(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-24
(45)【発行日】2025-05-07
(54)【発明の名称】メタン発酵方法及びメタン発酵装置
(51)【国際特許分類】
B09B 3/65 20220101AFI20250425BHJP
C02F 11/04 20060101ALI20250425BHJP
【FI】
B09B3/65
C02F11/04 A
(21)【出願番号】P 2021077518
(22)【出願日】2021-04-30
【審査請求日】2024-01-25
(31)【優先権主張番号】P 2020204060
(32)【優先日】2020-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100224443
【氏名又は名称】加藤 弘行
(74)【代理人】
【識別番号】100101890
【氏名又は名称】押野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100098268
【氏名又は名称】永田 豊
(74)【代理人】
【識別番号】100130384
【氏名又は名称】大島 孝文
(74)【代理人】
【識別番号】100166420
【氏名又は名称】福川 晋矢
(74)【代理人】
【識別番号】100150865
【氏名又は名称】太田 司
(72)【発明者】
【氏名】小島 陽一郎
(72)【発明者】
【氏名】遠野 雅徳
【審査官】葛谷 光平
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-188392(JP,A)
【文献】特開2001-314840(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0194666(US,A1)
【文献】特開2006-061807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09B 3/00-3/65
C02F 11/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタン発酵原料を嫌気的条件下で発酵させる乾式メタン発酵方法において、
前記メタン発酵原料との質量比で1%以上の炭酸マグネシウムを混合することにより、低級脂肪酸の発生量を抑制させることを特徴とするメタン発酵方法。
【請求項2】
前記メタン発酵原料の質量比3%以上の炭酸マグネシウムを混合することを特徴とする請求項1に記載のメタン発酵方法。
【請求項3】
前記メタン発酵原料の質量比10%以下の炭酸マグネシウムを混合することを特徴とする請求項1又は2に記載のメタン発酵方法。
【請求項4】
前記メタン発酵原料に対して炭酸マグネシウムを混合した上で、これを発酵槽に投入することを特徴とする請求項1から3の何れかに記載のメタン発酵方法。
【請求項5】
高温乾式メタン発酵に用いる装置であり、
嫌気的条件下での発酵を行わせるメタン発酵槽と、
メタン発酵原料を保持する原料貯蔵槽と、
前記原料貯蔵槽から供給される原料と、種汚泥を混合する原料混合装置と、
前記メタン発酵原料との質量比で1%以上の炭酸マグネシウムを添加する薬剤添加部と、
を備えることを特徴とするメタン発酵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物からメタンガスを発生させるメタン発酵方法及びメタン発酵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
メタン発酵は、有機物を嫌気的条件下で微生物に分解させてメタンガスを得るものである。廃棄物中の有機物を分解、処理しつつエネルギーや資源を生み出すことができるものであり、世界共通の課題となっている、大気中のCO2を増加させない「カーボンニュートラル」や、エネルギー源の多様化等に資する技術の一つである。
メタン発酵は、処理対象物の固形物濃度によって湿式(固形物濃度:10%程度以下)と乾式(固形物濃度:15~40%前後)に分類される。これらの方式は、嫌気性細菌であるメタン生成細菌の働きにより有機物を分解してメタンガスを発生させる点では同様であるが、乾式では発酵槽内に充填された流動性が小さい半固形原料中でメタン生成が起こっているのに対し、湿式では発酵槽内の液体原料中でメタン生成が生成されるものであり、機械設備としてもかなり相違し、実用においては相互に異なる技術であると言ってよいものである。
このようなメタン発酵に関する従来技術が、特許文献1や2によって開示されている。
特許文献1は、乾式メタン発酵方式に関する技術であり、中温発酵方式(35℃付近)と高温発酵方式(55℃付近)の何れにも対応するとされている。特許文献2は、明記はされていないが、糖液を対象としていることから湿式メタン発酵方式であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-098228号公報
【文献】特開2011-239715号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
メタン発酵では、処理条件がメタン生成細菌の活性を低下させるような条件に陥ると、発酵が阻害され、終には発酵が停止してしまうことになる。発酵を阻害する要因としては、有機酸(低級脂肪酸)の蓄積によってpHが低くなってしまうことや、アンモニア濃度が高くなり過ぎることによるアンモニア阻害等がある。有機物の投入量が過多になると、このような発酵阻害が生じるため、有機物の投入量には限界(限界負荷)が存在する。
特許文献1には、アンモニア阻害を防止するために、発酵槽への有機性廃棄物の供給速度を低下させることに関する記載がある。
特許文献2には、糖液のメタン発酵において、糖液に水を添加して希釈することで、糖液の炭素濃度を0.15~0.3mol/Lに調整し、メタン発酵中の糖液のpHを6.4~7.0に維持することの記載がある。
何れの技術も、発酵阻害が起きないように、有機物の投入量を制限しているものと言える。
このように、従来の思想としては、発酵阻害が起きないように有機物の投入量を制限するものであるが、この場合、処理できるメタン発酵原料(廃棄物等の有機物)の量が制限されることになる。このことは、メタン発酵施設(バイオガスプラント)の運転効率を上げることができないという問題につながる。
【0005】
本発明は、上記の点に鑑み、有機物からメタンガスを発生させるメタン発酵方法に関し、限界負荷量を増加させることが可能なメタン発酵方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(構成1)
メタン発酵原料を嫌気的条件下で発酵させる乾式メタン発酵方法において、前記メタン発酵原料との質量比で1%以上の炭酸マグネシウムを混合することにより、低級脂肪酸の発生量を抑制させることを特徴とするメタン発酵方法。
【0007】
(構成2)
前記メタン発酵原料の質量比3%以上の炭酸マグネシウムを混合することを特徴とする構成1に記載のメタン発酵方法。
【0008】
(構成3)
前記メタン発酵原料の質量比10%以下の炭酸マグネシウムを混合することを特徴とする構成1又は2に記載のメタン発酵方法。
【0009】
(構成4)
前記メタン発酵原料に対して炭酸マグネシウムを混合した上で、これを発酵槽に投入することを特徴とする構成1から3の何れかに記載のメタン発酵方法。
【0010】
(構成5)
高温乾式メタン発酵に用いる装置であり、嫌気的条件下での発酵を行わせるメタン発酵槽と、メタン発酵原料を保持する原料貯蔵槽と、前記原料貯蔵槽から供給される原料と、種汚泥を混合する原料混合装置と、前記メタン発酵原料との質量比で1%以上の炭酸マグネシウムを添加する薬剤添加部と、を備えることを特徴とするメタン発酵装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明のメタン発酵方法によれば、限界負荷量を増加させ、処理可能なメタン発酵原料(廃棄物等の有機物)の量を増加させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係る実施形態のメタン発酵装置の概略構成図
【
図2】pH緩衝能力に関する実験(実験1)の結果を示すグラフ
【
図3】乾式メタン発酵における限界投入負荷増加効果に関する実験(実験2)の結果を示すグラフ
【
図4】乾式メタン発酵における限界投入負荷増加効果に関する実験(実験2)の結果を示すグラフ
【
図5】乾式メタン発酵における限界投入負荷増加効果に関する実験(実験2)の結果を示すグラフ
【
図6】乾式メタン発酵における限界投入負荷増加効果に関する実験(実験2)の結果を示すグラフ
【
図7】乾式メタン発酵における限界投入負荷増加効果に関する実験(実験2)の結果を示すグラフ
【
図8】乾式メタン発酵における限界投入負荷増加効果に関する実験(実験2)の結果を示すグラフ
【
図9】資材添加が汚泥pHに与える影響に関する実験(実験3)の結果を示すグラフ
【
図10】炭酸マグネシウムと炭酸水素ナトリウムの対比実験の結果を示すグラフ
【
図11】炭酸マグネシウムと炭酸水素ナトリウムの対比実験の結果を示すグラフ
【
図12】炭酸マグネシウムと炭酸水素ナトリウムの対比実験の結果を示すグラフ
【
図13】炭酸マグネシウムと炭酸水素ナトリウムの対比実験の結果を示すグラフ
【
図14】炭酸マグネシウムと炭酸水素ナトリウムの対比実験の結果を示すグラフ
【
図15】炭酸水素ナトリウムの添加率を変えた場合の消化汚泥のVFA組成(質量比)の推移を示すグラフ
【
図16】炭酸水素ナトリウムの添加率を変えた場合の消化汚泥のVFA組成(質量比)の推移を示すグラフ
【
図17】炭酸水素ナトリウムの添加率を変えた場合の消化汚泥のVFA組成(質量比)の推移を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら具体的に説明する。なお、以下の実施形態は、本発明を具体化する際の一形態であって、本発明をその範囲内に限定するものではない。
【0014】
図1は、本発明に係る実施形態のメタン発酵装置の概略構成図である。
メタン発酵装置1は、高温乾式メタン発酵に用いる装置であり、
嫌気的条件下での発酵を行わせるメタン発酵槽11と、
生ごみ、食品残渣、紙ごみ(或いは、草、木質系、セルロース系の資材等)、家畜排泄物、下水道汚泥などのメタン発酵原料が貯蔵され、所定量の原料を原料混合装置14へと供給する原料貯蔵槽12と、
炭酸マグネシウムを保持して、所定量だけ原料へ添加する薬剤添加部13と、
原料貯蔵槽12から供給される原料と、メタン発酵槽11から供給される種汚泥(消化汚泥の一部)と、薬剤添加部13から供給される炭酸マグネシウムと、を混合する原料混合装置14と、
を備えている。
なお、特に図示していないが、メタン発酵槽11や原料混合装置14等には、処理条件が55℃付近となるようにするための保温装置が備えられている。
【0015】
メタン発酵装置1の運転時は、メタン発酵槽11において高温乾式メタン発酵が行われ、これによって発生したバイオガス(メタンガス)が収集されるとともに、消化汚泥が排出される。
消化汚泥の一部は、種汚泥として原料混合装置14へと移送され、原料貯蔵槽12から供給されるメタン発酵原料及び薬剤添加部13から添加される炭酸マグネシウムと、混合される。
原料混合装置14において混合された原料は、メタン発酵槽11へと移送され、上記の処理が繰り返される。
なお、メタン発酵装置1における高温乾式メタン発酵処理は、薬剤添加部13による炭酸マグネシウムの添加処理部分を除き、発生したガスからメタンガスを取り出す工程や、消化汚泥を処理する工程を含め、従来の高温乾式メタン発酵と同様の概念であるため、ここでのこれ以上の詳しい説明を省略する。
【0016】
高温乾式メタン発酵においては、発酵を阻害する要因として、有機酸(低級脂肪酸)の蓄積による阻害が顕著となる傾向がある。メタン発酵は大別して酸生成とメタン生成の2つの段階を有するが、高温発酵方式(55℃付近)では酸生成段階の酸発酵が速く進み、低級脂肪酸が蓄積され易いためである。
メタン発酵装置1は、高温乾式メタン発酵において、低級脂肪酸の発生量を抑制し、乾式メタン発酵における限界負荷量を増加させるために、メタン発酵原料に炭酸マグネシウムを混合させるものである。
薬剤添加部13から添加される炭酸マグネシウムは、原料貯蔵槽12から原料混合装置14に供給されるメタン発酵原料との質量比で1%以上10%以下となるようにして添加される。
添加される炭酸マグネシウムの計量は、装置で自動的に行われるものであってもよいし、人手で制御されるものであってもよい。
装置による自動制御を行う場合の一例としては、原料貯蔵槽12から原料混合装置14に投入されるメタン発酵原料の量(重量や体積等)を計量する原料計量部を備えさせ、これによって直接あるいは間接的に算出される、原料に対する質量比で1%以上10%以下の炭酸マグネシウムの量を、計量するMgCO3計量部を備えさせることが挙げられる。
なお、炭酸マグネシウムの添加は、原料混合装置14に対して行うものに限られず、原料貯蔵槽12やメタン発酵槽11に対して行うものや、これらの間における搬送路上で添加するようなものであってもよい。ただ、炭酸マグネシウムはメタン発酵原料に対する質量比で添加されるものであるため、メタン発酵原料に対して炭酸マグネシウムを混合した上で、これを発酵槽に投入するようにした方が、オペレーションが容易である。
【0017】
次に、炭酸マグネシウムの添加による効果の評価や、添加量の検討等に関する各実験に関して説明する。
<実験1>
実験1は、資材のpH緩衝能力を検討するために行った実験である。
実験目的:
pH緩衝能のある資材(試薬)を汚泥に添加した場合のpH緩衝能力の検証。
実験条件:
牧草やトウモロコシサイレージを原料とした高温乾式メタン発酵後の消化汚泥を蒸留水で5倍希釈し、0.1Nの塩酸を1mlずつ滴下した。このとき、消化汚泥に対して質量比10%となるように、緩衝作用が報告されている炭酸マグネシウム(MgCO3)、炭酸カルシウム(CaCO3)、リン酸塩(Na2HPO4・12H2O:KH2PO4=6:1)の3種類及び対照として酸化カルシウム(CaO)をそれぞれ添加し、さらに無添加条件でも実施した。また、蒸留水に対して0.1Nの塩酸を滴下したものも実施した。
【0018】
実験結果:
図2に各資材添加条件におけるpHの変化を示した。資材無添加の消化汚泥は蒸留水に比べて塩酸滴下によるpHの変化は緩やかで、特にpH6付近での変化が緩やかであった。対照資材のCaOは無添加条件と同様に変化した。緩衝作用が報告されている3資材については、それぞれ特定のpH範囲でpHの変化が緩やかであり緩衝作用が確認された。3つの資材の中でも、炭酸マグネシウムは、pHが7により近い範囲で緩やかに変化し、最も高い緩衝作用を示した。
【0019】
<実験2>
実験2は、乾式メタン発酵において、原料に炭酸マグネシウムを添加したことによる、限界投入負荷増加効果を検証するために行った実験である。
実験目的:
連続メタン発酵(高温乾式メタン発酵)実験を実施して、炭酸マグネシウム添加による限界投入有機物負荷上昇効果の有無とその程度の検証。
実験条件:
容積2Lのガラス製セパラブルフラスコに前述の消化汚泥を投入原料により低負荷で1ヶ月程度馴養したもの1.3kgを充填し、生ごみと紙ごみを質量比8:2で混合したものを原料として、発酵温度55℃の高温乾式メタン発酵を行った。原料投入量(投入有機物負荷量)を1日汚泥1kgあたり有機物量1.5g(1.5gVS/kg汚泥/d)から9.5gVS/kg汚泥/d)まで経時的に増加させた。発酵に伴って発生するガス(バイオガス)の発生がみられなくなったら発酵が阻害されて停止したものとみなし、その時の有機物負荷量を限界投入有機物負荷量とした。
原料投入時に、炭酸マグネシウム(MgCO3)を投入原料の質量比で0.1、1、3、10%添加し、炭酸マグネシウムを添加しない条件と限界投入有機物負荷量を比較した。
【0020】
実験結果:
図3~8は実験2の結果を示すグラフであり、それぞれ下記のグラフである。
図3:異なる炭酸マグネシウム添加量条件での有機物負荷とガス発生量の関係を示すグラフ。ガスの発生量は、投入した有機物量あたりの発生量。
図4:異なる炭酸マグネシウム添加量条件での消化汚泥のpHの推移を示すグラフ(
図4(a))と、異なる炭酸マグネシウム添加量条件で消化汚泥における総有機酸濃度(質量比)の推移を示すグラフ(
図4(b))。
図5:炭酸マグネシウムの添加率を変えた場合の消化汚泥のアンモニア態窒素濃度(質量比)の変化を示すグラフ。
図6~8:炭酸マグネシウムの添加率を変えた場合の消化汚泥のVFA組成(質量比)の推移を示すグラフであり、それぞれ、
図6(a):0.1%添加、
図6(b):1%添加、
図7(a):3%添加、
図7(b):10%添加、
図8:無添加、の場合を示す。
【0021】
図3に示されるように、炭酸マグネシウム添加無しの条件では、第8週を過ぎた時点でガスの発生が急激に低下し、ここで発酵阻害が生じていると考えられる。つまり、投入有機物負荷7.5gVS/kg汚泥/dが限界負荷となっている。
これに対し、炭酸マグネシウムを添加することで限界負荷が上昇していることがわかる。炭酸マグネシウムの添加割合0.1%においても、有機物負荷として約7%(0.5gVS/kg汚泥/d)の上昇が得られており、特に添加割合1~10%でバイオガス量の発生量の減少が飛躍的に低減され、無添加条件より約30%(2gVS/kg汚泥/d)多い有機物負荷をかけることができている。
図4に示されるように、投入有機物負荷6.5gVS/kg汚泥/d以下(第7週以前)では、すべての条件で汚泥のpHは9程度を維持したが、これ以降においては、無添加及びMgCO
3の0.1%添加条件では、ガス発生量の減少に前後してVFA濃度が急激に上昇し(
図4(b))、pHが低下した(
図4(a))。MgCO
3の添加率1%以上では、有機物負荷7.5gVS/kg汚泥/d以上(第8週以降)でVFA濃度が上昇し始めたがpHの変化は緩やかであった。9.5gVS/kg汚泥/dの負荷をかけると(第14週以降)、MgCO
31%添加区でpHの低下がみられた。
また、
図5に示されるように、MgCO
31%添加区において9.5gVS/kg汚泥/dの負荷をかけた(第14週以降)際において、メタン発酵の阻害指標物質として知られるアンモニア態窒素濃度は、有機物負荷の上昇に伴って上昇したが、無添加区に比較して、MgCO
3の添加により上昇が緩やかとなっている。MgCO
33%以上の添加区では、さらにアンモニア態窒素濃度上昇が緩やかとなっている。
【0022】
MgCO
3の無添加条件において発酵阻害が起こった条件では、発酵停止の直前に酢酸濃度の上昇がみられたが(
図8)、MgCO
3の添加によって発酵阻害が緩和された条件では、酢酸濃度の上昇は相対的に小さく、代わりにイソ酪酸濃度の上昇がみられた(
図6、
図7)。
このことから、乾式メタン発酵の消化汚泥において、酢酸濃度よりもイソ酪酸濃度の方が高く検出されるような状態がある場合には、MgCO
3が1%以上添加されていたことが推定される。
また、乾式メタン発酵の消化汚泥において、プロピオン酸の濃度よりもイソ酪酸濃度の方が高く検出されるような状態がある場合には、MgCO
3が3%以上添加されていたことが推定され得る。
なお、ここでいうイソ酪酸とは、高速液体クロマトグラフHPLC LC-2000Plus(日本分光株式会社)を以下の条件で測定した時に保持時間(tR)11.6分付近に検出されるピークである。
カラム:Shodex RSpack KC-811(昭和電工株式会社製)
カラム温度:60℃
検出器:UV-2070(日本分光株式会社)
検出波長:445nm
移動相:3mM 過塩素酸水溶液
反応液:BTB水溶液
送液速度:1.2mL/min
【0023】
図8に示されるように、MgCO
3の無添加条件では、第9週において低級脂肪酸の発生量の合計が10,000mg/kgを超えているが、MgCO
3を添加した条件では、0.1%添加条件においても、第9週の低級脂肪酸の発生量の合計が10,000mg/kgを大きく下回っており(
図6(a))、1%以上の添加条件では、劇的に低級脂肪酸の発生量が抑制されていることがわかる(
図6(b)、
図7(a)、
図7(b))。
【0024】
また、本実験で添加した炭酸マグネシウムは原料に対して質量比で1%以上の添加率で限界投入有機物負荷の飛躍的な上昇効果が確認されるとともに、投入過多による発酵阻害は確認されなかった。炭酸マグネシウムは、水に不溶で、酸に溶ける性質があるため、有機酸に応じてpHが変化し、結果として、メタン発酵の安定状態におけるpHの範囲(7~9)に収まり、発酵及びガス生産に影響を与えなかったものと考えられる。つまり、消化汚泥の性状を逐次測定するようなことをせずとも、所定の割合で炭酸マグネシウムを添加するだけで、pHの調整効果が期待できる。
このような性質から、炭酸マグネシウムの添加量をより多くしたとしても、発酵及びガス生産への影響を与えないと考えられるが、原料に対して質量比で10%を超える添加をした場合、原料の流動性や柔軟性が失われて原料が固くなり、その結果、メタン発酵装置でのオペレーションに悪影響を及ぼしかねない。よって、炭酸マグネシウムの添加量は、原料に対する質量比で10%以下とすることが好ましい。
【0025】
<実験3>
実験3は、資材添加が汚泥pHに与える影響を検討するために行った実験である。
実験目的:
炭酸マグネシウムの投入量による影響を簡易的に評価するため、炭酸マグネシウム添加量と、有機酸濃度を変えた時のpHへの影響を検討した。特に、投入過多による影響を検討した。
実験条件:
実験1と同様の消化汚泥に、質量比で0.1、0.5、1、3,5、10、30%の各試薬を添加し、そこに、5000、10000、15000、20000ppmに相当する酢酸を添加したときのpHの変化を観察した。試薬は、炭酸マグネシウム(MgCO3)、炭酸カルシウム(CaCO3)に加えて、pH調整資材として用いられる炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)の3種類とした。消化汚泥に資材添加後、蒸留水で10倍希釈して200rpmで1時間振とう後pHを測定し、その後酢酸を添加して再度200rpmで30分振とうした後再度pHを測定した。
【0026】
実験結果:
図9に各添加資材と各酢酸添加量におけるpHの変化を示した。どの添加資材でも酢酸量の増加に伴ってpHが低下した。CaCO
3は資材添加量に関わらず、酢酸量に伴うpHの変化は同様であり、酢酸に対する緩衝効果は小さかった(
図9(c))。NaHCO
3は添加量が多いほど、酢酸量の増加に伴うpHの変化が小さかったものの、添加量5%以下では、酢酸量10000ppm以上でpHが7を下回るなど緩衝効果は小さかった(
図9(b))。また、メカニズムは不明だが、酢酸添加前はNaHCO
3の添加量が多いほどpHが低くなった。
図9(a)に示されるように、MgCO
3は、酢酸量に伴うpHの変化が最も小さかった。添加量1%では酢酸量10000ppmまでpHが7以上であり、3%以上では酢酸量20000ppmでもpHは7を下回らなかった。また、MgCO
3の添加量を30%まで増やしても、酢酸添加前の汚泥pHが下がることはなく、汚泥の状態に合わせて添加量を調整する必要がないことが示された。
【0027】
以上のごとく、メタン発酵原料を嫌気的条件下で発酵させる乾式メタン発酵方法において、メタン発酵原料との質量比で1%以上の炭酸マグネシウムを混合することにより、低級脂肪酸の発生量を抑制させ、限界負荷量を増加させることができる。原料との質量比で1%という少ない添加量にて、限界投入有機物負荷の飛躍的な上昇効果が得られるものであり、非常に有用である。
生ごみや紙ごみ等を主原料とする、実際のバイオガスプラントは、産業廃棄物の処理によって成り立っており、限界有機物負荷が向上することによる処理量の増加は、プラント運営上の大きなメリットである。
【0028】
また、炭酸マグネシウムは、その緩衝作用により、「汚泥のpHを逐一測定して、pHが所定値となるように試薬の添加量を調整する」といった作業が不要であり、オペレーションの簡略化を図ることができる点においても優れている。
pH低下への対応として、水酸化ナトリウム等の強塩基性資材を添加すると、資材の投入に伴うpHの変化が大きく、バイオガス中の二酸化炭素が吸収され、負圧を生じさせてしまうおそれがある。発酵槽内が負圧となると、バイオガスの取出しができなくなる等の問題を生じさせてしまう。
これに対し、炭酸マグネシウムのpHに対する緩衝作用により、炭酸マグネシウムの投入による汚泥pHへの影響は小さい(pHが大きくなりすぎることがない)ため、汚泥の状態に合わせて添加量を調整する等の、細かい制御は必要なく、オペレーションを簡略化し得るものである。
【0029】
図3に示されるように、炭酸マグネシウム3%以上の添加条件では、9.5gVS/kg汚泥/dの負荷が継続されている第15週においても発酵阻害が生じておらず、
図5で示されたように、メタン発酵の阻害指標物質として知られるアンモニア態窒素濃度の上昇が、炭酸マグネシウム3%以上の添加によってより低減されるため、メタン発酵原料との質量比で3%以上の炭酸マグネシウムを混合することがより好ましい。
また、
図9(a)に示される炭酸マグネシウムの実験結果から、原料との質量比で3%以上の添加とすることで、酢酸量20000ppm以上においてもpHが7を下回らないため、この観点からも3%以上の添加がより好ましい。なお、実験3では、消化汚泥との質量比で試薬を添加しているものであり、実験2の“原料との質量比”で試薬(MgCO
3)を添加しているものではないが、実際の連続発酵においては、結果的には両者の添加割合は同水準となる。連続発酵では、投入されたMgCO
3の蓄積が起こるため、発酵阻害が起こり得るような時点では、消化汚泥に対するMgCO
3の濃度が、原料に対するMgCO
3の添加割合と同水準に達するためである。従って、実験3の結果により、原料との質量比で3%以上のMgCO
3を添加とすることで、酢酸量20000ppm以上においてもpHが7を下回らないことが示されるものである。
【0030】
<比較実験>
次に、比較対象としてpH調整資材として用いられる炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)用いて、実験2と同様条件での比較実験を行った。
実験目的:
炭酸水素ナトリウムを比較対象として、炭酸マグネシムの有用性を検証する。
実験条件:
添加資材として、比較対象としての炭酸水素ナトリウムを用いている以外は、実験2と同様の実験条件であり、投入原料に対する質量比で0.1、1、3、10%添加した。
【0031】
実験結果:
図10~17は比較実験の結果を示すグラフであり、それぞれ下記のグラフである。
図10:炭酸マグネシウム(実験2の結果)と炭酸水素ナトリウムのそれぞれについて、異なる添加量条件での有機物負荷とガス発生量の関係を示すグラフ。ガスの発生量は、投入した有機物量あたりの発生量。
図11:炭酸マグネシウム(実験2の結果)と炭酸水素ナトリウムのそれぞれについて、異なる添加量条件における、投入原料の質量変化率(減少率)の経時変化を示すグラフ。
図12:炭酸マグネシウム(実験2の結果)と炭酸水素ナトリウムのそれぞれについて、資材添加率ごとの限界有機物負荷を示すグラフ。
図13:炭酸マグネシウム(実験2の結果)と炭酸水素ナトリウムのそれぞれについて、異なる添加量条件における、消化汚泥のpHの推移を示すグラフ。
図14:炭酸マグネシウム(実験2の結果)と炭酸水素ナトリウムのそれぞれについて、異なる添加量条件における、消化汚泥の遊離アンモニア濃度の推移を示すグラフ。
図15~16:炭酸水素ナトリウムの添加率を変えた場合の消化汚泥のVFA組成(質量比)の推移を示すグラフであり、それぞれ、
図15(a):0.1%添加、
図15(b):1%添加、
図16(a):3%添加、
図16(b):10%添加、
図17:無添加、の場合を示す。
【0032】
図10に示されるように、炭酸水素ナトリウムにおいても限界有機物負荷を向上する効果はあるが、添加率1%条件をピークに限界有機物負荷は減少し、添加率10%では無添加条件よりも限界有機物負荷は小さくなってしまう結果となった。
図11に示されるように、投入したメタン発酵原料の質量の減少率は、安定期において40%(投入原料質量の40%が1週間で減少)であったが、発酵が停止すると質量減少率も低下した。
図12に示されるように、炭酸マグネシムは添加率が増加するほど限界負荷も上昇し、最高で9.5gVS/kg汚泥/dであった。これに対して、炭酸水素ナトリウムは添加率1%をピークとして減少し、最高で8.5gVS/kg汚泥/dであった。炭酸マグネシムでは、限界有機物負荷が無添加条件に比べて最大30%向上したのに対して、炭酸水素ナトリウムは13%程度の向上にとどまった。
【0033】
図13に示されるように、炭酸水素ナトリウムは、炭酸マグネシウムに比べ、全体的にpHが高い傾向となった。
炭酸マグネシウムは、無添加と同様に、ガス収率が低下した条件ではpHが低下したのに対して、炭酸水素ナトリウムはpHが高止まりし、変化幅が小さかった。pHが高いことから、炭酸水素ナトリウムはメタン発酵を阻害する遊離アンモニア濃度が高く、特に限界有機物負荷がかかった時期に急激に増加した(
図14参照)。
【0034】
有機酸濃度に関しては、
図15~17に示されるように、プロピオン酸濃度がやや高いものの、全体に一般的な成分範囲であった。
なお、炭酸水素ナトリウムを10%添加した条件のみ、ナトリウム阻害と思われる反応が起こり、リンゴ酸濃度が上昇するなど他の条件と異なった反応が得られた。
【0035】
比較実験の結果では、炭酸水素ナトリウムにも若干の阻害緩和効果があり、1%添加条件において、無添加条件より限界負荷を1.0gVS/kg汚泥/d上昇させる効果があった(7.5→8.5gVS/kg汚泥/d)。
しかしながら、添加率1%をピークとして、狭いレンジにおいてのみでしか効果を得ることができず、添加率を上げるほど限界有機物負荷も低下してしまうものである。添加率1%以外の条件では、
図13に示さるようにpHが高止まりしており、且つ、
図14に示さるようにメタン発酵を阻害する遊離アンモニア濃度が上昇してしまっている。即ち、炭酸水素ナトリウムは、汚泥の性状(pHや遊離アンモニア濃度等)を監視しつつ、添加率の制御を行わなければ、十分な効果を発揮しない(場合によっては逆効果となる)と考えられる。既存の技術と同様に、“汚泥のpHに合わせて、添加量を調整する”必要があることが示されているものである。また、この点以外にも、炭酸水素ナトリウムは、ナトリウム阻害(添加率10%)の兆候が見られ、発酵停止直前に遊離アンモニア濃度が上昇しているなど、発酵阻害を助長する可能性が示唆されている。
これに対し、炭酸マグネシウムは、限界有機物負荷の向上効果がより高い(炭酸水素ナトリウムは13%程度であるのに対し、炭酸マグネシウムは最大30%程度向上)という優れた特徴を有している。
それ以上に、炭酸水素ナトリウムのややピーキーな特性に対し、炭酸マグネシウムは、非常に高い緩衝能力を有しており、一定量以上の添加量とすることだけで、限界負荷量を増加させることができる。即ち、炭酸マグネシウムは、“汚泥の状態に合わせず、一定割合で添加することで阻害緩和効果を発揮する”ことができるという、非常に優れた特徴を有しているものである。
【0036】
以上のごとく、本願発明によれば、従来とは異なるアプローチによって、メタン発酵施設(バイオガスプラント)の運転効率を上げることが可能となる。
従来の考え方としては、pH低下への対応としての炭酸水素ナトリウムの添加等、汚泥等の性状を監視しつつ、pHが所望の範囲となるように汚泥等を「調整する」ことで、メタン発酵の状態を維持させるという思想であるのに対し、本願発明は、低級脂肪酸の発生量を抑制することによって、pHの変化を「抑制する」というものであり、従来にはない技術思想よって、メタン発酵施設の運転の効率化を図ることができるものである。
【符号の説明】
【0037】
1...メタン発酵装置
11...メタン発酵槽
12...原料貯蔵槽
13...薬剤添加部
14...原料混合装置