【課題】多孔質食品のしっとり感を客観的に評価することができる評価方法、及び多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質を客観的にスクリーニングすることができるスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】前記多孔質食品の熱拡散率を測定する測定工程と、前記熱拡散率を指標として、前記多孔質食品のしっとり感を評価する評価工程とを含む多孔質食品のしっとり感を評価する方法、及び被験物質を含有する多孔質食品(1)の熱拡散率を測定する第1の測定工程と、前記被験物質の含有量を異なる量とした多孔質食品(2)の熱拡散率を測定する第2の測定工程と、前記多孔質食品(1)の熱拡散率と、前記多孔質食品(2)の熱拡散率とを比較し、前記被験物質が多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質であるか否かを評価する評価工程とを含む多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質のスクリーニング方法である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような要望に応え、現状を打破し、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、多孔質食品のしっとり感を客観的に評価することができる評価方法、及び多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質を客観的にスクリーニングすることができるスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するべく鋭意検討を行った結果、熱物性値の1つである熱拡散率と、しっとり感の官能評価との間に相関があり、しっとり感に富む多孔質食品ほど熱拡散率が小さくなることを見出し、前記課題を解決できることを知見した。
【0008】
本発明は、本発明者らの前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 多孔質食品のしっとり感を評価する方法であって、
前記多孔質食品の熱拡散率を測定する測定工程と、
前記熱拡散率を指標として、前記多孔質食品のしっとり感を評価する評価工程とを含むことを特徴とする評価方法である。
<2> 多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質のスクリーニング方法であって、
被験物質を含有する多孔質食品(1)の熱拡散率を測定する第1の測定工程と、
前記被験物質の含有量を異なる量とした多孔質食品(2)の熱拡散率を測定する第2の測定工程と、
前記多孔質食品(1)の熱拡散率と、前記多孔質食品(2)の熱拡散率とを比較し、前記被験物質が多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質であるか否かを評価する評価工程とを含むことを特徴とするスクリーニング方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、従来における前記諸問題を解決することができ、多孔質食品のしっとり感を客観的に評価することができる評価方法、及び多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質を客観的にスクリーニングすることができるスクリーニング方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(評価方法)
本発明の評価方法は、多孔質食品のしっとり感を評価する方法であって、測定工程と、評価工程とを少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0011】
前記しっとり感とは、本分野で通常いわれている「湿り気があるさま」をいい、前記多孔質食品を手で触れたときのしっとり感、及び/又は前記多孔質食品を口に含んだときのしっとり感をいう。
【0012】
<測定工程>
本発明の評価方法における測定工程は、前記多孔質食品の熱拡散率を測定する工程である。
【0013】
−多孔質食品−
前記多孔質食品としては、特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、主としてベーカリー食品が挙げられるが、その他にも魚肉練り製品(はんぺん、ソーセージ)、畜肉加工品(ソーセージ)、発泡菓子(エア・イン・チョコレート、マシュマロ、スナック菓子、カルメ焼き)、穀粉を主原料とする押出し成形品などが挙げられる。
【0014】
前記ベーカリー食品とは、穀粉を主原料とし、これに必要に応じてイーストや膨張剤(ベーキングパウダー等)、水、食塩、砂糖などの副材料を加えて得られた発酵又は非発酵生地を、焼成、蒸し、揚げ加工等の加熱処理に供して得られる食品をいう。
前記ベーカリー食品としては、特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、パン類、ケーキ類、ドーナツ、ワッフル、シュー、ビスケット、クラッカー、パイ等の焼き菓子、かりんとう等の揚げ菓子などが挙げられる。
前記パン類の具体例としては、例えば、食パン、ロールパン、白パン、黒パン、フランスパン、乾パン、コッペパン、クロワッサン、中華まん、調理パン、菓子パン、蒸しパン、スコーン、ベイグルなどが挙げられる。
前記ケーキ類の具体例としては、例えば、スポンジケーキ、バターケーキ、ロールケーキ、パンケーキ、ブッセ、バームクーヘン、パウンドケーキ、チーズケーキ、スナックケーキ、マフィン、メレンゲ、ムースなどが挙げられる。
【0015】
−熱拡散率−
前記熱拡散率(熱拡散係数、温度伝導率、温度拡散率とも呼ばれる)は、物質と状態が決まれば値が決まる物性値であり、温度の伝わり易さ(拡散)を表しており、単位はm
2/sである。
物体内の任意の点(x、y、z)における、温度、密度、比熱、熱伝導率をそれぞれθ、ρ、c、λとすれば、λがx、y、zによらなく一定とすると、次の熱伝導率の方程式が成立する。
【数1】
ここで、α=λ/cρを熱拡散率という。
【0016】
−−熱拡散率の測定−−
前記熱拡散率の測定方法としては、特に制限はなく、公知の方法を適宜選択することができ、例えば、ホットディスク法、定常法、非定常法であるパルス加熱法、周期加熱法、ステップ加熱法などが挙げられる。また、熱伝導率、比熱容量及び密度から算出することもできる。
【0017】
前記熱拡散率の測定に用いる装置としては、特に制限はなく、公知の装置を適宜選択することができる。
例えば、前記ホットディスク法による測定に用いる装置としては、ホットディスク法熱物性測定装置(TPS−1500、京都電子工業株式会社製)などが挙げられる。
【0018】
前記熱拡散率の測定条件としては、特に制限はなく、測定対象に応じて適宜設定することができる。
【0019】
<評価工程>
本発明の評価方法における評価工程は、前記熱拡散率を指標として、前記多孔質食品のしっとり感を評価する工程である。
【0020】
−評価−
本発明の評価方法における評価工程において、前記多孔質食品のしっとり感を評価する基準としては、前記多孔質食品に応じて適宜選択することができる。具体的には、後述する試験例で示すように、しっとり感に富む多孔質食品ほど熱拡散率が小さくなることから、熱拡散率が小さい値を示すものほど、しっとり感が強い多孔質食品であると評価することができる。
【0021】
また、例えば、前記多孔質食品が食パンである場合には、前記熱拡散率が、0.3mm
2/s未満である場合に、しっとり感を有すると判断することができ、前記多孔質食品がスポンジケーキである場合には、前記熱拡散率が、0.2mm
2/s未満である場合に、しっとり感を有すると判断することができる。
【0022】
<その他の工程>
本発明の評価方法におけるその他の工程としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、前記測定工程に用いる試料を調製する調製工程などが挙げられる。
【0023】
(スクリーニング方法)
本発明のスクリーニング方法は、多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質のスクリーニング方法であって、第1の測定工程と、第2の測定工程と、評価工程とを少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0024】
前記しっとり感は、上記した本発明の評価方法におけるしっとり感と同様である。
【0025】
<第1の測定工程>
本発明のスクリーニング方法における第1の測定工程は、被験物質を含有する多孔質食品(1)の熱拡散率を測定する工程である。
【0026】
−多孔質食品(1)−
前記多孔質食品(1)は、上記した本発明の評価方法の測定工程の項目における多孔質食品と同様である。
【0027】
−被験物質−
前記被験物質としては、食品に用いることができるものであれば、特に制限はなく、適宜選択することができる。前記被験物質は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0028】
−熱拡散率の測定−
前記熱拡散率の測定は、上記した本発明の評価方法の測定工程の項目における熱拡散率の測定と同様である。
【0029】
<第2の測定工程>
本発明のスクリーニング方法における第2の測定工程は、前記被験物質の含有量を前記多孔質食品(1)とは異なる量とした多孔質食品(2)の熱拡散率を測定する工程である。
【0030】
−多孔質食品(2)−
前記多孔質食品(2)は、上記した本発明の評価方法の測定工程の項目における多孔質食品と同様である。
前記多孔質食品(2)の種類は、前記多孔質食品(1)と異なる種類であってもよいが、通常、同じ種類である。
【0031】
−被験物質の含有量−
前記被験物質の前記多孔質食品(2)における含有量としては、前記多孔質食品(1)における含有量と異なる限り、特に制限はなく、適宜選択することができる。前記多孔質食品(2)は、前記被験物質を含まなくてもよい。
【0032】
−熱拡散率の測定−
前記熱拡散率の測定は、上記した本発明の評価方法の測定工程の項目における熱拡散率の測定と同様である。
【0033】
<評価工程>
本発明のスクリーニング方法における評価工程は、前記多孔質食品(1)の熱拡散率と、前記多孔質食品(2)の熱拡散率とを比較し、前記被験物質が多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質であるか否かを評価する工程である。
【0034】
−評価−
前記被験物質が多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質であるか否かを評価する方法としては、特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、前記多孔質食品(1)の熱拡散率と、前記多孔質食品(2)の熱拡散率に違いがない場合は、前記被験物質は前記多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質ではないと評価することができ、前記両者の熱拡散率に違いがある場合は、前記被験物質は前記多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質であると評価することができる。
【0035】
また、前記多孔質食品(1)の熱拡散率のほうが、前記多孔質食品(2)の熱拡散率よりも大きい場合であって、(i)前記多孔質食品(1)のほうが前記被験物質の含有量が少ない場合には、前記多孔質食品のしっとり感を強くするためには、前記被験物質の含有量が多いほうが良いと評価することができ、(ii)前記多孔質食品(1)のほうが前記被験物質の含有量が多い場合には、前記多孔質食品のしっとり感を強くするためには、前記被験物質の含有量が少ないほうが良いと評価することができる。
【0036】
前記多孔質食品(1)の熱拡散率のほうが、前記多孔質食品(2)の熱拡散率よりも小さい場合であって、(i)前記多孔質食品(1)のほうが前記被験物質の含有量が少ない場合には、前記多孔質食品のしっとり感を強くするためには、前記被験物質の含有量が少ないほうが良いと評価することができ、(ii)前記多孔質食品(1)のほうが前記被験物質の含有量が多い場合には、前記多孔質食品のしっとり感を強くするためには、前記被験物質の含有量が多いほうが良いと評価することができる。
【0037】
<その他の工程>
本発明のスクリーニング方法におけるその他の工程としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、上記した本発明の評価方法のその他の工程と同様である。
【実施例】
【0038】
以下、試験例を示して本発明を説明するが、本発明は、これらの試験例に何ら限定されるものではない。
【0039】
(試験例1:食パンにおけるしっとり感の評価)
<サンプル>
以下の市販の食パン(7サンプル)を用意した。なお、いずれも6枚切り(厚さ 18mm)のものを用いた。
(1)市販食パンA(製造後の保存日数 0日)。
(2)市販食パンB(製造後の保存日数 1日)。
(3)市販食パンC(製造後の保存日数 4日)。
(4)市販食パンD(製造後の保存日数 1日)。
(5)市販食パンE(製造後の保存日数 1日)。
(6)市販食パンF(製造後の保存日数 1日)。
(7)市販食パンG(製造後の保存日数 1日)。
【0040】
<測定>
−水分含量の測定−
赤外線水分計(赤外線水分計FD−800、株式会社ケツト科学研究所製)を用いて、食パンの水分含量を測定した。前記測定には、乾燥温度を105℃に設定した乾燥減量法を適用した。結果を表1−1に示す。
【0041】
【表1-1】
【0042】
−熱拡散率の測定−
ホットディスク法熱物性測定装置(TPS−1500、京都電子工業株式会社製)を用いて、食パン内相の熱拡散率を以下のようにして測定した。
サンプルは、食パン内相を直径50mmに型抜きしたものを用いた。ホットディスク・センサ(14mm)をサンプルとサンプルとの間に挟み込み、サンプルの上部にアルミ板(直径50mm、厚さ2mm、重量10.13g)を載せ、前記サンプルと前記センサとを密着させた状態で測定を行った。ヒーター設定電圧38mV、測定時間80sのときの熱拡散率を測定した。測定は、25℃、相対湿度65%に設定した恒温恒湿器内で行った。
結果を表1−2に示す。
【0043】
【表1-2】
【0044】
表1−2の結果から、サンプル間で熱拡散率の差が見られた。
【0045】
<官能評価>
(i)食パンのクラムに「手で触れたとき」、及び(ii)食パンのクラムを「口に含んだとき」のしっとり感の強さを、以下の7点のカテゴリー尺度で69人のパネルにより評価した。
なお、本評価における「しっとり感」とは、本分野で通常いわれている「湿り気があるさま」として、評価を行った。また、評価の基準として、前記サンプルのうち、市販食パンAを+2点、市販食パンBを±0点、市販食パンCを−2点と位置付けて評価した。
結果を表1−3に示す。
−カテゴリー尺度−
+3点 ・・・ 非常に強い。
+2点 ・・・ かなり強い。
+1点 ・・・ やや強い。
±0点 ・・・ どちらでもない。
−1点 ・・・ やや弱い。
−2点 ・・・ かなり弱い。
−3点 ・・・ 非常に弱い。
【0046】
【表1-3】
【0047】
<統計解析>
−3点〜+3点の7段階のカテゴリー尺度により官能評価した「しっとり感」を、水分含量、又は熱拡散率と関連付けるため、線形単回帰分析を行った。前記線形単回帰分析には、統計解析ソフトウェア(IBM SPSS Statistics 22、日本アイ・ビー・エム株式会社製)を用いた。
前記官能評価の結果を目的変数とし、前記水分含量、又熱拡散率の測定結果を説明変数としたときの線形単回帰分析の決定係数を表1−4に示す。
【0048】
【表1-4】
【0049】
表1−4の結果から、水分含量は、しっとり感の強さに影響を与えていなかったが、熱拡散率は、信頼度95%以上で、手で触れたとき、及び口に含んだときに感じるしっとり感の強さに影響を与えていた。
【0050】
(試験例2:スポンジケーキにおけるしっとり感の評価)
<サンプル>
以下の市販のスポンジケーキ(4サンプル)を用意した。
(1)市販スポンジケーキA
(2)市販スポンジケーキB
(3)市販スポンジケーキC
(4)市販スポンジケーキD
【0051】
<測定>
−水分含量の測定−
常圧加熱乾燥法(105℃、12時間)にて、スポンジケーキの水分含量を測定した。結果を表2−1に示す。
【0052】
【表2-1】
【0053】
−熱拡散率の測定−
サンプルとして、スポンジケーキを直径50mm、厚さ25mmに型抜したものを用いた以外は、前記試験例1と同様にして、熱拡散率を測定した。
結果を表2−2に示す。
【0054】
【表2-2】
【0055】
表2−2の結果から、サンプル間で熱拡散率の差が見られた。
【0056】
<官能評価>
スポンジケーキを「口に含んだとき」のしっとり感の強さを、以下の7点のカテゴリー尺度で9人のパネルにより評価した。
なお、本評価における「しっとり感」とは、本分野で通常いわれている「湿り気があるさま」として、評価を行った。また、評価の基準として、前記サンプルのうち、市販スポンジケーキAを±0点と位置付けて評価した。
結果を表2−3に示す。
−カテゴリー尺度−
+3点 ・・・ 非常に強い。
+2点 ・・・ かなり強い。
+1点 ・・・ やや強い。
±0点 ・・・ どちらでもない。
−1点 ・・・ やや弱い。
−2点 ・・・ かなり弱い。
−3点 ・・・ 非常に弱い。
【0057】
【表2-3】
【0058】
<統計解析>
前記試験例1と同様にして、線形単回帰分析を行った。
前記官能評価の結果を目的変数とし、前記水分含量、又は熱拡散率の測定結果を説明変数としたときの線形単回帰分析の決定係数を表2−4に示す。
【0059】
【表2-4】
【0060】
表2−4の結果から、水分含量は、しっとり感の強さに影響を与えていなかったが、熱拡散率は、信頼度95%以上で、口に含んだときに感じるしっとり感の強さに影響を与えていた。
【0061】
試験例1及び2の結果から、しっとり感が強いサンプルほど有意に熱拡散率が小さい結果となった。また、線形回帰分析の結果、熱拡散率は、有意にしっとり感の官能評価に影響を及ぼしていることがわかった。一方、水分含量は、しっとり感の官能評価との間に相関が見られなかった。
【0062】
しっとりとしているサンプルは、熱拡散率が小さいほどその傾向が強いことから、しっとりしているサンプルは、しっとりしていないサンプルに比べて、温度が伝わりにくいものと考えられた。即ち、サンプルを手で触れたり、口に含んだりしたときにしっとりとしているサンプルは、しっとりしていないサンプルに比べて、体温からの熱移動が起こりにくく、ひんやり感じると推測される。
【0063】
「しっとり感」とは、一般的に水分含量に影響があると考えられているが、上記結果から、水分含量ではなく、熱物性値の1つである熱拡散率によって客観的に評価することができ、しっとりとしているサンプルはひんやりしている傾向であることがわかった。
【0064】
したがって、本発明の評価方法によれば、従来官能評価でしか評価することができなかった多孔質食品のしっとり感を客観的に評価することができることが示された。
また、熱拡散率という客観的な指標により多孔質食品のしっとり感を評価することができるので、多孔質食品のしっとり感に影響を及ぼす物質のスクリーニング方法にも好適に用いることができる。