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特許7661486細胞培養基材及びその製造方法、多能性幹細胞の分化誘導方法、並びに細胞培養キット
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  • 特許-細胞培養基材及びその製造方法、多能性幹細胞の分化誘導方法、並びに細胞培養キット 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-04
(45)【発行日】2025-04-14
(54)【発明の名称】細胞培養基材及びその製造方法、多能性幹細胞の分化誘導方法、並びに細胞培養キット
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20250407BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20250407BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20250407BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20250407BHJP
【FI】
C12M3/00 A ZNA
C12N5/0735
C12N5/071
C12N15/09 Z
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2023517468
(86)(22)【出願日】2022-04-20
(86)【国際出願番号】 JP2022018285
(87)【国際公開番号】W WO2022230734
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2023-09-04
(31)【優先権主張番号】P 2021075266
(32)【優先日】2021-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211018
【弁理士】
【氏名又は名称】財部 俊正
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】今泉 裕
(72)【発明者】
【氏名】門田 純平
(72)【発明者】
【氏名】久野 豪士
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-110819(JP,A)
【文献】特開2020-062009(JP,A)
【文献】国際公開第2019/021748(WO,A1)
【文献】特開2014-219261(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2007-0075006(KR,A)
【文献】特開2009-048833(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M, C12N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆する層厚101500nmの親水性高分子を含有する層と、を備え、
前記親水性高分子は、ホスホリルコリン基又は水酸基を含み、
下記(A)領域及び下記(B)領域を有し、
前記(A)領域と前記(B)領域の境界における凹凸高さは1~500nmである、細胞培養基材。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mmの島状の領域
(B)前記(A)領域に隣接し、細胞接着性又は細胞増殖性を有しない領域
【請求項2】
前記親水性高分子が、下記一般式(1)で表される化合物、下記一般式(2)で表される化合物、又は下記一般式(3)で表される化合物を含む、請求項1に記載の細胞培養基材。
【化1】

[一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、Rは水素原子又は任意の有機基を示し、m及びnはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【化2】

[一般式(2)中、R、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、Rは水素原子又は任意の有機基を示し、x、y及びzはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【化3】

[一般式(3)中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、R10は水素原子又は任意の有機基を示し、a及びbはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【請求項3】
前記親水性高分子が、UV反応性の官能基又はUV反応後の残基を有する単量体単位を含む、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記(A)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比が、前記(B)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比よりも0.05以上大きい、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項5】
前記親水性高分子を含有する層の表面に、層厚1~100nmの温度応答性高分子を含有する層を更に備え、
前記温度応答性高分子は、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを含むブロック共重合体である、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項6】
前記水不溶性ブロックセグメント及び前記温度応答性ブロックセグメントの総重量に対する前記温度応答性ブロックセグメントの重量の割合が90重量%超である、請求項5に記載の細胞培養基材。
【請求項7】
前記基材の屈折率が1.4~1.6であり、且つ、前記基材の厚みが0.01~0.5mmである、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項8】
励起波長350nm、488nm、及び647nmでそれぞれ励起された前記基材の蛍光強度が、同じ励起波長で励起された、厚み1.2mmのポリスチレン板の蛍光強度よりも小さい、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項9】
前記(A)領域の面積が、0.005~0.2mmであり、
前記(A)領域の数が、前記(A)領域及び前記(B)領域の合計面積を基準として、200~1000個/cmである、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項10】
前記(A)領域の面積が、0.2~2mmであり、
前記(A)領域の数が、前記(A)領域及び前記(B)領域の合計面積を基準として、3~15個/cmである、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項11】
前記(A)領域同士の最小距離が、500~10000μmである、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項12】
多能性幹細胞から三胚葉細胞への分化誘導用である、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項13】
前記基材がポリカーボネート又はシクロオレフィンポリマーから形成される、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項14】
(1)基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、前記親水性高分子を含有する層を形成する工程、
(2)前記親水性高分子を含有する層にUV照射を行い、前記親水性高分子を含有する層を前記基材の表面に固定化する工程、及び
(3)固定化した前記親水性高分子を含有する層の表面の一部にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に前記(A)領域を形成する工程
を備える、請求項1に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項15】
(1’)繰り返し単位に脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基を含む高分子から形成される基材を用い、前記基材の表面にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に前記(A)領域を形成する工程、
(2’)前記基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、前記親水性高分子を含有する層を形成する工程、
(3’)前記親水性高分子を含有する層の一部にUV照射を行い、前記親水性高分子を含有する層の一部を前記基材の表面に固定化する工程、及び
(4’)前記親水性高分子を溶媒で洗浄し、表面に固定化されていない親水性高分子を溶解させて前記基材の表面から除去する工程
を備える、請求項1に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項16】
前記工程(4’)で使用する溶媒が、水及びアルコールを含有する、請求項15に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項17】
(4)前記工程(3)又は(4’)の後に、面内方向の断面積が0.05~100cmの貫通孔を有する板を、前記基材の前記親水性高分子を含有する層で被覆した面側で前記基材と貼り合わせる工程を更に備える、請求項14又は15に記載の製造方法。
【請求項18】
(5)前記工程(3)又は(4’)の後に、プラズマ処理を行った前記親水性高分子を含有する層の表面を、温度応答性高分子を含有する組成物で被覆し、前記温度応答性高分子を含有する層を形成する工程を更に備える、請求項14又は15に記載の製造方法。
【請求項19】
(i)請求項1又は2に記載の細胞培養基材に多能性幹細胞を播種する工程、
(ii)前記多能性幹細胞を培養し、高さ/直径の比が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成する工程、及び
(iii)前記細胞凝集塊を分化誘導し、三胚葉細胞の細胞凝集塊を形成する工程
を含む、多能性幹細胞の分化誘導方法。
【請求項20】
下記(iv)に示される工程を更に備える、請求項19に記載の多能性幹細胞の分化誘導方法。
(iv)Wntタンパク質、Bone morphogenetic protein、インスリン様成長因子及びアクチビンからなる群より選択される少なくとも一種の分化誘導因子を含む培地中で細胞凝集塊を培養し、腸上皮細胞が有するマーカーを発現させる工程
【請求項21】
請求項1又は2に記載の細胞培養基材と、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを含むブロック共重合体若しくは前記ブロック共重合体を含有するコーティング剤とを含む、細胞培養キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養基材及びその製造方法、多能性幹細胞の分化誘導方法、並びに細胞培養キットに関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞は、生体の様々な組織に分化する能力(分化万能性)を持つ細胞であり、再生医療分野や創薬スクリーニングのための細胞ソースとして大きな注目が寄せられている。多能性幹細胞を再生医療や創薬スクリーニングに応用するには、多能性幹細胞から目的の細胞へと分化させる必要があるが、その際、多能性幹細胞の細胞凝集塊を形成する必要がある。また、多能性幹細胞は様々な細胞へと分化することができるが、分化後の細胞の種類によって最適な細胞凝集塊のサイズが異なることが知られており、サイズを制御し、更にサイズの均一な細胞凝集塊を作成することが望ましい。
【0003】
細胞凝集塊を形成する方法として従来、多能性幹細胞が接着しない基材を用いることで多能性幹細胞に自発的に凝集体を形成させる方法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。この方法は細胞凝集塊の量産性に優れるものの、均一なサイズの細胞凝集塊を得ることができないという問題があった。
【0004】
サイズの均一な細胞凝集塊を形成する方法として、表面に微細な凹凸を設けた細胞培養基材を使用する方法が知られている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平8-140673号公報
【文献】特開2015-073520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に開示されるような微細な凹凸を設けた細胞培養基材は量産性に乏しく、大量の細胞凝集塊を形成する用途には不向きであるという問題があった。また、微細な凹凸内で細胞を強制的に凝集させることから、死細胞が細胞凝集塊の中に混入しやすいという問題があった。また、微細凹凸を有する細胞培養基材に培地を接触させた際に、表面の微細凹凸に気泡が取り込まれやすく、培養を開始する前に気泡の除去作業が必要であるという課題があることを本発明者らは見出した。気泡を除去するためには通常、ピペッターを用いて培地の吸引と吐出を繰り返す必要があり、作業性に劣るという問題があった。
【0007】
本発明の課題は、細胞凝集塊を形成可能であるとともに、細胞凝集塊中の細胞の生存率を高くすることが可能であり、培養時の気泡除去作業を不要にする細胞培養基材及びその製造方法を提供することにある。本発明の他の課題は、三胚葉細胞への分化誘導効率に優れる、該細胞培養基材を用いた多能性幹細胞の分化誘導方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、基材と、該基材の表面の少なくとも一部を被覆する層厚5~2000nmの親水性高分子を含有する層と、を備え、上記親水性高分子は、ホスホリルコリン基又は水酸基を含み、下記(A)領域及び下記(B)領域を有し、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さは1~500nmである、細胞培養基材に関する。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mmの島状の領域
(B)(A)領域に隣接し、細胞接着性又は細胞増殖性を有しない領域
【0009】
本発明はまた、(1)基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、親水性高分子を含有する層を形成する工程、(2)親水性高分子を含有する層にUV照射を行い、親水性高分子を含有する層を基材の表面に固定化する工程、及び(3)固定化した親水性高分子を含有する層の表面の一部にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に(A)領域を形成する工程を備える、上記細胞培養基材の製造方法に関する。
【0010】
本発明はまた、(1’)繰り返し単位に芳香族炭化水素基を含む高分子から形成される基材を用い、上記基材の表面にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に上記(A)領域を形成する工程、(2’)上記基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、上記親水性高分子を含有する層を形成する工程、(3’)上記親水性高分子を含有する層の一部にUV照射を行い、上記親水性高分子を含有する層の一部を上記基材の表面に固定化する工程、及び(4’)上記親水性高分子を溶媒で洗浄し、表面に固定化されていない親水性高分子を溶解させて上記基材の表面から除去する工程を備える、上記細胞培養基材の製造方法に関する。
【0011】
本発明は更に、(i)上記細胞培養基材に多能性幹細胞を播種する工程、(ii)多能性幹細胞を培養し、高さ/直径の比が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成する工程、及び(iii)細胞凝集塊を分化誘導し、三胚葉細胞の細胞凝集塊を形成する工程を含む、多能性幹細胞の分化誘導方法に関する。
【0012】
本発明は加えて、上記細胞培養基材と、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを含むブロック共重合体若しくは上記ブロック共重合体を含有するコーティング剤とを含む、細胞培養キットに関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、細胞凝集塊を形成可能であるとともに、細胞凝集塊中の細胞の生存率を高くすることが可能であり、培養時の気泡除去作業を不要にする細胞培養基材及びその製造方法を提供することができる。本発明によればまた、該細胞培養基材を用いた多能性幹細胞の分化誘導方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】一実施形態に係る細胞培養基材の模式図(断面図)である。
図2】一実施形態に係る製造方法における工程(1)後の表面に親水性高分子を含有する層が形成された基材の模式図(斜視図)である。
図3】一実施形態に係る製造方法における工程(3)後の細胞培養基材の模式図(斜視図)である。
図4】一実施形態に係る製造方法における工程(4)後の細胞培養基材の模式図(斜視図)である。
図5】ヒトiPS細胞の腸上皮細胞への分化誘導試験(実施例8)における“分化0日目”、“分化43日目”及び“分化64日目”の細胞の位相差顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、上述した効果が得られる範囲内で以下の実施形態を変形して実施することができる。
【0016】
本明細書において、「細胞凝集塊」とは、複数の細胞が集まって形成される細胞の三次元凝集塊を意味する。三次元凝集塊の形状は、球状等の楕円体の形状であってもよく、半球状等の形状であってもよい。これらの形状は、シート状の細胞が折りたたまれることで形成される隙間のある形状であってもよく、中空の形状であってもよい。
【0017】
本明細書において、「温度応答性」とは、温度変化によって親水性/疎水性の程度が変化することを示す。さらに、親水性/疎水性の程度が変化する境界温度を「応答温度」と表記する。
【0018】
本明細書において、「生体由来物質」とは、生物の体内に存在する物質、及び当該物質と同等の物質であって、化学的に合成した物質を意味する。生物の体内に存在する物質は、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよい。生体由来物質に特に限定はないが、例えば、生体を構成する基本材料である核酸、タンパク質及び多糖、及びこれらの構成要素であるヌクレオチド、ヌクレオシド、アミノ酸、及び各種の糖、並びに脂質、ビタミン及びホルモンが挙げられる。
【0019】
本明細書において、「細胞接着性」とは、培養温度における基材又は細胞培養基材への接着しやすさを示し、「細胞接着性を有する」とは、細胞が培養温度において基材又は細胞培養基材に直接又は生体由来物質を介して接着可能であることを示す。また、「細胞接着性を有しない」とは、培養温度において細胞が基材又は細胞培養基材に接着できないことを示す。
【0020】
本明細書において、「細胞増殖性」とは、培養温度における細胞の増殖しやすさを示し、「細胞増殖性を有する」とは、培養温度において細胞が増殖可能であることを示す。また、「細胞増殖性を有しない」とは、培養温度において細胞が増殖できないことを示す。「細胞増殖性が高い」とは、同一の培養期間で比較した際により多くの細胞へと増殖することを示す。
【0021】
本明細書において、「三胚葉細胞」とは、内胚葉細胞、外胚葉細胞及び中胚葉細胞からなる群より選択される少なくとも一種を意味する。
【0022】
本実施形態に係る細胞培養基材は、基材と、基材の表面の少なくとも一部を被覆する層厚5~2000nmの親水性高分子を含有する層と、を備える。ここで、親水性高分子は、ホスホリルコリン基又は水酸基を含む。また、本実施形態に係る細胞培養基材は、下記(A)領域及び下記(B)領域を有し、かつ(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが1~500nmである。
(A)細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mmの島状の領域
(B)(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域
【0023】
図1は、一実施形態に係る細胞培養基材の模式図(断面図)である。図1に示す細胞培養基材10は、基材1と、基材1の表面を被覆する親水性高分子を含有する層2(層厚は、例えば、5~2000nmである。)を備える。図1中、A及びBは、それぞれ(A)領域及び(B)領域を示す。また、図1中、Hは(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さを示す。なお、親水性高分子を含有する層2の層厚とは、基材1と親水性高分子を含有する層2が接する面から、(B)領域(図1中、Bで示す領域)の面までの距離を意味する。また、図1に示す細胞培養基材10は、(A)領域の表面が親水性高分子を含有する層となっているが、これに限られるものではなく、例えば、(A)領域の表面が基材1となっていてもよい。
【0024】
本実施形態に係る細胞培養基材に用いられる基材としては、特に限定はないが、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、シクロオレフィンポリマー、セルロースアセテート、ニトロセルロース及びポリフッ化ビニリデンからなる群から選択される少なくとも1種類から形成されるものであることが好ましく、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート及びシクロオレフィンポリマーからなる群から選択される少なくとも1種類から形成されるものであることがより好ましく、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート及びポリカーボネートから選択される少なくとも1種類から形成されるものであることが更に好ましく、ポリスチレン又はポリカーボネートから形成されるものであることが最も好ましい。シクロオレフィンポリマーの市販品としては、ZEONEX(日本ゼオン(株)製)、ZEONOR(日本ゼオン(株)製)、ARTON(JSR(株)製)を挙げることができる。
【0025】
細胞培養基材上で培養した細胞を高倍率の位相差顕微鏡で観察するのに好適であることから、D線(波長589nm)で測定した基材の屈折率は1.4~1.6が好ましく、1.45~1.6がさらに好ましく、1.5~1.55が特に好ましい。基材の屈折率がこれらの範囲にあることで細胞の位相差顕微鏡観察における球面収差を小さくすることができ、明瞭な位相差像を得ることができる。また、球面収差を小さくするため、基材の厚みは0.5mm以下が好ましく、0.4mm以下がさらに好ましく、0.3mm以下が特に好ましく、0.2mm以下が最も好ましい。一方、顕微鏡観察時に基材がたわむことで観察範囲全体にピントが合わなくなることを抑制するのに好適であることから、基材の厚みは0.01mm以上が好ましく、0.05mm以上がさらに好ましく、0.1mm以上が特に好ましく、0.15mm以上が最も好ましい。
【0026】
D線(波長589nm)で測定した基材の屈折率及び厚さは、それぞれ1.4~1.6及び0.01mm以上0.5mm以下であることが好ましく、それぞれ1.45~1.6及び0.05mm以上0.4mm以下であることがより好ましく、それぞれ1.45~1.55及び0.1mm以上0.3mm以下であることが更に好ましく、1.5~1.55及び0.15mm以上0.2mm以下であることが特に好ましい。基材の屈折率及び厚さがこれらの範囲にあると、細胞の位相差像がより明瞭になる。
【0027】
細胞培養基材上で培養した細胞を高倍率の蛍光顕微鏡で観察するのに好適であることから、励起波長350nm、488nm、及び647nmにおける(これらの波長を有する励起光をそれぞれ照射した場合の)基材の蛍光強度(自家蛍光強度)が、同じ励起波長を有する光で励起された厚み1.2mmのポリスチレン板の蛍光強度(自家蛍光強度)よりも小さなものであることが好ましく、厚み1.2mmのポリスチレン板の蛍光強度の80%以下がさらに好ましく、厚み1.2mmのポリスチレン板の蛍光強度の50%以下が特に好ましく、厚み1.2mmのポリスチレン板の蛍光強度の10%以下が最も好ましい。励起波長350nm、488nm、及び647nmで励起される蛍光色素は細胞の蛍光観察において頻用される。これらの波長における基材の自家蛍光強度が一定値以下であることで、細胞の明瞭な蛍光像を得ることができる。
【0028】
基材の形状としては、特に制限はなく、板、フィルムのような平面形状であってもよいし、ファイバー、多孔質粒子、多孔質膜、中空糸等の形状であってもよい。また、基材の形状は、一般に細胞培養等に用いられる容器(ペトリ皿等の細胞培養皿、フラスコ、プレート、バッグ等)の形状であってもよい。培養操作の容易性から、基材の形状は、板、フィルムのような平面形状、又は平膜の多孔質膜の形状であることが好ましい。
【0029】
親水性高分子を含有する層の層厚は、5~2000nmである。親水性高分子による層の層厚が5~2000nmであることにより、(A)領域のみに細胞を接着及び増殖させることが可能であり、また、細胞の遊走により(A)領域に細胞を集めやすく、細胞凝集塊の細胞生存率を高めることができる。層厚が5nm未満の場合、(B)領域にも細胞が増殖するため、細胞凝集塊を形成することができない。層厚が2000nmを超える場合、細胞が遊走できないため、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率が低下する。ここで、親水性高分子による層の「層厚」とは、基材と親水性高分子による層の界面から、親水性高分子による層の基材とは逆側の界面((A)領域を除く。)までの面外方向の長さを示す。層厚が10nmを超える範囲ではミクロトームにより作製した細胞培養基材の超薄切片を用いて断面像を透過型電子顕微鏡によって測定し、無作為に選んだ10点の該距離を測定し、平均することで算出することができる。また、層厚が10nm以下の範囲ではエリプソメーターを用いて測定することができる。(B)領域に細胞が接着するのを抑制するのに好適であるため、層厚が10nm以上であることがより好ましく、50nm以上であることが更に好ましく、100nm以上であることが最も好ましい。また、細胞の遊走により(A)領域に細胞を集めることで細胞凝集塊の細胞生存率を高めるのに好適であることから、層厚が1000nm以下であることがより好ましく、500nm以下であることが更に好ましく、200nm以下であることが最も好ましい。
【0030】
親水性高分子は、ホスホリルコリン基又は水酸基を含む。親水性高分子がホスホリルコリン基又は水酸基を含むことにより、親水性高分子が被覆された領域を細胞が接着しない領域とすることが可能である。加えて、このような親水性高分子は完全に分解除去される必要が無いので、短時間の弱いプラズマ処理を行うだけで、その領域を細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域とすることができ、細胞に親水性高分子の分解物が混入しにくい。ホスホリルコリン基又は水酸基を含むこと以外に、親水性高分子の種類に特に限定はないが、市販品としては例えば、Lipidure(R)CM5206(日油(株)製)、Lipidure(R)CM2001(日油(株)製)、BIOSURFINE(R)-AWP(東洋合成工業(株)製)等を挙げることができる。また、親水性高分子が被覆済みの市販品の基材としては、PrimeSurface(R)(住友ベークライト(社)製)、EZ-BindShut(R)(AGCテクノグラス(社)製)、EZ-BindShutII(R)(AGCテクノグラス(社)製)等を好適に用いることができる。
【0031】
親水性高分子は下記一般式(1)で表される化合物、下記一般式(2)で表される化合物、又は下記一般式(3)で表される化合物を含むことが好ましい。
【0032】
【化1】
[一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、Rは水素原子又は任意の有機基を示し、m及びnはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【0033】
【化2】
[一般式(2)中、R、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、Rは水素原子又は任意の有機基を示し、x、y及びzはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【化3】
[一般式(3)中、RR及びはそれぞれ独立に水素原子又はメチル基を示し、R10は水素原子又は任意の有機基を示し、a及びbはそれぞれ独立に正の整数を示す。]
【0034】
親水性高分子が上記一般式(1)で表される化合物、上記一般式(2)で表される化合物、又は上記一般式(3)で表される化合物を含むことで、細胞を接着及び増殖させやすくなり、(A)領域において均一な形状の細胞凝集塊を形成させるのに好適である。上記一般式(1)、上記一般式(2)、又は上記一般式(3)において、R、及びR10は、親水性高分子を基材に固定化するのに好適であることから、それぞれ、疎水性基又はUV反応性の官能基であることが好ましい。疎水性基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、シクロヘキシル基等の直鎖又は環状アルキル基等を好適に用いることができる。また、UV反応性の官能基としては、アジド基、アクリレート基、メタクリレート基、エポキシ基等が挙げられ、アジド基を好適に用いることができる。
【0035】
(A)領域は、細胞接着性及び細胞増殖性を有する面積0.001~5mmの島状の領域である。面積0.001~5mmの島状の領域であることにより、細胞を培養した際に、均一粒径の細胞凝集塊を形成可能である。また、多能性幹細胞の分化誘導等の用途に適した細胞凝集塊を形成するのに好適であることから、面積0.005~1mmが好ましく、面積0.01~0.5mmがより好ましく、面積0.015~0.25mmが更に好ましく、面積0.02~0.2mmが最も好ましい。
【0036】
(A)領域が島状の領域であるとは、(A)領域が(A)領域以外の領域から独立した状態で存在していることを示す。(A)領域が細胞接着性及び細胞増殖性を有する島状であることにより、(A)領域に生細胞が集中して存在するようになるため、細胞凝集塊を製造することができる。(A)領域が島状ではない場合、例えば、ストライプ構造等の場合、細胞凝集塊が製造できない。島状の形状としては特に限定はなく、目的とする細胞凝集塊の形状に応じて適宜設定可能であるが、例えば、円、楕円、多角形、又は直線及び曲線で形成される閉じた形状等を挙げることができる。また、球に近い形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、島状の形状として、円、楕円又は多角形が好ましく、円、楕円又は長方形がより好ましく、円、楕円又は正方形が更に好ましく、円又は楕円が最も好ましい。
【0037】
均一なサイズ及び形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、(A)領域の面積の標準偏差/平均面積が80%以下であることが好ましく、50%以下であることがより好ましく、20%以下であることが更に好ましく、5%以下であることが最も好ましい。
【0038】
球に近い形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、島状の形状のアスペクト比としては5以下が好ましく、2以下がより好ましく、1.5以下が更に好ましく、1.1以下が最も好ましい。ここで、「アスペクト比」とは、形状の最大径(長径)と最小径(短径)の比である長径/短径を示す。
【0039】
また、多能性幹細胞を培養して内胚葉細胞又は外胚葉細胞へと分化誘導するのに適した細胞凝集塊の形成に好適であるため、(A)領域の面積が0.005~0.2mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、200~1000個/cmであることが好ましく、(A)領域の面積が0.01~0.15mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、250~800個/cmであることがより好ましく、(A)領域の面積が0.02~0.1mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、300~600個/cmであることが更に好ましく、(A)領域の面積が0.03~0.05mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、300~400個/cmであることが最も好ましい。
【0040】
多能性幹細胞を培養して中胚葉細胞へと分化誘導するのに適した細胞凝集塊の形成に好適であるため、(A)領域の面積が、0.2~2mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、3~15個/cmであることが好ましく、(A)領域の面積が0.3~1.5mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、4~12個/cmであることがより好ましく、(A)領域の面積が0.4~1mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、5~10個/cmであることが更に好ましく、(A)領域の面積が0.5~0.7mmであり、かつ(A)領域の数が、(A)領域及び(B)領域の合計面積を基準として、6~8個/cmであることが最も好ましい。
【0041】
また、細胞の周囲の酸素濃度を高め、細胞凝集塊の生存率を高めるのに好適であることから、(A)領域同士の最小距離が、500~10000μmであることが好ましく、1000~8000μmであることがより好ましく、2000~5000μmであることが更に好ましく、3000~4000μmであることが最も好ましい。
【0042】
(A)領域は、例えば、基材表面に親水性高分子を含有する層を形成した後、親水性高分子を含有する層の表面の一部をコロナ処理、UV処理又はプラズマ処理により改質することで形成することができる。当該改質は、プラズマ処理により行うことが好ましい。(A)領域が、親水性高分子を含有する層の表面がプラズマ処理等により改質された領域であることにより、(A)領域は、細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域となる。短時間のプラズマ処理等で(A)領域をパターニングできるため、細胞培養基材の量産性を高めることができる。
【0043】
また、(A)領域についてのXPS(X線光電子分光法)を測定した際の、C1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比が、(B)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比よりも0.05以上大きなものであることが好ましい。この場合、(A)領域と(B)領域との細胞増殖性の差を大きくすることができるため、(A)領域で多くの細胞を増殖させることが可能であり、(A)領域において均一な細胞凝集塊を形成しやすくなる。均一な細胞凝集塊を形成するのにより好適であることから、(A)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比が、(B)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比よりも、0.07以上大きいことがより好ましく、0.1以上大きいことが更に好ましく、0.15以上大きいことが最も好ましい。
【0044】
XPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比を上述した範囲に調整する方法としては、特に限定はないが、基材表面に形成された親水性高分子を含有する層の一部((A)領域となる予定の部分)のみに、プラズマ処理、コロナ処理、UV処理等を施す方法が好ましく、プラズマ処理又はコロナ処理がを施す方法が更に好ましく、プラズマ処理を施す方法が特に好ましい。(A)領域となる予定の部分のみにプラズマ処理等を施す方法としては、レーザー加工で作製したマスクで、基材表面に形成された親水性高分子を含有する層を被覆して、マスクの上からプラズマ処理等を施す方法が挙げられる。(A)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比と、(B)領域についてのXPS測定のC1sスペクトルにおける287eVのピーク強度/285eVのピーク強度の比との差が上述した範囲に収まるように、プラズマ強度、プラズマ照射時間等の条件を適宜調整することが可能であるが、プラズマ処理の場合、導入ガスとして酸素及び窒素を含む気体を使用することで、上述した範囲に収まりやすくなる。
【0045】
(A)領域は、培養した細胞凝集塊を剥離するために好適であることから、温度応答性を有していてもよい。(A)領域が温度応答性を有する場合、細胞培養基材上で細胞を培養する際に、体温に近い温度で細胞を培養可能であることから、応答温度50℃以下が好ましく、35℃以下がより好ましい。また、培養中に培地交換等の作業を行う際に細胞が剥離してしまうことを抑制するのに好適であることから、応答温度は、25℃以下が特に好ましい。さらに、細胞にダメージを与えない温度での冷却操作によって細胞凝集塊を形成することが可能であることから、応答温度は、4℃以上が好ましく、10℃以上がより好ましく、15℃以上が更に好ましい。
【0046】
(A)領域が温度応答性を有する場合、例えば、親水性高分子を含有する層の表面((A)領域及び(B)領域を含む表面)に、層厚1~100nmの温度応答性高分子を含有する層を更に備えていてもよい。層厚1~100nmの温度応答性高分子を含有する層を有することで、親水性高分子を含有する層の表面に形成した(A)領域及び(B)領域のそれぞれの特性を損なうことなく、(A)領域に温度応答性を付与することができる。(A)領域及び(B)領域のそれぞれの特性を損なうことなく、(A)領域に温度応答性を付与するのに好適のため、温度応答性高分子を含有する層の層厚は、3~50nmであることがより好ましく、5~40nmであることが更に好ましく、10~35nmであることが最も好ましい。細胞増殖性を損なうことなく、さらに培養後に細胞を温度応答性によって剥離して回収可能な好適な温度応答性高分子の層厚は、培養する細胞によっても変化し、上で例示した層厚の範囲で適宜調整することが可能である。
【0047】
温度応答性高分子は、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを有するブロック共重合体であることが好ましい。温度応答性高分子がこのようなブロック共重合体であることにより、細胞培養基材の量産性を高めるとともに、製造される細胞凝集塊への温度応答性高分子の混入を抑制することができる。温度応答性高分子に含まれる温度応答性ブロックセグメントの構成単位比率は、細胞培養基材から細胞凝集塊を迅速に剥離するのに好適であることから、70wt%以上が好ましく、80wt%以上が更に好ましく、90wt%以上が特に好ましく、92wt%以上が最も好ましい。
【0048】
また、温度応答性高分子が水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを有するブロック共重合体であることにより、細胞培養基材の表面に温度応答性高分子を含有する溶液を滴下して乾燥するという簡便な手法で、細胞培養基材の表面に温度応答性を付与できる。また、この時形成した層が前述の好ましい温度応答性高分子の層厚であることにより、親水性高分子を含有する層の表面全体に温度応答性高分子を被覆しても、上記(A)領域及び(B)領域のそれぞれの特性を損なうことがより少なくなる。本発明の細胞培養基材と、ブロック共重合体である温度応答性高分子若しくは上記ブロック共重合体を含有するコーティング剤とを有する細胞培養キットを用いる場合は、培養を実施する研究者が細胞の種類に応じて、簡便に温度応答性高分子の層厚を調整可能である。
【0049】
コーティング剤は、溶媒を含有していてよい。コーティング剤に含まれ得る溶媒としては、例えば、水、有機溶媒又はこれらの混合液を挙げることができる。有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール等のアルコール類;アセトニトリル、ホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、メチルエチルケトン等を挙げることができる。コーティングの膜厚を均一にするのに好適であることから、水とアルコール類の混合溶媒を用いることが好ましい。コーティング剤の全質量を基準とした、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを有するブロック共重合体の含有量は、0.1~50重量%、0.2~10重量%、又は0.5~5重量%とすることができる。
【0050】
コーティング剤は、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを有するブロック共重合体及び溶媒以外の、その他の成分を含有していてよい。その他の成分としては、細胞接着性を高めるための成分が挙げられ、例えば、水不溶性ブロックセグメントのみからなる高分子を挙げることができる。
【0051】
温度応答性ブロックセグメントを構成する単量体単位としては例えば、アクリルアミド、メタクリルアミド等の(メタ)アクリルアミド化合物;N,N-ジエチルアクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-t-ブチルアクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等のN-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体;N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等のN,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体;1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等の環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体;メチルビニルエーテル等のビニルエーテル;N-プロリンメチルエステルアクリルアミド等のプロリン誘導体を挙げることができ、応答温度を0~50℃とするのに好適であることから、N,N-ジエチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミドが好ましく、N-n-プロピルアクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミドが更に好ましく、N-イソプロピルアクリルアミドが特に好ましい。また、培養操作における培地交換の際に室温の培地を用いる場合においては、ブロック共重合体の応答温度を室温よりも低い温度とするのに好適であることから、N-n-プロピルアクリルアミド、N-プロリンメチルエステルアクリルアミドが好ましい。
【0052】
水不溶性ブロックセグメントを構成する単量体単位としては、例えば、n-ブチルアクリレート、n-ブチルメタクリレート、イソブチルアクリレート、イソブチルメタクリレート、t-ブチルアクリレート、t-ブチルメタクリレート、n-ヘキシルアクリレート、n-ヘキシルメタクリレート、n-オクチルアクリレート、n-オクチルメタクリレート、n-デシルアクリレート、n-デシルメタクリレート、n-ドデシルアクリレート、n-ドデシルメタクリレート、n-テトラデシルアクリレート、n-テトラデシルメタクリレート等を挙げることができる。また、ブロック共重合体を基材に強固に固定化するために好適であることから、反応性基を有するものが好ましく、例えば、4-アジドフェニルアクリレート、4-アジドフェニルメタクリレート、2-((4-アジドベンゾイル)オキシ)エチルアクリレート、2-((4-アジドベンゾイル)オキシ)エチルメタクリレート等を挙げることができる。さらに、細胞増殖性を高めるのに好適であることから、芳香環を有する構造が好ましく、例えば、2-ヒドロキシフェニルアクリレート、2-ヒドロキシフェニルメタクリレート、3-ヒドロキシフェニルアクリレート、3-ヒドロキシフェニルメタクリレート、4-ヒドロキシフェニルアクリレート、4-ヒドロキシフェニルメタクリレート、N-(2-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(2-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、スチレン等を挙げることができる。
【0053】
水不溶性ブロックセグメントはまた、ブロック共重合体の応答温度を制御する繰り返し単位を含んでいてもよい。ブロック共重合体の応答温度を制御する繰り返し単位としては、親水性又は疎水性の成分を挙げることができ、特に限定はないが例えば、2-ジメチルアミノエチルアクリレート、2-ジメチルアミノエチルメタクリレート、2-ジエチルアミノエチルアクリレート、2-ジエチルアミノエチルメタクリレート、N-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]アクリルアミド等のアミノ基を有するもの;N-(3-スルホプロピル)-N-メタクロイルオキシエチル-N,N-ジメチルアンモニウムベタイン、N-メタクリロイルオキシエチル-N、N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン等のベタインを有するもの;ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、N-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミド、ポリエチレングリコールモノアクリレート、ポリエチレングリコールモノメタクリレート、ポリプロピレングリコールモノアクリレート、ポリプロピレングリコールモノメタクリレート、メトキシポリエチレングリコールモノアクリレート、メトキシポリエチレングリコールモノメタクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテルメタクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルメタクリレート、2-メトキシエチルアクリレート、2-メトキシエチルメタクリレート、2-エトキシエチルアクリレート、2-エトキシエチルメタクリレート、3-ブトキシエチルアクリレート、3-ブトキシエチルメタクリレート、3-ブトキシエチルアクリルアミド、フルフリルアクリレート、フルフリルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルアクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート等のポリエチレングリコール基、メトキシエチル基を有するもの;メトキシメチルアクリレート、メトキシメチルメタクリレート、2-エトキシメチルアクリレート、2-エトキシメチルメタクリレート、3-ブトキシメチルアクリレート、3-ブトキシメチルメタクリレート、3-ブトキシメチルアクリルアミド等のアクリレート基を有するもの;2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピルホスホリルコリン、4-(メタ)アクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルホスホリルコリン、ω-(メタ)アクリロイル(ポリ)オキシエチレンホスホリルコリン、2-アクリルアミドエチルホスホリルコリン、3-アクリルアミドプロピルホスホリルコリン、4-アクリルアミドブチルホスホリルコリン、6-アクリルアミドヘキシルホスホリルコリン、10-アクリルアミドデシルホスホリルコリン、ω-(メタ)アクリルアミド(ポリ)オキシエチレンホスホリルコリン等のホスホリルコリン基を有するものを挙げることができる。
【0054】
(B)領域は、(A)領域に隣接し、細胞接着性又は細胞増殖性を有しない。(B)領域が、(A)領域に隣接し、細胞増殖性を有しない領域であると、細胞を培養した際に、(A)領域のみに細胞凝集塊を形成し、(A)領域の一部又は全部の周囲に細胞が存在しない状態を形成することが可能である。また、製造される細胞凝集塊のサイズ及び形状を均一化するのに好適であることから、(B)領域が細胞増殖性だけでなく細胞接着性も有しないものであることが好ましい。
【0055】
(B)領域の形状としては、(A)領域に隣接すること以外に限定はないが、均一なサイズ及び形状の細胞凝集塊を製造するのに好適であることから、(A)領域の境界線の20%以上の長さに(B)領域が隣接していることが好ましく、50%以上がより好ましく、80%以上が更に好ましく、(A)領域の周囲が全て(B)領域であることが最も好ましい。また、細胞培養基材の量産性を高めるのに好適であることから、(A)領域が島状で(B)領域が海状の海島構造であることが好ましい。
【0056】
(A)領域及び(B)領域の面積比としては、特に限定はないが、細胞培養基材の単位面積当たりに製造可能な細胞凝集塊の数量を高めるのに好適であることから、(A)領域の面積が、(A)領域及び(B)領域の面積の合計に対して、10%以上であることが好ましく、30%以上がより好ましく、50%以上が更に好ましく、70%以上が最も好ましい。また、複数の(A)領域の間に十分な距離を設け、複数の(A)領域の細胞凝集塊が融合して不均一な形状となることを抑制するのに好適であることから、(B)領域の面積が、(A)領域及び(B)領域の面積の合計に対して、20%以上であることが好ましく、40%以上がより好ましく、60%以上が更に好ましく、80%以上が最も好ましい。
【0057】
(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さ((A)領域の面と(B)領域の面の面外方向の距離)は、1~500nmである。凹凸高さが500nm以下であることで、凹凸によって捕捉される死細胞の数を抑制し、細胞凝集塊に混入する死細胞の数を低減させることができる。これにより、細胞凝集塊の細胞生存率を高めることが可能である。また、凹凸高さが500nm以下であれば、凹凸部分に気泡が付着しにくい。これにより、気泡を除去するために脱気を行ったりピペッターを用いて培地の吐出と吸引を繰り返したりする必要がなくなり、操作性が向上する。凹凸高さが1nm以上であることで、細胞培養基材上で自発的に移動(遊走)した生細胞が(A)領域に集まるため、細胞凝集塊の細胞生存率を高めることが可能である。形成される細胞凝集塊の細胞生存率を高めるのに好適であることから、凹凸高さ400nm以下がより好ましく、100nm以下が更に好ましく、50nm以下が最も好ましい。
【0058】
細胞培養基材は、必要に応じて生体由来物質を含有する層を表面に備えていてもよい。生体由来物質を含有する層は、細胞培養基材の表面全体に存在していてもよく、(A)領域の表面のみに存在していてもよい。生体由来物質としては特に限定はないが、例えば、マトリゲル、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、コラーゲン等を挙げることができる。
【0059】
これら生体由来物質は、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、制限酵素等で切断した断片や、これら生体由来物質と同等の物質を化学的に合成した合成タンパク質又は合成ペプチド等であってもよい。
【0060】
マトリゲルとしては、入手容易性から、市販品の、Matrigel(Corning Incorporated製)、Geltrex(Thermo Fisher Scientific製)等を好適に用いることができる。
【0061】
ラミニンの種類は特に限定されるものではないが、例えば、ヒトiPS細胞の表面に発現しているα6β1インテグリンに対して高活性を示すことが報告されているラミニン511、ラミニン521、ラミニン511-E8フラグメント等を用いることができる。ラミニンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、ラミニンと同等の物質を化学的に合成した合成タンパク質又は合成ペプチドであってもよい。入手容易性から、市販品であるiMatrix-511((株)ニッピ製)等を好適に用いることができる。
【0062】
ビトロネクチンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、ビトロネクチンと同等の物質を化学的に合成した合成タンパク質又は合成ペプチドであってもよい。入手容易性から、市販品である、ビトロネクチン,ヒト血漿由来(和光純薬工業(株)製)、synthemax(Corning Incorporated製)、Vitronectin(VTN-N)(Thermo Fisher Scientific製)等を好適に用いることができる。
【0063】
フィブロネクチンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、フィブロネクチンと同等の物質を化学的に合成した合成タンパク質又は合成ペプチドであってもよい。入手容易性から、市販品である、フィブロネクチン溶液、ヒト血漿由来(和光純薬工業(株)製)、Retronectin(タカラバイオ(株)製)等を好適に用いることができる。
【0064】
コラーゲンの種類は特に限定されるものではないが、例えば、typeIコラーゲンやtypeIVコラーゲン等を用いることができる。コラーゲンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、コラーゲンと同等の物質を化学的に合成した合成ペプチドであってもよい。入手容易性から、市販品である、コラーゲンI,ヒト(Corning Incorporated製)、コラーゲンIV,ヒト(Corning Incorporated製)等を好適に用いることができる。
【0065】
生体由来物質の変性を抑制することができ、細胞増殖性を高めることができる観点から、生体由来物質は非共有結合により細胞培養基材上に固定化されていることが好ましい。ここで、「非共有結合」とは、静電相互作用、水不溶性相互作用、水素結合、π-π相互作用、双極子-双極子相互作用、ロンドン分散力、その他のファンデルワールス相互作用等、分子間力に由来する共有結合以外の結合力を示す。生体由来物質のブロック共重合体への固定化は、単一の結合力によるものであっても、複数の組み合わせであってもよい。
【0066】
生体由来物質の固定化方法は特に限定されるものではないが、例えば、細胞培養基材に生体由来物質の溶液を所定時間塗布することで固定化させる方法や、細胞を培養する際に培養液中に生体由来物質を添加することで生体由来物質を細胞培養基材に吸着させ固定化する方法を好適に用いることができる。
【0067】
本実施形態に係る細胞培養基材は、必要に応じて、基材上に仕切り板(例えば、面内方向の断面積が0.05~100cmの貫通孔を有する板)を設ける等により、各細胞凝集塊を区分するための構造を設けてもよい。
【0068】
本実施形態に係る細胞培養基材は、滅菌を施してあってもよい。滅菌の方法に特に限定はないが、高圧蒸気滅菌、UV滅菌、γ線滅菌、エチレンオキシドガス滅菌等を用いることができる。ブロック共重合体の変性を抑制する観点からは、高圧蒸気滅菌、UV滅菌、エチレンオキシドガス滅菌が好ましい。基材の変形を抑制する観点からは、UV滅菌又はエチレンオキシドガス滅菌が更に好ましい。量産性に優れるという観点からは、エチレンオキシドガス滅菌が好ましい。
【0069】
本実施形態に係る細胞培養基材を用いて培養される細胞としては、温度降下による刺激付与前の表面に接着可能なものであれば特に限定されるものではない。例えばチャイニーズハムスター卵巣由来CHO細胞やマウス結合組織L929、ヒト胎児腎臓由来HEK293細胞やヒト子宮頸部癌由来HeLa細胞等の種々の株化細胞に加え、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン細胞、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関与する肝実質細胞、肝非実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、間葉系幹細胞、骨髄細胞、Muse細胞のように種々の組織に存在する幹細胞、更にはES細胞、iPS細胞等の分化多能性を有する幹細胞(多能性幹細胞)、それらから分化誘導した細胞等が挙げられる。一実施形態に係る細胞培養基材における細胞の増殖性及び剥離性の観点から、幹細胞又は多能性幹細胞が好ましく、間葉系幹細胞又は多能性幹細胞がより好ましく、多能性幹細胞が更に好ましく、iPS細胞が最も好ましい。
【0070】
本実施形態に係る細胞培養基材は、後述する実施例に記載するとおり、多能性幹細胞から三胚葉細胞への分化誘導に好適に使用することができる。本実施形態に係る細胞培養基材はまた、多能性幹細胞から腸上皮細胞への分化誘導に好適に使用することができる。したがって、本実施形態に係る細胞培養基材は、多能性幹細胞から三胚葉細胞への分化誘導用であってもよく、多能性幹細胞から腸上皮細胞への分化誘導用であってもよい。
【0071】
本実施形態に係る細胞培養基材は、例えば、下記工程(1)、工程(2)及び工程(3)を備える製造方法により製造することができる。この製造方法は、量産性に優れる。なお、工程(3)では、プラズマ処理に代えてコロナ処理又はUV処理を行うこともできる。
工程(1)基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子含有する組成物で被覆し、親水性高分子を含有する層を形成する工程。
工程(2)親水性高分子を含有する層にUV照射を行い、親水性高分子を含有する層を、化学反応により、基材の表面に固定化する工程。
工程(3)固定化した親水性高分子を含有する層の表面の一部にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に(A)領域を形成する工程。
【0072】
本実施形態に係る細胞培養基材はまた、下記工程(1’)、工程(2’)、工程(3’)及び工程(4‘)を備える製造方法によっても製造することができる。
工程(1’)繰り返し単位に脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基を含む高分子から形成される基材を用い、基材の表面にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に上記(A)領域を形成する工程。
工程(2’)基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、上記親水性高分子を含有する層を形成する工程。
工程(3’)上記親水性高分子を含有する層の一部にUV照射を行い、上記親水性高分子を含有する層の一部を上記基材の表面に固定化する工程。
工程(4’)上記親水性高分子を溶媒で洗浄し、表面に固定化されていない親水性高分子を溶解させて基材の表面から除去する工程。
【0073】
本実施形態に係る製造方法は、工程(1)、工程(2)及び工程(3)、又は、工程(1’)、工程(2’)、工程(3’)及び工程(4’)に加えて、必要に応じて、下記工程(4)を更に備えるものであってもよい。
工程(4)工程(3)又は(4’)の後に、面内方向の断面積が0.05~100cmの貫通孔を有する板を、基材の親水性高分子を含有する層で被覆した面側で基材と貼り合わせる工程。
【0074】
また、一実施形態に係る製造方法は、工程(3)又は(4’)の後に、下記工程(5)を更に備えていてもよい。なお、工程(4)を実施する場合は、工程(5)は、工程(3)又は(4’)の後、かつ工程(4)の前に実施することが好ましい。
工程(5)工程(3)又は(4’)の後に、プラズマ処理を行った親水性高分子を含有する層の表面を、温度応答性高分子を含有する組成物で被覆し、温度応答性高分子を含有する層を形成する工程。
【0075】
工程(1)では、基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、親水性高分子を含有する層を形成する。親水性高分子を含有する層を形成することで、細胞接着性及び細胞増殖性を有しない状態とすることができる。親水性高分子を含有する層を形成する方法としては、特に限定はないが、例えば、親水性高分子を含有する組成物を基材の表面の少なくとも一部に塗布することで形成する方法が挙げられる。親水性高分子を含有する組成物の塗布方法としては、例えば、塗布、はけ塗り、ディップコーティング、スピンコーティング、バーコーディング、流し塗り、スプレー塗装、ロール塗装、エアーナイフコーティング、ブレードコーティング、グラビアコーティング、マイクログラビアコーティング、スロットダイコーティングなど通常知られている各種の方法を用いることができる。
【0076】
図2は、工程(1)後の表面に親水性高分子を含有する層が形成された基材の模式図(斜視図)である。図2では、基材1の表面の一面全てに親水性高分子を含有する層2が形成されている。
【0077】
工程(2)では、親水性高分子を含有する層2にUV照射を行い、親水性高分子を含有する層を基材の表面に固定化する。UV反応性の親水性高分子にUV照射を行うことで、親水性高分子同士、又は親水性高分子と基材との化学反応が起こり、親水性高分子を含有する層が基材の表面に固定化される。親水性高分子を含有する層が基材表面に固定化されることによって、後述する工程(5)で温度応答性高分子を含有する組成物を塗布した際に、親水性高分子を含有する層を変形させることなく、温度応答性高分子を含有する層を形成することができる。また、親水性高分子を含有する層が基材表面に固定化されることによって、後述する工程(3)で親水性高分子を含有する層の表面の一部に形成した(A)領域の形状を保つこともできる。
【0078】
工程(3)では、固定化した親水性高分子を含有する層の表面の一部にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に(A)領域を形成する。好適なプラズマ処理方法は、使用する親水性高分子の種類や層厚によって適宜調整可能であるが、プラズマ照射時間は、5秒~30分が好ましく、5秒~10分が更に好ましく、10秒~5分が特に好ましく、15秒~1分が最も好ましい。また、(A)領域のパターニングの方法としては、特に限定はないが、メタルマスクやシリコンマスク、表面保護フィルム等で被覆した状態でプラズマ処理を行うことにより、所望の部分(マスクされていない部分)にプラズマ処理を行う方法が挙げられる。
【0079】
図3は、工程(3)後の細胞培養基材の模式図(斜視図)である。図3に示す細胞培養基材10では、等間隔に配置された円の形状の領域(Aで示した領域。例えば、当該領域の面積は0.001~5mmである。)がプラズマ処理を行った部分に該当する。Aで示した領域は、親水性高分子を含有する層2の表面がプラズマ処理により改質されることにより、細胞接着性及び細胞増殖性を有するようになる。また、円の形状の領域以外の領域(Bで示した領域。)は、例えば、メタルマスク等により保護されることでプラズマ処理が行われていない部分に該当する。Bで示した領域は、表面が親水性高分子を含有する層2であるため、細胞接着性又は細胞増殖性を有しない。
【0080】
工程(1’)では、繰り返し単位に脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基を含む高分子基材を用い、基材の表面にプラズマ処理を行い、プラズマ処理を行った部分に上記(A)領域を形成する。脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基を含む高分子基材の表面にプラズマ処理を行うことで、基材表面を細胞の培養に適した構造に変化させることができる。プラズマ処理の条件としては、導入ガスとして空気、窒素又は酸素を用い、1~30パスカルのガス圧において、1秒~10分が好ましく、1秒~5分がさらに好ましく、1秒~1分が特に好ましい。脂環式炭化水素基としては、シクロアルキル基が挙げられ、より具体的には、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロへプチル基、シクロオクチル基、シクロノニル基等が挙げられる。芳香族炭化水素基は、芳香族炭化水素から環を構成する炭素原子に直接結合する水素原子を1個以上除いた基を意味する。芳香族炭化水素基としては、単環式芳香族炭化水素であるベンゼン、多環式芳香族炭化水素であるナフタレン等から環を構成する炭素原子に直接結合する水素原子を1個以上除いた基が挙げられる。
【0081】
また、上記工程(1’)に変えて、細胞の培養に適した成分を基材表面にコーティングしてもよい。細胞の培養に適した成分としては、ポリカルボキシスチレン等の高分子材料を好適に用いることができる。
【0082】
工程(2’)では、基材の表面の少なくとも一部をUV反応性の親水性高分子を含有する組成物で被覆し、上記親水性高分子を含有する層を形成する。塗布方法としては、前述の工程(1)と同様の方法を好適に用いることができる。
【0083】
工程(3’)では、上記親水性高分子を含有する層の一部にUV照射を行い、上記親水性高分子を含有する層の一部を上記基材の表面に固定化する。層の一部の領域にUV照射を行うことで、親水性高分子を含有する層のUV照射された領域だけが基材の表面に固定化される。親水性高分子を含有する層の一部にUV照射を行う方法としては、所望のパターンでクロム蒸着等によりUV透過性を有しない領域を形成した石英マスク等を基材の上に置き、その上からUV照射する方法を挙げることができる。
【0084】
工程(4’)では、上記親水性高分子を溶媒で洗浄し、表面に固定化されていない親水性高分子を溶解させて基材の表面から除去する。固定化されていない親水性高分子を除去することで基材表面を露出させ、(A)領域を形成することができる。工程(4’)で使用する溶媒としては、UV反応性の親水性高分子の自己反応によって副生する化合物、例えばアジド基由来のニトレンを含有する化合物等を除去するのに好適であることから、水とアルコールを含有することが好ましい。水とアルコールの混合溶媒を用いて洗浄することで、(A)領域に残留する親水性高分子由来成分を低減することが可能で、(A)領域の細胞接着性及び細胞増殖性を高めることができる。上記アルコールとしては低級アルコールが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、2-プロパノール、t-ブタノール、イソブタノール、ペンタノール、ヘキサノールが好ましく、メタノール又はエタノールがさらに好ましい。また、上記アルコールの含有量としては、50~95%が好ましく、50~90%がさらに好ましく、60~90%が特に好ましく、70~90%が最も好ましい。
【0085】
工程(4)では、工程(3)又は(4’)の後に、面内方向の断面積が0.05~100cmの貫通孔を有する板を、基材の親水性高分子を含有する層で被覆した面側で基材と貼り合わせる。面内方向の断面積が0.05~100cmの貫通孔を有する板を基材と貼り合わせることにより、培地を入れるための空間を有するプレートを高い量産性で作製可能である。図4は、工程(4)後の細胞培養基材の模式図(斜視図)である。図4に示す細胞培養基材11は、例えば、図3に示す細胞培養基材10等に仕切り板20(面内方向の断面積が0.05~100cmの貫通孔を有する板)を貼り合わせたものである。
【0086】
工程(5)では、工程(3)又は(4’)の後に、プラズマ処理を行った親水性高分子を含有する層の表面を、温度応答性高分子を含有する組成物で被覆し、温度応答性高分子を含有する層を形成する。この際、温度応答性高分子を含有する層の層厚を100nm以下で形成することによって、工程(3)又は(4’)で形成した(A)領域の表面に温度応答性高分子の分子鎖が疎な状態で被覆されやすく、(A)領域の機能(細胞接着性及び細胞増殖性を有する)を維持しながら温度応答性を付与するのに好適である。また、温度応答性高分子を含有する層の層厚を1nm以上とすることで、充分な温度応答性を付与し、細胞凝集塊の形成を迅速に行うことが可能な細胞培養基材を製造することができ、好適である。
【0087】
温度応答性高分子を含有する組成物で被覆する方法としては、前述の親水性高分子を含有する組成物の塗布方法と同様の方法を好適に用いることができる。
【0088】
温度応答性高分子を含有する組成物で被覆する方法としてはまた、細胞培養基材の全面に温度応答性物質を被覆することが好ましい。温度応答性高分子を含有する組成物の被覆に際し、パターニングを行うことなく、通常用いられる塗工方法を用いて被覆することにより、細胞培養基材の量産性を高めることができる。また、細胞培養基材の全面に温度応答性高分子を含有する組成物を被覆することによって、(A)領域に温度応答性を付与するとともに、(B)領域にも温度応答性高分子が被覆される。(B)領域に温温度応答性高分子が被覆されることにより、(B)領域の細胞接着性を低下させることができる。
【0089】
本発明は、また多能性幹細胞の分化誘導方法にも関する。
本実施形態に係る分化誘導方法は、以下の(i)~(iii)工程を含む。本実施形態に係る分化誘導方法は、多能性幹細胞から三胚葉細胞への分化誘導に好適に使用される。
(i)本発明に係る細胞培養基材に多能性幹細胞を播種する工程。
(ii)播種された多能性幹細胞を培養し、高さ/直径の比が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成する工程。
(iii)上記細胞凝集塊を分化誘導し、三胚葉細胞の細胞凝集塊を形成する工程。
【0090】
(i)工程は、上述した本発明に係る細胞培養基材を用いるものであり、当該細胞培養基材に多能性幹細胞を播種する工程である。「細胞を播種する」とは、細胞が分散した培地(以下、「細胞懸濁液」と表記する。)を細胞培養基材上に塗布、又は、細胞培養基材に注入する等により、細胞懸濁液と細胞培養基材とを接触させることを示す。細胞増殖性の領域を有する細胞培養基材を用いることにより、後述する(ii)工程で細胞を培養することができる。細胞培養基材が細胞増殖性の領域を有していない場合、(ii)工程で細胞を培養することができない。
【0091】
上記(i)工程においては、多能性幹細胞の未分化性を維持させるのに有効な条件で、培養が実施される。未分化性を維持させるのに有効な条件としては、特に制限はないが、例えば、培養開始時の多能性幹細胞の密度を下記播種の際の細胞密度として記載した好ましい範囲とすること、適切な液体培地の存在下で行うことなどが挙げられる。多能性幹細胞の未分化性を維持させるのに有効な培地としては、例えば、多能性幹細胞の未分化性を維持するための因子として知られている、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、アスコルビン酸、炭酸水素ナトリウム、塩基性線維芽細胞増殖因子、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)、CCL2、アクチビン、2-メルカプトメタノールのうち1つ以上を添加した培地を好適に用いることができる。多能性幹細胞の未分化性を維持するのに特に好適であることから、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、アスコルビン酸、炭酸水素ナトリウム、塩基性線維芽細胞増殖因子、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)を含有する培地を用いることがより好ましく、塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地を用いることが最も好ましい。
【0092】
上記塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地の種類に特に制限はないが、例えば、市販品としては、DMEM(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、Ham’s F12(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、D-MEM/Ham’s F12(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、Primate ES Cell Medium((株)REPROCELL製)、StemFit AK02N(味の素(株)製)、StemFit AK03(味の素(株)製)、mTeSR1(STEMCELL TECHNOLOGIES製)、TeSR-E8(STEMCELL TECHNOLOGIES製)、ReproNaive((株)REPROCELL製)、ReproXF((株)REPROCELL製)、ReproFF((株)REPROCELL製)、ReproFF2((株)REPROCELL製)、NutriStem(バイオロジカルインタストリーズ社製)、iSTEM(タカラバイオ(株)製)、GS2-M(タカラバイオ(株)製)、hPSC Growth Medium DXF(PromoCell(株)製)等を挙げることができる。多能性幹細胞の未分化状態を維持するのに好適であることから、Primate ES Cell Medium((株)REPROCELL製)、StemFit AK02N(味の素(株)製)又はStemFit AK03(味の素(株)製)が好ましく、StemFit AK02N(味の素(株)製)又はStemFit AK03(味の素(株)製)がより好ましく、StemFit AK02N(味の素(株)製)が特に好ましい。
【0093】
上記(i)工程において、多能性幹細胞の播種方法に特に制限はないが、例えば、細胞培養基材に細胞懸濁液を注入することで行うことが出来る。播種の際の細胞密度は特に制限はないが、多能性幹細胞を維持することができ、かつ増殖させることができるように、1.0×10~1.0×10cells/cmが好ましく、5.0×10~5.0×10cells/cmがより好ましく、1.0×10~2.0×10cells/cmが更に好ましく、1.2×10~1.0×10cells/cmが最も好ましい。
【0094】
上記(i)工程で用いる培地としてはまた、多能性幹細胞の生存を維持するのに好適であることから、上記塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地に更にRho結合キナーゼ阻害剤を添加した培地を用いることが好ましい。特にヒトの多能性幹細胞を用いる場合であって、ヒトの多能性幹細胞の細胞密度が低い状態において、Rho結合キナーゼ阻害剤が添加されていると、ヒトの多能性幹細胞の生存維持に効果的な場合がある。Rho結合キナーゼ阻害剤としては、例えば、(R)-(+)-trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl・H2O(和光純薬工業(株)製Y-27632)、1-(5-Isoquinolinesulfonyl)homopiperazine Hydrochloride(和光純薬工業(株)製HA1077)を用いることができる。培地に添加されるRho結合キナーゼ阻害剤の濃度としては、ヒトの多能性幹細胞の生存維持に有効な範囲であってヒトの多能性幹細胞の未分化状態に影響を与えない範囲であり、好ましくは1μM~50μMであり、より好ましくは3μM~20μMであり、更に好ましくは5μM~15μMであり、最も好ましくは8μM~12μMである。
【0095】
上記(i)工程を開始するとまもなく、多能性幹細胞は細胞培養基材に接着し始める。
【0096】
(ii)工程では、播種された多能性幹細胞を培養し、高さ/直径の比が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成する。「高さ」は、例えば、細胞培養基材の基材面外方向における細胞の直径の最大値であってよい。「直径」は、例えば、細胞培養基材の基材面内方向における細胞の直径の最大値であってよい。
【0097】
(ii)工程での培養は、多能性幹細胞の増殖能や生理活性,機能維持に好適であることから、培養温度としては、好ましくは30~42℃、より好ましくは32~40℃、更に好ましくは36~38℃、最も好ましくは37℃である。
【0098】
(ii)工程を開始して22~26時間後に、最初の培地交換を行うことが好ましい。その48~72時間後に2度目の培地交換を行い、その後、24~48時間毎に培地交換を行うことが好ましい。この間、多能性幹細胞は増殖し、コロニーと呼ばれる平たい細胞塊を形成する。コロニーは細胞培養基材に細胞が2次元的に接着した状態である。コロニーの大きさが(A)領域のサイズ程度になるまで培養を継続させ、更に培養を継続することで、3次元的な細胞凝集塊を形成する。3次元的な細胞凝集塊の形状は、高さ/直径の比が0.2~0.8の半球状であることが好ましい。高さ/直径の比は、顕微鏡により複数の細胞凝集塊を観察して値を算出し、平均することで求められる。高さ/直径の比が0.2~0.8の半球状の細胞凝集塊を形成することにより、多能性幹細胞から三胚葉細胞への分化誘導を効率的に行うことができる。また、三胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適であることから、高さ/直径の比が0.3~0.7であることがより好ましく、0.4~0.6が更に好ましい。
【0099】
(iii)工程では、上記細胞凝集塊(多能性幹細胞の細胞凝集塊)を分化誘導し、三胚葉細胞の細胞凝集塊を形成する。なお、(iii)工程は、(ii)工程の後に行ってもよいし、(ii)工程と並行して行ってもよい。すなわち、播種した多能性幹細胞が細胞培養基材に接着後、すぐに(ii)工程及び(iii)工程を開始し、細胞凝集塊を形成しつつ分化誘導を行ってもよい。なお、三胚葉細胞とは、内胚葉細胞、中胚葉細胞、外胚葉細胞のいずれかを示す。(iii)工程では、分化誘導因子を含む培地中で細胞を培養する。
【0100】
内胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、(iii)工程における分化誘導因子が、内胚葉誘導因子を含有することが好ましい。内胚葉誘導因子としては、胚様体への分化誘導効率を高めるのに好適のため、Wntタンパク質、Bone morphogenetic protein(BMP)、インスリン様成長因子及びアクチビンからなる群より選択される単一又は複数の分化誘導因子であることが好ましく、特にWnt3a、BMP4、IGFI、アクチビンAのいずれかを含有することが好ましい。
【0101】
中胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、(iii)工程における分化誘導因子が、中胚葉誘導因子を含有することが好ましい。中胚葉誘導因子としては、胚様体への分化誘導効率を高めるのに好適のため、GSK3β阻害剤、Bone morphogenetic protein(BMP)及びアクチビンからなる群より選択される単一又は複数の分化誘導因子であることが好ましく、特にアクチビンA、CHIR99021(GSK3β阻害剤)、BMP4のいずれかを含有することが好ましい。
【0102】
外胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、(iii)工程における分化誘導因子が、外胚葉誘導因子を含有することが好ましい。上記外胚葉誘導因子としては、Noggin(BMP阻害剤)、dorsomorphin(BMP阻害剤)、SB431542(TGF-β阻害剤)、アクチビン阻害剤、のいずれかを含有することが好ましく、BMP阻害剤及びTGF-β阻害剤を含有することがより好ましい。
【0103】
分化誘導因子の培地への添加濃度については特に限定されないが、三胚葉細胞への分化誘導効率を高めるのに好適のため、好ましくは1000~500ng/mLであり、より好ましくは500~100ng/mLであり、最も好ましくは100ng/mL以下である。
【0104】
分化誘導因子を含む培地は、充分に分化誘導を進行させるために、培養中は24時ごとに交換することが好ましい。24時間以内に培地を交換することで、培地中の分化誘導因子が不足することを防ぎ、均一に全ての多能性幹細胞を分化させることができる。
【0105】
本実施形態に係る多能性幹細胞の分化誘導方法は、以下の(iv)工程を更に有していてもよい。(iv)工程を含む場合の分化誘導方法は、多能性幹細胞から腸上皮細胞への分化誘導に好適に使用される。
(iv)Wntタンパク質、Bone morphogenetic protein(BMP)、インスリン様成長因子及びアクチビンからなる群より選択される少なくとも一種の分化誘導因子を含む培地中で細胞凝集塊を培養し、腸上皮細胞が有するマーカーを発現させる工程。
【0106】
腸上皮細胞は、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞及び腸上皮幹細胞のいずれか又は複数の細胞を有するのが好ましく、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞及び腸上皮幹細胞をすべて含むことがより好ましい。腸上皮細胞は特有のマーカーを有する。例えば、腸細胞マーカーとして、CDX2及びVIL1、杯細胞マーカーとしてMUC2、腸管内分泌細胞マーカーとしてCGA、パネート細胞マーカーとしてDEFA6、腸上皮幹細胞マーカーとしてLGR5が挙げられる。
【0107】
本発明に係る細胞培養基材は、基材面外方向の高さが高い凹凸構造を表面に有しないことから、培地を接触させた際に気泡が細胞培養基材表面に付着しづらい。本発明に係る細胞培養基材は、例えば、気泡の付着数が、(A)領域の数に対して10%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、3%以下が更に好ましく、1%以下が最も好ましい。
【0108】
本発明に係る細胞培養基材を用いて形成される細胞凝集塊は、従来の微細凹凸構造を利用した細胞凝集塊形成と比較して、接着した細胞が自発的に集合することから、高い細胞生存率を有する。例えば、生存率50%細胞を用いた場合、形成される細胞凝集塊の細胞生存率として70%以上が好ましく、80%以上がより好ましく、85%以上が更に好ましく、90%以上が最も好ましい。
【実施例
【0109】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例により限定されるものではない。なお、断りのない限り、試薬は市販品を用いた。
【0110】
<(A)領域の面積の測定>
レーザー顕微鏡(キーエンス(株)製、製品名VK-X200)を用いて、細胞培養基材の表面の画像を取得した。得られた画像を使用して、解析ソフトVK-X Viewer上で20点の(A)領域の面積を求め、それらの面積を平均して(A)領域の面積とした。
【0111】
<(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さの測定>
レーザー顕微鏡(キーエンス(株)製、製品名VK-X200)を用いてレーザー走査モードにより、細胞培養基材の面外方向の厚みを測定することで、境界における凹凸高さを測定した。
【0112】
<気泡付着評価>
細胞培養基材に培地StemFitAK02N(味の素(株)製)を加え、顕微鏡で観察することにより気泡の付着の有無を確認した。
【0113】
<細胞凝集塊の評価>
(細胞凝集塊の培養)
細胞培養基材に培地StemFitAK02N(味の素(株)製)を0.2mL/cm加え、iMatrix-511溶液((株)ニッピ製)を2.5μL/mLの濃度で加えた。死細胞を混合することで全細胞に対する生存細胞の割合(細胞生存率)が50%となるように調整したヒトiPS細胞201B7株を用い、15000個(生細胞及び死細胞の合計細胞数)/cmとなるように播種し、37℃、CO濃度5%の環境下で培養した。また、細胞を播種してから24時間後までは、培地にY-27632(和光純薬工業(株)製)(濃度10μM)を添加した。培養開始から1日後又は2日後に細胞凝集塊の形成の有無を確認した。
【0114】
(冷却による細胞凝集塊の剥離)
細胞凝集塊の形成を確認後、室温で30分間冷却することで細胞凝集塊の剥離を確認した。
【0115】
(細胞生存率の評価)
細胞凝集塊の形成を確認後、TrypLE-EDTA溶液(TrypLE select(ThermoFisher製)と0.5mM EDTA溶液(Invitrogen社製)の1:1混合物)で細胞を処理した後にセルスクレーパーを用いて細胞をシングルセルで剥離回収し、トリパンブルーにより染色することで細胞生存率を測定した。
【0116】
<親水性高分子及び温度応答性高分子の層厚の測定>
基材に被覆された重合体(親水性高分子及び温度応答性高分子)の層厚は、基材の表面積、溶液中の高分子の濃度、基材に滴下した溶液体積から、高分子の比重を1として単位面積当たりの被覆量を計算することで求めた。
【0117】
<温度応答性高分子の組成の測定>
温度応答性高分子の組成は、核磁気共鳴測定装置(日本電子(株)製、商品名JNM-GSX400)を用いたプロトン核磁気共鳴分光(H-NMR)スペクトル分析、又は、核磁気共鳴測定装置(ブルカー製、製品名AVANCEIIIHD500)を用いたカーボン核磁気共鳴分光(13C-NMR)スペクトル分析より求めた。
【0118】
<温度応答性高分子の分子量及び分子量分布の測定>
重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)及び分子量分布(Mw/Mn)は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)によって測定した。GPC装置は東ソー(株)製 HLC-8320GPCを用い、カラムは東ソー(株)製 TSKgel Super AWM-Hを2本用い、カラム温度を40℃に設定し、溶離液は10mMトリフルオロ酢酸ナトリウムを含む1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロー2-イソプロパノール、又は10mM臭化リチウムを含むN,N-ジメチルホルムアミドを用いて測定した。測定試料は1.0mg/mLで調製して測定した。分子量の検量線は、分子量既知のポリメタクリル酸メチル(Polymer Laboratories Ltd.製)を用いた。
【0119】
<基材の自家蛍光強度評価>
基材に対し露光時間0.4秒で、350nm、488nm、及び647nmの励起波長をそれぞれ有する光を照射し、蛍光画像を撮影した。これらの画像のRGB値を求め、励起波長350nmではR値、励起波長488nmではG値、励起波長647nmではB値を蛍光強度とした。厚み1.2mmのポリスチレン板で同様の測定を行い、厚み1.2mmのポリスチレン板での値に対する相対値を、各基材の蛍光強度として表4に示した。
【0120】
[実施例1]
親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.06wt%で含有する水/エタノール溶液を、直径3.5cmのポリスチレン(PS)ディッシュ(基材)に0.8mL滴下し、室温で減圧乾燥した後、UV照射することで親水性高分子を硬化させ、親水性高分子の層を形成した。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを、親水性高分子の層上に置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間30秒間)を行うことで、プラズマ処理した部分に細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域((A)領域)を形成した。また、メタルマスクでマスクした部分に(B)領域を形成した。
【0121】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が600nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが32nmであった。
【0122】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は89%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0123】
[実施例2]
実施例1におけるプラズマ照射時間を10分間に変更したこと以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0124】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が600nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが85nmであった。
【0125】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は91%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0126】
[実施例3]
実施例1におけるプラズマ処理のガス圧を13Paに変更したこと、及びプラズマ照射時間を20分間に変更したこと以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0127】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が600nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが452nmであった。
【0128】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は78%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0129】
[実施例4]
親水性高分子としてホスホリルコリン基を含有するポリマー(Lipidure-CM5210、日油(株)製)を固形分濃度0.01wt%で含有するエタノール溶液を、直径3.5cmのポリスチレンディッシュ(基材)に0.08mL滴下し、室温で減圧乾燥し、親水性高分子の層を形成した。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを、親水性高分子の層上に置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間30秒間)を行うことで、プラズマ処理した部分に細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域((A)領域)を形成した。また、メタルマスクでマスクした部分に(B)領域を形成した。
【0130】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が10nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが23nmであった。
【0131】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は87%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0132】
[実施例5]
親水性高分子の固形分濃度を0.05wt%に変更したこと以外は実施例4と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0133】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が50nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが21nmであった。
【0134】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は92%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0135】
[実施例6]
親水性高分子の固形分濃度を0.15wt%に変更したこと以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0136】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層厚が1500nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが34nmであった。
【0137】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は85%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0138】
[実施例7]
直径3.5cmのポリスチレン(PS)ディッシュに代えて、膜厚188μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(ルミラー、東レ(株)製)(基材)を使用したこと以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。なお、培養は作製した細胞培養基材を切り抜いたものをシャーレの中に固定化して実施した。
【0139】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層厚が600nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが38nmであった。
【0140】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は84%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0141】
[実施例8]
直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクに代えて、直径1.5mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを使用したこと以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0142】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層厚が600nm、(A)領域の面積が1.76mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが35nmであった。
【0143】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は89%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0144】
この細胞培養基材を用い、ヒトiPS細胞の腸上皮細胞への分化誘導を行った。細胞培養基材に1% Vitronectin(VTN-N)Recombinant Human Protein溶液(Gibco製)を1.0mL/ディッシュ加え、1時間、25℃で静置した。1時間後1%VTN溶液を除去し、未分化性維持培地であるStemFitAK02N(味の素(株)製)を2.0mL/ディッシュ加え、更にヒトiPS細胞201B7株を3900個/cmとなるように播種し、37℃、CO濃度5%の環境下で培養した。また、細胞の播種から24時間後までは、培地にY-27632(富士フィルム和光純薬(株)製)(濃度10μM)を添加した。位相差顕微鏡観察により、細胞培養基材上に接着した複数の円形の胚様体を確認した。
【0145】
細胞の播種から24時間後、下記分化誘導培地を2.0mL/ディッシュ加え、分化誘導を開始した。
腸上皮細胞への分化誘導培地の組成は、85% KnockOut DMEM(ThermoFisher製)、15%KnockOut Serum Replacement XenoFree(ThermoFisher製)、0.1mM 非必須アミノ酸(シグマ・アルドリッチ製)、2mM Gluta Max-I Supplement(ThermoFisher製)、20ng/mL 塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF、PEPRO TECH製)、50μg/mL L(+)-アスコルビン酸(富士フィルム和光純薬(株))、10ng/mL ヘレグリン-β-1(富士フィルム和光純薬(株))、200ng/mL Long(R)R3IGF-I(シグマ・アルドリッチ製)、1% ペニシリン-ストレプトマイシン溶液(×100)(富士フィルム和光純薬(株))である。分化誘導培地を添加した時点を“分化0日目”とした。その後、“分化64日目”まで培養72時間おきに分化誘導培地を交換した。
【0146】
図5は、“分化0日目”、“分化43日目”及び“分化64日目”の細胞の位相差顕微鏡画像である。図5に示すとおり、“分化43日目”に小腸由来ののう胞形成を確認し、また、“分化64日目”にのう胞が細胞培養基材から剥離した。
【0147】
“分化64日目”において、ディッシュ内の上記分化誘導培地を除去し、PBS(-)を2.0mL/ディッシュ加え、洗浄した。洗浄後、ディッシュに細胞剥離液を1.0mL/ディッシュ加え、37℃、CO濃度5%の環境下で5分間静置させた。所定時間静置させた後に、細胞剥離液を除去し、分化誘導培地を1.0mL/ディッシュ加え、細胞を分散させた。得られた細胞懸濁液を回収し、Luna自動細胞計数装置(ロゴスバイオシステムズ製)を用いて細胞数を計測した。
【0148】
腸上皮細胞への分化誘導を評価するために、ハウスキーピング遺伝子マーカー(GAPDH)、腸細胞マーカー(CDX2)、吸収上皮マーカー(VIL1)、腸幹細胞マーカー(LGR5)を採用し、腸細胞マーカー及び腸幹細胞マーカーのmRNAの相対発現レベルを定量した。陽性対照として健常成人の小腸組織(R1234226-50、BioChainInstitute)を使用した。
【0149】
細胞数計測で回収した“分化64日目”の細胞を、1.5mLサンプルチューブにそれぞれ1.0×10個/チューブ分取した。遠心分離(室温、800×g、5分)を行い、上澄み液を除去した。RNeasy Plus Mini Kit(QIAGEN社製)を使用して、細胞からRNAを抽出した。抽出したRNAの濃度をQubit4 Fluorometerで測定し、1μg/6μLになるようにRNase―free Water(タカラバイオ(株)製)で濃度調製した。逆転写反応には、ReverTra Ace qRT Master Mix with gDNA Remover(東洋紡(株)製)を使用した。1μLの5倍希釈cDNA(逆転写産物の1/100に相当)に対して、オリゴdTプライマー、下記表1に示す塩基配列を有するプライマー(INTEGRATED DNA TECHNOLOGIES社製)及びTHUNDERBIRD Probe qPCR Mix(東洋紡(株)製)を用いてリアルタイムPCR解析をQuantStudio3リアルタイムPCRシステム(Thermo Fisher Scientific(株)製)で解析した。その結果、“分化64日目”の細胞において腸組織由来のCDX2、VIL1及びLGR5が発現していることを確認した。
【0150】
【表1】
【0151】
[実施例9]
親水性高分子としてホスホリルコリン基及びUV反応性の官能基を含有するポリマー(Lipidure-CM5210、日油(株)製)を固形分濃度0.05wt%で含有するエタノール溶液を、直径3.5cmのポリスチレンディッシュ(基材)に0.08mL滴下し、室温で減圧乾燥し、親水性高分子の層を形成した。直径0.2mmの円形の穴を複数有するメタルマスクを、親水性高分子の層上に置き、プラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてメタルマスクの上からプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間30秒間)を行うことで、プラズマ処理した部分に細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域((A)領域)を形成した。また、メタルマスクでマスクした部分に(B)領域を形成した。
【0152】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が50nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが33nmであった。
【0153】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は86%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0154】
[実施例10]
実施例1と同様にして作製した細胞培養基材の表面(親水性高分子を含有する層が形成されている側)を、水不溶性ブロックセグメント及び温度応答性ブロックセグメントを有するブロック共重合体(温度応答性高分子)で被覆し、細胞培養基材を作製した。具体的には、試験管に、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタノイックアシッド0.40g(0.1mmol)、n-ブチルメタクリレート7.11g(50mmol)、アゾビス(イソブチロニトリル)33mg(0.2mmol)を加え、1,4-ジオキサン50mLに溶解した。窒素バブリングにより30分脱気を行った後、70℃で24時間反応させた。反応終了後、反応溶媒をロータリーエバポレーターにて減圧留去し、反応溶液を濃縮した。濃縮液をメタノール250mLに注ぎ、析出した黄色油状物質を回収して減圧乾燥し、n-ブチルメタクリレート重合体を得た。
【0155】
試験管に、得られた上記n-ブチルメタクリレート重合体0.9g(0.3mmol)、N-イソプロピルアクリルアミド8.14g(72mmol)、アゾビスイソブチロニトリル5mg(0.03mmol)を加え、1,4-ジオキサン15mLに溶解させた。窒素バブリングにより30分脱気を行った後、65℃で17時間反応させた。反応終了後、反応溶媒をアセトンで希釈し、ヘキサン500mLに注ぎ、析出した固体を回収して減圧乾燥した。また、アセトンに再度溶解させ、純水500mLに注ぎ、析出した固体を回収して減圧乾燥し、N-イソプロピルアクリルアミドとn-ブチルメタクリレートのブロック共重合体を得た。合成したブロック共重合体をエタノールに0.5wt%で溶解し、細胞培養基材の表面(親水性高分子を含有する層が形成されている側)に2000rpmでスピンコートした。
【0156】
なお、ブロック共重合体の構成単位比率はn-ブチルメタクリレート4wt%、N-イソプロピルアクリルアミド96wt%であり、ブロック共重合体の数平均分子量(Mn)は、7.7万であった。ブロック共重合体(温度応答性高分子)層の層厚は、ポリスチレンディッシュ上へブロック共重合体(温度応答性高分子)を直接被覆した場合の検量線から求めた。その結果、ブロック共重合体(温度応答性高分子)層の層厚は、25nmであった。
【0157】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が600nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが4nmであった。
【0158】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。細胞凝集塊は細胞培養基材を冷却することで剥離した。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は88%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0159】
[実施例11]
実施例1と同様にして作製した細胞培養基材の表面(親水性高分子を含有する層が形成されている側)を、水不溶性の単量体単位と温度応答性の単量体単位からなるランダム共重合体で被覆し、細胞培養基材を作製した。具体的には、試験管に、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタノイックアシッド0.40g(0.1mmol)、n-ブチルメタクリレート7.11g(50mmol)、アゾビス(イソブチロニトリル)33mg(0.2mmol)、N-イソプロピルアクリルアミド5.65g(50mmol)、アゾビスイソブチロニトリル5mg(0.03mmol)を加え、1,4-ジオキサン15mLに溶解させた。窒素バブリングにより30分脱気を行った後、70℃で24時間反応させた。反応終了後、反応溶媒をアセトンで希釈し、ヘキサン500mLに注ぎ、析出した固体を回収して減圧乾燥した。また、アセトンに再度溶解させ、純水500mLに注ぎ、析出した固体を回収して減圧乾燥し、N-イソプロピルアクリルアミドとn-ブチルメタクリレートのランダム共重合体を得た。得られたランダム共重合体をエタノールに0.5wt%で溶解し、細胞培養基材の表面(親水性高分子を含有する層が形成されている側)に2000rpmでスピンコートした。
【0160】
なお、ランダム共重合体の構成単位比率はn-ブチルメタクリレート54wt%、N-イソプロピルアクリルアミド46wt%であり、ランダム共重合体の数平均分子量(Mn)は、15.8万であった。ランダム共重合体層の層厚は、ポリスチレンディッシュ上へランダム共重合体を直接被覆した場合の検量線から求めた。その結果、ランダム共重合体層の層厚は、25nmであった。なお、ランダム共重合体層は、温度応答性高分子による層には該当しないが、表2では、便宜上、温度応答性高分子による層の欄に記載している。
【0161】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が600nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが4nmであった。
【0162】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。細胞凝集塊は細胞培養基材を冷却することでは剥離しなかった。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は85%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0163】
[実施例12]
膜厚180μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(コスモシャイン、東洋紡(株)製)にプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間30秒間)を行った。親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.1wt%で含有する水/エタノール溶液を、上記PETフィルムのプラズマ処理面に2000rpmでスピンコートした。直径0.2mmの円形のクロム蒸着領域を複数有する石英マスクを、親水性高分子の層上に置き、高圧水銀灯を用いて石英マスクの上から10秒間UV照射を行った。水/エタノール=20/80の混合溶媒で洗浄し、UV未照射の親水性ポリマーを溶解除去することで、細胞接着性及び細胞増殖性を有する領域((A)領域)を形成した。また、UV照射部分に(B)領域を形成した。このPETフィルムを底面が底抜けしているウェルプレート(貫通孔を有する板)と貼り合わせた。
【0164】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が50nm、(A)領域の面積が0.03mm、(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さが50nmであった。
【0165】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から2日後に細胞凝集塊の形成を確認した。目視判定では、形成された細胞凝集塊のサイズは均一であった。細胞凝集塊の高さ/直径の比は0.5と推定された。また、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は90%であり、高い細胞生存率であった。また、培地添加時に気泡は細胞培養基材に付着していなかった。
【0166】
[参考例1]
実施例12の洗浄工程で用いる溶媒として、水/エタノール=20/80の混合溶媒の代わりに、純水、水/エタノール=80/20の混合溶媒、水/エタノール=50/50の混合溶媒、エタノールを用いて、その他は実施例12と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0167】
これらの細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い比較した結果を表3に示す。洗浄工程で水/エタノール混合溶媒を用いることで(A)領域の細胞接着性及び細胞増殖性を高めることが可能とわかった。
【0168】
[参考例2]
実施例12の基材として、PETフィルムの代わりに厚み1.2mmのPS板、厚み0.1mmのポリカーボネート(PC)フィルム(ユーピロン、三菱ガス(株)製)、ポリエチレン(PE)フィルム、ポリプロピレン(PP)フィルム、パーマノックススライドチャンバー(ThermoScientific製)を用い、その他は実施例12と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0169】
これらの細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養した細胞を拡大倍率40倍で位相差観察した。また、蛍光染色して細胞を観察し、比較した結果を表4に示す。基材が脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基を構成単位に含む高分子を有することで(A)領域の細胞増殖性に優れることがわかった。また、基材の屈折率が1.4~1.6、厚みが0.01~0.5mmであることで、細胞の明瞭な位相差像を得られることがわかった。さらに、基材の自家蛍光が低いことで、細胞の明瞭な蛍光像を得られることがわかった。
【0170】
[比較例1]
親水性高分子の固形分濃度を0.003wt%に変更したこと以外は実施例4と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0171】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が3nm、プラズマ処理した領域の面積が0.03mm、プラズマ処理した領域とプラズマ処理していない領域の境界における凹凸高さが25nmであった。
【0172】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、細胞培養基材の全面で細胞が接着及び増殖し、細胞凝集塊は形成されなかった。
【0173】
[比較例2]
親水性高分子の固形分濃度を3wt%に変更したこと以外は実施例4と同様にして細胞培養基材を作製した。
【0174】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層の層厚が3000nm、プラズマ処理した領域の面積が0.03mm、プラズマ処理した領域とプラズマ処理していない領域の境界における凹凸高さが38nmであった。
【0175】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、細胞は接着及び増殖しなかったため、細胞凝集塊は形成されなかった。
【0176】
[比較例3]
直径3.5cmのポリスチレン(PS)ディッシュの内面をプラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間30秒間)した。親水性高分子としてアジド基を有するポリビニルアルコール(BIOSURFINE(R)-AWP、東洋合成工業(株)製)を固形分濃度0.08wt%で含有するエタノール溶液を、プラズマ処理したPSディッシュに0.8mL滴下し、室温で減圧乾燥し、親水性高分子の膜を形成した。直径0.2mmの円形の黒色パターンを複数有するクロムマスクを親水性高分子の膜上に置き、UV照射することで親水性高分子の一部を硬化させた。次いで、純水で複数回洗浄することにより未硬化の親水性高分子を除去した。作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。
【0177】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から1日後に細胞凝集塊の形成を確認したが、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は65%であり、細胞生存率が低いものであった。
【0178】
[比較例4]
直径3.5cmのポリスチレン(PS)ディッシュの内面をプラズマ照射装置((株)真空デバイス製、商品名プラズマイオンボンバーダPIB-20)を用いてプラズマ処理(20Paガス圧下、導電電流20mA、照射時間30秒間)した。表面保護フィルム(日東電工(株)製、E-MASK)にレーザー加工により直径0.2mmの円形の穴を複数形成し、この表面保護フィルムをプラズマ処理したPSディッシュの内面に貼り付けた。
【0179】
作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。作製した細胞培養基材は親水性高分子の層を有さず、プラズマ処理した領域(表面保護フィルムで被覆されていない領域)の面積が0.03mm、プラズマ処理した領域(表面保護フィルムで被覆されていない領域)と表面保護フィルムで被覆されている領域の境界における凹凸高さが約58μmであった。
【0180】
この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行い、培養開始から1日後に細胞凝集塊の形成を確認したが、細胞凝集塊に含まれる細胞の生存率は53%であり、細胞生存率が低いものであった。また、培地添加時に細胞培養基材に気泡が付着していた。
【0181】
[比較例5]
プラズマ処理を実施しなかったこと以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、細胞は接着及び増殖しなかったため、細胞凝集塊は形成されなかった。
【0182】
[比較例6]
親水性高分子を使用しなかったこと(親水性高分子の層を形成しなかったこと)以外は実施例1と同様にして細胞培養基材を作製した。作製した細胞培養基材の構成及び評価結果を表2に示す。この細胞培養基材上でヒトiPS細胞の培養評価を行ったが、細胞培養基材の全面で細胞が接着及び増殖し、細胞凝集塊は形成されなかった。
【0183】
【表2】
【表3】
【表4】
【符号の説明】
【0184】
A…(A)領域、B…(B)領域、H…(A)領域と(B)領域の境界における凹凸高さ、1…基材、2…親水性高分子を含有する層、10,11…細胞培養基材、20…仕切り板。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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