特許第5863035号(P5863035)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5863035炎症性腸疾患の検出方法及びヒト唾液細菌叢の検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5863035
(24)【登録日】2016年1月8日
(45)【発行日】2016年2月16日
(54)【発明の名称】炎症性腸疾患の検出方法及びヒト唾液細菌叢の検査方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20160202BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20160202BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   C12N15/00 A
【請求項の数】7
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2012-50007(P2012-50007)
(22)【出願日】2012年3月7日
(65)【公開番号】特開2013-183663(P2013-183663A)
(43)【公開日】2013年9月19日
【審査請求日】2014年10月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100086689
【弁理士】
【氏名又は名称】松井 茂
(72)【発明者】
【氏名】服部 正平
(72)【発明者】
【氏名】森田 英利
(72)【発明者】
【氏名】太田 博樹
(72)【発明者】
【氏名】知念 寛
【審査官】 松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2001/0026922(US,A1)
【文献】 国際公開第2011/111790(WO,A1)
【文献】 Singhal Shashideep.et al.,The role of oral hygiene in inflammatory bowel disease,Digestive diseases and sciences,2011年,Vol. 56, No. 1, p.170-5
【文献】 SAID Heba他,次世代シークエンサーを用いたヒト口腔細菌叢の16S rDNA解析,日本分子生物学会年会プログラム・要旨集,2011年,Vol.34th, 2P-0087
【文献】 安藤朗他,II.炎症性腸疾患の病理・病態生理 3.腸内細菌叢の役割,日本内科学会雑誌,2009年,Vol.98, p.25-30
【文献】 ORAL SURG ORAL MED ORAL PATHOL,1994年,Vol.77 No.5,p.465-468
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、得られた塩基配列のデータ群を、該データ群に含まれる各塩基配列間の、閾値を96%以上に設定した類似度に基づいたクラスタリングに供してクラスターグループ数を求め、そのクラスターグループ数が、健常者群が呈する該クラスターグループ数の基準と比べて有意に減少しているか否かによって炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法。
【請求項2】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、得られた塩基配列のデータ群を、該データ群に含まれる各塩基配列間の、閾値を96%以上に設定した類似度に基づいたクラスタリングに供してクラスターグループを求め、各クラスターグループに含まれる塩基配列のデータ数と、各クラスターグループに属する代表塩基配列どうしの類似度とに基づいてUniFrac解析を行い健常者群との群間類似距離が有意に離れているか否かによって炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法。
【請求項3】
前記群間類似距離の評価を主座標分析により行う請求項2記載の炎症性腸疾患の検出方法。
【請求項4】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、Firmicutes門、Bacteroidetes門、Actinobacteria門、及びProteobacteria門から選ばれた1種又は2種以上の門に属する菌種について、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、
Firmicutes門及び/又はBacteroidetes門の場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に増加しているか否かによって、
Actinobacteria門及び/又はProteobacteria門の場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に減少しているか否かによって、
炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法。
【請求項5】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、Prevotella属、Streptococcus属、Veillonella属、Atopobium属、Megasphaera属、Solobacterium属、Actinomyces属、Lachnospiraceae属、Selenomonas属、Rothia属、Haemophilus属、Neisseria属、Gemella属、Porphyromonas属、Corynebacterium属、Capnocytophaga属、Bergeyella属、Aggregatibacter属、Lautropia属、Paludibacter属、Fusobacterium属、Tannerella属、及びPropionibacterium属から選ばれた1種又は2種以上の属に属する菌種について、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、
Prevotella属、Streptococcus属、Veillonella属、Atopobium属、Megasphaera属、Solobacterium属、Actinomyces属、Lachnospiraceae属、及び/又はSelenomonas属の場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に増加しているか否かによって、
Rothia属、Haemophilus属、Neisseria属、Gemella属、Porphyromonas属、Corynebacterium属、Capnocytophaga属、Bergeyella属、Aggregatibacter属、Lautropia属、Paludibacter属、Fusobacterium属、Tannerella属、及び/又はPropionibacterium属の場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に減少しているか否かによって、
炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法。
【請求項6】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、Actinomyces graevenitzii、Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、及びHaemophilus parainfluenzaeから選ばれた1種又は2種以上の菌種について、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、
Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、及び/又はActinomyces graevenitziiの場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に増加しているか否かによって、
Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、及び/又はHaemophilus parainfluenzaeの場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に減少しているか否かによって、
炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法。
【請求項7】
被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、配列番号1〜30から選ばれた1種又は2種以上の塩基配列について、前記データ群に含まれる該塩基配列のデータ数を求め、
配列番号28、配列番号9、配列番号13、配列番号18、配列番号7、配列番号16、配列番号21、配列番号8、配列番号6、配列番号11、配列番号12、及び/又は配列番号14の場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に増加しているか否かによって、
配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号10、配列番号15、配列番号17、配列番号19、配列番号20、配列番号22、配列番号23、配列番号24、配列番号25、配列番号26、配列番号27、配列番号29、及び/又は配列番号30の場合には、そのデータ数が、健常者群が呈する該データ数の基準と比べて有意に減少しているか否かによって、
炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症性腸疾患の検出方法及びヒト唾液細菌叢の検査方法に関し、更に詳細には、ヒトの唾液に含まれる細菌叢の菌叢構造に基づく炎症性腸疾患の検出方法及びそのためのヒト唾液細菌叢の検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
消化管の粘膜に慢性の炎症または潰瘍をひきおこす原因不明の疾患が知られ、総称して炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)と呼ばれている。炎症性腸疾患のうち、例えばクローン病は、主として若年層に発症率が高く、好発部位としては小腸であるが口腔から肛門にいたるまでの消化管のあらゆる部位に炎症や潰瘍を引き起こし、非連続性の病変を呈するのが特徴とされている。また、例えば潰瘍性大腸炎は、若年層から壮年・老年層にも広くみられ、大腸の粘膜にびらんや潰瘍ができる炎症性疾患である。
【0003】
炎症性腸疾患では、上記消化管での炎症や潰瘍等により腹痛や下痢、血便、体重減少などの症状が生じる。薬剤による内科的治療や、症状が重い場合は外科手術により病変の除去が行なわれるが、根治を得ることは難しく、いったんは寛解に向かっても、長期にわたって再発を繰り返すケースが多い。日本では炎症性腸疾患の患者は10万人以上とも報告されており、このうちクローン病や潰瘍性大腸炎は厚生労働省の特定難治性疾患にも指定されている。
【0004】
炎症性腸疾患の臨床的診断では、一般的な血液・糞便検査、より精密に病変部位や病態を特定するためX線造影検査や内視鏡検査などが行なわれるが、予防的に疾患を早期検出するためには、健康診断や集団検診などにも応用できる、効率的なスクリーニング方法が望まれている。
【0005】
このような問題に対して、例えば下記特許文献1〜3には、炎症性腸疾患の患者群と健常者群とで、それぞれに相応した発現量を示す物質を特定して診断マーカーに用いることが記載されている。
【0006】
一方、炎症性腸疾患の発症や病態の変化には腸内常在菌(腸内細菌叢)が関与することが報告されている(下記非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−135545号公報
【特許文献2】特表2005−504321号公報
【特許文献3】特許第4625708号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Xavier RJ and Podolsky DK: Unravelling the pathogenesis of inflammatory bowel disease. Nature 448: 427-434 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、X線造影検査や内視鏡検査などの侵収性検査は患者に多くの負担と苦痛を強いるものであった。また、上記特許文献1〜3のように、特定の診断マーカーを利用した場合には、かならずしも病態をよく反映した評価であるとはいえないという問題があった。
【0010】
そこで、本発明の目的は、簡便な検査で病態をよく反映した評価を行うことができる、炎症性腸疾患の検出方法及びヒト唾液細菌叢の検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明の第1は、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、得られた塩基配列のデータ群に基づいて炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することを特徴とする炎症性腸疾患の検出方法を提供するものである。
【0012】
上記発明においては、前記データ群に基づいて細菌叢を構成する菌種数を求め、その菌種数を指標にして炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0013】
また、前記データ群を、該データ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいたクラスタリングに供してクラスターグループを求め、そのクラスターグループ数を指標にして炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0014】
また、前記データ群を、該データ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいたクラスタリングに供してクラスターグループを求め、各クラスターグループに含まれる塩基配列のデータ数と、各クラスターグループに属する代表塩基配列どうしの類似度を指標にして、各被験者から取得された該データ群との群間類似距離を求め、その群間類似距離に基づいて炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0015】
また、Firmicutes門、Bacteroidetes門、Actinobacteria門、及びProteobacteria門から選ばれた1種又は2種以上の門に属する菌種について、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、そのデータ数を指標にして健常者群と比較して、炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0016】
また、Prevotella属、Streptococcus属、Veillonella属、Atopobium属、Megasphaera属、Solobacterium属、Actinomyces属、Lachnospiraceae属、Selenomonas属、Rothia属、Haemophilus属、Neisseria属、Gemella属、Porphyromonas属、Corynebacterium属、Capnocytophaga属、Bergeyella属、Aggregatibacter属、Lautropia属、Paludibacter属、Fusobacterium属、Tannerella属、及びPropionibacterium属から選ばれた1種又は2種以上の属に属する菌種について、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、そのデータ数を指標にして健常者群と比較して、炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0017】
また、Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、Actinomyces graevenitzii、Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、及びHaemophilus parainfluenzaeから選ばれた1種又は2種以上の菌種について、前記データ群に含まれる該菌種に属する塩基配列のデータ数を求め、そのデータ数を指標にして健常者群と比較して、炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0018】
また、配列番号1〜30から選ばれた1種又は2種以上の塩基配列について、前記データ群に含まれる該塩基配列のデータ数を求め、そのデータ数を指標にして健常者群と比較して、炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出することが好ましい。
【0019】
一方、本発明の第2は、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得、得られた塩基配列のデータ群を、炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出するために用いることを特徴とするヒト唾液細菌叢の検査方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明の炎症性腸疾患の検出方法及びヒト唾液細菌叢の検査方法によれば、収集が容易な唾液を対象にするので、多数の検体を取り扱う健康診断や集団検診などに適応でき、内視鏡等の精密診断を受けるべき炎症性腸疾患の疑いの高い被験者の効率的なスクリーニングが可能となる。また、唾液に生息する細菌から構成される唾液細菌叢の菌叢構造に基づく評価を行なうので、炎症性腸疾患の病態をよく反映した検出又は検査を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅部分を示す説明図である。
図2】フォワードプライマー27Fmod-454A(配列番号31)のバーコード配列の役割について、4検体を解析した場合を例として説明する説明図である。
図3】Operational Taxonomic Unit (OTU) 解析の概略説明図である。
図4】健常者とクローン病(CD)患者の唾液細菌叢のOTU数を比較した結果を示す図表である。
図5】OTU 解析に供される配列データ数の影響を示す図表であり、図5Aは試行回ごとの有意差(t-testによるp値)の結果を示す図表であり、図5Bはその平均の結果を示す図表である。
図6】10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群の各被験者間の菌叢構造類似度を2次元散布図で表した結果を示す図表である。
図7】UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析に供される配列データ数の影響を示す図表であり、50データを用いたときの結果を示す図表である。
図8】UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析に供される配列データ数の影響を示す図表であり、100データを用いたときの結果を示す図表である。
図9】UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析に供される配列データ数の影響を示す図表であり、2,000データを用いたときの結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、唾液細菌叢の菌叢構造が、炎症性腸疾患の病態をよく反映していることに基づいている。即ち、被験者から採取した唾液検体を検査し、そこに含まれる細菌叢の菌叢構造が呈する様相を調べることにより、炎症性腸疾患か否かを峻別できるという発想に基づくものである。以下に具体的に説明する。
【0023】
本発明においては、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによってその塩基配列のデータ群を得ることを要する。ここで「無作為に決定する」とは、塩基配列を決定すべきDNA等混合物中から、ある特定の配列のものだけ選択したり、ある配列のものを排除したりすることなく、できるだけランダムに、その混合物中に含まれる任意の塩基配列を決定するという意味である。そのようにして塩基配列を無作為に決定すると、DNA等混合物中での濃度が高い場合には、塩基配列決定の対象となる頻度(チャンス)が多くなり、逆に低い場合には、塩基配列決定の対象となる頻度(チャンス)が少なくなる。一方、唾液細菌叢は複数種類の細菌を含み、それぞれの菌種に特有の塩基配列を16SリボソームRNA遺伝子上に有しているので、唾液細菌叢から調製したDNA等混合物の塩基配列を無作為に決定することによって得られる塩基配列のデータ群中では、任意に選択され得る塩基配列に合致する塩基配列(例えばある特定の菌種に特有の塩基配列に合致するもの)のデータ数が、唾液細菌叢を構成する細菌の存在量の多寡を反映している。即ち、その塩基配列のデータ群が、唾液細菌叢の菌叢構造を反映することになる。
【0024】
上記のように、細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって得られる塩基配列のデータ群が、唾液細菌叢の菌叢構造を反映するようにするためには、その塩基配列決定の手法が重要であることは勿論である。具体的には、塩基配列を決定すべきDNA等混合物中から、ある特定の配列のものを指向するではなく、できるだけランダムに、その混合物中に含まれる任意の塩基配列を決定する必要がある。そのような手法は、近年、メタゲノム解析のためのシークエンス手法(塩基配列決定の手法)として知られ、後述実施例でも用いたように、そのためのシークエンス装置やシークエンスキット等も市販されているので、それらを利用し又はそれらに準じて行なうことができる。
【0025】
上記のように、細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって得られる塩基配列のデータ群が、唾液細菌叢の菌叢構造を反映するようにするためには、被験者から採取した唾液検体から細菌のゲノムDNAを効率的に抽出することも重要であるが、それは当業者に周知の手法により適宜実施し得る。具体的には、細菌叢に含まれる細菌のゲノムDNAを、菌種によって抽出の効率にバラツキがないように抽出して、塩基配列決定のためのサンプルとする必要がある。そのような手法は、後述実施例でも用いたように、従来周知の手法が種々知られているので、それらを利用し又はそれらに準じて行なうことができる。
【0026】
上記のように、細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって得られる塩基配列のデータ群が、唾液細菌叢の菌叢構造を反映するようにするためには、16SリボソームRNA遺伝子上のどの領域の塩基配列を決定するかも重要であるが、それは当業者に周知の知見により適宜実施し得る。例えば、真正細菌の16SリボソームRNA遺伝子上には、塩基配列が保存されずに菌種間で変化に富んだ領域V1〜V9が知られているので、それらのいずれかを含むように塩基配列を決定することが好ましい(図1)。また、塩基配列の決定のための手法として周知のPCR増幅やシークエンス等に適した、100〜500塩基長程度の領域の塩基配列を決定することが好ましい。更に、そのPCR増幅等のためのプライマー部位は、菌種間で比較的普遍的に保存されている領域に設定することが、プライマー設計上普遍的な配列を設計し易いので、好ましい。
【0027】
以下、被験者から採取した唾液検体を検査する手順の一例を説明する。まず、2mL程度の唾液から細菌のゲノムDNAを抽出して唾液細菌叢DNAを調製する。この唾液細菌叢DNAには細菌叢を構成する各細菌のゲノムDNAが混合物として含まれている。次に、唾液細菌叢DNAの溶液中の二本鎖DNA濃度を測定し、その測定値に基づいて40ng程度のDNAを鋳型として、この例においては、ユニバーサルプライマーセット(フォワードプライマー27Fmod-454A(配列番号31)とリバースプライマー338R-454B(配列番号32))を用いて、16SリボソームRNA遺伝子(以下、16S遺伝子)のV1-V2領域(図1)をPCR増幅する。得られたPCR産物から過剰のプラーマーや基質のヌクレオチド等を除去して精製し、二本鎖DNA量を正確に測定して、他の被験者からの同様に処理したPCR産物とともに、次世代型超高速シークエンス装置に供する。シークエンス装置としては、例えばロシュ社製GS FLX+ System(約100万データ/稼働、平均700塩基長/データ)、あるいは、小規模タイプである同GS Junior System(約10万データ/稼働、平均400塩基長/データ)など用いることができる。各被験者由来のサンプルについて取得された粗配列データのうち、クオリティが低いものを排除して、全粗配列データのうち60〜70%のデータを高精度配列データとして選択し、以下の評価に用いる塩基配列のデータ群とする。なお、通常、上記シークエンサーを用いて10万または100万程度の粗配列データを取得するのに要する稼働時間は、10〜20時間である。
【0028】
本発明においては、上記のように得られた塩基配列のデータ群に基づいて炎症性腸疾患と評価される唾液検体を検出する。その評価方法としては、以下のような方法が挙げられるが、これらは限定的なものではなく、健常者が呈する唾液細菌叢の菌叢構造との相異をよく識別できる指標であれば、適宜そのような指標を設定して評価を行えばよい。
【0029】
(1)唾液細菌叢を構成する細菌の菌種数を指標にする方法
後述の実施例において実証されるように、炎症性腸疾患の患者では唾液細菌叢を構成する細菌の菌種数が健常者よりも有意に少なくなっている。よって、任意の唾液検体について、上記のように得られた塩基配列のデータ群に基づいて、唾液細菌叢を構成する菌種数を求め、その値が健常者の値と比較して有意に低いと判定される場合に、唾液検体が炎症性腸疾患に由来するものと評価することができる。健常者の値と比較して有意に低いかどうかの判定は、集団検診などで多数の被験者がいる場合には、その被験者どうしの統計的差異に基づいて行ってもよく、一方、被験者が単独または少数の場合には、過去のデータから基準値(例えば所定の菌種数)を予め設定しておき、その基準値を閾値にして行なってもよい。なお、この方法の場合、安定に有意な評価を得るためには、上記データ群において1被験者あたり少なくともおよそ1000データ以上の配列データ数を有していることが好ましい(後述の実施例参照)。
【0030】
(2)取得したデータ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいたクラスターグループ数を指標にする方法
高い配列類似度を互いに有する塩基配列データは、既知配列データベース等に照合して菌種を具体的に特定するまでもなく、同じ種の細菌に由来すると推測できる。したがって、上記のように得られた塩基配列のデータ群を、そのデータ群に含まれる各塩基配列間の類似度に基づいたクラスタリング(例えば96%塩基配列類似度を閾値として設定して)に供することによって得られるクラスターグループは、細菌叢を構成する細菌の菌種に対応し、そのクラスターグループ数は、細菌叢を構成する細菌の菌種数と等価と考えることができる。よって、上記(1)と同様に、そのクラスターグループ数の値が健常者の値と比較して有意に低いと判定される場合に、唾液検体が炎症性腸疾患に由来するものと評価することができる。健常者の値と比較して有意に低いかどうかの判定は、集団検診などで多数の被験者がいる場合には、その被験者どうしの統計的差異に基づいて行ってもよく、一方、被験者が単独または少数の場合には、過去のデータから基準値(例えば所定のクラスターグループ数)を予め設定しておき、その基準値を閾値にして行なってもよい。なお、この方法の場合も、上記(1)と同様、安定に有意な評価を得るためには、上記データ群において1被験者あたり少なくともおよそ1000データ以上の配列データ数を有していることが好ましい(後述の実施例参照)。
【0031】
(3)基準となるデータ群との群間類似距離を指標にする方法
後述の実施例において実証されるように、唾液細菌叢の菌叢構造は、構成細菌の種類とその存在量の多寡によって特徴づけられ、その菌叢構造の特徴を、上記のように得られた塩基配列のデータ群の類似性として評価し得る。具体的には、上記データ群に基づいて、上述のクラスターグループ(例えば96%塩基配列類似度を閾値として設定して)を求め、各クラスターグループに含まれる塩基配列のデータ数と、各クラスターグループに属する代表塩基配列どうしの類似度を指標にして、他の複数の被験者から取得されたデータ群との系統樹上での系統距離を算出する。この系統距離は、各被験者から取得されたデータ群との類似性をあらわす群間類似距離とも定義することができる。このような群間類似距離は、塩基配列のデータ群から構成される任意の複数群ついて、各群に属する塩基配列の配列どうしの類似度と配列数から、各群間の類似度を数値化する手法であるUniFrac解析(Lozupone C and Knight R: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl Environ Microbiol 71: 8228-8235 (2005))などで行なうことができる。そして、この群間類似距離をもとに主座標分析で2次元散布図を得ると、例えば健常者群はすべてそのx軸上正の領域に布置され、一方患者群はすべてそのx軸上負の領域に布置されるといったように、健常者群と患者群とを明確に識別することが可能である。よって、任意の唾液検体について、基準となるデータ群との群間類似距離が、健常者群に近いか患者群に近いかで、唾液検体が炎症性腸疾患に由来するものか否かを評価することができる。健常者に近いかどうかの判定は、集団検診などで多数の被験者がいる場合には、その被験者どうしの統計的差異に基づいて行ってもよく、一方、被験者が単独または少数の場合には、過去のデータから基準値(例えば健常者群との所定の群間類似距離)を予め設定しておき、その基準値を閾値にして行なってもよい。また、既にある健常者群と患者群のデータ(過去のデータ)に被験者のデータを加えて上記のUniFrac解析とそれに基づく主座標分析を行い、得られた2次元散布図上で、その被験者が健常者群中またはそれに相対的に近いところにプロットされれば「健常」と判定し、患者群中またはそれに相対的に近いところにプロットされれば「疾患」と判定することなどで行ってもよい。更には、その判定は、過去のデータから群間類似距離に基づく主座標分析での散布図を求めておき、その散布図にあてはめて行なってもよい。
なお、この方法の場合、安定に有意な評価を得るためには、上記データ群において1被験者あたり少なくともおよそ50データ以上の配列データ数を有していることが好ましく、およそ100データ以上の配列データ数を有していることがより好ましく、およそ2000データ以上配列データ数を有していることが最も好ましい(後述の実施例参照)。
【0032】
(4)特定の門、属、または種に属する細菌の塩基配列のデータ数を指標にする方法
後述の実施例において実証されるように、炎症性腸疾患の患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、特定の門、属、または種に属する細菌の存在量の多寡において、有意に相異している。また、上記のように得られた塩基配列のデータ群中に見出される配列データ数の大小は、唾液細菌叢を構成する細菌の存在量の多寡を反映しているものと考えられる。よって、任意の唾液検体について、上記データ群に基づいて、その特定の門、属、または種に属する細菌に帰属される塩基配列のデータ数を求め、その値が健常者の値と比較して有意に増減していると判定される場合に、唾液検体が炎症性腸疾患に由来するものと評価することができる。健常者の値と比較して有意に増減しているかどうかの判定は、集団検診などで多数の被験者がいる場合には、その被験者どうしの統計的差異に基づいて行ってもよく、一方、被験者が単独または少数の場合には、過去のデータから基準値(例えば所定の増減割合)を予め設定しておき、その基準値を閾値にして行なってもよい。その判定は門レベルで行ってもよく、属レベルで行なってもよく、種レベルで行ってもよく、それらの複数レベルを併用して評価してもよい。また、2種以上の門、属、及び/又は種についての判定を併用して評価してもよい。
【0033】
(5)配列番号1〜30の塩基配列のデータ数を指標にする方法
後述の実施例において実証されるように、炎症性腸疾患の患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、配列番号1〜30の塩基配列を有する細菌の存在量の多寡において、有意に相異している。また、上記のように得られた塩基配列のデータ群中に見出される配列データ数の大小は、唾液細菌叢を構成する細菌の存在量の多寡を反映しているものと考えられる。よって、任意の唾液検体について、上記のように得られた塩基配列のデータ群に基づいて、配列番号1〜30の塩基配列を有する細菌に帰属される塩基配列のデータ数を求め、その値が健常者の値と比較して有意に増減していると判定される場合に、唾液検体が炎症性腸疾患に由来するものと評価することができる。健常者の値と比較して有意に増減しているかどうかの判定は、集団検診などで多数の被験者がいる場合には、その被験者どうしの統計的差異に基づいて行ってもよく、一方、被験者が単独または少数の場合には、過去のデータから基準値(例えば所定の増減割合)を予め設定しておき、その基準値を閾値にして行なってもよい。また、2種以上の該塩基配列についての判定を併用して評価してもよい。
【0034】
本発明の適用対象となる炎症性腸疾患としては、クローン病や潰瘍性大腸炎などを例示できるが、これらと診断されるものに限られずいずれとも判別し得ない炎症性腸疾患や、その前段的な病態について、本発明の方法により好適に健常者との有意な差異を検出又は検査できる。
【0035】
以上に説明した形態は、本発明の内容を説明するために挙げたものであり、本発明の範囲を限定するものではない。即ち、例えば本技術分野の当業者によって、本発明の範囲を逸脱しない前提の下で、種々の構成の置換や変更を加えることができることは当然であり、それもまた本発明の範囲とされる。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
<試験例1>[塩基配列データの取得]
以下の方法により、被験者(健常者10名およびクローン患者10名)から唾液を採取し、その唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定して、被験者ごとに塩基配列のデータ群を得た。
【0038】
[唾液の長期保存法]
唾液は、被験者から採取した後、次のようにして長期に保存することもできる。即ち1mlの唾液に1mlのリン酸バッファー(pH7.2、以下、PBS)1mlを加え混和後、2mlの40%グリセロール溶液を加える。この懸濁液を液体窒素で急冷後、グリセロールストックとして−80℃で保存する。本方法により、細菌叢に大きな分解等が起こらない少なくとも1年間の保存が可能である。
【0039】
[唾液細菌叢DNAの調製]
唾液検体中の細菌叢のDNAの調製は、以下のようにして行った。
【0040】
(a) 唾液細菌叢DNAの調製 その1
唾液DNA採取用のOrageneキット(DNAgenotek社, Ontario, Canada)を用いて、次のようにして唾液細菌叢DNAを調製した。即ちキットに付属している1.9mlのOragene・DNA溶液(保存溶液)に約2mlの唾液(または、相当量の唾液のグリセロールストック)を加えて、5秒間ほど転倒混合する(そのまま、常温保管が可能)。その唾液サンプル溶液を加温(50℃、1時間)する。その後、500μlのサンプル溶液を新しいチューブ(1.5ml)に入れ、これに20μlのOragene DNA精製溶液(キットに付属)を加え、数秒間ボルテックスし攪拌し、氷上で10分間冷却する。その後、室温で遠心し(13,000r.p.m.×5分間)、上清を回収して新しいチューブ(1.5ml)に入れ、これに5μlのグリコーゲン溶液(キットに付属)を加え、ついで500μlのエタノール(99.5%)を加えて、室温で10分間インキュベート放置する。溶液を室温で遠心し(13,000r.p.m.×2分間)、得られたDNAペレットを真空乾燥し、ついで300μlのTE溶液(10mM Tris、1mM EDTA)(以下、TE)を加えて、唾液細菌叢DNAの溶液とする。
【0041】
(b) 唾液細菌叢DNAの調製 その2
腸内細菌叢DNAの調製法(Morita H, Kuwahara T, Ohshima K, Sasamoto H, Itoh K, Hattori M, Hayashi T, and Takami H.: An improved isolation method for metagenomic analysis of the microbial flora of the human intestine. Microbes Environ. 22, p214-222 (2007))に準じて、次のようにして唾液細菌叢DNAを調製した。即ち唾液のグリセロールストックを氷上にてゆっくり融解する(新鮮な唾液の場合は1mlの唾液に数mlのPBSを混合して唾液のPBS溶液を調製する。)。融解した溶液(または唾液のPBS溶液)を、孔径100μmフィルター(BD社製Falconセルストレーナー)でろ過し、不ろ過物をさらに2〜3mlのPBSで数回洗浄ろ過する。ろ液を混合し、遠心(5,000 r.p.m.×10分間)し、ペレットをPBSで1回洗浄し、TE10溶液(10 mM Tris、10 mM EDTA)(以下、TE10)でさらに2回洗浄し、遠心(5,000 r.p.m.×10分間)し、菌体ペレットを得る。菌体ペレットに3mlのTE10を加えて懸濁し、Lysozyme(Sigma社)を最終濃度が15mg/ml-cell suspensionになるように加え、軽く振とうする(37℃×1時間)。ついで、Achromopeptidase(和光純薬工業社の精製品)を最終濃度が2,000units/ml-cell suspensionになるように加え、軽く振とうする(37℃×30分間)。溶液に10% SDS (pH 7.2)を最終濃度が1%になるように加え、ついで、Proteinase K(Merck社)を最終濃度1mg/ml-lysate)になるように加え、軽く振とうする(55℃×1時間)。TE10を加えて全体量を10mlにし、10mlのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1 [vol/vol/vol])を加え、よく混合し、遠心する(5,000r.p.m.×10分間)。上清を回収して、再度当量のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールを加え、よく混合し、遠心する(5,000 r.p.m.×10分間)。遠心後、回収した上清に1/10倍量の3M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)を加えて混合し、さらに2倍量のエタノール(99.9%)を加え、氷上にて5分間静置する。遠心(5000 r.p.m.×10分間)してDNAペレットを得、そのDNAペレットを15mlの75% エタノールでリンスする。このリンス処理はさらに1回行う。真空乾燥したDNAペレットに600μlのTEを加えて、このDNA溶液に6μlのRNase A (10 mg/ml、Novagen社)を加え、加温する(37℃×1時間)。ついで、300μlの1.6M NaClと300μlの26(wt/vol)% PEG#6000(ナカライテスク社)を加え、氷上で1時間静置する。溶液を4℃で遠心(12,000r.p.m.×30分間)してDNAペレットを得る。得られたDNAペレットに1mlの75% ethanolを加えてリンスし、DNAペレットを真空乾燥後、300μlのTEを加えて、RNAの混入がない唾液細菌叢DNAの溶液とする。本方法により、他の既知方法に較べて高収率で高分子量の唾液細菌叢DNAを調製することができる。
【0042】
なお、上記で示した唾液のDNA調製法(「その1」と「その2」)の違いは、以下の通り、唾液の採取環境に応じて使い分けることができる。即ち、上記「その1」のDNA調製法を用いるのは、被験者が自らの唾液を解析者があらかじめ提供したキットに備え付けの溶液に吐き出し、その溶液を室温にて解析場所まで搬送(宅配等)する、または、病院等で医師または解析者のもとで唾液を採取し、その後実験室でDNA調製を行う、などのケースが挙げられる。この場合、唾液そのものを保存できないが、多くの被験者からの唾液採取が容易である。一方、上記「その2」のDNA調製法を用いるのは、被験者が所定のチューブに吐き出した唾液そのものを解析場所まで48時間以内に搬送(冷蔵宅配等)する、または、病院等で医師または解析者のもとで唾液を採取し、その後実験室でDNA調製を行う、などのケースが挙げられる。この場合、DNA調製までの時間的な制約があるが、解析者が唾液そのものをまとめて保存でき、また、唾液の一部をここで述べた細菌叢解析に供して、残した一部をその他の解析(たとえば、免疫系たんぱく質の検出等)にも使用できる。
【0043】
[16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅]
唾液細菌叢DNAの溶液中の二本鎖DNA濃度を、Qubit 2.0 Fluorometer (Invitrogen社)を用いて測定した。その測定値に基づいて40ngのDNAを鋳型として、ユニバーサルプライマーセット(フォワードプライマー27Fmod-454A(配列番号31)とリバースプライマー338R-454B(配列番号32))を用いて、16SリボソームRNA遺伝子(以下、16S遺伝子)のV1-V2領域(図1)をPCR増幅した。PCRはタカラバイオ社製の「TaKaRa Ex Taq」(登録商標)を用いて、各プライマーを0.2μmolを含む反応液を作成し、94℃で2分間のプレヒーティングを行った後、変性、アニーリング、伸長をそれぞれ94℃×30秒間、55℃×30秒間、72℃×60秒間で行い25サイクル繰り返した。サイクル終了後、増幅DNA鎖を完全に伸長させるために72℃×14分間の処理を行った。
【0044】
下記にはフォワードプライマー27Fmod-454Aの配列の構造を示す。このフォワードプライマーは、後述するシークエンサーでの配列決定に必要なアダプターA配列(大文字で表記)を5’末端側に含み、各検体に固有の10塩基のバーコード配列(**MID**で表記)をはさんで(このバーコード配列はサンプル間の識別に利用するもので、同時にシークエンサーに供するサンプル数に対応した任意に設計した塩基配列である。)、すべての真正細菌の16S遺伝子にアニーリングするユニバーサルプライマー配列27Fmod(小文字で表記)を3’末端側に含む。
・27Fmod-454Aの配列(配列番号31)
5’-CCATCTCATCCCTGCGTGTCTCCGACTCAG**MID**agrgtttgatymtggctcag-3’
(ただし、mはA又はC、rはG又はA、yはT又はCを意味する。)
【0045】
なお、図2には上記バーコード配列の役割を説明する。例えば、4人の被験者から採取した4検体を同時にシークエンサーに供する場合、バーコード配列を4通りの異なった配列にして、各バーコード配列をもつPCRプライマーで各サンプルをPCR増幅する。これらのPCR産物(4検体分)を同量混合して同時にシークエンサー(この場合、1回の稼働で10万データを生産するGS Junior Systemシークエンサーを用いたとして)に供すると、平均2.5万データ/サンプルの割合で計10万データが得られる。しかし、この段階では、各データがどのサンプルに由来しているのか分からないので、この10万データをバーコード配列を指標に各サンプルに振るい分けを行う。これにより検体ごとの配列データを得ることができる(図2)。また、例えば、20人の被験者から採取した20検体を同様に同時解析する場合は、20通りの異なったバーコード配列をもった27Fmod-454Aを作り、それぞれを各検体に対してPCR増幅すればよい。これらを混合してシークエンサーに供すると(GS Junior Systemシークエンサーを用いたとして)、1回の稼働で1検体当たり5000データが得られる。更に、1稼働で100万データを得ることができるGS FLX+ Systemシークエンサーを利用すると、100検体に対応する100通りのバーコード配列を用いることで、1回の稼働で1万データ/検体の配列データを得ることができる。
【0046】
一方、下記にはリバースプライマー338R-454Bの配列の構造を示す。このリバースプライマーは、後述するシークエンサーでの配列決定に必要なアダプターB配列(大文字で表記)を5’末端側に含み、すべての真正細菌の16S遺伝子にアニーリングするユニバーサルプライマー配列338R(小文字で表記)を3’末端側に含む。
・338R-454Bの配列(配列番号32)
5’-CCTATCCCCTGTGTGCCTTGGCAGTCTCAGtgctgcctcccgtaggagt-3’
【0047】
上記のユニバーサルプライマーセットを用いたPCRにより、唾液細菌叢を構成する種々の細菌種の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNA(約400塩基)が増幅され、それらの混合物をそのPCR産物DNAとして得ることができる。
【0048】
[PCR産物の精製およびシークエンス用サンプルの調製]
各々の唾液細菌叢DNAから得られたPCR産物DNA(その細菌叢を構成する種々の細菌種の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNAの混合物)を、AMPure XP kit(BECKMAN COULTER社)にて処理して、過剰のプラーマーや基質のヌクレオチド等を除去し、精製した。精製DNAは10μlのTEで溶出・回収した。各検体から回収された精製PCR産物DNAの二本鎖DNA量をQuant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kit(Invitrogen社)を用いてそれぞれ定量後、その定量値を得る。ついで、PCR産物DNAをその定量値に基づいて同じDNA量になるように厳密に混合する。この混合溶液中の二本鎖DNA量を、再度Quant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kitを用いて定量して、シークエンサーに供するDNA量を調整する。これを以下のシークエンスに用いるシークエンス用サンプルとした。
【0049】
[16S遺伝子のシークエンシングと配列データの精度評価]
上記シークエンス用サンプルを、解析したい検体数に応じて、ロシュ社製GS FLX+ SystemまたはGS Junior Systemシークエンサーに供しシークエンスを行った。シークエンスの条件・工程等はメーカー所定のプロトコールに従った。なお、このシークエンサーでは、上記で調製したPCR産物DNAの1分子を1つのビーズに固定して、ついで、水(シークエンス用鋳型DNAの増幅のためのPCRプライマー、基質ヌクレオチド、DNA合成酵素を含む)と油のエマルジョン中に独立して形成された微小水滴の1つ1つに1つ1つのビーズを捕獲して、その中でPCRを行ってシークエンス用鋳型DNAを増幅して調製するようになっている。よって、この増幅した鋳型DNAが固定された各ビーズをタイタープレート上に区画した後に、その区画位置上でシークエンス反応のシグナルを読み取りことによって、上記シークエンス用サンプル中に含まれるPCR産物DNA(その細菌叢を構成する種々の細菌種の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNAの混合物)の塩基配列を無作為に決定することができる。また、フォワードプライマー27Fmod-454A中の上記バーコード配列を、各被験者に由来する検体ごとに特徴的な任意の配列にしておけば、GS FLX+ Systemシークエンサーを用いて少なくとも100種類の細菌叢サンプルを、小規模タイプのGS Junior Systemを用いて少なくとも10種類の細菌叢サンプルを同時解析でき、1人の被験者由来のサンプルにつき2,000〜10,000の16S遺伝子の配列データを、およそ10〜20時間で決定することができる。
【0050】
得られた粗配列データ(〜500塩基/データ)については、配列データに含まれるサンプル固有のバーコード配列に基づき、各配列をそれぞれの固有のサンプルに分配した。その後、以下に記した精度評価工程を通して、それらの評価条件(1)〜(3)を満たさない低精度の配列データを除去することにより、高精度データを抽出した。
【0051】
(1)配列データの両末端配列としてユニバーサルプライマー配列(27Fmodおよび338R)との配列類似度が80%以下である配列データを除去した。この工程は相同性検索プログラムのBLASTを用いて行い、両末端にユニバーサルプライマーの配列を持たない不完全な配列データを除去した。
【0052】
(2)シークエンサーに付属のクオリティプログラムを用いて、配列決定した塩基配列の平均クオリティ値が25以下の配列データを除去した。
【0053】
(3)上記で選択された配列データを細菌の16S配列データの公表データベースであるRDP(http://rdp.cme.msu.edu/)とCORE(http://microbiome.osu.edu./)に登録されている16S配列、及び、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)とHMP(http://commonfund.nih.gov/hmp/)に登録されている細菌ゲノム配列中の16S配列とのアラインメント塩基長が90%以上を有する配列データを選択した。90%以下のアラインメント塩基長を有する配列データにはきわめてシークエンスエラーの多いデータやキメラデータが含まれる確率が高いため、これらをこの工程で除去した。
【0054】
以上の精度評価により、各被験者由来のサンプルにおいて、〜10,000の全粗配列データのうち、60〜70%のデータが高精度配列データとして選択された。
【0055】
<試験例2>[Operational Taxonomic Unit (OTU) 解析]
試験例1のようにして取得した高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を、クラスタリング(類似度96%の閾値)によるOperational Taxonomic Unit解析(以下、OTU解析)に供した。図3にはOTU解析の概略説明図を示す。図3に示すように、OTU解析においては、配列データの類似度を基準にして各配列データをグループ化する操作を行う。ここでは96%以上の配列類似度を互いに有する配列データのクラスターグループ(以下、OTU)を検出している。なお、配列データのクラスタリングはフリーウェアUSEARCH(http://drive5.com/usearch/usearch3.0.html)などを用いて行うことができる。各OTUは同じ種の細菌に由来すると推測できる。よって、クラスタリングによって得られるOTUの総数(OTU数)は、検出可能な範囲において、その細菌叢を構成する細菌種の数と等価と考えることができる。また、各OTU中に含まれる配列データ数からは、配列データ数全体中の各OTUの割合、つまり菌種組成比を求めることができる。さらに、各OTUの代表配列データについて上記した16S及び細菌ゲノムのデータベースへの相同性検索を行うことにより、もっとも高い配列類似度を有する既知菌種へ帰属、つまり、OTUの菌種を特定できる。
【0056】
図4には、10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析によって得られたOTU数を、健常者群とCD患者群とで比較した結果を示す。図4に示されるように、健常者群の平均OTU数(10名の平均)とCD患者群の平均OTU数(10名の平均)はそれぞれ132.3(標準偏差29.97)と103.2(標準偏差25.25)であり、CD患者のOTU数は健常者のそれよりも統計学的に有意に低いことが示された(t-testによるp値<0.05)。
【0057】
以上の結果から、CD患者では唾液細菌叢を構成する菌種数(OTU数)が健常者よりも有意に少なくなっていることが明らかとなった。よってその菌種数(OTU数)を指標にして、任意の唾液検体についてクローン病(炎症性腸疾患)と評価される唾液検体を検出できると考えられた。
【0058】
<試験例3>[OTU解析に供される配列データ数の影響]
試験例2では高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を用いたが、用いる配列データ数を300, 500, 700, 1,000, 1,200, 1,500と代えて同様に解析を行い、健常者群の平均OTU数とCD患者群の平均OTU数との有意差(t-testによるp値)を求めた。またそれを3回試行した。図5Aには試行回ごとのp値を示し、図5Bは各データ数における平均p値を示す。
【0059】
図5A,Bに示されるように、OTU解析において安定した結果(p値<0.05)を得るためには、1,000データ程度以上の配列データを用いてOTU解析を行うことが必要であった。
【0060】
<試験例4>[UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析]
10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、試験例1のようにして取得した高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を、UniFrac解析に供して各被験者間の類似度を求め、その類似度に基づく主座標分析を行った。ここでUniFrac解析は、塩基配列のデータ群から構成される任意の複数群ついて、各群に属する塩基配列の配列どうしの類似度と配列数から、各群間の類似度を数値化する手法である(Lozupone C and Knight R: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl Environ Microbiol 71: 8228-8235 (2005))。また、主座標分析は、対象についての任意の基準の類似度を元にして、その対象をn次元座標上に布置する手法である。なお、UniFrac解析を行うにはフリーウェア(http://bmf.colorado.edu/unifrac/)などが利用可能である。また、主座標分析についても市販のプログラムなどが利用可能である。
【0061】
この試験例では、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析を試験例2のようにして行い、得られたOTUについて、各OTUに属する代表塩基配列どうしの類似度と各OTUに含まれる塩基配列のデータ数とに基づいてUniFrac解析を行い、10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、各被験者に由来する塩基配列のデータ群の類似度を、系統樹上での系統距離(UniFrac Distance)(以下、群間類似距離)として算出した。そして、その群間類似距離(UniFrac Distance)に基づいた主座標分析を行い、2次元座標上への主座標1および主座標2の値をもとに、各被験者間の菌叢構造の類似度を2次元散布図で表した。その結果を図6に示す。
【0062】
図6に示されるように、健常者群が布置される座標領域とCD患者群が布置される座標領域とでは、それぞれ明確に異なる座標領域が形成された。このことから、CD患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、少なくともそれらを構成する細菌の種類とその存在量の多寡の菌叢構造において、有意に相異していることが明らかとなった。また、各被験者間の菌叢構造の類似度を、上記群間類似距離またはそれに基づく主座標分析により評価でき、健常者群とCD患者群を明確に識別できることが明らかとなった。
【0063】
以上の結果から、健常者群に対する上記群間類似距離を指標にして、任意の唾液検体からクローン病(炎症性腸疾患)と評価される唾液検体を検出できると考えられた。
【0064】
<試験例5>[UniFrac解析および主座標分析に供される配列データ数の影響]
試験例4では高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を用いたが、用いる配列データ数を50, 100, 2,000と代えて同様にUniFrac解析を行い、それに基づいて各群間の菌叢構造類似度を2次元散布図で表した。その結果を図7〜9に示す。
【0065】
図7〜9に示されるように、データ数が多いほどより明確に健常者群とCD患者群とを識別できたが、被験者当たりのデータ数が50のときでも、主座標分析で形成された2次元散布図上、健常者群はすべてそのx軸上正の領域に布置され、一方CD患者群はすべてそのx軸上負の領域に布置されて、健常者群とCD患者群とを明確に識別することが可能であった。
【0066】
<試験例6>[健常者とCD患者の間で有意に増減するOTUの探索と菌種の特定]
10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、試験例1のようにして取得した高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を20名分まとめて、その60,000データをOTU解析に供した。クラスタリングのための閾値としては、上記した個別細菌叢のOTU解析と同じ96%の配列類似度を閾値として設定した。得られたOTUのうち、健常者群とCD患者群との群間での配列データ数の増減においてt-testによるp値が0.05以下(門レベルと属レベル)及び0.01以下(種レベル)を示すOTUを検出した。また、これらのOTUの門、属、種レベルでの菌種の帰属を、16S遺伝子配列のデータベースであるRDPとCORE、及びゲノム配列のデータベースであるNCBIとHMP(以下まとめてNCBI_genomeと表記)への相同性検索により行った。
【0067】
その結果、下記の解析結果が得られた。
【0068】
(1)門レベルでの有意に増減する菌種
OTU解析から、20名の唾液細菌叢に計12門の細菌種が検出された。その12門のうち、Firmicutes、Bacteroidetes、Actinobacteria、Proteobacteriaの4門に属する菌種の配列データ数が、健常者群とCD患者群の群間で有意に増減していた(t-testによるp値が0.05以下)。そして、Firmicutes門とBacteroidetes門に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な増加を示し、一方で、Actinobacteria門とProteobacteria門に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な減少を示した。
【0069】
その結果を表1にまとめて示す。
【表1】
【0070】
(2)属レベルでの有意に増減する菌種
OTU解析から、20名の唾液細菌叢に計100属の細菌種が検出された。その100属のうち、Prevotella、Streptococcus、Veillonella、Atopobium、Megasphaera、Solobacterium、Actinomyces、Lachnospiraceae、Selenomonas、Rothia、Haemophilus、Neisseria、Gemella、Porphyromonas、Corynebacterium、Capnocytophaga、Bergeyella、Aggregatibacter、Lautropia、Paludibacter、Fusobacterium、Tannerella、Propionibacteriumの23属に属する菌種の配列データ数が、健常者群とCD患者群の群間で有意に増減していた(t-testによるp値が0.05以下)。この23属のうち、9属(Prevotella属、Streptococcus属、Veillonella属、Atopobium属、Megasphaera属、Solobacterium属、Actinomyces属、Uncultured Lachnospiraceae属、Selenomonas属)に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な増加を示し、一方で、14属(Rothia属、Haemophilus属、Neisseria属、Gemella属、Porphyromonas属、Corynebacterium属、Capnocytophaga属、Bergeyella属、Aggregatibacter属、Lautropia属、Paludibacter属、Fusobacterium属、Tannerella属、Propionibacterium属に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な減少を示した。
【0071】
その結果を表2にまとめて示す。
【表2】
【0072】
(3)種レベルでの有意に増減する菌種
OTU解析から、20名の唾液細菌叢に計547種の細菌種が検出された。その547種のうち、Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、Actinomyces graevenitzii、Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、Haemophilus parainfluenzaeの30菌種の配列データ数が、健常者群とCD患者群の群間で有意に増減していた(t-testによるp値が0.01以下)。この30菌種のうち、12菌種(Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、Actinomyces graevenitzii)の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な増加を示し、一方で、18菌種(Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、Haemophilus parainfluenzae)の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な減少を示した。
【0073】
その結果を表3にまとめて示す。
【表3】
【0074】
なお、上記解析における配列データ数は、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16S遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって取得された塩基配列のデータ群中に見出される該当配列の総数(表1〜3中では各群10名の平均値として表わされている。)であり、その大小は、唾液細菌叢を構成する細菌の存在量の多寡を反映しているものと考えられた。
【0075】
また、上記解析においては、各OTUに属する代表塩基配列と既知菌種の16S配列との相同性検索により、各OTUがいずれの門、属、菌種に属するかを特定した。表3には、上記(3)の解析で検出された30 OTUの代表塩基配列(配列番号1〜30)と、それぞれが帰属する既知菌種の16S配列との間の配列類似度とを合わせて示す。表3に示すように、配列類似度の範囲は96.8〜100%となり、そのうち27 OTUでは既知菌種と97%以上の類似度を示し、系統的に同一菌種であると結論づけられた。残りの3 OTUでは配列類似度は97%以下であり、これらのOTUは、それぞれ既知菌種に最も近縁の菌種に帰属するものと考えられた。
【0076】
以上の結果から、CD患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、特定の門、属、または種に属する細菌の存在量の多寡において、有意に相異していることが明らかとなった。よって、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16S遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって取得された塩基配列のデータ群中に見出される、その特定の門、属、または種に属する細菌の塩基配列のデータ数、もしくは上記配列番号1〜30の塩基配列のデータ数を指標にして、任意の唾液検体についてクローン病(炎症性腸疾患)と評価される唾液検体を検出できると考えられた。
【0077】
「配列表フリーテキスト」
配列番号31:16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅のためのフォワードプライマー27Fmod-454A
配列番号32:16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅のためのリバースプライマー338R-454B
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]