【実施例】
【0037】
以下、本発明の実施形態の一つに係るCNT系細胞遮蔽膜を用いて骨組織の再生を行った例を説明する。
【0038】
1.実施例1:ヒアルロン酸が担持されたCNT系細胞遮蔽膜
1−1.CNT系細胞遮蔽膜の作製
eDIPS法により合成された高純度のSWCNT(10mg)を0.1wt%濃度に調整したヒアルロン酸水溶液(20mL)に加え、得られた分散液に対して室温にて約30分超音波処理を行った。その溶液をさらに、チップ型超音波処理機(SONICS社製、型番VCX500、以下同じ)にて10分間処理した。その後、直径47mmのメンブレンフィルター(メルク社製、型番JGWP04700、以下同じ)を用いて分散液を吸引濾過した。メンブレンフィルター上に回収された濾物を60℃の乾燥機内で24時間乾燥した後、メンブレンフィルターから剥離し、さらにUVオゾンクリーナー(メイワフォーシス社製、型番PC450、以下同じ)で表面を親水化処理することでヒアルロン酸が担持されたCNT系細胞遮蔽膜を得た。
1−2.CNT系細胞遮蔽膜の評価
【0039】
図2に濾液およびヒアルロン酸の標準水溶液(0.1mg/mL、すなわち、0.01wt%)の紫外吸収スペクトルを示す。紫外吸収スペクトルは、島津製作所社製紫外可視近赤外分光光度計(型番UV−3100、以下同じ)を用いて取得した。濾液と標準水溶液の吸収強度の差からCNT膜に担持されたヒアルロン酸を定量したところ、10mgのCNTあたり1.2mgのヒアルロン酸が担持されていることが分かった。
【0040】
図3は、得られたヒアルロン酸担持CNT系細胞遮蔽膜の10万倍のSEM(日立ハイテク社製走査型電子顕微鏡、型番SU8200)像である。このSEM像から、直径5nmから50nm程度の細いCNTのバンドルが網目構造を形成していることが確認された。
【0041】
網目構造の定量的な評価は以下のように行った。まず、CNT系細胞遮蔽膜上の任意に選択される30か所で20万倍のSEM像を30像取得した。SEM像の一例を
図4に示す。
図4に示すように、各SEM像において画像中央横断線(
図4において、横方向の点線)を横切る10本のバンドルの直径(図中、番号が付された直線の長さ)を測定した。なお、画像中央横断線を横切るバンドルが10本を超える場合には、CNT系細胞遮蔽膜の表面側から10本のバンドルを選択した。30像のSEM像に対して同様の測定を行い、合計300のバンドルについて得られた結果をヒストグラムとパレート曲線を用いて
図5に示す。
図5に示すように、CNT系細胞遮蔽膜に含まれるCNTは、大部分が直径50nm以下のバンドルによって構成されていることが分かる。バンドルの直径の平均値は25.6nm、標準偏差は16.5nmであり、直径60nm未満のバンドルが95%であった。このことから、直径が60nm以上のバンドルのCNT系細胞遮蔽膜における存在確率が5%であることが分かった。このような緻密な網目構造が自立膜形成能をCNT膜に付与し、生体内での膜構造の崩壊を抑制し、その結果、炎症反応の誘発を抑制すると考えられる。なお、本実施例では、CNTの分散液の調製において界面活性剤は添加しなかった。しかしながら、緻密な網目構造はCNTが界面活性剤の非存在下でも水中で良好な分散性を示すことを示唆する。このことは、ヒアルロン酸が分散剤としても機能することを意味している。
【0042】
1−3.CNT系細胞遮蔽膜を用いる骨形成
ラット頭蓋冠に骨欠損部(直径約7mm)を形成し、骨欠損部をヒアルロン酸担持CNT系細胞遮蔽膜で被覆し、骨形成を観察した。
図6(A)から
図6(D)は、術後28日後の骨欠損部のマイクロCT像である。
図6(A)と
図6(B)は水平面像であり、
図6(C)と
図6(D)は断面像である。細胞遮蔽膜を被覆しなかった場合(
図6(A)および
図6(C))と比較し、細胞遮蔽膜を被覆した場合には骨再生が明確に確認された(
図6(B)および
図6(D))。
【0043】
図7は骨欠損部の中央部の前断面の術後28日後の光学顕微鏡像である。
図7に示すように、細胞遮蔽膜(↑)の下面には活発な新生骨の形成(*)が認められ、細胞遮蔽膜の上面には薄い線維性結合組織(△)が観察されたが、結合組織内には炎症性の細胞はほとんど認められなかった。
【0044】
2.実施例2:EGCGが担持されたCNT系細胞遮蔽膜
2−1.CNT系細胞遮蔽膜の作製
eDIPS法により合成された高純度のSWCNT(10mg)を0.2wt%濃度に調整したEGCG水溶液(20mL)に加え、得られた分散液に対して室温にて約30分超音波処理を行った。その溶液をさらに、チップ型超音波処理機にて10分間処理した。その後、直径47mmのメンブレンフィルターを用いて分散液を吸引濾過した。メンブレンフィルター上に回収された濾物を60℃の乾燥機内で24時間乾燥した後、メンブレンフィルターから剥離し、さらにUVオゾンクリーナーで表面を親水化処理することでEGCGが担持されたCNT系細胞遮蔽膜を得た。
【0045】
2−2.CNT系細胞遮蔽膜の評価
図8に濾液およびEGCGの標準水溶液(0.1mg/mL、すなわち0.01wt%)の紫外吸収スペクトルを示す。濾液と標準水溶液の吸収強度の差からからCNT膜に担持させたEGCGを定量したところ、濾液中にはEGCGがほとんど認められず、10mgのCNTあたり4mgのEGCGが担持されていることが分かった。また、添加したEGCGに対する担持されたEGCGの量のプロット(
図9)に対してカーブフィッティングを行った結果、10mgのSWCNTに対するEGCGの最大担持量は7.52mgであることが見積もられた。CNT膜上に大量のEGCGを担持することができるのは、おそらくCNT膜のsp
2炭素とEGCG中の芳香環との間のπ−πスタッキング相互作用に基づく強い分子間力に起因するものと考えられる。
【0046】
図10は、得られたEGCG担持CNT系細胞遮蔽膜のSEM像(10万倍)である。このSEM像から、直径10nmから100nm程度の細いバンドルが網目構造を形成していることがわかる。
【0047】
実施例1と同様に網目構造の定量的な評価を行った。
図11に30像のSEM像から得られる合計300のバンドルの直径のヒストグラムとパレート曲線を示す。
図11から理解されるように、実施例1のCNT系細胞遮蔽膜と同様、本実施例のCNT系細胞遮蔽膜に含まれるCNTも大部分が直径50nm以下のバンドルによって構成されていることが分かる。バンドルの直径の直径の平均値は30.7nm、標準偏差は21.6nmであり、直径60nm未満のバンドルが90%であった。このことから、直径が60nm以上のバンドルのCNT系細胞遮蔽膜における存在確率が10%であることが分かった。なお、本実施例においても、CNTの分散液の調製において界面活性剤は添加しなかった。しかしながら、緻密な網目構造から、CNTが界面活性剤の非存在下でも良好な分散性を示していることが分かる。このことは、EGCGもCNTを分散させるための分散剤としても機能することを意味している。
【0048】
2−3.CNT系細胞遮蔽膜を用いる骨形成
ラット頭蓋冠に骨欠損部(直径約7mm)を形成し、EGCG担持CNT系細胞遮蔽膜で被覆し、骨形成を観察した。
図12(A)から
図12(D)は、術後28日後の骨欠損部のマイクロCT像である。
図12(A)と
図12(B)は水平面像であり、
図12(C)と
図12(D)は断面像である。細胞遮蔽膜を被覆しなかった場合(
図12(A)および
図12(C))と比較し、細胞遮蔽膜を被覆した場合には骨再生が明確に確認された(
図12(B)および
図12(D))。
【0049】
図13はEGCG担持CNT系細胞遮蔽膜をラット皮下に埋入後56日の光学顕微鏡像である。
図13から、CNT系細胞遮蔽膜(↑)が線維性結合組織(△)によって被覆されているのが観察された。線維性結合組織内には線維芽細胞は観察されたが、炎症性細胞はほとんど認められず、炎症は軽度であった。
【0050】
3.比較例:骨再生促進剤非担持CNT膜
比較例として、骨再生促進剤を用いず、クロロホルム中にCNTを分散することで作製されたCNT膜を使用した例について説明する。
【0051】
3−1.CNT膜の作製
eDIPS法により合成された高純度のSWCNT(10mg)をクロロホルム(20mL)に加え、得られた分散液に対して室温にて約30分超音波処理を行った。その溶液をさらに、チップ型超音波処理機にて10分間処理した。その後、直径47mmのメンブレンフィルターを用いて分散液を吸引濾過した。メンブレンフィルター上に回収された濾物を60℃の乾燥機内で24時間乾燥した後、メンブレンフィルターから剥離し、さらにUVオゾンクリーナーで表面を親水化処理することでCNT膜を得た。
【0052】
3−2.CNT膜の評価
図14に比較例のCNT膜のSEM像を示す。実施例1、2と異なり、直径10nmから200nm程度の太いバンドルが粗い網目構造を形成していることがわかる。なお、分散剤を用いない場合CNTは水中には殆ど分散しないため、クロロホルムに替えて水を分散用溶媒として用いると、より太いバンドルが形成されることになる。
【0053】
実施例1、2と同様に網目構造の定量的な評価を行った。
図15に30像のSEM像から得られる合計300のバンドルの直径のヒストグラムとパレート曲線を示す。このヒストグラムにおけるデータ幅は、実施例1、2のそれと同じである。
図15を
図5や
図10と比較すると分かるように、実施例1、2のCNT系細胞遮蔽膜と異なってバンドル直径とその分布は大きく、直径が150nmを超えるバンドルも存在し、最大のバンドル直径は521nmであった。バンドルの直径の平均値は63.5nm、標準偏差は64.5nmであった。また、直径60nm未満のCNT束状構造が67%であり、直径が60nm以上のバンドルのCNT膜における存在確率が37%であることが確認された。
【0054】
3−3.CNT膜を用いる骨形成
ラット頭蓋冠に骨欠損部(直径約7mm)を形成し、骨欠損部を比較例の骨再生促進剤非担持CNT膜で被覆し、骨形成を観察した。
図16は術後14日後の骨欠損部の軟X線写真像である。比較例のようにCNT膜に骨再生促進剤を担持させなかった場合、骨欠損部にCNT膜を被覆しても不透過像がほとんど認められなかったことから骨再生が進んでいないことが明らかとなった。
【0055】
図17は皮下組織の術後14日後の光学顕微鏡像である。CNT膜(左図↑)は間葉系細胞を多数含む線維性結合組織に被覆されているが、中等度の炎症細胞浸潤(*)が認められ、異物巨細胞(△)も多数観察された。また、CNT膜の構造が組織内で大きく崩壊し(左図円囲み)、SWCNTの一部が膜から脱落して異物として細胞内(右図↑)に混入されることが確認された。
【0056】
上述した実施例で示されるように、本発明の実施形態の一つに係るCNT系細胞遮蔽膜を用いることにより、膜の崩壊や炎症の発生が抑制され、短期間で組織細胞の再生が可能であることが確認された。このことは、本発明の実施形態の一つに係るCNT系細胞遮蔽膜は、感染症の発症が抑制できるとともに、組織形成を促進する細胞遮蔽膜として機能することを明確に示している。