(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-11
(45)【発行日】2025-04-21
(54)【発明の名称】電気泳動システム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/447 20060101AFI20250414BHJP
【FI】
G01N27/447 301C
G01N27/447 315K
G01N27/447 331E
G01N27/447 331K
(21)【出願番号】P 2023574964
(86)(22)【出願日】2022-01-20
(86)【国際出願番号】 JP2022001880
(87)【国際公開番号】W WO2023139711
(87)【国際公開日】2023-07-27
【審査請求日】2024-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥野 恵佳
(72)【発明者】
【氏名】宮田 仁史
(72)【発明者】
【氏名】木村 隆介
(72)【発明者】
【氏名】山崎 基博
(72)【発明者】
【氏名】山本 周平
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 満
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/210144(WO,A1)
【文献】特開2009-042226(JP,A)
【文献】特開2010-072003(JP,A)
【文献】特開2007-212449(JP,A)
【文献】国際公開第2016/157272(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気泳動装置および前記電気泳動装置を制御するコンピュータを備えた電気泳動システムであって、
前記電気泳動装置は、
内部でサンプルを電気泳動させる複数のキャピラリ、
前記キャピラリの検出位置に対して光を照射する光源、
前記光源からの光が前記サンプルに対して照射されたとき前記サンプルに含まれる成分に依存して発生する信号光を検出する検出器、
前記複数のキャピラリを洗浄する洗浄液を収容した洗浄容器、
前記洗浄容器を移動させることにより前記複数のキャピラリに対する前記洗浄容器の位置を変更するステージ、
を備え、
前記コンピュータは、複数のキャピラリのうち第1キャピラリに対して前記サンプルを導入した後において前記洗浄容器内に残留している前記サンプルが前記複数のキャピラリのうち第2キャピラリを用いて前記サンプルを分析する際に影響を与えるキャリーオーバーを減少させる動作を、前記ステージに実施させ
、
前記電気泳動装置はさらに、洗浄液を収容した洗浄槽を備え、
前記コンピュータは、前記第1キャピラリに対して前記サンプルを注入してから前記第1キャピラリにおいて電気泳動を実施するまでの間において、前記第1キャピラリの端部を前記洗浄槽内に対して出し入れするように前記ステージを制御することにより、前記キャリーオーバーを減少させる
ことを特徴とする電気泳動システム。
【請求項2】
電気泳動装置および前記電気泳動装置を制御するコンピュータを備えた電気泳動システムであって、
前記電気泳動装置は、
内部でサンプルを電気泳動させる複数のキャピラリ、
前記キャピラリの検出位置に対して光を照射する光源、
前記光源からの光が前記サンプルに対して照射されたとき前記サンプルに含まれる成分に依存して発生する信号光を検出する検出器、
前記複数のキャピラリを洗浄する洗浄液を収容した洗浄容器、
前記洗浄容器を移動させることにより前記複数のキャピラリに対する前記洗浄容器の位置を変更するステージ、
を備え、
前記コンピュータは、複数のキャピラリのうち第1キャピラリに対して前記サンプルを導入した後において前記洗浄容器内に残留している前記サンプルが前記複数のキャピラリのうち第2キャピラリを用いて前記サンプルを分析する際に影響を与えるキャリーオーバーを減少させる動作を、前記ステージに実施させ
、
前記電気泳動装置はさらに、洗浄液を収容した洗浄槽を備え、
前記コンピュータは、前記第1キャピラリにおいて電気泳動を実施してから前記第2キャピラリに対して前記サンプルを注入するまでの間において、前記第1キャピラリの端部を前記洗浄槽内に対して出し入れするように前記ステージを制御することにより、前記キャリーオーバーを減少させる
ことを特徴とする電気泳動システム。
【請求項3】
電気泳動装置および前記電気泳動装置を制御するコンピュータを備えた電気泳動システムであって、
前記電気泳動装置は、
内部でサンプルを電気泳動させる複数のキャピラリ、
前記キャピラリの検出位置に対して光を照射する光源、
前記光源からの光が前記サンプルに対して照射されたとき前記サンプルに含まれる成分に依存して発生する信号光を検出する検出器、
前記複数のキャピラリを洗浄する洗浄液を収容した洗浄容器、
前記洗浄容器を移動させることにより前記複数のキャピラリに対する前記洗浄容器の位置を変更するステージ、
を備え、
前記コンピュータは、複数のキャピラリのうち第1キャピラリに対して前記サンプルを導入した後において前記洗浄容器内に残留している前記サンプルが前記複数のキャピラリのうち第2キャピラリを用いて前記サンプルを分析する際に影響を与えるキャリーオーバーを減少させる動作を、前記ステージに実施させ
、
前記電気泳動装置はさらに、ブランクサンプルを収容したブランク容器を備え、
前記コンピュータは、前記第1キャピラリに対して前記サンプルを注入してから前記第1キャピラリにおいて電気泳動を実施するまでの間において、前記第1キャピラリの端部を前記ブランクサンプル内に浸漬するように前記ステージを制御することにより、前記キャリーオーバーを減少させる
ことを特徴とする電気泳動システム。
【請求項4】
電気泳動装置および前記電気泳動装置を制御するコンピュータを備えた電気泳動システムであって、
前記電気泳動装置は、
内部でサンプルを電気泳動させる複数のキャピラリ、
前記キャピラリの検出位置に対して光を照射する光源、
前記光源からの光が前記サンプルに対して照射されたとき前記サンプルに含まれる成分に依存して発生する信号光を検出する検出器、
前記複数のキャピラリを洗浄する洗浄液を収容した洗浄容器、
前記洗浄容器を移動させることにより前記複数のキャピラリに対する前記洗浄容器の位置を変更するステージ、
を備え、
前記コンピュータは、複数のキャピラリのうち第1キャピラリに対して前記サンプルを導入した後において前記洗浄容器内に残留している前記サンプルが前記複数のキャピラリのうち第2キャピラリを用いて前記サンプルを分析する際に影響を与えるキャリーオーバーを減少させる動作を、前記ステージに実施させ
、
前記電気泳動装置はさらに、ブランクサンプルを収容したブランク容器と洗浄液を収容した洗浄槽とを備え、
前記コンピュータは、前記第1キャピラリにおいて電気泳動を実施してから前記第2キャピラリにおいて次の電気泳動を実施するまでの間において、
前記第1キャピラリの端部を前記ブランクサンプル内に浸漬し、
前記第1キャピラリの端部を前記洗浄液内に浸漬し、
前記第1キャピラリにおいて電気泳動を実施することにより前記第1キャピラリ内に残留する前記サンプルを押し流す
ように前記ステージを制御する
ことを特徴とする電気泳動システム。
【請求項5】
前記コンピュータは、前記第1キャピラリと前記第2キャピラリとの間の空間クロストークを抑制するように、前記ステージを制御する
ことを特徴とする請求項1
から4のいずれか1項記載の電気泳動システム。
【請求項6】
前記コンピュータは、前記キャピラリに対して前記サンプルを注入するタイミングが前記第1キャピラリと前記第2キャピラリとの間において互いに異なるように、前記ステージを制御することにより、前記空間クロストークを抑制する
ことを特徴とする請求項
5記載の電気泳動システム。
【請求項7】
前記コンピュータは、前記キャピラリの内部を移動する前記成分が前記検出位置に到達するタイミングが前記第1キャピラリと前記第2キャピラリとの間において互いに異なるように、前記電気泳動装置を制御することにより、前記空間クロストークを抑制する
ことを特徴とする請求項
5記載の電気泳動システム。
【請求項8】
前記コンピュータは、前記第1キャピラリによって測定する成分の信号ピークが前記第2キャピラリからの前記空間クロストークの信号ピークを回避するように、前記ステージを制御し、
前記コンピュータは、前記第2キャピラリからの前記空間クロストークの信号ピークを特定できる程度まで、前記第1キャピラリからの前記キャリーオーバーを減少させるように、前記ステージを制御する
ことを特徴とする請求項
5記載の電気泳動システム。
【請求項9】
前記電気泳動装置はさらに、洗浄液を収容した洗浄槽を備え、
前記コンピュータは、前記第1キャピラリを前記ブランクサンプル内に浸漬してから前記第1キャピラリにおいて電気泳動を実施するまでの間において、前記第1キャピラリの端部を前記洗浄液内に浸漬するように前記ステージを制御する
ことを特徴とする請求項
3記載の電気泳動システム。
【請求項10】
前記電気泳動装置はさらに、洗浄液を収容した洗浄槽を備え、
前記コンピュータは、前記第1キャピラリに対して前記サンプルを注入してから前記第1キャピラリの端部を前記ブランクサンプル内に浸漬するまでの間において、前記第1キャピラリの端部を前記洗浄液内に浸漬するように前記ステージを制御する
ことを特徴とする請求項
3記載の電気泳動システム。
【請求項11】
前記コンピュータは、前記キャピラリを用いて前記サンプルを測定する工程の途中において、前記キャリーオーバーを減少させる動作を前記ステージに実施させる
ことを特徴とする請求項1
から4のいずれか1項記載の電気泳動システム。
【請求項12】
前記コンピュータは、前記キャピラリを用いて前記サンプルを測定する前のキャリブレーション工程において、前記キャリーオーバーを減少させる動作を前記ステージに実施させる
ことを特徴とする請求項1
から4のいずれか1項記載の電気泳動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気泳動を用いて試料を分析する電気泳動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
複数本のキャピラリに、電解質溶液、あるいは高分子ゲルやポリマを含む電解質溶液等の電気泳動分離媒体を充填し、並列に電気泳動分析を行うマルチキャピラリ電気泳動装置が広く用いられている。電気泳動における分析対象は、低分子から、タンパク質、核酸等の高分子まで、幅広い。また、計測モードには、ランプ光を各キャピラリの吸光点に照射し、分析対象が吸光点を通過する際に生じるランプ光の吸収を検出するモード、あるいは、レーザ光を各キャピラリの発光点に照射し、分析対象が発光点を通過する際に生じる蛍光あるいは散乱光を検出するモード等、多数ある。従って、近年では、特に、高ダイナミックレンジおよび高密度化を実現する電気泳動手法が望まれている。
【0003】
キャピラリを用いる電気泳動システムにおいては、複数のキャピラリ間において発光信号が混じり合う場合がある。これを空間クロストークと呼ぶ。またあるキャピラリにおいて試料を電気泳動させた後、そのキャピラリにおいて改めて電気泳動を実施するとき、前回の電気泳動における試料が残留することにより、次の電気泳動において正確な発光信号が得られない場合がある。これをキャリーオーバーと呼ぶ。
【0004】
下記特許文献1は、空間クロストークを抑制する技術を記載している。同文献は、『本開示は、内部でサンプルの電気泳動を行う複数本のキャピラリと、キャピラリの検出位置に光を照射する光源と、光源による光が照射されて生じる光であって、サンプルに含まれる成分に依存した光を検出する検出器と、サンプルの電気泳動時に複数本のキャピラリの一端が挿入され、バッファを収容されたバッファ収容部と、を有する電気泳動装置と、電気泳動装置を制御するコンピュータと、を備え、当該コンピュータは、複数本のキャピラリ内を移動する成分の検出位置に到達するまでの到達時間がずれるように、電気泳動装置における複数本のキャピラリのそれぞれの電気泳動条件を制御する、電気泳動システムについて提案する。これにより、電気泳動装置における複数本のキャピラリのそれぞれで異なるタイミングで蛍光信号を検出することが可能になる(
図4)。』という技術を記載している(要約参照)。
【0005】
キャリーオーバーを抑制するためには、キャピラリを洗浄する工程を実施することが有用である。下記特許文献2は、洗浄工程の1例として、『キャピラリ電気泳動装置1は、高電圧の印加を停止し、キャピラリ31内の分離媒体中への試料の導入が完了すると、オートサンプラユニット60はテーブル61を移動して、キャピラリ31の試料導入端31aからサンプルプレート73のウェル71を移動させた後、洗浄水容器92をアレイ位置に移動させ、キャピラリ31の試料導入端側を洗浄水に浸漬させて、試料導入端31a及び導電性部材チューブ32の外面に付着した試料液を除去する(S130)。』という技術を記載している(段落0070参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2021/210144 A1
【文献】特開2009-042226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2のように、キャピラリの試料導入側の端部を洗浄することにより、キャリーオーバーをある程度抑制できることができると考えられる。他方でその洗浄工程においては、洗浄槽が汚染される場合がある。これにより、以後の測定において洗浄工程を実施したとしても、洗浄槽の汚染によってキャリーオーバーが改めて発生する可能性がある。このような洗浄槽の汚染による再キャリーオーバーは、測定を実施する過程において発生し得るものであり、特許文献2においては十分に対処されていない。
【0008】
キャリーオーバーは、特許文献1が記載している空間クロストークを抑制する工程においても影響を与える可能性がある。特許文献1においては、第1キャピラリ内の成分が検出位置に到達するまでの時間と、第2キャピラリ内の成分が検出位置に到達するまでの時間とが互いに異なるように、電気泳動を制御する(同文献の請求項1参照)。第2キャピラリの測定信号を取得するとき、第1キャピラリを用いたときのキャリーオーバーの信号ピークと、第2キャピラリからの空間クロストークの信号ピークとが、時間軸上で互いに重なる可能性があるからである。
【0009】
本開示は、上記のような課題に鑑みてなされたものであり、キャピラリを洗浄することにともなう再キャリーオーバーを抑制することができる電気泳動システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示に係る電気泳動システムは、複数のキャピラリのうち第1キャピラリに対してサンプルを導入した後において洗浄容器内に残留している前記サンプルが前記複数のキャピラリのうち第2キャピラリを用いて前記サンプルを分析する際に影響を与えるキャリーオーバーを減少させる動作を、サンプルステージに実施させる。
【発明の効果】
【0011】
本開示に係る電気泳動システムによれば、キャピラリを洗浄することにともなう再キャリーオーバーを抑制することができる。本開示のその他の構成、課題、利点などは、以下の実施形態の説明によって明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態1に係る電気泳動システム1の構成図である。
【
図3】特許文献1において空間クロストークを抑制する手法を例示する平面図である。
【
図4】キャリーオーバー信号ピークと空間クロストーク信号ピークが時間軸上で重なり合う例を示す。
【
図5】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する手法を示す模式図である。
【
図6】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。
【
図7】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。
【
図8】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。
【
図9】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。
【
図10】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する効果を検証した結果を示すグラフである。
【
図11】実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する効果を検証した結果を示すグラフである。
【
図12】通常測定工程のなかにキャリーオーバーを抑制する手順を組み込む場合における各工程のタイムチャートである。
【
図13】空間クロストークを抑制するためのキャリブレーション工程のなかにキャリーオーバーを抑制する手順を組み込む場合における各工程のタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<実施の形態1:システム構成>
図1は、本開示の実施形態1に係る電気泳動システム1の構成図である。電気泳動システム1は、電気泳動装置100と演算装置200(コンピュータ)によって構成されている。電気泳動装置100は、キャピラリを用いて試料を電気泳動させることにより、試料が有する成分を分析する装置である。
【0014】
電気泳動装置100は、検出部116、恒温槽118、搬送機125、高圧電源104、第1電流計105、第2電流計112、キャピラリ102、ポンプ機構103を備える。検出部116は、サンプルを光学的に検出する。恒温槽118は、キャピラリ102を恒温に保つ。搬送機125は、キャピラリ陰極端に様々な容器を搬送する。高圧電源104は、キャピラリ102に高電圧を加える。第1電流計105は、高圧電源104が出力する電流を測定する。第2電流計112は、陽極側電極111に流れる電流を測定する。ポンプ機構103は、キャピラリ102にポリマを注入する。
【0015】
キャピラリ102は、内径数十~数百ミクロン、外形数百ミクロンのガラス管で構成され、強度を向上させるために表面をポリイミドでコーティングしている。ただし、レーザ光が照射される光照射部は、内部の発光が外部に漏れやすいように、ポリイミド被膜が除去されている。キャピラリ102の内部は、電気泳動時に泳動速度差を与えるための分離媒体が充填される。分離媒体は、流動性のものと非流動性のものが存在するが、本実施形態1においては流動性のポリマを用いる。
【0016】
検出部116は、キャピラリ102の一部の領域である。光源114から検出部116に対して励起光が照射されると、サンプルに依存した波長を有する蛍光(以下では情報光と呼ぶ)がサンプルから生じ、キャピラリ102外部に放出される。情報光は回折格子132によって波長方向に分光される。光学検出器115は、分光された情報光を検出することにより、サンプルを分析する。
【0017】
キャピラリ陰極端127は、それぞれ金属製の中空電極126を通して固定されており、キャピラリ先端が中空電極126から0.5mm程度突き出ている。キャピラリ毎に装備された中空電極126はすべてが一体となってロードヘッダ129に装着される。すべての中空電極126は装置本体に搭載されている高圧電源104と導通しており、電気泳動やサンプル導入など電圧を印加する必要がある際に、中空電極126は陰極電極として動作する。
【0018】
キャピラリ陰極端127と反対側のキャピラリ端部(他端部)は、キャピラリヘッド133により1つに束ねられている。キャピラリヘッド133は、ブロック107に対して耐圧機密で接続できる。高圧電源104が出力する高電圧はロードヘッダ129とキャピラリヘッド133の間にかけられる。シリンジ106は、他端部からキャピラリ内に新規ポリマを充填する。キャピラリ中のポリマ詰め替えは、測定の性能を向上するために測定ごとに実施される。
【0019】
ポンプ機構103は、シリンジ106と、シリンジ106を加圧するための機構系とによって構成される。ブロック107は、シリンジ106、キャピラリ102、陽極バッファ容器110、およびポリマ容器109をそれぞれ連通させるための接続部材である。
【0020】
サンプルからの情報光を検出する光学検出部は、光源114、検出部116内の発光を検出するための光学検出器115、回折格子132によって構成されている。電気泳動により分離されたキャピラリ中のサンプルを検出するときは、光源114によってキャピラリの検出部116を照射し、検出部116からの発光を回折格子132によって分光し、光学検出器115がその分光された情報光を検出する。
【0021】
恒温槽118は、内部を一定の温度に保つために断熱材で覆われており、加熱冷却機構120により温度が制御される。ファン119は、恒温槽118内の空気を循環および攪拌させ、キャピラリ102の温度を位置的に均一かつ一定に保つ。
【0022】
搬送機125は、最大3つの電動モータとリニアアクチュエータを備えており、上下、左右、および奥行き方向の最大3軸に移動可能である。搬送機125のステージ130には少なくとも1つ以上の容器を載せることができる。ステージ130には電動のグリップ131が備えられており、ユーザはグリップ131を介して各容器を掴むことや放すことができる。これにより、バッファ容器121、洗浄容器122、廃液容器123およびサンプル容器124を必要に応じて、キャピラリ陰極端127まで搬送できる。不必要な容器は、装置内の所定収容所に保管されている。バッファ容器121と洗浄容器122を併せて『バッファ収容部』と呼ぶこともある。
【0023】
演算装置200は、光学検出器115から情報光の検出結果を取得し、これを解析することにより後述する蛍光強度波形を作成し、測定対象物質の塩基長を算出するなどの処理を実施する。演算装置200が実施する処理の詳細、および
図1に示すその他部品については後述する。演算装置200は、例えばCentral Processing Unit(CPU)およびCPUが実行するソフトウェアなどによって構成することもできるし、同様の機能を実装した回路デバイスなどのハードウェアによって構成することもできる。
【0024】
<実施の形態1:従来技術の課題>
図2は、キャリーオーバーの例を示すグラフである。特許文献2の0070が記載しているように、キャピラリ先端を洗浄容器122に対して浸漬することにより、キャリーオーバーをある程度抑制できる。ただしこの洗浄動作により、洗浄容器122内も汚染されることがある。そうすると、次にキャピラリ先端を洗浄容器122に対して浸漬したとき、洗浄容器122の汚染に起因して改めてキャリーオーバーが発生する。この再キャリーオーバーは、前回測定時における蛍光信号ピークの例えば0.3%程度に達し、蛍光信号ピークを正確に測定するための阻害要因となる場合がある。したがって、洗浄容器122の汚染を抑制することが求められる。
【0025】
図3は、特許文献1において空間クロストークを抑制する手法を例示する平面図である。ここではサンプル容器124が8×8=64個のウェルを有しており、
図3に示すようにサンプルとバッファ(または中空)を収容している場合を例示する。8本のキャピラリがY方向に並んでおり、その8本のキャピラリをサンプル容器124に対して同時に挿入することにより、各キャピラリに対してサンプルまたはバッファが注入される(中空の場合は何も注入しない)。
【0026】
第1キャピラリに対してサンプルを注入するとき(
図3の左上のサンプル)、第2~第8キャピラリに対してはサンプルが注入されない。同様に第2キャピラリに対してサンプルを注入するとき、第1および第3~第8キャピラリに対してはサンプルが注入されない。これにより、第1キャピラリ内のサンプル成分が検出部116に到達するタイミングと、第2キャピラリ内のサンプル成分が検出部116に到達するタイミングとが、互いにずれることになる。したがって、キャピラリ間の空間クロストークを抑制できる。ただしこの手法を用いる場合において、キャリーオーバーが発生すると、以下のような不都合が発生する。
【0027】
図4は、キャリーオーバー信号ピークと空間クロストーク信号ピークが時間軸上で重なり合う例を示す。
図3に示す手法において、第1サンプル(
図3の左上のサンプル)を第1キャピラリに対して導入して電気泳動を実施することによりサンプル成分を分析した結果、第1サンプルの左端に示す4つの信号ピークが特定できたものとする。次の第2サンプルを第2キャピラリに対して導入するタイミングは、
図4下段に示すように、第1キャピラリに対してサンプルを導入するタイミングからずれているので、各キャピラリにおける信号ピークが時間軸上で重なることはない。
【0028】
ただし第1キャピラリに対して第1サンプルを導入したときのキャリーオーバー(第1キャピラリ内のキャリーオーバー、洗浄容器122内のキャリーオーバー、などを含む)の影響により、そのキャリーオーバー信号ピークが、第2キャピラリを用いてサンプル成分を分析するときの蛍光信号ピークと時間軸上で重なり合う場合がある。これらが重なり合うと、信号ピークを誤って読み取ってしまうことになるので、正確な成分分析を阻害することになる。
【0029】
図3においては、各キャピラリに対してサンプルを導入するタイミングがキャピラリ間において互いに異なるようにする例を説明したが、空間クロストークを抑制する手法はこれに限らない。少なくともサンプル成分が検出部116に到達するタイミングがキャピラリ間において互いに異なるようにすることができれば、その他手法を用いてもよい。特許文献1はその例として、バッファ溶液の温度や濃度をウェルごとに変化させる例を記載している。この場合においても、
図4と同様の課題が発生することを付言しておく。
【0030】
<実施の形態1:キャリーオーバーを抑制する手法>
図5は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する手法を示す模式図である。ここでは
図3において説明したように空間クロストークを抑制する手順を実施する際においてキャリーオーバーを抑制する工程を実施する例を説明するが、キャリーオーバーを抑制する手順はこれに限らず一般的な測定手順においても実施することができる。具体例は後述する。
【0031】
図5に示す例において、演算装置200は、第1キャピラリに対してサンプルを導入した後((1))、第1キャピラリにおいて電気泳動を実施する((3))までの間において、第1キャピラリのサンプル導入側の端部を洗浄容器122内の洗浄液に対して浸漬した後に洗浄容器122から引き上げる上下動作を1回以上実施する((2))ように、ステージ130を制御する。キャピラリ端を洗浄液に対して出し入れすることにより、キャピラリ端を単に洗浄液に対して浸漬する場合と比較して、洗浄効果が高まると考えられる。これは、キャピラリ端を洗浄容器122から引き上げる際に、洗浄容器122の上部を封止する蓋部に付着した残留サンプルが除去されることによると考えられる。
【0032】
図6は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。この例においては、
図5とは異なり、電気泳動を実施した直後に、洗浄液に対してキャピラリを出し入れする。具体的には以下の手順となる。演算装置200は、演算装置200は、第1キャピラリに対してサンプルを導入した後((1))、第1キャピラリのサンプル導入側の端部を洗浄容器122内の洗浄液に対して浸漬することにより洗浄し((2))、次に第1キャピラリにおいて電気泳動を実施する((3))。演算装置200は、第1キャピラリにおいて電気泳動を実施した後、第2キャピラリに対してサンプルを導入する((5))までの間において、第1キャピラリのサンプル導入側の端部を洗浄液に対して出し入れする((4))ように、ステージ130を制御する。これにより
図5と同様に、キャピラリを効果的に洗浄することができる。
【0033】
図7は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。
図7においてサンプル容器124は、サンプルを収容したウェルを1つのみ配置しその他はサンプルウェルではない行とブランクサンプルを収容したウェルのみを配置した行を交互に有する。ブランクサンプルとは、サンプル容器124が収容しているがサンプルではない液体のことである。サンプルを収容したウェルの位置は、行が2つ進むごとに1つずつ左へ移動する。この例は、キャピラリを洗浄液に対して浸漬することに加えてブランクサンプルに対して浸漬することにより、洗浄効果を高めるものである。
【0034】
図7に示す例において、演算装置200は、第1キャピラリに対してサンプルを導入した後((1))、第1キャピラリにおいて電気泳動を実施する((4))までの間において、第1キャピラリのサンプル導入側の端部をブランクサンプルに対して浸漬する((2))ように、ステージ130を制御する。この例において演算装置200はさらに、第1キャピラリをブランクサンプルに対して浸漬してから第1キャピラリにおいて電気泳動を実施する((4))までの間において、第1キャピラリのサンプル導入側の端部を洗浄容器122内の洗浄液に対して浸漬するように、ステージ130を制御する。洗浄液とブランクサンプルを併用することにより、洗浄効果を高めることができる。
【0035】
図7に示す例の場合、ブランクサンプルを収容したサンプル容器124を再使用することはなく、サンプル容器124上の全てのサンプルについて電気泳動が完了すると、ブランクサンプルはサンプル容器124ごと廃棄される。したがって洗浄容器122のように、ブランクウェル内に汚染が蓄積することはない。よって、
図5~
図6で説明した洗浄容器122に対する上下動作は必須ではない。ただしブランクウェルをサンプル容器124内に配置する必要があるので、その分だけサンプルウェルを配置可能な個数が減ってしまう。他方でサンプル容器124内のウェルを全て使用しないようなユースケースであれば、
図7に示す例を用いたとしても特段不利益はないので、洗浄効果を有用に発揮することができる。
【0036】
図8は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。
図8の手順は、
図7におけるステップ(2)と(3)を入れ替えたものである。すなわち第1キャピラリに対してサンプルを導入((1))した後、洗浄液に対して第1キャピラリを浸漬し((2))、次に第1キャピラリをブランクサンプルに対して浸漬する((3))。その他の手順は
図7と同様である。この手順においても
図7と同様の洗浄効果を発揮できる。
【0037】
図9は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する別手法を示す模式図である。サンプルおよびブランクサンプルの配置は
図7~
図8と同様である。
図9に示す例において、第1キャピラリを用いて電気泳動を実施した後((3))、第2キャピラリを用いて電気泳動を実施する((7))までの間において、演算装置200は第1キャピラリをブランクサンプルに対して浸漬し((4))、次に第1キャピラリを洗浄液に対して浸漬する((5))。さらに、電気泳動を実施することにより((6))、第1キャピラリ内に残留するキャリーオーバー成分を押し流す。電気泳動の直後にブランクサンプルと洗浄液を用いて第1キャピラリを洗浄することにより、第2キャピラリの電気泳動の前にキャリーオーバーを効果的に抑制できると考えられる。さらに第2キャピラリの電気泳動の前にキャリーオーバー成分を押し流すための電気泳動を実施することにより、抑制効果を高めることができる。
【0038】
図10は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する効果を検証した結果を示すグラフである。
図10上段は、電気泳動を実施したキャピラリを洗浄液に対して浸漬することにより洗浄し、そのキャピラリにおける蛍光信号ピークを再測定した結果を示す。電気泳動時の信号ピークに対するキャリーオーバー信号ピークの比率を縦軸に示す。
図10上段に示す例においては、CH3のキャピラリが約0.2%程度のキャリーオーバーを示している。
【0039】
図10下段は、
図10上段と同じ条件において
図5で説明した手順を実施した場合におけるキャリーオーバー比率を測定した結果を示す。CH3におけるキャリーオーバーが、検出限界以下まで減少していることが分かる。したがって、
図5で説明したようにキャピラリ先端を洗浄液内に浸漬して上下移動させることにより、キャリーオーバーを十分抑制できるといえる。
【0040】
図11は、本実施形態1においてキャリーオーバーを抑制する効果を検証した結果を示すグラフである。この例において、従来と同様にキャピラリ先端を洗浄液に対して浸漬するのみ(上下移動しない)の場合と
図6の上下移動のみを実施する場合は、キャリーオーバーを十分抑制できなかった。これに対して、
図9で説明した洗浄動作、
図9と
図6を併用した洗浄動作、についてはキャリーオーバーを検出限界以下まで抑制できることを確認した。
【0041】
<実施の形態1:まとめ>
本実施形態1に係る電気泳動システム1は、第1キャピラリに対してサンプルを導入した後に洗浄容器122内に残留しているサンプルが、第2キャピラリを用いてサンプルを分析する際に影響を与えない程度まで、第1サンプルからのキャリーオーバーを減少させる。具体的には、
図5~
図9で説明した動作を実施するように、ステージ130を制御する。これにより、キャピラリを洗浄することにともなう再キャリーオーバーを効果的に抑制することができる。
【0042】
本実施形態1に係る電気泳動システム1は、サンプル信号ピークのタイミングがキャピラリ間で互いに異なるようにすることによって空間クロストークを抑制した上で、さらに
図5~
図9で説明した手法によってサンプル間のキャリーオーバーを抑制する。これにより、
図4で説明したような、空間クロストークを回避したときなお残留するキャリーオーバーの影響を抑制することができる。したがって、空間クロストークを抑制した効果を確実に発揮することができる。
【0043】
<実施の形態2>
実施形態1は、サンプル間のキャリーオーバーを抑制する手法について、複数の例を説明した。これらの手順は、電気泳動を用いて試料成分を測定する通常測定工程のなかに組み込むこともできるし、特許文献2のように空間クロストークを抑制するためのキャリブレーション工程のなかに組み込むこともできる。本開示の実施形態2においては、これらの具体例について説明する。
【0044】
図12は、通常測定工程のなかにキャリーオーバーを抑制する手順を組み込む場合における各工程のタイムチャートである。一般的な電気泳動を用いた測定工程においては、キャピラリに対してポリマなどの分離媒体を導入した後、予備泳動を実施し、その後にサンプルをキャピラリに対して導入して電気泳動を実施する。この4つの工程を繰り返し実施する。第1キャピラリに対してサンプルを導入した後、第2キャピラリを用いた測定工程を開始するまでの間(
図12におけるRun2の電気泳動工程)において、
図5~
図9で説明した手順を実施することにより、キャリーオーバーを抑制できる。例えばRun1の電気泳動工程において実施すればよい。
図5~
図9で説明した手順はいずれも、(1)Injection-1に続いて実施するので、Run1の電気泳動工程のなかで実施することは共通している。
【0045】
図12の1回目のサンプル注入工程は、
図5~
図9における(1)Injection-1に相当する。次の電気泳動工程において、
図5~
図9における(2)以降のステップを実施する。2回目のポリマ注入工程~サンプル注入工程は
図5~
図9におけるInjection-2に相当するので、少なくともこれらを開始するまでの間に、
図5~
図9における(2)~Injection-2の直前までを完了すればよい。
【0046】
図13は、空間クロストークを抑制するためのキャリブレーション工程のなかにキャリーオーバーを抑制する手順を組み込む場合における各工程のタイムチャートである。特許文献2が記載しているキャリブレーション工程は、例えば
図5に示すサンプル容器124が有するウェルの行を1つずつ進めながら電気泳動を繰り返すなかで、空間クロストークを抑制する。したがって
図13に示すように、各行のサンプルをキャピラリに対して導入して電気泳動することを繰り返す。このキャリブレーション工程において、実施形態1で説明した各手法を用いることができる。すなわち、第1キャピラリに対してサンプルを導入した後、第2キャピラリを用いた測定工程を開始するまでの間(
図12におけるRun2の電気泳動工程)において、
図5~
図9で説明した手順を実施することにより、キャリーオーバーを抑制できる。例えば第1キャピラリを用いた電気泳動工程において実施すればよい。
【0047】
図13の1回目のサンプル注入工程は、
図5~
図9における(1)Injection-1に相当する。次の電気泳動工程において、
図5~
図9における(2)以降のステップを実施する。2回目のサンプル注入工程は
図5~
図9におけるInjection-2に相当するので、少なくともこれらを開始するまでの間に、
図5~
図9における(2)~Injection-2の直前までを完了すればよい。
【0048】
<実施の形態2:まとめ>
本実施形態2で説明したように、本開示に係るキャリーオーバー抑制手順は、(a)通常測定工程においてポリマ注入~電気泳動を実施するなかでRunごとに実施することもできるし、(b)特許文献2が例示しているキャリブレーション工程のなかでサンプル注入ごとに実施することもできる。Runごとに実施する場合においても、空間クロストークの影響は発生する場合があるので、これを抑制するために本開示に係るキャリーオーバー抑制手順は有用である。また特許文献2が記載しているような空間クロストークを抑制するためのキャリブレーションを実施したとしても、僅かなクロストークが残留する場合もあるので、これを抑制するために本開示に係るキャリーオーバー抑制手順は有用である。
【0049】
<本開示の変形例について>
本開示は、前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0050】
以上の実施形態において、キャリーオーバーは必ずしも厳密に0にする必要はなく、試料成分を計測するに際して支障がない程度まで抑制できればよい。例えば
図4で説明した第2サンプルを測定する際のキャリーオーバーについて、第2サンプルのサンプル信号ピークをそれぞれ特定した上で試料成分を計測できる程度にキャリーオーバーを抑制できればよい。
【0051】
以上の実施形態において、電気泳動装置100が計測する試料の例としては、DNA断片などが挙げられるが、これに限るものではない。本開示はそれ以外の試料についても適用することができる。すなわち、電気泳動を介して定量化する試料について、サンプル間のキャリーオーバーを抑制する場合において、本開示を適用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1:電気泳動システム
100:電気泳動装置
122:洗浄容器
124:サンプル容器
130:ステージ
200:演算装置