(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-08-17
(54)【発明の名称】ポアデバイスを用いた分析装置および分析法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20220809BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021571030
(86)(22)【出願日】2020-05-28
(85)【翻訳文提出日】2022-01-27
(86)【国際出願番号】 JP2020021113
(87)【国際公開番号】W WO2020241752
(87)【国際公開日】2020-12-03
(32)【優先日】2019-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】徐 偉倫
(72)【発明者】
【氏名】大宮司 啓文
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA05
2G060AA15
2G060AD06
2G060AF20
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA10
2G060FA17
2G060JA07
2G060KA09
(57)【要約】
【解決手段】分子の分析装置100が提供される。ポアデバイス110は、カチオン選択性ナノポア116と、カチオン選択性ナノポア116によって分離された第1チャンバー112および第2チャンバー114とを含む。初期状態では、第1チャンバー112は分析対象分子を含み、第2チャンバー114は第1チャンバー112よりも塩濃度が高い。電流センサ120は、第1チャンバー112および第2チャンバー114に設けられた第1電極および第2電極を流れるイオン電流を測定する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析装置であって、
カチオン選択性ナノポア、ならびに前記カチオン選択性ナノポアによって分離された第1チャンバーおよび第2チャンバーを有し、初期状態において、前記第1チャンバーは分析対象分子を含み、前記第2チャンバーの方が前記第1チャンバーより塩濃度が高い、ポアデバイスと、
前記第1チャンバーに設けられた第1電極と、
前記第2チャンバーに設けられた第2電極と、
前記第1電極および前記第2電極に流れるイオン電流を測定するよう構造化された電流センサと、
を備える、分析装置。
【請求項2】
前記カチオン選択性ナノポアの材料が、グラフェン、酸化グラフェン、窒化ホウ素(BN)、二硫化モリブデン(MoS
2)および二硫化タングステン(WS
2)のいずれかである、請求項1に記載の分析装置。
【請求項3】
前記第1チャンバーおよび前記第2チャンバーのそれぞれは、その頂面に前記第1電極および前記第2電極が挿通される開口部を有する、請求項1または請求項2に記載の分析装置。
【請求項4】
カチオン選択性ナノポアと、前記カチオン選択性ナノポアによって分離された第1チャンバーおよび第2チャンバーとを有するポアデバイスを提供するステップと、
前記第1チャンバーおよび前記第2チャンバーに溶液を注入するステップであって、前記第2チャンバーは前記第1チャンバーよりも高い塩濃度を有する、ステップと、
分析対象分子を前記第1チャンバー内に提供するステップと、
前記第1チャンバーおよび前記第2チャンバーにそれぞれ設けられた第1電極および第2電極に流れるイオン電流を測定するステップと、
を備える、分析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポアデバイスを用いた分析装置および分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
人体では、大量のゲノム情報がDNAに記録され、精密医療技術に向けた次世代診断システムの開発において重要な役割を果たしている。従来のDNA配列決定法の迅速かつ安価な代替法として、脂質二重層に埋め込まれた生体ナノポアに基づくDNAシーケンサーが登場した。高速DNA配列決定の成功により、精密医療および迅速診断の産業界が刺激された。過去10年間で、この分野の研究は、次世代ヘルスケアの巨大な市場潜在力に起因してこれまでになく盛り上がっている。
【0003】
しかしながら、生体ナノポアを用いたDNA配列決定では、機械的強度が弱く、化学的感度が高いという欠点に苦戦し、感知精度が低下するだけでなく、各測定後にナノポア膜を交換する際のコストが増大する(非特許文献1)。基本的に、人工固体ナノポアは、生体ナノポアよりも機械的強度、柔軟な形状および安定な化学的特性の利点を有するため、生体分子の検出により好ましい。しかしながら、この概念が今世紀初めに提唱されて以来、固体ナノポアを使用する抵抗パルス感知は、空間的および時間的分解能の両限界に直面し、配列決定の実用化を妨げている。
【0004】
0.34nmにすぎないDNA塩基対間の間隙と比較して、最も薄い窒化ケイ素膜の厚さは数ナノメートル程度である。これに関して、最近では、空間分解能を高めるために2次元材料のナノポアが採用されており、その厚さは各ヌクレオチド間の距離と一致する(例えば、単層二硫化モリブデンの厚さは0.65nmである)(非特許文献2)。それにもかかわらず、これらの超薄ナノポアにより、概念的には単一ヌクレオチドの分解能が期待できるが、極めて大きい時間分解能の問題が存在し、したがって、ナノポアを通る分子の過度に速い移動のため、直接的にDNA配列決定する結果は得られていない(非特許文献3)。別の困難な問題は、短距離に有意な電位差を印加する場合の同時ジュール加熱効果であり、ナノポアに高い感知ノイズおよび過熱効果をもたらし、DNA分子の物理的特性を変化させ得る(非特許文献4)。
【0005】
これらの障害を回避するために、本発明者らは、電位差を印加せずに塩濃度差をナノポア全体に適用した場合のナノポアを通るDNA分子の拡散泳動輸送に基づく方法を発明し、外部電場による問題を防止する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D.Branton et al.,Nat.Biotechnol.,26-10(2008),1146
【非特許文献2】J.Feng et al.,Nat.Nanotechnol.,10(2015),1070
【非特許文献3】K.Lee et al.,Adv.Mater.,30(2018),1704680
【非特許文献4】E.V.Levine et al.,Phys.Rev.E,93(2016),013124
【非特許文献5】Z.Gu et al.,Sci.Bull.,62(2017),1245
【非特許文献6】C.R.Dean et al.,Nat.Nanotechnol.,5(2010),722
【非特許文献7】J.-P.Hsu et al.,Langmuir,25-3(2009),1772
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものである。したがって、(i)過度の分子速度および/または(ii)印加電場に起因するジュール加熱の問題を解決することができる分析装置および/または分析法を提供することが、本発明の包括的な目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示のいくつかの例示的な実施形態の概要を以下に示す。この概要は、そのような実施形態の基本的な理解を提供するために読者の便宜上、提供されるものであり、本開示の範囲を完全に定義するものではない。この概要は、考えられる全ての実施形態の広範な概要ではなく、全ての実施形態の主要要素または重要要素を特定することも、任意の態様または全ての態様の範囲を説明することも意図されていない。本概要の唯一の目的は、後に提示されるより詳細な説明の前置きとして、1つ以上の実施形態のうちの一部の概念を簡略形式で提示するである。
【0009】
一実施形態では、ナノポア分子感知の装置および/または方法が提供される。この装置/方法は、電解質濃度勾配をイオン選択性ナノポア全体に発生させることにより誘起されるイオン電流を使用する。
【0010】
一実施形態では、この塩分勾配法を二次元ナノポアと組み合わせて、様々な分子配列決定および分析用途のために高い空間的および時間的分解能を達成することができる。
【0011】
上記の構造的構成要素などの任意の組み合わせまたは再配置は、本実施形態として有効であり、本実施形態に包含されることに留意されたい。さらに、本発明のこの概要は、本発明がこれらの記載特徴の部分的組み合わせであってもよいように、必ずしも全ての必要な特徴を記載しているわけではない。
【0012】
ここで、実施形態を、単なる例として、限定ではなく例示であるように意図された添付の図面を参照して説明するが、いくつかの図面において同様の要素には同様の番号が付されている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】従来の電気泳動に基づくDNAナノポア感知を示す図である。
【
図1B】従来の電気泳動に基づくDNAナノポア感知を示す図である。
【
図1C】従来の電気泳動に基づくDNAナノポア感知を示す図である。
【
図2A】本発明の一実施形態による拡散泳動感知方法を示す図である。
【
図2B】本発明の一実施形態による拡散泳動感知方法を示す図である。
【
図2C】本発明の一実施形態による拡散泳動感知方法を示す図である。
【
図3】本発明の一実施形態による分析装置および感知方法を示す図である。
【
図5】ナノポアの透過型電子顕微鏡画像および単層二硫化モリブデンナノポアを使用した拡散泳動DNA配列決定の概略図を示す。
【
図6A】窒化ケイ素ナノポアを使用したssDNAオリゴヌクレオチドの従来の抵抗パルス感知の実験結果を示す図である。
【
図6B】単層二硫化モリブデンナノポアを使用したssDNAオリゴヌクレオチドの拡散泳動感知の実験結果を示す図である。
【
図6C】単層二硫化モリブデンナノポアを使用したssDNAオリゴヌクレオチドの拡散泳動感知の実験結果を示す図である。
【
図7A】窒化ケイ素ナノポアを使用したλ-DNA(dsDNA 48.5 kbp)の従来の抵抗パルス感知の実験結果を示す図である。
【
図7B】塩濃度勾配下での拡散電流法によって得られた実験結果を示す図である。
【
図8】単層二硫化モリブデンナノポアを使用した、60塩基長のssDNA設計分子(3’-AGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAG-5’)の実験的拡散泳動の感知結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の範囲を限定することを意図するものではなく、本発明を例示する好ましい実施形態に基づいて本発明を説明する。実施形態に記載された特徴およびそれらの組み合わせの全てが本発明に必須であるとは限らない。
【0015】
I.従来のナノポア感知
図1A~
図1Cは、電気泳動を用いた従来の抵抗パルスDNAナノポア感知を示す。
図1Aにおいて、Eは印加された電場を示す。従来の感知では、ナノポア全体に外部電位差が印加すると、伝導電流が測定される。電場Eを印加すると、
図1Bに示すように、ジュール加熱によりナノポア内の温度が有意に上昇する可能性があり、
図1Cに示すように、出力電流シグナルに高い熱雑音が生じる。さらに、温度上昇により、DNA分子が損傷し、検出精度が低下する可能性がある。
【0016】
I.拡散泳動法
図2A~
図2Cおよび
図3は、本発明の一実施形態による拡散泳動法および分析装置をそれぞれ示す。
【0017】
図3に示すように、分析装置100は、デバイス110と、電流センサ120とを備える。デバイス110は、ナノポアチップ116によって分離された2つのチャンバー112および114(溶液セルと呼ばれる)を有する。最初に、2つの溶液セル112および114は、ナノポアチップ116全体にわたり濃度差が発生するように、異なる濃度の塩分溶液で満たされる。
図2Aにおいて、∇n
KClは、KCl(塩化カリウム)電解質濃度勾配を示す。
【0018】
ナノポアチップ116の場合、単層MoS2である。層の厚さは0.65nmであり、ナノポアの直径は約数ナノメートル(2nm~4nm)である。
【0019】
材料の厚さが2つのヌクレオチド塩基間の間隙(0.34nm)に匹敵する限り、それらは高い分解能感知に適し得る。したがって、グラフェン、酸化グラフェン、窒化ホウ素(BN)、二硫化モリブデン(MoS2)および二硫化タングステン(WS2)の単層などの二次元材料が、本発明の有力候補である。より厚い材料の場合、シリカおよび窒化ケイ素は5nm程度に薄くすることができ、これも候補になり得るが、より悪い分解能が予想される。
【0020】
これらの材料の中で、グラフェンおよびMoS2が最も注目されている。MoS2がグラフェンよりも好ましい理由は、グラフェンと生体分子の間の疎水力が強すぎて、DNA分子の細孔通過が困難になることにある。
【0021】
デバイス110は、
図3のチャンバー112および114に対応する2つのセルを有する。各セルは、その頂面の中央に開口部を有し、溶液はこの開口部を介してセルに注入される。電極を溶液に挿入する。両セルは互いに対向する開口部を有し、ナノポアチップはPDMS(ポリジメチルシロキサン)によりセルの開口部に挟まれている。
図4は、セルの概略図(SOLIDWORKSによる)および写真を示す。
【0022】
このシステムには、2つの構成要素、すなわち、(i)イオン(溶質)および(ii)水(溶媒)がある。浸透流について言及する場合、それは、溶質ではなく溶媒の運動を指す。溶質の輸送は、ネルンスト-プランクの式(拡散のみを考慮する場合)によって支配される一方、溶媒の輸送は、電気体積力の項が流れを駆動するというナビエ・ストークスの式によって説明される。
【0023】
電流センサ120は、カチオン選択性(負に帯電した)二次元単層二硫化モリブデン(MoS2)ナノポア全体に適用された塩濃度差に起因するイオン電流を測定する。電流センサ120の詳細は、他の箇所(非特許文献1)に記載されており、トランスインピーダンス増幅器およびA/D変換器を備える。
【0024】
図2A~
図2Cに戻って参照すると、電場を印加する代わりに塩濃度勾配を使用することによって、従来方法の問題を回避することができる。この方法では、DNA分子は、カチオン選択性ナノポアを介して濃度勾配によって生成するイオン電流によって検出され、ジュール加熱効果を大幅に抑制する。したがって、
図2Bに示すように温度を時間的に一定に保つことができ、
図2Cに示すように検出電流の熱雑音が抑制される。
【0025】
さらに、電場に基づくシステムでは、電気浸透流(EOF)は、分子の移動する電気泳動(EP)方向と反対方向にある。これとは対照的に、塩勾配システムでは、ナノポア内の流れ、拡散浸透(DOF)、方向は、分子拡散泳動(DP)の移動方向と同じである。その結果、提唱されたシステムは、高い分子捕捉率を有し、したがって高い処理能力を有する。
【0026】
本方法は、非平衡状態プロセスに基づいている。イオン流動=(ナノポア断面積)×(イオン拡散率)×(濃度差)/(ナノポア厚さ)=4.65×1010分子/秒および容器内のカチオンの総数=(溶液体積=1×10-4L)×2M×6.02×1023=1.2×1020を考慮すると、平衡に達するプロセスの緩和時間は、2.6×109秒=3×104日であると推定される。そのような緩和時間は、DNAの感知を完了するのに十分な長さである。
【0027】
この新しい方法の利点は以下の通りである。
(i)感知分解能を低下させる過度の分子移動速度をもたらすナノポア電気浸透流とは別に、ナノポアに沿った穏やかな拡散浸透流が、分子検出に有利な非常に遅い分子移動速度を可能にする。
(ii)印加された電場の除去は、等温分子感知を可能にするジュール加熱を回避し、それは熱雑音を最小にするだけでなく、感知中の分子熱損傷の可能性を低下させ、したがって高い分解能シグナルを得ることができる。
【0028】
III.二次元ナノポアを使用した拡散泳動DNA配列決定の実験プロセス
ナノポアssDNA配列決定実験を以下のステップに従って行った。(I)最初に、中心に100ミクロンの角窓を有するSi基板の頂部の窒化ケイ素膜上に集束イオンビーム(SMI3050:SII Nanotechnology)を使用してナノポア(直径約500nm)を穿孔した。(II)MoS
2結晶の剥離によってMoS
2単層層(約10ミクロン×10ミクロン)を得て、PDMS転写によって窒化ケイ素細孔上に搭載した(非特許文献6)。(III)その後、
図5に示すように、透過型電子顕微鏡(TEM)下で電子(eビーム)照射によってナノポアを彫り込んだ。(IV)二次元ナノポアチップをTeflon細胞に搭載し、PDMSによって固定した。(V)溶液タンクに異なる濃度の電解質溶液を注ぎ、分析物をシス容器に添加した。Ag/AgCl電極を各容器に挿入した後、超低ノイズ電流測定システムを使用して超低ノイズ電流シグナルを検出した。
【0029】
IV.結果および考察
MoS2表面は水溶液中で負に帯電しているため、ナノポア中のカチオン濃度はバルク溶質濃度よりも高い。対照的に、塩化物イオンは表面からはじかれ、部分的にカチオン選択性膜をもたらす。容器間の電極に電位差が印加される従来の抵抗パルス感知システムに関して、外部電場は、より高い電位を有するトランス容器(trans reservoir)に向かって負に帯電したDNA分子を駆動する(すなわち、電気泳動)。対照的に、負に帯電した表面に起因して、ナノポア内の正に帯電した溶液はシス容器(cis reservoir)に流れる。2つの容器間に濃度が存在する拡散泳動輸送の場合、ナノポアの軸方向の不均一な濃度は、電気二重層の分極効果により、負に帯電したDNA分子を高濃度端に向かって駆動する(非特許文献7)。
【0030】
従来の抵抗パルス感知方法の結果と比較するために、対照実験を行った。
図6Aは、1M塩化カリウム電解質溶液に浸漬された厚さ20nmの窒化ケイ素ナノポアを使用した従来の伝導電流に基づく感知の典型的な電流変動シグナルを示す。全体的な移動シグナルが示され、大きな熱雑音および速い移動時間のために詳細な構造情報が隠されていた。この結果は、本文献と一致する。
【0031】
一方、
図6Bに示すように、ssDNAオリゴヌクレオチドの構造情報は、分子の減速およびジュール加熱効果の排除により、固体ナノポアを使用して明らかにされ得る(史上初めて)。分子は、低溶質濃度の容器(0.01M塩化カリウム電解質溶液)から、二次元単層二硫化モリブデンナノポア(直径約3.5nm)を経由して、高溶質濃度の容器(2M塩化カリウム電解質溶液)に移動するため、イオン電流測定用に提唱された拡散泳動感知方法は、検出されたオリゴヌクレオチドの明確な構造情報を明らかにした。
【0032】
図6Cの電流測定システムのヒストグラムは、電流変動レベルの4つのピークを示し、ssDNA分子上の異なるヌクレオチド型を表している。生体ナノポアを使用するOxford Nanopore Technologiesによる市販のナノポアシーケンサーMinIONであっても、さらなる分析なしに目測で配列を直接読み出すことは困難であることに留意されたい。通常、これらのシグナルを解読するために機械学習が行われる。しかしながら、他の方法では達成することができない固体ナノポアを使用して分子構造の高分解能を提供するのに本発明方法が強力であることは明らかである。
【0033】
なお、拡散泳動法は、超薄ナノポアに限定されず、より厚いナノポアにも適用可能である。
図7Aおよび
図7Bは、20nmの窒化ケイ素ナノポアを用いた実験結果を示す。
図7Aは、電場下で従来の抵抗パルス感知方法によって得られたλ-DNA(dsDNA 48.5kbp)の妨害シグナルを示し、
図7Bは、塩濃度勾配下での拡散電流法によって得られたものを示す。従来の伝導電流法と比べて観察された拡散電流法の利点は、以下の通りである。
より高いシグナル周波数(同一記録期間でピークが多い);
より高いシグナル対雑音比;および
識別可能なピークの大きさ。
【0034】
20nmの窒化ケイ素ナノポアを用いた試験では、空間分解能の限界(各ヌクレオチド対間の間隙の20nm>>0.3nm)により、単一ヌクレオチドの同定はいずれの場合も困難であるはずである。しかしながら、依然として、拡散泳動法が同じ期間にわたってより高い分解能を達成し、ノイズの大きさが約50%小さかった(約30pA対15pA)ことは明らかである。
【0035】
それにもかかわらず、イオン電流は細孔長の増加と共に減少すると予想され、これは電流測定の困難性を高める可能性がある。したがって、より厚い細孔については、より大きな孔径が必要であり、これを使用してより大きな分子(タンパク質など)の構造を検出することができる。そうでなければ、フェムトアンペア(fA)電流測定システムを使用しなければならない。
【0036】
生体ナノポアからの電流シグナルと同様に、電流の変動は、ヌクレオチド型に依存するだけでなく、ヌクレオチドの配列およびssDNA組換えの二次構造によって影響を受ける可能性があり、高度な事後分析(例えば、機械学習による)を伴わない配列の直接読み出しを妨げる。これに関して、本発明者らは、二次構造を防ぐために、アデノシン三リン酸(A)およびグアノシン三リン酸(G)の二種類のヌクレオチドのみを含む60塩基長の設計ssDNAを利用する拡散泳動DNA配列決定法の精度を評価する(3’-AGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAG-5’)。
実験結果は、
図8に見られるように、反復する電流パテントを示した。この設計分子を試験した場合にのみ、本発明者らがこの周期的電流シグナルを得たこと、および検出されたピーク数(54)が設計分子の塩基数に近いことに留意されたい。4つのヌクレオチド種を有する他のssDNA分子については、マルチレベルシグナルが現れた。
【0037】
V.結論
本発明者らは、外部電場に起因する上記問題を効果的に解決するための新規かつ簡単な手法を提唱した。伝導電流の変動を追跡する代わりに、本発明者らは、単層二硫化モリブデンナノポア全体に溶質濃度差で外部電場を置き換え、ssDNAオリゴヌクレオチドの拡散泳動の移動事象中のイオン電流変動を検出した。このシステムでは、ジュール熱の影響が回避された。その結果、本発明者らは、DNA分子上のヌクレオチドの構造シグナルを得ることに成功した。これらの有望な結果は、固体ナノポアを使用した直接DNA配列決定の機会を復活させる。
【0038】
VI.用途
本発明の用途は、DNAシーケンサーに限定されない。本発明は、例えば、生細胞分析または高分子分析等の種々の用途に有用である。
【0039】
ナノポア技術は、かなりの時間および費用を必要とする従来の配列決定法に取って代わる革新的な技術として登場した。現在、このナノポア配列決定の市場は、分子感知のために生体ナノポアを利用するOxford Nanopore Technologiesで占められている。堅牢性および信頼性の点で生体ナノポアよりも競争力があると期待される分子配列決定用の固体材料を使用することが長い間熱望されてきたが、このアイデアが構想されてから過去20年間、成功した構造結果は報告されていなかった。したがって、明確な構造ssDNAオリゴヌクレオチド情報を示すまさにこの最初の方法は、現在のナノポア技術市場に大きな影響を与えるであろう。数年以内に、世界市場において、固体ナノポアを使用する分子配列決定が、生体ナノポアより優勢になると予測することは困難ではない。確実に、本発明は、商業目的で非常に大きな将来性がある。
【国際調査報告】