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特許7672497酸化物超電導材製造用の原料溶液および酸化物超電導材の製造方法
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  • 特許-酸化物超電導材製造用の原料溶液および酸化物超電導材の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-24
(45)【発行日】2025-05-07
(54)【発明の名称】酸化物超電導材製造用の原料溶液および酸化物超電導材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 13/00 20060101AFI20250425BHJP
   H01B 12/06 20060101ALI20250425BHJP
   C01G 3/00 20060101ALI20250425BHJP
   C01G 1/00 20060101ALI20250425BHJP
【FI】
H01B13/00 565D
H01B12/06
C01G3/00
C01G1/00 S
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023545679
(86)(22)【出願日】2022-09-01
(86)【国際出願番号】 JP2022033003
(87)【国際公開番号】W WO2023033117
(87)【国際公開日】2023-03-09
【審査請求日】2024-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2021144693
(32)【優先日】2021-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本田 元気
(72)【発明者】
【氏名】永石 竜起
(72)【発明者】
【氏名】山口 巖
(72)【発明者】
【氏名】真部 高明
(72)【発明者】
【氏名】松井 浩明
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特開平5-9022(JP,A)
【文献】特開平1-298057(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 13/00
H01B 12/06
C01G 3/00
C01G 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造において使用される原料溶液であって、
溶質として、炭素数が1以上4以下の希土類元素カルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のバリウムカルボン酸塩、および炭素数が1以上4以下の銅カルボン酸塩を含み、
溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む、原料溶液。
【請求項2】
前記希土類元素カルボン酸塩、前記バリウムカルボン酸塩、および前記銅カルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸塩である、請求項1に記載の原料溶液。
【請求項3】
前記希土類元素カルボン酸塩、前記バリウムカルボン酸塩、および前記銅カルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、炭素数が2以上4以下のジカルボン酸塩である、請求項1に記載の原料溶液。
【請求項4】
前記アルコールは、炭素数が1以上2以下のアルコールおよび炭素数が3以上4以下のアルコールを含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の原料溶液。
【請求項5】
前記炭素数が1以上2以下のアルコールと前記炭素数が3以上4以下のアルコールとの体積比が5:1から1:5の範囲内である、請求項4に記載の原料溶液。
【請求項6】
前記カルボン酸は、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の原料溶液。
【請求項7】
前記塩基性有機溶媒は、窒素原子を含む有機化合物である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の原料溶液。
【請求項8】
前記溶媒において、前記水の含有割合が10体積%以上30体積%以下であり、前記アルコールの含有割合が20体積%以上80体積%以下であり、前記カルボン酸および前記塩基性有機溶媒の合計の含有割合が10体積%以上50体積%以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の原料溶液。
【請求項9】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の原料溶液を準備する工程と、
前記原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程と、
前記塗膜を加熱して、前記塗膜中の前記希土類元素カルボン酸塩、前記バリウムカルボン酸塩、および前記銅カルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程と、
前記仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程と、を含む、酸化物超電導材の製造方法。
【請求項10】
前記原料溶液を準備する工程の後前記塗膜を形成する工程の前に、前記原料溶液をろ過する工程をさらに含む、請求項9に記載の酸化物超電導材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、酸化物超電導材製造用の原料溶液および酸化物超電導材の製造方法に関する。本出願は、2021年9月6日に出願した日本特許出願である特願2021-144693号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導材の製造方法の1つとして、塗布熱分解法(Metal Organic Decomposition、略称MOD法)と呼ばれる方法がある。この方法は、有機金属化合物を溶媒に溶解して製造した原料溶液(以下、「MOD溶液」ともいう)を基板に塗布した後、500℃付近で熱処理(以下、仮焼ともいう)して熱分解させ、得られた熱分解物(以下、「仮焼膜」ともいう)をさらに高温(たとえば800℃付近)で熱処理(以下、本焼ともいう)することにより結晶化を行って、超電導材を製造する方法である。このMOD法は、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法など)に比べて、製造設備が簡単であり、また大面積および複雑な形状への対応が容易であるなどの特徴を有する。
【0003】
上記MOD法に関して、非特許文献1(水田ら,「塗布熱分解法による超伝導膜の合成」,日本化学会誌,1997,No.1,第11-23頁)は、希土類元素、バリウム、および銅の各有機金属化合物をピリジンとプロピオン酸との比が5:3の混合溶媒に溶解させて蒸発乾固した後、さらにメタノールに溶解させた原料溶液を用いることを開示する。
【0004】
また、特許文献1(特開2012-12247号公報)は、非特許文献1のようにして得られる蒸発乾固物をメタノールに替えてメタノール、1-ブタノール、および水の混合溶媒に溶解させた原料溶液を用いることを開示する。さらに、特許文献2(特開2011-253764号公報)は、塩素源として塩酸が添加された原料溶液を用いることを開示し、特許文献3(特開2013-122847号公報)および特許文献4(特開2015-165502号公報)は、塩素源として塩化アンモニウムが添加された原料溶液を用いることを開示する。また、特許文献5(国際公開2018/163501号)は、上記の原料溶液を用いる塗布熱分解法により製造された酸化物超電導材の構造および特性を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-12247号公報
【文献】特開2011-253764号公報
【文献】特開2013-122847号公報
【文献】特開2015-165502号公報
【文献】国際公開2018/163501号
【非特許文献】
【0006】
【文献】水田ら,「塗布熱分解法による超伝導膜の合成」,日本化学会誌,1997,No.1,第11-23頁
【発明の概要】
【0007】
本開示の一態様にかかる原料溶液は、塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造において使用される原料溶液である。かかる原料溶液は、溶質として、炭素数が1以上4以下の希土類元素カルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のバリウムカルボン酸塩、および炭素数が1以上4以下の銅カルボン酸塩を含み、溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む。
【0008】
本開示の一態様にかかる酸化物超電導材の製造方法は、上記態様の原料溶液を準備する工程と、その原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程と、その塗膜を加熱して、塗膜中の上記希土類元素カルボン酸塩、上記バリウムカルボン酸塩、および上記銅カルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程と、その仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程と、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本開示の一態様にかかる酸化物超電導材の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本開示が解決しようとする課題]
しかしながら、非特許文献1および特許文献1~5に開示の塗布熱分解法において使用される従来の原料溶液は、上記のように、希土類元素、バリウム、および銅の各有機金属化合物をピリジン-プロピオン酸混合溶媒(以下、第1溶媒ともいう)に溶解させる第1溶解工程、第1溶解工程で得られた第1溶液の蒸発乾固工程、および蒸発乾固物を、メタノールを含む溶媒(以下、第2溶媒ともいう)に溶解させる第2溶解工程の多段工程を必要とする。また、蒸発乾固工程において、第1溶媒を完全に蒸発させると、第2溶解工程後に結晶が析出しやすいため、蒸発させる第1溶媒の量を精密制御する必要がある。
【0011】
そこで、本開示は、原料溶液の調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造できる原料溶液を提供することを目的とする。また、本開示は、かかる原料溶液を使用して品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる酸化物超電導材の製造方法を提供することを目的とする。
【0012】
[本開示の効果]
本開示によれば、原料溶液の調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造できる原料溶液を提供できる。また、本開示によれば、かかる原料溶液を使用して品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる酸化物超電導材の製造方法を提供できる。
【0013】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
【0014】
[1]本開示の一実施形態にかかる原料溶液は、塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造において使用される原料溶液である。かかる原料溶液は、溶質として、炭素数が1以上4以下の希土類元素カルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のバリウムカルボン酸塩、および炭素数が1以上4以下の銅カルボン酸塩を含み、溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む。本実施形態の原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0015】
[2]上記原料溶液において、上記希土類元素カルボン酸塩、上記バリウムカルボン酸塩、および上記銅カルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸塩とすることができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0016】
[3]上記原料溶液において、上記希土類元素カルボン酸塩、上記バリウムカルボン酸塩、および上記銅カルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、炭素数が2以上4以下のジカルボン酸塩とすることができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0017】
[4]上記原料溶液において、上記アルコールは、炭素数が1以上2以下のアルコールおよび炭素数が3以上4以下のアルコールを含むことができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0018】
[5]上記原料溶液において、炭素数が1以上2以下のアルコールと炭素数が3以上4以下のアルコールとの体積比は、5:1から1:5の範囲内とすることができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性、および基板への濡れ性がバランスよく高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要でより効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材をより効率よく製造できる。
【0019】
[6]上記原料溶液において、上記カルボン酸は、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸とすることができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0020】
[7]上記原料溶液において、上記塩基性有機溶媒は、窒素原子を含む有機化合物とすることができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0021】
[8]上記原料溶液において、上記溶媒は、上記水の含有割合を10体積%以上30体積%以下とし、上記アルコールの含有割合を20体積%以上80体積%以下とし、上記カルボン酸および上記塩基性有機溶媒の合計の含有割合を10体積%以上50体積%以下とすることができる。かかる原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性がバランスよく高い。このため、かかる原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0022】
[9]本開示の一実施形態にかかる酸化物超電導材の製造方法は、上記原料溶液を準備する工程と、上記原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程と、上記塗膜を加熱して、上記塗膜中の上記希土類元素カルボン酸塩、上記バリウムカルボン酸塩、および上記銅カルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程と、上記仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程と、を含む。本実施形態の酸化物超電導材の製造方法は、上記原料溶液を使用するため、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0023】
[10]上記酸化物超電導材の製造方法は、上記原料溶液を準備する工程の後上記塗膜を形成する工程の前に、上記原料溶液をろ過する工程をさらに含むことができる。かかる酸化物超電導材の製造方法は、上記原料溶液中の不溶不純物を除去することにより、より品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0024】
[本開示の実施形態の詳細]
<実施形態1:原料溶液>
本実施形態の原料溶液は、塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造において使用される原料溶液であって、溶質として、炭素数が1以上4以下の希土類元素カルボン酸塩(以下、REカルボン酸塩ともいう)、炭素数が1以上4以下のバリウムカルボン酸塩(以下、Baカルボン酸塩ともいう)、および炭素数が1以上4以下の銅カルボン酸塩(以下、Cuカルボン酸塩ともいう)を含み、溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む。本実施形態の原料溶液は、その調製の際に蒸発乾固が不要であり、また、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高い。このため、本実施形態の原料溶液は、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0025】
上述のように、非特許文献1および特許文献1~5において使用される従来の原料溶液は、上記第1溶解工程、上記蒸発乾固する工程、および上記第2溶解工程の多段工程を必要とする。また、蒸発乾固する工程において、第1溶媒を完全に蒸発させると、第2溶解工程後に結晶が析出しやすいため、蒸発させる第1溶媒の量を精密制御する必要がある。
【0026】
ここで、特許文献1~5において使用される従来の原料溶液の製造における蒸発乾固の際に、蒸留により除去(以下、留去ともいう)した溶媒を分析したところ、第1溶媒に含まれるピリジン、プロピオン酸に加えて、アセチルアセトンが含まれていることが分かった。これは、従来の原料溶液の製造工程における第1溶解工程および蒸発乾固工程の間に、有機金属化合物である希土類アセチルアセトネート(以下、REアセチルアセトネートともいう、ここでアセチルアセトネートはアセチルアセトナートともいう)、バリウムアセチルアセトネート(以下、Baアセチルアセトネート、ここでアセチルアセトネートはアセチルアセトナートともいう)および銅アセチルアセトネート(以下、Cuアセチルアセトネートともいう、ここでアセチルアセトネートはアセチルアセトナートともいう)において、希土類元素(以下、REともいう)、バリウム(以下、Baともいう)、および銅(以下、Cuともいう)に配位していたアセチルアセトネート(アセチルアセトナートともいう;アセチルアセトンの共役塩基)が、プロピオン酸に由来するプロピオネート(プロピオナートともいう;プロピオン酸の共役塩基)に置換されて、アセチルアセトンとして遊離したことを示している。このようなアセチルアセトネートからプロピオネートへの配位子置換反応が起こるため、蒸発乾固工程における溶媒の留去量のばらつきにより、配位子置換量にばらつきが生じるため、原料溶液の品質にばらつきが生じる。
【0027】
そこで、上記の配位子置換量のばらつきの発生を防止するため、原料溶液の製造工程において、第1溶解工程および蒸発乾固工程を行うことなく、第2溶解工程を行う、すなわち、原料溶液の製造工程を溶質の溶解工程のみとすることを検討した。ここで、従来の原料溶液において、溶質の有機金属化合物のRE、Ba、およびCuの各配位子が溶媒中のカルボン酸に由来するカルボキシレート(カルボン酸の共役塩基)であるプロピオネートに置換されることから、有機金属化合物として金属カルボン酸塩を含む溶質を、カルボン酸を含む溶媒に溶解させることにより、上記課題の解決を図ることとした。
【0028】
[溶質]
本実施形態の原料溶液は、溶質として、炭素数が1以上4以下のREカルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のBaカルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のCuカルボン酸塩を含む。溶質としてのREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩は、いずれもRE、Ba、およびCuの配位子がアセチルアセトナートではなくカルボキシレートであるため、原料溶液の調製の際の多段工程および精密制御が不要である。
【0029】
溶質としてのREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩は、いずれも炭素数が1以上4以下のカルボン酸塩である。かかるカルボン酸塩は、溶媒に対する溶解性および溶解安定性が高い。また、溶媒に対する溶解性および溶解安定性が高い観点から、REカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩は、炭素数が2以上3以下のカルボン酸塩であることが好ましい。
【0030】
また、溶質としてのREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩としては、モノカルボン酸塩、ジカルボン酸塩などが挙げられるが、溶媒に対する溶解性および溶解安定性が高い観点から、REカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、モノカルボン酸塩が好ましい。ここで、炭素数が1以上4以下のモノカルボン酸塩としては、ギ酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、および酪酸塩が挙げられる。また、炭素数が2以上4以下のジカルボン酸塩としては、シュウ酸塩、マロン酸塩、およびコハク酸塩が挙げられる。
【0031】
さらに、溶媒に対する溶解性および溶解安定性が高い観点から、REカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸塩であることがより好ましい。ここで、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸塩としては、酢酸塩およびプロピオン酸塩が挙げられる。
【0032】
また、溶質としてのREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩の少なくとも1つのカルボン酸塩は、溶液の安定性が高い観点から、炭素数が2以上4以下のジカルボン酸塩(すなわち、シュウ酸塩、マロン酸塩、および/またはコハク酸塩)であることが好ましい。
【0033】
REカルボン酸塩中のREは、REであれば制限はないが、品質の高い酸化物超電導材の製造が可能なREであれば特に制限はなく、Y(イットリウム)、La(ランタン)、Pr(プラセオジム)、Nd(ネオジム)、Sm(サマリウム)、Eu(ユウロピウム)、Gd(ガドリニウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、およびLu(ルテチウム)などが好適に挙げられる。
【0034】
また、溶質に含まれるREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩におけるRE、Ba、およびCuのモル比は、製造目的の酸化物超電導材の化学量論比およびその近傍が好適である。たとえば、REBaCu7-δ超電導材(以下、RE123超電導材ともいう)を製造するための原料溶液中のREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩は、RE:Ba:Cuのモル比で、1±0.1:2±0.2:3±0.3が好ましく、1±0.05:2±0.10:3±0.15がより好ましく、1:2:3であることが特に好ましい。
【0035】
また、品質の高い酸化物超電導材を製造する観点から、原料溶液にCl(塩素)を添加することが好ましい。このために、添加Cl源として、トリクロロ酢酸などの有機化合物、塩酸、塩化アンモニウムが挙げられる。Clが添加された原料溶液は、仮焼により本焼温度よりも融点の低いCuCl(融点430℃)、CuCl(融点498℃)などの塩化物が形成され、本焼(たとえば800℃)における酸化物超電導体の結晶化に際して融液となり、酸化物超電導体結晶のc軸配向を阻害しないため、酸化物超電導材の臨界電流Icが大きくなるなど品質が向上する。添加Cl源としては、本焼の際に仮焼膜にClを残存させる観点から、塩化アンモニウムが好ましい。
【0036】
[溶媒]
本実施形態の原料溶液は、溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む。かかる溶媒は、溶質の溶解性および溶解安定性が高く、かつ、原料溶液の基板への濡れ性が高い。
【0037】
(水)
水は、上記溶質の溶解性とともに溶解安定性を高め、特に、溶解安定性を高める。このため、水は、原料溶液からの溶質の析出を防止する。水は、酸化物超電導材を製造することができる限り特に制限はない。水は、たとえば、イオン交換水、蒸留水、RO(逆浸透)水など、比抵抗が1MΩ・cm以上のものであることが好ましい。
【0038】
(炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール)
炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコールは、溶質の溶解性を高めるとともに上記原料溶液の基板への濡れ性を高める。ここで、炭素数が小さいアルコールほど溶質の溶解性が高く、炭素数が大きいアルコールほど原料溶液の基板への濡れ性が高い。
【0039】
炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコールは、炭素数が1以上2以下のアルコールおよび炭素数が3以上4以下のアルコールを含むことが好ましい。炭素数が1以上2以下のアルコールは溶質の溶解性を高め、炭素数が3以上4以下のアルコールは原料溶液の基板への濡れ性を高める。このため、溶媒が、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコールとして、炭素数が1以上2以下のアルコールおよび炭素数が3以上4以下のアルコールを含むことにより、溶質の溶解性および原料溶液の基板への濡れ性を高めるとともにそれらを調節することができる。ここで、炭素数が1以上2以下のアルコールとしては、メタノール、エタノールが挙げられる。炭素数が3以上4以下のアルコールとしては、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、イソブチルアルコール(2-メチルプロパン-1-オール、2-メチルプロピルアルコールともいう)、tert-ブチルアルコール(2-メチル-2-プロパノールともいう)が挙げられる。
【0040】
炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコールは、溶質の溶解性および原料溶液の基板への濡れ性を高めるとともにそれらの調節性を高める観点から、炭素数が1のアルコールと炭素数が4のアルコールとを含むことがより好ましく、たとえば、メタノールと1-ブタノールまたは2-ブタノールとを含むことがより好ましい。
【0041】
炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコールに含まれる炭素数が1以上2以下のアルコールと炭素数が3以上4以下のアルコールとの体積比は、5:1から1:5の範囲内であることが好ましい。炭素数が1以上2以下のアルコールと炭素数が3以上4以下のアルコールとの体積比は5:1から1:5の範囲内とすることにより、溶質の溶解性および原料溶液の基板への濡れ性をバランスよく高めることができる。また、かかる観点から、炭素数が1以上2以下のアルコールと炭素数が3以上4以下のアルコールとの体積比は、4:1から1:4の範囲内であることがより好ましい。
【0042】
(炭素数が1以上4以下のカルボン酸)
炭素数が1以上4以下のカルボン酸は、溶質の溶解性を高める。また、溶質であるREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩はいずれも炭素数が1以上4以下のカルボン酸塩であるため、溶解した溶質におけるRE、Ba、およびCuの配位子は、置換の前後においていずれも炭素数が1以上4以下のカルボキシレートであるため、配位種の変化はないかまたは小さい。すなわち、上記のREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩は、同じカルボキシレートであり、炭素数の違いがないかまたはあっても1~3の範囲内である。このため、炭素数が1以上4以下のカルボン酸は、溶質の溶解安定性をも高める。
【0043】
炭素数が1以上4以下のカルボン酸は、溶質の溶解性および溶解安定性を高める観点から、炭素数が2以上3以下のカルボン酸であることが好ましい。また、炭素数が1以上4以下のカルボン酸としては、モノカルボン酸、ジカルボン酸などが挙げられるが、溶質の溶解性および溶解安定性が高い観点から、モノカルボン酸であることが好ましい。ここで、炭素数が1以上4以下のモノカルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、および酪酸が挙げられる。また、炭素数が1以上4以下のジカルボン酸としては、シュウ酸、マロン酸、およびコハク酸が挙げられる。
【0044】
さらに、溶質の溶解性および溶解安定性を高める観点から、炭素数が1以上4以下のカルボン酸は、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸であることがより好ましい。溶質としての炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸塩であるREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩を、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸であるカルボン酸を含む溶媒に溶解させることは、溶解した溶質におけるRE、Ba、およびCuの配位子は、置換の前後においていずれも2以上3以下のカルボキシレートであるため、配位種の変化はないかまたは極めて小さい。すなわち、炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸塩である溶質と炭素数が2以上3以下のモノカルボン酸を含む溶媒との組合せは、同じモノカルボキシレートであり、炭素数の違いがないかまたはあっても1であるため、さらに好ましい。
【0045】
(塩基性有機溶媒)
塩基性有機溶媒は、溶質の溶解性を高める。また、塩基性有機溶媒は、炭素数が1以上4以下のカルボン酸を中和する。塩基性有機溶媒は、他の溶媒と相溶性があり炭素数1以上4以下のカルボン酸を中和する溶媒であれば特に制限はないが、炭素数が1以上4以下のカルボン酸(たとえば、ギ酸のpKaは3.75、酢酸のpKaは4.76、プロピオン酸のpKaは4.87,酪酸のpKaは4.82)を効率よく中和する観点から、塩基性有機溶媒は、その共役酸のpKaは5以上14以下であることが好ましい。
【0046】
塩基性有機溶媒は、炭素数が1以上4以下のカルボン酸を中和する観点から、窒素原子を含む有機化合物であることが好ましい。かかる塩基性有機溶媒として、共役酸のpKaが5.25であるピリジン、共役酸のpKaが10.7であるエチレンジアミンなどが挙げられる。
【0047】
(溶媒中の各成分の割合)
溶媒中の各成分の割合は、溶質の溶解性、溶解安定性および原料溶液の基板への濡れ性をバランスよく高める観点から、水の含有割合が10体積%以上30体積%以下であり、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコールの含有割合が20体積%以上80体積%以下であり、炭素数が1以上4以下のカルボン酸および塩基性有機溶媒の合計の含有割合が10体積%以上50体積%以下であることが好ましい。また、炭素数が1以上4以下のカルボン酸および塩基性有機溶媒の合計の含有割合は、20体積%以上40体積%以下であることがより好ましい。
【0048】
[原料溶液における溶質の濃度]
原料溶液における溶液に対する溶質の濃度は、特に制限はないが、効率よく品質の高い酸化物超電導材を製造する観点から1.0mol/l以上が好ましく、原料溶液における溶質の溶解度から1.5mol/l以下が好ましい。また、塗布プロセスに合わせて、原料溶液を溶媒で適宜希釈し、溶液に対する溶質の濃度を0.1mol/l以上1.0mol/l以下に調整して用いてもよい。
【0049】
[原料溶液の製造方法]
本実施形態の原料溶液の製造方法は、特に制限はないが、調製の際の多段工程および精密制御を不要とする観点から、炭素数が1以上4以下のREカルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のBaカルボン酸塩、および炭素数が1以上4以下のCuカルボン酸塩を含む溶質を、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む溶媒で溶解することが好ましい。ここで、炭素数が1以上4以下のREカルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のBaカルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のCuカルボン酸塩、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒については、上述のとおりであるので、それらの説明を繰り返さない。
【0050】
また、品質の高い酸化物超電材を製造する観点から、原料溶液にCl(塩素)を添加してもよい。このために、添加Cl源として、トリクロロ酢酸などの有機化合物、塩酸、塩化アンモニウムが挙げられる。上記の添加Cl源はいずれも、溶質として添加することができる。
【0051】
<実施形態2:酸化物超電導材の製造方法>
図1を参照して、本実施形態の酸化物超電導材の製造方法は、実施形態1の原料溶液を使用する塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造方法であって、原料溶液を準備する工程S10と、原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程S20と、塗膜を加熱して、塗膜中のREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程S30と、仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程S40と、を含む。本実施形態の酸化物超電導材の製造方法は、実施形態1の原料溶液を使用するため、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できる。
【0052】
(原料溶液を準備する工程S10)
原料溶液を準備する工程において、実施形態1の原料溶液の製造方法により原料溶液を調製することにより、または、そのように調製された原料溶液を入手することにより、原料溶液を準備する。ここで、原料溶液を準備する工程は、実施形態1の原料溶液が所定の溶質を所定の溶媒に溶解する工程のみで調製できるため、原料溶液を調製する際の多段工程および精密制御が不要である。
【0053】
(原料溶液をろ過する工程S11)
本実施形態の酸化物超電導材の製造方法は、原料溶液中の不溶不純物を除去し酸化物超電導材の品質を高める観点から、上記の原料溶液を準備する工程S10後であって後述の原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程S20前に、原料溶液をろ過する工程S11を含むことができる。ろ過に用いるフィルターは、原料溶液のろ過の際に化学的および機械的な耐久性を有するものである限り特に制限はなく、たとえば、孔径0.2μmのPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製フィルターなどが好適に挙げられる。
【0054】
(原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程S20)
原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程において、上記のように準備された原料溶液、または、上記のように準備されろ過された原料溶液を、基板上に塗布および乾燥することにより塗膜を形成する。
【0055】
基板は、後述の熱処理における耐熱性および機械的強度を有するものであれば特に制限はないが、配向金属基板、IBAD(Ion Beam Assisted Deposition)基板などが好ましい。配向金属基板は、たとえば、SUSまたはハステロイ(登録商標)のベース金属基板上に銅層およびニッケル層などが積層されたクラッド基板であってもよい。
【0056】
また、塗布方法は、原料溶液を均一に塗布できる限り特に制限はなく、ダイコート(ダイ塗布)、スピンコート(スピン塗布)、スプレー塗布、インクジェット塗布などが挙げられる。塗布膜の厚さは、特に制限はないが、好適な厚さの酸化物超電導材を形成する観点から、1回の塗布あたり1μm以上20μm以下が好適である。また、乾燥方法は、原料溶液を均一に乾燥できる限り特に制限はなく、加熱乾燥、温風乾燥、赤外線乾燥などが挙げられる。乾燥温度は、特に制限はないが、溶媒を十分乾燥させる観点から、100℃以上250℃以下が好ましく、150℃以上230℃以下がより好ましい。なお、次工程の仮焼を塗布後連続して行う場合、仮焼工程の昇温過程で自然に乾燥が行われるのであれば、乾燥工程を別途設けなくてもよい。
【0057】
(塗膜を加熱して、塗膜中のREカルボン酸塩、Baカルボン酸塩、およびCuカルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程S30)
仮焼膜を形成する工程における塗膜の加熱雰囲気は、均一な仮焼膜を形成する観点から、酸素を0.1気圧以上含むことが好ましく、必要に応じて露点が10℃以上の水蒸気をさらに含むことが好ましい。また、加熱温度は、450℃以上600℃以下の温度が好ましく、480℃以上550℃以下の温度がより好ましい。
【0058】
上記の塗布膜を形成する工程S20から仮焼膜を形成する工程S30までを、仮焼膜が所望の膜厚になるまで必要に応じて複数回繰り返して、多層構造とすることもできる。
【0059】
(仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程S40)
酸化物超電導材を形成する工程により、膜状の酸化物超電導材(以下、酸化物超電導膜ともいう)が得られる。酸化物超電導膜の厚さは、特に制限はないが、工程時間の短縮や仮焼膜のクラック防止の観点から、1回の塗布あたり10nm以上500nm以下が好適である。酸化物超電導材を形成する工程は、品質の高い酸化物超電導膜を形成する観点から、仮焼膜を結晶化させて本焼膜を形成する本焼工程を含むことが好ましい。本焼工程の加熱雰囲気は、低酸素分圧(1Pa以上500Pa以下)が好ましい。また、本焼工程の加熱温度は、700℃以上900℃以下が好ましく、750℃以上850℃以下がより好ましい。
【0060】
上記の塗布膜を形成する工程S20から、仮焼膜を形成する工程S30を経て、本焼膜を形成する本焼工程までを、酸化物超電導膜が所望の膜厚になるまで必要に応じて複数回繰り返して、多層構造とすることもできる。最終的な酸化物超電導膜の膜厚は10μm以下であることが好ましいが、必要に応じてさらに厚くすることもできる。
【0061】
また、酸化物超電導材を形成する工程は、品質の高い酸化物超電導膜を形成する観点から、さらに、本焼膜の酸素を制御して酸化物超電導薄膜を形成するアニール工程、を含むことが好ましい。アニール工程の加熱雰囲気は、高酸素分圧(1×104Pa以上)が好ましい。また、アニール工程の加熱温度は、150℃以上600℃以下が好ましく、200℃以上550℃以下がより好ましい。
【実施例
【0062】
(溶質)
表1~表4を参照して、比較例1~3および実施例1~34において、REカルボン酸塩であるプロピオン酸Gd、酢酸Gd、シュウ酸Gd、プロピオン酸Y、酢酸Y、もしくはシュウ酸Y、Baカルボン酸塩であるプロピオン酸Ba、酢酸Ba、もしくはシュウ酸Ba、およびCuカルボン酸塩であるプロピオン酸Cu、酢酸Cuもしくはシュウ酸Cuをモル比で1:2:3となるように調製した溶質を用いた。
【0063】
(溶媒)
表1を参照して、比較例1においては、水およびメタノールを体積比1:5で混合した溶媒を用いた。比較例2においては、水、メタノール、および1-ブタノールを体積比1:4:1で混合した溶媒を用いた。比較例3においては、水、メタノール、1ブタノール、およびプロピオン酸を体積比1:4:1:1で混合した溶媒を用いた。実施例1~34においては、表1~表4に示す溶媒を表1~表4に示す体積比で混合した溶媒を用いた。表1~表4の溶媒欄の体積比の右隣に記載する括弧内の数値は、溶媒全体を100体積%とするときの各溶媒が占める割合を体積%で示す。
【0064】
[1]原料溶液の溶質の溶解度の評価試験
上記溶質合計0.01molを上記溶媒に添加して25℃で5時間振とう後の溶質の溶解の有無を評価した。溶解度の評価において、溶解度が1.0mol/l以上(良)のものが好ましく、溶解度が1.5mol/l以上(優)のものがより好ましい。結果を表1~表4にまとめた。
【0065】
比較例1および2は溶質の溶解度が1.0mol/l未満と不良であったが、比較例3および実施例1~34は溶質の溶解度が良または優であった。このことから、原料溶液の溶質の溶解度を高めるためには、溶媒として、水、メタノールおよび1-ブタノール(炭素数が1以上4以下の2種類のアルコール)に加えて、プロピオン酸(炭素数が1以上4以下のカルボン酸)が必要であることが分かった。
【0066】
[2]原料溶液の基板への塗布性の評価試験
長さ220mm×幅30mm×厚さ120μmのクラッド基板上に、比較例1~3および実施例1~34の原料溶液を厚さ5μmでダイコートしたときの塗布膜の状態を評価した。原料溶液が基板にはじかれて均一な塗膜が得られなかったものをN(不良)と評価し、均一な塗膜が得られたものをG(良)と評価した。結果を表1~表4にまとめた。
【0067】
比較例1のみが原料溶液の基板への塗布性が不良であった。このことから、原料溶液の基板への塗布性を高めるためには、溶媒として、水およびメタノール(炭素数が1以上2以下のアルコール)に加えて、1-ブタノール(炭素数が3以上4以下のアルコール)が必要であることが分かった。
【0068】
[3]仮焼膜の耐溶解性の評価試験
長さ220mm×幅30mm×厚さ120μmのクラッド基板上に、比較例1~3および実施例1~34の原料溶液を厚さ5μmでダイコートした後、露点20℃に加湿した酸素雰囲気中500℃で熱処理(仮焼)を行った。比較例2および3および実施例1~34において、厚さ150nmの仮焼膜が得られた。なお、比較例1においては、原料溶液の基板への塗布性が不良であったため、成膜できず仮焼膜が得られなかった。これらの仮焼膜をそれぞれ原料溶液に室温で10分間浸漬することにより、仮焼膜の耐溶解性を評価した。上記浸漬後における仮焼膜の質量減少が10%未満であったものをAと評価し、上記浸漬後における仮焼膜の質量減少が10%以上であったものをBと評価した。
【0069】
比較例3の仮焼膜の耐溶解性は原料溶液に対して少溶と悪く、比較例2および実施例1~34の仮焼膜の耐溶解性は原料溶液に対して耐溶と良かった。ここで、比較例2に比べて比較例3の仮焼膜の耐溶解性が悪くなったのは、比較例3の原料溶液が、プロピオン酸、すなわち炭素数が1以上4以下のカルボン酸を含んでいるために、酸性であることに由来すると考えられた。このことから、仮焼膜の耐溶解性を高めるためには、溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類のアルコールであるメタノールおよび1-ブタノール、ならびにプロピオン酸に加えて、プロピオン酸を中和するためのピリジンなどの塩基性有機溶媒が必要であることが分かった。
【0070】
[4]酸化物超電導材の製造
(1)原料溶液の準備
表1および2を参照して、Gdカルボン酸塩であるプロピオン酸Gdまたは酢酸Gd、Baカルボン酸塩であるプロピオン酸Baまたは酢酸Ba、およびCuカルボン酸塩であるプロピオン酸Cuまたは酢酸Cuがモル比で1:2:3となるように調製した溶質を、表1および表2に示す各成分をそれらの体積比で混合した溶媒に溶解させて、比較例1および2においては溶質の濃度が0.2mol/lの原料溶液、比較例3および実施例1~34においては溶質の濃度が1.0mol/lの原料溶液を調製した。
【0071】
(2)原料溶液のろ過
調製した実施例および比較例の原料溶液はすべて、ろ過を行った。ろ過用フィルターとして、孔径0.2μmのPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製フィルター(アドバンテック社製50J020ANまたはその相当品)を用いた。
【0072】
(3)仮焼膜の形成
長さ5000mm×幅30mm×厚さ120μmのクラッド基板上に、比較例1~3および実施例1~34の原料溶液を、厚さ5μmでダイコートした後、酸素分圧1気圧、露点19℃の雰囲気下500℃で熱処理(仮焼)を行った。この塗布及び熱処理の操作を複数回行った。なお、比較例1においては、原料溶液の基板への塗布性が不良であったため、成膜できず仮焼膜が得られなかった。
【0073】
(4)酸化物超電導材の形成
比較例2および3および実施例1~34の仮焼膜を、アルゴン/酸素混合ガス(酸素濃度100ppm、CO濃度1ppm以下)雰囲気下800℃で加熱する熱処理(本焼)を行った。その後、酸素濃度100%雰囲気下500℃での酸素アニールを行い、本焼膜中の酸素量を制御することにより酸化物超電導膜を得た。比較例1においては仮焼膜が成膜できなかったため酸化物超電導材の成膜ができなかった。比較例2および3ならびに実施例1~34において、厚さ3μmの膜状の酸化物超電導材が得られた。
【0074】
(5)酸化物超電導材の臨界電流の評価
比較例2および3ならびに実施例1~34の酸化物超電導材の77.3K(ケルビン)における4mm幅当たりの臨界電流Icを四端子法により通電測定した。結果を表1および2にまとめた。上記臨界電流Icが200A以下(≦200A)と、200A超(>200A)とに分類した。200A以下のものは不良、200A超のものは良である。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
【表3】
【0078】
【表4】
【0079】
表1~表4を参照して、実施例1~34に示すように、塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造において使用される原料溶液であって、溶質として、炭素数が1以上4以下のREカルボン酸塩、炭素数が1以上4以下のBaカルボン酸塩、および炭素数が1以上4以下のCuカルボン酸塩を含み、溶媒として、水、炭素数が1以上4以下の2種類以上のアルコール、炭素数が1以上4以下のカルボン酸、および塩基性有機溶媒を含む原料溶液は、溶質の溶解性、溶解安定性および基板への濡れ性が高いため、調製の際に多段工程および精密制御が不要で効率よく製造ができるとともに、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できることが分かった。
【0080】
また、上記原料溶液を使用する塗布熱分解法を用いた酸化物超電導材の製造方法であって、上記原料溶液を準備する工程と、上記原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程と、上記塗膜を加熱して、上記塗膜中の上記REカルボン酸塩、上記Baカルボン酸塩、および上記Cuカルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程と、上記仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程と、を含む酸化物超電導材の製造方法は、上記原料溶液を使用するため、品質の高い酸化物超電導材を効率よく製造できることが分かった。
【0081】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0082】
S10 原料溶液を準備する工程、 S11 原料溶液をろ過する工程、 S20 原料溶液を基板上に塗布および乾燥して塗膜を形成する工程、 S30 塗膜を加熱して、塗膜中の希土類元素カルボン酸塩、バリウムカルボン酸塩、および銅カルボン酸塩を熱分解して、有機成分を除去することにより、仮焼膜を形成する工程、 S40 仮焼膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導材を形成する工程。
図1