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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-17
(45)【発行日】2025-03-26
(54)【発明の名称】マルチキャピラリ電気泳動装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20250318BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2023537773
(86)(22)【出願日】2021-07-27
(86)【国際出願番号】 JP2021027630
(87)【国際公開番号】W WO2023007567
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】穴沢 隆
(72)【発明者】
【氏名】山崎 基博
(72)【発明者】
【氏名】伊名波 良仁
(72)【発明者】
【氏名】山本 周平
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特許第6093274(JP,B2)
【文献】特許第6820907(JP,B2)
【文献】特許第4823522(JP,B2)
【文献】特許第6286028(JP,B2)
【文献】米国特許第10902593(US,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/64
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
G(≧2)の蛍光体で標識された成分を含むE(≧2)のサンプルが注入されて同時に電気泳動されるE本のキャピラリと、
前記E本のキャピラリの同一平面に配置された計測部に対しレーザビームを照射するレーザ光源と、
記計測部を通過する前記G個の蛍光体が前記レーザビームにより励起されることにより発光される蛍光を受光する光学系と、を備え、
前記光学系は、
前記E本のキャピラリから発光される前記蛍光をそれぞれF(≧2F≧G)の所定の波長帯に分光する分光素子と、
複数の画素が2次元状に配列され、E×F個の分光された蛍光を、イメージセンサ上のE×F個の異なるビン領域で受光する前記イメージセンサと、を有し、
前記イメージセンサは、
前記E×F個のビン域において前記E×F個の分光された蛍光のE×F個の信号強度を計測
定の露光時間および所定の時間間隔連続的な繰り返し測によって、前記E×F個の信号強度の時系列データを取得するように構成され、
前記E×F個のビン領域のうちのいずれかひとつのビン領域において、
前記ビン領域の画素数をBm(≧1)個とし、
前記ビン領域がBs(≧1)個のハードビニング領域に分割されており、
前記ハードビニング領域の平均の画素数をBh(≧1)個とし、
前記ビン領域のハードビニングの画素数をB h 個とし、
前記ビン領域のソフトビニングの画素数をBs個とし、
Bm=Bh×Bsとし、
前記イメージセンサの1画素あたりの飽和光量に対する、ハードビニングを実施して得られる飽和光量の最大値の比率を飽和光量比k(≧1)とし、
飽和光量係数αが、Bh=1のときα=1、1<Bh<kのときα=Bh、k≦Bhのときα=kとし
Bm=Bh=Bs=1とした場合について、
記時系列データの総合ノイズ、前記イメージセンサの読み出しノイズ、前記イメージセンサの暗電流ノイズおよび背景光のショットノイズの3成分に分類され
前記総合ノイズをNとし、前記読み出しノイズをNrとし、前記暗電流ノイズをNdとし、前記ショットノイズをNsとし、
暗電流ノイズ比をb=Nd/Nr、ショットノイズ比をc=Ns/Nrとするとき、
Bm、Bh、Bs、k、α、b、cが所定の関係を満足することを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項2】
請求項1において、
【数1】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項3】
請求項2において、
Bh=1であり、
【数2】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項4】
請求項1において、
【数3】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項5】
請求項4において、
Bh=1であり、
【数4】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項6】
請求項1において、
c≧2.5、
Bh=1、
4≦Bs≦59
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項7】
請求項1において、
c≧10、
Bh=1、
3≦Bs≦809
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項8】
請求項7において、
c≧10、
Bh=1、
11≦Bs≦127
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項9】
G(≧2)の蛍光体で標識された成分を含むE(≧2)のサンプルが注入されて同時に電気泳動されるE本のキャピラリと、
前記E本のキャピラリの同一平面に配置された計測部に対しレーザビームを照射するレーザ光源と、
記計測部を通過する前記G個の蛍光体が前記レーザビームにより励起されることにより発光される蛍光を受光する光学系と、を備え、
前記光学系は、
前記E本のキャピラリから発光される前記蛍光をそれぞれF(≧2F≧G)の所定の波長帯に分光する分光素子と、
複数の画素が2次元状に配列され、E×F個の分光された蛍光を、イメージセンサ上のE×F個の異なるビン領域で受光する前記イメージセンサと、を有し、
前記イメージセンサは、
前記E×F個のビン域において前記E×F個の分光された蛍光のE×F個の信号強度を計測
前記E本のキャピラリのいずれか1本のキャピラリの前記計測部から、前記Gの蛍光体のいずれか1の蛍光体が蛍光を発光するとき、
前記1本のキャピラリに対応する前記F個のビン領域における前記F個の信号強度を、最大値を1とする規格化を行うことによって、F個の規格化信号強度を導出し、
前記F個の規格化信号強度のうち、0.5以上の前記規格化信号強度を有する前記ビン領域を統合した統合ビン領域を設定し、
所定の露光時間および所定の時間間隔の連続的な繰り返し計測によって、前記統合ビン領域における統合信号強度の時系列データを取得することを想定し、
前記統合ビン領域の画素数をBm(≧1)個とし、
前記統合ビン領域がBs(≧1)個のハードビニング領域に分割されており、
前記ハードビニング領域の平均の画素数をBh(≧1)個とし、
前記統合ビン領域のソフトビニングの画素数をBs個とし、
前記統合ビン領域のハードビニングの画素数をB h 個とし、
Bm=Bh×Bsとし、
前記イメージセンサの1画素あたりの飽和光量に対する、ハードビニングを実施して得られる飽和光量の最大値の比率を飽和光量比k(≧1)とし、
飽和光量係数αを、Bh=1のときα=1とし、1<Bh<kのときα=Bhとし、k≦Bhのときα=kとし、
Bm=Bh=Bs=1とした場合について、
記時系列データの総合ノイズ前記イメージセンサの読み出しノイズ、前記イメージセンサの暗電流ノイズおよび背景光のショットノイズの3成分に分類され
前記総合ノイズをNとし、前記読み出しノイズをNrとし、前記暗電流ノイズをNdとし、前記ショットノイズをNsとし、
暗電流ノイズ比をb=Nd/Nrとし、ショットノイズ比をc=Ns/Nrとするとき、
Bm、Bh、Bs、k、α、b、c、が所定の関係を満足することを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項10】
請求項9において、
【数5】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項11】
請求項10において、
Bh=1であり、
【数6】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項12】
請求項9において、
【数7】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項13】
請求項12において、
Bh=1であり、
【数8】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項14】
G(≧2)の蛍光体で標識された成分を含むE(≧2)のサンプルが注入されて同時に電気泳動されるE本のキャピラリと、
前記E本のキャピラリの同一平面に配置された計測部に対しレーザビームを照射するレーザ光源と、
記計測部を通過する前記G個の蛍光体が前記レーザビームにより励起されることにより発光される蛍光を受光する光学系と、を備え、
前記光学系は、
前記E本のキャピラリから発光される前記蛍光をそれぞれF(≧2F≧G)の所定の波長帯に分光する分光素子と、
複数の画素が2次元状に配列され、E×F個の分光された蛍光を、イメージセンサ上のE×F個の異なるビン領域で受光する前記イメージセンサと、を有し、
前記イメージセンサは、
前記E×F個のビン域において前記E×F個の分光された蛍光のE×F個の信号強度を計測
定の露光時間および所定の時間間隔連続的な繰り返し測によって、前記E×F個の信号強度の第1の時系列データを取得し、
前記第1の時系列データを用いた計算によって前記E本のキャピラリの前記計測部における、前記Gの蛍光体のE×G個の濃度の第2の時系列データを導出するよう構成され、
前記E本のキャピラリのうちのいずれか1本のキャピラリの前記計測部から前記G個の蛍光体のうちのいずれか1の蛍光体が蛍光を発光するとき、
記1本のキャピラリの前記計測部における、前記1の蛍光体の濃度に対する、前記1本のキャピラリを除いた前記E本のキャピラリの前記計測部における、前1個の蛍光体の濃度の最大値の比率をXRとし、
前記E×F個のビン領域のうちのいずれかひとつのビン領域において、
前記ビン領域の画素数をBm(≧1)個とし、
前記ビン領域がBs(≧1)個のハードビニング領域に分割されており、
前記ハードビニング領域の平均の画素数をBh(≧1)個とし、
前記ビン領域のハードビニングの画素数をB h 個とし、
前記ビン領域のソフトビニングの画素数をBs個とし、
Bm=Bh×Bsとし、
前記イメージセンサの1画素あたりの飽和光量に対する、ハードビニングを実施して得られる飽和光量の最大値の比率を飽和光量比k(≧1)とし、
飽和光量係数αが、Bh=1のときα=1、1<Bh<kのときα=Bh、k≦Bhのときα=kとし、
Bm=Bh=Bs=1とした場合について、
前記第1の時系列データの総合ノイズ前記イメージセンサの読み出しノイズ、前記イメージセンサの暗電流ノイズおよび背景光のショットノイズの3成分に分類され
前記総合ノイズをNとし、前記読み出しノイズをNrとし、前記暗電流ノイズをNdとし、前記ショットノイズをNsとし、
暗電流ノイズ比をb=Nd/Nrとし、ショットノイズ比をc=Ns/Nrとするとき、
XR、Bm、Bh、Bs、k、α、b、c、が所定の関係を満足することを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項15】
請求項14にいて、
XR≦10-3であり、
【数9】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項16】
請求項15において、
Bh=1であり、
【数10】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項17】
請求項14において、
XR≦10-3であり、
【数11】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項18】
請求項17において、
Bh=1であり、
【数12】
が満足されることを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項19】
G(≧2)の蛍光体で標識された成分を含むE(≧2)のサンプルが注入されて同時に電気泳動されるE本のキャピラリと、
前記E本のキャピラリの同一平面に配置された計測部に対しレーザビームを照射するレーザ光源と、
記計測部を通過する前記G個の蛍光体が前記レーザビームにより励起されることにより発光される蛍光を受光する光学系と、
装置の制御を行う計算機と、を備え、
前記光学系は、
前記E本のキャピラリから発光される前記蛍光をそれぞれF(≧2F≧G)の所定の波長帯に分光する分光素子と、
複数の画素が2次元状に配列され、E×F個の分光された蛍光を、イメージセンサ上のE×F個の異なるビン領域で受光する前記イメージセンサと、を有し、
前記イメージセンサは、
前記E×F個のビン域において前記E×F個の分光された蛍光のE×F個の信号強度を計測
定の露光時間および所定の時間間隔連続的な繰り返し測によって、前記E×F個の信号強度の時系列データを取得するように構成され、
前記E×F個のビン領域のうちのいずれかひとつのビン領域において、
前記ビン領域の画素数をBm(≧1)個とし、
前記ビン領域がBs(≧1)個のハードビニング領域に分割されており、
前記ハードビニング領域の平均の画素数をBh(≧1)個とし、
前記ビン領域のハードビニングの画素数をB h 個とし、
前記ビン領域のソフトビニングの画素数をBs個とし、
Bm=Bh×Bsとし、
前記イメージセンサの1画素あたりの飽和光量に対する、ハードビニングを実施して得られる飽和光量の最大値の比率を飽和光量比k(≧1)とし、
飽和光量係数αが、Bh=1のときα=1、1<Bh<kのときα=Bh、k≦Bhのときα=kとし、
Bm=Bh=Bs=1とした場合について、
記時系列データの総合ノイズ、前記イメージセンサの読み出しノイズ、前記イメージセンサの暗電流ノイズおよび背景光のショットノイズの3成分に分類され
前記総合ノイズをNとし、前記読み出しノイズをNrとし、前記暗電流ノイズをNdとし、前記ショットノイズをNsとし、
暗電流ノイズ比をb=Nd/Nr、ショットノイズ比をc=Ns/Nrとするとき、
Bm、Bh、Bs、k、α、b、cが満足する複数種類の所定の関係を有し、
前記計算機が、前記複数種類の所定の関係の中から、所望の所定の関係を選択可能とする環境を提供することを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【請求項20】
請求項19において、
前記計算機ユーザが前記所望の所定の関係を選択可能とするためのユーザインターフェースを提供することを特徴とするマルチキャピラリ電気泳動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、マルチキャピラリ電気泳動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
単数または複数のキャピラリに、電解質溶液、あるいは高分子ゲル若しくはポリマを含む電解質溶液等の電気泳動分離媒体を充填し、電気泳動分析を行うキャピラリ電気泳動装置が広く用いられている。分析対象は、低分子から、タンパク質、核酸等の高分子まで、幅広い。また、計測モードには、ランプ光を各キャピラリの吸光点に照射し、分析対象が吸光点を通過する際に生じるランプ光の吸収を検出するモード、あるいは、レーザ光を各キャピラリの発光点に照射し、分析対象が発光点を通過する際に生じる蛍光あるいは散乱光を検出するモード等、多数ある。以降では、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置を例に詳細に説明する。
【0003】
DNA分析用キャピラリ電気泳動装置では、E本(Eは1以上の整数)のキャピラリを同一平面上に配列した箇所にレーザビームを一括照射することによって、直線上に配列するE個の発光点を形成する。G種類(Gは1以上の整数)の蛍光体で標識されたDNA断片が電気泳動によって発光点を通過する際に、レーザビーム照射によって蛍光体が励起され、蛍光を発光する。これらのG種類の蛍光体は互いに異なる蛍光スペクトルを有するため、蛍光を分光計測することによって、発光点を通過する蛍光体の種類を同定することができる。つまり、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置では、直線上に配列するE個の発光点から発光される蛍光が分光計測され、さらにその時間変化が計測される。これを実現するために、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置には以下のような多色検出光学系が備えられている。E個の発光点から発光される蛍光は一括して、第1カメラレンズによってコリメートされ、ロングパスフィルタによってレーザ波長の光がカットされた後、透過型回折格子によって波長分散され、第2カメラレンズによってイメージセンサ上に結像される。イメージセンサとして、CCD、CMOS、あるいはその他の種類のデバイスを用いることができる。ここで、波長分散の方向は、各キャピラリの長軸と平行な方向、すなわち各発光点が配列する方向と垂直な方向である。このため、イメージセンサ上で、各発光点からの蛍光の波長分散像は、互いに混じり合うことなく、互いに平行に配列される。したがって、各発光点からの蛍光を独立に分光計測することができる。また、イメージセンサの画素の2次元格子状配列の一方の軸と波長分散方向とが平行になり、他方の軸と発光点の配列方向とが平行になるようにイメージセンサを配置する。その結果、各波長分散像に沿った画素配列の強度分布は蛍光スペクトルを与えるようになる。イメージセンサによるE個の波長分散像の一括撮像を一定の露光時間で行い、これを一定の時間間隔で連続的に行うことによって、E個の発光点からの蛍光を分光分析しながら、それらの時系列変化を分析することができる。
【0004】
各波長分散像をF個の波長帯(以降、ビンと呼ぶ)に分割し、それぞれのビンに属する複数の画素で受光された蛍光強度が積算される。このように積算することをビニングと呼ぶ。これをF色検出と呼ぶ。各波長帯の波長幅は、1 nmでも、10 nmでも、100 nmでも良く、任意に設定することができる。また、F個の波長帯のそれぞれで波長幅が異なっていても構わない。一般に、G種類の蛍光体を識別しながら定量するためには、F≧Gである必要がある。時系列の各時刻について、F色検出結果に対して色変換を施し、G種類の蛍光体それぞれの単独の蛍光強度、すなわちG種類の蛍光体それぞれの濃度を取得することができる。本開示では、各蛍光体の濃度に比例する蛍光強度、すなわち各蛍光体それぞれ単独の蛍光強度を単に濃度と呼ぶことにする。
【0005】
発光点P(e)(e=1,2,…,E)それぞれについて、ビンW(f)(f=1,2,…,F)で、蛍光体D(g)(g=1,2,…,G)の発光蛍光を検出する。任意の時刻において、発光点P(e)における蛍光体D(g)の濃度をZ(g)とし、発光点P(e)についてのビンW(f)で積算された信号強度をX(f)とする。ここで、信号強度X(f)を要素とするF行1列のベクトルをXとし、濃度Z(g)を要素とするG行1列のベクトルをZとし、Y(f)(g)を要素とするF行G列の行列をYとして、次の式(1)~式(4)が成り立つ。式(1)~式(4)は、(f)および(g)の関係式であるが、(e)の関係式ではなく、各発光点P(e)それぞれについて独立に成立する。F=1の単色検出の場合は、F≧Gにより、G=1となり、X、Y、Zはいずれもベクトルおよび行列ではなくなる。
【0006】
【数1】
【0007】
【数2】
【0008】
【数3】
【0009】
【数4】
【0010】
ここで、F行G列の行列Yの要素Y(f)(g)は、スペクトルクロストークによって、蛍光体D(g)の発光蛍光がビンW(f)で検出される信号強度比率を表す。いずれか1種類の蛍光体D(g0)を単独に蛍光発光させることにより、行列Yの1列の要素Y(f)(g0)(f=1,2,…,F)を決定することができる。ここで、蛍光体D(g0)の濃度を厳密に制御することは一般に困難であるため、1列の要素Y(f)(g0)を規格化すると便利である。例えば、F個の要素のうち、最大の要素を1として、他の要素を最大値に対する比率で示すのが良い。あるいは、F個の要素の合計が1になるように、各要素の比率を決めるのが良い。つまり、下記式(5)とするのが良い。
【0011】
【数5】
【0012】
そして、上記工程をG種類の蛍光体D(g)すべてについて個別に行うことによって、行列Yの全列を決定することができる。行列Yは、蛍光体D(g)および異なるビンW(f)の特性のみで決まり、電気泳動分析の最中に変化しない。また、光学系、蛍光体D(g)、ビンW(f)等の条件を固定している限り、異なる電気泳動分析についても行列Yは一定に保たれる。したがって、各発光点について、各時刻における蛍光体D(g)の濃度Z(g)は、各時刻におけるビンW(f)の信号強度X(f)から、次の式(6)によって求められる。
【0013】
【数6】
【0014】
ここで、Yは、G行F列の、Yの一般逆行列であり、Y=(YT×Y)-1×YT)によって求められる。行列YがF=Gの正方行列の場合は、Yは逆行列Y-1と等しい。式(6)の演算を色変換、またはスペクトルクロストークキャンセルと呼ぶ。式(1)は、未知であるG種類の蛍光体の濃度と、既知であるF色蛍光強度の関係を示す連立方程式であり、式(6)はその解を求めることに相当する。したがって一般には、上述の通り、F≧Gの条件が必要である。仮に、F<Gであると、解を一意に求めることができないため(つまり、複数の解が存在し得るため)、式(6)のように色変換を実行できない。
【0015】
波長分散を用いない多色検出光学系を用いることもできる。例えば、特許文献1では、E個の発光点から発光される蛍光がそれぞれ、E個のレンズによって個別にコリメートされ、ロングパスフィルタによってレーザ波長の光がカットされた後、F個のダイクロイックミラーアレイによってF個の波長帯の光束に分割され、イメージセンサ上に結像される。ここで、分割の方向は、各キャピラリの長軸と平行な方向、すなわち各発光点が配列する方向と垂直な方向である。このため、イメージセンサ上で、E×F個の多色分割像は、互いに混じり合うことなく、2次元状に配列される。したがって、各発光点からの蛍光を独立に分光計測することができる。また、イメージセンサの画素の2次元格子状配列の一方の軸と分割方向が平行に、他方の軸と発光点配列方向が平行になるようにイメージセンサを配置する。イメージセンサによるE×F個の分割像の一括撮像を一定の露光時間で行い、これを一定の時間間隔で連続的に行うことによって、E個の発光点からの蛍光を分光分析しながら、それらの時系列変化を分析することができる。各発光点についてのF個の分割像のそれぞれが受光される複数の画素の蛍光強度が積算される。波長分散による多色検出光学系と同様に、積算される画素領域をビンと呼び、このように積算することをビニングと呼ぶ。ここで、各分割像のうち、いずれのビンにも含まれない領域があっても構わない。その他についても波長分散による多色検出光学系と同様であり、式(1)~式(6)も同様に成立する。以降では、波長分散による多色検出光学系を用いた場合について検討するが、以上のような波長分散を用いない多色検出光学系を用いた場合についても同様に検討できる。
【0016】
上述の通り、ビンW(f)の信号強度X(f)は、ビンW(f)を構成する個々の画素の信号強度を積算(ビニング)したものである。ビンW(f)を構成する画素数をBm(f)とする。Bm(f)は1以上の整数である。ここで、ビンW(f)を構成する画素jの信号強度をQ(j)(j=1,2,…,Bm(f))とするとき、ビンW(f)の信号強度X(f)は下記式(7)で表される。
【0017】
【数7】
【0018】
ここでの積算法(ビニング法)には、ハードビニングおよびソフトビニングがある。ただし、式(7)は両ビニング法に共通である。ハードビニングは、イメージセンサ上でBm(f)個の画素に蓄積された電荷を合算した後に、電圧に変換し、AD変換することで信号強度X(f)を得る方法である。一方、ソフトビニングは、回路上または計算機上で、Bm(f)個の画素の信号値を合算することで信号強度X(f)を得る方法である。例えば、ソフトビニングは、イメージセンサ上で各画素に蓄積された電荷を電圧に変換し、AD変換して得られるデジタルデータを計算機上で積算することで信号強度X(f)を得る方法である。後述するように、ハードビニングとソフトビニングとを組み合わせて信号強度X(f)を得ることもできる。一般に、ソフトビニングと比較して、ハードビニングでは、読み出しノイズを減らすことができ、感度を向上できるため、高感度計測に適していることが知られている。特に、微弱光を計測する際には、ハードビニングは極めて有利な方法である。また、ソフトビニングと比較して、ハードビニングでは、ビンW(f)の信号強度X(f)を読み出す時間を短縮できるため、高速撮像に適している。一方で、ソフトビニングと比較して、ハードビニングでは、発光点からの発光量の飽和レベルが低減されるため、ダイナミックレンジが縮小されることが知られている。したがって、ハードビニングをソフトビニングに切り替えることによって、ダイナミックレンジを拡大することが可能であるが、同時に、検出感度が低下する課題がある。現在市販されているDNA分析用キャピラリ電気泳動装置では、ダイナミックレンジよりも感度がより重要であるため、ソフトビニングではなく、ハードビニングによって信号強度X(f)が求められている。しかしながら、近年、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置において、感度とダイナミックレンジを両立させることが求められるようになっている。これを実現するため、以下で示すように、種々の先行技術が開発されている。
【0019】
特許文献2では、上記のようにイメージセンサによる撮像における露光時間を一定にするのではなく、長い露光時間と短い露光時間とを交互に繰り返している。発光点からの発光量が一定の条件下で、長い露光時間では、イメージセンサがより多くの蛍光を受光するため、感度が向上する。逆に、短い露光時間では、より少ない蛍光を受光するため、感度が低下するが、発光点からの発光量の飽和レベルが増大される。つまり、長い露光時間は高感度モードとして機能し、短い露光時間は低感度モードとして機能する。発光点からの発光量が小さい場合、低感度モードでは発光蛍光を検知できないが、高感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。一方、発光点からの発光量が大きい場合は、高感度モードでは発光蛍光が飽和レベルを超えるために発光蛍光を良好に計測できないが、低感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。したがって、高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって、単一モード(例えば、高感度モードか低感度モードのどちらか一方のモード)の場合と異なり、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。
【0020】
特許文献3では、上記の多色検出光学系に非対称の像分割素子を加え、各発光点からの発光蛍光を強い蛍光強度の波長分散像(以降、強分割像)と弱い蛍光強度の波長分散像(以降、弱分割像)に2分割させて結像させ、それらを同時に計測している。上記のビンは両方の波長分散像について設定される。発光点からの発光量が一定の条件下で、強分割像では、イメージセンサの対応するビンがより多くの蛍光を受光するため、感度が向上する。逆に、弱分割像では、より少ない蛍光を受光するため、感度が低下するが、発光点からの発光量の飽和レベルが増大される。つまり、強分割像は高感度モードとして機能し、弱分割像は低感度モードとして機能する。発光点からの発光量が小さい場合、低感度モードでは発光蛍光を検知できないが、高感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。一方、発光点からの発光量が大きい場合は、高感度モードでは発光蛍光が飽和レベルを超えるために発光蛍光を良好に計測できないが、低感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。したがって、高感度モードと低感度モードを組み合わせることによって、単一モード(例えば、高感度モードか低感度モードのどちらか一方のモード)の場合と異なり、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。
【0021】
特許文献4では、上記のようにハードビニングのみによってビンW(f)の信号強度X(f)を取得するのではなく、ハードビニングとソフトビニングを適宜切り替えてビンW(f)の信号強度X(f)を取得している。上述のハードビニングとソフトビニングの特性を踏まえると、ハードビニングは高感度モードとして機能し、ソフトビニングは低感度モードとして機能する。発光点からの発光量が小さい場合、低感度モードでは発光蛍光を検知できないが、高感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。一方、発光点からの発光量が大きい場合は、高感度モードでは発光蛍光が飽和レベルを超えるために発光蛍光を良好に計測できないが、低感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。したがって、高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって、単一モード(例えば、高感度モードか低感度モードのどちらか一方のモード)の場合と異なり、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。
【0022】
特許文献5では、上記のようにビンW(f)を固定せずに、ビンW(f)を適宜変化させている。具体的には、F個の信号強度X(f)(f=1,2,…,F)がいずれも飽和レベルを超えない場合は上記と同様にビンW(f)(f=1,2,…,F)を設定する(以降、フルハードビニングと呼ぶ)が、いずれかが飽和レベルを超える場合は対応するビンW(f)をゼロに置き換えて無効化させる(以降、部分ハードビニングと呼ぶ)。例えば、ビンW(f0)が飽和レベルを超えた場合、式(3)の行列Yのf0行の要素Y(f0)(g)(g=1,2,…,G)をすべてゼロとする。発光点からの発光量が一定の条件下で、フルハードビニングでは、ビン全体がより多くの蛍光を受光するため、感度が向上する。逆に、部分ハードビニングでは、ビン全体がより少ない蛍光を受光するため、感度が低下するが、発光点からの発光量の飽和レベルが増大される。つまり、フルハードビニングは高感度モードとして機能し、部分ハードビニングは低感度モードとして機能する。発光点からの発光量が小さい場合、低感度モードでは発光蛍光を検知できないが、高感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。一方、発光点からの発光量が大きい場合は、高感度モードでは発光蛍光が飽和レベルを超えるために発光蛍光を良好に計測できないが、低感度モードでは発光蛍光を良好に計測できる。したがって、高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって、単一モード(例えば、高感度モードか低感度モードのどちらか一方のモード)の場合と異なり、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。
【0023】
以上に示した特許文献2~5はいずれも、高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって、高感度を維持しながら、高ダイナミックレンジを実現している。両モードの組み合わせ方には、交互にモードを切り替えたり、計測された信号に基づいて適宜モードを切り替えたり、あるいは両モードを同時に実施する等の違いはあるものの、基本的な特徴は共通である。また、この方法は、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置だけでなく、単数または複数のキャピラリを用いて電気泳動を行い、複数種類の蛍光体が発光する蛍光、複数種類の散乱体が散乱する散乱光、あるいは複数種類の吸収体が吸収する吸光を、イメージセンサまたはラインセンサによって、それぞれ識別しながら計測する分析方法および分析装置の全般に有効である。
【0024】
一方、スマートフォンに用いられているデジタルカメラなど、市販のデジタルカメラの多くでは、高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって、高感度を維持しながら、高ダイナミックレンジを実現することができるようになっている。一般に、HDR(High Dynamic Range)撮像と呼ばれている。典型的には、特許文献2と同様に、高感度モードでは長い露光時間で撮像し、低感度モードでは短い露光時間で撮像し、それらの画像を組み合わせることによって、高ダイナミックレンジな画像を合成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0025】
【文献】特許第6820907号
【文献】特許第4823522号
【文献】特許第6286028号
【文献】特許第6093274号
【文献】米国特許第10902593号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
特許文献2~5に示されるような、高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって高感度と高ダイナミックレンジを両立する方法は、計測対象が単一の蛍光体(G=1)の場合には機能する。あるいは、計測対象が複数の蛍光体(G≧2)であっても、それらを識別する必要がない場合には本方法は機能する。しかしながら、計測対象が複数の蛍光体(G≧2)であり、それらを識別して分析する場合には機能しないことが、以下に示す通り、本発明者らによる詳細な検討によって明らかになった。
【0027】
最も簡単な例として以下を想定する。E=1であり、1本のキャピラリを計測対象とする。F=2であり、キャピラリ上の発光点から発光される蛍光の波長分散像を2個のビンW(1)およびビンW(2)で計測し、2色検出を行う。G=2であり、計測対象が蛍光体D(1)と蛍光体D(2)であるとする。蛍光体D(1)と蛍光体D(2)の蛍光スペクトルの違いにより、蛍光体D(1)の発光蛍光はビンW(1)とビンW(2)において3:2で計測され、蛍光体D(2)の発光蛍光はビンW(1)とビンW(2)において2:3で計測されることとする。高感度モードではビンW(1)の蛍光強度とビンW(2)の蛍光強度がそれぞれ10~100の範囲を計測でき、低感度モードではビンW(1)の蛍光強度とビンW(2)の蛍光強度がそれぞれ100~1000の範囲を計測できるものとする。低感度モードは、高感度モードの露光時間を1/10倍することで実現する。ここで、蛍光強度はいずれも任意単位である。ただし、高感度モードでの計測結果と、低感度モードでの計測結果とを揃えるため、低感度モードでの計測信号を計算機上で10倍する。このとき、高感度モードと低感度モードはそれぞれダイナミックレンジが1桁(10~100および100~1000)に過ぎないが、これらのモードを組み合わせることによって、感度(検出下限=10)を維持しながら、ダイナミックレンジを2桁(10~1000)に拡大できることが期待される。
【0028】
まず、蛍光体D(1)の発光蛍光強度が50であり、蛍光体D(2)の発光蛍光強度が0のとき、高感度モードではビンW(1)の計測蛍光強度は30であり、ビンW(2)の計測蛍光強度は20であり、低感度モードではビンW(1)の計測蛍光強度は0であり、ビンW(2)の計測蛍光強度は0である。このとき、色変換を実施することによって、蛍光体D(1)は、高感度モードで発光蛍光強度50と計測されるが、低感度モードでは検出下限以下のため計測されない(発光蛍光強度0と計測される)。もちろん、蛍光体D(2)の発光蛍光はどちらのモードでも計測されない(発光蛍光強度0と計測される)。
【0029】
次に、蛍光体D(1)の発光蛍光強度が500であり、蛍光体D(2)の発光蛍光強度が0のとき、高感度モードではビンW(1)とビンW(2)の計測蛍光強度はいずれも飽和し、低感度モードではビンW(1)の計測蛍光強度は300であり、ビンW(2)の計測蛍光強度は200である。このとき、蛍光体D(1)は、高感度モードではビンW(1)とビンW(2)が飽和しているために計測不能である(発光蛍光強度が不明である)が、色変換を実施することによって、低感度モードで発光蛍光強度500と計測される。蛍光体D(2)は、高感度モードではビンW(1)とビンW(2)が飽和しているために計測不能であり(発光蛍光強度が不明である)、低感度モードでは計測されない(発光蛍光強度0と計測される)。
【0030】
これらに対して、蛍光体D(1)の発光蛍光強度が500であり、蛍光体D(2)の発光蛍光強度が50のとき、高感度モードではビンW(1)とビンW(2)の計測蛍光強度はいずれも飽和し、低感度モードではビンW(1)の計測蛍光強度は300、ビンW(2)の計測蛍光強度は200である。このとき、蛍光体D(1)は、高感度モードではビンW(1)とビンW(2)が飽和しているために計測不能である(発光蛍光強度が不明である)が、色変換を実施することによって、低感度モードで発光蛍光強度500と計測される。蛍光体D(2)は、高感度モードではビンW(1)とビンW(2)が飽和しているために計測不能であり(発光蛍光強度が不明である)、低感度モードでは計測されない(発光蛍光強度0と計測される)。
【0031】
以上より、蛍光体D(1)の発光蛍光強度が500のときに、蛍光体D(2)の発光蛍光強度が0の場合と50の場合とで同じ計測結果になり、両者を識別することができない。一般には、蛍光体D(1)の発光蛍光強度が100~1000のときに、蛍光体D(2)の発光蛍光強度が10~100であると、蛍光体D(2)を計測することができない。同様に、蛍光体D(2)の発光蛍光強度が100~1000のときに、蛍光体D(1)の発光蛍光強度が10~100であると、蛍光体D(1)を計測することができない。すなわち、計測対象が蛍光体D(1)または蛍光体D(2)のいずれか一方のみの場合は、発光蛍光強度10~1000を計測できるが、計測対象が蛍光体D(1)および蛍光体D(2)の場合は、発光蛍光強度100~1000(あるいは発光蛍光強度10~100)を計測することしかできない。したがって、特許文献2~5に示されるような高感度モードと低感度モードとを組み合わせることによって、高感度と高ダイナミックレンジを両立する方法は、計測対象が単一の蛍光体(G=1)の場合には機能するが、計測対象が複数の蛍光体(G≧2)であり、それらを識別して分析する場合には機能しないことが明らかになった。
【0032】
一方、スマートフォンのデジタルカメラに搭載されているHDRの場合、多種多様な発光体、吸光体および散乱体が計測対象になるため、G≧2の状態になり得る。しかしながら、それらの計測対象を識別して分析することは通常行われない。例えば、デジタルカメラで、黄色い車を収めた風景を撮影する場合、イメージセンサ上の車の像の位置の画素には黄色の光が入射し、車の色が黄色であると認識される。しかしながら、その黄色の光が、どのような発光体、吸収体、散乱体の組み合わせに由来しているかを分解し、それぞれの構成比率を計測することは行われない。例えば、黄色の光が、赤い光と緑の光が合成されたものであるのか、純粋な黄色の光であるかが識別されることはない。つまり、デジタルカメラに搭載されているHDRの場合、G≧2の状態になり得るが、複数の計測対象を識別して分析することはないため、ダイナミックレンジの拡大が阻まれることはない。
【0033】
そこで、本開示では、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置を始めとして、単数または複数のキャピラリを用いて電気泳動を行い、複数種類の蛍光体が発光する蛍光、複数種類の散乱体が散乱する散乱光、あるいは複数種類の吸収体が吸収する吸光を、イメージセンサまたはラインセンサによって、それぞれを識別しながら計測する分析方法および分析装置において、高感度と高ダイナミックレンジを両立する方法を提案する。特許文献2~5のように高感度モードと低感度モードを組み合わせる方法ではなく、単一モードで実現する方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0034】
具体的には、本開示のマルチキャピラリ電気泳動装置において、キャピラリに充填する電気泳動分離媒体の組成、サンプルの組成、レーザビームの波長および強度、多色検出光学系の構成、露光時間、ビンの設定、イメージセンサの種類および温度、等々の制御によって計測されるノイズの組成を予め決められた条件に設定し、ビンW(f)を構成する画素数Bm(f)およびビンW(f)に含まれるソフトビニングの画素数Bs(f)をそれぞれ、予め定められた最適範囲内に収めることによって、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。
【0035】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素および多様な要素の組み合わせおよび以降の詳細な記述と添付される請求の範囲の様態により達成され実現される。本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の請求の範囲または適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0036】
本開示によれば、DNA分析用キャピラリ電気泳動装置を始めとして、単数または複数のキャピラリを用いて電気泳動を行い、複数種類の蛍光体が発光する蛍光、複数種類の散乱体が散乱する散乱光、あるいは複数種類の吸収体が吸収する吸光を、イメージセンサまたはラインセンサによって、それぞれを識別しながら計測する分析方法および分析装置において、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。これによって、広範な濃度範囲のサンプルを、濃度調整することなく分析することが可能になる。あるいは、濃度が大きく異なる複数の成分を含むサンプルを分析することが可能になる。
【0037】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】マルチキャピラリ電気泳動装置の構成図である。
図2A】波長分散による多色検出光学系の構成例を示す図である。
図2B】イメージセンサによって撮影した画像の模式図である。
図3】波長分散像の拡大図である。
図4】波長分散像の拡大図およびその周辺の画素構成を示す図である。
図5】波長分散像の拡大図周辺の画素構成を示す図である。
図6】波長分散像の拡大図周辺のビン構成を示す図である。
図7】波長分散像の拡大図周辺のハードビニング構成を示す図である。
図8】波長分散像の拡大図周辺の他のハードビニング構成を示す図である。
図9】波長分散像の拡大図周辺の他のハードビニング構成を示す図である。
図10】波長分散像の拡大図周辺の他のハードビニング構成を示す図である。
図11A】ハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図11B】ハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図11C】ハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図12A】ソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図12B】ソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図12C】ソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図13A】ソフトビニング率と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図13B】ソフトビニング率と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図13C】ソフトビニング率と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図14A】他の条件におけるハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図14B】他の条件におけるハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図14C】他の条件におけるハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図15A】他の条件におけるソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図15B】他の条件におけるソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図15C】他の条件におけるソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図16A】他の条件におけるハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図16B】他の条件におけるハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図16C】他の条件におけるハードビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図17A】高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を満たすショットノイズ比とソフトビニング画素数の関係を示す図である。
図17B】高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を満たすショットノイズ比とソフトビニング画素数の関係を示す図である。
図17C】第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を満たすビニング画素数とソフトビニング率の関係を示す図である。
図17D】第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を満たすビニング画素数とソフトビニング率の関係を示す図である。
図17E】第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を満たすビニング画素数とソフトビニング率の関係を示す図である。
図17F】第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を満たすビニング画素数とソフトビニング率の関係を示す図である。
図17G】第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を満たすビニング画素数とソフトビニング率の関係を示す図である。
図17H】第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を満たすビニング画素数とソフトビニング率の関係を示す図である。
図18A】空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図18B】空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図18C】空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図18D】空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図18E】空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図18F】空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図19A】他の条件における空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図19B】他の条件における空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図19C】他の条件における空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図19D】他の条件における空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図19E】他の条件における空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
図19F】他の条件における空間クロストークを考慮したソフトビニング画素数と検出下限、検出上限、ダイナミックレンジの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
<感度およびダイナミックレンジの分析>
上述のDNA分析用キャピラリ電気泳動装置を例として、本開示の実施形態を説明する。本装置において、各発光点についてのビンW(f)(f=1,2,…,F)は、それぞれ波長分散像のうちの所望の、特定の波長帯の蛍光を一定の露光時間で計測するように設計される(例えば、ビンW(1)は500~510 nmの波長帯の蛍光を計測し、ビンW(2)は510~520 nmの波長帯の蛍光を計測するように設計される、等)。ここで、各波長分散像のうち、いずれのビンにも含まれない領域(画素)があっても構わない。あるいは、後述するビニング条件によっては、同じ領域(画素)が複数のビンに含まれていても構わない。つまり、異なる複数のビンがイメージセンサ上で互いに重複されていても構わない。一方、多色検出光学系の構成によって、各発光点から発光される蛍光の波長分散像、あるいは特定の波長帯の蛍光の波長分散像のサイズおよび形状を変化させることができる。例えば、第1カメラレンズの焦点距離よりも、第2カメラレンズの焦点距離を長くする(あるいは、短くする)ことによって、各波長分散像を拡大(あるいは、縮小)することができる(両焦点距離が等しいときは等倍結像となる)。また、透過型回折格子の格子周波数を大きくする(あるいは、小さくする)ことによって、イメージセンサ上の波長分散距離を拡大(あるいは、縮小)することができる。つまり、多色検出光学系の構成によって、発光点から発光される特定の波長帯の蛍光のイメージセンサ上の像のサイズおよび形状を変化させることができる。さらに、1画素のサイズの大きな(あるいは、小さな)イメージセンサを用いることによって、波長分散像上の1画素あたりの波長幅を大きく(あるいは小さく)することができる。以上のように、多色検出光学系の構成を制御することによって、ビンW(f)の特定の波長帯の蛍光の像が投影されるイメージセンサ上の画素領域および画素数Bm(f)を変化させることができる。このような検討は、これまでになされたことがなく、本開示独自のものである。以降では、簡単のため、ビンW(f)および画素数Bm(f)の(f)を省略するが、意味は同じである。
【0040】
本開示では、画素が2次元状に配列された任意のイメージセンサを用いることができる。代表的な例として、CCDイメージセンサまたはCMOSイメージセンサを用いることができる。また、これらのイメージセンサの各画素に照射された光量に応じて蓄積される電荷量を、以降で説明するビニング条件を問わず、デジタル信号に変換する任意のAD変換を用いることができる。一般に、用いられるAD変換のビット数が小さいと、デジタル信号の分解能あるいは精度が不十分になり、ダイナミックレンジが小さくなってしまう可能性がある。一方、AD変換のビット数が大きいと、デジタル信号の分解能あるいは精度を高めることができるが、AD変換に要する時間が長くなるために高速分析が困難となる。また、AD変換のビット数が大きくなると、イメージセンサおよび制御ボードの消費電力が高くなる上に、これらの製造コストが高くなる問題がある。本開示では、以降で説明する通り、ビニング条件を最適化することによって、分析の感度とダイナミックレンジを向上させる方法を提案する。これは、ビニング条件を最適化することによって、デジタル信号の分解能あるいは精度が高くできることを意味する。したがって、本法を用いることによって、AD変換のビット数が小さいことによる上記のデメリットを克服できると同時に、上記のメリットを享受することが可能となる。各種分析に用いられるイメージセンサのAD変換のビット数としては、通常、16ビット以上が用いられることが多い。これに対して、本開示によれば、14ビット以下のAD変換を用いながら、分析の感度とダイナミックレンジを両立させることが可能となる。また、12ビット以下のAD変換、さらには10ビット以下のAD変換を用いながら、分析の感度とダイナミックレンジを両立させ、高速分析を可能とし、さらにイメージセンサおよび制御ボードの消費電力および製造コストを低減させることが可能である。
【0041】
上述の通り、ビンWの画素数Bmの信号を積算するビニング法にはハードビニングとソフトビニングがある。ビンWの領域内に、Bs個のハードビニング領域があり、それぞれのハードビニング領域の画素数をBhとする。このとき、ソフトビニングの画素数はBsとなり、Bm=Bh×Bsが成立する。つまり、ソフトビニングの画素数Bsは、ビンWの中の物理的な画素の数を表しているとは限らず、ビンWに関してイメージセンサから出力される画素情報の数(読み出し回数)を表している。また、1≦Bh≦Bm、1≦Bs≦Bmであり、BhとBsはいずれも整数である。ここで、Bs個のハードビニング領域は、それぞれ等しい画素数Bhで構成されていると仮定している。一般には、Bs個のハードビニング領域が異なる画素数で構成されても良く、その場合は、Bs個のハードビニング領域の画素数の平均値をBhとする。また、この場合は、画素数Bhは整数になるとは限らない。以降に示される数式等は、この場合にも成立する。ただし、以降では、特に断りがない限り、Bs個のハードビニング領域は、それぞれ等しい画素数Bhで構成される場合を想定する。
【0042】
以上を踏まえて、ノイズ分析および感度分析を行う。以降は、任意のいずれかのビンWについて成り立つ。イメージセンサを用いた光計測におけるノイズは、読み出しノイズ、暗電流ノイズ、ショットノイズの3種類に分類される。これらに加えて、キャピラリ電気泳動のように、サンプルの分析を行う場合には、サンプルに由来するサンプルノイズも存在するが、ここではサンプルノイズを無視する。イメージセンサによる撮像を、一定の露光時間で繰り返し行うことを想定する。1画素の読み出しノイズをNrとし、1画素の暗電流ノイズをNdとし、発光点から発光されてビンWで計測される背景光のショットノイズをNsとする。ここで、背景光とは、発光点から発光されて計測される光のうち、計測対象である蛍光を差し引いたものである。以上のノイズはビニング法に依存しないため、ビニング法を変更しても変化しない。このとき、ビンWの画素数をBmとし、ビンWのハードビニングの画素数をBhとし、ビンWのソフトビニングの画素数をBsとし、Bm=Bh×Bsとするとき、ビンWで積算された信号強度Xの総合ノイズNは、式(8)で表される。
【0043】
【数8】
【0044】
Bm=Bh=Bs=1のとき、すなわちビンWが単一画素で構成されるときは、総合ノイズは、良く知られている通り、3種類のノイズの2乗の和の平方根(ルート)になる。しかしながら、Bm=Bh=Bs=1ではないときは、式(8)に示される通り、各ノイズにそれぞれ固有の係数が掛けられる。まず、読み出しノイズは、イメージセンサからデータを1回読み出す毎に加算される。したがって、ハードビニングの画素数Bhがいくつであっても、1箇所のハードビニング領域毎に読み出しノイズが加算される。このため、式(8)のNr 2の項に、「ハードビニング領域の数」=「読み出し回数」に相当するソフトビニングの画素数Bsが掛けられているが、読み出し回数と無関係なハードビニングの画素数Bhは掛けられていない。次に、暗電流ノイズは、ハードビニングかソフトビニングかを問わずに、ビニングされる画素の数だけ加算される。このため、式(8)のNd 2の項に、BhとBsの両方が掛けられている。最後に、ショットノイズは、発光点から発光され、計測される光に内在するノイズであるため、ハードビニングかソフトビニングかを問わずに、ビニングとは無関係である。例えば、発光点から発光される特定の波長帯の光が、Bm=Bh=Bs=1の1画素に入射する場合も、Bm=Bh×Bs=10×10=100の100画素に入射する場合も、合計した光量および内在するノイズは同じはずである。このため、式(8)のNs 2の項に、BhとBsのいずれも掛けられていない。
【0045】
もうひとつ重要なポイントは、上述のように、ビンWの画素数Bmと無関係に、ビンW内で合計した特定の波長帯の光量が一定になること、すなわちシグナルSが一定になることである。ここで、シグナルSは、計測対象から発光し、一定の露光時間で計測される特定の波長帯の光量を示す。以上のように、ビンWの積算信号Xの総合ノイズNおよびシグナルSと、ビンWの画素数Bm、そのうちのハードビニングの画素数Bhおよびソフトビニングの画素数Bsの関係とを定式化することは、本開示によって初めてなされたものである。
【0046】
ここで、暗電流ノイズ比bを式(9)で表す。
【0047】
【数9】
【0048】
また、ショットノイズ比cを式(10)で表す。
【0049】
【数10】
【0050】
このとき、式(8)は次の式(11)で表される。
【0051】
【数11】
【0052】
式(8)および式(11)より明らかなように、Bm=Bh=Bs=1のときに、総合ノイズは最も小さくなり、S/Nは最も大きくなり、最も高感度となる。ビンWで積算された信号強度XのS/Nは、式(11)より次の式(12)で表される。
【0053】
【数12】
【0054】
ここでSは、上述の通り、ビンW内で積算して得られる一定の光量を示す。もちろん、このようにS/Nが定式化されたことは、本開示によって初めてなされたことである。ここで、S/N=3となる光量SをビンWの検出下限LLODとすると、検出下限LLODは下記式(13)で表される。
【0055】
【数13】
【0056】
次に、ダイナミックレンジ分析を行う。イメージセンサの1画素あたりの飽和光量をMとすると、ビンWの飽和光量はBs×Mとなる。つまり、読み出し回数、すなわちソフトビニングの画素数Bsに比例して飽和光量は増大するが、ハードビニングの画素数Bhとは無関係になる。ハードビニングの画素数を問わず、ハードビニングを実施した段階での飽和光量がMとなるためである。ただし、イメージセンサの種類によっては、1画素あたりの飽和光量よりも、ハードビニングを実施して読み出される飽和光量の方が大きくなるように設定されている場合があり、その場合はこの限りではなくなる。例えば、CCDの垂直シフトレジスタの飽和電荷量よりも、水平シフトレジスタあるいはサミングゲートの飽和電荷量の方がk=1~10倍程度に大きく設定されている場合がある。1画素あたりの飽和光量に対する、ハードビニングを実施して読み出される際の飽和光量の比率の最大値を飽和光量比k(k≧1)とすると、Bh=1のときはビンWの飽和光量はBs×Mとなり、1<Bh<kのときはビンWの飽和光量はBh×Bs×Mとなり、k≦BhのときはビンWの飽和光量はk×Bs×Mとなる。そこで、以上を一般化して、ビンWの飽和光量をα×Bs×Mとする。αを飽和光量係数と呼ぶ。ここで、Bh=1のときα=1であり、1<Bh<kのときα=Bhであり、k≦Bhのときα=kである。ただし、飽和光量比がk=1の場合はハードビニングの画素数Bhに依らずにα=1である。これらは、以降に示される、αが含まれるすべての数式にも適用される。ただし、一般にkは整数ではないため、以上のkを、kに最も近い整数で置き換えても良い。ビンWの検出上限ULODは、ビンWの飽和光量と同じであり、下記式(14)で表される。
【0057】
【数14】
【0058】
このとき、ダイナミックレンジDRはULOD/LLODで表され、式(15)で表される。
【0059】
【数15】
【0060】
同様に、イメージセンサのAD変換のビット数をBNとするとき、デジタル信号の分解能はBs×BNに向上され、Bsに伴って精度が向上される。
【0061】
<高感度および高ダイナミックレンジの条件>
上述の通り、(Bm=)Bh=Bs=1のときに最も高感度になる。しかしながら、多色検出光学系の構成に依存して、Bh=Bs=1とすることは一般に困難である。したがって、Bh=Bs=1の場合と比較して、感度を大幅に低下させないようにすることが重要である。実用的な感度を得るためには、Bh=Bs=1のときに得られるS/Nの1/3以上のS/Nが得られるようにする必要があり、そのための条件を第1の高感度条件とする。第1の高感度条件は、式(12)より、式(16)で表される。
【0062】
【数16】
【0063】
ここで、Bh=1のとき、式(16)は、式(17)のように表される。
【0064】
【数17】
【0065】
また、Bs=1のとき、式(16)は、式(18)のように表される。
【0066】
【数18】
【0067】
さらに、より実用的な感度を得るためには、Bh=Bs=1のときに得られるS/Nの2/3以上のS/Nが得られるようにする必要があり、そのための条件を第2の高感度条件とする。第2の高感度条件は、式(12)より、式(19)で表される。
【0068】
【数19】
【0069】
ここで、Bh=1のとき、式(19)は、式(20)のように表される。
【0070】
【数20】
【0071】
また、Bs=1のとき、式(19)は、式(21)のように表される。
【0072】
【数21】
【0073】
一方で、多色検出光学系の構成、並びに、ビン、ハードビニングおよびソフトビニングの設定を工夫することによって、Bh=Bs=1の場合と比較して、ダイナミックレンジDRを拡大することが可能である。実用的なダイナミックレンジDRを得るためには、Bh=Bs=1のときに得られるダイナミックレンジDRの3倍以上のダイナミックレンジDRが得られるようにする必要があり、そのための条件を第1の高ダイナミックレンジ条件とする。第1の高ダイナミックレンジ条件は、式(15)より、式(22)で表される。
【0074】
【数22】
【0075】
ここで、Bh=1のとき、式(22)は、式(23)のように表される。また、Bs=1のとき、式(22)は解なしとなる。
【0076】
【数23】
【0077】
さらに、より実用的なダイナミックレンジDRを得るためには、Bh=Bs=1のときに得られるダイナミックレンジDRの10倍以上のダイナミックレンジDRが得られるようにする必要があり、そのための条件を第2の高ダイナミックレンジ条件とする。第2の高ダイナミックレンジ条件は、式(15)より、式(24)で表される。
【0078】
【数24】
【0079】
ここで、Bh=1のとき、式(24)は、式(25)のように表される。また、Bs=1のとき、式(24)は解なしとなる。
【0080】
【数25】
【0081】
以上の高感度条件のいずれかと高ダイナミックレンジ条件のいずれかの両方を満足させることによって、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。例えば、式(16)かつ式(22)を満たすようにする、すなわち、次の式(26)を満たすようにすることによって、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足される。
【0082】
【数26】
【0083】
あるいは、式(19)かつ式(24)を満たすようにする、すなわち、次の式(27)を満たすようにすることによって、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足される。
【0084】
【数27】
【0085】
もちろん、式(16)と式(24)の両方を満足させるか、あるいは式(19)と式(22)の両方を満足させても効果が得られる。ただし、暗電流ノイズ比b、ショットノイズ比cおよび画素数Bmの条件によっては、これらの両方を満足させる解が存在しない場合がある。
【0086】
以上の式(16)~式(27)で、高感度または高ダイナミックレンジを得るためのBhおよびBsの好適な範囲が示されているが、これらと同時に、「1≦Bh≦BmかつBhは整数」、「1≦Bs≦BmかつBsは整数」および「Bm=Bh×Bs」が満足される必要がある。
【0087】
次に、Bh=1の場合について検討する。式(8)は次の式(28)のように変形される。
【0088】
【数28】
【0089】
ここで、1画素の読み出しノイズと暗電流ノイズの混合ノイズNxを式(29)のように定義する。
【0090】
【数29】
【0091】
また、ショットノイズ混合比aを式(30)で表す。
【0092】
【数30】
【0093】
ここで、a2は式(31)のようになる。
【0094】
【数31】
【0095】
このとき、式(28)は式(32)のように変形される。
【0096】
【数32】
【0097】
したがって、式(12)のS/Nは、式(33)で表される。
【0098】
【数33】
【0099】
また、式(15)のダイナミックレンジDRは、式(34)で表される。
【0100】
【数34】
【0101】
このとき、式(17)の第1の高感度条件は、式(35)で表される。
【0102】
【数35】
【0103】
また、式(20)の第2の高感度条件は、式(36)で表される。
【0104】
【数36】
【0105】
一方、式(23)の第1の高ダイナミックレンジ条件は、式(37)で表される。
【0106】
【数37】
【0107】
また、式(25)の第2の高ダイナミックレンジ条件は、式(38)で表される。
【0108】
【数38】
【0109】
<ビンの統合>
以上では、ひとつの発光点から発光される蛍光の、異なる波長帯の蛍光成分を計測するF個のビンW(f)(f=1,2,…,F)のそれぞれについて、高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討した。各ビンW(f)の信号強度X(f)(f=1,2,…,F)は、ビンW(f)を構成する個々の画素の信号強度を式(7)に従って積算したものである。また、得られた信号強度X(f)は、式(2)のXを構成し、式(6)の演算(色変換)によって、G種類の蛍光体の濃度Z(g)(g=1,2,…,G)が導出される。式(6)は、濃度Z(g)が信号強度X(1),X(2),…,X(F)の線形結合であること、すなわち、濃度Z(g)が信号強度X(1),X(2),…,X(F)のある種の積算であることを示している。また、蛍光体D(g)の発光に対して、信号強度X(1),X(2),…,X(F)のうちの複数の信号強度が相互に近接した値を示す場合、それらの信号強度は式(6)によって同等に積算される。したがって、個々のビンW(f)(あるいは個々の画素)に基づいて高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討するよりも、複数のビンW(f)(あるいは複数の画素)を組み合わせた統合ビンWWに基づいて高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討する方が適切な場合がある。この場合、統合ビンWWを、単にビンWと呼ぶこともある。統合ビンWWにどのビンW(f)(あるいはどの画素)を組み込むかのビン統合方法を次に検討する。なお、同一のビンW(f)が異なる複数の蛍光体についての統合ビンWWにそれぞれ組み込まれても構わない。
【0110】
式(3)の行列Yのg列の要素Y(1)(g),Y(2)(g),…,Y(F)(g)は、蛍光体D(g)の発光が各ビンW(f)の信号強度X(1),X(2),…,X(F)に寄与する比率をそれぞれ示している。これらの要素は、式(5)に従って合計が1になるように規格化されているが、ここでは、これらの要素の最大値が1になるように規格化することにする。このときの各要素を[Y(1)(g)],[Y(2)(g)],…,[Y(F)(g)]と表記する。
【0111】
第1のビン統合方法では、各蛍光体D(g)について、[Y(f1)(g)]=1とするとき、ビンW(f1)のみを統合ビンWWに組み込む。これは、これまでの統合ビンWWを導入しない方法を踏襲した方法である。ただし、これまでとは異なり、[Y(f0)(g)]≠1となる任意のビンW(f0)については、高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討する必要がない。
【0112】
第2のビン統合方法では、各蛍光体D(g)について、[Y(fj)(g)]≧0.9(j=1,2,…,J)とするとき、ビンW(fj)(j=1,2,…,J)を統合ビンWWに組み込む。同様に、[Y(f0)(g)]<0.9となる任意のビンW(f0)については、高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討する必要がない。
【0113】
第3のビン統合方法では、各蛍光体D(g)について、[Y(fj)(g)]≧0.8(j=1,2,…,J)とするとき、ビンW(fj)(j=1,2,…,J)を統合ビンWWに組み込む。同様に、[Y(f0)(g)]<0.8となる任意のビンW(f0)については、高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討する必要がない。
【0114】
第4のビン統合方法では、各蛍光体D(g)について、[Y(fj)(g)]≧0.5(j=1,2,…,J)とするとき、ビンW(fj)(j=1、2、…、J)を統合ビンWWに組み込む。同様に、[Y(f0)(g)]<0.5となる任意のビンW(f0)については、高感度および高ダイナミックレンジが得られる条件を検討する必要がない。すなわち、第1のビン統合方法~第4のビン統合方法では、蛍光体D(g)の発光の信号強度X(1),X(2),…,X(F)に寄与する比率が高いビンW(f)から順番に統合ビンWWに組み込んでいる。
【0115】
これらに対して、第5のビン統合方法では、各蛍光体D(g)について、すべてのビンW(f)(f=1,2,…,F)を統合ビンWWに組み込む。以上の第1のビン統合方法~第5のビン統合方法のいずれの方法を採用したとしても、採用された統合ビンWWについて、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立するために導出された式(8)~式(38)がそのまま成立するようにすれば良い。すなわち、統合ビンWWを仮想的にひとつのビンと捉えて、統合ビンWWを構成する画素数をBmとし、統合ビンWWに含まれる(複数の)ハードビニング領域の画素数の平均値をBhとし、統合ビンWWのソフトビニングの画素数をBsとし、Bm=Bh×Bsとして、これまでと同様に高感度条件と高ダイナミックレンジ条件とを両立させるのである。以下では、第5のビン統合方法について上記を説明する。
【0116】
各発光点P(e)(e=1,2,…,E)のそれぞれについて、ビンW(f)(f=1,2,…,F)の画素数をBm(f)とし、ビンW(f)のハードビニングの画素数をBh(f)とし、ビンW(f)のソフトビニングの画素数をBs(f)とする。これまでと同様に、Bm(f)=Bh(f)×Bs(f)、1≦Bh(f)≦Bm(f)、1≦Bs(f)≦Bm(f)であり、Bh(f)とBs(f)はいずれも整数とする。ビンW(1),W(2),…,W(F)を統合した統合ビンWWで積算された信号強度XXを想定すると、その総合ノイズNは、式(11)を変形して、式(39)で表される。
【0117】
【数39】
【0118】
ここで、暗電流ノイズ比b、ショットノイズ比c、読み出しノイズNrはそれぞれ、これまでと同じ定義であり、同じ値である。統合ビンWWで計測される光量の合計をシグナルSとすると、統合ビンWWにおけるS/Nは、式(12)を変形して、式(40)で表される。
【0119】
【数40】
【0120】
また、S/N=3となる光量Sを、統合ビンWWの検出下限LLODとすると、式(13)を変形して、式(41)で表される。
【0121】
【数41】
【0122】
さらに、ビンWWの検出上限ULOD、すなわちビンWWの飽和光量は、式(14)を変形して、式(42)で表される。
【0123】
【数42】
【0124】
ここで、飽和光量係数α、1画素あたりの飽和光量Mはそれぞれ、これまでと同じ定義であり、同じ値である。このとき、ダイナミックレンジDRは、ULOD/LLODで表され、式(15)を変形して、式(43)で表される。
【0125】
【数43】
【0126】
ここで、改めて、以下のように式(44)~式(47)を定義することにより、式(8)~式(38)がそのまま成立する。実際、式(44)~式(47)を用いると、式(11)と式(39)、式(12)と式(40)、式(13)と式(41)、式(14)と式(42)、式(15)と式(43)、はそれぞれ同じ式となる。これらは例に過ぎず、その他の数式についても同様である。すなわち、複数のビンW(f)(あるいは複数の画素)の集合をひとつの統合ビンWWとした場合、統合ビンWWが高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を満足するための諸条件が、式(44)~式(47)を定義することによって、式(8)~式(38)によって示されている。
【0127】
【数44】
【0128】
【数45】
【0129】
【数46】
【0130】
【数47】
【0131】
第1のビン統合方法~第4のビン統合方法についても、ビンW(f)(f=1、2、…、F)の積算範囲が変わるだけであり、それに応じて式(44)~式(47)の積算範囲を変更すれば、式(8)~式(38)がそのまま成立する。
【0132】
<露光時間の考慮>
以上では、イメージセンサによる蛍光計測を一定の露光時間で繰り返し行った場合について、感度およびダイナミックレンジの分析を行い、高感度および高ダイナミックレンジを両立させるための条件を明らかにしてきた。本検討では、さらに、露光時間を制御することによって、高感度および高ダイナミックレンジを一層両立させやすくして、好適条件の範囲を拡大する。一般に、露光時間を短縮すると、より強い発光強度を飽和せずに計測できるようになるため、ビンWの検出上限ULODを増大させることができる。一方で、露光時間を短縮すると、読み取り回数が増えるため、ノイズが増大し、ビンWの検出下限LLODも増大してしまう。あるいは、露光時間を短縮しながら読み取り回数を増やさなければ、計測されるシグナルが低下するため、やはり検出下限LLODが増大する。つまり、露光時間を短縮すると感度が低下し、場合によってはダイナミックレンジも低下する可能性がある。したがって、露光時間を単に短くすれば良いのではなく、最適な露光時間に設定することによって、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能となる。
【0133】
これまでに前提とされた一定の露光時間を標準露光時間Tとする。標準露光時間Tを分割数μ個の短縮露光時間tに等分割する。あるいは、標準露光時間Tを1/μ倍の延長露光時間tに拡大する。ここで、イメージセンサからのデータ読み出し時間はゼロと仮定し、分割による時間ロスはないとすると、標準露光時間Tは式(48)で表される。
【0134】
【数48】
【0135】
μは正であるが、必ずしも整数である必要はない。μ≧1のときはT≧tであるため、tは短縮露光時間を示す。0<μ<1のときはT<tであるため、tは延長露光時間を示す。以降は、μ≧1であっても、0<μ<1であっても成立するが、簡単のためtを短縮露光時間と呼ぶことにする。μ≧1の場合、短縮露光時間tで計測した信号をμ回分だけ計算機で積算することによって、標準露光時間Tで計測した信号と等しい信号を得ることができる。ここで、単位露光時間における、1画素の読み出しノイズをnrとし、1画素の暗電流ノイズをndとし、発光点から発光されてビンWで計測される背景光のショットノイズをnsとする。さらに、単位露光時間における、暗電流ノイズ比b0を式(49)で表す。
【0136】
【数49】
【0137】
同様に、単位露光時間における、ショットノイズ比c0を式(50)で表す。
【0138】
【数50】
【0139】
このとき、短縮露光時間tにおける1画素の読み出しノイズはnrとなり、1画素の暗電流ノイズはt×nd=t×b0×nrとなり、ビンWで計測される全発光のショットノイズはt0.5×ns=t0.5×c0×nrとなるため、ビンWの短縮露光時間tにおける総合ノイズnは、式(8)および式(11)を変形して、式(51)で表される。
【0140】
【数51】
【0141】
これに対して、標準露光時間Tにおける、1画素の読み出しノイズはNr=nrとなり、1画素の暗電流ノイズはNd=T×ndとなり、ビンWで計測される全発光のショットノイズはNs=T0.5×nsとなる。このとき、暗電流ノイズ比bは、式(52)で表される。
【0142】
【数52】
【0143】
また、ショットノイズ比cは式(53)で表される。
【0144】
【数53】
【0145】
したがって、ビンWについて短縮露光時間tで計測された信号をμ回分だけ計算機で積算して得られる標準露光時間Tに相当する信号の総合ノイズNは、式(8)および式(11)を変形して、式(54)で表される。
【0146】
【数54】
【0147】
これより、ビンWのS/Nは、式(12)を変形して、式(55)で表される。
【0148】
【数55】
【0149】
したがって、ビンWの検出下限LLODは、式(13)を変形して、式(56)で表される。
【0150】
【数56】
【0151】
一方、ビンWの検出上限ULODは、式(14)を変形して、式(57)で表される。
【0152】
【数57】
【0153】
したがって、ダイナミックレンジDRは、式(15)を変形して、式(58)で表される。
【0154】
【数58】
【0155】
以上を踏まえて、露光時間を制御することによって、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を両立する条件を明らかにする。ここでは、標準露光時間TにおいてBh=Bs=1とした場合のS/NおよびDRを比較対象とする。第1の高感度条件は、式(16)を変形して、式(59)で表される。
【0156】
【数59】
【0157】
また、Bh=1のときの第1の高感度条件は、式(17)を変形して、式(60)で表される。
【0158】
【数60】
【0159】
さらに、Bs=1のときの第1の高感度条件は、式(18)を変形して、式(61)で表される。
【0160】
【数61】
【0161】
第2の高感度条件は、式(19)を変形して、式(62)で表される。
【0162】
【数62】
【0163】
また、Bh=1のときの第2の高感度条件は、式(20)を変形して、式(63)で表される。
【0164】
【数63】
【0165】
さらに、Bs=1のときの第2の高感度条件は、式(21)を変形して、式(64)で表される。
【0166】
【数64】
【0167】
一方、第1の高ダイナミックレンジ条件は、式(22)を変形して、式(65)で表される。
【0168】
【数65】
【0169】
また、Bh=1のときの第1の高ダイナミックレンジ条件は、式(23)を変形して、式(66)で表される。
【0170】
【数66】
【0171】
第2の高ダイナミックレンジ条件は、式(24)を変形して、式(67)で表される。
【0172】
【数67】
【0173】
上述と同様に、以上の式(59)~式(67)を適宜組み合わせることにより、高感度と高ダイナミックレンジを両立させるためのノイズ条件およびビニング条件が導かれる。
【0174】
<高ダイナミックレンジ条件の変形>
以上では、第1の高ダイナミックレンジ条件および第2の高ダイナミックレンジ条件を検討したが、これらに加えて、ダイナミックレンジの絶対値を規定する方法が実用上、極めて有効である。現在市販されているDNA分析用キャピラリ電気泳動装置では、ダイナミックレンジDRが1000程度であり、応用範囲が限定されている。実用的なダイナミックレンジを得て、応用範囲を拡大するためには、3000以上のダイナミックレンジDRが必要であり、そのための条件を第3の高ダイナミックレンジ条件とする。第3の高ダイナミックレンジ条件は、式(68)で表される。
【0175】
【数68】
【0176】
例えば、以上に示す式(15)、式(34)、式(43)、式(58)、および以降に示す式(81)、式(85)において、式(68)が成立するとき、第3の高ダイナミックレンジ条件が満足される。また、より実用的なダイナミックレンジDRを得て、応用範囲をさらに拡大するためには、10000以上のダイナミックレンジDRが必要であり、そのための条件を第4の高ダイナミックレンジ条件とする。第4の高ダイナミックレンジ条件は、式(69)で表される。
【0177】
【数69】
【0178】
例えば、以上に示す式(15)、式(34)、式(43)、式(58)、および以降に示す式(81)、式(85)において、式(69)が成立するとき、第4の高ダイナミックレンジ条件が満足される。
【0179】
[実施例1]
<基本条件>
図1は、分析装置の一例であるマルチキャピラリ電気泳動装置の構成図である。マルチキャピラリ電気泳動装置は、DNAシーケンスおよびDNAフラグメント解析を行う分析装置として広く用いられている。マルチキャピラリ電気泳動装置は、キャピラリ1、陰極4陽極5、陰極側緩衝液6、陽極側緩衝液7、電源8、ポンプブロック9、バルブ10、シリンジ11、レーザ光源12、多色検出光学系15および計算機100を備える。計算機100は、マルチキャピラリ電気泳動装置の全体の動作を制御する。計算機100は、ユーザインターフェースを備え、後述のビニング条件を設定することができる。また、計算機100は、不図示のメモリに格納されたプログラムを実行することにより、多色検出光学系15で検出された蛍光の時系列データを解析し、DNAシーケンスのサンプルを分析する。
【0180】
本実施例では、E=4本のキャピラリ1を用い、各キャピラリ1で異なるサンプルのDNAシーケンスを実施した。各キャピラリ1の外径は360 μmであり、内径は50 μmである。DNAシーケンスのサンプルは、G=4種類の蛍光体で標識されたDNA断片から構成される。
【0181】
以下の(1)~(6)の工程によって、1回の分析セッションを実行した。
(1)まず、E=4本のキャピラリ1のサンプル注入端2を陰極側緩衝液6に浸し、サンプル溶出端3を、ポリマブロック9を介して陽極側緩衝液7に浸した。
(2)次に、ポンプブロック9のバルブ10を閉じ、ポンプブロック9に接続されたシリンジ11のピストンを押し下げることにより内部のポリマ溶液Ω1に加圧し、ポリマ溶液Ω1を各キャピラリ1の内部に、サンプル溶出端3からサンプル注入端2に向かって充填した。
(3)続いて、バルブ10を開け、各キャピラリ1にサンプル注入端2から異なるサンプルを電界注入した後、陰極4と陽極5の間に電源8により高電圧を印加することにより、キャピラリ電気泳動を開始した。G=4種類の蛍光体で標識されたDNA断片を、サンプル注入端2からサンプル溶出端3に向かって電気泳動させた。
(4)並行して、各キャピラリ1の、サンプル注入端2から一定距離電気泳動された位置を発光点14とし、レーザ光源12から発振された、出力5mW、波長505 nmのレーザビーム13を各発光点14に一括照射した。ここで、発光点14近傍の各キャピラリ1の被覆は予め除去されており、発光点14近傍の各キャピラリ1を同一平面上に配列し、レーザビーム13を、φ50 μm程度に絞ってから、上記の配列平面の側方より、配列平面に沿って導入した。
(5)そして、G=4種類の蛍光体で標識されたDNA断片を、各キャピラリ1の内部を電気泳動させ、発光点14を通過する際にレーザビーム13の照射によって標識されている各蛍光体を励起し、蛍光を発光させた。つまり、E=4個の発光点14からG=4種類の蛍光体を蛍光発光させ、電気泳動に伴い、それぞれの蛍光強度が時々刻々と変化するようにした。
(6)最後に、各発光点14から発光される蛍光を多色検出光学系15によって計測し、得られた時系列データを計算機100により解析することによって、各キャピラリ1に注入されたサンプルのDNAシーケンスを行った。ここで、各発光点14のサイズおよび形状は、各キャピラリ1の内径が50 μmであり、レーザビームの径が50 μmであるため、50 μm角である。多色検出光学系15は、図1において、各発光点14の奥側に位置している。
【0182】
図2Aは、多色検出光学系15の構成例を示す図である。図2Aは、多色検出光学系15を、4本のキャピラリ1の配列平面の側方より、すなわち図1においてレーザ光源12の方向から描写したものである。多色検出光学系15は、第1カメラレンズ16、ロングパスフィルタ17、透過型回折格子18、第2カメラレンズ19およびイメージセンサ20を備える。
【0183】
発光点14から発光される蛍光22を、焦点距離f1=50 mmの第1カメラレンズ16によってコリメートし、ロングパスフィルタ17によってレーザ波長505 nmの光をカットした後、格子周波数N=600 本/mmの透過型回折格子18によって波長分散し、焦点距離f2=50 mmの第2カメラレンズ19によってイメージセンサ20上に等倍で結像した。本実施例では、イメージセンサ20として、画素サイズ24 μm角のCCDを用いた。イメージセンサ20の飽和光量比はk=1であった。ここで、波長分散の方向は、各キャピラリ1の長軸と平行な方向、すなわち各発光点14が配列する方向と垂直な方向とした。ただし、図2Aに示されているように、多色検出光学系15の光軸21は、透過型回折格子18の1次回折光の方向に折れ曲がっている。コリメートされた蛍光22は、異なる波長成分が分散蛍光23、24、25のように波長分散されている。
【0184】
図2Bは、イメージセンサ20によって撮影した画像26の模式図である。図2Bは、E=4個の発光点14からの発光の波長分散像27を示している。イメージセンサ20上で、各発光点14からの蛍光22の波長分散像27は、互いに混じり合うことなく、互いに平行に配列される。したがって、各発光点14からの蛍光22を独立に分光計測することができた。また、イメージセンサ20の画素の2次元格子状配列の一方の軸と波長分散方向が平行になり、他方の軸と発光点配列方向が平行になるようにイメージセンサ20を配置した。図2Bにおいて、縦方向が波長分散方向であり、横方向が発光点配列方向である。その結果、各波長分散像27に沿った画素配列の強度分布は蛍光22の蛍光スペクトルを与えた。以降では、同時計測される複数の波長分散像27のうちのひとつの波長分散像27の分析方法を説明するが、他の波長分散像27についても同様の分析方法を適用した。
【0185】
一般に、波長λ (nm)の分散角θは、格子周波数N (1/mm)を用いて、式(70)で表される。
【0186】
【数70】
【0187】
波長1 nmあたりの分散角は式(71)で与えられる。
【0188】
【数71】
【0189】
このとき、イメージセンサ20上の波長1 nmあたりの分散距離 (mm)は、式(70)および式(71)より、式(72)で与えられる。
【0190】
【数72】
【0191】
本実施例では、λ=600 nmの光の、1 nmあたりのイメージセンサ20上の分散距離は、式(72)でN=600 本/mmとし、f2=50 mmとすると、0.032mm、すなわち32 μmである。イメージセンサ20の画素サイズは24 μmであるから、0.75 nm/画素の波長分解能が得られた。
【0192】
波長分散像27の520~700 nmの180 nm幅の波長域を計測対象とし、この波長域を20個の9 nm幅の波長帯に等間隔に分け、それぞれをF=20個のビンW(f)(f=1,2,…,20)に設定した。波長分解能は0.75 nm/画素であるため、9 nm幅の波長帯の光は波長分散方向の12画素で受光される。また、50 μm角の発光点14が等倍結像され、画素サイズが24 μm角であるため、9 nm幅の波長帯の光は発光点配列方向の3画素で受光される。そこで、ビニング条件として、各ビンW(f)を波長分散方向に12画素、発光点配列方向の3画素の領域とし、各ビンW(f)を構成する画素数をBm=12×3=36個とした。また、各ビンW(f)において、ハードビニングの画素数をBh=36個、ソフトビニングの画素数をBs=1個とした。本実施例で用いているイメージセンサの画素サイズは24 μm角であるため、上記のビンW(f)のイメージセンサ上のサイズは0.288 mm×0.072 mmである。
【0193】
図3は、図2Bの画像26のうちの、ひとつの波長分散像27の上端部分の拡大図を示す。以降の図4~10は、図3と同一の領域を、同一のスケールで示している。いずれも、イメージセンサ20が取得した画像26の僅かな一部分のみを示している。図4は、同領域の画素28の構成を示している。図5は、図4において波長分散像27を非表示としたものである。横方向に5画素、縦方向に35画素の合計175個の画素28が描かれている。図6は、図5に対して、太線でビンW(f)の領域を追記したものであり、ビンW(1)、ビンW(2)およびビンW(3)の一部を示している。上記のビニング条件に従って、各ビンW(f)は、発光点配列方向(横方向)に3画素、波長分散方向(縦方向)に12画素のBm=12×3=36個の画素28で構成されている。図7は、上記のビニング条件に従って、図6に対して、グレーおよび斜線でハードビニング領域7-1を追記したものである。各ビンW(f)は、ソフトビニングの画素数Bs=1個の、Bh=36個の画素28で構成されるハードビニング領域7-1で構成されている。
【0194】
一方で、図8~10はそれぞれ、上記のビニング条件とは異なるビニング条件を示している。図8では、各ビンW(f)は、ソフトビニングの画素数Bs=12個の、Bh=3個の画素28で構成されるハードビニング領域8-1~8-12で構成されている。図9では、各ビンW(f)は、ソフトビニングの画素数Bs=36個の、Bh=1個の画素28で構成されるハードビニング領域9-1~9-36で構成されている。図8および9では、各ビンW(f)を構成する複数のハードビニング領域のそれぞれの画素数Bhが一定であるが(図8ではBh=3、図9ではBh=1)、図10に例が示されるように、必ずしも一定である必要はない。図10では、各ビンW(f)は、ソフトビニングの画素数Bs=8個の、Bh=4個、5個、6個、5個、4個、6個、5個および1個の画素28で構成されるハードビニング領域10-1~10-8で構成されている。このような場合は、複数のハードビニング領域を構成する画素数の平均値をBhとする。図10の場合、Bh=(4+5+6+5+4+6+5+1)/8=36/8=4.5とする。
【0195】
図7~10は、Bm=36のビンW(f)についての4種類のビニング条件を示しているが、これらは一例に過ぎず、他にも様々なビニング条件に設定することができる。また、ビンW(f)を構成する画素28の数もBm=36に限定されるものではなく、任意の値に設定することが可能である。
【0196】
以上のようなビニング条件の設定は、ソフトウエアもしくはファームウエアによって行われるため、現状のビニング条件を調べることができる。ただし、仮にその設定値が不明である場合にも、現状のビニング条件を調べることができる。例えば、ビンW(f)の信号強度であるX(f)のみを参照できる場合、あるいは、蛍光体D(g)の濃度Z(g)のみを参照できる場合を想定する。個々の画素に光を入射させ、かつ入射させる光強度を変化させることによって、各画素の入射光量に対する信号強度X(f)または濃度Z(g)の応答を調べることができる。個々の画素に光を入射させる手段としては、レーザビームを細く絞ってイメージセンサに入射させる方法、非常に小さな発光点から単一波長の光を発光させてイメージセンサ上に結像させる方法などがある。これにより、各画素を各ビンW(f)に分類することができ、各ビンW(f)の画素数Bmを同定することができる。また、光を入射させる画素の数を2画素、3画素と増やした際の信号強度X(f)または濃度Z(g)の応答から、各ビンW(f)のハードビニングの画素数Bh、ソフトビニングの画素数Bsを同定することができる。もちろん、その他の手段によってビニング条件を調べても構わない。以上の結果より、現状のビニング条件が高感度および高ダイナミックレンジを両立する上で適切であるかどうかを判定し、必要に応じて適切なビニング条件に変更することが可能である。
【0197】
イメージセンサ20による撮像を露光時間100 ms、サンプリング間隔150 msで繰り返した。ビンW(f)で積算された信号強度X(f)(f=1,2,…,20)を各時刻で求めることによって、式(2)に示される20行1列の行列Xを各時刻について求めた。また、式(3)に示される20行4列の行列Yを予め求めておいた。そして、式(6)によって、式(4)に示される4行1列の行列Zを各時刻について求めた。すなわち、G=4種類の蛍光体の濃度Z(g)(g=1、2、3、4)の時間変化を求めた。得られた時系列データを解析することによって、各キャピラリ1に注入されたサンプルのDNAシーケンスを行った。
【0198】
以上の計測条件および図7に示すBm=36、Bh=36、Bs=1のビニング条件下におけるイメージセンサのノイズ分析を行った。ノイズ組成は各ビンW(f)で差がなかった。イメージセンサに光が一切入射しない状態、すなわち式(8)でNs=0カウントの条件下で上記と同様の計測を行い、信号強度X(f)の時系列データの標準偏差を求めた。本願で使用する「カウント」は、イメージセンサがデジタル出力する信号強度の単位である。
【0199】
また、露光時間を0 ms~1000 msの範囲で段階的に変化させ、同様に標準偏差を求めた。露光時間に対する標準偏差をプロットし、近似曲線を求めたところ、縦軸切片が1.5カウントであった。このとき、W(f)あたりの読み出しノイズは、上記近似曲線の縦軸切片、すなわち露光時間0 msのときの標準偏差となる。一方、ビンW(f)あたりの読み出しノイズは、式(8)の右辺第1項Bs×Nr 2のルートで与えられる。したがって、本条件ではBs=1であるため、1画素の読み出しノイズはNr=1.5カウントと求められた。
【0200】
次に、露光時間100 msにおける上記近似曲線の値が1.55カウントであることを求めた。このとき、式(8)の左辺がN2=1.552、右辺の第1項がBs×Nr 2=1.52、右辺の第3項がNs 2=0となるため、ビンW(f)あたりの暗電流ノイズを与える右辺第2項はBh×Bs×Nd 2=1.552-1.52=0.392となる。本条件ではBh=36、Bs=1であるため、1画素の暗電流ノイズはNd=0.065カウントと求められた。
【0201】
最後に、イメージセンサに光を入射させ、電気泳動分析時の背景光の標準偏差、すなわち総合ノイズがN=1.6カウントであることを求めた。このとき、式(8)の左辺がN2=1.62、右辺の第1項がBs×Nr 2=1.52、右辺の第2項がBh×Bs×Nd 2=0.392となるため、ビンW(f)あたりのショットノイズを与える右辺の第3項はNs 2=1.62-1.52-0.392=0.402となる。すなわち、発光点から発光されてビンW(f)で計測される背景光のショットノイズはNs=0.40カウントと求められた。以上より、式(9)の暗電流ノイズ比はb=0.043、式(10)のショットノイズ比はc=0.27と求められた。
【0202】
以上について、感度およびダイナミックレンジの性能を調べた。b=0.043、c=0.27を式(18)および「1≦Bh≦Bm」に代入すると、Bh≦36となるため、本条件(Bh=36、Bs=1)は第1の高感度条件を満足した。また、b=0.043、c=0.27を式(21)および「1≦Bh≦Bm」に代入すると、Bh≦36となるため、本条件(Bh=36、Bs=1)は第2の高感度条件も満足した。一方、本条件は、Bs=1であるため、第1の高ダイナミックレンジ条件および第2の高ダイナミックレンジ条件のいずれも満足しなかった。すなわち、本条件では、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立することはできないことが判明した。以上では、イメージセンサ20の飽和光量比がk=1であるため、α=1とした。
【0203】
以上では、露光時間を変化させる手段を用いてノイズ組成を示すNr、bおよびcを導出したが、露光時間を変化させることができない場合でもノイズ組成を求めることができる。各ビンW(f)のショットノイズは、ビンW(f)に入射する光量のルートに比例することが分かっている。したがって、入射光量を変化させることによってショットノイズを制御することが可能である。そこで、ショットノイズ比の2乗c2に対して、ビンW(f)の信号強度X(f)の総合ノイズの2乗N2をプロットすると、式(11)により、傾きがNr 2、縦軸切片が(Bs+b2×Bm)×N r 2 の直線が得られ、Nrおよび暗電流ノイズ比bを導くことができる。また、実際の計測条件における総合ノイズNと上記直線から、実際の計測条件におけるショットノイズ比cを導くことができる。
【0204】
<諸条件の変更>
そこで、ビニング条件の変更によって、具体的には、多色検出光学系の設定およびBm=36を固定しながら、ハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsを変化させることによって、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立できないかを検討した。Bm=36、b=0.043、c=0.27を式(16)および「1≦Bs≦BmかつBsは整数」に代入すると、Bs≦9となる。また、Bm=36、b=0.043、c=0.27を式(22)および「1≦Bs≦BmかつBsは整数」に代入すると、Bs≧9となる。したがって、Bh=4、Bs=9の条件にすることによって、式(26)が満足され、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。一方、Bm=36、b=0.043、c=0.27を式(19)および「1≦Bs≦BmかつBsは整数」に代入すると、Bs≦2となる。また、Bm=36、b=0.043、c=0.27を式(24)および「1≦Bs≦BmかつBsは整数」に代入すると、解無しとなる。したがって、式(27)が満足されることはなく、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足されることはなかった。
【0205】
次に、計測条件の変更を行った。キャピラリ1に充填する分離媒体をポリマ溶液Ω1からポリマ溶液Ω2に変更し、レーザビームの出力を5mWから20mWに増大させた。この条件下で上記と同様のノイズ分析を行ったところ、ノイズ組成が変化した。また、ビンW(f)によってノイズ組成が異なっていた。ビンW(20)の総合ノイズが最小のN=4カウントとなり、ビンW(10)の総合ノイズが最大のN=16カウントとなった。いずれの場合も、1画素の読み出しノイズがNr=1.5カウント、1画素の暗電流ノイズがNd=0.065カウントは変化しなかった。以上より、発光点から発光されてビンW(f)で計測される背景光のショットノイズは、ビンW(20)ではNs=3.7カウントであり、ビンW(10)ではNs=16カウントに上昇したことが分かった。つまり、各ビンW(f)において、NrとNdは一定であるが、Nsが3.7~16カウントの範囲で変化した。その結果、式(9)の暗電流ノイズ比はb=0.043であり、式(10)のショットノイズ比はc=2.5~10.7の範囲で変化した。
【0206】
これらを式(18)および「1≦Bh≦Bm」に代入すると、c=2.5~10.7の任意のショットノイズ比cに対してBh≦36となるため、本条件(Bh=36、Bs=1)は第1の高感度条件を満足した。また、これらを式(21)および「1≦Bh≦Bm」に代入すると、c=2.5~10.7の任意のショットノイズ比cに対してBh≦36となるため、本条件(Bh=36、Bs=1)は第2の高感度条件も満足した。一方、本条件は、Bs=1であるため、第1の高ダイナミックレンジ条件および第2の高ダイナミックレンジ条件のいずれも満足しなかった。すなわち、本条件では、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立することはできないことが判明した。以上では、イメージセンサ20の飽和光量比がk=1であるため、α=1とした。一方、イメージセンサの1画素あたりの飽和光量はM=65000であった。c=2.5のときは、式(15)より、DR=5340となった。したがって、本条件は、式(68)および式(69)より、第3の高ダイナミックレンジ条件を満足するが、第4の高ダイナミックレンジ条件を満足しないことが分かった。これに対して、c=10.7のときは、式(15)より、DR=1344となった。したがって、本条件は、式(68)および式(69)より、第3の高ダイナミックレンジ条件と第4の高ダイナミックレンジ条件をいずれも満足しないことが分かった。
【0207】
続いて、上記と同様に、多色検出光学系の設定およびBm=Bh×Bs=36を固定しながら、ハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsを変化させることによって、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立できないかを検討した。ここで、ハードビニングの画素数Bhは整数とする。まず、ショットノイズ比をc=2.5とする。Bm=36、b=0.043を式(16)および式(19)に代入すると、「1≦Bs≦BmかつBsは整数」の条件下でそれぞれ、Bs≦36およびBs≦10となる。また、Bm=36、b=0.043を式(22)および式(24)に代入すると、「1≦Bs≦BmかつBsは整数」の条件下でそれぞれ、Bs≧4およびBs≧19となる。
【0208】
以上のことは次のように纏められた。(Bh, Bs)が(36, 1)、(18, 2)または(12, 3)の場合は第2の高感度条件が満足された。(Bh, Bs)が(9, 4)、(6, 6)または(4, 9)の場合は第2の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。(Bh, Bs)が(3, 12)または(2, 18)の場合は第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。そして,(Bh, Bs)が(1, 36)の場合は第1の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足された。したがって、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足される解は存在しなかった。一方、式(15)、式(68)および式(69)より、(Bh, Bs)が(18, 2)、(12, 3)、(9, 4)、(6, 6)、(4, 9)、(3, 12)、(2, 18)および(1, 36)のいずれの場合も、第3の高ダイナミックレンジ条件および第4の高ダイナミックレンジ条件の両方を満足することが分かった。
【0209】
次に、ショットノイズ比をc=10.7とする。Bm=36、b=0.043を式(16)および式(19)に代入すると、「1≦Bs≦BmかつBsは整数」の条件下でいずれもBs≦36となる。また、Bm=36、b=0.043を式(22)および式(24)に代入すると、「1≦Bs≦BmかつBsは整数」の条件下でそれぞれ、Bs≧3およびBs≧11となる。以上のことは次のように纏められた。(Bh, Bs)が(36, 1)または(18, 2)の場合は第2の高感度条件が満足された。(Bh, Bs)が(12, 3)、(9, 4)、(6, 6)または(4, 9)の場合は第2の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。(Bh, Bs)が(3, 12)、(2, 18)または(1, 36)の場合は第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足された。以上では、イメージセンサ20の飽和光量比がk=1であるため、α=1とした。因みに、図7は(Bh, Bs)が(36, 1)の場合を示し、図8は(Bh, Bs)が(3, 12)の場合を示し、図9は(Bh, Bs)が(1, 36)の場合を示している。以上のように、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件がそれぞれ同水準で満足される解が複数存在する場合がある。そのような場合は、複数の解の中からハードビニングの画素数Bhが大きな解を選択すると、イメージセンサからのデータ読み出し速度を向上できる点で有利である。一方、式(15)、式(68)および式(69)より、(Bh, Bs)が(12, 3)、(9, 4)および(6, 6)のいずれの場合も、第3の高ダイナミックレンジ条件を満足するが、第4の高ダイナミックレンジ条件を満足しないことが分かった。また、(Bh, Bs)が(4, 9)、(3, 12)、(2, 18)および(1, 36)のいずれの場合も、第3の高ダイナミックレンジ条件および第4の高ダイナミックレンジ条件の両方を満足することが分かった。
【0210】
以上のように、ビニング条件を工夫することによって、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立できることが明らかになった。ただし、暗電流ノイズ比b、ショットノイズ比cに代表されるノイズの組成によって、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件が変化する。ノイズ組成によって、ビニング条件が広くなることもあれば、解となるビニング条件が存在しなくなることもある。
【0211】
<飽和光量比の変更>
続いて、飽和光量比がk=1のイメージセンサ20からk=3のイメージセンサ20に交換した場合について、同様に、感度およびダイナミックレンジの性能を調べた。ここで、ハードビニングの画素数Bhは正の整数であり、Bh=1のときα=1、Bh=2のときα=2、Bh≧3のときα=3である。以下では、1≦Bs≦BmかつBsは整数とする。
【0212】
まず、Bm=36、b=0.043、c=0.27の場合について検討した。式(16)および式(19)にはαが含まれないため、高感度条件はk=1の場合と変化がない。すなわち、Bs≦9とすることによって第1の高感度条件が満足され、Bs≦2とすることによって第2の高感度条件が満足された。これに対して、式(22)および式(24)にはαが含まれるため、高ダイナミックレンジ条件はk=1の場合から変化する。Bh=1の場合はα=1であり、式(22)よりBs≧9となる。Bh=2の場合はα=2であり、式(22)よりBs≧3となる。Bh≧3の場合はα=3であり、式(22)よりBs≧1となる。したがって、(Bh, Bs)が(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)、(12, 3)、(18, 2)および(36, 1)の全ての組み合わせが第1の高ダイナミックレンジ条件の解となった。
【0213】
一方、Bh=1の場合はα=1であり、式(24)よりBs≧36となる。Bh=2の場合はα=2であり、式(24)よりBs≧24となる。Bh≧3の場合はα=3であり、式(24)よりBs≧11となる。したがって、(Bh, Bs)が(1, 36)および(3, 12)の組み合わせが第2の高ダイナミックレンジ条件の解となった。以上より、(Bh, Bs)を(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)、(12, 3)、(18, 2)および(36, 1)のいずれかにすることによって、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。また、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が同時に満足されるビニング条件がないことが判明した。
【0214】
次に、Bm=36、b=0.043、c=2.5の場合について検討した。式(16)および式(19)にはαが含まれないため、高感度条件はk=1の場合と変化がない。すなわち、Bs≦36とすることによって第1の高感度条件が満足され、Bs≦10とすることによって第2の高感度条件が満足された。これに対して、式(22)および式(24)にはαが含まれるため、高ダイナミックレンジ条件はk=1の場合から変化する。Bh=1の場合はα=1であり、式(22)よりBs≧4となる。Bh=2の場合はα=2であり、式(22)よりBs≧2となる。Bh≧3の場合はα=3であり、式(22)よりBs≧1となる。したがって、(Bh, Bs)が(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)、(12, 3)、(18, 2)および(36, 1)の全ての組み合わせが第1の高ダイナミックレンジ条件の解となった。
【0215】
一方、Bh=1の場合はα=1であり、式(24)よりBs≧18となる。Bh=2の場合はα=2であり、式(24)よりBs≧7となる。Bh≧3の場合はα=3であり、式(24)よりBs≧4となる。したがって、(Bh, Bs)が(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)の組み合わせが第2の高ダイナミックレンジ条件の解となった。以上より、(Bh, Bs)を(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)、(12, 3)、(18, 2)および(36, 1)のいずれかにすることよって、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。また、(Bh, Bs)を(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)のいずれかにすることによって、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足された。
【0216】
最後に、Bm=36、b=0.043、c=10.7の場合について検討した。式(16)および式(19)にはαが含まれないため、高感度条件はk=1の場合と変化がない。すなわち、Bs≦36とすることによって第1の高感度条件と第2の高感度条件がいずれも満足された。これに対して、式(22)および式(24)にはαが含まれるため、高ダイナミックレンジ条件はk=1の場合から変化する。Bh=1の場合はα=1であり、式(22)よりBs≧3となる。Bh=2の場合はα=2であり、式(22)よりBs≧2となる。Bh≧3の場合はα=3であり、式(22)よりBs≧1となる。したがって、(Bh, Bs)が(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)、(12, 3)、(18, 2)および(36, 1)の全ての組み合わせが第1の高ダイナミックレンジ条件の解となった。
【0217】
一方、Bh=1の場合はα=1であり、式(24)よりBs≧11となる。Bh=2の場合はα=2であり、式(24)よりBs≧6となる。Bh≧3の場合はα=3であり、式(24)よりBs≧4となる。したがって、(Bh, Bs)が(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)および(9, 4)の組み合わせが第2の高ダイナミックレンジ条件の解となった。以上より、(Bh, Bs)を(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)、(9, 4)、(12, 3)、(18, 2)および(36, 1)のいずれかにすることよって、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足された。また、(Bh, Bs)を(1, 36)、(2, 18)、(3, 12)、(4, 9)、(6, 6)および(9, 4)のいずれかにすることによって、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足された。以上の通り、飽和光量比がk=1からk=3に変更されることによって、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を両立するビニング条件の範囲が拡大され、より効果が得られやすくなっていることが分かった。
【0218】
本実施例では、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立するノイズ条件およびビニング条件を見出した。しかしながら、ダイナミックレンジよりも感度を重視する場合は、元の条件である(Bh, Bs)を(36, 1)に戻す方が良い場合もある。したがって、同じマルチキャピラリ電気泳動装置の中で、高ダイナミックレンジよりも高感度を重視するモードと、高感度と高ダイナミックレンジを両立するモードとを用途に応じて使い分けられるようにすること、つまり複数のビニング条件の中から適切なビニング条件を選択できるようにすることが有効である。ユーザが、ユーザインターフェースを用いて、複数のビニング条件の中から所望のビニング条件を選択できるようにすると良い。あるいは、ユーザが意識的にビニング条件を選択せずとも、ソフトウエアが複数のビニング条件の中から適切なビニング条件を選択できるようにすることも有効である。
【0219】
<イメージセンサの変更>
今度は、上記の<基本条件>で定めた条件下で、イメージセンサをCCDから、画素サイズが3.63μm角のCMOSに変更した。CCDのAD変換がBN=16ビットであったのに対して、CMOSのAD変換はBN=12ビットであった。ここでは、多色検出光学系の設定を変えていないため、ビンW(1)~W(20)がそれぞれ計測対象とする波長帯の光の像のイメージセンサ上のサイズは0.288 mm×0.072 mmのままである。そこで、各ビンW(f)がそれぞれ同じ波長帯の光を計測対象とするため、各ビンW(f)を構成する画素数をBm=79×20=1580個とした。つまり、先と比較して、ビンW(f)の画素数を40倍以上に増やした。また、CMOSはハードビニングを実行できないため、各ビンW(f)において、ハードビニングの画素数をBh=1個、ソフトビニングの画素数をBs=1580個とした。また、飽和光量比がk=1であるため、α=1とした。CMOSのAD変換はBN=12ビットに過ぎないが、Bs=1580であるため、デジタル信号の分解能はBs×BN=1580×12ビット=23ビットとなり、16ビットを遥かに超える分解能が実質的に得られる。
【0220】
上記条件でノイズ分析を行った結果、1画素の読み出しノイズはNr=1.06カウントであり、暗電流ノイズ比はb=0.21であり、ショットノイズ比はc=10であった。このとき、第1の高感度条件を満足するビニング条件は、式(17)より、Bs≦775であった。また、第2の高感度条件を満足するビニング条件は、式(20)より、Bs≦121であった。一方、第1の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、式(23)より、Bs≧3であった。さらに、第2の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、式(25)より、Bs≧11であった。以上より、上記のBm=Bs=1580の条件は、第1の高ダイナミックレンジ条件および第2の高ダイナミックレンジ条件をいずれも満足するが、第1の高感度条件および第2の高感度条件をいずれも満足しないことが判明した。
【0221】
そこで、上記の<諸条件の変更>と同様に、多色検出光学系の設定は変更せずに、計測条件の変更を行った。その結果、ノイズ分析を行ったところ、1画素の読み出しノイズはNr=1.06カウントであり、暗電流ノイズ比はb=0.21であり変化しなかったが、ショットノイズ比がc=24~52に増大した。ここで、c=24はビンW(20)で得られ、c=52はビンW(10)で得られた。
【0222】
まず、ショットノイズ比がc=24のとき、第1の高感度条件を満足するビニング条件は、式(17)より、Bs≦4422であった。また、第2の高感度条件を満足するビニング条件は、式(20)より、Bs≦652であった。一方、第1の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、式(23)より、Bs≧3であった。さらに、第2の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、式(25)より、Bs≧11であった。以上より、上記のBm=Bs=1580の条件は、第1の高ダイナミックレンジ条件および第2の高ダイナミックレンジ条件をいずれも満足し、第1の高感度条件も満足するが、第2の高感度条件は満足しないことが判明した。
【0223】
次に、ショットノイズ比がc=52のとき、第1の高感度条件を満足するビニング条件は、式(17)より、Bs≦21571であった。また、第2の高感度条件を満足するビニング条件は、式(20)より、Bs≦3312であった。一方、第1の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、式(23)より、Bs≧3であった。さらに、第2の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、式(25)より、Bs≧10であった。以上より、上記のBm=Bs=1580の条件は、第1の高感度条件、第2の高感度条件、第1の高ダイナミックレンジ条件および第2の高ダイナミックレンジ条件のすべてを満足することが判明した。
【0224】
以上の通り、ノイズ組成を適切な条件にすることによって、同じビニング条件を用いながら、高感度と高ダイナミックレンジを両立できるようになることが分かった。つまり、ノイズ条件によって、高感度と高ダイナミックレンジを両立できることもあれば、逆に、高感度と高ダイナミックレンジを両立できなくなることもあることが分かった。
【0225】
<多色検出光学系の構成の変更>
<基本条件>に記される多色検出光学系の構成を変更することによって、高感度と高ダイナミックレンジを両立させることを検討した。イメージセンサは、画素サイズが3.63μm角のCMOSとした。また、飽和光量比がk=1であるため、α=1とした。まず、多色検出光学系で用いられている透過型回折格子の格子周波数をN=600 本/mmからN=200 本/mmに変更した。このとき、式(72)より、イメージセンサ上の1 nmあたりの分散距離は10 μmとなるため、ビンW(1)~W(20)が計測対象とする9 nm幅の波長帯の光の像のサイズは、0.10 mm×0.072 mmとなった。すなわち、各ビンW(f)を波長分散方向に25画素、発光点配列方に20画素、Bm=25×20=500とした。また、ハードビニングの画素数をBh=1とし、ソフトビニングの画素数をBs=500とした。計測条件を<基本条件>から変更しない場合、1画素の読み出しノイズがNr=1.06カウント、暗電流ノイズ比がb=0.21、ショットノイズ比がc=10のままである。つまり、第1の高感度条件はBs≦775であり、第2の高感度条件はBs≦121であり、第1の高ダイナミックレンジ条件はBs≧3であり、第2の高ダイナミックレンジ条件はBs≧11である。したがって、Bh=1、Bs=500のビニング条件は、第1の高感度条件、第1の高ダイナミックレンジ条件、および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足される。以上より、同じ計測条件下で、多色検出光学系の構成を変更することによって、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を両立できるようになった。
【0226】
次に、上記の多色検出光学系の構成の変更に、さらに変更を加えることによって、より好適に高感度と高ダイナミックレンジを両立させることを検討した。具体的には、多色検出光学系で用いられている透過型回折格子の格子周波数をN=600 本/mmからN=200 本/mmに変更することに加えて、第2カメラレンズの焦点距離をf2=50 mmからf2=25 mmに変更した。このとき、発光点からの発光の波長分散像は1/2倍の縮小結像となる。したがって、式(72)より、イメージセンサ上の1 nmあたりの分散距離は5 μmとなり、波長分散しない場合の50 μm角の発光点の結像サイズは25 μm角となる。これより、ビンW(1)~W(20)が計測対象とする9 nm幅の波長帯の光の像のサイズは、0.045 mm×0.025 mmとなった。すなわち、各ビンW(f)を波長分散方向に12画素、発光点配列方に7画素、Bm=12×7=84とした。また、ハードビニングの画素数をBh=1とし、ソフトビニングの画素数をBs=84とした。このとき、計測条件を<基本条件>から変更しない場合、1画素の読み出しノイズがNr=1.06カウント、暗電流ノイズ比がb=0.21、ショットノイズ比がc=10のままであるとすると、第1の高感度条件、第2の高感度条件、第1の高ダイナミックレンジ条件、および第2の高ダイナミックレンジ条件のすべてが満足された。以上より、同じ計測条件下で、多色検出光学系の構成を変更することによって、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を両立できるようになり、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を両立できる範囲を拡大することができるようになった。
【0227】
[実施例2]
本実施例では、実施例1の検討内容を一般化することによって、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立する条件を系統的に明確化する。実施例1では、主として(実施例1の<多色検出光学系の構成の変更>を除いて)、ビンWの画素数Bmを固定しながらハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsを変化させることを検討した。これに対して、本実施例では、ハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsだけでなく、画素数Bmも変化させることを検討する。ここで、Bmの変化は、多色検出光学系の構成を制御して、ビンWが対象とする特定の波長帯の蛍光の像が投影されるイメージセンサ上の画素領域を変化させることによって行う。
【0228】
また、実施例1では、計測条件の変更によって、ノイズの組成を変化させるだけでなく、総合ノイズの大きさも変化させた。これに対して、本実施例では、総合ノイズの大きさの変化の影響を回避するため、計測条件の変更によって、総合ノイズの大きさを一定に保ちながら、ノイズの組成を変更するようにした。本実施例の検討では、式(11)、式(13)、式(14)および式(15)を用いた。ただし、イメージセンサの飽和光量比がk=1であるため、α=1とした。また、式(11)でBh=Bs=1とした場合の総合ノイズが、N=1カウントで一定であるとした。さらに、イメージセンサの1画素あたりの飽和光量をM=10000カウントとした。以降では、ノイズおよび光量の単位であるカウントを省略する。
【0229】
図11A~11Cは、Bs=1の条件下で、ハードビニングの画素数Bhの変化に対する、検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRを求めた結果を点線で示している。ここで、検出下限LLODは三角プロットで示し、検出上限ULODは四角プロットで示し、DRは丸プロットで示している。また、図11Aではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図11Bではb=0.1、c=0のノイズ組成に設定し、図11Cではb=1、c=0のノイズ組成に設定した。それぞれのグラフの右側に、第1の高感度条件、第2の高感度条件、第1の高ダイナミックレンジ条件(「第1の高DR条件」と表記)、および第2の高ダイナミックレンジ条件(「第2の高DR条件」と表記)を満足するビニング条件を表で示す。ここで、第1の高感度条件は式(18)より求め、第2の高感度条件は式(21)より求めた。なお、解が存在しない場合は「-」と表記した。
【0230】
まず、図11Aのb=0、c=0の場合、検出下限LLOD、検出上限ULODおよびこれらの比であるダイナミックレンジDRはいずれも、ハードビニングの画素数Bhによらずに一定、つまりBh=1の場合と同じ検出下限LLOD=3、検出上限ULOD=10000およびダイナミックレンジDR=3333となった。b=0、c=0は、総合ノイズが読み出しノイズのみで構成されることを意味するため、ハードビニングの画素数Bhが増えても総合ノイズが変化せず検出下限LLODが変化しなかったのである。このため、任意のハードビニングの画素数Bhについて第1の高感度条件および第2の高感度条件が満足された。図11Aでは、グラフのスケールに合わせて、両条件を満足させるビニング条件をBh≦105と表記した。また、ハードビニングの画素数Bhが増えても、ハードビニング後の飽和光量はM=10000のままであるため、検出上限ULODも変化しなかったのである。このため、高ダイナミックレンジ条件を満足させるビニング条件の解は存在しなかった。
【0231】
次に、図11Bのb=0.1、c=0の場合、ハードビニングの画素数Bhが増えるのに従って暗電流ノイズが増えるため、総合ノイズが増え、検出下限LLODも増えた。ただし、Bh=1のときの検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRは図11Aの値とそれぞれ同じである。この結果、表に示す通り、第1の高感度条件は式(18)よりBh≦809とすることによって満足され、第2の高感度条件は式(21)よりBh≦127とすることによって満足された。
【0232】
また、図11Cのb=1、c=0の場合、ハードビニングの画素数Bhに対する検出下限LLODの増加率がさらに上昇し、概ね傾き1/2の直線に従って増加した。これは次のように説明できる。式(13)から明らかなように、c=0で、暗電流ノイズ比bが十分に大きくなると、ハードビニングの画素数Bhのルートに比例して検出下限LLODが増加する。このとき、図11は両対数グラフであるため、ハードビニングの画素数Bhと検出下限LLODは傾き1/2の直線関係になったのである。この結果、表に示す通り、第1の高感度条件は式(18)よりBh≦17とすることによって満足され、第2の高感度条件は式(21)よりBh≦4とすることによって満足された。これに対して、式(14)より、暗電流ノイズ比bとショットノイズ比cおよびハードビニングの画素数Bhと無関係に、飽和光量はM=10000のままであるため、図11B図11Cの検出上限ULODは図11Aから変化しなかった。
【0233】
以上より、暗電流ノイズ比bが大きくなると、ハードビニングの画素数Bhに対してダイナミックレンジDRが減少した。両対数グラフの図11Cに示されるように、暗電流ノイズ比bが十分に大きくなると、ハードビニングの画素数BhとダイナミックレンジDRは傾き-1/2の直線関係になった。このため、高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件の解は存在しなかった。以上より、図11の条件では、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立することができないことが判明した。
【0234】
図12A~12Cは、Bh=1の条件下で、ソフトビニングの画素数Bsの変化に対する、検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRを求めた結果を実線で示している。ここで、検出下限LLODは三角プロットで示し、検出上限ULODは四角プロットで示し、ダイナミックレンジDRは丸プロットで示している。図11A~11Cと同様に、図12Aではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図12Bではb=0.1、c=0のノイズ組成に設定し、図12Cではb=1、c=0のノイズ組成に設定したところ、図12A図12Bおよび図12Cはいずれも同じ結果となった。Bs=1の場合、図11A~11CにおけるBh=1の場合と同様に、検出下限LLOD=3、検出上限ULOD=10000およびダイナミックレンジDR=3333となった。これに対して、式(13)より、c=0のとき、bによらずに、ソフトビニングの画素数Bsのルートに比例して検出下限LLODが増加する。このため、両対数グラフの図12A~12Cに示されるように、ソフトビニングの画素数Bsと検出下限LLODは傾き1/2の直線関係になった。このとき、表に示す通り、第1の高感度条件は式(17)よりBs≦9とすることによって満足され、第2の高感度条件は式(20)よりBs≦2とすることによって満足されることが分かった。一方、式(14)より、暗電流ノイズ比bとショットノイズ比cに無関係に、ソフトビニングの画素数Bsに比例して検出上限ULODが増加する。このため、両対数グラフの図12A~12Cに示されるように、ソフトビニングの画素数Bsと検出上限ULODは傾き1の直線関係になった。
【0235】
以上より、暗電流ノイズ比bとショットノイズ比cと無関係に、ソフトビニングの画素数Bsのルートに比例してダイナミックレンジDRが増大した。両対数グラフの図12A~12Cに示されるように、ソフトビニングの画素数BsとダイナミックレンジDRは傾き1/2の直線関係になった。このとき、式(23)および式(25)より、表に示す通り、第1の高ダイナミックレンジ条件は9≦Bsとすることによって満足され、第2の高ダイナミックレンジ条件は100≦Bsとすることによって満足されることが分かった。以上より、式(26)で示されるように、Bs=9とすることによって、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立できることが明らかになった。しかしながら、式(27)で示されるように、図12A~12Cの条件では、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立できないことが判明した。
【0236】
図11A~11CではBs=1の条件下でハードビニングの画素数Bh(=Bm)を変化させ、図12A~12CではBh=1の条件下でソフトビニングの画素数Bs(=Bm)を変化させたのに対して、図13A~13Cでは、ビンの画素領域を固定して、具体的にはBm=100の条件下で、Bm=Bh×Bsを保ちながらハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsの両方を変化させた。ただし、ハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsはいずれも正の整数とした。図11A~11C、図12A~12Cと同様に、図13Aではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図13Bではb=0.1、c=0のノイズ組成に設定し、図13Cではb=1、c=0のノイズ組成に設定したときの、検出下限LLODを三角プロットで示し、検出上限ULODを四角プロットで示し、ダイナミックレンジDRを丸プロットで示し、それぞれを一点鎖線で示している。検出下限LLODは式(13)より求め、検出上限ULODは式(14)より求め、ダイナミックレンジDRはこれらの比から求めた。横軸はいずれもソフトビニング率Bs/Bmで示した。ここで、(Bh, Bs)が(100, 1)のときBs/Bmが1%とし、(50, 2)のとき2%とし、(20, 5)のとき5%とし、(10, 10)のとき10%とし、(5, 20)のとき20%とし、(2, 50)のとき50%とし、(1, 100)のとき100%とし、これらのビニング条件についてプロットした。Bs/Bm=1%は図11におけるBh=100と同じ結果を示し、Bs/Bm=100%は図12におけるBs=100と同じ結果を示しており、Bs/Bm=2%~50%はこれらの間の結果を示している。高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件は、図12の結果と同等であるが、Bs/Bmの範囲で示した。Bs/Bm=9%とすることによって、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができるが、図13の条件では、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができないことが判明した。なお、図13では、一例としてBm=100=102の条件で検討を行ったが、Bm=100~105の任意の画素数Bmについて同様の検討が可能であることは言うまでもない。
【0237】
図11図13では、c=0の条件下で、暗電流ノイズ比bを変化させた場合の検討を行ったが、以降に示す図14図16では、b=0の条件下で、ショットノイズ比cを変化させた場合の検討を行った。図14A~14Cは、図11と同様に、Bs=1の条件下で、ハードビニングの画素数Bhの変化に対する、検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRを求めた結果を点線で示している。図14Aではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図14Bではb=0、c=2.5のノイズ組成に設定し、図14Cではb=0、c=10のノイズ組成に設定したところ、図14A図14Bおよび図14Cはいずれも同じ結果となった。また、検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRはいずれも、ハードビニングの画素数Bhによらずに一定、つまりBh=1の場合と同じ検出下限LLOD=3、検出上限ULOD=10000およびダイナミックレンジDR=3333となった。この結果は図11Aの結果と同じである。これは、式(13)に示されている通り、b=0の条件下では、検出下限LLODはハードビニングの画素数Bhに依存しないためである。また、式(14)に示されている通り、暗電流ノイズ比bおよびショットノイズ比cの条件を問わずに、検出上限ULODはBhに依存しないためである。このため、任意のハードビニングの画素数Bhについて第1の高感度条件および第2の高感度条件が満足され、図11Aと同様に、両条件が満足されるビニング条件をBh≦105と表記した。また、高ダイナミックレンジ条件が満足されるビニング条件の解は存在しなかった。以上より、図14A~14Cの条件では、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立させることができないことが判明した。
【0238】
図15A~15Cは、Bh=1の条件下で、ソフトビニングの画素数Bsの変化に対する、検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRを求めた結果を実線で示している。図14A~14Cと同様に、図15Aではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図15Bではb=0、c=2.5のノイズ組成に設定し、図15Cではb=0、c=10のノイズ組成に設定した。図15Aの条件および結果は、図12Aの条件および結果と同じである。つまり、第1の高感度条件は式(17)よりBs≦9とすることによって満足され、第2の高感度条件は式(20)よりBs≦2とすることによって満足された。また、第1の高ダイナミックレンジ条件は式(23)より9≦Bsとすることによって満足され、第2の高ダイナミックレンジ条件は式(25)より100≦Bsとすることによって満足された。したがって、Bs=9とすることによって、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができたが、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができないことが判明した。
【0239】
図15Aの結果と比較して、図15Bでは検出下限LLODが低下し、図15Cでは検出下限LLODがさらに低下した。これは、式(13)に示されている通り、ショットノイズ比cが大きくなると、読み出しノイズと暗電流ノイズの寄与率が低下し、総合ノイズに対するソフトビニングの画素数Bsの寄与が低下するためである。図15A図15Bおよび図15Cの比較で明らかなように、検出上限ULODはショットノイズ比cによって変化しないため、検出下限LLODが低下した分だけダイナミックレンジDRが向上している。
【0240】
図15Bでは、第1の高感度条件は式(17)よりBs≦59とすることによって満足され、第2の高感度条件は式(20)よりBs≦10とすることによって満足された。また、第1の高ダイナミックレンジ条件は式(23)より4≦Bsとすることによって満足され、第2の高ダイナミックレンジ条件は式(25)より19≦Bsとすることによって満足された。したがって、4≦Bs≦59とすることによって、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。このビニング条件の範囲は、図15Aの場合と比較して拡大しており、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件の両立に有利であることが分かった。しかしながら、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができないことが判明した。ただし、4≦Bs≦10とすることによって、第2の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。あるいは、19≦Bs≦59とすることによって、第1の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。
【0241】
一方、図15Cでは、第1の高感度条件は式(17)よりBs≦809とすることによって満足され、第2の高感度条件は式(20)よりBs≦127とすることによって満足された。また、第1の高ダイナミックレンジ条件は式(23)より3≦Bsとすることによって満足され、第2の高ダイナミックレンジ条件は式(25)より11≦Bsとすることによって満足された。したがって、3≦Bs≦809とすることによって、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。さらに、11≦Bs≦127とすることによって、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。また、3≦Bs≦127とすることによって、第2の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。あるいは、11≦Bs≦809とすることによって、第1の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させることができた。すなわち、図15Aよりも図15B図15Bよりも図15Cが、すなわちショットノイズ比cを大きな値に設定することによって、高感度と高ダイナミックレンジを両立する上で好適な条件を提供できることが分かった。
【0242】
図14A~14CではBs=1の条件下でハードビニングの画素数Bh(=Bm)を変化させ、図15A~15CではBh=1の条件下でBs(=Bm)を変化させたのに対して、図16A~16Cでは、図13A~13Cと同様に、ビンの画素領域を固定して、具体的にはBm=100の条件下で、Bm=Bh×Bsを保ちながらハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsの両方を変化させた。ただし、ハードビニングの画素数Bhとソフトビニングの画素数Bsはいずれも正の整数とした。図14図15と同様に、図16Aではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図16Bではb=0、c=2.5のノイズ組成に設定し、図16Cではb=0、c=10のノイズ組成に設定したときの、検出下限LLODを三角プロットで示し、検出上限ULODを四角プロットで示し、ダイナミックレンジDRを丸プロットで示し、それぞれを一点鎖線で示している。検出下限LLODは式(13)より求め、検出上限ULODは式(14)より求め、ダイナミックレンジDRはこれらの比から求めた。横軸はいずれもソフトビニング率Bs/Bmで示した。図13A~13Cと同様に、(Bh, Bs)が(100, 1)のときBs/Bmが1%とし、(50, 2)のとき2%とし、(20, 5)のとき5%とし、(10, 10)のとき10%とし、(5, 20)のとき20%とし、(2, 50)のとき50%とし、(1, 100)のとき100%とし、これらのビニング条件についてプロットした。Bs/Bm=1%は図14A~14CにおけるBh=100と同じ結果を示し、Bs/Bm=100%は図15A~15CにおけるBs=100と同じ結果を示しており、Bs/Bm=2%~50%はこれらの間の結果を示している。図16A図16Bおよび図16Cにおいて満足される高感度条件および高ダイナミックレンジ条件はそれぞれ図15A図15Bおよび図15Cとそれぞれ同じであった。ただし、図15Cでは第1の高感度条件がBs≦809であり、第2の高感度条件がBs≦127であったが、図16ではBs≦100のため、図16Cでは第1の高感度条件と第2の高感度条件を満足させるビニング条件をそれぞれBs/Bm≦100%と表記した。なお、図16A~16Cでは、一例としてBm=100=102の条件で検討を行ったが、Bm=100~105の任意のBmについて同様の検討が可能であることは言うまでもない。
【0243】
以上の検討から、高感度条件と高ダイナミックレンジ条件を両立するためには、ショットノイズ比cが重要なファクターであることが判明した。図14図16では、c=0、2.5および10の場合についてのみ検討したが、図17Aおよび17Bにおいて、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件に対するショットノイズ比cの影響をより詳細に検討した。図17Aは、ショットノイズ比cに対する、第1の高感度条件を満たすソフトビニングの画素数Bsの条件および第1の高ダイナミックレンジ条件を満たすソフトビニングの画素数Bsの条件を示している。また、図17Bは、ショットノイズ比cに対する、第2の高感度条件を満たすソフトビニングの画素数Bsの条件および第2の高ダイナミックレンジ条件を満たすソフトビニングの画素数Bsの条件を示している。いずれのグラフでも、丸プロットの曲線より下側領域が高感度条件であり、三角プロットの曲線より上側領域が高ダイナミックレンジ条件である。したがって、これらの曲線で挟まれた領域で高感度条件と高ダイナミックレンジ条件が両立される。図17Aより、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させるためには、c≧0であれば良く、少なくともBs=9であれば良いことが分かった。これは図12図15Aの結果と同じである。しかしながら、解がBs=9のみである条件はソフトビニングの画素数Bsの許容範囲が狭く、実現に困難が伴う。一般に、解となる範囲が広くなるほど、実現が容易になり、効果が得られやすくなる。
【0244】
そこで、図17Aから、解となるソフトビニングの画素数Bsの範囲が30画素以上となる条件A、および解となるソフトビニングの画素数Bsの範囲が100画素以上となる条件Bを抽出した。図17Aより、条件Aはc≧1.75であり、少なくとも4≦Bs≦34であれば良いことが分かった。また、条件Bはc≧3.43であり、少なくとも3≦Bs≦103であれば良いことが分かった。一方、図17Bより、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させるためには、c≧3.15であれば良く、少なくともBs=15であれば良いことが分かった。逆に、c<3.15の場合は解が存在しないことが明らかになった。図17Bについても同様に、条件Aと条件Bを求めた。図17Bより、条件Aはc≧5.61であり、少なくとも12≦Bs≦42であれば良いことが分かった。また、条件Bはc≧9.31であり、少なくとも11≦Bs≦111であれば良いことが分かった。
【0245】
図17C~17Eおよび図17F~17Hはそれぞれ、図17Aおよび17Bにおける検討をさらに一般化したものである。図17Aおよび17Bでは、Bh=1の条件下で、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を満足するショットノイズ比cとソフトビニングの画素数Bsの関係を明らかにした。これに対して、図17C~17Eおよび図17F~17Hでは、Bm、ハードビニングの画素数Bh、ソフトビニングの画素数Bsをいずれも固定せずに、高感度条件および高ダイナミックレンジ条件を満足するBmとBs/Bm(=1/Bh)の関係を明らかにした。図13および図16でも用いたソフトビニング率Bs/Bmは、ビンWの画素数に対するソフトビニングの画素数の比率であり、Bm=Bh×Bsのため、Bs/Bm=1/Bhと表すこともできる。
【0246】
図17C~17Eは、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件を示している。図17Cではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図17Dではb=0、c=2.5のノイズ組成に設定し、図17Eではb=0、c=10のノイズ組成に設定した。点線より下側が第1の高感度条件を満足し、実線より上側が第1の高ダイナミックレンジ条件を満足するため、両直線で挟まれた領域が第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件の両方を満足する。ただし、Bs/Bmが100%を超えることは実際にはない。したがって、図17Cの太線部、図17Dおよび図17Eのグレーで網掛けした部分が、第1の高感度条件と第1の高ダイナミックレンジ条件を両立させるビニング条件を与えている。図17Aの結果と同様に、ショットノイズ比cの増大とともに、許容されるビニング条件の領域、範囲が拡大している。例えば、Bs/Bm=100%、つまりBh=1、Bs=Bmでは、c=0のときはBs=9とし、c=2.5のときは4≦Bs≦59とし、c=10のときは3≦Bs≦809とすることによって第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足される。これらは、図15A~15C、図16A~16C、および図17Aからも読み取れる。しかしながら、図17C~17Eからはその他の豊富な情報も読み取ることができる。例えば、Bs/Bm=50%、つまりBh=2、Bs=1/2*Bmでは、c=0のときはBs=18とし、c=2.5のときは7≦Bs≦118とし、c=10のときは7≦Bs≦1618とすることによって第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足される。あるいは、Bs/Bm=33.33%、つまりBh=3、Bs=1/3*Bmでは、c=0のときはBs=27、c=2.5のときは11≦Bs≦177、c=10のときは10≦Bs≦2427とすることによって第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足される。さらに、このときα=k=3とすれば、c=0のときは3≦Bs≦27、c=2.5のときは3≦Bs≦177、c=10のときは3≦Bs≦2427とすることによって第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件が満足され、許容されるビニング条件の範囲を拡大することができる。
【0247】
一方、図17F~17Hは、第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件を満足するビニング条件を示している。図17Fではb=0、c=0のノイズ組成に設定し、図17Gではb=0、c=2.5のノイズ組成に設定し、図17Hではb=0、c=10のノイズ組成に設定した。点線より下側が第2の高感度条件を満足し、実線より上側が第2の高ダイナミックレンジ条件を満足するため、両直線で挟まれた領域が第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件の両方を満足する。図17Fおよび図17Gでは、明らかに解が存在していない。これに対して、図17Hのグレーで網掛けした部分が、第2の高感度条件と第2の高ダイナミックレンジ条件を両立させるビニング条件を与えている。図16A~16C、および図17Bの結果と同様に、ショットノイズ比cの増大とともに、許容されるビニング条件の領域、範囲が拡大している。Bs/Bm=100%、つまりBh=1、Bs=Bmでは、c=10のときは11≦Bs≦127とすることによって第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足される。これらは、図15A~15C、および図17Bからも読み取れる。しかしながら、図17F~17Hからはその他の豊富な情報も読み取ることができる。例えば、Bs/Bm=50%、つまりBh=2、Bs=1/2*Bmでは、c=10のときに21≦Bs≦254とすることによって第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足される。あるいは、Bs/Bm=33.33%、つまりBh=3、Bs=1/3*Bmでは、c=10のときに32≦Bs≦381とすることによって第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足される。さらに、このときα=k=3とすれば、c=10のときは11≦Bs≦381とすることによって第2の高感度条件および第2の高ダイナミックレンジ条件が満足され、許容されるビニング条件の範囲を拡大することができる。
【0248】
以上で示した通り、多色検出光学系の構成、ノイズ組成およびビニング条件によって、得られる感度およびダイナミックレンジが変化する。したがって、与えられた条件下で、どのような感度あるいはダイナミックレンジを得たいかに応じてビニング条件を切り替えることが有効である。例えば、感度を優先する場合と、ダイナミックレンジを優先する場合では最適なビニング条件が異なる。マルチキャピラリ電気泳動装置において、複数のビニング条件の中から、所望のビニング条件を選択できるようにしておくと、ユーザにとって便利である。
【0249】
[実施例3]
以上で提案した本開示の種々の手法により、高感度と高ダイナミックレンジを両立することが可能になった。しかしながら、必ずしも期待される感度とダイナミックレンジが得られない場合があることが明らかになった。そこで、本発明者らが詳細に検討を重ねた結果、多色検出光学系に内在する空間クロストークが原因であることを突き止めた。以下で、新たに明らかになった本課題を詳細に説明する。
【0250】
[背景技術]で説明した通り、多色検出光学系は複数の光学部品で構成されている。カメラレンズひとつとっても、複数のレンズの組み合わせレンズである。これらの光学部品の表面での光反射を抑えるため、表面に反射防止コーティングが施されることがあるが、それでも光反射をゼロにすることはできない。多色検出光学系の内部で、複数の光学部品の間で蛍光の多重反射が生じると、イメージセンサ上でゴーストまたはフレア等の偽像が発生し、蛍光発光する発光点の本来の真像に重なって計測される場合がある。ここで、真像には、発光点から発光する蛍光の波長分散像も含まれる。発光点の偽像の大きさは、発光点の真像の大きさよりも一般に大きく、イメージセンサ上の広範囲に影響が及ぶ。例えば、発光点Aの偽像は、発光点Aの真像のみならず、発光点Bの真像にも重なり得るため、発光点Aから発光点Bに空間クロストークが発生する。しかしながら、偽像の強度は真像の強度と比較してずっと小さいため、偽像の存在が必ずしも問題になるとは限らない。真像の強度が小さいときは、偽像の強度はさらに小さく、検出下限以下になるため、問題にならない。真像の強度が大きいときは、偽像の強度が検出下限を上回り、問題となり得る。したがって、イメージセンサによる蛍光計測のダイナミックレンジが大きくなるのに従って、本課題が顕在化される可能性が高まる。本開示は、高感度と高ダイナミックレンジを両立させることが主目的であるため、効果が大きければ大きいほど、本課題に直面する可能性がある。つまり、本開示による高感度と高ダイナミックレンジの両立を実現する手法が、空間クロストークによって機能しなくなる可能性がある。これは、本開示で明らかになった新たな課題である。
【0251】
これまでは式(1)~式(6)が各発光点について個別に成立していたが、空間クロストークを考慮する場合はこれらを拡張して次のように表現する必要がある。発光点P(e)(e=1,2,…,E)それぞれにおいて、蛍光体D(e, g)(e=1,2,…,E,および,g=1,2,…,G)の蛍光を発光し、すべてのビンW(e, f)(e=1,2,…,E,および,f=1,2,…,F)で受光された蛍光を計測する。任意の時刻において、発光点P(e)における蛍光体D(e, g)の濃度をZ(e, g)とし、発光点P(e')についてのビンW(e', f)の信号強度をX(e', f)とする。ここで、信号強度X(e', f)を要素とする(E×F)行1列のベクトルをXとし、濃度Z(e, g)を要素とする(E×G)行1列のベクトルをZとし、Y(e', f)(e, g)を要素とする(E×F)行(E×G)列の行列をYとして、式(1)~式(6)に対応して次の式(73)~式(78)が成り立つ。
【0252】
【数73】
【0253】
【数74】
【0254】
【数75】
【0255】
【数76】
【0256】
【数77】
【0257】
【数78】
【0258】
ここで、(E×F)行(E×G)列の行列Yの要素Y(e', f)(e, g)は、(i)e'=eの場合、同じ発光点についてのスペクトルクロストークによって、発光点P(e)における蛍光体D(e, g)の発光蛍光が、発光点P(e)についてのビンW(e, f)で検出される信号強度比率を表し、(ii)e'≠eの場合、異なる発光点についての空間クロストークによって、発光点P(e)における蛍光体D(e, g)の発光蛍光が、発光点P(e')についてのビンW(e', f)で検出される信号強度比率を表す。いずれか1個の発光点P(e0)において、いずれか1種類の蛍光体D(e0,g0)を単独に蛍光発光させることにより、行列Yの各列Y(e, f)(e0, g0)(e=1,2,…,E,および,f=1,2,…,F)を決定することができる。式(77)は、行列Yの各列Y(e, f)(e0, g0)の(E×F)個の要素の合計が1になるように規格化している。上述の通り、行列Yの各列Y(e, f)(e0, g0)の(E×F)個の要素のうち、e=e0のF個の要素はスペクトルクロストーク比率を示し、e≠e0の((E-1)×F)個の要素は空間クロストーク比率を示す。前者のスペクトルクロストーク比率は、式(3)の行列Yの1列の要素Y(f)(g0)のF個の要素と同じである。ただし、規格化条件が式(5)と式(77)で異なっている。一般に、空間クロストーク比率≪スペクトルクロストーク比率であるが、空間クロストーク比率をゼロと見なすことができない場合がある。逆に、すべての空間クロストーク比率をゼロと見なすことができる場合は、式(73)~式(78)は式(1)~式(6)と同じになる。
【0259】
行列Yのe'≠eの要素Y(e', f)(e, g)で示される空間クロストーク比率の中の最大値を最大空間クロストーク比率XR2=Y(em', fm')(em, gm)と呼ぶことにする。発光点P(em)からの蛍光体D(em, gm)の発光が、最大空間クロストーク比率XR2で発光点P(em')のビンW(em', fm')で計測されるとする。つまり、ビンW(em', fm')で最大の空間クロストークが得られるとする。ビンW(em', fm')の画素数をBm'とし、ハードビニングの画素数をBh'とし、ソフトビニングの画素数をBs'とする。1画素の読み出しノイズをNrとし、1画素の暗電流ノイズをNdとし、すべての発光点から発光されている状態でビンW(em', fm')で計測される背景光のショットノイズをNs'とし、暗電流ノイズ比をbとし、ショットノイズ比をc'とし、飽和光量係数をαとする。このとき、ビンW(em', fm')の検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRは、それぞれ式(13)、式(14)および式(15)を変形して、式(79)、式(80)および式(81)で表される。
【0260】
【数79】
【0261】
【数80】
【0262】
【数81】
【0263】
一方、行列Yの要素Y(em, fm)(em, gm)で示されるスペクトルクロストーク比率の中の最大値を最大スペクトルクロストーク比率XR1=Y(em, fm)(em, gm)と呼ぶことにする。発光点P(em)からの蛍光体D(em, gm)の発光が、最大スペクトルクロストーク比率XR1で発光点P(em)のビンW(em, fm)で計測されるとする。つまり、ビン(em, fm)で最大のスペクトルクロストークが得られるとする。ビンW(em, fm)の画素数をBmとし、ハードビニングの画素数をBhとし、ソフトビニングの画素数をBsとする。1画素の読み出しノイズをNrとし、1画素の暗電流ノイズをNdとし、すべて発光点から発光されてビンW(em, fm)で計測される背景光のショットノイズをNsとし、暗電流ノイズ比をbとし、ショットノイズ比をcとし、飽和光量係数をαとする。このとき、ビンW(em, fm)の検出下限LLOD、検出上限ULODおよびダイナミックレンジDRは、それぞれ式(13)、式(14)および式(15)で示される。
【0264】
以上より、発光点P(em)からの蛍光体D(em, gm)の発光に基づいて、スペクトルクロストークによって計測される最大の信号強度に対する、空間クロストークによって計測される最大の信号強度の比率をクロストーク率XRと呼ぶことにすると、XR=XR2 / XR1で表される。クロストーク率XRは、発光点P(em)において蛍光体D(em, gm)だけが発光する際に、式(6)の色変換によって導出される、発光点P(em)における蛍光体D(em, gm)の濃度Z(em, gm)の信号強度に対する、発光点P(em')における蛍光体D(em', gm')の濃度Z(em', gm')の信号強度の比率の最大値とも一致する。すなわち、クロストーク率XRは、色変換の前後のいずれからも導出でき、空間クロストークの影響を表す指標である。
【0265】
ここで、発光点P(em)からの蛍光体D(em, gm)の発光によって、ビンW(em, fm)で検出上限ULODの光量が計測されている状態を想定する。このとき、発光点P(em')のビンW(em', fm')で計測される最大の空間クロストークの光量は、式(14)で示される飽和光量ULODにクロストーク率XRを乗じたものである。空間クロストークの影響を受けずに、高感度と高ダイナミックレンジを実現するためには、上記の最大の空間クロストークの光量が式(79)の検出下限LLODよりも小であれば良く、その条件は、式(82)で表される。
【0266】
【数82】
【0267】
以降では、発光点P(em)のビニング条件と、発光点P(em')のビニング条件およびノイズ条件を揃えることにより、Bm'=Bm、Bh'=Bh、Bs'=Bs、Ns'=Ns、c'=cとする。このとき、式(82)は式(83)で表される。
【0268】
【数83】
【0269】
また、式(79)、式(73)、式(81)は、それぞれ式(13)、式(14)、式(15)に置き換えられる。式(83)の右辺は、式(15)で示されるダイナミックレンジDRの逆数である。上記の式(83)と、これまでに提案した高感度条件および高ダイナミックレンジ条件、例えば、式(26)あるいは式(27)を両立させることによって、空間クロストークの影響を回避して、高感度と高ダイナミックレンジを両立させることが可能となる。
【0270】
逆に、式(83)が満足されないときは、式(13)は次の式(84)で置き換えられる。
【0271】
【数84】
【0272】
すなわち、ビニング条件およびノイズ条件を問わず、検出下限LLODがクロストーク率XRによって決定される。このとき、検出上限ULODは式(14)のままであるため、ダイナミックレンジDRは、式(85)で表される。
【0273】
【数85】
【0274】
したがって、ダイナミックレンジDRも、ビニング条件およびノイズ条件を問わず、クロストーク率XRによって決定される。
【0275】
以上より、クロストーク率XRを低く抑えることが、高感度と高ダイナミックレンジを両立するために重要であることが明らかになった。図18A~18Fは、図15Cを基準として、クロストーク率XRを変化させたときの、ソフトビニングの画素数Bsに対する検出下限LLOD、検出上限ULOD、ダイナミックレンジDRの変化を調べた結果を示している。図18AはXR=0の場合を示しており、図15Cと同じ結果である。これに対して、図18BはXR=10-6とし、図18CはXR=10-5とし、図18DはXR=10-4とし、図18EはXR=10-3とし、図18FはXR=10-2とした場合を示している。各図において、検出上限ULODは共通の値である一方、検出下限LLODおよびダイナミックレンジDRについては、式(83)が満たされているときは図18Aと同じ値であるが、式(83)が満たされていないときは式(84)および式(85)に従った値を示している。図18より、クロストーク率XRが増加するのに伴って、ダイナミックレンジDRの上限値が式(85)に従って低減するため、ソフトビニングの画素数Bsを増加させることによってダイナミックレンジDRを増大させる効果が限定的になっていることが分かった。図18A~18Fの結果によれば、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件を満足させるためには、XR≦10-4とする必要があることが分かった。
【0276】
図18A~18Fでは、Bh=Bs=1の場合の総合ノイズがN=1で一定であるとした。これに対して、図19A~19Fでは、Bh=Bs=1の場合の総合ノイズをN=10で一定である条件に変更し、それ以外の条件は図18と同じとした。図19Aでは、図18Aと比較して総合ノイズが1桁上昇しているため、全体的に検出下限LLODが1桁上昇し、ダイナミックレンジDRが1桁低減している。図19B図19Fでは、図18B図18Fと同様に、ソフトビニングの画素数Bsを増加させることによってダイナミックレンジDRを増大させる効果が限定的になっているものの、より広い範囲のダイナミックレンジDRで効果が得られていることが分かった。例えば、図19A~19Fの結果によれば、第1の高感度条件および第1の高ダイナミックレンジ条件を満足させるためには、XR≦10-3とする必要があることが分かった。このクロストーク率XRの範囲は、図18A~18Fと比較して1桁広かった。図19A~19Fでは総合ノイズを1桁上昇させることの影響を調べたが、代わりに、1画素の飽和光量Mを1桁低減させることによっても図19A~19Fと同様の効果が得られる。以上は、式(83)の右辺の分子のノイズ、分母に飽和光量が含まれていることからも理解できる。
【0277】
以上の通り、高感度と高ダイナミックレンジを両立するためには、式(8)~式(67)に示した高感度条件および高ダイナミックレンジ条件に加えて、クロストーク率を低く抑えることが重要である。クロストーク率を低減するには、いくつかの手段がある。反射率の低い反射防止コーティングをカメラレンズの構成レンズの表面に施すことが基本的な手段であるが、それだけでは不十分な場合がある。多色検出光学系の各光学部品の表面にも、同様に反射防止コーティングを施すことが重要である。例えば、透過型回折格子の入出射面、特に刻線が施されていない側の表面に、反射防止コーティングを施すことは有効である。また、イメージセンサの表面、特にイメージセンサのガラス製の窓の入出射面には反射防止コーティングが施されていない場合が多いため、ここに反射防止コーティングを施すことは非常に効果的である。
【0278】
あるいは、データ処理でクロストークを低減することも有効である。式(6)で示される色変換では、空間クロストークが考慮されていないため、空間クロストークが有意に存在する場合は、その影響がそのまま結果に反映される。これに対して、式(78)では空間クロストークが考慮されているため、式(78)によって空間クロストークの影響を低減させることが可能である。つまり、式(78)は、従来の色変換であるスペクトルクロストークのキャンセルに加えて、空間クロストークのキャンセルを一括で行う手法である。したがって、XR=XR2 / XR1で導出される空間クロストーク率は、式(78)を実施しても変化がない。しかしながら、式(78)によって導出される、発光点P(em)において蛍光体D(em, gm)だけが発光する際に、発光点P(em)における蛍光体D(em, gm)の濃度Z(em, gm)の信号強度に対する、発光点P(em')における蛍光体D(em', gm')の濃度Z(em', gm')の信号強度の比率の最大値の割合をクロストーク率XRとすれば、そのクロストーク率XRは式(78)によって低減される。このように、空間クロストークを式(78)のデータ処理で低減することによって、本開示の目的である、高感度と高ダイナミックレンジの両立が可能となる。
【0279】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施形態は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施形態の一部を他の実施形態の構成に置き換えることができる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の実施形態の構成の一部を追加、削除または置換することもできる。
【符号の説明】
【0280】
1…キャピラリ
2…サンプル注入端
3…サンプル溶出端
4…陰極
5…陽極
6…陰極側緩衝液
7…陽極側緩衝液
8…電源
9…ポンプブロック
10…バルブ
11…シリンジ
12…レーザ光源
13…レーザビーム
14…発光点
15…多色検出光学系
16…第1カメラレンズ
17…ロングパスフィルタ
18…透過型回折格子
19…第2カメラレンズ
20…イメージセンサ
21…光軸
22…蛍光
23、24、25…分散蛍光
26…画像
27…波長分散像
28…画素
W(1)…ビン1
W(2)…ビン2
W(3)…ビン3
7-1…Bh=36のハードビニング領域
8-1~8-12…Bh=3のハードビニング領域
9-1~9-36…Bh=1のハードビニング領域
10-1…Bh=4のハードビニング領域
10-2…Bh=5のハードビニング領域
10-3…Bh=6のハードビニング領域
10-4…Bh=5のハードビニング領域
10-5…Bh=4のハードビニング領域
10-6…Bh=6のハードビニング領域
10-7…Bh=5のハードビニング領域
10-8…Bh=1のハードビニング領域
Bh…ハードビニングの画素数
Bs…ソフトビニングの画素数
b…暗電流ノイズ比
c…ショットノイズ比
LLOD…検出下限
ULOD…検出上限
DR…ダイナミックレンジ
Bs/Bm…ソフトビニング比
N…1画素の総合ノイズ
XR…クロストーク率
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11A
図11B
図11C
図12A
図12B
図12C
図13A
図13B
図13C
図14A
図14B
図14C
図15A
図15B
図15C
図16A
図16B
図16C
図17A
図17B
図17C
図17D
図17E
図17F
図17G
図17H
図18A
図18B
図18C
図18D
図18E
図18F
図19A
図19B
図19C
図19D
図19E
図19F