【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
PLOS Pathogens,2009年,vol.5,doi:10.1371/journal.ppat.1000440
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているマイクロRNAの標的配列を、ウイルス増殖に関るB5R遺伝子の3'非翻訳領域に挿入し、さらにチミジンキナーゼ遺伝子を欠損させたワクシニアウイルスであって、前記癌細胞内で特異的に増殖し、癌細胞を特異的に破壊する腫瘍溶解性を有するマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
正常細胞で発現するマイクロRNAによって、B5R遺伝子の発現が抑制され、正常細胞での増殖性が低下している、請求項1記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
B5R遺伝子を部分的に又は完全に欠失した弱毒化ワクシニアウイルスに、3'非翻訳領域にマイクロRNAの標的配列を挿入したB5R遺伝子を導入した、請求項1又は2に記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
ワクシニアウイルスが、B5R遺伝子を部分的に欠失したLC16m8株又はB5R遺伝子を完全に欠失したm8Δ株である、請求項3記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているマイクロRNAが、let-7a(配列番号1)、let-7b(配列番号2)、let-7c(配列番号3)、let-7d(配列番号4)、let-7e(配列番号5)、let-7f(配列番号6)、miR-9(配列番号7)、miR-15a(配列番号8)、miR-16-1(配列番号9)、miR-21(配列番号10)、miR-20a(配列番号11)、miR-26a(配列番号12)、miR-27b(配列番号13)、miR-29a(配列番号14)、miR-29b(配列番号15)、miR-29c(配列番号16)、miR-30a(配列番号17)、miR-30d(配列番号18)、miR-32(配列番号19)、miR-33a(配列番号20)、miR-34a(配列番号21)、miR-92a(配列番号22)、miR-95(配列番号23)、miR-101(配列番号24)、miR-122(配列番号25)、miR-124(配列番号26)、miR-125a(配列番号27)、miR-125b(配列番号28)、miR-126(配列番号29)、miR-127(配列番号30)、miR-128(配列番号31)、miR-133b(配列番号32)、miR-139-5p(配列番号33)、miR-140(配列番号34)、miR-141(配列番号35)、miR-142(配列番号36)、miR-143(配列番号37)、miR-144(配列番号38)、miR-145(配列番号39)、miR-155(配列番号40)、miR-181a(配列番号41)、miR-181b(配列番号42)、miR-181c(配列番号43)、miR-192(配列番号44)、miR-195(配列番号45)、miR-198(配列番号46)、miR-199a(配列番号47)、miR-199b-5p(配列番号48)、miR-200a(配列番号49)、miR-203(配列番号50)、miR-204(配列番号51)、miR-205(配列番号52)、miR-217(配列番号53)、miR-218(配列番号54)、miR-219-5p(配列番号55)、miR-220a(配列番号56)、miR-220b(配列番号57)、miR-220c(配列番号58)、miR-222(配列番号59)、miR-223(配列番号60)、miR-224(配列番号61)、miR-345(配列番号62)、及びmiR-375(配列番号63)からなる群から選択される、請求項1〜5のいずれか1項に記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
癌細胞において欠損した場合にはその機能欠損が補償され得るが、正常細胞では機能欠損が補償されない遺伝子の1つ又は複数を欠損させた、請求項1〜6のいずれか1項に記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
外来DNAがマーカーDNA、細胞毒性効果若しくは免疫賦活効果を有する治療用遺伝子、又は癌、ウイルス、細菌若しくは原虫の抗原をコードするDNAである、請求項12記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスベクター。
請求項12又は13に記載のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスベクターを含む癌治療のための、又は癌、ウイルス、細菌若しくは原虫に対するワクチンとして使用するための医薬組成物。
【発明の概要】
【0005】
本発明は、癌細胞において特異的に増殖し、癌細胞を破壊するワクシニアウイルスの提供及び該ウイルスの癌治療への利用を目的とする。
現在世界中において、生きたウイルスを利用して癌を治療する癌ウイルス療法に関する前臨床研究、及び臨床治験が積極的に行われている。このウイルス療法における最大のキーポイントは、ウイルスが元来持っている正常組織に対する病原性をいかに排除するかという点にある。
本発明者らは、高い安全性が確立しているLC16m8Δワクチン株をベースに、遺伝子組換え技術によって、この高い安全性はそのままに、癌細胞特異的に増殖し、破壊する組換えワクシニアウイルスを作出し、癌組織のみを攻撃する癌特異的ウイルス療法を確立した。すなわち、LC16m8Δにワクシニアウイルスの増殖や病原性に関与するB5R遺伝子とその3’非翻訳領域中に癌細胞において正常細胞に比べ発現が低下しているマイクロRNAの標的配列を挿入した。その結果、正常細胞ではマイクロRNAの制御によりワクシニアウイルスのB5R遺伝子の発現が抑制され、ワクシニアウイルスは増殖することができず正常細胞を傷害することはなかったが、一方、マイクロRNAの発現が少ない癌細胞ではB5R遺伝子の発現が抑制されず、ワクシニアウイルスが効率よく増殖するために、癌細胞のみを特異的に傷害することを見出した。本発明者らは、このような知見に基づき、マイクロRNAにより増殖が制御される組換えワクシニアウイルスを用いて癌を治療する方法を完成させた。
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているマイクロRNAの標的配列を、ウイルス増殖に関るB5R遺伝子の3’非翻訳領域に挿入したワクシニアウイルスであって、前記癌細胞内で特異的に増殖し、癌細胞を特異的に破壊する腫瘍溶解性を有するマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[2] 正常細胞で発現するマイクロRNAによって、B5R遺伝子の発現が抑制され、正常細胞での増殖性が低下している、[1]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[3] B5R遺伝子を部分的に又は完全に欠失した弱毒化ワクシニアウイルスに、3’非翻訳領域にマイクロRNAの標的配列を挿入したB5R遺伝子を導入した、[1]又は[2]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[4] ワクシニアウイルスが、LC16株又はLC16mO株である、[1]又は[2]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[5] ワクシニアウイルスが、B5R遺伝子を部分的に欠失したLC16m8株又はB5R遺伝子を完全に欠失したm8Δ株である、[3]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[6] 正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているマイクロRNAが、let−7a(配列番号1)、let−7b(配列番号2)、let−7c(配列番号3)、let−7d(配列番号4)、let−7e(配列番号5)、let−7f(配列番号6)、miR−9(配列番号7)、miR−15a(配列番号8)、miR−16−1(配列番号9)、miR−21(配列番号10)、miR−20a(配列番号11)、miR−26a(配列番号12)、miR−27b(配列番号13)、miR−29a(配列番号14)、miR−29b(配列番号15)、miR−29c(配列番号16)、miR−30a(配列番号17)、miR−30d(配列番号18)、miR−32(配列番号19)、miR−33a(配列番号20)、miR−34a(配列番号21)、miR−92a(配列番号22)、miR−95(配列番号23)、miR−101(配列番号24)、miR−122(配列番号25)、miR−124(配列番号26)、miR−125a(配列番号27)、miR−125b(配列番号28)、miR−126(配列番号29)、miR−127(配列番号30)、miR−128(配列番号31)、miR−133b(配列番号32)、miR−139−5p(配列番号33)、miR−140(配列番号34)、miR−141(配列番号35)、miR−142(配列番号36)、miR−143(配列番号37)、miR−144(配列番号38)、miR−145(配列番号39)、miR−155(配列番号40)、miR−181a(配列番号41)、miR−181b(配列番号42)、miR−181c(配列番号43)、miR−192(配列番号44)、miR−195(配列番号45)、miR−198(配列番号46)、miR−199a(配列番号47)、miR−199b−5p(配列番号48)、miR−200a(配列番号49)、miR−203(配列番号50)、miR−204(配列番号51)、miR−205(配列番号52)、miR−217(配列番号53)、miR−218(配列番号54)、miR−219−5p(配列番号55)、miR−220a(配列番号56)、miR−220b(配列番号57)、miR−220c(配列番号58)、miR−222(配列番号59)、miR−223(配列番号60)、miR−224(配列番号61)、miR−345(配列番号62)、及びmiR−375(配列番号63)からなる群から選択される、[1]〜[5]のいずれかのマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[7] 癌細胞において欠損した場合にはその機能欠損が補償され得るが、正常細胞では機能欠損が補償されない遺伝子の1つ又は複数を欠損させた、[1]〜[6]のいずれかのマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[8] 少なくともチミジンキナーゼ遺伝子を欠損させた、[7]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[9] さらに、赤血球凝集素(HA)遺伝子を削除させた、[8]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[10] さらに、Fフラグメントを欠損させた、[9]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[11] さらに、VGF遺伝子を欠損させた、[8]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルス。
[12] [1]〜[11]のいずれかのマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスを含む癌治療のための医薬組成物。
[13] [1]〜[12]のいずれかのマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスに外来DNAを導入した、マイクロRNA制御型ワクシニアウイルスベクター。
[14] 外来DNAがマーカーDNA、細胞毒性効果若しくは免疫賦活効果を有する治療用遺伝子、又は癌、ウイルス、細菌若しくは原虫の抗原をコードするDNAである、[13]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスベクター。
[15] [13]又は[14]のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスベクターを含む癌治療のための、又は癌、ウイルス、細菌若しくは原虫に対するワクチンとして使用するための医薬組成物。
[16] [1]〜[11]のいずれかのマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスの癌患者における癌治療効果を評価する方法であって、
(i) 前記癌患者より採取した癌細胞及び正常細胞に前記マイクロRNA制御型ワクシニアウイルスを接触させる工程、及び
(ii) 癌細胞及び正常細胞におけるマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスの増殖を測定する工程
を含み、前記マイクロRNA制御型ワクシニアウイルスが癌細胞で増殖し、正常細胞で増殖しない場合に、癌治療効果があると判断する方法。
[17] マイクロRNA制御型ワクシニアウイルスがB5R遺伝子とマーカー遺伝子の融合遺伝子を有し、マーカーの発現により、癌治療効果を評価する、[16]の方法。
本発明のマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスは、特定のマイクロRNAの発現程度により、増殖が制御される。該特定のマイクロRNAの発現が増大している細胞中ではB5R遺伝子の発現が抑制されるため増殖できず、一方、マイクロRNAの発現が低下している細胞中ではB5R遺伝子の発現が誘導され、ウイルスが増殖しその細胞を傷害する。従って、特定のマイクロRNAとして癌細胞で正常細胞に比べて発現が低下しているものを選択することにより、癌細胞中でワクシニアウイルスが効率良く増殖し、強力な抗腫瘍効果を発揮する。従って、あらかじめ個々の癌患者検体におけるマイクロRNA発現を調べ、癌組織におけるマイクロRNAを解析することにより、適切なマイクロRNAを選択することができ、癌細胞のみを攻撃するマイクロRNA制御型ワクシニアウイルスを選択できるオーダーメイド創薬となり得る。
また、本発明においては高い安全性が確立しているワクシニアウイルス株であるLC16m8Δワクチン株等をベースにすることにより、遺伝子組換え技術によって、この高い安全性はそのままに、癌細胞特異的に増殖破壊するマイクロRNA制御組換えウイルスを提供することができる。
さらに、ワクシニアウイルスは、広い宿主域と高い発現効率を有しているため、他の外来遺伝子を導入するベクターとしても機能する。ルシフェラーゼやGFPを発現するマイクロRNA制御組換えワクシニアウイルスは、その感染細胞を簡便、迅速に同定することが可能となる。また、細胞毒性効果や免疫賦活効果を有する治療遺伝子を発現させることによって、他の治療法との併用も可能となる。
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2010−090662号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1は、ヒトBxPC−3膵癌腹膜播種マウスモデルにおける弱毒化ワクシニアウイルスの抗腫瘍効果を示す写真である。
図2は、ヒトBxPC−3膵癌腹膜播種マウスモデルにおける弱毒化ワクシニアウイルス病原性を示す図である(†:死亡)。
図2AはMockの結果、
図2BはLC16mOの結果、
図2CはLC16m8Δの結果を示す。
図3は、組換えB5R遺伝子挿入ウイルスのゲノムの構造を示す図である。
図4は、ヒト癌細胞における組換えB5R遺伝子欠失ウイルスと組換えB5R遺伝子挿入ウイルスの殺細胞効果を示す図である。
図5は、癌マイクロRNAの特性を利用した癌特異的ウイルス療法開発の新戦略を示す図である。
図6は、ヒト癌細胞におけるlet7aの相対的発現レベルを示す図である。
図7は、組換えGFPタグB5R let7a制御ウイルスのゲノム構造を示す図である。
図8は、ヒト癌細胞における組換えGFPタグB5R let7a制御ウイルスのB5R発現と細胞変性効果を示す写真である。
図9は、ヒト癌細胞における組換えGFPタグB5R let7a制御ウイルスの増殖性を示す図である。
図10は、2種類の外来遺伝子を発現する組換えlet7a制御ウイルのゲノム構造を示す図である。
図11は、癌細胞における組換えlet7a制御ウイルスの殺細胞効果を示す図である。
図12Aは、SCIDマウスにおける組換えlet7a制御ウイルスの体内分布を示す写真である。
図12Bは、SCIDマウスにおける増殖ウイルスの数値化の結果を示す図である。
図13Aは、ヒトBxPC−3皮下接種マウスモデルにおける組換えlet7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果(腫瘍増殖曲線)を示す図である。
図13Bは、ヒトBxPC−3皮下接種マウスモデルにおける組換えlet7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果(生存曲線)を示す図である。
図14Aは、ヒトA549肺癌皮下接種マウスモデルにおける組換えlet7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果(腫瘍増殖曲線)を示す図である。
図14Bは、ヒトA549肺癌皮下接種マウスモデルにおける組換えlet7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果(生存曲線)を示す図である。
図15は、ヒトBxPC−3皮下接種マウスモデルにおける組換えlet7a制御ウイルスの体内分布及び抗腫瘍効果を示す図である。
図16は、C57BL/6マウスにおける組換えlet7a制御ウイルスの体内分布を示す写真である。
図17は、ヒトBxPC−3腹腔内接種マウスモデルにおける組換えlet7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果(生存曲線)を示す図である。
図18は、2種類の外来遺伝子を発現する組換えTK欠失let7a制御ウイルスのゲノム構造を示す図である。
図19は、ヒトBxPC−3腹腔内接種マウスモデルにおける組換えTK欠失let7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果(生存曲線)を示す図である。
図20は、ヒトBxPC−3腹腔内接種マウスモデルにおける組換えTK欠失let7a制御ウイルスの体内分布を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のワクシニアウイルスを製造するためのワクシニアウイルスの株は限定されないが、リスター(Lister)株、リスター株から確立されたLC16株、LC16mO株、LC16m8株(橋爪 壮、臨床とウイルスvol.3,No.3,269,1975等)、NYBH株等の株、Wyeth株、コペンハーゲン株等が挙げられる。LC16mO株は、Lister株からLC16株を経て作出された株であり、LC16m8株は、さらにLC16mO株から作出された株である(蛋白質 核酸 酵素 Vol.48 No.12(2003),p.1693−1700)。
ヒトに投与する場合の安全性が確立されているという点で、本発明において用いるワクシニアウイルスは弱毒化され、病原性を有していないものが好ましい。このような弱毒化された株として、B5R遺伝子を部分的に又は完全に欠失した株が挙げられる。B5R遺伝子は、ワクシニアウイルスのエンベロープに存在するタンパク質をコードしており、B5R遺伝子産物は、ウイルスの感染・増殖に関与している。B5R遺伝子産物は感染細胞表面及びウイルスのエンベロープに存在し、隣接の細胞、あるいは宿主体内の他の部位にウイルスが感染・伝播するときに、感染効率を高める働きをし、ウイルスのプラークサイズ及び宿主域にも関与している。B5R遺伝子を欠失させると、動物細胞に感染させた場合のプラークサイズが小さくなり、ポックサイズも小さくなる。また、皮膚増殖能が低下し、皮膚病原性が低下する。B5R遺伝子が部分的に又は完全に欠失したワクシニアウイルスは、B5R遺伝子の遺伝子産物がその正常機能を有さず、皮膚増殖性も小さく、ヒトに投与した場合でも副作用を起こさない。B5R遺伝子を欠失している弱毒化株として、例えば上記のLC16m8株からB5R遺伝子を完全に欠失させて確立されたm8Δ株(LC16m8Δ株とも呼ぶ)、が挙げられる。また、LC16mO株からB5R遺伝子を完全に欠失して確立されたmOΔ株(LCmOΔ株とも呼ぶ)を用いることもできる。これらのB5R遺伝子を部分的に又は完全に欠失した弱毒されたワクシニアウイルス株は国際公開第WO2005/054451号国際公開パンフレットに記載されており、その記載に基づいて入手することができる。ワクシニアウイルスがB5R遺伝子を部分的に又は完全に欠失し、B5Rタンパク質の機能が欠失しているかどうかは、例えば、RK13細胞に感染させたときに形成されるプラークサイズ、ポックサイズ、Vero細胞でのウイルス増殖性、ウサギにおける皮膚病原性等を指標に判断することができる。また、ワクシニアウイルスの遺伝子配列を調べてもよい。
本発明において用いるワクシニアウイルスは、B5R遺伝子を癌細胞中で発現させ、B5Rタンパク質の作用により、癌細胞の傷害をもたらす。従って、本発明において用いるワクシニアウイルスは完全なB5R遺伝子を保持している必要性がある。上記のようにB5R遺伝子を有しておらず、弱毒化され安全性が確立されているワクシニアウイルスを用いる場合、該B5R遺伝子を欠失したワクシニアウイルスにあらためて完全なB5R遺伝子を導入する。B5R遺伝子を部分的に又は完全に欠失したワクシニアウイルスを用いる場合、該ワクシニアウイルスゲノムに、非翻訳領域特に3’非翻訳領域を含むB5R遺伝子を挿入して、本発明のワクシニアウイルス製造の材料として用いればよい。B5R遺伝子のワクシニアウイルスへの挿入は如何なる方法で行ってもよいが、例えば公知の相同組換え法により行うことができる。また、この場合のB5R遺伝子を挿入する位置は、もともとB5R遺伝子が存在していたB4R遺伝子とB6R遺伝子の間でもよいし、ワクシニアウイルスのゲノムの任意の部位であってもよい。さらに、あらかじめ、3’非翻訳領域に標的配列を挿入したB5R遺伝子をDNAコンストラクトとして構築し、それをワクシニアウイルスに導入してもよい。配列番号87にワクシニアウイルスゲノムのB4R遺伝子、B5R遺伝子及びB6R遺伝子配列を含む部分の配列を示す。配列番号87の1780番目のaから2733番目のaがB5Rタンパク質をコードするorf部分を示し、この停止コドンの下流に3’非翻訳領域が存在する。
相同組換えとは、細胞内で2つのDNA分子が同じ塩基配列を介して相互に組換えを起こす現象で、ワクシニアウイルスのような巨大なゲノムDNAを持つウイルスの組換えにしばしば用いられる方法である。まず、標的とするワクシニアウイルス遺伝子部位の配列を中央で分断する形で、B5R遺伝子を連結したプラスミド(これをトランスファーベクターという)を構築し、これを、ワクシニアウイルスを感染させた細胞に導入してやると、ウイルス複製の過程で裸になったウイルスDNAとトランスファーベクター上の同じ配列部分との間で入れ換えが起こり、挟み込まれたB5R遺伝子がウイルスゲノム中に組み込まれる。このとき用いる細胞としては、BSC−1細胞、HTK−143細胞、Hep2細胞、MDCK細胞、Vero細胞、HeLa細胞、CV1細胞、COS細胞、RK13細胞、BHK−21細胞、初代ウサギ腎臓細胞等ワクシニアウイルスが感染し得る細胞を用い得る。また、ベクターの細胞への導入は、リン酸カルシウム法、カチオニックリボゾーム法、エレクトロポレーション法等の公知の方法で行えばよい。
マイクロRNA(miRNA)は、19〜23塩基からなる低分子RNAであり、多くの場合、特定の遺伝子のメッセンジャーRNA(mRNA)の3’非翻訳領域に存在する標的部位に結合し、そのmRNAの翻訳を阻害するか、又はそのmRNAを分解することによりタンパク質の発現を抑制する。この際、標的部位の標的配列は、miRNAの配列と完全に又は部分的に相補的な配列を含んでいるので、miRNAが標的配列に結合し、特定の遺伝子の発現を制御する。
本発明においては、正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているmiRNAを利用する。用いるワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域に正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているmiRNAの標的配列を挿入する。正常細胞では前記miRNAが標的配列に結合し、B5R遺伝子の発現が抑制されるので、ワクシニアウイルスは正常細胞には病原性を示さない。一方、癌細胞においては前記miRNAの発現が低下しているので、標的配列にmiRNAが結合せず、B5R遺伝子の発現は抑制されず、産生される。このため、癌細胞においては、B5Rタンパク質が正常に機能し、ワクシニアウイルスが癌細胞特異的に増殖し、癌細胞を破壊し傷害をもたらす。すなわち、本発明のワクシニアウイルスは癌細胞特異的な腫瘍溶解性を有する。
正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているmiRNAは限定されず、現在知られているmiRNAも今後見いだされるであろうmiRNAもすべて包含する。miRNAの配列や由来は、miRNAに関するデータベース、例えばmiRBase sequence database(http://microrna.sanger.ac.uk/sequences/index.shtml)を検索して確認することができる。また、実験医学、Vol.27,No.8(5月号)2009,p.1188−1193及びp.1218−1222;Yong Sun Lee and Anindya Dutta,″MicroRNAs in Cancer″,Anun.Rev.Pathol.Mech,DIs,2009.4:199−227;Carlo M.Croce,NATURE REVIEWS,Volume 10,October 2009,704−714等に記載の癌細胞でダウンレギュレートされているmiRNAを選択することができる。
正常細胞に比べて癌細胞で発現が低下しているヒト由来のmiRNAの例として、以下のものが挙げられ、miRNA名及び各miRNAの成熟miRNAの配列を示す。下記の配列は5’→3’で示してある。
let−7a
let−7b
let−7c
let−7d
let−7e
let−7f
miR−9
miR−15a
miR−16−1
miR−21
miR−20a
miR−26a
miR−27b
miR−29a
miR−29b
miR−29c
miR−30a
miR−30d
miR−32
miR−33a
miR−34a
miR−92a
miR−95
miR−101
miR−122
miR−124
miR−125a
miR−125b
miR−126
miR−127
miR−128
miR−133b
miR−139−5p
miR−140
miR−141
miR−142
miR−143
miR−144
miR−145
miR−155
miR−181a
miR−181b
miR−181c
miR−192
miR−195
miR−198
miR−199a
miR−199b−5p
miR−200a
miR−203
miR−204
miR−205
miR−217
miR−218
miR−219−5p
miR−220a
miR−220b
miR−220c
miR−222
miR−223
miR−224
miR−345
miR−375
また、癌の種類により、発現が低下しているmiRNAに違いがあり、例えば、脳腫瘍ではmiR−128,miR−181等、乳癌ではlet−7,miR−15a,miR−16,miR−125a,miR−125b,miR−127,miR145,miR−204等、肺癌ではlet−7,miR−9,miR−26a,miR−27b,miR−29b,miR32,miR−33,miR−30a,miR−95,miR−101,miR−124,miR−125a,miR−126,miR−140,miR−143,miR−145,miR−198,miR−192,miR−199b,miR−218,miR−219,miR−220,miR−224,miR−203,miR−205等、食道癌ではmiR−203,miR−205等、胃癌ではlet−7等、結腸直腸癌ではlet−7,miR−34,miR−127,miR−133b,miR−143,miR−145等、肝細胞癌ではlet−7,miR−101,miR122,miR125a,miR−195,miR−199a,miR200a等、膵臓癌ではmiR−139,miR−142,miR−345,miR−375等、前立腺癌ではmiR−15a,miR−16,miR−143,miR−145,miR−218等、子宮頸癌ではmiR−143,miR−145等、B−CCL(B細胞慢性リンパ球性白血病)ではmiR−15a,miR−16,miR−143,miR−145,miR−192,miR−220等の発現が正常細胞に比べて低下している。従って、本発明のワクシニアウイルスを特定の癌種の治療に用いる場合は、上記の特定の癌種で特に発現がダウンレギュレートされているmiRNAを用いることもできる。ただし、必ずしも各々のmiRNAが上記の特定の癌のみにおいてダウンレギュレートされているのではなく、程度の差こそあれ、あるmiRNAは種々の癌種の細胞でダウンレギュレートされている。従って、いずれのmiRNAも癌種を問わずに癌の治療に利用することができる。
上記のmiRNAの中でも、let−7aは、肺癌、膵臓癌、メラノーマなどの臨床検体で発現が低下しており、現行の治療法に極めて高い抵抗性を示す難治性悪性腫瘍に対する新規治療法の確立に貢献する点で好ましい。また、正常細胞に比べて癌細胞での発現低下が著しいmiR−15、miR−16、miR−143、miR−145などのmiRNAも好適に利用することができる。
miRNAは3’非翻訳領域にmiRNAの配列と部分的に又は完全に相補的な配列を含むmRNAに結合して、そのmRNAの翻訳を阻害、又はmRNAを分解することによって、特定の遺伝子発現を抑制する。従って、本発明においては、上記miRNAの標的配列をワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域(3’−UTR)にmiRNAの結合部位として挿入する。挿入する位置は限定されず、3’非翻訳領域の両末端を含む3’末端領域中ならばどの部位でもよく、例えば、B5Rタンパク質のorfの停止コドンの直後に挿入すればよい。配列番号87に示す塩基配列中、1780番目のaから2733番目のaがB5Rタンパク質のorfをコードする塩基配列であり、miRNAの標的配列をorfの停止コドンより後の部分に挿入すればよい。
標的配列は、miRNA配列の一部配列又は全配列に対する相補配列からなり、塩基長は7〜25塩基長、好ましくは15〜25塩基長、さらに好ましくは19〜23塩基長である。好ましくは、各々のmiRNA配列に対して完全相補配列からなる。但し、miRNAとハイブリダイズする限り、1〜数個、例えば、1〜3個、1若しくは2個、あるいは1個のミスマッチがあってもよい。この場合のハイブリダイズする条件は、本発明のワクシニアウイルスを生体内に投与して医薬として用いる場合は、生体内の条件であり、本発明のワクシニアウイルスを試薬としてin vitroで用いる場合は、中度のストリンジェントな条件又は高度なストリンジェントな条件であり、このような条件として、例えば、400mM NaCl、40mM PIPES pH6.4、1mM EDTA、50℃から70℃で12〜16時間でのハイブリダイズ条件が挙げられる。また、本発明のmiRNAの完全相補配列と標的配列は、BLAST[J.Mol.Biol.,215,403−410(1990)]、FASTA[Methods.Enzymol.,183,63−98(1990)]等の当業者に公知の相同性検索プログラムをデフォルト(初期設定)のパラメータを用いて算出される数値で95%以上、好ましくは96、97、98又は99%以上の配列同一性を有する。また、完全相補配列の一端又は両端に1〜数個、例えば、1〜3個、1若しくは2個、あるいは1個の塩基が付加されていてもよい。
miRNAは、DNAから転写されたmRNAに結合するので、ワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域に挿入する標的配列は、miRNA配列に対して逆相補の関係にあるチミン(T)を含むDNA配列であり、逆相補の関係にあるDNA配列をワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域に挿入すればよい。例えば、miRNAとして5’−UGAGGUAGUAGGUUGUAUAGUU−3’(配列番号1)であるlet−7aを利用する場合、ワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域に5’−AACTATACAACCTACTACCTCA−3’(配列番号64)からなる標的配列を挿入すればよい。当業者ならば、ワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域に挿入すべき結合部位の配列を適宜設定することができる。
標的配列は、ワクシニアウイルスのB5R遺伝子の3’非翻訳領域に少なくとも1つあればよい。また、複数の標的配列の繰り返し配列であってもよい。複数の繰り返し配列である場合、繰り返しの数は、2〜20個、好ましくは2〜10個、より好ましくは2〜5個、さらに好ましくは2〜4個である。さらに、同一のmiRNAに対する標的配列ばかりでなく、異なるmiRNAに対する複数の標的配列が挿入されていてもよい。この際、miRNA配列と配列の間には、スペーサー配列を挿入してもよい、スペーサー配列の長さ、塩基は限定されないが、例えば、3〜10塩基、好ましくは3〜5塩基長の塩基配列を挿入すればよい。
本発明は、癌細胞で正常細胞に比べて発現が低下しているmiRNAを利用するが、患者によって、特定のmiRNAのダウンレギュレーションの程度が異なる場合がある。また、癌種によっても特定のmiRNAのダウンレギュレーションの程度が異なる場合がある。あらかじめ、患者ごとに癌細胞で特にダウンレギュレートされているmiRNAを選択し、或いは特定の癌種で特にダウンレギュレートされているmiRNAを選択することにより、患者ごとに、又は癌種ごとにより特異的に効果的な治療を行うことが可能である。
本発明の、B5R遺伝子の3’非翻訳領域にmiRNAの標的配列を結合部位として含むワクシニアウイルスをmiRNA制御型ワクシニアウイルス又はmiRNA制御増殖型ワクシニアウイルスと呼ぶ。
本発明のmiRNA制御型ワクシニアウイルスは癌治療のために用いることができる。すなわち、本発明はmiRNA制御型ワクシニアウイルスを含む癌治療用の医薬組成物を包含する。
対象とする癌は限定されず、例えば発生臓器別に分類した場合、皮膚癌、胃癌、肺癌、肝臓癌、結腸癌、膵臓癌、肛門・直腸癌、食道癌、子宮癌、乳癌、膀胱癌、前立腺癌、食道癌、卵巣癌、脳・神経腫瘍、リンパ腫・白血病、骨・骨肉腫、平滑筋腫、横紋筋腫等あらゆる癌種が対象となる。
本発明のmiRNA制御型ワクシニアウイルスを含む癌治療用医薬組成物は、医薬的に有効量の本発明のワクシニアウイルスワクチンを有効成分として含んでおり、無菌の水性又は非水性の溶液、懸濁液、又はエマルションの形態であってもよい。さらに、塩、緩衝剤、アジュバント等の医薬的に許容できる希釈剤、助剤、担体等を含んでいてもよい。投与は種々の非経口経路、例えば、皮下経路、静脈内経路、皮内経路、筋肉内経路、腹腔内経路、鼻内経路、経皮経路によればよい。有効投与量は被験体の年齢、性別、健康、及び体重等により適宜決定することができる。例えば、限定されないが、ヒト成人に対して、投与当たり約10
2〜10
10プラーク形成単位(PFU)、好ましくは10
5〜10
6プラーク形成単位(PFU)である。
さらに、本発明のmiRNA制御型ワクシニアウイルスは、外来遺伝子(外来DNA又は外来ポリヌクレオチド)を含んでいてもよい。外来遺伝子(外来DNA又は外来ポリヌクレオチド)としては、マーカー遺伝子、細胞毒性や免疫賦活効果を有する産物をコードする治療用遺伝子が挙げられ、さらに、癌、ウイルス、細菌、原虫等のタンパク質抗原をコードするDNAが挙げられる。マーカー遺伝子はレポーター遺伝子ともいい、ルシフェラーゼ(LUC)遺伝子、緑色蛍光タンパク質(Green fluorescent protein;GFP)等の蛍光タンパク質遺伝子、赤色蛍光タンパク質(DsRed)等の蛍光タンパク質遺伝子、βグルクロニダーゼ(GUS)遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子、β−ガラクトシダーゼ(LacZ)遺伝子等が挙げられる。本発明において、これらの外来遺伝子を含むmiRNA制御型ワクシニアウイルスをmiRNA制御型ワクシニアウイルスベクターということもできる。
これらのマーカー遺伝子をB5R遺伝子のプロモーターの制御下に挿入した場合、すなわちB5R遺伝子とマーカー遺伝子の融合遺伝子として挿入したmiRNA制御型ワクシニアウイルスは、miRNA制御の評価のために用いることができる。すなわち、特定のmiRNAの標的配列を挿入し、特定の癌細胞に感染させる。用いたmiRNAがワクシニアウイルスの増殖制御に有効な場合、すなわち、用いたmiRNAが癌細胞において発現が低下している場合、前記癌細胞中でB5R遺伝子と共にマーカー遺伝子が発現するので、蛍光タンパク質等のマーカー遺伝子産物が細胞中で産生される。マーカーを測定することにより用いたmiRNAの有効性を評価することが可能になる。本発明は、マーカー遺伝子を含むmiRNA制御型ワクシニアウイルスを用いてmiRNAを評価する系及び評価する方法を包含する。例えば、特定の癌患者に適したmiRNAを選択しようとする場合、該患者から癌細胞及び正常細胞を採取し、両細胞に、それぞれ種々のmiRNAの標的配列を含むmiRNA制御型ワクシニアウイルスを感染させ、ワクシニアウイルスが癌細胞で増殖し、正常細胞で増殖しなくなるmiRNAを選択すればよい。
治療用遺伝子は、癌や感染症等の特定の疾患の治療に用い得る遺伝子であり、p53、Rb等の腫瘍抑制遺伝子、インターロイキン1(IL−1)、IL−2、IL−3、IL−4、IL−5、IL−6、IL−7、IL−8、IL−9、IL−10、IL−11、IL−12、IL−13、IL−14、IL−15、α−インターフェロン、β−インターフェロン、γ−インターフェロン、アンジオスタチン、トロンボスポンジン、エンドスタチン、METH−1、METH−2、GM−CSF、G−CSF、M−CSF、腫瘍壊死因子等の生理活性物質をコードする遺伝子等が挙げられる。
外来遺伝子(外来DNA)としてウイルス、細菌、原虫及び癌等の抗原をコードするDNAを導入することにより、外来遺伝子を導入したワクシニアウイルスベクターを種々のウイルス、細菌、原虫及び癌に対するワクチンとして用いることができる。例えば、ヒト免疫不全ウイルス、肝炎ウイルス、ヘルペスウイルス、ミコバクテリア、マラリア原虫、重症急性呼吸器症候群(SARS=サーズ)ウイルス等の感染防御抗原(中和抗原)、あるいは癌抗原をコードする遺伝子を導入すればよい。
これらの外来遺伝子は、例えば、相同組換えの手法を用いることにより導入することができる。相同組換えは上述の方法で行えばよい。例えば、導入したい部位のDNA配列中に導入すべき外来遺伝子を連結したプラスミド(トランスファーベクター)を作製し、これを、ワクシニアウイルスを感染させた細胞の中に導入すればよい。トランスファーベクターとして、例えばpSFJ1−10、pSFJ2−16、pMM4、pGS20、pSC11、pMJ601、p2001、pBCB01−3,06、pTKgpt−F1−3s、pTM1、pTM3、pPR34,35、pgpt−ATA18−2、pHES1−3等を用いることができる。外来遺伝子の導入領域は、ワクシニアウイルスの生活環に必須でない遺伝子中が好ましい。あるいは、例えば、癌細胞においては、外来遺伝子の挿入により機能が欠損した場合であっても、癌細胞が豊富に有する酵素等によりその機能欠損が補償され得るが正常細胞では機能欠損が補償されない遺伝子や特定の領域中に挿入しても良い。この場合、本発明のmiRNA制御型ワクシニアウイルスは癌細胞中では増殖することができ、miRNAの作用により癌細胞を破壊し傷害をもたらすが、正常細胞では増殖することができず、正常細胞を破壊し、傷害をもたらすことはない。このような遺伝子として、例えば赤血球凝集素(HA)遺伝子;チミジンキナーゼ(TK)遺伝子;Fフラグメント;F3遺伝子;VGF遺伝子(米国特許出願公開第2003/0031681号明細書);出血領域又はA型封入体領域(米国特許第6,596,279号明細書);Hind III F、F13L若しくはHind III M領域(米国特許第6,548,068号明細書);A33R、A34R若しくはA36R遺伝子(Katz et al.,J.Virology 77:12266−12275(2003));SalF7L遺伝子(Moore et al.,EMBO J.1992 11:1973−1980);N1L遺伝子(Kotwal et al.,Virology 1989 171:579−58);M1遺伝子(Child et al.,Virology,1990 174:625−629);HR、HindIII−MK、HindIII−MKF、HindIII−CNM、RR若しくはBamF領域(Lee et al.,J Virol.1992 66:2617−2630);C21L遺伝子(Isaacs et al.,Proc Natl Acad Sci U S A.1992 89:628−632)等が挙げられる。これらの遺伝子の中でも、TK遺伝子、HA遺伝子、Fフラグメント、VGF遺伝子が好ましい。例えば、TK遺伝子が機能を失うと、正常細胞におけるワクシニアウイルスの増殖能が低下する。一方、癌細胞にはこの遺伝子の機能を補う酵素が豊富に存在するため癌細胞では増殖能は低下しない。正常細胞において増殖能が低下することは正常細胞に対する病原性が低下することを意味し、すなわち、生体に適用した場合の安全性が向上する。ワクシニアウイルスを感染させる細胞としては、Vero細胞、HeLa細胞、CV1細胞、COS細胞、RK13細胞、BHK−21細胞、初代ウサギ腎細胞、BSC−1細胞、HTK−143細胞、Hep2細胞、MDCK細胞等、ワクシニアウイルスが感染し得る細胞を用い得る。
また、本発明のmiRNA制御型ワクシニアウイルスにおいて上記の癌細胞が豊富に有する酵素等によりその機能欠損が補償され得るが正常細胞では機能欠損が補償されない遺伝子の機能を失わせてもよい。このような遺伝子の正常な機能を失わせることにより、miRNA制御型ワクシニアウイルスは癌細胞中で増殖しmiRNAの作用により癌細胞を破壊し傷害をもたらすが、正常細胞では増殖することができず、正常細胞を破壊し、傷害をもたらすことはない。ここで、遺伝子の正常な機能を失わせるとは、該遺伝子が発現しないか、あるいは発現してもその発現タンパク質が正常な機能を保持していないことをいい、遺伝子を欠損させるともいう。遺伝子の正常な機能を失わせるためには、上記のように該遺伝子中に外来遺伝子を挿入してもよく、また、遺伝子を部分的に欠失させても、完全に欠失させてもよい。外来遺伝子の挿入や遺伝子の欠失は例えば相同組換えにより行うことができる。癌細胞が豊富に有する酵素等によりその機能欠損が補償され得るが正常細胞では機能欠損が補償されない遺伝子としては、上記の遺伝子が挙げられ、この中でも、TK遺伝子、HA遺伝子、Fフラグメント、VGF遺伝子が好ましい。これらの遺伝子の1つ又は複数を欠損させればよい。この中でもTK遺伝子を欠損させた場合、正常組織におけるウイルス増殖が抑制され、マイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスの治療指数が高まり、好ましい。さらに、TK遺伝子に加えてHA遺伝子及びFフラグメントを欠損させてもよく、あるいはTK遺伝子に加えてVGF遺伝子を欠損させてもよい。
また、外来遺伝子を導入する際、外来遺伝子の上流に適当なプロモーターを機能し得る形で連結させるのが望ましい。プロモーターは、限定はないが、上述のPSFJ1−10や、PSFJ2−16、p7.5Kプロモーター、p11Kプロモーター、T7.10プロモーター、CPXプロモーター、HFプロモーター、H6プロモーター、T7ハイブリッドプロモーター等を用いることができる。本発明のワクシニアウイルスベクターに外来遺伝子を導入する方法は、組換えワクシニアウイルスベクターを構築する公知の方法により行うことができ、例えば別冊 実験医学 ザ・プロトコールシリーズ 遺伝子導入&発現解析実験法 斎藤泉他編集、羊土社(1997年9月1日発行)、あるいは、D.M.Glover他編、加藤郁之進 監訳DNAクローニング4−哺乳類のシステム−(第2版)TaKaRa、EMBO Journal(1987年 6巻 p.3379−3384等の記載に従えばよい。
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
次に、本発明を実施例により具体的に説明する。
参考例1 弱毒化ワクシニアウイルスの抗癌効果(腫瘍溶解性)と安全性
ルシフェラーゼを恒常的に発現するヒト膵癌BxPC−3Luc細胞(5×10
6個)をSCIDマウスの腹腔内に投与し、腹膜播種マウスモデルを作成した。BxPC−3Luc細胞投与4日目に、ルシフェリン溶液(15mg/mL in PBS)を10μL/gで腹膜播種マウスモデルの腹腔内に投与し、癌細胞で発現するルシフェラーゼによる発光をIVIS
TM imaging system(Xenogen社)によって非侵襲的にモニターした(
図1;治療前)。次に、BxPC−3Luc細胞投与7日目に、10
7プラーク形成単位(plaque forming unit;pfu)のLC16mO株(Lister株からLC16m8株を分離する過程の中間株であり、特徴的性質としては中枢神経病原性が減弱している)、またはLC16m8Δ(LC16m8株の遺伝的安定性を向上させた組換えウイルスであり、ワクチンとして副作用無くヒトに使用された実績を持つC16m8株と同様の特性を示す)を腹膜播種マウスモデルの腹腔内に投与した。ウイルスによる抗癌効果を判定するため、BxPC−3Luc細胞投与18日目、及び29日目に、マウス体内の癌細胞を上述のようにモニターした(
図1;治療後)。その結果、ウイルスを投与していない模擬対照群(Mock)では、時間経過に伴って移植した癌細胞の増殖が確認された。それに対し、LC16mO投与群では、強力な抗腫瘍効果を示した。LC16m8Δ投与群では、一時的に抗腫瘍効果を示したが、29日目では移植した癌細胞の再増殖が確認された。同時に、治療に伴うウイルスによる副作用を投与後の体重変化により評価した結果、LC16mO投与マウスは全身でのウイルス増殖による発痘を伴う急激な体重減少によって、全てのマウスが21日から28日目の間に死亡した。その一方、LC16m8Δ投与群では模擬対照群と同様に全く副作用は見られなかった(
図2)。以上より、LC16m8Δは非常に安全性の高い腫瘍溶解性ウイルスになり得るが、それ自体の抗癌効果は完全に癌細胞を死滅させるには不十分であると示唆された。
参考例2 ヒト腫瘍細胞における弱毒化ワクシニアウイルスのB5R発現とウイルス増殖性
LC16mO株のゲノムDNAを鋳型として、2つのプライマー5’−TCGGAAGCAGTCGCAAACAAC−3’(配列番号65)と5’−ATACCATCGTCGTTAAAAGCGC−3’(配列番号66)によって、B4RからB5R、そしてB6Rまでの遺伝子領域を増幅し、TAベクターpCRII(Invitrogen)にクローニングし、pB5Rを構築した。
組換えウイルスLC16m8Δ−B5R(
図3)の回収のため、6wellディッシュに80%コンフルエントに培養されたRK13細胞にワクシニアウイルス(LC16m8Δ)をMOI=0.02〜0.1で感染させ、室温で1時間吸着後、FuGENE HD(Roche)と混合したトランスファーベクタープラスミドDNA(pB5R)をマニュアルに従って細胞に添加して取り込ませ、37℃にて2〜5日間培養した。細胞を凍結融解後、ソニケーション処理し、ほぼコンフルエントになったRK13細胞に適当に希釈して接種し、0.8%メチルセルロースを含むEagle MEM,5%FBS培地を加え、37℃で2〜5日間培養した。培地を除き、ラージプラークをチップの先で掻き取り、Opti−MEM培地(Invitrogen)に浮遊させた。RK13細胞にてさらに3回以上この操作を繰り返し、プラーク純化した。プラーク純化後に採取したプラークの浮遊液をソニケーション後、その200μLを15,000rpm、30分間遠心し、沈査に50μLの滅菌蒸留水または10mM Tris−HCl(PH7.5)を添加した。30秒間ソニケーション後、95℃で10分間加熱してゲノムDNAを抽出し、PCRによるスクリーニングに供した。2つのプライマー5’−cgtataatacgttggtctat−3’(配列番号67)と5’−gatcgtgccaatagtagtta−3’(配列番号68)によってPCRを行い、所定の大きさのPCRプロダクトが検出されたクローンについて、PCRプロダクトの塩基配列をダイレクトシーケンスにより確認した。塩基配列に問題が無いウイルスクローンを選択し、RK13細胞にて大量培養した後、RK13細胞にてウイルス力価を測定し、実験に供した。
図3に示すウイルスゲノムを持つ各ウイルスの腫瘍溶解性を検討するため、96wellで培養したヒト癌細胞株(肺癌A549細胞、膵癌BxPC−3・PancI細胞、結腸癌Caco−2細胞、子宮頚癌HeLa細胞、咽頭癌HEp−2細胞、乳癌MDA−MB−231細胞、神経芽腫SK−N−AS細胞)にMOI=0.5で感染させ、37℃で5日間培養後、CellTiter96
(R)AQueous One Solution Cell Proliferation Assay(Promega)によって、そのマニュアルに従い生細胞数を測定した(
図4)。その結果、B5Rを発現するLC16mO株と組換えLC16m8Δ−B5Rは、全ての癌細胞に対して同等の腫瘍溶解性を示し、模擬対照群の生細胞数を100%とした時、約60〜95%の細胞を死滅させた。一方、B5Rを発現しないLC16m8Δは、一部の細胞株で腫瘍溶解性を示したが、0〜50%の細胞を死滅させるにとどまった。これらの結果より、ワクシニアウイルスが腫瘍細胞に感染後、増殖しながら死滅させるという腫瘍溶解性は、B5Rの発現によって劇的に増強されることが示された。
【実施例1】
【0008】
癌細胞のみを特異的に破壊するマイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルス(
図5)の構築
B5R遺伝子の3’UTRにNheIとAgeIの制限酵素配列を挿入するため、pB5Rプラスミドを鋳型に各2つのプライマー5’−CAAACTCTCGAAAGACGT−3’(配列番号69)と5’−gcaccggtgctagcTTACGGTAGCAATTTATGGAA−3’(配列番号70)、又は5’−ccgctagcaccggtATATAAATCCGTTAAAATAATTAAT−3’(配列番号71)と5’−CAGGAAACAGCTATGAC−3’(M13 reverse primer(配列番号72))によって、2種類のDNA断片を増幅した。前者のPCR産物を制限酵素HpaIとNheIで、後者のPCR産物を制限酵素NheIとHindIIで切断した。この2種類のDNA断片を、制限酵素HpaIとHindIIで切断したpB5Rにクローニングし、pTN−B5Rを構築した。pTN−B5Rプラスミドを鋳型として、2つのプライマー5’−caaaatattttcgttgcgaaga−3’(配列番号73)と5’−CACCATGGGTAGCAATTTATGGAACT−3’(配列番号74)によって、終止コドンを除去したB5Rを増幅した。又、pEGFP−N1(Clontech)プラスミドを鋳型として、2つのプライマー5’−GCGGCCGGACCGGCCACCATGGTGAGCAAGGGCGA−3’(配列番号75)と5’−gcgctagcTTACTTGTACAGCTCGTCCA−3’(配列番号76)によって、NheI制限酵素配列を付加したEGFP(緑色蛍光蛋白)遺伝子を増幅した。前者のPCR産物を制限酵素HpaIとNcoIで、後者のPCR産物を制限酵素NcoIとNheIで切断した。この2種類のDNA断片を、制限酵素HpaIとNheIで切断したpTN−B5Rにクローニングし、pTN−B5Rgfpを構築した。22塩基のlet7aマイクロRNAの標的配列を2回繰り返して挿入するため、2つの合成DNA(5’−ctagcAACTATACAACCTACTACCTCAcgatAACTATACAACCTACTACCTCAcgcgta−3’(配列番号77)と5’−ccggtacgcgTGAGGTAGTAGGTTGTATAGTTatcgTGAGGTAGTAGGTTGTATAGTTg−3’(配列番号78))をアニールした。それを制限酵素NheIとAgeIで切断したpTN−B5R又はpTN−B5Rgfpにクローニングし、pTN−B5R−let7ax2、又はpTN−B5Rgfp−let7ax2を構築した。同様な方法で、変異を加えた22塩基のlet7aマイクロRNAの標的配列を2回繰り返して挿入する場合は、5’−ctagcAATTACACGACTTATTATTTGAcgatAATTACACGACTTATTATTTGAcgcgta−3’(配列番号79)と5’−ccggtacgcgTCAAATAATAAGTCGTGTAATTatcgTCAAATAATAAGTCGTGTAATTg−3’(配列番号80)の2つの合成DNAを使用し、pTN−B5R−let7a mutx2、又はpTN−B5Rgfp−let7a mutx2を構築した。さらに、2つの合成DNA(5’−cgcgtAACTATACAACCTACTACCTCAtcacAACTATACAACCTACTACCTCA−3’(配列番号81)と5’−ccggTGAGGTAGTAGGTTGTATAGTTgtgaTGAGGTAGTAGGTTGTATAGTTa−3’(配列番号82))をアニールしたDNA断片を、制限酵素MluIとAgeIで切断したpTN−B5R−let7ax2又はpTN−B5Rgfp−let7ax2にクローニングし、4回繰り返してlet7aマイクロRNAの標的配列をもつpTN−B5R−let7a、又はpTN−B5Rgfp−let7aを構築した。同様な方法で、変異を加えた標的配列を挿入する場合は、5’−cgcgtAATTACACGACTTATTATTTGAtcacAATTACACGACTTATTATTTGA−3’(配列番号83)と5’−ccggTCAAATAATAAGTCGTGTAATTgtgaTCAAATAATAAGTCGTGTAATTa−3’(配列番号84)の2つの合成DNAを使用し、pTN−B5−let7a mut、又はpTN−B5Rgfp−let7a mutを構築した。
各組換えウイルス(
図7)は、参考例2で記述した方法と同様に、pTN−B5R、pTN−B5R−let7a、またはpTN−B5R−let7a mut、pTN−B5Rgfp、pTN−B5Rgfp−let7a、又はpTN−B5Rgfp−let7a mutのトランスファーベクターを用いて作出し、ラージプラーク、又はEGFPの発現を目安にプラーク純化した後、PCRとダイレクトシーケンスにより確認した。塩基配列に問題が無いウイルスクローンを選択し、RK13細胞にて大量培養した後、RK13細胞にてウイルス力価を測定し、実験に供した。
【実施例2】
【0009】
マイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスの迅速簡便な評価システムの確立
ヒト腫瘍細胞より、mirVana miRNA Isolation kit(Applied Biosystems)によって、そのマニュアルに従いsmall RNAを含むトータルRNAを回収した。10ngの各回収RNAを用いて、TaqMan(登録商標)MicroRNA Assays(Applied Biosystems)によって、そのマニュアルに従い各腫瘍細胞のlet7aマイクロRNA(Product ID;000377)をTaqMan法で定量した。内在性コントロールには、RNU6B(Product ID;001093)を使用した。let7aマイクロRNAの相対発現量は、HeLa細胞を基準に比較Ct法を用いて算出した。その結果、HeLa細胞に対して、A549細胞では約60%、BxPC−3細胞では約50%、PancI細胞では約45%の発現低下が観察された。一方、NHLF(正常ヒト肺線維芽細胞)では、Hela細胞に対して、1.5倍の発現が観察された(
図6)。
図7に示すウイルスゲノムを持つ各マイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスを24wellで培養した各癌細胞にMOI=0.1で感染させ、37℃で3日間培養後、蛍光顕微鏡(オリンパス)で生細胞のまま明視野観察と蛍光観察した。その結果、let7aマイクロRNAの発現が低下しているA549、BxPC−3、PancI細胞では、EGFP融合B5R、EGFP融合B5Rの3’UTRにlet7a標的配列、又はEGFP融合B5Rの3’UTRに変異let7a標的配列を挿入したいずれのウイルスでも、同程度の細胞変性が観察され、その変性細胞ではEGFPの発現が確認された。一方、let7aマイクロRNAの発現が高いHeLa及びNHLF細胞では、LC16m8Δ−B5Rgfp
let7aによる細胞変性、及びEGFPの発現が観察されなかった(
図8)。さらに、それぞれの感染細胞を回収し、凍結融解後、ソニケーションし、遠心(2,000rpm、5分間)後の上清をウイルス液として回収した。各ウイルス液(1ml)のウイルス力価をRK13細胞にて測定した。その結果、A549、PancI細胞では、LC16m8Δ−B5Rgfp、LC16m8Δ−B5Rgfp
let7a、LC16m8Δ−B5Rgfp
let7a mutは同等に増殖しており、それはLC16m8Δよりも高く、LC16mOの増殖にほぼ匹敵していた。一方、HeLa及びNHLF細胞において、LC16m8Δ−B5Rgfp
let7aの増殖はLC16m8Δと同等で、他のウイルスに比べて劇的に低下していた(
図9)。これらの結果より、マイクロRNA制御型ウイルスでは、細胞内のマイクロRNA制御機構による遺伝子発現調節と同調して、そのマイクロRNAが発現する細胞においてはB5Rの発現が抑制されるが、そのマイクロRNAの発現が低下している細胞においてはB5Rが発現し、細胞変性と効率の良いウイルス増殖を示した。又、B5R遺伝子にEGFP遺伝子を融合させて発現させることによって、蛍光顕微鏡下で生細胞のまま、容易にB5Rの発現を観察することが可能となり、let7a以外の他のマイクロRNA制御型ウイルスの簡便迅速な評価系として有益となる。
【実施例3】
【0010】
外来遺伝子を発現するマイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスの構築
赤血球凝集素(HA)遺伝子に挿入された2種類の外来遺伝子(ホタルルシフェラーゼ遺伝子とEGFP遺伝子)を発現する組換えウイルスを構築するため、pGL4.20プラスミド(Promega)を鋳型に2つのプライマー5’−GCGGCCGGACCGGCCACCATGGAAGATGCCAAAAA−3’(配列番号85)と5’−ATGGCCGGCCTTACACGGCGATCTTGCCGC−3’(配列番号86)によって、両末端にSfiIとFseI制限酵素配列を付加したルシフェラーゼ遺伝子を増幅した。このPCR産物を制限酵素SfiIとFseIで切断し、pVNC110(Suzuki H et al.,Vaccine.2009 11;27(7):966−971)の同じ制限酵素部位にクローニングし、pVNC110−Lucを構築した。pEGFP−N1プラスミドから制限酵素SmaIとNotIの切断によって獲得したEGFP遺伝子断片を、pIRES(Clontech)の同じ制限酵素部位にクローニングし、pIRES−EGFPを構築した。そして、pIRES−EGFPから制限酵素MluIとNotIの切断によって獲得したIRES−EGFP遺伝子断片を、T4 DNAポリメラーゼでその両末端を平滑化した。この平滑化遺伝子断片を、pVNC110−Lucの制限酵素FseI処理後に平滑化した部位にクローニングし、pVNC110−Luc/IRES/EGFPを構築した。
各組換えウイルス(
図10)は、参考例2で記述した方法と同様に、RK13細胞にワクシニアウイルス(LC16mO株、LC16m8Δ、参考例2で作出したLC16m8Δ−B5R、実施例1で作出したLC16m8Δ−B5R
let7a、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut)を感染させ、トランスファーベクタープラスミドDNAのpVNC110−Luc/IRES/EGFPを細胞に取り込ませることによって作出し、プラークの大きさ、又はEGFPの発現を目安にプラーク純化した後、PCRとダイレクトシーケンスにより確認した。塩基配列に問題が無いウイルスクローンを選択し、RK13細胞にて大量培養した後、RK13細胞にてウイルス力価を測定し、実験に供した。
【実施例4】
【0011】
外来遺伝子を発現するマイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスの特性
図10に示すウイルスゲノムを持つ各マイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスを96wellで培養した各癌細胞にMOI=0.5で感染させ、37℃で5日間培養後、参考例2で記述した方法によって生細胞数を測定した(
図11)。その結果、let7a標的配列を挿入したLC16m8Δ−B5R
let7a/LGのlet7a高発現Hela細胞おける殺細胞効果は、B5R遺伝子欠失LC16m8Δと同等で、B5Rを挿入したLC16m8Δ−B5R/LGや変異let7a標的配列を挿入したLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGと比較して顕著に低下した。それに対し、let7aの発現が低下しているA549、及びBxPC−3細胞では、LC16m8Δ−B5R/LGやLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGと同等で強力な殺細胞効果が見られた。以上より、外来遺伝子を発現するマイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスにおいても、そのマイクロRNAが発現する細胞においてはB5Rの発現が抑制されるが、そのマイクロRNAの発現が低下している細胞においてはB5Rが発現し、効率の良いウイルス増殖による殺細胞効果を示した。
さらに、このマイクロRNA制御ウイルスが、マウス体内においても機能するかどうかを検討した。Let7aは、全てのマウス正常組織において高発現しているので、LC16m8Δ−B5R
let7a/LGはマウス体内で増殖できないと予想される。10
7pfuの各ルシフェラーゼ発現ウイルスをSCIDマウスに腹腔内投与した(各群3匹)。参考例1で記述したように、3日、9日、16日後にルシフェリンを投与し、ウイルスが感染、増殖した細胞におけるルシフェラーゼ発現を非侵襲的にモニターし(
図12A)、数値化した(
図12B)。その結果、ウイルス投与3日後では、全てのウイルス投与群において腹腔内での発現が確認され、それを数値化し2要因の分散分析(two−way ANOVA)によって統計解析したところ、全てのウイルス間で有意な差はなかった。それに対し投与9日、16日後では、LC16m8Δ−B5R
let7a/LGの増殖は、B5R遺伝子欠失LC16m8△/LGと同様に著しく低下していたが、LC16mO/LGとLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGの増殖は、時間経過に伴って投与部位の腹腔内だけではなく全身に広がり、主に尾、手足、口腔で見られる発痘と一致していた(
図12A)。同様の統計解析の結果、投与後16日のLC16m8Δ−B5R
let7a/LGのウイルス増殖は、LC16mO/LGとLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGに対して有意な差が確認されたが、LC16m8Δに対しては有意な差がなかった(
図12B)。これより、外来遺伝子発現マイクロRNA制御増殖型ウイルスは、let7aの制御によって、免疫欠損SCIDマウスの正常組織においても、その増殖性が著しく低下することを確認した。
次に、10
8pfuの各ルシフェラーゼ発現ウイルスをC57BL/6マウスに腹腔内投与した(各群3匹)。参考例1で記述したように、1日、4日、10日後にルシフェリンを投与し、ウイルスが感染、増殖した細胞におけるルシフェラーゼ発現を非侵襲的にモニターした(
図16)。その結果、LC16m8Δ−B5R
let7a/LGの増殖は、ウイルス投与1日後でさえ、腹腔内での発現はわずかであり、4日後には確認できなくなった。それに対し、LC16mO/LGとLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGの増殖は、ウイルス投与1日後は腹腔内での強い発現が確認され、4日後には投与部位の腹腔内だけではなく全身に広がり、主に尾、手足、口腔で見られた。但し、10日後では、LC16mO/LGとLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGウイルス投与群においても、それらの発現はわずかになった。これより、外来遺伝子発現マイクロRNA制御増殖型ウイルスは、let7aの制御によって、免疫が機能するC57BL/6マウスの正常組織においては、感染後24時間以内に、その増殖性が極めて著しく低下し、体内から排除されることを確認した。
【実施例5】
【0012】
外来遺伝子を発現するマイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスの抗癌効果と安全性
5x10
6個のBxPC3、又はA549を免疫不全ヌードマウスの右腹側の皮下に移植し、その腫瘍塊が約100mm
3(皮膚を介して腫瘍塊の長径Lと短径Wをノギスで測定し、腫瘍体積Vを計算式V=LW
2/2により算出した大きさ)に到達した時を0日とした。10
7pfuの各ウイルスを腫瘍内に0日、3日、及び6日目と合計3回投与した(各群5匹)。その結果、LC16mO/LG、LC16m8Δ−B5R
let7a/LG、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGは、BxPC3担癌マウスにおいて強力な抗癌作用を示し、ウイルス投与無の模擬対照群と比べて、21〜35日後の腫瘍体積において非常に有意な差があることがtwo−way ANOVA統計解析によって確認された(
図13A)。LC16m8Δ群では、模擬対照群と比べて、32〜35日後の腫瘍体積において非常に有意な差があることが確認されたが、治療56日後までに全てのマウスで腫瘍体積が2500mm
3に到達したため安楽死された。一方LC16mO/LG、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LG投与マウスでは、治療59日後までに全身での発痘を伴う急激な体重減少によって全てのマウスが死亡、又は安楽死された。それらに対しLC16m8Δ−B5R
let7a/LGは、他群と比べて生存率における非常に有意な差がLog−rank検定によって確認され、治療59日後で100%のマウスが生存しており、その5匹中4匹のマウスにおいて完全な腫瘍の消失が観察された(
図13B)。同様にA549担癌マウスにおいても、LC16m8Δ−B5R
let7a/LG投与群では、完全に腫瘍が消失したマウスはいなかったものの、副作用無く強力な抗癌作用を示した(
図14AとB)。模擬対照群と比べて、全てのウイルス投与群で生存率における有意な差がLog−rank検定によって確認された。しかしながら、LC16m8Δ群では、治療56日後までに全てのマウスで腫瘍体積が2500mm
3に到達したため安楽死された。LC16mO/LG、及びLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LG群では、治療49日後までに全身での発痘を伴う急激な体重減少によって全てのマウスが死亡、又は安楽死された。
次に、BxPC3担癌マウスにおいて治療27日、52日後にルシフェリンを投与することによって、実施例4で記述したように、マウス体内でのウイルス増殖を非侵襲的にモニターした。その結果、LC16mO/LGとLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LGの投与マウスでは、治療27日後に全身の正常組織でウイルス増殖が見られ、52日後と時間経過に従ってウイルス増殖は増加し、それに伴う急激な体重減少が確認された。それに対しLC16m8Δ−B5R
let7a/LGの投与マウスでは、治療27日後のウイルス増殖は移植した腫瘍塊のみに限局し、完全に腫瘍が消失したマウスを含め、正常組織におけるウイルス増殖は見られず、52日後の腫瘍が消失したマウスではそのウイルス増殖も消失していた(
図15)。
一方、BxPC−3細胞(5x10
6個)をSCIDマウスの腹腔内に投与し、その7日後に10
7pfuの各ウイルスを腹腔内に投与した(各群10匹)。その結果、LC16mO/LG、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LG投与マウスでは、ウイルス投与無の模擬対照群マウスが腫瘍によって死亡、又は安楽死されるよりも早く、治療24〜43日後までに全身での発痘を伴う急激な体重減少によって全てのマウスが死亡、又は安楽死された。それに対しLC16m8Δ−B5R
let7a/LGは、LC16mO/LG、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LG投与マウスと比べて生存率における非常に有意な差がLog−rank検定によって確認されたが、最終的にはLC16mO/LG、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LG投与マウスで見られた同様のウイルス毒性によって全てのマウスが死亡、又は安楽死された。(
図17)。
LC16m8Δ−B5R
let7a/LGは、赤血球凝集素(HA)遺伝子に2種類の外来遺伝子(ホタルルシフェラーゼ遺伝子とEGFP遺伝子)が挿入されている。そこで、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子に2種類の外来遺伝子を挿入することによって、組換えTK欠失let7a制御ウイルスLC16m8Δ−B5R
let7a/LG TK−を作製した。最初に、LC16mO株のゲノムDNAを鋳型として、2つのプライマー5’−cgCAGCTGAGCTTTTGCGATCAATAAATG−3’(配列番号88)と5’−TTCAGCTGAATATGAAGGAGCAA−3’(配列番号89)によって、TK遺伝子領域を増幅した。そのPCR産物を制限酵素PvuIIで切断し、それをpUC19ベクターの同じ制限酵素部位にクローニングし、pTKを構築した。さらに、2つの合成DNA(5’−aattgcatgcgtcgacattaatGGCCGGACCGGCCttcgaag−3’(配列番号90)と5’−aattcttcgaaGGCCGGTCCGGCCattaatgtcgacgcatgc−3’(配列番号91))をアニールし、それを制限酵素EcoRIで切断したpTKにクローニングし、pTK−MSCを構築した。合成ワクシニアウイルスプロモーター(Hammond et al.,Journal of Virological Methods.1997 66:135−138)を挿入するため、2つの合成DNA(5’−TCGAaattggatcagcttttttttttttttttttggcatataaataaggtcgaGGTACCaaaaattgaaaaactattctaatttattgcacGGCCGGAC−3’(配列番号92)と5’−CGGCCgtgcaataaattagaatagtttttcaatttttGGTACCtcgaccttatttatatgccaaaaaaaaaaaaaaaaaagctgatccaatt−3’(配列番号93))をアニールし、それを制限酵素SfiIとSalIで切断したpTK−MSCにクローニングし、pTK−SP−MSCを構築した。pVNC110−Luc/IRES/EGFPプラスミドから制限酵素SfiIとEcoRIの切断によって獲得したLuc/IRES/EGFP遺伝子断片を、pTK−SP−MSCの同じ制限酵素部位にクローニングし、pTK−SP−LGを構築した。各組換えウイルス(
図18)は、参考例2で記述した方法を若干変更して、143細胞にワクシニアウイルス(実施例1で作出したLC16m8Δ−B5R
let7a、又はLC16m8Δ−B5R
let7a mut)を感染させ、25μg/ml BUdR(ブロモデオキシウリディン)の存在下でトランスファーベクタープラスミドDNAのpTK−SP−LGを細胞に取り込ませることによって作出し、EGFPの発現を目安にプラーク純化した後、PCRとダイレクトシーケンスにより確認した。塩基配列に問題が無いウイルスクローンを選択し、RK13細胞にて大量培養した後、RK13細胞にてウイルス力価を測定し、実験に供した。
上述のように、BxPC−3細胞(5x10
6個)をSCIDマウスの腹腔内に投与し、その7日後に10
7pfuの各ウイルスを腹腔内に投与した(各群5匹)。その結果、LC16m8Δ−B5R
let7a/LG TK−は、ウイルス投与無の模擬対照群マウス、及びLC16m8Δ−B5R
let7a/LG投与マウスと比べて生存率における非常に有意な差がLog−rank検定によって確認され、ウイルス毒性による副作用も見られなかった(
図19)。次に、29日後にルシフェリンを投与することによって、実施例4で記述したように、マウス体内でのウイルス増殖を非侵襲的にモニターした。その結果、LC16m8Δ−B5R
let7a/LGとLC16m8Δ−B5R
let7a mut/LG TK−の投与マウスでは、正常組織におけるウイルス増殖が見られたが、LC16m8Δ−B5R
let7a/LG TK−では、腹腔内の腫瘍のみに限局し、正常組織におけるウイルス増殖は見られなかった(
図20)。これより、HA遺伝子に比べてTK遺伝子への外来遺伝子挿入は、マイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスの治療指数を高めた。
以上の結果より、担癌マウスモデルにおいて、マイクロRNA制御増殖型ワクシニアウイルスは強力な腫瘍溶解性による抗腫瘍効果と高い安全性を兼ね備えたウイルスであることが確認された。