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特許7652424光酸素化触媒化合物及びこれを含有する医薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-18
(45)【発行日】2025-03-27
(54)【発明の名称】光酸素化触媒化合物及びこれを含有する医薬
(51)【国際特許分類】
   C07F 5/04 20060101AFI20250319BHJP
   A61K 31/69 20060101ALI20250319BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20250319BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20250319BHJP
   A61K 41/00 20200101ALI20250319BHJP
【FI】
C07F5/04 C CSP
A61K31/69
A61P25/28
A61P43/00 111
A61K41/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021562684
(86)(22)【出願日】2020-12-02
(86)【国際出願番号】 JP2020044846
(87)【国際公開番号】W WO2021112122
(87)【国際公開日】2021-06-10
【審査請求日】2023-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2019217947
(32)【優先日】2019-12-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、戦略的国際脳科学研究推進プログラム、研究開発課題「神経変性疾患治療を目指した光酸素化による細胞内アミロイドの動態制御」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】相馬 洋平
(72)【発明者】
【氏名】金井 求
(72)【発明者】
【氏名】永島 臨
(72)【発明者】
【氏名】富田 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】堀 由起子
(72)【発明者】
【氏名】小澤 柊太
【審査官】三木 寛
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第03726854(US,A)
【文献】Ni, J. et al.,Near-Infrared Photoactivatable Oxygenation Catalysts of Amyloid Peptide,M. Chem,2018年,vol.4, No.4,p.807-820
【文献】Suzuki, T. et al.,Photo-oxygenation inhibits tau amyloid formation,Chem. Commun.,2019年06月04日,vol.55, No.44,p.6165-6168
【文献】GON,M. et al.,Unique Substitution Effect at 5,5'-Positions of Fused Azobenzene-Boron Complexes with a N=N π-Conju,Chemistry - An Asian Journal,2019年01月02日,Vol.14, No.10,p.1837-1843
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 5/
A61K 31/69
A61P 25/28
A61P 43/00
A61K 41/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(Ia)又は(Ib)で表される化合物又はその塩:
【化1】

(式中、X及びYは、いずれもベンゼン環であり;Rは、以下の式(a)で表される基であり、X又はY上の任意の位置に存在してよく;
【化2】

式(a)において、破線はX又はYへの連結を示し;R は、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香環であり、R は、それぞれ独立に同一でも異なっていてもよく、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香環であり;nは、0~5の整数であり;
は、ハロゲン原子あり、Y又はX上の任意の位置に存在してよく;及び、Rは、ハロゲン原子又は炭素数1~3のハロアルキル基である。)。
【請求項2】
以下の式(IIa)又は(IIb)で表される、請求項1に記載の化合物又はその塩:
【化2】

(式中、R、R、及びRは、請求項1における定義と同じである)。
【請求項3】
が、臭素原子又はヨウ素原子ある、請求項1又は2に記載の化合物又はその塩。
【請求項4】
が、フッ素原子又は炭素数1~3のフルオロアルキル基である、請求項1~のいずれか1に記載の化合物又はその塩。
【請求項5】
以下の群から選択される、化合物又はその塩:
【化4】

(式中、Meは、メチル基を表す。)。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの酸素化触媒。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの凝集抑制剤。
【請求項8】
請求項1~のいずれか1に記載の化合物又はその塩及び薬学的に許容される担体を含有する医薬組成物。
【請求項9】
病原性アミロイドが関連する疾患の予防又は治療薬である、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記病原性アミロイドが関連する疾患が、アルツハイマー病である、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
病原性アミロイドが関与する疾患の予防又は治療薬の製造のための請求項1~のいずれか1に記載の化合物又はその塩の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の病原性アミロイドが関与する疾患を予防又は治療するための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、タンパク質はフォールディングすることにより、特異的なネイティブ構造を形成して生命機能を担うが、一方でミスフォールディングすることでβシート構造に富んだ線維へと凝集(アミロイド化)することがある。このアミロイド化の過程で産生する凝集体(オリゴマー、プロトフィブリル、線維)は様々な機能障害を引き起こすことが知られており(このような疾患は「アミロイド病」と総称される)、35種類以上のタンパク質がアミロイド病の原因物質として同定されている。そのようなアミロイドとしては、例えば、タウ蛋白質、パーキンソン病のαシヌクレイン、糖尿病のアミリン、全身性アミロイド-シスのトランスサイレチン、ハンチントン病のハンチンチン等が知られている。
【0003】
一方で、アルツハイマー病は、脳の萎縮とともに認知機能の低下を引き起こす進行性の神経変性疾患であり、その患者数は年々増加している。このアルツハイマー病もアミロイド病の一種であって、その発症には、アミロイドβ(Aβ)が形成する凝集体による神経毒性が関与していると考えられており、これまでAβを標的とする治療法が精力的に研究されている。Aβを標的とする治療薬・治療法としては、例えば、前駆体蛋白質からAβを産生する酵素の阻害剤、Aβの分解酵素促進剤、免疫療法、Aβの凝集阻害剤等が知られている。しかしながら、これら従来の治療法では、副作用があることや薬理効果が低いなどの問題があり、未だ実用化には至っていない。このため、安全で効果的なアルツハイマー病治療に繋がる新たな手法の開発が望まれている。
【0004】
これに対し、本願発明者らは、Aβに対して酸素原子を付与する光酸素化反応によりAβの凝集性・毒性を低減できる化合物の開発を行ってきた(非特許文献1~3等)。しかしながら、これらの化合物は分子量が大きいため血液脳関門透過性が低く、手術等を介した侵襲的な手法によって脳内に化合物を投与する必要があるなど、実用面の課題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Taniguchi, A. et al., Nat. Chem. 2016, 8, 974-982
【文献】Ni, J. et al., M. Chem 2018, 4, 807-820
【文献】Suzuki, T. et al., Chem. Commun. 2019, 55, 6165
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる従来技術の問題点に鑑み、本発明は、血液脳関門透過性を有し、体外からの光照射により体内においてアミロイド類の酸素化を可能とする触媒化合物の開発及びこれを用いたアミロイド関連疾患予防治療薬を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、アゾベンゼン様構造とホウ素とが錯形成した骨格を有する化合物が、分子量を顕著に低減しながらも、光照射によりアミロイド類を選択的に酸素化し凝集性を抑制する新規な生体内触媒として有用であることを見出した。また、当該化合物は、組織透過性の高い長波長側の光照射による酸素化活性を示し、かつ、血液脳関門に対する優れた透過性を有することを見出した。これらの知見により、本発明を完成するに至ったものである。なお、ここで、「酸素化(oxygenation)」とは、広く酸化(oxidation)のうち、特に酸素原子を結合させる反応を意味する語として用いる。
【0008】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>以下の式(Ia)又は(Ib)で表される化合物又はその塩:
【化1】
(式中、X及びYは、それぞれ独立に同一でも異なっていてもよい芳香環であり;Rは、それぞれ置換されていてもよいアミノ基、アルキル基、アルコキシ基、スルホ基、リン酸基、及び、親水性置換基を有するヘテロアリール基よりなる群から選択される置換基であり、X又はY上の任意の位置に存在してよく;Rは、ハロゲン原子、セレン原子又は炭素数1~3のハロアルキル基であり、Y又はX上の任意の位置に存在してよく;及び、Rは、ハロゲン原子又は炭素数1~3のハロアルキル基である。);
<2>X及びYが、ベンゼン環又はナフタレン環である、上記<1>に記載の化合物又はその塩;
<3>以下の式(IIa)又は(IIb)で表される、上記<1>に記載の化合物又はその塩:
【化2】
(式中、R、R、及びRは、請求項1における定義と同じである)。
<4>Rが、臭素原子、ヨウ素原子、又はセレン原子である、上記<1>~<3>のいずれか1に記載の化合物又はその塩;
<5>Rが、フッ素原子又は炭素数1~3のフルオロアルキル基である、上記<1>~<4>のいずれか1に記載の化合物又はその塩。
<6>Rが、以下の式(a)で表される、上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩:
【化3】
(式中、破線はX又はYへの連結を示し;Rは、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香環であり、Rは、それぞれ独立に同一でも異なっていてもよく、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香環であり;nは、0~5の整数である。);
<7>以下の群から選択される、化合物又はその塩:及び
【化4】
(式中、Meは、メチル基を表す。)
を提供するものである。
【0009】
また、別の態様において、本発明は、上記化合物を含む医薬及び治療方法にも関し、より詳細には、
<8>上記<1>~<7>のいずれか1に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの酸素化触媒;
<9>上記<1>~<7>のいずれか1に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの凝集抑制剤;
<10>上記<1>~<7>のいずれか1に記載の化合物又はその塩及び薬学的に許容される担体を含有する医薬組成物;
<11>病原性アミロイドが関連する疾患の予防又は治療薬である、上記<10>に記載の医薬組成物;
<12>前記病原性アミロイドが関連する疾患が、アルツハイマー病である、上記<11>に記載の医薬組成物;
<13>病原性アミロイドが関与する疾患の予防又は治療薬の製造のための上記<1>~<7>のいずれか1に記載の化合物又はその塩の使用;
<14>上記<1>~<7>のいずれか1に記載の化合物又はその塩の有効量を投与することを特徴とする、病原性アミロイドが関連する疾患を予防又は治療する方法;
<15>上記<1>~<7>のいずれか1に記載の化合物又はその塩の投与後に、患者の患部に体外から光を照射することを含む、上記<14>に記載の方法;及び
<16>前記病原性アミロイドが関連する疾患が、アルツハイマー病である、上記<14>又は<15>に記載の方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、組織透過性の高い長波長側の光照射によりAβペプチド等の病原性アミロイドを酸素化する触媒活性が高く、かつ、血液脳関門に対する優れた透過性を有する新規な光酸素化触媒化合物を提供することができる。これにより、静脈内投与等による投与の後に体外から光照射を行うという非侵襲的手法によって、生体内(脳内等)における病原性アミロイドの凝集・毒性を抑制又は低減することができる。したがって、本発明は、従来には無い低侵襲性の手法によって、病原性アミロイドが関与する疾患の予防・治療が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の化合物によるAβの光酸素化反応におけるMALDI-TOF MSのスペクトルである。
図2図2は、本発明の化合物によるAβの光酸素化反応における酸素化Aβの生成量を示すグラフである。
図3図3は、本発明の化合物による光酸素化反応におけるペプチド選択性を示すグラフである。
図4図4は、Aβ酸素化反応における化合物2と比較例1の酸素化Aβの生成量の比較を示すグラフである。
図5図5は、(A)凝集Aβ存在下および非存在下における化合物2の蛍光スペクトル変化;(B)密度汎関数法を用いて最適化した基底状態および励起状態における化合物2の最安定構造である。
図6図6は、本発明の化合物によるAβの光酸素化反応における酸素化部位を示すものである。
図7図7は、本発明の化合物によるAβの光酸素化反応における凝集抑制を示すグラフである。
図8図8は、本発明の化合物及び比較例(化合物3及び4)の血液脳関門(BBB)透過性を示すものである。
図9図9は、アルツハイマー病モデルマウスにおける本発明の化合物によるAβの光酸素化反応の結果を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0013】
1.定義
本明細書中において、「ハロゲン原子」とは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を意味する。
【0014】
本明細書中において、「アルキル又はアルキル基」は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせからなる脂肪族炭化水素基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、例えば、炭素数1~20個(C1~20)、炭素数1~15個(C1~15)、炭素数1~10個(C1~10)である。本明細書において、アルキル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。例えば、C1~8アルキルには、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、neo-ペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル等が含まれる。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルコシ基、アリールアルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0015】
本明細書中において、「アルコキシ基」とは、前記アルキル基が酸素原子に結合した構造であり、例えば直鎖状、分枝状、環状又はそれらの組み合わせである飽和アルコキシ基が挙げられる。例えば、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、シクロプロポキシ基、n-ブトキシ基、イソブトキシ基、s-ブトキシ基、t-ブトキシ基、シクロブトキシ基、シクロプロピルメトキシ基、n-ペンチルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、シクロプロピルエチルオキシ基、シクロブチルメチルオキシ基、n-ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、シクロプロピルプロピルオキシ基、シクロブチルエチルオキシ基又はシクロペンチルメチルオキシ基等が好適な例として挙げられる。
【0016】
本明細書中において、「芳香環」とは、単環式又は縮合多環式の共役不飽和炭化水素環構造を意味し、環構成原子としてヘテロ原子(例えば、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子など)を1個以上含んでいてもよい。
【0017】
本明細書中において、「アリール又はアリール基」とは、単環式又は縮合多環式の芳香族炭化水素基のいずれであってもよく、環構成原子としてヘテロ原子(例えば、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子など)を1個以上含む芳香族複素環であってもよい。この場合、これを「ヘテロアリール基」または「ヘテロ芳香族基」と呼ぶ。アリールが単環および縮合環のいずれである場合も、すべての可能な位置で結合しうる。単環式のアリールの非限定的な例としては、フェニル基(Phe)、チエニル基(2-又は3-チエニル基)、ピリジル基、フリル基、チアゾリル基、オキサゾリル基、ピラゾリル基、2-ピラジニル基、ピリミジニル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ピリダジニル基、3-イソチアゾリル基、3-イソオキサゾリル基、1,2,4-オキサジアゾール-5-イル基又は1,2,4-オキサジアゾール-3-イル基等が挙げられる。縮合多環式のアリールの非限定的な例としては、1-ナフチル基、2-ナフチル基、1-インデニル基、2-インデニル基、2,3-ジヒドロインデン-1-イル基、2,3-ジヒドロインデン-2-イル基、2-アンスリル基、インダゾリル基、キノリル基、イソキノリル基、1,2-ジヒドロイソキノリル基、1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリル基、インドリル基、イソインドリル基、フタラジニル基、キノキサリニル基、ベンゾフラニル基、2,3-ジヒドロベンゾフラン-1-イル基、2,3-ジヒドロベンゾフラン-2-イル基、ナフチリジニル、ジヒドロナフチリジニル、テトラヒドロナフチリジニル、イミダゾピリジニル、プテリジニル、プリニル、キノリジニル、インドリジニル、テトラヒドロキノリジニル、およびテトラヒドロインドリジニル、2,3-ジヒドロベンゾチオフェン-1-イル基、2,3-ジヒドロベンゾチオフェン-2-イル基、ベンゾチアゾリル基、ベンズイミダゾリル基、フルオレニル基又はチオキサンテニル基等が挙げられる。本明細書において、アリール基はその環上に任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アリール部分を含む他の置換基(例えばアリールオキシ基やアリールアルキル基など)のアリール部分についても同様である。
などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。
【0018】
本明細書中において、「アルキルアミノ」及び「アリールアミノ」は、-NH基の水素原子が上記アルキル又はアリールの1又は2で置換されたアミノ基を意味する。例えば、メチルアミノ、ジメチルアミノ、エチルアミノ、ジエチルアミノ、エチルメチルアミノ、ベンジルアミノ等が挙げられる。
【0019】
本明細書中において、ある官能基について「置換されていてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。このような例として、例えば、ハロゲン化アルキル基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0020】
2.本発明の化合物
本発明の化合物は、アゾベンゼン様構造とホウ素とが錯形成した骨格を有し、以下の式(Ia)又は(Ib)で表される。
【化5】
【0021】
式(Ia)と(Ib)との違いは、式(Ia)では、RがXに連結し、RがYに連結しているのに対し、式(Ib)ではRがXに連結し、RがYに連結しているという点である。
【0022】
式中、X及びYは、それぞれ独立に同一でも異なっていてもよい芳香環である。X及びYは、好ましくは、ベンゼン環又はナフタレン環であり、より好ましくは、ベンゼン環である。
【0023】
X及びYがいずれもベンゼン環である場合、本発明の化合物は、アゾベンゼンとホウ素が錯形成した構造であり、好ましい態様において、以下の式(IIa)又は(IIb)で表される構造を有する。
【化6】
【0024】
式(Ia)、(Ib)、(IIa)、(IIb)のいずれにおいても、Rは、それぞれ置換されていてもよいアミノ基、アルキル基、アルコキシ基、スルホ基、リン酸基、及び、親水性置換基を有するヘテロアリール基よりなる群から選択される置換基である。当該Rは、電子供与性であるとともに、本発明の化合物の溶解性を高めるために親水性であることが好ましい。アルキル基及びアルコキシ基は、好ましくは、直鎖又は分岐鎖のC~C10、より好ましくは、直鎖又は分岐鎖のC~Cである。また、「親水性置換基を有するヘテロアリール基」におけるヘテロアリール基は、例えば、チオフェンやセレノフェンであることができ;親水性置換基としては、例えば、アミノ基やカルボキシル基であることができる。
【0025】
式(Ia)の場合、Rは、X上の任意の位置に存在してよく、また、式(Ib)の場合、Rは、Y上の任意の位置に存在してよい。好ましくは、Rは、式(IIa)及び(IIb)に示すように、アゾ基のN原子に対してメタ位においてX又はYに連結していることができる。
【0026】
より好ましい態様において、Rは、以下の式(a)で示すアミノ基であることができる。
【化7】
【0027】
式(a)中、破線はX又はYへの連結を示し;Rは、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香環であり、Rは、それぞれ独立に同一でも異なっていてもよく、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香環であり;nは、0~5の整数である。好ましくは、R及びRは、それぞれ独立に同一でも異なっていてもよい、直鎖又は分岐鎖のC~Cアルキル基であり、より好ましくは、いずれもメチル基である。また、好ましくは、nは、1~3の整数である。
【0028】
は、重原子効果を生じ得る基であり、式(Ia)、(Ib)、(IIa)、(IIb)のいずれにおいても、ハロゲン原子、セレン原子又は炭素数1~3のハロアルキル基である。Rは、好ましくは、臭素原子、ヨウ素原子、又はセレン原子;又は、C~Cの臭化アルキル又はヨウ化アルキルである。
【0029】
式(Ia)の場合、Rは、Y上の任意の位置に存在してよく、また、式(Ib)の場合、Rは、X上の任意の位置に存在してよい。好ましくは、Rは、式(IIa)及び(IIb)に示すように、アゾ基のN原子に対してメタ位においてX又はYに連結していることができる。
【0030】
は、式(Ia)、(Ib)、(IIa)、(IIb)のいずれにおいても、ハロゲン原子又は炭素数1~3のハロアルキル基である。Rは、強い電子求引性を示す基であることが好ましい。典型的には、Rは、フッ素原子又は炭素数1~3のフルオロアルキル基であることが好ましい。ハロアルキル基は、直鎖又は分岐鎖であってもよい。
【0031】
本発明の化合物の具体例としては、以下に示す構造を有する化合物を挙げることができる(いずれの式中でも、Meは、メチル基を表す。)。ただし、これらに限定されるものではない。
【化8】
【0032】
上記式(Ia)及び(Ib)で表される本発明の化合物は、塩として存在する場合がある。そのような塩としては、塩基付加塩、酸付加塩、アミノ酸塩などを挙げることができる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩、ピペリジン塩、モルホリン塩などの有機アミン塩を挙げることができ、酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、カルボン酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。アミノ酸塩としてはグリシン塩などを例示することができる。もっとも、これらの塩に限定されることはない。
【0033】
本発明の化合物は、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があり、光学異性体又はジアステレオ異性体などの立体異性体が存在する場合がある。純粋な形態の立体異性体、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などはいずれも本発明の範囲に包含される。
【0034】
また、本発明の化合物又はその塩は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。溶媒和物を形成する溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、水、エタノール、アセトン、イソプロパノールなどの溶媒を例示することができる。
【0035】
本明細書の実施例には、本発明の化合物に包含される代表的化合物についての製造方法が具体的に示されているので、当業者は本明細書の開示を参照することにより、及び必要に応じて出発原料や試薬、反応条件などを適宜選択することにより、式(Ia)及び(Ib)に包含される任意の化合物を容易に製造することができる。典型的には、実施例に示すように、出発物質としてアゾベンゼン様骨格を有する化合物にハロゲン化ホウ酸化合物を反応させ、その後、RやRに相当する置換基を適宜導入することによって、本発明の化合物を得ることができる。
【0036】
2.本発明の化合物を含む医薬組成物等
本発明化合物は、病原性アミロイドの酸素化反応を触媒することができる。当該酸素化反応は、光照射によって本発明化合物を励起状態とすることで、アミロイド中のアミノ酸残基に酸素原子を付加し酸化することにより進行する。これにより、病原性アミロイドの凝集を抑制・低減することができる。
【0037】
したがって、本発明は、別の態様において、上記化合物又はその塩を含む、原性アミロイドの酸素化触媒又は病原性アミロイドの凝集抑制剤に関する。さらに、本発明は、上記化合物又はその塩及び薬学的に許容される担体を含有する医薬組成物にも関する
【0038】
本発明の化合物は、特に、凝集した病原性アミロイドに対する酸素化活性に優れているという特徴を有する。必ずしも理論に拘束されるものではないが、上記式(Ia)及び(Ib)等に示したように、アゾベンゼン様骨格とホウ素が錯形成した構造を有するため、単分子状態では、励起光を照射しても分子構造が折れ曲がり励起状態が緩和される。一方で、凝集アミロイドに結合して分子間が密な環境下では、当該分子構造変化が抑制され、一重項酸素が生成することでアミロイドを選択的に酸素化し得る。
【0039】
「病原性アミロイド」としては、ヒトを含む動物のアルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、ハンチントン病、全身性アミロイド-シスに関与することが知られている、アミロイドβ(Aβ)ペプチド、アミリン、トランスサイレチン、αシヌクレイン、タウ蛋白質、ハンチンチン等のアミロイドが含まれる。ただし、これらに限定されるものではない。
【0040】
例えば、本発明化合物によってAβペプチドを酸化する場合、Aβペプチドを構成する40又は42アミノ酸残基のうちの一以上のアミノ酸残基が酸化されていればよいが、His、Metから選ばれる一以上のアミノ酸残基が酸化されることが好ましい。当該酸化は、各アミノ酸残基にヒドロキシ基又はオキソ基(オキシド)が付加した形態であるのがより好ましい。前記のアミノ酸残基の酸化体としては、Hisの場合には、ヒスチジン残基のイミダゾール環が酸化された構造、すなわち、デヒドロイミダゾロン環、ヒドロキシイミダゾロン環を有しているものと推定される。また、Metの場合には、メチオニン残基中の硫黄原子に酸素が付加しているものと推定される。
【0041】
本発明の化合物は、550~800nmの範囲の最大吸収波長(λmax)を有することが好ましく、当該波長で励起状態とすることができることが好ましい。かかる長波長側に吸収帯を有することにより、生体透過性の高い長波長光により励起することができる。
【0042】
また、本発明の化合物は、300~550の分子量を有することが好ましい。このような比較的小さい分子量を有することにより、血液脳関門に対する優れた透過性を奏することができる。
【0043】
本発明化合物又はその塩を含有する医薬組成物は、投与法に応じ適当な製剤を選択し、薬学的に許容される担体を用いて各種製剤の調製法にて調製できる。本発明化合物を主剤とする医薬組成物の剤形としては例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤や、液剤、シロップ剤、エリキシル剤、油性ないし水性の懸濁液等を経口用製剤として例示できる。
【0044】
注射剤としては製剤中に安定剤、防腐剤、溶解補助剤を使用することもあり、これらの補助剤を含むこともある溶液を容器に収納後、凍結乾燥等によって固形製剤として用時調製の製剤としてもよい。また一回投与量を一の容器に収納してもよく、また多投与量を一の容器に収納してもよい。
【0045】
また外用製剤として液剤、懸濁液、乳濁液、軟膏、ゲル、クリーム、ローション、スプレー、貼付剤等を例示できる。
【0046】
固形製剤としては、本発明化合物とともに薬学上許容されている添加物を含み、例えば充填剤類や増量剤類、結合剤類、崩壊剤類、溶解促進剤類、湿潤剤類、潤滑剤類等を必要に応じて選択して混合し、製剤化することができる。液体製剤としては溶液、懸濁液、乳液剤等を挙げることができるが添加剤として懸濁化剤、乳化剤等を含むこともある。
【0047】
本発明の化合物を人体用の医薬として使用する場合、投与量は成人1日あたり1mg~1g、好ましくは1mg~300mgの範囲が好ましい。
【0048】
さらなる態様において、本発明は、上記化合物又はその塩の有効量を投与することを特徴とする、病原性アミロイドが関連する疾患を予防又は治療する方法にも関する。当該方法は、好ましくは、化合物又はその塩の投与後に、患者の患部に体外から光を照射することを含む。上述のように、本発明の化合物は、生体透過性の高い長波長光により励起することができるので、静脈内投与等による投与の後に、患者の体外から光照射を行うという非侵襲的手法によって、生体内(脳内等)における病原性アミロイドの凝集・毒性を抑制又は低減することができる。
【0049】
具体的には、本発明の化合物又はその塩を生体内又は細胞内に導入し、化合物が目的とする部位に移行した時点で光を照射すればよい。生体内への投与手段としては、筋肉内注射、静脈内注射、局所投与、経口投与等が挙げられる。
【0050】
病原性アミロイドが関連する疾患としては、ヒトを含む動物のアルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、ハンチントン病、全身性アミロイド-シス等を挙げることができる。典型的には、病原性アミロイドが関連する疾患は、アルツハイマー病である。
【実施例
【0051】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0052】
1.本発明の化合物の合成
以下の手順により本発明の化合物(「化合物2」)を合成した。
【0053】
[化合物1の合成]:
【化9】
【0054】
(E)-6,6 '-(ジアゼン-1,2-ジイル)ビス(3-ブロモフェノール)(30 mg、0.081 mmol、1.0当量)のTHF(3.0 mL)溶液に、CF3BF3K(57 mg、0.32 mmol、4.0 当量)、TMSOTf(97.2μL、0.53 mmol、6.7当量)、及びDIPEA(68.8μL、0.40 mmol、5.0 当量)を加え、混合物を60℃で一晩攪拌した。冷却後、混合物を濃縮し、CH2Cl2およびH2Oに溶解した。混合物をCH2Cl2で3回抽出し、有機層を食塩水で洗浄し、Na2SO4で乾燥させ、濃縮した。得られた残渣をシリカのカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/CH2Cl2 = 3/1)で精製し、化合物1を赤色固体として得た(16.8 mg、0.037 mmol、収率46%)。
1H NMR (CDCl3, 500MHz):δ= 7.70 (d, J = 4.5 Hz, 1H), 7.66 (d, J = 8.6 Hz, 1H), 7.42 (m, 2H), 7.33 (m, 1H), 7.26 (m, 1H); 13C NMR (CDCl3, 126 MHz):δ= 162.1, 144.8, 139.3, 134,5, 132.7, 132.5, 132.4, 126.7, 126.3, 123.2, 119.9, 117.7; 11B NMR (CDCl3, 126 MHz):δ= 0.30, 19F NMR (CDCl3, 369 MHz):δ= -73.6.
【0055】
[化合物2の合成]:
【化10】
【0056】
化合物1(17 mg、0.038 mmol、1.0当量)の1,4-ジオキサン(0.50 mL)溶液に、N、N、N'-トリメチル-1,3-プロパンジアミン(5.6μL、0.038 mmol、 1.0当量)を加え、混合物を100℃で1時間撹拌した。反応後、混合物を濃縮し、MeCNに溶解した。HPLCで生成し、紫色固体の化合物2を得た(TFA塩として13.1 mg、0.0219 mmol、収率58%)。
1H NMR (CDCl3, 400MHz): δ = 7.54 (d, J = 9.6 Hz, 1H), 7.45 (d, J = 8.7 Hz, 1H), 7.25 (d, J = 1.4 Hz,1H), 7.12 (dd, J = 8.7 Hz, 1.4 Hz, 1H), 6.59 (dd, J = 9.6 Hz, 2.7 Hz, 1H), 6.25 (d, J = 2.7 Hz,1H), 3.65 (m, 2H), 3.21 (s, 3H), 3.09 (t, J = 8.2 Hz, 2H), 2.84 (s, 6H), 2.17 (quin, J = 8.2 Hz, 2H); 13C NMR (CDCl3, 99 MHz):δ = 158.1, 157.7, 149.5, 135.2, 135.1, 133.4, 125.4, 124.5, 118.1, 115.5, 109.6, 98.9, 54.8, 49.9, 43.0, 39.1, 23.0; 11B NMR (CDCl3, 126 MHz):δ = 0.31, 19F NMR (CDCl3, 369 MHz):=δ-74.6 (3F), -75.1 (3F); [M+H]+ 485.1, found 484.9
【0057】
また、比較例として、化合物2のRの位置に臭素原子を有しない化合物を合成した。
【化11】
【0058】
化合物2(7.9 mg、0.016 mmol、1.0 当量)のtBuOH(1.0 mL)溶液に、HCO2K(6.8 mg、0.081 mmol、5.0当量)およびPd(PPh34(5.7 mg、0.0049 mmol、0.3 当量)を添加し、溶液は3回凍結脱気した。次いで、混合物を90℃で1時間加熱した。揮発物を減圧下で除去した。得られた残渣をMeCNに溶解し、HPLCで精製し、紫色固体の比較例1を得た(TFA塩として1.5mg、0.0029mmol、収率18%)。
1H NMR (CD3CN, 500MHz): δ = 7.58-7.54 (m, 2H), 7.31 (dt, J = 8.0 Hz, 1.1 Hz, 1H), 7.03 (m, 2H), 6.78 (dd, J = 9.2 Hz, 2.3 Hz, 1H), 6.39 (d, J = 2.3 Hz, 1H), 3.66-3.59 (m, 2H), 3.20 (s, 3H), 3.07 (m, 2H), 2.76 (s, 6H), 2.06 (m, 2H); 13C NMR (CDCl3, 126 MHz): δ= 158.2, 157.3, 149.3, 135.0, 134.8, 134.2, 132.4, 121.2, 114.9, 114.8, 109.1, 98.9, 55.0, 49.8, 43.1, 39.0, 23.1; 11B NMR (CDCl3, 126 MHz):δ = -0.31, 19F NMR (CDCl3, 369 MHz):δ= -74.4 (3F), -75.2 (3F); LRMS (ESI): m/z calcd for [M+H]+ 407.2, found 407.0
【0059】
2.アミロイドβ(Aβ)の酸化
まず、参考文献(Taniguchi, A.; Sasaki, D.; Shiohara, A.; Iwatsubo, T.; Tomita, T.; Sohma, Y.; Kanai, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 1382)に従い、Aβ1-42を、26-O-アシルイソペプチド(株式会社ペプチド研究所の市販品)からin situで調製した。
【0060】
上記参考文献の記載に従い、Aβ1-42イソペプチド(0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中200μM)、アンジオテンシンIV(水中200μM)、[Tyr8] -Substance P(水中で200μM)、リュープロレリン酢酸塩(水中200μM)、ソマトスタチン(水中200μM)を100mMのリン酸緩衝液またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS; pH 7.4)で希釈し、最終ペプチド濃度を20μM(pH 7.4)とした。 Aβ1-42について、溶液を37℃で3時間インキュベートした。
【0061】
各溶液に、化合物2又は比較例1(ジメチルスルホキシド中2 mM)を添加した。最終濃度40 μMの化合物2(又は比較例1)を含む混合物に37℃で発光ダイオード(LED)(λ= 595 nm)を照射した。595 nm LEDの光源の出力は10 mWで、光照射はサンプルから約5 cmの距離で行った。光照射なしの対応する反応サンプルも対照として調製した。MALDI-TOF MSを使用して、反応をモニター及び分析した。必要に応じて、MS分析の前に、反応溶液をZipTip U-C18(Millipore Corporation)で脱塩した。酸素化の程度は、酸素化の強度比(%)=(n[O]付加物のMSピーク強度の合計)/(残った出発物質とn[O]付加物のMSピーク強度の合計)x 100として示す。図1に、得られたMALDI-TOF MSのスペクトルを示す。図2に、酸素化Aβの生成量を示す。
【0062】
図2に示すように、595nmの光を照射することで、凝集Aβの酸素化反応が円滑に進行することが分かった。また、トリプトファンやチロシン、ヒスチジン、メチオニンなどを持つオフターゲットペプチドを用いて選択性を評価した結果を図3に示す。その結果、Aβでは73%の収率にて反応が進行した条件において他のペプチドでは収率が4%以下にとどまっており、化合物2が高い選択性にてAβの酸素化反応を進行させることが示された。
【0063】
また、Aβ酸素化反応における化合物2と比較例1の比較を図4に示す。その結果、式(Ia)のRの位置に臭素原子を有する化合物2は、Rの位置が水素原子である比較例1よりも著しく高い酸素化活性を示すことが分かった。尚、図中のContは触媒を添加せずに光のみを照射した結果である。
【0064】
3.他のアミロイドの酸素化
クロスβシート構造を持つアミロイドであるアミリン、α-シヌクレイン、インシュリンにおいても、上記2.と同様の光酸素化を行った。その結果、これらの凝集状態のペプチドに対しても酸素化が進行したことから、化合物2がクロスβシート構造を認識して反応していることが示唆された。
【0065】
4.化合物2の励起状態の解析
次に、化合物2の励起状態における機構について検討を行った。凝集Aβ存在下および非存在下における化合物2の蛍光スペクトル変化を測定した結果を図5(A)に示す。その結果、化合物2は凝集Aβ存在下でのみ蛍光を示すことが明らかになった。さらに一重項酸素に関しても、凝集Aβ存在下でのみ生成することを確認した。これらの結果から、化合物2が凝集Aβと結合することで、蛍光発光および項間交差を介した一重項酸素の生成が促進されていることが示唆された。
【0066】
かかる挙動の構造的原因を追究するために、密度汎関数法(DFT計算)を用いて化合物2の基底状態および励起状態における構造の最適化を行った。図5(B)に示すように、基底状態ではアゾベンゼン構造のC-N-N-Cの二面角が164oと比較的平面性の高い構造を取るのに対して、励起状態では二面角が149oと若干折れ曲がった構造を取っていることが予測された。以上の結果から、溶液中の化合物2の励起状態の緩和にはこの折れ曲がった構造が関与していると考えられ、化合物2は凝集Aβと結合することでその動きが抑制されAβ選択的に酸素化活性を発現していることが示唆された。
【0067】
5.酸素化部位の同定
上記2.の酸素化反応混合物に、水に溶解したGlu-C(Sigma社製、体積の1/50)を加え、37°Cで12~16時間インキュベートし、LC / MS / MSを用いてAβにおける酸素化部位を分析した。図6に示すように、ヒスチジン残基及びメチオニン残基の位置で酸素化が生じていることが確認された。
【0068】
6.Aβの凝集抑制効果の検討
化合物2によるAβの凝集抑制効果を検証するため、チオフラビン‐Tアッセイを行った。アッセイは、上記参考文献の記載に従い、反応混合物(10μL)(20μM Aβ種、2μM 化合物2、0.1Mリン酸塩)を、1.25μMのチオフラビン‐T溶液(400μL)に添加した。用いたチオフラビン‐T溶液は、50μMチオフラビン‐T水溶液(10μL、ThTはSigma-Aldrich、Inc.から購入)を50 mMグリシンNaOHバッファー(396μL、 pH 8.5)に添加して調製した。溶液の蛍光強度(400 μL)は、室温で440 nmの励起波長と480 nmの発光波長で測定した。 蛍光強度は、長方形の石英セル(3 mm光路長)を使用して、分光蛍光光度計RF-5300PC(島津製作所)で測定した。 蛍光標準として、100 mMリン酸緩衝液(pH 7.4)中の50μMカルセイン(400μL、同仁化学研究所からカルセインを購入)を使用した。
【0069】
その結果、図7に示すように、光照射による化合物2の光酸素化反応によりAβの凝集抑制が確認された。なお、図7中の「Cat」は化合物2を意味し、「Light」は光照射したことを意味する。
【0070】
7.血液脳関門(BBB)の透過性
マウスを用いて、触媒を静脈内投与した後の脳内存在量を評価し、化合物2のBBB透過能を測定した。また、比較例として、従来の光酸素化触媒である化合物3及び4についても同様の測定を行った。化合物3は、非特許文献2(Ni, J. et al., Chem 2018, 4, 807-820)に開示されている化合物であり、化合物4は、非特許文献3(Suzuki, T. et al., Chem. Commun. 2019, 55, 6165)に開示されている化合物である。
【0071】
その結果、図8に示すように、本発明の化合物2は、従来例である化合物3及び4と比較して十分に高いBBB透過能を示し、投与60分後には投与量の1.55%の量が脳から回収された。
【0072】
8.in vivoにおける光酸素化反応
アルツハイマー病モデルマウスに化合物2を投与し、体外から光を照射するスキームにおいて、化合物2の酸素化活性の評価を行った。ヒトArctic Aβを発現する11か月齢のAppノックイン(AppNL-GF/NL-GF)マウスに、化合物2(1.0 mM、0.2 mL、10%DMSO、15%Kolliphor ELおよび75% 1*PBS)を静脈内投与した。60分後、マウスに600 nm LED光を10分間照射した。この操作を5日間で5回繰り返し、マウスの海馬由来サンプルをウエスタンブロッティング法にて評価した。
【0073】
結果を図9に示す。その結果、触媒投与・光照射を行ったマウス(レーン1~3)では、触媒のみを投与したマウス(レーン4~6)と比較して酸素化による生成物と考えられる二量体が強く検出された。この結果は、化合物2はin vivo系においてAβの光酸素化を進行させていることを示すものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9