(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-25
(45)【発行日】2025-04-02
(54)【発明の名称】巻磁心の製造方法、及び巻磁心
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20250326BHJP
H01F 27/25 20060101ALI20250326BHJP
H01F 1/153 20060101ALI20250326BHJP
【FI】
H01F41/02 C
H01F27/25
H01F1/153 141
(21)【出願番号】P 2021028823
(22)【出願日】2021-02-25
【審査請求日】2024-01-17
(31)【優先権主張番号】P 2020058481
(32)【優先日】2020-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中田 二友
【審査官】小林 大介
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-125408(JP,A)
【文献】特開2016-197720(JP,A)
【文献】特開平03-075343(JP,A)
【文献】特表2003-500850(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
H01F 27/25
H01F 1/153
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質組織の軟磁性金属薄帯の表面に、非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末を付着する第1工程と、
前記第1工程後、前記軟磁性金属薄帯を環状に巻回して、薄帯間に金属酸化物の粉末が介在する巻体を得る第2工程と、
前記巻体を非酸化性雰囲気中で熱処理する第3工程と、
前記第3工程後、前記第3工程の熱処理温度よりも低い温度で、かつ酸化雰囲気中で、前記巻体に酸化被膜形成処理を行い、前記軟磁性金属薄帯の表面を酸化させる第4工程と、
前記第4工程後、前記巻体の薄帯間に樹脂を含浸させ、硬化させる第5工程と、を有し、
前記第1工程では、前記軟磁性金属薄帯を、前記粉末を含む懸濁液に浸漬し、前記懸濁液から引き上げた前記軟磁性金属薄帯の一方の表面に付着する前記懸濁液を除去することにより、前記粉末の付着量を、次式(1)で得られる金属酸化物の重量比で0.1%以上1.2%以下と
し、
金属酸化物の重量比(%)=(軟磁性金属薄帯に付着した金属酸化物の重量/軟磁性金属薄帯の重量)×100 ・・・(1)
前記金属酸化物がMgOであり、前記付着量が0.1×10
-3
kg/m
2
以上1.5×10
-3
kg/m
2
以下であり、
前記金属酸化物の粉末の平均粒径が0.5μm以上1.0μm以下である、
巻磁心の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の巻磁心の製造方法であって、
前記第3工程が、前記非晶質組織の前記軟磁性金属薄帯にナノ結晶を析出させる熱処理Aである、または、前記非晶質組織の前記軟磁性金属薄帯を応力緩和する熱処理Bである、巻磁心の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の巻磁心の製造方法であって、
前記第3工程での熱処理の温度を、前記熱処理Aでは450℃以上620℃以下とし、
前記熱処理Bでは250℃以上400℃以下とする、巻磁心の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の巻磁心の製造方法であって、
前記第4工程の前記酸化被膜形成処理を、前記酸化雰囲気中で、240℃以上、前記第3工程の熱処理温度未満の温度で行う、巻磁心の製造方法。
【請求項5】
軟磁性金属薄帯が巻回されている巻磁心であって、
前記軟磁性金属薄帯は、非晶質組織またはナノ結晶組織を有し、
前記軟磁性金属薄帯の表面には、前記軟磁性金属薄帯を構成する金属に由来するFeの酸化層を有し、
前記軟磁性金属薄帯間に、非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末が介在し、かつ、樹脂が含浸され、
占積率が65%以上75%以下であり、
前記軟磁性金属薄帯の一方の表面における前記粉末の付着量は、前記軟磁性金属薄帯の他方の表面における前記粉末の付着量より少なく、前記粉末の付着量を、次式(1)で得られる前記金属酸化物の重量比で0.1%以上1.2%以下とした、
金属酸化物の重量比(%)=(軟磁性金属薄帯に付着した金属酸化物の重量/軟磁性金属薄帯の重量)×100 ・・・(1)
前記金属酸化物がMgOであり、前記付着量が0.1×10
-3
kg/m
2
以上1.5×10
-3
kg/m
2
以下であり、
前記金属酸化物の粉末の平均粒径が0.5μm以上1.0μm以下である、
巻磁心。
【請求項6】
請求項5に記載の巻磁心であって、
前記Feの酸化層はヘマタイト(Fe
2O
3)を含む、巻磁心。
【請求項7】
請求項5または6に記載の巻磁心であって、
次式(2)で得られる周波数1MHzでのインピーダンス変化率の絶対値が20%以下である、巻磁心。
インピーダンス変化率(%)={(インパルス試験前のインピーダンス―インパルス試験後のインピーダンス)/インパルス試験前のインピーダンス}×100 ・・・(2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は巻磁心の製造方法、及び巻磁心に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、家電機器、産業機器、車両など多種多様な用途において、インダクタ、トランス、チョーク等のコイル部品が用いられている。コイル部品は、磁心に敷設されたコイルで構成されていて、かかる磁心には、磁気特性に優れた非晶質や結晶質の軟磁性金属薄帯の巻体である巻磁心が、広く用いられている。
【0003】
巻磁心は、一般にストリップやリボンとも呼ばれる軟磁性金属薄帯を、張力を加えながら支持体(スプール)の周囲に強く巻付けることにより、軟磁性金属薄帯が巻径方向に多層に重ねられた環状の巻体として形成される。巻体から軟磁性金属薄帯が解けることがないように、支持体を取り外した巻体に対し、巻始め、巻終りの軟磁性金属薄帯の端部を溶接して固定する。あるいは、支持体を付けたままの巻体に対し、巻終りの軟磁性金属薄帯の端部を溶接して固定する。次いで、巻体形成時に付与された応力を緩和するために、あるいはナノ結晶化して所望の磁気特性を発現させるために、熱処理が施される。熱処理後、経時変化や、巻体に加えられる外力によって軟磁性金属薄帯が解けることがないように、エポキシ樹脂を含浸したりするなどして、巻き状態を維持するように処理される。
【0004】
軟磁性金属薄帯の厚みは非常に薄く、典型的には10μm~数百μmの厚みである。軟磁性金属薄帯は、その表面に数μmの凹凸を有しているが、巨視的には平滑な面となっている。軟磁性金属薄帯は良導体であるため、平滑な面同士が短絡し、薄帯間の絶縁が不足すると、薄帯間を流れる渦電流が生じて、巻磁心に大きな電力損失を生じさせる場合がある。特に、100kHz超の高周波用途ではその傾向が顕著である。もし、薄帯間が電気的に適切に絶縁されていなければ、その巻磁心をコイル部品として高周波で使用することは適さなくなる。
【0005】
従来、薄帯間で高い絶縁性を得るために、特許文献1では、磁性金属薄帯の表面に非磁性の絶縁性無機物からなる微粉を付着して巻磁心を形成することが提案されている。特許文献2では、磁性金属薄帯を酸化させ、層間に酸化鉄を含む絶縁層を形成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平1-259510号公報
【文献】特表2003-500850号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
使用される環境によっては、コイル部品には雷などにより高いサージ電圧が印加される場合がある。このようなコイル部品では、コイルに印加されたサージ電圧による電圧振動で絶縁破壊が生じないことが求められる。コイル部品の絶縁の耐力を確認するために、インパルス試験が実施されることがある。インパルス試験では、kVオーダーの高電圧で、数百ns以下で立ち上がる幅の狭いパルス電圧が、コイル部品のコイル両端に加えられる。
【0008】
インパルス試験を行うと、巻磁心に生じる急速な磁束変化によって薄帯に磁歪振動が生じる。薄帯間で高い絶縁性が得られるように、特許文献1や特許文献2のように巻磁心を構成しても、インパルス試験後の巻磁心において、薄帯間が短絡するなど薄帯間の絶縁が劣化する場合があることが判明した。サージ電圧への耐性がコイル部品に求められる場合に、このようなコイル部品は絶縁破壊に至らなくても、高周波での使用には適さない。
【0009】
薄帯間で高い絶縁性を得ようとするのであれば、絶縁性無機物からなる微粉を薄帯に一層厚く付着させ、あるいは酸化鉄を含む絶縁層を薄帯に厚く形成して、薄帯間の間隔を広くしても良い。しかしながら、巻磁心の占積率(パッキングファクターとも呼ばれる)が低下し、巻磁心が大型化して、決められたコイル部品の寸法規格を満足できない場合がある。また、所定の寸法に巻磁心を構成しても、所望の磁気特性が得られない場合があった。
【0010】
そこで、本発明では、軟磁性金属薄帯を巻回し環状の巻体として形成される巻磁心の、薄帯間での絶縁性を向上し得る、巻磁心の製造方法と、巻磁心を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一形態によれば、非晶質組織の軟磁性金属薄帯の表面に、非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末を付着する第1工程と、前記第1工程後、前記軟磁性金属薄帯を環状に巻回して、薄帯間に金属酸化物の粉末が介在する巻体を得る第2工程と、前記巻体を非酸化性雰囲気中で熱処理する第3工程と、前記第3工程後、前記第3工程の熱処理温度よりも低い温度で、かつ酸化雰囲気中で、前記巻体に酸化被膜形成処理を行い、前記軟磁性金属薄帯の表面を酸化させる第4工程と、前記第4工程後、前記巻体の薄帯間に樹脂を含浸させ、硬化させる第5工程と、を有する巻磁心の製造方法を提供することができる。
【0012】
本発明の一形態によれば、前記第3工程が、前記非晶質組織の軟磁性金属薄帯にナノ結晶を析出させる熱処理Aである、または、前記非晶質組織の軟磁性金属薄帯を応力緩和する熱処理Bであるのが好ましい。
【0013】
本発明の一形態によれば、前記第3工程での熱処理の温度を、前記熱処理Aでは450℃以上620℃以下とし、前記熱処理Bでは250℃以上400℃以下とするのが好ましい。
【0014】
本発明の一形態によれば、前記第1工程での金属酸化物の粉末の付着量を、次式(1)で得られる金属酸化物の重量比で、0.1%以上1.2%以下とするのが好ましい。
金属酸化物の重量比(%)=(軟磁性金属薄帯に付着した金属酸化物の重量/軟磁性金属薄帯の重量)×100 ・・・(1)
【0015】
本発明の一形態によれば、前記第4工程の酸化被膜形成処理を、酸化雰囲気中で、240℃以上、前記第3工程の熱処理温度未満の温度で行うのが好ましい。
【0016】
本発明の他の形態によれば、軟磁性金属薄帯が巻回されている巻磁心であって、前記軟磁性金属薄帯は、非晶質組織またはナノ結晶組織を有し、前記軟磁性金属薄帯の表面には、前記軟磁性金属薄帯を構成する金属に由来するFeの酸化層を有し、前記軟磁性金属薄帯間に、非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末が介在し、かつ、樹脂が含浸され、占積率が65%以上75%以下の、巻磁心を提供することができる。
【0017】
本発明の他の形態によれば、前記Feの酸化層はヘマタイト(Fe2O3)を含むのが好ましい。
【0018】
本発明の他の形態によれば、次式(2)で得られる周波数1MHzでのインピーダンス変化率の絶対値が20%以下であるのが好ましい。
インピーダンス変化率(%)={(インパルス試験前のインピーダンス―インパルス試験後のインピーダンス)/インパルス試験前のインピーダンス}×100 ・・・(2)
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、軟磁性金属薄帯を巻回し環状の巻体として形成される巻磁心の、薄帯間での絶縁性を向上し得る、巻磁心の製造方法と、巻磁心を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施態様に係る巻磁心の製造工程のフローチャートである。
【
図2】本発明の一実施態様に係る巻磁心の製造に使用される粉末塗布装置の概略図である。
【
図3a】金属酸化物の粉末が表面に付着した状態の軟磁性金属薄帯の断面模式図である。
【
図3b】金属酸化物の粉末の他の付着状態を示す軟磁性金属薄帯の断面模式図である。
【
図4】巻体の薄帯間の状態を示す巻軸と直交する断面の拡大模式図である。
【
図5】巻磁心のインパルス試験前後でのインピーダンスから求めたインピーダンス変化率と周波数との関係を示す図である。
【
図6】金属酸化物の粉末の付着量(MgO重量比)とインパルス試験前後でのインピーダンスの変化率との間を示す図である。
【
図7】インパルス試験を説明する為の回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0022】
図1は、本発明の巻磁心の製造方法における製造工程のフローチャートである。
図1に示す通り、第1工程で、非晶質組織の軟磁性金属薄帯を素材として、その素材の表面に非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末を付着させる(粉末塗布工程S1)。第2工程で、所定の形状、大きさの巻体となるように、前記第1工程で得られた非晶質組織の軟磁性金属薄帯を環状に巻回して、薄帯間に金属酸化物の粉末が介在する巻体とする(巻体化工程S2)。第3工程で、巻体に非酸化性雰囲気中で熱処理を行い、前記非晶質組織の軟磁性金属薄帯にナノ結晶を析出させる、あるいは前記非晶質組織の軟磁性金属薄帯を応力緩和する(熱処理工程S3)。第4工程で、前記熱処理工程S3の熱処理温度よりも低い温度に調整された酸化雰囲気中で酸化被膜形成処理を行い、軟磁性金属薄帯の表面を酸化する(酸化被膜形成工程S4)。第5工程で、得られた巻体の薄帯間に樹脂を含浸し、樹脂を硬化して、前記金属酸化物の粉末を固着して巻磁心を形成する(樹脂含浸工程S5)。
【0023】
本実施形態の巻磁心は、軟磁性金属薄帯が巻回されている巻磁心である。前記軟磁性金属薄帯は、非晶質組織またはナノ結晶組織を有する。前記軟磁性金属薄帯の表面には、前記軟磁性金属薄帯を構成する金属に由来する金属の酸化層が形成される。前記軟磁性金属薄帯間には、非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末が樹脂で固着されている。以下、各工程について詳細に説明する。
【0024】
(1)素材
本実施形態で素材となる非晶質組織の軟磁性金属薄帯については、Feを主成分とする軟磁性合金で構成するのが好ましい。典型的にはFeの含有量が65原子%以上である軟磁性合金であって、軟磁性合金の組成は、Feを主成分とする点以外には特に制限はない。他の非鉄金属とのバランスにもよるが、飽和磁化等の磁気特性に影響を与えるため、Feを原子%で77.5%以上含むことが好ましく、より好ましくは78.0%以上である。この素材となる非晶質組織の軟磁性金属薄帯として、熱処理することにより、ナノ結晶組織の軟磁性金属薄帯を形成できる、非晶質組織の軟磁性金属薄帯を使用することができる。
【0025】
巻磁心を構成する軟磁性合金薄帯は、非晶質組織またはナノ結晶組織を有している。軟磁性金属薄帯が非晶質組織であるか、またはナノ結晶組織であるかの区別は、X線回折法によるX線回折スペクトルにより容易に同定することができる。例えば、ナノ結晶組織の薄帯のX線回折スペクトルは、結晶質相を示す部分(回折角2θ=45°付近)に回折ピークを有し、非晶質組織の薄帯のX線回折スペクトルは非晶質相を示すハロー(halo)パターンを有する。回折角2θ=45°付近の回折ピークはbcc構造のFe結晶あるいはFeSi結晶の(110)回折ピークである。回折ピークの角度は元素の固溶などによってJCPDSカードのデータに対して変動する等、回折ピークの角度は誤差を含む。そのため、それぞれのJCPDSカードと極めて近い回折ピークの角度(2θ)である場合を“付近”とみなしている。
【0026】
非晶質組織は結晶構造を有さない。一方、ナノ結晶組織は、一般的には平均結晶粒径が100nm以下の結晶粒を有する。ナノ結晶組織は、典型的には非晶質相から結晶化の核となるCuや他の非鉄金属のクラスターを起点に結晶化した組織である。ナノ結晶組織は、その平均結晶粒径が例えば30nm以下のFe結晶、あるいはFeSi結晶の粒であり、ナノ結晶が非晶質相中にランダムに配向し分散した組織となっている。ナノ結晶組織は、ナノ結晶化可能な非晶質組織の軟磁性金属薄帯に熱処理を施すことで得られる。
【0027】
ナノ結晶組織の軟磁性金属薄帯としては、例えばFe-Si-M1-B-Cu系の軟磁性合金やFe-M2-B系の軟磁性合金を使用することができ、その他の軟磁性合金を使用しもよい。M1は、Nb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,Moからなる群から選択される1種以上であるのが好ましい。また、M2は、Nb,Cu,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上であるのが好ましい。Fe-Si-M1-B-Cu系の軟磁性合金としては、日立金属株式会社のファインメット(登録商標)や、VACUUMSCHMELZE GmbH & Co.KG.のVITROPERM(登録商標)が知られていて、それらを用いることが出来る。Fe-M2-B系の軟磁性合金としてはMAGNETEC Gesellschaft fur Magnettechnologie mbHのNANOPERM(登録商標)が知られていて、それを用いることが出来る。
【0028】
非晶質組織の軟磁性金属薄帯としては、例えばFe-Si-B系の軟磁性合金を使用できる。Fe-Si-B系の軟磁性合金として、METGLAS,Inc.のMETGLAS(登録商標)2605SA1が知られていて、それを用いることが出来る。
【0029】
軟磁性金属薄帯は、合金の溶湯を急冷凝固させる液体急冷法によって得られる。一般的には、106℃/秒程度、又はそれ以上の冷却速度が得られる単ロール法や双ロール法と呼ばれる公知の液体急冷法によって得られる。これらの方法により、軟磁性金属薄帯は長尺に連続して形成される。
【0030】
軟磁性金属薄帯は、市場に流通している程度の幅や厚みのものを用いることができる。また、市場に流通している程度の幅の軟磁性金属薄帯から、スリットした幅の軟磁性金属薄帯を用いても良い。軟磁性金属薄帯は、例えば、2~300mm程度の幅のものを用いることができる。また、軟磁性金属薄帯の厚みは10μm以上であり、数百μm以下の厚みであると好ましく、非晶質形成能の点から、軟磁性金属薄帯は50μm以下の厚みとするのがより好ましい。
【0031】
(2)粉末塗布工程S1
所定の幅、長さに調整された軟磁性金属薄帯と、非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末を準備する。金属酸化物の粉末は、酸化マグネシウム(MgO)、酸化チタン(TiO2)、または酸化アルミニウム(Al2O3)のいずれかであるのが好ましい。
【0032】
軟磁性金属薄帯の表面に金属酸化物の粉末を均一に付着する。巻磁心の占積率を得ながら所定の薄帯間の間隔を得るために、金属酸化物の粉末の平均粒径(累積粒度分布におけるメジアン径d50)は0.5μm以上1.0μm以下とするのが好ましい。ここで、金属酸化物の粉末は、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置で測定される値である。また、薄帯への応力の影響を考慮すれば、粗大な粉末が薄帯間に介在するのは好ましくない。粉末の最大粒径は7μm以下とするのが好ましい。ここで、最大粒径とは95体積%粒径(d95)を表す。
【0033】
金属酸化物の粉末を、トルエン、イソプロピルアルコール、エタノール等の溶媒中に分散させて懸濁液を形成する。懸濁液の濃度を調整することにより、軟磁性金属薄帯への金属酸化物の粉末の付着量を調整することが出来る。巻体とする際の軟磁性金属薄帯に掛かる張力によって具体的数値は異なるが、金属酸化物が酸化マグネシウム(MgO)である場合、巻磁心の占積率を65%以上とするためには、溶媒1kgに対して30~200gのMgOを含有するのが好ましい。所定の粉末濃度に調整された懸濁液を準備し、これを軟磁性金属薄帯の表面に塗布する。
【0034】
図2に、軟磁性金属薄帯を懸濁液に浸漬して、金属酸化物の粉末を塗布する、粉末塗布装置の概略図を示す。図示した装置では、リール状の軟磁性金属薄帯100を使用する。そして、軟磁性金属薄帯100の端部を引き出して、懸濁液120の入った容器150に浸漬させる。その後、懸濁液120から軟磁性金属薄帯100を引き上げる。そして、軟磁性金属薄帯100を、軟磁性金属薄帯100のロール面(単ロール法で軟磁性金属薄帯100を得る場合、冷却ロールに接触する面)側の余分な懸濁液120をそぎ落とすロッド145に通し、回転するスクレーパ140に通す。これにより、軟磁性金属薄帯100の自由面(単ロール法で軟磁性金属薄帯を得る場合、冷却ロールに接触しない面)側の懸濁液120をコントロールする。その後、軟磁性金属薄帯100を、所定の温度に調整された乾燥炉130を通す。その後、所定量の金属酸化物の粉末を表面に塗布した軟磁性金属薄帯100がリール状に巻き取りされる。懸濁液120を浸漬させる他には、ロールコータにより懸濁液120を軟磁性金属薄帯100の表面に塗布したり、噴霧して塗布したりしても良い。
【0035】
図3a及び
図3bに、金属酸化物の粉末が表面に付着した状態の軟磁性金属薄帯の断面模式図を示す。軟磁性金属薄帯には窪みや突起があっても良いが、
図3a及び
図3bでは、窪みや突起を図示していない。
図3aに示されるように、ロッド145を通した後の軟磁性金属薄帯10は、一方の表面(自由面、図中の上面)の全体には、ほぼ均一に金属酸化物の粉末20が付着し、他方の表面(ロール面、図中の下面)には、金属酸化物の粉末20の大半が取り除かれている。
【0036】
なお、軟磁性金属薄帯10の一方の面側の懸濁液120を、スクレーパ140でコントロールした後は、
図3bに示されるように、軟磁性金属薄帯10の一方の表面(自由面、図中の上面)では、金属酸化物の粉末20の付着は少なくなる。使用する金属酸化物の粉にもよるが、金属酸化物の粉末20の付着量は、金属酸化物の重量比で0.1%以上1.2%以下とするのが好ましい。金属酸化物の粉末20の付着量は、好ましくは0.2%以上で、更に好ましくは0.3%以上である。また、金属酸化物の粉末20の付着量は、1.1%以下が好ましく、1.0%以下とするのが更に好ましい。金属酸化物がMgOであれば、金属酸化物の粉末20の付着量を、単位面積当たり0.1×10
-3kg/m
2以上1.5×10
-3kg/m
2以下とするのも好ましい。
【0037】
軟磁性金属薄帯10の表面に付着した金属酸化物の粉末20は、指で軽く擦る程度で容易に脱落する。そのため、機械装置内での軟磁性金属薄帯10の乾燥後の搬送にて、軟磁性金属薄帯10と接触する部品、特には搬送ローラー等の部品、へ金属酸化物の粉末20の付着、又は堆積が生じ易い。その結果、搬送が不安定になる不具合等が生じる場合がある。また、金属酸化物の粉末20の脱落に因り、軟磁性金属薄帯10への金属酸化物の粉末20の付着量が粉末塗布の始めと終わりで異なる。その結果、金属酸化物の粉末20を均一に付着させるのが困難な場合もある。
【0038】
そのため、機械装置の部品と接触する側の軟磁性金属薄帯10の一方の表面(例えば、ロール面)では、金属酸化物の粉末20の付着を少なくするのが好ましい。また、軟磁性金属薄帯10の一方の表面には、金属酸化物の粉末20が付着してない状態としても良い。
【0039】
なお、金属酸化物の粉末20を付着させたのち、軟磁性金属薄帯10の一方の表面において、金属酸化物の粉末20を取り除くことにより、金属酸化物の粉末20の付着を少なくすることができる、もしくは、金属酸化物の粉末20が付着していない状態とすることができる。
【0040】
また、単ロール法で軟磁性金属薄帯を得る場合、冷却ロールに接触する面(ロール面)側と接触しない面(自由面)側とで、軟磁性金属薄帯の表面形態が異なることが知られている。ロール面では、冷却ロールの傷や異物の付着、あるいは鋳造時の雰囲気ガスの巻き込みによる、深さ数μm~十数μm程度の窪みが生じ易い。自由面では、十μm以下の高さの突起が生じ易い。突起は薄帯間での短絡に影響するため、軟磁性金属薄帯の表面形態を考慮すれば、金属酸化物の粉末20は、少なくとも軟磁性金属薄帯の自由面に付着させるのが好ましい。
【0041】
(3)巻体化工程S2
金属酸化物の粉末が表面に付着したリール状の軟磁性金属薄帯を巻替え装置に取り付け、軟磁性金属薄帯の端部を引き出して、張力を加えながら支持体(スプール)の周囲に強く巻付け、巻径方向に多層に軟磁性金属薄帯が重ねられた環状の巻体とする。軟磁性金属薄帯の巻き取り速度は10m/分以上500m/分以下が好ましい。巻体の寸法は様々だが、例えば内径5mm以上140mm以下、外径20mm以上200mm以下とすることが好ましい。
【0042】
巻体から支持体を取り外し、軟磁性金属薄帯の巻始めの端部、および巻終りの端部をスポット溶接して固定し、最終的な巻体を形成した。金属酸化物の粉末によって軟磁性金属薄帯が滑るため、巻締りが良くなり、巻き回す際の張力の調整が容易であるため作業性に優れる。その結果、内周から外周に渡って薄帯間の間隔のばらつきの小さい巻体を形成することができる。
【0043】
図4は巻体の薄帯間の状態を示す巻軸と直交する断面の模式図である。軟磁性金属薄帯10の間に、金属酸化物の粉末20が介在する空気層30を構成する。
図4では図示していないが、薄帯間にある金属酸化物の粉末20のうち、粒度の大きな粒子は薄帯間で挟持され、多くの粒子は軟磁性金属薄帯10の一方の表面に付着したままとなっている。
【0044】
薄帯間の間隔は、巻体とする際に軟磁性金属薄帯10に与えられる張力や、軟磁性金属薄帯10の表面の凹凸状態、または、軟磁性金属薄帯10の表面の金属酸化物の粉末20の厚みによって調整することが出来る。しかしながら、薄帯間の間隔が広がるほどに巻磁心の占積率が低下して所望の磁気特性が得られない場合がある。また、後述する軟磁性金属薄帯の表面への酸化被膜形成時における、薄帯間への酸素の供給を考慮すれば、巻磁心の占積率は65%以上75%以下となるように、または、薄帯間の間隔は狭いところでも0.2μm以上となるように、金属酸化物の粉末20や巻体の形成の条件を適宜選択するのが好ましい。
【0045】
(4)熱処理工程S3
次いで、巻体を、非酸化性の雰囲気で所定の温度で熱処理することで、巻体形成時に付与された応力を緩和し、あるいはナノ結晶化して所望の磁気特性を発現させる。非酸化性の雰囲気は、酸素濃度が100ppm以下のN2やAr等の不活性ガス雰囲気中であれば良い。
【0046】
合金組成にもよるが、軟磁性金属薄帯が非晶質組織の場合には、非酸化性雰囲気中で250℃以上の温度で熱処理して応力緩和するのが好ましい。軟磁性金属薄帯の温度を上げすぎると結晶化が始まるため、熱処理温度は合金の結晶化温度よりも10℃~150℃低い温度とするのが好ましく、典型的には400℃以下であるのが好ましい。例えば、METGLAS(登録商標)2605SA1を使用する場合には、340℃~400℃の熱処理温度であるのが好ましい。熱処理温度は、昇温により到達した最高到達温度のことである。熱処理温度は、この温度を所定の時間保持する場合、その保持温度でもある。
【0047】
また、軟磁性金属薄帯にナノ結晶を析出させて、ナノ結晶組織を有する軟磁性金属薄帯を形成する場合、軟磁性金属薄帯を構成する軟磁性合金の結晶化温度以上の温度で熱処理するのが好ましい。温度を上げすぎると、結晶磁気異方性が高く、軟磁気特性を悪化させるFe2Bなどの結晶相が析出する場合がある。よって、熱処理温度は、合金の結晶化温度以上であるとともに、500℃以上620℃以下、好ましくは540℃以上590℃以下の範囲とするのが好ましい。
【0048】
ナノ結晶組織は、Fe結晶、あるいはFeSi結晶のナノ結晶粒が非晶質相中にランダムに配向し分散した組織である。ナノ結晶粒の平均結晶粒径は30nm以下が好ましく、20nm以下がより好ましい。ナノ結晶粒の平均結晶粒径は、X線回折スペクトルにおける、bccFe(Si)〔回折面(110)〕のピーク幅との差を用いて、シェラー(Scherrer)の式により求めた結晶子の大きさである。
【0049】
また、ナノ結晶組織にてナノ結晶粒は30体積%以上占めることが好ましく、50体積%以上がより好ましい。ナノ結晶組織のナノ結晶粒の体積分率は、線分法によって算出する。なお、非晶質組織の軟磁性金属薄帯を熱処理で結晶化させてナノ結晶組織を形成する際に、軟磁性金属薄帯に1%程度の体積収縮が生じることが知られている。薄帯間に金属酸化物の粉末が介在することで、軟磁性金属薄帯は巻回しの周方向に滑り易くなっているため、収縮による巻体の巻き締りによって、軟磁性金属薄帯へ応力が加わるのを抑えることが出来る。
【0050】
熱処理時間は、応力緩和する場合、あるいはナノ結晶化する場合の区別なく、5分以上14時間以下であるのが好ましい。熱処理時間は、最高到達温度で保持される時間である。熱処理に使用する炉は、非酸化性雰囲気中で620℃近傍まで温度制御が可能な加熱炉であれば、どのようなものでも特に問題なく使用することができる。酸素濃度の制御が可能な加熱炉であれば、次の酸化被膜形成工程S4で同じ加熱炉を使用し、連続して処理することが出来て、一層好ましい。
【0051】
(5)酸化被膜形成工程S4
熱処理工程S3の後、巻体は、酸化雰囲気中、好ましくは、酸素濃度1%以上50%以下の雰囲気で、かつ240℃以上、熱処理工程S3での熱処理温度(最高到達温度)未満の温度で酸化被膜形成処理を行い、軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜を形成する。雰囲気中の酸素濃度は50体積%以下であるのが好ましく、酸化雰囲気は大気雰囲気であるのがより好ましい。
【0052】
巻体は、軟磁性金属薄帯10の間に金属酸化物の粉末20が介在し形成される空気層30を備える。この酸化被膜形成処理によって、空気層30にも酸素が供給される。その結果、巻体の外表面に現れる軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜が形成されるだけでなく、巻き込まれた軟磁性金属薄帯の表面にも酸化被膜が形成される。
【0053】
酸化被膜の厚みは、薄帯間での絶縁性を向上し、巻磁心として磁気特性の低下が抑えられる程度の厚みであって、自然酸化による酸化被膜の厚み(~十数nm程度)を超えて数十nm~数百nmであるのが好ましい。酸化被膜の厚みは、透過電子顕微鏡(TEM)により50k~200k倍で観察することで定量できる。また、酸化被膜の厚みは、X線光電子分光法(XPS)などの手法を用いて定量しても良い。
【0054】
また、酸化被膜は、軟磁性金属薄帯を構成する金属に由来する金属の酸化層であって、ヘマタイト(Fe2O3)やマグネタイト(Fe3O4)であるのが好ましい。酸化被膜は、ウスタイトを(FeO)を含んでも良い。しかしながら、ウスタイトは、ヘマタイトやマグネタイトと比べて低抵抗であるため、ウスタイトの含有量は少量であるのが好ましい。
【0055】
酸化物の同定はラマン分光などの分析手法で行うことが出来る。酸化被膜形成後、薄帯間の金属酸化物の粉末は、巻体形成時と同様に、軟磁性金属薄帯の表面に付着したままとなっている。軟磁性金属薄帯がナノ結晶組織であれば、酸化被膜形成温度を240℃以上350℃以下の範囲とするのが好ましい。また、軟磁性金属薄帯が非晶質組織であれば、熱処理温度を240℃以上300℃以下の範囲とするのが好ましい。
【0056】
(6)樹脂含浸工程S5
酸化被膜形成工程S4の後、得られた巻体の表面と軟磁性金属薄帯の薄帯間に絶縁樹脂を含浸させ、絶縁樹脂を硬化させて、巻磁心を形成する。薄帯間を絶縁樹脂で接着することで、磁性合金薄帯が一体化された構造となり、巻体状態の軟磁性金属薄帯が外力等によって解かれるのを防ぐ。これにより、巻体状態を維持することが出来る。また、薄帯間を絶縁樹脂で接着すると、金属酸化物の粉末を薄帯間に固着させるとともに、薄帯間の絶縁にも寄与する。なお、軟磁性金属薄帯の表面は、絶縁樹脂で斑なく覆われるのが好ましい。巻体の薄帯間では、少なくとも軟磁性金属薄帯の表面の3%以上が絶縁樹脂で覆われるのが好ましい。
【0057】
絶縁樹脂としては、エポキシ系やポリイミド系の熱硬化性樹脂を使用することが好ましい。巻体の薄帯間に絶縁樹脂を含浸させる方法としては、巻体を絶縁樹脂の浴槽に浸漬して含浸させても良いし、絶縁樹脂やその前駆体を巻体の巻軸方向に現れる側面に塗布して含浸させても良い。また、真空含浸などの方法を採用して、巻体の薄帯間への樹脂の含浸を促進しても良い。巻体の表面、及び薄帯間に塗布された熱硬化性樹脂、あるいはその前駆体を硬化させるのに、所定の温度で硬化処理を行う。硬化処理の温度は、使用する樹脂にもよるが、エポキシ系樹脂であれば20~180℃の温度で、1分~24時間硬化するのが好ましい。
【実施例】
【0058】
(実施例1)
素材の軟磁性金属薄帯として、Feを主成分とし、Si、Bおよび微量のCu、Nbを含む軟磁性合金で構成された非晶質組織の軟磁性金属薄帯であって、熱処理でナノ結晶を析出可能な日立金属株式会社製ファインメット(登録商標)FT-3を準備した。軟磁性金属薄帯は長尺であり、その厚みは14μmであり、その幅は20mmであるものを使用した。軟磁性金属薄帯の密度は7.3×103kg/m3である。示差走査熱量計(DSC)での測定により、この合金の結晶化開始温度は470℃であることを確認した。
【0059】
粉末塗布工程S1で、軟磁性金属薄帯の表面に金属酸化物の粉末を付着させた。非磁性で絶縁性を有する金属酸化物の粉末として、平均粒径(d50)が0.7μmの酸化マグネシウム(MgO)の粉末を準備した。酸化マグネシウムの密度は3.6×10
3kg/m
3である。イソプロピルアルコールを溶媒として、溶媒1kgに対して100gの酸化マグネシウムの粉末を溶媒中に分散させて、懸濁液120を作製した。
図2で示した粉末塗布装置の容器150に懸濁液120を移し、懸濁液120中で酸化マグネシウムの凝集や沈殿を防ぐように懸濁液120を攪拌させながら、軟磁性金属薄帯100を懸濁液に0.5秒間浸漬するようにした。懸濁液120から軟磁性金属薄帯100を引き上げて、軟磁性金属薄帯のロール面側の余分な懸濁液120をそぎ落とすロッド145を通し、回転するスクレーパ140を通して、軟磁性金属薄帯の表面にある余剰の懸濁液120を落とし、自由面側にある懸濁液120をコントロールした。その後、懸濁液120の付いた軟磁性金属薄帯を、80℃の温度に調整された乾燥炉130に通して、所定量のMgOの粉末を表面に付着させた軟磁性金属薄帯100を得た。
軟磁性金属薄帯の表面へのMgO粉末の付着量を、次式でMgO重量比(金属酸化物の重量比)として算出した。MgO重量比は0.73%であった。
MgO重量比=(軟磁性金属薄帯に付着したMgO重量/軟磁性金属薄帯の重量)×100(%)
なお、軟磁性金属薄帯の重量は、粉末塗布工程S1前のリール1巻分の軟磁性金属薄帯の重量Aであり、軟磁性金属薄帯に付着したMgO重量は、粉末塗布工程S1後のリール1巻分の軟磁性金属薄帯の重量Bから前記重量Aを差し引いた重量である。
【0060】
巻体化工程S2で、表面に金属酸化物の粉末を付着させた軟磁性金属薄帯の巻体を形成した。粉末塗布工程S1で得られた軟磁性金属薄帯を巻替え装置に取り付け、軟磁性金属薄帯の端部を引き出して、ステンレス製の支持体の周囲に強く巻付け、巻径方向に多層に軟磁性金属薄帯を巻回した。巻体から支持体を取り外し、軟磁性金属薄帯の巻始め、巻終りの軟磁性金属薄帯の端部をスポット溶接し固定して、内径33mm、外径50mmの巻体を形成した。
【0061】
熱処理工程S3で巻体に熱処理を施し、軟磁性金属薄帯の非晶質組織をナノ結晶組織とするナノ結晶化を行った。巻体を電気炉にて窒素雰囲気中で最高温度580℃、保持時間20分の条件(温度プロファイル)で熱処理して、非晶質組織の軟磁性金属薄帯を、ナノ結晶組織の軟磁性金属薄帯にした。
【0062】
ナノ結晶組織の軟磁性金属薄帯から得た試料を、倍率20,000倍で透過型電子顕微鏡(TEM)を使って組織観察した。透過型電子顕微鏡で得られた写真に長さLtの任意の直線を引き、直線が、目視で確認できる大きさのナノ結晶粒と交差する部分の長さの合計Lcを求め、直線に沿った結晶粒の割合LL=Lc/Ltを計算した。この操作を5回繰り返して、LLを平均することによりナノ結晶粒の体積分率VLを求めた。ここで、体積分率VL=Vc/Vt(Vcはナノ結晶粒の体積の総和であり、Vtは試料の体積である。)は、VL≒Lc3/Lt3=LL3と、近似的に扱った。軟磁性金属薄帯は、ナノ結晶粒のX線回折による平均結晶粒径は10nmで、ナノ結晶組織に占めるナノ結晶粒の体積分率VLは80体積%であった。
【0063】
酸化被膜形成工程S4で熱処理工程S3の巻体に熱処理を施し、軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜を形成した。ナノ結晶化の熱処理が終わった巻体を、電気炉にて大気中で最高温度280℃、保持時間2時間の条件(温度プロファイル)で熱処理して、軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜を形成した。巻体の外周から軟磁性金属薄帯の一部を剥離してラマン分光分析と透過電子顕微鏡(TEM)による断面観察を行った結果、得られた巻体の軟磁性金属薄帯の表面に形成された酸化被膜は、主にヘマタイト(Fe2O3)であることがわかった。また、金属酸化物の粉末が付着される前の軟磁性金属薄帯の表面よりも厚い酸化被膜が形成されていることがわかった。
【0064】
酸化被膜形成工程S4後の巻体に樹脂を含浸させた。エポキシ樹脂をアセトンで5%~30%濃度となるように希釈した含浸液に、酸化被膜が形成された巻体を1分浸漬した後、150℃に調整された恒温槽でエポキシ樹脂を硬化して、占積率が70%の巻磁心を得た。なお、占積率は下記の様にして算出した。
占積率=[(We/ρ)/{(OD2-ID2)×HT×π/4}]×100(%)
ここで、
We:酸化被膜形成後の巻体重量(g)
ρ:軟磁性金属薄帯の密度(g/cm3)
OD:酸化被膜形成後の巻体外径(cm)
ID:酸化被膜形成後の巻体内径(cm)
HT:酸化被膜形成後の巻体高さ(cm)である。
【0065】
樹脂含浸工程S5を経て得られた巻磁心に対して、
図7に示す回路で、ピーク電圧1.6kV、電圧印加幅200nsecの条件としてインパルス試験を実施した。試験前後でインピーダンスを測定し、そのインピーダンスの変化で巻磁心の絶縁性を評価した。なお、インピーダンスは、巻磁心の内径に1ターンのコイルを通し、インピーダンスアナライザーHP4194Aで周波数1kHz~10MHzでインピーダンスを評価し、次式で試験前後でのインピーダンス変化率を算出した。
インピーダンス変化率={(インパルス試験前のインピーダンス―インパルス試験後のインピーダンス)/インパルス試験前のインピーダンス}×100(%)
【0066】
また、インパルス試験に供した巻磁心を使って、その内径側表面と外径側表面を直流抵抗計HIOKI 3227によってインパルス試験前後の直流抵抗Rdcを評価した。試験前の直流抵抗Rdcは161Ωであり、試験後の直流抵抗Rdcは81Ωであった。
【0067】
(比較例1)
軟磁性金属薄帯の表面に金属酸化物の粉末を付着せず、また、軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜形成も行わない以外は、実施例1と同様の手順と条件で巻磁心を作製した。占積率は73.8%であった。得られた巻磁心に対してインパルス試験を実施して、試験前後でのインピーダンス変化率と直流抵抗Rdcを評価した。試験前の直流抵抗Rdcは34Ωであり、試験後の直流抵抗Rdcは1.7Ωであった。
【0068】
(比較例2)
軟磁性金属薄帯の表面に金属酸化物の粉末を付着しない以外は、実施例1と同様の手順と条件で巻磁心を作製した。占積率は73.7%であった。また、得られた巻磁心に対してインパルス試験を実施して、試験前後でのインピーダンス変化率と直流抵抗Rdcを評価した。試験前の直流抵抗Rdcは92Ωであり、試験後の直流抵抗Rdcは2.1Ωであった。
【0069】
(比較例3)
軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜形成を行わない以外は、実施例1と同様の手順と条件で巻磁心を作製した。占積率は72.8%であった。また、得られた巻磁心に対してインパルス試験を実施して、試験前後でのインピーダンス変化率と直流抵抗Rdcを評価した。試験前の直流抵抗Rdcは105Ωであり、試験後の直流抵抗Rdcは4.4Ωであった。
【0070】
インパルス試験前後のインピーダンスから算出したインピーダンス変化率と周波数との関係を
図5に示す。比較例1から3の巻磁心に対して、実施例1の巻磁心では試験前後の直流抵抗Rdcが高く、高周波数帯でのインピーダンスの変化が抑えられた。
【0071】
(実施例2~6)
懸濁液120の濃度を調整することにより軟磁性金属薄帯へ金属酸化物の粉末の付着量を調整した以外は、実施例1と同様にして巻磁心を作製した。得られた巻磁心に対してインパルス試験を実施して、試験前後での周波数1MHzでのインピーダンス変化率と直流抵抗Rdcを評価した。
【0072】
(比較例4~8)
懸濁液120の濃度を調整することにより軟磁性金属薄帯へ金属酸化物の粉末の付着量を調整し、かつ、軟磁性金属薄帯の表面に酸化被膜形成を行わない以外は、実施例1と同様の手順と条件で巻磁心を作製した。得られた巻磁心に対してインパルス試験を実施して、試験前後でのインピーダンス変化率と直流抵抗Rdcを評価した。
【0073】
実施例2~6、比較例4~6の巻磁心の占積率、酸化被膜形成前後での重量変化率、インパルス試験前後での直流抵抗Rdc、およびインピーダンスを表1に示す。また、
図6に金属酸化物の粉末の付着量(MgO重量比)とインパルス試験前後でのインピーダンスの変化率との関係を示す。
【0074】
【0075】
実施例2~6の巻磁心は、いずれもインパルス試験前後でのインピーダンスの変化が小さく、インピーダンス変化率の絶対値は20%以下であった。また、インパルス試験後の直流抵抗Rdcも高く維持されている。軟磁性金属薄帯の表面への金属酸化物の粉末の付着が少なくても、優れた絶縁性能が得られる。
【符号の説明】
【0076】
10,100 軟磁性金属薄帯
20 金属酸化物の粉末
30 空気層
120 懸濁液
130 乾燥炉
140 スクレーパ
150 容器