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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-51106(P2017-51106A)
(43)【公開日】2017年3月16日
(54)【発明の名称】リン脂質の産生方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 9/00 20060101AFI20170224BHJP
【FI】
   C12P9/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-175789(P2015-175789)
(22)【出願日】2015年9月7日
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124970
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 通洋
(72)【発明者】
【氏名】宮下 和夫
(72)【発明者】
【氏名】細川 雅史
(72)【発明者】
【氏名】國分 夢
(72)【発明者】
【氏名】平橋 智裕
(72)【発明者】
【氏名】太郎田 博之
(72)【発明者】
【氏名】新井 久由
【テーマコード(参考)】
4B064
【Fターム(参考)】
4B064AE63
4B064CA08
4B064CC09
4B064CD12
4B064CD15
4B064DA01
4B064DA10
(57)【要約】
【課題】 フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させて、PGに富んだリン脂質を産生する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 上記課題は、フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させて、リン脂質を産生する方法であって、特にリン脂質がホスファチジルグリセロールであるリン脂質を産生する方法により解決され、従来法より高効率でホスファチジルグリセロールを産生することができる。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させて、リン脂質を産生する方法。
【請求項2】
リン脂質がホスファチジルグリセロールである請求項1に記載のリン脂質を産生する方法。
【請求項3】
リン脂質を産生する方法において、接種時の培地の窒素成分濃度が2.7〜8.0mMであり、リン成分濃度が1.2〜3.5mMである、請求項1又2に記載のリン脂質を産生する方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載のリン脂質を産生する方法で得られたリン脂質を用いた、糖尿病治療薬、血糖降下剤、小麦粉品質改良剤、静脈注射用脂肪乳剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン脂質を得る方法に関し、特に珪藻を培養させて、リン脂質を得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は生体膜の構成成分の1つであり、様々な産業分野への応用が期待されている。例えば、特許文献1には、特異的に同定された濃度のホスファチジルグリセロール、ホスファチジン酸、及びホスファチジルコリン等を含有するリン脂質が、細胞及びミトコンドリアの機能を特異的に強化するのに適した栄養補助食品製剤として効果的であることが記載されている。
【0003】
リン脂質の中でも、植物の葉緑体に存在するチラコイド膜の主要構成成分であるホスファチジルグリセロール(PG)は、特に高い乳化能を持つことが示唆されており、例えば、ホスホリパーゼDによりPG濃度を高めたレシチンでは、乳化性が向上することが報告されている(非特許文献1)。この優れた乳化能を利用し、食品工業においては、小麦製品品質改良剤(特許文献2)や、総合栄養剤原料(特許文献3)、医療においては目薬や、静脈注射用脂肪乳剤(特許文献4)への応用が検討されている。
更に、大豆由来のレシチンから調整されたPGを用いた動物試験では、血糖値低下・抗メタボ効果が報告されており、糖尿病治療薬や、血糖降下の機能を持つ健康食品素材としての応用も期待できる(非特許文献2)。
【0004】
しかし、ホスファチジルグリセロールを多く含有する天然物は知られておらず、効率的な産生方法についての満足できる方法はこれまで報告されていない。例えば、下記文献(非特許文献3)には屋内外で培養した珪藻Phaeodactylum tricorunutumの脂質分析を行った結果が報告されているが、PGは脂質中に2%しか含まれていなかったと報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2013−533309号公報
【特許文献2】特開平3−112434号公報
【特許文献3】特開平7−69878号公報
【特許文献4】特開平4−356417号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bio Industry,7(7),494(1990)
【非特許文献2】日本食品科学工学会大会講演集巻:61st 175ページ、2014年
【非特許文献3】Phytochemistry,47(8)1473−1481、1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
背景技術に記載のごとく、これまでの技術では、有用なリン脂質であるPGの効率的な産生方法が無いのが現状であった。
そこで、本発明では、フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させて、PGに富んだリン脂質を産生する方法を提供することを課題とする。
また、本発明の産生する方法で得られたリン脂質を用いた飲食品、機能性食品、化粧品、医薬品、医薬部外品、飼料、乳化剤、特に、糖尿病治療薬、血糖降下剤、小麦粉品質改良剤、静脈注射用脂肪乳剤を提供することをも課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ある特定の珪藻を特定の条件下で培養を行うことにより、高含有率でPGに代表されるリン脂質を含む培養物を産生できることを見出し、本発明を完成させた。
即ち、本発明は、フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させることにより、上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させて、PGに富んだリン脂質を産生する方法を提供することができ、また、本発明の産生する方法で得られたリン脂質を用いた飲食品、機能性食品、化粧品、医薬品、医薬部外品、飼料、乳化剤、特に、糖尿病治療薬、血糖降下剤、小麦粉品質改良剤、静脈注射用脂肪乳剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
即ち、本発明は以下の項目から構成される。
1.フェオダクチラム(Phaeodactylum)属の珪藻を培養させて、リン脂質を産生する方法、
2.リン脂質がホスファチジルグリセロールである1.に記載のリン脂質を産生する方法、
3.リン脂質を産生する方法において、接種時の培地の窒素成分濃度が2.7〜8.0mMであり、リン成分濃度が1.2〜3.5mMである、1.又は2.に記載のリン脂質を産生する方法、
4.1.〜3の何れかに記載のリン脂質を産生する方法で得られたリン脂質を用いた糖尿病治療薬、血糖降下剤、小麦粉品質改良剤、静脈注射用脂肪乳剤。
【0011】
(珪藻の説明)
本発明の珪藻には、羽状目、より好ましくはフェオダクチラム科、さらに好ましくはフェオダクチラム属に属するPhaeodactylum tricornutumが用いられる。
【0012】
(リン脂質の説明)
本発明のリン脂質はPGの他、ホスファチジルエタノールアミンやホスファチジルコリンを含有するが、特にPGの相対的割合が高いことを特徴とする。
また本発明に用いられるPhaeodactylum tricornutumから得られるリン脂質は、オメガ3脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA、20:5 n−3)を多く含有することが知られている。ヒトの代謝にとってのEPAの重要性が多数の研究において示されており。もっぱら魚油から得られるEPA製品が、栄養剤や炎症性リウマチ障害の治療などに利用されている。
【0013】
(培養法、単離法の説明)
本発明の方法において、珪藻類の培養に使用される培地は、沿岸海藻を生育させるのに適した培地であれば、いずれも使用できる。かかる培地としては、f/2培地、Mann and Myers培地、BG11培地などが挙げられる。中でもf/2培地がより適している。
本発明においては、窒素成分、及びリン成分の濃度が特定の範囲内である場合、育成速度が速いと共に、PGの回収率が高く、このような窒素成分濃度、リン成分濃度としては、例えば、接種時の培地の窒素成分濃度が1.3〜8.0mM、リン成分濃度が0.6〜6.0mMの範囲、より好ましくは窒素成分濃度が2.7〜8.0mM、リン成分濃度が1.2〜3.5mMの範囲を挙げることができる。
【0014】
また、前記珪藻類は、その培養の通気性を良くすることにより、リン脂質産生能をより高めることができる。通気性が高まる培養法としては、例えば、通気培養、振とう培養、攪拌培養、及び通気攪拌培養等が挙げられるが、その他当技術分野に公知の培養法を用いても良い。
【0015】
微細藻類の育成およびリン脂質産生能をより高めるため、好適な光照射強度を設定することができる。好ましい光照射強度は、20〜2000μE/m/s、更に好ましくは20〜500μE/m/s以下である。
【0016】
得られた珪藻類の培養物から、当技術分野に公知の抽出方法によりリン脂質を採取することができる。例えば、珪藻類をガラス繊維等のフィルター上に回収し、乾燥させてから、有機溶媒などによって抽出する方法や、フレンチプレスやホモジナイザーなどの一般的な方法により細胞を破砕してから、有機溶媒によって抽出する方法などが適用できる。リン脂質は、その抽出後の溶媒を、HPLC等の公知の方法により分離することにより得ることができる。
【0017】
(用途の説明)
本発明より得られる、ホスファジチルグリセロールは、飲食品、機能性食品、化粧品、医薬品、医薬部外品、飼料、又は乳化剤として用いることができる。
更に具体的には、糖尿病治療薬、血糖降下剤、小麦粉品質改良剤、静脈注射用脂肪乳剤、等を挙げることができる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明に係る測定法続き、実施例、比較例により本発明をより具体的に説明する。
【0019】
<微細藻類の脂質分析方法>
藻体重量の10倍量のクロロホルム:メタノール(1:2, v/v)を加え、1晩放置し、脂質を抽出した。この抽出操作は2回行った。抽出液をろ過し、ロータリーエバポレーターで溶媒を留去し、総脂質を得た。
上で得られた総脂質をシリカゲル−TLCプレートに供した。クロロホルム:メタノール:水(65:25:4, v/v/v)にて展開後、糖脂質やリン脂質に特異的な発色試薬等を用いて成分を解析した。その後、硫酸を噴霧し加熱し、全スポットを検出した。中性脂質の分析には展開溶媒としてn−ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸(70:30:1,v/v/v)を用いた。各スポットの同定は、標準品との比較により行った。硫酸噴霧と加熱により検出したスポットの強度をデジタルカメラ(CCDカメラ)により分析した。得られたデジタルデータをVisual Basicソフト(Vistascan software)を用いて解析し、炭化したスポットの濃淡からそれぞれの脂質含量を算出した。
【0020】
ケイ酸カラムクロマトグラフィーにより総脂質を中性脂質、糖脂質、リン脂質に分画した。各脂質は、それぞれ、クロロホルム(中性脂質)、アセトン(糖脂質)、メタノール(リン脂質)で溶出させた。得られた脂質を必要に応じて上述のTLCにより分画し、各種糖脂質とリン脂質に分別した。
【0021】
(実施例)
以下の条件にて培養を行った。
株: Phaeodactylum tricornutumはCCAP(The Culture Collection of Algae and Protozoa)より入手した、株No.1055/1を用いた。
【0022】
f/2培地を改変した培地を以下のように調整した。硝酸ナトリウム450mg、メタケイ酸ナトリウム九水和物30mg、りん酸二水素ナトリウム二水和物36mg、ビタミンB120.5μg、ビオチン0.5μg、チアミン塩酸塩100μg、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩二水和物5mg、硫酸亜鉛七水和物2.2mg、ホウ酸1.14mg、塩化マンガン(II)四水和物510μg、塩化コバルト(II)六水和物160μg、硫酸銅(II)五水和物160μg、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物110μg、硫酸鉄(II)七水和物500μg、水酸化カリウム1.6mgを100%人工海水1Lに溶解した。
【0023】
●200mLスケール培養:
200mL三角フラスコに上記培地100mLを調製し、オートクレーブ後、継代培養用の培養液を1mL植菌した。その後植物培養庫(30℃、12時間明期/12時間暗期、1%炭酸ガス混合空気雰囲気下)内で、120rpmの速度で10日間、旋回振とう培養した。
【0024】
●1Lスケール培養:
1L三角フラスコに上記培地700mLを調製し、オートクレーブ後、200mLスケール培養の培養液を5mL植菌した。その後植物培養庫(30℃、12時間明期/12時間暗期、1%炭酸ガス混合空気雰囲気下)内で、エアレーションによる攪拌で11日間培養を行った。
【0025】
●10Lスケール培養:
10Lクリアーボトルに上記培地10Lを調製し、オートクレーブ後、1Lスケール培養の培養液を全量植菌した。その後、20℃に設定したウォーターバス内でスターラーによる攪拌培養(300rpm)を、蛍光灯による24時間連続照射下で9日間行った。なお、ボトル内の気層は1%炭酸ガス混合空気を通気することで保った。
【0026】
●100Lスケール培養:
厚さ10cmの100Lアクリル水槽に上記培地70Lを調製し、10L培養液を投入した。初期藻濃度は25mg/Lであった。エアレーション攪拌を行い、SUS製熱交換器により水温を20℃に、炭酸ガスバブリングによりpHを7.0〜7.1に保ちながら、水槽側面から蛍光灯で光を24時間連続照射し、8日間培養を行った。培養が進行して藻濃度が上がるに従い、光量子束密度を増大させた(1〜2日目70[μmol/m/s]、3〜4日目140[μmol/m/s]、5〜8日目210[μmol/m/s])。培養8日間で定常期になり、最大藻体量は685mg/Lとなった。
【0027】
回収:
上記で得られた80L培養液を連続遠心分離機で一次濃縮した。連続遠心分離機によって12L程度となり、更にそれを高速遠心分離機で濃縮した。濃縮してできたスラッジをボトルに集め、RO水を入れて攪拌洗浄し、再度遠心沈降させ、水をデカント除去した。この洗浄操作を3回繰り返した後、スラッジをボトルからバットに広げ、フリーズドライ乾燥して33gの乾燥藻体を得た。
分析結果:
乾燥藻体中の総脂質は321.89mg/gであり、PGは総脂質の7.39%であった。
【0028】
(参考例1)
非特許文献3には株としてUTEX−640を、培地にMann and Myers培地を用い、5Lフラスコ、水温20℃、24時間連続光照射、エアレーション攪拌で培養を行っている。200mgの破砕された乾燥藻体から脂質を抽出し、TLCプレート上で展開後、糖脂質やリン脂質に特異的な発色試薬等を用いて成分を解析し、得られたPGは総脂質の2%であることが報告されている。
【0029】
(参考例2)
培地を通常のf/2培地にした以外は実施例1と同様の条件で培養を行った。200mLスケールの培養において、育成速度が遅かった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のリン脂質を産生する方法は、有用なホスファチジルグリセロールを産生することができ、該ホスファチジルグリセロールは、飲食品、機能性食品、化粧品、医薬品、医薬部外品、飼料、乳化剤、特に、糖尿病治療薬、血糖降下剤、小麦粉品質改良剤、静脈注射用脂肪乳剤等に用いることができる。