(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-07
(45)【発行日】2025-05-15
(54)【発明の名称】透明セラミックス及び磁気光学デバイス
(51)【国際特許分類】
C04B 35/50 20060101AFI20250508BHJP
C04B 35/44 20060101ALI20250508BHJP
G02F 1/09 20060101ALI20250508BHJP
G02B 27/28 20060101ALI20250508BHJP
【FI】
C04B35/50
C04B35/44
G02F1/09 501
G02B27/28 A
(21)【出願番号】P 2022035265
(22)【出願日】2022-03-08
【審査請求日】2024-02-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】碇 真憲
(72)【発明者】
【氏名】松本 卓士
(72)【発明者】
【氏名】田中 恵多
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-199386(JP,A)
【文献】特開2017-132653(JP,A)
【文献】特開2019-156666(JP,A)
【文献】特開2012-206935(JP,A)
【文献】国際公開第2019/187287(WO,A1)
【文献】特開2019-202916(JP,A)
【文献】特開2011-073907(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/50-35/505
C04B 35/44-35/443
G02F 1/09-1/095
G02B 27/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光が入出射される複合酸化物の焼結体からなるレーザー光学系用の透明セラミックスであって、
テルビウムとイットリウムを含む複合酸化物の焼結体からなり、レーザー光学系で使用されるレーザー光の直径をD(μm)、当該透明セラミックス中に存在する、レーザー光の散乱原因となる全てのコントラスト源の中で最大のコントラスト源の最大長さをR(μm)としたときに、10×R<D(但し、Rは10μm以上であり、Dは1000~1500μmである。)の関係を満たす、任意の波長の位相の揃った1W以上のハイパワーレーザー光学系用であって、レーザー光が略平行光として入出射されるものである透明セラミックス。
【請求項2】
上記コントラスト源が、気泡及び/若しくは気孔又はこれらのクラスタ状のもの、異物及び/若しくはインクルージョン又はこれらのクラスタ状のもの、及び、異相及び/若しくは組成ムラ又はこれらのクラスタ状のものの少なくともいずれかである請求項1に記載の透明セラミックス。
【請求項3】
(Tb
xY
1-x)
2O
3(式中、0.5≦x≦1である。)で示される複合酸化物の焼結体からなる請求項1
又は2に記載の透明セラミックス。
【請求項4】
(Tb
1-y-zY
ySc
z)
3(Al
1-pSc
p)
5O
12(式中、0.05≦y≦0.4、0<z<0.1、0.5<1-y-z<0.95、0.001<p<0.2である。)で示される複合酸化物の焼結体からなる請求項1
又は2に記載の透明セラミックス。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか1項に記載の透明セラミックスを磁気光学材料として用いて構成される磁気光学デバイス。
【請求項6】
上記透明セラミックスをファラデー回転子として備え、該ファラデー回転子の光学軸上の前後に偏光材料を備えた波長帯0.55μm以上1.1μm以下で利用可能な光アイソレータである請求項
5に記載の磁気光学デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー光学系用途の透明セラミックスに関し、より詳細には、光アイソレータなどの磁気光学デバイスとして利用可能な透明セラミックスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、レーザー光学用途のレーザー媒質の散乱源については、レーリー散乱、ミー散乱、レーリー・ガンズ・デバイ散乱などの理論により考察され、そして管理されてきた。実際の透明セラミックスをみても、焼結体中に観察される小さな気孔などの散乱源は波長の10分の1以下であるものも多く、これらはレーリー散乱で十分に考察できる。もちろん直径1μmや2μmサイズの気泡や異物なども数は少なくなるがよく見られるタイプのコントラスト源である。そしてこれらはミー散乱である程度考察されている。あるいは個々の焼結粒子間で屈折率異方性や屈折率ムラなどが生じている場合には、レーリー・ガンズ・デバイ散乱で考察がなされる。
【0003】
ところで、透明セラミックス(焼結体)を数多く作製していくと、頻度は劇的に低下するが、一部非常に粗大なコントラスト源が入る場合がある。具体的には粗大な気泡クラスタや気孔クラスタ、異物やインクルージョン、異相、大きな組成ムラ領域などがそれにあたる。そして1つの焼結体中の最大コントラスト源は10μmを超える場合が非常に多く、50μmを超える場合も散見される。中には100μmを超えるようなコントラスト源もあり得る。
【0004】
当然、そうした極めて粗大なコントラスト源がある媒質はレーザー光学デバイス用途には不適である。そこで実際上、ないしは経験上、こうした粗大なコントラスト源の上限サイズを米国軍用規格MIL-PRF-13830Bなどで管理、選別してレーザー光学用途のレーザー媒質として利用しているのが実態である。例えば前述のMIL規格でDig#10といえば、許容可能なDig(ブツ)サイズは100μmまでであり、その最大許容個数はレーザー媒質の直径の20分の1未満と規定されている。例えばこのレーザー媒質の直径が5mmの場合、100μmのDigは2個まで許容される。
【0005】
ただし、この米国軍用規格MIL-PRF-13830Bで管理される対象は、実は光学媒質の光学両端面のキズ(scrach)とブツ(dig)だけであり、光学媒質内部のコントラスト源については規定がない。もちろん、だからといって上限サイズの管理が不要ということにはならず、実際上はレーザー光学装置を製造販売する各社がまちまちに上限サイズを内部で自主規定して選別しているのが実情に近い。
【0006】
実際に、透明セラミックスを用いた多くのレーザー光学用デバイスについては、外形や損失係数、光学研磨端面の品質についての規定はあるが、透明セラミックス内部の散乱源サイズの特に上限値についてまでは規定されていない。
【0007】
そうはいっても、例えば近年、ファイバーレーザーを用いたレーザー加工機の高出力化の進展が目覚ましい。ちなみに、レーザー加工機に組み込まれるレーザー光源は、外部からの光が入射すると共振状態が不安定化し、発振状態が乱れる現象が起こる。特に発振された光が途中の光学系で反射されて光源に戻ってくると、発振状態は大きく撹乱される。これを防止するために、通常光アイソレータが光源の手前等に設けられる。
【0008】
この光アイソレータは、前進する光は透過、出射させ、後進する戻り光は遮断する機能を有するレーザー光学用途の光学デバイスであるが、もしも該光アイソレータ中に大きなコントラスト源が潜んでいると、そこにレーザー光が当たればレーザー光のビーム形状は崩されるかもしれないし、一部は反射して光源側に戻ってしまうかもしれない。この影響は、レーザー加工機の出力が高出力化すればするほど深刻になる。
【0009】
よって光アイソレータのような光学デバイスを構成するファラデー回転子のようなレーザー光学媒質を透明セラミックスで作製しようとする場合には、今後はますます焼結体中のコントラスト源の最大値の管理が重要となってくる。それにもかかわらず、そうしたレーザー光学用途の透明セラミックスの内部コントラスト源の最大値の目安について示唆するような情報は、これまでまったく開示されていない。
【0010】
なお、本発明に関連する先行技術文献としては、特開2011-213552号公報、特開2002-293693号公報、特許第5393271号公報、特開2019-199386号公報(特許文献1~4)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2011-213552号公報
【文献】特開2002-293693号公報
【文献】特許第5393271号公報
【文献】特開2019-199386号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、焼結体内部のコントラスト源の最大許容サイズを、実際にレーザー光学系で使用され入射されるレーザー光のビーム径との関係によって規定したレーザー光学系用の透明セラミックス、及び該透明セラミックスを用いた磁気光学デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記目的を達成するため、下記の透明セラミックス及び磁気光学デバイスを提供する。
1.
レーザー光が入出射される複合酸化物の焼結体からなるレーザー光学系用の透明セラミックスであって、テルビウムとイットリウムを含む複合酸化物の焼結体からなり、レーザー光学系で使用されるレーザー光の直径をD(μm)、当該透明セラミックス中に存在する、レーザー光の散乱原因となる全てのコントラスト源の中で最大のコントラスト源の最大長さをR(μm)としたときに、10×R<D(但し、Rは10μm以上であり、Dは1000~1500μmである。)の関係を満たす、任意の波長の位相の揃った1W以上のハイパワーレーザー光学系用であって、レーザー光が略平行光として入出射されるものである透明セラミックス。
2.
上記コントラスト源が、気泡及び/若しくは気孔又はこれらのクラスタ状のもの、異物及び/若しくはインクルージョン又はこれらのクラスタ状のもの、及び、異相及び/若しくは組成ムラ又はこれらのクラスタ状のものの少なくともいずれかである1に記載の透明セラミックス。
3.
(TbxY1-x)2O3(式中、0.5≦x≦1である。)で示される複合酸化物の焼結体からなる1又は2に記載の透明セラミックス。
4.
(Tb1-y-zYyScz)3(Al1-pScp)5O12(式中、0.05≦y≦0.4、0<z<0.1、0.5<1-y-z<0.95、0.001<p<0.2である。)で示される複合酸化物の焼結体からなる1又は2に記載の透明セラミックス。
5.
1~4のいずれかに記載の透明セラミックスを磁気光学材料として用いて構成される磁気光学デバイス。
6.
上記透明セラミックスをファラデー回転子として備え、該ファラデー回転子の光学軸上の前後に偏光材料を備えた波長帯0.55μm以上1.1μm以下で利用可能な光アイソレータである5に記載の磁気光学デバイス。
【発明の効果】
【0014】
本発明の透明セラミックスをレーザー光学系用デバイスとして用いれば、ハイパワーのレーザー装置に適用しても、当該材料に入出射したレーザー光のビーム形状が崩れない、ビーム品質の高いレーザー光学用デバイスとなる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る透明セラミックスをファラデー回転子として用いた光アイソレータの構成例を示す断面模式図である。
【
図2】実施例1-5の挿入損失面グラフであり、(a)はビーム径150μmφのとき、(b)はビーム径300μmφのとき、(c)はビーム径400μmφのときのものである。
【
図3】実施例1-5の挿入損失面グラフでスパイクとなったコントラスト源の金属顕微鏡写真であり、(a)はビーム径150μmφのとき、(b)はビーム径300μmφのとき、(c)はビーム径400μmφのときのものである。
【
図4】実施例1-5における最大コントラスト源であり、(a)はビーム径400μmφのときの挿入損失面グラフ、(b)は(a)で示されるスパイクに対応した最大コントラスト源の金属顕微鏡写真である。
【
図5】実施例におけるビーム径300μmφのときの挿入損失面グラフであり、(a)は実施例1-5、(b)は実施例1-8、(c)は比較例1のものである。
【
図6】実施例におけるビームプロファイル結果であり、(a)は実施例1-5、(b)は実施例1-8、(c)は比較例1のものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明に係る透明セラミックスについて説明する。
本発明に係る透明セラミックスは、レーザー光が入出射される複合酸化物の焼結体からなるレーザー光学系用の透明セラミックスであって、レーザー光学系で使用されるレーザー光の直径(ビーム径ともいう)をD(μm)、当該透明セラミックス中に存在する、レーザー光の散乱原因となる全てのコントラスト源の中で最大のコントラスト源の最大長さをR(μm)としたときに、10×R<Dの関係を満たすものである。
【0017】
<透明セラミックス内部のコントラスト源>
以下、本発明で規定されるレーザー光学系用途の透明セラミックス内部のコントラスト源について説明する。
本発明の透明セラミックスは、レーザー光学系用として高度に透明化された焼結体であることが好ましい。ここで、レーザー光学系用として高度に透明化されたとは、具体的には透明セラミックスの光学両端面を精密研磨し、かつ該光学面にレーザー光の波長帯に対する反射防止膜(ARコート)を付したときの該レーザー光の全光線透過率が99.5%以上あり、また前方散乱率が0.5%以下に抑えられている状態を指す。
【0018】
このような高度に透明化された焼結体が得られれば、その製造方法は特に限定されないが、一般的には、その製造方法において成形工程、焼結工程、HIP工程、アニール工程の各工程を含み、かつそれらの工程が適切な温度、圧力、雰囲気、保持時間に調整されている必要がある。
【0019】
また、反射防止膜(ARコート)を付したときの全光線透過率が99.5%以上、前方散乱率が0.5%以下であるためには、基本的に透明セラミックスの組成が立方晶系である必要がある。例えばガーネット構造、パイロクロア構造の一部、ビックスバイト構造の一部、スピネル構造の一部などがこれに該当する。
【0020】
更に、入出射されるレーザー光の波長帯近傍で材料に固有の吸収があることも避けなければならないが、一般に光学的な機能を発現するためには、レーザー光の波長帯近傍でわずかな吸収を生じる元素を添加させる必要も出てくる。この場合は、必要とされる入射パワー耐性、透過率の下限値などの仕様から適宜添加濃度を規定していけばよい。
【0021】
例えば、レーザー光学システムの1つであるファイバーレーザー型加工機にはほぼ例外なく光アイソレータが搭載されるが、この光アイソレータの機能を決定づけるファラデー回転子にはテルビウム(Tb)の添加が必須である。代表的な組成としてはTb3Ga5O12(通称TGG)やTb3Al5O12(通称TAG)、(TbxY1-x)2O3などがある。
本発明のレーザー光学系用の透明セラミックスは、こうした従来知られているすべての組成の透明セラミックスに適用できる。
【0022】
一般に透明セラミックスは上記のように高度に透明化された品質であっても、多数の粒子の集合焼結体であるという性質上、どうしても光学有効面内部にレーザー光の伝播を妨げ得るコントラスト源が残ってしまい、これをゼロに抑えることは実質的に難しいと考えられている。
【0023】
こうしたコントラスト源としては、気泡残り及び/若しくは気孔散乱又はこれらが複数合体してクラスタ状になったもの、異物及び/若しくはインクルージョン又はこれらのクラスタ状のもの、異相及び/若しくは組成ムラ又はこれらのクラスタ状のものなどが挙げられる。
【0024】
透明セラミックスにおいて、このようなコントラスト源の混入をゼロにできない以上、レーザー光学系用途への信頼性を高めるためには、これらのコントラスト源の許容寸法が規定される必要がある。本発明のレーザー光学系用の透明セラミックスでは、その内部のコントラスト源について、あらゆるコントラスト源の中で最大のコントラスト源に注目する。その注目するコントラスト源の内訳(種類)は任意であり、気泡クラスタ、インクルージョンなどいずれでもよく、即ち、気泡及び/若しくは気孔又はこれらのクラスタ状のもの、異物及び/若しくはインクルージョン又はこれらのクラスタ状のもの、及び、異相及び/若しくは組成ムラ又はこれらのクラスタ状のものの少なくともいずれかであることが好ましい。なお、最大のコントラスト源とは、透明セラミックス中のコントラスト源のうち、その最大長さが最も長いもののことである。また、コントラスト源(散乱源)は、金属顕微鏡の透過モードでコントラスト像として観察されるものであり、その最大長さもこの金属顕微鏡の透過モードで測定される。
【0025】
本発明では、透明セラミックス中に存在する最大のコントラスト源の寸法を規定するものであり、その最大長さをR(μm)としたときに、レーザー光学系で使用され当該透明セラミックスに入出射されるレーザー光の直径D(μm)との関係において下記式(1)を満たすものとする。
10×R<D (1)
【0026】
即ち、最大のコントラスト源の最大長さRがレーザー光学系で使用される入出射レーザー光の直径Dの10分の1未満であれば、透明セラミックス中にそのようなコントラスト源(散乱源)があってもレーザー光学系用途としては十分に機能し得る。
例えば、一般的なレーザー光のビーム径は直径1~1.5mmφ程度であるが、仮に直径1mmφのレーザー光を利用する場合、透明セラミックス中の最大コントラスト源は最大長さ100μm未満である必要がある。式(1)はこうしたコントラスト源のサイズを規定するものである。
【0027】
なお、本発明では、レーザー光は透明セラミックスに入出射される際に略平行光であることを想定している。光ファイバーから放射されるような発散光を扱う場合は、該発散光が透明セラミックス内部を伝播中にも急激にその直径が広がっていくため、レーザービーム径の規定が困難となり、そのためコントラスト源サイズの規定も同時に困難となってしまうからである。
【0028】
また、本発明の透明セラミックスは、任意の波長の位相の揃った1W以上のハイパワーレーザー用であって、レーザー光が略平行光として入出射されるものであることが好ましい。本発明では、ファイバーレーザー型加工機用途を想定している。当然のことながら、ハイパワー出力のファイバーレーザー型加工機を組み上げるためには、レーザー光は高度に位相の揃ったコヒーレントなレーザー光である必要がある。また、ハイパワーレーザーとは、該レーザー光の出力は1W以上であり、大抵は50W以上であり、より先端的には100W以上である。
【0029】
<透明セラミックスの組成>
本発明の透明セラミックスは、少なくともテルビウム(Tb)を含有して構成される複合酸化物の焼結体であることが好ましい。テルビウムは鉄(Fe)を除く常磁性元素のなかで最大のベルデ定数をもつ材料であり、波長488nm近傍にあるテルビウムのf-f遷移に由来する固有吸収以外、広く可視域から1300nm程度まで透明であるため、この波長域にある様々な波長のレーザー光を用いた光デバイスに適用できるため好適に利用できる元素である。
【0030】
テルビウムを含有した立方晶系の酸化物組成としてはビックスバイト構造を持つTb2O3やガーネット構造を有するTGG、TAG、あるいはパイロクロア構造を有するTb2Hf2O7などが知られている。
【0031】
ただし、Tb2Hf2O7以外の組成では構成元素のイオン径の比率が好ましい比率から若干逸脱しており、結晶格子が歪んでいる。一般に結晶格子の歪みはテルビウムのf-f吸収を許容するため透明セラミックス焼結体を作製した場合にその吸収係数が若干悪化することが懸念される。この結晶格子の歪みを緩和する目的で、本発明に係る透明セラミックス焼結体ではテルビウムよりも格子定数が若干小さく、そして可視域から赤外域まで広く透明なイットリウム(Y)をテルビウムサイトの部分置換元素として積極的添加することが好ましい。
【0032】
即ち、本発明の透明セラミックスは、テルビウムとイットリウムを含む複合酸化物の焼結体からなることが好ましい。この場合、イットリウムイオンの置換割合については先行技術(特許第5393271号公報(特許文献3)、特開2019-199386号公報(特許文献4))などに詳しい。
【0033】
複合酸化物の焼結体の単位格子当たりのテルビウムイオンの濃度を考えるとビックスバイト構造が最も高濃度でベルデ定数が高くなり、ガーネット構造が最もテルビウムイオンの濃度が低くベルデ定数が小さくなる。また、融点を考えるとビックスバイト構造が最も低融点で焼結温度が抑えられ、パイロクロア構造が最も高融点で焼結温度を高くする必要がある。更に、結晶構造の対称性の比較で考えるとガーネット構造が最も対称性が高くテルビウムの吸収が小さくなり、ビックスバイト構造が最も対称性が低くテルビウムの吸収が大きくなる。以上の通りそれぞれの構造で一長一短があるため、実際の組成選びは目的とする光学特性を考慮しながら適宜選択することが好ましい。
【0034】
これらのうち、本発明で好ましい例を以下に示す。
本発明の透明セラミックスがビックスバイト構造の場合、下記式(2)で示される複合酸化物の焼結体からなることが好ましい。このとき、xの範囲が式(2)に示す範囲内にあると、ベルデ定数を顕著に大きくできるため好ましい。
(TbxY1-x)2O3 (2)
(式中、0.5≦x≦1である。)
【0035】
本発明の透明セラミックスがガーネット構造の場合、下記式(3)で示される複合酸化物の焼結体からなることが好ましい。
(Tb1-y-zYyScz)3(Al1-pScp)5O12 (3)
(式中、0.05≦y≦0.4、0<z<0.1、0.5<1-y-z<0.95、0.001<p<0.2である。)
【0036】
なお、式(3)におけるy、z、pに関する数値範囲は詳しくは以下のとおりである。
式(3)中、yの範囲は0.05≦y≦0.4であり、0.1≦y≦0.4が好ましく、0.2≦y≦0.4が更に好ましい。yがこの範囲にあると、ペロブスカイト型異相をX線回折(XRD)分析で検出されないレベルまで減少させることができる。また、yがこの範囲内にあると、吸収係数を顕著に小さくできるため好ましい。
【0037】
式(3)中、zの範囲は0<z<0.1であり、0.001<z<0.008が好ましく、0.002<z<0.004がより好ましい。zがこの範囲にあると、ペロブスカイト型異相をX線回折(XRD)分析で検出されないレベルまで減少させることができるため好ましい。更にまた、焼結体の均質性や粒界散乱に起因する熱伝導率の過度な低下を防止できるため好ましい。
【0038】
式(3)中、1-y-zの範囲は0.5<1-y-z<0.95であり、0.6≦1-y-z<0.8が好ましい。1-y-zがこの範囲にあると大きなベルデ定数を確保できると共に波長1064nmにおいて高い透明性が得られる。
【0039】
式(3)中、pの範囲は0.001<p<0.2であり、0.001<p<0.15が好ましく、0.02≦p<0.004がより好ましい。pがこの範囲にあると、ペロブスカイト型異相をX線回折(XRD)分析で検出されないレベルまで減少させることができるため好ましい。更にまた、焼結体の均質性や粒界散乱に起因する熱伝導率の過度な低下を防止できるため好ましい。
【0040】
本発明の透明セラミックスでは、スカンジウム(Sc)を上記式(3)のz、pの範囲内で添加することができる。スカンジウムの添加量z及びpはそれぞれ片方だけでみれば範囲として0を含む。ただし、ガーネット型透明セラミックス全体の組成としてみた場合には、z+pは0.001を超えて式(3)の範囲内で添加することで、高度に透明な焼結体を安定して製造することが可能となるため好ましい。
【0041】
即ち、式(3)中、z+pの範囲は0.001<z+p<0.2が好ましく、0.002<z+p<0.005がより好ましく、0.003<z+p<0.005が更に好ましい。z+pがこの範囲にあると、ペロブスカイト型異相をX線回折(XRD)分析で検出されないレベルまで減少させることができるため好ましい。更にまた、焼結体の均質性や粒界散乱に起因する熱伝導率の過度な低下を防止できるため好ましい。
【0042】
ところで本発明で規定するガーネット型透明セラミックスは、式(3)で表される範囲の組成の成分を主成分として含有し、副成分として、焼結助剤の役割をはたすSiO2を0.1質量%を限度として、それ以下の範囲で含有する(即ち、含有量0質量%超0.1質量%以下である)ことが好ましい。焼結助剤としてSiO2がこの範囲で含有されていると、得られるガーネット型セラミックスの透明性が実用に耐えるレベルまで向上し、かつ安定するため好ましい。
【0043】
本発明の透明セラミックスは、前記のような組成を主成分として含有している。ここで、「主成分として含有している」とは、上記式(2)、(3)で表される複合酸化物、あるいはTGGやパイロクロア組成のTb2Hf2O7などで表される複合酸化物を90質量%以上含有することを意味する。より具体的には、前記複合酸化物の含有量は99質量%以上であることが好ましく、99.9質量%以上であることがより好ましく、99.99質量%以上であることが更に好ましく、99.999質量%以上であることが特に好ましい。
【0044】
本発明の透明セラミックスは、上記の主成分と副成分とで構成されるが、更に他の元素を含有していてもよい。その他の元素としては、ルテチウム(Lu)、セリウム(Ce)等の希土類元素、あるいは様々な不純物群として、ナトリウム(Na)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、燐(P)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)等が典型的に例示できる。
【0045】
その他の元素の含有量は、Tb及び/又はYの全量を100質量部としたとき、10質量部以下であることが好ましく、0.1質量部以下であることが更に好ましく、0.001質量部以下(実質的にゼロ)であることが特に好ましい。
【0046】
<透明セラミックスの製造方法>
[原料]
本発明で用いる原料としては、すくなくともテルビウムとイットリウムの酸化物粉末、並びに立方晶系の複合酸化物を構成するのに必要なその他の酸化物粉末を利用する。このときの原料純度は99.9質量%以上が好ましく、99.99質量%以上が特に好ましい。
【0047】
それらの元素を所定量秤量して混合し、更に適宜湿式ボールミル、ないしはビーズミルによって凝集の解砕処理を施す(酸化物混合粉末原料(原料粉末)の調製)。
【0048】
本発明で用いる当該酸化物混合粉末原料中には、その後のセラミックス製造工程での品質安定性や歩留り向上の目的で、各種の有機添加剤が添加される場合がある。本発明においては、これらについても特に限定されない。即ち、各種の分散剤、結合剤、潤滑剤、可塑剤等が好適に利用できる。ただし、これらの有機添加剤としては、不要な金属イオンが含有されない、高純度のタイプを選定することが好ましい。また、それぞれの有機添加剤の添加順序は、製造しようとする原料の性状(粒度分布等)を管理することを阻害しないよう、適切に設計される必要がある。
【0049】
本発明で用いる当該酸化物混合粉末原料は、混合粉末の均質性改善のために適宜仮焼処理を施してもよい。例えば大気中ないしは酸素雰囲気中で水分が蒸発除去される温度以上に加熱するとよい。
【0050】
[製造工程]
本発明では、上記原料粉末を用いて所定形状にプレス成形するか、あるいは湿式スラリーをそのまま鋳込み成形処理して成形体を作製することができる。得られた成形体について十分に脱脂を行い、次いで焼結して、相対密度が最低でも94%以上に緻密化した焼結体を作製する。その後工程として熱間等方圧プレス(HIP(Hot Isostatic Pressing))処理を行うことが好ましい。なお熱間等方圧プレス(HIP)処理をそのまま施すと、複合酸化物透明セラミックス焼結体が還元されて若干の酸素欠損を生じてしまう。そのため微酸化HIP処理、ないしはHIP処理後に酸化雰囲気でのアニール処理(酸化アニール処理)を施すことにより酸素欠損を回復させることが好ましい。これにより、欠陥吸収のない透明な酸化物セラミックスを得ることができる。
【0051】
(成形)
本発明では、通常のプレス成形工程を好適に利用できる。即ち、ごく一般的な、型に充填して一定方向から加圧する一軸プレス工程や変形可能な防水容器に密閉収納して静水圧で加圧する冷間静水圧加圧(CIP(Cold Isostatic Pressing))工程や温間静水圧加圧(WIP(Warm Isostatic Pressing))工程が好適に利用できる。なお、印加圧力は得られる成形体の相対密度を確認しながら適宜調整すればよく、特に制限されないが、例えば市販のCIP装置やWIP装置で対応可能な300MPa以下程度の圧力範囲で管理すると製造コストが抑えられてよい。あるいはまた、成形時に成形工程のみでなく一気に焼結まで実施してしまうホットプレス工程や放電プラズマ焼結工程、マイクロ波加熱工程なども好適に利用できる。更にプレス成形法ではなく、鋳込み成形法による成形体の作製も可能である。加圧鋳込み成形や遠心鋳込み成形、押出し成形等の成形法も、出発原料である酸化物粉末の形状やサイズと各種の有機添加剤との組合せを最適化することで、採用可能である。
【0052】
(脱脂)
本発明の製造方法においては、通常の脱脂工程を好適に利用できる。即ち、加熱炉による昇温脱脂工程を経ることが可能である。また、このときの雰囲気ガスの種類も特に制限はなく、空気、酸素、水素等が好適に利用できる。脱脂温度も特に制限はないが、もしも有機添加剤が混合されている原料を用いる場合には、その有機成分が分解除去できる温度まで昇温することが好ましい。
【0053】
(焼結)
本発明の製造方法においては、一般的な焼結工程を好適に利用できる。即ち、抵抗加熱方式、誘導加熱方式等の加熱焼結工程を好適に利用できる。このときの雰囲気は特に制限されず、不活性ガス、酸素ガス、水素ガス、ヘリウムガス等の各種雰囲気、あるいはまた、減圧下(真空中)での焼結も可能である。ただし、最終的に酸素欠損の発生を防止することが好ましいため、より好ましい雰囲気としては、酸素ガス、減圧酸素ガス雰囲気が例示される。
【0054】
本発明の焼結温度並びに焼結保持時間は、目的とする立方晶系複合酸化物セラミックスの組成により適宜調整することが好ましい。大抵の場合であれば焼結温度は1200℃以上1800℃以下の範囲に入る。また保持時間については大抵の場合1時間以上20時間以下の範囲に入る。なお、この時の該焼結体の相対密度は最低でも94%以上に緻密化させなければいけない。
【0055】
(熱間等方圧プレス(HIP))
本発明においては、焼結工程を経た後に更に追加で熱間等方圧プレス(HIP)処理を行う工程を設けることができる。
【0056】
なお、このときの加圧ガス媒体種類は、アルゴン、窒素等の不活性ガス、又はAr-O2が好適に利用できる。加圧ガス媒体により加圧する圧力は、50~300MPaが好ましく、100~300MPaがより好ましい。圧力50MPa未満では透明性改善効果が得られない場合があり、300MPa超では圧力を増加させてもそれ以上の透明性改善が得られず、装置への負荷が過多となり装置を損傷するおそれがある。印加圧力は市販のHIP装置で処理できる196MPa以下であると簡便で好ましい。
【0057】
また、その際の処理温度(所定保持温度)は1100~1800℃、好ましくは1200~1750℃の範囲で設定される。熱処理温度が1800℃超では酸素欠損発生リスクが増大するため好ましくない。また、熱処理温度が1100℃未満では焼結体の透明性改善効果がほとんど得られない。なお、熱処理温度の保持時間については特に制限されないが、あまり長時間保持すると酸素欠損発生リスクが増大するため好ましくない。典型的には1~3時間の範囲で好ましく設定される。
【0058】
なお、HIP処理するヒーター材、断熱材、処理容器は特に制限されないが、グラファイト、ないしはモリブデン(Mo)、タングステン(W)、白金(Pt)が好適に利用でき、処理容器として更に酸化イットリウム、酸化ガドリニウムも好適に利用できる。特に処理温度が1500℃以下である場合、ヒーター材、断熱材、処理容器として白金(Pt)が使用でき、かつ加圧ガス媒体をAr-O2とすることができるため、HIP処理中の酸素欠損の発生を防止できるため好ましい。処理温度が1500℃を超える場合にはヒーター材、断熱材としてグラファイトが好ましいが、この場合は処理容器としてグラファイト、モリブデン(Mo)、タングステン(W)のいずれかを選定し、更にその内側に二重容器として酸化イットリウム、酸化ガドリニウムのいずれかを選定したうえで、容器内に酸素放出材を充填しておくと、HIP処理中の酸素欠損発生量を極力少なく抑えられるため好ましい。
【0059】
(アニール)
本発明においては、HIP処理を終えた後に、得られたHIP焼結体中に酸素欠損が生じてしまい、かすかに薄灰色の外観を呈する場合がある。その場合には、前記HIP処理温度以下、典型的には1000~1500℃にて、好ましくは1400℃以上、より好ましくは1450℃以上1500℃以下で、酸素雰囲気ないしは大気下で酸化アニール処理(酸素欠損回復処理)を施すことが好ましい。この場合の保持時間は特に制限されないが、酸素欠損が回復するのに十分な時間以上で、かつ無駄に長時間処理して電気代を消耗しない時間内で選択されることが好ましい。該酸化アニール処理により、たとえHIP処理工程でかすかに薄灰色の外観を呈してしまったHIP焼結体であっても、すべて無色透明の欠陥吸収のないレーザー光学系用の透明セラミックスに仕上げることができる。
【0060】
(光学研磨)
本発明においては、上記一連の製造工程を経たレーザー光学系用の透明セラミックスについて、その光学的に利用する軸上にある両端面を光学研磨することが好ましい。このときの光学面精度は測定波長λ=633nmの場合、λ/2以下が好ましく、λ/8以下が特に好ましい。なお、光学研磨された面(光学面)に適宜反射防止膜(ARコート)を成膜することで光学損失を更に低減させることも可能である。
【0061】
以上のようにして、特にテルビウム及びイットリウムを含有する複合酸化物の焼結体からなる透明セラミックスを提供することができる。該焼結体は波長帯0.55μm以上1.1μm以下で動作可能なファラデー回転子として利用できる。
【0062】
[磁気光学デバイス]
更に、本発明のテルビウム含有複合酸化物の焼結体からなる透明セラミックスは磁気光学材料として利用することを想定しているため、該透明セラミックスにその光学軸と平行に磁場を印加したうえで、偏光子、検光子とを互いにその光軸が45度ずれるようにセットして磁気光学デバイスを構成利用することが好ましい。即ち、本発明の透明セラミックスは、磁気光学デバイス用途に好適であり、特に波長0.9~1.1μmの光アイソレータのファラデー回転子として好適に使用される。
【0063】
図1は、本発明の透明セラミックスからなるファラデー回転子を光学素子として有する光学デバイスである光アイソレータの一例を示す断面模式図である。
図1において、光アイソレータ100は、本発明の磁気光学材料からなるファラデー回転子110を備え、該ファラデー回転子110の前後には、偏光材料である偏光子120及び検光子130が備えられている。また、光アイソレータ100は、偏光子120、ファラデー回転子110、検光子130の順序で配置され、それらの側面のうちの少なくとも1面に磁石140が載置されていることが好ましい。
【0064】
また、上記光アイソレータ100は産業用ファイバーレーザー装置に好適に利用できる。即ち、レーザー光源から発したレーザー光の反射光が光源に戻り、発振が不安定になるのを防止するのに好適である。
【実施例】
【0065】
以下に、実施例、比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0066】
[実施例1]
信越化学工業(株)製の酸化テルビウム粉末、酸化イットリウム粉末、酸化スカンジウム粉末、及び大明化学(株)製の酸化アルミニウム粉末を入手した。更にキシダ化学(株)製のオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)の液体を入手した。純度は粉末原料がいずれも99.9質量%以上、液体原料が99.999質量%以上であった。
上記原料を用いて、混合比率を調整して表1に示す3種類の最終組成となる複合酸化物原料を作製した。
混合比率の調整方法としては、テルビウム、イットリウム、アルミニウム及びスカンジウムのモル数がそれぞれ表1の各組成のモル比率となるよう各々の酸化物粉末を秤量して混合した。続いてTEOSを、その添加量がSiO2換算で表1の質量%になるように秤量して各原料に加えた。
【0067】
【0068】
そして、それぞれ互いの混入を防止するよう注意しながらエタノール中でアルミナ製ボールミル装置にて分散・混合処理した。処理時間は15時間とした。
更に得られた各スラリーをスプレードライ処理により一旦乾燥後、表2のように異なる仮焼温度で該乾燥原料粉末を仮焼処理して合計9種類の実施例1-1~1-8、並びに比較例1の原料を用意した。なお、各々の原料は該仮焼処理後、再びそれぞれ互いの混入を防止するよう注意しながらエタノール中でアルミナ製ボールミル装置にて解砕混合処理した。処理時間は15時間とした。
【0069】
【0070】
その後、改めてスプレードライ処理を行って、いずれも平均粒径が20μmの顆粒状原料を作製した。得られた9種類の各酸化物原料につき、それぞれ一軸プレス成形、198MPaの圧力での静水圧プレス処理を施してCIP成形体を得た。得られた成形体をマッフル炉中で1000℃、2時間の条件にて脱脂処理した。
続いて当該脱脂済成形体を真空焼結炉に仕込み、1450~1650℃で3時間処理して9種類の焼結体を得た。この時、サンプルの焼結相対密度がいずれも94~98%の範囲におさまるように処理温度を調整した。
得られた各焼結体をカーボンヒーター製HIP炉に仕込み、Arガス中、200MPa、1600℃、2時間の条件でHIP処理した。得られた焼結体はいずれも外見上ほとんど灰色化(酸素欠損吸収)は確認されなかった。ただし念のため、得られた各セラミックス焼結体について、各々のロット管理をしながら大気加熱炉にて、1450℃で30時間アニール処理して、酸素欠損を十分に回復させる処置を施した。こうして実施例1-1~1-8と比較例1の合計9種類の透明セラミックスサンプルを用意した。
続いて、得られた各透明セラミックスサンプルについて、直径5mm、長さ20mmの揃ったロッド形状となるように各々研削及び研磨処理し、それぞれのロッド状サンプルの光学両端面を光学面精度λ/8(測定波長λ=633nmの場合)で最終光学研磨した。ここで更に該光学両端面に中心波長1064nmの反射防止膜(ARコート)を施した。
【0071】
上記のようにして得られた各ARコート付きサンプルについて、各々磁石を被せ、かつ前後段に偏光子、検光子を配置して
図1に示す構成に準ずる光アイソレータユニットとした。その後、JIS C 61300-3-2に従って挿入損失を測定した。
【0072】
(挿入損失の測定方法)
光アイソレータの挿入損失はJIS C 61300-3-2を参考に以下のように測定した。
NKT Photonics社製の波長1064nmレーザー光源と、コリメータレンズ、偏光子、XY軸可動の自動ワークステージ、検光子、Gentec社製のパワーメータ並びにGeフォトディテクタを用いて光学系を内製した。ここで光アイソレータサンプルに入射させるビーム径は、NKT Photonics社製レーザー光源付属のファイバー端面から出射される拡散ビームとそれを受けるコリメータレンズのNA並びに距離を調整することで、150~400μmφの範囲で任意に設定できる仕様とした。
この条件下で、挿入損失の測定は次のように実施した。まずはコリメータレンズを通して出射される平行光をサンプルを通さずにGeフォトディテクタで受光して光の強度I0’を読み取り、続いてサンプルを置いて再度受光強度I’を測定したうえで、以下の式に基づいて計算により求めた。
挿入損失(dB)=-10×log10(I’/I0’)
【0073】
ここで、光アイソレータサンプルはXY軸可動サンプルステージ上に載せてあり、該サンプルステージをサーボモーターで動かし走査することにより前記光アイソレータサンプルの挿入損失の面内分布を取得できる機構とした。
更にサンプルの光学面内の各座標の挿入損失を面グラフの形で表示できるプログラムを作成し、各サンプルの挿入損失面内分布データを面グラフで表示できるようにした。即ち、サンプルの光学面内の各座標における挿入損失の大きさを相対的に白黒の濃淡(グレースケール階調)で表示するものとし、当該サンプルの標準的な挿入損失の値を白色とし、それよりも挿入損失が大きくなるほどグレーから黒色になるような表示形式とした。例えば、光学面内のある座標位置に入射されるレーザー光に散乱などの影響を及ぼすコントラスト源が存在した場合にはその座標位置を中心としてある程度の大きさのグレーの円形のもの(スパイク状のコントラスト)が表示される。黒色に近づくほど挿入損失の低下が大きい。
ここでは、同一サンプルについて光アイソレータサンプルに入射させるビーム径を150μmφ、300μmφ、400μmφに変化させて測定し、その都度挿入損失の面グラフを作成した。こうすることにより、同一コントラスト源であっても、スパイク状のコントラストが現れる場合と現れない場合とが出てくる。そしてこのコントラスト源が現れる場合はレーザー光が散乱の影響を受けた場合、現れなかった場合はレーザー光がコントラスト源に影響されなかった場合と判定することが可能となる。
【0074】
続いて、この面グラフで挿入損失が悪化するスパイク状のコントラスト(即ち、光学面内のその位置にはコントラスト源が存在する)が見られたサンプルにつき、光アイソレータを再分解して当該サンプルを取り外し、該サンプルの面内コントラスト源を金属顕微鏡で観察した。
【0075】
(コントラスト源の観察方法)
ツァイス社製金属顕微鏡の透過モードを使用し、5倍、10倍、20倍の各対物レンズを適宜使用して前記各ARコート付き透明セラミックスサンプルの透過オープンニコル像を観察した。このとき、前記の面グラフ上でスパイク状コントラスト(単にスパイクということがある)が確認された位置に相当するサンプルの深さ方向を丹念に探ると上記面グラフで探知されたコントラスト源(即ち、スパイクとなるコントラスト源)が見つかる。
なお今回の実施例では、原料粉末の仮焼温度を意図的に高い側に振ることで、原料粉末の凝集化を促進させ、引いては透明セラミックス内部に一定サイズ以上の気泡クラスタを意図的に残すように調整してある。即ち、本実施例においては、金属顕微鏡で確認されるコントラスト源はいずれもサイズが数10μmに達する粗大な気泡クラスタである。また、探知されたスパイクとなるコントラスト源(気泡クラスタ)の略寸法はツァイス社製金属顕微鏡に付属している測長矢印を顕微鏡撮影像中に描写することで計測することができるが、その最大長さを計測した。更に、ARコート付き透明セラミックスサンプルごとに光学面内において探知される最大のコントラスト源についてその最大長さを計測した。
このようにして、コントラスト源の最大長さと、レーザー光のビーム径(直径)、並びに挿入損失面グラフでスパイク状のコントラストが生じるか否かの境界線を判定すること(即ち、使用したビーム径で初めてその挿入損失面グラフにおいて観察されるスパイク状のコントラストに対応したコントラスト源の最大長さを計測すること)で、レーザー光が散乱されないコントラスト源のサイズとレーザー光のビーム径(直径)との関係を導き出すことが可能となる。
【0076】
以上の結果を表3に示す。また、参考のため実施例1-5についてビーム径を変えたときの挿入損失の面グラフを
図2に、
図2において矢印で示されたスパイクとなるコントラスト源の金属顕微鏡写真を
図3に示す。更に、
図4に実施例1-5のビーム径400μmのときの挿入損失面グラフ及び最大コントラスト源の金属顕微鏡写真を示す。
【0077】
【0078】
表3の観察結果から次の結論に至った。即ち、スパイクとなるコントラスト源の最大長さをRc、サンプルに入射するレーザー光のビーム径(直径)をDoとすると下記式(4)の関係が満たされる範囲ではレーザー光はコントラスト源による散乱の影響を受けずに済む。
10×Rc<Do (4)
【0079】
更に、この関係性を検証する目的で前記の実施例1-5、1-8及び比較例1の合計3種類のサンプルにつき再度光アイソレータに組み上げた。そして挿入損失を測定する代わりに今度は実際のファイバーレーザーシステムに搭載するレーザー光(ビーム径1.2mmφ)を該光アイソレータに照射して出射してきたビームのプロファイルをプロファイラーで以下のように計測してビームプロファイルの崩れが発生するか否かを確認した。
【0080】
(ビームプロファイルの測定方法)
NKT Photonics社製の波長1064nmレーザー光源と、コリメータレンズ、ビームエクスパンダー、偏光子、ワークステージ、検光子、DATARAY社製のビームプロファイラーを用いて光学系を内製した。ここで光アイソレータサンプルに入射させるビーム径は、ビームエクスパンダーの選定により1.2mmφとした。
この条件下で、ビームプロファイルの測定は次のように実施した。
まずはビームエクスパンダーを通して出てくる平行光をサンプルを通さずにビームプロファイラーで受光してオリジナル光のガウシアンビームプロファイルPoを読み取り、続いてサンプルを置いて出てくるサンプル透過光を再度ビームプロファイラーで受光して透明セラミックス透過光のガウシアンビームプロファイルPsを読み取る。このとき、もしも透明セラミックス透過光が焼結体内部のコントラスト源によって散乱を受けると、該ガウシアンビームプロファイルPsの形状が揺らぐ。この揺らぎの有無を確認することにより、ビーム径1.2mmφのレーザー光が散乱の影響を受けるサイズのコントラスト源があるか否かを判定した。
【0081】
測定結果を表4に示す。なお、参考のため表4の各サンプルのビーム径400mmφにおける挿入損失面グラフを
図5に、各サンプルのビームプロファイルを
図6に示す。
【0082】
【0083】
表4の観察結果から改めて次の結論に至った。即ち、最大コントラスト源の最大長さをRm、サンプルに入射するレーザー光のビーム径(直径)をDwとすると下記式(5)の関係が満たされる範囲ではレーザー光はコントラスト源による散乱の影響を受けずに済む。
10×Rm<Dw (5)
【0084】
上記式(4)、(5)を含む、以上の結果、透明セラミックス内部に存在する最大コントラスト源の最大長さをRとし、当該透明セラミックス中に入射するレーザー光の直径をDとするとき、上記式(1)の関係が成立する限りにおいて、入射するレーザー光は前記コントラスト源による散乱の影響を受けない。なお、一般化された式(1)から、レーザー光の直径が1.2mmφのときに透明セラミックス中を透過してもビームの散乱が発生しない場合であっても、当該透明セラミックス中に最大長さ110μmの最大コントラスト源が含まれている場合には、前記レーザー光の直径を例えば1.0mmφにしぼることにより、該ビームの散乱が発生することとなる。
【0085】
[実施例2]
信越化学工業(株)製の酸化テルビウム粉末、酸化イットリウム粉末、並びに第一稀元素化学工業(株)製酸化ジルコニウム粉末を用意した。純度はいずれも99.9質量%以上であった。
上記原料を用いて、混合比率を調整して表5に示す3種類の最終組成となる複合酸化物原料を作製した。
混合比率の調整方法としては、テルビウム、イットリウム、ジルコニウムのモル数がそれぞれ表5の各組成のモル比率となるよう各々の酸化物粉末を秤量して混合した。
【0086】
【0087】
そして、それぞれ互いの混入を防止するよう注意しながらエタノール中でジルコニア製ボールミル装置にて分散・混合処理した。処理時間は15時間とした。
更に、得られた各スラリーをスプレードライ処理により一旦乾燥後、表6のように異なる仮焼温度で該乾燥原料粉末を仮焼処理して合計9種類の実施例2-1~2-7、並びに比較例2-1、2-2の原料を用意した。なお、各々の原料は該仮焼処理後、再びそれぞれ互いの混入を防止するよう注意しながらエタノール中でジルコニア製ボールミル装置にて解砕混合処理した。処理時間は15時間とした。
【0088】
【0089】
その後、改めてスプレードライ処理を行って、いずれも平均粒径が20μmの顆粒状原料を作製した。得られた9種類の各酸化物原料につき、それぞれ一軸プレス成形、198MPaの圧力での静水圧プレス処理を施してCIP成形体を得た。得られた成形体をマッフル炉中で1000℃、2時間の条件にて脱脂処理した。
続いて、当該脱脂済成形体を真空焼結炉に仕込み、1400~1500℃で3時間処理して9種類の焼結体を得た。この時、サンプルの焼結相対密度がいずれも94~98%の範囲におさまるように処理温度を調整した。
得られた各焼結体を白金ヒーター製HIP炉に仕込み、1%-O2/Ar混合フォーミングガス中、200MPa、1490℃、2時間の条件でHIP処理した。得られた透明セラミックス(HIP焼結体)はいずれも外見上の灰色化(酸素欠損吸収)がまったく確認されず酸素分圧の効果が得られていた。
続いて、得られた各透明セラミックスサンプルについて、直径4mm、長さ12mmの揃ったロッド形状となるように各々研削及び研磨処理し、それぞれのロッド状サンプルの光学両端面を光学面精度λ/8(測定波長λ=633nmの場合)で最終光学研磨した。ここで更に該光学両端面に中心波長1064nmの反射防止膜(ARコート)を施した。
【0090】
上記のようにして得られた各ARコート付きサンプルについて、各々磁石を被せ、かつ前後段に偏光子、検光子を配置して光アイソレータユニットとした。その後、前述の実施例1と同じ要領で挿入損失を測定し、挿入損失の面グラフを作成した。
続いて、該挿入損失面グラフで挿入損失が悪化するスパイク状のコントラストが見られたサンプルにつき、光アイソレータを再分解して当該ARコート付きサンプルを取り外し、該サンプルの面内コントラスト源を前述の実施例1と同じ要領で金属顕微鏡にて観察した。
以上の結果を表7にまとめた。
【0091】
【0092】
表7の観察結果から、スパイクとなるコントラスト源の最大長さRcと、サンプルに入射するレーザー光のビーム径(直径)Doとの関係が上記式(4)を満たす範囲では、レーザー光はコントラスト源による散乱の影響を受けない。
【0093】
更に、実施例2-3、並びに比較例2-1、2-2の合計3種類のサンプルにつき再度光アイソレータに組み上げた。そして実施例1の場合と同様の方法でビーム径1.2mmφのレーザー光を光アイソレータに照射して出射してきたビームのプロファイルをプロファイラーで計測してビームプロファイルの崩れが発生するか否かを確認した。
その測定結果を表8に示す。
【0094】
【0095】
表8の観察結果からも、最大コントラスト源の最大長さRm(μm)と、サンプルに入射するレーザー光のビーム径(直径)Dw(μm)との関係が上記式(5)を満たす範囲では、レーザー光はコントラスト源による散乱の影響を受けない。
【0096】
なお、ここまでの実施例では波長1064nmに対するARコート処理を施して、波長1064nmのレーザー光源を用いた場合を例示したが、例えば波長780nmに対するARコート処理を施して、波長780nmのレーザー光源を用いた場合でも、前記実施例と同様に、上記式(1)を満たす範囲である限り高品質なレーザー光学系用の透明セラミックスとして利用することができる。
【0097】
以上の実施形態をもって本発明を説明してきたが、本発明はこの実施形態に限定されるものではなく、他の実施形態、追加、変更、削除など、当業者が想到することができる範囲内で変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0098】
100 光アイソレータ
110 ファラデー回転子
120 偏光子
130 検光子
140 磁石