(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-01
(45)【発行日】2025-04-09
(54)【発明の名称】加硫ゴムの低温結晶性評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/08 20060101AFI20250402BHJP
【FI】
G01N24/08 510P
G01N24/08 510L
G01N24/08 510S
(21)【出願番号】P 2021129935
(22)【出願日】2021-08-06
【審査請求日】2024-05-23
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000201869
【氏名又は名称】倉敷化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大下 浄治
(72)【発明者】
【氏名】中谷 都志美
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 裕之
(72)【発明者】
【氏名】大竹 恵子
(72)【発明者】
【氏名】三宅 祐矢
(72)【発明者】
【氏名】小林 一磨
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-205084(JP,A)
【文献】特開2020-066700(JP,A)
【文献】特開2001-249091(JP,A)
【文献】岩蕗仁,ソフトマテリアル解析における核磁気共鳴(NMR)スペクトル(2)ソフトマテリアル解析におけるパルス法NMRの役割,日本ゴム協会誌,2014年,Vol.87 No.5,pp.195-202
【文献】高野良孝,ブレンドゴムの低温特性,日本ゴム協会誌,Vol.40 No.2,1967年,pp.103-115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
JSTPlus(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスNMRを用いた加硫ゴムの低温結晶性評価方法であって、
結晶化されていない融解状態の加硫ゴムの運動性を、パルスNMRのsolid echo法を用いて測定される横緩和時間(T2)から導く第1測定工程と、
前記加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで、該加硫ゴムを冷却し、該所定温度(Tc)において一定時間保管して、該加硫ゴムの結晶化を進行させる結晶化工程と、
前記結晶化工程において結晶化を進行させた前記加硫ゴムの運動性を、パルスNMRのsolid echo法を用いて測定される横緩和時間(T2)から導く第2測定工程と、
測定された前記第1測定工程の横緩和時間(T2)および前記第2測定工程の横緩和時間(T2)から、下記式(1)により横緩和時間の変化率(ΔT2)を算出し、前記変化率(ΔT2)を評価指標として前記加硫ゴムの結晶性を評価する評価工程と、を含むことを特徴とする加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
{(第2測定工程の横緩和時間(T2)/第1測定工程の横緩和時間(T2))-1}×100 …式(1)
【請求項2】
前記加硫ゴムは、天然ゴム又はイソプレンゴムを含むことを特徴とする請求項1に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項3】
前記所定温度(Tc)は、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)よりも、10℃~40℃高い温度であることを特徴とする請求項2に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項4】
前記所定温度(Tc)は、-60℃~-30℃であることを特徴とする請求項3に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項5】
前記第1測定工程および前記第2測定工程におけるパルスNMRの測定は、-60℃より高く、-20℃より低い温度で測定されることを特徴とする請求項3または4に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項6】
前記一定時間は、少なくとも24時間であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、加硫ゴムの低温結晶性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
弾性を有する加硫ゴムは、例えば、自動車等の車両において、エンジンやトランスミッション等の被支持体を車体に対して弾性支持する防振部材や、タイヤに用いられるなど、種々の分野で広く用いられている。
【0003】
このような加硫ゴムは、低温環境下において弾性を失うことが知られている。近年では、加硫ゴムから構成された製品が、低温環境下に晒されることで、機能を低下させる問題が発生している。これは、加硫ゴムの結晶化が原因であると考えられる。こうした実情から、低温環境下に晒されても、結晶化し難い加硫ゴムが求められている。
【0004】
ところで、加硫ゴムの原料となる天然ゴムは、結晶現象が少なくとも2種類存在することが知られている。自己補強性のテンプレート結晶化と、低温結晶化である。天然ゴムは高分子の中でも特異的な結晶化挙動を示すため、特に、低温結晶化の挙動の把握は困難である。天然ゴムの結晶核の生成は、密度やミクロブラウン運動のゆらぎに依存するため、実用上、結晶化のコントロールが困難であると考えられる。(非特許文献1~3)
加硫ゴムの特性を評価するための試験方法として、特許文献1には、パルスNMR装置を用いてゴムの物性を予測する方法が記載されている。
【0005】
低温における加硫ゴムの特性を評価するための従来の試験方法としては、静動バネ特性試験機に冷凍機を設置し、低温環境下でバネ定数を測定する方法がある。また、特許文献2には、DSCの一般的な測定方法により得られた溶融エンタルピーを用いて、ゴム組成物の低温結晶性を評価することが記載されている。特許文献3には、加硫ゴム組成物についての粘弾性の温度分散曲線を測定することにより、得られるtanδ曲線から、ゴム材料の低温結晶化由来ピークの有無を判別することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】池田裕子他著、「ゴム科学-その現代的アプローチ-」、朝倉書店出版
【文献】▲こうじ▼谷信三他著、「ゴムの補強-ナノフィラーの可視化による機構解析-」、朝倉書店出版
【文献】高分子学会編、「基礎高分子科学」、東京化学同人出版
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2020-085777号公報
【文献】特許第6806786号公報
【文献】特許第6141118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1の評価方法は、ゴムの熱による劣化について評価するものであり、低温に晒されて結晶化が進行したゴムの特性を評価するものではない。パルスNMRを用いて加硫ゴムの低温結晶性を評価する方法は確立されていないと言える。
【0009】
バネ特性試験機を用いた評価は、所定の形状の試験片が必要であることや、静動バネ特性試験機に冷凍機を設置するためには多大なコストがかかること、さらに、静動バネ特性試験機に設置できる冷凍機等の低温設備の冷却性能には限界があり、例えば-100℃以下のような極低温領域での評価ができないといった問題があるため、加硫ゴムの低温結晶性の評価に適していない。
【0010】
特許文献2や特許文献3に記載されている評価方法は、瞬間的に低温に晒された際のゴム組成物の特性を測定することによって、そのゴム組成物の結晶性を予測するものである。加硫ゴムの結晶は時間の経過とともに徐々に進行するものであり、上記したように、低温結晶化の挙動を把握することは困難であるが、これらの方法では、天然ゴム特有の低温結晶性が考慮されていない。そのため、これらの方法を用いて、例えば、結晶化速度が比較的遅いゴム材料を評価すると、複数の加硫ゴム間で有意差が見られないことや、評価結果が実際の低温結晶性に即していない可能性があることが問題となる。
【0011】
本明細書に開示される技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、低温環境下に長時間晒されて進行する加硫ゴムの低温結晶性を評価するための簡易かつ信頼性の高い方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本明細書に開示される技術は、
パルスNMRを用いた加硫ゴムの低温結晶性評価方法であって、
結晶化されていない融解状態の加硫ゴムの運動性を、パルスNMRのsolid echo法を用いて測定される横緩和時間(T2)から導く第1測定工程と、
前記加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで、該加硫ゴムを冷却し、該所定温度(Tc)において一定時間保管して、該加硫ゴムの結晶化を進行させる結晶化工程と、
前記結晶化工程において結晶化を進行させた前記加硫ゴムの運動性を、パルスNMRのsolid echo法を用いて測定される横緩和時間(T2)から導く第2測定工程と、
測定された前記第1測定工程の横緩和時間(T2)および前記第2測定工程の横緩和時間(T2)から、下記式(1)
{(第2測定工程の横緩和時間(T2)/第1測定工程の横緩和時間(T2))-1}×100 …式(1)
により横緩和時間の変化率(ΔT2)を算出し、前記変化率(ΔT2)を評価指標として前記加硫ゴムの結晶性を評価する評価工程と、を含むことを特徴とする。
【0013】
これによれば、パルスNMRを用いることで、バネ特性試験機のように、所定の形状のサンプルを用意する必要がなく、形状を問わず、少量のサンプルでも様々な加硫ゴムを評価することが容易となる。また、パルスNMR測定より得られる緩和時間から、加硫ゴムの分子運動性を把握することが可能である。結晶化されていない融解状態の加硫ゴムの測定結果と、一定時間低温に晒されて結晶化を進行させた加硫ゴムの測定結果から、横緩和時間の変化率を算出することで、結晶化の進行による運動性の変化を把握することが可能となる。加硫ゴムの瞬間的な低温特性を測定するのではなく、加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)で加硫ゴムを一定時間保管して結晶化を進行させることで、実際に不具合が報告されている状態に近似する加硫ゴムを測定できるため、加硫ゴムの低温結晶性評価方法として信頼性が高い。また、このような変化率を評価指標とすることで、様々な組成の加硫ゴムを効率よく適切に評価することが可能となる。
【0014】
なお、前記加硫ゴムとは、天然ゴム又はイソプレンゴムを含むことが好ましい。
【0015】
また、前記所定温度(Tc)は、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)よりも、10℃~40℃高い温度であることが好ましい。前記所定温度(Tc)とは、好ましくは、-60℃~-30℃である。
【0016】
加硫ゴムは、一般的に、ガラス転移温度(Tg)よりもやや高い温度領域において結晶化速度が最も大きくなると言われている。その結晶化速度が大きくなる温度領域は、ゴム成分によって異なるが、天然ゴム又はイソプレンゴムを含む加硫ゴムにおいて、結晶化を進行させるための所定温度(Tc)を、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)よりも10℃~40℃高い温度とすれば、加硫ゴムの結晶化を確実に進行させることが可能であり、加硫ゴムの低温結晶性評価方法としての汎用性に優れる。
【0017】
そして、前記第1測定工程および前記第2測定工程におけるパルスNMRの測定は、-60℃より高く、-20℃より低い温度で測定されることが好ましい。
【0018】
また、前記一定時間は、少なくとも24時間であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本明細書に開示される技術によれば、低温環境下に長時間晒されて進行する加硫ゴムの低温結晶性を評価するための簡易かつ信頼性の高い方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本開示の加硫ゴムの低温結晶性評価方法の一例を示すフローチャートである。
【
図2】-30℃測定における緩和時間T2
(1)と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【
図3】-30℃測定における緩和時間T2
(2)と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【
図4】-20℃測定における緩和時間T2
(1)と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【
図5】-20℃測定における緩和時間T2
(2)と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【
図6】-60℃測定における緩和時間T2
(1)と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【
図7】-60℃測定における緩和時間T2
(2)と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【
図8】Spin echo法による0℃測定における緩和時間T2と低温保管時間との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本開示を実施するための形態を説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0022】
本明細書に開示される技術は、加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで加硫ゴムを冷却し、所定温度(Tc)において一定時間保管して結晶化を進行させ、結晶化を進行させた加硫ゴムの運動性を、パルスNMRを用いて横緩和時間(T2)の測定により導く。そして、結晶化を進行させた加硫ゴムの横緩和時間(T2)と、結晶化されていない融解状態の加硫ゴムの横緩和時間(T2)とから横緩和時間の変化率(ΔT2)を算出し、前記変化率を評価指標として前記加硫ゴムの結晶性を評価する。
【0023】
[加硫ゴム]
評価対象としての加硫ゴムは、ゴム成分(ポリマー)に充填剤や添加剤を配合して加硫したものである。
【0024】
ゴム成分としては、特に限定されないが、例えば、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)を含む。天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)を単体で含んでいてもよいし、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)に、例えば、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブチルゴム(IIR)、エチレンプロピレンゴム(EPDM)、クロロプレンゴム(CR)等の、他のゴム成分を1種以上組み合わせて混合したものでもよい。天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)に混合するゴム成分は上記には限られず、本開示の技術を実施することが可能なものであれば、他のゴム成分を用いることができる。複数のゴム成分を混合する場合、加硫ゴムは、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)をゴム成分全体の20%以上含むことが好ましく、さらに、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)を主成分として含むことがより好ましい。「主成分」とは、加硫ゴムを構成する複数のゴム成分のうち、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)の占める割合が最も多いことをいう。
【0025】
充填剤として、例えば、補強性充填剤である、SiO2、カオリン、タルク、クレー、マイカ、珪藻土等のシリカ系無機フィラー、セルロースナノファイバー、グラファイト等のナノフィラーやカーボンブラック、非補強性充填剤である、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、酸化チタン等の金属酸化物や金属水酸化物を含んでいても良い。補強性充填剤を配合することにより、加硫ゴムの強度を高めることができる。また、充填剤の他にも、加硫ゴムの製造に一般的に使用される配合剤として、例えば、酸化亜鉛、ステアリン酸などの加硫促進助剤、老化防止剤、加硫促進剤、加工助剤、軟化剤、硫黄等の加硫剤を適宜配合することができる。これら各成分の配合量は任意である。
【0026】
加硫ゴムは、一般的なゴムの製造により、混合機を用いて混錬され、加熱によって加硫されることにより得られる。
【0027】
[低温結晶性評価方法]
パルスNMRを用いて、結晶化されていない融解状態の加硫ゴムの横緩和時間(T2)と、結晶化を進行させた加硫ゴムの横緩和時間(T2)とをそれぞれ測定して、横緩和時間の変化率(ΔT2)を算出し、その変化率(ΔT2)を評価指標として前記加硫ゴムの結晶性を評価する。具体的には、
図1に示す手順で結晶化、測定および評価を行う。
【0028】
(1)第1測定工程S1
加硫ゴムの結晶化されていない融解状態での運動性を測定するため、例えば、製造後に常温にて保管され、低温環境に晒されていない状態の加硫ゴムをNMR管に注入し、パルスNMRのsolid echo法により横緩和時間(T2)の低温測定を行う。パルスNMRの測定温度は、-60℃より高く、-20℃より低い温度であることが好ましい。得られた減衰曲線を2成分に分離し、運動性の高い成分に着目して横緩和時間(T2(2))とする。
【0029】
(2)結晶化工程S2
加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで、加硫ゴムを冷却し、所定温度(Tc)において一定時間保管して、加硫ゴムの結晶化を進行させる。
【0030】
加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)および保管時間は、任意であるが、例えば、加硫ゴムが用いられる部品等において、機能の低下が報告された実際の環境を再現するような条件を所定温度(Tc)および保管時間として定めてもよい。
【0031】
好ましい所定温度(Tc)は、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)よりも、10℃高い温度である。一般的に、加硫ゴムのガラス転移温度(Tg)は、組成の変化や製造条件等で異なるため、ガラス転移温度(Tg)には温度幅がある。本開示の評価方法において評価対象とする加硫ゴムが、天然ゴム又はイソプレンゴムを含む場合、加硫ゴムを天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~40℃高い温度を所定温度(Tc)として、一定時間保管することで、この温度領域において加硫ゴムの結晶化を促進させ、結晶性の評価を容易にすることができる。一般的に、天然ゴム及びイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)は、約-70℃~-50℃であることが知られている。結晶化を進行させるための好ましい所定温度(Tc)は、-60℃~-30℃である。
【0032】
上記所定温度(Tc)での保管時間は、少なくとも24時間であることが好ましく、結晶化が進行し難い加硫ゴムを評価する場合は、その保管時間を延ばしてもよく、例えば72時間まで延ばしてもよい。
【0033】
(3)第2測定工程S3
結晶化工程S2において結晶化を進行させた加硫ゴムをNMR管に注入し、パルスNMRのsolid echo法を用いて低温測定を行い、得られた横緩和時間(T2)により加硫ゴムの運動性評価を行う。パルスNMRの測定温度は、第1測定工程S1と同じ温度とし、-60℃より高く、-20℃より低い温度であることが好ましい。得られた減衰曲線を2成分に分離し、運動性の高い成分に着目して横緩和時間(T2(2))とする。
【0034】
(4)評価工程S4
測定された第1測定工程の横緩和時間(T2)および第2測定工程の横緩和時間(T2)から、下記式(1)により横緩和時間の変化率を算出し、その変化率を評価指標として加硫ゴムの結晶性を評価する。
{(第2測定工程の横緩和時間(T2)/第1測定工程の横緩和時間(T2))-1}×100 …式(1)
なお、第1測定工程S1でのパルスNMRの測定条件と、第2測定工程S3でのパルスNMRの測定条件は同じであることが好ましい。
【0035】
好ましい実施形態として、パルスNMRから得られる減衰曲線を2成分に分離し、運動性の高い成分に着目して横緩和時間(T2(2))としたが、運動性の低い成分に着目して横緩和時間(T2(1))とし、横緩和時間の変化率を算出することも可能である。
【実施例】
【0036】
[加硫ゴムの組成]
以下、実施例および比較例に基づいて、本開示の技術の具体例を説明するが、本開示の技術はこれに限定されるものではない。
【0037】
実施例1および比較例1,2の測定条件で評価を行った3種類の加硫ゴム、組成1~3は、表1に示す組成からなる。組成1~3の加硫ゴムは、計100重量部のゴム成分のうち、天然ゴム(NR)80重量部およびブタジエンゴム(BR)を20重量部配合している。
【0038】
組成1~3は、硫黄の配合量を変えることにより、架橋密度を変えている。組成1は架橋密度が中程度の加硫ゴム、組成2は架橋密度が高い加硫ゴム、組成3は架橋密度が低い加硫ゴムである。
【0039】
【0040】
表1において使用した原材料の種類を下記に示す。
・天然ゴム(NR):RSS#3
・ポリブタジエンゴム(BR):宇部興産社製 ウベポールBR150
・カーボンブラック:東海カーボン社製 シーストS
・酸化亜鉛:正同化学工業社製 酸化亜鉛2種
・ステアリン酸:日油社製 ビーズステアリン酸 つばき
・ワックス:精工化学社製 サンタイトS
・老化防止剤1(N-フェニル-N′-(1,3-ジメチルブチル)-p-フェニレンジアミン):大内新興化学社製 ノクラック6C
・老化防止剤2(2-メルカプトベンズイミダゾール):大内新興化学社製 ノクラックMB
・加硫促進剤1(N-オキシジエチレン-2-ベンゾチアゾリルスルフェンアミド):大内新興化学社製 ノクセラーMSA-G
・加硫促進剤2(テトラメチルチウラムジスルフィド):大内新興化学社製 ノクセラーTT
・硫黄:細井化学工業社製 微紛硫黄 325メッシュ
[加硫ゴムの製造]
加硫ゴムの製造は、一般的に加硫ゴムの製造で用いられる方法を使用することが可能であるが、本実施例では、以下の方法で製造した。
【0041】
組成1~3は、表1に示す組成に従い、バンバリーミキサーを用いて、硫黄及び加硫促進剤以外の材料を混練した。次に、得られた混合物に硫黄及び加硫促進剤を添加し、オープンロールを用いて混練し、未加硫ゴム混合物を得た。さらに、得られた未加硫ゴム混合物を2mm厚の金型に注入し、170℃で5分間プレス加硫し、加硫ゴムを得た。
【0042】
第1測定工程S1に用いる結晶化されていない融解状態の加硫ゴムは、製造後、室温保管したものを用いた。
【0043】
第2測定工程S3に用いる加硫ゴムは、-60℃に設定した冷凍機内に一定時間保管し、結晶化を進行させたものを用いた。
【0044】
[加硫ゴムの低温結晶性評価]
得られた加硫ゴムについて、パルスNMRを用いて横緩和時間T2の測定を行った。
【0045】
横緩和時間T2は、加硫ゴムに含まれる水素原子の分子運動性を反映するものである。パルスNMRの測定により得られた減衰曲線から、運動性の低い成分と運動性の高い成分とに分離可能であり、運動性が低く緩和時間の短い成分と運動性が高く緩和時間の長い成分の横緩和時間をそれぞれT2(1),T2(2)とする。
【0046】
横緩和時間T2(1),T2(2)それぞれに対して、第1測定工程S1において測定された結晶化されていない融解状態の加硫ゴムの横緩和時間T2と、第2測定工程S3において測定された結晶化を進行させた加硫ゴムの横緩和時間T2との変化率を算出し、その変化率を結晶性の指標とすることができる。変化率が大きいものほど、運動性が高く、結晶化し易いゴムであり、変化率が小さいものほど、運動性が低く、結晶化し難いゴムであると言える。
【0047】
なお、横緩和時間T2の変化率を算出する際に用いるのは、運動性が低く緩和時間の短い成分(T2(1))または運動性が高く緩和時間の長い成分(T2(2))のいずれか、または両方を用いても良いが、運動性が高く緩和時間の長い成分(T2(2))の方が、運動性が低く緩和時間の短い成分(T2(1))よりも顕著に変化する傾向にあることから、運動性が高く緩和時間の長い成分(T2(2))に着目するのが好ましい。
【0048】
以下、実施例1および比較例1,2について、さらに説明する。
【0049】
[実施例1]
組成1~3の加硫ゴムについて、第1測定工程S1において、室温保管した加硫ゴムの横緩和時間(T2)を測定した。また、各加硫ゴムについて、結晶化工程S2において、-60℃で0時間、24時間、48時間、72時間、168時間、それぞれ保管した後、第2測定工程S3において、横緩和時間(T2)を測定した。パルスNMRの測定装置及び測定条件は以下の通りである。
装置 :Bruker社製、mq20
サンプル量 :約0.3mL
観測核 :1H
パルス系列 :Solid echo法
測定温度 :-30℃
Initial data offset:0ms
Final Pulse Separation:2.0ms
Data point fitting:200
Scans:16
第1測定工程と第2測定工程のそれぞれについて、測定温度-30℃において得られた減衰曲線を2成分に分離して解析した。2成分とは、運動性が低く硬い成分(表2中、T2(1))と運動性が高く柔らかい成分(表2中、T2(2))である。
【0050】
第2測定工程において得られた横緩和時間(T2
(1),T2
(2))を、結晶化工程S2における-60℃での保管時間(0時間、24時間、48時間、72時間、168時間)に対してプロットしたグラフが
図2および
図3である。なお、保管時間「0時間」は、室温保管した加硫ゴムを-30℃設定の装置内に15分間保管し、-30℃での測定を行った結果である。-60℃で保管した加硫ゴムも同様に-30℃設定の装置内に15分間保管後に、-30℃での測定を行った。
【0051】
図2および
図3に示すように、ΔT2
(1),ΔT2
(2)のいずれにおいても、組成1,2と3の特性の区別が可能であった。-60℃保管時間が長くなるに伴い、組成3は横緩和時間(T2
(1),T2
(2))が短くなっていることから、剛直な成分が増えている、すなわち、低温結晶性が発達していると言える。組成1および組成2と比べ、組成3は相対的に低温特性が悪いと判断可能である。組成3は、-60℃での保管時間が24時間で、横緩和時間の変化が既に見られたが、72時間と168時間とではほとんど変化が生じていなかった。これより、-60℃での保管時間は24時間以上が好ましく、72時間で十分であると言える。
【0052】
第1測定工程におけるT2(1),T2(2)および第2測定工程におけるT2(1),T2(2)を横緩和時間(T2)として、それぞれを上記式(1)に当てはめ、変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))を算出した。なお、測定は2回行い、再現性は確認済みである。各保管時間に対する変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))(%)を表2に示す。
【0053】
【0054】
運動性が低い成分の横緩和時間の変化率(ΔT2(1))については10%以上、運動性が高い成分の横緩和時間の変化率(ΔT2(2))については、20%以上低下したものについて、低温特性が悪いと判断した。表2に示すように、-60℃での保管時間が24時間において、組成1,2と組成3との間で有意差が確認できた。
【0055】
[動バネ試験結果]
実施例1と同様の所定温度(Tc)かつ所定の保管時間に晒した加硫ゴムについて、-30℃において動バネ試験を行い、その結果と本開示の技術による実施例1の結果とを対比させた。
【0056】
具体的には、Φ30mm、厚さ30mmの円柱状の試験形状とした加硫ゴムを、所定温度(Tc)で所定の時間保管して結晶化を促進した。そして、その加硫ゴムを所定温度(Tc)下で、動特性試験機(鷺宮製作所製、KCH701)を用いて、周波数20Hzで振幅±0.1mmの定変位調和圧縮振動を加える試験を行い、JIS K6385に準拠して、20Hz時の動的ばね定数(Kd1)を求めた。また、別途、結晶化させていない常温状態で同様に測定を行い、その動的ばね定数(Kd2)を求めた。そして、次式
(Kd1-Kd2)/Kd2×100
から導き出される値を変化率として、低温結晶性を示す評価指標とした。動的バネ定数の変化率から、組成1および2と比べて組成3の低温結晶性が高いという結果が得られた。この結果は、本開示の技術による実施例1で、算出された変化率ΔT2による評価結果と高い相関が得られた。これにより、パルスNMRの測定により得られた横緩和時間(T2)の変化率が、低温結晶性評価の指標として使用可能であり、その信頼性が高いことが確認できた。
【0057】
[比較例1]
組成1~3の加硫ゴムについて、室温保管した加硫ゴムの横緩和時間(T2)を第1測定工程において測定した。また、各加硫ゴムについて、-60℃で0時間、24時間、48時間、72時間保管した後、横緩和時間(T2)を第2測定工程において測定した。パルスNMRの測定温度を-20℃とした以外は、実施例1の条件と同じである。
【0058】
第2測定工程において得られた横緩和時間(T2
(1),T2
(2))を、結晶化工程S2における-60℃での保管時間(0時間、24時間、48時間、72時間)に対してプロットしたグラフが
図4および
図5である。なお、保管時間「0時間」は、室温保管した加硫ゴムを-20℃設定の装置内に15分間保管し、-20℃での測定を行った結果である。-60℃で保管した加硫ゴムも同様に-20℃設定の装置内に15分間保管後に、-20℃での測定を行った。
【0059】
図4および
図5に示すように、-20℃でパルスNMR測定を行った場合、組成1~3の低温保管による横緩和時間の変化はほとんど見られなかった。
【0060】
また、第1測定工程におけるT2(1),T2(2)および第2測定工程におけるT2(1),T2(2)を横緩和時間(T2)として、それぞれを上記式(1)に当てはめ、変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))を算出した。各保管時間に対する変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))(%)を表3に示す。
【0061】
【0062】
表3に示すように、-20℃でパルスNMR測定を行った場合、低温保管時間を0時間、24時間、48時間、72時間と延ばしても、横緩和時間の変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))はいずれも10%以下であり、組成1~3間で有意差が見られなかった。
【0063】
ゴムの運動性(架橋の効果)が大きいため、-20℃では低温結晶化の現象が捉えられていないものと推測される。この結果から、-20℃でのパルスNMR測定による評価は、適当な評価条件ではないと言える。
【0064】
[比較例2]
組成1~3の加硫ゴムについて、室温保管した加硫ゴムの横緩和時間(T2)を第1測定工程において測定した。また、各加硫ゴムについて、-60℃で0時間、168時間保管した後、横緩和時間(T2)を第2測定工程において測定した。パルスNMRの測定温度を-60℃とした以外は、実施例1の条件と同じである。
【0065】
第2測定工程において得られた横緩和時間(T2
(1),T2
(2))を、結晶化工程S2における-60℃での保管時間0時間、168時間に対してプロットしたグラフが
図6および
図7である。なお、保管時間「0時間」は、室温保管した加硫ゴムを-60℃設定の装置内に15分間保管し、-60℃での測定を行った結果である。-60℃で保管した加硫ゴムも同様に-60℃設定の装置内に15分間保管後に、-60℃での測定を行った。
【0066】
図6および
図7に示すように、-60℃でパルスNMR測定を行った場合、組成1~3の低温保管による横緩和時間の変化はほとんど見られなかった。
【0067】
また、第1測定工程におけるT2(1),T2(2)および第2測定工程におけるT2(1),T2(2)を横緩和時間(T2)として、それぞれを上記式(1)に当てはめ、変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))を算出した。各保管時間に対する変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))(%)を表4に示す。
【0068】
【0069】
表4に示すように、-60℃でパルスNMR測定を行った場合、低温保管時間を168時間まで延ばしても、横緩和時間の変化率(ΔT2(1),ΔT2(2))はいずれも10%以下であり、組成1~3間で有意差が見られなかった。
【0070】
-60℃では、ゴムが運動しない状態であるため、結晶化の影響が捉えられていないものと推測される。この結果から、-60℃でのパルスNMR測定による評価は、適当な評価条件ではないと言える。
【0071】
[比較例3]
比較例3では、Spin echo法を用いたパルスNMR測定により低温結晶性の評価を試みた。Spin echo法は、運動性が大きいものを評価する方法である。
【0072】
組成1~3の加硫ゴムについて、室温保管した加硫ゴムの横緩和時間(T2)を第1測定工程において測定した。また、各加硫ゴムについて、-60℃で0時間、168時間保管した後、横緩和時間(T2)を第2測定工程において測定した。パルスNMRの測定装置及び測定条件は以下の通りである。
装置 :Bruker社製、mq20
サンプル量 :約0.3mL
観測核 :
1H
パルス系列 :Spin echo法
測定温度 :0℃
First Duration:0.01ms
Final Pulse Separation:10ms
Data point fitting:40
Scans:16
第2測定工程において得られた横緩和時間(T2)を、結晶化工程S2における-60℃での保管時間(0時間、168時間)に対してプロットしたグラフが
図8である。なお、保管時間「0時間」は、室温保管した加硫ゴムを0℃設定の装置内に15分間保管し、0℃での測定を行った結果である。-60℃で保管した加硫ゴムも同様に0℃設定の装置内に15分間保管後に、0℃での測定を行った。
【0073】
図8に示すように、0℃でSpin echo法によりパルスNMR測定を行った場合、組成1~3の低温保管による横緩和時間の変化はほとんど見られなかった。
【0074】
また、第1測定工程におけるT2および第2測定工程におけるT2を上記式(1)に当てはめ、変化率(ΔT2)を算出した。各保管時間に対する変化率(ΔT2)(%)を表5に示す。
【0075】
【0076】
表5に示すように、0℃でSpin echo法によりパルスNMR測定を行った場合、低温保管時間を168時間まで延ばしても、横緩和時間の変化率(ΔT)はいずれも10%以下であり、組成1~3間で有意差が見られなかった。
【0077】
0℃では、ゴムの運動性(架橋の効果)が大きいため、0℃におけるSpin echo法では低温結晶化の現象が捉えられていないものと推測される。この結果から、Spin echo法でのパルスNMR測定による評価は、適当な評価条件ではないと言える。