(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-02
(45)【発行日】2025-06-10
(54)【発明の名称】非水系電解質及び非水電解質二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 10/0567 20100101AFI20250603BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20250603BHJP
H01M 4/58 20100101ALI20250603BHJP
H01M 4/38 20060101ALI20250603BHJP
H01M 4/136 20100101ALI20250603BHJP
H01M 4/134 20100101ALI20250603BHJP
【FI】
H01M10/0567
H01M4/36 C
H01M4/58
H01M4/38 Z
H01M4/136
H01M4/134
(21)【出願番号】P 2021136400
(22)【出願日】2021-08-24
【審査請求日】2023-07-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(74)【代理人】
【識別番号】100194881
【氏名又は名称】小林 俊弘
(74)【代理人】
【識別番号】100215142
【氏名又は名称】大塚 徹
(72)【発明者】
【氏名】金里 脩平
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 貴一
(72)【発明者】
【氏名】大沢 祐介
(72)【発明者】
【氏名】清森 歩
(72)【発明者】
【氏名】青木 翔太郎
【審査官】川口 陽己
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-134169(JP,A)
【文献】特開2017-097952(JP,A)
【文献】特開2019-206502(JP,A)
【文献】特開2009-004352(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05-10/0587
H01M 4/00-4/62
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
負極が、負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物を含む非水電解質二次電池に用いられる非水系電解質であって、
前記負極における負極活物質粒子が、炭素層で被覆される酸化ケイ素粒子を含有し、
該酸化ケイ素粒子がLi
2SiO
3を含み、
該Li
2SiO
3が、結晶質であり、
前記非水系電解質が、下記一般式(1)~(5)で示されるシラン化合物から選択されるシラン化合物を少なくとも1つ以上含むものであることを特徴とする非水系電解質。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(式中、R
1は、それぞれ独立して炭素数2~20のアルケニル基またはアルキニル基であり、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~20のアルキル基であり、Xは、それぞれ独立して炭素数1~20のアルキレン基または炭素数2~20のアルケニレン基またはアルキニレン基である。また、lは、それぞれ独立して1~3の整数であり、mは、それぞれ独立して1~2の整数である。)
【請求項2】
前記シラン化合物の最低空軌道のエネルギー準位が、-0.40eV以下であることを特徴とする請求項1記載の非水系電解質。
【請求項3】
前記シラン化合物の最高被占軌道のエネルギー準位が、-8.8eV以上であることを特徴とする請求項1又は2記載の非水系電解質。
【請求項4】
前記非水系電解質に含まれる前記シラン化合物の含有量は、0.1質量%~5.0質量%であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の非水系電解質。
【請求項5】
前記負極活物質粒子が、前記負極活物質粒子を充放電する前において、Cu-Kα線を用いたX線回折により得られるSi(111)結晶面に起因するピークを有し、該結晶面に対応する結晶子サイズは5.0nm以下であり、かつ、Li
2SiO
3(111)結晶面に起因するピークの強度Bに対する前記Si(111)結晶面に起因するピークの強度Aの比率A/Bは、下記式(6)
0.4≦A/B≦1.0 ・・・(6)
を満たすことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の非水系電解質。
【請求項6】
Li/Li
+の電位を0V基準としたとき、0.23V以上の範囲において、前記シラン化合物が分解して前記負極上に被膜を形成するものであることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の非水系電解質。
【請求項7】
前記シラン化合物の分解により形成される前記被膜が、Li/Li
+の電位を0V基準としたとき、0.70V以上の範囲において、安定な状態であることを特徴とする請求項6に記載の非水系電解質。
【請求項8】
正極および負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物を含む負極と共に請求項1~7のいずれかに記載の非水系電解質を備え
、
前記負極における負極活物質粒子が、炭素層で被覆される酸化ケイ素粒子を含有し、
該酸化ケイ素粒子がLi
2
SiO
3
を含み、
該Li
2
SiO
3
が、結晶質であることを特徴とする非水電解質二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水系電解質及び非水電解質二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、モバイル端末などに代表される小型の電子機器が広く普及しており、さらなる小型化、軽量化及び長寿命化が強く求められている。このような市場要求に対し、特に小型かつ軽量で、高エネルギー密度を得ることが可能な二次電池の開発が進められている。この二次電池は、小型の電子機器に限らず、自動車などに代表される大型の電子機器、家屋などに代表される電力貯蔵システムへの適用も検討されている。
【0003】
その中でも、リチウムイオン二次電池は小型かつ高容量化が行いやすく、また、鉛電池、ニッケルカドミウム電池よりも高いエネルギー密度が得られるため、大いに期待されている。
【0004】
上記のリチウムイオン二次電池は、正極及び負極、並びにセパレータと共に電解液を備えており、負極は充放電反応に関わる負極活物質を含んでいる。
【0005】
この負極活物質としては、炭素系活物質が広く使用されている一方で、最近の市場要求から電池容量のさらなる向上が求められている。電池容量向上のために、負極活物質材料としてケイ素を用いることが検討されている。なぜならば、ケイ素の理論容量(4199mAh/g)は黒鉛の理論容量(372mAh/g)よりも10倍以上大きいため、電池容量の大幅な向上を期待できるからである。負極活物質材料としてのケイ素材の開発はケイ素単体だけではなく、合金、酸化物に代表される化合物などについても検討されている。また、負極活物質形状は、炭素系活物質では標準的な塗布型から、集電体に直接堆積する一体型まで検討されている。
【0006】
しかしながら、負極活物質としてケイ素を主原料として用いると、充放電時に負極活物質が膨張収縮するため、主に負極活物質の表層近傍で割れやすくなる。また、負極活物質内部にイオン性物質が生成し、負極活物質が割れやすい物質となる。負極活物質表層が割れると、それによって新表面が生じ、負極活物質の反応面積が増加する。この時、新表面において電解液の分解反応が生じるとともに、新表面に電解液の分解物である被膜が形成されるため電解液が消費され、サイクル特性が低下しやすくなる。
【0007】
これまでに、電池初期効率やサイクル特性を向上させるために、ケイ素材を主材としたリチウムイオン二次電池用負極材料、電極構成について様々な検討がなされている。
【0008】
具体的には、良好なサイクル特性や高い安全性を得る目的で、気相法を用いケイ素及びアモルファス二酸化ケイ素を同時に堆積させている(例えば、特許文献1参照)。また、高い電池容量や安全性を得るために、ケイ素酸化物粒子の表層に炭素材(電子伝導材料)を設けている(例えば、特許文献2参照)。さらに、サイクル特性を改善するとともに高入出力特性を得るために、ケイ素及び酸素を含有する活物質を作製し、かつ、集電体近傍での酸素比率が高い活物質層を形成している(例えば、特許文献3参照)。また、サイクル特性を向上させるために、ケイ素活物質中に酸素を含有させ、平均酸素含有量が40at%以下であり、かつ集電体に近い場所で酸素含有量が多くなるように形成している(例えば、特許文献4参照)。
【0009】
また、ケイ素活物質の充放電に伴う電解液の分解反応を抑制する電解液添加剤として、フルオロエチレンカーボネート(FEC)を用いる報告がある(例えば、特許文献5参照)。フッ素系電解液は、ケイ素表面に安定したSolid Electrolyte Interphase(SEI)膜を形成する事から、ケイ素材の劣化を抑制する事が可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2001-185127号公報
【文献】特開2002-042806号公報
【文献】特開2006-164954号公報
【文献】特開2006-114454号公報
【文献】特開2006-134719号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、近年、モバイル端末などに代表される小型の電子機器は高性能化、多機能化がすすめられており、その主電源であるリチウムイオン二次電池は電池容量の増加が求められている。この問題を解決する1つの手法として、ケイ素材を主材として用いた負極からなるリチウムイオン二次電池の開発が望まれている。また、ケイ素材を用いたリチウムイオン二次電池は、炭素系活物質を用いたリチウムイオン二次電池と同等に近いサイクル特性が望まれている。そこで、フッ素系の添加剤が開発され、電池特性は改善する傾向であったが、充放電を繰り返すことによりフッ素系溶媒は消費され、ケイ素材の表面に堆積する電解液分解物が増加し、可逆に動くリチウムが分解物に取り込まれる形で失活してしまい、電池サイクル特性だけでなく、スウェリング現象による電池セルの膨張など、炭素系活物質を使用した電池特性と比べ、十分でなかった。
【0012】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであって、ケイ素材等の負極材料を用いた場合においても、電池セルが膨張しにくい非水系電解質及び非水電解質二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明は、負極が、負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む非水電解質二次電池に用いられる非水系電解質であって、前記非水系電解質が、下記一般式(1)~(5)で示されるシラン化合物から選択されるシラン化合物を少なくとも1つ以上含むものであることを特徴とする非水系電解質を提供する。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(式中、R
1は、それぞれ独立して炭素数2~20のアルケニル基またはアルキニル基であり、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~20のアルキル基であり、Xは、それぞれ独立して炭素数1~20のアルキレン基または炭素数2~20のアルケニレン基またはアルキニレン基である。また、lは、それぞれ独立して1~3の整数であり、mは、それぞれ独立して1~2の整数である。)
【0014】
このようなシラン化合物は、電子受容性が高く、負極表面での還元分解性に優れるため、負極表面に被膜(SEI膜)を形成するという特徴を持つ。そのため、本発明の非水系電解質は、負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む負極を備える非水電解質二次電池に用いられた場合、電池膨れを抑制することができる。
【0015】
このとき、前記シラン化合物の最低空軌道(LUMO)のエネルギー準位が、-0.40eV以下であることが好ましい。
【0016】
このようなエネルギー準位であると、シラン化合物が還元分解しやすくなる。
【0017】
また、前記シラン化合物の最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位が、-8.8eV以上であることが好ましい。
【0018】
このようなエネルギー準位であると、還元分解後の反応性、特にラジカル反応性が向上し、良質な被膜(SEI膜)が得やすくなる。
【0019】
また、前記非水系電解質に含まれる前記シラン化合物の含有量は、0.1質量%~5.0質量%であることが好ましい。
【0020】
このような含有量であると、十分な被膜(SEI膜)が形成されやすく、電池セルの膨張を抑制しやすい。また、過剰な被膜(SEI膜)形成による高抵抗化を防ぎやすい。
【0021】
また、本発明の非水系電解質では、前記負極における負極活物質粒子が、炭素層で被覆される酸化ケイ素粒子を含有し、該酸化ケイ素粒子がLi2SiO3を含み、該Li2SiO3が、結晶質であるものとすることができる。
【0022】
本発明の非水系電解質は、負極における負極活物質がこのようなものである場合に特に好適に用いることができる。
【0023】
このとき、前記負極活物質粒子が、前記負極活物質粒子を充放電する前において、Cu-Kα線を用いたX線回折により得られるSi(111)結晶面に起因するピークを有し、該結晶面に対応する結晶子サイズは5.0nm以下であり、かつ、Li2SiO3(111)結晶面に起因するピークの強度Bに対する前記Si(111)結晶面に起因するピークの強度Aの比率A/Bは、下記式(6)
0.4≦A/B≦1.0 ・・・(6)
を満たすことが好ましい。
【0024】
このような負極活物質粒子は、Li2SiO3からLi4SiO4への変換のし易さを損なわずに、高いスラリー安定性を示すことができる。そのため、このような負極活物質粒子を含む負極を用いた非水電解質二次電池に、本発明の非水系電解質は好適に使用することができる。
【0025】
また、本発明の非水系電解質では、Li/Li+の電位を0V基準としたとき、0.23V以上の範囲において、前記シラン化合物が分解して前記負極上に被膜を形成するものであることが好ましい。
【0026】
このようなシラン化合物は、0.23V以上の高電位で分解し、負極表面に被膜(SEI膜)を形成するという特徴を持つため、高電位側に容量を持つ負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む非水電解質二次電池に好適に用いることができる。
【0027】
また、前記シラン化合物の分解により形成される前記被膜が、Li/Li+の電位を0V基準としたとき、0.70V以上の範囲において、安定な状態であることが好ましい。
【0028】
このように、シラン化合物の分解生成物である被膜が0.70V以上の範囲で分解せずに安定なものであれば、高電位側に容量を持つ負極を用いた場合でも、電池セルの膨張抑制効果が得やすい。
【0029】
また、本発明は、正極および負極と共に、上記の非水系電解質を備えることを特徴とする非水電解質二次電池を提供する。
【0030】
このような非水電解質二次電池は、本発明の非水系電解質を備えるので、電池膨れを抑制することができる。
【発明の効果】
【0031】
このような本発明の非水系電解質に含まれる、一般式(1)~(5)で示されるシラン化合物は、電子受容性が高く、負極表面での還元分解性に優れるため、負極表面に被膜(SEI膜)を形成するという特徴を持つ。そのため、本発明の非水系電解質は、負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む負極を備える非水電解質二次電池に用いられた場合、電池膨れを抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
上記のように、ケイ素材等の負極材料を用いた場合においても、電池セルが膨張しにくい非水系電解質及び非水電解質二次電池が求められていた。
【0033】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、少なくとも2つ以上のケイ素を含むシラン化合物に、少なくとも1つ以上のアルケニル基またはアルキニル基を導入することで、上記目的を達成し得ることを知見し、本発明を完成した。
【0034】
すなわち、本発明は、負極が、負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む非水電解質二次電池に用いられる非水系電解質であって、前記非水系電解質が、下記一般式(1)~(5)で示されるシラン化合物から選択されるシラン化合物を少なくとも1つ以上含むものであることを特徴とする非水系電解質。
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
(式中、R
1は、それぞれ独立して炭素数2~20のアルケニル基またはアルキニル基であり、R
2は、それぞれ独立して炭素数1~20のアルキル基であり、Xは、それぞれ独立して炭素数1~20のアルキレン基または炭素数2~20のアルケニレン基またはアルキニレン基である。また、lは、それぞれ独立して1~3の整数であり、mは、それぞれ独立して1~2の整数である。)
【0035】
以下、本発明について実施の形態を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0036】
<シラン化合物>
上記のように、本発明の非水系電解質は、下記一般式(1)~(5)で示されるシラン化合物から選択されるシラン化合物を含有する。
【化11】
【化12】
【化13】
【化14】
【化15】
【0037】
本発明の非水系電解質は、一般式(1)~(5)に示されているように、化合物中に含まれるケイ素原子の数が2~4であるシラン化合物を含有する。化合物中に含まれるケイ素原子の数が2~4である場合、還元分解後の被膜(SEI膜)の分子量が高くなりやすく、強度や耐分解性に優れる被膜(SEI膜)が得られやすい。一方、化合物中に含まれるケイ素原子の数が5以上となると、非水系電解質への溶解性が低下する。
【0038】
一般式(1)~(5)において、R1は、炭素数2~20、好ましくは2~10、より好ましくは2~5のアルケニル基またはアルキニル基である。
【0039】
R1のアルケニル基の具体例としては、ビニル基、n-プロペニル基、n-ブテニル基、n-ペンテニル基、n-ヘキセニル基、n-ヘプテニル基、n-オクテニル基、n-ノネニル基、n-デセニル基、n-ウンデセニル基、n-ドデセニル基などの直鎖状アルケニル基;イソプロペニル基、イソブテニル基、イソペンテニル基、イソヘキセニル基、イソヘプテニル基、イソオクテニル基、イソノニル基、イソデセニル基、イソウンデシル基などの分岐状アルケニル基が挙げられる。
【0040】
これらの中でもシラン化合物の還元分解性を向上させるとともに、シラン化合物同士やシラン化合物と別の添加剤との重合反応を促進し、被膜(SEI膜)の強度や耐分解性を向上させるという観点から、ビニル基、n-プロペニル基が好ましい。
【0041】
R1のアルキニル基の具体例としては、エチニル基、1-プロピニル基、1-ブチニル基、1-ペンチニル基、1-ヘキシニル基、1-ヘプチニル基、1-オクチニル基、1-ノニニル基、1-デシニル基、1-ウンデシニル基、1-ドデシニル基などの直鎖状アルキニル基;3-メチル-1-ブチニル基、3,3-ジメチル-1-ブチニル基、3-メチル-1-ペンチニル基、4-メチル-1-ペンチニル基、3,3-ジメチル-1-ペンチニル基、3,4-メチル-1-ペンチニル基、4,4-ジメチル-1-ペンチニル基などの分岐状アルキニル基が挙げられる。
【0042】
これらの中でもシラン化合物の還元分解性を向上させるとともに、シラン化合物同士やシラン化合物と別の添加剤との重合反応を促進し、被膜(SEI膜)の強度や耐分解性を向上させるという観点から、エチニル基、1-プロピニル基、1-ブチニル基が好ましい。
【0043】
一般式(1)~(5)において、R2は、炭素数1~20、好ましくは1~10、より好ましくは1~4のアルキル基である。
【0044】
R2のアルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、n-ウンデシル基、n-ドデシル基などの直鎖状アルキル基;イソプロピル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、イソヘキシル基、イソヘプチル基、イソオクチル基、tert-オクチル基、イソノニル基、イソデシル基、イソウンデシル基などの分岐状アルキル基が挙げられる。
【0045】
これらの中でも、立体障害が少なくシラン化合物同士の反応が進みやすくなるという観点から、メチル基が好ましい。
【0046】
一般式(1)~(5)において、Xは、炭素数1~20、好ましくは1~10、より好ましくは1~4のアルキレン基、または、炭素数2~20、好ましくは2~10、より好ましくは2~4のアルケニレン基またはアルキニレン基である。
【0047】
Xのアルキレン基の具体例としては、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基、ヘプタメチレン基、オクタメチレン基などの直鎖状アルキレン基;プロピレン基、イソブチレン基、イソペンチレン基などの分岐鎖状のアルキレン基が挙げられる。
【0048】
これらの中でも、被膜(SEI)中のケイ素の割合が増え、良質な被膜(SEI膜)が得られやすいという観点から、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基が好ましい。
【0049】
Xのアルケニレン基の具体例としては、ビニレン基、1-プロペニレン基、2-プロペニレン基、1-ブテニレン基、2-ブテニレン基、1-ペンテニレン基、2-ペンテニレン基、1-ヘキセニレン基、2-ヘキセニレン基、1-オクテニレン基などが挙げられる。
【0050】
これらの中でも、被膜(SEI)中のケイ素の割合が増え、良質な被膜(SEI膜)が得られやすいという観点から、ビニレン基、1-プロペニレン基、2-プロペニレン基が好ましい。
【0051】
Xのアルキニレン基の具体例としては、エチニレン基、プロピニレン基、ブチニレン基、ペンチニレン基、ヘキシニレン基、ヘプチニレン基、オクチニレン基、ノニニレン基、デシニレン基、ウンデシニレン基、ドデシニレン基などが挙げられる。
【0052】
これらの中でも、被膜(SEI)中のケイ素の割合が増え、良質な被膜(SEI膜)が得られやすいという観点から、エチニレン基、プロピニレン基が好ましい。
【0053】
一般式(1)~(5)において、lは、それぞれ独立して1~3の整数であり、mは、それぞれ独立して1~2の整数の整数である。
【0054】
一般式(1)~(5)の具体例としては、1,2-ビス(トリビニルシリル)エテン、1,2-ビス(トリエチニルシリル)エテン、1,2-ビス(ジエチニルメチルシリル)エテン、1,2-ビス(エチニルジメチルシリル)エテン、1,2-ビス(ジビニルメチルシリル)エテン、1,2-ビス(ジメチルビニルシリル)エテン、ビス[2-(トリビニルシリル)エテニル]ジビニルシラン、ビス[2-(ジビニルメチルシリル)エテニル]ジビニルシラン、ビス[2-(ジメチルビニルシリル)エテニル]ジビニルシラン、ビス[2-(トリビニルシリル)エテニル]メチルビニルシラン、ビス[2-(ジビニルメチルシリル)エテニル]メチルビニルシラン、ビス[2-(ジメチルビニルシリル)エテニル]メチルビニルシラン、1,2-ビス[2-(トリビニルシリル)エテニルジビニルシリル]エテン、1,2-ビス[2-(ジビニルメチルシリル)エテニルジビニルシリル]エテン、1,2-ビス[2-(ジメチルビニルシリル)エテニルジビニルシリル]エテン、1,2-ビス(トリビニルシリル)メタン、1,2-ビス(ジビニルメチルシリル)メタン、1,2-ビス(ジメチルビニルシリル)メタン、1,2-ビス(トリビニルシリル)エタン、1,2-ビス(メチルジビニルシリル)エタン、1,2-ビス(ジメチルビニルシリル)エタン、ビス[2-(トリビニルシリル)メチル]メチルビニルシラン、ビス[2-(ジビニルメチルシリル)メチル]メチルビニルシラン、ビス[2-(ジメチルビニルシリル)メチル]メチルビニルシラン、ビス[2-(トリビニルシリル)エチル]メチルビニルシラン、ビス[2-(ジビニルメチルシリル)エチル]メチルビニルシラン、ビス[2-(ジメチルビニルシリル)エチル]メチルビニルシラン、トリス[2-(トリビニルシリル)メチル]ビニルシラン、トリス[2-(ジビニルメチルシリル)メチル]ビニルシラン、トリス[2-(ジメチルビニルシリル)メチル]ビニルシラン、トリス[2-(トリビニルシリル)エチル]ビニルシラン、トリス[2-(ジビニルメチルシリル)エチル]ビニルシラン、トリス[2-(ジメチルビニルシリル)エチル]ビニルシランなどが挙げられる。
【0055】
なお、上記一般式(1)~(3)で示されるシラン化合物は、例えば、ビニルシランをメタセシス触媒存在下で反応させることにより得られる。また、上記一般式(4)及び(5)で示されるシラン化合物は、例えば、ハロアルキルビニルシランとマグネシウムから調製した有機金属試薬とビニルハロシランとを反応させることにより得られる。
【0056】
[非水系電解質中の含有量]
前記非水系電解質中における前記一般式(1)~(5)の含有量は、好ましくは0.1質量%~5.0質量%、より好ましくは0.1質量%~4.0質量%、更に好ましくは0.1質量%~2.0質量%である。このような含有量であると、十分な被膜(SEI膜)が形成されやすく、電池セルの膨張を抑制しやすい。また、過剰な被膜(SEI膜)形成による高抵抗化を防ぎやすい。
【0057】
[最低空軌道(LUMO)エネルギー準位]
シラン化合物の最低空軌道(LUMO)エネルギー準位は、-0.40eV以下が好ましく、-0.50eV以下がより好ましく、-0.60eV以下がさらに好ましく、-0.65eV以下が特に好ましい。このようなエネルギー準位であると、シラン化合物が還元分解しやすくなる。
【0058】
[最高被占軌道(HOMO)エネルギー準位]
シラン化合物の最高被占軌道(HOMO)エネルギー準位は、-8.8eV以上が好ましく、-8.0eV以上がより好ましく、-7.5eV以上がより好ましく、-7.3eV以上が特に好ましい。このようなエネルギー準位であると、還元分解後の反応性、特にラジカル反応性が向上し、良質な被膜(SEI膜)が得やすくなる。
【0059】
[エネルギー準位の計算方法]
最低空軌道(LUMO)及び最高被占軌道(HOMO)のエネルギー準位は、量子化学計算から求めることができる。量子化学計算のソフトウェアとしては、GaussianやGAMESS等を用いることができる。計算手法としては、計算精度と計算コストの観点から、密度汎関数法が好適に用いられる。交換相関汎関数としてはB3LYP、基底関数としては6-311+G(d,p)が好適に用いられる。
【0060】
[シラン化合物の分解電位]
本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物は、比較的高い電位で分解するという特徴を持つ。そのため、十分な電池セルの膨張抑制効果を得るためには、高電位側に容量を持つケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む負極を用いる必要がある。Li/Li+の電位を基準(0V)として、0.24V以上に容量を持たないグラファイト負極では、シラン化合物が十分に分解せず、電池セルの膨張抑制効果も得られない。そのため、本発明は、負極が、負極活物質粒子として少なくともケイ素化合物、ゲルマニウム化合物、スズ化合物のいずれかを含む非水電解質二次電池に用いられる非水系電解質であることを前提とする。なお、以下、電位はLi/Li+の電位を0V基準としている。
【0061】
本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物の分解電位(Li/Li+の電位が基準(0V))は、0.23~0.70Vが好ましく、0.25~0.60Vがより好ましく、0.27~0.55Vがさらに好ましく、0.30~0.50Vが特に好ましい。このような分解電位であると、電池セルの膨張を抑制する被膜(SEI膜)が得られやすい。シラン化合物の分解電位は、例えば、サイクリックボルタンメトリー(CV)により測定することができる。
【0062】
[シラン化合物分解物(被膜)の分解電位]
本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物は、分解して、被膜(SEI膜)を形成する。このような分解物(被膜)は、0.70V以上で安定な状態(分解しない)ことが好ましい。上記の電位で分解しないと、高電位側に容量を持つ負極を用いた場合でも、電池セルの膨張抑制効果が得やすい。特にケイ素酸化物を含む負極は、0.7V以上に多くの容量を持つため、本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物と相性が良い。
【0063】
本発明の非水系電解質に含まれる、シラン化合物は、電子受容性が高く、負極表面での還元分解性に優れ、特には、0.23V以上の高電位で分解し、負極表面に被膜(SEI膜)を形成するという特徴を持つ。そのため、0.23V以上の高電位側に容量を持つ負極の保護用に用いられ、特にケイ素材料を主材料として用いた負極と相性が良い。
【0064】
また、本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物は、複数のケイ素原子と反応性に富む構造を有しているため、還元分解後に良質な被膜(SEI膜)、特に強度や耐分解性に優れる被膜(SEI膜)を形成しやすい。
【0065】
このような被膜(SEI膜)は、充放電を繰返しても壊れにくく、電解液(例えば、溶媒や添加剤等)のさらなる分解を抑制することができる。結果として、スウェリング現象による電池セルの膨張を抑制することが可能となる。
【0066】
本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物は、特にケイ素系負極活物質を構成するLiシリケート部を効果的に保護し、Li2SiO3やLi2SiO3が変換して形成されるLi4SiO4とも安定した被膜(SEI膜)形成が可能である。
【0067】
Liシリケート部は、0.7V以上の高電位で分解することが知られているが、本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物が形成する被膜(SEI膜)は、高電位での耐分解性にも優れるため、Liシリケートの分解を抑制することができる。
【0068】
<非水電解質二次電池>
[非水系電解質]
本発明の非水系電解質は、非水溶媒中に電解質塩が溶解されており、前記化合物(1)~(5)を含むものであり、添加剤として他の材料を含んでいても良い。活物質層の少なくとも一部又はセパレータは、非水系電解質により含浸されている。
【0069】
非水溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、メチルプロピルカーボネート、1,2-ジメトキシエタン又はテトラヒドロフランなどが挙げられる。この中でも、より良い特性が得られる観点から、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネートのうちの少なくとも1種以上を用いることが望ましい。また、この場合、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネートなどの高粘度溶媒と、炭酸ジメチルジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジエチルカーボネートなどの低粘度溶媒を組み合わせることにより、電解質塩の解離性やイオン移動度が向上して、より優位な特性を得ることができる。
【0070】
ケイ素系負極材料を含む合金系負極を用いる場合、特に溶媒として、ハロゲン化鎖状炭酸エステル又はハロゲン化環状炭酸エステルのうち少なくとも1種を含んでいることが望ましい。これにより、充放電時、特に充電時において、負極活物質表面に安定な被膜が形成される。ここで、ハロゲン化鎖状炭酸エステルとは、ハロゲンを構成元素として有する(少なくとも1つの水素がハロゲンにより置換された)鎖状炭酸エステルである。また、ハロゲン化環状炭酸エステルとは、ハロゲンを構成元素として有する(すなわち、少なくとも1つの水素がハロゲンにより置換された)環状炭酸エステルである。
【0071】
ハロゲンの種類は特に限定されないが、他のハロゲンよりも良質な被膜を形成する観点から、フッ素が好ましい。また、ハロゲン数は、得られる被膜がより安定的であり、電解質の分解反応の低減から、多いほど望ましい。
【0072】
ハロゲン化鎖状炭酸エステルとしては、例えば、フルオロメチルメチルカーボネート、ジフルオロメチルメチルカーボネートなどが挙げられる。ハロゲン化環状炭酸エステルとしては、4-フルオロ-1,3-ジオキソラン-2-オン、4,5-ジフルオロ-1,3-ジオキソラン-2-オンなどが挙げられる。
【0073】
電解質塩は、例えば、リチウム塩などの軽金属塩のいずれか1種類以上含むことができる。リチウム塩としては、例えば、六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)、四フッ化ホウ酸リチウム(LiBF4)などが挙げられる。
【0074】
電解質塩の含有量は、高いイオン伝導性が得られる観点から、非水溶媒に対して好ましくは0.5mol/kg以上2.5mol/kg以下、より好ましくは0.8mol/kg以上2.0mol/kg以下、更に好ましくは0.8mol/kg以上1.5mol/kg以下であることが好ましい。
【0075】
本発明の非水系電解質には、一般式(1)~(5)で表されるシラン化合物以外にさらなる別個の添加剤として、不飽和炭素結合環状炭酸エステル、スルトン(環状スルホン酸エステル)及び酸無水物を含むことができる。不飽和炭素結合環状炭酸エステルは、充放電時における負極表面の安定な被膜形、非水系電解質の分解反応抑制の観点から含むことができ、例えば、炭酸ビニレン又は炭酸ビニルエチレンなどが挙げられる。また、スルトンは、電池の化学的安定性の向上の観点から含むことができ、例えば、プロパンスルトン、プロペンスルトンが挙げられる。さらに、酸無水物は、電解質の化学的安定性の向上の観点から含むことができ、例えば、プロパンジスルホン酸無水物が挙げられる。
【0076】
本発明の非水電解質二次電池は、上記非水系電解質の他に、正極および負極を備える。
【0077】
[正極]
正極は、例えば、正極集電体の両面または片面に正極活物質層を有する構成になっている。
【0078】
ここで、正極集電体は、例えば、アルミニウムなどの導電性材料により形成されている。
【0079】
一方、正極活物質層は、リチウムイオンの吸蔵放出可能な正極材料のいずれか1種または2種以上を含んでおり、設計に応じて結着剤、導電助剤、分散剤などの他の材料を含んでいても良い。この場合、結着剤、導電助剤は、例えば後述の負極結着剤、負極導電助剤と同様のものを用いることができる。
【0080】
正極材料としては、高い電池容量が得られると共に、優れたサイクル特性を得られる観点から、例えば、リチウムと遷移金属元素を有する複合酸化物またはリチウムと遷移金属元素を有するリン酸化合物などのリチウム含有化合物が挙げられる。遷移金属元素としては、ニッケル、鉄、マンガン、コバルトが好ましく、前記リチウム含有化合物は、これらの遷移金属元素を少なくとも1種以上を有する化合物である。チウム含有化合物の化学式としては、例えば、LixM1O2あるいはLiyM2PO4で表される。式中、M1及びM2は少なくとも1種以上の遷移金属元素を示す。x及びyの値は、電池充放電状態によって異なる値を示すが、一般的に0.05≦x≦1.10、0.05≦y≦1.10を満たす数である。
【0081】
リチウムと遷移金属元素を有する複合酸化物の具体例としては、例えば、リチウムコバルト複合酸化物(LixCoO2)、リチウムニッケル複合酸化物(LixNiO2)、リチウムニッケルコバルト複合酸化物、リチウムニッケルコバルト複合酸化物(リチウムニッケルコバルトアルミニウム複合酸化物;NCA、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物+NCM)などが挙げられる。
【0082】
リチウムと遷移金属元素を有するリン酸化合物の具体例としては、例えば、リチウム鉄リン酸化合物(LiFePO4)、リチウム鉄マンガンリン酸化合物(LiFe1-uMnuPO4、但し、0<u<1)などが挙げられる。これらの正極材を用いれば、高い電池容量を得ることができるとともに、優れたサイクル特性も得ることができる。
【0083】
[負極]
負極は、例えば、負極集電体の上に負極活物質層を有する構成になっている。この負極活物質層は、負極集電体の両面又は片面だけに設けられていてもよい。
【0084】
[負極集電体]
負極集電体は、優れた導電性材料であり、かつ、機械的な強度に長けたもので構成される。負極集電体に用いることができる導電性材料として、例えば、銅(Cu)やニッケル(Ni)が挙げられる。この導電性材は、リチウム(Li)と金属間化合物を形成しない材料であることが好ましい。
【0085】
負極集電体は、負極集電体の物理的強度向上の観点から、前記銅(Cu)やニッケル(Ni)以外に、炭素(C)や硫黄(S)を含むことが好ましい。特に、充電時に膨張する活物質層を有する場合、集電体が上記の元素を含むことにより、集電体を含む電極変形を抑制する効果を有する。上記の含有元素の含有量は、特に限定されないが、より高い変形抑制効果が得られる観点から、それぞれ100質量ppm以下であることが好ましい。このような変形抑制効果によりサイクル特性をより向上できる。
【0086】
また、負極集電体の表面は粗化されていてもよいし、粗化されていなくてもよい。粗化されている負極集電体としては、例えば、電解処理、エンボス処理又は化学エッチング処理された金属箔などである。粗化されていない負極集電体としては、例えば、圧延金属箔などである。
【0087】
[負極活物質層]
負極活物質層は、リチウムイオンを吸蔵(挿入)及び放出可能な負極活物質を含んでおり、電池設計上の観点から、さらに、負極結着剤(バインダ)や導電助剤など他の材料を含んでいてもよい。負極活物質は、負極活物質粒子を含み、負極活物質粒子は、少なくともケイ素化合物粒子(ケイ素系負極活物質)、ゲルマニウム化合物粒子(ゲルマニウム系負極活物質)、スズ化合物粒子(スズ系負極活物質)の何れかを含み、中でもケイ素化合物粒子を含むことが好ましく、特に酸素が含まれるケイ素化合物を含有するケイ素化合物粒子を含むことが好ましい。
【0088】
負極活物質は、少なくともケイ素化合物粒子(ケイ素系負極活物質)、ゲルマニウム化合物粒子(ゲルマニウム系負極活物質)、スズ化合物粒子(スズ系負極活物質)の何れかを含み、中でもケイ素化合物粒子を含むことが好ましく、特に酸化ケイ素材(酸素が含まれるケイ素化合物)を含むことが好ましい。このケイ素化合物であるSiOxを構成するケイ素と酸素の組成比であるxは、サイクル特性、ケイ素酸化物の抵抗の観点から、0.8≦x≦1.2を満たす数であることが好ましい。中でも、SiOxの組成はxが1に近い方が、高いサイクル特性が得られるため好ましい。なお、本発明におけるケイ素化合物の組成は必ずしも純度100%を意味しているわけではなく、微量の不純物元素を含んでいてもよい。
【0089】
ケイ素化合物は、結晶性Siを極力含まないことが好ましい。結晶性Siを極力含まないことにより、電解質との反応性が高くなり過ぎることを防ぐことができ、その結果、電池特性が悪化するのを防ぐことができる。
【0090】
ケイ素化合物はLiを含んでおり、その一部がシリケートとしてLi2SiO3になっていることが望ましい。このLi2SiO3は結晶質であるが、充放電に対して活性であり、スラリー状態ではLi2SiO3のままであるが、充放電を繰り返すことによりLi4SiO4へ変化する。
【0091】
Li2SiO3は、結晶性が高い程、Li4SiO4に変換し辛くなる。一方、低結晶の場合、スラリーに溶出しやすくなるため、最適な範囲が存在する。
【0092】
具体的には、負極活物質粒子は、負極活物質粒子を充放電する前において、Cu-Kα線を用いたX線回折により得られるSi(111)結晶面に起因するピークを有し、該結晶面に対応する結晶子サイズは5.0nm以下であり、かつ、Li2SiO3(111)結晶面に起因するピークの強度Bに対するSi(111)結晶面に起因するピークの強度Aの比率A/Bは、下記の式(6)
0.4≦A/B≦1.0 ・・・(6)
を満たすことが好ましい。
【0093】
Liシリケートの肥大化程度、Siの結晶化程度(例えば、Si(111)結晶面に対応する結晶子サイズ)は、X線回折法(X-ray diffraction、以下、「XRD」ともいう。)で確認することができる。
【0094】
X線回折装置としては、Bruker社製のD8 ADVANCEを使用することができる。X線源は、Cu Kα線、Niフィルターを使用して、出力40kV/40mA、スリット幅0.3 °、ステップ幅0.008 °、1ステップあたり0.15秒の計数時間にて10~40 °まで測定する。
【0095】
Si(111)結晶面に起因するピークは、X線回折チャートにおいて、2θ=28.4°付近に現れる。
【0096】
Si(111)結晶面に対応する結晶子サイズは、好ましくは5.0nm以下、より好ましくは4.0nm以下、より好ましくは2.5nm以下であり、実質的にアモルファスが望ましい。
【0097】
Li2SiO3(111)結晶面に起因するピークの強度Bに対するSi(111)結晶面に起因するピークの強度Aの比率A/Bは、好ましくは0.40≦A/B≦1.00、より好ましくは0.45≦A/B≦0.75、さらに好ましくは0.50≦A/B≦0.70である。ここで、Li2SiO3(111)結晶面に起因するピークは、X線回折チャートにおいて、2θ=17°~21°の範囲に現れる。
【0098】
前記負極活物質のレーザー回折法によるメジアン径は、電解質との反応の制御または充放電に伴う負極活物質の膨張の抑制の観点から、好ましくは5.0μm以上15.0μm以下、より好ましくは5.5μm以上10.0μm以下、さらに好ましくは6.0μm以上8.0μm以下である。
【0099】
負極活物質層は、前記ケイ素系負極活物質と炭素系活物質とを含む混合負極活物質材料を含んでいても良い。これにより、負極活物質層の電気抵抗が低下するとともに、充電に伴う膨張応力を緩和することが可能となる。炭素系活物質としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛、ハードカーボン、ソフトカーボンなどが挙げられる。
【0100】
本発明の負極活物質層は、リチウムイオンを吸蔵、放出可能な本発明の負極活物質を含んでおり、電池設計上の観点から、さらに、負極結着剤(バインダ)や導電助剤など他の材料を含んでいてもよい。
【0101】
負極結着剤としては、例えば、高分子材料、合成ゴムなどのいずれか1種類以上を用いることができる。高分子材料としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン、ポリイミド、ポリアミドイミド、アラミド、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸リチウム、ポリアクリル酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースなどが挙げられる。合成ゴムとしては、例えば、スチレンブタジエン系ゴム、フッ素系ゴム、エチレンプロピレンジエンなどが挙げられる。
【0102】
負極導電助剤としては、例えば、炭素微粒子、カーボンブラック、アセチレンブラック、黒鉛、ケチェンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバーなどが挙げられ、これらのいずれか1種以上を用いることができる。
【0103】
負極活物質層は、例えば、塗布法により形成される。塗布法とは、ケイ素系負極活物質と結着剤などに、必要に応じて負極導電助剤、炭素系活物質を混合した後に、有機溶剤や水などに分散させて塗布する方法である。
【0104】
[セパレータ]
セパレータは、リチウムメタル又は正極と負極とを隔離し、両極接触に伴う電流短絡を防止しつつ、リチウムイオンを通過させるものである。このセパレータは、例えば、合成樹脂、あるいはセラミックからなる多孔質膜により形成されており、2種以上の多孔質膜が積層された積層構造を有しても良い。合成樹脂として例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが挙げられる。
【実施例】
【0105】
以下、本発明の実施例及び比較例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0106】
<実施例及び比較例の共通事項>
[HOMOおよびLUMOのエネルギー準位]
シラン化合物について構造最適化を行った後、HOMOおよびLUMOのエネルギー準位の算出を行った。量子化学計算ソフトウェアとして、Gaussian 16を用いた。交換相関汎関数にはB3LYP、基底関数には6-311+G(d,p)を使用し、密度汎関数法を用いて計算を行った。
【0107】
[サイクリックボルタンメトリー]
エチレンカーボネート(EC)及びジメチルカーボネート(DMC)を混合した後、シラン化合物を溶解させて電解液を調製した。ECとDMCの組成は、体積比でEC:DMC=30:70とし、EC/DMC混合溶媒とシラン化合物の組成は、質量比で混合溶媒:シラン化合物=95:5とした。得られた電解液について、サイクリックボルタンメトリー(CV)測定を行った。作用電極にはSUS304プレート(浸漬面積3cm2)、対極には白金線、参照電極にはAg/Ag+(内部溶液:アセトニトリル、0.1mol/Lの硝酸銀、0.1mol/Lの過塩素酸テトラブチルアンモニウム)を用いた。また、走査速度は50mV/秒とした。
【0108】
[実施例1]
[負極の作製]
負極集電体として、厚さ15μmの電解銅箔を用いた。この電解銅箔には、炭素及び硫黄がそれぞれ70質量ppmの濃度で含まれていた。
【0109】
ケイ素系負極活物質として、KSC-7130(「Li-SiO-C」、Li2SiO3を含み且つ炭素層で被覆されたケイ素酸化物粒子、メジアン径6.5μm、信越化学工業社製、Journal of Power Sources 450(2020) 227699参照)、人造黒鉛(メジアン径15μm)負極導電助剤として、カーボンナノチューブおよびメジアン径が約50nmの炭素微粒子、負極結着剤として、ポリアクリル酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースをそれぞれ9.3:83.7:1:1:4:1の乾燥質量比で混合した後、純水で希釈して負極合剤スラリーとした。
【0110】
前記負極合剤スラリーを前記負極集電体に塗布して、真空雰囲気中で100℃×1時間の乾燥を行った。乾燥後の負極の片面における単位面積あたりの負極活物質層の堆積量(面積密度)は、7.0mg/cm2であった。
【0111】
[非水系電解質の調製]
非水溶媒としてエチレンカーボネート(EC)及びジメチルカーボネート(DMC)を混合した後、この混合溶媒に、電解質塩として六フッ化リン酸リチウム:LiPF6を溶解させて電解液を調製した。この場合には、溶媒の組成を体積比でEC:DMC=30:70とし、電解質塩の含有量を溶媒に対して1mol/kgとした。
【0112】
調製した電解質に、被膜形成を行う添加剤として、ビニレンカーボネート(VC)、フルオロエチレンカーボネート(FEC)、表1のSi-1をそれぞれ、1.0重量%、2.0質量%、0.1質量%添加し、非水系電解質を調製した。なお、表1のSi-1は、1,2-ビス(トリビニルシリル)エテンであり、一般式(1)において、R1がビニル基、Xがビニレン基、l=3の場合である。
【0113】
[非水電解質二次電池の作製]
次に、以下のようにしてコイン電池を組み立てた。最初に厚さ1mmのLi箔を直径16mmに打ち抜き、アルミクラッドに張り付けた。上記の方法で得られた負極電極を直径15mmに打ち抜き、セパレータを介してLi箔と向い合せ、上記の方法で得られた非水系電解質を注液後、非水電解質二次電池である2032コイン電池を作製した。
【0114】
[電池の評価]
作製したコイン電池に対し、充電レートを0.03C相当とし、CCCVモードで充電(初回充電)を行った。CVは0Vで終止電流は0.04mAとした。次に、放電レートを同様に0.03Cとし、放電終止電圧を1.2Vとして、CC放電(初回放電)を行った。
【0115】
初期充放電特性を調べるべく、以下に従って、初回効率(以下、「初期効率」ともいう。)を算出した。
初回効率(%)=(初回放電容量/初回充電容量)×100
【0116】
得られた初期効率データから、対正極を設計し、以下の電池評価を行った。
【0117】
[電池セルの膨張率(スウェリングの評価)]
最初に電池安定化のため、25℃の雰囲気下、0.2Cで2サイクル充放電を行い、その後500サイクル目まで、充電0.7C、放電0.5Cで充放電を行った。この際、充電電圧は4.3V、放電終止電圧は2.5V、充電終止レートは0.07Cとした。
【0118】
500サイクル目の放電時に、電池セルの厚みを測定した。初期の電池セル(厚み5.5mm、幅34mm、縦36mm)の厚みを基準として、以下に従って、電池セルの膨張率を求めた。
膨張率(%)=(500サイクル目の厚み/5.5mm)×100
【0119】
[実施例2~28]
添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表2のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。シラン化合物の構造式は表1中に示した通りである。表1中のSi-2は、一般式(2)において、R1がビニル基、Xがビニレン基、l=3、m=2の場合である。表1中のSi-3は、一般式(3)において、R1がビニル基、Xがビニレン基、l=3、m=2の場合である。表1中のSi-4は、一般式(1)において、R1がビニル基、Xがエチレン基、l=3の場合である。表1中のSi-5は、一般式(2)において、R1がビニル基、R2がメチル基、Xがメチレン基、l=3、m=1の場合である。表1中のSi-6は、一般式(4)において、R1がビニル基、Xがメチレン基、l=3の場合である。表1中のSi-7は、一般式(5)において、R1がビニル基、R2がメチル基、Xがメチレン基、l=3の場合である。
【0120】
[実施例29~40]
ケイ素材料に追加熱処理を行い、SiとLi2SiO3の結晶性をコントロールして電池特性を確認した。温度は600~700℃の範囲で調整した。その他、添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表2のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。
【0121】
[比較例1]
添加剤(シラン化合物)を添加しなかった以外は、実施例1と同様に行った。
【0122】
[比較例2~4]
添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表2のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。ここで用いたシラン化合物はMTVS(メチルトリビニルシラン)であり、その構造式は表1中に示した通りである。MTVSは一般式(1)~(5)のいずれにも該当しない。
【0123】
【0124】
【0125】
[実施例41~42]
負極活物質として、SIE23PB(メタルSi、高純度科学)を使い、実施例1と同様の手順で負極を作成した。その他、添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表3のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。
【0126】
[実施例43~44]
負極活物質として、GEE05PB(ゲルマニウム、高純度科学)を目開き20μmで篩し、回収した粉を使い、実施例1と同様の手順で負極を作成した。その他、添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表3のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。
【0127】
[実施例45~46]
負極活物質として、SNE08PB(スズ、高純度科学)を目開き20μmで篩し、回収した粉を使い、実施例1と同様の手順で負極を作成した。その他、添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表3のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。
【0128】
[実施例47~48]
負極活物質として、SNO07PB(酸化スズ、高純度科学)を目開き20μmで篩し、回収した粉を使い、実施例1と同様の手順で負極を作成した。その他、添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表3のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。
【0129】
[比較例5~6]
負極活物質として、人造黒鉛(メジアン径15μm)を使い、実施例1と同様の手順で負極を作成した。その他、添加剤の種類(シラン化合物)と添加量を表3のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。
【0130】
[比較例7~11]
負極活物質を表3のように変更し、添加剤(シラン化合物)を添加しなかった以外は、実施例1と同様に行った。
【0131】
【0132】
表2の結果から明らかなように、ケイ素数が2以上である、本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物を添加することで、電池セルの膨張が抑制されることを確認できた。また、ケイ素材料の熱処理温度を下げると、Siの結晶化が抑制され、膨張抑制効果が向上する傾向を示した。
【0133】
表3の結果から明らかなように、メタルSi、ゲルマニウム、スズ、酸化スズを含む負極でも電池セルの膨張が抑制されることを確認できた。一方、グラファイト負極では、電池セルの膨張が抑制されなかった。すなわち、比較例5、6と、11との間でほとんど差異がない。
【0134】
本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物について、サイクリックボルタンメトリー(CV)を測定したところ、何れの化合物も0.4V付近で分解していることが明らかとなった。グラファイト負極は、0.24V以上に容量を持たないため、シラン化合物の積極的な分解と被膜形成がなされず、電池セルの膨張抑制効果が得られなかったと考えられる。
【0135】
また、グラファイト負極は、ケイ素、ゲルマニウム、スズ系の負極と比べて、容量が少ないため、電池にした際に容量が増えないという課題もある。
【0136】
本発明の非水系電解質に含まれるシラン化合物は、FEC(LUMO:-0.3921eV)と比べてLUMOが低く、負極での還元分解性に優れることが示唆された。また、HOMOもFEC(HOMO:-8.9715eV)やMTVSと比べて高い傾向にあり、LUMOの低さと相まって、還元分解後に良質な被膜を形成する被膜形成能が高いことも示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0137】
本発明によれば、電池セルの膨張を抑制できる非水系電解質を提供できる。
【0138】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。