(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-18
(45)【発行日】2025-06-26
(54)【発明の名称】幹の水ポテンシャルの予想方法および幹の水ポテンシャルの予想システム
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20250619BHJP
【FI】
A01G7/00 603
(21)【出願番号】P 2021155750
(22)【出願日】2021-09-24
【審査請求日】2024-06-12
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】山根 崇嘉
(72)【発明者】
【氏名】エムディー パーベズ イスラム
(72)【発明者】
【氏名】杉山 洋行
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-042136(JP,A)
【文献】国際公開第2017/208765(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0309659(US,A1)
【文献】特開2018-038322(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00
A01G 27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
葉の下降変位量の実測値に基づき、幹の水ポテンシャル(Ψstem)の予想値を得る幹の水ポテンシャルの予想方法であって、
前記葉の前記下降変位量は、向きが固定されたレーザー距離計により計測され、
Ψstemと前記葉の下降変位量との関係は既知であり、
計測における最初の段階において、前記レーザー距離計は、
前記葉の斜め上方から
前記葉の長さ方向で考えて前記葉の先端から20%以内の範囲の方向に指向し、且つ、前記葉の前記下降変位が生じた際に前記葉が測定範囲に収まる向きで配置され、
前記葉の前記下降変位量と前記関係に基づき、前記Ψstemの予想値を得る幹の水ポテンシャルの予想方法。
【請求項2】
前記葉における前記レーザー距離計による測距位置は、前記葉が下降するのに従って、前記葉の先端の側から根本の側に移動する請求項1に記載の幹の水ポテンシャルの予想方法。
【請求項3】
前記レーザー距離計の計測値に基づく前記葉の変位量と前記Ψstemには、線形の関係がある請求項1または2に記載の幹の水ポテンシャルの予想方法。
【請求項4】
向きが固定され、植物の葉の下降変位量を計測するレーザー距離計と、
前記植物のΨstemと前記植物の葉の下降変位量との関係を記憶した記憶部と
を備え、
計測における最初の段階において、前記レーザー距離計は、
前記葉の斜め上方から
前記葉の長さ方向で考えて前記葉の先端から20%以内の範囲の方向に指向し、且つ、前記葉の前記下降変位が生じた際に前記葉が測定範囲に収まる向きで配置され、
前記葉の下降変位量の実測値と前記関係に基づき、前記Ψstemの予想値を得る幹の水ポテンシャルの予想システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の水ストレスに係る情報を得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の育成では、灌水が重要である。植物が水分を必要としている状態は、水ストレスという概念で議論される。水ストレスを定量的に評価する指標として植物の幹の水ポテンシャル(Ψstem)が知られている(非特許文献1を参照)。また、水ポテンシャルを推定する技術として、非特許文献2や特許文献1が公知である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】PRINCIPLES OF SOIL AND PLANT WATER RELATIONS M.B. KIRKHAM Kansas State University(2005)
【文献】ウンシュウミカンの葉の萎れ角度を指標とするかん水時期の決定(中元ら、平成10年近畿中国農業研究成果情報)
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
幹の水ポテンシャル(Ψstem)を把握することで、対象となる植物への潅水のタイミングを推し量ることができる。しかしながら、後述するようにΨstemの実測は面倒であり、またリアルタイムに実測データを得るのは実用的でない。
【0006】
間接的にΨstemを得る手法として、非特許文献2に記載された葉の萎れ具合とΨstemの関係を利用した方法が考えられる。そこで、本発明者らは、桃を対象に葉の先端部分の変位(萎れによって生じる下降変位量)を計測し、対象となるΨstemとの関係を調べた。
【0007】
この結果、葉の先端部分の変位と、対象となる植物のΨstemとに相関関係が確認された。しかしながら、Ψstemの範囲によっては、葉の先端の変位からΨstemの値を予測するのは困難であった。
【0008】
具体的には、本発明者らが観察の対象とした桃は、Ψstemが凡そ-25~-5(bar)の範囲であった。ここで、Ψstem=-15~-5(bar)の範囲では、横軸をΨstem、縦軸を葉の先端の変位としたグラフがほぼ水平となり、葉の先端の変位からΨstemを予測することが困難であった。
【0009】
Ψstemが予測できれば、灌水のタイミングを予想でき、作物の育成に極めて有用となる。しかしながら、上記の傾向は他の植物でも予想され、この技術の実用化において大きな問題となっていた。
【0010】
このような背景において、本発明は、植物における葉の萎れ具合から高い精度で幹の水ポテンシャル(Ψstem)を予測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、葉の下降変位量の実測値に基づき、幹の水ポテンシャル(Ψstem)の予想値を得る幹の水ポテンシャルの予想方法であって、前記葉の前記下降変位量は、向きが固定されたレーザー距離計により計測され、Ψstemと前記葉の下降変位量との関係は既知であり、計測における最初の段階において、前記レーザー距離計は、前記葉の斜め上方から前記葉の長さ方向で考えて前記葉の先端から20%以内の範囲の方向に指向し、且つ、前記葉の前記下降変位が生じた際に前記葉が測定範囲に収まる向きで配置され、前記葉の前記下降変位量と前記関係に基づき、前記Ψstemの予想値を得る幹の水ポテンシャルの予想方法である。
【0012】
本発明において、前記葉における前記レーザー距離計による測距位置は、前記葉が下降するのに従って、前記葉の先端の側から根本の側に移動する態様が挙げられる。本発明において、前記レーザー距離計の計測値に基づく前記葉の変位量と前記Ψstemには、線形の関係がある態様が挙げられる。
【0013】
本発明は、向きが固定され、植物の葉の下降変位量を計測するレーザー距離計と、前記植物のΨstemと前記植物の葉の下降変位量との関係を記憶した記憶部とを備え、計測における最初の段階において、前記レーザー距離計は、前記葉の斜め上方から前記葉の長さ方向で考えて前記葉の先端から20%以内の範囲の方向に指向し、且つ、前記葉の前記下降変位が生じた際に前記葉が測定範囲に収まる向きで配置され、前記葉の下降変位量の実測値と前記関係に基づき、前記Ψstemの予想値を得る幹の水ポテンシャルの予想システムとして把握することもできる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、植物における葉の萎れ具合から高い精度で幹の水ポテンシャルを予測できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図3】葉の変位量とΨstemの関係を示すグラフである。
【
図4】画像から得た葉先端の変位量(下降量)とΨstemの関係を示すグラフである。
【
図5】画像から得た葉の角度とΨstemの関係を示すグラフである。
【
図6】レーザー距離計による計測値とΨstemの関係を検証するモデルを示す図である。
【
図7】
図6のモデルを基にレーザー距離計による計測値とΨstemの関係を予想したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.第1の実施形態
(概要)
図1は、実施形態の概念図である。
図1には、計測の対象となる葉100、レーザー距離計200、データ処理装置300が示されている。
図2は、
図1に示す計測の状態を実際に写真撮影した図面代用写真である。
【0017】
ここでは、対象となる植物として桃10が選択され、その葉100を計測の対象とする。ここでは、桃の例を示すが、対象となる植物の種類は特に限定されない。
【0018】
レーザー距離計200は、レーザー光を用いた光波測距の原理を利用した距離計である。レーザー距離計200としては、市販されている機材を用いている。レーザー距離計200は、位置と姿勢が固定された状態において、斜め上方から葉100の下方向への変位を計測する。レーザー距離計200は、雲台201に固定され、雲台201は三脚などの脚部202の上に固定されている。レーザー距離計200の位置と姿勢は調整可能である。
【0019】
データ処理装置300は、PC(パーソナル・コンピュータ)により構成されている。データ処理装置300は、CPU、記憶装置、入出力インターフェース、通信装置、GUI(グラフィカルユーザインターフェース)を備え、通常のPCと同様な動作および操作が可能である。データ処理装置300として、専用の演算処理装置を用意する形態、遠隔地に設置されたデータ処理サーバを利用する形態も可能である。
【0020】
データ処理装置300は、レーザー距離計200による計測値に基づき、計測の対象となる植物(この例の場合は、桃10)の幹の水ポテンシャル(Ψstem)を算出(予想)する。レーザー距離計200による計測値とΨstemの関係は予め取得され、データ処理装置300内の記憶部(例えば、ハードディス装置や半導体メモリ等)に記憶されている。
【0021】
データ処理装置300は、レーザー距離計200による計測値に基づきΨstemを予想すするΨstem予想部301と、この予想を行う演算に際して必用なデータを記憶した記憶部302を備えていると把握できる。
【0022】
レーザー距離計200は、無線LANや有線通信により、データ処理装置300に接続されている。レーザー距離計200の計測値は、データ処理装置300に入力される。この入力に基づき、上記事前に取得したデータを参照して、Ψstemが算出される。
【0023】
(計測方法)
計測の開始時において、葉100は、当該葉100を有する植物(この場合は桃10)の幹の水ポテンシャル(Ψstem)が最大(飽和状態)となるよう努める。この例では、灌水を十分に行った状態から計測を開始する。
【0024】
計測の開始時において、葉100に対してレーザー距離計200を斜め上方の位置に配置する。
図1のθは、45°~75°が適当である。θ<45°の場合、葉100の先端が下降した際に光軸が葉から外れ、距離の計測が出来なくなる可能性が増大する。θ>75°の場合、葉100の変位を正確に計測できない可能性が増大する。
【0025】
最初の段階において、計測点が葉100の先端の部分になるように、レーザー距離計200の姿勢を調整しておく。すなわち、レーザー距離計200の光軸を葉100の先端に一致させた状態とする。計測は、レーザー距離計200の位置と姿勢を固定した状態で行われる。
【0026】
桃10(葉100)が萎れ、葉100の先端が下降した際に、レーザー距離計200の測定用レーザー光が葉100から外れないようにレーザー距離計200の姿勢を決める必要がある。すなわち、萎れが進むにつれて、葉100は、その先端が下降してゆく。勿論、葉100自体も徐々に下方に移動する。この際、レーザー距離計200からの測定用レーザー光が葉100に当たり続ける必要がある。
【0027】
このために、
図1の例では、萎れが発生した際における葉100先端の想定される移動経路(通常、緩い円弧となる)とレーザー距離計200の光軸が同じ平面に含まれるように、計測開始時におけるレーザー距離計200の姿勢を調整する。簡便には、葉100の根本の部分の枝を含む鉛直面を想定し、この鉛直面とレーザー距離計200の光軸が略一致するようにする。なお、葉100とレーザー距離計200の離間距離は、15cm~50cm位が適当である。
【0028】
幹の水ポテンシャル(Ψstem)が最大の状態から時間が経過すると、葉100からの水分の蒸散に伴い、Ψstemの値は低下する。これに伴い、葉100は萎れ、葉100は重力に負け、下方に変位する。この結果、葉100は、レーザー距離計100から離れる方向に移動し、その変位量(下降変位量)がレーザー測距の原理により計測される。
【0029】
なお、後に詳述するが、
図1の状態で葉100の変位を計測した場合、当初は葉100の先端に狙いを定めていても、葉100が下降するのに従って計測点は徐々に葉100の先端から中央(先端から見た根本方向)に移動する。よって、
図1のシステムは、葉100の先端の変位を常に計測しているわけではない。
【0030】
(事前に行なうデータの取得について)
前述したように、レーザー距離計200による計測値とΨstemの関係は予め取得される。この取得について説明する。まず、サンプルとなる植物10(この場合は桃)を選択する。次に、この植物10における葉100を対象に上述した計測を行う。なお、計測の開始時において、葉100は、当該葉100を有する植物(この場合は桃10)の幹の水ポテンシャル(Ψstem)が最大(飽和状態)となるよう努める。この例では、灌水を十分に行った状態から計測を開始する。
【0031】
なお、レーザー距離計200による計測の対象とする葉は最低1枚で可能である。勿論、複数枚の葉を選択し、平均値を採用する方法も可能である。
【0032】
他方において、対象となる同じ植物の他の葉を幹の水ポテンシャル(Ψstem)計測用のサンプル葉として選択する。サンプル葉は、複数用意する。ここで、レーザー距離計200による葉100の変位を計測するが、計測値が得られたタイミングで上記サンプル葉を用いて幹の水ポテンシャル(Ψstem)の計測を行う。
【0033】
ここで計測されるのは、Ψstemと呼ばれる幹の水ポテンシャルである。幹の水ポテンシャルは直接計測できないので、ここでは、葉と樹において、含まれる水分が平衡状態に達した状態における葉の水ポテンシャルの値を計測し、それを幹の水ポテンシャルΨstemとして取得する。この場合、樹と葉で含まれる水分が平衡状態に達しているので葉の水ポテンシャルと幹の水ポテンシャルを同じとして評価できる。
【0034】
Ψstemの計測には、多様な方法があり、専用の計測装置も市販されている。ここでは、以下の方法によりΨstemを測定した。
【0035】
まず、複数のサンプル葉それぞれにおいて、葉をアルミ蒸着袋で密閉し、葉からの水分の蒸散を抑制した状態とする。そして、当該葉と樹との間で水分の移動がなくなった段階を見計らい当該葉がついた枝を切り取って密閉チャンバー(加圧チャンバー)に入れ、該枝の切断部分を密閉チャンバーの外部に出した状態で、密閉チャンバー内の空気圧を上げる。
【0036】
密閉チャンバー内の圧力を上げると、葉に空気圧がかかり、密閉チャンバー外に露出させた枝の切り口から水分が滲み出てくる。この水分が滲み出て来る状態における空気圧から、対象となる植物の幹の水ポテンシャル(Ψstem)が求まる。
【0037】
仮に、密閉チャンバー内の圧力が小さい条件で上記枝の切断部分からの水分の滲み出しが生じたとする。この場合、葉内の水分が相対的に満ち足りていたので、少しの加圧で水分の滲み出しが生じる。この場合、Ψstemは相対的に大きな値となる。すなわち、樹内の水分含量は相対的に高いという評価となる。
【0038】
他方において、密閉チャンバー内の圧力が大きい条件で上記枝の切断部分からの水分の滲み出しが生じたとする。この場合、葉内の水分が相対的に少ないので、圧力を高くしないと水分の滲み出しが生じない。この場合、Ψstemは相対的に小さな値となる。すなわち、樹内の水分含量は相対的に低いという評価となる。
【0039】
Ψstemは、対象となる植物の樹内における水分の圧力を示す指標である。Ψstemが小さい場合、当該植物は水分が足りず、水分を欲している状態であること示す。逆に、Ψstemが最大値(飽和値)である場合、当該植物は水分が足りている状態であると解釈される。
【0040】
すなわち、上記の密閉チャンバーの圧力の値に-を付けた値がΨstemとなり、上記の方法によりΨstemが求められる。
【0041】
Ψstemの最大値は、植物の種類によってほぼ決まっている。例えば、桃の場合、-3bar(-0.3MPa)程度がΨstemの最大値となる。なお、正確には、同じ植物でも品種によって多少の違いがある場合がある。
【0042】
上記のサンプルとなる葉を用いたΨstemの計測を、対象となる植物(この場合は桃)の多様な状況において行う。具体的には、レーザー距離計200の計測値として異なる値が得られる複数の状態において、その状態における上述のΨstemの計測を行う。
【0043】
ここで、レーザー距離計200により計測した葉100の変位量を縦軸、この変位量が得られたタイミングにおけるΨstemの計測値を横軸にとり、Ψstemの値をプロットする。こうして
図3のグラフを得る。葉100の変位量は、
図1におけるレーザー距離計200の光軸211上における葉の変位量である。
【0044】
図3の縦軸の変位量は、計測開始時を基準とした場合の変位量である。葉100がレーザー距離計100から離れてゆく場合、変位量は大きくなる。
【0045】
図3のグラフでは、Ψstemとレーザー距離計200が計測した葉の変位量との間に線形の相関関係が見られる。また、
図3から、計測時刻に関係なく、同様なデータが得られることが判る。
【0046】
アルミ蒸着袋で覆わないで直接計測した葉の水ポテンシャルは、夜明け前に樹全体において安定しているが、それ以外の時刻では大きく変動することが判っている。これは、測定する葉の樹内での位置により、光合成や葉からの水分の蒸散が異なるからである。これに対して、幹の水ポテンシャルは各々の葉の水ポテンシャルの変動に影響を受けず、日中でも安定して測定できる。
図3のグラフでは、レーザー距離計200が計測した葉100の変位量と樹の水ポテンシャル(Ψstem)の関係が時刻に関係なく安定して得られている。すなわち、レーザー距離計200が計測した葉100の変位量とΨstemの関係が安定して得られる。
【0047】
なお、
図3のグラフにおいて、縦軸の変位量がマイナスとなっている範囲がある。これは、計測開始後に葉100の上方への変位が見られたことを意味している。植物が十分に水を吸ったと見られた後において、温度変化、湿度変化、光合成の状態の変化といった要因により更にΨstemの上昇が観察される場合は有り得る。上記の縦軸の変位量がマイナスとなっている範囲は、この現象に関係すると考えられる。
【0048】
(処理の一例)
図3のグラフを予め取得し、そのデータをデータ処理装置300の記憶部302に記憶しておく。そして、レーザー距離計200による葉100の下降変位量の計測を行う。下降変位量は、レーザー距離計200が計測する距離の変化量として得られる。この下降変化量を
図3のグラフに当てはめ、
図3の横軸のΨstemの値を予想する。この処理は、データ処理装置300の予想部301において行われる。
【0049】
(考察)
以下、
図3に示す極めて線形性の高いデータが得られる要因について考察する。
図4は、
図1において、レーザー距離計200ではなく、画像から葉100先端の下方への変位量を検出し、それを縦軸としたグラフである。
図4の横軸は、縦軸の値が取得されたタイミングで取得されたΨstemである。
【0050】
葉100の先端は、含有水分量の低下(これは、Ψstemの低下を引き起こす)に伴い萎れ、下方に変位する。この変位量が
図4の縦軸にプロットされている。この葉100先端の変位は、緩い弧を描く軌道(経路)に沿ったものとなるが、
図4の場合は、直線方向における移動量を画像解析から算出している。
【0051】
図4から明らかなように、Ψstem=-10~-5barの範囲では、Ψstemの移動量への依存性が明確に表れていない。これは、葉100先端の移動量を画像から算出したとしても、上記の範囲ではΨstemを精度よく予測できないことを意味している。
【0052】
図5は、葉100先端の移動量ではなく、萎れによって生じる葉100の角度の変化を撮影画像から検出し、それを縦軸とした場合のグラフである。なお、横軸は、
図4と同じである。
図5の場合も
図4と同様な傾向が読み取れる。
【0053】
図4および
図5は、
図3と整合しない。以下、この点について考察する。まず、
図1のレーザー光を用いた葉100の変位の計測における最初の段階では、葉100先端にレーザー距離計200の照準を合わせてある。また、レーザー距離計200は、斜め上方から葉に100に指向させている。
【0054】
ここで、萎れに従い葉100が下方に変位すると、レーザー距離計200の計測点は、葉100の先端から徐々に葉100の根本(中央)の方向に移動する。この様子を
図6のモデルを用いて説明する。
図6には、萎れに従い葉100の先端が徐々に下降する様子が示されている。
【0055】
ここで、幹⇒枝⇒葉と繋がっている構造を考えると、萎れに従う葉の下降は、全体が一様に下降するのではなく、葉の先端で相対的に大きく、葉の根元で相対的に小さい。この結果、
図6に示すように、レーザー距離計200の計測点は徐々に葉の先端から中央部(葉の根本の方向)にずれてゆく。
【0056】
以下、上記のモデルに従って、
図4のデータから、仮に
図6のモデルに従いレーザー距離計で葉の変位を計測した場合における変位量とΨstemの関係を予想する。
【0057】
ここでは、下記のモデルを仮定する。
(1)レーザー距離計の被計測部分が、葉の先端の下降に従って、徐々に葉の中央部にずれてゆく。
(2)葉の先端は垂れて行くが、根元はそうでもない。
【0058】
図6の葉の垂れ具合の曲線は、表計算ソフトにある曲線描画ツールを使い作成した。また、葉の先端は、円弧上を移動するが、垂直に下がると仮定した。また、レーザー距離計は、斜め上から測定する形態とした。
【0059】
図6のモデルを仮定し、測定レーザー光の光軸方向における距離の変化を葉先端の鉛直方向における変化に対応させた。手順は以下の通りである。
【0060】
まず、
図4のグラフのプロット点の近似曲線から、Ψstemの値-7.5、-10、-12.5、-15、-17.5、-20barに対応する葉先端の変位距離の値12.3、16.9、27.8、44.9、68.2、97.7ピクセルを読みとった。なお、葉先端の変位距離が0ピクセルとなるΨstemの最小値は同グラフのプロット点から-3.45を使用した。次に、
図6のモデルにおける葉先端の変位に対応するレーザー測定光の光軸方向における葉の位置の変化を
図6から読み取り、その長さを図面上の見た目の長さの比から求めた。
【0061】
この結果得られたレーザー測定光の光軸方向における葉の位置の変位量は、レーザー光で測定した変位距離となる。そして、横軸にΨstem、縦軸にレーザー光で測定した変位距離をとり、
図7のグラフを作成した。
【0062】
図7は、上記(1)と(2)の仮定を前提に、
図6のモデルに従って
図4の実測データからデータを起こすことで得られた推定グラフである。
図7では、
図3と同様に横軸と縦軸の関係に高い線形性が得られている。
【0063】
図4が実測値であることを考えると、
図7の推定グラフは、実態を正確の反映しており、上記(1)と(2)の仮定および
図6のモデルの妥当性が推認できる。
【0064】
以上の考察から得られた知見を簡素にまとめると、以下のようになる。
「Ψstemの低下に従い、葉の先端は下降する。斜め上方から葉の先端にレーザー距離計を指向させると、上記葉の先端の下降に従い、計測部位は、葉の先端から根元の方向に徐々に移動する。この際の測定距離の変化とΨstemの変化には、線形に近い強い相関関係がある。この相関関係を用いて、葉の変位に係る計測値からΨstemを求めることができる。例えば桃の場合、葉の先端の移動量や角度変化に着目した場合にΨstemを求められないΨstem>-10barの範囲において、高い分解能で計測値からΨstemを求めることできる。」
【0065】
2.第2の実施形態
初期におけるレーザー距離計の照準の位置は、正確に葉の先端でなくてもよい。この場合、最初の段階におけるレーザー距離計の照準は、なるべく葉の先端の近い部分とする(勿論、葉から外れないようにする)。具体的には、計測を始める段階における照準は、葉の長さ方向で考えて先端から20%以内の範囲とすることが好ましい。
【0066】
葉の下降変位量を計測する機械として、測距機能を有するスマートフォンを利用することもできる。この場合、光軸の方向を固定し、葉の下降に従って測距点が先端の側から根本の側に徐々に移動する点に留意する。葉の下降状態に関係なく、葉の先端を測距点とした場合、
図4に示すように計測値(横軸)とΨstem(縦軸)の関係が非線形となる。
【0067】
3.第3の実施形態
Ψstemを予想する処理をサーバで行う形態も可能である。この場合、異なる複数の植物のそれぞれにおいて、
図3に対応するデータを予め取得し、それをサーバに記憶させておく。例えば、桃に関する
図3のデータ、リンゴに関する
図3のデータ、梨に関する
図3のデータ、ブドウに関する
図3のデータといったものを予め取得し、サーバに記憶しておく。
【0068】
ユーザは、
図1のようにして、萎れに従う葉100の移動量をレーザー距離計200で計測し、その計測値を上記サーバにインターネット経由で送る。この際、対象となる植物の種類を指定する。
【0069】
計測値を受け付けたサーバは、対象となる植物の
図3に対応するデータを参照し、葉の変位量から当該植物のΨstemを求める。これがΨstemの予想値となる。
【0070】
例えば、ユーザが梨を対象にΨstemを知りたいとする。この場合、梨の葉を対象に
図1に示すレーザー距離計による葉の変位量の計測を行う。この計測値を対象が梨である点と共に上記のサーバにインターネット経由で送る。このデータを受け付けたサーバは、梨に係る
図3に対応するデータにアクセスし、受け付けた計測値に基づき、梨のΨstemを予想する。この場合、計測値をサーバに送ることでリアルタイムにΨstemの予想値を得ることができる。
【0071】
4.第4の実施形態
図3のグラフを利用したΨstemの予想では、縦軸の変位量の絶対値の信頼性が重要となる。すなわち、変位の起点(原点)が、
図3のリファレンスデータを得た際と、実際の計測を行った際で異なっていると、予想されるΨstemの値の信頼性が低下する。
【0072】
この問題への対応として、計測開始時の灌水の状態をなるべく同じとする方法があるが、ここでは他の手法を説明する。
【0073】
まず、
図3のデータを得ておく。これは、第1の実施形態の場合と同じである。次に、実際の計測において、
図3の縦軸に対応する変位量を2点以上計測する。次に、この2点以上の点にフィッティングし、
図3のグラフと同様の傾きを持った直線を設定する。そして、このグラフを
図3のグラフに一致させるのに必要な縦軸の値の補正値γを求める。
【0074】
この補正値γは、例えば+10mmや-5mmといった値となる。この補正値γを実際の計測時の計測値αに加え、α+γを
図3の縦軸に当てはめ、横軸のΨstemの値を予想する。
【0075】
この方法によれば、事前に得る
図3のデータの取得時における灌水の状態と、実際の計測時における灌水の状態に違いがあっても、その違いを是正できる。もちろん、実際の計測時と
図3の事前に得るデータの取得時において、潅水の状態を極力同じとする方が好ましいことは言うまでもない。
【符号の説明】
【0076】
10…植物、100…葉、200…レーザー距離計、201…雲台、202…脚部、300…データ処理装置(PC)。