(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-01
(45)【発行日】2025-07-09
(54)【発明の名称】デジタル信号の送信装置
(51)【国際特許分類】
H04B 1/04 20060101AFI20250702BHJP
H03F 1/32 20060101ALN20250702BHJP
【FI】
H04B1/04 R
H03F1/32 141
(21)【出願番号】P 2021130365
(22)【出願日】2021-08-06
【審査請求日】2024-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】100143568
【氏名又は名称】英 貢
(72)【発明者】
【氏名】小島 政明
(72)【発明者】
【氏名】小泉 雄貴
(72)【発明者】
【氏名】楠 知也
(72)【発明者】
【氏名】亀井 雅
(72)【発明者】
【氏名】筋誡 久
【審査官】後澤 瑞征
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-011356(JP,A)
【文献】特開2012-049735(JP,A)
【文献】特開2019-016994(JP,A)
【文献】特開2003-304122(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 1/04
H03F 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
衛星放送の伝送システムにおける地球局の大電力増幅器及び衛星中継器を含む放送伝送路を介して受信装置に向けてデジタル信号を送信する送信装置であって、
当該デジタル信号を構成する伝送データを主信号として入力し、該主信号の情報ビット系列に対し誤り訂正符号化処理を含む所定の前処理を施して符号化ビット系列の信号を生成し、所定の変調方式に基づいたマッピングテーブルによりマッピングを施して同相成分と直交位相成分の信号点系列で表されるIQデータの信号に変換するデータ信号生成部と、
前記IQデータの信号について、前記衛星中継器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第1の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する第1の歪補償部と、
前記第1の歪補償処理後のIQデータの信号に対し、所定の帯域制限フィルタ処理を施して波形整形を行い、前記第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号を生成する波形整形部と、
前記第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号について、前記地球局の大電力増幅器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する第2の歪補償部と、
前記第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号について当該所定の変調方式による変調波信号を生成し、前記地球局の大電力増幅器に送信する送信信号生成部と、
を備えることを特徴とする送信装置。
【請求項2】
前記第1の歪補償部は、前記第1の歪補償処理として、前記データ信号生成部から得られるIQデータの信号について、一旦、アップサンプリングした状態で波形整形し、前記衛星中継器の入出力特性を近似したテーブルファイルを用いて前記衛星中継器に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせた信号を生成し、波形整形を施し元のIQデータの信号に対応するようにダウンサンプリングして得られるIQ信号点から、対応する元のIQデータの信号点を減算する第1のベクトル演算を行って誤差ベクトルを求め、その誤差ベクトルについて理想信号点からみた逆ベクトルを補正ベクトルとして用いるために、当該元のIQデータの信号点から所定の係数重みを乗じた当該誤差ベクトルを減算する第2のベクトル演算を行い、アップサンプリングする処理を施して前記衛星中継器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正することにより、歪補償したIQデータの信号を生成する手段を有することを特徴とする、請求項1に記載の送信装置。
【請求項3】
前記第2の歪補償部は、前記第2の歪補償処理として、前記第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号について、前記地球局の大電力増幅器の入出力特性の逆成分となる値を示すテーブルファイルを用いて前記地球局の大電力増幅器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正することにより、歪補償したIQデータの信号を生成する手段を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の送信装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衛星放送の伝送システムにおける放送伝送路の歪補償を行うデジタル信号の送信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在運用されている各種規格のデジタル放送に係る送信装置のうち、衛星放送用のデジタル信号の送信装置は、放送衛星に備えた衛星中継器を利用して、複数の放送事業者が独立したTS(Transport Stream)を伝送できるように放送波信号を多重伝送するようになっており、この衛星デジタル放送の規格には、国内外を含めて、ISDB-S、ISDB-S3、DVB-S2、DVB-S2Xなどがある。
【0003】
これらの規格に適合した衛星放送の伝送システムにおける放送伝送路における構成要素について一般化して説明すると、地上伝送路としてアップリンク信号の電力増幅用に用いる地球局の大電力増幅器(HPA:High Power Amplifier)と、衛星伝送路としてそのアップリンク信号を受信し電力増幅して中継し地上の各受信装置に向けてダウンリンク信号を生成して放射する衛星中継器とがある。
【0004】
図5を参照して、代表してISDB-S3方式に準拠した衛星放送用に一般化した従来技術の送信装置10の概略構成について説明する。
図5は、歪補償機能を有していない従来技術における衛星放送用の送信装置10の概略構成を示すブロック図である。
【0005】
従来技術の送信装置10は、データ信号生成部11と、アップサンプリング部12と、波形整形部13と、送信信号生成部14と、を備える。
【0006】
データ信号生成部11は、放送事業者毎のTSにおける映像・音声・データ放送などのTSパケットでデジタル信号を構成する伝送データを主信号として入力し、該主信号の情報ビット系列に対し誤り訂正符号化処理を含む所定の前処理を施して符号化ビット系列の信号を生成し、所定の変調方式に基づいたマッピングテーブルによりマッピングを施してIQデータの信号(同相成分Iと直交位相成分Qの信号点系列で表されIQ平面上の信号点として表すことが可能なデジタルデータの信号)に変換する機能部であり、送信前処理部111及びマッピング部112を備える。
【0007】
送信前処理部111は、当該デジタル信号を構成する伝送データを主信号として入力し、所定の伝送フレームを構成するブロック単位の変調スロットに主信号を割り当て、そのブロック単位で割り当てられる同期信号及び主信号を含む情報ビット系列に対し誤り訂正符号化処理を含む所定の前処理を施して、符号化ビット系列の変調スロットの信号を生成し、マッピング部112に出力する。
【0008】
マッピング部112は、送信前処理部111から得られる変調スロットの信号に対し、所定の変調方式に基づいたマッピングテーブルによりマッピングを施してIQデータの信号に変換し、アップサンプリング部12に出力する。尚、図示を省略しているが、主信号用の変調スロットとは別にTMCC(Transmission and Multiplexing Configuration and Control)信号用の変調スロットも生成される。主信号用の変調方式は、そのTMCC信号に示される制御情報で指定されるようになっており、π/2シフトBPSK、QPSK、8PSK、16APSK、32APSKがある。また、TMCC信号用の変調方式は、π/2シフトBPSKとされる。そして、各変調方式の主信号用の変調スロットの信号及びTMCC信号用の変調スロットの信号は、時分割多重して伝送されるようになっている。
【0009】
アップサンプリング部12は、マッピング部112から得られるIQデータの信号のサンプル点に対し、2倍以上のアップサンプリングを施して、波形整形部13に出力する。
【0010】
波形整形部13は、アップサンプリング部12から得られるアップサンプリングされた非サンプル点を含むIQデータの信号に対し、所定の帯域制限フィルタ処理を施すことにより不要な高周波成分を除去する波形整形を行い、波形整形後のIQデータの信号を生成し、送信信号生成部14に出力する。帯域制限フィルタとしては、一般的にルートロールオフ特性をもつデジタルフィルタが用いられ、ISDB-S3では、ロールオル率0.03のルートロールオルフィルタが用いられる。
【0011】
送信信号生成部14は、波形整形部13による波形整形後のIQデータの信号について、当該所定の変調方式による変調波信号を生成する機能部であり、直交変調部141、DA(デジタル/アナログ)変換部142、及び周波数変換部143を備える。
【0012】
直交変調部141は、波形整形部13から得られる波形整形後のIQデータの信号に対し、当該所定の変調方式による直交変調処理に基づくベースバンドIQ信号を生成し、DA変換部142に出力する。
【0013】
DA変換部142は、直交変調部141から得られるベースバンドIQ信号に対し、デジタル/アナログ変換処理を施して変調波信号を生成し、周波数変換部143に出力する。
【0014】
周波数変換部143は、DA変換部142から得られる変調波信号について、アップリンク信号の無線周波数帯の変調波信号に周波数変換し、当該地球局の大電力増幅器(HPA)に送信する。例えば、ISDB-S3の衛星放送の伝送システムにおけるアップリンク信号の無線周波数は17GHz帯とされる。
【0015】
そして、当該地球局の大電力増幅器(HPA)は、送信信号生成部14から得られる変調波信号について電力増幅したアップリンク信号を生成し、当該放送衛星の衛星中継器に向けてアップリンクする。当該衛星中継器は、そのアップリンク信号を受信し電力増幅して中継し地上の各受信装置に向けたダウンリンク信号を生成して放射する。そして、各受信装置は、そのダウンリンク信号を受信して復調し、送信装置10における各処理の逆処理に対応する復号処理を施して、送信装置10によって送信した伝送データを復元する。
【0016】
尚、実際の放送衛星(実衛星)の衛星中継器は、進行波管増幅器に前置される入力フィルタである入力マルチプレクサフィルタ(以下、「IMUXフィルタ」と称する)、進行波管増幅器(以下、「TWTA」と称する)、進行波管増幅器に後置される出力フィルタである出力マルチプレクサフィルタ(以下、「OMUXフィルタ」と称する)等を具備している。そして、衛星中継器は、IMUXフィルタによって当該受信したアップリンク信号から1チャンネル分ごとに帯域抽出を行い、TWTAによってチャンネルごとに電力増幅を行って、OMUXフィルタによって帯域外不要周波数成分(スペクトラムリグロース)を抑圧し、OMUXフィルタに後続する合成器によって全チャンネル分の放送波信号を合成し、地上の複数の受信装置に向けてダウンリンク信号(放送波信号)を送信するようになっている。
【0017】
ここで、
図6には、地球局の大電力増幅器(HPA)の入出力特性として、所定の電力内となるように規格化した規格化入力電力に対する規格化出力電力の特性(AM/AM特性)、及びその規格化入力電力に対する規格化出力の位相偏移の特性(AM/PM特性)の一例を示している。
【0018】
また、
図7には、実衛星の衛星中継器における進行波管増幅器(TWTA)の入出力特性として、所定の電力内となるように規格化した規格化入力電力に対する規格化出力電力の特性(AM/AM特性)、及びその規格化入力電力に対する規格化出力の位相偏移の特性(AM/PM特性)の一例を示している。
【0019】
また、
図8には、実衛星の衛星中継器におけるIMUXフィルタ及びOMUXフィルタの入出力特性によって生じる周波数応答として、所定の帯域内となるように規格化した規格化周波数に対する振幅を示す周波数対振幅特性、及びその規格化周波数に対する群遅延を示す周波数対群遅延特性の一例を示している。
【0020】
地球局の大電力増幅器(HPA)及び実衛星の衛星中継器は、衛星放送の伝送システム上必要不可欠である一方、
図6及び
図7から理解されるように、入出力特性として、出力電力(振幅)やその位相偏移の影響により、送信装置10の変調波信号として所望のIQ信号点からずれが発生し、特に、
図8に示すように、IMUXフィルタやOMUXフィルタは周波数振幅や群遅延特性等の影響によりシンボル間干渉が起き、所望のIQ信号点から広がりが発生する。
【0021】
そして、放送伝送路上でこれらIQ信号点のずれや広がりが相互に影響し合い、結果として受信装置側における所要C/Nが増大し、伝送品質劣化となることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0022】
更に、16APSKや32APSKのような多値振幅位相変調の変調方式の場合では、地球局の大電力増幅器(HPA)及び実衛星の衛星中継器におけるTWTAといった電力増幅器は一般にバックオフをとる運用を図るようにしている。また、地球局の大電力増幅器(HPA)の非線形増幅においては、その非線形特性が故に起因する上記の所要C/Nの増大という問題とは別に、出力フィルタを具備していないためスペクトラムリグロースの増大という問題も生じる。
【0023】
ここで、地球局の大電力増幅器(HPA)及び実衛星の衛星中継器におけるTWTAにおけるバックオフについて以下に詳細を説明する。大電力増幅器(HPA)やTWTAは、本来、入力レベルと出力レベルとの間の関係が比例関係となるように電力増幅処理することが望ましい。しかし、この入出力特性は、実際には入力レベルが大きくなると利得が低下する非線形特性を示し、同時に入力信号に対する出力信号の位相も回転する。従って、入力レベルを徐々に上げると、あるレベルまでは出力レベルも上がるが、ある入力レベルを超えると、出力レベルは逆に低下する現象となる。このような出力レベルの低下が起こる直前の動作点を、一般に、出力飽和点と云う。また、この出力飽和点から入力レベルをX[dB]下げて運用する場合を「入力バックオフX[dB]」と云い、同様に、入力レベルを絞って、出力レベルをY[dB]下げた状態で運用する場合を「出力バックオフY[dB]」と云う。
【0024】
このようなバックオフをとる運用を図ると、出力電力が低下し、結果として受信装置における受信C/Nマージンが小さくなることも知られている(非特許文献1参照)。衛星放送の伝送システムにおける受信装置側は、一般に受信アンテナの開口径が45cmと小さく、晴天時においても受信C/Nマージンが約20dBと小さい。このため、これら所要C/Nと出力バックオフはトレードオフの関係にあり、所要C/Nと出力バックオフの加算値ができる限り小さくなる運用が回線設計上、有利となる(非特許文献1参照)。
【0025】
そこで、受信装置は、放送波信号として伝送された主信号とともに多重伝送されるTMCC信号の制御情報を絶えず監視することにより、送信装置側で様々な伝送制御が行われたとしても、それに追従して受信方式を切り替える(変調方式や誤り訂正符号の符号化率の切り替え等)ことができる。
【0026】
ところで、従来技術の送信装置として、衛星中継器で発生する伝送路歪に対する歪補償機能を持たせた送信装置についても開示されている(例えば、特許文献1参照)。
図9は、
図5に示すものと対比して理解されるように一般化して、従来技術における衛星中継器に関する歪補償機能付きとした衛星放送用の送信装置10Aの概略構成を示すブロック図である。尚、
図9において、
図5に示す送信装置10と同様の構成要素には同一の参照番号を付している。
【0027】
図9に示す送信装置10Aは、
図5に示す送信装置10と比較して、データ信号生成部11と波形整形部13との間に、アップサンプリング部12の代わりに、歪補償部15(ただし、アップサンプリング部12の機能を包含している)を設けている点で相違しており、その他の構成要素は同様に構成されている。
【0028】
歪補償部15は、マッピング部112から得られるIQデータの信号について、一旦、アップサンプリング部12の機能と同様にアップサンプリングした状態で波形整形し、実衛星の衛星中継器を疑似的に示す疑似衛星中継器の入出力特性を用いて当該衛星中継器に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせた信号を生成する。続いて、歪補償部15は、当該衛星中継器に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせた信号について波形整形を施し元のIQデータの信号に対応するようにダウンサンプリングして得られるIQ信号点から、対応する元のIQデータの信号点を減算する第1のベクトル演算を行って誤差ベクトルを求める。そして、歪補償部15は、その誤差ベクトルについて理想的な送信信号点(以下、「理想信号点」と称する)からみた逆ベクトルを補正ベクトルとして用いるために、当該元のIQデータの信号点から所定の係数重みを乗じた当該誤差ベクトルを減算する第2のベクトル演算を行うことにより歪補償したIQデータの信号を生成し、その歪補償したIQデータの信号についてアップサンプリング部12の機能と同様にアップサンプリングして波形整形部13に出力する。
【0029】
従って、
図9に示す送信装置10Aは、波形整形部13の前段における歪補償部15により、疑似衛星中継器の入出力特性を用いて実衛星における伝送路歪を事前に発生させ、その後のベクトル演算により元のIQデータの信号点を補正することで歪補償したIQデータの信号を生成する機能を有する。これにより、実衛星の衛星中継器から放射されるダウンリンク信号(放送波信号)では、実衛星の衛星中継器に起因するIQ信号点のずれや広がりがキャンセルされるため、受信装置側では理想信号点に収束させることができ、受信装置側の所要C/Nを改善できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0030】
【非特許文献】
【0031】
【文献】小島,小泉,鈴木,筋誡、“Comparative Study of Digital Pre-Distortion for 32APSK by Hardware Experiments and Numerical Calculations”、信学技報、電子情報通信学会技術報告(IEICE Technical Report) SAT2019-53、一般社団法人 電子情報通信学会、2019年10月10日発表
【文献】小泉,小島,鈴木,斎藤,田中,西田、“放送衛星を用いた32APSK信号の伝送実験”、映像情報メディア学会技術報告(ITE Technical Report) Vol.39,No.47 BCT2015-80、一般社団法人 映像情報メディア学会、2015年12月3日発表
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
衛星放送の伝送システムに関する特許文献1や非特許文献1に開示されるような従来のDPD(Digital Pre-Distortion)の技術を取り入れたデジタル信号の送信装置は、衛星伝送路(衛星中継器)のみを歪補償の対象としており、地球局の大電力増幅器(HPA)は歪補償の対象としていなかった。この理由としては、一般に地球局の大電力増幅器(HPA)は衛星中継器と比較すると、よりバックオフをとることが可能であるためと考えられる。例えば非特許文献2によると、衛星中継器の出力バックオフが2.2dBで設定されているのに対し、地球局の大電力増幅器(HPA)は5~7dBとバックオフ量が大きい。
【0033】
しかしながら、32APSKのような多値変調方式の場合、地球局の大電力増幅器(HPA)について上記のような動作点設定であっても受信性能が劣化する(非特許文献2参照)。更に特許文献1や非特許文献1に開示されるようなDPDの技術を取り入れた送信装置では、地球局の大電力増幅器(HPA)は理想的な線形増幅であると仮定しているため、衛星中継器より前段となる地球局の大電力増幅器(HPA)で非線形歪が発生した場合、地球局の大電力増幅器(HPA)による劣化だけでなく、衛星中継器を対象としたDPDの効果も悪化することが予想される。
【0034】
そこで、地球局の大電力増幅器(HPA)における非線形歪の課題を、特許文献1の技術を応用して解決するために、特許文献1の技術における擬似伝送路を地球局の大電力増幅器(HPA)まで含める方法が考えられる。即ち、送信装置における歪補償器の擬似伝送路(疑似衛星中継器)について、IMUXフィルタ-TWTA-OMUXフィルタとする構成から、地球局の大電力増幅器(HPA)-IMUXフィルタ-TWTA-OMUXフィルタとする構成へと、擬似伝送路の範囲を拡張させる方法である。これにより、地球局の大電力増幅器(HPA)の非線形歪も軽減されるため、所要C/Nは小さくなり、受信性能の改善が見込める。
【0035】
しかしながら、この擬似伝送路の範囲を拡張させる方法によるDPDの技術は、変調波信号に係る波形整形の前段の信号処理であるため、ナイキスト帯域内の信号は歪補償できたとしても、ナイキスト帯域外となる地球局の大電力増幅器(HPA)のスペクトラムリグロースを軽減することはできない。むしろこのような擬似伝送路の範囲を拡張させる方法で当該波形整形に前置した歪補償を動的に行うと、変調波信号の瞬時電力がより増大し、その変調波信号を地球局の大電力増幅器(HPA)経由で非線形増幅することになり、結果としてスペクトラムリグロースが増大する懸念さえある。また、衛星放送の伝送システムにおける無線伝送(アップリンク信号とダウンリンク信号)は1チャンネル当たりの占有帯域幅34.5MHz以下(非特許文献2参照)に抑えることが電波法で規定されており、スペクトラムリグロースが増大すると、この条件を満たさなくなる懸念がある。
【0036】
このため、本発明の目的は、上述の課題に鑑みて、衛星放送の伝送システムにおける放送伝送路の歪補償を行って、放送伝送路上のスペクトラムリグロースを軽減しながら、受信側の所要C/Nを改善可能とするデジタル信号の送信装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0037】
本発明の送信装置は、衛星放送の伝送システムにおける地球局の大電力増幅器及び衛星中継器を含む放送伝送路を介して受信装置に向けてデジタル信号を送信する送信装置であって、当該デジタル信号を構成する伝送データを主信号として入力し、該主信号の情報ビット系列に対し誤り訂正符号化処理を含む所定の前処理を施して符号化ビット系列の信号を生成し、所定の変調方式に基づいたマッピングテーブルによりマッピングを施して同相成分と直交位相成分の信号点系列で表されるIQデータの信号に変換するデータ信号生成部と、前記IQデータの信号について、前記衛星中継器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第1の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する第1の歪補償部と、前記第1の歪補償処理後のIQデータの信号に対し、所定の帯域制限フィルタ処理を施して波形整形を行い、前記第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号を生成する波形整形部と、前記第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号について、前記地球局の大電力増幅器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する第2の歪補償部と、前記第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号について当該所定の変調方式による変調波信号を生成し、前記地球局の大電力増幅器に送信する送信信号生成部と、を備えることを特徴とする。
【0038】
また、本発明の送信装置において、前記第1の歪補償部は、前記第1の歪補償処理として、前記データ信号生成部から得られるIQデータの信号について、一旦、アップサンプリングした状態で波形整形し、前記衛星中継器の入出力特性を近似したテーブルファイルを用いて前記衛星中継器に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせた信号を生成し、波形整形を施し元のIQデータの信号に対応するようにダウンサンプリングして得られるIQ信号点から、対応する元のIQデータの信号点を減算する第1のベクトル演算を行って誤差ベクトルを求め、その誤差ベクトルについて理想信号点からみた逆ベクトルを補正ベクトルとして用いるために、当該元のIQデータの信号点から所定の係数重みを乗じた当該誤差ベクトルを減算する第2のベクトル演算を行い、アップサンプリングする処理を施して前記衛星中継器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正することにより、歪補償したIQデータの信号を生成する手段を有することを特徴とする。
【0039】
また、本発明の送信装置において、前記第2の歪補償部は、前記第2の歪補償処理として、前記第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号について、前記地球局の大電力増幅器の入出力特性の逆成分となる値を示すテーブルファイルを用いて前記地球局の大電力増幅器に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正することにより、歪補償したIQデータの信号を生成する手段を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0040】
本発明に係る送信装置によれば、変調波信号に関する波形整形前後に個別の歪補償手段(第1の歪補償部及び第2の歪補償部)を備える構成とすることにより、従来のDPD(第1の歪補償部のみを有する構成に相当する)では解決できなかったアップリンク信号におけるナイキスト帯域外のスペクトラムリグロースについて、第2の歪補償部により低減させることが可能となる。更に、本発明に係る送信装置によれば、第1の歪補償部により従来と同様に衛星中継器2に対する歪補償も弊害なく実行可能となるため、受信特性として所要C/Nも改善するようになり、アップリンク信号のスペクトラムリグロース低減と受信性能の改善を図ることができる。そして、本発明に係る送信装置によれば、第1の歪補償部及び第2の歪補償部における放送伝送路の特性を模擬する処理においてテーブルファイルの書き換えにより逐次更新可能であるため、各種の伝送方式の信号形式に依存せず、種々の伝送方式や放送伝送路に対して高い汎用性を持たせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】本発明による一実施例の送信装置を備える一実施形態の衛星放送の伝送システムの概略構成を示すブロック図である。
【
図2】本発明による一実施例の送信装置の概略構成を示すブロック図である。
【
図3】本発明による一実施例の送信装置における第1の歪補償部の概略構成を示すブロック図である。
【
図4】本発明による一実施例の送信装置における第2の歪補償部の処理に用いる地球局の大電力増幅器(HPA)の逆特性を示す図である。
【
図5】従来技術における衛星放送用の送信装置(歪補償機能無し)の概略構成を示すブロック図である。
【
図6】地球局の大電力増幅器(HPA)の入出力特性(AM/AM特性、AM/PM特性)の一例を示す図である。
【
図7】実衛星の衛星中継器における進行波管増幅器(TWTA)の入出力特性(AM/AM特性、AM/PM特性)の一例を示す図である。
【
図8】実衛星の衛星中継器におけるIMUXフィルタ及びOMUXフィルタの入出力特性によって生じる周波数応答(周波数対振幅、周波数対群遅延特性)の一例を示す図である。
【
図9】従来技術における衛星放送用の送信装置(歪補償機能付き)の概略構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下、図面を参照して、本発明による一実施例の送信装置1について説明する。
【0043】
〔伝送システム〕
まず、
図1は、本発明による一実施例の送信装置1を備える一実施形態の衛星放送の伝送システムの概略構成を示すブロック図である。
図1に示す一実施形態の伝送システムは、デジタル放送で採用されている規格、例えばISDB-S、ISDB-S3、DVB-S2、DVB-S2Xなどに準拠したものとすることができ、地上放送局における送信装置1と、地球局の大電力増幅器(HPA)1aと、衛星中継器2と、複数の受信装置3‐1,3‐2,…,3‐n(以下、nは1以上の整数であり、包括して「受信装置3」と称する)により構成される。
【0044】
本実施例の送信装置1は、
図2を参照して詳細に説明するが、放送事業者毎のTSにおける映像・音声・データ放送などのTSパケットで構成される伝送データを主信号として入力して、地球局の大電力増幅器(HPA)1a及び実衛星の衛星中継器2の双方に起因する伝送路歪を補償した変調波信号を生成し、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに送信する装置であり、
図5に示す従来からの既存の送信装置10を置き換えて、或いは既設の従来からの送信装置10とは別に併設して伝送システム1として組み入れることができる。
【0045】
放送衛星に搭載される衛星中継器2は、IMUXフィルタ21、TWTA22、及びOMUXフィルタ23を備え、上述したように、IMUXフィルタ21により地上の送信装置1によってアップリンク信号として送信された変調波信号を受信して、その変調波信号から1チャンネル分ごとに帯域抽出を行い、TWTA22による電力増幅後、OMUXフィルタ23により帯域外不要周波数成分(スペクトラムリグロース)を抑圧し、OMUXフィルタ23に後続する合成器(図示略)によって全チャンネル分の放送波信号を合成し、地上の複数の受信装置3に向けてダウンリンク信号(放送波信号)を送信する。
【0046】
受信装置3は、衛星中継器2からのダウンリンク信号を受信して復調し、送信装置1における各処理の逆処理に対応する復号処理を施して、送信装置1によって送信した伝送データを復元する装置として構成され、従来技術に基づくISDB-S3方式に準拠した受信装置と同様の構成からなり、その更なる説明は省略する。
【0047】
ここで、地球局の大電力増幅器(HPA)1a及び実衛星の衛星中継器2は、従来技術として説明したように、
図6及び
図7に例示する入出力特性を有し、出力電力(振幅)やその位相偏移の影響により、送信装置1の変調波信号として所望のIQ信号点からずれが発生するものであり、更に、実衛星の衛星中継器2は、
図8に示すIMUXフィルタ21及びOMUXフィルタ23の入出力特性によって生じる周波数応答を有し、IMUXフィルタやOMUXフィルタは周波数振幅や群遅延特性等の影響によりシンボル間干渉が起き、所望のIQ信号点から広がりが発生するものとなっている。
【0048】
そこで、本発明に係る送信装置1は、地球局の大電力増幅器(HPA)1a及び実衛星の衛星中継器2の双方に起因する伝送路歪を補償した変調波信号を生成するように構成されており、以下、より具体的に説明する。
【0049】
〔送信装置〕
図2は、
図5に示すものと対比して理解されるように一般化して、本発明による一実施例の送信装置1の概略構成を示すブロック図である。尚、
図2において、
図5に示す送信装置10と同様の構成要素には同一の参照番号を付している。
【0050】
ここで、
図2に示す本発明による一実施例の送信装置1は、
図5に示す送信装置10と比較して、データ信号生成部11と波形整形部13との間に、
図5に示すアップサンプリング部12の代わりに第1の歪補償部16(ただし、
図5に示すアップサンプリング部12の機能を包含している)を設けている点、及び、波形整形部13と送信信号生成部14との間に、第2の歪補償部17を設けている点で相違しており、その他の構成要素は同様に構成されている。尚、
図2に示す第1の歪補償部16は、
図9に示す歪補償部15と同様に機能するものであるが、より具体的な構成については
図3を参照して後述する。
【0051】
図2を参照するに、本実施例の送信装置10は、データ信号生成部11と、第1の歪補償部16と、波形整形部13と、第2の歪補償部17と、送信信号生成部14と、を備える。
【0052】
データ信号生成部11は、従来技術と同様に、放送事業者毎のTSにおける映像・音声・データ放送などのTSパケットでデジタル信号を構成する伝送データを主信号として入力し、該主信号の情報ビット系列に対し誤り訂正符号化処理を含む所定の前処理を施して符号化ビット系列の信号を生成し、所定の変調方式に基づいたマッピングテーブルによりマッピングを施してIQデータの信号(同相成分Iと直交位相成分Qの信号点系列で表されIQ平面上の信号点として表すことが可能なデジタルデータの信号)に変換する機能部であり、送信前処理部111及びマッピング部112を備える。
【0053】
送信前処理部111は、当該デジタル信号を構成する伝送データを主信号として入力し、所定の伝送フレームを構成するブロック単位の変調スロットに主信号を割り当て、そのブロック単位で割り当てられる同期信号及び主信号を含む情報ビット系列に対し誤り訂正符号化処理を含む所定の前処理を施して、符号化ビット系列の変調スロットの信号を生成し、マッピング部112に出力する。
【0054】
マッピング部112は、送信前処理部111から得られる変調スロットの信号に対し、所定の変調方式に基づいたマッピングテーブルによりマッピングを施してIQデータの信号に変換し、アップサンプリング部12に出力する。尚、図示を省略しているが、主信号用の変調スロットとは別にTMCC信号用の変調スロットも生成される。主信号用の変調方式は、そのTMCC信号に示される制御情報で指定されるようになっており、π/2シフトBPSK、QPSK、8PSK、16APSK、32APSKがある。また、TMCC信号用の変調方式は、π/2シフトBPSKとされる。そして、各変調方式の主信号用の変調スロットの信号及びTMCC信号用の変調スロットの信号は、時分割多重して伝送されるようになっている。
【0055】
第1の歪補償部16は、
図3を参照して詳細に後述するが、
図9に示す従来技術における歪補償部15と同様に構成される。即ち、第1の歪補償部16は、マッピング部112から得られるIQデータの信号について、一旦、アップサンプリングした状態で波形整形し、実衛星の衛星中継器2の入出力特性を近似したテーブルファイルを用いて当該衛星中継器2に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせた信号を生成し、波形整形を施し元のIQデータの信号に対応するようにダウンサンプリングして得られるIQ信号点から、対応する元のIQデータの信号点を減算する第1のベクトル演算を行って誤差ベクトルを求め、その誤差ベクトルについて理想信号点からみた逆ベクトルを補正ベクトルとして用いるために、当該元のIQデータの信号点から所定の係数重みを乗じた当該誤差ベクトルを減算する第2のベクトル演算を行い、アップサンプリングする第1の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成し、その歪補償したIQデータの信号についてアップサンプリングして波形整形部13に出力する。
【0056】
従って、本実施例の送信装置1は、波形整形部13の前段に第1の歪補償部16を設けることで、実衛星の衛星中継器2に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第1の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する機能を有する。これにより、実衛星の衛星中継器2から放射されるダウンリンク信号(放送波信号)では、実衛星の衛星中継器2に起因するIQ信号点のずれや広がりがキャンセルされるため、受信装置3側では理想信号点に収束させることができ、受信装置3側の所要C/Nを改善できる。
【0057】
波形整形部13は、第1の歪補償部16から得られる第1の歪補償処理後のIQデータの信号(アップサンプリングされた非サンプル点を含む)に対し、所定の帯域制限フィルタ処理を施すことにより不要な高周波成分を除去する波形整形を行い、第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号を生成し、送信信号生成部14に出力する。帯域制限フィルタとしては、一般的にルートロールオフ特性をもつデジタルフィルタが用いられる。本実施例では、ISDB-S3で採用されたロールオル率0.03のルートロールオルフィルタを用いる。
【0058】
第2の歪補償部17は、波形整形部13から得られる第1の歪補償処理を経た波形整形後のIQデータの信号について、
図6に示す地球局の大電力増幅器(HPA)1aの入出力特性(AM/AM特性及びAM/PM特性)の逆成分となる値を示すテーブルファイルを用いて、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成し、送信信号生成部14に出力する。
【0059】
従って、本実施例の送信装置1は、波形整形部13の後段に第2の歪補償部17を設けることで、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する機能を有する。これにより、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因するIQ信号点のずれや広がりがキャンセルされるだけでなく、アップリンク信号におけるナイキスト帯域外のスペクトラムリグロースを低減させることが可能となる。
【0060】
送信信号生成部14は、第2の歪補償部17から得られる第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号について当該所定の変調方式による変調波信号を生成し、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに送信する機能部であり、直交変調部141、DA(デジタル/アナログ)変換部142、及び周波数変換部143を備える。
【0061】
直交変調部141は、第2の歪補償部17から得られる実衛星の衛星中継器2及び地球局の大電力増幅器(HPA)1aの双方に起因する伝送路歪をそれぞれ波形整形部13の前後で補償した後のIQデータの信号に対し、当該所定の変調方式による直交変調処理に基づくベースバンドIQ信号を生成し、DA変換部142に出力する。
【0062】
DA変換部142は、直交変調部141から得られるベースバンドIQ信号に対し、デジタル/アナログ変換処理を施して変調波信号を生成し、周波数変換部143に出力する。
【0063】
周波数変換部143は、DA変換部142から得られる変調波信号について、アップリンク信号の無線周波数帯の変調波信号に周波数変換し、当該地球局の大電力増幅器(HPA)に送信する。例えば、ISDB-S3の衛星放送の伝送システムにおけるアップリンク信号の無線周波数は17GHz帯とされる。
【0064】
(第1の歪補償部)
図3は、本発明による一実施例の送信装置1における第1の歪補償部16の概略構成を示すブロック図である。尚、第1の歪補償部16の出力部に、従来技術の
図5に示すアップサンプリング部12に対応するアップサンプリング部167が設けられる。
【0065】
第1の歪補償部16は、
図7に示す衛星中継器2におけるTWTAの入出力特性、及び
図8に示す衛星中継器2におけるIMUXフィルタ及びOMUXフィルタの周波数応答特性に起因して生じる伝送路歪を事前に補正する第1の歪補償処理を行う機能部として構成される。尚、第1の歪補償部16は、実衛星の衛星中継器2に起因する伝送路歪を補償するという点だけにおいては、波形整形部13の前段、或いは後段のどちらであってもよいが、以下の理由から運用上、波形整形部13の前段に設ける必要がある。その理由は、第1の歪補償部16の歪補償の対象が衛星中継器2の非線形性であり、送信装置1が送信するアップリンク信号としてはその非線形性の逆特性とするように補正した状態になることからその出力段でスペクトラムリグロースが発生し、帯域外に不要波成分が残った状態でアップリンク信号となるためである。波形整形部13の前段に設けておくことで、帯域外の不要波成分を十分に抑圧した状態で信号をアップリンクすることが可能となる。
【0066】
以下、より具体的に、
図3を参照して、第1の歪補償部16の構成を説明する。第1の歪補償部16は、アップサンプリング部161、波形整形部162、疑似衛星中継器163、波形整形部164、ダウンサンプリング部165、IQ歪補償演算部166、及びアップサンプリング部167を備える。
【0067】
アップサンプリング部161は、マッピング部112から得られるIQデータの信号のサンプル点に対し、2倍以上のアップサンプリングを施して、波形整形部162に出力する。
【0068】
波形整形部162は、ロールオル率0.03のルートロールオルフィルタ特性をもつデジタルフィルタであり、アップサンプリング部161から得られるアップサンプリングされた非サンプル点を含むIQデータの信号に対し、所定の帯域制限フィルタ処理を施すことにより不要な高周波成分を除去する波形整形を行い、波形整形後のIQデータの信号を生成し、疑似衛星中継器163に出力する。
【0069】
疑似衛星中継器163は、
図1に示す実衛星の衛星中継器2におけるIMUXフィルタ21、TWTA22、OMUXフィルタ23の各入出力特性をそれぞれ近似したテーブルファイルを用いて信号処理する機能部として、それぞれ対応するIMUXフィルタ1631、TWTA1632、OMUXフィルタ1633を備える。即ち、疑似衛星中継器163は、波形整形部162から得られる波形整形後のIQデータの信号に対し、実衛星の衛星中継器2の入出力特性を近似したテーブルファイルを用いて当該衛星中継器2に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせた信号を生成し、波形整形部164に出力する。この疑似衛星中継器163における入出力特性は、デジタル信号処理として利用するテーブルファイルで構成される。これにより、擬似衛星中継器163は、送信するデジタル信号の信号点のマッピング後のIQデータの理想信号点に対して、衛星中継器2によって生じ得る信号点のずれを事前に模擬した信号点を持つIQデータの信号を生成する。
【0070】
波形整形部164は、波形整形部162と同じくロールオル率0.03のルートロールオルフィルタ特性をもつデジタルフィルタである。特に、波形整形部164は、受信側に対する不要波を除去する用途と、変調信号が波形整形部162と波形整形部164を通過することから伝送路全体でみたときロールオフ特性を保つことから、サンプル点におけるシンボル干渉を理論的に0とする役割とがある。
【0071】
ダウンサンプリング部165は、波形整形部164から得られる波形整形後の当該衛星中継器2に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせたIQデータの信号に対し、アップサンプリング部161による非サンプル点を間引くことにより元のIQデータの信号のサンプル点に対応するようにダウンサンプリングする処理を施して、IQ歪補償演算部166に出力する。例えばアップサンプリング部161により2倍のアップサンプリングを施していたときは、ダウンサンプリング部165は、1/2に間引くようにする。即ち、伝送システム1として考慮すると、アップサンプリング部161、波形整形部162、擬似衛星中継器163、波形整形部164、及びダウンサンプリング部165までが、アップリンク信号及びダウンリンク信号間で想定される伝送路に対応する疑似的な伝送路となる。
【0072】
IQ歪補償演算部166は、ダウンサンプリング部165から得られるダウンサンプリング後の当該衛星中継器2に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせたIQデータのIQ信号点から、対応する元のIQデータの信号点を減算する第1のベクトル演算を行って誤差ベクトルを求め、その誤差ベクトルについて理想信号点からみた逆ベクトルを補正ベクトルとして用いるために、当該元のIQデータの信号点から所定の係数重みを乗じた当該誤差ベクトルを減算する第2のベクトル演算を行いアップサンプリングする第1の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する機能部であり、遅延部1661、第1のベクトル演算部1662、逆特性係数部1663、及び第2のベクトル演算部1664を有する。
【0073】
遅延部1661は、ダウンサンプリング部165から得られるダウンサンプリング後の当該衛星中継器2に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせたIQデータの信号と、データ信号生成部11から得られる元のIQデータの信号の2系統の信号間の同期をとるために、タイミングを調整する機能部である。即ち、遅延部1661は、アップサンプリング部161、波形整形部162、擬似衛星中継器163、波形整形部164、及びダウンサンプリング部165までの処理に要する時間に相当する遅延量Dで、データ信号生成部11から得られる元のIQデータの信号を入力して遅延させ、当該2系統の信号間の同期をとるようにして、第1のベクトル演算部1662及び第2のベクトル演算部1664に出力する。
【0074】
第1のベクトル演算部1662は、ダウンサンプリング部165から得られるダウンサンプリング後の当該衛星中継器2に起因する伝送路歪を疑似的に生じさせたIQデータのIQ信号点から、対応する元のIQデータの信号点を減算する第1のベクトル演算を行うことにより、誤差ベクトルを生成し、逆特性係数部1663に出力する。
【0075】
逆特性係数部1663は、第1のベクトル演算部1662から得られる誤差ベクトルについて、予め定めた係数重みを乗じて、第2のベクトル演算部1664に出力する。例えば係数重みは1として逆特性係数部1663を省略してもよいが、本実施例では、逆特性係数部1663により、例えば0.95や1.05とするなど、誤差ベクトルの絶対値に係数重みを乗じて微調整することができるようにしている。
【0076】
第2のベクトル演算部1664は、逆特性係数部1663から得られる予め定めた係数重みを乗じた誤差ベクトルについて理想信号点からみた逆ベクトルを補正ベクトルとして用いるために、遅延部1661から得られる遅延調整後の対応する元のIQデータの信号点から、当該予め定めた係数重みを乗じた誤差ベクトルを減算し、これにより歪補償したIQデータの信号を生成し、アップサンプリング部167に出力する。
【0077】
アップサンプリング部167は、第2のベクトル演算部1664から得られる歪補償したIQデータの信号のサンプル点に対し、2倍以上のアップサンプリングを施して、波形整形部13に出力する。
【0078】
このようにして、本実施例の送信装置1は、波形整形部13の前段に第1の歪補償部16を設けることで、実衛星の衛星中継器2に起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第1の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する機能を有する。これにより、実衛星の衛星中継器2から放射されるダウンリンク信号(放送波信号)では、実衛星の衛星中継器2に起因するIQ信号点のずれや広がりがキャンセルされるため、受信装置3側では理想信号点に収束させることができ、受信装置3側の所要C/Nを改善できる。
【0079】
(第2の歪補償部)
第2の歪補償部17は、上述したように、波形整形部13から得られる第1の歪補償処理を経て波形整形後のIQデータの信号について、
図6に示す地球局の大電力増幅器(HPA)1aの入出力特性(AM/AM特性及びAM/PM特性)の逆成分となる値を示すテーブルファイルを用いて、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成し、送信信号生成部14に出力する。
【0080】
本実施例に係る第2の歪補償部17では、
図4に示すようなテーブルファイルを持つ構成とする。
図4に示す第2の歪補償部17における第2の歪補償処理用のAM/AM特性及びAM/PM特性は、
図6に示す地球局の大電力増幅器(HPA)1aの入出力特性(AM/AM特性及びAM/PM特性)の逆成分となる値に補正した特性である。
図4において、第2の歪補償処理用のAM/AM特性は大電力増幅器(HPA)1aのAM/AM特性の利得を反転させたものである。また、
図4において、第2の歪補償処理用のAM/PM特性は大電力増幅器(HPA)1aのAM/PM特性の値を符号反転させたものである。第2の歪補償部17における第2の歪補償処理の結果として、第2の歪補償部17を含む地球局の大電力増幅器(HPA)1aの入出力特性は線形性が向上されており、且つ非サンプル点を含むIQデータの信号が該入出力特性を通過するため、地球局の大電力増幅器(HPA)1aの出力段におけるスペクトラムリグロースは低減された状態でアップリンク信号の送信が可能となる。尚、第2の歪補償部17により送信装置1の出力信号では帯域外スペクトラムリグロースが発生するが、送信装置1から大電力増幅器(HPA)1aまでは有線接続されているため、問題とはならない。結果として大電力増幅器(HPA)1aの出力段でスペクトラムリグロースが補償なしのときより低減される方が好ましい。
【0081】
尚、第2の歪補償部17は、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因する帯域内の信号歪を補償するという点だけにおいては、波形整形部13の前段、或いは後段のどちらであってもよいが、大電力増幅器(HPA)1aの帯域外スペクトラムリグロースを低減させるには波形整形部13の後段に設けなければならない。更に、波形整形部13の後段の方が対象伝送路(大電力増幅器(HPA)1a)により近いブロック構成となるため前段より高い精度での歪補償が期待できる。更に、第2の歪補償部17により大電力増幅器(HPA)1aが等価的に線形伝送路となれば、衛星中継器2を補償対象とした第1の歪補償部16の補償精度も向上する。
【0082】
従って、本実施例の送信装置1は、波形整形部13の後段に第2の歪補償部17を設けることで、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因するIQ信号点の誤差を事前に補正する第2の歪補償処理により歪補償したIQデータの信号を生成する機能を有する。これにより、地球局の大電力増幅器(HPA)1aに起因するIQ信号点のずれや広がりがキャンセルされるだけでなく、アップリンク信号におけるナイキスト帯域外のスペクトラムリグロースを低減させることが可能となる。
【0083】
(総括)
ここで、従来技術に対する本発明に係る作用・効果について総括して説明する。
図9に示したように、波形整形部13の前段にのみ歪補償手段(歪補償部15)を備える構成の従来技術の送信装置10Aでは、その歪補償部15の歪補償後に波形整形を行っているため衛星中継器2の帯域内IQ成分の歪低減には有効であったが、歪補償部15のみではアップリンク信号におけるナイキスト帯域外のスペクトラムリグロースを低減させることはできなかった。尚、衛星中継器2は、OMUXフィルタ23を有しているため、TWTA22のスペクトラムリグロース成分までDPDとして低減させる必要はない。逆に、第2の歪補償部17のみを備える構成の送信装置(図示せず)では、帯域外アップリンク信号に影響を与えるため、積極的に衛星中継器2に対する歪補償を事前処理として行うことができないため、アップリンク信号の帯域外スペクトラムリグロースを低減させつつ受信側の所要C/Nを低減させるには、更なる工夫が必要になる。
【0084】
そこで、本実施例の送信装置1のように、波形整形部13の前後に個別の歪補償手段(第1の歪補償部16及び第2の歪補償部17)を備える構成とすることにより、従来のDPD(第1の歪補償部16のみを有する構成に相当する)では解決できなかったアップリンク信号におけるナイキスト帯域外のスペクトラムリグロースについて、第2の歪補償部17により低減させることが可能となる。更に、本実施例の送信装置1によれば、第1の歪補償部16により従来と同様に衛星中継器2に対する歪補償も弊害なく実行可能となるため、受信特性として所要C/Nも改善するようになり、アップリンク信号のスペクトラムリグロース低減と受信性能の改善を図ることができる。そして、本実施例の送信装置1によれば、第1の歪補償部16及び第2の歪補償部17における放送伝送路の特性を模擬する処理においてテーブルファイルの書き換えにより逐次更新可能であるため、各種の伝送方式の信号形式に依存せず、種々の伝送方式や放送伝送路に対して高い汎用性を持たせることができる。
【0085】
上述した一実施例については代表的な例として説明したが、本発明の趣旨及び範囲内で、多くの変更及び置換することができることは当業者に明らかである。例えば、上述した例では、
図6及び
図8において、現行の地球局の大電力増幅器(HPA)1a及び実衛星の衛星中継器2を基に、典型的な入出力特性を図示して説明したが、実際に運用する地球局の大電力増幅器(HPA)1a及び実衛星の衛星中継器2の入出力特性を適用すればよい。また、本発明の実施例における第1の歪補償部16及び第2の歪補償部17は、一例として伝送路の入出力特性を利用した歪補償法等を用いているが、個々の補償方法はこれに限定したものではなく、第1の歪補償部16は衛星中継器2(或いはこれに相当する伝送路)を対象とした補償法であり、第2の歪補償部17は大電力増幅器(HPA)1a(或いはこれに相当する伝送路)を対象とした補償であればよい。従って、本発明は、上述の実施例によって制限するものと解するべきではなく、特許請求の範囲によってのみ制限される。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明によれば、衛星放送におけるアップリンク信号のスペクトラムリグロース低減と受信性能の改善を図ることができるので、衛星放送の伝送システムの用途に有用である。
【符号の説明】
【0087】
1 本発明に係る送信装置
1a 地球局の大電力増幅器(HPA)
2 衛星中継器
3,3‐1,3‐2,3‐n 受信装置
10,10A 従来技術の送信装置
11 データ信号生成部
12 アップサンプリング部
13 波形整形部
14 送信信号生成部
15 歪補償部
16 第1の歪補償部
17 第2の歪補償部
21 入力マルチプレクサ(IMUX)フィルタ
22 進行波管増幅器(TWTA)
23 出力マルチプレクサ(OMUX)フィルタ
111 送信前処理部
112 マッピング部
141 直交変調部
142 デジタル/アナログ(DA)変換部
143 周波数変換部
161 アップサンプリング部
162 波形整形部
163 疑似衛星中継器
164 波形整形部
165 ダウンサンプリング部
166 IQ歪補償演算部
167 アップサンプリング部
1631 IMUXフィルタの近似入出力特性を処理する機能部
1632 TWTAの近似入出力特性を処理する機能部
1633 OMUXフィルタの近似入出力特性を処理する機能部
1661 遅延部
1662 第1のベクトル演算部
1663 逆特性係数部
1664 第2のベクトル演算部