(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-30
(45)【発行日】2025-07-08
(54)【発明の名称】電子エネルギー損失分光検出器を備えた透過型荷電粒子顕微鏡
(51)【国際特許分類】
G01N 23/02 20060101AFI20250701BHJP
H01J 37/26 20060101ALI20250701BHJP
H01J 37/05 20060101ALI20250701BHJP
G01N 23/04 20180101ALI20250701BHJP
【FI】
G01N23/02
H01J37/26
H01J37/05
G01N23/04
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021052954
(22)【出願日】2021-03-26
【審査請求日】2024-03-01
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501233536
【氏名又は名称】エフ イー アイ カンパニ
【氏名又は名称原語表記】FEI COMPANY
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100135079
【氏名又は名称】宮崎 修
(72)【発明者】
【氏名】ペーター クリスティアン ティーメイヤー
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-012583(JP,A)
【文献】米国特許第10224174(US,B1)
【文献】特開2004-265879(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0276130(US,A1)
【文献】特開2004-279407(JP,A)
【文献】Alan J. Craven, et al.,Getting the most out of a post-column EELS spectrometer on a TEM/STEM by optimising the optical coupling,Ultramicroscopy,2017年04月10日,180,66-80,http://dx.doi.org/10.1016/j.ultramic.2017.03.017
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
H01J 37/00 - H01J 37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過型荷電粒子顕微鏡であって、
-荷電粒子ビームを放出するための荷電粒子ビーム源と、
-試料を保持するための試料ホルダと、
-前記荷電粒子ビーム源から放出された前記荷電粒子ビームを前記試料に方向付けるための照明器と、
-第1の倍率で前記試料の回折パターンを形成および画像化するための投影システムであって、前記投影システムは、少なくとも最終プロジェクタレンズを含む、投影システムと、
-電子エネルギー損失分光検出器と、
-前記透過型荷電粒子顕微鏡の動作を制御するための制御ユニットと、を含み、
前記透過型荷電粒子顕微鏡は、前記回折パターンが実質的に焦点が合った状態に維持しながら前記第1の倍率を実質的にもたらす少なくとも2つのモードで動作するように配置されており、前記少なくとも2つのモードは、
-前記最終プロジェクタレンズの第1の設定を有する第1のモードと、
-前記最終プロジェクタレンズの第2の設定を有する第2のモードと、を含むことを特徴とする、透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項2】
前記第1の設定は、前記最終プロジェクタレンズが実質的に有効にされることを含む、請求項1に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項3】
前記第1のモードは、超高分解能EELSモードを含む、請求項1または2に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項4】
前記第2の設定は、前記最終プロジェクタレンズが実質的に無効にされていることを含む、請求項1から3いずれか1項に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項5】
前記第2のモードは、低HT EELSモードを含む、請求項1から4いずれか1項に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項6】
前記投影システムは、後側焦点面において前記試料の回折パターンを形成するための対物レンズを含む、請求項1から5いずれか1項に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項7】
前記第1の倍率は、約100mm以下の前記投影システムの有効焦点距離に対応する、請求項1から6いずれか1項に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項8】
前記投影システムは、前記回折パターンを回折パターン入口開口に焦点を合わせるように配置されている、請求項1から7いずれか1項に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項9】
前記投影システムは、第1の投影レンズを含む、請求項1から8いずれか1項に記載の透過型荷電粒子顕微鏡。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の透過型電子顕微鏡を操作する方法であって、
-試料を提供するステップと、
-前記試料上で前記第1のモードで前記透過型電子顕微鏡を操作するステップと、
-前記
投影システム
の設定を前記第1の設定から前記第2の設定に変更することにより、前記透過型電子顕微鏡を前記第2のモードにするステップと、
-同じ前記試料上で前記第2のモードで前記透過型電子顕微鏡を操作するステップと、を含む、方法。
【請求項11】
前記方法は、
-前記第1のモードにおいて、前記試料の第1のEELSスペクトルを記録するステップと、
-前記第2のモードにおいて、前記試料の第2のEELSスペクトルを記録するステップと、を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記方法は、前記最終プロジェクタレンズを基本的に「オン」から基本的に「オフ」に切り替えるステップを含む、請求項10または11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
概要
本発明は、荷電粒子ビームを放出するための荷電粒子ビーム源、試料を保持するための試料ホルダ、荷電粒子ビーム源から放出された荷電粒子ビームを試料上に方向付けるための照明器、および透過型荷電粒子顕微鏡の動作を制御するための制御ユニットを含む透過型荷電粒子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子顕微鏡法は、特に電子顕微鏡の形態で、微小物体を画像化するための周知の、かつますます重要な技術である。これまで、基本的な種類の電子顕微鏡は、透過型電子顕微鏡(TEM)、走査電子顕微鏡(SEM)、および走査透過型電子顕微鏡(STEM)のような、いくつかの周知の装置類に進化してきており、さらには、例えば、イオンビームミリングまたはイオンビーム誘導蒸着(IBID)のような支援作用を可能にする集束イオンビーム(FIB)をさらに採用した、いわゆる「デュアルビーム」装置(例えば、FIB-SEM)のような様々な補助装置類に進化してきている。当業者は、様々な種の荷電粒子顕微鏡に精通しているであろう。
【0003】
走査電子ビームによる試料の照射は、2次電子、後方散乱電子、X線、および陰極線発光(赤外線、可視光、および/または紫外線の光子)の形態の、試料からの「補助」放射線の放出を促進する。この放出放射線の1つ以上の成分は、試料分析のために検出および使用され得る。
【0004】
試料を分析する1つの方法は、電子エネルギー損失分光(EELS)モジュールを利用することである。電子エネルギー損失分光法(EELS)では、材料は、既知の狭い範囲の運動エネルギーを有する電子ビームに曝露される。電子の一部は、非弾性散乱を受けるが、これは、これらの電子がエネルギーを失って、これらの電子の進路がわずかに偏向される場合があることを意味している。エネルギー損失の量は、電子分光計により測定することができ、エネルギー損失の量から、エネルギー損失の原因が何であったかを解明することができる。非弾性相互作用は、フォノン励起、バンド間遷移およびバンド内遷移、プラズモン励起、内殻電離、およびチェレンコフ放射を含む。内殻電離は、材料の元素成分を検出するのに特に有用である。例えば、予想よりも多い数の電子が、材料に入ったときに有していたエネルギーよりも285eV少ないエネルギーで材料を通過することを見出す場合がある。これはほぼ、内殻電子を炭素原子から取り出すために必要なエネルギー量であり、これは、かなりの量の炭素が試料内に存在する証拠と見なすことができる。注意を払って、広範囲のエネルギー損失について考えると、ビームが衝突する原子のタイプ、および各タイプの原子の数を決定することができる。また、散乱角(つまり、電子の進路が偏向される大きさ)を測定して、非弾性散乱を引き起こした材料励起が何であれその分散関係に関する情報を得てもよい。
【0005】
EELSにはいくつかの基本的な種類があり、主に形状と入射電子の運動エネルギー(典型的に、キロ電子ボルト(keV)で測定)によって分類される。おそらく今日最も一般的なのは透過型EELSであり、この場合、運動エネルギーは、典型的に100~300keVであり、入射電子は、完全に材料試料を通過する。通常、これは透過型電子顕微鏡(TEM)、特に走査透過型電子顕微鏡(STEM)で生じる。
【0006】
STEMでは、プローブ形成光学系が小さなプローブにおいて試料に照明を集中させる。このようなプローブの半収束角は、プローブのサイズを悪化させる光学収差を制限するために、この角度を制限したいという希望と、プローブ内の電流を最大化し、波の回折効果によるぼやけを最小化するために、この角度を最大化したいという希望とのバランスである。典型的に、収差補正器を有していないSTEM顕微鏡では、プローブサイズは2Åほどの小ささであり、半収束角は10mradほどの大きさであり得、収差補正器を有するSTEM顕微鏡では、プローブサイズは0.5Åほどの小ささであり、半収束角は40mradほどの大きさであり得る。
【0007】
通常、STEMでは、試料がかなり薄いため、プローブ内の電子の大部分は試料と相互作用しない。プローブ内の一部の電子は、(エネルギーを失うことなく)試料上で弾性的に散乱することがあるため、顕著な方向転換が発生することがある。他の電子は、(方向を大きく変えることなく)試料上で非弾性的に散乱することがあるため、顕著なエネルギー損失が発生することがある。電子のわずかな部分は、弾性および非弾性の複数の相互作用を発生することがある。
【0008】
散乱角の分布は、最初の画像形成レンズ(通常は対物レンズ)の後側焦点面において観察することができる。この平面では、特定の方向に試料を出たすべての電子は、試料での電子の位置に関係なく、単一の点に集束される。出口角度の分布のこの2次元画像は、回折パターンと呼ばれる。対物レンズの下流のレンズは、このパターンを顕微鏡の端部にある何らかの検出器に伝送し、この検出器において回折パターンの拡大画像を形成するように構成することができる(「回折構成」)。代替的に、いくつかのタイプの電子顕微鏡では、これらのレンズは、この検出器において試料の拡大画像を形成するように構成することもできる(「画像化構成」)。そのような検出器は、例えば、表示スクリーン、またはピクセル化された画像検出器、または本発明のように、EELS分光計とすることができる。EELS分光計を使用する場合、顕微鏡のレンズは通常回折構成であり、それは、分光計の入口開口が、出口角度の明確に規定された円錐を選択するからであり、これにより、EELS信号の良好な定量的解釈が容易になる。
【0009】
弾性的に散乱しなかった電子は、入ったときとほぼ同じ角度で試料から出る。この部分は、回折パターンにおいて、出るビームの明るいディスクとして見え、明視野(BF)ビームまたはBFディスクと呼ばれる。BFビームの半角度は、基本的にプローブの半収束角度と等しい。弾性的に散乱した電子は、最大約100mradまで方向を変えることができる。この部分は、BFディスクの周りの低強度のハローとして見え、暗視野(DF)ビームまたはDFディスクと呼ばれる。BFビームおよびDFビームの両方は、エネルギー損失が発生し、これによりEELS情報を担持する電子を含み、この電子の割合は、BFビームおよびDFビームにおいて基本的に同じである。当然のことながら、BFビームの強度がはるかに高いため、絶対数では、ほとんどのEELS情報は、BFビームによって担持される。したがって、高いEELS信号を得るために、EELS分光計が少なくとも試料を出る完全なBFビームを捕捉するように、試料とEELS分光計の間に光学系を設定することが望ましい。これは、EELS分光計が、照明プローブ内の電子の円錐と同じサイズの、試料を出る電子の円錐を少なくとも捕捉することが望ましいことを意味する。従来、EELSは、TEMが対物レンズの後側焦点面からEELS分光計へ適切に伝送するのが困難ではない、試料の出口角度およびエネルギー損失を有する電子に対して行われる。従来の条件は、例えば、ビームエネルギーE0約200keV、エネルギー損失E約1000eV、エネルギー分解能ΔE約0.2eV、および試料でのα約10mradに対応するフィルター収集角度である。しかし、近年、従来の範囲を超えてEELSへの関心が高まっている。
【0010】
いわゆる低高張力(低HT)EELSでは、より小さなビームエネルギーE0約60~100keVが使用され得る。低HTの利点の1つは、一般に、照明ビームが試料に与える損傷が少ないことである。より低HTの別の利点は、EELSにおけるエネルギー分解能がより優れていることであり、それは、第1に、エネルギー分解能がビームエネルギーに比例するからであり、第2に、ビームのより低いエネルギーが、EELS検出器におけるピクセル間のより少ないクロストークにつながるからである。この非伝統的な形式のEELSは、以前に遭遇したビームエネルギー(E0)と比較して、より大きなエネルギー損失(E)をもたらし、これは、顕微鏡によって回折面からEELS分光計へ適切に伝送することができる電子エネルギーの相対範囲E/E0に対して新たな要求を課す。この範囲E/E0の増加につながる別の開発は、より高いエネルギー範囲を取り扱うことができるEELS分光計の開発である(例えば、本発明者によるUS9978561B2およびUS10559448B2を参照)。このような非常に広いエネルギー範囲により、例えば、Si-K(1832eV)、Sn-L(3860eV)、W-L(10keV)などの、ディープコア損失の研究が可能になる。特に、一般に微弱信号を有するこれらのディープコア損失の場合、これらの信号が大きな収集角度で収集されることは、良好な信号および良好な定量化にとって有益であることに留意されたい。
【0011】
いわゆるプローブ補正EELSでは、最大40mradのより大きなプローブ収束角が使用され、その結果、最大40mradの試料におけるより大きなフィルター収集角度αが望ましい。
【0012】
いわゆる超高分解能(UHR)EELSでは、改善されたエネルギー分解能ΔE約0.02eV以上が採用されている。すべてのEELS信号が、試料内の電子と相互作用するビーム内の電子において発生する従来のEELSとは異なり、UHR EELSでは、一部の信号は、試料内の核子と相互作用するビーム内の電子において発生することができる。核子は電子よりもはるかに重いため、核子と相互作用するこれらの電子は、一般に、著しく高すぎる角度で散乱される。したがって、これらの信号の場合、UHR EELSは、試料におけるフィルター収集角度α約10-100mradで動作することが望ましい。また、この場合、これらの信号が大きな収集角度で収集されることは、良好な信号および良好な定量化にとって有益である。
【0013】
分光計の入口開口のサイズが制限されているため、より大きな収集角度により、対物レンズの後側焦点面からEELS分光計までの(10倍~100倍への)より小さな倍率が必要となる。この制限は、EELS分光計の光学収差によって課され、この光学収差は、電子が軸から大きく(例えば、3mmを超えて)外れて移動すると、EELS検出器においてぼやけを生じる。このようなぼやけは、分光計のエネルギー分解能を損なう。TEMおよびSTEMでは、試料の下流のレンズが、最大倍率(典型的に、試料から検出器まで100,000~1,000,000倍)に設計および最適化されているため、このような低い倍率により、これらのレンズは、最小収差で機能する範囲外で使用され、また、特に、大きなE/E0および/または改善されたエネルギー分解能と組み合わせると、EELSスペクトルに収差および歪みを生じる可能性がある。
【発明の概要】
【0014】
特に、非常に大きな収集角度(TEM画像化システムの非常に低い倍率に相当)の場合、TEMの画像化システムの従来の光学系がEELSの性能を妨げることが判明している。したがって、本発明の目的は、改良された透過型荷電粒子顕微鏡を提供することである。
【0015】
この目的のために、本発明は、請求項1に定義される透過型荷電粒子顕微鏡を提供する。透過型荷電粒子顕微鏡は、荷電粒子ビームを放出するための荷電粒子ビーム源、試料を保持するための試料ホルダ、および荷電粒子ビーム源から放出された荷電粒子ビームを試料上に方向付けるための照明器を含む。さらに、透過型荷電粒子顕微鏡は、電子エネルギー損失分光法(EELS)検出器を備える。試料とEELS検出器との間に、第1の倍率で試料の回折パターンを形成および画像化するための投影システムが設けられている。上記のように、投影システムのレンズは、回折構成に設定することができ、これにより、該第1の倍率の検出器において回折パターンの拡大画像を形成するか、または投影システムのレンズは、画像構成に設定することができ、これにより、検出器において試料の拡大画像を形成する。典型的に、投影システムが複数のレンズで構成されている場合、投影システムにおいて、試料の複数の中間画像および回折パターンの複数の中間画像が生じる。回折構成では、回折パターンの中間画像はしばしば、それぞれ増大するサイズのものであり、検出器での最終的な回折パターンは最大サイズであり、該第1の倍率を有する。同時に、回折構成でも、試料の中間画像は、最小サイズを有し、通常はプロジェクタカラムにおける最後のレンズの直後のどこかにある試料の最後の画像まで、減少するサイズのものである。この最後の画像は非常に小さいため、通常は点と見なされ、この点は、最後のクロスオーバと呼ばれる。一部のタイプの電子顕微鏡では、プロジェクタシステムは、画像化構成に切り替えられてもよい。このような画像化構成では、しばしば、試料の中間画像はそれぞれ増大するサイズのものであり、検出器での最終的な試料画像は最大サイズである。同時に、画像化構成でも、回折パターンの中間画像は、最小サイズを有する、通常はプロジェクタカラムにおける最後のレンズの直後のどこかにある回折パターンの最後の画像まで、減少するサイズのものである。非常に小さいため、この最後の回折パターンは点と見なすことができ、この点は最後のクロスオーバと呼ばれる。しばしば、最後のクロスオーバは、単にクロスオーバと称される。本発明は、回折構成でのみ動作することができるプロジェクタシステムを備えた顕微鏡、および回折構成ならびに画像化構成で動作することができるプロジェクタシステムを備えた顕微鏡にも同様に適用されることに留意すべきである。
【0016】
本明細書で定義されるように、該投影システムは、少なくとも、試料の回折パターンの画像を形成するために配置された画像化レンズである最終的なプロジェクタレンズを含む。投影システムは、所望の倍率を提供するために、該回折パターンの焦点を提供するために、および所望の位置でクロスオーバを確立するために配置されている。これには通常、合計で少なくとも3つの画像化レンズが必要であり、それぞれが倍率、焦点、およびクロスオーバ位置の上記要求のいずれか1つに起因する。投影システムは、一実施形態では、回折レンズ、中間レンズ、第1のプロジェクタレンズ、および第2のプロジェクタレンズを含んでもよい。一実施形態では、本明細書で定義される最終的なプロジェクタレンズは、該第2のプロジェクタレンズによって形成される。これらのレンズの名前は、従来のTEMにおけるそれらの主な機能を反映している。
【0017】
EELS検出器は、分散装置、追加の投影システム、および検出システムを含んでもよく、検出システムは、例えば、荷電粒子検出器素子のピクセルアレイを含む。該分散装置は、電子をそれらのエネルギー損失に従って分散させるために配置され、該追加の投影システムは、該検出システム上で、該分散された電子を拡大および画像化するために配置される。具体的には、分散装置は、(中間)平面(スペクトル平面)においてクロスオーバの画像を作成し、異なるエネルギー損失の電子が、スペクトル平面の異なる位置にクロスオーバの画像を形成する。
【0018】
スペクトル平面では、分散装置は、クロスオーバの画像を分散方向で焦点合わせするだけでよいことに留意されたい。この画像を非分散方向で焦点合わせする必要はなく、それは、このような非分散方向における焦点ぼけは、エネルギー分解能に影響を与えないからである。通常、あるエネルギー損失値における合計強度を、検出器の単一ピクセルに集中させるのではなく、その代わりにピクセルの特定の1つの列(または1つ以上の細長いピクセル)に集中させるために、スペクトル平面における非分散方向のある程度の焦点ぼけが意図的に作成される。したがって、検出器での画像は、各ポイントにおける強度があるエネルギー損失における合計強度を表す、強度の線ではなく、むしろ、ある列にわたって積分された強度があるエネルギーにおける合計強度を表す、強度の長方形である。
【0019】
上記のように、クロスオーバは非常に小さく、点として近似することができる。この近似では、分散装置に光学的欠陥がない場合、スペクトル平面におけるエネルギー分解能は無限に完全になる。しかしながら、プロジェクタシステムがクロスオーバにアーティファクトを導入すると(例えば、レンズの球面収差または色収差のため)、クロスオーバは、有限サイズにぼやけ、スペクトル平面でのぼやけた画像は、エネルギー分解能を損なう。
【0020】
本明細書で定義される透過型荷電粒子顕微鏡は、透過型荷電粒子顕微鏡の動作を制御するための制御ユニットを含む。
【0021】
本明細書で定義されるように、透過型荷電粒子顕微鏡は、該回折パターンが実質的に焦点合わせされた状態に維持しながら、かつ該クロスオーバを実質的にある所望の位置に維持しながら、回折パターンの該第1の倍率を実質的にもたらす少なくとも2つのモードで動作するように構成されている。制御ユニットは、これらのモードを切り替えるように構成されてもよく、透過型荷電粒子顕微鏡のユーザが、例えば、グラフィカルユーザインターフェースを用いて所望のモードを設定してもよいと考えられる。これらのモードを設定する他の方法も考えられる。
【0022】
本明細書で定義されるように、少なくとも2つのモードは、該最終プロジェクタレンズの第1の設定を有する少なくとも第1のモードと、該最終プロジェクタレンズの第2の設定を有する少なくとも第2のモードと、を含む。第2の設定は、第1の設定とは実質的に異なる。第1および第2の設定は、最終プロジェクタレンズの励起設定に関連する。
【0023】
本明細書で定義されるような投影システムは、最終投影レンズを含むことに留意されたい。当然のことながら、投影システムは、回折パターンの画像を形成するために、特に最終プロジェクタレンズの上流に設けられた追加のプロジェクタレンズを含んでもよい。さらに、最終プロジェクタレンズのさらに下流に1つ以上のさらなるプロジェクタレンズが設けられることも考えられるが、本開示を考慮すると、最終プロジェクタレンズは、原則的に、2つのモードのうちの少なくとも一方における投影システムの本当の最終レンズである。これは、最終投影レンズが、少なくとも2つのモードのうちの少なくとも一方において、第1の倍率で試料の回折パターンを形成および画像化するために配置されることを意味する。
【0024】
本明細書で定義される透過型荷電粒子顕微鏡の投影システムの2つのモードにより、ビームを散乱面からEELS分光計に忠実に伝送することが可能である。これは、従来の範囲の収集角度およびエネルギー損失(すなわち、従来のEELS)だけでなく、高いエネルギー損失(E/E0>2%)との組み合わせ、または極限エネルギー分解能との組み合わせにおいても、非常に高い収集角度にも当てはまる。検出器の回折パターンの同じ第1の倍率を維持しながら、プロジェクタレンズの第1の設定と第2の設定との切り替えを可能にすることによって、上述の異なるEELSモードである場合があるこれらの異なるモードのために投影システムを最適化することが可能である。したがって、本明細書で定義される荷電粒子顕微鏡を使用すると、最終プロジェクタレンズの励起設定を変更することによって、異なるモードを異なる方法で最適化することが可能になる。これは、例えば、色収差に関して、またはより高次の収差に関して行われてもよい。これにより、本発明の目的が達成される。
【0025】
同じ第1の倍率を維持しながら、それぞれが最終プロジェクタレンズに対して異なる設定を有する2つのモードの使用は、EELSが従来技術のTEMまたはSTEMで実装され、実行された方法とは異なることに留意されたい。従来技術のTEMまたはSTEMでは、回折パターンの各倍率に対して画像化レンズの単一の設定しか存在しない。したがって、従来技術のTEMまたはSTEMは、所与の倍率に対するモードの範囲を提供しない。
【0026】
さらなる実施形態およびそれらの利点を以下に説明する。
【0027】
一実施形態では、該第1の設定は、該最終プロジェクタレンズが実質的に有効にされることを含む。これにより、クロスオーバ形成光線を最終プロジェクタレンズの上流のレンズにおける軸に近づけることができ、これにより、投影システムの球面収差が低減されることがある。これは、極限エネルギー分解能において大きな許容角度と共に使用する場合に特に有益であり、極限エネルギー分解能においては、クロスオーバにおける画像には、(極限エネルギー分解能に達するために)ぼやけはほとんどないはずである。したがって、一実施形態では、該第1のモードは、超高分解能EELSモードを含む。
【0028】
一実施形態では、該第2の設定は、該最終プロジェクタレンズが実質的に無効にされることを含む。有利には、これにより、最終クロスオーバと最終プロジェクタレンズとの間の距離を変更することができる。これは、一実施形態において、該最終プロジェクタレンズの上流の追加レンズのレンズ励起および/または設定も同様に変更されることを必要とする場合がある。いずれにせよ、最終クロスオーバと最終プロジェクタレンズの間の距離を大きくすると、主に投影システムの色収差の結果である、低HT(極端に大きなエネルギー損失)EELSにおいて見られる実験的アーティファクトが減少する。したがって、一実施形態では、該第2のモードは、低HT EELSモードを含む。
【0029】
一実施形態では、該投影システムは、後側焦点面において試料の回折パターンを形成するための対物レンズを含む。
【0030】
一実施形態では、該第1の倍率は、約100mm以下の該投影システムの有効焦点距離に対応する。ここで、有効焦点距離は、第1の画像化レンズの焦点距離に、このレンズの後側焦点面から検出器までの倍率を掛けたものとして定義される。
【0031】
一実施形態では、該投影システムは、該回折パターンの焦点を回折パターン入口開口に合わせるために配置されている。回折パターン入口開口は、分散装置の入口部分であってもよく、または分散装置の上流に設けられていてもよい。
【0032】
一態様によれば、透過型電子顕微鏡を操作する方法が提供され、該方法は、
-試料を提供するステップと、
-該試料上で該第1のモードで該透過型電子顕微鏡を操作するステップと、
-該プロジェクタシステム設定を該第1の設定から該第2の設定に変更することにより、該透過型電子顕微鏡を該第2のモードにするステップと、
-該同じ試料上で該第2のモードで該透過型電子顕微鏡を操作するステップと、を含む。
【0033】
本明細書で定義されるように、透過型荷電粒子顕微鏡は、該回折パターンが実質的に焦点合わせされた状態に維持しながら、該第1の倍率を実質的にもたらす少なくとも2つのモードで動作するように配置されている。ユーザは、コンピュータまたは他の入力装置を使用して、これらのモードを切り替えてもよい。さらに、第1のモードから第2のモードへの切り替えのために制御ユニットが使用されることが考えられる。
【0034】
本明細書で定義されるように、少なくとも2つのモードは、該最終プロジェクタレンズの第1の設定を有する少なくとも第1のモードと、該最終プロジェクタレンズの第2の設定を有する少なくとも第2のモードと、を含む。第2の設定は、第1の設定と実質的に異なる。第1および第2の設定は、最終プロジェクタレンズの励起設定に関連する。
【0035】
最終プロジェクタレンズの設定を変更することにより、一実施形態では、異なるEELSスペクトルを記録することが可能である。この方法は、該第1のモードにおいて、該試料の第1のEELSスペクトルを記録するステップと、該第2のモードにおいて、該試料の第2のEELSスペクトルを記録するステップとを含むと考えられる。第1のEELSスペクトルは、第2のEELSスペクトルとは異なる。
【0036】
一実施形態では、この方法は、該最終プロジェクタレンズを基本的に「オン」から基本的に「オフ」に切り替えるステップを含む。
【0037】
この方法のさらなる実施形態は、透過型荷電粒子顕微鏡に関して上で考察されている。
【図面の簡単な説明】
【0038】
ここで、本明細書において開示される装置および方法が、例示的な実施形態および添付の概略図面に基づいてより詳細に説明される。
【0039】
【
図2】本明細書で定義された投影システムの拡大縦断面図を示す。
【
図3】投影システムを含む分光装置の拡大断面図を示す。
【
図5a】従来技術によるEELSスペクトルのEELS検出器上の画像を示す。
【
図5b】従来技術によるおよび本発明の1つのモードによる、EELSスペクトルのEELS検出器上の画像を示す。
【
図6】従来技術によるEELSスペクトルのゼロ損失ピークの例を示す。
【
図7】本発明で得られたEELSスペクトルのゼロ損失ピークの例を示す。
【
図8a】最終投影レンズの様々な設定での投影システムを示す。
【
図8b】最終投影レンズの様々な設定での投影システムを示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
図面において、適切な場合、対応する部分は、対応する参照符号を使用して示される。概して、図は縮尺通りではないことに留意されたい。
【0041】
図1は、透過型荷電粒子顕微鏡Mの実施形態の非常に概略的な図であり、透過型荷電粒子顕微鏡Mは、この場合、TEM/STEMである(しかしながら、本開示の文脈において、透過型荷電粒子顕微鏡は、例えば、イオンベース顕微鏡または陽子顕微鏡でも有効であり得る)。
図1において、真空筐体E内では、(例えば、ショットキーエミッタのような)電子源4が、電子-光学照明器6内を通過する電子のビーム(B)を生成し、電子-光学照明器6は、電子ビームを試料Sの選択された部分へ方向付ける/集束させるように機能する(試料Sは、例えば、(局所的に)薄くされてもよい/平坦化されてもよい)。この照明器6は、電子-光学軸線B’を有し、多種多様な静電/磁気レンズ、(走査)偏向器(複数可)D、補正器(非点収差補正装置のような)などを広く含み、典型的に、照明器6は、集光レンズ系を含むこともできる(部品6の全体は、「集光レンズ系」と称される場合がある)。
【0042】
試料Sは、試料ホルダH上に保持されている。ここに示すように、(筐体E内の)このホルダHの一部は、位置決め装置(ステージ)Aによって複数の自由度で位置決め/移動させることができるクレードルA’に取り付けられている。例えば、クレードルA’は、(とりわけ)X、Y、およびZ方向に変位してもよく(図示のデカルト座標系を参照)、Xに対して平行な長手方向軸を中心に回転させられてもよい。このような動きにより、試料Sの様々な部分が、軸B’に沿って移動する電子ビームによって照射/画像化/検査される(および/または[偏向器(複数可)Dを使用して]ビームスキャンの代わりにスキャン動作が実行され、および/または試料Sの選択された部分が、例えば、(図示されていない)集束イオンビームによって機械加工される)。
【0043】
軸線B’に沿って移動する(収束)電子ビームBは、試料Sと相互作用して、(例えば)2次電子、後方散乱電子、X線、および光照射線(陰極線発光)を含む様々なタイプの「誘導」放射線を試料Sから放出させる。必要に応じて、これらの放射線タイプのうちの1つ以上は、検出器22を用いて検出することができ、検出器22は、例えば、複合型シンチレータ/光電子増倍管、またはEDX(エネルギー分散型X線分光)モジュールであってもよく、このような場合では、画像は、SEMにおけるのと基本的に同じ原理を使用して構成することができる。しかしながら、代替的に、または補足的に、試料Sを横断(通過)し、試料から出射(放出)され、軸線B’に沿って伝搬し続ける(ただし、実質的には、概して、ある程度の偏向/散乱を受ける)電子を調査することができる。このような透過電子束は、多種多様な静電レンズ/磁気レンズ、偏向器、補正器(非点収差補正装置のような)などを広く含む画像化システム(複合型対物レンズ/投影レンズ)24に入射する。
【0044】
通常の(非走査)TEMモードでは、この画像化システム24は、透過電子束を蛍光スクリーン26に集束させることができ、蛍光スクリーン26は、必要に応じて、軸線B’の邪魔にならないように格納/回収することができる(矢印26’によって概略的に示される)。試料Sの(一部の)画像(または、ディフラクトグラム)は、画像化システム24によりスクリーン26上に形成され、この画像は、筐体Eの壁の好適な部分に位置するビューイングポート28を通じて見ることができる。
【0045】
スクリーン26上の画像を見ることの代替として、画像化システム24から出射する電子束の収束の深さが普通、極めて大きい(例えば、約1メートル)という事実を代わりに利用することができる。その結果、TEMカメラ30のような様々なタイプの検知デバイス/分析装置をスクリーン26の下流で使用することができる:
-TEMカメラ30。カメラ30の位置では、電子束が静止画像(または、ディフラクトグラム)を形成することができ、静止画像をコントローラCによって処理し、例えば、フラットパネルディスプレイのような表示デバイス(図示せず)に表示することができる。必要ではない場合、カメラ30は、カメラを軸線B’の邪魔にならないように、(矢印30’で概略的に示すように)格納/回収することができる。
-STEMレコーダ32。レコーダ32からの出力は、試料S上のビームBの(X,Y)走査位置の関数として記録することができ、X,Yの関数としてのレコーダ32からの出力の「マップ」である画像を構成することができる。レコーダ32は、カメラ30に特徴的に存在する画素のマトリックスとは異なり、例えば、20mmの直径を有する単一画素を含むことができる。さらに、レコーダ32は概して、カメラ30(例えば、102画像/秒)よりもはるかに高い取得レート(例えば、106箇所/秒)を有する。この場合も同じく、必要でない場合、レコーダ32は、レコーダを軸線B’の邪魔にならないように(矢印32’で概略的に示すように)格納/回収することができる(しかしながら、このような格納は、例えば、ドーナツ状の環状暗視野レコーダ32の場合には必要とされないが、このようなレコーダでは、レコーダが使用されないときには中心孔がビームを通過させる)。
カメラ30またはレコーダ32を使用して画像化を行うことの代替として、例えば、EELSモジュールとすることができる分光装置34を駆動することもできる。
【0046】
部品30、32、および34の順序/位置は厳密ではなく、多くの可能な変形が考えられることに留意されたい。例えば、分光装置34は、画像化システム24と一体化することもできる。
【0047】
コントローラ(複合型コントローラおよびプロセッサとすることができる)Cは、図示の様々な構成要素に制御線(バス)C’を介して接続されることに留意されたい。コントローラは、ユーザインターフェース(UI)が設けられ得るコンピュータスクリーン51に接続することができる。このコントローラCは、動作を同期させること、設定値を提供すること、信号を処理すること、計算を実行すること、およびメッセージ/情報を表示デバイス(図示せず)に表示することのような様々な機能を提供することができる。(概略的に図示される)コントローラCは、筐体Eの内部または外部に(部分的に)あるようにすることができ、単体構造または複合構造を必要に応じて有することができることが理解されよう。当業者であれば、筐体Eの内部が厳密な真空に維持される必要がないことを理解するであろう。例えば、いわゆる「環境的TEM/STEM」において、所与のガスのバックグラウンド雰囲気が、筐体E内に故意に導入/維持される。当業者であれば、実際には、筐体Eの容積を限定することが有利である場合があることも理解するであろう。これにより、可能な場合、筐体Eの容積は、基本的に軸線B’に沿って延び、使用される電子ビームが通過する(例えば、直径が約1cmの)小さなチューブの形態をなすが、電子源4、試料ホルダH、スクリーン26、カメラ30、レコーダ32、分光装置34などの構造を収容するために広がっている。
【0048】
図2は、本明細書で定義されるような画像化システム24のより詳細な実施形態を示す。画像化システム24は、試料Sと分散装置3の入口開口3aとの間に設けられている(
図3も参照)。示された画像化システム24は、対物レンズOおよび投影システム25を備える。投影システム25は、いくつかの異なるレンズ、示された実施形態では、合計4つのレンズを含む。これらのレンズは、順に、回折レンズD、中間レンズI、第1のプロジェクタレンズP1、および第2のプロジェクタレンズP2である。第2のプロジェクタレンズP2は、本明細書で定義される最終プロジェクタレンズP2を構成している。当業者に知られているように、対物レンズと投影システム25との間に、任意選択的な球面収差および/または色収差補正器(図示せず)が配置されてもよい。
【0049】
ここで
図3を参照すると、これは、
図1の分光装置34の実施形態のさらに詳細な拡大図を示している。
図3では、(試料S内および画像化システム24内を通過した)電子束1が、電子-光軸線B’に沿って伝搬しているのが示されている。この束1は、分散装置3(「電子プリズム」)に入射し、分散方向に沿って分布した、スペクトルサブビームのエネルギー分解された(エネルギー区別された)アレイ5に分散(ファンアウト)させられる。例示のために、これらのサブビームのうちの3つが、
図3において5a,5b、および5cの符号を付されている。
【0050】
分散装置3の下流で、サブビームのアレイ5は、分散後電子光学系9に出会い、そこで、例えば、拡大/集束され、最終的には検出器11に方向付けられる/投影される。分散後光学系は、円形レンズおよび/または四重極レンズを含んでもよい。検出器11は、分散方向に沿って配置されたサブ検出器のアセンブリを含んでもよく、異なるサブ検出器は、異なる検出感度を有するように調整可能である。EELSスペクトルを測定するための他の検出器構成は当業者に公知であり、本明細書に開示された方法およびデバイスにも同様に適用可能であることに留意されたい。この方法は、原則として、特定の検出器の使用に限定されない。
【0051】
図4は、EELSスペクトルの一例を示す。この図は、強度I(任意の単位、a.u.)を、炭素およびチタンを含有する試料を通過した電子のエネルギー損失E(eV単位)の関数として表わしている。左から右に、スペクトルの主な特徴は、以下のとおりである:
-ゼロ損失ピークZLPは、試料内で非弾性散乱を受けることなく試料を通過する電子を表わしている。
-プラズモン共鳴ピーク成分/セクションPRP、試料中のプラズモンの電子の1回または複数回の散乱に関連付けられる比較的広い一連のピーク/肩部分。これは典型的に、約0~50eVの範囲に広がっているが、その上限の厳密な定義はない。これは、ピーク31など、試料内の価電子の集団振動の励起の結果生じるピーク/肩部分によって特徴付けられる。PRP成分は普通、ZLPよりも大幅に低い強度を有することに留意されたい。
-コア損失ピーク成分/セクションCLP。これは典型的に、約50eV(PRP成分の後ろ)から始まるが、その下限の厳密な定義はない。CLPは典型的に、ZLP成分/PRP成分に対してこのように低い強度であることから、
図4に表わされるように、これは、この細部の視認性を向上させるために増倍率(例えば、100)だけ拡大される。見てわかるように、それは、実質的なバックグラウンド寄与33の最上部にある、特定の化学元素(本例では、CおよびTiなど)と関連付けられ得るピーク/肩部分(のクラスタ)を含有する。
図4に示されたEELSスペクトルは、
図1~
図3に関連して考察されるようなデバイスおよびセットアップを使用して、当業者に知られている方法で測定することができる。
【0052】
冒頭で考察されるように、EELSは従来、TEMが対物レンズの後側焦点面からEELS分光計に適切に伝送するのが困難ではない試料出口角度およびエネルギー損失を有する電子に対して行われる。ただし、低HT(プローブ補正)EELSおよび超高分解能(UHR)EELSには大きな収集角度が必要であり、そのため低倍率が必要になる。このような低倍率は、特に、大きなE/E0および/または改善されたエネルギー分解能と組み合わされた場合に、EELSスペクトルにアーティファクトを与える可能性がある。
【0053】
低HT(プローブ補正EELS)
図2および
図5a~5bは、低HT(プローブ補正)EELSで発生する収差、およびこれらの収差を克服するための透過型荷電粒子顕微鏡の可能な設定について考察している。
【0054】
図5aは、いわゆる低HT(プローブ補正)EELSモードで撮影されたSi試料のEELSスペクトルの画像を示している。ここでは、E/E0=1-4%のように、ビームエネルギー(HT)と比較してより大きなエネルギー損失(E)が発生する。示されたEELSスペクトルの画像は、大きなエネルギー範囲および大きな強度範囲により、それぞれ露光時間が異なる3つのサブ画像のスライス画像である。EELSスペクトルは、2400eV~2900eVの領域において非分散方向の高さの奇妙な縮小を示し、2200eV~2600eVの範囲において強度が増加した奇妙な隆起を示している。分光計の入口開口のサイズが制限されているため、大きな収集角度では、散乱面(つまり、対物レンズの後側焦点面)からEELS分光計までの倍率を低くする必要があることがわかった。このような低倍率は、特に、
図5aに示すように大きなE/E0と組み合わせると、EELSスペクトルにアーティファクトを与える可能性がある。アーティファクトにより、EELS信号をもはや確実に定量化できなくなる。
【0055】
ここで
図2に戻って、これらのアーティファクトの潜在的な原因を示す。EELSでは、回折パターンはEELS分光計の入口開口3aにおいて画像化される。対物レンズの後側焦点面から入口開口3aまでの倍率は、入口開口が試料を出る電子の円錐の特定の半径を収集するように調整することができる。典型的な選択は、この円錐が、プローブを形成する電子の円錐と等しいことである(これにより、開口は、いわゆる「明視野ディスク」を正確に捕捉する)。回折パターンから入口開口3aまでの倍率はカメラ長(CL)と呼ばれ、入口開口における画像化システムの有効焦点距離として解釈することができる。
【0056】
試料におけるプローブの画像は、最終投影レンズP2に続くクロスオーバXOにおいて形成される。このクロスオーバは、この最終画像化レンズP2の約d
XO=3.5mm下に位置する。画像化システムの色収差により、エネルギー損失Eを有する電子は、このクロスオーバXOのやや上に集束させられる(変更されたクロスオーバXO’を有する、
図2における破線を参照)。焦点ぼけ距離dzは、dz=C
c
(XO)・(E/E0)によって与えられ、ここで、C
c
(XO)は、XO平面での色収差である。一次的に、このC
c
(XO)は、C
c
(XO)=M
2・C
c
(spec)としての、試料C
c
(spec)における色収差に関連し、ここで、Mは試料からXOまでの倍率である。
【0057】
この倍率Mは次のように計算することができる。試料における角度は、α
objである。
図2から、小角度近似を使用して、クロスオーバXOにおける角度は、α
XO=CLα
obj/hに等しいということになる。したがって、試料SからクロスオーバXOまでの角倍率は、M
α=α
XO/α
OBJ=CL/hである。試料SからクロスオーバXOまでの空間倍率はM=1/M
α=h/CLである。C
c
(spec)は対物レンズのC
c
(obj)によって支配されるため、C
c
(XO)=M
2・C
c
(obj)を近似する。これらを組み合わせると、dz=C
c
(obj)(h/CL)
2・(E/E0)が得られる。
【0058】
dzが大きくなり、P2レンズにおいてXOがシフトすると、一次近似が崩れる。完全なシミュレーションは、エネルギー損失Eが増加すると、XOはP2レンズを通り、P2レンズの前側焦点面(FFP)を通り、さらに上にシフトすることを示している。XOがP2レンズのFFPにあるようなエネルギー損失の場合、電子は平行にP2レンズを出る。したがって、このエネルギー損失では、通常の散乱角を有する電子が分光計に入るだけでなく、散乱角α
objに関係なく、すべての電子が分光計に入る。この追加の信号は、
図5におけるバンプとしてEELSスペクトルに現れる。さらに高いエネルギー損失では、電子は再び平行ビームから逸らされ、バンプはEELSスペクトルから消える。EELSバンプは、色の焦点ぼけがXOとP2レンズとの間の距離に等しくなるとき、つまりdz=d
XOのときに発生すると推定できる(
図2を参照)。したがって、EELSバンプは、
E=E
0・d
XO/C
c
(obj)・(CL/h)
2 (式1)
において開始する。
【0059】
E0=120keV、dXO=3.5mm、Cc
(obj)=2.0mm(対物レンズと画像補正器からの色収差、他の画像化レンズからの寄与を無視)、CL=75mm、h=690mmの場合、この推定は結果として
ΔE=120kV・3.5/2.0・(75/690)2=2.5keV
を生じる。
【0060】
【0061】
式1を見ると、関心のあるエネルギーの領域から離れて、EELSバンプをより高いエネルギーに押しやるためのいくつかのオプションがあるように思われる。
-E0を増大する、つまり、より高い高張力になる。これは、ビームに敏感な試料には望ましくない。
-例えば、Cc補正器を追加することによって、Cc
(obj)を減じる。これは非常に高価である。
-カメラ長CLを増大する。これは、EELS分光計の入口開口によって収集される信号を減少させるため、望ましくない。
-XOと分光計との間の距離hを減少させる。これは、XOからスペクトル平面への倍率を増大するため望ましくなく、また、XOにおける画像の有限サイズにより、これは、EELS分光計の分解能を低下させる。
-最後のレンズとXOとの間の距離dXOを増大する。これは、本発明によるアプローチである。
【0062】
本発明は、この例では、P2レンズの励起を低減することによって、そして一実施形態では、P2レンズをほぼオフにすることによって、距離d
XOを増加させることを教示する。これは、事実上、P1を最後のレンズにする。
図5は、これが実際に非常に効果的なソリューションであり、E/E0=3keV/60keV=5%という非常に大きなアーティファクトのないEELS範囲をもたらすという実験的証拠を示している。
図5bは、60kV、CL=65mm、5mmの入口開口でのSi試料のEELSスペクトルの画像を示している(したがって、α≒35mradである)。これらは、大きなエネルギー範囲および大きな強度範囲により、それぞれ異なる露光時間を有する3つおよび5つのサブ画像の接合された画像である。
図5bの上部は、P2がオンの従来のセットアップを示しており、アーティファクトは約1200eVから始まる。
図5Bの下部は、本発明によるセットアップを示している:P2-オフは、アーティファクトを、3000eVを超えたところに押しやる。
【0063】
極限エネルギー分解能EELS
図6~
図8は、極限エネルギー分解能EELSで発生する収差、およびこれらの収差を克服するための透過型荷電粒子顕微鏡の可能な設定を考察している。
【0064】
一般にTEMにおいて得ることができる極限エネルギー分解能は、E0=60keVにおいて約ΔE=15meVである。このような分解能は、分光計の収差により、分光計の最小入口開口が使用される場合にのみ得られる。この最小開口は、1mmである。したがって、広範囲の散乱角(α>20mrad)がEELS分光計によって収集されなければならない場合、散乱面から分光計入口までの倍率は非常に小さくなければならない。このような非常に小さい倍率は、極限エネルギー分解能に影響を与える収差を生じさせる可能性がある。
【0065】
図6は、EELS検出器11において記録された高分解能でのCL=13mmでのゼロ損失ピーク62、およびこの画像61を垂直に積分することによって得られた対応するEELSスペクトルを概略的に示している。明らかに、エネルギー分解能は、ある程度の収差によってぼやけている(線62-63を参照)。(セットアップにおいて他に何も変更することなく)カメラ長CLが増大されると、ぼやけが減少することがわかった。これは、ぼやけがTEMの投影システムのどこかで発生していることを示している。
【0066】
非常に短いカメラ長での分解能損失の一部は、画像化対物レンズの球面収差C
s
(obj)によって引き起こされる。これは、プローブを
d
spec=1/4C
S
(obj)α
obj
3
だけぼやけさせる。
図2および
図5aに関して上に示したように、プローブは、倍率M=h/CLでXOに画像化され、したがって、XOでのぼやけは、
d
XO=1/4C
S
(obj)・α
obj
3(h/CL)
である。これは、XOにおける分光計の見かけの分散δを使用してエネルギーぼやけに変換することができる。対応する分解能の損失は
ΔE=1/4C
S
(obj)・α
obj
3(h/CL)/δである。
【0067】
図6は、C
S
(OBJ)=1.3mm
、α
obj=17mrad、h=690mm、CL=13mm、60kVでのδ=11μm/eVを用いて記録されており、これはΔE=8meVを与える。明らかに、対物レンズの球面収差は重要であるが、
図6において観察された広がりを説明することはできない。
【0068】
図8aおよび
図8bは、TEM画像化システムの2つの設定を示しており、どちらも、回折パターンを非常に低い倍率、CL=13mmでEELS検出器に伝送する。第1の選択肢では、P2がほぼオフになっており、第2の選択肢では、P2が完全にオンになっている。第2の選択肢は、全体的に低い倍率を得るために、P2の大きな倍率を補正するように、カラム内の中間レンズのうちの1つ以上が縮小していなければならないという主な欠点を有する。これは、これらの中間レンズにおいて軸から大きく外れた画像形成光線(
図8bには示されていない)をもたらし、したがって、これらの軸から大きく外れた光線は、画像平面(この場合はEELS検出器)において大きな収差をもたらす。したがって、この第2の選択肢は、通常は使用されない。
【0069】
P2がほとんどオフになっている第1の選択肢は、中間レンズからの画像収差を受けないため、好ましい。さらに、
図5および
図2に関して上で考察されるように、第1の選択肢は、高いE/E0において期せずして非常に良好に機能するという利点を有する。
【0070】
P2がほとんどオフの設定(
図8a)では、XOは基本的にP1レンズによって作成および集束される。この焦点の品質は、上で考察されるC
s
(obj)
の寄与とは別に、主にP1レンズの球面収差によって決定される。経験則は、レンズの球面収差がC
S
(P1_XO)約d
im
4/S
3であるということである。このセットアップにおいて、P1レンズは、画像距離d
im=80mmおよびレンズ間隔S=17mmを有し、これはC
S
(P1_XO)=8・10
3mmを与え、完全な計算は、XO位置においてC
S
(P1_XO)=14.5・10
3mmを与える試料からXOの倍率としてM=h/CL=53xを使用して、試料における球面収差C
S
(proj_spec)=C
S
(proj_XO)/M
4=0.002mmとして、試料に戻してこれを計算することができる。
【0071】
明らかに、プロジェクタシステム25Cs
(proj_spec)=0.002mmの寄与は、対物レンズOCs
(obj)=1.3mmの寄与よりもはるかに小さいため、無視できるように思われる。
【0072】
ただし、実際には、レンズの機械的なシフトと傾斜により、分光計3aの入口でビームが1~3mmだけ軸を外れる可能性があることを認識することが重要である。これは通常、対物レンズOとDレンズとの間に位置する偏向器を使用していわゆる「回折シフト」を適用することによって修正される。これは、IレンズとP1レンズにおいて、対物レンズでの角度α=(1~3mm)/CL=80~230mradに相当するビームの著しい軸外移動を生じさせる。そのような軸外移動の正確な効果を計算することは困難であるが、当業者であれば、これが顕著なエネルギーぼやけを引き起こすことを理解するであろう。これは、XO形成光線が軸に近いという設定を使用してEELS測定を繰り返すことによってチェックすることができる。
【0073】
図8bの下の設定では、P2レンズがオンになっているため、XO形成光線(この図では光)が軸に近づく。結果として、プロジェクタシステムの球面収差は比較的低い。完全な計算は、C
s
(P1_XO)=85mmを与え、これは、
図8aにおける設定よりも170x小さい。
図7は、このモード(すなわち、P2がオンである)において得られたEELSスペクトルを示している。
図7の画像71には、ぼやけは存在しない(線72-73を参照)。
【0074】
上記から、透過型荷電粒子顕微鏡が提供されるということになり、この場合、該透過型荷電粒子顕微鏡は、該回折パターンが、実質的に焦点が合った状態に維持しながら該第1の倍率を実質的にもたらす少なくとも2つのモードで動作するように構成されており、該少なくとも2つのモードは、
-該最終プロジェクタレンズの第1の設定を有する第1のモードと、
-該最終プロジェクタレンズの第2の設定を有する第2のモードと、を含む。
【0075】
一実施形態では、第1のモードおよび第2のモードは、異なるEELSモードである。
【0076】
第1の設定は、最終プロジェクタレンズP2が実質的に有効にされ、例えば、極限エネルギー分解能EELSに関して上で説明された状況に対応することを含んでもよい。
【0077】
第2の設定は、最終プロジェクタレンズP2が実質的に無効にされ、例えば、低HT EELSに関して上で説明された状況に対応することを含んでもよい。
【0078】
第1の設定では、最終プロジェクタレンズP2が実質的に有効に設定されているため、従来のEELSスペクトルも取得されてもよい。
【0079】
倍率が実質的に同じである限り、画像化システム24および/または投影システム25の他の設定が、第1のモードと第2のモードとの間で変更されてもよいことに留意されたい。使用される倍率は、一実施形態では、約100mm以下の該投影システムの有効焦点距離に対応する。
【0080】
所望の保護は、添付の特許請求の範囲によって決定される。