【実施例】
【0072】
本実施例では、動物愛護の精神にのっとり、東京大学において規定される動物の取り扱いに関する規準に基づいて、以下の実験を行った。
【0073】
(参考文献)
本実施例において、以下の文献を参考にした:
Hooper M,Hardy K,Handyside A et al.HPRT−deficient(Lesch−Nyhan)mouse embryos derived from germline colonization by cultu
red cells.Nature 1987;326:292−295.
Niwa H,Miyazaki J,Smith AG.Quantitative
expression of Oct−3/4 defines differentiation,dedifferentiation or self−renewal
of ES cells.Nat Genet 2000;24:372−376.
Nagy,A.,Gertsenstein,M.,Vintersten,K.& Behringer,R.Manipulating the Mouse Embryos.A Laboratory Manual,3rd ed.(Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY,2003)
Qi−Long Ying, Marios Stavridis, Dean Griffiths, Meng Li, Austin Smith.Conversion of embryonic stem cells into neuroectodermal precursors in adherent monoculture.Nature Biotechnology 2003;21:183−186.
Shyoso Ogawa, Kahei Satoh,Hajime Hashimoto.In vitro Culture of Rabbit Ova from the Single Cell to the Blastocyst Stage.Nature 1971;233:422−424.
Oh,S.H.,K.Miyoshi H.Funahashi.Rat oocytes fertilized in modified rat 1−cell embryo culture medium containing a high sodium chloride concentration and bovine serum albumin maintain developmental ability to the blastocyst stage.Biology Reproduction 1998;59:884−889.
(実施例1)
本実施例では、マウスのES細胞およびiPS細胞を幹細胞として用いてラットの受精卵または胚盤胞との混合実験または注入を行いキメラ動物が生産されることを実証した。
【0074】
(1)マウスiPS細胞の調製
本発明者らは、誘導型多能性幹(iPS)細胞は3因子(Klf4、Sox2、Oct3/4)でGFPトランスジェニックマウスの尻尾より採取した繊維芽細胞を使って生産した。そのプロトコールは以下のとおりである。そのスキームは
図1および詳細には
図4aに示した。
【0075】
GFPトランスジェニックマウスより尻尾を約1cm採取し、皮を剥ぎ2〜3片に刻んだ。それをMF−start medium(TOYOBO,日本)中に置き、5日間培養した。そこで出現してきた繊維芽細胞を新たな培養皿に撒きなおし数継代し、これを尻尾由来繊維芽細胞(TTF)とした。
【0076】
目的遺伝子およびウイルスエンベロープタンパク質を導入し作製したウイルス産生細胞株(293gpもしくは293GPG細胞株)より上清を回収し、遠心濃縮後凍結保存しておいたウイルス液を前日に1×10
5細胞/6ウェルプレートになるよう継代したTTF細胞の培養液中に加え、これを3因子(初期化因子)の導入とした。
【0077】
3因子(初期化因子)導入後、翌日ES培養用の培養液に置換し25〜30日間培養した。この際、毎日培養液の置換を行った。
【0078】
培養後出現してきたiPS細胞様コロニーをイエローチップ(たとえば、Watson
から入手可能)にてピックアップし、0.25%トリプシン/EDTA(Invitrogen社)で単一細胞にまでバラバラにし、新たに用意したマウス胎児繊維芽細胞(MEF)上に撒いた。
【0079】
上記方法により樹立されたiPS細胞株は、以下に示すように、iPS細胞としての特徴すなわち未分化性と全能性とを有していることが証明された(
図4b−f)。
【0080】
樹立されたiPS細胞株2株について、その形態をカメラ付き顕微鏡にて撮影した。ピックアップ後のiPS細胞を継代後、ディッシュ上でセミコンフルエントになった段階で観察および撮影を行った。その結果、
図4bに示すように、形態的にES細胞様の未分化コロニーを形成することがわかった。
【0081】
また、iPS細胞を蛍光顕微鏡下で撮影し、およびアルカリフォスファターゼ染色キット(Vector 社 Cat.No.SK−5200)により染色を施した。明視野像、GFP蛍光像をカメラを付属した顕微鏡にて観察・撮影後、培養液を除きリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄したiPS細胞の培養ディッシュに10%ホルマリン・90%メタノールからなる固定液を、添加し、1〜2分固定処理を施した。これを洗浄液(0.1M Tris−HCl(pH9.5))で一度洗浄した後、上記キットの染色液を添加し、暗所にて15分間静置した。その後、再び洗浄液で洗浄後、観察・撮影した。その結果、
図4cに示すように、本実施例で作製したiPS細胞は、GFPマウス由来であるため、GFPを恒常的に発現し、未分化細胞に特徴的である高いアルカリフォスファターゼ活性を示すことがわかった。
【0082】
また、iPS細胞樹立の際にゲノムDNA上に挿入された3因子の同定のため、iPS細胞よりゲノムDNAを抽出し、PCRを行った。ゲノムDNAはDNAmini Kit(Qiagen 社)を用い製造業者のプロトコールに従い、1x10
6個の細胞からDNAを抽出した。そのDNAを鋳型とし、以下のプライマーを用いPCRを行った。
Oct3/4
Fw(mOct3/4−S1120): CCC TGG GGA TGC TGT GAG CCA AGG(配列番号1)
Rv(pMX/L3205): CCC TTT TTC TGG AGA CTA AAT AAA(配列番号2)
Klf4
Fw(Klf4−S1236): GCG AAC TCA CAC AGG CGA GAA ACC(配列番号3)
Rv(pMXs−AS3200): TTA TCG TCG ACC ACT GTG
CTG CTG(配列番号4)
Sox2
Fw(Sox2−S768): GGT TAC CTC TTC CTC CCA CTC CAG(配列番号5)
Rv(pMX−AS3200): 上記と同じ(配列番号4)
c−Myc
FW(c−Myc−S1093): CAG AGG AGG AAC GAG CTG
AAG CGC(配列番号6)
Rv(pMX−AS3200): 上記と同じ(配列番号4)
その結果、
図4dに示すように、3因子の挿入が確認された。
【0083】
また、ES細胞に特徴的な遺伝子発現パターンおよび導入された遺伝子の発現を逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)法により確認した。1x10
5個のGFP陽性細胞をフローサイトメーターを用いTrizol−LS Reagenet(invitrogen社)に分取し、そこから抽出したmRNAよりThermoScript RT−PCR Systemキット(invitrogen社)を用い付属のプロトコールに従いcDNA合成をおこなった。合成されたcDNAを鋳型としPCR反応を行った。用いたプライマーはトランスジーンの発現(図中Tgと表記)は上記dと同様のプライマー、それ以外の遺伝子発現についてはTakahashi K & Yamanaka S
の報告(Cell 2006 Aug 25;126(4):652−5.)等に基づきプライマーを合成したものを用いた。その結果、
図4eに示すように、いずれの株もES細胞とほぼ同様の発現パターンを示し、また導入された遺伝子(Tg)はiPS細胞の高い遺伝子サイレンシング活性によりその発現が抑えられていることがわかった。
【0084】
また、樹立されたiPS細胞を胚盤胞に注入し、キメラマウスを作製した。PMSGおよびhCGホルモンの投与により過排卵誘起処理を施したBDF1系統のマウス(♀,8週齢)より採取した卵子とC57BL/6由来の精子を用いインビトロ受精(IVF;in vitro fertilizaiton)を行い、受精卵を得た。それを8細胞期/桑実胚まで培養した後、凍結保存し、胚盤胞注入を行う前日に起こした。iPS細胞はセミコンフルエントになったものを0.25% Trypsin/EDTAにより剥がし、注入用にES細胞培養液に縣濁した。胚盤胞注入は胚盤胞補完での手法同様に顕微鏡下でマイクロマニピュレーターを用いて行い、注入後の培養を経て、ICR系統の仮親子宮に子宮移植を施した。解析では、胎生13日目および出生後1日目に蛍光実体顕微鏡下で観察および撮影した。その結果、
図4fに示すように、胎児期および新生児期でiPS細胞由来の細胞(GFP陽性)が確認でき、樹立されたiPS細胞株が高い多分化能を有していることが示唆された。
【0085】
(2)mES/miPS細胞の培養
未分化のマウス胚性幹(mES)細胞(EB3DR)(RIKEN CDBの丹羽仁史先生より供与)を、ゼラチンコートディッシュにおいて、10%胎仔ウシ血清(FBS;ニチレイバイオサイエンス製)、0.1mM 2−メルカプトエタノール(Invitrogen,San Diego,CA)、0.1mM非必須アミノ酸(Invitrogen)、1mM ピルビン酸ナトリウム(Invitrogen)、1% L−グルタミン ペニシリン ストレプトマイシン(Sigma)および1000U/mlの白血病抑制因子(LIF;Millipore,Bedford,MA)を補充したGlasgow改変イーグル培地(GMEM;Sigma,St.Louis,MO)中で、フィーダー細胞なしで維持した。このEB3DR細胞は、EB3 ES細胞に由来し、そして、CAG発現ユニットの制御下でDsRed−T4遺伝子を持つ。EB3 ES細胞は、E14tg2a ES細胞(Hooper M.et al.,1987)に由来する下位系統の細胞であり、Oct−3/4プロモーター制御下で薬剤耐性遺伝子であるブラストサイジンを発現するように構築したOct−3/4−IRES−BSD−pAベクターの組み込みを、Oct−3/4対立遺伝子に標的化することによって樹立されたものである(Niwa H.et al.,2000)。
【0086】
未分化のマウス人工多能性幹(miPS)細胞(GT3.2)を、15%ノックアウト血清代替添加物(KSR;Invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトエタノール(Invitrogen)、0.1mM 非必須アミノ酸(Invitrogen)、1mM HEPES緩衝溶液(Invitrogen)、1% L−グルタミン ペニシリン ストレプトマイシン(Sigma)および1000U/mlの白血病抑制因子(LIF;Millipore)を補充したDulbecco改変イーグル培地(DMEM;Invitrogen)中で、マイトマイシン−C処理したマウス胎児繊維芽細胞(M
EF)上に維持した。GT3.2細胞は、オスのEGFPトランスジェニックマウス(大阪大学の岡部勝先生より寄与)の尾から採取した繊維芽細胞にKlf4、Sox2、Oct3/4の3つの初期化因子をレトロウイルスベクターで導入することにより樹立した細胞であり、CAG発現ユニットの制御下で改良型緑色蛍光タンパク質(EGFP)をユビキタスに発現する。
【0087】
(3)マウス8細胞/桑実胚または胚盤胞の調製
これらの胚の調製は、公表されたプロトコール(Nagy A.et al.,2003)に従って行った。簡単に述べると、オスC57BL/6マウスとの交配後2.5日(2.5dpc)のメスBDF1マウスの卵管および子宮から、マウスの8細胞/桑実胚期の胚をM2培地(Millipore)中に採卵した。これらの胚をKSOM−AA培地(Millipore)滴中に移し、そして、胚盤胞期まで24時間培養した。
【0088】
(4)ラット8細胞/桑実胚または胚盤胞の調製
オスWistar系統ラットとの交配後3.5日(本明細書において3.5dpcとも称する)のメスWistar系統ラットの卵管および子宮からラット8細胞/桑実胚期の胚を、そして、交配後4.5日(本明細書において4.5dpcとも称する)のメスWistar系統ラットの子宮からラット胚盤胞を、それぞれ、A 液(HAM F−12 (SIGMA) 1.272g, NaHCO
3 (SIGMA)( 0.192g) + B液(RPMI1640 (SIGMA) 0.416g, NaHCO
3 (SIGMA) 0.056g)+ C液(EARLE (SIGMA) 0.344g, EAGLE MEM(SIGMA) 0.0352g, NaHCO3 0.064g) + Penicillin G (SIGMA) 0.015g, Streptomycin (SIGMA) 0.010gを含むHERs培地中に採卵した。これらの胚を、80mM NaCl(和光純薬工業製)および0.1%ポリビニルアルコール(PVA;Sigma)を含む改変ラット1細胞胚培養培地(mR1ECM;Oh et al.,1998)中に移し、そして、胚盤胞期まで24時間培養した。
【0089】
(5)ラット8細胞/桑実胚または胚盤胞期胚へのmES/miPS細胞のインジェクション
mES/miPS細胞をトリプシン処理し、そして、1mM HEPES緩衝溶液を加えた培養培地中に懸濁した。8細胞/桑実胚期で、胚をHEPES緩衝mES/miPS培養培地を含む微小滴内に移した。ピエゾ駆動のマイクロマニピュレーター(プライムテック製)を用いて、顕微鏡下で注意深く透明帯に穴を開けた後、胚の卵割球または卵黄周囲腔の各々の中心に、10個のmES/miPS細胞をインジェクションした。インジェクション後、胚を胚盤胞期まで24時間mR1ECM培地中で培養し、その後、3.5dpcの偽妊娠交配させた仮親メスWistar系統ラットの子宮に胚移植した。
【0090】
胚盤胞期で、これらの胚を同じ微小滴内に移し、そして、内部細胞塊(ICM)付近の胚盤胞腔内に10個のmES/miPS細胞をインジェクションした。インジェクション後、胚をmR1ECM培地中で1〜2時間培養し、その後、仮親に胚移植した。コントロールとして、mES/miPS細胞をまた、同じ方法でマウスの胚にインジェクションした。インジェクション後、これらの胚を、胚盤胞期までKSOM−AA培地中で培養し、その後、2.5dpcの偽妊娠交配させた仮親メスICRマウスの子宮に胚移植した。移植後の産仔率およびキメラ形成率を表1に示す。
【0091】
【表1】
【0092】
(6)キメラの解析
キメラの解析は胎児期15.5〜16.5日目、新生児期および成体で行った。それぞれの解析時期の割り振りは表1に示す。胎児期の解析では、仮親への移植から12日目で開腹して胎児を摘出し、蛍光実体顕微鏡下で、ES細胞であればDsRed、iPS細胞であればEGFPの蛍光を指標に、キメラの存在とその寄与率を肉眼的に確認した(表1)。新生児期の解析では、妊娠満期である移植後18日に自然分娩もしくは帝王切開により産仔を得て、それを胎児期同様、肉眼的に蛍光を観察した。
【0093】
(7)胎児繊維芽細胞のフローサイトメトリーによる解析
胚移植後11日目または12日目の仔から、胎児繊維芽細胞を樹立した(
図2a)。具体的には、胎児を顕微鏡下で解剖し、頭部および臓器を取り出し、そして、20分間トリプシン処理を行った。トリプシン処理の後、この懸濁物をフィルターに通し、その後、ゼラチンコートディッシュに蒔いた。24時間インキュベートした後、接着した細胞を回収した。
図2aは、胎児繊維芽細胞を用いたマウス/ラットキメラの解析のうち、mES細胞インジェクションにより作製したE15.5マウス/ラットキメラの仔から樹立した胎児繊維芽細胞を示す。
図2a上のパネルは明視野の像であり、
図2a下のパネルは赤色蛍光像である。そして、3%FBSを含むリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)(染色用培地;SM)中に懸濁し、そして、氷上にて1時間、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)を結合させた抗ラットCD54抗体(BD Pharmingen,San Diego,CA)で免疫染色を行った。SMで洗浄した後、蛍光強度を高めるために、細胞懸濁物にAlexa647を結合させた抗マウスIgG抗体(Invitrogen)を加え、氷上にて1時間免疫染色を行った。ヨウ化プロピジウム(PI)を含むSM中に懸濁させた後、これらの細胞を、ES細胞由来のマウス細胞(DsRed)およびラット細胞(rCD54+Alexa647)の分布について、MoFlo(Dako,Carpinteria,CA)およびFlow−Joソフトウェアにより解析した。結果を
図2bに示す。
【0094】
図2bは、胎児繊維芽細胞を用いたマウス/ラットキメラの解析のうち、キメラ胎児繊維芽細胞におけるrCD54陽性のラット由来の細胞およびDsRed陽性のマウス由来の細胞の個別の集団を示す。
【0095】
(8)マウス/ラットのキメラ臓器および組織の免疫組織化学
マウス/ラットのキメラ新生児からの臓器および組織(腕、心臓、肝臓、膵臓および腎臓)を、4%パラホルムアルデヒドで6時間固定し、そして、パラフィン中に包埋した。包埋した臓器を薄切し、室温にて1時間、抗GFP抗体(Invitrogen)で免疫染色を行った。PBSで洗浄した後、これらの切片を、室温にて1時間、Alexa488を結合させた抗ウサギIgG抗体(Invitrogen)で免疫染色を行った。染色
した切片を、DAPIを含む封入溶液(Vector Laboratories,Inc.,Burlingame,CA)で覆い、蛍光実体顕微鏡下で解析した。この切片をまた、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色して、光学顕微鏡下で解析した。
【0096】
結果を
図3に示す。
図3から明らかなように、ラット臓器におけるマウスiPS細胞の寄与が示される。a.ラット胚へのmiPSインジェクションにより作製した新生児。左のパネルは明視野の像であり、右のパネルは緑色蛍光像である。b.腕(a.における四角の枠内)の切片。左側の1枚のパネルはHE染色したものであり、そして、右側の3枚のパネルは、抗GFP抗体(緑色)およびDAPI(青色;核)で免疫染色したものである。矢印は、血管(左)および骨格筋(右)におけるGFP陽性細胞を示す。c〜f.キメラの臓器(心臓(c)、肝臓(d)、膵臓(e)および腎臓(f))の像。c〜fの各々において、左上のパネルは顕微鏡像であり、右上のパネルはその蛍光像であり、左下のパネルはHE染色した切片であり、そして、右下のパネルは抗GFP抗体(緑色)およびDAPI(青色;核)で免疫染色した切片である。
【0097】
以上の結果から、以下のことが言える。すなわち、マウスのiPS細胞がラットの全身に寄与し、体形成を担っていることが示唆される。
【0098】
(実施例2)
マウスーラットキメラ動物の成立を実証するため、マウスiPS細胞をラット胚に注入する方法と、ラットiPS細胞をマウス胚に注入する方法の双方を実施した。
【0099】
(1)キメラ形成能を持ったラットiPS細胞の樹立
iPS細胞樹立のためのソースとして Wistarラット胎児(雄)から繊維芽細胞を樹立した。iPS細胞の誘導にはマウスiPS細胞の樹立時に用いたレトロウイルスではなく、テトラサイクリン依存的に3因子の発現を誘導できるシステムを組み込んだレンチウイルスベクターを用いた(
図5a)。本ベクターではユビキチン−C(UbC)プロモーター下でrtTAとEGFPがIRES配列を介して共に発現する。よって誘導時にレンチウイルスの感染が認められた細胞は恒常的にEGFP蛍光を示すため、樹立したiPS細胞自体の標識も同時に行うことが可能となる。このレンチウイルスを介して3因子を導入しラットiPS細胞を誘導した。導入後しばらくは繊維芽細胞の増殖に必要な血清を含む培地で培養後、途中から阻害剤を含むラットES細胞用の培地に切り替え培養を継続したところ、ラットのiPS細胞様コロニーが得られた。ピックアップ後の継代培養においても自発的に分化することなく維持でき、iPS細胞株として株化することに成功した。ここでできた細胞株のひとつをラットiPS細胞(rWEi3.3−iPS細胞)とした(
図5b)。
【0100】
なお、iPS細胞の培養の条件は、以下の通りである。マウスiPS細胞の未分化維持にはDulbecco’s modified Eagle’s medium(Sigma)に15% ノックアウト血清リプレースメント(Invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、1mM HEPES緩衝液 (Invitrogen)、1% L−グルタミン−ペニシリン−ストレプトマイシン、1000U/ml マウス LIFを加えた培地を用い、マイトマイシン−C処理を施したマウス胎児繊維芽細胞上に播種した。
【0101】
ラットiPS細胞の未分化維持には N2B27培地(Ying et al., 2003)に1μM MEK阻害剤PD0325901(Axon, Groeningen, Netherland)、3μM GSK3阻害剤CHIR99021(Axon)、FGF受容体阻害剤SU5402(Calbiochem, La Jolla, CA) と1000U/ml ラットLIF(Millipore)を加えた培地を用い
、マイトマイシン−C処理を施したマウス胎児繊維芽細胞上に播種した。
【0102】
いずれのiPS細胞の培養も、5% CO
2存在下、37℃で行った。
【0103】
(2)マウス−ラット異種間キメラの胎児期における解析
異種間キメラ作製のため、マウスiPS細胞をラット胚盤胞に、もしくは逆にラットiPS細胞をマウス胚盤胞に注入した。マウスiPS細胞としては、実施例1で樹立したEGFP−Tgマウス由来のmGT3.2−iPS細胞を用いた。胚培養および胚操作は、以下の通りである。マウス交配後の胚の採取および培養、マイクロインジェクション等は既報のプロトコールに従って行った (Nagy et al., 2003)。簡単に
述べると、まずマウスの8細胞期/桑実胚期の胚は交配後2.5日後の卵管および子宮から、M2培地(Millipore)に回収した。回収した胚は、アミノ酸を含むKSOM培地(KSOM−AA培地:Millipore)に移し、8細胞期/桑実胚期の胚への注入に用いる場合は注入操作に用いるまでの1〜2時間、胚盤胞への注入に用いる場合は一晩、5%CO
2存在下、37℃で培養した。
【0104】
ラットの8細胞期/桑実胚期の胚は交配後3.5日後の卵管および子宮から、胚盤胞は交配後4.5日後の子宮からそれぞれHER培地(Ogawa et al., 1971)に回収した。回収した胚は、mR1ECM培地(Oh et al., 1998)に移し、胚への注入に用いる場合は注入操作に用いるまでの1〜2時間、5% CO
2存在下、37℃で培養した。
【0105】
マイクロマニピュレーションのため、iPS細胞は、0.25% トリプシン/EDTA(Invitrogen)処理によりディッシュより剥がし、それぞれの培地に懸濁した。ピエゾマイクロマニピュレーター(Primetech, Tokyo, Japan)を用いて、顕微鏡下で胚の透明帯および栄養外胚葉に穴を開け、約10個のiPS細胞を8細胞期/桑実胚期の胚の囲卵腔内、もしくは胚盤胞の内部細胞塊近傍に注入した。注入後、8細胞期/桑実胚期の胚は胚盤胞期まで一晩、胚盤胞は、1〜2時間、それぞれの培地で培養後、胚移植を行った。ラット胚盤胞は偽妊娠ラット子宮へ、マウス胚盤胞は偽妊娠マウス子宮へそれぞれ移植した。移植のレシピエントにはマウスの胚を用いた場合は精管結紮雄マウスとの交配後、2.5日目のICR系統の雌マウス、ラットの胚を用いた場合は精管結紮ラットとの交配後、3.5日目のWistar系統の雌ラットを用いた。解析時期は、妊娠満期に達するまでの期間がラットの方が2日間遅いため、ほぼ同じステージの胎児を解析できるように両者の間を2日分ずらし、ラットをホスト胚とした場合は胎生15日目、マウスをホスト胚にした場合は胎生13日目とした。解析の結果、マウスiPS細胞を注入したラット胎児、またその逆においてもEGFPの蛍光が認められた(
図6a)。得られた胎児から繊維芽細胞を樹立し、フローサイトメーターを用いて解析したところ、両キメラともに、EGFP陽性のピークが確認でき、iPS細胞の寄与によるキメラの成立を支持する結果となった(
図6b)。
【0106】
また、同胎児より肝臓を摘出しマウスおよびラットそれぞれに特異的なCD45抗体(APC 標識抗−マウスCD45抗体とPE標識抗−ラットCD45抗体)で血球系を特異的に染色しフローサイトメーターで解析した。その結果、胎児肝臓中にマウスCD45陽性細胞およびラットCD45陽性細胞それぞれの単独分画が存在していた(
図7a)。
【0107】
さらに、マウスおよびラットそれぞれのCD45陽性細胞を分取し、遺伝的に両者の由来を確認するためゲノムDNAを抽出し、PCRを試みた。異種間の遺伝子型の判定には、QIAamp DNA Mini Kitを用いて抽出した DNAを用い、PCR反応には、以下のプライマーセットを用いた。
マウスおよびラット
Oct3/4
Fw : 5’− CAGTTTGCCAAGCTGCTGAA−3’(配列番号:10)
Rv : 5’− AGGGTCTCCGATTTGCATAT−3’ (配列番号:1
1)
由来の判定には、両者のゲノムDNAにおける
Oct3/4遺伝子座の第2 エクソンと第4エクソン間にあるイントロン鎖長の差異に着目した。この部分の鎖長はラットの方が約100塩基ほど長くなっており、エクソンに存在する共通配列を元に設計したプライマーでPCR反応を行うことで、両者の由来を判定できる (
図7b)。PCR反応の結果、マウスCD45陽性細胞のゲノムDNAはマウス
Oct3/4遺伝子座の鎖長を、ラットCD45陽性細胞ではラット
Oct3/4遺伝子座の鎖長を示した(
図7c)。よって表面抗原を用いた解析結果、あるいは遺伝的な解析結果においても、キメラ胎児肝臓中には両者の細胞が混在していることが分かった。以上のことから、マウス−ラット間における異種間キメラの成立が証明された。
【0108】
(3)マウス−ラット異種間キメラにおける新生児および成体までの発育
次に我々はマウス−ラット間の異種間キメラが妊娠満期、あるいは産後成体まで発育可能かを確認した。方法は前項で用いたマウスmGT3.2−iPS細胞をラット胚盤胞へ、ラットrWEi3.3−iPS細胞をマウス胚盤胞へそれぞれ注入し、子宮内に移植後、妊娠満期に自然分娩もしくは帝王切開により産仔を摘出した。その結果、新生児において蛍光顕微鏡下で観察したところ、両産仔ともにモザイク状のEGFP蛍光を示した(
図8a、8b)。また産後それらを成体まで発育させ毛色によりキメラ形成を判定した。マウスiPS細胞は黒毛のC57BL/6系統を背景にもつEGFP−Tgマウス由来であるため、白毛のWistarラット胚由来と区別がつき、また逆にラットiPS細胞は白毛のWistar由来であるため、黒毛のC57BL/6×BDF1のF1胚由来と区別ができる。その結果、成体においても異種間キメラ形成が確認できた(
図8c、8d)。
【0109】
以上より、異種間キメラは妊娠満期まで発生が進み、産後も正常に発育することがわかった。(
図8e)。
【0110】
また、異種間キメラにおけるキメリズムの判定を行った。方法は、生体における溶血後の末梢血を、APC 標識 抗−マウス CD45 抗体、 PE 標識 抗−ラット CD45 抗体、PE 標識 抗−Gr−1 抗体、PE 標識 抗−Mac−1 抗体(ラット IgG : BD Bioscience
Pharmingen)、PE−Cy7 標識 抗−B220 抗体 (ラット IgG : BD Bioscience Pharmingen)、APC 標識 抗−CD4 抗体、APC−Cy7 標識 抗−CD8 抗体で染色し、Mo−floとFACSCanto(BD bioscience)を用いて、分取及び解析を行った。
【0111】
(4)異種間キメラの各組織における細胞の由来
キメラ個体内において異種のiPS細胞由来の細胞がどの程度寄与しているか、蛍光実体顕微鏡下で新生児個体を解析した。マウスiPS細胞をラット胚盤胞に注入して得られた異種間キメラ個体においてはほぼ全ての臓器でEGFP陽性のマウスiPS細胞由来の細胞が観察された(
図9a)。代表的な臓器について(心臓、肝臓、膵臓、腎臓)組織切片を作製し、抗EGFP抗体を用いてマウスiPS細胞由来の細胞の局在を確認したところ、全ての組織にモザイク状のEGFP蛍光が見られ、キメラになっていることが分かった(
図9b)。また、ラットiPS細胞をマウス胚盤胞に注入して得られた異種間キメラ個体においても同様の結果が得られた(
図9c及び
図9d)。このことから両者のiPS細胞は異種の環境下においても全身のほぼ全ての組織・臓器に分化可能であることが示唆される。
【0112】
以上より、iPS細胞を用いることで異種間キメラを作製することは可能であり、注入されたiPS細胞は異種の環境においても正常に胚発生を経て全身の機能的な細胞に分化できることが示された。
【0113】
(実施例3)
近年の報告(例えば、Cell Stem Cell 4, 16−19, December 18, 2008=Rat iPS Cell 135,1287−1298, December 26, 2008=Rat ES Cell 135, 1299−1310, December 26, 2008=RatESなど)におけるラットの ES 細胞、iPS細胞樹立による臓器欠損を目的としたノックアウトラット作製に関する技術に基づき、これらのノックアウトラットホストに用いる。
【0114】
そして、実施例1に準じてこのホストにマウスの幹細胞を注入することにより、キメラ動物を作製する。そして、ノックアウトした臓器について、異種臓器が再生されることを確認することができる。
【0115】
(実施例4)
また、他方、実施例3とは逆にラットの幹細胞株を既存の臓器欠損マウスに注入し同様の成果を得ることもできる。実験としては、実施例1に準じてキメラを作製し、そして、ノックアウトした臓器について、異種臓器が再生されることを確認することができる。
【0116】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。