(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-10-07
(45)【発行日】2025-10-16
(54)【発明の名称】光源
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20251008BHJP
【FI】
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2024528037
(86)(22)【出願日】2022-06-16
(86)【国際出願番号】 JP2022024174
(87)【国際公開番号】W WO2023243052
(87)【国際公開日】2023-12-21
【審査請求日】2024-11-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】NTT株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石橋 茂雄
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/009436(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/245999(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/079786(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第2982947(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0247448(US,A1)
【文献】特開2015-175677(JP,A)
【文献】特開2012-237714(JP,A)
【文献】SYLVESTRE, T. et al.,Recent advances in supercontinuum generation in specialty optical fibers [invited],Journal of the Optical Society of America B,2021年10月25日,Vol.38, No.12,F90-F103,https://doi.org/10.1364/JOSAB.439330
【文献】KLIMCZAK, Mariusz et al.,Direct comparison of shot-to-shot noise performance of all normal dispersion and anomalous dispersio,Scientific Reports,2016年01月13日,6, 19284,1-14,www.nature.com/scientificreports
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/65
H01S 3/00-3/30
G02F 1/00-1/39
G02B 21/00-21/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラマン散乱分光法のための光源であって、
中心波長λ
sのフェムト秒光パルス列を出力するモード同期レーザーと、
前記フェムト秒光パルス列をパワーについて、第1のフェムト秒光パルス列および第2のフェムト秒光パルス列の二系統に分岐させる分波器と、
連続光を出力する定常発振固体レーザーと、
前記定常発振固体レーザーから出力された前記連続光を透過し、前記第1のフェムト秒光パルス列を反射して、前記連続光と前記第1のフェムト秒光パルス列を同軸上に出力する第1の合波器と、
前記連続光と前記第1のフェムト秒光パルス列との差周波発生によって、中心波長λ
cのピコ秒光パルスからなる差周波発生変換光パルス列を出力させる少なくとも1つの波長変換素子を含む二次非線形光学素子と、
前記差周波発生変換光パルス列を増幅する増幅器と、
前記第2のフェムト秒光パルス列をスーパーコンティニューム光パルス列に変換する偏波保持型全正常分散高非線形ファイバーと、
前記スーパーコンティニューム光パルス列を、前記増幅器から出力される前記差周波発生変換光パルス列のパルス幅とほぼ同じパルス幅に変換する第1の分散媒体と、
前記増幅器から出力される前記差周波発生変換光パルス列と前記第1の分散媒体から出力される前記スーパーコンティニューム光パルス列を合波して出力する第2の合波器と、
を備え、
前記増幅器から出力される前記差周波発生変換光パルス列と前記スーパーコンティニューム光パルス列によりコヒーレント・アンチストークス・ラマン散乱測定が行えるよう前記中心波長λ
sと前記中心波長λ
cが設定される光源。
【請求項2】
前記二次非線形光学素子が、
長さの異なる複数の前記波長変換素子と、
前記複数の前記波長変換素子の入力側に設置され、入力される光を、特定の前記波長変換素子に誘導するスイッチ機構と、
をさらに備える、請求項1に記載の光源。
【請求項3】
前記二次非線形光学素子と前記増幅器の間に設置され、前記二次非線形光学素子から出力される前記差周波発生変換光パルス列にチャープを与えることにより、パルス幅を伸長させる第2の分散媒体をさらに備える、請求項1または2に記載の光源。
【請求項4】
前記モード同期レーザーのレーザー媒質が、Cr
4+:YAG、Crフォルステライト、Tiサファイア、Cr:LiSAF、Cr:LiCAF、Cr:ZnSe、またはCr:ZnS、Yb、Er、Nd、Tm、およびHoなどから選択される1つの希土類イオンを添加したYAG、YVO
4、ガラス(バルクおよびファイバー)、または、半導体結晶のいずれかである、請求項1に記載の光源。
【請求項5】
前記モード同期レーザーを構成するゲイン媒体の形状が、ロッド、ディスク、またはファイバーのいずれかである、請求項1に記載の光源。
【請求項6】
前記増幅器は、Yb、Er、Nd、Tm、およびHoなどから選択される1つの希土類イオンを添加したガラスファイバー増幅器、または一部にYb、Er、Nd、Tm、およびHoなどから選択される1つの希土類イオンを添加した単結晶ファイバー増幅器のいずれかである、請求項1に記載の光源。
【請求項7】
前記定常発振固体レーザーが、ガラスファイバーレーザー、バルク形状の単結晶レーザー、バルク形状のセラミクスレーザー、導波路型の単結晶レーザー、導波路型のセラミクスレーザー、または半導体レーザーのいずれかである、請求項1に記載の光源。
【請求項8】
前記二次非線形光学素子に含まれる前記波長変換素子が、周期分極反転ニオブ酸リチウム、周期分極反転タンタル酸リチウム、または周期分極反転KTP結晶のいずれかである、請求項1に記載の光源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光源に関し、より具体的には、第二高調波発生、第三高調波発生およびコヒーレント・アンチストークス・ラマン散乱などを検出するための、ラマン散乱分光法による分析および観察のための光源に関する。
【背景技術】
【0002】
ラマン散乱分光法は、分子、結晶、アモルファス構造などの振動情報を得る手段として、化学、生物学、医学、薬学、農学、および物理学などの多くの学術分野において広く用いられており、医療や産業においても広く実用化されている。古典的なラマン散乱分光法は、自発ラマン散乱を応用している。自発ラマン散乱は、入射光に対して分子振動または格子振動の周波数だけシフトした周波数の散乱光を生じる現象である。この散乱光は元の入射光のパワーに比べて非常に弱いパワーを有するため、検出器により測定可能な散乱光を得るためには、高いパワーを持つ入射光の光源が必要である。しかしながら、ほとんどの測定試料は照射可能な単位面積当たりパワーに上限があり、それを超えると変質もしくは破壊される。多くの場合、上限に相当するパワーの光源を用いても散乱光は弱く、高いSN比の信号を取得するためには、著しく長い測定時間が必要である。これに対し、コヒーレント・アンチストークス・ラマン散乱(Coherent Anti-Stokes Raman Scattering:以下、CARSという)は、瞬時パワーが高い光源による非線形光学過程であるため、自発ラマン散乱に比べて、同等のパワーの光源を用いた場合、格段にラマン散乱光のパワーが強く、結果として短い時間での測定が可能となる。
【0003】
光源としてのパルスレーザーの開発に伴うCARS測定の発展は著しく、特に、顕微鏡画像を取得する場合、その効果は顕著である。また、瞬時パワーの高いパルスレーザーを光源に用いる場合、CARSのみならず、第二高調波発生(Second Harmonic Generation:以下、SHGという)および第三高調波発生(Third Harmonic Generation:以下、THGという)も同時に検出できる。このような構成を有する顕微鏡は、マルチモーダル非線形光学顕微鏡と呼ばれ、生命科学、医学および薬学において多くの利用方法が提唱されており、今後も更なる開発が望まれている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
生物および生体関連物質をラマン散乱分光の測定対象とする場合、重要な波数領域が2つあり、1つは指紋領域と呼ばれる波数500cm-1から1800cm-1の領域、もう一つは、炭素-水素(C-H)結合、窒素-水素(N-H)結合、又は酸素-水素(O-H)結合による波数2800cm-1から4000cm-1の領域である(例えば、非特許文献1、13参照)。CARS分光を測定する場合には、上記の領域の波数に対応した波数の差を持つ2つの波長の光(2つの光の波長の差が上記の領域の波数に対応した波数となっている)を被測定対象(試料)に入射する。
【0005】
図1は、従来技術によるCARS光源10の構造を概念的に示す図である。
図1に示される通り、従来技術によるCARS光源10は、ポンプ光/プローブ光源11と、ストークス光源12と、ポンプ光/プローブ光源11とストークス光源12を電気的に接続し、パルスタイミングを同期させる電気信号経路13と、ポンプ光/プローブ光源11およびストークス光源12から出力されるレーザーを合波する合波器14と、を含む(例えば、非特許文献2参照)。ここでは例として、ポンプ光/プローブ光源11は、Tiサファイアレーザーとし、波長が0.73μm、パルス波長帯域が0.11nm、パルス幅が5ps、繰り返し周波数が80MHzのピコ秒パルス列を出力する。一方、ストークス光源12もTiサファイアレーザーであり、中心波長が0.80μm、パルス波長帯域が80nm、パルス幅が12fs、繰り返し周波数が80MHzのフェムト秒光パルス列を出力する。これら二系統の光パルス列は、合波器14により合波され、顕微鏡15に同一光路で入力される。この二系統の光パルスが同時に試料に照射されることにより、試料からCARS信号が得られる。ここで、試料面上にいたる光路中の光学分散により、ストークス光のパルス幅は1.54psに広がる。
【0006】
図2は、CARS分光を測定する場合における、試料の分子のエネルギーダイアグラムを示す図である。
図2に示されるように、CARS分光を測定する場合、ポンプ光(角周波数ω
1)、ストークス光(角周波数ω
2)、プローブ光(角周波数ω
3)を入射することによって、試料の分子の持つ振動モードの角振動数Ωに対応するCARS光(角周波数ω
CARS)が発生する。
図1に示される従来技術の例は、同一のピコ秒パルス列をポンプ光とプローブ光として用い(すなわち、ω
1=ω
3)、広帯域のフェムト秒光パルス列をストークス光として用いるような形態である。このため、多数の振動モードが励振され、広帯域のCARS光を測定することが可能であり、このような分光は、マルチプレックスCARS過程と呼ばれる(例えば、非特許文献3参照)。
【0007】
ここで、光源から入力される入射光の平均パワーとCARS信号の信号強度との関係を述べる。角周波数ωの光パルスの時刻t、位置xi(i=1、2または3)における単位面積当たりの光の強度をIω(t,xi)(W/m2)とする。また、ピーク強度Iω・0(W/m2)、パルス幅τ(s)、繰り返し周波数frep(Hz)、平均パワーPω・av(W)、および発振波長λ(μm)(λ=2πcω-1,c:光速)とし、デューティ比Dを(式1)で定義する。
【0008】
【0009】
さらに、ビーム焦点面積Aは、可能な最小値と設定すれば波長λの2乗に比例することになるため、次の(式2)で表すことができる。
【0010】
【0011】
これらより、入射光の平均パワーPω・avには、(式3)で示される比例関係が成り立つ。
【0012】
【0013】
また、CARS信号のパワーPCARS・avは、ポンプ光、プローブ光、ストークス光の各々のピーク強度、CARS光のビーム焦点面積、およびポンプ光、プローブ光、ストークス光の各々のデューティ比のうち最小のデューティ比の5要素の積に比例する。ポンプ光およびプローブ光の波長をλ1、ストークス光の波長をλ3とすれば、CARS光のビーム焦点面積はおおむねλ1の2乗に比例する。これらから次の(式4)が成り立つ。
【0014】
【0015】
すなわち、CARS測定で得られるCARS信号のパワーは、入射光(ポンプ光、ストークス光等)各々の平均パワー、波長およびデューティ比に依存する。
【0016】
CARS測定を用いて生体組織を観察する場合、試料となる組織を損傷させない条件を選定することが重要である。既存の報告によれば、入射光によって生体組織が損傷する場合、その入射光のパワーに対して線形応答である機構と、より高次の応答である機構の2つが存在することが示されている(例えば、非特許文献4参照)。線形応答の機構に対しては、これによる損傷を回避するために総入射パワーの上限を設定する必要がある。この場合、(式4)より、デューティ比Dを小さくすることが高いCARS信号を得るために有効であることがわかる。しかしながら、総入射パワーを一定に保ちながらDを小さくすることは、パルスピークパワーの増大につながるため、高次の応答を示す機構による損傷が懸念される。既存の報告によれば、パルス幅2.5psに対する最適な繰り返し周波数は1-4MHzとされている(例えば、非特許文献4参照)。したがって、
図1に示される従来技術のように、繰り返し周波数80MHzの典型的な固体モード同期レーザーを用いる場合は工夫が必要であり、そのような施策の一つとして、ライン照明を用いる方法が導入されている(例えば、非特許文献5参照)。
【0017】
図3は、ライン照明を用いたCARS顕微鏡の原理を概念的に示す図であり、
図3(a)は、CARS顕微鏡における分光器CCD面上の情報割り当てを示す図であり、
図3(b)は、CARS顕微鏡における楕円焦点とそのスキャン方向を示す図である。上述したライン照明を用いる方法では、
図3(a)に示される顕微鏡の分光器に取り付けられた2次元CCD31の1軸をライン上のY軸位置、もう1軸を分光スペクトルとなるよう光学系を設定する。そして、入射光であるレーザー光を対象となる試料の1ライン上で高速スキャンすることで、1ピクセルに対する実質的な繰り返しを落とす。なお、X軸およびZ軸の掃引は、ピエゾステージを用いて試料を移動させることにより行われる。この場合、1ピクセル当たりの平均パワーを保つためにレーザーパワーをポイント掃引に比べて増加させるが、それにより高次の応答による損傷の恐れが生じる。既存の報告では、パルスピーク強度を20GW/cm
2以下に設定することが必要と述べられている(例えば、非特許文献2参照)。そこで、ライン照明を用いたCARS顕微鏡では、
図3(b)に示される通り、焦点位置でこの値を超えることがないよう、焦点におけるビーム32の形状を楕円に設定する手法がとられていた。
【0018】
しかしながら、線形吸収による損傷閾値や高次応答による損傷閾値は、生体組織の種類によって異なるため、場合によっては必要以上にピーク強度が落ちてCARS発生効率が不十分になり得るという課題がある。
【0019】
さらにポンプ光、プローブ光、ストークス光に用いる波長がTiサファイアレーザーの発振波長に限定されるため、測定可能なラマン散乱の帯域が1250cm-1に制限され得る(例えば、非特許文献2参照)。生物および生体関連物質を測定する場合、実用上は400-4000cm-1程度の測定帯域が望まれる。そこで、スーパーコンティニューム光をストークス光に用いて広いラマン散乱の帯域を測定可能にする技術が知られている(例えば、非特許文献1、3、13参照)。これら従来のCARS顕微鏡では異常分散を持つ高非線形ファイバーにより発生させたスーパーコンティニューム光を用いている。この発生方法は発生波長帯域が広いことにメリットがあるが、パルスごとのスペクトル形状が大きく異なり、低いSN比を持つことが知られている(例えば、非特許文献12参照)。これを改善する方法として、偏波保持型全正常分散高非線形(以下、PM-AND-HNLという)ファイバーに対し、100fs以下の理想的なパルス(低いパワーのペデスタル成分やパルス前後のサブピークが無い)を入射することにより、パルスごとの差異が小さく、高いSN比を持つスーパーコンティニューム光が得られることが知られている(例えば、非特許文献10、11、12参照)。このようなPM-AND-HNLファイバーを用いて得られるスーパーコンティニューム光は波長帯域が比較的狭いことが課題である(例えば、非特許文献11参照)。既存の報告例では波長1.049μmのポンプ光により最長波長1.39μmのスーパーコンティニューム光が発生されている(例えば、非特許文献10参照)が、これをCARS顕微鏡に用いても2300cm-1までのラマン散乱しか測定できない。そこで、PM-AND-HNLファイバーを用いて得られるスーパーコンティニューム光により4000cm-1程度まで安定して測定できる光源構成が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0020】
【文献】Hiroaki Yoneyama et al., “Invited Article: CARS molecular fingerprinting using sub-100-ps microchip laser source with fiber amplifier”, APL Photonics 3, 092408 (2018)
【文献】Shun Kizawa et al., “Ultrahigh-speed multiplex coherent anti-Stokes Raman scattering microspectroscopy using scanning elliptical focal spot”, J. Chem. Phys., 155, 144201 (2021)
【文献】加納英明, 「スーパーコンティニューム光を用いた非線形光学イメージング」,応用物理,第86巻, 第3号, pp.186-193, (2017)
【文献】Y. Fu et al. “Characterization of photodamage in coherent anti-Stokes Raman scattering microscopy”, Opt. Express 14, 3942-3951 (2006).
【文献】Ian Seungwan Ryu, et al., “Beam scanning for rapid coherent Raman hyperspectral imaging, ” Opt. Lett. 40, 5826-5829 (2015)
【文献】Z. Zhang et al., “Self-starting mode-locked Cr4+:YAG laser with a low-loss broadband semiconductor saturable-absorber mirror”, Opt. Lett., Vol.24, No.23, pp.1768-1770, (1999)
【文献】貫彰太, 「新規レーザ及び非線形光学材料の屈折率精密測定」,中央大学理工学部電気電子情報通信工学専攻修士論文要旨 (2013)
【文献】E. Sidick et al., “Ultrashort-pulse second-harmonic generation. I. Transform-limited fundamental pulses”, J. Opt. Soc. Am. B, Vol. 12, pp.1704-1712 (1995)
【文献】忠永修 他, 「擬似位相整合LiNbO3リッジ導波路による高効率中赤外差周波発生」, レーザー研究, 第36巻, 第2号, pp.64-69, (2008)
【文献】Etienne Genier et al., “Ultra-flat, low-noise, and linearly polarized fiber supercontinuum source covering 670-1390 nm”, Opt. Lett. 46, 1820-1823 (2021)
【文献】Thibaut Sylvestre et al., “Recent advances in supercontinuum generation in specialty optical fibers.”, J. Opt. Soc. Am. B, Vol. 38, F90-F103 (2021).
【文献】Mariusz Klimczak et al., “Direct comparison of shot-to-shot noise performance of all normal dispersion and anomalous dispersion supercontinuum pumped with sub-picosecond pulse fiber-based laser.” Sci. Rep. 6, 19284 (2016).
【文献】Daiki Kaneta et al.,“Visualization of water concentration distribution in human skin by ultra-multiplex coherent anti-Stokes Raman scattering (CARS) microscopy”, Appl. Phys. Express 14, 042010 (2021).
【発明の概要】
【0021】
本開示は、上記のような課題に対して鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、試料(とりわけ、生体組織の試料)の種類に対し、高いロバスト性を有するラマン散乱分光法による分析および観察(とりわけ、CARS顕微鏡による観察)を実現するための光源を提供することにある。
【0022】
上記のような課題に対し、本開示では、ラマン散乱分光法のための光源であって、中心波長λsのフェムト秒光パルス列を出力するモード同期レーザーと、フェムト秒光パルス列をパワーについて、第1のフェムト秒光パルス列および第2のフェムト秒光パルス列の二系統に分岐させる分波器と、連続光を出力する定常発振固体レーザーと、定常発振固体レーザーから出力された連続光を透過し、第1のフェムト秒光パルス列を反射して、連続光と第1のフェムト秒光パルス列を同軸上に出力する第1の合波器と、連続光と第1のフェムト秒光パルス列との差周波発生によって、中心波長λcのピコ秒光パルスからなる差周波発生変換光パルス列を出力させる少なくとも1つの波長変換素子を含む二次非線形光学素子と、差周波発生変換光パルス列を増幅する増幅器と、第2のフェムト秒光パルス列をスーパーコンティニューム光パルス列に変換する偏波保持型全正常分散高非線形ファイバーと、スーパーコンティニューム光パルス列を、増幅器から出力される差周波発生変換光パルス列のパルス幅とほぼ同じパルス幅に変換する第1の分散媒体と、増幅器から出力される差周波発生変換光パルス列と第1の分散媒体から出力されるスーパーコンティニューム光パルス列を合波して出力する第2の合波器と、を備え、増幅器から出力される差周波発生変換光パルス列とスーパーコンティニューム光パルス列によりコヒーレント・アンチストークス・ラマン散乱測定が行えるよう中心波長λsと中心波長λcが設定される光源を
提供する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】従来技術によるCARS光源10の構造を概念的に示す図である。
【
図2】CARS分光を測定する場合における、試料の分子のエネルギーダイアグラムを示す図である。
【
図3】ライン照明を用いたCARS顕微鏡の原理を概念的に示す図であり、
図3(a)は、CARS顕微鏡における分光器CCD面上の情報割り当てを示す図であり、
図3(b)は、CARS顕微鏡における楕円焦点とそのスキャン方向を示す図である。
【
図4】本開示による光源40の構造を概念的に示す図であり、(a)は、二次非線形光学素子45において、入力される光が波長変換素子451bを伝播する形態を、(b)は、二次非線形光学素子45において、入力される光が波長変換素子451aを伝播する形態を、それぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、図面を参照しながら本開示の種々の実施形態について詳細に説明する。同一または類似の参照符号は同一または類似の要素を示し重複する説明を省略する場合がある。材料および数値は例示を目的としており本開示の技術的範囲の限定を意図していない。以下の説明は、一例であって本開示の一実施形態の要旨を逸脱しない限り、一部の構成を省略若しくは変形し、または追加の構成とともに実施することができる。
【0025】
本開示による光源は、
図3に示されるような、ライン照明を用いたCARSの光源を主な対象の一つとして掲げており、このライン照明を用いること自体は、上述の通り既知の技術である。しかしながら、1ピクセル当たりの平均パワーを保つために、レーザーパワーをポイント掃引に比べ増加させた場合においてもピークパワーが基準値を下回るように、ポンプ光(またはプローブ光)およびストークス光のパルス幅が可変となるように構成されているという点で、従来技術とは異なる。
【0026】
図4は、本開示による光源40の構造を概念的に示す図であり、(a)は、二次非線形光学素子45において、入力される光が波長変換素子451bを伝播する形態を、(b)は、二次非線形光学素子45において、入力される光が波長変換素子451aを伝播する形態を、それぞれ示している。
図4に示される通り、光源40は、中心波長λ
sのフェムト秒パルスレーザーを出力するモード同期レーザー41と、フェムト秒光パルス列をパワーについて二系統に分岐させる分波器42と、波長λ
pの連続光を出力する定常発振(以下、CWという)固体レーザー43と、CW固体レーザー43から出力された連続光を透過し、分波器42によって二分岐されたフェムト秒光パルス列の一方を反射して、波長λ
pの連続光と中心波長λ
sのフェムト秒光パルス列を同軸上に出力する合波器44aと、波長λ
pの連続光と中心波長λ
sのフェムト秒光パルス列との差周波発生によって、フェムト秒光パルス列をピコ秒パルスからなる中心波長λ
cの差周波発生変換光パルス列に変換する二次非線形光学素子45と、差周波発生変換光パルス列を増幅する増幅器46と、分波器42によって分岐されたもう一系統の中心波長λ
sのフェムト秒光パルス列に対し、CARS顕微鏡に必要な波数域を持つスーパーコンティニューム光(以下、SC光という)に変換するPM-AND-HNLファイバー47と、当該SC光パルス列を、増幅器46から出力される差周波発生変換光パルス列のパルス幅とほぼ同じパルス幅を有するSC光パルス列に変換する分散媒体48と、増幅器46および分散媒体48の各々から出力される光パルス列を合波し、顕微鏡15に入力する合波器44bと、を含む。
【0027】
なお、
図4に示されるように、本開示による光源40において、二次非線形光学素子45は、波長変換素子451a、bを含む。図中では、2つの波長変換素子を含むように描写されているが、この波長変換素子は、1つまたは複数であってよく、複数の場合、設計に応じて各々の長さは異なってよい。また、波長変換素子が複数の場合、二次非線形光学素子45は、入力される光(波長λ
pの連続光と中心波長λ
sのフェムト秒光パルス列を合波)を、特定の波長変換素子に誘導するためのスイッチ機構452をさらに含み得る。
【0028】
また、
図4に示されるように、本開示による光源40は、二次非線形光学素子45と増幅器46の間に設置され、二次非線形光学素子45から出力される差周波発生変換光パルス列にチャープを与えることによりパルス幅を伸長させる第2の分散媒体49をさらに含んでもよい。
【0029】
本開示による光源40では、モード同期レーザー41のレーザー媒質は、例えば、Cr4+:YAG、Crフォルステライト、Tiサファイア、Cr:LiSAF、Cr:LiCAF、Cr:ZnSe、またはCr:ZnSなどであり得る。他の例では、モード同期レーザー41のレーザー媒質は、Yb、Er、Nd、Tm、およびHoなどから選択される1つの希土類イオンを添加したYAG、YVO4、またはガラス(バルクおよびファイバー)であり得る。また、他の例では、モード同期レーザー41のレーザー媒質は、半導体結晶であり得る。
【0030】
本開示による光源40では、モード同期レーザー41を構成するゲイン媒体の形状は、ロッド、ディスク、またはファイバーであり得る。
【0031】
本開示による光源40では、分波器42は、入力された光のパワーを2つに分離して、一方を反射し、他方を透過する、ハーフミラーまたはビームスプリッタキューブであり得る。
【0032】
本開示による光源40では、CW固体レーザー43が、ガラスファイバーレーザー、バルク形状の単結晶レーザー、バルク形状のセラミクスレーザー、導波路型の単結晶レーザー、導波路型のセラミクスレーザー、または半導体レーザーであり得る。
【0033】
本開示による光源40では、合波器44a、bは、所定の波長の光を反射し、他の波長の光を透過する、ダイクロイックミラーであり得る。
【0034】
本開示による光源40では、二次非線形光学素子45に含まれる波長変換素子は、後述する(式5)を満たす、周期分極反転ニオブ酸リチウム(Periodically Poled Lithium Niobate:以下、PPLNという)、周期分極反転タンタル酸リチウム(Periodically Poled Lithium Tantalate:以下、PPLTという)、または周期分極反転KTP(KaTiOPO4)結晶であり得る。
【0035】
本実施形態による光源40では、増幅器46は、Yb、Er、Nd、Tm、およびHoなどから選択される1つの希土類イオンを添加したガラスファイバー増幅器、または増幅器の一部にYb、Er、Nd、Tm、およびHoなどから選択される1つの希土類イオンを添加した単結晶ファイバー増幅器であり得る。
【0036】
このような構成を有する、本開示による光源40では、増幅器46により増幅された差周波発生変換光パルス列および分散媒体48から出力されるSC光パルス列の2種の光パルス列が合波された状態で出力され、顕微鏡15に入力される。そして、顕微鏡15において当該2種の光パルス列が合波された光が入射光として試料に入射され、CARS測定が行われる。本開示による光源40では、差周波発生変換光パルス列がポンプ光(またはプローブ光)、SC光パルスパルス列がストークス光にそれぞれ相当する。必要なCARS測定が可能になるようにλcがポンプ光(またはプローブ光)、SC光がストークス光として適切な波長となるλs及びλpが選択される。
【0037】
本開示による光源40は、上記の内容から理解できるように、ポンプ光(またはプローブ光)は非線形光学素子の選択および分散媒体で、ストークス光は分散媒体で、それぞれパルス幅が可変である。したがって、CARS測定において、試料の損傷を抑制しながら、必要以上のCARS信号強度減少を防ぐことができる。これは、とりわけ、生体組織のような観察時の損傷を抑制することが重要な試料に対して、精度の高い測定を行う場合、大きな効果を奏する。
【0038】
以下に、本開示による光源の実施形態について、具体例を挙げて詳細に説明する。本実施形態における説明では、例として、光源はマルチモーダル非線形光学顕微鏡のCARS分光において波数400cm-1から4000cm-1の領域を観察するための光源とする。また、モード同期レーザーは、Cr4+:YAGレーザーをレーザー媒質としたモード同期レーザー発振器とし、二次非線形光学素子の波長変換素子はPPLN、増幅器はYb添加ガラスファイバー増幅器(以下、YbFAという)、CW固体レーザーは、単一波長0.607μmにおいて発振するYb:YLFレーザー発振器とする。なお、モード同期レーザーとして用いるCr4+:YAGレーザーは、中心波長1.42μm、パルス幅100fs、繰返し周波数80MHzのフェムト秒パルスレーザーである(例えば、非特許文献6参照)。また、CW固体レーザーは、単一波長0.607μmを有するCW光の発振器である。
【0039】
上述の通り、本開示による光源では、モード同期レーザーから出力されるフェムト秒光パルス列は分波器で二分岐される。二分岐されたフェムト秒光パルス列の一方は、CW固体レーザーから出力されるピコ秒光パルス列と差周波発生を生じさせるための信号光としてPPLNに入力される。一方、CW固体レーザーから出力されるCW光は、差周波発生の励起光としてPPLNに入力される。
【0040】
このような場合、使用するPPLNの異常光線屈折率は、波長をλ(μm)とすると、(式5)で計算される(例えば、参考文献7参照)
【0041】
【0042】
また、CW光を励起光、フェムト秒光パルス列を信号光とした差周波発生によりピコ秒光パルス列を発生させる場合、PPLNでの両光パルス列の波長の違いから生じる群速度の差により、使用可能なPPLNの長さが制限される。PPLNの使用長さLτは、SHGの場合における使用可能長さLτの求め方(例えば、非特許文献8参照)を参考に、(式6)を用いて求めることができる。
【0043】
【0044】
ここで、τcは変換光(差周波発生変換光パルス列)のパルス幅(半値全幅)であり、vgcは変換光の群速度、vgsは信号光の群速度である。
【0045】
一方、変換光、信号光、および励起光の各々の波長間には、(式7)の関係が満たされる。
【0046】
【0047】
ここで、λc、λs、およびλpは、変換光、信号光、および励起光の各々の波長である。
【0048】
(式6)、(式7)より、本例では、信号光の波長は1.42μmであるため、変換光の波長は1.06μm、PPLN内での2つの光の群速度の差により生じる変換光のパルス幅が2.5psに対し、Lτは0.03mと計算される。
【0049】
また、PPLNの変換効率を最大にするためには、反転周期Λに対して(式8)で表される位相整合条件を満たすことが求められる(例えば、非特許文献9参照)。
【0050】
【0051】
さらに、差周波発生の効率η(%/W)は、変換光、信号光、および励起光のパワーをそれぞれPc,Ps、及びPp(W)とすれば、(式9)で求められる。
【0052】
【0053】
以上より、(式7)が満たされる場合の差周波発生の効率η(%/W)は、(式10)で表すことができる。
【0054】
【0055】
ここで、CLNはPPLNに対する定数、LはPPLNの長さ(m)、Aeffは励起光および信号光のPPLNにおけるビーム断面積(μm2)である。既存の報告において、λc=2.3μm、λs=1.58μm、λp=0.937μm、L=0.05m、Aeff=8.6×13μm2の場合、差周波発生の効率ηは100%/Wであることが報告されている(例えば、非特許文献9参照)。これらの数値を用いると、CLNは2.28×108と算出される。
【0056】
本実施形態では、第一のPPLNの長さは、上述の通り算出された0.030mとする。この場合、PPLNでの差周波発生においては上述した信号光と変換光の群速度の違いから2.5psのパルスが発生する。
【0057】
変換光の波長1.06μmは、増幅器を構成するYbFAのゲイン帯域に含まれる。増幅器を複数(例えば、2つまたは3つ)のYbFAの組み合わせとすることで、60dB程度ゲインを得ることができるため、増幅器からはCr4+:YAGモード同期レーザーと同期したパルス幅2.5psの増幅されたピコ秒光パルス列が出力される。
【0058】
ここで二次非線形光学素子は、Lτ=0.060mの第2のPPLN、および2種類の長さの光路を切り替えるスイッチ機構をさらに含むこととする。これによりLτ=0.060mの第2のPPLNに光路を切り替えた場合、差周波発生変換光としてパルス幅5psの光パルス列が出力される。
【0059】
さらに、二次非線形光学素子と増幅器の間に分散媒体を含む場合、これによって差周波発生変換光パルス列の各パルスにチャープをかけ、パルス幅を10psもしくは20psに伸長させて通過させることが可能になる。なお、チャープをかける必要が無い場合は、差周波発生変換光パルス列が分散媒体を通過しないように光路に切り替えてもよい。分散媒体は光ファイバー、分散補償ミラー、またはプリズムペアなどの少なくとも1つにより構成される。光ファイバーであれば長さ、または種類の異なる2種が選択可能であり、分散補償ミラーであればバウンス数を変化させることができ、プリズムペアであれば位置変化が可能である。
【0060】
モード同期レーザーから出力されるフェムト秒光パルス列のうち、二分岐された一方は、PM-AND-HNLファイバーによりSC光パルス列に変換される。既存の報告にあるように、ペデスタルの無いクリーンなフェムト秒光パルスをPM-AND-HNLファイバーに結合する場合、スペクトルにピークの無いSN比の良好なSC光パルスが得られることが知られている(例えば、非特許文献10、11)。異常分散ファイバーやゼロ分散を含むファイバーを用いたSC光発生に比べ全正常分散ファイバーからのSC光は、CARS顕微鏡のSNを向上させ、高解像度、高速測定を実現する。
【0061】
例えば、既存の報告においてPM-AND-HNLファイバーにより発生したSC光のシミュレーションが紹介されており(例えば、非特許文献11参照)、1.04μmのポンプ光に対し、概ね0.8μmから1.4μmの範囲にわたるSC光が発生している。これは、概ね5000cm-1の帯域に相当する。仮にSC光の波長帯域の中心波長とポンプ光波長が一致するとし、波長帯域を5000cm-1とした場合、ポンプ光(またはプローブ光)の波長が1.06μmであればSC光発生のポンプ光パルスの中心波長λsは1.26μmから1.53μmまでの波長域に設定されるべきである。本実施形態ではλsは1.42μmであり、適正な値である。
【0062】
PM-AND-HNLファイバーから出力されるSC光パルス列は分散媒体を通過し、ピコ秒パルス列とほぼ同じパルス幅に調整される。なお、ピコ秒パルス列とフェムト秒光パルス列とを同期させるには、分波器と顕微鏡との間において、二分岐されたフェムト秒光パルス列の他方の光路長、またはピコ秒パルス列の光路長を調整すればよい。
【0063】
なお、本実施形態の光源は、CARS測定用顕微鏡以外のコヒーレントラマン散乱(例えば、誘導ラマン利得、誘導ラマン損失など)による分光測定および分光顕微鏡測定に用いてもよい。また、CARS信号とともにSHGおよびTHGを測定し、マルチモーダル非線形光学顕微鏡として使用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上述べた通り、本開示による光源はポンプ光(またはプローブ光)およびストークス光のパルス幅が可変であり、そのため、1ピクセル当たりの平均パワーを保つことが可能である。また、PM-AND-HNLファイバーから出力されるSC光がCARS測定に必要な波長域に設定されるようフェムト秒光パルスの中心波長と差周波発生用CWレーザーの波長が適正に選ばれている。したがって、試料(とりわけ、生体組織の試料)の種類に対し、高いロバスト性を有するラマン散乱分光法を応用した分析および観察の技術として、医療、産業の分野での適用が見込まれる。