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  • 特開2021155367-酸化抑制剤 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-155367(P2021-155367A)
(43)【公開日】2021年10月7日
(54)【発明の名称】酸化抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/133 20060101AFI20210910BHJP
   A61K 31/192 20060101ALI20210910BHJP
   A61K 31/045 20060101ALI20210910BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20210910BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210910BHJP
   A23D 9/007 20060101ALI20210910BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20210910BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20210910BHJP
   A23K 20/105 20160101ALI20210910BHJP
   A23K 20/111 20160101ALI20210910BHJP
   A23K 20/158 20160101ALI20210910BHJP
【FI】
   A61K31/133
   A61K31/192
   A61K31/045
   A61P39/06
   A61P43/00 121
   A23D9/007
   A23L33/10
   A23L2/52
   A23K20/105
   A23K20/111
   A23K20/158
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2020-57680(P2020-57680)
(22)【出願日】2020年3月27日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和1年5月6日 AOCS Annual Meeting & Expoにおいて、文書をもって発表。 令和1年10月21日 17th Euro Fed Lipid Congress And expo Sevilleにおいて、文書をもって発表。 令和1年11月14日 第19回基準油脂分析試験法セミナーにおいて、文書をもって発表。 令和1年11月15日 第124回食用加工油脂技術研究会において、文書をもって発表。
(71)【出願人】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮下 和夫
(72)【発明者】
【氏名】久保内 宏晶
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 愛
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B026
4B117
4C206
【Fターム(参考)】
2B150CJ08
2B150DA01
2B150DA09
2B150DC08
4B018LB08
4B018MD08
4B018ME06
4B026DC04
4B026DL02
4B117LC15
4B117LK06
4B117LL07
4C206AA01
4C206AA02
4C206CA20
4C206DA13
4C206FA03
4C206KA01
4C206KA05
4C206KA18
4C206MA02
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB01
4C206ZC75
(57)【要約】
【課題】不飽和脂肪酸を豊富に含む油脂及び飲食品、飼料の酸化を抑制し、酸化に起因する戻り臭の発生などの風味の劣化による品質低下を抑制する酸化抑制剤を提供する。
【解決手段】スフィンゴイド塩基とポリフェノールを有効成分とする酸化抑制剤。スフィンゴイド塩基とポリフェノールを共存させて、不飽和脂肪酸を含有する油脂、飲食品、飼料に配合する。本発明により、不飽和脂肪酸を含む油脂、飲食品、飼料の課題である酸化に起因する戻り臭の発生などの風味の劣化による品質低下を抑制することができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スフィンゴイド塩基と、
ポリフェノールと、を含有する酸化抑制剤。
【請求項2】
前記ポリフェノールがカルノシン酸である請求項1に記載の酸化抑制剤。
【請求項3】
前記ポリフェノールがヒドロキシチロソールである請求項1に記載の酸化抑制剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の酸化抑制剤を含有する油脂。
【請求項5】
油脂の全重量基準で、
1ppm以上のポリフェノールと、
0.01重量%以上のスフィンゴイド塩基と、を含有する油脂。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の酸化抑制剤を含有する飲食品又は飼料。
【請求項7】
ポリフェノールとスフィンゴイド塩基を配合する工程を備える、飲食品・飼料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化抑制剤に関する。より詳しくは、スフィンゴイド塩基とポリフェノールを有効成分とし、油脂の酸化を抑制する酸化抑制剤及びそれを含有する油脂、飲食品、飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
油脂の構成成分である脂肪酸の中で、必須脂肪酸であるリノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)等の二重結合を持つ不飽和脂肪酸は、必須脂肪酸、あるいは生体内で種々の代謝を受け、プロスタグランジン等の化合物に変換されて、生体の恒常性や機能維持に重要な物質である。
【0003】
最近では、不飽和脂肪酸、特に二重結合を2個以上含む多価不飽和脂肪酸の研究が進み、n−3系又はn−6系の必須脂肪酸であるリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、アラキドン酸、EPA、DHA等の抗血栓作用等の有効性が明らかにされてきている。これに伴って、これらの不飽和脂肪酸を含む油脂、例えば大豆油又はべに花油等の植物油、特に魚油又はこれらを含む食品が多数且つ大量に上市されている。
【0004】
一方、多価不飽和脂肪酸は、不飽和結合が多いために酸化の進行が速い。多価不飽和脂肪酸は、空気中の酸素や溶液中に溶解している酸素によって酸化されることで、パーオキサイド等の好ましくない過酸化物が生成する、又は酸敗臭が発生するという問題が指摘されている。特に、油脂若しくは油脂含有食品中に含まれる微量の鉄若しくは銅等の金属又はアスコルビン酸などによって又は光化学反応によって酸化反応が促進されてしまうことがある。そのため、窒素ガス置換などを行っても、酸化による油脂又は油脂含有飲食品や飼料における戻り臭の発生などの風味の劣化による品質低下を防ぐことは難しい。
【0005】
一般には、油脂または油脂含有飲食品や飼料の酸化防止方法としては、酸化抑制剤の添加や油脂のコーティング、粉末化が知られている。最も一般的には、トコフェロールやソルビン酸、大豆リン脂質、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)等の酸化抑制剤を添加することで、解決が図られる。しかし、不飽和脂肪酸、特に多価不飽和脂肪酸の酸化を抑制するには、これらの通常の酸化抑制剤は多量に使用されなければならない。また、添加物の中には、大量摂取することが必ずしも好ましいものでないものも多い。
【0006】
これまでにもスフィンゴイド塩基を用いた酸化抑制方法については、先行技術が開示されている。例えば、特許文献1は、スフィンゴシンとトコフェロール類とを配合してなる抗酸化剤を開示している。本文献のトコフェロール類はδ−トコフェロールが抗酸化力の点で特に好ましいことを開示している。
特許文献2は、スフィンゴイド塩基であるジヒドロキシスフィンゴシンを有効成分とする油脂の酸化抑制剤を開示している。かかる酸化抑制剤の有効性を十分に発揮させるにはジヒドロキシスフィンゴシンとα‐トコフェロールとの共存が必要とされている。
また、特許文献3では、カルノシン酸とリン脂質を含むことを特徴とする抗酸化組成物を開示している。特許文献3記載のリン脂質は、特にホスファチジルコリンであり、スフィンゴ脂質の骨格構造であるスフィンゴイド塩基とは異なる物質である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−320048号公報
【特許文献2】特開2013−147636号公報
【特許文献3】特表2017−500429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した技術の現状に鑑み、不飽和脂肪酸を豊富に含む油脂及び飲食品、飼料の酸化を抑制する酸化抑制剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、本発明の上記目的を達成するために、鋭意検討を進めた結果、スフィンゴイド塩基とポリフェノールとを組み合わせて配合することで、既知のスフィンゴイド塩基とトコフェロールとの組み合わせより強い酸化抑制効果がみられることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の内容に関する。
[1]スフィンゴイド塩基と、ポリフェノールと、を含有する酸化抑制剤。
[2]ポリフェノールがカルノシン酸である[1]に記載の酸化抑制剤。
[3]ポリフェノールがヒドロキシチロソールである[1]に記載の酸化抑制剤。
[4][1]〜[3]のいずれか1項に記載の酸化抑制剤を含有する油脂。
[5]油脂の全重量基準で、1ppm以上のポリフェノールと、0.01重量%以上のスフィンゴイド塩基と、を含有する油脂。
[6][1]〜[3]のいずれか1つに記載の酸化抑制剤を含有する飲食品又は飼料。
[7]ポリフェノールとスフィンゴイド塩基を配合する工程を備える、飲食品・飼料の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明による酸化抑制剤は、一般的な酸化抑制剤であるトコフェロール、アスコルビン酸、大豆リン脂質等よりも酸化抑制効果が強く、また、公知のスフィンゴイド塩基とトコフェロールを組み合わせた酸化抑制剤よりも酸化抑制効果が強く、特に不飽和脂肪酸を含んだ油脂及び飲食品、飼料の酸化による戻り臭の発生などの風味の劣化による品質低下を効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1Aは実施例1のスフィンゴイド塩基とポリフェノール類およびトコフェロール類の酸化実験における酸素残存量の変化を示す図である。図1Bは実施例1のスフィンゴイド塩基とポリフェノール類およびトコフェロール類の酸化実験における酸化により発生する揮発性成分量の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、実施形態を挙げて本発明の説明を行うが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
〈酸化抑制剤〉
本発明は、スフィンゴイド塩基とポリフェノールを含有する酸化抑制剤に関する。
本発明に用いるスフィンゴイド塩基は、特に制限はなく、例えば、動物や植物や微生物等由来、化学的な合成品等も使用可能である。スフィンゴイド塩基構造において、二重結合の位置や数に特に制限はない。
本発明におけるスフィンゴイド塩基は、代表的には長鎖アミノアルコールの一種であるスフィンゴイド塩基である。本発明において利用可能なスフィンゴイド塩基は、例えば、ジヒドロスフィンゴシン、スフィンゴシン、N,N−ジメチルスフィンゴシン、フィトスフィンゴシン、4−スフィンゲニン、8−スフィンゲニン、4−ヒドロキシ−8−スフィンゲニン、4,8−スフィンガジエニン、9−メチル−4,8−スフィンガジエニン、4,8,10−スフィンガトリエニン、9−メチル−4,8,10−スフィンガトリエニンなどが挙げられるが、これに限定されず、スフィンゴイド塩基骨格を有する化合物であればよい。スフィンゴイド塩基構造において、二重結合の位置や数に格別の制限はない。
【0014】
スフィンゴイド塩基の調製方法は、どのようなものでもよい。例えば、動物や植物に広く存在するスフィンゴ脂質を化学的又は酵素的に加水分解することでも調製が可能である。また、酵母等の微生物を用いた発酵により調製することも可能である。また、化学合成も可能である。例えば、スフィンゴシンは、乳中に存在するスフィンゴリン脂質であるスフィンゴミエリンやスフィンゴ糖脂質であるラクトシルセラミド、又はグルコシルセラミドなどから加水分解することで調製することが可能である。なお、スフィンゴイド塩基の原料としては、乳にこだわるものではなく、動物、植物、微生物等の各種スフィンゴ脂質含有素材から調製したものであっても、同様の効果を有する。
【0015】
本発明におけるポリフェノールは、主に酸化抑制作用を有するポリフェノールが使用できる。その中でも、カルノシン酸、ヒドロキシチロソールが好ましい。酸化抑制作用の観点からいえば、カルノシン酸が特に好ましい。スフィンゴイド塩基と共存させて配合するポリフェノールは単体でもよく、ポリフェノールが複数含有された混合物、天然成分由来の抽出物でもよい。例えば、カルノシン酸を中心にポリフェノールが豊富に含まれ、酸化抑制作用を有するローズマリー抽出物が使用できる。
【0016】
本発明の酸化抑制剤は特に多価不飽和脂肪酸を含む油脂に有効である。本発明における多価不飽和脂肪酸は、不飽和結合を2つ以上有する脂肪酸を意味し、食品中に含まれるものとしては、例えば、リノール酸、α−リノレン酸、アラキドン酸、EPA、DHAなどが代表的である。これらの脂肪酸は、不飽和脂肪酸を複数有するため、酸化されやすく、特に、不飽和脂肪酸を多数有するEPAやDHAは、酸化によって生じる過酸化物が分解して生成する低分子の揮発性成分が微量でも食品の風味劣化を引き起こすため、低い酸化レベルでも風味異常が生じやすい。本発明の酸化抑制剤は、その酸化抑制作用の強さから、このような酸化されやすい多価不飽和脂肪酸の酸化によって生じる風味異常を抑制することが可能である。
【0017】
本発明の酸化抑制剤は、EPAやDHAを多く含む魚油のような動物性油脂のみならず、大豆油や菜種油等の植物性油脂の酸化に対して有効であり、油脂の種類を問わず有効である。
【0018】
本発明の酸化抑制剤の油脂への添加量は、油脂又はこれを含有する飲食品、飼料に応じて適当に変更することができる。油脂の全重量に対して本発明の酸化抑制剤が、1ppm以上のポリフェノールおよび0.01重量%以上のスフィンゴイド塩基の割合で含有することが好ましい。酸化抑制効果は、添加量を増すほど強い効果を得ることができる。
ここでいう「油脂の全重量」には、(イ)酸化抑制剤と食用油脂を混合して得られた油脂そのものと、(ロ)これを食品に混合した際に得られる、油脂そのものと食品中の油脂の混合物としての食品油脂とが含まれる。(ロ)の場合は、食品油脂の全重量に基づいて、上記重量範囲になるように、ポリフェノールとスフィンゴイド塩基の割合を調整することが好ましい。
なお、油脂の例としては、魚油、大豆油、コーン油、オリーブ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、キャノーラ油、米ぬか油、サフラワー油、ハイオレイックサフラワー油、菜種油、菜種白絞油、菜種極度硬化油、ひまわり油、ハイオレイックひまわり油、綿花油、綿実油、落花生油、しそ油、ゴマ油、エゴマ油、ベニバナ油、高オレイン酸ベニバナ油、ぶどう種子油、ピーナッツ油、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油、かぼちゃ種子油、亜麻仁油、クルミ油、椿油、茶実油、カラシ油、米油、小麦麦芽油、等、あるいはこれらのエステル交換油、分別油等が例示でき、食品用又は飼料用として許容されるものを用いることができる。
【0019】
〈油脂〉
本発明の酸化抑制剤は、油脂、特に多価不飽和脂肪酸を含有する油脂に有効である。つまり、本発明は油脂にも関する。本発明の酸化抑制剤は、そのような油脂に添加することで、油脂の酸化に起因する戻り臭の発生などの風味の劣化による品質低下を効果的に防止することができる。また、風味劣化を長期間にわたって抑制することができ、多価不飽和脂肪酸を含んだ油脂、飲食品、飼料の賞味期限を延長することができる。また、さらに公知の酸化抑制剤と併用して使用することもできる。
【0020】
本発明の酸化抑制剤を添加した油脂は、単独で食用油脂として用いることができる。また、各種油脂含有飲食品の原材料としても使用することができる。例えば、マーガリン、スプレッド、ドレッシング、クッキー、ケーキ、クリーム類、清涼飲料水、乳酸菌飲料、等に使用可能である。本発明の酸化抑制剤を添加することで、保存時の酸化が抑制でき、多価不飽和脂肪酸を配合しやすくなる他、酸化臭、変敗等の劣化が起こりにくくなる。
【0021】
本発明の酸化抑制剤が添加された油脂を揚げ物用の油として使用した場合も、酸化抑制効果により従来の酸化抑制剤を使用するよりも油脂の劣化が起こりにくく、大量の揚げ物を調理するような業務用の用途にも適している。また、本発明の酸化抑制剤を使用した油脂で揚げ物を調製すると、調製した揚げ物の酸化も抑制される。
【0022】
〈飲食品〉
酸化抑制剤を中心に説明してきたが、本発明はそれを含む飲食品や飼料にも関する。
また本発明は、酸化抑制剤を含有する油脂を備える飲食品や飼料にも関する。なお、飲食品には特に制限はないが、例えば、マーガリン、スプレッド、ドレッシング、クッキー、ケーキ、クリーム類、清涼飲料水、乳酸菌飲料、等が挙げられる。
【0023】
〈飲食品・飼料の酸化抑制方法、飲食品・飼料の製造方法〉
本発明は、ポリフェノールとスフィンゴイド塩基を配合する工程を備える、飲食品・飼料の酸化抑制方法にも関する。
また本発明は、上述の飲食品・飼料の酸化抑制方法の工程を備える、飲食品・飼料の製造方法にも関する。
【実施例】
【0024】
以下に、実施例を示し、より詳細に説明するが、これらは単に例示するのみであり、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0025】
[実施例1]
スフィンゴイド塩基(ジヒドロスフィンゴシン)(Avanti Polar Lipids)とポリフェノールであるカルノシン酸(富士フィルム和光純薬)、ヒドロキシチロソール(富士フィルム和光純薬)、ケルセチン(富士フィルム和光純薬)それぞれとの共存による酸化抑制作用を明らかにするために、酸化実験により評価を行った。比較対照として、上記先行技術文献の特許文献1に記載のトコフェロール類(α−トコフェロール、β−トコフェロール、δ−トコフェロール)(富士フィルム和光純薬)も同様にスフィンゴイド塩基と共存させた場合の酸化抑制作用を評価した。
【0026】
魚油は市販のものを用い、以下のようにして精製した。まず、トコフェロールを除去するために魚油を活性炭・セライト(1:1, w/w)カラムクロマトグラフィーに供した。トコフェロールを除去した魚油をさらにケイ酸カラムクロマトグラフィーで分別し、魚油トリアシルグリセロール(TAG)を得た。得られたTAGは、薄層クロマトグラフィー(TLC)分析によりTAG以外の成分を含まないことを確認した。また、蛍光検出器を装備した高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により、過酸化物とトコフェロールを含まないことも確認した。実験に使用した魚油TAGの脂肪酸組成はガスクロマトグラフィー(GC)を用いて分析した。以下に、魚油トリグリセリドの主要な多価不飽和脂肪酸を示す。22:6n−3(DHA, 27.80±0.80%)、20:5n−3(EPA, 15.70±0.19%)、16:0 (パルミチン酸, 11.40±0.48%)、18:1n−9(オレイン酸, 6.43±0.03%)。
【0027】
スフィンゴイド塩基(ジヒドロスフィンゴシン)(1mg)と各種ポリフェノール試料(0.05mg)を魚油TAG(99mg)と混合し、酸素残存量測定の分析試料とした。なお、コントロールとして、一般的な抗酸化剤であるα−トコフェロール(0.05mg)のみを混合した魚油TAG(100mg)を用いた。分析試料を分析用バイアル瓶(5mL)に精秤した後、ブチルセプタムゴムおよびアルミシールバイアルで栓をした。50℃、暗所にてインキュベートした後、一定時間ごとにバイアル瓶上部の空気20μLずつ熱伝導度検出器(TCD)を装着したGC(GC−14B, 島津製作所)に注入した。カラムはMolecular sieves−5A (60/80mesh;3m)、カラム温度は50℃、注入口温度は100℃、検出口温度は100℃、キャリアガスはヘリウムを用い、ヘリウム圧は50kPaに設定した。酸化に伴い空気中の酸素のピークが減少するので、酸素と窒素のピーク比の変化により油脂の酸化による酸素吸収量を算出した。酸素残存量測定は同じ試料を3本のバイアル瓶にとり、それぞれ別々に測定した。各測定値の平均値の推移を図1Aに示す。グラフの縦軸は残存酸素量(%)を、横軸は酸化時間(時間)を示す。
なお、図1A中の略称・記号は以下の内容を表す(図1Bにおいても同様):
―▼―:α−トコフェロールのみ、
―□―:スフィンゴイド塩基とα−トコフェロール、
―〇―:スフィンゴイド塩基とβ−トコフェロール、
―◇―:スフィンゴイド塩基とδ−トコフェロール、
―●―:スフィンゴイド塩基とカルノシン酸、
―■―:スフィンゴイド塩基とケルセチン、
―▲―:スフィンゴイド塩基とヒドロキシチロソール。
【0028】
また、スフィンゴイド塩基(ジヒドロスフィンゴシン)(3mg)と各種ポリフェノール試料(0.15mg)を魚油TAG(297mg)と混合し、揮発性成分測定の分析試料とした。なお、コントロールとして魚油TAG(300mg)を用いた。分析試料を分析用バイアル瓶(5mL)に精秤した後、ブチルセプタムゴムおよびアルミシールバイアルで栓をした。50℃、暗所にてインキュベートした後、一定時間ごとに各バイアル瓶上部空気を、ヘッドスペースサンプラ(HS−20L、島津製作所)を介して水素炎イオン化検出器(FID)を装着したGC(GC−2014、島津製作所)に注入することで分析した。GCのカラムにはHP−1(50m x 0.32mm 内径; 液相:1.05μm; Agilent Technologies)を用い、カラム温度は昇温させて分析した。揮発性成分の同定はGC/MSを用いて行った。注入口温度は150℃、検出口温度250℃で測定を行った。なお、キャリアガスはヘリウムガスを用い、ヘリウム圧は90kPaに設定した。揮発性成分測定は同じ試料を3本のバイアル瓶にとり、それぞれ別々に測定した。各測定値の平均値の推移を図1Bに示す。グラフの縦軸は総揮発性成分ピーク面積を、横軸は酸化時間(時間)を示す。
【0029】
本実施例で用いた魚油TAGは高度不飽和脂肪酸であるEPAやDHAを多く含むため、極めて酸化されやすく、一般的な酸化抑制剤であるα−トコフェロールのみを添加した場合、測定開始50時間後には既にバイアル瓶上部の酸素は酸化により消費されていた(図1Aの一点鎖線上の▼印)。
一方、スフィンゴイド塩基とトコフェロール類を共存させた場合は、α−トコフェロール、β−トコフェロール、δ−トコフェロールすべてで200〜250時間程度まで酸素消費が抑えられ、酸化が抑制された(図1Aの実線上の□印、〇印、◇印)。
スフィンゴイド塩基とポリフェノール類を共存させた場合、カルノシン酸では、336時間後も酸素消費が抑えられており、酸化が抑制されていた(図1Aの実線上の●印)。
ヒドロキシチロソールは250時間程度まで、ケルセチンは150時間程度まで酸素消費が抑えられており、酸化が抑制されていた(図1Aの実線上の▲印、■印)。
一方、スフィンゴイド塩基のみ、又はポリフェノール類(ヒドロキシチロソール)のみを魚油に添加した場合、スフィンゴイド塩基のみでは全く酸化抑制作用はみられず、ヒドロキシチロソールのみでも酸化抑制作用は小さかった(表1)。
【0030】
【表1】
【0031】
揮発性成分分析に関しては、一般的な酸化抑制剤であるα−トコフェロールのみを添加した場合、測定開始50時間後には、既に酸化により多量の揮発性成分が生じていた(図1B)。一方、スフィンゴイド塩基とトコフェロール類を共存させた場合は、α−トコフェロール、β−トコフェロール、δ−トコフェロールすべてで200〜250時間程度まで揮発性成分の生成が抑えられていた(図1B)。スフィンゴイド塩基とポリフェノール類を共存させた場合、カルノシン酸では、336時間後も揮発性成分の生成が抑えられていた(図1B)。ヒドロキシチロソールは250時間程度まで、ケルセチンは150時間程度まで揮発性成分の生成が抑えられていた(図1B)。これらの結果は、酸素残存量の結果とよく一致していた。
【0032】
以上より、スフィンゴイド塩基とポリフェノール類を共存させた場合、相乗的に優れた酸化抑制作用を得られることが明らかになった。特に、カルノシン酸とヒドロキシチロソールは、スフィンゴイド塩基と組み合わせると各種トコフェロールよりも優れた酸化抑制作用を有していた。
なお、先行文献(例えば特許文献2)には、スフィンゴイド塩基とトコフェロールとの抗酸化相乗作用が報告されている。しかし、スフィンゴイド塩基とポリフェノールを組み合わせた場合、スフィンゴイド塩基とトコフェロールの組み合わせよりも強い酸化抑制作用を有する旨の報告は今までなかった。
【0033】
[実施例2]
乳リン脂質素材を出発原料として、酸加水分解により、スフィンゴイド塩基の高濃度画分を取得した。手順を下記に示す。
1)スフィンゴイド塩基含有抽出物の製造方法
乳リン脂質濃縮素材であるミルクセラミドMC−5(雪印メグミルク株式会社製)をエタノールに溶解し、エタノール可溶性画分を分取した。エタノール可溶性画分に塩酸を加えて、0.2M塩酸/エタノール溶液とした。この塩酸/エタノール溶液を75℃12時間加熱し、加水分解反応を行った。
反応液に水を40%となるように添加し、水相を分取した。得られた水相を陽イオン交換樹脂に吸着させ、100mMのNaClを加えた溶出液にて溶出させた。得られた溶出液を膜処理にて脱塩し、エタノールを揮発させることで、スフィンゴイド塩基抽出物が得られた。得られた抽出物の純度は80%であった。
【0034】
得られた抽出物50gを4950gの脱イオン水に溶解し、50℃まで加熱後、TKホモミクサー(TKROBOMICS;特殊機化工業社)にて、6,000rpmで30分間攪拌混合してスフィンゴイド塩基抽出物含量1000mg/100gのスフィンゴイド塩基溶液を得た。このスフィンゴイド塩基溶液4.0kgに、カゼイン5.0kg、大豆タンパク質5.0kg、魚油1.0kg、シソ油3.0kg、デキストリン18.0kg、ミネラル混合物6.0kg、ビタミン混合物1.95kg、乳化剤2.0kg、安定剤4.0kg、香料0.05kg、カルノシン酸1.0gを配合し、本発明の多価不飽和脂肪酸含有食品50kg(実施例品1)を得た。得られた多価不飽和脂肪酸含有食品には、100gあたり、スフィンゴイド塩基が80mg、カルノシン酸が2mg含まれていた。
実施例品1と、スフィンゴイド塩基溶液の代わりに水を配合した比較例品1を調製し、酸化による風味劣化の度合いを官能検査にて評価した。その結果を表2に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
表2より、保存1か月後には比較例品1は魚臭の異風味を感じたのに対し、実施例品1は保存4か月でも異風味を感じなかった。
また、上述した実施例品1のカルノシン酸の代わりにα−トコフェロールを配合した比較例品2、および、スフィンゴイド塩基の代わりに乳由来リン脂質(主としてホスファチジルコリン)を配合した比較例品3を作成した。これらを用いて、保存試験を実施し、酸化による風味劣化の度合いを官能検査にて評価した。その結果を表3に示す。
【0037】
【表3】
以上の結果から、本発明の酸化抑制剤を利用した多価不飽和脂肪酸含有食品は酸化安定性が向上し、酸化による保存中の異風味の生成が抑制されることが明らかとなった。
【0038】
[実施例3]
本発明におけるスフィンゴイド塩基とポリフェノールの有効量の評価を行うために、スフィンゴイド塩基量をそれぞれ0.000%、0.005%、0.010%とし、ポリフェノール量を0ppm、0.5ppm、1ppmとした試験試料を用いて、実施例1と同様の方法で酸化試験を実施した。結果を表4に示す。
【0039】
【表4】
【0040】
表4の結果から、スフィンゴイド塩基0.005%以下、ポリフェノール量0.5ppm以下の場合には100時間後の残存酸素量が低かった。このように、スフィンゴイド塩基とポリフェノールを共存させた場合の酸化抑制作用はスフィンゴイド塩基0.01%、ポリフェノール1ppm以上の添加により発揮されることが明らかになった。
【0041】
[実施例4]
多価不飽和脂肪酸配合食品の製造
実施例2で得られたスフィンゴイド塩基抽出物1gをマーガリン136gに混合して分散させた。これに小麦粉510g、砂糖200g、食塩5g、卵115g、水25g、ミネラル混合8g、カルノシン酸20mgを配合したミックスを作成し、成形した後、焙焼して多価不飽和脂肪酸配合ビスケットを製造した。このビスケットには、100gあたりスフィンゴイド塩基抽出物が100mg含まれており、スフィンゴイド塩基として、80mgを含有していた。また、100gあたりカルノシン酸が2mg含有していた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明による酸化抑制剤は、一般的な酸化抑制剤であるトコフェロール、アスコルビン酸、大豆リン脂質等よりも酸化抑制効果が強い。また、公知のスフィンゴイド塩基とトコフェロールを組み合わせた酸化抑制剤よりも酸化抑制効果が強く、特に不飽和脂肪酸を含んだ油脂及び飲食品、飼料の酸化による戻り臭の発生などの風味の劣化による品質低下を効果的に防止することができるため、不飽和脂肪酸を含有する油脂、飲食品、飼料に配合して、望ましく利用することができる。
図1