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特許7659318難脱粒性イネの製造方法、難脱粒性のイネ、及びイネの脱粒性評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-01
(45)【発行日】2025-04-09
(54)【発明の名称】難脱粒性イネの製造方法、難脱粒性のイネ、及びイネの脱粒性評価方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/46 20180101AFI20250402BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20250402BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20250402BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20250402BHJP
【FI】
A01H6/46 ZNA
A01H1/00 A
C12Q1/68
C12N15/29
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022051778
(22)【出願日】2022-03-28
(65)【公開番号】P2023144677
(43)【公開日】2023-10-11
【審査請求日】2024-10-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】李 鋒
(72)【発明者】
【氏名】小松 晃
(72)【発明者】
【氏名】加藤 浩
(72)【発明者】
【氏名】大武 美樹
(72)【発明者】
【氏名】清水 明美
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-052381(JP,A)
【文献】A2Z7X8_ORYSI[オンライン],2021年,[検索日 2024.12.05], インターネット:<URL: https://rest.uniprot.org/unisave/A2Z7X8?format=txt&versions=47>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
A01H 1/00-17/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネの第1の内在性遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を含み、
第1の内在性遺伝子が、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又は配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子であることを特徴とする、難脱粒性イネの製造方法。
【請求項2】
第1の内在性遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有するように、イネに前記機能欠損型変異を人為的に導入する工程を含むことを特徴とする、請求項1に記載の難脱粒性イネの製造方法。
【請求項3】
第1の内在性遺伝子の機能が欠損していることを指標として、イネの脱粒性を評価する評価工程を含み、
第1の内在性遺伝子が、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又は配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子であることを特徴とする、イネの脱粒性評価方法。
【請求項4】
前記評価工程が、第1の内在性遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有することを指標として、イネの脱粒性を評価する工程であることを特徴とする、請求項に記載のイネの脱粒性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難脱粒性イネの製造方法、難脱粒性のイネ、及びイネの脱粒性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イネにおいて、穂から籾が脱離し易い、すなわち脱粒性が高いと、収穫時の脱粒によって収量が低下したり、水田への落下によって漏生イネが発生し、異品種混入が生じるといった問題が発生する。他方、穂から籾が脱離し難い、すなわち脱粒性が低いと、脱穀にかかる負担が多くなって作業効率に影響を与えるおそれがある。そのため、栽培されるイネにおいては、各栽培・収穫方法に適応した脱粒性が望まれている。例えば、人力脱穀法を採用する場合には脱粒性がやや高い品種、バインダー等で刈り取った稲束を架干しする方法を採用する場合には脱粒性が低い品種、コンバインによる収穫方法を採用する場合には脱粒性が前記2方法の中間の品種、がそれぞれ好まれる傾向にある。
【0003】
従来、所望の脱粒性を有するイネを得る技術としては、例えば、脱粒し易いイネを改良対象のイネと交配し、収穫した穂の握り締めによる脱粒性評価法(大久保和男ら、「穂の握り締めによるイネの脱粒性評価の個体検定における実用性」、日本作物学会紀事、2016年、85(2)、p.188-192(非特許文献1))によって、後代から脱粒性の程度が理想的な系統を選抜する手法が知られている。しかしながら、イネの交配による手法では、理想的な脱粒性のイネを得るために数多くの交配組み合わせや、その中から選抜するための大きい面積の圃場が必要であったり、多大な時間や労力が必要となるといった課題を有していた。また、脱粒性の評価方法としても、少数個体での評価が難しいといった課題や、脱粒性の程度を多段階(例えば、脱粒性がやや高い、中程度、やや低い等)で評価することが困難であるといった課題を有していた。
【0004】
また、イネの脱粒は主に護穎基部の離層の形成と崩壊により生じることが知られており、日本国内で普及している日本型イネ品種(ジャポニカ型イネ、Oryza sativa)においては、離層形成促進遺伝子qSH1の機能の欠損のために脱粒性が低い、すなわち脱粒し難い品種が大半であるが、インド型イネ品種(インディカ型イネ、Oryza sativa)においては、脱粒性が高い又は中程度の品種が多いことが知られている(Konishiら、Science、2006年、312、p.1392-1396(非特許文献2))。
【0005】
そのためこれまで、例えば、機能が欠損したqSH1遺伝子を有する日本型イネ品種を改良対象のイネと交配し、qSH1遺伝子のDNAマーカーを使って生育初期の段階で脱粒性が低いイネを選別できることが報告されている(特開2003-52381号公報(特許文献1);大久保和男ら、「日本型イネにおける脱粒性評価のための準同質遺伝子系統群の育成と脱粒程度の遺伝解析」、日本作物学会紀事、2017年、86(4)、p.358-366(非特許文献3))。また、インド型イネ品種の脱粒性が低い突然変異体より見出されたその原因遺伝子SHAT1(Zhouら、The Plant Cell 24、2012年、p.1034-1048(非特許文献4))、SSH1(Jiangら、The Plant Cell、31、2019年、p.17-36(非特許文献5))、OsSh1(Feng Liら、Scientific Reports、2020年、10:14936(非特許文献6))を対象として、RNA干渉(RNAi)による発現抑制をしたりゲノム編集による機能欠損をしたりすることにより、脱粒性が低いイネを作成できることも報告されている。しかしながら、これらのqSH1遺伝子、SHAT1遺伝子、SSH1遺伝子、及びOsSh1遺伝子を用いたDNAマーカー選抜方法や発現抑制方法、ゲノム編集方法では、脱粒性の微調整、例えば、脱粒性が高い(脱粒し易い)イネを中程度の脱粒性のイネに改良したり、中程度の脱粒性のイネをそれよりもやや脱粒性が低い(脱粒し難い)イネに改良したりすることは困難であった。
【0006】
また、インド型イネ品種の1つである「オオナリ」は、脱粒性が高い品種「タカナリ」に対するガンマ線照射による突然変異個体から選抜された脱粒性が中程度の品種であるが、「オオナリ」の脱粒性には、第二染色体上のSh13遺伝子座が関連することが本発明者らにより報告されている(Feng Liら、Mol Breeding、2019年、39(3):36(非特許文献7))。しかしながら、かかる遺伝子だけでは、イネの脱粒性の調整、特に微調整に関与する遺伝子の同定には未だ十分とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2003-52381号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】大久保和男ら、「穂の握り締めによるイネの脱粒性評価の個体検定における実用性」、日本作物学会紀事、2016年、85(2)、p.188-192
【文献】Konishiら、Science、2006年、312、p.1392-1396
【文献】大久保和男ら、「日本型イネにおける脱粒性評価のための準同質遺伝子系統群の育成と脱粒程度の遺伝解析」、日本作物学会紀事、2017年、86(4)、p.358-366
【文献】Zhouら、The Plant Cell 24、2012年、p.1034-1048
【文献】Jiangら、The Plant Cell、31、2019年、p.17-36
【文献】Feng Liら、Scientific Reports、2020年、10:14936
【文献】Feng Liら、Mol Breeding、2019年、39(3):36
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来技術が有する課題に鑑みてなされたものであり、イネの脱粒性を低下させ、イネの種子(籾)がイネの穂から脱離し難いイネや脱粒性が中程度のイネも得ることができる新規の難脱粒性イネの製造方法及び難脱粒性のイネ、並びに、イネの脱粒性を評価することができるイネの脱粒性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を行い、先ず、脱粒性が中程度である従来の品種「オオナリ」に対するガンマ線照射で得られた突然変異体から、脱粒性が「オオナリ」よりも低いが、従来の脱粒性が低い品種「日本晴」よりは高い変異体を選抜して育成した系統を「オオナリ脱粒難」とした。次いで、イネの脱粒性に関与する新規因子を探索するために、「オオナリ」と、「オオナリ脱粒難」との間でゲノム解析を行ったところ、「オオナリ脱粒難」における機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異(機能欠損型変異)として、遺伝子Os10g0446100上の1塩基欠失及びそれに伴うフレームシフト変異のみが抽出された。さらに、「オオナリ」、及び脱粒性が中程度である従来の品種「北陸193号」の遺伝子Os10g0446100に、それぞれ、ゲノム編集によって機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異としてフレームシフト変異等を導入したところ、脱粒性が低下して難脱粒性となることが確認された。
【0011】
よって、これら知見から、本発明者らは、遺伝子Os10g0446100がイネの脱粒性に関与する因子であることを見出し、これを「Sh14遺伝子」とした。さらに、イネにおいてかかるSh14遺伝子の機能を欠損させると、その脱粒性が当該機能欠損前よりも有意に低下することを見出した。ただし、前記脱粒性の低下は、従来公知であったSHAT1遺伝子、SSH1遺伝子、OsSh1遺伝子等の機能を欠損したときのように急激な低下ではないため、同Sh14遺伝子の機能を欠損させることで、イネの脱粒性を微調整することが可能であって、例えば脱粒性が中程度のイネを得ることができることも見出した。加えて、かかるSh14遺伝子の機能が欠損していることを指標として、イネの脱粒性を評価することが可能となることも見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
したがって、本発明は、下記の態様を提供する。
[1]
イネの第1の内在性遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を含み、
第1の内在性遺伝子が、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又はそのオーソログである、難脱粒性イネの製造方法。
[2]
第1の内在性遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有するように、イネに前記機能欠損型変異を人為的に導入する工程を含む、[1]に記載の難脱粒性イネの製造方法。
[3]
第1の内在性遺伝子の機能が欠損されており、
第1の内在性遺伝子が、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又はそのオーソログである、イネ。
[4]
第1の内在性遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有する、[3]に記載のイネ。
[5]
第1の内在性遺伝子の機能が欠損していることを指標として、イネの脱粒性を評価する評価工程を含み、
第1の内在性遺伝子が、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又はそのオーソログである、イネの脱粒性評価方法。
[6]
前記評価工程が、第1の内在性遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有することを指標として、イネの脱粒性を評価する工程である、[5]に記載のイネの脱粒性評価方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、イネの脱粒性を低下させ、イネの種子(籾)がイネの穂から脱離し難いイネや脱粒性が中程度のイネも得ることができる新規の難脱粒性イネの製造方法及び難脱粒性のイネ、並びに、イネの脱粒性を評価することができるイネの脱粒性評価方法を提供することが可能となる。そのため、本発明によれば、イネの種子をイネの穂からより脱離し難くさせる、新規のイネの脱粒性改良方法も提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】試験例1(2)の、「カサラス」、「タカナリ」、「オオナリ」、「オオナリ脱粒難」、「日本晴」における曲げ試験の結果(曲げ応力)を示すグラフである。
図2】試験例1(3)の、「カサラス」、「タカナリ」、「オオナリ」、「オオナリ脱粒難」、「日本晴」における折れ試験の結果(折れ率)を示すグラフである。
図3】試験例3(4)の、「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」、並びに、遺伝型が「Sh14」であった系統及び遺伝型が「Sh14」であった系統における圃場脱粒性評価試験の結果(脱粒割合)を示すグラフである。
図4】試験例4(1)のCRISPR-Cas9システムの概念図である。(a)は、遺伝子Os10g0446100のゲノム領域のマップにおけるgRNAのターゲットサイトを示す概念図であり、(b)は、OsCas9タンパク質をコードする配列(OsCas9)及びgRNAをコードする配列(Guide RNA common)を含むCRISPR-Cas9システムを発現するプラスミドベクターの概念図である。
図5】試験例4(1)の、「北陸193号」、並びに、ゲノム編集系統「H-Cas9-1」及び「H-Cas9-2」における曲げ試験の結果(曲げ応力)を示すグラフである。
図6】試験例4(2)の、「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」、並びに、ゲノム編集系統「O-Cas9-1」、「O-Cas9-2」及び「O-Cas9-3」における曲げ試験の結果(曲げ応力)を示すグラフである。
図7】試験例5(2)の、「Sh13Sh14」、「Sh13Sh14」、「Sh13Sh14」、及び「Sh13Sh14」における圃場脱粒性評価試験の結果(脱粒割合)を示すグラフである。
図8】試験例6の、SHAT1の相対発現量を示すグラフ(a)、SH5の相対発現量を示すグラフ(b)、qSH1の相対発現量を示すグラフ(c)、及びOsSh1の相対発現量を示すグラフ(d)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0016】
[イネ]
本発明において、「イネ」は、イネ科のイネ属(Oryza)に属する植物である。このようなイネとしては、特に制限されず、例えば、Oryza sativa、Oryza brachyantha、Oryza nivara、Oryza punctata、Oryza glaberrima、Oryza glumipatula、Oryza meridionalis、Oryza barthiiが挙げられ、それぞれ、その亜種も含まれる。また、これら種間の交配であってもよい。中でも、本発明に係るイネとしてはOryza sativaが好ましい。
【0017】
例えば、Oryza sativaにおいては、インド型や日本型の亜種が知られており、例えば日本国内においては、カサラス、タカナリ、オオナリ、日本晴、北陸193号、もちだわら等の様々な品種が公知であるが、本発明に係るイネの品種としても特に制限されず、また、品種育成の過程や試験中の系統であっても、これら品種(系統も含む)間の交配であってもよい。
【0018】
[第1の内在性遺伝子(Sh14遺伝子)]
本発明者らは、イネの脱粒性に関与する第1の内在性遺伝子として、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子を見出した。本明細書中、第1の内在性遺伝子は、場合により「Sh14遺伝子」とも称する。
【0019】
したがって、本発明に係る第1の内在性遺伝子は、典型的には、「(1a)配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子」である。本発明に係る第1の内在性遺伝子の典型的なヌクレオチド配列を配列番号2に示す。なお、配列番号1に記載のアミノ酸配列は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構によって開発された、品種名「オオナリ」で示されるイネ(Oryza sativa)のものである。また、配列番号2に記載のヌクレオチド配列は、「オオナリ」において配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子のうち、イントロンを除いたコード配列(CDS)を示すものである。配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子は、「Os10g0446100」としてイネの第10染色体上にあることは知られており、典型的には、下記の図4の(a)に示すように、1つのイントロンを介した2つのエキソンからなる。
【0020】
また、自然界における遺伝子変異や交配などによってイネの内在性遺伝子のヌクレオチド配列は変化し得ることから、本発明に係る第1の内在性遺伝子には、前記(1a)の遺伝子とオーソログ(ortholog)の関係にある内在性遺伝子も含まれる。
【0021】
本発明において、「オーソログ」には、異なる種間において互いに同じ機能を有する遺伝子に加えて、同一種内であっても異なる品種、系統、個体間において互いに同じ機能を有する遺伝子も包含する。より具体的に、本発明において、「(1a)の遺伝子とオーソログの関係にある内在性遺伝子」とは、あるイネにおいて、「配列番号1で示されるアミノ酸配列と最も近い同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子」のことを示す。このような遺伝子の配列は、例えば、対象のイネの全ゲノムDNAのヌクレオチド配列を取得し、BLASTのプログラム(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール);Altschulら,J.Mol.Biol.,215,1990年、p.403-410)等を用いて、配列番号1のアミノ酸配列をクエリーとして検索することで得ることができる。対象のイネの全ゲノムDNAのヌクレオチド配列は、適宜公知の方法(例えば、全ゲノムシーケンス等)で決定して取得できる他、例えば、GenBank(NCBI)、RAP-DB(National Agriculture and Food Research Organization)、Rice Genome Annotation Project(NSF)等のデータベースより取得可能である。また、本発明に係る「(1a)の遺伝子とオーソログの関係にある内在性遺伝子」は、EggNOG等の遺伝子オーソログのデータベースからも取得可能である。
【0022】
本発明に係る配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子のオーソログとして、より具体的には、例えば、「(1b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列をコードする遺伝子」が挙げられる。ここで、「アミノ酸が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列」とは、アミノ酸残基が、置換、欠失、挿入、若しくは付加されたアミノ酸配列、又は、これらの2種以上の組み合わせがなされたアミノ酸配列であることを示す。また、「複数個」とは、例えば、100、80、70、50、40、30、25、20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、又は2個の整数であることが好ましい。1若しくは複数個のアミノ酸とは、好ましくはアミノ酸が1個以上50個以下、1個以上40個以下、1個以上30個以下、1個以上20個以下、又は1個以上10個以下、より好ましくは1個以上5個以下、さらに好ましくは1個以上3個以下、特に好ましくは2個以下である。
【0023】
さらに、第1の内在性遺伝子がコードするアミノ酸配列は、イネの種間又は品種間において高い相同性で保存されている。例えば、公知の品種である「オオナリ」と「北陸193号」との間において、第1の内在性遺伝子がコードするアミノ酸配列の相同性は100%であり、「オオナリ」と「日本晴」との間において、第1の内在性遺伝子がコードするアミノ酸配列の相同性は99%である。
【0024】
したがって、本発明に係る配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子のオーソログとして、具体的には他にも、例えば、「(1c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の相同性(好ましくは同一性)を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子」も挙げられる。なお、本発明に係るアミノ酸配列の相同性又は同一性は、例えば、前記BLASTのプログラムを用いて決定することができる。また、前記アミノ酸配列の相同性(好ましくは同一性)としては、典型的には、70%以上であることが好ましく、より好ましくは、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)である。
【0025】
[第1の内在性遺伝子の機能欠損]
本発明者らは、イネの第1の内在性遺伝子(Sh14遺伝子)を対象としてその機能を欠損させることにより、当該イネの脱粒性を低下させる、すなわち、Sh14遺伝子の機能を欠損させる前よりも難脱粒性のイネとすることが可能となることを見出した。本発明において、Sh14遺伝子の機能の欠損(すなわち、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又はそのオーソログの機能の欠損)とは、機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異がホモ接合型でSh14遺伝子になされていること、及び/又は、Sh14遺伝子の発現が低下していることを示す。本発明者らは、Sh14遺伝子が離層形成の制御経路に関与することを見出した。Sh14遺伝子がコードするアミノ酸配列(タンパク質)の具体的機能は未だ十分に明らかではないが、本発明者らは、Sh14遺伝子の機能、すなわち、少なくとも正しいアミノ酸配列(例えば、配列番号1で示されるアミノ酸配列)をコードして発現する機能を欠損させることにより、イネの脱粒性を低下させることが可能となることを見出した。そのため、本発明における「Sh14遺伝子の機能」には、少なくとも脱粒性向上(維持も含む、以下同じ)機能が含まれるといえる。
【0026】
(機能欠損型のアミノ酸変異を伴うSh14遺伝子の変異)
本発明において、「機能欠損型のアミノ酸変異」としては、前記脱粒性向上機能が欠損されるアミノ酸変異である限り特に制限されないが、例えば、Sh14遺伝子がコードするアミノ酸配列の全て若しくは大部分におけるアミノ酸の置換、欠失、挿入及び/又は付加を伴うSh14遺伝子の変異が挙げられる。
【0027】
Sh14遺伝子がコードするアミノ酸配列の全て若しくは大部分におけるアミノ酸の置換、欠失、挿入及び/又は付加を伴うSh14遺伝子の変異(本明細書中、場合により単にSh14遺伝子の「機能欠損型変異」という)としては、例えば、Sh14遺伝子のヌクレオチド配列における1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、及び/又は付加によるミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異、及びこれらの組み合わせが挙げられ、遺伝子ノックアウト等による複数若しくは全部の塩基の置換及び/又は欠失も含まれる。
【0028】
Sh14遺伝子の機能がより十分に欠損される機能欠損型のアミノ酸変異として好ましくは、置換、欠失、挿入及び/又は付加(好ましくは置換又は欠失)されたアミノ酸数が、Sh14遺伝子がコードする全アミノ酸(配列番号1に記載のアミノ酸配列又はこれに対応するアミノ酸配列(好ましくは配列番号1に記載のアミノ酸配列:全アミノ酸数433))のうちの10%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましく、30%以上であることがさらに好ましく、50%以上であることがさらにより好ましく、80%以上であることが特に好ましい。また、かかる機能欠損型のアミノ酸変異としては、Sh14遺伝子がコードするアミノ酸配列の少なくともWRCドメインの全部又は一部における置換、欠失、挿入、及び/又は付加を含むことが特に好ましく、少なくともWRCドメインの全部又は一部の置換又は欠失を含むことがより好ましい。
【0029】
本発明において、Sh14遺伝子がコードするアミノ酸配列のWRCドメインとは、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第193番目のAlaから第235番目のAspまでの領域、及び前記領域に対応する領域を示す。配列番号3に、WRCドメインの典型的な配列(配列番号1で示されるアミノ酸配列の第193番目のAlaから第235番目のAspまでの領域)を示す。
【0030】
なお、本発明において、アミノ酸配列又は領域に「対応する」アミノ酸配列又は領域とは、アミノ酸配列解析ソフトウェア(GENETYX-MAC、Sequencher等)やClustalW等を用いて(例えば、パラメータ:デフォルト値(すなわち初期設定値))アミノ酸配列を整列させた際に、対照のアミノ酸配列又は領域(例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列、配列番号3に記載のアミノ酸配列)と同列になるアミノ酸配列又は領域を示す。
【0031】
WRCドメインの全部又は一部の置換又は欠失として、より具体的には、WRCドメイン(配列番号3ではアミノ酸数43)のうちの20%以上のアミノ酸の置換、挿入又は欠失(好ましくは置換又は欠失)であることが好ましく、50%以上、さらには80%以上のアミノ酸の置換、挿入又は欠失(好ましくは置換又は欠失)であることがより好ましい。
【0032】
内在性のSh14遺伝子(第1の内在性遺伝子)は、2倍体細胞からなるイネにおいて1つ存在し、2つの対立遺伝子が存在する。2つの対立遺伝子のヌクレオチド配列が互いに同一である場合にはその遺伝型を「ホモ接合型」といい、2つの対立遺伝子のヌクレオチド配列が互いに異なる場合にはその遺伝型を「ヘテロ接合型」という。本発明において、Sh14遺伝子の機能欠損型変異によってSh14遺伝子の機能が欠損されるためには、Sh14遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有することが必要である。
【0033】
(Sh14遺伝子の変異の検出方法)
本発明において、イネのSh14遺伝子における機能欠損型変異を検出する方法としては、特に制限はないが、例えば、下記の方法が挙げられる。なお、本発明において遺伝子の「変異の検出」とは、原則として、ゲノムDNA上の変異を検出することを意味するが、当該ゲノムDNA上の変異は転写産物における塩基の変化や翻訳産物におけるアミノ酸の変化に反映されるため、これら転写産物や翻訳産物における当該変化を検出すること(すなわち、転写レベルや翻訳レベルでの間接的な検出)をも含む意味である。
【0034】
Sh14遺伝子における機能欠損型変異を検出する方法の一態様としては、Sh14遺伝子の遺伝子領域のヌクレオチド配列を直接決定して対照と比較することにより、変異を検出する方法が挙げられる。本発明において「Sh14遺伝子の遺伝子領域」とは、Sh14遺伝子を含むゲノムDNA上の一定領域を意味し、翻訳領域以外に、非翻訳領域としてSh14遺伝子の発現制御領域(例えば、プロモーター領域、エンハンサー領域)、介在領域(エキソン)、Sh14遺伝子の5’末端非翻訳領域等も含んでいてよい。
【0035】
この態様においては、先ず、対象のイネから核酸試料を調製する。前記核酸試料としては、ゲノムDNA試料、mRNA試料、及びmRNAからの逆転写によって調製されるcDNA試料が挙げられる。前記イネからゲノムDNA又はmRNAを抽出する方法、及びcDNAを調製する方法としては特に制限はなく、それぞれ公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができる。次いで、Sh14遺伝子の遺伝子領域を含むDNAを単離し、単離した核酸のヌクレオチド配列を決定する。該核酸の単離は、例えば、Sh14遺伝子の遺伝子領域の全て又は一部(好ましくは全て)を挟み込むように設計された一対のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、ゲノムDNA、或いはmRNAを鋳型としたPCR等によって行うことができる。単離した核酸のヌクレオチド配列の決定は、マキサムギルバート法やサンガー法など当業者に公知の方法で行うことができる。また、調製したゲノムDNA試料やcDNA試料からDNAライブラリを作成し、次世代シーケンサー等を用いて全ゲノムDNAのヌクレオチド配列を決定してもよい。
【0036】
決定した核酸(好ましくはDNA若しくはcDNA)のヌクレオチド配列を対照と比較して異なる場合には、対象のイネにおいてSh14遺伝子の遺伝子領域が変異していると判定することができる。このときのSh14遺伝子の遺伝子領域の変異の種類に応じて、同変異が前記機能欠損型変異であるか否かを判定する。前記機能欠損型変異としては、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異、及びこれらの組み合わせが挙げられ、その好ましい態様も含めて、上述のとおりである。例えば、置換、欠失、挿入及び/又は付加されるアミノ酸数が、Sh14遺伝子がコードする全アミノ酸のうちの20%以上、50%以上、又は80%以上となるミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異、又はこれらの組み合わせが好ましい。
【0037】
このときの「対照(reference)」としては、本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法では、Sh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を施す前のイネのSh14遺伝子のヌクレオチド配列が挙げられる。また、本発明のイネ、評価方法、又はスクリーニング方法においてSh14遺伝子の変異を検出する場合には、公共のデータベース(例えば、Genbank(NCBI)、RAP-DB、Rice Genome Annotation Project等)から取得したSh14遺伝子(すなわち、上記の(1a)の遺伝子及び(1a)の遺伝子とオーソログの関係にある内在性遺伝子)のヌクレオチド配列が挙げられ、配列番号2に記載のヌクレオチド配列が好ましい。
【0038】
Sh14遺伝子における機能欠損型変異を検出する方法の別の態様としては、例えば、上記と同様にして対象のイネからDNA試料を調製し、下記の方法:
前記DNA試料を鋳型として、Sh14遺伝子の遺伝子領域の全て又は一部(好ましくは全て)を含むDNAを増幅し、増幅産物の制限酵素によるDNA断片の大きさを対照と比較する制限酵素断片長変異(Restriction Fragment Length Polymorphism/RFLP)を利用した方法やPCR-RFLP法;
前記増幅産物を一本鎖DNAに解離させ、非変性ゲル上で分離してゲル上での移動度を対照と比較するPCR-SSCP(single-strand conformation polymorphism、一本鎖高次構造変異)法;
前記増幅産物をDNA変性剤の濃度勾配のあるゲル上で分離し、当該ゲル上での移動度を対照と比較する変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(denaturant gradient gel electrophoresis:DGGE)法;
前記DNA試料を鋳型として、「Sh14遺伝子の遺伝子領域の全て又は一部(好ましくは全て)の塩基の1塩基3’側の塩基及びその3’側のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列を有するオリゴヌクレオチドプライマー」を用いてddNTPプライマー伸長反応を行い、質量測定により決定した遺伝子型を対照と比較するMALDI-TOF/MS法;
前記増幅産物を一本鎖に解離させてその片鎖のみを分離し、Sh14遺伝子の遺伝子領域の全て又は一部(好ましくは全て)の塩基の近傍より1塩基ずつ伸長反応を行い、その際に生成されるピロリン酸を測定して対照と比較するPyrosequencing法;
蛍光ラベルしたヌクレオチド存在下で、前記増幅産物を鋳型として「Sh14遺伝子の遺伝子領域の全て又は一部(好ましくは全て)の塩基の1塩基3’側の塩基及びその3’側のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列を有するオリゴヌクレオチドプライマー」で一塩基伸長反応を行い、蛍光の偏光度を測定して対照と比較するAcycloPrime法や前記一塩基伸長反応に使われた塩基種を判定して対照と比較するSNuPE法
等が挙げられる。
【0039】
これらの方法における「対照(reference)」としては、本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法では、Sh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を施す前のイネから抽出されたDNA試料における結果が挙げられる。また、本発明のイネ、評価方法、又はスクリーニング方法においてSh14遺伝子の変異を検出する場合には、前記公共のデータベースから取得したSh14遺伝子のヌクレオチド配列や配列番号2に記載のヌクレオチド配列に基づいて合成した標準DNA試料における結果が挙げられる。各検出方法において、前記対照と検出結果が異なる場合には、対象のイネにおいてSh14遺伝子の遺伝子領域が変異していると判定することができる。このときのSh14遺伝子の遺伝子領域の変異の種類に応じて、同変異が前記機能欠損型変異であるか否かを判定する。前記機能欠損型変異としては、その好ましい態様も含めて、上述のとおりである。
【0040】
さらに、本発明において、Sh14遺伝子の機能欠損型変異によってSh14遺伝子の機能が欠損されるためには、Sh14遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有することが必要である。すなわち、対象のイネにおいてSh14遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有する場合に、Sh14遺伝子の機能欠損が検出されたと判定することができる。
【0041】
対象のイネにおいてSh14遺伝子が機能欠損型変異した遺伝子をホモ接合型で有するか否かは、従来公知の方法やそれに準じた方法により確認することができる。このような方法としては、例えば、上記の各検出方法によって確認された機能欠損型変異箇所を含む領域をマーカーとして、RELP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法、RAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)法、CAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequences)法等により遺伝型を判定する方法が挙げられる。
【0042】
(Sh14遺伝子の発現低下及びその検出方法)
本発明に係るSh14遺伝子の機能の欠損は、Sh14遺伝子の発現が低下していることによって確認してもよい。Sh14遺伝子の発現低下を検出する方法としては、例えば、Sh14遺伝子がコードするmRNAの発現量を転写レベルで検出し、対照との比較において、それよりも発現量が少ないことを確認する方法が挙げられる。
【0043】
このときの対照としては、例えば、本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法では、Sh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を施す前のイネにおけるmRNAの発現量が挙げられる。また、本発明のイネ、評価方法、又はスクリーニング方法の場合、前記対照としては、Sh14遺伝子の機能が欠損していないことが既知のイネにおけるmRNAの発現量が挙げられ、例えば「オオナリ」におけるmRNAの発現量が挙げられる。
【0044】
Sh14遺伝子がコードするmRNAの発現量を転写レベルで検出する方法としては、公知の方法を適宜選択して用いることができ、例えば、先ず、対象のイネ(例えば幼穂)からmRNAを抽出し、mRNAからの逆転写によってcDNA試料を調製する。前記イネからmRNAを抽出する方法、及びcDNA試料を調製する方法としては特に制限はなく、それぞれ公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができる。次いで、前記cDNA試料を鋳型として、前記Sh14遺伝子の一部又は全て(好ましくは全て)を増幅可能なオリゴヌクレオチドプライマーを用いた増幅反応によってその増幅産物を検出することにより、転写レベルでの発現を検出することができる。このような方法としては、例えば、RT-PCR法等が挙げられる。当業者であれば、前記公共のデータベースから取得可能なSh14遺伝子のヌクレオチド配列(好ましくは、配列番号2に記載のヌクレオチド配列)に基づいて、適したオリゴヌクレオチドプライマーを常法により設計することができる。
【0045】
前記増幅産物の量が前記対照と比べて少ない場合又は前記増幅産物が確認されない場合には、当該イネにおいてSh14遺伝子がコードするmRNAの発現量が少ない又は発現していない、すなわち、Sh14遺伝子の機能が欠損されていると判定することができる。
【0046】
また、遺伝子の発現低下は、プロモーターの過剰メチル化が要因の一つであることが当該技術分野で公知である。したがって、Sh14遺伝子の発現低下を検出する方法の別の態様としては、例えば、Sh14遺伝子のプロモーターのメチル化を指標として、Sh14遺伝子の翻訳レベルでの発現を検出する方法も採用可能である。プロモーターのメチル化の検出には、例えば、メチル化されたシトシンをウラシルに変換する活性を有するバイサルファイト処理後のヌクレオチド配列の変化をヌクレオチド配列決定により直接的に検出する方法や、バイサルファイト処理前のヌクレオチド配列は認識できる(切断できる)がバイサルファイト処理後のヌクレオチド配列は認識できない(切断できない)制限エンドヌクレアーゼを利用して間接的に検出する方法などの公知の方法を利用することができる。前記メチル化の程度に応じて、翻訳レベルでの発現が検出されない、すなわち、Sh14遺伝子の機能が欠損されていると判定することができる。
【0047】
また、Sh14遺伝子の発現低下を検出する方法としては、例えば、Sh14遺伝子のプロモーター領域のヌクレオチド配列における1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、及び/又は付加を指標として、Sh14遺伝子の翻訳レベルでの発現を検出する方法も採用可能である。
【0048】
本発明において、イネの「第1の内在性遺伝子(Sh14遺伝子)の機能欠損」を検出する方法としては、上記のうちのいずれか1種の検出方法を採用することができ、2種以上を組み合わせてもよい。これらの中でも、精度及び簡便性の観点からは、対象のイネにおいて、Sh14遺伝子における機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異(機能欠損型変異)をホモ接合型で有していることを検出することにより、Sh14遺伝子の機能欠損を検出する方法が好ましく、Sh14遺伝子のヌクレオチド配列を直接決定して対照と比較することにより前記機能欠損型変異を検出する方法がより好ましい。
【0049】
[第2の内在性遺伝子の機能欠損又は過剰発現]
本発明においては、製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法によって得られるイネの脱粒性をさらに調整することや、イネの脱粒性評価のさらなる指標として、第1の内在性遺伝子の機能欠損に、イネの他の内在遺伝子(本明細書中、「第2の内在性遺伝子」と総称する)の機能欠損又は過剰発現もさらに組み合わせてよい。
【0050】
このような第2の内在性遺伝子としては、例えば、イネの脱粒性の制御(特に微調整)に関与することが報告されている遺伝子のうちの1種又は2種以上の組み合わせが挙げられ、このような遺伝子としては、例えば、下記のSh13遺伝子が挙げられる。
【0051】
本発明者らは、脱粒性が中程度の品種である「オオナリ」において、脱粒性を抑制するマイクロRNA遺伝子Osa-miR172dを含む6.3kbpのDNA断片のタンデム重複変異が誘発されたことで、Osa-miR172dの発現量が、脱粒し易い品種「タカナリ」に比べて有意に増加したことを明らかにした(非特許文献7)。よって、このOsa-miR172dを含む遺伝子座には、「オオナリ」の脱粒性を中程度とする候補遺伝子があると推定され、本発明者らは、これを「Sh13遺伝子」とした。
【0052】
<難脱粒性イネの製造方法、脱粒性低下方法・脱粒性改良方法>
本発明の難脱粒性イネの製造方法は、イネのSh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を含む方法(本明細書中、場合により単に「本発明の製造方法」という)である。本発明の製造方法によれば、イネのSh14遺伝子の機能を人為的に欠損させることによって、同イネの脱粒性を低下させ、脱粒性がより低下した難脱粒性イネを得ることが可能である。したがって、本発明は、イネのSh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を含む、イネの脱粒性を低下させる方法(本明細書中、場合により単に「脱粒性低下方法」という)や、Sh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程を含む、イネの脱粒性を改良する方法(本明細書中、場合により単に「脱粒性改良方法」という)も提供する。
【0053】
[脱粒性]
イネでは、一般に、穂首節から末端にかけての器官である「穂」において、主軸(穂軸)上に8~11の節があり、各節から伸びる一次枝梗を有する。一次枝梗の基部からはさらに二次枝梗が伸び、一次枝梗及び二次枝梗の各節からは小枝梗が伸び、その先に小穂を有する。小穂は、開花した後種子を形成し、これが成熟すると「籾」とも呼ばれる。本発明において、イネの「脱粒」とは、イネの種子(すなわち「籾」)の小枝梗からの脱離を示す。イネの脱粒は、主に護穎基部の離層の形成と崩壊により生じることが知られている。また、本発明において、イネの「脱粒性」とは、前記脱粒のし易さ又はし難さを示す形質であり、比較的脱粒し易いものを「易脱粒性」、比較的脱粒し難いものを「難脱粒性」という。
【0054】
本発明における「難脱粒性」には、脱粒性が中程度のものも含まれる。また、本発明の製造方法においては、第1の内在性遺伝子の機能を人為的に欠損させる前よりも脱粒性が低くなれば(脱粒し難くなれば)「難脱粒性」になったということができる。本発明によれば、対象とするイネに応じて、脱粒性の微調整、例えば、脱粒性が高い(脱粒し易い)イネをそれよりは脱粒し難い中程度の脱粒性のイネに改良したり、前記中程度の脱粒性のイネを脱粒性がやや低い(やや脱粒し難い)イネに改良したりすることが可能である。
【0055】
前記脱粒性は、より具体的には、例えば、曲げ試験、折れ試験、及び圃場脱粒性評価試験からなる群から選択される少なくとも1種の脱粒性試験で確認及び評価することができる。
【0056】
すなわち、前記曲げ試験では、例えば、先ず、全体の籾が黄色になった穂を収穫し、4℃、湿度20%で保存して2週間乾燥させ、穂サンプルとする。次いで、小枝梗を垂直(縦方向)に固定して籾を横向きに水平方向に引っ張り、籾が小枝梗から脱離するときの最大引っ張り強度を測定し、曲げ応力[gf]とする。好ましくは、試験対象のイネ1種あたり96籾以上について測定し、その平均値を得る。前記曲げ応力又はその平均値が大きいほど脱粒性が低い、すなわち「難脱粒性」と確認及び評価することができ、小さいほど脱粒性が高い、すなわち「易脱粒性」であると確認及び評価することができる。本発明において「難脱粒性」という場合のイネにおける曲げ応力としては、中程度であってもよく、厳密に制限されるものではないが、例えば、96籾以上における前記曲げ応力の平均値として、35gf以上、45gf以上、55gf以上が挙げられる。
【0057】
前記折れ試験では、例えば、先ず、上記曲げ試験と同様に調製した穂サンプルから、小枝梗が付着したままの籾をハサミで切り出し、小枝梗を上向き(縦方向)にして籾を固定し、小枝梗の護頴基部から3mmの箇所をピンセットの後端で水平方向(横方向)にゆっくり押し、小枝梗が折れるか否かを観察する。好ましくは、試験対象のイネ1種あたり、1つの穂について24粒以上、かつ、4個体以上、合計96籾以上について試験する。1つの穂において小枝梗が折れた割合(小枝梗が折れた籾数/試験籾数×100)を、折れ率(%)として、好ましくは4個体(穂)以上の平均値を得る。前記折れ率(又は前記平均値)の値が小さいほど難脱粒性、大きいほど易脱粒性であると確認及び評価することができる。本発明において「難脱粒性」という場合のイネにおける折れ率としては、中程度であってもよく、厳密に制限されるものではないが、例えば、4個体以上(合計96籾以上)における前記折れ率の平均値として、10%以下、5%以下、2%以下が挙げられる。
【0058】
前記圃場脱粒性評価試験は、当該試験の2日前から雨が降っていない日に圃場で行う。当該試験では、例えば、全体の籾が黄色になった穂を収穫せずにそのまま、株内の稈の長い順に3穂の穂先を揃えて片手で一度強く握り、掌を開き、穂から脱離した籾数を1株あたりの脱粒数とする。なお、脱離した籾であっても、不稔、病害、又は枝梗付着の籾は前記脱粒数に加えない。好ましくは、試験対象のイネ1種あたり6株以上について試験し、その平均値を得る。また、前記片手の握り幅の範囲にある籾数を6回反復で数え、その平均値を一度に握った籾数とする。籾が脱離した割合(脱粒数/一度に握った籾数×100)を、脱粒割合(%)として、前記脱粒割合の値が小さいほど難脱粒性、大きいほど易脱粒性であると確認及び評価することができる。本発明において「難脱粒性」という場合のイネにおける脱粒割合としては、中程度であってもよく、厳密に制限されるものではないが、例えば、6株以上における前記脱粒割合の平均値として、5%以下、3%以下、1%以下が挙げられる。
【0059】
[機能欠損工程]
本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法は、イネのSh14遺伝子(第1の内在性遺伝子)の機能を人為的に欠損させる工程(本明細書中、場合により「第1の機能欠損工程」という)を含む。本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法としては、前記イネの第2の内在性遺伝子の機能を人為的に欠損させる工程又は第2の内在性遺伝子を人為的に過剰発現させる工程(本明細書中、場合により「第2の遺伝子操作工程」という)をさらに含んでいてもよい。この場合、第1の機能欠損工程と第2の遺伝子操作工程とはどちらが先であってもよく、同時であってもよい。
【0060】
本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法の対象となるイネとしては、特に制限されないが、本発明の効果がより有効に奏される観点から、脱粒性が高い又はその可能性が高いイネであることが好ましく、Sh14遺伝子の機能が欠損していないイネであることがより好ましい。脱粒性が高い又はその可能性が高いイネは、例えば、上記の脱粒性試験や下記の本発明のイネのスクリーニング方法によって確認することができる。
【0061】
対象のイネにおいて、Sh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる方法としては、例えば、Sh14遺伝子に機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異をホモ接合型で導入する方法、及び/又は、Sh14遺伝子の発現を低下させる方法が挙げられる。前記機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異や発現の低下の例としては、それらの好ましい態様も含めて、上述したとおりであり、本発明に係るSh14遺伝子の機能を人為的に欠損させる方法としては、これらの態様に応じて、従来公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができる。
【0062】
例えば、Sh14遺伝子に機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異をホモ接合型で導入する方法としては、遺伝子ノックアウト法;相同組換えを利用したジーンターゲティング法、Kunkel法、SOE-PCR法等の部位特異的変異誘発法;部位特異的ヌクレアーゼ(メガヌクレアーゼ、ジンクフィンガーヌクレアーゼ、TALEN、PPR、CRISPR-Cas等)を用いたゲノム編集法;ガンマ線の照射等により突然変異を誘発する方法等の人為的な遺伝子改変方法が挙げられ、これらのうちの2種以上の組み合わせであってもよい。
【0063】
また例えば、Sh14遺伝子の発現を低下させる方法としては、ノックダウン法、前記プロモーターのメチル化、アンチセンスRNAの発現による発現抑制(van der Krol ARら、Nature 333:866、1988年)、Sh14遺伝子と対応する配列を有する2本鎖RNAを用いたRNA interferance(RNAi)による発現抑制等の人為的な遺伝子発現抑制方法が挙げられ、これらのうちの2種以上の組み合わせであってもよい。また、前記遺伝子改変方法と適宜組み合わせてもよい。
【0064】
また、第2の内在性遺伝子の機能を人為的に欠損させる又は第2の内在性遺伝子を人為的に過剰発現させる方法としては、これらの遺伝子に応じて、従来公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができる。
【0065】
本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法において、脱粒性は、少なくとも第1の機能欠損工程を施す前のイネと比べて低下していればよく、脱粒性が低下したことは、例えば、上記の脱粒性試験、すなわち、前記曲げ応力測定試験で測定される曲げ応力、前記折れ試験で算出される折れ率、及び前記圃場脱粒性評価試験で算出される脱粒割合のうちの少なくとも1種が、第1の機能欠損工程を施す前のイネよりも難脱粒性を示す方向に変化したことで確認することができる。
【0066】
また、本発明の製造方法又は脱粒性低下方法・脱粒性改良方法には、さらに、例えば上記脱粒性試験のうちの少なくとも1種を実施することにより、第1の機能欠損工程を施したイネが確かに難脱粒性となったことを確認する確認工程を含んでいてもよい。
【0067】
<難脱粒性のイネ>
本発明はまた、Sh14遺伝子の機能が欠損されたイネ、すなわち、第1の内在性遺伝子の機能が欠損されており、第1の内在性遺伝子が、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子又はそのオーソログであるイネ(本明細書中、場合により単に「本発明のイネ」という)も提供する。
【0068】
そのため、本発明のイネは難脱粒性のイネとすることができる。前記難脱粒性の好ましい程度としては、例えば、上記の脱粒性試験、すなわち、前記曲げ応力測定試験で測定される曲げ応力、前記折れ試験で算出される折れ率、及び前記圃場脱粒性評価試験で算出される脱粒割合として挙げた基準が挙げられる。また、本発明においてイネのSh14遺伝子の機能が欠損されているか否かは、例えば、上記のSh14遺伝子の変異の検出方法やSh14遺伝子の発現低下の検出方法によって確認することができる。
【0069】
本発明のイネは、上記の本発明の製造方法で得られるものであり、Sh14遺伝子の機能が人為的に欠損されている。本発明のイネとしては、さらに第2の内在性遺伝子の機能が欠損又は第2の内在性遺伝子が過剰発現されていてもよい。本発明においてイネの第2の内在性遺伝子が機能欠損又は過剰発現されているか否かは、適宜公知の方法によって確認することができる。
【0070】
また、本発明のイネとしては、本発明の効果を阻害しない範囲内で、上記の機能欠損型のアミノ酸変異を伴うSh14遺伝子の変異及び機能欠損型のアミノ酸変異を伴う第2の内在性遺伝子の変異以外の変異を有していてもよい。
【0071】
<イネの評価方法、スクリーニング方法>
上記のように、Sh14遺伝子が機能欠損されたイネは難脱粒性となるため、本発明は、Sh14遺伝子の機能が欠損していることを指標として、イネの脱粒性を評価する評価工程を含む、イネの脱粒性評価方法(本明細書中、場合により単に「本発明の評価方法」という)を提供する。また、本発明は、Sh14遺伝子の機能が欠損していることを指標として、イネを選択する選択工程を含む、難脱粒性イネのスクリーニング方法(本明細書中、場合により単に「本発明のスクリーニング方法」という)も提供する。
【0072】
本発明の評価方法及びスクリーニング方法には、難脱粒性であるとしてイネを評価又はスクリーニングする方法の他に、難脱粒性である可能性が高いとしてイネを評価又はスクリーニングする方法も含まれる。また、本発明の評価方法及びスクリーニング方法としては、例えば、中程度の脱粒性が期待できるレベルでイネを評価又はスクリーニングする方法であってもよい。
【0073】
前記評価工程及び選択工程では、例えば、上記のSh14遺伝子の変異の検出方法やSh14遺伝子の発現低下の検出方法で挙げた検出方法のうちの少なくとも1種により、Sh14遺伝子が機能欠損されているか否か(すなわち、Sh14遺伝子における機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異がホモ接合型で検出されるか否か、及び/又は、Sh14遺伝子の発現低下が検出されるか否か)を判定し、Sh14遺伝子の機能欠損が検出されたイネを、難脱粒性のイネ(中程度の脱粒性のイネも含む)、又は難脱粒性のイネである可能性が高いとして評価又は選択する。前記判定方法としては、その好ましい態様も含めて、上記の各検出方法で述べたとおりである。
【0074】
また、本発明の評価方法及びスクリーニング方法には、さらに、例えば上記脱粒性試験を実施することにより、評価又はスクリーニングしたイネが確かに難脱粒性であることを確認する確認工程を含んでいてもよい。
【実施例
【0075】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
(試験例1) 難脱粒性のイネ(オオナリ脱粒難)の作成及び脱粒性試験
(1)下記の4つの既存のイネ品種:
カサラス(Kasalath):インド型イネ、Oryza sativa、脱粒性が高い(脱粒し易い)ことが知られている品種、
タカナリ:インド型イネ、Oryza sativa、カサラスよりは脱粒性が低いが、脱粒性が高い(脱粒し易い)ことが知られている品種、
オオナリ:インド型イネ、Oryza sativa、タカナリに対するガンマ線照射で得られた突然変異体から、脱粒性が中程度の変異体を選抜して育成した品種、
日本晴:日本型イネ、Oryza sativa、脱粒性が低い(脱粒し難い)ことが知られている品種、
並びに、
オオナリ脱粒難:インド型イネ、Oryza sativa、「オオナリ」に対するガンマ線照射で得られた突然変異体から、脱粒性が「オオナリ」よりも低い(「オオナリ」よりも脱粒し難い)が、日本晴よりは高い(「日本晴」よりも脱粒し易い)変異体を選抜して育成した系統、
を下記の試験で用いた。
【0077】
各イネの穂のサンプルは次の方法で採取した。すなわち、各イネ(カサラス、タカナリ、オオナリ、日本晴、オオナリ脱粒難)を播種して4週間後に、2条並木植え(条間14cm、株間20cm)で1株あたり1本となるように水田に移植した。各品種・系統間の間隔は28cmとした。移植から約5ヶ月後に穂全体の籾が黄色になったところで、各イネから生育が良好な穂を収穫して紙封筒に入れ、4℃、湿度20%の冷蔵庫で2週間乾燥させ、穂サンプルとした。
【0078】
(2)曲げ試験
曲げ試験は、Feng Liら、Mol Breeding(2019)39:36(非特許文献7)に記載の方法に準拠して実施した。すなわち、上記(1)で得られた穂サンプルについて、小枝梗を垂直(縦方向)に固定して籾を横向きに水平方向に引っ張り、籾が小枝梗から脱離するときの最大引っ張り強度をデジタルフォースゲージ(FGP-0.5、日本電産シンポ株式会社)を取り付けた引張試験機(AL-107-03A、アルファ機械株式会社)で測定し、曲げ応力(gf)とした。1つの品種・系統の評価として、1個体(株)あたり1穂、かつ、1つの穂あたり24粒で、4個体について、合計96粒の籾の曲げ応力をそれぞれ測定し、平均値をその品種・系統における曲げ応力(gf)とした。
【0079】
結果を図1に示す。図1において、白丸は、各品種・系統における曲げ応力(96粒の平均値)を示す。各品種・系統間の比較をWilcoxon検定により行ったところ、5つの品種・系統(カサラス、タカナリ、オオナリ、日本晴、オオナリ脱粒難)間(図1中のA~E間)においてp値はいずれも0.01未満であり、脱粒性の異なる品種・系統間で互いに曲げ応力に有意差があることが確認された。
【0080】
(3)折れ試験
折れ試験も、非特許文献7に記載の方法に準拠して実施した。すなわち、先ず、上記(1)で得られた穂サンプルについて、小枝梗が付着したままの籾をハサミで切り出し、小枝梗を上向き(縦方向)にして籾を固定し、小枝梗の護頴基部から3mmの箇所をピンセットの後端で水平方向(横方向)にゆっくり押し、小枝梗が折れるか否かを確認した。1つの品種・系統の評価として、1個体(株)あたり1穂、かつ、1つの穂あたり24粒で、4個体(穂)について、合計96粒の籾に試験を行い、1つの穂(24粒)あたりの小枝梗が折れた割合(小枝梗が折れた粒数/24×100)を、折れ率(%)とした。また、かかる折れ率の4個体あたりの平均値を、その品種・系統の折れ率(%)とした。
【0081】
各品種・系統における折れ率(4個体あたりの平均値)を図2に示す。図2において、エラーバーは標準偏差を示す。各品種・系統間の比較をTukey検定により行ったところ、「カサラス」、「タカナリ」、「オオナリ」間(図2中のA~C間)、並びに、これらの各品種と「日本晴」及び「オオナリ脱粒難」との間(図2中のA~CとD間)においてp値はいずれも0.05未満であり、少なくとも「カサラス」、「タカナリ」、「オオナリ」、「オオナリ脱粒難」の4品種・系統間において、折れ率には有意差があることが確認された。
【0082】
上記(2)及び(3)より、「オオナリ脱粒難」は、「オオナリ」と比較して脱粒性が低い難脱粒性のイネであることが確認された。
【0083】
(試験例2) ゲノムシーケンスによる遺伝子変異箇所の検出
(1)シーケンスデータの取得
「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」を播種して30日後の葉を採取し、DNeasy Plant Maxi Kit(キアゲン社製)を用いてゲノムDNAを抽出した。得られたゲノムDNAからDNAライブラリを調製し、Illumina社のHiSeq X Ten システムを用いて、2×150bpペアエンド法により、シーケンス解析を行った。
【0084】
(2)シーケンスデータの解析
シーケンスデータの解析は、非特許文献6に記載の方法に準拠して実施した。すなわち、上記(1)で得られたシーケンスデータについて、参照ゲノム配列とした「日本晴」ゲノム配列に対して、BWA(Burrows-Wheeler Alignment Tool)を用いてゲノムマッピングを行い、GATK(Genome Analysis Toolkit)、Pindel及びMantaを用いて変異の同定を行なった。さらに、「オオナリ」に対して、「オオナリ脱粒難」のホモ接合型の変異のみを抽出し、SnpEffを用いてアノテーションを付加した。
【0085】
「オオナリ脱粒難」において、「オオナリ」からのヌクレオチド変異箇所であって、ホモ接合型の変異箇所は、全ゲノム上で64箇所であった。これら変異のうち、機能欠損型のアミノ酸変異を伴う変異(機能欠損型変異)は、1箇所のみであった。この変異は、第10染色体上の遺伝子Os10g0446100の第1エクソンにおける1塩基(配列番号2に記載のヌクレオチド配列の第107番目のT)の欠失によるフレームシフト変異であった。そのため、これにコードされるアミノ酸配列は、同欠失塩基を含むコドンに対応するアミノ酸(配列番号1に記載のアミノ酸配列の第36番目のF)以降のアミノ酸のうちの92%のアミノ酸が、「オオナリ」の遺伝子Os10g0446100がコードするアミノ酸配列から置換された又は欠失した配列となる。
【0086】
(試験例3) 遺伝型の解析
(1)CAPSマーカーの設計
先ず、遺伝子Os10g0446100(Sh14遺伝子)における、試験例2(2)で検出した上記変異箇所のヌクレオチド配列情報に基づいて、TfiI制限酵素処理によって前記変異(機能欠損型変異)のみを検出可能な配列を標的配列、すなわち、Cleaved Amplified Polymorphic Sequence(CAPS)マーカーとして設定した。設定したCAPSマーカーのヌクレオチド配列は「5’-GATTC」であり、TfiI制限酵素によってGとAとの間が切断される。さらに、設定したCAPSマーカーを含む断片を増幅可能なプライマーセット(CAPS_Fプライマー(ヌクレオチド配列:配列番号4)及びCAPS_Rプライマー(ヌクレオチド配列:配列番号5))を設計した。
【0087】
(2)圃場脱粒性評価試験
遺伝型の解析における圃場脱粒性評価試験は、次の方法で行った。先ず、各系統又は品種のイネ(F集団の各系統、オオナリ、オオナリ脱粒難)を播種して4週間後に、1つの品種・系統あたり10個体を1列、正条植え(条間30cm、株間15cm)で、1株あたり1本となるように水田に移植した。移植から約5ヶ月後に穂全体の籾が黄色になったところで、2日前から雨が降っていない日に試験を行った。試験は、10個体(株)のうちの両端の株を除く生育良好な6株から、それぞれ、株内の稈の長い順に3穂の穂先を揃えて片手で一度強く握り、掌を開き、穂から脱離した籾数を1株あたりの脱粒数として計測した(ただし、不稔、病害、又は枝梗付着の籾は、脱離した籾数には加えない)。また、前記片手の握り幅の範囲にある籾数を6回反復で数え、その平均値を一度に握った籾数とした。全ての試験は同一の調査者で行った。1株あたりの脱粒数及び1株あたりの一度に握った籾数(6回反復の平均値)から算出される、1株あたりの籾が脱離した割合(脱粒数/一度に握った籾数×100)を、1株あたりの脱粒割合(%)とした。また、かかる脱粒割合の6株あたりの平均値を、その系統又は品種の脱粒割合(%)とした。
【0088】
(3)F集団の接合型解析
先ず、「オオナリ」と「オオナリ脱粒難」との交配により、F集団を作成し、F個体を自家採種してF集団とした。F個体を播種して得られた幼葉からゲノムDNAを抽出し、得られたゲノムDNAを鋳型として、上記(1)で設計したプライマーセットを用いてPCRを行った。
【0089】
次いで、得られた増幅産物(CAPSマーカーを含む断片)をTfiI制限酵素で切断し、切断された増幅産物と切断されなかった増幅産物とをアガロースゲル電気泳動により分離した。切断されなかった増幅産物のみが確認された系統は、遺伝子変異をホモ接合型で有すると判定し、切断された増幅産物のみが確認された系統は、遺伝子変異を有さないと判定し、両方の増幅産物が確認された系統は、遺伝子変異をヘテロ接合型で有すると判定した。以下、上記の試験例2(2)で検出した変異(機能欠損型変異)のない遺伝子を野生型(W)、同変異のある遺伝子を変異型(m)として、F集団のうち、Sh14遺伝子の遺伝型が野生型のホモ接合体である系統は「WW」又は「Sh14」と示し、遺伝型が変異型のホモ接合体である系統は「mm」又は「Sh14」と示す。
【0090】
遺伝型が「WW」であった系統、遺伝型が「mm」であった系統について、それぞれ、上記(2)の圃場脱粒性評価試験を行った。得られた脱粒割合と遺伝型とを比較したところ、遺伝子型が「WW」の場合に比べて、遺伝型が「mm」の場合には脱粒割合が有意に低かった。そのため、上記のSh14遺伝子の変異をホモ接合型で有することにより、脱粒性が低下する(難脱粒性になる)ことが確認された。
【0091】
(4)F集団の脱粒性試験
上記(3)のF集団のうち、遺伝型が「WW」であった系統のうちの32系統、遺伝型が「mm」であった系統のうちの23系統について、それぞれ、上記(2)の圃場脱粒性評価試験を行った。また、「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」についても、それぞれ、上記(2)の圃場脱粒性評価試験を行った。
【0092】
図3に、「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」、並びに、F集団のうちの遺伝型が「WW(Sh14)」であった系統及び遺伝型が「mm(Sh14)」であった系統における脱粒割合をそれぞれ示す。図3において、「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」における白丸はそれぞれ6株あたりの平均値を示し、Sh14及びSh14における白丸は、各系統における6株あたりの平均値の、さらに32系統又は23系統あたりの平均値を示す。「オオナリ」と「オオナリ脱粒難」との比較をStudent’s検定により行ったところ、p値は0.01未満であり、脱粒割合には有意差があることが確認された。また、遺伝型が「Sh14」であった系統と遺伝型が「Sh14」であった系統との比較をWelch’s検定により行ったところ、p値は0.01未満であり、これらの間でも脱粒割合には有意差があることが確認された。
【0093】
(試験例4) ゲノム編集による解析
「北陸193号」と「オオナリ」とを用いてSh14遺伝子のゲノム編集を行った。「北陸193号」は、インド型イネ、Oryza sativaであり、脱粒性が中程度の品種であることが知られている。
【0094】
(1)北陸193号
〔CRISPR-Cas9システム発現ベクター〕
先ず、「北陸193号」の遺伝子Os10g0446100(Sh14遺伝子)における、配列番号6のヌクレオチド配列で示される配列(配列番号2の第150番目~169番目に対応)を標的配列として、図4の(b)に示すように、OsCas9タンパク質をコードする配列(OsCas9)及びガイドRNA(gRNA)をコードする配列(Guide RNA common)を含むCRISPR-Cas9システムを発現するプラスミドベクターを構築した。図4の(a)には、遺伝子Os10g0446100のゲノム領域のマップにおけるgRNAのターゲットサイト(gRNAが認識するgRNA標的配列)を矢印で示す。また、gRNA標的配列のヌクレオチド配列及びPAM配列を含む配列を配列番号7に示す。
【0095】
〔イネへの形質転換〕
上記(1)で構築したプラスミドベクターを用いて、アグロバクテリウムによるイネカルスの形質転換を行った。すなわち、先ず、プラスミドベクターをアグロバクテリウム(菌株:EHA105)に導入し、イネ種子胚(イネ:北陸193号)と5日間共存培養した後、50mg/L hygromycin Bと25mg/L meropenem(富士フイルム和光純薬社製)とを含む培地で4~5週間培養し、再分化させた。
【0096】
〔シーケンス解析〕
上記の再分化させたイネ幼植物体の葉を採取し、SDS法によりゲノムDNAを抽出した。これを鋳型として、前記標的配列を含む領域を増幅可能なプライマーセット(Cas_Fプライマー(ヌクレオチド配列:配列番号8)及びCas_Rプライマー(ヌクレオチド配列:配列番号9))を用いてPCRを行った。得られた増幅産物のヌクレオチド配列をダイレクトシーケンスにより解読した。その結果、前記標的配列において、1塩基挿入によってフレームシフト変異が起きた系統「H-Cas9-1」、及び1塩基欠失によってフレームシフト変異が起きた系統「H-Cas9-2」の2系統を選択した。前記標的配列、並びに、それに対応する「H-Cas9-1」及び「H-Cas9-2」の配列を下記の表1に示す。
【0097】
【表1】
【0098】
〔脱粒性評価試験〕
「北陸193号」、並びに、ゲノム編集系統「H-Cas9-1」及び「H-Cas9-2」について、それぞれ、組み換え温室で深型ワグネルポット(直径12.7cm、高さ19.8cm)を用いて、1つのポットあたり1個体、かつ、各品種・系統あたり4ポットを栽培した。穂全体の籾が黄色になったところで、各個体から生育が良好な穂をそれぞれ収穫して紙封筒に入れ、4℃、湿度20%の冷蔵庫で2週間乾燥させ、穂サンプルとした。得られた穂サンプルについて、1つの品種・系統あたり4穂(個体)、かつ、1つの穂あたり30粒、合計120粒の籾の曲げ応力を、試験例1(2)の曲げ試験と同様にしてそれぞれ測定し、平均値をその品種・系統における曲げ応力(gf)とした。
【0099】
結果を図5に示す。図5において、白丸は、各品種・系統における曲げ応力(120粒の平均値)を示す。各品種・系統間の比較をWelch’s多重検定により行ったところ、「北陸193号」と、「H-Cas9-1」及び「H-Cas9-2」との間(図5のAB間)でp値は0.01未満であり、「オオナリ」とSh14遺伝子のヌクレオチド配列が共通する「北陸193号」と、ゲノム編集によりSh14遺伝子に機能欠損型変異をホモ接合型で導入した「H-Cas9-1」及び「H-Cas9-2」との間で、曲げ応力に有意差が生じたことが確認された。
【0100】
(2)オオナリ
〔形質転換及びシーケンス解析〕
先ず、「オオナリ」の遺伝子Os10g0446100(Sh14遺伝子)における、配列番号6のヌクレオチド配列で示される配列(配列番号2の第150番目~169番目に対応)を標的配列として、上記(1)と同様にして、CRISPR-Cas9システムを発現するプラスミドベクターを構築した。
【0101】
さらに、構築したプラスミドベクターを用いて、上記(1)と同様にしてアグロバクテリウムによるイネ(オオナリ)の形質転換を行い、得られた形質転換体のシーケンス解析を行った。その結果、前記標的配列において、1塩基挿入によってフレームシフト変異が起きた系統「O-Cas9-1」、20塩基欠失によってフレームシフト変異が起きた系統「O-Cas9-2」、及び1塩基欠失によってフレームシフト変異が起きた系統「O-Cas9-3」の3系統を選択した。前記標的配列、並びに、それに対応する「O-Cas9-1」、「O-Cas9-2」、及び「O-Cas9-3」の配列を下記の表2に示す。
【0102】
【表2】
【0103】
〔脱粒性評価試験〕
「オオナリ」及び「オオナリ脱粒難」、並びに、ゲノム編集系統「O-Cas9-1」、「O-Cas9-2」及び「O-Cas9-3」について、それぞれ、上記(1)と同様にして曲げ応力を測定した。結果を図6に示す。図6において、白丸は、各品種・系統における曲げ応力(120粒の平均値)を示す。各品種・系統間の比較をWilcoxon多重検定により行ったところ、「オオナリ」と、「O-Cas9-1」、「O-Cas9-2」、「O-Cas9-3」、及び「オオナリ脱粒難」との間(図6のAB間)でp値は0.01未満であり、「オオナリ」と、ゲノム編集によりSh14遺伝子に機能欠損型変異をホモ接合型で導入した「O-Cas9-1」、「O-Cas9-2」、及び「O-as9-3」との間では、「オオナリ」と「オオナリ脱粒難」との間と同様に、曲げ応力に有意差が生じたことが確認された。
【0104】
(試験例5) Sh13遺伝子変異の影響
(1)F集団の作成
「タカナリ」と「オオナリ脱粒難」との交配で得られた集団をF集団とした。「オオナリ」は、脱粒性を抑制するマイクロRNA遺伝子Osa-miR172dを含む6.3kbpのDNA断片にタンデム重複変異を有することで、このOsa-miR172dの発現が上昇しており、このOsa-miR172dを含む遺伝子座には、「オオナリ」の脱粒性を中程度とする候補遺伝子Sh13があると推定されている(非特許文献7)。また、上記の試験例2(2)より、「オオナリ脱粒難」においても、「オオナリ」のSh13遺伝子の上記変異は維持されている。
【0105】
「タカナリ」と「オオナリ脱粒難」とのF集団のうち、116系統を播種して、1つの系統あたり10個体を1列、正条植え(条間30cm、株間15cm)で移植した。移植して30日後に、両端の2個体を除いた8個体からそれぞれ均等量の幼葉を採取・混合してゲノムDNAを抽出し、得られたゲノムDNAを鋳型として、上記試験例3(1)で設計したプライマーセットを用いてPCRを行い、試験例3(3)と同様にして、各系統におけるSh14遺伝子の遺伝型を判定した。
【0106】
また、得られたゲノムDNAを鋳型として、非特許文献7に記載のプライマーDUP_F3及びDUP_R3を用いてPCRを行い、アガロースゲル電気泳動により、増幅産物の有無を確認した。増幅産物が確認されなかった系統は、Sh13遺伝子の遺伝型が野生型のホモ接合体と判定し、「Sh13」と示す。他方、増幅産物が確認された系統は、遺伝子変異がホモ接合型又はヘテロ接合型のいずれかであるため、該当した系統のゲノムDNAを抽出した8個体について、今度は個別で、上記と同様にプライマーDUP_F3及びDUP_R3を用いてPCRを行い、アガロースゲル電気泳動により、増幅産物の有無を確認した。8個体全てにおいて増幅産物が確認された場合、その系統は、Sh13遺伝子の遺伝型が変異型のホモ接合体と判定し、「Sh13」と示す。なお、8個体のうち増幅産物が確認されない個体がある場合、その系統は、遺伝型が野生型及び変異型のヘテロ接合体と判定した。
【0107】
(2)F集団の脱粒性試験
上記(1)で、Sh13遺伝子及びSh14遺伝子の遺伝型がいずれも野生型のホモ接合体であった系統(Sh13Sh14)のうちの17系統、Sh13遺伝子及びSh14遺伝子の遺伝型がいずれも変異型のホモ接合体であった系統(Sh13Sh14)のうちの13系統、Sh13遺伝子の遺伝型が野生型のホモ接合体、かつ、Sh14遺伝子の遺伝型が変異型のホモ接合体であった系統(Sh13Sh14)のうちの14系統、Sh13遺伝子の遺伝型が変異型のホモ接合体、かつ、Sh14遺伝子の遺伝型が野生型のホモ接合体であった系統(Sh13Sh14)のうちの21系統について、それぞれ、上記試験例3(2)と同様にして圃場脱粒性評価試験を行った。
【0108】
図7に、F集団のうちの上記系統における脱粒割合をそれぞれ示す。図7において、白丸はそれぞれ、各系統における6株あたりの平均値の、さらに17、13、14、又は21系統あたりの平均値を示す。各系統間の比較をWilcoxon検定により行ったところ、Sh13Sh14と、Sh13Sh14及びSh13Sh14と、Sh13Sh14との間(図7のA~C間)で、いずれもp値が0.01未満であり、脱粒割合には有意差があることが確認された。
【0109】
これより、Sh14遺伝子の変異をホモ接合型で有することによる脱粒性の低下作用は、Sh13遺伝子の変異をホモ接合型で有することによる脱粒性の低下作用とは別機構の作用であることが確認された。さらに、Sh14遺伝子の変異及びSh13遺伝子の変異をいずれもホモ接合型で有することにより、相加効果によって、さらに脱粒性を低下させられることが確認された。
【0110】
(試験例6) 発現解析
従来より離層形成の制御に関与することが報告されている遺伝子のうち、SHAT1遺伝子、SH5遺伝子、qSH1遺伝子、及びOsSh1遺伝子について、それぞれ、これら遺伝子を特異的に増幅可能な下記の表3に記載のプライマーセットを設計した。また、内部標準遺伝子として、Ubiquitin遺伝子を特異的に増幅可能な下記の表3に記載のプライマーセットも設計した。
【0111】
【表3】
【0112】
上記試験例1の(1)で栽培した「タカナリ」、「オオナリ」、及び「オオナリ脱粒難」の幼穂をそれぞれ採取し、RNeasy Mini Kit(キアゲン社)を用いて、全RNAの抽出を行った。得られた全RNA 1μgをSuperscript III First Strand Synthesis Supermix(Invitrogen社)を用いて逆転写することにより、cDNAを合成した。合成したcDNAを鋳型として、表3に記載の各プライマーセットを用いて、リアルタイムRT-PCR(Real-Time Quantitative Reverse Transcription PCR)を行なった。ΔΔCt法により、各品種・系統における各遺伝子の転写産物(SHAT1遺伝子の転写産物:SHAT1、SH5遺伝子の転写産物:SH5、qSH1遺伝子の転写産物:qSH1、OsSh1遺伝子の転写産物:OsSh1)の発現量を算出した。発現量は、「タカナリ」における各発現量を1としたときの相対発現量とした。
【0113】
各品種・系統あたり4個体(株)の相対発現量の平均値を各結果として図8に示す。図8には、各品種・系統間の比較をWelch’s多重検定により行ったp値を示し、エラーバーは標準偏差を示す。図8の(a)及び(b)に示したように、SHAT1及びSH5の発現量については、「タカナリ」に比べて「オオナリ」で有意に減少し、「オオナリ」と「オオナリ脱粒難」との間では同程度だった。また、図8の(c)及び(d)に示したように、qSH1とOsSh1との発現量については、「タカナリ」に比べて「オオナリ」が有意に減少し、「オオナリ脱粒難」ではさらに有意に減少した。これらの結果から、離層形成の制御系において、Sh14遺伝子が制御するステップは、qSH1遺伝子が制御するステップよりも上流にあると推定された。
【産業上の利用可能性】
【0114】
以上説明したように、本発明によれば、イネの脱粒性を低下させ、イネの種子(籾)がイネの穂から脱離し難いイネや脱粒性が中程度のイネも得ることができる新規の難脱粒性イネの製造方法及び難脱粒性のイネ、並びに、イネの脱粒性を評価することができるイネの脱粒性評価方法を提供することが可能となる。そのため、本発明によれば、イネの種子をイネの穂からより脱離し難くさせる、新規のイネの脱粒性改良方法も提供することが可能となる。
【配列表フリーテキスト】
【0115】
配列番号:4
<223> CAPS_Fプライマー
配列番号:5
<223> CAPS_Rプライマー
配列番号:8
<223> Cas_Fプライマー
配列番号:9
<223> Cas_Rプライマー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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