(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-18
(45)【発行日】2025-03-27
(54)【発明の名称】フェノチアジン骨格を有する光酸素化触媒化合物及びこれを含有する医薬
(51)【国際特許分類】
C07D 513/04 20060101AFI20250319BHJP
A61K 31/542 20060101ALI20250319BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20250319BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20250319BHJP
【FI】
C07D513/04 CSP
A61K31/542
A61P43/00 111
A61P43/00
A61P25/28
(21)【出願番号】P 2021571222
(86)(22)【出願日】2021-01-14
(86)【国際出願番号】 JP2021001008
(87)【国際公開番号】W WO2021145368
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2023-11-07
(32)【優先日】2020-01-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】相馬 洋平
(72)【発明者】
【氏名】金井 求
(72)【発明者】
【氏名】城野 柳人
(72)【発明者】
【氏名】大井 未来
【審査官】三木 寛
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/010092(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/023911(WO,A1)
【文献】TANG, Huang et al.,Novel oxoisoaporphine-based inhibitors of acetyl- and butyrylcholinesterase and acetylcholinesterase,Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,2012年,Vol. 22,pp. 2257-2261
【文献】谷口 敦彦,アミロイド病治療を目指したアミロイド選択的光酸素化,薬学雑誌,2018年,Vol. 138, No.1,pp. 47-53
【文献】TANIGUCHI Atsuhiko et al.,Switchable photooxygenation catalysts that sense higher-order amyloid structures,Nature chemistry,2016年,Vol. 8,pp. 974-982
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 513/
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(
II)で表される化合物又はその塩:
(式中、R
a
は、水素原子、又はそれぞれ独立に同一でも異なっていてもよい、アルキル基、アミノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ハロゲン、又はニトロ基から選択される1~5の置換基であり;Rは、水素原子、又は炭素数1~5のアルキル基であり;mは、1~10の自然数であり;nは、1~10の自然数であり;及び、pは1~5の自然数である。)。
【請求項2】
請求項1
に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの酸素化触媒。
【請求項3】
請求項1
に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの凝集抑制剤。
【請求項4】
請求項1
に記載の化合物又はその塩及び薬学的に許容される担体を含有する医薬組成物。
【請求項5】
病原性アミロイドが関連する疾患の予防又は治療薬である、
請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記病原性アミロイドが関連する疾患が、アルツハイマー病である、
請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
病原性アミロイドが関与する疾患の予防又は治療薬の製造のための請求項1
に記載の化合物又はその塩の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の病原性アミロイドが関与する疾患を予防又は治療するための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、タンパク質はフォールディングすることにより、特異的なネイティブ構造を形成して生命機能を担うが、一方でミスフォールディングすることでβシート構造に富んだ線維へと凝集(アミロイド化)することがある。このアミロイド化の過程で産生する凝集体(オリゴマー、プロトフィブリル、線維)は様々な機能障害を引き起こすことが知られており(このような疾患は「アミロイド病」と総称される)、35種類以上のタンパク質がアミロイド病の原因物質として同定されている。そのようなアミロイドとしては、例えば、タウ蛋白質、パーキンソン病のαシヌクレイン、糖尿病のアミリン、全身性アミロイド-シスのトランスサイレチン、ハンチントン病のハンチンチン等が知られている。
【0003】
一方で、アルツハイマー病は、脳の萎縮とともに認知機能の低下を引き起こす進行性の神経変性疾患であり、その患者数は年々増加している。このアルツハイマー病もアミロイド病の一種であって、その発症には、アミロイドβペプチド(Aβ)が形成する凝集体による神経毒性が関与していると考えられており、これまでAβを標的とする治療法が精力的に研究されている。Aβを標的とする治療薬・治療法としては、例えば、前駆体蛋白質からAβを産生する酵素の阻害剤、Aβの分解酵素促進剤、免疫療法、Aβの凝集阻害剤等が知られている。しかしながら、これら従来の治療法では、副作用があることや薬理効果が低いなどの問題があり、未だ実用化には至っていない。このため、安全で効果的なアルツハイマー病治療に繋がる新たな手法の開発が望まれている。
【0004】
これに対し、本願発明者らは、Aβが疎水性相互作用により凝集する特徴に着目し、これに親水性の酸素原子を選択的に付加することで凝集性や毒性を抑止する光触媒化合物の開発を行ってきた(非特許文献1、2等)。しかしながら、これら従来の光触媒化合物を実際の疾患治療に適用するためには、近赤外光照射下での酸素活性化、水溶性、脳移転性を含む薬物動態などの点で改善の余地があった。また、従来の光触媒化合物は、
図1の「Path(I)」に示すようにクロスβシート構造を形成する凝集Aβ(Aggregated Aβ)との相互作用によって酸素活性化を発現する機構のみであり、一方で、
図1の「Path(II)」に示すようなオリゴマーなどのより毒性の強い低凝集状態のAβ(Low Aggregated Aβ)を効率的に酸素化することは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Taniguchi, A. et al., Nat. Chem. 2016, 8, 974-982
【文献】Ni, J. et al., M. Chem 2018, 4, 807-820
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる従来技術の問題点に鑑み、本発明は、従来法では困難であった低凝集状態かつ低濃度におけるアミロイド類を効率的に酸素化することができ、かつ光照射下での細胞毒性を低減し得る光触媒化合物の開発を課題とするものである。さらに、かかる新規光触媒化合物を用いたアミロイド関連疾患予防治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、フェノチアジン構造とモルホリン構造を連結させた母骨格を有し、また特定の構造の側鎖を導入した光触媒化合物を用いることで、触媒分子同士のスタッキングを抑制し、細胞毒性を低減しつつ、光照射によるアミロイド類の選択的な酸素化が可能であることを見出した。また、当該化合物は、低凝集状態かつ低濃度におけるアミロイド類を効率的に酸素化できることも見出した。これらの知見により、本発明を完成するに至ったものである。なお、ここで、「酸素化(oxygenation)」とは、広く酸化(oxidation)のうち、特に酸素原子を結合させる反応を意味する語として用いる。
【0008】
すなわち、本発明は、一態様において、アミロイド類に対する光酸素化触媒化合物に関し、より具体的には、
<1> 以下の式(I)で表される化合物又はその塩:
【化1】
(式中、Xは、置換されていてもよいアリール基又は置換されていてもよいヘテロアリール基であり;Yは、カルボキシル基又はその生物学的等価な基であり;L
1及びL
2は、それぞれスペーサ基であり;及びRは、水素原子、又は炭素数1~5のアルキル基である。);
<2>L
1及びL
2が、それぞれ独立に、アルキレン又はエーテル鎖である、上記<1>に記載の化合物又はその塩;
<3>Xが、置換されていてもよいフェニル基である、上記<1>又は<2>に記載の化合物又はその塩;
<4>Yが、カルボキシル基、脂肪族カルボキシル基、含窒素ヘテロアリール基、スルホンアミド基、又はリン酸エステル基である上記<1>~<3>のいずれか1に記載の化合物又はその塩;
<5>以下の式(II)で表される、上記<1>に記載の化合物又はその塩:
(式中、R
aは、水素原子、又はそれぞれ独立に同一でも異なっていてもよい、アルキル基、アミノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ハロゲン、ニトロ基、又はカルボニル基から選択される1~5の置換基であり;Rは、水素原子、又は炭素数1~5のアルキル基であり;mは、1~10の自然数であり;nは、1~10の自然数であり;及び、pは1~5の自然数である。);
<6>上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの酸素化触媒;及び
<7>上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの凝集抑制剤
を提供するものである。
【0009】
また、別の態様において、本発明は、上記化合物を含む医薬及び治療方法にも関し、より詳細には、
<8>上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩及び薬学的に許容される担体を含有する医薬組成物;
<9>病原性アミロイドが関連する疾患の予防又は治療薬である、上記<8>に記載の医薬組成物;
<10>前記病原性アミロイドが関連する疾患が、アルツハイマー病である、上記<9>に記載の医薬組成物;
<11>病原性アミロイドが関与する疾患の予防又は治療薬の製造のための上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩の使用;
<12>上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩の有効量を投与することを特徴とする、病原性アミロイドが関連する疾患を予防又は治療する方法;
<13>上記<1>~<5>のいずれか1に記載の化合物又はその塩の投与後に、患者の患部に体外から光を照射することを含む、上記<12>に記載の方法;及び
<14>前記病原性アミロイドが関連する疾患が、アルツハイマー病である、上記<12>又は<13>に記載の方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低凝集状態かつ低濃度のアミロイド類を、細胞毒性を低減しつつ、選択的かつ効率的に光酸素化することができる。これにより、静脈内投与等による投与の後に体外から光照射を行うという非侵襲的手法によって、生体内(脳内等)におけるAβペプチド等の病原性アミロイドの凝集・毒性を抑制又は低減できるという効果を奏するものである。したがって、本発明は、従来には無い低侵襲性の手法によって、病原性アミロイドが関与する疾患の予防・治療を可能とする点で非常に有益である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、アミロイドβペプチド(Aβ)における光酸化反応のスキームを示す模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の化合物と比較例化合物のUV-vis吸収スペクトルである。
【
図3】
図3は、本発明の化合物と比較例化合物についてスーパーオキシドアニオンの生成を示す蛍光強度のグラフである。
【
図4】
図4は、本発明の化合物と比較例化合物について、光照射による細胞毒性を示すグラフである。
【
図5】
図5は、本発明の化合物及び比較例化合物(CRANAD触媒)によるAβの光酸素化反応における酸素化Aβの生成量を示すグラフである(Aβ濃度:20μM)。
【
図6】
図6は、本発明の化合物及び比較例化合物(CRANAD触媒)によるAβの光酸素化反応における酸素化Aβの生成量を示すグラフである(Aβ濃度:2μM)。
【
図7】
図7は、本発明の化合物による光酸素化反応におけるペプチド選択性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0013】
1.定義
本明細書中において、「ハロゲン原子」とは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を意味する。
【0014】
本明細書中において、「アルキル又はアルキル基」は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせからなる脂肪族炭化水素基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、例えば、炭素数1~20個(C1~20)、炭素数1~15個(C1~15)、炭素数1~10個(C1~10)である。本明細書において、アルキル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。例えば、C1~8アルキルには、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、neo-ペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル等が含まれる。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルコシ基、アリールアルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0015】
本明細書中において、「アルキレン」とは、直鎖状または分枝状の飽和炭化水素からなる二価の基であり、例えば、メチレン、1-メチルメチレン、1,1-ジメチルメチレン、エチレン、1-メチルエチレン、1-エチルエチレン、1,1-ジメチルエチレン、1,2-ジメチルエチレン、1,1-ジエチルエチレン、1,2-ジエチルエチレン、1-エチル-2-メチルエチレン、トリメチレン、1-メチルトリメチレン、2-メチルトリメチレン、1,1-ジメチルトリメチレン、1,2-ジメチルトリメチレン、2,2-ジメチルトリメチレン、1-エチルトリメチレン、2-エチルトリメチレン、1,1-ジエチルトリメチレン、1,2-ジエチルトリメチレン、2,2-ジエチルトリメチレン、2-エチル-2-メチルトリメチレン、テトラメチレン、1-メチルテトラメチレン、2-メチルテトラメチレン、1,1-ジメチルテトラメチレン、1,2-ジメチルテトラメチレン、2,2-ジメチルテトラメチレン、2,2-ジ-n-プロピルトリメチレン等が挙げられる。
【0016】
本明細書中において、「アリール又はアリール基」とは、単環式又は縮合多環式の芳香族炭化水素基のいずれであってもよく、環構成原子としてヘテロ原子(例えば、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子など)を1個以上含む芳香族複素環であってもよい。この場合、これを「ヘテロアリール基」または「ヘテロ芳香族基」と呼ぶ。アリールが単環および縮合環のいずれである場合も、すべての可能な位置で結合しうる。単環式のアリールの非限定的な例としては、フェニル基(Phe)、チエニル基(2-又は3-チエニル基)、ピリジル基、フリル基、チアゾリル基、オキサゾリル基、ピラゾリル基、2-ピラジニル基、ピリミジニル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ピリダジニル基、3-イソチアゾリル基、3-イソオキサゾリル基、1,2,4-オキサジアゾール-5-イル基又は1,2,4-オキサジアゾール-3-イル基等が挙げられる。縮合多環式のアリールの非限定的な例としては、1-ナフチル基、2-ナフチル基、1-インデニル基、2-インデニル基、2,3-ジヒドロインデン-1-イル基、2,3-ジヒドロインデン-2-イル基、2-アンスリル基、インダゾリル基、キノリル基、イソキノリル基、1,2-ジヒドロイソキノリル基、1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリル基、インドリル基、イソインドリル基、フタラジニル基、キノキサリニル基、ベンゾフラニル基、2,3-ジヒドロベンゾフラン-1-イル基、2,3-ジヒドロベンゾフラン-2-イル基、ナフチリジニル、ジヒドロナフチリジニル、テトラヒドロナフチリジニル、イミダゾピリジニル、プテリジニル、プリニル、キノリジニル、インドリジニル、テトラヒドロキノリジニル、およびテトラヒドロインドリジニル、2,3-ジヒドロベンゾチオフェン-1-イル基、2,3-ジヒドロベンゾチオフェン-2-イル基、ベンゾチアゾリル基、ベンズイミダゾリル基、フルオレニル基又はチオキサンテニル基等が挙げられる。本明細書において、アリール基はその環上に任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アリール部分を含む他の置換基(例えばアリールオキシ基やアリールアルキル基など)のアリール部分についても同様である。アリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。本明細書中において、「芳香環」とは、単環式又は縮合多環式の共役不飽和炭化水素環構造を意味し、環構成原子としてヘテロ原子(例えば、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子など)を1個以上含んでいてもよい。
【0017】
本明細書中において、「環構造」という用語は、二つの置換基の組み合わせによって形成される場合、複素環または炭素環基を意味し、そのような基は飽和、不飽和、または芳香族であることができる。従って、上記において定義した、シクロアルキル、シクロアルケニル、アリール、及びヘテロアリールを含むものである。例えば、シクロアルキル、フェニル、ナフチル、モルホリニル、ピペルジニル、イミダゾリル、ピロリジニル、およびピリジルなどが挙げられる。本明細書中において、置換基は、別の置換基と環構造を形成することができ、そのような置換基同士が結合する場合、当業者であれば、特定の置換、例えば水素への結合が形成されることを理解できる。従って、特定の置換基が共に環構造を形成すると記載されている場合、当業者であれば、当該環構造は通常の化学反応によって形成することができ、また容易に生成することを理解できる。かかる環構造およびそれらの形成過程はいずれも、当業者の認識範囲内である。
【0018】
本明細書中において用いられる「エステル」とは、ROCO-(R=アルキルの場合、アルコキシカルボニル-)およびRCOO-(R=アルキルの場合、アルキルカルボニルオキシ-)の両方を含む。本明細書中において、「アルキルアミノ」及び「アリールアミノ」は、-NH2基の水素原子が上記アルキル又はアリールの1又は2で置換されたアミノ基を意味する。例えば、メチルアミノ、ジメチルアミノ、エチルアミノ、ジエチルアミノ、エチルメチルアミノ、ベンジルアミノ等が挙げられる。
【0019】
本明細書中において、ある官能基について「置換されていてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。このような例として、例えば、ハロゲン化アルキル基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0020】
2.本発明の光酸素化触媒化合物
本発明の化合物は、フェノチアジン構造とモルホリン構造を連結させた母骨格及び、特定構造の側鎖を有し、以下の式(I)で表される構造を有することを特徴とする。
【化3】
【0021】
式(I)において、Xは、電子供与性の置換基であって、具体的には、置換されていてもよいアリール基又は置換されていてもよいヘテロアリール基である。典型的には、Xは、単環式の5又は6員環であることができ、例えば、そのような単環式のアリール又はヘテロアリールとしては、フェニル基、ピリジル基、オキサゾリル基、ピラゾリル基、2-ピラジニル基、ピリミジニル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ピリダジニル基、3-イソチアゾリル基、3-イソオキサゾリル基、1,2,4-オキサジアゾール-5-イル基又は1,2,4-オキサジアゾール-3-イル基等を挙げることができる。また、Xは、縮合多環式のアリール又はヘテロアリールであってもよく、例えば、1-ナフチル基、2-ナフチル基などを挙げることができる。当該アリール基又はヘテロアリール基は、その環上に、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどの任意の置換基を1個以上有していてもよい。当該アリール基又はヘテロアリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。好ましくは、Xはフェニル基である。
【0022】
式(I)において、L1は、フェノチアジン骨格部分とXとを連結するためのスペーサ基である。好ましくは、L1は、アルキレン又はエーテル鎖であることができる。より好ましくは、炭素数2~10の直鎖又は分岐鎖のアルキレン又は炭素数2~10のエーテル鎖である。スペーサ基L1の長さは、アミロイド類との選択的な結合のために適宜調整することができる。
【0023】
式(I)において、Rは、水素原子、又は炭素数1~5のアルキル基である。好ましくは、Rは、水素原子又はメチル基である。
【0024】
式(I)における左側の側鎖である「X-N(R)-L1-N(R)-」は、フェノチアジン骨格部分と分子内スタッキングを形成することにより、及び/又は、フェノチアジン骨格部分への光誘起電子移動(PET:Phot-induced Electron Transfer)により、光照射時に消光を生じさせることができる。これにより、アミロイド類が存在しない場合には触媒活性が抑制(OFF)されているが、式(I)の光酸化触媒化合物がアミロイドに結合した場合には、これらの消光作動が解除され触媒活性が選択的にONとなるという作用がもたらされる。また、かかる側鎖が触媒分子間のスタッキングを抑制することにより、望ましくないスーパーオキシドアニオンの発生を抑制し、光照射時の細胞毒性を低減することができる。
【0025】
なお、左側鎖「X-N(R)-L1-N(R)-」は、フェノチアジン骨格部分におけるS原子に対して、好ましくは、メタ位又はパラ位、より好ましくはメタ位に連結している。
【0026】
式(I)において、Yは、式(I)の化合物にアニオニックな構造を導入することによって細胞毒性を抑えるための置換基であって、カルボキシル基、又は酸性プロトンを有するその生物学的等価な基(カルボン酸と同様にアニオニックになりやすい基)である。すなわち、Yは、カルボン酸、あるいは、その生物学的等価体として知られているスルホンアミド、リン酸エステル、テトラゾールなどの酸性プロトンを有するヘテロ芳香環に由来する基であることができる。代表例として、Yは、カルボキシル基、脂肪族カルボキシル基、含窒素ヘテロアリール、スルホンアミド基、又はリン酸エステル基である。好ましくは、Yは、テトラゾリル基、イミダゾリル基、トリアゾリル基、ペンタゾリル基、ピリジル基、ピラジニル基、ピリミジニル基、又はオキサゾリル基である。より好ましくは、Yは、テトラゾリル基である。かかる疎水性の高いテトラゾリル基を用いることで、分子全体の両親媒性が解消されるために、さらに毒性を低下させることができる。
【0027】
式(I)において、L2は、モルホリン骨格部分とYとを連結するためのスペーサ基である。好ましくは、L1は、アルキレン又はエーテル鎖であることができる。より好ましくは、炭素数2~10の直鎖又は分岐鎖のアルキレン又は炭素数2~10のエーテル鎖である。なお、L1及びL2は、同一でも異なっていてもよく、それぞれ独立に、アルキレン又はエーテル鎖であることができる。
【0028】
式(I)における右側の側鎖である「-L2-Y」は、触媒自身に由来する細胞毒性を軽減することができる基である。また、後述のように、かかる右側鎖がモルホリン部分を介してフェノチアジン骨格に連結する構造とすることで、モルホリン構造が立体障害となり触媒分子間のスタッキングが抑制され、望ましくないスーパーオキシドアニオンの発生をさらに抑制し、光照射時の細胞毒性を低減することができる。
【0029】
典型的な態様において、式(I)におけるXは、置換されていてもよいフェニル基であり;L
1は、エーテル鎖であり;L
2は、アルキレンであり;Yは、テトラゾリル基であることができる。この場合、本発明の化合物は、以下の式(II)で表される構造を有するものである。
【化4】
【0030】
式(II)において、Raは、上述のようにフェニル基上の任意の置換基であることができる。より具体的には、Raは、水素原子、又はそれぞれ独立に同一でも異なっていてもよい、アルキル基、アミノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ハロゲン、ニトロ基、及びカルボニル基から選択される1~5の置換基であることができる。
【0031】
式(II)において、Rは、上記式(I)と同様に、水素原子、又は炭素数1~5のアルキル基であり、好ましくは、Rは、水素原子又はメチル基である。
【0032】
式(II)において、m、n、pは、いずれもスペーサ部分の長さを規定するものである。mは、1~10、好ましくは1~5の自然数である。nは、1~10、好ましくは1~5の自然数である。また、pは1~5の自然数であり、好ましくは1~3の自然数である。これら、m、n、及びpは、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、好ましくは、mとnは同一である。
【0033】
上記式(I)及び(II)で表される本発明の化合物は、塩として存在する場合がある。そのような塩としては、塩基付加塩、酸付加塩、アミノ酸塩などを挙げることができる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩、ピペリジン塩、モルホリン塩などの有機アミン塩を挙げることができ、酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、カルボン酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。アミノ酸塩としてはグリシン塩などを例示することができる。もっとも、これらの塩に限定されることはない。
【0034】
本発明の化合物は、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があり、光学異性体又はジアステレオ異性体などの立体異性体が存在する場合がある。純粋な形態の立体異性体、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などはいずれも本発明の範囲に包含される。
【0035】
また、本発明の化合物又はその塩は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。溶媒和物を形成する溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、水、エタノール、アセトン、イソプロパノールなどの溶媒を例示することができる。
【0036】
本明細書の実施例には、本発明の化合物に包含される代表的化合物についての製造方法が具体的に示されているので、当業者は本明細書の開示を参照することにより、及び必要に応じて出発原料や試薬、反応条件などを適宜選択して、式(I)及び(II)に包含される任意の化合物を適宜製造することができる。
【0037】
2.本発明の化合物を含む医薬組成物等
本発明の化合物は、病原性アミロイドの酸素化反応を触媒することができる。当該酸素化反応は、光照射によって本発明化合物を励起状態とすることで、アミロイド中のアミノ酸残基に酸素原子を付加し酸化することにより進行する。これにより、病原性アミロイドの凝集を抑制・低減することができる。
【0038】
したがって、本発明は、別の態様において、上記化合物又はその塩を含む、病原性アミロイドの酸素化触媒又は病原性アミロイドの凝集抑制剤に関する。さらに、本発明は、上記化合物又はその塩及び薬学的に許容される担体を含有する医薬組成物にも関する
【0039】
本発明の化合物は、特に、低凝集状態かつ低濃度のアミロイド類に対して、細胞毒性を低減しつつ、選択的かつ効率的に光酸素化することができるという特徴を有する。必ずしも理論に拘束されるものではないが、式(I)における左側の側鎖である「X-N(R)-L1-N(R)-」は、フェノチアジン骨格部分と分子内スタッキングを形成することにより、及び/又は、フェノチアジン骨格部分への光誘起電子移動(PET)により、光照射時に消光を生じさせることができる。これにより、アミロイド類が存在しない場合には触媒活性が抑制(OFF)されているが、本発明の光酸化触媒化合物がアミロイド類に結合した場合には、これらの消光作動が解除され触媒活性が選択的にONとなり、アミロイド類を選択的に酸素化することができる。
【0040】
そして、上記式(I)及び(II)に示したように、本発明の化合物は、フェノチアジン骨格にモルホリン部が連結した構造を有することで、モルホリン構造が立体障害となり触媒分子同士の分子間スタッキングが抑制され、これにより、光照射時の細胞毒性の要因となる望ましくないスーパーオキシドアニオンの発生を抑制することができる。加えて、上述のように、左側鎖の「X-N(R)-L1-N(R)-」の置換基Xがフェノチアジン骨格部分と分子内スタッキングを形成することで触媒分子どうしの分子間スタッキングが阻害されるため、望ましくないスーパーオキシドアニオンの発生をさらに抑制し、光照射時の細胞毒性を低減することができる。このように、本発明によれば、従来には無い低侵襲性の手法によって、病原性アミロイドが関与する疾患の予防・治療を可能となる。
【0041】
「病原性アミロイド」としては、ヒトを含む動物のアルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、ハンチントン病、全身性アミロイド-シスに関与することが知られている、アミロイドβ(Aβ)ペプチド、アミリン、トランスサイレチン、αシヌクレイン、タウ蛋白質、ハンチンチン等のアミロイドが含まれる。ただし、これらに限定されるものではない。
【0042】
例えば、本発明化合物によってAβペプチドを酸化する場合、Aβペプチドを構成する40又は42アミノ酸残基のうちの一以上のアミノ酸残基が酸化されていればよいが、His、Metから選ばれる一以上のアミノ酸残基が酸化されることが好ましい。当該酸化は、各アミノ酸残基にヒドロキシ基又はオキソ基(オキシド)が付加した形態であるのがより好ましい。前記のアミノ酸残基の酸化体としては、Hisの場合には、ヒスチジン残基のイミダゾール環が酸化された構造、すなわち、デヒドロイミダゾロン環、ヒドロキシイミダゾロン環を有しているものと推定される。また、Metの場合には、メチオニン残基中の硫黄原子に酸素が付加しているものと推定される。
【0043】
本発明の化合物は、650~800nmの範囲の最大吸収波長(λmax)を有することが好ましく、当該波長で励起状態とすることができることが好ましい。かかる長波長側に吸収帯を有することにより、生体透過性の高い長波長光により励起することができる。
【0044】
本発明化合物又はその塩を含有する医薬組成物は、投与法に応じ適当な製剤を選択し、薬学的に許容される担体を用いて各種製剤の調製法にて調製できる。本発明化合物を主剤とする医薬組成物の剤形としては例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤や、液剤、シロップ剤、エリキシル剤、油性ないし水性の懸濁液等を経口用製剤として例示できる。
【0045】
注射剤としては製剤中に安定剤、防腐剤、溶解補助剤を使用することもあり、これらの補助剤を含むこともある溶液を容器に収納後、凍結乾燥等によって固形製剤として用時調製の製剤としてもよい。また一回投与量を一の容器に収納してもよく、また多投与量を一の容器に収納してもよい。
【0046】
また外用製剤として液剤、懸濁液、乳濁液、軟膏、ゲル、クリーム、ローション、スプレー、貼付剤等を例示できる。
【0047】
固形製剤としては、本発明化合物とともに薬学上許容されている添加物を含み、例えば充填剤類や増量剤類、結合剤類、崩壊剤類、溶解促進剤類、湿潤剤類、潤滑剤類等を必要に応じて選択して混合し、製剤化することができる。液体製剤としては溶液、懸濁液、乳液剤等を挙げることができるが添加剤として懸濁化剤、乳化剤等を含むこともある。
【0048】
本発明の化合物を人体用の医薬として使用する場合、投与量は成人1日あたり1mg~1g、好ましくは1mg~300mgの範囲が好ましい。
【0049】
さらなる態様において、本発明は、上記化合物又はその塩の有効量を投与することを特徴とする、病原性アミロイドが関連する疾患を予防又は治療する方法にも関する。当該方法は、好ましくは、化合物又はその塩の投与後に、患者の患部に体外から光を照射することを含む。上述のように、本発明の化合物は、生体透過性の高い長波長光により励起することができるので、静脈内投与等による投与の後に、患者の体外から光照射を行うという非侵襲的手法によって、生体内(脳内等)における病原性アミロイドの凝集・毒性を抑制又は低減することができる。
【0050】
具体的には、本発明の化合物又はその塩を生体内又は細胞内に導入し、化合物が目的とする部位に移行した時点で光を照射すればよい。生体内への投与手段としては、筋肉内注射、静脈内注射、局所投与、経口投与等が挙げられる。
【0051】
病原性アミロイドが関連する疾患としては、ヒトを含む動物のアルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、ハンチントン病、全身性アミロイド-シス等を挙げることができる。典型的には、病原性アミロイドが関連する疾患は、アルツハイマー病である。
【実施例】
【0052】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0053】
1.本発明の化合物の合成
以下の構造を有する本発明の化合物を、以下に述べる化合物(1)~(7)を経て合成した(式中、Meはメチル基を意味する)。
【化5】
【0054】
[2,3-dihydro-4H-1,4-benzoxazine-4-butnenitrile (1)の合成]
MeCN(56 mL)中の3,4-ジヒドロ-2H-1,4-ベンゾオキサジン(1.17 mL、10.0 mmol)の溶液に、TBAI(1.85 g、5 mmol)、NaI(5.99 g、40 mmol)、 K
2CO
3(2.76 g、20 mmol)、および4-ブロモブタンニトリル(1.99 mL、20 mmol)を添加した。得られた混合物をアルゴン雰囲気下で一晩還流し、室温に冷却した。次に、反応混合物を、AcOEtを含むセライトのパッドにより濾過した。濾液を濃縮し、残渣をシリカゲルのカラムクロマトグラフィー(溶離液:Hex/AcOEt=4/1~3/1)で精製し、ベージュ色の固体である化合物(1)(1.66 g、82%)を得た。
1H NMR (500 MHz, CDCl
3): δ= 6.84-6.77 (m, 2H), 6.65-6.62 (m, 2H), 4.24 (t, J = 4.5 Hz, 2H),3.38 (t, J = 6.9 Hz, 2H), 3.33 (t, J = 4.5 Hz, 2H), 2.43 (t, J = 6.9 Hz, 2H), 1.96 (tt, J = 6.9 Hz, 6.9 Hz, 2H).
13C NMR (125 MHz, CDCl
3): δ = 144.2, 134.6, 121.6, 119.2, 118.2, 116.6, 112.1, 64.3,49.7, 47.6, 22.6, 14.7.
【0055】
[2,3-dihydro-4H-1,4-benzoxazine-4-(3-(1H-tetrazol-5-yl)propyl) (2)の合成]
2,3-ジヒドロ-4H-1,4-ベンゾオキサジン-4-ブトニトリル(1)(1.66 g、8.2 mmol)およびトリメチルシリルアジド(2.18 mL、24.6 mmol、3.0当量)の乾燥トルエン(13.5 m)溶液に、ジブチルスズオキシド(816.5 mg、3.3 mmol、0.40当量)を加え、(TLC分析で)ニトリルが消費されるまで混合物を24~72時間加熱した。反応混合物を真空で濃縮した。残留物をメタノールに溶解し、再濃縮した。残留物を酢酸エチルと飽和重炭酸ナトリウム溶液に分配した。有機相を飽和重炭酸ナトリウム溶液の追加部分で抽出した。合わせた水性抽出物を濃塩酸溶液でpH2に酸性化し、次にAcOEt(×2)で抽出した。合わせた有機抽出物をNa
2SO
4で乾燥し、濾過し、濃縮して、透明な無着色油の化合物(2)(1.86 g、92%)を得た。それ以上の精製は必要なかった。
1H NMR (500 MHz, CDCl
3): δ = 6.72 (ddd, J = 7.8 Hz, 7.7 Hz, 1.1 Hz, 1H), 6.65-6.62 (m, 2H),6.51 (ddd, J = 7.8 Hz, 7.7 Hz, 1.1 Hz 1H), 8 = 4.24 (t, J = 4.0 Hz, 2H), 3.34-3.28 (m, 4H), 3.00(t, J = 7.4 Hz, 2H), 2.08 (tt, J = 7.4 Hz, 7.4 Hz, 2H).
13C NMR (125 MHz, CD
3OD): δ= 145.5,136.3, 122.5, 118.6, 117.2, 113.4, 65.5, 51.0, 49.8, 48.1, 25.2, 21.6
【0056】
[(5-(3-(2,3-dihydro-4H-1,4-benzoxazine-4-yl)propyl)-1H-tetrazol-1-yl)methyl acetate (3)の合成]
THF(14mL)中に化合物(2)(1.72g、7.0mmol)を含むフラスコに、ブロモメチルアセテート(854.1μL、9.1mmol、1.3当量)およびiPr
2NEt(1.59mL、9.1mmol、1.3当量)を室温で加えた。得られた混合物を室温で一晩撹拌し、水でクエンチした。得られた混合物をAcOEt(×2)により抽出し、水および塩水で洗浄し、次に無水Na
2SO
4で乾燥させ、濾過し、減圧下で濃縮して、粗混合物を得た。粗混合物は2つの位置異性体を含んでいたが、2つの異性体はシリカゲルカラムクロマトグラフィー(DCM/MeOH=50/1から20/1)によって分離可能である。所望の異性体である化合物(3)は透明な油状物(937.2mg、43%)として得られ、別の異性体は透明な無色の油状物(693.6mg、31%)として得られた。
1H NMR (400 MHz, CDCl
3): δ = 6.79-6.74 (m, 2H), 6.61-6.55 (m, 2H), 6.08 (s, 1H), 4.19 (t, J= 4.4 Hz, 2H), 3.38 (t, J = 7.1 Hz, 2H), 3.31 (t, J = 4.4 Hz, 2H), 3.00 (t, J = 7.1 Hz, 2H), 2.18 (tt,J = 7.1 Hz, 7.1 Hz, 2H), 2.05 (s, 3H).
13C NMR (125 MHz, CDCl
3): δ = 168.8, 167.1, 144.0,135.0, 121.6, 117.5, 116.4, 112.1, 71.0, 64.4, 50.2, 47.2, 24.4, 22.9, 20.4.
【0057】
[2-(2-(methyl(4-(2-(4-bromophenyl)diazenyl)phenyl)amino)ethoxy)-ethan-1-ol (4)の合成]
水(14.7mL)中の4-ブロモベンゼンジアゾニウム-テトラフルオロボレート(877mg、4.2mmol)の冷却溶液(0℃)に、EtOH(7.2 mL)中のNaOAc(121.2 mg、1.5 mmol)および2-[2-(メチルフェニルアミノ)エトキシ]-エタン-1-オール(823.8 mg、4.2 mmol)の溶液をゆっくりと加えた。反応混合物は直ちに暗赤色となった。混合物を室温で10時間撹拌し、AcOEt(×2)で希釈した。 有機相を水、塩水で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、濾過し、減圧下で濃縮して、粗混合物を得た。粗混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(Hex/AcOEt = 2/1から1/2)で精製した。黄赤色の固体である化合物(4)が生成物として得られた、収率(991mg、62%)。
1H NMR (400 MHz, CDCl
3): δ = 7.85 (d, J = 9.0 Hz, 2H), 7.70 (d, J = 8.5 Hz, 2H), 7.57 (d, J =8.5 Hz, 2H), 6.77 (d, J = 9.0 Hz, 2H), 3.70-3.63 (m, 6H), 3.55 (t, J = 4.9 Hz, 2H), 3.10 (s, 3H).
13C NMR (125 MHz, CDCl
3): δ = 151.9, 151.6, 143.5, 132.0, 125.2, 123.7, 123.3, 111.5, 72.4, 68.6,61.8, 52.2, 39.2.
【0058】
[2-(2-((4-aminophenyl)methylamino)ethoxy)-ethanol (5)の合成]
化合物(4)(113.5 mg、0.30 mmol)をメタノール(3.6 mL)に溶解した。触媒として木炭上のパラジウムを使用して水素化した(10 wt%Pd、31.9 mg、0.03 mmol、p(H
2)= 1 atm)。反応混合物を、出発物質が消費されるまで、50℃、水素雰囲気下で撹拌した。 セライトパッドを通して濾過して触媒を除去し、濾液を蒸発させた。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(DCM/MeOH = 10/1から3/1)により迅速に精製した。 ベージュ色の固体の化合物(5)が得られた(59.1mg、94%)。
【0059】
[4-(3-(1-acetoxymethyl)-1H-tetrazol-5-yl)propyl)-8-((2-(2- hydroxyethoxy) ethyl)(methyl)amino)-3,4-dihydro-2H-1,4-oxazino[2,3-b]phenothiazine-6-ium (7)の合成]
化合物(5)(124.5 mg、0.59 mmol)を丸底フラスコに加え、アルゴン雰囲気下で脱イオン水(3.7 mL)とメタノール(7.3 mL)を加え、溶液を0℃に冷却した。当該溶液に、水(1.0mL)中のチオ硫酸ナトリウム(103.0mg、0.65mmol、1.1当量)を一度に加えた。水(2.74mL)中の過硫酸ナトリウム(140.9mg、0.59mmol、1.0当量)を15分間にわたって滴下して加えた。反応混合物を0℃で3時間撹拌し、次に1時間かけて室温に温めた。化合物(6)が、黒色溶液の粗製物として得られた。
【0060】
化合物(6)(S-(2-アミノ-5-((2-(2-ヒドロキシエトキシ)エチル)(メチル)アミノ)フェニル)O-水素スルフロチオエート)(0.59 mmol)の反応混合物に、MeOH中の化合物(3)(187.9 mg、0.59 mmol)の溶液を加えた。混合物を40℃に加熱し、Fetizon試薬(セライト上のAg2CO3; 489.7 mg、1.78 mmol、3.0当量)を15分間かけて少しずつ加えた。次に混合物を80℃で3時間撹拌した。固形物を濾過により除去した後、濾液を真空で濃縮した。粗混合物を逆相HPLCによって精製して、赤青色の固体の化合物(7)(39.9mg、10%)を得た。
1H NMR (400 MHz, CD3CN): δ = 7.93 (d, J = 9.9 Hz, 1H), 7.53 (s, 1H), 7.50-7.47 (dd, J = 9.9Hz, 3.1 Hz, 1H), 7.42 (s, 1H), 7.34 (d, J = 3.1 Hz, 1H), 6.17 (s, 2H), 4.35 (m, 2H), 3.86 (t, J =4.9 Hz, 2H), 3.81-3.74 (m, 8H), 3.53 (t, J = 4.5 Hz, 2H), 3.49-3.47 (m, 2H), 3.31 (s, 3H), 3.08
(t, J = 7.1 Hz, 2H) 2.03 (s, 3H).
13C NMR (125 MHz, Acetone-d6): δ = 170.2, 156.6, 154.5,148.3, 145.6, 138.3, 137.0, 134.3, 131.7, 120.6, 119.6, 106.9, 106.0, 73.8, 69.2, 67.7, 64.4, 61.8,54.6, 53.9, 52.0, 48.3, 40.7, 23.8, 20.4 (One peak is missing due to the overlap in the aromatic region).
HRMS (ESI(+)): m/z calcd for C26H32N7O6S+ [M]+ 554.2180, found 554.2175.
【0061】
[4-(3-(1H-tetrazol-5-yl)propyl)-8-(methyl(2-(2-(methyl(phenyl) amino) ethoxy)ethl)amino)- 3,4-dihydro-2H-1,4-oxazino[2,3-b]phenothiazine-6-ium (本発明の化合物)の合成]
反応前に、化合物(7)(12.0mg、0.018mmol)をベンゼンで共沸乾燥させた。化合物(7)のMeCN(0.13 mL)溶液に、DMSO(35.9 μL、0.50 mmol、28.5当量)、iPr
2NEt(16.8 μL、0.15 mmol、8.3当量)をアルゴン雰囲気下で加え、溶解するまで撹拌した。反応混合物に、アルゴン流条件下、室温で一度にSO
3・Py(34.1mg、0.214mmol)を加えた。 室温で一晩撹拌した後、得られた混合物を真空で濃縮し、逆相HPLCによって精製して、青緑色の固体の生成物(5.3mg)を得た。
【0062】
MeOH(0.1mL)中の溶液に、N-メチルアニリン(0.78μL、7.20μmol、0.9当量)およびデカボラン(0.29mg、2.39μmol、0.3当量)を加え、反応混合物を室温、アルゴン雰囲気下で一晩撹拌した。反応混合物を減圧下で濃縮し、0.1Mリン酸緩衝液/DMSO(v/v = 10/1)に溶解した。得られた溶液にブタ肝臓エステラーゼ(原料1mgあたり18単位)を加え、反応混合物を37℃で一晩攪拌した。粗生成物を蒸発乾固し、逆相HPLCによって精製して、本発明の化合物である生成物(Catalyst 3)(1.3mg、2ステップで24%)を赤青色の固体として得た。
HRMS (ESI(+)): m/z calcd for C30H35N8O2S+ [M]+ 571.2598, found 571.2599.
【0063】
また、比較例化合物(MB1)を以下の手順で合成した。
【0064】
[8-(dimethylamino)-4-methyl-3,4-dihydro-2H-1,4-oxazino[2,3-b]phenothiazine-6-ium (MB1)の合成]
S-(2-アミノ-5-(ジメチルアミノ)フェニル)-O-水素スルフロチオエート(12.4 mg、0.05 mmol)および4-メチル-3,4-ジヒドロ-2H-1,4-ベンゾオキサジン(7.46 mg、0.05 mmol、 1.0当量)をMeOH-H
2O混合溶媒(v/v = 5 / 2、1.51 mL)に溶解した。混合物を40℃に加熱し、Fetizon試薬(セライト上のAg
2CO
3; 27.4 mg、0.1 mmol、2.0当量)を15分間かけて少しずつ加えた。次に、混合物を80℃で3時間撹拌した。固形物を濾過により除去した後、濾液を真空で濃縮した。粗混合物を逆相HPLCによって精製して、生成物(MB1)(1.8mg、8%)を赤青色の固体として得た。
【0065】
2.細胞毒性の検討
光酸素化触媒の細胞毒性を検証するため、アミロイド類の非存在下において、光照射条件下において生成する一重項酸素(1O2)及びスーパーオキシド(O2
-・)の発生量を検討した。
【0066】
比較例として、モルホリン構造を有しない、メチレンブルー誘導体化合物(「Catalyst 1」及び「Catalyst 2」);メチレンブルー(MB);及び、上記で合成したメチレンブルーにモルホリン構造を連結した化合物「MB1」を用いた。
【0067】
【0068】
まず、モルホリン構造を有しない比較例1(Catalyst 1)のUVスペクトルを測定したところ、当該比較例では、MBと比較して一重項酸素の発生量が有意に低下した一方で、望ましくないスーパーオキシドが大量に発生していることが明らかとなった(
図3)。リン酸バッファー中の比較例1のUV-vis吸収スペクトルを測定したところ、モノマーに由来する651nmに加え、ダイマーに由来する610nmのピークが観測されたことから、触媒分子同士がダイマーを形成して会合していることが示唆された。このことから、比較例1の触媒分子では、基底状態において分子間でスタッキングが生じ、一電子移動を伴う機構が進行したためにスーパーオキシドアニオンが生成していることが分かった。
【0069】
次いで、本発明の化合物と、他の比較例化合物について、UV-vis吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した結果を、それぞれ
図2及び
図3に示す。その結果、
図2に示すように、フェノチアジン構造にモルホリン構造を連結した本発明の化合物(図中の「Catalyst 3」)では、ダイマーに由来する610nm付近の吸収ピークを有さず、分子間スタッキングの形成を抑制できることが分かった。なお、比較例1の側鎖のスペーサ基をアルキル鎖からエーテル鎖に替えた比較例2(Catalyst 2)でも、親水性の向上により610nm付近の吸収ピークが減少し、ダイマー形成がある程度低減された。
【0070】
図3の結果から、本発明の化合物(Catalyst 3)では、比較例1及び2と比べて、スーパーオキシドアニオンの発生量が大幅に減少することが確認された。
【0071】
さらに、生細胞存在下、触媒化合物を添加して光照射による細胞毒性を評価した。本発明の化合物(Catalyst 3) 又は比較例1(Catalyst 1)を含む細胞培養培地を5%CO
2下、37℃で48時間インキュベートし、細胞生存率をWST-8で分析した(n=2、平均±SEM)。化合物濃度は、0.1、0.6、1.5、3.0、5.0、及び10μMとした。その結果、
図4に示すように、本発明の化合物(Catalyst 3) は 比較例1(Catalyst 1)と比べて高い細胞生存率を維持した (
図4)。
【0072】
これらの結果から、本発明の化合物(Catalyst 3)では、メチレンブルー分子の誘導体化による触媒分子同士のスタッキングの抑制により、細胞毒性の要因となるスーパーオキシドアニオンの発生を大幅に低減し得ることが実証された。
【0073】
3.アミロイドβ(Aβ)の酸化
続いて、本発明の化合物を用いて病原性アミロイドであるAβの選択的光酸素化の実験を行った。比較例として、従来の触媒として知られているCRANAD触媒(Ni,J.et al.Chem.2018,4,807-820)を用いた。当該CRANAD触媒は、
図1の「Path(1)」に示すように、クロスβシートへの結合を介してアミロイドを酸素化するものである。
【化6】
【0074】
まず、参考文献(Taniguchi, A.; Sasaki, D.; Shiohara, A.; Iwatsubo, T.; Tomita, T.; Sohma, Y.; Kanai, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 1382)に従い、Aβ1-42を、26-O-アシルイソペプチド(株式会社ペプチド研究所の市販品)からin situで調製した。
【0075】
上記参考文献の記載に従い、Aβ1-42イソペプチド(0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中200μM)、アンジオテンシンIV(水中200μM)、[Tyr8] -Substance P(水中で200μM)、リュープロレリン酢酸塩(水中200μM)、ソマトスタチン(水中200μM)を100mMのリン酸緩衝液またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS; pH 7.4)で希釈し、最終ペプチド濃度を20μM(pH 7.4)とした。 Aβ1-42について、溶液を37℃で30分~6時間インキュベートした。
【0076】
各溶液に、本発明の化合物(Catalyst 3)又は比較例のCRANAD触媒(ジメチルスルホキシド中2 mM)を添加した。最終濃度10 μMの化合物を含む混合物に37℃で発光ダイオード(LED)(λ= 655 nm)を照射した。CRANAD触媒に対しては、λ= 780 nmのLEDを照射した。655 nm LEDの光源の出力は14 mWで、光照射はサンプルから約5~10 cmの距離で行った。光照射なしの対応する反応サンプルも対照として調製した。MALDI-TOF MSを使用して、反応をモニター及び分析した。必要に応じて、MS分析の前に、反応溶液をZipTip U-C18(Millipore Corporation)で脱塩した。酸素化の程度は、酸素化の強度比(%)=(n[O]付加物のMSピーク強度の合計)/(残った出発物質とn[O]付加物のMSピーク強度の合計)x 100として示す。
【0077】
図5に示すように、本発明の化合物(Catalyst 3)は、低凝集状態のAβ(20μM)に対しても相互作用を示し、優れた酸素化作用を示すことが確認された。一方、クロスβシートへの結合を介してアミロイドを酸素化する機能を有する従来のCRANAD触媒は、低凝集状態のAβの酸素化はできなかった。
【0078】
また、生理条件に近い低濃度(2μM)のAβに対しても同様に酸素化活性の評価を行った(
図6)。その結果、本発明の化合物(Catalyst 3)は、かかる低濃度条件においても、効率的な酸素化活性を示した。
【0079】
すなわち、本発明の化合物(Catalyst 3)は、クロスβシート量の少ないAβに対しても高い親和性及び強力な酸素化活性を有しており、そのため、従来の触媒では酸素化収率の低下が確認された低凝集状態のAβに対しても高い酸素化収率を維持できることが実証された。
【0080】
一方で、本発明の化合物(Catalyst 3)は、オフターゲットとしてトリプトファンやチロシン、 ヒスチジン、メチオニンなどを含む他のペプチドを基質とした場合には、いずれも低い酸素化収率を示すことも確認された(
図7)。この結果は、本発明の化合物が、Aβに対する高い選択性を有していることを示すものである。すなわち、本発明の化合物は、Aβと相互作用した場合にのみ、PET機構並びに基底状態における分子内スタッキングが解消されて高い酸素化活性を示すことを示唆するものである。