【課題】インデンテーション試験の負荷除荷過程において試験体表面を観察する際などにおいて、圧子と試験体との界面での屈折の発生を抑制し、試験体の表面を観察する技術を提供する
【解決手段】特定波長の光を透過する透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の前記表面を観察する観察装置であって、前記試験体に荷重を加える加圧手段と、前記荷重を計測する荷重計測手段と、前記加圧手段で荷重を加えている前記試験体の表面を撮像する撮像手段と、を有し、前記撮像手段は、前記透明圧子を透して試験体を撮像し、前記観察は、表面の形状、双晶若しくは転位又は/及び亀裂の観察などであり、前記透明圧子と、前記試験体の表面の隙間には液体が存在しており、前記透明圧子及び前記液体の屈折率は、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに略等しいことを特徴としている。
前記透明圧子の屈折率と、前記液体の屈折率との比の値が、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに、1.0:1.0±0.2であることを特徴とする請求項1に記載の観察装置。
前記計測手段は、前記表面の形状が、前記試験体表面が沈み込む形状又は盛り上がる形状である前記試験体の状態を計測することを特徴とする請求項4に記載の観察装置。
前記計測手段は、前記透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の、透明圧子の圧入深さ及び/又は透明圧子と試料表面との接触面積を計測することを特徴とする請求項4に記載の観察装置。
前記透明圧子の屈折率と、前記液体の屈折率との比の値が、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに、1.0:1.0±0.2であることを特徴とする請求項8に記載の観察方法。
更に、前記観察結果に基づいて前記試験体の状態を計測する計測手段を用いて、前記試験体の状態を計測することを特徴とする請求項8〜10のいずれか1項に記載の観察方法。
前記計測手段により、前記表面の形状が、前記試験体表面が沈み込む形状又は盛り上がる形状である前記試験体の状態を計測することを特徴とする請求項11に記載の観察方法。
前記計測手段により、前記透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の、透明圧子の圧入深さ及び/又は透明圧子と試料表面との接触面積を計測することを特徴とする請求項11に記載の観察方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、顕微インデンテーション試験では、圧子を構成する材質が持つ屈折率と圧子周囲にある空気の屈折率とが異なるため、圧子と空気との界面で屈折が生じることにより観察像に歪みが発生し、接触面の外側の表面に現れる変形特性又は/及び破壊特性を圧子に光を透過させる光学的手法で精度良く観察することが難しい場合があった。
【0011】
本発明は、このような従来技術の実情を鑑みてなされたもので、圧子と空気との界面での屈折の発生を抑制し、試験体の表面を観察する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明は以下の観察装置及び観察方法並びに動画像解析・装置制御・特性値演算用プログラムを提供する。
【0013】
[1]特定波長の光を透過する透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の前記表面を観察する観察装置であって、
前記試験体に荷重を加える加圧手段と、
前記荷重を計測する荷重計測手段と、
前記加圧手段で荷重を加えている前記試験体の表面を撮像する撮像手段と、を有し、
前記撮像手段は、前記透明圧子を透して試験体を撮像し、
前記観察は、
(1)表面の形状、双晶若しくは転位又は/及び亀裂の観察、
(2)形状記憶合金の機構解明のための観察、
(3)合金開発でのスクリーニングのための観察、
(4)応力誘起変態機構解明のための観察、
(5)表面脆性相の破壊と剥離の観察、
(6)ボールオンディスクスクラッチを模した摩耗特性を把握するための観察、及び
(7)ボールオンディスクスクラッチを模した薄膜密着性評価のための観察
からなる群より選ばれる少なくとも一種であり、
前記透明圧子と、前記試験体の表面の隙間には液体が存在しており、
前記透明圧子及び前記液体の屈折率は、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに略等しいことを特徴とする観察装置。
【0014】
[2]前記透明圧子の屈折率と、前記液体の屈折率との屈折率の比の値が、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに、1.0:1.0±0.2であることを特徴とする[1]に記載の観察装置。
[3]更に、光学的特性観察手段を備えることを特徴とする[1]又は[2]に記載の観察装置。
[4]更に、前記観察結果に基づいて前記試験体の状態を計測する計測手段を備えることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の観察装置。
[5]前記計測手段は、前記表面の形状が、前記試験体表面が沈み込む形状又は盛り上がる形状である前記試験体の状態を計測することを特徴とする[4]に記載の観察装置。
[6]前記計測手段は、前記双晶若しくは転位又は/及び亀裂の、
位置及び方位を計測することを特徴とする[4]に記載の観察装置。
[7]前記計測手段は、前記透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の、透明圧子の圧入深さ及び/又は透明圧子と試料表面との接触面積を計測することを特徴とする[4]に記載の観察装置。
【0015】
[8]特定波長の光を透過する透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の前記表面を観察する観察方法であって、
前記試験体に荷重を加える加圧手段と、
前記荷重を計測する荷重計測手段と、
前記加圧手段で荷重を加えている前記試験体の表面を撮像する撮像手段と、を用いて、
前記透明圧子と、前記試験体の表面の隙間に液体を存在させ、
前記透明圧子及び前記液体の屈折率は、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに略等しいものであり、
前記撮像手段により、前記透明圧子を透して試験体を撮像し、
(1)表面の形状、双晶若しくは転位又は/及び亀裂の観察、
(2)形状記憶合金の機構解明のための観察、
(3)合金開発でのスクリーニングのための観察、
(4)応力誘起変態機構解明のための観察、
(5)表面脆性相の破壊と剥離の観察、
(6)ボールオンディスクスクラッチを模した摩耗特性を把握するための観察、及び
(7)ボールオンディスクスクラッチを模した薄膜密着性評価のための観察
からなる群より選ばれる少なくとも一種を観察することを特徴とする観察方法。
【0016】
[9]前記透明圧子の屈折率と、前記液体の屈折率との屈折率の比の値が、所定の波長の光を用いて25±5℃で測定したときに、1.0:1.0±0.2であることを特徴とする[1]に記載の観察方法。
[10]更に、光学的特性観察手段を用いて、前記試験体の光学的特性を観察することを特徴とする[8]又は[9]に記載の観察方法。
[11]更に、前記観察結果に基づいて前記試験体の状態を計測する計測手段を用いて、前記試験体の状態を計測することを特徴とする[8]〜[10]のいずれかに記載の観察方法。
[12]前記計測手段により、前記表面の形状が、前記試験体表面が沈み込む形状又は盛り上がる形状である前記試験体の状態を計測することを特徴とする[11]に記載の観察方法。
[13]前記計測手段により、前記双晶若しくは転位又は/及び亀裂の、
位置及び方位を計測することを特徴とする[11]に記載の観察方法。
[14]前記計測手段により、前記透明圧子を用いて試験体の表面に荷重を加えた際の、透明圧子の圧入深さ及び/又は透明圧子と試料表面との接触面積を計測することを特徴とする[11]に記載の観察方法。
[15][1]に記載の観察装置で用いられるプログラムであって、
コンピュータに、
前記撮像手段による前記試験体の表面を撮像するステップと、
撮像した前記試験体の表面の画像に基づき、前記画像解析部による、[5]に記載の前記試験体表面が沈み込む形状又は盛り上がる形状である前記試験体の状態、又は/及び、[6]に記載の前記双晶若しくは転位又は/及び亀裂の位置及び方位、又は/及び、[7]に記載の前記透明圧子と試料表面との接触面積を動画像解析するステップを実行させる動画像解析プログラム。
[16][1]の観察装置で用いられるプログラムであって、
コンピュータに、
ユーザーが入力した各種試験条件を受付けさせるステップと、
受付けた各種試験条件に基づいて精密位置決め装置を駆動させるステップと、
前記精密位置決め手段の駆動を介して、前記加圧手段による、前記透明圧子を用いて前記試験体の表面に加える荷重を制御させるステップを実行させる装置制御プログラム。
[17][1]の観察装置で用いられるプログラムであって、
コンピュータに、
前記撮像手段による前記試験体の表面を撮像するステップと、
撮像した前記試験体の表面の画像に基づき、前記観察装置による、[5]に記載の前記試験体の状態を計測した値と、[6]に記載の前記双晶若しくは転位又は/及び亀裂の位置及び方位と、[7]に記載の前記透明圧子の圧入深さ及び/又は透明圧子と試料表面との接触面積とから前記試験体の特性値を演算するステップを実行させる特性値演算プログラム。
【発明の効果】
【0017】
このように、本発明によれば、圧子と空気との界面での屈折を制御できるため、顕微インデンテーション試験で荷重が発生している状態において、圧子に光を透過させる光学的手法で、接触面の外側の表面に現れる変形特性又は/及び破壊特性を鮮明かつ詳細に観察又は/及び計測することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る観察装置を備えた、インデンテーション試験を行う計測装置(以下、単に計測装置とも称する)の基本構成の一例を説明するブロック図である。
【0021】
このインデンテーション試験を行う計測装置は、試験体5の表面に透明圧子4(以下、圧子4とも称する)を接触させ試験体5の各種機械的特性を計測する顕微インデンテーション試験機1と、計測制御装置2と、情報処理装置(コンピュータ)6で構成される。
【0022】
計測制御装置2は、試験片5の表面に透明圧子4を接触させる様子を画像として記録するビデオカメラ(カメラ)7(撮像手段)と、透明圧子4と試験体5の表面との距離を調整し接触させる精密位置決め装置8(加圧手段)と、透明圧子4と試験体5との接触で発生する荷重を計測する荷重計測装置9(荷重計測手段)と、により構成される。なお、図示していないが、ビデオカメラ(カメラ)7で観察するには別途光源が必要である。一般的な光学顕微鏡の場合は可視光域の白色光が用いられ、レーザー顕微鏡の場合は通常、近紫外(約300nm)から赤外(約10ミクロン)の波長帯のレーザーの単色光ビームが用いられる。以下、632.8nmの波長をもって本発明では光源の所定の光と称することがある。また、金属等の偏光観察を同時に行う場合には白色光を用いることもある。ここで、波長が短い場合は分解能が高く微細な組織が観察でき、長い波長であれば全体が観察できる特徴がある。
【0023】
情報処理装置6はコンピュータ(電子計算機)であり、入出力I/F(Interface)10、CPU(Central Processing Unit)12、条件設定部13、特性値演算部14、画像解析部11、及び、記憶装置15により構成される。情報処理装置6の有する各要素は、バス(Bus)によって接続されている。
【0024】
情報処理装置6の画像解析部11で使用される動画像解析プログラムは、記憶装置15に格納されており、条件設定部13を通して、画像解析法の選択、ロイ(画像解析領域)、パラメータ(各種解析条件など)を設定するように入出力I/F10を通してユーザーに入力を促し、さらに、コンピュータのメモリなどの主記憶装置上に展開されて実行を行う。
【0025】
情報処理装置6の装置制御部で使用される装置制御プログラムは、記憶装置15に格納されており、条件設定部13を通して、各種試験条件(最大負荷荷重値、試験時間など)を設定するように入出力I/F10を通してユーザーに入力を促し、さらに、コンピュータのメモリなどの主記憶装置上に展開されて実行を行う。
【0026】
情報処理装置6の特性値演算部14で使用される特性値演算プログラムは、記憶装置15に格納されており、画像解析部11が解析した接触面積と、荷重計測装置9が計測した荷重値と、から各種機械的特性(応力−歪み曲線、マイヤー硬さ、ヤング率、降伏値など)を演算する。また、試験体表面をスキャンした表面プロファイルから沈み込み又は盛り上がりを数値化した表面変形パラメータγを演算する。あるいは、画像解析部11が認識した双晶(転位)、応力誘起変態相、亀裂、破壊、剥離、摩耗などの位置、寸法、方位などを自動演算する。さらに、圧子押し込み深さ又は/及び接触面積と負荷荷重との関係をプロットする。
【0027】
本実施形態の観察装置は、顕微インデンテーション試験機1、計測制御装置2、情報処理装置6から構成されている。更に本実施形態の観察装置は、試験体5の観察結果に基づいて試験体5の状態を計測する計測手段として、計測制御装置2、情報処理装置6を含む構成を備えており、全体としてインデンテーション試験を行う計測装置を構成している。
【0028】
図2は、本発明の一実施形態に係る観察装置を備えた計測装置における顕微インデンテーション試験機1の機能構成の一例である。
【0029】
試験片5の表面と透明圧子4の先端との接触は位置決め装置8が行う。その接触で発生する負荷荷重は荷重計測装置9により計測する。
【0030】
さらに、透明圧子4は透明な圧子保持板19に固定されているため、試験体5が負荷されるインデンテーション試験の全過程において、試験片5の表面の様子は試験機フレーム18の外部から観察できる。試験体5に荷重が負荷されることにより生じる各種の力学的現象は、対物レンズ17を備えた顕微鏡3(光学的特性観察手段)により光学的に拡大され、顕微鏡3に取り付けられたビデオカメラ(カメラ)7により撮像することができる。これを実現するため、顕微鏡3の光軸は透明圧子4と接触部とを結ぶ光軸に一致するように配置されている。
【0031】
屈折率調整液(接触液)20は、試験体5の特性に合わせて適宜選択された透明圧子4の持つ屈折率と略等しく選択され、試験体5と透明圧子4との隙間に挿入される。
【0032】
ビデオカメラ7により撮像された撮像画像は、試験経過時間と関連付けられた力学現象として記録装置15に書き込まれる。また、この撮像画像は、情報処理装置6の画像解析部11に転送し、動画像解析プログラムにより数値化することができる。
【0033】
図3は、本発明の一実施形態に係る圧子と試験体表面との接触の状況を説明した図であり、ここでは、例として圧子の先端曲率半径がマイクロメーターオーダー以下の円錐形状で面傾斜角がβである鋭角圧子(
図3(A))と、圧子の先端が球面である球面圧子(
図3(B))と、が描かれている。
【0034】
鋭角圧子は、先端が一つの突起を持つ形状、かつ、試験体の表面と圧子面との成す角が一つの面傾斜角βで表現できる圧子であり、例えば、三角錐、四角錐、及び、円錐である。主に金属やセラミックスの硬さを計測する目的で広く用いられているビッカース圧子(面傾斜角β=22.0度)やバーカビッチ圧子(面傾斜角β=24.97度、あるいは、24.73度)は鋭角圧子である。また、稜間隔が90.0度である三角錐圧子、及び、対面角が90.0度であるピラミッド圧子は鋭角圧子である。
【0035】
一方、球面圧子は、圧子の先端が球面であり、その表面が一定値の径(半径r、直径D)で表現できる面を持つ。主に金属の硬さを計測する目的で広く用いられているブリネル圧子(直径D=1、2.5、5、10mm)、及び、ロックウェル圧子(先端曲率半径r=200ミクロン)は球面圧子である。
【0036】
顕微インデンテーション試験機1において、圧子と試験体の接触の状況は光学顕微鏡に結合されたビデオカメラ(カメラ)を用い、圧子に光を透過させる方式で観察させるため、圧子の特性としては透光性を有する必要があり、好適な材質としてダイヤモンド、サファイア、ガラス等がある。本発明で用いる圧子は透明な圧子である。波長589.3nmの光に対し、圧子を構成する材質の屈折率n
iは、ダイヤモンドが2.420、サファイアが1.768、石英ガラスが1.456、光学ガラス(BK7)が1.517である。
【0037】
空気は圧子周囲に存在する媒質であり、その屈折率は1.000である。一般的な試薬又は接触液(屈折率調整液)も圧子周囲の媒質であり、その屈折率n
rは種々の中から選択できる。本発明では屈折率比n
r/n
iに関し、種々の圧子−屈折率調整液の組み合わせの議論を行うこととする。
【0038】
例えば、屈折率調整液としてケロシン(屈折率n
r=1.43)を選択する場合、石英ガラスの屈折率n
i(=1.456)と近く、屈折率比n
r/n
iは0.98となる。また、光学ガラス(BK7、屈折率n
i=1.517)との組み合わせでは屈折率比n
r/n
iは0.94となる。さらに、サファイア(屈折率n
i=1.768)との組み合わせでは屈折率比n
r/n
iは0.80となる。
【0039】
一方、屈折率調整液としてシリコーンオイル(屈折率n
r=1.51)を選択する場合、光学ガラス(BK7)の値(屈折率n
i=1.517)と近く、屈折率比n
r/n
iは0.995となる。また、サファイア(屈折率n
i=1.768)との組み合わせでは屈折率比n
r/n
iは0.85となる。さらに、石英ガラス(屈折率n
i=1.456)との組み合わせでは屈折率比n
r/n
iは1.037となる。
【0040】
さらに、屈折率が1.48から1.78まで0.01刻みで調整された屈折率調整液が市販されており入手可能である。屈折率比n
r/n
iを1に近づけることは、適切な圧子−屈折率調整液の組を選択することで可能である。透明圧子の屈折率と接触液(屈折率調整液)の屈折率との比の値は、好ましくは1.0:1.0±0.2である。
【0041】
図4は、圧子の先端形状が三角錐である圧子について、面傾斜角の異なる三角錐を説明した図である。計装化インデンテーション試験で広く用いられているバーカビッチ(Berkovich)型圧子の先端形状において、先端面角αは65.03度、先端稜角ψは76.89度、面傾斜角βは24.97度、稜間隔2θは115.02度である。また、コーナーキューブ(Corner Cube)型の三角錐圧子において、先端面角αは35.26度、先端稜角ψは54.74度、面傾斜角βは54.73度、稜間隔2θは90度である。
【0042】
図5は、圧子の先端形状が四角錐である圧子について、面傾斜角の異なる四角錐を説明した図である。一般の金属類やセラミックスの硬さ試験で広く用いられているビッカース(Vickers)型圧子の先端形状において、先端面角αは68.00度、先端稜角ψは74.00度、面傾斜角βは22.00度、稜間隔2θは85.67度である。また、圧子先端の対面角が90.0度である直角プリズム構造の四角錐圧子において、先端面角αは45.00度、先端稜角ψは54.74度、面傾斜角βは45.00度、稜間隔2θは70.53度である。
【0043】
拡大レンズなどの光学系に入射する以前の空間は物体空間であり、全ての光学系を通過した後の像が出来る空間は像空間である。この定義に従えば、顕微インデンテーション試験機1の場合、透明圧子4も光学系の一部であるため顕微鏡を構成する拡大光学系と圧子光学系を合わせたものが全光学系であり、圧子先端から試験体の表面までが顕微インデンテーション試験機1の物体空間である。
【0044】
顕微鏡の対物レンズ17には集光特性があり、対物レンズ17の解像度を決定する数値として開口数NA (Numerical Aperture)がある。対物レンズ17の集光角θ
1は、光軸との成す角であり、物体空間の媒質(空気)の屈折率をn、レンズの開口数をNAとすると、次式で表現出来る。
【0046】
さらに、物質1と物質2とが接しており、それぞれの屈折率がn
1とn
2であり、その界面を光が物質1から物質2へ通過する際の入射角θ
1と出射角θ
2との関係は「スネルの法則」として良く知られている次式で記述できる(
図6)。
【0048】
また、既知の屈折率(n
1とn
2)の界面に入射する光(入射角θ
1)がどれだけ屈折するのか、すなわち、出射角θ
2は(2)式を変形することで知ることができる。
【0050】
図3(A)及び
図3(B)に示すように、媒質1を空気(屈折率n
1=1.000)、媒質2をダイヤモンド(屈折率n
2=2.4195)とした場合、ダイヤモンド表面に対して角度を入射角θ
1(=14.48度)で入射する光がダイヤモンドに出射する最大出射角θ
2は(3)式から5.93度と計算される。
【0051】
この例は、市販の対物レンズ(LMPlanFL、10X、NA=0.25、オリンパス製)の最大集光角度である集光角θ
1(14.48度)に対するものであり、ダイヤモンド製圧子の内部への最大屈折角θ
2は5.93度である。すなわち、ダイヤモンド圧子から出射する角度θ
2が5.93度以内である光は、対物レンズ(LMPlanFL、10X、オリンパス製)に届き、光学顕微鏡の像として観察される。
【0052】
また、媒質1を空気(屈折率n
1=1.000)、媒質2をサファイア(屈折率n
2=1.768)とした場合、サファイア表面に対して角度を入射角θ
1(=14.48)で入射する光がサファイアに出射する最大出射角θ
2は(3)式から8.13度と計算される。
【0053】
この例は、市販の対物レンズ(LMPlanFL、10X、オリンパス製)の最大集光角度である集光角θ
1(14.48度)に対するものであり、サファイア圧子の内部への最大屈折角θ
2は8.13度である。すなわち、サファイア圧子から出射する角度θ
2が8.13度以内である光は、対物レンズ(LMPlanFL、10X、オリンパス製)に届き、光学顕微鏡の像として観察される。
【0054】
屈折が生じる入射角には最大値があり、その入射角は臨界角(θ
m)である。臨界角以上では全反射が生じる。屈折率n
1>屈折率n
2なる条件において、出射角θ
2=90度が臨界である。よって、(2)式を変形すると、臨界角θ
mは次式である。
【0056】
媒質1をダイヤモンド(屈折率n
2=2.420)、媒質2を空気(屈折率n
1=1.000)とする場合、ダイヤモンドを透化してきた光が空気中に出射されない臨界角θ
mは(4)式から24.41度と計算される。また同様に、媒質1をサファイア(屈折率n
2=1.768)とした場合、臨界角θ
mは(4)式から34.45度と計算される。
【0057】
臨界角θ
m以上の角度では光は媒質2に出射できず、再度媒質1に戻る。これが全反射である。すなわち、ダイヤモンドを透過する光がダイヤモンド/空気の界面の垂線から24.41度より大きい角度で入射された場合、その光は空気中に出射せずにダイヤモンドの内部で全反射する。また同様に、サファイアを透過する光がサファイア/空気の界面の垂線から34.45度より大きい角度で入射された場合、その光は空気中に出射せずにサファイアの内部で全反射する。
【0058】
ミクロ/ナノ領域におけるインデンテーション試験で最も重用される圧子先端の形状は三角錐型のバーカビッチ圧子(面傾斜角β(=24.97度))である。よって、次に、材質がダイヤモンド(屈折率n
2=2.420)及びサファイア(屈折率n
2=1.768)であるバーカビッチ圧子についての光線経路を考える。
【0059】
図6は、本発明の一実施形態に係るバーカビッチ圧子の傾斜面と光線との関係を示したものであり、圧子の傾斜面が紙面と垂直になるよう描かれている。なお、図にはバーカビッチ圧子の面傾斜角β(=24.97度)の他、先端面角α(=65.03度)、及び、先端稜角ψ(=76.89度)が示してある。
【0060】
圧子と試験体の表面との隙間には、空気(屈折率n
2=1.000)又は媒質(屈折率調整液、屈折率n
2)が満たされている。
【0061】
先ず、圧子先端の光軸(
図6中の破線)は試験体の表面と垂直であり、かつ、光学顕微鏡の光軸と平行の状態にある場合を考える。
【0062】
角度θ
1は面傾斜角βと同位角であるため、面傾斜角βと同じ値である。すなわち、角度θ
1は24.97度である。
【0063】
圧子がダイヤモンド製であり、周囲の媒質が空気である場合、ダイヤモンド/空気界面の臨界角θ
mは、(4)式から24.41度である。光線の入射角は、圧子の面が作る角度θ
1と等しい24.97度である場合、臨界角θ
mよりも大きい。このため、光学顕微鏡の対物レンズを透して垂直に落射された光は、圧子の傾斜面で全反射する。
【0064】
光学顕微鏡として共焦点型レーザー顕微鏡を用いる場合は、集光角θ
1と屈折角θ
2はともに0度である。しかし、段落0051に記載したように、対物レンズの集光角を考慮した場合、圧子内の光線は試験体の上面に対して垂直ではない場合がある。市販の対物レンズ(LMPlanFL、10X、NA=0.25、オリンパス製)の最大集光角度である集光角θ
1(14.48度)を例とすれば、ダイヤモンド圧子の内部への最大屈折角θ
2は5.93度である(
図3)。この最大屈折角θ
2は対物レンズの最外周部で観察する像の場合であり、対物レンズの中心で観察する場合には屈折角θ
2は0度である。
【0065】
最大屈折角θ
2が5.93度である光線の場合、ダイヤモンド/空気界面の垂線に対する光線の入射角は、圧子の面が作る角度θ
1(24.97度)よりも5.93度だけ小さい19.04度である。この角度は、臨界角θ
mである24.41度よりも小さい。このため、圧子の傾斜面で全反射することなく空気(圧子外部)に出射する。その出射角は(3)式を用いて7.75度と計算される。すなわち、ダイヤモンド圧子の傾斜面に対して、ダイヤモンド側より入射角θ
1(=19.04度)で入射した光は、空気へ出射角θ
2(=7.75度)で出射する。
【0066】
別の例として、圧子がサファイア製であり、周囲の媒質が空気である場合、サファイア/空気の臨界角θ
mは34.45度である。角度θ
1(=24.97度)は、臨界角θ
mよりも小さいため、光学顕微鏡から圧子の光軸と平行に落射された光は、圧子の傾斜面で全反射することなく圧子外部(空気)に出射する。
【0067】
その出射角は(3)式を用い、13.81度と計算される。すなわち、サファイア圧子の傾斜面に対して、サファイア側より入射角θ
1(=24.97)で入射した光は、空気へ出射角θ
2(=13.81度)で出射する。
【0068】
さらに、圧子がサファイア製であり、周囲の媒質が屈折率n
2を1.77に調整した屈折率調整液である場合、サファイア/空気の臨界角θ
mは90度である。角度θ
1(=24.97度)は、臨界角θ
mよりも小さいため、光学顕微鏡から圧子の光軸と平行に落射された光は、圧子の傾斜面で全反射することなく空気(圧子外部)に出射する。その出射角は(3)式を用い、25.00度と計算される。すなわち、サファイア圧子の傾斜面と接触液(屈折率n=1.77)との界面に対して、サファイア側より入射角θ
1(=24.97)で入射した光は、接触液へ出射角θ
2(=25.00度)で出射する。
【0069】
段落0051に記載したように、対物レンズの集光角を考慮した場合、圧子内の光線は試験体に対して垂直ではない場合がある。市販の対物レンズ(LMPlanFL、10X、オリンパス製)の最大集光角度である集光角θ
1(14.48度)を例とすれば、サファイア製圧子の内部への最大屈折角θ
2は8.13度である。この最大屈折角θ
2は対物レンズの最外周部で観察する像の場合であり、対物レンズの中心で観察する場合には屈折角θ
2は0度である。
【0070】
最大屈折角θ
2が8.13度である光線の場合、サファイア/空気界面の垂線に対する光線の入射角は、圧子の面が作る角度θ
1(24.97度)よりも8.13度だけ小さい16.84度である。この角度は、臨界角θ
mである24.41度よりも小さい。このため、圧子の傾斜面で全反射することなく空気(圧子外部)に出射する。その出射角は(3)式を用い、9.43度と計算される。すなわち、サファイア圧子の傾斜面に対して、サファイア側より入射角θ
1(=16.84度)で入射した光は、空気へ出射角θ
2(=9.43度)で出射する。
【0071】
金属を試験体とする硬さ試験ではブリネル・インデンテーション試験が重用されている。ブリネル・インデンテーション試験で用いられる圧子は球面圧子である。そこで、次に半球状の球面圧子(半径r=500ミクロン)について考える。
【0072】
球面圧子の形状が持つ特徴は、光路の落射位置が圧子と試験体表面との接触中心から離れるに伴い、圧子−屈折率調整液との界面に対する入射角θ
1が増大することである。入射角θ
1が臨界角θ
mを超えると全反射が生じ、観察像を得ることができなくなる。故に、半球状の球面圧子では、外縁近傍の領域に観察像が得られない不可視領域が生じる。屈折率比n
r/n
iを1に近づけることで、臨界角θ
mは90度に近づき、不可視領域を減少させることができる。なお、屈折率比n
r/n
i>1の場合には全反射は生じない。
【0073】
半球状の球面圧子に対し、屈折率比n
r/n
iを種々に変化させる場合について、光路をシミュレーションにより三次元的に詳細に検討する。
【0074】
圧子と屈折率調整液との組み合わせに関し、サファイア−空気(comb.1)、石英ガラス−空気(comb.2)、サファイア-シリコーンオイル(comb.3)及び石英ガラス−ケロシン(comb.4)、サファイア−サファイア専用屈折率調整液(comb.5、n
r=1.77)を例としてシミュレーションと実験の両面から検討する。
【0075】
試験体に入射する光は、試験体に対する垂直落射光に加えて角度を持つ成分があり、その角度の大きさは対物レンズの開口数NAから求められる。本シミュレーションでは開口数NAの値として0.16を用いる。単色レーザー光を用いた顕微鏡は色収差が無いため、レンズと平滑な試験体表面との間が一様な屈折率の媒質で占められているならば、全観察領域において焦点位置を試験体表面と一致させることが可能である。しかし本装置において、レーザー光は大気、圧子、屈折率調整液という異なる屈折率を有する三種類の媒質の中を通ることとなる。
【0076】
光は屈折率が異なる二種類の物質の界面を通過する度に屈折するため、焦点位置は試験体表面と一致しなくなる。この不一致を、圧子−屈折率調整液の組として石英ガラス-ケロシン(comb.4、n
r/n
i=0.98)の屈折率を用いて計算する。
【0077】
図7に示すように、共焦点光学系におけるレーザー光検出器で同一の位置に対応するRay1及びRay2を考える。Ray1は対物レンズ中心を通過する光、Ray2は焦点位置側の対物レンズ端を通過する光とする。なお、Ray1及びRay2以外にも落射光が存在するが、試験片表面と焦点位置の差が最大となるRay1及びRay2の組み合わせを用いて計算を行う。
【0078】
ここでは試験体表面と平行方向との距離を考える。Ray1及びRay2の交点として求められる焦点位置と、圧子-試験体の接触中心点との、距離をwとする。各wにおける焦点位置fを
図8に示す。焦点位置は、f=−500ミクロンにおいて試験体表面と一致する。
【0079】
wの増加に伴い、焦点位置fと試験体表面位置(f=−500ミクロン)との距離は乖離していくことがわかる。また、焦点位置fが−500ミクロンから離れることで、試験体表面から反射された異なる光路の光により、観察像が結像される。
【0080】
各wの点に対し、試験体面上での結像位置の差をdwとする。その差dwを
図9に示す。wの増大に伴いdwも増大することがわかる。
【0081】
一方、光学顕微鏡における分解能δは次式(Rayleighの式)で表される。
【0083】
(5)式に、代表的な値として、He−Neレーザー光の波長λ(=632.8nm)、対物レンズの開口数NA(=0.16)を代入することで光学的分解能δ=1.76ミクロンを得る。
【0084】
光学的分解能δ=1.76ミクロンに相当する結像位置の差dw(=1.76ミクロン)を生じる距離wは、
図9より399ミクロンであるとわかる。
【0085】
すなわち、圧子中心からの距離が半径399ミクロン以下の範囲におけるdwは、共焦点レーザー顕微鏡の分解能より小さく、観察上の障害にならない。押し込み荷重が十分に小さく、観察半径が396ミクロン以下である場合は、全観察領域において明瞭な画像が得られる。
【0086】
さらに、圧子と屈折率調整液との組み合わせを種々に変更させた場合、それらの組み合わせごとに得られる像がどのように変化するかを予測するため、以下に示す光学モデルに基づいて計算する。ここでは、光の波長として、λ=632.8nm(He−Neレーザー)を用いる。
【0087】
図10に示すように、垂直落射光Ray3を考え、圧子中心から被観察位置までの距離をx、レーザー光の検出器において結像される位置をa、と定義する。各条件におけるxとaとの関係を計算した結果を
図11および
図12に示す。
【0088】
レンズと試験体表面との間が一様な屈折率の媒質で占められているならば、x=wとなる。ここでの距離wは
図7で示したものであり、n
r/n
iが1に十分近い場合はx=wと近似される。
【0089】
図11及び
図12中に示された点線はx=aの関係式が成り立つ条件、つまり、圧子と屈折率調整液の屈折率比n
r/n
iが1であるため、光の屈折が起こらない状態を意味する。屈折率比n
r/n
iが1に近い組み合わせほど、距離xが結像位置aに近いこと、すなわち、点線で示したx=aに近いこと、がわかる。
【0090】
また、結像位置aがある値(例としてcomb.1において、a=279ミクロン)を超えると、結像位置aに対応する距離xは存在しない。これは上述した光の全反射に起因する。圧子は半球状の球面であるため、圧子と試験体との接触円中心点から離れるほど、入射角θ
1は大きくなり、結像位置aがある値以上に大きい位置では全反射が起こる。
【0091】
屈折率比n
r/n
iが1未満の組み合わせでは、屈折率比n
r/n
iが1に近づくほど臨界角θ
0が90°に近くなり、球面での全反射が起きる条件が満たされ難くなる。よって、屈折率調整液を用いることで、全反射による結像不可領域を減少させることができ、観察可能な領域が大きくなる。
【0092】
各屈折率比n
r/n
iの組み合わせにおける、観察可能な試験体表面の範囲は、距離xの最大値から知ることができる。例として、comb.1、及び、comb.4における距離xの最大値はそれぞれ、206ミクロン、及び、441ミクロンである。
【0093】
また、各屈折率比n
r/n
iの各組合せにおいて、一つの距離xに対して二つの結像位置aが存在する領域がある。これは、ある位置の試験体表面が二か所で結像されることを意味する。しかし、
図8に示した通り、観察位置が圧子の縁に近づくに伴い焦点位置fと試験片表面(f=−500ミクロン)との距離が大きくなるため、圧子の縁では明瞭な観察像を得ることができない。
【0094】
次に、観察像の二次元的な歪み、すなわち、試験体表面上の真の位置と観察像の位置のズレについて計算と実験の両面から検証する。
【0095】
図13に示すように、観察像の二次元的な歪みを可視化するために、試験体表面の25ミクロン間隔のマーキング点を考える。
【0096】
圧子−屈折率調整液の組として石英ガラス-ケロシン(comb.4、n
r/n
i=0.98)の屈折率を用い、試験体表面に対し垂直な落射光(波長λ=632.8nm(He−Neレーザー))を用いて観察する場合について計算する。
【0097】
図13におけるx及びaは
図10で定義されたものであり、屈折率比n
r/n
iが1に近い本条件下ではx=wと近似される。
【0098】
計算によって得られた観察像の例として、押し込み深さhが0ミクロンの場合(無負荷)、及び、押し込み深さhが10ミクロンである場合、とを示す。ここでの押し込み深さhは、
図10で定義したものである。圧子の縁に近い点ほど、像の歪、つまり実位置xと結像位置aの差が大きい。加えて、圧子の縁付近では光の全反射によりマーキング点が観察されない。これらの計算結果は、同じ仮定で求めた計算結果の
図12と一致する。
【0099】
以上の計算結果を、顕微インデンテーション装置を用いた実験により検証する。試験体としてPure Agを選択した。Pure Agの押し込み試験体表面に、マーキング点としてナノインデンター(HYSITRON製、TriboIndenter、TI950)を用い、25ミクロン間隔で縦40点×横40点、計1600点の微小圧痕を付けた。
【0100】
圧子−屈折率調整液の組み合わせとして、石英ガラス−ケロシン(comb.4、屈折率比n
r/n
i=0.98)を選択し、顕微インデンテーション試験を常温、大気中で行った。実験では変位速度を毎秒1ミクロンとした。
【0101】
実験結果を
図13に示す。図中に示した白破線は、50ミクロン間隔を示す目印として描かれたものである。観察されたマーキング点は、目印の白破線より外側に位置しており、実験結果と計算結果は良く一致している。
【0102】
本発明によれば、荷重を負荷している状態にある試験体の表面を透明圧子に光を透過させる手法で明瞭かつ詳細に観察しその場計測できる。したがって、荷重と接触面積の実測値から負荷応力値が演算できるとともに、以下の種々の試験が実現可能となる。
(1)表面の形状、双晶若しくは転位又は/及び亀裂の観察、
(2)形状記憶合金の機構解明のための観察、
(3)合金開発でのスクリーニングのための観察、
(4)応力誘起変態機構解明のための観察、
(5)表面脆性相の破壊と剥離の観察、
(6)ボールオンディスクスクラッチを模した摩耗特性を把握するための観察、
(7)ボールオンディスクスクラッチを模した薄膜密着性評価のための観察、及び
(8)光学的特性観察手法と組み合わせての観察
【実施例1】
【0103】
圧子として、三角錐圧子(サファイア製、バーカビッチ型、屈折率n
i=1.768)を選択し、圧子と試験体表面との隙間を満たす液体として、市販の接触液(屈折率調整液)(屈折率n
r=1.77、株式会社島津デバイス製造、品番:nd1.77)を用いた実験例を示す。この組み合わせ(comb.5)は、屈折率比n
r/n
i=1.00である。
【0104】
図14は、サファイア圧子の先端とマイクロスケール(10ミクロンピッチ、金属製、反射式)の表面とを接触させ、光学顕微鏡の落射照明でスケールバーを撮像した画像である。
図14(A)は、サファイア圧子とマイクロスケールとの隙間に空気が存在する場合であり、
図14(B)は、サファイア圧子とマイクロスケールとの隙間に屈折率調整液(屈折率n
r=1.77)が存在する場合である。
【0105】
図14(A)に示すサファイア/空気の場合、圧子の傾斜面から13.81度の出射角θ
2で出射するため、垂直落射と比較し、11.16度(=24.97−13.81)だけの光の屈折(プリズム効果)が生じているため像に歪みが発生している。
【0106】
一方、
図14(B)に示すサファイア(n
i=1.768)/屈折率調整液(n
r=1.77)の場合、界面での屈折は−0.03度(=24.97−25.00)である。このことが奏功し画像の歪みは極めて小さく、試験体であるマイクロスケール表面の様子(10ミクロンピッチのバー)を明瞭かつ詳細に観察できることを示している。
【実施例2】
【0107】
圧子として、半球状の球面圧子(半径r=500ミクロン)を用いた実験例を示す。顕微インデンテーション試験の条件は、常温・大気中とし、変位速度は毎秒1ミクロン、最大押し込み荷重は4.9N、もしくは、9.8Nとした。
【0108】
試験体として、平均結晶粒径がミクロンオーダーのPure Ag(純銀)を用いた顕微インデンテーション試験を実施した。Pure Agは鏡面研磨が容易であり、また耐酸化性が良いことから、試験中に良好な試験片表面状態を保つことができる。また、Pure Agは比較的硬度が低く対称性の良いFCC構造であり、等方的な塑性変形となるため、評価用モデル材料として適している。Pure Agの鋳造材にエメリー紙及びアルミナ研磨剤(粒径0.1ミクロン)による機械研磨を施し、試験体とした。
【0109】
圧子−屈折率調整液の組み合わせとして、サファイア−大気(comb.1、屈折率比n
r/n
i=0.56)、石英ガラス−大気(comb.2、屈折率比n
r/n
i=0.68)、サファイア−シリコーンオイル(comb.3、屈折率比n
r/n
i=0.85)、及び、石英ガラス−ケロシン(comb.4、屈折率比n
r/n
i=0.98)を選択した。
【0110】
図15は、各条件における顕微インデンテーション装置によるその場観察画像である。観察像からわかるように、本手法は押し込み荷重の増加に伴う圧子と試験体との接触面積が増大する過程と同時に接触面周囲の試験片表面をその場観察することが可能である。
【0111】
図15に示したその場観察画像からは、屈折率比n
r/n
i=0.56(comb.1)では、ほぼ圧子接触面積の増大過程のその場観察のみが可能であるが、より屈折率比が大きくなる条件(n
r/n
i=0.68(comb.2))では、圧子接触面積の増大過程と共に圧子接触円の周囲の試験片表面の状況を同時にその場観察することが可能となり、屈折率比n
r/n
iが更に1に近づくに従い、観察可能な試験体表面の領域が拡大している。
【0112】
これらの結果は、試験片の表面観察を行う領域に合わせた圧子−屈折率調整液の組を選択することで、適切な像を得ることができることを示している。
【実施例3】
【0113】
第三の実施例として、半球体の球面側を球面圧子(サファイア製、屈折率n
i=1.768)として使用した場合を示す。圧子と試験体表面との隙間を満たす液体として、市販のシリコーンオイル(屈折率n
r=1.51)を屈折率調整液として用いた。この例では、屈折率比n
r/n
iは0.85となる。
【0114】
試験体としてマグネシウム(Pure Mg)の単結晶、及びマグネシウム合金(Mg−1.3at.%Y、Mg−2.3at.%Y)の単結晶を用い、最大負荷荷重が9.8Nまでの負荷を[1−210]と平行な方向に印加した過程をレーザー顕微鏡で記録した。
【0115】
図16は、Pure Mg、Mg−1.3at.%Y、及び、Mg−2.3at.%Yの各単結晶を用いた顕微インデンテーション試験において無負荷0.0Nと負荷荷重9.8Nにおいて記録されたその場観察像であり、点線で示された楕円形の圧痕は、押し込み過程においてIn-situ観察されたものである。
【0116】
一般にブリネル・インデンテーションによる圧痕投影形状は圧子形状を反映し円形となるが、Pure Mg単結晶を用いた顕微インデンテーションでは、押し込み過程のその場観察からも楕円形の圧痕形成が確認された。圧痕投影形状を楕円形と考えることで、長径と短径を定義する。楕円形圧痕の長径は[0001]と平行であった。この圧痕形状異方性は、Y濃度が増加するに伴い減少し、圧痕形状は円形に近づく。同様の結果がビッカース・インデンテーションからも確認されている。
【0117】
長径の端部から左右に向けたすべり線が確認され、これは底面すべりであると考えられる。一方、短径の端部付近からは{10−12}双晶の発生が確認され、Pure Mgでは大きく発達するが、Y添加材ではあまり現れない。同様の結果がブリネル・インデンテーション及びビッカース・インデンテーションを用いた研究において報告されている。
【0118】
図17は、Pure Mg、Mg−1.3at.%Y、及び、Mg−2.3at.%Yを用いた各インデンテーション試験の各押し込み荷重においてその場観察像より測定した長径(d
L)、短径(d
s)及び長径と短径の差(Δd=d
L−d
s)を示す図である。図中の実線枠内(負荷荷重9.8Nの右隣)にプロットされたデータ点は、除荷後の試験体の表面に残る圧痕に対し、長軸と単軸の寸法を走査型電子顕微鏡(FE−SEM)により測定した値である。
【0119】
圧子接触領域では圧子-屈折率調整液間の界面が存在しないため、そこでの光の屈折は生じない。Y濃度の増加に伴い同一荷重における長径(d
L)及び短径(d
s)が減少していた。
圧痕径が小さくなることは硬さの増加、すなわちY固溶による強化を意味する。塑性変形が開始する1.0N程度の低い荷重下においても長径(d
L)及び短径(d
s)はY濃度の増加に伴い減少するにも関わらず、Δdは各組成間で大きな差を示さなかった。
その一方で押し込み荷重の増加に伴うΔdの増加量はY濃度の増加に伴い減少した。結果として押し込み荷重9.8NにおけるΔdはY濃度の増加に伴い減少した。これは、上述のY添加による圧痕形状異方性の減少を意味する。既に述べたように、顕微インデンテーション中に活動した塑性変形機構として、底面すべり及び{10−12}双晶が確認され、{10−12}双晶の活動量はY濃度の増加に伴い減少する。この結果は先行研究とよく一致する。
【0120】
Mg-Y合金単結晶を用いたビッカース・インデンテーションによる先行研究において、圧痕近傍での柱面すべりの活動が確認されている。その際、Y濃度の増加に伴いビッカース圧痕の形状異方性が減少し、かつ、{10−12}双晶の活動量が減少していることが報告されており、Mg-Y合金単結晶においては{10−12}双晶のみならず柱面すべりも圧痕形成に大きく寄与し、その結果、圧痕形状異方性が減少していると結論付けている。本発明におけるY添加による圧痕形状異方性の減少は、ビッカース・インデンテーションによる先行研究と同様の理由に因ると推測される。
【0121】
長径(d
L)よりはるかに短い短径(d
s)側の圧痕近傍の試験体表面には、弾性的な振る舞いをして圧痕としては永久変形を残さない大きな「沈み込み(Sink−in)」領域が生じたと予想される。事実、顕微インデンテーション試験のその場観察画像では、短径(d
s)側の圧痕最外縁部近傍にのみ、同心円状のニュートンリングが観察された。これは、短径(d
s)側の圧痕最外縁部より外側で圧子と試験体表面の間の間隔が徐々に変化していることを示しており、したがって、短径側の圧痕近傍の試験体表面に「沈み込み(Sink-in)」が生じていると結論される。このように、本顕微インデンテーション法を用いることにより、楕円形圧痕の形成過程を明らかにすることが可能となった。
【0122】
図18は、圧子接触試験による材料の構成式、すなわち、圧子力学における応力−歪み曲線である。圧子力学における代表応力は、負荷荷重を投影接触面積で除した平均接触圧力p
m(=P/A)として、また、代表歪みは、接触円の直径dを圧子半径rで除した球面圧子接触歪みε(=d/r)として定義される。この実施例では、接触面積が真円形状では無く楕円であるため、楕円の長軸d
Lを圧子半径r(=500ミクロン)で除した値(d
L/r)により接触歪みを定義した。
【0123】
平均接触圧力と圧子接触歪みとの関係は次式となる。
【0124】
【数6】
【0125】
(6)式は、接触が弾性変形領域(いわゆる、ヘルツ接触)のみに限定される場合には、縦軸に平均接触圧力p
m、横軸に圧子接触歪みd/rをプロットすれば原点を通る直線関係となり、その傾きはヤング率と定数の積であるため、一定の勾配となることを意味している。よって、その直線関係からの逸脱点は弾性限界であり、直線関係からの外れ方は塑性変形の度合いを示す。
【0126】
図18の応力−歪み曲線には、(6)式における合成ヤング率E
*を44.5GPaとした(6)式の直線関係が示してある。上記の3種類の試験体で得られた実験点は、直線から大きく外れた応力−歪み関係の非線形性を示している。応力−歪み曲線における各プロットから、顕微鏡で明確に観察された底面すべりと双晶による塑性変形挙動が全変形を支配していることを示している。
【0127】
マグネシウム(Pure Mg)の単結晶の場合、
図16に示したように、試験体表面を詳細に観察できるため、僅か1Nの負荷において底面すべり、及び、双晶が発生し、さらにそれらが発達していく挙動が顕微鏡的に判定できた。この負荷レベルは、応力と歪みに換算すれば、応力は197MPa、歪みは18.5%であり、
図18の応力−歪み曲線においては、その変形挙動は完全塑性的な領域にあることが判る。
【0128】
図19は、特許文献2に記載の解析方法に従い演算した「塑性変形の尺度」をプロットしたものである。負荷中の接触面積が定量的に計測できる顕微インデンテーションでは、接触面積に基づく変形挙動解析が可能であり、「弾性」と「塑性」に分離することができる。
図19において、右端は完全塑性を意味する。したがって、[1−210]と平行な方向にインデンテーション負荷を与えた場合、実験点が右上にあるマグネシウム(Pure Mg)の単結晶が、マグネシウム合金(Mg−1.3at.%Y、Mg−2.3at.%Y)の単結晶よりも塑性変形が全変形に占める割合が大きい。逆に、イットリウムYの添加量が増大する程、固溶強化の度合いが強く作用し、全変形に占める弾性的性質が増し、プロットは左下に向かう。
【0129】
図20は、マグネシウム(Pure Mg)の単結晶を試験体とした顕微インデンテーション試験終了後に完全除荷した状態でその場観察した画像(上)と、試験後の試験体表面の走査型電子顕微鏡像(FE−SEM/EBSD)(下)とを、比較したものである。
【0130】
図20において、母相と{10−12}双晶の界面を黒線で示している。図から、押し込み荷重の減少に伴い圧子直下において細い領域を持つ表面起伏が観察された。同様の細い領域を持つ表面起伏が、FE−SEM像からも観察されているが、この領域は、EBSD測定によって母相と同じ結晶方位であることがわかった。
【0131】
Mg合金を用いた圧縮試験及び引張試験による先行研究において、除荷時もしくは圧縮応力負荷後の引張応力負荷のような逆応力の負荷時における{10−12}双晶のDetwinningが報告されている。したがって、この領域は除荷時における{10−12}双晶の収縮、つまり、Detwinningに起因するものであり、押し込み試験中の圧痕直下における変形の様な複雑な応力−変形状況下においてもDetwinningが生じており、その挙動を顕微インデンテーション試験で観察することが可能となった。
【0132】
本顕微インデンテーション法は、圧子直下及び圧子接触領域近傍の試験体表面における塑性変形挙動のその場観察を可能とし、材料の塑性変形挙動を議論する上で非常に有効であると言える。
【0133】
インデンテーション試験の負荷過程にある試験体表面を観察する装置及び観察方法を用いることにより、従来のマクロ試験よりも簡便に材料の構成式である応力−歪み曲線を実測できると同時に、種々の変形挙動や破壊挙動を高い精度で定量化することができる。このことは、変形機構や破壊機構を迅速かつ詳細に議論できることを意味している。
【0134】
以上、本発明の好ましい実施例について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形、変更が可能である。