【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
<試験例1>[塩基配列データの取得]
以下の方法により、被験者(健常者10名およびクローン患者10名)から唾液を採取し、その唾液検体中の細菌叢の16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列を無作為に決定して、被験者ごとに塩基配列のデータ群を得た。
【0038】
[唾液の長期保存法]
唾液は、被験者から採取した後、次のようにして長期に保存することもできる。即ち1mlの唾液に1mlのリン酸バッファー(pH7.2、以下、PBS)1mlを加え混和後、2mlの40%グリセロール溶液を加える。この懸濁液を液体窒素で急冷後、グリセロールストックとして−80℃で保存する。本方法により、細菌叢に大きな分解等が起こらない少なくとも1年間の保存が可能である。
【0039】
[唾液細菌叢DNAの調製]
唾液検体中の細菌叢のDNAの調製は、以下のようにして行った。
【0040】
(a) 唾液細菌叢DNAの調製 その1
唾液DNA採取用のOrageneキット(DNAgenotek社, Ontario, Canada)を用いて、次のようにして唾液細菌叢DNAを調製した。即ちキットに付属している1.9mlのOragene・DNA溶液(保存溶液)に約2mlの唾液(または、相当量の唾液のグリセロールストック)を加えて、5秒間ほど転倒混合する(そのまま、常温保管が可能)。その唾液サンプル溶液を加温(50℃、1時間)する。その後、500μlのサンプル溶液を新しいチューブ(1.5ml)に入れ、これに20μlのOragene DNA精製溶液(キットに付属)を加え、数秒間ボルテックスし攪拌し、氷上で10分間冷却する。その後、室温で遠心し(13,000r.p.m.×5分間)、上清を回収して新しいチューブ(1.5ml)に入れ、これに5μlのグリコーゲン溶液(キットに付属)を加え、ついで500μlのエタノール(99.5%)を加えて、室温で10分間インキュベート放置する。溶液を室温で遠心し(13,000r.p.m.×2分間)、得られたDNAペレットを真空乾燥し、ついで300μlのTE溶液(10mM Tris、1mM EDTA)(以下、TE)を加えて、唾液細菌叢DNAの溶液とする。
【0041】
(b) 唾液細菌叢DNAの調製 その2
腸内細菌叢DNAの調製法(Morita H, Kuwahara T, Ohshima K, Sasamoto H, Itoh K, Hattori M, Hayashi T, and Takami H.: An improved isolation method for metagenomic analysis of the microbial flora of the human intestine. Microbes Environ. 22, p214-222 (2007))に準じて、次のようにして唾液細菌叢DNAを調製した。即ち唾液のグリセロールストックを氷上にてゆっくり融解する(新鮮な唾液の場合は1mlの唾液に数mlのPBSを混合して唾液のPBS溶液を調製する。)。融解した溶液(または唾液のPBS溶液)を、孔径100μmフィルター(BD社製Falconセルストレーナー)でろ過し、不ろ過物をさらに2〜3mlのPBSで数回洗浄ろ過する。ろ液を混合し、遠心(5,000 r.p.m.×10分間)し、ペレットをPBSで1回洗浄し、TE10溶液(10 mM Tris、10 mM EDTA)(以下、TE10)でさらに2回洗浄し、遠心(5,000 r.p.m.×10分間)し、菌体ペレットを得る。菌体ペレットに3mlのTE10を加えて懸濁し、Lysozyme(Sigma社)を最終濃度が15mg/ml-cell suspensionになるように加え、軽く振とうする(37℃×1時間)。ついで、Achromopeptidase(和光純薬工業社の精製品)を最終濃度が2,000units/ml-cell suspensionになるように加え、軽く振とうする(37℃×30分間)。溶液に10% SDS (pH 7.2)を最終濃度が1%になるように加え、ついで、Proteinase K(Merck社)を最終濃度1mg/ml-lysate)になるように加え、軽く振とうする(55℃×1時間)。TE10を加えて全体量を10mlにし、10mlのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1 [vol/vol/vol])を加え、よく混合し、遠心する(5,000r.p.m.×10分間)。上清を回収して、再度当量のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールを加え、よく混合し、遠心する(5,000 r.p.m.×10分間)。遠心後、回収した上清に1/10倍量の3M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)を加えて混合し、さらに2倍量のエタノール(99.9%)を加え、氷上にて5分間静置する。遠心(5000 r.p.m.×10分間)してDNAペレットを得、そのDNAペレットを15mlの75% エタノールでリンスする。このリンス処理はさらに1回行う。真空乾燥したDNAペレットに600μlのTEを加えて、このDNA溶液に6μlのRNase A (10 mg/ml、Novagen社)を加え、加温する(37℃×1時間)。ついで、300μlの1.6M NaClと300μlの26(wt/vol)% PEG#6000(ナカライテスク社)を加え、氷上で1時間静置する。溶液を4℃で遠心(12,000r.p.m.×30分間)してDNAペレットを得る。得られたDNAペレットに1mlの75% ethanolを加えてリンスし、DNAペレットを真空乾燥後、300μlのTEを加えて、RNAの混入がない唾液細菌叢DNAの溶液とする。本方法により、他の既知方法に較べて高収率で高分子量の唾液細菌叢DNAを調製することができる。
【0042】
なお、上記で示した唾液のDNA調製法(「その1」と「その2」)の違いは、以下の通り、唾液の採取環境に応じて使い分けることができる。即ち、上記「その1」のDNA調製法を用いるのは、被験者が自らの唾液を解析者があらかじめ提供したキットに備え付けの溶液に吐き出し、その溶液を室温にて解析場所まで搬送(宅配等)する、または、病院等で医師または解析者のもとで唾液を採取し、その後実験室でDNA調製を行う、などのケースが挙げられる。この場合、唾液そのものを保存できないが、多くの被験者からの唾液採取が容易である。一方、上記「その2」のDNA調製法を用いるのは、被験者が所定のチューブに吐き出した唾液そのものを解析場所まで48時間以内に搬送(冷蔵宅配等)する、または、病院等で医師または解析者のもとで唾液を採取し、その後実験室でDNA調製を行う、などのケースが挙げられる。この場合、DNA調製までの時間的な制約があるが、解析者が唾液そのものをまとめて保存でき、また、唾液の一部をここで述べた細菌叢解析に供して、残した一部をその他の解析(たとえば、免疫系たんぱく質の検出等)にも使用できる。
【0043】
[16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅]
唾液細菌叢DNAの溶液中の二本鎖DNA濃度を、Qubit 2.0 Fluorometer (Invitrogen社)を用いて測定した。その測定値に基づいて40ngのDNAを鋳型として、ユニバーサルプライマーセット(フォワードプライマー27Fmod-454A(配列番号31)とリバースプライマー338R-454B(配列番号32))を用いて、16SリボソームRNA遺伝子(以下、16S遺伝子)のV1-V2領域(
図1)をPCR増幅した。PCRはタカラバイオ社製の「TaKaRa Ex Taq」(登録商標)を用いて、各プライマーを0.2μmolを含む反応液を作成し、94℃で2分間のプレヒーティングを行った後、変性、アニーリング、伸長をそれぞれ94℃×30秒間、55℃×30秒間、72℃×60秒間で行い25サイクル繰り返した。サイクル終了後、増幅DNA鎖を完全に伸長させるために72℃×14分間の処理を行った。
【0044】
下記にはフォワードプライマー27Fmod-454Aの配列の構造を示す。このフォワードプライマーは、後述するシークエンサーでの配列決定に必要なアダプターA配列(大文字で表記)を5’末端側に含み、各検体に固有の10塩基のバーコード配列(**MID**で表記)をはさんで(このバーコード配列はサンプル間の識別に利用するもので、同時にシークエンサーに供するサンプル数に対応した任意に設計した塩基配列である。)、すべての真正細菌の16S遺伝子にアニーリングするユニバーサルプライマー配列27Fmod(小文字で表記)を3’末端側に含む。
・27Fmod-454Aの配列(配列番号31)
5’-CCATCTCATCCCTGCGTGTCTCCGACTCAG**MID**agrgtttgatymtggctcag-3’
(ただし、mはA又はC、rはG又はA、yはT又はCを意味する。)
【0045】
なお、
図2には上記バーコード配列の役割を説明する。例えば、4人の被験者から採取した4検体を同時にシークエンサーに供する場合、バーコード配列を4通りの異なった配列にして、各バーコード配列をもつPCRプライマーで各サンプルをPCR増幅する。これらのPCR産物(4検体分)を同量混合して同時にシークエンサー(この場合、1回の稼働で10万データを生産するGS Junior Systemシークエンサーを用いたとして)に供すると、平均2.5万データ/サンプルの割合で計10万データが得られる。しかし、この段階では、各データがどのサンプルに由来しているのか分からないので、この10万データをバーコード配列を指標に各サンプルに振るい分けを行う。これにより検体ごとの配列データを得ることができる(
図2)。また、例えば、20人の被験者から採取した20検体を同様に同時解析する場合は、20通りの異なったバーコード配列をもった27Fmod-454Aを作り、それぞれを各検体に対してPCR増幅すればよい。これらを混合してシークエンサーに供すると(GS Junior Systemシークエンサーを用いたとして)、1回の稼働で1検体当たり5000データが得られる。更に、1稼働で100万データを得ることができるGS FLX+ Systemシークエンサーを利用すると、100検体に対応する100通りのバーコード配列を用いることで、1回の稼働で1万データ/検体の配列データを得ることができる。
【0046】
一方、下記にはリバースプライマー338R-454Bの配列の構造を示す。このリバースプライマーは、後述するシークエンサーでの配列決定に必要なアダプターB配列(大文字で表記)を5’末端側に含み、すべての真正細菌の16S遺伝子にアニーリングするユニバーサルプライマー配列338R(小文字で表記)を3’末端側に含む。
・338R-454Bの配列(配列番号32)
5’-CCTATCCCCTGTGTGCCTTGGCAGTCTCAGtgctgcctcccgtaggagt-3’
【0047】
上記のユニバーサルプライマーセットを用いたPCRにより、唾液細菌叢を構成する種々の細菌種の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNA(約400塩基)が増幅され、それらの混合物をそのPCR産物DNAとして得ることができる。
【0048】
[PCR産物の精製およびシークエンス用サンプルの調製]
各々の唾液細菌叢DNAから得られたPCR産物DNA(その細菌叢を構成する種々の細菌種の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNAの混合物)を、AMPure XP kit(BECKMAN COULTER社)にて処理して、過剰のプラーマーや基質のヌクレオチド等を除去し、精製した。精製DNAは10μlのTEで溶出・回収した。各検体から回収された精製PCR産物DNAの二本鎖DNA量をQuant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kit(Invitrogen社)を用いてそれぞれ定量後、その定量値を得る。ついで、PCR産物DNAをその定量値に基づいて同じDNA量になるように厳密に混合する。この混合溶液中の二本鎖DNA量を、再度Quant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kitを用いて定量して、シークエンサーに供するDNA量を調整する。これを以下のシークエンスに用いるシークエンス用サンプルとした。
【0049】
[16S遺伝子のシークエンシングと配列データの精度評価]
上記シークエンス用サンプルを、解析したい検体数に応じて、ロシュ社製GS FLX+ SystemまたはGS Junior Systemシークエンサーに供しシークエンスを行った。シークエンスの条件・工程等はメーカー所定のプロトコールに従った。なお、このシークエンサーでは、上記で調製したPCR産物DNAの1分子を1つのビーズに固定して、ついで、水(シークエンス用鋳型DNAの増幅のためのPCRプライマー、基質ヌクレオチド、DNA合成酵素を含む)と油のエマルジョン中に独立して形成された微小水滴の1つ1つに1つ1つのビーズを捕獲して、その中でPCRを行ってシークエンス用鋳型DNAを増幅して調製するようになっている。よって、この増幅した鋳型DNAが固定された各ビーズをタイタープレート上に区画した後に、その区画位置上でシークエンス反応のシグナルを読み取りことによって、上記シークエンス用サンプル中に含まれるPCR産物DNA(その細菌叢を構成する種々の細菌種の16S遺伝子のV1-V2領域を含むDNAの混合物)の塩基配列を無作為に決定することができる。また、フォワードプライマー27Fmod-454A中の上記バーコード配列を、各被験者に由来する検体ごとに特徴的な任意の配列にしておけば、GS FLX+ Systemシークエンサーを用いて少なくとも100種類の細菌叢サンプルを、小規模タイプのGS Junior Systemを用いて少なくとも10種類の細菌叢サンプルを同時解析でき、1人の被験者由来のサンプルにつき2,000〜10,000の16S遺伝子の配列データを、およそ10〜20時間で決定することができる。
【0050】
得られた粗配列データ(〜500塩基/データ)については、配列データに含まれるサンプル固有のバーコード配列に基づき、各配列をそれぞれの固有のサンプルに分配した。その後、以下に記した精度評価工程を通して、それらの評価条件(1)〜(3)を満たさない低精度の配列データを除去することにより、高精度データを抽出した。
【0051】
(1)配列データの両末端配列としてユニバーサルプライマー配列(27Fmodおよび338R)との配列類似度が80%以下である配列データを除去した。この工程は相同性検索プログラムのBLASTを用いて行い、両末端にユニバーサルプライマーの配列を持たない不完全な配列データを除去した。
【0052】
(2)シークエンサーに付属のクオリティプログラムを用いて、配列決定した塩基配列の平均クオリティ値が25以下の配列データを除去した。
【0053】
(3)上記で選択された配列データを細菌の16S配列データの公表データベースであるRDP(http://rdp.cme.msu.edu/)とCORE(http://microbiome.osu.edu./)に登録されている16S配列、及び、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)とHMP(http://commonfund.nih.gov/hmp/)に登録されている細菌ゲノム配列中の16S配列とのアラインメント塩基長が90%以上を有する配列データを選択した。90%以下のアラインメント塩基長を有する配列データにはきわめてシークエンスエラーの多いデータやキメラデータが含まれる確率が高いため、これらをこの工程で除去した。
【0054】
以上の精度評価により、各被験者由来のサンプルにおいて、〜10,000の全粗配列データのうち、60〜70%のデータが高精度配列データとして選択された。
【0055】
<試験例2>[Operational Taxonomic Unit (OTU) 解析]
試験例1のようにして取得した高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を、クラスタリング(類似度96%の閾値)によるOperational Taxonomic Unit解析(以下、OTU解析)に供した。
図3にはOTU解析の概略説明図を示す。
図3に示すように、OTU解析においては、配列データの類似度を基準にして各配列データをグループ化する操作を行う。ここでは96%以上の配列類似度を互いに有する配列データのクラスターグループ(以下、OTU)を検出している。なお、配列データのクラスタリングはフリーウェアUSEARCH(http://drive5.com/usearch/usearch3.0.html)などを用いて行うことができる。各OTUは同じ種の細菌に由来すると推測できる。よって、クラスタリングによって得られるOTUの総数(OTU数)は、検出可能な範囲において、その細菌叢を構成する細菌種の数と等価と考えることができる。また、各OTU中に含まれる配列データ数からは、配列データ数全体中の各OTUの割合、つまり菌種組成比を求めることができる。さらに、各OTUの代表配列データについて上記した16S及び細菌ゲノムのデータベースへの相同性検索を行うことにより、もっとも高い配列類似度を有する既知菌種へ帰属、つまり、OTUの菌種を特定できる。
【0056】
図4には、10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析によって得られたOTU数を、健常者群とCD患者群とで比較した結果を示す。
図4に示されるように、健常者群の平均OTU数(10名の平均)とCD患者群の平均OTU数(10名の平均)はそれぞれ132.3(標準偏差29.97)と103.2(標準偏差25.25)であり、CD患者のOTU数は健常者のそれよりも統計学的に有意に低いことが示された(t-testによるp値<0.05)。
【0057】
以上の結果から、CD患者では唾液細菌叢を構成する菌種数(OTU数)が健常者よりも有意に少なくなっていることが明らかとなった。よってその菌種数(OTU数)を指標にして、任意の唾液検体についてクローン病(炎症性腸疾患)と評価される唾液検体を検出できると考えられた。
【0058】
<試験例3>[OTU解析に供される配列データ数の影響]
試験例2では高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を用いたが、用いる配列データ数を300, 500, 700, 1,000, 1,200, 1,500と代えて同様に解析を行い、健常者群の平均OTU数とCD患者群の平均OTU数との有意差(t-testによるp値)を求めた。またそれを3回試行した。
図5Aには試行回ごとのp値を示し、
図5Bは各データ数における平均p値を示す。
【0059】
図5A,Bに示されるように、OTU解析において安定した結果(p値<0.05)を得るためには、1,000データ程度以上の配列データを用いてOTU解析を行うことが必要であった。
【0060】
<試験例4>[UniFrac解析およびそれに基づく主座標分析]
10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、試験例1のようにして取得した高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を、UniFrac解析に供して各被験者間の類似度を求め、その類似度に基づく主座標分析を行った。ここでUniFrac解析は、塩基配列のデータ群から構成される任意の複数群ついて、各群に属する塩基配列の配列どうしの類似度と配列数から、各群間の類似度を数値化する手法である(Lozupone C and Knight R: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl Environ Microbiol 71: 8228-8235 (2005))。また、主座標分析は、対象についての任意の基準の類似度を元にして、その対象をn次元座標上に布置する手法である。なお、UniFrac解析を行うにはフリーウェア(http://bmf.colorado.edu/unifrac/)などが利用可能である。また、主座標分析についても市販のプログラムなどが利用可能である。
【0061】
この試験例では、各被験者に由来する塩基配列のデータ群のOTU解析を試験例2のようにして行い、得られたOTUについて、各OTUに属する代表塩基配列どうしの類似度と各OTUに含まれる塩基配列のデータ数とに基づいてUniFrac解析を行い、10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、各被験者に由来する塩基配列のデータ群の類似度を、系統樹上での系統距離(UniFrac Distance)(以下、群間類似距離)として算出した。そして、その群間類似距離(UniFrac Distance)に基づいた主座標分析を行い、2次元座標上への主座標1および主座標2の値をもとに、各被験者間の菌叢構造の類似度を2次元散布図で表した。その結果を
図6に示す。
【0062】
図6に示されるように、健常者群が布置される座標領域とCD患者群が布置される座標領域とでは、それぞれ明確に異なる座標領域が形成された。このことから、CD患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、少なくともそれらを構成する細菌の種類とその存在量の多寡の菌叢構造において、有意に相異していることが明らかとなった。また、各被験者間の菌叢構造の類似度を、上記群間類似距離またはそれに基づく主座標分析により評価でき、健常者群とCD患者群を明確に識別できることが明らかとなった。
【0063】
以上の結果から、健常者群に対する上記群間類似距離を指標にして、任意の唾液検体からクローン病(炎症性腸疾患)と評価される唾液検体を検出できると考えられた。
【0064】
<試験例5>[UniFrac解析および主座標分析に供される配列データ数の影響]
試験例4では高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を用いたが、用いる配列データ数を50, 100, 2,000と代えて同様にUniFrac解析を行い、それに基づいて各群間の菌叢構造類似度を2次元散布図で表した。その結果を
図7〜9に示す。
【0065】
図7〜9に示されるように、データ数が多いほどより明確に健常者群とCD患者群とを識別できたが、被験者当たりのデータ数が50のときでも、主座標分析で形成された2次元散布図上、健常者群はすべてそのx軸上正の領域に布置され、一方CD患者群はすべてそのx軸上負の領域に布置されて、健常者群とCD患者群とを明確に識別することが可能であった。
【0066】
<試験例6>[健常者とCD患者の間で有意に増減するOTUの探索と菌種の特定]
10名の健常者群および10名のクローン病(CD)患者群について、試験例1のようにして取得した高精度配列データからランダムに抽出した3,000データ(各被験者当り)を20名分まとめて、その60,000データをOTU解析に供した。クラスタリングのための閾値としては、上記した個別細菌叢のOTU解析と同じ96%の配列類似度を閾値として設定した。得られたOTUのうち、健常者群とCD患者群との群間での配列データ数の増減においてt-testによるp値が0.05以下(門レベルと属レベル)及び0.01以下(種レベル)を示すOTUを検出した。また、これらのOTUの門、属、種レベルでの菌種の帰属を、16S遺伝子配列のデータベースであるRDPとCORE、及びゲノム配列のデータベースであるNCBIとHMP(以下まとめてNCBI_genomeと表記)への相同性検索により行った。
【0067】
その結果、下記の解析結果が得られた。
【0068】
(1)門レベルでの有意に増減する菌種
OTU解析から、20名の唾液細菌叢に計12門の細菌種が検出された。その12門のうち、Firmicutes、Bacteroidetes、Actinobacteria、Proteobacteriaの4門に属する菌種の配列データ数が、健常者群とCD患者群の群間で有意に増減していた(t-testによるp値が0.05以下)。そして、Firmicutes門とBacteroidetes門に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な増加を示し、一方で、Actinobacteria門とProteobacteria門に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な減少を示した。
【0069】
その結果を表1にまとめて示す。
【表1】
【0070】
(2)属レベルでの有意に増減する菌種
OTU解析から、20名の唾液細菌叢に計100属の細菌種が検出された。その100属のうち、Prevotella、Streptococcus、Veillonella、Atopobium、Megasphaera、Solobacterium、Actinomyces、Lachnospiraceae、Selenomonas、Rothia、Haemophilus、Neisseria、Gemella、Porphyromonas、Corynebacterium、Capnocytophaga、Bergeyella、Aggregatibacter、Lautropia、Paludibacter、Fusobacterium、Tannerella、Propionibacteriumの23属に属する菌種の配列データ数が、健常者群とCD患者群の群間で有意に増減していた(t-testによるp値が0.05以下)。この23属のうち、9属(Prevotella属、Streptococcus属、Veillonella属、Atopobium属、Megasphaera属、Solobacterium属、Actinomyces属、Uncultured Lachnospiraceae属、Selenomonas属)に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な増加を示し、一方で、14属(Rothia属、Haemophilus属、Neisseria属、Gemella属、Porphyromonas属、Corynebacterium属、Capnocytophaga属、Bergeyella属、Aggregatibacter属、Lautropia属、Paludibacter属、Fusobacterium属、Tannerella属、Propionibacterium属に属する菌種の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な減少を示した。
【0071】
その結果を表2にまとめて示す。
【表2】
【0072】
(3)種レベルでの有意に増減する菌種
OTU解析から、20名の唾液細菌叢に計547種の細菌種が検出された。その547種のうち、Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、Actinomyces graevenitzii、Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、Haemophilus parainfluenzaeの30菌種の配列データ数が、健常者群とCD患者群の群間で有意に増減していた(t-testによるp値が0.01以下)。この30菌種のうち、12菌種(Veillonella atypical、Granulicatella adiacens、Atopobium parvulum、Streptococcus sp. EO2001-02、Veillonella dispar、Streptococcus mitis、Prevotella DO039、Megasphaera micronuciformis、Prevotella salivae、Solobacterium moorei、Prevotella melaninogenica、Actinomyces graevenitzii)の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な増加を示し、一方で、18菌種(Neisseria subflava、Haemophilus nbw161b08c1、Haemophilus sp. CCUG 32367、Rothia aeria、Lautropia mirabilis、Rothia mucilaginosa、Campylobacter gracilis、Corynebacterium matruchotii、Bergeyella 602D02、Capnocytophaga gingivalis、Corynebacterium durum、Gemella haemolysans、Porphyromonas CW034、Streptococcus VG051、Fusobacterium nucleatum、Prevotella IK062、Veillonella dispar、Haemophilus parainfluenzae)の配列データ数において、CD患者群では健常者群に比べて有意な減少を示した。
【0073】
その結果を表3にまとめて示す。
【表3】
【0074】
なお、上記解析における配列データ数は、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16S遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって取得された塩基配列のデータ群中に見出される該当配列の総数(表1〜3中では各群10名の平均値として表わされている。)であり、その大小は、唾液細菌叢を構成する細菌の存在量の多寡を反映しているものと考えられた。
【0075】
また、上記解析においては、各OTUに属する代表塩基配列と既知菌種の16S配列との相同性検索により、各OTUがいずれの門、属、菌種に属するかを特定した。表3には、上記(3)の解析で検出された30 OTUの代表塩基配列(配列番号1〜30)と、それぞれが帰属する既知菌種の16S配列との間の配列類似度とを合わせて示す。表3に示すように、配列類似度の範囲は96.8〜100%となり、そのうち27 OTUでは既知菌種と97%以上の類似度を示し、系統的に同一菌種であると結論づけられた。残りの3 OTUでは配列類似度は97%以下であり、これらのOTUは、それぞれ既知菌種に最も近縁の菌種に帰属するものと考えられた。
【0076】
以上の結果から、CD患者の唾液細菌叢と健常者の唾液細菌叢とでは、特定の門、属、または種に属する細菌の存在量の多寡において、有意に相異していることが明らかとなった。よって、被験者から採取した唾液検体中の細菌叢の16S遺伝子の塩基配列を無作為に決定することによって取得された塩基配列のデータ群中に見出される、その特定の門、属、または種に属する細菌の塩基配列のデータ数、もしくは上記配列番号1〜30の塩基配列のデータ数を指標にして、任意の唾液検体についてクローン病(炎症性腸疾患)と評価される唾液検体を検出できると考えられた。
【0077】
「配列表フリーテキスト」
配列番号31:16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅のためのフォワードプライマー27Fmod-454A
配列番号32:16SリボソームRNA遺伝子のV1-V2領域のPCR増幅のためのリバースプライマー338R-454B