(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-10-02
(45)【発行日】2025-10-10
(54)【発明の名称】核酸増幅方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/686 20180101AFI20251003BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20251003BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALN20251003BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z ZNA
C12M1/00 A
C12Q1/6876 Z
(21)【出願番号】P 2021507320
(86)(22)【出願日】2020-03-13
(86)【国際出願番号】 JP2020011249
(87)【国際公開番号】W WO2020189581
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2023-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2019049009
(32)【優先日】2019-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】512132147
【氏名又は名称】杏林製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 秀典
(72)【発明者】
【氏名】岩浪 哲
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/119382(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/006612(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/235766(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/225577(WO,A1)
【文献】特開2004-305219(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-1/42
C12Q 1/00-1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
空間的に離れた2つの温度帯が微小流路で結ばれており、試料液を微小流路中前記2つの温度帯間を往復移動させサーマルサイクリングを行うレシプロカルフロー型の核酸増幅方法において、
前記2つの温度帯は変性温度帯及び伸長・アニーリング温度帯であり、
前記微小流路は変性温度帯に対応する曲線流路、伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路、前記変性温度帯に対応する曲線流路と伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路とをつなぐ直線状の中間流路、並びに、試料液の移動を実現するための送液用機構に接続可能な接続部を少なくとも備え、
微小流路中での試料液の移動は送液停止時には大気圧開放される送液用機構により行われ、
前記変性温度帯に対応する流路
の所定の位置及び前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路
の所定の位置及び前記中間流路の所定の位置で
、それぞれ蛍光波長が異なる1種の蛍光種のサーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムマルチプレックスPCRを行い、
前記変性温度帯に対応する流路の所定の位置は中間流路から1~数回の折り返しあるいは曲線部を通過した位置であり、前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路の所定の位置は中間流路から1~数回の折り返しあるいは曲線部を通過した位置であり、
試料液の送液速度は25mm/秒~2.2m/秒である、方法。
【請求項2】
以下の工程を含む、核酸増幅方法:
工程1:変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯を形成できるヒーター、
前記変性温度帯に存在する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、
前記伸長・アニーリング温度帯に存在する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路をつなぐ中間流路を通過する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、
前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯の試料液の移動を可能にし、かつ、送液停止時には大気圧開放される送液用機構、
核酸増幅用チップを載置可能な基板、
試料液の移動に関する蛍光検出器からの電気信号が送られて送液用機構の駆動を制御する制御機構を備え、
サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムマルチプレックスPCRを行うことを特徴とするレシプロカルフロー型の核酸増幅装置の基板上に、
前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路、前記曲線流路をつなぐ直線状の中間流路、流路の一方又は両端部に前記核酸増幅装置における送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を少なくとも1つ有する核酸増幅用チップを載置する工程、
工程2:微小流路の送液用機構接続部と送液用機構を接続する工程、
工程3:前記送液用機構により試料液を微小流路の2つの曲線流路間で往復させてサーマルサイクリングを行う工程であって、試料液の送液速度は25mm/秒~2.2m/秒である工程、及び
工程4:前記変性温度帯に対応する流路
の所定の位置及び前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路
の所定の位置及び前記中間流路の所定の位置で前記蛍光検出器により
それぞれ蛍光波長が異なる1種の蛍光種のサーマルサイクル毎の試料液の蛍光強度の計測を行う工程、であって、前記変性温度帯に対応する流路の所定の位置は中間流路から1~数回の折り返しあるいは曲線部を通過した位置であり、前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路の所定の位置は中間流路から1~数回の折り返しあるいは曲線部を通過した位置である、工程。
【請求項3】
前記送液用機構がマイクロブロア又は送風機である、請求項1に記載の核酸増幅方法。
【請求項4】
前記中間流路上の蛍光測定点(P2)と前記変性温度帯上の蛍光測定点(P1)の距離が、8mm以上である、請求項1記載の核酸増幅方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願の相互参照]
本出願は、2019年3月15日に出願された、日本国特許出願第2019-049009号明細書(その開示全体が参照により本明細書中に援用される)に基づく優先権を主張する。
本発明は、核酸増幅方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の検出は、医薬品の研究開発、法医学、臨床検査、農作物や病原性微生物の種類の同定など、様々な分野において中核をなすものである。癌を含む種々の疾患、微生物の感染、分子系統解析に基づいた遺伝子マーカーなどを検出する能力は、疾患及び発症リスク診断、マーカーの探索、食品や環境中の安全性評価、犯罪の立証、及び他の多くの技術にとって普遍的技術となっている。
【0003】
遺伝子である少量の核酸を高感度に検出する最も強力な基礎技術の1つは、核酸配列の一部又は全部を指数関数的に複製し増幅した産物を分析する手法である。
【0004】
PCR法は、DNAのある特定領域を選択的に増幅する強力な技術である。PCRを用いると、テンプレートDNAの中の標的とするDNA配列について、単一のテンプレートDNAから数百万コピーのDNA断片を生成することができる。PCRは、サーマルサイクルと呼ばれる三相もしくは二相の温度条件を繰り返すことにより、単一鎖へのDNAの変性、変性されたDNA一本鎖とプライマーのアニーリング、及び熱安定性DNAポリメラーゼ酵素によるプライマーの伸長という個々の反応が順次繰り返される。このサイクルは、分析に必要な十分なコピー数が得られるまで繰り返し行われる。原理上、PCRの1回のサイクルで、コピー数を倍にすることが可能である。実際には、サーマルサイクルが続くと、必要な反応試薬の濃度が減少するので、増幅されたDNA産物の集積が、最終的に止まる。PCRの一般的詳細については、「Clinical Applications of PCR」、Dennis Lo(編集)、Humana Press(ニュージャージー州トトワ所在)(1998年)、及び「PCR Protocols A Guide to Methods and Applications」、M.A.Innisら(編集)、Academic Press Inc.社(カリフォルニア州サンディエゴ所在)(1990年)を参照のこと。
【0005】
PCR法は目的のDNAを選択的に増幅できる強力な手法であるが、増幅したDNAを確認するためには、PCRの終了後に別途ゲル電気泳動などによる確認作業が必要であった。そこで、PCR法の改良として、目的のDNAの増幅量に合わせ蛍光を発生もしくは消光させるリアルタイムPCR法が開発され、試料中の目的のDNAの有無を簡便に確認できるようになった。従来のPCR法では、PCR前の試料中のテンプレートDNA量が一定量を超えると、PCR後の増幅DNA量はプラトーに達していることが多く、PCR前のテンプレートDNA量を定量することは出来ない。しかし、リアルタイムPCR法においては、プラトーに達する前に、PCR途中の増幅DNA量をリアルタイムに検出できるため、DNA増幅の様子からPCR前のテンプレートDNA量を定量することが可能である。そのためリアルタイムPCR法は、定量的PCR法とも呼ばれる。
【0006】
リアルタイムPCR法による標的DNA量の定量性は,臨床において特に有用であり、例えばエイズウイルス(HIV)などウイルス感染の治療効果を確認する上で、ウイルス量の推移をモニタリングすること等に利用されている。また、ヘルペスウイルス(HHV)のような、多くが幼児期より不顕性感染しているが、体力減衰等により増殖し発症する日和見感染症の診断においても、リアルタイムPCR法によるDNA定量が有効である。
【0007】
PCR法及びリアルタイムPCR法は、サーマルサイクルにより遺伝子を指数関数的に増幅する強力な手法であるが、PCRに使用される汎用のサーマルサイクラー装置は、ヒーターであるアルミブロック部の巨大な熱容量のため温度制御が遅く、30~40サイクルのPCR操作に従来1~2時間、場合によってはそれ以上を要する。そのため、最新の遺伝子検査装置を用いても分析にはトータルで、通常1時間以上を要しており、PCR操作の高速化は、技術登場以来の大きな課題であった。
【0008】
本願発明者らは、PCR操作の高速化を図る目的からマイクロブロア等を送液用機構として使用するレシプロカルフロー型の核酸増幅装置を開発した(特許文献1)。
【0009】
一方、1つのPCR反応系に複数のプライマー対を用いることで、複数の遺伝子領域を同時に増幅するマルチプレックスPCRが注目されている。マルチプレックスPCRを発展させたリアルタイムマルチプレックスPCRは、それぞれのターゲットを、他のターゲットの影響(クロストーク)を受けにくく、感度を落とすことなく、複数の異なるターゲット遺伝子を区別して検出し、定量的な結果を得ることを目的としている。しかし、ラベル可能な蛍光物質の種類や、蛍光波長のオーバーラップの問題のために、2類以上の定量的マルチプレックス反応は、困難な場合が多いという報告がある。
【0010】
特許文献1では、マルチプレックスPCRの例として3種類の蛍光の同時計測が可能な多色蛍光検出器を使用して微小流路の直線流路上の1点を検出点として計測した結果が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、マルチプレックスPCRを行う際に、特許文献1のように多色蛍光検出器を使用し、直線流路上の1点を検出点として複数のプローブの蛍光強度を同時に計測すると、そのうちの1つのプローブから発光した蛍光波長のスペクトルが、同時に測定される別のプローブ由来の蛍光波長のスペクトルや、別のプローブに標識した蛍光色素を励起するための光源の波長のスペクトルと一部において重なり区別することができないため、正確な蛍光強度を計測するためには、このような蛍光同士や励起光との干渉が無いことが望ましい。
【0013】
また、このような干渉を防ぐために直線流路上に3つの測定ポイントを並べ、励起光源を時間差で点灯させ蛍光強度を測定することも可能である。しかし、干渉の発生を避ける目的から、送液スピードを遅くしなければならないという不都合が生じる。
【0014】
本発明の目的は、マルチプレックスPCRを行う場合においても、迅速でありかつノイズの低下させたリアルタイムPCR法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明者らは、リアルタイムPCRを行う際に、空間的に離れた2つの温度帯の微小流路の所定の位置でサーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことで上記課題を解決できることを見いだした。本発明は、かかる発見にさらなる検討を重ねて完成したものである。
【0016】
本発明は、以下の態様を包含する。
【0017】
項1、空間的に離れた2つの温度帯が微小流路で結ばれており、試料液を微小流路中前記2つの温度帯間を往復移動させサーマルサイクリングを行うレシプロカルフロー型の核酸増幅方法において、
前記2つの温度帯は変性温度帯及び伸長・アニーリング温度帯であり、
前記微小流路は変性温度帯に対応する曲線流路、伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路、前記変性温度帯に対応する曲線流路と伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路とをつなぐ直線状又は曲線状の中間流路、並びに、試料液の移動を実現するための送液用機構に接続可能な接続部を少なくとも備え、
微小流路中での試料液の移動は送液停止時には大気圧開放される送液用機構により行われ、
前記変性温度帯に対応する流路及び前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路の所定の位置でサーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムPCRを行う、方法。
【0018】
項2、以下の工程を含む、核酸増幅方法:
工程1:変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯を形成できるヒーター、
前記変性温度帯に存在する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、
前記伸長・アニーリング温度帯に存在する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯の試料液の移動を可能にし、かつ、送液停止時には大気圧開放される送液用機構、
核酸増幅用チップを載置可能な基板、
試料液の移動に関する蛍光検出器からの電気信号が送られて送液用機構の駆動を制御する制御機構を備え、
サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムPCRを行うことを特徴とするレシプロカルフロー型の核酸増幅装置の基板上に、
前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路、前記曲線流路をつなぐ直線状又は曲線状の中間流路、流路の一方又は両端部に前記核酸増幅装置における送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を少なくとも1つ有する核酸増幅用チップを載置する工程、
工程2:微小流路の送液用機構接続部と送液用機構を接続する工程、
工程3:前記送液用機構により試料液を微小流路の2つの曲線流路間で往復させてサーマルサイクリングを行う工程、及び
工程4:前記変性温度帯に対応する流路及び前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路の所定の位置で前記蛍光検出器によりサーマルサイクル毎の試料液の蛍光強度の計測を行う工程。
【0019】
項3、前記送液用機構がマイクロブロア又は送風機である、項1又は2に記載の核酸増幅方法。
【0020】
項4、前記曲線流路をつなぐ中間流路が直線状である、項1~3のいずれかに記載の核酸増幅方法。
【0021】
項5、さらに前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯の曲線流路をつなぐ前記中間流路を通過する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器を備え、前記中間流路の所定の位置で前記蛍光検出器によりサーマルサイクル毎の試料液の蛍光強度の計測を行う工程を含む、項4に記載の核酸増幅方法。
【0022】
項6、前記中間流路上の蛍光測定点(P2)と前記変性温度帯上の蛍光測定点(P1)の距離が、8mm以上である、項5記載の核酸増幅方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、マルチプレックスPCRを行う場合においても、迅速でありかつノイズを低下させたリアルタイムPCR法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】核酸増幅装置の装置構成の例を示す図である(ヒーター2個)。
【
図2】核酸増幅装置の装置構成の例を示す図である(ヒーター3個)。
【
図3】PCRチップの変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯の曲線流路及びこれらをつなぐ直線状の中間流路の例を示す図である。
【
図4】マルチプレックスqPCR(Cy5検出)のグラフである。
【
図5】マルチプレックスqPCR(FAM検出)のグラフである。
【
図6】マルチプレックスqPCR(ABY検出)のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の核酸増幅方法について詳説する。
【0026】
本発明の核酸増幅方法は、試料液を微小流路中2つの温度帯間を往復移動させることによりサーマルサイクリングを行う方法である。このような核酸増幅方法を、レシプロカルフロー型の核酸増幅方法と呼ぶ場合もある。
【0027】
本発明の核酸増幅方法は、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)のうち、PCR反応中の遺伝子増幅の状況をモニタリングすることができるリアルタイムPCRである。なお、PCRにおいては、複数回のサイクルの変性、プライマー対の相対鎖へのアニーリング、ターゲット核酸配列のコピー数の指数関数的な増加をもたらすプライマーの伸長を利用し、核酸の増幅を行う。
【0028】
リアルタイムPCRを実現するために、サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行う。すなわち、サーマルサイクリングにより標的DNAが増幅するにつれ増加するサイクル毎の蛍光強度変化を経時的に記録し、蛍光強度がある閾値を超えるサイクル数(Ct値)を算出することで、初期の標的DNA量を定量することが可能である。PCRにおいて、遺伝子増幅のされ方、即ち遺伝子産物が対数増殖的に増加するときのサイクル数は、基となる鋳型の量に依存するため、あらかじめ濃度が分かっている外部標準DNAを鋳型としたときの遺伝子増幅の状況と比較することで、試料中の標的遺伝子の存在量を算出することができる。
【0029】
本発明の核酸増幅方法は、DNAを鋳型とするものであっても、RNAを鋳型とするものであってもよい。DNAを鋳型とする場合は
図1に示すような核酸増幅装置の構成によりPCRが実施され、RNAを鋳型とする場合(リアルタイムRT-PCR)は
図2に示すような核酸増幅装置の構成により、まず逆転写酵素によりmRNAから相補的なDNA(cDNA)を生成(逆転写)した後にPCRが実施される
PCRの各種キット及びプロトコールとして、各種公知のものを使用することができる。本発明の核酸増幅方法がリアルタイムRT-PCRである場合、逆転写反応及びPCRでのサイクリングを、ワンステップで迅速かつ簡便に行うことができるOne-Step RT-PCRを用いることができる。
【0030】
本発明の核酸増幅方法はその好ましい態様の1つにおいて、1つのPCR反応系に複数のプライマー対を用いることで、複数の遺伝子領域を同時に増幅するマルチプレックスPCRである。2又は3種の遺伝子領域を同時に増幅するマルチプレックスPCRであることが特に好ましい。
【0031】
本発明の核酸増幅方法は、試料液が微小流路中を移動することにより実施される。本発明の核酸増幅方法を実施するための微小流路は、変性温度帯及び伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路、前記変性温度帯に対応する曲線流路と伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路とをつなぐ直線状又は曲線状の中間流路、並びに、試料液の移動を実現するための送液用機構に接続可能な接続部を少なくとも備える。微小流路は、試料液を導入するための開口部を備えることもできる。試料液を導入するための開口部は、任意選択でシールや弁等により密閉可能とすることができる。
【0032】
微小流路は、(i)熱伝導性が比較的高い、(ii)PCRに必要な温度範囲において安定である、(iii)電解質溶液や有機溶媒に侵食されにくい、(iv)核酸やタンパク質の吸着性が低いなどの要件の一部又は全部を満たす材料から構成されることが好ましい。具体的には、ガラス、石英、シリコン、シクロオレフィンポリマー(COP)などの熱硬化性や光硬化性の各種樹脂が例示される。また、蛍光検出を実施するとの観点から、光(特に、蛍光検出を行うための励起光及び放射光)の透過性が高い(すなわち、吸収、拡散、反射等が少ない)、透明な材料であることが好ましい。
【0033】
微小流路は、例えば、NC加工による切削などの機械加工、射出成形、ナノインプリンティング、ソフトリソグラフィーなどの方法により溝が素材に形成され、シール(好ましくは、例えばポリオレフィン製などの透明シール)により密閉された構造とすることができる。あるいは、三次元プリンティングにより微小流路を形成することもできる。微小流路の断面の形状は、特に限定されず、半円形状、円形状、直方形状、くさび形、台形、多角形などとすることができる。また、微小流路の断面は、例えば、幅10~1000μm程度、深さ10~1000μm程度とすることができる。また、微小流路の幅及び深さのそれぞれは、一定、又は、部分的に幅若しくは深さが変化するものとすることができる。
【0034】
微小流路が備える変性温度帯に対応する曲線流路及び伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路の形状は、ループ形状を有する蛇行流路、渦巻き状などの曲線流路の形状とすることができる。変性温度帯に対応する曲線流路と伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路とをつなぐ中間流路は、直線状又は曲線状のいずれの形状とすることができる。
【0035】
変性温度帯に対応する曲線流路及び伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路のそれぞれの長さは、20mm以上であることが好ましい。
【0036】
微小流路が備える変性温度帯に対応する曲線流路及び伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路のそれぞれは、対応する温度に維持されており、当該温度帯に移動してきた試料液の温度を当該温度帯の温度に変化させる。
【0037】
変性温度帯は、PCRにおけるDNA変性反応に必要な温度に維持されている。変性温度帯の温度は90~100℃程度が好ましく、95℃程度がより好ましい。伸長・アニーリング温度帯は、PCRにおけるDNAのアニーリング反応及び伸長反応のために必要な温度に維持されている。伸長・アニーリング温度帯の温度は40~75℃程度が好ましく、55~65℃程度がより好ましい。
【0038】
変性温度帯及び伸長・アニーリング温度帯のそれぞれは、一定の温度に維持されていることが好ましい。温度の維持は、熱源により実現することができる。熱源は、例えば、微小流路に内蔵されている又は微小流路が接触している。熱源の具体例としては、カートリッジヒーター、フィルムヒーター、ペルチェヒーター等が例示される。
【0039】
本発明の核酸増幅方法において、試料液はプラグ状の形態で微小流路中を移動する。微小流路中を移動する試料液の容量は、特に限定されず、好ましくは5~50μL程度、より好ましくは15~20μL程度とすることができる。
【0040】
試料液には、PCRの反応に必要な成分、リアルタイムPCRを実現するための蛍光検出に必要な成分等が含まれている。例えば、試料液は水を主体とした水性媒体に、鋳型核酸(DNA、RNAのいずれであってもよい)ポリメラーゼ、逆転写酵素などの酵素、標識されていてもよい各種デオキシリボヌクレオチド三リン酸、標的遺伝子領域に対応するプライマーセットなどのPCRの反応に必要な成分;TaqManプローブ、Cycleaveプローブ、Eプローブ(登録商標)などの蛍光プローブ、SYBR GREENなどの色素などの蛍光検出に必要な成分などが含まれている。また、pH及び塩濃度を調整するための緩衝液成分が含まれていてもよい。
【0041】
本発明のPCRがマルチプレックスPCRである場合、試料液には2種類以上含むプライマーセットを含む。一般に、「プライマーセット」とは、フォワードプライマー及びリバースプライマーを組み合わせたものをいい、通常は一つの標的遺伝子領域に対応して1種のフォワードプライマー及び1種のリバースプライマーを用いる。本発明に係るプライマーセットは、リバースプライマーを1種のみ含む場合であっても、そのリバースプライマーが2種以上のフォワードプライマーとの組み合わせで(プライマー対として)それぞれ別個の遺伝子領域に対応する増幅産物を生成するときは、マルチプレックスPCR用プライマーセットとして使用することができる。
【0042】
蛍光検出に用いる色素(蛍光色素)の例としては、ABY、アクリジン、アレクサフルーア488、アレクサフルーア532、アレクサフルーア594、アレクサフルーア633、アレクサフルーア647、ATTO(ATTO-TEC蛍光色素)、バイオサーチブルー、Cy3、Cy3.5、Cy5、Cy5.5、クマリン、DANSYL、FAM(例えば、5-FAM、6-FAM)、FITC、GPF、5-HEX、6-HEX、JOE、JUN、マリーナブルー、NED、オレゴングリーン488、オレゴングリーン500、オレゴングリーン514、パシフィックブルー、PET、パルサー、クエザー570、クエザー670、クエザー705、ローダミングリーン、ローダミンレッド、5-ROX、6-ROX、5-TAMRA、6-TAMRA、5-TET、6-TET、テキサスレッド、TRITC、VICが挙げられる。
【0043】
本発明のマルチプレックスPCRに使用する色素として、ABY及びHEXからなる群から選択される少なくとも1種が含まれることが好ましく、例えば、ABY、Cy5及びFAMの組み合わせやHEX、Cy5及びFAMの組み合わせを挙げることができる。
【0044】
本発明の核酸増幅方法における試料液の移動は、送液停止時には大気圧開放される送液用機構により実現される。すなわち、シリンジポンプ等の圧力が逃げないように流路内部を閉鎖系とする必要がある機構を用いるのではなく、送液時であっても開放系を形成するように構成される送液用機構を使用する。このような送液用機構を採用することで、送風を停止させると、流路内部の圧力が瞬時に流路外部の圧力と等しくなり、プラグ状試料液へ作用する圧力が失われるため送液はすぐに停止する。そのため、試料液の位置制御を行うための圧力開放用の複数の弁がなくても、正確な位置制御が可能となる。
【0045】
送液停止時には大気圧開放される送液用機構の例としては、マイクロブロア、ファンを挙げることができる。
【0046】
マイクロブロア(圧電マイクロブロアともいう)とは、空気を吸引及び吐出する公知の装置であり、密閉構造でない(逆止弁を有しない)ことを特徴とする。代表的なマイクロブロアにおいて、圧電素子への電圧印加によりダイヤフラムを屈曲変形させることで、空気の吸引及び吐出を実現する。マイクロブロアとしては、例えば、株式会社村田製作所が製造したものを使用することができる(MZB1001T02,MZB3004T04)。
【0047】
ファンとは、羽根車の回転運動によって送風を行う装置をいう。羽根車の構造上の特性上、流路を閉鎖系としない。
【0048】
本発明の核酸増幅方法において、下記[1]~[4]を1サイクルとして、レシプロカルフロー型の核酸増幅を行う。
[1]送液用機構を動作させ、試料液を伸長・アニーリング温度帯内から、中間流路を経由して、変性温度帯内へ移動させる工程、
[2]送液用機構を停止させ、試料液を変性温度帯内に一定時間保持させる工程、
[3]送液用機構を動作させ、試料液を変性温度帯内から、中間流路を経由して、伸長・アニーリング温度帯内へ移動させる工程、及び
[4]送液用機構を動作させ、試料液を伸長・アニーリング温度帯内に一定時間保持させる工程。
【0049】
上記サイクルを少なくとも1回以上、好ましくは30~50回程度、より好ましくは35~50回程度繰り返して行い、サーマルサイクリングを行う。サイクル数は、鋳型核酸の濃度、標的遺伝子の種類などに応じて適宜設定することができる。
【0050】
本発明の核酸増幅方法において、試料液の移動の速度、特に試料液が前記中間流路を移動する際の速度は、例えば、25mm/秒~2.2m/秒程度、より好ましくは40mm/秒~1m/秒程度、60mm/秒~300mm/秒程度とすることができる。
【0051】
試料液を変性温度帯内に保持させる時間及び試料液を伸長・アニーリング温度帯内に保持させる時間のそれぞれは、標的遺伝子領域(遺伝子の種類、領域の長さ等)に応じて適宜設定することができる。例えば、試料液を変性温度帯内に保持させる時間としては、2~10秒程度、試料液を伸長・アニーリング温度帯内に保持させる時間としては、2~60秒程度とすることができる。
【0052】
送液用機構は、例えば接続部を介して、微小流路と接続している。
【0053】
本発明の一つの態様においては、2つの送液用機構が、微小流路の2つの端のそれぞれに1つずつ接続されている。すなわち、伸長・アニーリング温度帯内から変性温度帯内へ向かって送液を行うように接続された第1の送液用機構を上記工程[1]において動作させ、変性温度帯内から伸長・アニーリング温度帯内へ向かって送液を行うように接続された第2の送液用機構を上記工程[3]において動作させる。
【0054】
本発明の別の態様においては、1つの送液用機構が、切替弁を備えた分岐した接続流路を介して、微小流路の2つの端に接続されている。すなわち、上記工程[1]においては伸長・アニーリング温度帯内から変性温度帯内へ向かって送液を行うように切替弁を介して流路が構成された状態で送液用機構をさせ、上記工程[3]においては変性温度帯内から伸長・アニーリング温度帯内へ向かって送液を行うように切替弁を介して流路が構成された状態で送液用機構をさせる。なお、切替弁については3方弁の場合であれば、送液停止時には大気圧開放されるマイクロブロアやファンに接続され、分岐点で2方向に分かれる空気流路の両端に配置された2つの3方弁を介し、微小流路の2つ端まで通じる2本の接続流路に対し、交互に送風を行うことで、微小流路内において試料液を往復送液することが可能となる。この場合、3方弁は、一方の弁を閉じて、他方の弁を開いた状態にて送風を行うことにより試料液を送液することが可能となる。また、3方弁は1つである方が望ましいが、接続流路の組み合わせにより2方弁の組み合わせや3方、4方、5方など多方弁で合っても良い。
【0055】
本発明の別の態様においては、2つの送液用機構(エアーの吐出手段とエアーの吸引手段)が、切替弁を備えた分岐した接続流路を介して、微小流路の1つの端(伸長・アニーリング温度帯側)に接続されている。すなわち、上記工程[1]においては伸長・アニーリング温度帯内から変性温度帯内へ向かって送液を行うように切替弁を介して送液用機構(エアーの吐出手段)を作動させ、上記工程[3]においては変性温度帯内から伸長・アニーリング温度帯内へ向かって送液を行うように切替弁を介して送液用機構(エアーの吸入手段)を作動させる。
【0056】
典型的な実施形態における本発明の核酸増幅方法においては、変性温度帯に対応する流路;伸長・アニーリング温度帯に対応する流路、及び直線状もしくは曲線状の中間流路の3つの流路のうち少なくとも2つにおける所定の位置で、サーマルサイクル毎の試料液の蛍光強度の計測を行う。例えば、本発明の一実施形態において、変性温度帯に対応する流路及び伸長・アニーリング温度帯に対応する流路、任意選択で、直線状もしくは曲線状の中間流路の所定の位置で、サーマルサイクル毎の試料液の蛍光強度の計測を行う。変性温度帯に対応する流路での所定の位置は、特に制限はないが、中間流路から1~数回(2~4回)の折り返しあるいは曲線部を通過した位置が好ましく、例えば、
図3におけるP1を挙げることができる。また、伸長・アニーリング温度帯に対応する流路での所定の位置は、特に制限はないが、中間流路から1~数回(2~4回)の折り返しあるいは曲線部を通過した位置が好ましく、例えば、
図3におけるP3を挙げることができる。直線状の中間流路の所定の位置は、特に制限はなく、
図3におけるP2を挙げることができる。
サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測により、前述のとおりリアルタイムPCRが実現される。
【0057】
なお、2つの位置で蛍光強度の計測を行う場合、蛍光強度の計測を行う位置を、伸長・アニーリング温度帯に対応する流路と直線状もしくは曲線状の中間流路とすることもできる。
【0058】
また、3つの位置で蛍光強度の計測を行う場合、蛍光強度の計測を行う位置は、変性温度帯に対応する流路と伸長・アニーリング温度帯に対応する流路と直線状もしくは曲線状の中間流路との3つの位置である。
【0059】
1つの位置での蛍光強度の検出は、1種の蛍光種(1種の波長)を検出するものであることが好ましい。
【0060】
蛍光強度の計測の少なくとも1つは、PCR反応中の遺伝子増幅の状況をモニタリングすることに加えて、試料液の移動を検出するものであることが好ましい。例えば、試料溶液の移動の検出を変性温度帯及び伸長・アニーリング温度帯で行い、試料液の移動に関する蛍光検出器からの電気信号により送液用機構の駆動を制御することが可能である。
【0061】
試料液の送液制御の例を以下に示す。
[1]変性温度帯の流路を照射する光源(LED)を点灯させ、送液用機構により試料液を伸長・アニーリング温度帯から、中間流路を経由して、変性温度帯内へ移動させる工程、
[2]変性温度帯における試料液を検出したことの電気信号を蛍光検出器から制御機構が受信し送液用機構を停止させる工程、
[3]伸長・アニーリング温度帯の流路を照射する光源(LED)を点灯させ、送液用機構により試料液を変性温度帯内から、中間流路を経由して、伸長・アニーリング温度帯内へ移動させる工程、及び
[4]伸長・アニーリング温度帯における試料液を検出したことの電気信号を蛍光検出器から制御機構が受信し送液用機構を停止させる工程。
【0062】
蛍光強度の計測は、光源から微小流路中の試料液に向かって照射された励起光により生じた放射光(蛍光)を、蛍光検出器で検出することにより行うことができる。
なお、中間流路において蛍光強度を計測する場合、試料液が中間流路の蛍光強度の検出位置(P2)を通過し始めた時から変性又は伸長・アニーリング温度帯の蛍光強度の検出位置(P1又はP3)を通過する時までとすることが好ましい。上記のように蛍光強度の計測時間(期間)を規定することにより、P1又はP3を試料液が通過後まで蛍光強度を取得した場合と比較してノイズの少ない安定した測定結果を得ることができる。
【0063】
本発明の核酸増幅方法は、例えば、以下の核酸増幅装置と核酸増幅用チップの組み合わせを用いて実施することができる:
[核酸増幅装置]
変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯を形成できるヒーター、
前記変性温度帯に存在する試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、
前記伸長・アニーリング温度帯に存在する試料溶液試料液の蛍光強度を測定可能な蛍光検出器、
前記2つの温度帯間の試料液の移動を可能にし、かつ、送液停止時には大気圧開放される送液用機構、
核酸増幅用チップを載置可能な基板、
試料液の移動に関する蛍光検出器からの電気信号が送られて送液用機構の駆動を制御する制御機構を備え、
サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムPCRを行うことを特徴とするレシプロカルフロー型の核酸増幅装置。
[核酸増幅用チップ]
前記変性温度帯と前記伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路、前記曲線流路をつなぐ直線状又は曲線状の中間流路、流路の一方又は両端部に前記核酸増幅装置における送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を少なくとも1つ有する核酸増幅用チップ。
【0064】
具体的には、以下の工程1~4により行うことができる:
工程1:上記核酸増幅装置の基板に上記核酸増幅用チップを載置する工程、
工程2:微小流路の一方又は両端部の送液用機構接続部と送液用機構を接続する工程、
工程3:前記送液用機構により試料液を微小流路の2つの曲線流路間で往復させてサーマルサイクリングを行う工程
工程4:前記変性温度帯に対応する流路及び前記伸長・アニーリング温度帯に対応する流路の所定の位置で前記蛍光検出器によりサーマルサイクル毎の試料液の蛍光強度の計測を行う工程。
【0065】
以下、核酸増幅装置及び核酸増幅用チップの例を、図を参照しながら説明する。
【0066】
核酸増幅装置は、
図1に示す通り、核酸増幅用チップを載置するための基板(図示せず)、核酸増幅用チップ温調部、送液用機構(例えば、一例としてマイクロブロアを示す)、蛍光検出器、制御機構としての制御用コンピュータ電源用小型バッテリーを備えることができる。
【0067】
図1において、核酸増幅用チップ用温調部は、カートリッジヒーター2本を、上記核酸増幅用チップの2つの曲線流路部のそれぞれのシール面側と隙間なく接触する様に、10mmの間隔をおいて平行に配置させた構成としており、2本のヒーターの温度制御のため、各ヒーターにはK型熱電対を接合させている。
【0068】
カートリッジヒーター1は、DNA変性反応に必要な温度に制御用コンピュータにより制御されている。カートリッジヒーター2はDNAのアニーリング反応及び伸長反応のために必要な温度に制御用コンピュータに制御されている。なお、DNAの変性反応のための温度帯、アニーリング反応及び伸長反応のための温度帯は、例えばPID(比例-積分-微分)制御により定温保持することができる。
【0069】
蛍光検出器は、変性温度帯及び伸長・アニーリング温度帯の微小流路の直線上の各1点(
図3のP1,P3)並びに中間流路上の1点(
図3のP2)を検出点として蛍光強度を計測するように配置されており、加圧により一方の曲線流路部から送液された試料液が、検出点P1あるいはP3に到達した時点又はその直後に、送液用機構を停止させ、当該試料液を、他方の曲線流路部内に一定時間保持されることができる。
【0070】
制御用コンピュータは、送液用機構のプログラム制御が可能であり、各微小流路中心の上記検出点の蛍光強度を連続モニタリングしながら、当該試料液が各ヒーター上の曲線流路部へ設定した時間ずつ交互に移動する様、当該送液用機構について交互にスイッチングしサーマルサイクリングを行う。当該制御用コンピュータは、さらに、リアルタイムPCR法において、サーマルサイクリングにより標的DNAが増幅するにつれ増加するサイクル毎の蛍光強度変化も同時に記録し、蛍光強度がある閾値を超えるサイクル数(Ct値)を算出することで、初期の標的DNA量を定量することが可能である。
【0071】
図3に微小流路を備えた核酸増幅用チップを示す。
図3に示す核酸増幅用チップ用では、変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に対応する2つの曲線流路(蛇行流路)を直線状の中間流路で連結され、検出点P1、P2、P3において試料液蛍光を検出する。
【実施例】
【0072】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0073】
[実施例]肺炎起炎菌群の定量
高速リアルタイムPCR用のPCRチップ及び本発明の装置を用いて、肺炎起炎菌群(Streptococcus pneumoniae、Haemophilus influenzae、Mycoplasma pneumoniae)の標的遺伝子の定量を行った。Streptococcus pneumoniae、Haemophilus influenzae、Mycoplasma pneumoniaeに対するテンプレートDNAは、市販のコントロールDNAであるAMPLIRUN(登録商標)STREPTOCOCCUS PNEUMONIAE DNA CONTROL、AMPLIRUN(登録商標)HAEMOPHILUS DNA CONTROL、AMPLIRUN(登録商標)MYCOPLASMA PNEUMONIAE DNA CONTROLを使用し、ネガティブコントロール(NTC)には滅菌水を代わりに混合して高速リアルタイムPCRを実施した。
【0074】
プライマー及びプローブの配列は、3種類の標的に対して以下の配列を使用した。Streptococcus pneumoniaeに対するフォーワードプライマー配列は 5’-AACTCTTACGCAATCTAGCAGATGAA-3’ (配列番号1)、リバースプライマー配列は5’-CGTGCAATACTCGTGCGTTTTA-3’(配列番号2)、TaqMan(登録商標)プローブ配列は5’-CCGAAAACGCTTGATACA-3’(配列番号3)とした。また、Haemophilus influenzaeに対するフォワードプライマー配列は5’-GGAATCCCAATGCACAAGAAC A-3’ (配列番号11)、リバースプライマー配列は5’-GCTTTG GTCAACACATCAACCTT-3’(配列番号12)、TaqMan(登録商標)プローブ配列は5’-CATTATTAGTTGCAGGTTCT-3’(配列番号13)とした。また、Mycoplasma pneumoniaeに対するフォワードプライマー配列は5’-CTTGGTCTC CATACTTAACTAAATAAAAAACTC-3’(配列番号21)、リバースプライマー配列は5’-GAACTACAAGCCGCTAATGCAG-3’(配列番号22)、TaqMan(登録商標)プローブ配列は5’-GCCTTGAAGGCTGGGTTTGCGCTA-3’(配列番号23)とした。
【0075】
Streptococcus pneumoniae及びHaemophilus influenzae、ならびにMycoplasma pneumoniaeに対する蛍光プローブには、それぞれCy5、FAM、ABY標識のTaqMan(登録商標)プローブを利用し、PCR溶液中の最終濃度は各200nMとした。
【0076】
Streptococcus pneumoniae及びHaemophilus influenzaeに対する2種類のフォワードプライマー並びにリバースプライマーのPCR溶液中の最終濃度は各1.5μMとし、Mycoplasma pneumoniaeに対するフォワードプライマー並びにリバースプライマーのPCR溶液中の最終濃度は各2.0μMとした。その他の試薬については、タカラバイオ社のSpeedSTAR(登録商標) HS DNA polymeraseを最終濃度0.15U/μLにて使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル通りの濃度で混合し、PCR用プレミクスチャーとした。
【0077】
当該PCR用プレミクスチャー11μlに、5.0x103コピー/μLに調製した3種類のコントロールDNAについて各2μlを、もしくはNTCとして滅菌水を6μl添加し、全量20μlをリアルタイムマルチプレックスPCRに使用した。
【0078】
サーマルサイクル条件は、ホットスタートに98℃で10秒加熱後、さらに98℃で2秒と62℃で6秒を50サイクル繰り返す設定とした。この条件における50サイクルのサーマルサイクル時間は、8分54秒であった。
【0079】
変性温度帯の流路(
図3のP1)を照射する光源(LED)は励起波長525nmであり、中間流路(
図3のP2)を照射する光源(LED)は励起波長470nmであり、伸長・アニーリング温度帯の流路(
図3のP3)を照射する光源(LED)は630nmのものを使用した。
【0080】
高速リアルタイムPCRを用いたStreptococcus pneumoniae及びHaemophilus influenzae、ならびにMycoplasma pneumoniaeに対するマルチプレックスPCRの結果を
図4~6に示す。Streptococcus pneumoniaeに対する増幅曲線としてCy5標識したTaqMan(登録商標)プローブの蛍光強度の変化を
図4に、Haemophilus influenzaeに対する増幅曲線としてFAM標識したTaqMan(登録商標)プローブの蛍光強度の変化を
図5に、Mycoplasma pneumoniaeに対する増幅曲線としてABY標識したTaqMan(登録商標)プローブの蛍光強度の変化を
図6の各実線に示し、NTCの結果を破線で重ねている。
実線にて示す通り、3種類の何れのコントロールDNAを含有させた場合には、破線で示すNTCの蛍光シグナルに比べ明確な増幅が得られ、同一試料からの多項目同時計測を実現した。
【配列表】