【解決手段】限外濾過膜による濾過処理及び還元処理を施す。限外濾過膜の分画分子量は10000が好ましく、3000がより好ましい。さらに、限外濾過膜による濾過処理及び還元処理が施された試料に対し、強酸性陽イオン交換樹脂による精製処理を施すのが好ましい。
前記液体クロマトグラフィー−質量分析法が、液体クロマトグラフから溶離する液体試料をエレクトロスプレープローブによりイオン化して質量分析計に導入する、液体クロマトグラフィー−質量分析法である請求項5に記載の最終糖化産物の分析方法。
【背景技術】
【0002】
従来、分子量1000以下の生体由来の低分子を測定及び分析する場合、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と質量分析(MS)とを組み合わせたLC−MSやLC−MS/MSシステムが用いられている。また従来、生体試料をLC−MS分析する場合は、一般に、生体試料をHPLCにアプライする前に、酸で加水分解した後、夾雑成分の除去及び分離のためのC18担体等を用いた逆相カラム処理にかけることにより、分析対象物質の初発純度を向上させていた。しかし、対象物質によっては、前記逆相カラム処理では夾雑成分を十分に除去できないことがあり、そのため分析結果に多くのノイズが検出されて、十分な検出感度や精度が得られないことがあった。
【0003】
より精度の高い分析を行うため、試料の前処理方法の改良が求められている。例えば、特許文献1には、生体試料中のデスモシンとイソデスモシンのLC−MS/MS分析の測定精度を向上させるために、生体試料を、陽イオン交換樹脂にかけ、非酸性条件下で自然落下にて溶出させ、得られたサンプルをLC−MS/MS分析にかける方法が記載されている。しかしながら、有効な前処理方法は物質によって異なることがあるため、測定する目的物質にとって適切な前処理方法を見出すことは容易ではない。
【0004】
ところで、最終糖化産物(Advanced Glycation Endproduct:AGE)は、体内で蛋白質と糖との反応により生成される物質の総称であり、糖尿病合併症等の指標として知られている。従来、AGEの分析方法としては、分析対象のAGEを認識・結合するモノクローナル抗体が利用できる場合は、それを利用したELISA測定法を用いることが可能であるが、そのようなモノクローナル抗体が確立できていない場合は、糖化された蛋白質を酸又はアルカリによって加水分解し、HPLC分析、LC−MS分析、LC−MS/MS分析などによりAGEを検出し、標品と比較することで特定、定量する方法が行われている。AGEを精度良く検出及び定量できれば、糖尿病合併症等の疾患の診断や研究のために有利であるが、従来、正確な分析は容易ではなかった。
【0005】
本発明者らは先に、高感度且つ高精度なAGEの分析を可能にする試料の調製方法として、生体試料を液相で酸処理するステップ、及び、酸処理した試料を強酸性陽イオン交換樹脂に添加して非酸性条件下で溶出するステップを含む調製方法を提案した(特許文献2)。この調製方法によって得られた試料はAGEの純度が高く、該試料をLC−MS/MS分析にかけると、ノイズが大幅に低減された測定データが得られる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の試料の調製方法で調製される試料は、遊離体の最終糖化産物(AGE)分析のための試料として有用である。本発明の試料の調製方法で調製される試料から分析される、遊離体のAGEとしては、N−ε−(カルボキシメチル)リジン、N−ε−(カルボキシエチル)リジン、メチルグリオキサール−イミダゾロン、カルボキシエチルアルギニン、S−(2−スクシニル)システイン等が挙げられる。
【0016】
本発明の試料の調製方法は少なくとも、1)生体試料に対し限外濾過膜で濾過処理する工程と、2)還元処理を施す工程とを含む。本発明の試料の調製方法においては、両処理の実施順序は問わず、濾過処理及び還元処理のどちらを先に実施しても、本発明の主たる目的、即ち、分析対象物である遊離体のAGEの分析中における変質防止を達成可能であるが、斯かる目的をより確実に達成する観点から、還元処理に先立って、濾過処理を実施することが好ましい。即ち、本発明においては、生体試料に対し、限外濾過膜で濾過処理した後、その膜透過画分に還元処理を施すことが好ましい。以下、本発明の試料の調製方法における各処理について説明する。
【0017】
[濾過処理]
本発明に係る濾過処理の対象物である生体試料は、健常体から採取されたものであっても、疾病罹患患者のような非健常体から採取されたものでも良い。また生体試料としては、生体から採取されたあらゆる細胞、組織、及び体液、例えば、皮膚、筋肉、骨、脂肪組織、脳神経系、心臓及び血管等の循環器系、肺、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、消化器系、胸腺、リンパ、血液、全血、血清、血漿、リンパ液、唾液、尿、腹水、喀痰等、並びにそれらの培養物が挙げられる。このうち、全血、血清、血漿、尿が好ましく、血清、血漿がより好ましい。生体試料を濾過処理するに際しては、必要に応じ、生体試料に水等の適当な溶媒を添加して希釈し、その希釈液を濾過処理する。
【0018】
本発明に係る濾過処理の主たる目的は、生体試料を、分析対象物である遊離体のAGEと、それ以外の夾雑物質とに分画することにある。遊離体のAGEは相対的に低分子量、夾雑物質は相対的に高分子量であるところ、これらを含む生体試料を限外濾過膜で濾過処理すると、遊離体のAGEを含む比較的低分子量の成分は、限外濾過膜を透過することができるが、蛋白質等の夾雑物質は、比較的高分子量のため限外濾過膜を透過できず、結果として遊離体のAGEを含む低分子量成分を、膜透過画分として生体試料から分取することができる。限外濾過膜即ち分子量カットフィルターとしては、市販品を適宜使用することができ、特に、少量の試料でも処理することが可能になる観点から、遠心分離チューブタイプの限外濾過膜が好ましい。本発明に使用可能な市販の遠心分離チューブタイプの限外濾過膜としては、例えば、ザルトリウス・ジャパン社製の限外濾過膜(商品名「VIVASPIN 500」)が挙げられる。
【0019】
濾過処理で用いる限外濾過膜の分画分子量は、より高感度且つ高精度のAGE分析を可能にする観点から、通常は10000以下、好ましくは5000以下、さらに好ましくは3000以下である。例えば、生体試料を分画分子量3000の限外濾過膜で濾過処理すると、分子量3000を超える成分(夾雑物質)が該膜を透過できず、分子量3000以下の成分(遊離体のAGEを含む分析対象物)が膜透過画分となる。限外濾過膜の材質は特に制限されず、例えばポリエーテルスルホン(PES)製、トリアセチルセルロース製、セルロースアセテート製、ポリアクリルニトリル製等の限外濾過膜を用いることができ、本発明の試料の調製方法の何れかの工程で使用する試薬・溶媒等に応じて適宜、選択すれば良い。また、限外濾過膜のタイプとしては、試料が少量でも濾過処理できることから、スピンカラムタイプが好ましい。そのような限外濾過膜は分画サイズ、容量ごとに各種市販されており、これらを適宜使用することができる。例えば、前記VIVASPIN 500には、分画分子量(MWCO)10000、5000及び3000のPES製の限外濾過膜が存在するので、本発明ではこれらを使用することができる。
【0020】
[還元処理]
本発明の試料の調製方法において、生体試料に還元処理を施す理由は次の通りである。従来、AGEを含む試料の質量分析には、液体クロマトグラフから溶離する液体試料をエレクトロスプレープローブ(ESIプローブ)によりイオン化して質量分析計に導入する、エレクトロスプレーイオン化質量分析法が利用されているところ、このESI法を利用してAGE分析を行うと、その分析中に、液体試料に含まれていたアマドリ転位生成物がESIプローブにてAGEへと変化してしまい、分析結果の信頼性が低下するという問題があった。そこで、本発明においては、生体試料に還元処理を施すことにより、ESI法による質量分析中に生体試料中のカルボニル基のアマドリ転位を防止し、結果として生体試料中で非AGE成分がAGEに変化することを防止し、高感度且つ高精度のAGE分析の実現を図っている。
【0021】
本発明に係る還元処理としては、還元処理剤としてヒドリド還元剤を用いたヒドリド還元(hydride reduction)処理が好ましい。ヒドリド還元とは、化合物の還元を求核剤としての水素供与体により行う還元反応である。ヒドリド還元剤としては公知の物を適宜使用可能であり、例えば、水酸化ホウ素ナトリウム〔NaBH
4〕、シアノ水素化ホウ素ナトリウム〔NaBH
3CN〕、水素化トリエチルホウ素リチウム〔LiBH(C
2H
5)
3〕、水素化トリ(sec−ブチル)ホウ素リチウム〔LiBH(sec-C
4H
9)
3〕、水素化トリ(sec−ブチル)ホウ素カリウム〔KBH(sec-C4H
9)
3〕、水素化ホウ素リチウム、水素化ホウ素亜鉛、アセトキシ水素化ホウ素ナトリウム、水素化アルミニウムリチウム〔(LAH) LiAlH
4〕、水素化ビス(2−メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウム〔NaAlH
2(OC
2H
4OCH
3)
2〕等が挙げられる。これらのヒドリド還元剤の中でも特に、水素化ホウ素ナトリウムは、還元力が高く、且つカルボニル基を還元するが、エステルやアミド基は還元しないため、本発明で好ましく用いられる。
【0022】
本発明に係る還元処理は、例えば、生体試料に還元剤処理剤を含む溶液を添加し、必要に応じて振盪又は攪拌した後、所定時間静置することで実施できる。還元処理に使用される還元処理剤の量、反応時間、温度等の条件は、使用する生体試料や還元処理剤の種類等に応じて決定すれば良い。例えば、生体試料として全血、血清、血漿等の血液試料を用い、その膜透過画分に対してヒドリド還元処理を施す際に、ヒドリド還元剤が2mMのNaBH
4溶液を用いる場合、血清試料の1/10容量程度で良い。
【0023】
[生体試料への内部標準物質の添加処理]
本発明の試料の調製方法においては、該方法によって調製された試料の定量分析の精度向上を図る観点から、生体試料に濃度既知の内部標準物質を添加しても良い。この場合、内部標準物質が添加された試料の質量分析は、いわゆる内部標準法によって行われることになる。内部標準物質としては、質量分析におけるクロマトグラムが分析対象のAGEと同じ挙動を示し、且つAGEのそれと重ならず、且つ試料に元来含まれていない物質を用いることができ、例えば、AGEの
13Cの安定同位体を用いることができる。内部標準物質の添加処理の実施時期は特に制限されず、濾過処理の前若しくは後のどちらでも良いし、又は、還元処理の前若しくは後のどちらでも良いが、後述する精製処理の前に生体試料に添加することが好ましい。生体試料に内部標準物質を添加する場合、本発明の試料の調製方法の好ましい一実施態様として、「生体試料に対し、限外濾過膜で濾過処理した後、その膜透過画分に還元処理を施し、さらにその還元処理が施された試料に対し、精製処理(後述する)を施す工程を含み、且つ該還元処理の前又は後において、生体試料に内部標準物質を添加する態様」が挙げられる。
【0024】
[精製処理]
前記の濾過処理、還元処理が施された生体試料(膜透過画分)は、そのままAGE分析用試料として使用することができるが、分析感度及び精度をより一層向上させる観点から、強酸性陽イオン交換樹脂により精製することが好ましい。即ち、本発明の試料の調製方法は、限外濾過膜による濾過処理、及び還元処理を施した生体試料に、さらに強酸性陽イオン交換樹脂による精製処理を施す態様を含む。
【0025】
生体試料(膜透過画分)の強酸性陽イオン交換樹脂による精製処理は、基本的には、常法に従って行うことができる。強酸性陽イオン交換樹脂による精製処理は、通常、強酸性陽イオン交換樹脂に試料(濾過処理及び還元処理が施された試料)を添加した後、該樹脂を洗浄し、その後、溶離液により該樹脂に吸着した物質を溶出させ、溶出液を回収することで実施される。
【0026】
強酸性陽イオン交換樹脂としては、スルホン酸型強酸性陽イオン交換樹脂が好ましい。強酸性陽イオン交換樹脂は、市販品の強酸性陽イオン交換樹脂を使用することができる。例えば、ダイヤイオン(登録商標)UBK−550、ダイヤイオン(登録商標)SK1B(三菱化学)、Oasis(商標)MCX(日本ウォーターズ社)、STRATA(商標)X−C(Phenomenex)、アンバーライト(登録商標)IR120B、アンバーライト(登録商標)200C、ダウエックス(登録商標)MSC−1(The Dow Chemical Company)、デュオライトC26(Rohm and Haas)、LEWATIT(登録商標)SP−112(LANXESS Distribution GmbH)等が好適に使用され得る。精製に使用する樹脂の量としては、例えば血液試料を用いる場合、血清又は血漿試料1mLに対して50〜300mgが好ましく、70〜150mgがさらに好ましい。
【0027】
強酸性陽イオン交換樹脂は、試料(前記還元処理が施された膜透過画分)を添加する前に、予め洗浄しておくことが好ましい。例えば、樹脂量の50倍容量以上の100%メタノール、必要に応じて樹脂量の50倍容量以上の溶離液に用いる酸溶液で、次いで樹脂量の50倍容量以上の純水で、試料を添加する前のカラムに通液させ、樹脂を洗浄する。
【0028】
試料(前記濾過処理及び還元処理が施された試料)を強酸性陽イオン交換樹脂に添加する方法は特に限定されないが、例えば、強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに、試料を含む液体を通液させれば良い。試料が乾固されている場合には、その乾固試料に液体を添加し、乾固物を溶解させておく。強酸性陽イオン交換樹脂の場合、試料を溶解させる液体は、pH5〜9の弱酸性〜弱塩基性の塩濃度の低い液体であれば良いが、pH6〜8の中性又は中性付近のpHを有する塩濃度の低い液体がより好ましく、特に純水が好ましい。必要に応じて、試料を溶解させた液体をさらに遠心し、上清を回収して使用しても良い。得られた試料を含む液体を、強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに滴下し、通液させる。通液の速度は、特に限定されないが、自然滴下程度の速度が好ましく、1mL/min以下がさらに好ましい。カラムに添加した試料中のAGEを含む目的物質は、強酸性陽イオン交換樹脂に吸着する。
【0029】
次いで、目的物質が吸着した樹脂を洗浄する。洗浄は、ギ酸、例えば0.05〜0.2N塩酸溶液、又は1.5〜2.5質量%ギ酸溶液、又はこのギ酸の終濃度となる、ギ酸とメタノールとの等量混合溶液を添加し、カラムを通過させれば良い。洗浄によりカラム中の夾雑物が除去されるので、その後の溶出処理により、目的物質を選択的に回収することが可能となる。
【0030】
溶出処理は、非酸性条件下で行うことが望ましい。例えば、洗浄処理後の樹脂に、揮発性で中性〜塩基性、好ましくはpH7以上13以下の溶離液を添加し、樹脂に吸着した目的物質を溶出させる。好ましい溶離液としては、純水、アンモニア溶液、及びこれらとメタノールの混合溶液などを挙げることができ、より好ましくは5〜10質量%アンモニア含有溶液が挙げられる。溶離液の量や濃度は、試料や樹脂の種類によって最適化すれば良いが、樹脂に吸着した目的物質が回収される量及び濃度であれば良い。一般的には、樹脂体積の20〜500倍量使用すれば良い。溶離液は、カラムに自然滴下し、通液させれば良い。
【0031】
溶出液は、全画分をAGE分析用試料として使用しても良いが、目的物質の含有量の高い画分を選択的に回収してAGE分析用試料として使用することが好ましい。目的物質の含有量の高い画分は、標準溶液を用いてカラム精製を行い、経時的に分取した溶出液の各画分について目的物質の含有量を調べることによって、予め決定しておくことができる。
【0032】
イオン交換樹脂に液体を通過させる場合、該樹脂を充填したカラムの上から液体を滴下して自然に落下させることで樹脂に液体を通過させても良いが、カラムをバキュームマニホールド等にセットし、減圧することで、効率良く液体をカラム内に導入することができる。
【0033】
溶離液により強酸性陽イオン交換樹脂から溶出された溶出液は、好ましくはさらなる精製処理に供される。例えば、前記手順にて得られた溶出液を、乾固処理し、次いで適切な溶媒に溶解させた後、夾雑物質等の所望しない混入物を除去する目的で、濾過処理(以下、この混入物除去目的のカラム溶出液の濾過処理を、前記の本発明に係る濾過処理と区別するために、「予備的濾過処理」ともいう)を施しても良い。予備的濾過処理としては、例えば、遠心や減圧処理による精密濾過、又は限外濾過を行うことができる。精密濾過には、エキクロディスク13CR(孔径0.2μm、日本ポール社)、ミニザルトRC4(孔径0.2μm、ザルトリウス社)、マイレクスLG(孔径0.2μm、メルクミリポア社)等のフィルターを、限外濾過には、ナノセップUF(分画分子量3K〜300K、日本ポール社)、ビバスピン500(分画分子量3K〜1000K、ザルトリウス社)等のフィルターを用いることができる。使用するフィルターは、乾固試料を溶解した溶媒に対して溶媒耐性があれば特に限定されない。
【0034】
[AGE分析]
前記手順により精製された試料は、AGE分析に適切な形態へと調製され、AGE分析に供される。AGE分析用試料は、AGE分析の方法や使用する機器に応じて適宜調製され得るため、その形態は特に限定されない。
【0035】
AGE分析の方法としては、AGEが測定可能な方法であれば特に限定されないが、液体クロマトグラフィーと質量分析とを組み合わせた分析方法が好ましく、例えば、液体クロマトグラフィー−質量分析(例えば、LC−MS法、LC−MS/MS、LC−MS/MS/MS等)法が挙げられる。検出感度をより向上させるためには、LC−MS/MS法や、LC−MS/MS/MS法などの液体クロマトグラフィー−タンデム型質量分析法がより好ましい。
【0036】
特に、液体クロマトグラフィー−質量分析法の一種であるエレクトロスプレーイオン化質量分析法、即ち、液体クロマトグラフから溶離する液体試料をエレクトロスプレープローブ(ESIプローブ)によりイオン化して質量分析計に導入する質量分析法を利用してAGE分析を行う方法では従来、前述したように、その分析中に液体試料中のアマドリ転位生成物がESIプローブにてAGEへと変化することが懸念されたが、本発明の試料の調製方法によって調製されたAGE分析用の液体試料を用いた場合には、斯かる懸念が払拭される。従って、本発明の試料の調製方法によれば、AGE分析の方法として、エレクトロスプレーイオン化質量分析法を積極的に利用することができる。
【0037】
液体クロマトグラフィー−質量分析のための乾固試料溶解用の適切な溶媒としては、液体クロマトグラフィーの移動相の最終条件と同じ溶媒を用いることが好ましい。例えば、メタノールの水溶液やアセトニトリルの水溶液、アセトニトリルとトリフルオロ酢酸の混合水溶液、アセトニトリルとギ酸の混合水溶液等が挙げられるが、特に限定されない。より具体的には、本発明の試料の調製方法により調製された試料を乾固処理し、20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸水溶液に溶解させて、AGE分析用試料とする。あるいは、本発明の試料の調製方法により調製された試料を乾固処理し、20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸溶液に溶解させた後、前述の孔径0.2μmのフィルターを用いた精密濾過処理にかけ、回収した濾液に等量の20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸溶液を添加して1000μLまでメスアップし、AGE分析用試料とする。血清又は血漿試料100μLから精製された試料に対して、900μL程度の20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸溶液を添加すると良い。
【0038】
液体クロマトグラフィー−質量分析計によりAGEを測定する際の測定条件は、目的とするAGEの種類や、機器の型、試料の状態等に応じて、当業者が通常の知識に基づいて適宜設定すれば良い。液体クロマトグラフィーの条件は供される試料によって異なるが、例えば、前述の20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸溶液に対しては、移動相にギ酸水溶液とギ酸アセトニトリル溶液でグラジエントを形成させると好ましい。質量分析計としては、二重収束磁場型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、四重極型質量分析計などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0039】
前記手順で測定された試料中のAGEに関する測定値を、同様の手順で測定された標準溶液からの測定値と比較することによって、生体試料由来のAGEを定量することができる。具体的には、所定濃度のAGEを含有する標準溶液からの測定結果に基づいて、検量線を作成する。検量線の作成は、内部標準法又は外部標準法を利用して行うことができる。内部標準法を利用する場合は、前述したように、内部標準物質を用いて各測定値を校正しておくと、より精度の高い検量線が得られるため好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を具体的に説明するために実施例を挙げるが、本発明は実施例によって制限されるものではない。
【0041】
〔実施例1:ラット由来生体試料の分析〕
下記(1)〜(4)の手順に従って、AGE分析用試料を調製した。分析対象のAGEは下記の通り。
1)N−ε−(カルボキシメチル)リジン〔以下、「CML」ともいう〕
2)メチルグリオキサール−イミダゾロン〔以下、「MG−H1」ともいう〕
3)N−ε−(カルボキシエチル)リジン〔以下、「CEL」ともいう〕
4)カルボキシエチルアルギニン〔以下、「CEA」ともいう〕
5)カルボキシメチルアルギニン〔以下、「CMA」ともいう〕
【0042】
(1)生体試料の調製
−80℃のディープフリーザで凍結保存されていた血清を室温で解凍・溶解した。この凍結保存されていた血清は、健常体のラット(Wister)及びストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットをそれぞれ解剖し、腹大動脈より採血した血清を凍結保存したものである。2mLチューブに溶解した血清を50μL注入し、さらに、この血清に各内部標準物質を溶解した蒸留水50μLを添加し、よく撹拌して血清希釈液を得た。
尚、分析対象のAGEがS−(2−スクシニル)システインである場合は、蒸留水に加えてさらにメチオニンを20μg添加する。また、ここで、内部標準物質として安定同位体(
13C若しくは
2H)で標識した各AGE(CML、MG−H1、CEL、CEA、CMA)、をそれぞれ10pmol、さらにリジンを5 nmolを添加している。リジンはタンパク質中に一定量存在するアミノ酸であるため、一定のタンパク量当たりのAGEを定量するために必要となる。
【0043】
(2)濾過処理
分画分子量3000のPES製限外濾過膜として前記VIVASPIN 500を用いて、前記血清希釈液を濾過処理した。より具体的には、限外濾過膜に前記血清希釈液を全量入れ、回転数12000rpmで30分間遠心処理した後、該血清希釈液を約50μL程度回収した。この遠心処理及び液回収を3回行い、計90分間の遠心処理を行った。
【0044】
(3)還元処理
濾過処理後の前記血清希釈液の入った2mLチューブに、該血清希釈液と等量(例えば50μL)のホウ酸ナトリウム緩衝液(0.2Mホウ酸、2mMDTPA、pH 9.0)を添加し、さらにヒドリド還元剤としての水酸化ホウ素ナトリウム溶液(2mM NaBH
4、0.1 N NaOH)を、該緩衝液の1/10量(例えば5μL)添加し、軽く撹拌し遠心した後、室温で4時間放置して還元処理を行った。還元処理後、吹付式試験管濃縮装置(EYELA社製, MG-2200、マニホールドS-040)にて40℃で乾固し、未精製のAGE分析用乾固試料を得た。
【0045】
(4)精製処理
強酸性陽イオン交換樹脂充填カラム(以下、「陽イオン交換カラム」ともいう)として前記STRATA(商標) X−Cを用いて、還元処理が施され内部標準物質が添加された前記AGE分析用乾固試料を精製処理した。より具体的には、先ず、前記(3)の還元処理後、試料に蒸留水にて1000μLまでメスアップし、よく撹拌した。次いで、陽イオン交換カラムをサンプル分用意し、バキュームマニホールドにセットした。陽イオン交換カラムに100%メタノールを1mLずつ滴下し、バキュームマニホールドの減圧を開始した状態でチューブとの接続部のコックを開いて該メタノールを通過させた。同様の方法で、さらに陽イオン交換カラムに超純水を1mLずつ滴下し、通過させ、陽イオン交換カラムを平衡にした。試料全量を陽イオン交換カラムへ滴下し通過させた。次いで、陽イオン交換に2%ギ酸を3mL通過させ、これを洗浄した。バキュームマニホールドにセットされた陽イオン交換カラムの下方に溶出液回収用の試験管をセットし、且つ該カラムの下端から延びる溶出液導出用チューブの下端を該試験管内に挿入した。そして、陽イオン交換カラムに7%アンモニア溶液を3mL滴下し、試験管内に溶出した液を回収した。その回収液を2mLチューブに2mL分注し、その分注物を吹付式試験管濃縮装置にセットして40℃で乾固させ、さらにその乾固物に、回収液を1mL追加してオーバーナイトで乾固し、AGE分析用乾固試料を調製した。
【0046】
〔比較例1:ラット由来生体試料の分析〕
還元処理を実施しなかった以外は実施例1と実質的に同様にして、AGE分析用乾固試料を調製した。
【0047】
〔実施例2:マウス由来生体試料の分析〕
ラットに代えてマウスの血清を用いた、即ち、健常体のマウス(ddY)及びストレプトゾトシン誘発糖尿病マウスの血清を用いた以外は実施例1と同様にして、AGE分析用乾固試料を調製した。
【0048】
〔実施例3:卵巣摘出ラット由来生体試料の分析〕
ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットに代えて、通常のラットから卵巣を摘出したラットの血清を用いた以外は実施例1と同様にして、AGE分析用乾固試料を調製した。本実施例で使用した卵巣摘出ラットは、脂肪蓄積・肥満モデル動物である。
【0049】
〔AGE分析用液体試料の調製〕
実施例及び比較例で得られた乾固試料を、それぞれ、ボルテックス又はソニケーターを使って、濃度20質量%のアセトニトリルと濃度0.1質量%のギ酸水溶液との混合液100μLに溶解させた。その溶液を、孔径0.2μmのポアフィルター付き遠心チューブ(ウルトラフリーLG:メルクミリポア, UFC30LG 00)に全量入れ、遠心機(TOMY MC-150)を用い回転数10000rpmで3分間遠心処理した。ポアフィルターを通過した溶液を回収し、その回収液に、前記のアセトニトリル−ギ酸混合液を900μL添加し、AGE分析用液体試料を得た。
【0050】
〔AGE分析用液体試料の分析〕
前記〔AGE分析用液体試料の調製〕によって得られた各AGE分析用液体試料を、エレクトロスプレーイオン化質量分析法を利用したLC−MS/MSにかけ、内部標準法によりAGE(CML、MG−H1、CEL、CEA、CMA)の定量分析を行った(実施例3はMG−H1、CEA、CMAのみ)。その分析結果を
図1〜
図3に示す。LC−MS/MS測定条件は以下の通り。
【0051】
(LC−MS/MSの測定条件)
・クロマトグラフィーカラム:SeQuant、ZIC−HILIC,150×2.1mm、5μm、200APeek Hplc Column
・カラム温度:40℃
・移動相A:0.1質量%ギ酸水溶液、移動相B:0.1質量%ギ酸含有アセトニトリル溶液
・グラジュエント条件:移動相A10%+移動相B90%
・流速:200μL/min
インジェクション量:10μL
・分析時間:20分
・溶出時間:CML(約12分)、MG−H1(約13分)、CEL(約12分)、CEA(約13分)、CMA(約13分)
・イオン化方法:H−ESI
・インジェクション量:10μL
・キャピラリー温度:300℃
・イオン化エネルギー:約3500V(陽性イオン化時)
・CMLの検出ピーク(m/z):205
・MG−H1の検出ピーク(m/z):229
・CELの検出ピーク(m/z):219
・CEAの検出ピーク(m/z):247
・CMAの検出ピーク(m/z):233
【0052】
図1には実施例1及び比較例1の試料についての分析結果、
図2には実施例2の試料についての分析結果、
図3には実施例3の試料についての分析結果が示されている。図中、符号Nは健常体(卵巣非摘出)のラット又はマウスを示し、符号DMは糖尿病のラット又はマウスを示し、符号OVXは卵巣摘出ラットを示す。
【0053】
通常、糖尿病の生体由来の試料は、健常な生体由来の試料に比してAGEを多く含有する。従って、斯かる試料を適切に調製し分析した場合には、その分析結果に斯かる傾向が反映されることになる。
図1に示す通り、実施例1の調製方法によって得られたラット由来試料の分析結果からは斯かる傾向を明確に読み取ることができ、遊離のAGEを高感度且つ高精度で分析できていることがわかる。これに対し、比較例1の調製方法、即ち還元処理を行っていない調製方法によって得られたラット由来試料の分析結果は、健常な生体と糖尿病の生体とでAGEの量に明確な差異が見られない場合があった。
このことから、遊離体のAGEを高感度且つ高精度で網羅的に分析するためには、本発明のように、生体試料に対し、限外濾過膜で濾過処理した後、その膜透過画分に還元処理を施すことが有効であることがわかる。そして、この本発明の試料の調製方法は、ラットのみならず、マウスや脂肪蓄積・肥満モデル動物にも有効であることが、
図2及び
図3から明らかである。