(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-18
(54)【発明の名称】微生物画像解析方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20241211BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
C12Q1/06
G01N33/48 P
【審査請求】有
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2024536509
(86)(22)【出願日】2021-12-29
(85)【翻訳文提出日】2024-06-18
(86)【国際出願番号】 FR2021052468
(87)【国際公開番号】W WO2023126589
(87)【国際公開日】2023-07-06
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(71)【出願人】
【識別番号】520483800
【氏名又は名称】アイエイチユー メディテラニー インフェクション
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】久田 明子
(72)【発明者】
【氏名】松本 絵里乃
(72)【発明者】
【氏名】大南 祐介
(72)【発明者】
【氏名】ディディエ, ラウルト
(72)【発明者】
【氏名】ジャック, ブカリル
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA28
2G045BB23
2G045BB25
2G045CB21
2G045FA16
2G045GC22
2G045GC30
4B063QA01
4B063QA07
4B063QA18
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4B063QQ07
4B063QR66
4B063QR75
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4B063QS36
4B063QX01
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】
電子顕微鏡の分解能で微生物個体の微細な形態の情報を捉え、微生物の比率を評価可能な微生物画像解析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明の一態様の微生物画像解析方法は、微生物を含む試料を染色した標本の画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第1ステップと、画像の明るさに関する輝度プロファイルを取得する第2ステップと、プロファイルのうち輝度に係る第1条件を満たす第1標準輝度範囲を第1の微生物群が存在する領域と設定し、プロファイルのうち輝度に係る第2条件を満たす第2標準輝度範囲を第2の微生物群が存在する領域と設定する第3ステップと、第1及び第2標準輝度範囲の各々において、該範囲内に存在する微生物の比率を算出する第4ステップと、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を含む試料を染色した標本の画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第1ステップと、
前記画像の輝度の分布範囲に関する輝度プロファイルを取得する第2ステップと、
前記プロファイルのうち輝度に係る第1条件を満たす第1標準輝度範囲を第1の微生物群が存在する領域と設定し、前記プロファイルのうち輝度に係る第2条件を満たす第2標準輝度範囲を第2の微生物群が存在する領域と設定する第3ステップと、
前記第1及び第2標準輝度範囲の各々において、該範囲内に存在する微生物を識別し、及び/又は該範囲内に存在する微生物の比率を算出する第4ステップと、を備える、微生物画像解析方法。
【請求項2】
前記第1条件とは輝度プロファイルの第1ピークを含み、かつ該第1ピークとは異なる第2ピークを含まないことであり、
前記第2条件とは前記第1ピークを含まず、かつ前記第2ピークを含むことであり、
前記第4ステップは、前記第1及び第2標準輝度範囲の各々において、該範囲内に存在する微生物個体の生死、及び/又は形態的に損傷した微生物個体を識別し、及び/又は微生物数及び/又は微生物画像面積、及び、画像ピクセル数に基づいて、微生物の生存率、及び/又は、形態的に損傷した微生物の比率を算出するステップである、請求項1記載の微生物画像解析方法。
【請求項3】
前記標本とは、微生物を含む液体を、微生物及び固形物が概ね相互に重なり合わないように作製された塗抹標本である、請求項1記載の微生物画像解析方法。
【請求項4】
前記第1ステップは、微生物の形態変化を停止して保存するため、該微生物をグルタルアルデヒド、ホルマリン、又は、アルコールのうち少なくとも一つを用いて化学固定処理を行うステップを含む、請求項1記載の微生物画像解析方法。
【請求項5】
前記第1ステップは、前記試料をリンタングステン酸溶液を用いて染色するステップである、請求項5記載の微生物画像解析方法。
【請求項6】
リンタングステン酸溶液は、pH0.0~pH7.0の酸性溶液である、請求項5記載の微生物画像解析方法。
【請求項7】
リンタングステン酸溶液は、pH0.0~pH3.0の酸性溶液である、請求項5記載の微生物画像解析方法。
【請求項8】
リンタングステン酸溶液は、濃度0.1~20%の溶液である、請求項5記載の微生物画像解析方法。
【請求項9】
リンタングステン酸溶液は、濃度2~10%の溶液である、請求項5記載の微生物画像解析方法。
【請求項10】
請求項5記載の細菌画像解析方法を実施するためのキットにおいて、
グルタルアルデヒド、ホルマリン、アルコールのうち少なくとも一つを含む化学固定液と、
少なくともリンタングステン酸を含む染色液と、
生理食塩水、水、緩衝液のうち少なくとも一つを含む洗浄液と、を備えるキット。
【請求項11】
微生物に影響する処理を施さずに試料を染色した対照標本の第1画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第1ステップと、
微生物に影響する処理を施した試料を染色した試験標本の第2画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第2ステップと、
前記第1画像の輝度に関する輝度プロファイル、及び、該プロファイルにおける輝度の第1ピークを取得する第3ステップと、
前記第2画像の輝度に関する輝度プロファイル、及び、該プロファイルにおける輝度の第2ピークを取得する第4ステップと、を備える、微生物画像解析方法。
【請求項12】
前記第3ステップは、微生物の種類、微生物に影響を与える処理の種類、及び、染色剤の種類に基づいて、前記第1ピークを含む第1標準輝度範囲を取得するステップであり、
前記第4ステップは、微生物の種類、微生物に影響を与える処理の種類、及び、染色剤の種類に基づいて、前記第2ピークを含む第2標準輝度範囲を取得するステップである、請求項11記載の微生物画像解析方法。
【請求項13】
前記第1及び第2標準輝度範囲の各々において、微生物数、微生物画像面積、及び/又は、ピクセル数を取得し、該範囲内に存在する微生物の比率を算出すると共に、前記対照標本と前記試験標本を比較することにより、微生物に影響を与える処理の効果を定量化する第5ステップを更に備える、請求項12記載の微生物画像解析方法。
【請求項14】
前記微生物に影響する処理とは、抗微生物薬、熱、酸素、界面活性剤、又は、バクテリオファージのうち少なくとも一つを微生物に与える処理を示す、請求項11記載の微生物画像解析方法。
【請求項15】
前記染色剤はリンタングステン酸である、請求項12記載の微生物画像解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物画像解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗微生物薬耐性菌の世界的蔓延が懸念される中で、感染症起炎微生物の同定と抗微生物薬感受性試験などの感染症検査が重要となっている。ここで、微生物を同定し、抗微生物薬に対する感受性を測定する方法として、液体中の微生物を染色剤と一緒にインキュベートした後にフィルタ上にろ過回収し、光学顕微鏡視野内の生細胞と死細胞の両方を染色する物質で染色された微生物、及び、死細胞のみを染色する物質で染色された微生物を計数する生存率試験を利用した薬剤感受性試験方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1によれば、光学顕微鏡による手法しか開示されておらず、微生物のより微細な形態を捉えられていない、という課題がある。
【0005】
そこで、本発明の目的は、電子顕微鏡の分解能で微生物個体の微細な形態の情報を捉え、微生物の比率を評価可能な微生物画像解析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様の微生物画像解析方法は、微生物を含む試料を染色した標本の画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第1ステップと、画像の輝度に関する輝度プロファイルを取得する第2ステップと、プロファイルのうち輝度に係る第1条件を満たす第1標準輝度範囲を第1の微生物群が存在する領域と設定し、プロファイルのうち輝度に係る第2条件を満たす第2標準輝度範囲を第2の微生物群が存在する領域と設定する第3ステップと、第1及び第2標準輝度範囲の各々において、該範囲内に存在する微生物の比率を算出する第4ステップと、を備える。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、電子顕微鏡の分解能で微生物個体の微細な形態の情報を捉え、微生物の比率を評価することが可能な微生物画像解析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】画像輝度の異なる微生物画像と画像輝度範囲を示す図。
【
図4】保存処理後の微生物の生存率試験結果を示す図。
【
図5】酸素暴露した微生物の生存率試験結果を示す図。
【
図7】抗菌薬処理した微生物の画像解析結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
実施例の説明の前に、本発明の背景について説明する。
【0010】
背景技術の第一の観点として、重要な基盤技術の一つに顕微鏡観察法があり、微生物の個体や集団の画像が利用される。例えば臨床検査では、細菌の細胞壁構造の違いを色素で染め分けて光学顕微鏡で観察することにより、グラム陽性菌とグラム陰性菌を分別し、菌の外観から桿菌と球菌に分類し、単離培養細菌の凝集体の概形から、例えばブドウ球菌や連鎖球菌等の菌種に関連する情報を得ることができる。
【0011】
このような染め分けによる識別に加え、微生物個体の微細な形態の情報を取得することが期待される。しかし、臨床検査等で一般に用いられる光学顕微鏡の分解能は数百ナノメートル程度であるため、微生物の概形と染色情報を得ることはできても、微生物個体毎の形態の違いを識別することは容易ではない。
【0012】
そこで、電子顕微鏡が用いられる。電子線は可視光線よりはるかに波長が短いため、高分解能の像を得ることができ、光学顕微鏡では捉えられない微細な形態まで観察できる。例えば、微生物の種特有の構造、細胞分裂時に見られる構造、薬剤などの影響による異常形態等である。
【0013】
従来の電子顕微鏡は、安定した電子線を発生させるために高電圧をかける機構や、放出された電子線の散乱を防ぐために顕微鏡内を真空に保つ機構等、大掛かりな機構を必要としたため、臨床等の日常的な微生物検査における運用は困難であった。しかし、近年、該電子顕微鏡を改良した卓上型電子顕微鏡が登場し、微生物試料への応用も期待される。
【0014】
電子顕微鏡による観察法の課題として、染色方法が限られるという点が挙げられる。光学顕微鏡向けには、細胞生物学、組織学、病理学などの発展により、多様な目的に応じた染色剤が開発され、細胞や組織の構成成分や機能を色の違いで染め分ける染色方法が、多種類確立されてきた。
【0015】
電子顕微鏡の場合、例えばウラン、鉛、白金、オスミウムなどの重金属を含む染色剤で試料を処理することにより、細胞膜や核などの微生物全体の構造を白黒画像のコントラストとして可視化する、あるいは金微粒子標識で特定の分子の局在を可視化するなどの方法がある。しかし、微生物の特定の構成成分や機能を染め分け、かつ電子線でコントラストが付く染色剤の報告は少ない。
【0016】
以上のように、光学顕微鏡による染め分けと、電子顕微鏡の高分解観察の両方を兼ね備えた方法が望ましいが、日常的な微生物試験で実用化されている方法は無い。
【0017】
背景技術の第二の観点として、微生物試験において重要な試験項目の一つである微生物の生存率試験が挙げられる。例えば微生物を除去するための薬品、熱、ガスなどの処理方法を開発する時や、感染症の治療薬を選択する時などには、それらの処理を施した試料中の微生物の生存率を測定することにより、処理の種類、処理方法、処理の強さや濃度などを決定する。
【0018】
様々な生存率試験法があるが、標準法は、コロニー形成法などの培養法である。コロニー形成による評価では、濃度既知の微生物懸濁液を一定量、寒天培地に薄く塗抹して、一日程度培養し、ある時間内に増殖した菌のコロニー数を、培養開始時に生存していた菌数とみなし、播種した菌の液量に対するコロニー数からコロニーフォーミングユニット(CFU/ml)を算出して、培養開始時の生存率とみなす。
【0019】
培養法は微生物の生存率試験として最も広く行われている方法である。しかし、コロニーが形成されるまで培養する培養時間が1日あるいはそれ以上かかる、コロニー形成能を目視で判定するには訓練された判定者が必要、培地の種類などの培養条件が未知の微生物には適用できない、等の課題がある。
【0020】
このような培養法の問題を解決するため、培養を必要としない、光学顕微鏡等を用いた方法が開発されている。例えば、生細胞が有する酵素活性などの機能を発色基質で検出する方法、生細胞と死細胞の細胞膜の物質透過性の違いで染め分けて検出する方法、形態変化を検出する方法等があり、菌が増殖して目視可能なコロニーを形成するまでの培養時間を待つ必要が無いため、迅速性に優れている。
【0021】
ここで、上記第一の観点と第二の観点を合わせて、電子顕微鏡の分解能で微生物の微細な形態の情報、例えば微生物の種特有の構造、細胞分裂時に見られる構造、薬剤などの影響による異常形態を捉えると共に、同一の検体で生存率試験を行う技術の有用性を考える。例えばバイオフィルムを形成した微生物の形態情報から種類や状態を捉え、バイオフィルムに抗微生物薬や殺菌剤などの微生物の生存に影響を与える処理を行い、処理標本と処理しない標本の生存率を比較すれば、抗微生物薬や殺菌剤の効果を「in situ」(その場観察)で評価できる。しかし、臨床や環境などの微生物検査において、電子顕微鏡を利用した生存率試験法は実用化されていない。
【0022】
電子顕微鏡による生存率試験が困難な理由として、一般的な電子顕微鏡の場合、真空中で観察する微生物の形態を保存するための観察前処理がある。予めグルタルアルデヒド等のタンパク質架橋剤を用いて、微生物を化学的に固定した後に乾燥することから、固定の時点で微生物は生存機能を失う。従って、光学的な検出例に挙げたような、実際に生きている微生物の生存機能、例えば、酵素活性や生体膜透過性の違いなどを、染色などによって可視化する生存率試験を行うことができない。
【0023】
そこで、微細形態観察と生死判定を同一検体で行う手段の一つとして、微生物の生死に関わる形態、例えば膜損傷や、細胞内微細構造の崩壊等を、超薄切片の透過電子顕微鏡観察で判定する方法がある。しかし、この方法を実施するには熟練技術が必要であり、手間がかかるため、統計的に有意な数の微生物を観察して生存率を算出するには、膨大な作業が求められることから、日常の微生物検査に適用することは難しい。
【0024】
別の手段として、光学顕微鏡による染色像と、電子顕微鏡による形態像を連携させる光-電子相関顕微鏡法(Correlative light and electron microscopy)が挙げられる。この手法では、光学顕微鏡で生死を判定した後、同一試料を加工して電子顕微鏡で観察することは原理的に可能であるが、試料作製や画像の重ね合わせ等の操作は簡便ではなく、日常の微生物検査に適用することは難しい。
【0025】
以下の実施例では、電子顕微鏡の分解能で微生物の微細な形態の情報を捉えると共に、同一の検体で生存率試験を行う技術として、微生物の生死に関わる形態的な損傷を受けた微生物に強く吸着する染色剤として、リンタングステン酸(phosphotungstic acid(以下、PTA))水溶液を利用し、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope(以下、SEM))の反射電子で組成コントラストを含む画像を取得することにより、生存率に相当する微生物の比率を評価する手段を提供する。
【0026】
ここで比率とは、懸濁液中などの微生物をPTA水溶液で染色した時、微生物の生死に関わる形態的な損傷を受けていない微生物と、微生物の生死に関わる形態的な損傷を受けた微生物との染色強度の違いを画像輝度の違いとして検出し、各々の微生物を定量して求めた比率であり、これを本発明による生存率と定義する。前述のように、固定などの観察前処理を行うため、SEM画像取得時に生きている微生物の比率を示すものではないが、従来法による生存率と同等の比率を求められることを、実施例において示す。
【0027】
本発明において染色剤にPTAを利用するに至った過程を説明する。一般に、電子顕微鏡で生物試料を観察する際の電子染色では、酢酸ウラン水溶液、鉛塩水溶液、白金ブルー等の染色剤が用いられることが多い。これらは、細胞を構成する成分との親和性の違いにより、細胞膜や核などの細胞内構造に画像のコントラストを付けて可視化できる優れた染色剤であるが、微生物の生死を識別する染色法ではない。また、ウランは放射性物質として入手や取り扱いに制限があり、鉛や白金を含め、毒性、溶液の安定性、試薬の価格等から、日常的な微生物試験に適した染色剤とはいえない。
【0028】
そこで本発明者は、染色剤の選択に関して、比較的安価で保存しやすい試薬であり、かつ、以下のような使いやすさより、PTAを日常的な微生物試験における微生物の電子染色に適用可能であると考えた。PTAは、病理検査において光学顕微鏡試料向け染色の媒染剤として使用したり、微生物の電子顕微鏡観察向けネガティブ染色剤として用いたりするなど、顕微鏡試料作製に広く利用されている。また電子顕微鏡で細胞を観察する際のポジティブ染色にも用いられており、溶液の濃度やpHを調整することにより、塩基性タンパク質、糖タンパク質や多糖類を染め分けられ、糖タンパクの糖質部分に結合することが知られている。細菌のSEM観察に用いた場合には、グラム陽性細菌とグラム陰性細菌で染色強度が異なることが報告されている。
【0029】
ここで、本発明者は、細胞膜と細胞壁を損傷させるような殺菌作用を示す抗菌薬を、感受性既知の細菌に処理した後、PTA染色した標本を作製し、SEMの反射電子像を取得したところ、標本の中に画像輝度が高い細菌個体が認められ、抗菌薬処理時間の経過に伴い、画像輝度が高い個体の割合が増加することを発見した。
【0030】
反射電子像は、標本の表面形状コントラストの他に、物質の組成によるコントラストが得られるという特徴があることから、抗菌薬の殺菌作用により細胞膜と細胞壁を損傷した細菌に、生細菌よりも多くのPTAが結合したと考えられた。この結果よりPTA染色によって細菌の生死に関わる形態的な損傷を識別できることが示唆された。
【0031】
そこで本発明者は、PTA染色工程を含む試料作製法と、SEMを用いた反射電子観察条件を鋭意検討した。一例として、殺菌剤等を処理した微生物と処理していない対照微生物を、それぞれ器材に載せて標本を作製し、2.5%グルタルアルデヒドで標本を5分間固定してから、重量濃度10%PTA水溶液で標本を2分程度染色し、SEMを用いて加速電圧5kV~10kVで反射電子像を取得した。
【0032】
その結果、殺菌剤を処理した標本に含まれる微生物は、画像輝度が高い微生物と、画像輝度が低い微生物の主に2群に分類された。後者の画像輝度が低い微生物の画像輝度は、殺菌剤を処理していない対照微生物標本の画像輝度と同等であった。即ち、殺菌剤を処理した微生物集団において、殺菌作用を感受して形態的に損傷を受けた細菌と、損傷を受けていない細菌とを、染色によって識別し、比率を求めることが可能であることを見出した。
【0033】
以上の発見に基づき、本発明者は、電子顕微鏡で微生物の種類や形態的特徴を捉えると共に、生死に関わる形態的な損傷を受けた微生物と、損傷を受けていない微生物とを、PTAを用いた電子染色の強度に由来する画像輝度により、簡便に識別する方法を提供する。
【0034】
以下、詳細な実施例について説明する。尚、以下で説明する手順、薬品濃度、処理時間、画像解析手順等は、一例であり、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0035】
実施例1では、微生物の電子顕微鏡画像において、電子染色した微生物の画像輝度の違いにより、微生物画像を分類する例を示す。
図1に、微生物を器材に載せて電子染色した標本の電子顕微鏡画像模式図(101)を用いて、染色が弱く画像輝度の低い微生物1(102)と、染色が強く画像輝度の高い微生物2(103)が混在する例を示す。この例では、微生物画像は、画像輝度の違いから、微生物1と微生物2の2群に分類される。
【0036】
微生物1(102)が存在する電子顕微鏡画像の例(104)、微生物2(103)が存在する電子顕微鏡画像の例(105)は、緑膿菌株をポリカーボネート製のトラックエッチドメンブレンに載せて、2.5%グルタルアルデヒドで固定した後に、重量濃度10%PTA水溶液で電子染色後、緑膿菌をメンブレンに載せた標本をSEMの試料室に挿入し、SEMの加速電圧を5kVに設定、画像生成時の輝度コントラスト設定を一定にして、取得した反射電子画像である。SEM画像生成条件が一定であることから、画像(104)における微生物1(102)と画像(105)における微生物2(103)の輝度の違いは、PTA染色強度の差に由来する。
【0037】
一例として、器材にプラスチック素材のトラックエッチドメンブレンを用いたが、これに限られるものではない。ここで、使用者は、後の画像解析の観点から、反射電子像において、染色した被解析対象の微生物1及び微生物2とは異なる画像輝度を示す素材からなる器材を選択すると好適である。
【0038】
画像(104)の輝度に関する輝度プロファイル(106)と、画像(105)の輝度に関する輝度プロファイル(107)は、微生物1、あるいは微生物2をメンブレンに載せた各々の画像について輝度ごとにピクセル数を求め、微生物を載せてないメンブレン画像の輝度ごとのピクセル数を差し引いた差分ヒストグラムである。
【0039】
例えば微生物1の画像領域を、輝度に関する輝度プロファイル(106)のピーク1を含む標準輝度範囲1(108)で特徴付け、微生物2の画像領域を、輝度に関する輝度プロファイル(107)のピーク2を含む標準輝度範囲2(109)で特徴付けることにより、微生物1と微生物2の画像は分類される。
【0040】
前述のように、画像(104)、画像(105)、また同じ標本の別の領域の画像、さらに同一の材料と方法で作製した複数の標本の画像を取得する時に、SEMの輝度コントラストを一定に調整すれば、画像解析を行う時に、微生物1の画像領域を特徴付ける標準輝度範囲1(108)と、微生物2の画像領域を特徴付ける標準輝度範囲2(109)とを、同じ値で設定することができる。
【0041】
図2に、標準輝度範囲を設定する例(201,202)を示す。201と202は同じヒストグラムで、電子顕微鏡画像の輝度に関する輝度プロファイルであり、
図1の模式図(101)のように、画像輝度の異なる微生物が混在する画像に由来するため、ピーク1とピーク2が存在する。
【0042】
ピーク1の左側に位置する別のピークは、微生物を載せた器材の電子顕微鏡画像領域に対応するため、この範囲を除いて、微生物画像を特徴付ける標準輝度範囲を決定する。
【0043】
ヒストグラム1(201)に示すように、微生物1の画像に由来するピーク1を含む標準輝度範囲1を決定し、これとは重ならない範囲で、微生物2の画像に由来するピーク2を含む標準輝度範囲を設定することにより、標準輝度範囲1で特徴付けられる微生物1と、標準輝度範囲2で特徴付けられる微生物2を分類する。
【0044】
または、ヒストグラム2(202)に示すように、微生物1の画像に由来するピーク1と、微生物2の画像に由来するピーク2の両方を含む標準輝度範囲1を決定し、ピーク1を含まずピーク2を含む標準輝度範囲2を設定することにより、画像に含まれる全微生物と、標準輝度範囲2で特徴付けられる微生物2と、全微生物から微生物2を差し引いた微生物1と、に分類することもできる。
【0045】
図3に、画像解析ソフトを用いて、電子顕微鏡画像の輝度の違いで微生物画像を分類し、分類ごとに画像マスクを作成した例を示す。微生物標本の電子顕微鏡画像(301)には、
図1の模式図(101)に示したように、染色が弱く画像輝度の低い微生物1(102)と、染色が強く画像輝度の高い微生物2(103)が混在している。
【0046】
マスク(302)は、
図2のヒストグラム2(202)に示したように、器材の輝度範囲を除いて、微生物1の画像に由来するピーク1と、微生物2の画像に由来するピーク2の両方を含む標準輝度範囲1より閾値を設定して画像を二値化した後、粒子解析アルゴリズムを用いて、微生物1及び微生物2よりも著しく小さい粒子を除去して作成したマスク画像である。マスク(303)は、
図2のヒストグラム2(202)に示したように、ピーク1を含まずピーク2を含む標準輝度範囲2より閾値を設定して画像を二値化した後、粒子解析アルゴリズムを用いて、微生物よりも著しく小さい粒子を除去して作成したマスク画像である。画像解析ソフトを用いれば、マスク1とマスク2に分類される微生物個体を識別し、さらに微生物数、微生物画像面積、ピクセル数を求め、比率を算出することができる。
【0047】
このように、微生物標本を電子染色して、反射電子画像を生成し、染色が弱く画像輝度の低い微生物1(104)と、染色が強く画像輝度の高い微生物2(105)の画像の輝度に関する輝度プロファイルとを取得して、画像輝度範囲によって微生物画像を分類することにより、微生物1と微生物2の標本中の比率を、容易に算出することができる。
【0048】
尚、実施例1では、微生物の染色強度の違いを2種類と設定し、画像の輝度に関する輝度プロファイルにおける標準輝度範囲を2種類決定したが、標準輝度範囲は2種類以上であってもよい。
【実施例2】
【0049】
〈微生物の生存率試験〉
実施例2では、本発明の方法で求めた微生物の比率と、生存率試験の従来法であるコロニー形成法及び非培養法であるフローサイトメトリー法で求めた微生物の生存率とを比較した例を説明する。
【0050】
一例として、細菌(Akkermansia muciniphila)を寒天培地上で48時間嫌気培養して単離した後、酸化防止剤を含む保存用培地に細菌濃度~1010CFU/mLで懸濁し、-80℃で24時間凍結及び凍結乾燥した。
【0051】
凍結及び凍結乾燥後の細菌を10%PTAで5分間、37℃で染色した後、遠心で細菌懸濁液をスライドガラスに塗抹し、室温で乾燥させてから、加速電圧10kVでSEM観察した。500菌体の画像を取得して、染色強度により2分類し、比率を求めた。
【0052】
コロニー形成法では、凍結及び凍結乾燥後の細菌を、嫌気性PBSを使用して嫌気条件下で10段階に希釈し、コロンビア血液寒天プレートに播種して、37℃で48~72時間培養した。細菌の生存率を、培養開始時の細菌数に対し、培養によってコロニー形成した細菌数の比として計算した。
【0053】
図4に、凍結及び凍結乾燥後の細菌の生存率を、本発明の方法(Scanning electro nmicroscopy)、フローサイトメトリー法(Flow cytometry)、あるいはコロニー形成法(Colony forming unit)により計測した結果を示す。比較の結果、凍結、および凍結乾燥後のいずれでも、3種類の方法で得られた生存率は統計的に有意な差が認められなかった。
【0054】
他の例として、細菌(Akkermansia muciniphila)をMueller Hinton培地(MHB)、あるいは酸化防止剤を含む培地に懸濁し、嫌気的条件あるいは好気的条件で1時間室温に置いた。
【0055】
図5に、先記の例と同様に、本発明の方法で求めた細菌の比率と、コロニー形成法で求めた生存率の結果を示す。比較の結果、いずれの条件でも、2種類の方法で得られた生存率は統計的に有意な差が認められなかった。
【0056】
これらの例に示したように、微生物の従来の生存率試験方法で求めた生存率と、本発明の方法で求めた微生物の比率に相関が認められた。さらに本発明の方法では、電子顕微鏡の分解能で、微生物個体の形態を観察することにより、培地中の抗酸化剤の有無や、酸素暴露によってもたらされた異常形態を解析することも可能である。即ち、本実施例により、電子顕微鏡で微生物の種類や形態的特徴を捉えると共に、生存率を評価できることが判明した。
【実施例3】
【0057】
実施例3では、微生物に殺菌作用のある処理の効果を、PTA染色した微生物の電子顕微鏡画像の解析により、定量化する例を説明する。
【0058】
一例として、
図6に、緑膿菌株を材料として、抗菌薬を処理しない対照区の細菌と、抗菌薬コリスチンを処理した試験区の細菌とを、37度で30分間培養した後、細菌をトラックエッチドメンブレン上に捕集し、2.5%グルタルアルデヒドで固定、染色剤として重量濃度10%PTA水溶液、比較として白金ブルー水溶液を用いて2分間電子染色して標本を作製し、加速電圧5kVのSEM観察により取得した反射電子像の例を示す。
【0059】
PTA水溶液で染色した標本では、対照区に画像輝度が低い細菌の画像が認められ、試験区には画像輝度が高い細菌の画像が認められた。一方、白金ブルー水溶液で染色した標本では、対照区と試験区の両方の細菌の画像輝度が高く、対照区と試験区に顕著な違いを認められなかった。
【0060】
図には示していないこの他の染色液として、pHを中性に調整したPTA水溶液で染色した標本では、試験区の細菌画像の輝度は対照区と同様に低く、一方、タングステン酸ナトリウム水溶液あるいはモリブデン酸アンモニウム水溶液では、対照区と試験区の両方の標本にポジティブ染色像が認められず、これら3種類の染色液では対照区と試験区に顕著な違いを認められなかった。
【0061】
このように、染色剤として重量濃度10%PTA水溶液を選ぶことにより、抗菌薬を処理しない対照区の細菌と、抗菌薬を処理して影響を受けた試験区の細菌とを、画像輝度の違いで染め分けることができる。
【0062】
図6では、PTA染色により、緑膿菌に対するコリスチンの影響を検出したが、本実施例の対象はこの組み合わせに限られるものではない。他の例として、殺菌作用のあるβ-ラクタム系抗菌薬イミペネムを、大腸菌や緑膿菌に処理した場合に、PTA染色により画像輝度の高い細菌が増加した。
【0063】
このように、殺菌作用を感受した微生物の染色強度が高くなる電子染色剤を選択すれば、電子顕微鏡画像輝度の違いによって、殺菌作用によって損傷を受けた菌と、損傷を受けていない菌の画像を分類することが可能である。特に、コリスチン処理した細菌における強いPTA染色は、膜と細胞壁の損傷による生死に関連すると考えられる。即ち、PTA染色された細菌を分類して定量することにより、抗菌薬コリスチンの殺菌効果を解析して、評価することができる。
【0064】
この例に限らず、微生物に影響を与える処理を行った時に、微生物の状態により電子染色の強度が変わることを利用すれば、対照区の画像と試験区の画像とを取得して、対照区の微生物画像を特徴付ける微生物画像輝度範囲と、対照標本とは輝度が異なる試験区の微生物画像を特徴付ける微生物画像輝度範囲とを決定し、対照区と試験区の微生物画像を分類して比率を求めることにより、微生物に影響を与える処理の効果を解析して、評価することができる。
【0065】
例えば抗菌薬の作用として、菌の細胞壁に影響を与えて、菌の生育を阻害したり殺菌作用を示す抗菌薬が多く開発されている。ヒト細胞には細胞壁が無いことから、菌の細胞壁に選択的に作用する化合物は、ヒトへの副作用が低いことが期待される。本実施例の方法は、このような化合物の影響を評価したり、作用機序に基づいた新しい化合物スクリーニングにも利用することができる。
【0066】
さらに、感染症治療や院内感染制御などのためには、原因菌が耐性であるか否かを迅速に判別することが重要であり、患者から単離した菌ごとに薬剤感受性試験を行う。従来法では、細菌の増殖を阻害する最少発育阻止濃度(Minimal Inhibitory Concentration、MIC)の値から、耐性を判定しているが、MICを求めるには培養に1日程度を要する。これに対して、本実施例では、抗菌薬の影響による損傷の有無を解析し、原因菌の感受性を迅速に判定することが可能である。
【0067】
他の例として、細菌に感染して、溶菌作用をもたらすバクテリオファージの評価にも利用することができる。ファージは膜とペプチドグリカンを破壊して細菌を死滅させる。ファージセラピーは、多剤耐性菌に対する治療法の一つとして見直されており、環境中のファージあるいは人工的に改変されたファージのライブラリから、原因菌に特異的なファージの組み合わせを迅速に選択する方法が必要である。本実施例では、ファージの溶菌性を評価することにより、ファージのスクリーニングに利用することができる。
【0068】
他の例として、細菌のみではなく、真菌や古細菌などを含めて、熱や酸素に微生物を曝露したとき、微生物の損傷による生存率低下を評価すれば、微生物の保存条件、あるいは滅菌方法の選択に利用することができる。
【0069】
図7を用いて、微生物に影響を与える処理の解析の具体例として、抗菌薬コリスチンを緑膿菌に処理し、細菌画像輝度により、コリスチン影響の経時変化を解析した結果を説明する。
【0070】
従来法で測定したMIC値からコリスチン感性が既知の緑膿菌株と、コリスチン耐性が既知の緑膿菌株を用いた。初期濃度106/mlで培地に懸濁した菌液に、従来法で感性菌と耐性菌を判別する濃度である2mg/Lのコリスチンを処理して37度で培養し、経時的に一定量ずつ菌液をサンプリングした。
【0071】
細菌をSEM観察するための標本用器材として穴径0.2μmのポリカーボネート製トラックエッチドメンブレンを用い、メンブレン上の一定面積に、細菌を均一に捕集した。メンブレン表面には、予め白金パラジウムを蒸着することによって標本に伝導性を付与しておいた。
【0072】
生理食塩水で細菌捕集面の培地成分を洗浄後、細菌の形態が変化しないように、タンパク架橋作用がある2.5%グルタールアルデヒド固定液で細菌を5分間処理して固定した。水で余剰の固定液を洗浄後、重量濃度10%PTA水溶液で細菌を2分間処理して染色し、水で余剰の染色液を洗浄後、トラックエッチドメンブレン上で細菌を乾燥させて、SEM観察用の標本とした。
【0073】
SEMの観察条件を、加速電圧5kV、反射電子検出、倍率7000倍に設定した。加速電圧5kVにした理由は、緑膿菌の画像に、菌体を透過した電子線によるトラックエッチドメンブレンの穴画像が重ならないためであり、倍率を7000倍とした理由は、緑膿菌の形態を観察するためであるが、これらに限定されるものではない。
【0074】
観察の工程として、細菌標本を観察する前に、輝度標準試料を用いて、SEMの輝度コントラスト調整を一定に調整し、すべての標本の画像取得において、SEMの輝度コントラスト調整が一定になるようにした。これにより、後に行う画像解析が容易になる。
【0075】
図7の反射電子像シリーズ(701)は、コリスチン感性の緑膿菌株を用いて、SEM観察により取得した画像の例である。反射電子像(702)は、培養0分の標本に認められる微生物1をSEM観察して取得した画像の例で、コリスチンの影響を受けていない緑膿菌であり、未処理の対照標本と同等である。反射電子像(703)は、培養8分以降に認められた微生物2をSEM観察して取得した画像の例で、コリスチンの影響により、膜と細胞壁が損傷され、PTAで染色された緑膿菌である。
【0076】
微生物1の画像(702)の輝度に関する輝度プロファイルを取得して、
図1で例示した画像輝度範囲1(108)を決定した。また、微生物2の画像(703)の輝度に関する輝度プロファイルを取得して、
図1で例示した画像輝度範囲2(107)を決定した。
【0077】
次に、反射電子像シリーズ(701)を取得した各標本、及び同じタイミングに作製した対照区の標本をSEM観察し、標本あたり25画像、300~500菌体の画像を取得した。尚、撮影枚数と撮像する菌体の数は、定量解析の再現性を確保できる数であれば、これに限定されるものではない。
【0078】
各標本を撮影した全画像において微生物画像領域を抽出し、画像輝度範囲1(108)で特徴付けられる微生物1と、画像輝度範囲2(107)で特徴付けられる微生物2と、に分類することにより、微生物個体が、コリスチンの影響を受けていない個体であるか、コリスチンの影響により膜と細胞壁が損傷した個体であるかを識別した。さらに分類した個体を計数し、微生物1と微生物2の合計数を全微生物数として、微生物1の比率を算出した。微生物1はコリスチンの影響を受けておらず、生存しているとみなされることから、微生物1の比率の変化は、生存率の変化に相当する。
【0079】
グラフ(704)は、対照区からサンプリングした細菌に含まれる微生物1の比率の経時変化を示し、グラフ(705)は、コリスチンを処理した試験区からサンプリングした細菌に含まれる微生物1の比率の経時変化を示す。対照区では微生物1の比率がほとんど変化しないが、試験区では微生物1の比率が8分後には80%、30分後には60%、60分後には0%まで低下した。この結果は、被解析対象の緑膿菌株が、コリスチンに対して感受性があることを示している。
【0080】
一方、コリスチン耐性の緑膿菌株に対して、感性菌と同様のコリスチン処理をした場合、グラフ(704)に相当する対照区の微生物1の割合と、グラフ(705)に相当する試験区の微生物1の割合がほとんど低下せず、60分後にも約95%であった。この結果は、被解析対象の緑膿菌株に対して、コリスチンが影響を与えないことを示している。
【0081】
以上のように、緑膿菌に対するコリスチン処理の影響を定量解析して比較することにより、感性菌と耐性菌の違いを示すことが可能であり、感性/耐性判定の結果が、従来法であるMICの値による判定に一致していることが示された。
【0082】
本実施例によれば、従来法でMICを求めるには培養に1日程度を要したところ、抗菌薬の影響による形態的な損傷の有無を解析することで、原因菌の感性/耐性を迅速に判定することが可能である。
【0083】
ここで、本実施例における標本の特徴について説明する。顕微鏡観察技術を用いた生存率試験は他にも開示されているが、光学顕微鏡向けの生死判定試薬は、生細胞の酵素活性や、細胞膜の選択的透過性に基づくものであり、観察時点で生きていることが染め分けの前提である。これに対して、PTA染色を行う対象は、死菌に至る過程での形態損傷であることから、グルタルアルデヒドなどで固定して保存した後にも染色と観察が可能であり、生存率試験の利便性を向上する。また、近年、卓上型のSEMが利用できることから、微生物を対象とした感染症検査、環境モニタリング、食品の安全性検査などの、日常的な微生物試験への適用可能性がある。
【手続補正書】
【提出日】2023-09-12
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を含む試料を染色した標本の画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第1ステップと、
前記画像の輝度の分布範囲に関する輝度プロファイルを取得する第2ステップと、
前記プロファイルのうち輝度に係る第1条件を満たす第1標準輝度範囲を第1の微生物群が存在する領域と設定し、前記プロファイルのうち輝度に係る第2条件を満たす第2標準輝度範囲を第2の微生物群が存在する領域と設定する第3ステップと、
前記第1及び第2標準輝度範囲の各々において、該範囲内に存在する微生物を識別し、及び/又は該範囲内に存在する微生物の比率を算出する第4ステップと、を備え、
前記第1条件とは輝度プロファイルの第1ピークを含み、かつ該第1ピークとは異なる第2ピークを含まないことであり、
前記第2条件とは前記第1ピークを含まず、かつ前記第2ピークを含むことであり、
前記第4ステップは、前記第1及び第2標準輝度範囲の各々において、該範囲内に存在する微生物個体の生死、及び/又は形態的に損傷した微生物個体を識別し、及び/又は微生物数及び/又は微生物画像面積、及び、画像ピクセル数に基づいて、微生物の生存率、及び/又は、形態的に損傷した微生物の比率を算出するステップである、微生物画像解析方法。
【請求項2】
前記標本とは、微生物を含む液体を、微生物及び固形物が概ね相互に重なり合わないように作製された塗抹標本である、請求項1記載の微生物画像解析方法。
【請求項3】
前記第1ステップは、微生物の形態変化を停止して保存するため、該微生物をグルタルアルデヒド、ホルマリン、又は、アルコールのうち少なくとも一つを用いて化学固定処理を行うステップを含む、請求項1記載の微生物画像解析方法。
【請求項4】
前記第1ステップは、前記試料をリンタングステン酸溶液を用いて染色するステップである、請求項5記載の微生物画像解析方法。
【請求項5】
リンタングステン酸溶液は、pH0.0~pH7.0の酸性溶液である、請求項4記載の微生物画像解析方法。
【請求項6】
リンタングステン酸溶液は、pH0.0~pH3.0の酸性溶液である、請求項4記載の微生物画像解析方法。
【請求項7】
リンタングステン酸溶液は、濃度0.1~20%の溶液である、請求項4記載の微生物画像解析方法。
【請求項8】
リンタングステン酸溶液は、濃度2~10%の溶液である、請求項4記載の微生物画像解析方法。
【請求項9】
請求項4記載の細菌画像解析方法を実施するためのキットにおいて、
グルタルアルデヒド、ホルマリン、アルコールのうち少なくとも一つを含む化学固定液と、
少なくともリンタングステン酸を含む染色液と、
生理食塩水、水、緩衝液のうち少なくとも一つを含む洗浄液と、を備えるキット。
【請求項10】
微生物に影響する処理を施さずに試料を染色した対照標本の第1画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第1ステップと、
微生物に影響する処理を施した試料を染色した試験標本の第2画像を、電子顕微鏡を用いて取得する第2ステップと、
前記第1画像の輝度に関する輝度プロファイル、及び、該プロファイルにおける輝度の第1ピークを取得する第3ステップと、
前記第2画像の輝度に関する輝度プロファイル、及び、該プロファイルにおける輝度の第2ピークを取得する第4ステップと、を備える、微生物画像解析方法。
【請求項11】
前記第3ステップは、微生物の種類、微生物に影響を与える処理の種類、及び、染色剤の種類に基づいて、前記第1ピークを含む第1標準輝度範囲を取得するステップであり、
前記第4ステップは、微生物の種類、微生物に影響を与える処理の種類、及び、染色剤の種類に基づいて、前記第2ピークを含む第2標準輝度範囲を取得するステップである、請求項10記載の微生物画像解析方法。
【請求項12】
前記第1及び第2標準輝度範囲の各々において、微生物数、微生物画像面積、及び/又は、ピクセル数を取得し、該範囲内に存在する微生物の比率を算出すると共に、前記対照標本と前記試験標本を比較することにより、微生物に影響を与える処理の効果を定量化する第5ステップを更に備える、請求項11記載の微生物画像解析方法。
【請求項13】
前記微生物に影響する処理とは、抗微生物薬、熱、酸素、界面活性剤、又は、バクテリオファージのうち少なくとも一つを微生物に与える処理を示す、請求項10記載の微生物画像解析方法。
【請求項14】
前記染色剤はリンタングステン酸である、請求項11記載の微生物画像解析方法。
【国際調査報告】