(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-24
(45)【発行日】2025-05-07
(54)【発明の名称】相同染色体の一方に特異的なDNA欠失を有する細胞を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20250425BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20250425BHJP
C12Q 1/34 20060101ALI20250425BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N5/10 ZNA
C12Q1/34
(21)【出願番号】P 2023551836
(86)(22)【出願日】2022-09-29
(86)【国際出願番号】 JP2022036403
(87)【国際公開番号】W WO2023054573
(87)【国際公開日】2023-04-06
【審査請求日】2023-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2021161312
(32)【優先日】2021-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業」「遺伝性難治疾患治療のための超高精度遺伝子修正法の確立」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中田 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】富田 亜希子
【審査官】三谷 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/100361(WO,A1)
【文献】特表2021-519067(JP,A)
【文献】特開2018-011525(JP,A)
【文献】特表2017-535271(JP,A)
【文献】特表2016-520317(JP,A)
【文献】国際公開第2021/163556(WO,A1)
【文献】中田慎一郎,Cas9変異体によるニックが起こす相同組換え修復様DNA組換えの分子機構の解明,科学研究費助成事業 研究成果報告書, [online],2020年03月30日,<URL : https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-16K12596/16K12596seika.pdf>,[2024年11月15日検索],インターネット
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体において、染色体Aに特異的なDNA欠失を有する細胞を製造する方法であって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞
(但し、ヒトの生体内の細胞およびヒトの生殖細胞を除く)に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入することを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しない方法
であり、
ただし、当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域の同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するものである場合、相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞がFANC遺伝子の機能が抑制された細胞であり、
当該部位特異的ニッカーゼがCas9D10Aを含むCRISPR-Cas系である、方法。
【請求項2】
相同染色体間で異なる塩基が変異部位の塩基である、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法に用いるためのキットであって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞
(但し、ヒトの生殖細胞を除く)において、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しないキット
であり、
ただし、当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域の同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するものである場合、相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞がFANC遺伝子の機能が抑制された細胞であり、
当該部位特異的ニッカーゼがCas9D10Aを含むCRISPR-Cas系である、キット。
【請求項4】
がん患者由来のがん細胞の相同組換え機能を評価する方法であって、
染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する
、がん患者由来のがん細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入し、これにより生じる染色体Aに特異的なDNA欠失を検出することを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しないものであり、
当該部位特異的ニッカーゼがCas9D10Aを含むCRISPR-Cas系であり、
染色体Aに特異的なDNA欠失が生じる頻度が
、当該がん患者由来の相同組換え機能が抑制されていない細胞における頻度より高い場合に、当該
がん患者由来のがん細胞の相同組換え機能が抑制されていると評価される方法。
【請求項5】
請求
項4に記載の方法に用いるためのキットであって、
染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する
、がん患者由来のがん細胞において、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しないキット
であり、
当該部位特異的ニッカーゼがCas9D10Aを含むCRISPR-Cas系である、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部位特異的ニッカーゼを利用して、相同染色体の一方に特異的なDNA欠失を有する細胞を製造する方法に関する。また、本発明は、当該DNA欠失を指標とした細胞の相同組換え機能を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
TALENsやCRISPR-Cas系などのプログラム可能なヌクレアーゼの登場により、現在、ゲノム編集技術は、急速な広まりを見せている。Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、この複合体が、ガイドRNAと相補的な配列を持つゲノム上の標的部位に結合して、DNA二本鎖の両方を切断する。一世代前のゲノム編集技術であるTALENsは、DNAを標的化するTALEタンパク質とDNAを切断するヌクレアーゼ(主として、FokI)との融合タンパク質であるが、CRISPR-Cas系と同様に、ゲノム上の標的部位でDNAの二本鎖切断を生じさせる。
【0003】
このDNAの二本鎖切断は、非相同末端結合により修復された場合、ヌクレオチドの挿入や欠失(insertion/deletion: indel)が生じ、フレームシフトなどにより遺伝子ノックアウトを行うことができる。一方、細胞外から、修復鋳型となるドナーDNAを導入した場合には、ゲノムとドナーDNAとの間の相同組換えにより、遺伝子ノックインを行うことができる。この遺伝子ノックインにおいては、DNAの挿入のみならず、1~数ヌクレオチドの置換や欠失を生じさせることも可能である。
【0004】
しかしながら、ゲノム恒常性の観点では、プログラム可能なヌクレアーゼを用いたゲノム編集には大きな問題がある。その一つは、DNAの二本鎖切断による目的外の遺伝子変異の発生である。体細胞では、相同組換えによる修復よりも非相同末端結合による修復が優位であるため、ゲノム編集系により二本鎖切断された標的部位では、修復鋳型によるノックインよりも、目的外の変異(indel)が生じやすい。そのため、ゲノム編集を実施した細胞集団において、目的通りのノックインを達成できた細胞や遺伝子配列の変化が全く起こらなかった細胞に加え、非相同末端結合に起因する目的外の変異が生じた細胞が少なからず含まれてしまう。また、1細胞レベルで見れば、常染色体の対立遺伝子のうち1つが計画通りにノックインされても、もう一方には目的外の変異が入る可能性がある。また、プログラム可能なヌクレアーゼは、標的配列と類似性の高いDNA配列(オフターゲット)においてもDNA二本鎖切断を発生させ、ゲノム変異を生じさせることが報告されている。
【0005】
そこで、本発明者らは、Cas9の2つのヌクレアーゼ部位のうち一方を失活させたニッカーゼ型Cas9を用い、DNAの一本鎖切断によって相同組換えを誘導することにより、従来のDNAの二本鎖切断による手法と比較して、非相同末端結合による目的外の変異(indel)の発生を抑制しうる手法を開発した。その一つは、ニッカーゼを用い、標的とするゲノムに2箇所、修復鋳型を含むドナープラスミドに1箇所のニックを入れることによる、タンデムニック法を利用したゲノム編集法である(非特許文献1、特許文献1)。また、本発明者らは、この方法をさらに発展させ、標的とするゲノムに1箇所のニックを入れ、修復鋳型を含むドナープラスミドに1箇所のニックを入れるSNGD法(a combination of single nicks in the target gene and donor plasmid)も開発した(特許文献1)。
【0006】
その一方で、ゲノム編集においては、修復鋳型として用いるドナーDNAのゲノムへのランダムな組み込みという問題もある。そこで、本発明者らは、細胞に元々存在する相同染色体を修復鋳型としてゲノム編集を行う方法をも開発した(特許文献2)。このゲノム編集によれば、細胞内の染色体にヘテロ接合体変異あるいは複合ヘテロ接合体変異が存在する場合において、相同染色体間で相同組換えを誘導することにより、当該変異が存在しない一方の相同染色体を修復鋳型として他方の相同染色体に存在する変異を正常配列に修復することができる。
【0007】
染色体に存在するヘテロ接合体変異のうち、変異アレルからの遺伝子産物が正常アレルからの遺伝子産物の機能を阻害するような疾患を治療する目的においては、このような相同組換えを利用した正常配列への修復以外に、これら変異を含むDNA領域を特異的に欠失させることも考えられる。
【0008】
このため、目的外の変異の発生を抑制しつつ、効率的に、相同染色体の一方の特定のDNA領域を欠失させる方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2018-11525号公報
【文献】国際公開2020/100361号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Nakajima K, et al., Genome Res. 28, 223-230, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、DNAの二本鎖切断を行うことなく、かつ、外来のドナーDNAを用いることなく、効率的に、相同染色体の一方に特異的なDNA欠失を生じさせる方法を提供することにある。また、本発明は、当該DNA欠失を指標として、細胞の相同組換え機能を評価する方法を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
細胞内の遺伝子にヘテロ接合体変異が存在する場合、相同染色体の一方(これを「染色体A」と称する)に存在する遺伝子変異は、相同染色体の他方(これを「染色体B」と称する)には存在しない。ここで、染色体A上の変異を含むDNA領域を特異的に欠失させることができれば、当該変異に起因する疾患を治療することが可能となる。
【0013】
本発明者らは、相同染色体の変異部位周辺に様々な態様でDNAの一本鎖切断を導入した結果、染色体Aの変異部位の近傍DNA領域の複数箇所において、DNA両鎖又は同一DNA鎖上にニックを生じさせ、かつ、染色体Bにおいては、染色体Aでニックを生じさせる箇所に対応する箇所の1箇所でニックを生じさせることにより、効率的に、染色体Aから100bpを超えるDNA領域を欠失させることが可能であることを見出した(この態様のニックの導入の例を
図2、
図4に示す)。また、本発明者らは、上記態様において、染色体Bにニックを生じさせない場合においても、効率的に、染色体Aから100bpを超えるDNA領域を欠失させることが可能であることを見出した(この態様のニックの導入の例を
図3、5に示す)。さらに、本発明者らは、相同組換えに関与する遺伝子(例えば、各FANC遺伝子)の機能を抑制した細胞を用いることにより、DNA領域の欠失の効率を向上させることが可能であることを見出した。
【0014】
本発明の方法の原理によれば、広く、相同染色体間で異なる塩基を標的として、相同染色体の一方のみに、100bpを超えるDNAを欠失させることが可能である。また、細胞における相同組換え機能の抑制がDNA欠失の効率を向上させたという事実によれば、当該DNA欠失を指標として、細胞における相同組換え機能を評価することも可能である。
【0015】
本発明は、これら知見に基づくものであり、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0016】
(1)染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体において、染色体Aに特異的なDNA欠失を有する細胞を製造する方法であって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入することを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しない方法。
【0017】
(2)相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞がFANC遺伝子の機能が抑制された細胞である、(1)に記載の方法。
【0018】
(3)相同染色体間で異なる塩基が変異部位の塩基である、(1)又は(2)に記載の方法。
【0019】
(4)部位特異的ニッカーゼがCRISPR-Cas系である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
【0020】
(5)(1)に記載の方法に用いるためのキットであって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞において、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所一本鎖切断しないキット。
【0021】
(6)相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞がFANC遺伝子の機能が抑制された細胞である、(5)に記載のキット。
【0022】
(7)細胞の相同組換え機能を評価する方法であって、
染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入し、これにより生じる染色体Aに特異的なDNA欠失を検出することを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しないものであり、
染色体Aに特異的なDNA欠失が生じる頻度が対照より高い場合に、当該細胞の相同組換え機能が抑制されていると評価される方法。
【0023】
(8)細胞ががん細胞である、(7)に記載の方法。
【0024】
(9)部位特異的ニッカーゼがCRISPR-Cas系である、(7)または(8)に記載の方法。
【0025】
(10)(7)に記載の方法に用いるためのキットであって、
染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞において、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しないキット。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、効率的に、相同染色体の一方に特異的なDNA欠失を生じさせることができる。本発明の方法においては、DNAの二本鎖切断は行わないことから、染色体Bを含めたゲノム全体に目的外の変異は生じにくい。また、外来のドナーDNAを用いないことから、ドナーDNAのランダムインテグレーションという問題も生じない。このため、本発明を遺伝子治療などの医療に応用した場合でも、安全性が高い。また、本発明によれば、相同染色体の一方に特異的なDNA欠失を指標として、細胞の相同組換え機能の評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の方法の概念図(一例)である。染色体Aの標的部位aの塩基と染色体Bの標的部位bの塩基は異なる塩基である。この例においては、染色体Aの標的部位aの近傍領域において、DNA両鎖に一箇所ずつニックを生じさせ、染色体Bにおいては、染色体Aにおいてニックを生じさせる箇所に対応する箇所の一箇所でニックを生じさせる。これにより、染色体AにおいてDNA断片が欠失する。
【
図2】本発明の方法において、染色体Aの標的部位aの近傍領域において、DNA両鎖に一箇所ずつニックを生じさせ、染色体Bにおいては、染色体Aにおいてニックを生じさせる箇所に対応する箇所の一箇所にニックを生じさせる態様(本発明の第一態様)の例を示す図である。
【
図3】本発明の方法において、染色体Aの標的部位aの近傍領域において、DNA両鎖に一箇所ずつニックを生じさせ、染色体Bにおいては、染色体Aにおいてニックを生じさせる箇所に対応する箇所でニックを生じさせない態様(本発明の第二態様)の例を示す図である。
【
図4】本発明の方法において、染色体Aの標的部位aの近傍領域において、同一DNA鎖上に二箇所ニックを生じさせ、染色体Bにおいては、染色体Aにおいてニックを生じさせる箇所に対応する箇所の一箇所にニックを生じさせる態様(本発明の第三態様)の例を示す図である。
【
図5】本発明の方法において、染色体Aの標的部位aの近傍領域において、同一DNA鎖上に二箇所ニックを生じさせ、染色体Bにおいては、染色体Aにおいてニックを生じさせる箇所に対応する箇所でニックを生じさせない態様(本発明の第四態様)の例を示す図である。
【
図6A】PCRプライマーセット L-AS15s又はPCRプライマーセット L-AS15sを用いて得られるPCR産物とニックの位置関係を示す図である。(a)は、PCRプライマーセット L-AS15sとsgRNA TKex4_20s及びsgRNA AS15のニックを、(b)は、PCRプライマーセット L-AS15sとsgRNA TKex4_20s及びsgRNA S8のニックを、(c)は、PCRプライマーセット L-AS15lとsgRNA TKex4_20s及びsgRNA AS15のニックを、(d)は、PCRプライマーセット L-AS15lとsgRNA TKex4_20s及びsgRNA S8のニックを示す。(a)及び(c)のニックは、
図2で示した態様(本発明の第一態様)の例であり、(b)及び(d)のニックは、
図4で示した態様(本発明の第三態様)の例である。
【
図6B】PCRプライマーセット L-AS15sを用いて、DNA欠失が生じた細胞クローンを同定した際の電気泳動像である。(a)は、sgRNA TKex4_20s及びsgRNA AS15でニックを導入した結果を示し、(b)は、sgRNA TKex4_20s及びsgRNA S8でニックを導入した結果を示す。
【
図6C】一方の相同染色体のみに600bp以上の欠失が検出された細胞クローンの割合を示すグラフである。各実験毎に94クローンを用い、三重に実験を行った。
【
図7A】PCRプライマーセット L-TKex57を用いて得られるPCR産物とニックの位置関係を示す図である。(a)は、PCRプライマーセット L-TKex57とsgRNA TKex5_m4s及びsgRNA TKex7_105sのニックを、(b)は、PCRプライマーセット L-TKex57とsgRNA TKex5_m4s及びsgRNA TKex7_mut121sのニックを示す。(a)のニックは、
図4で示した態様(本発明の第三態様)の例であり、(b)のニックは、
図5で示した態様(本発明の第四態様)の例である。
【
図7B】一方の相同染色体のみに500bp以上の欠失が検出された細胞クローンの割合を示すグラフである。各実験毎に94クローンを用い、三重に実験を行った。
【
図8A】PCRプライマーセット L-S14を用いて得られるPCR産物とニックの位置関係を示す図である。PCRプライマーセット L-S14とsgRNA S14及びsgRNA TKex4_20sのニックを示す。本図のニックは、
図4で示した態様(本発明の第三態様)の例である。
【
図8B】PCRプライマーセット L-S14を用いて、DNA欠失が生じた細胞クローンを同定した際の電気泳動像である。(a)は、FANCA変異細胞において、sgRNA TKex4_20s及びsgRNA S14でニックを導入した結果を示し、(b)は、親細胞であるTK6261において、sgRNA TKex4_20s、sgRNA S14でニックを導入した結果を示す。
【
図8C】一方の相同染色体のみに1000bp以上の欠失が検出された細胞クローンの割合を示すグラフである。各実験毎に94クローンを用い、三重に実験を行った。
【
図9A】PCRプライマーセット L-S14を用いて、DNA欠失が生じた細胞クローンを同定した際の電気泳動像である。(a)上は、オーキシン誘導によりFANCSタンパク質を消失させた細胞において、sgRNA TKex4_20s及びsgRNA S14でニックを導入した結果を示し、下は、オーキシン誘導しなかった細胞(対照)における結果を示す。(b)上は、オーキシン誘導によりFANCD1タンパク質を消失させた細胞において、sgRNA TKex4_20s及びsgRNA S14でニックを導入した結果を示し、下はオーキシン誘導しなかった細胞(対照)における結果を示す。
【
図9B】一方の相同染色体のみに1000bp以上の欠失が検出された細胞クローンの割合を示すグラフである。(a)は、オーキシン誘導によりFANCSタンパク質を消失させた細胞(AUX(+))またはオーキシン誘導しなかった細胞(AUX(-))(対照)における結果を示す。(b)は、オーキシン誘導によりFANCD1タンパク質を消失させた細胞(AUX(+))またはオーキシン誘導しなかった細胞(AUX(-))(対照)における結果を示す。各実験毎に94クローンを用い、三重に実験を行った。
【発明を実施するための形態】
【0028】
1.DNA欠失を有する細胞を製造する方法、およびキット
本発明は、染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体において、染色体Aに特異的なDNA欠失を有する細胞を製造する方法を提供する。
【0029】
本発明の方法においては、相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入することを含む。
【0030】
本発明において、相同染色体の特定の部位における「相同染色体間で異なる塩基」は、一つの塩基であっても、複数の塩基(塩基配列)であってもよい。また、変異であっても、多型であってもよい。変異としては、例えば、置換、欠失、挿入、又はこれらの組み合わせが挙げられ、多型としては、例えば、一塩基多型やマイクロサテライト多型が挙げられる。また、当該塩基は、遺伝子コード領域に存在してもよく、遺伝子非コード領域に存在してもよい。
【0031】
また、本発明においては、相同染色体のうち、特定部位に変異や多型を持つ染色体において、当該変異や多型を含むDNAの欠失を生じさせることも、他方の染色体において対応するDNAの欠失を生じさせることもできる。
【0032】
医療上の有用性の観点からの典型的な本発明の利用態様は、ヘテロ接合体変異に起因するヒトの疾患を治療又は予防するために、ヒト細胞における当該変異を含むDNAを欠失させることである。治療又は予防の対象となるヘテロ接合体変異としては、例えば、機能獲得型変異又はドミナントネガティブ型変異が好ましい。ここで「ヘテロ接合体変異に起因する疾患」としては、例えば、常染色体優性遺伝形式をとる常染色体ヘテロ接合体変異により発症する疾患(例えば、先天性免疫不全症におけるOAS1異常症、ELANE変異による重症先天性好中球減少症、慢性皮膚粘膜カンジダ症、遺伝性運動性・感覚性・自律神経性ニューロパチーIIC型、後シナプス性スローチャネル型先天性筋無力症、パーキンソン病8型、管状凝集体ミオパチー、甲状腺ホルモン不応症、高IgE症候群、エーラス・ダンロス症候群、コラーゲン異常症(骨形成不全症、栄養障害型表皮水疱症、II型コラーゲン異常症など)、網膜色素変性症、軟骨無形成症など)や常染色体優性遺伝形式をとるトリプレットリピート病(例えば、ハンチントン病、脊髄小脳失調症、強直性筋ジストロフィー、フリードライヒ運動失調症、眼咽頭型筋ジストロフィーなど)などが挙げられるが、これらに制限されない。
【0033】
本発明に用いる「部位特異的ニッカーゼ」としては、ゲノム上の部位特異的にDNAを一本鎖切断できるものであれば制限はないが、ニッカーゼ型Casタンパク質を構成要素とするCRISPR-Cas系が好ましい。Casタンパク質は、通常、標的鎖の切断に関与するドメイン(RuvCドメイン)及び非標的鎖の切断に関与するドメイン(HNHドメイン)を含むが、ニッカーゼ型Casタンパク質は、典型的には、これら2つのドメインのいずれかのドメインの変異により、その切断活性が喪失している。このような変異としては、spCas9タンパク質(S.pyogenes由来のCas9タンパク質)の場合には、例えば、N末端から10番目のアミノ酸(アスパラギン酸)のアラニンへの変異(D10A:RuvCドメイン内の変異)、N末端から840番目のアミノ酸(ヒスチジン)のアラニンへの変異(H840A:HNHドメイン内の変異)、N末端から863番目のアミノ酸(アスパラギン)のアラニンへの変異(N863A:HNHドメイン内の変異)、N末端から762番目のアミノ酸(グルタミン酸)のアラニンへの変異(E762A:RuvCIIドメイン内の変異)、N末端から986番目のアミノ酸(アスパラギン酸)のアラニンへの変異(D986A:RuvCIIIドメイン内の変異)が挙げられる。その他、種々の由来のCas9タンパク質が公知であり(例えば、WO2014/131833)、それらのニッカーゼ型を利用することができる。なお、Cas9タンパク質のアミノ酸配列及び塩基配列は公開されたデータベース、例えば、GenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov)に登録されており(例えば、アクセッション番号:Q99ZW2.1等)、本発明においてはこれらを利用することができる。
【0034】
また、本発明においては、Cas9以外のCasタンパク質、例えば、Cpf1(Cas12a)、Cas12b、CasX(Cas12e)、Cas14などを利用することもできる。ニッカーゼ型Cpf1タンパク質における変異としては、例えば、AsCpf1(Cas12)では、N末端から1226番目のアミノ酸(アルギニン)のアラニンへの変異(R1226A:Nucドメイン内の変異)が挙げられる。Cpf1のアミノ酸配列は公開されたデータベース、例えば、GenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov)に登録されている(例えば、アクセッション番号:WP_021736722、WP_035635841など)。
【0035】
CRISPR-Cas系を構成するタンパク質としては、例えば、核移行シグナルを付加したものを用いてもよい。
【0036】
ニッカーゼ型Casタンパク質を構成要素とするCRISPR-Cas系においては、ニッカーゼ型Casタンパク質がガイドRNAと結合して複合体を形成し、標的DNA配列に標的化されてDNAを一本鎖切断する。CRISPR-Cas9系においては、ガイドRNAは、crRNA及びtracrRNAを含むが、CRISPR-Cpf1系においては、tracrRNAは不要である。CRISPR-Cas9系におけるガイドRNAは、crRNA及びtracrRNAを含む一分子ガイドRNAでも、crRNA断片とtracrRNA断片とからなる二分子ガイドRNAであってもよい。
【0037】
crRNAは、標的DNA配列に対して相補的な塩基配列を含む。標的DNA配列は、通常、12~50塩基、好ましくは、17~30塩基、より好ましくは17~25塩基からなる塩基配列であり、PAM(proto-spacer adjacent motif)配列と隣接する領域より選択されることが好ましい。典型的には、DNAの部位特異的切断は、crRNAと標的DNA配列の間の塩基対形成の相補性と、それに隣接して存在するPAMの両方によって決定される位置で生じる。
【0038】
多くのCRISPR-Cas系においては、crRNAは、さらに、tracrRNA断片と相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を3’側に含む。一方、tracrRNAは、crRNAの一部の塩基配列と相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を5’側に含む。これら塩基配列の相互作用によりcrRNA/tracrRNA(一分子又は二分子)が二重鎖RNAを形成し、形成された二重鎖RNAは、Casタンパク質と相互作用する。
【0039】
PAMは、Casタンパク質の種類や由来により異なる。典型的なPAM配列は、例えば、S.pyogenes由来のCas9タンパク質(II型)では、「5′-NGG」であり、S.solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A1型)では、「5′-CCN」であり、S.solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A2型)では、「5′-TCN」であり、H.walsbyl由来のCas9タンパク質(I-B型)では、「5′-TTC」であり、E.coli由来のCas9タンパク質(I-E型)では、「5′-AWG」であり、E.coli由来のCas9タンパク質(I-F型)では、「5′-CC」であり、P.aeruginosa由来のCas9タンパク質(I-F型)では、「5′-CC」であり、S.Thermophilus由来のCas9タンパク質(II-A型)では、「5′-NNAGAA」であり、S.agalactiae由来のCas9タンパク質(II-A型)では、「5′-NGG」であり、S.aureus由来のCas9タンパク質では、「5′-NGRRT」又は「5′-NGRRN」であり、N.meningitidis由来のCas9タンパク質では、「5′-NNNNGATT」であり、T.denticola由来のCas9タンパク質では、「5′-NAAAAC」である。Cpf1では、典型的には、「5’-TTN」又は「5’-TTTN」である。なお、タンパク質を改変すること(例えば、変異の導入)により、PAM認識を改変することも可能である(Benjamin,P.ら、Nature 523,481-485(2015)、Hirano,S.ら、Molecular Cell 61, 886-894(2016)、Walton、R.T.ら、Science 368, 290-296(2020))。
【0040】
本発明においては、CRISPR-Cas系以外の部位特異的ニッカーゼを利用することもできる。このような部位特異的ニッカーゼとしては、例えば、ニッカーゼ活性を持つ酵素と融合された人工ヌクレアーゼが挙げられる。人工ヌクレアーゼとしては、例えば、TALE(transcription activator-like effector)、ZF(zinc finger)、PPR(pentatricopeptide repeat)を利用することができる。これら人工ヌクレアーゼとの融合により、ニッカーゼ活性を発揮し得る酵素としては、例えば、TevIが挙げられる(Nat Commun. 2013;4:1762. doi: 10.1038/ ncomms2782)。これら人工ヌクレアーゼは、特定の塩基(あるいは特定の塩基配列)を認識するモジュール(ペプチド)を連結することにより構築されたDNA結合ドメインにより、標的DNA配列に標的化され、当該DNA結合ドメインに融合されたニッカーゼにより、DNAを一本鎖切断する。人工ヌクレアーゼにおけるDNA結合ドメインとニッカーゼの間には、適当なスペーサーペプチドが導入されていてもよい。
【0041】
本発明においては、相同染色体の一方(すなわち、染色体A)において、上記特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断する。一つの態様においては、上記近傍DNA領域のDNA両鎖を一本鎖切断し、他の態様においては、上記近傍DNA領域の同一DNA鎖上の複数箇所を一本鎖切断する。また、本発明においては、相同染色体の他方(すなわち、染色体B)において、染色体Aで一本鎖切断される箇所に対応する箇所(以下、単に、「対応箇所」と称する)の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しない。従って、本発明は、以下の態様を含む。
【0042】
第一の態様:染色体Aでは、上記近傍DNA領域のDNA両鎖を一本鎖切断し、染色体Bでは、対応箇所の1箇所で一本鎖切断する(
図2)。
【0043】
第二の態様:染色体Aでは、上記近傍DNA領域のDNA両鎖を一本鎖切断し、染色体Bでは、対応箇所で一本鎖切断しない(
図3)。
【0044】
第三の態様:染色体Aでは、上記近傍DNA領域の同一DNA鎖を複数箇所で一本鎖切断し、染色体Bでは、対応箇所の1箇所で一本鎖切断する(
図4)。
【0045】
第四の態様:染色体Aでは、上記近傍DNA領域の同一DNA鎖鎖を複数箇所で一本鎖切断し、染色体Bでは、対応箇所で一本鎖切断しない(
図5)。
【0046】
ここで「近傍DNA領域」とは、特定の部位から、通常、100000塩基以内(例えば、10000塩基以内、5000塩基以内、2000塩基以内、1000塩基以内、600塩基以内)の領域である。また、導入されるニック間の距離は、通常、100塩基以上(例えば、200塩基以上、300塩基以上、500以上、700塩基以上、1000塩基以上、1500塩基以上)である。染色体に導入するニックのうち一つは、当該特定の部位の直近であることが好ましい。ここで「直近」とは、通常、100塩基位内、より好ましくは50塩基以内(例えば、40塩基以内、30塩基以内、20塩基以内、10塩基以内)である。
【0047】
具体的な態様の例としては、染色体Aにおいて、上記特定の部位を挟んでDNA両鎖に1箇所ずつ一本鎖切断する態様(
図2の2-1、2-2、2-7、2-8)、上記特定の部位を挟んで同一DNA鎖上に1箇所ずつ一本鎖切断する態様(
図4の4-3~4-6)、上記特定の部位の片側のDNA両鎖に1箇所ずつ一本鎖切断する態様(
図2の2-3~2-6)、及び上記特定の部位の片側の同一DNA鎖上に2箇所一本鎖切断する態様(
図4の4-1、4-2、4-7、4-8)が挙げられる。また、1つの特定の部位の近傍DNA領域には、他の特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)が存在していてもよい(
図3、
図5)。この場合、複数の特定の部位を挟み込むようにニックを導入すれば、染色体Aにおいて、複数の特定の部位を含むDNAを欠失させることができる。また、染色体Aにおいて、一本鎖切断される箇所は、3箇所以上であってもよい。
【0048】
相同染色体を構成する2つの染色体(すなわち、染色体A及び染色体B)において、対応する箇所を同時に一本鎖切断する場合には、染色体Aの標的DNA配列に結合する部位特異的ニッカーゼが、染色体Bの対応DNA配列にも結合するように設計すればよい。この場合、染色体Aの標的DNA配列と染色体Bの対応DNA配列は、典型的には、同一のDNA配列である。
【0049】
相同染色体を構成する2つの染色体において、染色体Aに特異的に一本鎖切断される箇所を生じさせる場合には、染色体Aの標的DNA配列に結合する部位特異的ニッカーゼを、染色体Bの対応DNA配列には結合しないように設計すればよい。この場合、染色体Aの標的DNA配列と染色体Bの対応DNA配列は、異なるDNA配列である。例えば、染色体Aにおいて特定の部位の塩基(相同染色体間で異なる塩基)を含むように、部位特異的ニッカーゼの標的DNA配列を設定すれば、当該標的DNA配列は、染色体Bの対応DNA配列と異なるDNA配列となる。部位特異的ニッカーゼがCRISPR-Cas系である場合には、染色体Aの標的DNA配列に特異的に結合するようにガイドRNAを設計すればよい。また、部位特異的ニッカーゼがニッカーゼ活性を持つ酵素と融合された人工ヌクレアーゼの場合には、染色体Aの標的DNA配列に結合特異性を持つようにDNA結合ドメインを設計すればよい。この態様においては、部位特異的ニッカーゼの設計上、一本鎖切断される部位は、上記特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)から、通常、100塩基位内、より好ましくは50塩基以内(例えば、40塩基以内、30塩基以内、20塩基以内、10塩基以内)である。
【0050】
本発明においては、上記部位特異的ヌクレアーゼを組み合わせることにより、様々なパターン(
図2~5に例示)で、相同染色体の一本鎖切断を行うことができる。
【0051】
なお、本発明において、染色体AにおいてDNAの両鎖で一本鎖切断を行う場合(本発明の第一の態様及び第二の態様、
図2、3)には、一本鎖切断の距離が近すぎると二本鎖切断が生じうる。従って、異なるDNA鎖上にある一本鎖切断箇所の距離は、通常、100塩基以上、好ましくは200塩基以上である。
【0052】
本発明においては、上記部位特異的ニッカーゼの組み合わせを細胞に導入する。細胞に導入される「部位特異的ニッカーゼ」は、CRISPR-Cas系の場合には、例えば、ガイドRNAとCasタンパク質の組み合わせの形態であっても、ガイドRNAとCasタンパク質に翻訳されるメッセンジャーRNAとの組み合わせの形態であっても、それらを発現するベクターの組み合わせの形態であってもよい。ガイドRNAは、分解を抑制するための修飾(化学修飾など)が行われていてもよい。ニッカーゼ活性を持つ酵素と融合された人工ヌクレアーゼである場合には、例えば、タンパク質の形態であっても、当該タンパク質に翻訳されるメッセンジャーRNAの形態であっても、当該タンパク質を発現するベクターの形態であってもよい。
【0053】
発現ベクターの形態を採用する場合には、発現させるべきDNAに作動的に結合している1つ以上の調節エレメントを含む。ここで、「作動可能に結合している」とは、調節エレメントに上記DNAが発現可能に結合していることを意味する。「調節エレメント」としては、プロモーター、エンハンサー、内部リボソーム進入部位(IRES)、及び他の発現制御エレメント(例えば、転写終結シグナル、例えば、ポリアデニル化シグナル及びポリU配列)が挙げられる。調節エレメントとしては、目的に応じて、例えば、多様な宿主細胞中でのDNAの構成的発現を指向するものであっても、特定の細胞、組織、あるいは器官でのみDNAの発現を指向するものであってもよい。また、特定の時期にのみDNAの発現を指向するものであっても、人為的に誘導可能なDNAの発現を指向するものであってもよい。プロモーターとしては、例えば、polIIIプロモーター(例えば、U6及びH1プロモーター)、polIIプロモーター(例えば、レトロウイルスのラウス肉腫ウイルス(RSV)LTRプロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、SV40プロモーター、ジヒドロ葉酸レダクターゼプロモーター、β-アクチンプロモーター、ホスホグリセロールキナーゼ(PGK)プロモーター、及びEF1αプロモーター)、polIプロモーター、又はそれらの組合せが挙げられる。当業者であれば、導入する細胞の種類などに応じて、適切な発現ベクターを選択することができる。
【0054】
本発明の方法を適用する「細胞」としては、相同染色体を有する限り、特に制限はなく、様々な真核細胞を対象とすることができる。
【0055】
「真核細胞」としては、例えば、動物細胞、植物細胞、藻細胞、真菌細胞が挙げられる。また動物細胞としては、例えば、哺乳動物細胞の他、魚類、鳥類、爬虫類、両生類、昆虫類の細胞が挙げられる。
【0056】
「動物細胞」には、例えば、動物の個体を構成している細胞、動物から摘出された器官・組織を構成する細胞、動物の組織に由来する培養細胞などが含まれる。具体的には、例えば、各段階の胚の胚細胞(例えば、1細胞期胚、2細胞期胚、4細胞期胚、8細胞期胚、16細胞期胚、桑実期胚など);誘導多能性幹(iPS)細胞、胚性幹(ES)細胞、造血幹細胞などの幹細胞;線維芽細胞、造血細胞、ニューロン、筋細胞、骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、脳細胞、腎細胞などの体細胞などが挙げられる。ゲノム編集動物の作成には、受精後の卵母細胞、すなわち受精卵を用いることができる。特に好ましくは、受精卵は前核期胚のものである。受精前の卵母細胞には、凍結保存されたものを解凍して用いることができる。
【0057】
本発明において「哺乳動物」とは、ヒト及び非ヒト哺乳動物を包含する概念である。非ヒト哺乳動物の例としては、ウシ、イノシシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどの偶蹄類、ウマなどの奇蹄類、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、リスなどの齧歯類、ウサギなどのウサギ目、イヌ、ネコ、フェレットなどの食肉類などが挙げられる。上記の非ヒト哺乳動物は、家畜又はコンパニオンアニマル(愛玩動物)であってもよく、野生動物であってもよい。
【0058】
「植物細胞」としては、例えば、穀物類、油料作物、飼料作物、果物、野菜類の細胞が挙げられる。「植物細胞」には、例えば、植物の個体を構成している細胞、植物から分離した器官や組織を構成する細胞、植物の組織に由来する培養細胞などが含まれる。植物の器官や組織としては、例えば、葉、茎、茎頂(生長点)、根、塊茎、塊根、種子、カルスなどが挙げられる。植物の例としては、イネ、トウモロコシ、バナナ、ピーナツ、ヒマワリ、トマト、アブラナ、タバコ、コムギ、オオムギ、ジャガイモ、ダイズ、ワタ、カーネーションなどが挙げられる。
【0059】
本発明の方法(特に、後述する本発明の第三の態様(
図4)及び第四の態様(
図5))において用いる細胞としては、FANC遺伝子の機能が抑制された細胞を用いることが好ましい。FANC遺伝子としては、FANCA遺伝子の他、FANCB遺伝子、FANCC遺伝子、FANCD1(BRCA2)遺伝子、FANCD2遺伝子、FANCS(BRCA1)遺伝子などのファミリー遺伝子が挙げられる。典型的なヒト由来のFANCA遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、データベース(アクセッション番号:NM_000135、NP_000126)に、典型的なヒト由来のFANCB遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、データベース(アクセッション番号:NM_001018113、NP_001018123)に、典型的なヒト由来のFANCC遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、データベース(アクセッション番号:NM_000136、NP_000127)に、典型的なヒト由来のFANCD1遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、データベース(アクセッション番号:NM_000059、NP_000050)に、典型的なヒト由来のFANCD2遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、データベース(アクセッション番号:NM_001018115、NP_001018125)に、典型的なヒト由来のFANCS遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、データベース(アクセッション番号:NM_007294、NP_009225)に、それぞれ開示されている。
【0060】
本発明における「FANC遺伝子の機能の抑制」は、その機序が、遺伝子の翻訳産物(タンパク質)の活性の抑制であっても、遺伝子の発現の抑制であってもよい。遺伝子の翻訳産物(タンパク質)の活性の抑制は、例えば、当該遺伝子への変異(欠失、置換、挿入など)の導入や阻害剤処理により行うことができる。
【0061】
FANC遺伝子への変異の導入は、例えば、ゲノム編集系を利用して行うことができる。ゲノム編集系としては、例えば、FANC遺伝子を標的とするCRISPR-Cas(例えば、CRISPR-Cas9)、TALENs、ZFNsなどの部位特異的人工ヌクレアーゼなどが挙げられる。ゲノム編集系の作用により標的部位で遺伝子が切断され、細胞のDNA修復機構を介して、遺伝子に変異(塩基の欠失、挿入など)が導入される。変異の導入により遺伝子を欠損させる場合、欠損は、遺伝子全体の欠損であっても、部分的な欠損であってもよい。
【0062】
FANC阻害剤としては、例えば、FANCの一本鎖アニーリング活性や鎖交換活性を阻害する分子が考えられる(FANCの活性については、例えば、Benitez, A.ら、Mol Cell 16;71(4), 621-628(2018)を参照のこと)。
【0063】
「FANC遺伝子の機能の抑制」は、また、当該遺伝子の発現の抑制によって行うこともできる。FANC遺伝子の発現の抑制は、遺伝子の翻訳の抑制であっても、転写の抑制であってもよい。FANC遺伝子の翻訳の抑制は、例えば、FANC遺伝子の転写産物に結合する二重鎖RNA(dsRNA)を利用して行うことができる。二重鎖RNAとしては、例えば、siRNA、shRNA(short haipin RNA)、miRNAなどが挙げられる。FANC遺伝子の転写の抑制は、例えば、FANC遺伝子の発現制御領域への変異の導入によって行うことができる。変異の導入には、当該発現制御領域を標的化する上記のゲノム編集系を利用することができる。FANC遺伝子の発現が抑制されたか否かは、翻訳レベルであれば、例えば、翻訳産物に結合する抗体を利用した免疫学的測定法により、転写レベルであれば、例えば、RT-PCR法やノーザンブロッティング法により、それぞれ評価することができる。
【0064】
これらFANC遺伝子の機能を抑制するための分子は、当該分子自体を細胞に導入してもよく、また、当該分子が核酸の場合には、細胞内で発現させるために、当該分子をコードするDNA(典型的には、当該DNAが挿入されたベクター)を細胞に導入してもよい。
【0065】
部位特異的ニッカーゼやFANC遺伝子の機能を抑制する分子の細胞への導入は、例えば、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、DEAE-デキストラン法、リポフェクション法、ナノ粒子媒介性トランスフェクション法、ウイルス媒介性核酸送達法などの公知の方法で行うことができる。
【0066】
細胞への導入後、部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、染色体Aの特定部位の近傍DNA領域において複数箇所で一本鎖切断し、当該染色体において特定部位を含むDNAが欠失する。本発明によれば、このようなDNA欠失が生じた細胞を高効率で製造することができる。ここで「高効率」とは、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上、特に好ましくは10%以上(例えば、20%以上、30%以上、35%以上)である。
【0067】
また、本発明は、上記本発明の方法に用いるためのキットであって、上記部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含むキットを提供する。当該のキットは、一つ又は複数の追加の試薬をさらに含む場合があり、追加の試薬としては、例えば、希釈緩衝液、再構成溶液、洗浄緩衝液、核酸導入試薬、タンパク質導入試薬、対照試薬(例えば、対照のガイドRNA)が挙げられるが、これらに制限されない。当該キットは、本発明の方法を実施するための使用説明書を含んでいてもよい。
【0068】
2.細胞の相同組換え機能を評価する方法、およびキット
本発明は、また、細胞の相同組換え機能を評価する方法を提供する。
【0069】
本発明においては、相同組換えに関与する遺伝子の機能を抑制した細胞を用いることにより、DNA領域の欠失の効率が顕著に向上することが判明した。従って、当該DNA欠失を指標として、細胞における相同組換え機能を評価することが可能である。
【0070】
本発明の方法においては、上記「1.」と同様に、染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入し、これにより生じる染色体Aに特異的なDNA欠失を検出することを含む。
【0071】
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせは、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域のDNA両鎖又は同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断するか、又は、当該対応する箇所で一本鎖切断しないものである。
【0072】
部位特異的ニッカーゼの組み合わせは、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域の同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断する態様(第三の態様、
図4)、及び、染色体Aにおいては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、かつ、当該一本鎖切断が当該近傍DNA領域の同一DNA鎖上の一本鎖切断であり、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する箇所の1箇所で一本鎖切断しない態様(第四の態様、
図5)であることが好ましい。
【0073】
なお、本発明における細胞の相同組換え機能を評価する方法は、染色体A及び染色体Bで構成される相同染色体において、染色体Aの同一DNA鎖上の複数箇所で一本鎖切断し、染色体Bにおいては、染色体Aにおいて一本鎖切断される箇所に対応する複数箇所で一本鎖切断する態様で実施することも可能である。この場合、一本鎖切断は、必ずしも、相同染色体間で異なる塩基の近傍DNA領域に導入される必要はなく、任意のDNA領域に導入することが可能である。
【0074】
本発明の方法においては、染色体Aに特異的なDNA欠失が生じる頻度が対照より高い場合に、当該細胞の相同組換え機能が抑制されていると評価される。ここで「対照より高い場合」とは、好ましくは対照の2倍以上、より好ましくは5倍以上、特に好ましくは10倍以上(例えば、20倍以上)の頻度である。絶対的な頻度で示せば、好ましくは4%以上、より好ましくは10%以上、特に好ましくは20%以上(例えば、40%以上)の頻度である(実施例(2)(b)、
図9Bを参照のこと)。対照としては、相同組換え機能が抑制されていない細胞における頻度を用いることができる。
【0075】
相同組換え機能の抑制は、例えば、相同組換えに関与する遺伝子の機能の抑制(例えば、遺伝子変異)により生じ得る。従って、本発明により、相同組換え機能が抑制されていると評価された細胞においては、相同組換えに関与する遺伝子の機能の抑制が疑われる。相同組換えに関与する遺伝子としては、例えば、上記のFANC遺伝子が挙げられる。
【0076】
相同組換え機能の抑制は、がんの原因となることが知られていることから、本発明の方法は、様々ながん細胞(例えば、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、すい臓がんなどの細胞)を対象とすることができる。
【0077】
FANCS/FANCD1(BRCA1/BRCA2)は、遺伝性若年性乳がんや卵巣がんの責任遺伝子であり、また、生殖細胞系列でFANCS/FANCD1変異を持たない乳がん患者や卵巣がん患者のがん細胞ではFANCS/FANCD1の機能異常や発現低下が多く認められる。FANCS/FANCD1の機能異常や発現低下は、遺伝子変異のみならず、プロモーターメチル化による発現抑制などによっても生じるため、遺伝子検査だけでは不十分である。本発明は、相同組換え機能が抑制される原因を問わず、結果として相同組換え機能が抑制されているか否かを評価することができ、この点で従来の遺伝子検査よりも優れている。一方、相同組換え機能の抑制の評価には、レポーター遺伝子を利用した評価系を利用することが可能であるが、このような評価系を患者由来がん細胞で実施することは困難である。本発明の方法は、レポーター遺伝子を必要とせず、患者由来がん細胞をそのまま利用できる点でも優れている。
【0078】
現在、相同組換え欠失に特徴的なゲノム変化の頻度測定と上記FANC遺伝子(BRCA遺伝子)の変異検査を組み合わせたMyChoice(Myriad社)と称する検査法が実用化されており、この検査結果に基づき薬剤(PARP阻害剤)の使用の可否が判断されている。従って、本発明の方法による、がん細胞における相同組換え機能の評価は、患者における抗がん剤の有効性の評価としても利用できる。
【0079】
また、本発明は、上記本発明の方法に用いるためのキットであって、上記部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含むキットを提供する。当該のキットは、一つ又は複数の追加の試薬をさらに含む場合があり、追加の試薬としては、例えば、希釈緩衝液、再構成溶液、洗浄緩衝液、核酸導入試薬、タンパク質導入試薬、対照試薬(例えば、対照のガイドRNA)が挙げられるが、これらに制限されない。当該キットは、本発明の方法を実施するための使用説明書を含んでいてもよい。
【実施例】
【0080】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0081】
[材料と方法]
A.材料
(1)TK6261細胞
TK6細胞由来リンパ芽球細胞である。チミジンキナーゼ1遺伝子(17番染色体)のexon4上の1bp挿入による機能喪失型フレームシフトを持つアレルA(染色体A)とexon5上の8bp欠失による機能喪失型フレームシフト及び機能に影響を与えないexon7上の1bp挿入を持つアレルB(染色体B)が含まれる。
(2)FANCA変異TK6261細胞
TK6261細胞のFANCA遺伝子exon27の両アレルに欠失変異を発生させ、FANCA機能を消失させた細胞である。
(3)TSCER2(TIR)細胞
チミジンキナーゼ1(TK1)遺伝子が複合ヘテロ接合体となっているTK6由来細胞である。TK1 exon4の変異はTK6261細胞と共通している。オーキシン添加によりTIR1が発現し、AIDタグが付加されたタンパク質が分解される。
(4)FANCSタンパク質消失TSCER2(TIR)細胞
TSCER2(TIR)-FANCSAID/AIDは、両アレルのFANCS(BRCA1)遺伝子C末にオーキシン誘導デグロン(AID)タグをノックインし、FANCS-AIDを発現するように改変した細胞である。オーキシン(AUX)添加によりFANCS(BRCA1)タンパク発現を消失させることが可能である。
(5)FANCD1タンパク質消失TSCER2(TIR)細胞
TSCER2(TIR)-FANCD1AID/AIDは、両アレルのFANCD1(BRCA2)遺伝子C末にオーキシン誘導デグロン(AID)タグをノックインし、FANCD1-AIDを発現するように改変した細胞である。オーキシン(AUX)添加によりFANCD1(BRCA2)タンパク発現を消失させることが可能である。
【0082】
B.方法
1.0mg/mL Cas9D10A mRNA(TriLink CleanCap Cas9 Nickase mRNA(5moU)-(L-7207))を0.9μL、100nmol/mLのsgRNA2種類をそれぞれ0.45μL、及びNeon Transfection System R bufferを2.2μL混合し、さらに、R buffer中に浮遊させた14×104個/μLのTK6261細胞を10μL混合した。このうち10μLに対し、Neon Transfection Systemを用い、Voltage 1500V, Width 10ms Pulse 3 pulsesの条件でエレクトロポレーションを実施した。
【0083】
使用したsgRNAは以下のものである(名称:標的配列。[]内はPAM配列を示す)。
TKex4_20s:CGTCTCGGAGCAGGCAGGCG[GGG]/配列番号:1
S8:AGCTTCCCATCTATACCTCC[TGG]/配列番号:2
AS15:GAGGTAGGTTGATCTTGTGT[GGG]/配列番号:3
S14:TCCCACCGAAGGCCACACGC[CGG]/配列番号:4
TKex5_mut4s:CTCGCAGAACTCCAGGGAAC[TGG]/配列番号:5
TKex7_105s:CCCCTGGCTTTCCTGGCACT[GGG]/配列番号:6
TKex7_mut121s:TGGCAGCCACGGCTTCCCCC[TGG]/配列番号:7
なお、TKex4_20sはアレルA上のexon4のみを標的とするsgRNAであり、S8は、両アレルのイントロン4を標的とするsgRNAであり、AS15は、両アレルのイントロン4を標的とするsgRNAであり、S14は、両アレルのイントロン3を標的とするsgRNAであり、TKex5_mut4sはアレルB上のexon5のみを標的とするsgRNAであり、TKex7_105sは両アレルのexon7を標的とするsgRNAであり、TKex7_mut121sはアレルB上のexon7のみを標的とするsgRNAである。
【0084】
エレクトロポレーション後の細胞は、10%ウマ血清+200μg/ml Sodium Pyruvate/RPMI1640培地中で37℃、5% CO2にてオーバーナイト培養し、その後5%ウマ血清+200μg/ml Sodium Pyruvate/RPMI1640培地(基本培地)中で37℃、5% CO2にて1週間培養を行った。
【0085】
培養後の細胞を対象とし、FACS AriaIII(BD)を用い、1ウェルあたり200μLの基本培地を分注した96ウェルプレートに1細胞/ウェルとなるようにソーティングを行った。約1週間の培養の後、増殖した1細胞由来クローンを94クローン採取し、簡易DNA抽出キットVersion 2(カネカ)を用いてゲノムDNAを抽出した。また、これとは別に、ソーティングを行わずに培養を継続した細胞から、培養細胞ゲノムDNA抽出キットVI(ANIMOS)を用いてゲノムDNAを抽出した。
【0086】
1細胞由来クローンから抽出したDNAを鋳型として、KOD FX Neo(TOYOBO)によるPCRを行った。sgRNA TKex4_20s、sgRNA S8及びsgRNA AS15の標的配列がPCR産物(全長約2.1kbp)に含まれるようにデザインしたPCRではプライマーセットL-AS15s、sgRNA TKex4_20s、sgRNA S8及びsgRNA AS15の標的配列がPCR産物(全長約4.3kbp)に含まれるようにデザインしたPCRではプライマーセットL-AS15l、sgRNA TKex4_20s及びsgRNA S14の標的配列がPCR産物(全長約約5.4kbp)に含まれるようにデザインしたPCRではプライマーセットL-S14、並びにsgRNA TKex5_mut4s、sgRNA TKex7_105s及びsgRNA TKex7_mut121sの標的配列がPCR産物(全長約1.9kbp)に含まれるようにデザインしたPCRではプライマーセットL-TKex57を、それぞれ用いた。PCRに用いたプライマーの配列は以下の通りである。
【0087】
L-AS15s(Forward):GCCTTTCCCATAGGTGCTAACT/配列番号:8
L-AS15s(Reverse):AACAAAACACACTCTGGAAGATGGAACC/配列番号:9
L-AS15l(Forward):CACAAGGCACAGGACACACTGTTAG/配列番号:10
L-AS15l(Reverse):AACAAAACACACTCTGGAAGATGGAACC/配列番号:11
L-S14(Forward):GAGTACTCGGGTTCGTGAACTT/配列番号:12
L-S14(Reverse):GCAGCTTCCCATCTATACCTCC/配列番号:13
L-TKex57(Forward):AAGCCCTCACGTCTCAATAACC/配列番号:14
L-TKex57(Reverse):GCTTTAAGCAGACCAGTGGGTA/配列番号:15
PCR産物は0.9% TAEゲル中で電気泳動を行い、PCR産物の塩基長を可視化した。
【0088】
数100bp以上の欠失を示すPCR産物の一部はゲル切り出し精製を行い、exon4領域のDNAシーケンス解析を行った。
【0089】
まず、1細胞由来クローンから抽出したDNAを鋳型として、KOD plus neo(TOYOBO)によるPCRを行った。sgRNA TKex4_20sの標的配列を中心とする344bpの領域(Exon4領域)に対してはプライマーセットS-EX4を、sgRNA S8及びsgRNA AS15の標的配列を中心とする297bpの領域(S8/AS15領域)に対してはプライマーセットS-AS15を、それぞれ用いた。
【0090】
S-EX4 (Forward):TTTTCTGGACGAGGGCCTTTC/配列番号:16
S-EX4 (Reverse):CTTCCAAGTCAGCGAGGGAAAA/配列番号:17
S-AS15 (Forward):CCTCATGGTTCCTTTTGCTTG/配列番号:18
S-AS15 (Reverse):GGTGGGAAAATCGCTTGAAT/配列番号:19
引き続き、サンガーシーケンス法によりPCR産物のDNA配列を解析した。シーケンスプライマーの配列は以下の通りである。
【0091】
Exon 4領域:TGAACACTGAGCCTGCTT/配列番号:20
S8/AS15領域:CGTTTATTTTCTTGTTG/配列番号:21
[実施例]
(1)ニックの導入パターンの大規模DNA欠失への影響の解析
(a)既知の手法として、sgRNA TKex4_20sとsgRNA_AS15との組み合わせ及びCas9を用いて、アレルAにDNA2本鎖切断を2カ所、アレルBにDNA2本鎖切断を1か所入れ場合、600bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は32.3%±5.4%(n=94で三重実験)であった(
図6C「TKex4_20s/AS15(DSB)」)。sgRNA TKex4_20sとsgRNA_AS15との組み合わせ及びCas9D10Aを用いてアレルAの各DNA鎖に1カ所ずつのニック、アレルBのアンチセンス鎖に1か所のニックを入れた場合、600bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は39.4%±2.8%(n=94で三重実験)であり、DNA2本鎖切断2か所を用いた手法と同等であった(
図6A(a)、B(a)、C「TKex4_20s/AS15(Nick)」)。一方、sgRNA TKex4_20sとsgRNA_S8の組み合わせ及びCas9D10Aを用いてアレルAのセンス鎖にタンデムに2カ所のニック、アレルBのセンス鎖に1か所のニックを入れ場合、600bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は0.35%±0.61%(n=94で三重実験)であり、欠失の頻度は低かった(
図6A(b)、B(b)、C「TKex4_20s/S8(Nick)」)。ニックを用いる場合には、DNA2本鎖の両方にニックを発生させることで高効率に数100bpに及ぶDNA削除が可能であることが示された。
【0092】
sgRNA TKex4_20sとsgRNA_AS15との、及びCas9D10Aを用いた場合に得られた111クローンのうち、Exon4領域のサンガーシーケンスで野生型配列(アレルBの配列)のみが検出されたクローンが100クローンであった。残り11クローンにおいては、プライマーセットL-AS15sを用いて行ったPCRを行い、数100bp以上の欠失を示すPCR産物をゲル切り出し精製した。このPCR産物に含まれるexon4領域のDNA配列を解析した。11クローン全てにおいて、exon4の変異型配列(アレルAの配列)のみが含まれていることが確認された。これらの結果により、欠失は2つのニックを発生させたアレルAに特異的に発生したことが示された。
【0093】
1アレルのみ>600bp以上の欠失が検出された細胞におけるexon4領域及びS8/AS15領域のサンガーシーケンス解析を実施した。sgRNA TKex4_20sとsgRNA_AS15との組み合わせ及びCas9D10Aを用いた場合には、Exon4領域、S8/AS15領域ともに変異は全く検出されなかった。一方、sgRNA TKex4_20sとsgRNA_AS15との組み合わせ及び野生型Cas9を用いた場合には、Exon4領域で4.44±1.84%、S8/AS15領域で100±0.0%の細胞において変異が検出された。これらの結果から、DSBを用いた場合には、欠失を起こさないアレルを正常に保つことは非常に難しく、ニックを用いた場合には正確性を非常に高く保つことができることが示された。
【0094】
(b)TK6261細胞に対し、sgRNA TKex5_mut4sとsgRNA TKex7_105sとの組み合わせ及びCas9D10Aを用いてアレルAのセンス鎖にタンデムに2カ所のニック、アレルBのセンス鎖に1か所のニックを入れ場合、500bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は0.71±0.61%(n=94で三重実験)であった(
図7A(a)、B「TKex5_mut4s/TKex7_105s」)。一方、TK6261細胞に対し、sgRNA TKex5_mut4sとsgRNA TKex7_mut121sとの組み合わせ及びCas9D10Aを用いてアレルAのセンス鎖にタンデムに2カ所のニック、アレルBにはニックを入れなかった場合、500bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は2.84±1.62%(n=94で三重実験)に達した(
図7A(b)、B「TKex5_mut4s/TKex7_mut121s」)。このことから、アレルAにタンデムニックを導入する場合には、アレルBにニックを導入しないことにより、ニック間の長い欠失の発生率を大きく向上させることが可能であることが示された。
【0095】
(2)FANC遺伝子の機能抑制の影響の解析
(a)FANCAをノックアウトしたTK6261細胞に対し、sgRNA TKex4_20sとsgRNA_S14との組み合わせ及びCas9D10Aを用いてアレルAのセンス鎖にタンデムに2カ所のニック、アレルBのセンス鎖に1か所のニックを入れた場合、1,000bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は15.2%±2.68%(n=94で三重実験)に達した(
図8A、B(a)、C「FANCA欠損」)。一方、FANCAが発現しているTK62621細胞(親株)において1,000bp以上の欠失が発生した細胞は1.42%±0.61%(n=94で三重実験)に過ぎなかった(
図8A、B(b)、C「TK6261」)。このことから、FANCAの機能抑制によりニック間の長い欠失の発生率を大きく向上させることが可能であることが示された。
【0096】
(b)オーキシン誘導的にFANCSタンパク質を消失させることができるTSCER2(TIR)細胞(TSCER2(TIR)-FANCS
AID/AID)およびオーキシン誘導的にFANCD1タンパク質を消失させることができるTSCER2(TIR)細胞(TSCER2(TIR)-FANCD1
AID/AID)に対し、上記(a)と同様にニックを導入した。その結果、1,000bp以上の欠失が1アレルのみに発生した細胞は、FANCSタンパク質消失細胞で45.4%±1.6%、FANCD1タンパク質消失細胞で47.5%±11.3%(n=94で三重実験)であった(
図9A、B)。なお、オーキシンを添加せずFANCSタンパク質を消失させなかった場合の値は1.77%±1.23%であり、オーキシンを添加せずFANCD1タンパク質を消失させなかった場合の値は2.12%±1.06%(n=94で三重実験)であった。このことから、FANCAと同様、FANCSおよびFANCD1の機能抑制によりニック間の長い欠失の発生率を大きく向上させることが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0097】
以上説明したように、本発明によれば、部位特異的ニッカーゼによる一本鎖切断を利用して、相同染色体の一方において、特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)を含むDNAを欠失させることができる。二本鎖切断や外来のドナーDNAを用いない本発明は、その安全性の高さから、特に、ヘテロ変異に起因する疾患の遺伝子治療に大きく貢献し得る。また、本発明によれば、相同染色体の一方に特異的なDNA欠失を指標として、細胞の相同組換え機能の評価を行うことができ、がんなどの疾患の診断にも大きく貢献し得る。
【配列表】