(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-03
(45)【発行日】2025-04-11
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20250404BHJP
C22C 27/06 20060101ALI20250404BHJP
C22C 1/04 20230101ALI20250404BHJP
C22C 27/04 20060101ALN20250404BHJP
【FI】
C23C14/34 A
C22C27/06
C22C1/04 E
C22C27/04 102
C22C27/04 101
(21)【出願番号】P 2023161574
(22)【出願日】2023-09-25
【審査請求日】2024-12-17
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井本 未由紀
(72)【発明者】
【氏名】松原 慶明
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-199055(JP,A)
【文献】特開2005-336611(JP,A)
【文献】特表2022-552402(JP,A)
【文献】特開2008-169464(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C22C 27/06
C22C 1/04
C22C 27/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が、Bを含み、かつMo又はWを含む、Cr基合金であり、
上記Cr基合金において、Bの含有率が5at%以上30at%以下であってかつMo及びWの合計含有率と同じかこれよりも大きく、Mo及びWの上記合計含有率が5at%以上30at%以下であり、B、Mo及びWの合計含有率が40at%以下であり、
Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、Mo相の(110)面に関するX線回折ピークの比率が、
5%以下であり、
Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークの比率が、50%以下である、スパッタリングターゲット。
【請求項2】
上記Cr基合金の酸素含有率が3000ppm以下である、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、金属薄膜形成のためのスパッタリングに用いられる、ターゲットを開示する。
【背景技術】
【0002】
薄膜の形成方法として、スパッタリングが知られている。スパッタリングでは、ターゲットが用いられる。スパッタリングでは、プラズマ中の陽イオンがターゲットに衝突する。この衝突によってターゲットから原子が飛び出す。この原子が基板に付着して、薄膜が形成される。
【0003】
スパッタリングターゲットの一例が、特開2014-164780公報に開示されている。この公報に開示されたターゲットは、粉末の焼結によって得られる。この粉末の材質は、Cr基合金である。このターゲットから、均質で、かつ結晶粒が微細である薄膜(密着層)が得られうる。この薄膜は、垂直磁気記録媒体に適している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
薄膜には、結晶組織の微細化とガラス基板との密着性の要請がある。特開2014-164780公報に開示されたターゲットからは、結晶組織が十分に微細な薄膜および密着性は得られない。結晶組織の微細化とガラス基板との密着性からCr合金にB、W及びMo添加が効果的である。しかしながら、これらの添加することで、スパッタリング中のパーティクルやターゲットの割れが問題となる。
【0006】
本出願人の意図するところは、スパッタリング時に割れにくく、スパッタリングに供されることで高品質な薄膜が得られうる、ターゲットの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書が開示するスパッタリングターゲットの材質は、Bを含み、かつMo又はWを含む、Cr基合金である。このCr基合金において、Bの含有率は5at%以上30at%以下であってかつMo及びWの合計含有率と同じかこれよりも大きく、Mo及びWの合計含有率は5at%以上30at%以下であり、B、Mo及びWの合計含有率は40at%以下である。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、Mo相の(110)面に関するX線回折ピークの比率は、10%以下である。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークの比率は、50%以下である。
【0008】
好ましくは、このスパッタリングターゲットの、3点曲げ試験による抗折強度は、300MPa以上である。
【0009】
好ましくは、Cr基合金の酸素含有率は、3000ppm以下である。
【0010】
本明細書が開示するスパッタリングターゲットの製造方法は、
(1)その材質がCrBである第一粉末を準備する工程、
(2)その材質がMoB又はWBである第二粉末を準備する工程、
(3)その材質がCrである第三粉末を準備する工程、
(4)これら第一粉末、第二粉末及び第三粉末を混合し、混合粉末を得る工程、
及び
(5)この混合粉末を加圧及び加熱する工程
を含む。
【0011】
好ましくは、工程(1)において平均粒子直径D50が1μm以上10μm以下である第一粉末が準備され、工程(2)において平均粒子直径D50が1μm以上10μm以下である第二粉末が準備され、工程(3)において平均粒子直径D50が20μm以上である第三粉末が準備される。
【発明の効果】
【0012】
このスパッタリングターゲットから、高品質な薄膜が得られうる。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態が詳細に説明される。
【0014】
[Cr基合金]
本実施形態に係るスパッタリングターゲットの材質は、Cr基合金である。このCr基合金は、Bを含む。このCr基合金はさらに、Mo又はWを含む。ターゲットの材質が、Moを含み、かつWを実質的に含まない、Cr基合金であってよい。ターゲットの材質が、Moを実施的に含まず、かつWを含む、Cr基合金であってよい。ターゲットの材質が、Moを含み、かつWをも含む、Cr基合金であってよい。好ましくは、このCr基合金において、Cr、B、Mo及びWの残部は、不可避的不純物である。
【0015】
[金属組織]
このターゲットの好ましい金属組織は、Cr相のマトリックスを有する。このマトリックスに、クロムホウ化物相が分散する。クロムホウ化物相として、CrB相及びCr2B相が例示される。このマトリックスにはさらに、モリブデンホウ化物相又はタングステンホウ化物相が分散する。モリブデンホウ化物相として、MoB相及びMo2B相が例示される。タングステンホウ化物相として、WB相及びW2B相が例示される。ターゲットが、マトリックスにモリブデンホウ化物相が分散し、かつこのマトリックスにタングステンホウ化物相が分散しない、金属組織を有してよい。ターゲットが、マトリックスにモリブデンホウ化物相が分散せず、かつこのマトリックスにタングステンホウ化物相が分散する、金属組織を有してよい。ターゲットが、マトリックスにモリブデンホウ化物相が分散し、かつこのマトリックスにタングステンホウ化物相が分散する、金属組織を有してよい。マトリックスに、Mo相又はW相が分散してもよい。
【0016】
[用途]
このターゲットが用いられたスパッタリングにより、薄膜が形成されうる。Cr基合金がBを含み、かつMo又はWを含むので、薄膜の結晶粒は微細である。この薄膜は、種々の用途に適している。典型的な薄膜の用途は、垂直磁気記録媒体の密着層である。この密着層は、垂直磁気記録媒体において、配向を抑制しうる。
【0017】
[クロム(Cr)]
Crは、密着層の非磁性、密着性及び耐食性に寄与しうる。Crは、BCC構造を有しており、密着層が積層される(001)の層(MgO層等)とのミスマッチが小さい格子定数を有している。Crは、密着層が積層される層の配向を抑制しうる。これらの観点から、Cr基合金におけるCrの含有率は60at%以上が好ましい。Cr基合金が十分なCrを含みうるとの観点から、B、Mo及びWの合計含有率は、40at%以下が好ましい。
【0018】
前述の通りCr基合金は、Cr相及びCrB相を含みうる。Cr相は、靱性に極めて優れる。CrB相の靱性は、Cr相の靱性よりも劣る。しかし、CrB相は、他のクロムホウ化物よりも靱性に優れる。Cr相及びCrB相を含む金属組織は、スパッタリングにおけるターゲットの割れを抑制しうる。
【0019】
[ホウ素(B)]
Bは、Cr、Mo又はWと化合する。ターゲットにおいてBは、ホウ化物として存在する。このホウ化物は、結晶粒の成長をピン止めすると推測される。このターゲットから、結晶粒径が小さい薄膜が形成されうる。さらにBは、結晶粒界が存在しない組織(アモルファス)を実現しうる。この組織は、均質であってかつ等方性を有する。この組織は、薄膜の平滑に寄与しうる。これらの観点から、Cr基合金におけるBの含有率は5at%以上が好ましく、10at%以上がより好ましく、15at%以上が特に好ましい。スパッタリングにおけるターゲットの割れ抑制の観点から、この含有率は30at%以下が好ましい。さらに、Bは、薄膜の硬度を改善させる。密着層には、製膜中に発生する小さな傷・欠陥により密着性が低下する問題がある。そのため、密着層には傷が入りにくい硬い材料が求められる。密着性を確保する硬さの観点からも、Cr基合金におけるBの含有率は5at%以上が好ましく、10at%以上がより好ましく、15at%以上が特に好ましい。スパッタリングにおけるターゲットの割れ抑制の観点から、この含有率は30at%以下が好ましい。
【0020】
[モリブデン(Mo)、タングステン(W)]
Mo及びWの硬度は、高い。Mo及びWの融点は、高い。Mo又はWを含むスパッタリングターゲットから、高硬度であって、かつ熱安定性に優れた薄膜が、得られうる。この特性はB同様に膜の密着性を改善する。この観点から、Cr基合金におけるMo及びWの合計含有率は5at%以上が好ましく、10at%以上がより好ましく、15at%以上が特に好ましい。スパッタリングにおけるターゲットの割れ抑制の観点から、この含有率は30at%以下が好ましい。
【0021】
ターゲットにおいて多くのMoは、MoB相として存在しうる。単相として存在するMoは、少量であるか、ゼロである。MoB相は、ターゲットの強靱性に寄与しうる。MoB相は、Mo相に比べ、スパッタリング時の割れの起点になりにくい。十分なMoを含有し、かつこのMoの多くがMoB相として存在するターゲットでは、スパッタリング時の割れの抑制と、薄膜の高品質とが、両立されうる。
【0022】
X線回折で得られるCr相の複数のピークの中で、(110)面に関するピークP1が、最大である。X線回折で得られるMo相の複数のピークの中で、(110)面に関するピークP2が、最大である。Mo相は脆いので、割れの起点になりやすいく、可能な限りゼロで微細であるべきである。MoはMoB化合物で存在すれば、硬く強靭性に寄与する。脆い組織が無くなり、割れが無くなる。Mo源にMo50Bを使用した場合、MoB化合物は主にMo2Bで存在する。MoB4は脆いので、無い方が良い。MoBはMo2Bと同等レベルの靭性なので、あってもなくても良い。CrB化合物は、CrB相が最も安定で、CrB2やCr5B3は存在しない方が良い。出発原料にCr50Bを用いた場合、CrB化合物は、全てCrB相であり、CrB2やCr5B3は存在しない。純Moや純Wに比べて靭性が高い純Crを母相とし、MoやWはホウ化物として存在することで、ターゲットの割れが生じにくい。よって、スパッタリング時にターゲットの割れが生じにくい。この観点から、Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、Mo相の(110)面に関するX線回折ピークP2の比率(P2/P1)は、10%以下が好ましく、7%以下がより好ましく、5%以下が特に好ましい。理想的には、この比率は、0%である。
【0023】
Wは析出しやすく、W源にW50Bを使用し、出発原料に純Wを使用せずとも、純Wが点在する。ただ、このWは微量であり、なおかつ小さく点在しているので、割れの起因になることは考え難い。なので、Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークP3の比率(P3/P1)は、50%以下であれば、純Wのピークが観察されても良い。ターゲットにおいて多くのWは、WB相として存在しうる。Wは、少量ながら、単相としても存在しうる。WB相は、ターゲットの強靱性に寄与しうる。WB相は、W相に比べ、スパッタリング時の割れの起点になりにくい。十分なWを含有し、かつこのWの多くがWB相として存在するターゲットでは、スパッタリング時の割れの抑制と、薄膜の高品質とが、両立されうる。WB化合物は主に相、W2Bで存在する。W源にW50Bを使用した場合、WB化合物は主にW2Bで存在する。WB2は脆いので、無い方が良い。WBはW2Bと同等レベルの靭性なので、あってもなくても良い。
【0024】
X線回折で得られるW相の複数のピークの中で、(110)面に関するピークP3が、最大である。スパッタリング時にターゲットの割れが生じにくいとの観点から、Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークP3の比率(P3/P1)は、50%以下が好ましく、30%以下がより好ましく、10%以下が特に好ましい。理想的には、この比率は、0%である。
【0025】
小さな比率(P2/P1)及び(P3/P1)が達成されうるとの観点から、Bの含有率(at%)が、Mo及びWの合計含有率(at%)と同じか、これよりも大きいことが好ましい。Bの含有率Pa(at%)と、Mo及びWの合計含有率Pb(at%)との比(Pa/Pb)は、1/1以上6/1以下が好ましい。この比(Pa/Pb)は、4/1以下がより好ましく、3/1以下が特に好ましい。
【0026】
ピークP1、P2及びP3は、X線回折装置によって測定される。X線回折のための試験片は、ワイヤーカット法により、ターゲットから切り出される。この試験片の表面は、研磨によって平滑にされる。測定の条件は、以下の通りである。
試験片のサイズ:10mm×20mm×5mm
X線源:CuKα線
スキャンスピード:4°/min
2θ:20-80°
このX線回折で得られたチャートから、ピーク(ピーク強度)が読み取られる。
【0027】
[不純物]
Cr基合金は、不純物として酸素を含みうる。酸素の含有率(質量基準)は、3000ppm以下が好ましい。このCr基合金が材質であるターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。さらに、このターゲットから、パーティクルが少ない薄膜が得られうる。これらの観点から、酸素含有率は2000ppm以下がより好ましく、1000ppm以下が特に好ましい。理想的には、酸素含有率は、検出限界値よりも小さい。
【0028】
[抗折強度]
ターゲットの抗折強度は、300MPa以上が好ましい。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。この観点から、抗折強度は400MPa以上がより好ましく、500MPa以上が特に好ましい。
【0029】
抗折強度は、「JIS Z 2511」の規定に準拠した3点曲げ試験によって測定される。3点曲げ試験のための試験片は、ワイヤーカット法により、ターゲットから切り出される。測定の条件は、以下の通りである。
試験片のサイズ:2mm×2mm×20mm
支点間距離:10mm
抗折強度BS(MPa)は、下記の数式によって算出される。
BS = 3 / 2 × P × L / (t2× W)
P:破断時の荷重(kN)
L:支点間距離(mm)
t:試験片の厚さ(mm)
W:試料の幅(mm)
【0030】
[製造方法]
このスパッタリングターゲットは、粉末冶金法によって得られうる。スパッタリングターゲットの好ましい製造方法は、
(1)その材質がCrBである第一粉末を準備する工程、
(2)その材質がMoB又はWBである第二粉末を準備する工程、
(3)その材質がCrである第三粉末を準備する工程、
(4)上記第一粉末、上記第二粉末及び上記第三粉末を混合し、混合粉末を得る工程、
及び
(5)上記混合粉末を加圧及び加熱する工程
を含む。加圧及び加熱により、焼結体であるスパッタリングターゲットが得られる。このターゲットが所定サイズに加工されて、スパッタリングに供される。
【0031】
第一粉末の材質がCrBなので、この第一粉末は、50at%のCrと、50at%のBとを含む。第二粉末の材質がMoB又はWBなので、この第二粉末は、50at%のMo又はWと、50at%のBとを含む。ターゲットのCr基合金が含有するBは、第一粉末及び第二粉末に由来する。このCr基合金は、B単体が材質である粉末に由来する成分を含まない。このターゲットでは、Bが均一に分散しうる。このターゲットから、均質な薄膜が形成されうる。このターゲットから、パーティクルの少ない薄膜が得られうる。
【0032】
ターゲットのCr基合金が含有するMoは、第二粉末に由来する。このCr基合金は、Mo単体が材質である粉末に由来する成分を含まない。このターゲットでは、小さな比率(P2/P1)が達成されうる。このターゲットは、スパッタリング時に割れにくい。このターゲットでは、Moが均一に分散しうる。このターゲットから、均質な薄膜が形成されうる。Cr基合金がMo単体が材質である粉末に由来する成分を含まないので、ピークP2は、ほぼゼロである。
【0033】
ターゲットのCr基合金が含有するWは、第二粉末に由来する。このCr基合金は、W単体が材質である粉末に由来する成分を含まない。このターゲットでは、小さな比率(P3/P1)が達成されうる。このターゲットは、スパッタリング時に割れにくい。このターゲットでは、Wが均一に分散しうる。このターゲットから、均質な薄膜が形成されうる。Cr基合金はW単体が材質である粉末に由来する成分を含まないが、加熱時にWBから少量のWが生じうる。従ってこのターゲットでは、小さいサイズのピークP3が見られうる。
【0034】
この製造方法では、Mo源としてMoBが準備され、W源としてWBが準備される。MoB及びWBは、B源でもある。しかし、MoB及びWBのみでは、B源として不十分である。この製造方法では、B源として、CrBも準備される。十分なB源により、Bの含有率がMo及びWの合計含有率と同じかこれよりも大きいターゲットが得られうる。このターゲットでは、小さな比率(P2/P1)及び(P3/P1)が達成されうる。
【0035】
[平均粒子直径D50]
第一粉末の平均粒子直径D50は、10μm以下が好ましい。この第一粉末は、Bの均一分散に寄与しうる。この観点から、この平均粒子直径D50は8μm以下がより好ましく、7μm以下が特に好ましい。取り扱い性の観点から、この平均粒子直径D50は1μm以上が好ましい。
【0036】
第二粉末の平均粒子直径D50は、10μm以下が好ましい。この第二粉末は、Mo及びWの均一分散に寄与しうる。この観点から、この平均粒子直径D50は8μm以下がより好ましく、7μm以下が特に好ましい。取り扱い性の観点から、この平均粒子直径D50は1μm以上が好ましい。
【0037】
第三粉末の平均粒子直径D50は、20μm以上が好ましい。この第三粉末の粒子は、概して、第一粉末及び第二粉末の粒子に比べ、大きい。この第三粉末が第一粉末及び第二粉末と混合されるので、第一粉末及び第二粉末の平均粒子直径D50が小さいにもかかわらず、酸素含有率が少ないターゲットが得られうる。具体的には、酸素含有率が3000ppm以下であるターゲットが、この製造方法によって得られうる。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。B、Mo及びWは第三粉末に由来しないので、第三粉末の平均粒子直径D50が大きくても、B、Mo及びWの均一な分散が達成されうる。ターゲットの割れにくさの観点から、第三粉末の平均粒子直径D50は40μm以上がより好ましく、50μm以上が特に好ましい。この平均粒子直径D50は、250μm以下が好ましい。
【0038】
各粉末の平均粒子直径D50は、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置によって測定される。粉末の体積の累積カーブにおいて、累積体積が50%であるときの粒子直径が、求められる。
【0039】
このターゲットから、スパッタリングにより、垂直磁気記録媒体の密着層が得られうる。このターゲットから、スパッタリングにより、他の薄膜が得られうる。
【0040】
本明細書は、薄膜の製造方法にも向けられる。この製造方法は、
(1)その材質がBを含みかつMo又はWを含むCr基合金であり、上記Cr基合金において、Bの含有率が5at%以上30at%以下であってかつMo及びWの合計含有率と同じかこれよりも大きく、Mo及びWの上記合計含有率が5at%以上30at%以下であり、B、Mo及びWの合計含有率が40at%以下であり、Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、Mo相の(110)面に関するX線回折ピークの比率が、10%以下であり、Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークの比率が、50%以下である、ターゲットを準備する工程、
並びに
(2)上記ターゲットをスパッタリングに供する工程
を含む。この製造方法により、高品質な薄膜が得られうる。この薄膜の一例として、垂直磁気記録媒体の密着層が挙げられる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例に係るスパッタリングターゲットの効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0042】
[実施例1]
第三粉末を準備した。この第三粉末の材質は、Crであった。この第三粉末の平均粒子直径D50は、60μmであった。さらに、第二粉末を準備した。この第二粉末の材質は、MoBであった。このMoBは、50at%のMoと、50at%のBとを含んでいた。この第二粉末の平均粒子直径D50は、5μmであった。この第三粉末及び第二粉末をV型混合機に投入し、混合粉末を得た。直径が200mmであり、長さが10mmであり、材質が炭素鋼である缶に、混合粉末を充填した。この粉末に真空脱気を施したのち、HIPにてビレットを作成した。HIPの条件は、以下の通りである。
焼結温度:1000℃
圧力:120MPa
保持時間:5時間
このビレットをスライスし、実施例1のスパッタリングターゲットを得た。
【0043】
[実施例2-21及び比較例1-18]
出発原料と焼結温度とを下記の表1及び2に示される通りとした他は実施例1と同様にして、実施例2-21及び比較例1-18のスパッタリングターゲットを得た。
【0044】
[酸素含有率]
ターゲットから、ワイヤーカット法により試験片を切り出した。この試験片の質量は、約1gであった。この試験片の表面を研磨し、酸素・窒素分析装置(堀場製作所製の商品名「EMGA-920」)にて酸素含有率を測定した。この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0045】
[X線回折]
前述の方法にて、ターゲットにX線回折を施した。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、Mo相の(110)面に関するX線回折ピークP2の比率(P2/P1)を算出した。さらに、このピークP1に対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークP3の比率(P3/P1)を算出した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。ピークP2がノイズと区別できず、比率(P2/P1)が5%以下である場合、「<5%」と表示した。ピークP3がノイズと区別できず、比率(P3/P1)が5%以下である場合、「<5%」と表示した。
【0046】
[抗折試験]
前述の方法にて、ターゲットの抗折強度を測定した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0047】
[薄膜のパーティクル数]
ターゲット(直径:95mm、厚さ:2mm)にスパッタリングを施し、薄膜を形成した。スパッタリングの条件は、下記の通りである。
基板の材質:洗浄されたガラス
チャンバー雰囲気:気圧が1×10-4Pa以下となるように排気し、純度99.99%のArガスを0.6Pa投入
薄膜の厚さ:20nm
この薄膜をOptical Surface Analyzerにて観察し、大きさが0.1μm以上であるパーティクルの数をカウントした。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0048】
[結晶粒径]
前述の薄膜をTEMで観察し、平均結晶粒径を測定した。この平均結晶粒径の、比較例1のCrの結晶粒径に対する比を算出した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0049】
[スパッタ膜の硬さ]
前述のスパッタリングで得られた単層膜から試験片を採取して、ナノインデンテーション法により薄膜の硬さを測定した。比較例1のCrの硬さに対する比を算出した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
表3及び4から明らかな通り、各実施例のスパッタリングターゲットは、抗折強度に優れる。さらに、このターゲットから得られた薄膜では、パーティクルが少なく、結晶粒径が小さく、硬さに優れている。この評価結果から、このスパッタリングターゲットの優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0055】
以上説明されたスパッタリングターゲットから、種々の用途の薄膜が製造されうる。
【要約】
【課題】スパッタリング時に割れにくく、スパッタリングに供されることで高品質な薄膜が得られうる、ターゲットの提供。
【解決手段】スパッタリングターゲットの材質は、Cr基合金である。このCr基合金は、Bを含む。このCr基合金は、Mo又はWを含む。Bの含有率は、5at%以上30at%以下である。Mo及びWの合計含有率は、5at%以上30at%以下である。Bの含有率は、この合計含有率と同じか、これよりも大きい。B、Mo及びWの合計含有率は、40at%以下である。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、Mo相の(110)面に関するX線回折ピークP2の比率は、10%以下である。このピークP1に対する、W相の(110)面に関するX線回折ピークP3の比率は、50%以下である。
【選択図】なし