦係数、および前記クーロン摩擦に基づいて、
切削力を推定する第2推定ステップと、
をコンピュータに実行させる
切削力推定の適応化プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工抵抗推定の適応化方法、加工抵抗推定の適応化プログラムおよび工作機械に関する。
【背景技術】
【0002】
上記技術分野において、特許文献1には、切削力オブザーバを利用して切削力を推定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Shota Yamada, Hiroshi Fujimoto, "Minimum-Variance Load-Side External Torque Estimation Robust Against Modeling and Measurement Errors", IEEJ Journal of Industry Applications, 2020, Volume 9, Issue 2, Pages 117-124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記文献に記載の技術では、リアルタイムに変動するパラメータに対応しておらず、加工抵抗を正確に推定することができなかった。
【0006】
本発明の目的は、上述の課題を解決する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明に係る方法は、
工具が装着された刃物台およびワークが保持されるワーク保持機構を備えた工作機械において、前記刃物台および前記ワーク保持機構の少なくともいずれか一方が、移動体として、ボールねじの回転駆動によって移動することにより、前記工具を用いて前記ワークを切削する際の切削力を推定する切削力推定の適応化方法であって、
前記移動体の移動に関する運動方程式と、前記ボールねじのねじれトルクとを用いて、前記移動体の質量、前記移動体の駆動系における粘性摩擦係数、および前記移動体の駆動系におけるクーロン摩擦を求める第1推定ステップと、
前記第1推定ステップによって推定された前記移動体の質量、前記粘性摩擦係数、および前記クーロン摩擦に基づいて、前記切削力を推定する第2推定ステップと、
を含む切削力推定の適応化方法である。
【0008】
上記目的を達成するため、本発明に係る工作機械は、上記の切削力推定の適応化方法で推定した切削力を、加工中に出力する出力部を備えた工作機械である。
【0009】
上記目的を達成するため、本発明に係るプログラムは、
工具が装着された刃物台およびワークが保持されるワーク保持機構を備えた工作機械において、前記刃物台および前記ワーク保持機構の少なくともいずれか一方が、移動体として、ボールねじの回転駆動によって移動することにより、前記工具を用いて前記ワークを加工する際の切削力を推定する切削力推定の適応化プログラムであって、
前記移動体の移動に関する運動方程式と、前記ボールねじのねじれトルクとを用いて、前記移動体の質量、前記移動体の駆動系における粘性摩擦係数、および前記移動体の駆動系におけるクーロン摩擦を求める第1推定ステップと、
前記第1推定ステップによって推定された前記移動体の質量、前記粘性摩擦係数、および前記クーロン摩擦に基づいて、切削力を推定する第2推定ステップと、
をコンピュータに実行させる切削力推定の適応化プログラムである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、加工抵抗を加工中に高精度に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る工作機械の構成を示すブロック図である。
【
図2】第2実施形態に係る工作機械の構成を示すブロック図である。
【
図3】第2実施形態に係る切削力オブザーバの処理の内容を説明するための図である。
【
図4】第2実施形態に係る切削力オブザーバの処理の内容を説明するための図である。
【
図5】第2実施形態に係る切削力オブザーバの効果を説明するための図である。
【
図6】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【
図7】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【
図8】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【
図9】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【
図10】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【
図11】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【
図12】第3実施形態に係る工作機械の制御を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、図面を参照して、本発明の実施の形態について例示的に詳しく説明する。ただし、以下の実施の形態に記載されている構成要素はあくまで例示であり、本発明の技術範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0013】
[第1実施形態]
本発明の第1実施形態としての工作機械100について、
図1を用いて説明する。工作機械100は、工具121を用いてワーク123を加工する際の加工抵抗を推定する。
【0014】
図1に示すように、工作機械100は、工具121が装着された刃物台122およびワーク123が保持されるワーク保持機構124を備え、さらに推定部101、102を含む。
【0015】
工作機械100において、刃物台122およびワーク保持機構124の少なくともいずれか一方が、移動体として、ボールねじ125の回転駆動によって移動する。
【0016】
推定部101は、移動体の移動に関する運動方程式111と、ボールねじのねじれトルク112とを用いて、移動体の質量113、移動体の駆動系における粘性摩擦係数114、および移動体の駆動系におけるクーロン摩擦115を求める。
【0017】
推定部102は、推定部101において推定された移動体の質量113、粘性摩擦係数114、クーロン摩擦115に基づいて、工具121を用いてワーク123を加工する際の加工抵抗116を推定する。
【0018】
以上の構成によれば、加工抵抗推定の適応化を実現し、加工中に高精度な、加工抵抗の推定が可能になる。
【0019】
[第2実施形態]
次に本発明の第2実施形態に係る工作機械について、
図2を用いて説明する。
図2は、本実施形態に係る工作機械200の構成を説明するための図である。
【0020】
図2において、工作機械200は、コントローラ201と、サーボアンプ202と、ステージ駆動部203と、工具主軸205と、切削工具206と出力部207とを備えている。
【0021】
コントローラ201は、サーボアンプ202を介して、ステージ駆動部203に対して位置制御を実行する。
【0022】
サーボアンプ202は、ステージ駆動部203を駆動するためのモータ231に対して、コントローラ201からの指令値に応じた電流Iaを流すことで、モータ231のトルクを制御する。
【0023】
ステージ駆動部203は、モータ231と、ボールねじ232と、ステージ233と、を備え、ボールねじ232を回転駆動させることにより、ステージ233に固定されたワーク204を指定した位置に移動させる。
【0024】
モータ231は、サーボアンプ202からの電流に応じたモータトルクを発することで、カップリングを介してボールねじ232のねじ軸を回転駆動する。ロータリエンコーダ234は、モータ231の回転角θMを検出し、サーボアンプ202を介してコントローラ201にフィードバックする。
【0025】
ボールねじ232は、モータ231から伝達された回転運動を直線運動に変換して、ステージ233をねじ軸に沿って移動させる。
【0026】
リニアエンコーダ235は、ステージ233の位置Xtを検出して、コントローラ201にフィードバックする。
【0027】
コントローラ201は、機能構成として位置制御部211と、外乱オブザーバ212と、切削力オブザーバ213とを含む。これらの機能構成は、ハードウェアとしてCPU(Central Processing Unit)がメモリから読みだした各種プログラムを実行することにより実現される。
【0028】
位置制御部211は、ワーク204が取付られたステージ233を移動させると同時に工具主軸205の位置を調整し、ワーク204を切削工具206により切削する。位置制御部211はモータ231の回転角θMを状態情報とし、ステージ233の位置Xtを出力情報として取得し、これらの状態情報および出力情報に基づいて、ステージ233を、所望の位置に移動させるべく、モータ231に与える電流Iaの指令値Iarefを出力する。外乱オブザーバ212は、電流Ia、モータ231の回転角θM、およびステージ233の位置Xtに基づいて外乱を推定し、外乱を補償してシステムのロバスト性を高めるための補償電流を導く。
【0029】
位置制御部211から出力された指令値Iarefに対して、外乱オブザーバ212により生成された補償電流が加算された値が、サーボアンプ202に提供される。
【0030】
ステージ233に積載されたワーク204が移動して切削工具206の刃に当接すると、切削工具206は切削力Fcutによりワーク204を切削する。切削力オブザーバ213は、この切削力Fcutを推定する。
【0031】
切削力オブザーバ213は、モータへ供給する電流Ia(入力情報)、ステージ233の位置Xt(出力情報)、およびモータ231の回転角θM(状態情報)を用いて、切削力Fcutを推定する。
【0032】
出力部207は、推定された加工抵抗を、加工中に出力する。出力部207は、ワーク204の加工中の加工抵抗の時系列値に基づいて、工具負荷、工具摩耗および工具折損の少なくともいずれか1つを導出して出力してもよい。
【0033】
図3は、切削力オブザーバ213が実行する切削力推定方法の概要を説明するため、ステージ駆動部203をモデル化した図である。
【0034】
図3では、回転系のモータ231と、その負荷たる直動系のステージ233(ワーク204が積載された状態)とを慣性とする、2慣性系モデルとして表現されている。そして、モータ231のモータトルクT
Mでの回転移動に対して摩擦トルクT
fric=(Ph/2π)θ
Mが存在し、かつ、ステージ233の移動に対して摩擦力F
fricが存在する。
【0035】
このような前提の下、モータ231の回転運動が、ボールねじ232において、質量MLの負荷が移動量xLだけ移動する。その際、ワーク204に対して切削工具206が切り込むことにより、切削力Fcutが生ずる。
【0036】
図4は、切削力オブザーバ213の詳細な機能的構成を示す機能ブロック図である。
図4において、F
cutは、切削力、F
CLは、クーロン摩擦、M
Lはステージ質量、B
Lは、ステージの粘性係数を示す。Phは、ボールねじのリード(1回転で生成する直線移動量)を表す。T
sは、ボールねじのねじれトルク、T
Mはモータトルクであり、電流I
aと換算係数(図示なし)の乗算により得られる。J
Mはモータのイナーシャ、B
Mはモータの粘性係数を示す。α
Mは、0以上1以下の所定の係数であり、2通りのねじれトルクの推定方法(モータ部での推定とボールネジ部での推定)の配合比(例えば誤差を最小化するもの)を示す。
【0037】
図4の切削力オブザーバ213は、非特許文献1に記載のロバストなねじりトルク推定を前提としている。ブロック401は、推定部として機能し、逐次最小二乗法(RLS)に基づくパラメータ決定アルゴリズムを実現するブロックである。ブロック401は、移動体の移動に関する運動方程式と、ボールねじのねじれトルクT
sとを用いて、移動体の質量M
L、移動体の駆動系における粘性摩擦係数B
L、および移動体の駆動系におけるクーロン摩擦F
CLを求める。
【0038】
ここで、本実施形態の運動方程式は以下の通りである。
【数1】
ブロック401は、ねじりトルクT
sが確実に得られるという前提のもと、ステージ質量M
L、粘性摩擦係数B
L、クーロン摩擦F
CL、および切削力の直流成分F
cut
DCを、RLSに基づくアルゴリズムを用いて、導き出す。
本実施形態を工作機械の被駆動ステージに適用するにあたり、未知パラメータJ
L,B
L,F
CLを上記運動方程式に基づいてRLS法に用いるリグレッションモデルを設計したいが、Fcutは本来未知である。そこで、切削力の周波数特性に注目してリグレッションモデルを設計する。切削力は直流成分と回転工具がワークに接触する際に生じる高周波成分で構成されているため、上記運動方程式のの両辺を帯域が低いLPF,Q
RLS(s)を用いてフィルタ処理することでFcutが推定区間Lにおいて一定値であると仮定できる。
【0039】
つまり、ブロック401は、RLSを利用することにより、ステージの変位xLと推定したねじりトルクTsから、ステージパラメータとしての、質量ML、粘性摩擦係数BL、クーロン摩擦FCLおよび切削力の直流成分Fcut
DCを推定する。
【0040】
RLSに基づくパラメータ決定アルゴリズムは、以下の数式で表される。
【数2】
ここで、x
Lの2回微分で得る加速度x"
LはイナーシャJ
Mに関連し、1回微分で得る速度x'は粘性摩擦係数B
Lに関連し、速度の符号であるsgn(x'
L)はクーロン摩擦F
CLに関連する。切削力の直流成分F
cut
DCはx
Lとは関連しない。
モデルパラメーターの推定アルゴリズムでは、Lサンプルの区間を対象とした逐次最小二乗法を示している。時間変動する入力yと状態量ベクトルφを用いて、逐次最小二乗法の推定区間において変動しないと仮定されるモデルパラメータベクトルθを推定するリグレッションモデルを採用する。
【0041】
ブロック401は、モデルパラメータとしての、質量ML、粘性摩擦係数BL、クーロン摩擦FCLを用いて、切削力オブザーバ213のステージ依存成分402,403を適応化(逐次更新)する。これにより、加工中、切削プロセスや気温変化などに応じて変わる環境条件のもとで、リアルタイムかつ高精度で切削力Fcutを推定できる。つまり、ブロック404が全体として、逐次推定された移動体の質量、粘性係数、クーロン摩擦に基づいて、工具を用いてワークを加工する際の加工抵抗を推定する推定部として機能する。
【0042】
ブロック401では、最小二乗法を用いて推定を行っているが、本発明はこれに限定されるものではなく、その他の逐次最小二乗推定アルゴリズムやカルマンフィルタを用いて推定を行ってもよい。
図3に示している逐次最小二乗アルゴリズム以外にも忘却係数法などが実在するためである。
【0043】
ブロック401では、移動体の質量、粘性摩擦係数、クーロン摩擦に加えて、切削力の直流成分を推定することで、移動体の質量、粘性摩擦係数、クーロン摩擦を高精度に推定できる。
【0044】
切削力オブザーバ213はそもそも広い周波数帯域で、切削力を推定できるが、ブロック401で用いられる逐次最小二乗法は、移動体の質量、粘性摩擦係数、クーロン摩擦、切削力が時間的に緩やかにしか変動しないことを条件とする。しかし、現実には切削力は、高周波の変動もある。そこで、ローパスフィルタを入れて、数1に示された上記の運動方程式の高周波成分をカットし、逐次最小二乗法に用いるリグレッションモデル(数2)に利用している。これに起因して、切削力の直流成分を含めて移動体のパラメータを推定することにより、3つのモデルパラメータ(移動体の質量、粘性摩擦係数、クーロン摩擦)を正確に求めることが可能となる。
【0045】
以上、本実施形態によれば、加工中に、リアルタイムに切削抵抗を高精度に推定することが可能となる。
【0046】
切削力の正確な推定により、工具負荷、予期しない振動、びびり振動などを判定でき、ひいては切削力が過度に大きくならないような条件を導くこともできる。また、工具の折損や、びびり振動の予知を行うこともできる。
【0047】
図5は、本実施形態にかかる加工抵抗推定の適応化方法を用いた検証結果を示すグラフである。
図5に示すとおり、上述したアルゴリズムを用いることにより、高精度に切削力を推定することができる。
【0048】
図5において、破線で示されているのが検証のために模擬的に入力した切削力である。実線で示されているのが本実施形態による適応化に基づいた切削力推定機構による推定結果、点線が適応化に基づかない切削力推定機構による推定結果である。
検証では、切削力推定機構における被駆動部質量の設計値と実際の値が異なる状態で推定を行なっている。
点線で示されている適応化に基づかない推定機構による推定結果では、破線で示された実際の切削力と比較して、大きな誤差が生じている。
一方で、本実施形態における、適応化に基づいた推定機構では破線で示された切削力を良好に推定できている。
【0049】
[第3実施形態]
次に本発明の第3実施形態に係る工作機械について、
図6を用いて説明する。本実施形態は、第2実施形態と比べると、切削力推定にあたり
図6の要素(2)(3)が加わった点で異なる。その他の構成および動作は、第2実施形態と同様であるため、同じ構成および動作については同じ符号を付してその詳しい説明を省略する。
【0050】
本実施形態では、
図6に示す3つの要素(1)~(3)により高度な適応同定を実現する。各要素について、詳しく説明する。
【0051】
(1)切削力の周波数成分を考慮したパラメータ推定の分離
第2実施形態同様、切削力の周波数成分(周波数特性)を考慮して、オフセット(DC値)をモデルパラメータの1つとして推定する。かつ、切削力オブザーバとは別にパラメータ推定機構を用いる(切削力推定とパラメータ推定の非干渉化)。
切削力とパラメータ推定の分離は、QRLS(s)によってチューニングされる。
【0052】
図7に示すように、パラメータ推定する部分の運動方程式701を立式し、その両辺の誤差が最小になるように、モデルパラメータ702~704を推定する。これによりオブザーバを再設計する。しかし、運動方程式701中の切削力Fcut705は未知なので、運動方程式701を解くことができない。
図8に示す実際の切削力の周波数成分に注目すると、オフセット成分801と高調波成分802、803で構成されていることがわかる。そこで、オフセット成分801のみが見える帯域でパラメータ推定し、運動方程式701の切削力Fcut705を既知のものと取り扱うことで、運動方程式701を解いた。
これにより、切削力推定とパラメータ推定とを、別々の帯域で非干渉化できた。
【0053】
(2)サンプル間差分に基づく推定
上記(1)の方法を適用する際、第2実施形態では、切削力オフセット成分は一定値と仮定していた。ところが厳密に考えると切削力オフセット成分は一定値ではなく、切削開始時や切削中に変動しえる。そうすると、第2実施形態では、モデルパラメータとして推定できる条件(一定値との仮定)が限定されてしまい、実態に沿わない場合がある。そこで、
図9に示すように、サンプル間の切削力の差分901を切削力のオフセット成分として推定した。これにより、このようなサンプル間差分での運動方程式でも切削力以外の成分(クーロン摩擦、粘性摩擦係数、イナーシャ)は第2実施形態と同様に、カルマンフィルタや逐次最小二乗法を用いた統計的分析で導くことができるため、急峻な切削力の変化をノイズとして除去でき、穏やかな切削力の変化のみを推定して、切削力オフセット成分の変動を考慮することで、パラメータ推定をより現実的、よりロバストなものとした。
【0054】
(3)推定式の動的な切り替え
図10に示すように、推定したいモデルパラメータ1001は、イナーシャ1011、粘性摩擦係数1012、切削力オフセットの変動率1013、およびクーロン摩擦力1014を含むが、クーロン摩擦力1014を推定するためには、状態量として速度の符号関数の変動1015が必要であるが、各サンプル間の速度の符号が反転しなければ、この変動1015は常に0になってしまう。そうすると、速度反転時以外では、クーロン摩擦力1014と切削力の変動率1013が分離して推定できなくなる(統計計算において、パラメータの真値への収束条件を満たさない)。
【0055】
そこで、速度反転しているときだけクーロン摩擦力1014を推定し、速度反転していないとき(非反転時)は、クーロン摩擦を推定対象から除き、パラメータ収束条件を広い状況で満足させることで、クーロン摩擦と切削力の変動率を分離し、それぞれの推定精度が改善される。
【0056】
具体的には、速度反転があるときは、上述と同様に、クーロン摩擦力FCLも切削力の変動率も推定するが(式1002)、速度判定がないときは、入力に過去のクーロン摩擦成分1031(速度反転があるときのクーロン摩擦成分)を用いることにより、クーロン摩擦力FCLを除いてパラメータ推定を行う(式1003)。つまり、速度反転時か否かで2つの式1002、1003を動的に切り替える。
【0057】
図11に示すように、逐次最小二乗法やカルマンフィルタを計算する場合、中間変数として式に誤差の共分散行列1101が含まれている。
言い換えれば、推定結果であるパラメータベクトル1102に共分散行列1101が格納されている。そうすると、2つの式1002,1003を切り替える際には、推定したパラメータベクトル1102や、誤差の共分散行列1101を引き継ぐべきである。
【0058】
そこで、速度反転ありから速度反転なしに状況が変わる際には1103に示すようにパラメータの引き継ぎを行い、速度反転なしから速度反転ありに状況が変わる際には1104に示すようにパラメータの引き継ぎを行う。
【0059】
つまり、
図12に示すように、次数の少ない場合の推定器を動かしているときは、裏で共分散行列などをアップデートして、妥当な値1201を内部に保持し次回に使う。次数が少なくなる方向に切り替えるときは、より妥当な値1202を代入する。
以上の処理により、トレードオフだった収束条件と推定機会とを両立することができ、収束条件を満たしつつ推定機会を拡大することができる。
【0060】
本実施形態によれば、徐々に変動するイナーシャや粘性摩擦係数を考慮して、切削力推定機構を更新することにより、随時、高精度で切削力を推定することができる。
【0061】
また、サンプル間差分に基づく推定により、切削開始時(切削力の直流成分が一定という仮定が成り立たないタイミング)の安定性が向上し、穏やかに切削力が変動する場合にも対応できる。さらに、推定式(リグレッサ)の切り替えを行うことにより、低周波数成分における切削力推定の精度を向上させることができる。
【0062】
[他の実施形態]
以上、実施形態を参照して本願発明を説明したが、本願発明は上記実施形態に限定されるものではない。本願発明の構成や詳細には、本願発明の技術的範囲で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。また、それぞれの実施形態に含まれる別々の特徴を如何様に組み合わせたシステムまたは装置も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0063】
また、本発明は、複数の機器から構成されるシステムに適用されてもよいし、単体の装置に適用されてもよい。さらに、本発明は、実施形態の機能を実現する適応化プログラムが、システムあるいは装置に供給され、内蔵されたプロセッサによって実行される場合にも適用可能である。本発明の機能をコンピュータで実現するために、コンピュータにインストールされるプログラム、あるいはそのプログラムを格納した媒体、そのプログラムをダウンロードさせるサーバも、プログラムを実行するプロセッサも本発明の技術的範囲に含まれる。特に、少なくとも、上述した実施形態に含まれる処理ステップをコンピュータに実行させるプログラムを格納した非一時的コンピュータ可読媒体(non-transitory computer readable medium)は本発明の技術的範囲に含まれる。