特許第5936073号(P5936073)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5936073マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5936073
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月15日
(54)【発明の名称】マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法
(51)【国際特許分類】
   H04B 10/70 20130101AFI20160602BHJP
【FI】
   H04B9/00 370
【請求項の数】4
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2013-69470(P2013-69470)
(22)【出願日】2013年3月28日
(65)【公開番号】特開2014-192875(P2014-192875A)
(43)【公開日】2014年10月6日
【審査請求日】2014年12月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【弁理士】
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】加藤 豪
(72)【発明者】
【氏名】尾張 正樹
(72)【発明者】
【氏名】村尾 美緒
【審査官】 後澤 瑞征
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−348102(JP,A)
【文献】 Yaoyun Shi and Emina Soljanin,「On Multicast in Quantum Networks」,2006 IEEE Conference on Information Sciences and Systems,2006年 3月,p. 871-876
【文献】 Hirotada Kobayashi 他,「Constructing Quantum Network Coding Schemes from Classical Nonlinear Protocols」,2011 IEEE International Symposium on Information Theory Proceedings,2011年 7月,p. 109-113
【文献】 Debbie Leung 他,「Quantum Network Communication - The Butterfly and Beyond」,IEEE Transactions on Information Theory,2010年 7月,Vol. 56 No. 7,p. 3478-3490
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B10/00−10/90
H04J14/00−14/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nを1以上の整数とし、Mを2以上の整数とし、N個の送信ノードs0,…,sN-1とM個の受信ノードt0,…,tM-1とを含む量子ネットワーク上で、前記送信ノードs0,…,sN-1から前記受信ノードt0,…,tM-1へ量子状態を符号化してマルチキャストするマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法であって、
前記量子ネットワークに対応する古典ネットワーク上で、前記送信ノードs0,…,sN-1から前記受信ノードt0,…,tM-1へ古典情報を符号化してマルチキャストする古典プロトコルが存在し、
前記受信ノードt0,…,tM-1は、前記量子ネットワークの通信次元に依存せず、前記受信ノードt0と前記受信ノードt1,…,tM-1との間で非対称な量子もつれ状態を共有しており、
・!を値・の階乗とし、nを0以上N-1以下の整数とし、mを0以上M-1以下の整数とし、|φn>をn番目の送信ノードsnが送信する量子状態とし、dnを前記量子状態|φn>の次元とし、Bm(n),Dm(n)をm番目の受信ノードtmに属しn番目の送信ノードsnに対応する空間とし、SMをM元の置換群とし、j0(n),j1(n),…,jM-1(n)を0以上dn未満の整数とし、σ(0),σ(1),…,σ(M-1)を置換群SMの元σにより指定される0,1,…,M-1の置換先である整数とし、
【数61】

とし、αj(n)を次式を満たす複素係数とし、
【数79】

前記送信ノードsn(n=0,…,N-1)が用意した次式で定義される入力量子状態|Φin>を、
【数62】

前記量子ネットワークに含まれる全てのノードが前記古典プロトコルを前記量子ネットワーク上でシミュレートして符号化し、前記受信ノードt0,…,tM-1へマルチキャストすることにより、次式で定義される量子状態を生成する量子状態生成ステップと、
【数63】

前記受信ノードtm(m=0,…,M-1)それぞれが、前記空間Bm(n),Dm(n)に対応する量子状態と補助空間に対応する初期化した量子状態とを合わせた量子状態に対して、前記補助空間に対応する量子状態が前記空間Bm(n)に対応する量子状態を前記空間Dm(n)に対応する量子状態で指定されるインデックスにより並べ替えもしくは部分選択した状態となるように変換するユニタリ変換を実行して第一変換後量子状態を生成する第一変換ステップと、
前記受信ノードtm(m=1,…,M-1)それぞれが前記第一変換後量子状態に対して前記空間Bm(n),Dm(n)を観測し、前記受信ノードt0がその観測結果を用いて前記空間B0(n),D0(n)へのユニタリ変換を実行して第二変換後量子状態を生成する第二変換ステップと、
前記受信ノードt0が前記第二変換後量子状態に対して前記空間B0(n),D0(n)を観測し、その観測結果を用いて前記受信ノードt0に属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第三変換後量子状態を生成する第三変換ステップと、
前記受信ノードt0が前記第三変換後量子状態に対して前記受信ノードt0に属する補助空間を観測し、前記受信ノードtm(m=1,…,M-1)それぞれがその観測結果を用いて前記受信ノードtmに属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第四変換後量子状態を生成する第四変換ステップと、
を含むマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【請求項2】
請求項1に記載のマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法であって、
Anをn番目の送信ノードsnに属する空間とし、
前記量子状態|Φin>は、次式で定義され、
【数64】

前記量子もつれ状態は、次式で定義され、
【数65】

前記第一変換後量子状態は、E0(n),E0,1(n),…,E0,M-1(n)を受信ノードt0に属しn番目の送信ノードsnに対応する補助空間とし、Em(n)をm番目の受信ノードtmに属しn番目の送信ノードsnに対応する補助空間とし、次式で定義され、
【数66】

前記第二変換後量子状態は、次式で定義され、
【数67】

前記第三変換後量子状態は、次式で定義され、
【数68】

前記第四変換後量子状態は、次式で定義される
【数69】

ことを特徴とするマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【請求項3】
1個の送信ノードsと2個の受信ノードt0,t1と4個の中継ノード1,2,3,4とを含み、送信ノードsと中継ノード1の間、送信ノードsと中継ノード2の間、中継ノード1と中継ノード3の間、中継ノード2と中継ノード3の間、中継ノード3と中継ノード4の間、中継ノード1と受信ノードt0の間、中継ノード4と受信ノードt0の間、中継ノード2と受信ノードt1の間、中継ノード4と受信ノードt1の間のそれぞれが、量子状態および古典情報を送信可能に構成されている量子ネットワーク上で、前記送信ノードsから前記受信ノードt0,t1へ量子状態を符号化してマルチキャストするマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法であって、
前記量子ネットワークに対応する古典ネットワーク上で、前記送信ノードsから前記受信ノードt0,t1へ古典情報を符号化してマルチキャストする古典プロトコルが存在し、
前記受信ノードt0,t1は、前記量子ネットワークの通信次元に依存せず、前記受信ノードt0と前記受信ノードt1との間で非対称な量子もつれ状態を共有しており、
Am,Bm,Cm,Dmをm番目の受信ノードtmに属する空間とし、dを2以上の整数とし、aをdを法とする剰余環Zdの元とし、a0,a1を0以上d未満の整数とし、αaを次式を満たす複素係数とし、
【数70】

前記送信ノードsが用意した次式で定義される入力量子状態|Φin>を、
【数71】

前記量子ネットワークに含まれる全てのノードが前記古典プロトコルを前記量子ネットワーク上でシミュレートして符号化し、前記受信ノードt0,t1へマルチキャストすることにより、次式で定義される量子状態を生成する量子状態生成ステップと、
【数72】

前記受信ノードtm(m=0,1)それぞれが、前記空間Am,Bm,Cm,Dmに対応する量子状態と補助空間に対応する初期化した量子状態とを合わせた量子状態に対して、前記補助空間に対応する量子状態が前記空間Am,Bmに対応する量子状態を前記空間Cm,Dmに対応する量子状態で指定されるインデックスにより並べ替えもしくは部分選択した状態となるように変換するユニタリ変換を実行して第一変換後量子状態を生成する第一変換ステップと、
前記受信ノードt1が前記第一変換後量子状態に対して前記空間A1,B1,C1を観測し、前記受信ノードt0がその観測結果を用いて前記空間A0,B0,D0へのユニタリ変換を実行して第二変換後量子状態を生成する第二変換ステップと、
前記受信ノードt0が前記第二変換後量子状態に対して前記空間A0,B0,C0,D0を観測し、その観測結果を用いて前記受信ノードt0に属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第三変換後量子状態を生成する第三変換ステップと、
前記受信ノードt0が前記第三変換後量子状態に対して前記受信ノードt0に属する補助空間を観測し、前記受信ノードt1がその観測結果を用いて前記受信ノードt1に属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第四変換後量子状態を生成する第四変換ステップと、
を含むマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【請求項4】
請求項3に記載のマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法であって、
前記量子状態|Φin>は、次式で定義され、
【数73】

前記量子もつれ状態は、次式で定義され、
【数74】

前記第一変換後量子状態は、E0,F0を受信ノードt0に属する補助空間とし、E1を受信ノードt1に属する補助空間とし、次式で定義され、
【数75】

前記第二変換後量子状態は、次式で定義され、
【数76】

前記第三変換後量子状態は、次式で定義され、
【数77】

前記第四変換後量子状態は、次式で定義される
【数78】

ことを特徴とするマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、量子ネットワーク符号化技術に関わり、詳しくは、ボトルネックが存在する量子ネットワークにおいてノード間で純粋状態をマルチキャストするための量子ネットワーク符号化技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ネットワークにボトルネックが存在する場合に、各ノードにおいて情報を符号化することによって効率的に情報通信を行う手法は、ネットワーク符号化と呼ばれる古典的情報処理技術の一分野である。
【0003】
量子情報処理技術においても、量子ネットワークの各ノードで量子状態を符号化することを許容することで、どのように効率的な量子通信を達成するかという問題が、量子ネットワーク符号化と呼ばれ、近年盛んに研究されている(例えば非特許文献1,2参照)。
【0004】
基本的な(古典または量子)ネットワーク符号化は、大きく分けて、[1]1つの情報源ノードから、中継ノードでの符号化を経て、多数の終端ノードに同一の情報を送信するマルチキャストネットワーク符号化と、[2]N個の情報源ノードとN個の終端ノードが一対一で対応しており、中継ノードでの符号化を用いることで、それぞれの情報源ノードが対応する終端ノードに情報を送信するセッション間ネットワーク符号化に分類される。
【0005】
ここでは、量子ネットワーク上での量子通信のマルチキャストネットワーク符号化であるマルチキャスト量子ネットワーク符号化を考える。また、量子ネットワーク符号化は、ノード間の古典情報の通信をどの程度許容するかに応じて分類ができるので、ここでは各ノード間での古典情報通信は量子ネットワーク形状とは無関係に無制限に許可されるものとする。
【0006】
量子ネットワーク符号化を分類する場合、上述のように目的の面からも分類できるが、手段に関しても分類する事ができる。具体的には、ノード間の古典情報/量子情報の通信をどの様に許容するかで分類ができる。より具体的には、例えば1ビットの古典情報通信と1量子ビットの量子情報通信を同等のコストと捉え、その総和を制限するというモデルがある。これは、1量子ビットの量子情報の通信のみを用いて古典情報を送る場合には、1ビットの古典情報しか送ることができない、という理論的な対応に裏打ちされたモデルである。もう一方で、古典情報の通信は無制限に許可され、量子情報の通信のみを制限するというモデルがある。このモデルは、量子通信を実現するのは古典通信を実現するのに比べれば桁違いに困難であるという実験的事実に裏打ちされたモデルである。
【0007】
古典情報通信が無制限に許可されるモデルによる量子ネットワーク符号化に関する従来技術としては、非特許文献1に説明されている技術と非特許文献2を用いたその非線形符号への一般化が存在する。また、量子情報をマルチキャストする従来技術として非特許文献3に説明されている技術が存在する。非特許文献3は複数の情報源ノードから複数の終端ノードへ量子情報を送信することを目的としている。
【0008】
非特許文献1は、1個の情報源ノードとN個の終端ノードを持ち、レートがr(単位時間当たりrビットをN個すべての終端ノードに送信可能)であるような可解な古典線型マルチキャストネットワーク符号を元にして、対応する量子ネットワーク上で自由な古典通信を許した場合には、N個の終端ノードのうちの任意のr個に単位時間当たり1量子ビットの情報を送信する量子ネットワーク符号の作成法を提案している。
【0009】
非特許文献2は、N個の情報源ノードとN個の終端ノードを持つレートrの古典セッション間ネットワーク符号を元にして、N個の情報源ノードとN個の終端ノードを持つレートrの自由な古典通信を許す量子セッション間ネットワーク符号の作成法を提案している。
【0010】
非特許文献2では、非線形な古典セッション間ネットワーク符号に対しても、対応する量子セッション間ネットワーク符号の作成法を提案しているが、同じ手法は、非特許文献1で考えられているマルチキャストネットワーク符号化にも適応可能である。これにより1個の情報源ノードとN個の終端ノードを持ち、レートがrであるような可解な非線形も含む任意の古典マルチキャストネットワーク符号を元にして、N個の終端ノードのうちの任意のr個に1量子ビットの情報を送信する自由な古典情報通信を許す量子ネットワーク符号が作成できることがわかる。
【0011】
非特許文献3では、量子状態のマルチキャストをタスクとして実行しているが、高度なネットワーク符号化はなされておらず、ノード間の量子情報送受信時に逐一「符号化」「復号化」を実施するものである。非特許文献3は、具体的には次のような技術である。|φ>を各ノードに送ろうとした場合、コピー不可能性の定理から、送信ノードが|φ>(×)Mを用意して受信ノードに配信する必要がある。この時|φ>の存在する量子空間をd次元とした場合、単純に実行しようとすると、|φ>(×)Mをあるノードから他のノードに送ろうとするときにdM次元の容量が必要と思われるが、|φ>(×)Mは全体の空間のうち、完全対称な部分空間に常に含まれるという事実を使って各ノード間で「符号化」「復号化」を実施する技術である。他方、非特許文献1,2においては高度なネットワーク符号化がなされている一方、本質的に実現されるタスクは、セッション間の量子情報の送受信を目的としている。
【0012】
非特許文献1,2においては、古典情報のネットワークコーディングを援用して、対応する量子ネットワークを定義し、量子ネットワーク符号化を具体的に構成している。ここでは、この量子ネットワーク符号化を、バタフライネットワークを例に取って説明する。
【0013】
バタフライネットワークは図1で表されるネットワークであり、1つの情報源ノード(ノードs)と2つの終端ノード(ノードt0,t1)と4つの中継ノード(ノード1,2,3,4)と9つのアーク(s,1),(s,2),(1,3),(1,t0),(2,3),(2,t1),(3,4),(4,t0),(4,t1)から構成される。各アークは単位時間当たりd値の古典情報を伝送可能であるとすると、図1に表される方法で符号化することで、単位時間当たりd2値の古典情報のマルチキャスト通信が可能である。
【0014】
一般に、d値の古典情報N個a0,a1,…,aN-1をd値の古典情報M個a'0,a'1,…,a'M-1に符号化する(古典)符号は有限体GF(dN)から有限体GF(dM)への写像f(a0,a1,…,aN-1)=(a'0,a'1,…,a'M-1)で与えられる。数学的にdNが有限体になるのは、dが素数のべき乗の場合のみであるが、本明細書の技術はdが素数のべき乗でない場合においても成立する。よって、以下、dは必ずしも素数のべき乗ではない場合も含めて議論をする。この場合は、d値の古典情報N個a0,a1,…,aN-1は、剰余環Z/dNZを張ることになる。ここでZは整数環を表す。この場合においても、Z/dNZをGF(dN)と表すことにする。与えられたノードnがN個の入力アークとM個の出力アークを持つとするとノードでの(古典)符号は一般にGF(dN)からGF(dM)への写像fn(a0,a1,…,aN-1)=(a'0,a'1,…,a'M-1)という形で与えられるが、ここでは
f1(a)=f2(a)=f4(a)=(a,a) …(1)
f3(a0,a1)=(a0(+)a1) …(2)
で与えられる。ここで(+)はdを法とする有限群上の加法を表す。終端ノードがそれぞれ復号
ft0(a0,a1)=(a0,(-a0)(+)a1) …(3)
ft1(a0,a1)=(a0(+)(-a1),a1) …(4)
を行うことで、2つの終端ノードへの入力b0,b1の送信が完了する。
【0015】
次に、上記の古典ネットワーク符号を非特許文献1に従って量子ネットワーク符号に書き換える。量子バタフライネットワークは、図1において入力がb0,b1の代わりに、d2次元空間に含まれる量子状態
【0016】
【数1】
【0017】
で与えられる。また、古典情報の場合は、各アークは単位時間当たりにd値の古典情報の通信を許されていたが、ここでは各アークは単位時間当たりd次元の量子状態の送信が許される。また、古典通信はすべてのノード間で無制限かつ瞬時に行われるものとする。
【0018】
この条件の下で、量子ネットワーク符号化は以下の3つのステップで構成される。
1.古典プロトコルを量子ネットワーク上で形式的にシミュレートすることにより量子もつれ状態を量子ネットワーク上に構成する。
2.余計な量子もつれをフーリエ基底への観測で壊すことによって、入力量子状態を別のノードに移動させる。ここで、フーリエ基底は次式で定義される。
【0019】
【数2】
【0020】
3.観測結果に依存する位相のずれを訂正する。
【0021】
これらのステップは、非特許文献1のようにノードごとに行ってもよいし、非特許文献2のようにすべてのノードに対してステップ1を行ってから、ステップ2とステップ3を順に行っていってもよい。
【0022】
ステップ1は、GF(dN)からGF(dM)への写像f:(a0,a1,…,aN-1)→f(a0,a1,…,aN-1)∈GF(dM-1)に対してN+M個のd次元量子状態に対するユニタリーゲート
Uf:|a0,a1,…,aN-1>(×)|0,0,…,0>→|a0,a1,…,aN-1>(×)|f(a0,a1,…,aN-1)> …(5)
を用いることで行われる。ここで(×)はテンソル積を表す。以降の数式中においては下記の記号で表記することもある。
【0023】
【数3】
Ufは一意ではなく、式(5)を満たす任意のユニタリーゲートでよい。
【0024】
今、ノードに対する入力量子状態が式(6)という一般のN個のd次元量子状態だとすると、ユニタリーゲートUfを演算した後の状態は式(7)となる。
【0025】
【数4】
【0026】
ここで、a0,…,aN-1はdを法とする剰余環Zdの元であり、複素係数αa0,a1,…,aN-1は式(8)を満たす。
【0027】
【数5】
【0028】
このままでは欲しい出力にならないので、入力のN個のd次元量子状態と出力のM個のd次元量子状態の間の不必要な量子もつれを壊す必要がある。これは、次のように行われる。
【0029】
まず、入力のN個のd次元量子状態のそれぞれをフーリエ基底で測定し、その出力を(p0,p1,…,pN-1)とする。この操作で、式(7)で表されるユニタリーゲートの出力状態は、観測結果(p0,p1,…,pN-1)に依存して式(9)のように変形される。
【0030】
【数6】
【0031】
ここでは観測された量子状態は壊れてなくなる(破壊測定)として話を進めるが、もちろん非破壊測定を行ってもよい。この場合は、単に以後その量子状態を使わなくなるだけである。
【0032】
欲しい状態と式(9)の状態との間には、観測結果に依存する位相のずれがある。この位相のずれは式(10)で表される。
【0033】
【数7】
【0034】
この位相のずれを訂正するためには、観測結果(p0,p1,…,pN-1)と写像fに依存して量子ゲートを掛ける必要がある。これが量子ネットワーク符号化の最後のステップとなるのだが、最も複雑なところであるので、一般的な手法はここでは説明しない。
【0035】
代わりにバタフライネットワークの場合のプロトコルを例示する。なお、式(1)で表されるf1等については、上記のような3つのステップを得ることなく、入力量子状態と|0>を合わせてゲートC-X:|a0,a1>→|a0,a0(+)a1>を演算するだけで、上記の手法ですべてのステップを行った場合と同じ結果を得ることができる。以下では、ノード1,2,4ではこの方法を使うことにする。
【0036】
バタフライネットワークにおける図1で表される古典ネットワーク符号に対応する量子ネットワーク符号は以下のように構成される。なお、以下では、単位時間あたりの各ノードの操作と、その結果得られる単位時間における入力状態と出力状態の関係のみを扱う。実際の量子通信は単位時間あたりに以下の操作を繰り返すことで行われる。
【0037】
1.ノードsは2個のd次元空間に含まれる状態|Ψin>を生成し、2つの空間をそれぞれノード1とノード2に送信する。
2.ノード1とノード2は、それぞれ、受け取った量子状態と新しい量子状態|0>を合わせてC-Xゲートを演算し、ノード1はノード3とノードt0に、ノード2はノード3とノードt1に、出力量子状態を1個ずつ送信する。
3.ノード3は、ノード1とノード2から受け取った合計2個の量子状態と新しい量子状態|0>にユニタリーゲートUf3を掛け(f3は式(2)で定義されている)、更にノード1とノード2から送られた量子状態をそれぞれフーリエ基底で観測して、観測結果(p0,p1)を得る。ここで、p0はノード1から来た量子状態の観測値、p1はノード2から来た量子状態の観測値である。ノード3は、p0をノードt0に、p1をノードt1に送信する。最後にノード3は、残った量子状態(自分で最初に用意した量子状態)をノード4に送信する。
4.ノード4は、ノード3から受け取った量子状態と新しく量子状態|0>を合わせてC-Xゲートを演算する。ノード4は、出力した2つの量子状態をノードt0とノードt1に送信する。
5.ノードt0はノード1から受信した量子状態にZp0を演算する。ノードt1もノード2から受信した量子状態にZp1を演算する。ここで、Zは式(11)で定義される。
【0038】
【数8】
【0039】
6.ノードt0はノード1とノード4から送られてきた合計2個の量子状態に、ノード1からの状態を制御状態としてC-Xゲートの逆演算を作用させる。同様に、ノードt1はノード2とノード4から送られてきた合計2個の量子状態にノード2からの状態を制御状態としてC-Xゲートの逆演算を作用させる。
【0040】
上記のプロトコルを行うことで、入力量子状態|Ψin>:=Σa0,a1αa0,a1|a0,a1>に対して、ノードt0とノードt1の4個の量子状態の出力|Ψout>A0B0A1B1は式(12)となる。
【0041】
【数9】
【0042】
ここで量子空間AmとBmはノードtmが持っている(m=0,1)。ここから、フーリエ基底での観測とその観測結果に応じたZ演算で、|Ψin>の第1の状態空間を状態空間A0とA1のどちらか望む方、|Ψin>の第2の状態空間を状態空間B0とB1のどちらか望む方に再構成することができる。例えば、状態空間A0と状態空間B1に構成したければ、状態空間A1をフーリエ基底で観測し、得られた観測結果pに応じてZpを状態空間A0に演算し、更に状態空間B0をフーリエ基底で観測し、得られた観測結果qに応じてZqを状態空間B1に演算するとよい。これで、|Ψin>B0A1が得られる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0043】
【非特許文献1】H. Kobayashi, F. Le Gall, H. Nishimura, M. Roetteler, “Perfect quantum network communication protocol based on classical network coding”, Proceedings of the 2010 IEEE International Symposium on Information Theory (ISIT 2010), pp. 2686-2690, 2010. arXiv:0902.1299. <http://arxiv.org/abs/0902.1299>
【非特許文献2】H. Kobayashi, F. Le Gall, H. Nishimura, M. Roetteler, “Constructing Quantum Network Coding Schemes from Classical Nonlinear Protocols”, Proceedings of the 2011 IEEE International Symposium on Information Theory (ISIT 2011) , pp. 109-113, 2011. arXiv:1012.4583 <http://arxiv.org/abs/1012.4583>
【非特許文献3】Y. Shi and E. Soljanin, “On Multicast in Quantum Networks”, Proceedings of 40th Annual Conference on Information Science and System (CISS 2006), pp. 871-876, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0044】
ネットワーク上における量子情報のマルチキャストを実現する非特許文献3に記載の従来技術は、一定の量子通信量の低下を実現している。しかし、それは結線されたノード間の量子情報送受信時に逐一「符号化」「復号化」を実施するものであり、狭義にはネットワーク符号化と言い得ない。そもそも、量子通信は現状において非常に高価なものであり、あらゆる手段を講じてその要求容量の低減を図ることは非常に重要である。
【0045】
非特許文献1,2に記載の従来技術では、安価な古典通信をふんだんに使い、量子ネットワークにおいて広域にわたってネットワーク符号化を行う方法が提供されている。しかし、これらの従来技術はマルチキャストという目的を果たしていない。すなわち、元の古典ネットワーク符号は、古典情報を複数の終端ノードすべてに配信しているが、上述の対応する量子ネットワーク符号は、入力量子状態の各々の空間を複数の終端ノードそれぞれに送信することしかできていない。なお、終端ノードのいずれか1個にのみ量子状態全体を送信することも可能であることは容易にわかる。この場合、残りの終端ノードには入力量子状態に関する情報は何も残されない。
【0046】
この発明では、実際に入力量子状態を複数の受信ノードすべてに配信する方法を考える。例えば上述のバタフライネットワークの場合であれば、出力状態|Ψout>A0B0A1B1が|Ψout>A0B0A1B1=|Ψin>A0B0in>A1B1となる量子ネットワーク符号を作成したい。しかし、入力状態を変更させない場合、このようなタスクは、クローン禁止定理により量子力学の原理に反するため作成不可能である。そこでこの発明では、Mを受信ノードの数として、入力量子状態を|Ψin>(×)Mとして所望の出力を得る量子ネットワーク符号を構成する。
【0047】
この発明の目的は、入力された量子状態をマルチキャストする量子ネットワーク符号化技術において、量子通信の負荷を低減させることができるマルチキャスト量子ネットワーク符号化技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0048】
上記の課題を解決するために、この発明の一態様によるマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法は、Nを1以上の整数とし、Mを2以上の整数とし、N個の送信ノードs0,…,sN-1とM個の受信ノードt0,…,tM-1とを含む量子ネットワーク上で、送信ノードs0,…,sN-1から受信ノードt0,…,tM-1へ量子状態を符号化してマルチキャストする。量子ネットワークに対応する古典ネットワーク上で、送信ノードs0,…,sN-1から受信ノードt0,…,tM-1へ古典情報を符号化してマルチキャストする古典プロトコルが存在し、受信ノードt0,…,tM-1は、量子ネットワークの通信次元に依存せず、受信ノードt0と受信ノードt1,…,tM-1との間で非対称な量子もつれ状態を共有しており、・!を値・の階乗とし、nを0以上N-1以下の整数とし、mを0以上M-1以下の整数とし、|φn>をn番目の送信ノードsnが送信する量子状態とし、dnを前記量子状態|φn>の次元とし、Bm(n),Dm(n)をm番目の受信ノードtmに属しn番目の送信ノードsnに対応する空間とし、SMをM元の置換群とし、
【0049】
【数10】
とする。
【0050】
この態様によるマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法は、送信ノードsn(n=0,…,N-1)が用意した次式で定義される入力量子状態|Φin>を用いて、
【0051】
【数11】
【0052】
量子ネットワークに含まれる全てのノードが古典プロトコルを量子ネットワーク上でシミュレートすることにより、次式で定義される量子状態を生成する量子状態生成ステップと、
【0053】
【数12】
【0054】
受信ノードtm(m=0,…,M-1)それぞれが、空間Bm(n),Dm(n)に対応する量子状態と補助空間に対応する初期化した量子状態とを合わせた量子状態に対して、補助空間に対応する量子状態が空間Bm(n)に対応する量子状態を空間Dm(n)に対応する量子状態で指定されるインデックスにより並べ替えもしくは部分選択した状態となるように変換するユニタリ変換を実行して第一変換後量子状態を生成する第一変換ステップと、受信ノードtm(m=1,…,M-1)それぞれが第一変換後量子状態に対して空間Bm(n),Dm(n)を観測し、受信ノードt0がその観測結果を用いて空間B0(n),D0(n)へのユニタリ変換を実行して第二変換後量子状態を生成する第二変換ステップと、受信ノードt0が第二変換後量子状態に対して空間B0(n),D0(n)を観測し、その観測結果を用いて受信ノードt0に属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第三変換後量子状態を生成する第三変換ステップと、受信ノードt0が第三変換後量子状態に対して受信ノードt0に属する補助空間を観測し、受信ノードtm(m=1,…,M-1)それぞれがその観測結果を用いて受信ノードtmに属する補助空間Em(n)へのユニタリ変換を実行して第四変換後量子状態を生成する第四変換ステップとを含む。
【0055】
この発明の他の態様によるマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法は、1個の送信ノードsと2個の受信ノードt0,t1と4個の中継ノード1,2,3,4とを含み、送信ノードsと中継ノード1の間、送信ノードsと中継ノード2の間、中継ノード1と中継ノード3の間、中継ノード2と中継ノード3の間、中継ノード3と中継ノード4の間、中継ノード1と受信ノードt0の間、中継ノード4と受信ノードt0の間、中継ノード2と受信ノードt1の間、中継ノード4と受信ノードt1の間のそれぞれが、量子状態および古典情報を送信可能に構成されている量子ネットワーク上で、送信ノードsから受信ノードt0,t1へ量子状態を符号化してマルチキャストする。量子ネットワークに対応する古典ネットワーク上で、送信ノードsから受信ノードt0,t1へ古典情報を符号化してマルチキャストする古典プロトコルが存在し、受信ノードt0,t1は、量子ネットワークの通信次元に依存せず、受信ノードt0と受信ノードt1との間で非対称な量子もつれ状態を共有しており、Am,Bm,Cm,Dmをm番目の受信ノードtmに属する空間とし、dを2以上の整数とし、aをdを法とする剰余環Zdの元とし、αaを次式を満たす複素係数とする。
【0056】
【数13】
【0057】
この態様によるマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法は、送信ノードsが用意した次式で定義される入力量子状態|Φin>を用いて、
【0058】
【数14】
【0059】
量子ネットワークに含まれる全てのノードが古典プロトコルを量子ネットワーク上でシミュレートすることにより、次式で定義される量子状態を生成する量子状態生成ステップと、
【0060】
【数15】
【0061】
受信ノードtm(m=0,1)それぞれが、空間Am,Bm,Cm,Dmに対応する量子状態と補助空間に対応する初期化した量子状態とを合わせた量子状態に対して、補助空間に対応する量子状態が空間Am,Bmに対応する量子状態を空間Cm,Dmに対応する量子状態で指定されるインデックスにより並べ替えもしくは部分選択した状態と等しくなるように変換するユニタリ変換を実行して第一変換後量子状態を生成する第一変換ステップと、受信ノードt1が第一変換後量子状態に対して空間A1,B1,C1を観測し、受信ノードt0がその観測結果を用いて空間A0,B0,D0へのユニタリ変換を実行して第二変換後量子状態を生成する第二変換ステップと、受信ノードt0が第二変換後量子状態に対して空間A0,B0,C0,D0を観測し、その観測結果を用いて受信ノードt0に属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第三変換後量子状態を生成する第三変換ステップと、受信ノードt0が第三変換後量子状態に対して受信ノードt0に属する補助空間を観測し、受信ノードt1がその観測結果を用いて受信ノードt1に属する補助空間へのユニタリ変換を実行して第四変換後量子状態を生成する第四変換ステップとを含む。
【発明の効果】
【0062】
この発明によれば、量子状態をマルチキャストする量子ネットワーク符号化技術において量子通信の負荷を低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
図1】バタフライネットワークの構成を説明する図。
図2】マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法の処理フローを例示する図。
【発明を実施するための形態】
【0064】
この発明では、多くの研究がなされている古典ネットワークコーディングによるマルチキャストプロトコルを援用して、若干の量子もつれ状態を受信ノード間におけるリソースとして利用する量子ネットワーク符号化プロトコルを構成する。
[前提条件]
まず、この発明の前提条件を以下に示す。これらの前提条件は以降で説明するすべての実施形態で共通するものである。
・量子ネットワークが存在する。
・量子ネットワークの各ノード間で許される量子通信の容量が制限されている。
・量子ネットワークの各ノード間で行われる古典通信は本質的には制限されていない。
・量子状態のマルチキャストを行う事を目的とする。
・マルチキャストされた量子状態のフィデリティー(忠実度)は本質的に1になる。
【0065】
この発明の量子ネットワーク符号化方法は、古典ネットワークコーディングのシミュレーションパートと、終端ノード間で共有された量子もつれを用いた後処理パートとで構成される。
【0066】
古典ネットワークコーディングのシミュレーションパートとは以下のものを指す。
・問題とする量子ネットワークに対応する古典ネットワーク上の対応する古典ネットワーク符号が存在する。
・対応する古典ネットワークとは、量子ネットワークにおいて量子通信が許容されているノード間を線で繋いだ場合にできるグラフと、古典ネットワークにおいて古典通信が許容されているノード間を線で繋いだ場合にできるグラフが同一のものを指す。これにより、古典ネットワーク上の端子および通信路と量子ネットワーク上の端子および通信路の間の対応関係が与えられる。
・対応する古典ネットワーク符号とは以下のものを指す。すなわち、適当な正規直交基底を量子ネットワーク上の各通信路や各ノードにおいて設定する。この時、入力量子状態を入力端子の基底の任意の一つとした時に、各ノードに存在する量子状態や通信路を通過する量子状態それぞれは、基底状態の一つになっている。この基底状態は、対応する古典ネットワーク符号の対応するノードや対応する通信路上を流れる古典情報と一対一に対応させることができる。ただし、この対応づけは入力量子状態の選び方に依存しないものとする。また、ここで言う入力とは、マルチキャストすべき量子状態の入力だけではなく、中間で利用されるサブルーチンへの入力も含む。
【0067】
ただし、上記の条件全てを満たさなくても、「量子通信路がある事は、量子もつれと古典通信で代用できる」、「量子もつれを共有している事は量子通信路がある事で代用ができる」という2つの事実を通じて変形可能な量子情報プロトコルは全て含むものとする。
【0068】
以下、この発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、図面中において同じ機能を有する構成部には同じ番号を付し、重複説明を省略する。
【0069】
[第一実施形態]
第一実施形態はバタフライネットワークに適用したマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法である。バタフライネットワークにおいて援用する古典ネットワークとそれに対応する量子ネットワークの関係は、非特許文献1,2の記載と同等の関係にある。バタフライネットワークの構成については図1に示した従来技術と同様であるので、ここでは詳細な説明は省略する。
【0070】
図2を参照して、第一実施形態のマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法の処理フローを手続きの順に従って説明する。
【0071】
<S1:量子状態生成ステップ>
入力量子状態|Φin>を式(13)により定義する。
【0072】
【数16】
【0073】
ここで、
【数17】
とすると、
【0074】
【数18】
と書けるが、この「同一の二つの量子状態」そのものを入力とは考えない。というのも、この状態は本来d2次元空間中の量子状態であるが、~d次元の完全対称な部分空間に入っている状態なので、~d’次元の二つの量子空間の中に存在する量子状態と考える。ここで、~dは式(14)により求められる。~d’は式(15)により求められる。
【0075】
【数19】
【0076】
ただし、
【数20】
は天井関数であり、値・以上の最小の整数を表す。
【0077】
送信ノードsでは、この~d’2次元の量子状態|Ψin>を入力量子状態として、従来技術と同様のプロトコルを利用することにより、式(16)で定義される出力量子状態|Ψout>を得る。
【0078】
【数21】
【0079】
ただし、
【数22】
【0080】
とする。ここで、A0,B0は受信ノードt0に属する状態空間であり、A1,B1は受信ノードt1に属する状態空間である。
【0081】
ここで、終端ノードである受信ノードt0と受信ノードt1の間で、事前に式(18)で定義される量子もつれ状態をリソースとして共有しているものとする。
【0082】
【数23】
【0083】
ここで、i=0,1として、CiとDiはそれぞれ受信ノードtiに局在している状態空間とする。この量子もつれは受信ノードt0と受信ノードt1のEPRペアと同等の量子もつれを持っており、送信しようとしている量子状態の次元に依存しない。
【0084】
上記を踏まえると、全系の量子状態は式(19)で書き下すことができる。
【0085】
【数24】
【0086】
<S2:第一変換ステップ>
受信ノードt0と受信ノードt1のそれぞれが空間E0,F0,E1を補助空間として持ち込み、受信ノードt0に対して式(20)を満たすユニタリ演算Ut0を作用させる。ここで、E0,F0は受信ノードt0に属する補助空間であり、E1は受信ノードt1に属する補助空間である。
【0087】
【数25】
【0088】
また、受信ノードt1に対して式(21)を満たすユニタリ演算Ut1を作用させる。
【0089】
【数26】
【0090】
ただし、式(20)(21)は、0/1,1/0を、前者を0としたときは後者を1とし(0,1)、前者を1としたときには後者を0とする(1,0)ように選択した時に成り立つ関係とする。
【0091】
ユニタリ変換Ut0,Ut1により、式(22)で定義される量子状態が得られる。式(22)の量子状態を第一変換後量子状態と呼ぶ。
【0092】
【数27】
【0093】
<S3:第二変換ステップ>
受信ノードt0と受信ノードt1のそれぞれにおいて、第一変換後量子状態をフーリエ基底で観測して、位相の修正をするという操作をする。このとき、以下の一般化した枠組みを利用する。
【0094】
まず、{|x>}x,{|y>}yを正規直行基底とする。ここで、
【0095】
【数28】
【0096】
が与えられた場合、空間Cでの観測と、その観測結果を用いた空間Aへのユニタリ変換を実行することで、
【0097】
【数29】
【0098】
を得ることができる。言い換えると、空間Cの量子状態が空間Aの量子状態により一意に定まる場合であれば、空間Cを観測してその結果を用いた空間Aへのユニタリ変換を実行することで空間Cを消去することができる。
【0099】
具体的には以下の操作を行う。dを空間Cの次元数とした場合、式(25)に示すフーリエ基底による射影測定を行い、観測結果pを得る。
【0100】
【数30】
【0101】
観測後の量子状態は、観測結果pを用いて式(26)で記述することができる。
【0102】
【数31】
【0103】
次に、観測結果pに応じて、式(27)で定義されるユニタリ行列を作用させる。これらの操作により所望の量子状態が得られる。
【0104】
【数32】
【0105】
以降の説明では、このような操作を「空間Aを使って空間Cを消去する」と呼ぶ。この操作において注意すべき点は、空間を跨いだ観測やユニタリ変換を行っていない点と、純粋に空間Cを無視すると失われてしまう位相情報が残されて全系が純粋状態のままである点である。
【0106】
受信ノードt1は、空間A0,B0,D0を使って空間A1,B1,C1を消去する。すなわち、第一変換後量子状態に対して空間A1,B1,D1をフーリエ基底で観測し、その観測結果を用いて空間A0,B0,D0へのユニタリ変換を実行する。変換後の量子状態は式(28)により表すことができる。式(28)の量子状態を第二変換後量子状態と呼ぶ。
【0107】
【数33】
【0108】
<S4:第三変換ステップ>
式(28)で表される第二変換後量子状態は、インデックスの付け替えにより式(29)に書き直すことができる。
【0109】
【数34】
【0110】
ただし、
【数35】
である。
【0111】
式(29)において、空間A0,B0,C0,D0は、a0,a1を引数とする量子状態であると考えると、正規直交基底の一部をなしていることがわかる。そこで、受信ノードt0は、補助空間E0,F0を使って空間A0,B0,C0,D0を消去する。すなわち、第二変換後量子状態に対して空間A0,B0,C0,D0をフーリエ基底で観測し、その観測結果を用いて補助空間E0,F0へのユニタリ変換を実行する。変換後の量子状態は式(31)により表すことができる。式(31)の量子状態を第三変換後量子状態と呼ぶ。
【0112】
【数36】
【0113】
<S5:第四変換ステップ>
受信ノードt0は、補助空間E1を使って補助空間F0を消去する。すなわち、第三変換後量子状態に対して補助空間F0をフーリエ基底で観測し、その観測結果を用いて補助空間E1へのユニタリ変換を実行する。変換後の量子状態は式(32)により表すことができる。式(32)の量子状態を第四変換後量子状態と呼ぶ。
【0114】
【数37】
【0115】
以上が、各々のアークにおいて~d’次元の完全な量子通信が可能で、古典通信は任意のノードで許され、受信ノード間でEPRペアをリソースとして持っている場合の、d次元量子状態を2個の受信ノードに配送するマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法である。ただし、~d’は上述の式(15)により求められる。
【0116】
ただし、上述の条件は実効的に実現されればよい事を注意しておく。例えば「完全な量子通信」は不完全な量子通信と誤り訂正で代用できる。また、d次元の量子もつれの2個の受信ノード間での共有は、その2個の受信ノード間におけるd次元の完全な量子通信と同等である。
【0117】
[第二実施形態]
第二実施形態は一般化されたネットワークに適用したマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法である。一般化されたネットワークとは、N個の送信ノードとM個の受信ノードが存在し、ノード間を線で繋いだ場合にできるグラフが特定されていないネットワークである。第二実施形態では、N個の送信ノードからそれぞれ~dn値の古典情報をM個の受信ノードへマルチキャストするネットワークコーディングを行う古典プロトコルが存在する事を仮定する。ただし、~dnは式(33)で表される。
【0118】
【数38】
【0119】
ここで、・!は値・の階乗である。
【0120】
この古典プロトコルを利用して、古典ネットワークに対応する量子ネットワークにおいて、N個の送信ノードからそれぞれdn次元の量子情報をM個の受信ノードへマルチキャストする量子プロトコルを構成する。ただし、dnはn番目の送信ノードが送信する量子情報の次元である。ここで、対応関係にあると述べている古典ネットワークと量子ネットワークは以下の関係にあるとする。
・古典ネットワークにおいて通信が許容されるノードのペアと量子ネットワークにおいて通信が許容されるノードのペアは等しい。
・古典ネットワークにおいて許容される通信の元の数と量子ネットワークにおいて許容される空間次元が等しい。
・量子ネットワークにおいて古典通信は本質的には制限されていない。
・量子ネットワークにおいて、複数の受信ノード間に通信次元に依存しない量子もつれをリソースとして共有している。量子もつれの具体的な形は後述する。
【0121】
再度図2を参照して、第二実施形態のマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法の処理フローを手続きの順に従って説明する。
【0122】
<S1:量子状態生成ステップ>
N個の送信ノードをs0,…,sN-1とし、M個の受信ノードをt0,…,tM-1とする。個々の送信ノードが配送しようとする量子状態|φn>を式(34)により定義する。
【0123】
【数39】
【0124】
まず、送信ノードs0,…,sN-1それぞれに入力量子状態|Φn>Anが与えられる。このとき、入力量子状態|Φn>Anは式(35)へ書き下すことができる。これにより入力量子状態|Φn>Anは~dn次元の対称空間に含まれることがわかる。
【0125】
【数40】
【0126】
ただし、
【数41】
【0127】
とする。また、SMはM元の置換群である。そのため、入力量子状態|Φn>Anを~dn次元の量子状態とみなすことができる。
【0128】
次に、第一実施形態と同様に、任意のN個の量子状態|Φn>Anを古典的ネットワークコーディングのルールに従って、M個の受信ノードt0,…,tM-1に送る。つまり、この入力量子状態|Φn>Anを|Ψin>として、従来技術と同様のプロトコルを実行する。このとき、中間ノードで実行する古典プロトコルにおける式(36)の計算は、都度補助の量子空間を用意して、式(37)を満たすユニタリ変換を行うことで代用する。なお、計算後に残された空間は、そのノードがそのまま保持する。
【0129】
【数42】
【0130】
古典的なネットワーク符号化によって古典情報がマルチキャストできるという事実から、一連の量子操作等を実行した後は式(38)の量子状態が得られる。
【0131】
【数43】
【0132】
ただし、ここでVは送信ノード、受信ノード、中継ノードを含むすべてのノードの集合を表す。また、
【数44】
とする。
【0133】
任意のν∈Vに対して、空間B0(0)B0(1)…B0(N-1)のうちの任意の一つの空間を使って空間Cνを消去することで、式(39)の量子状態が得られる。
【0134】
【数45】
【0135】
ここで、M個の受信ノードt0,…,tM-1間では、事前に式(40)で定義される量子もつれをリソースとして共有しているものとする。
【0136】
【数46】
【0137】
ただし、Dm(n)は受信ノードtmに属している空間とし、
【数47】
とする。
【0138】
注意として、上記のN個の系よりなる量子もつれ状態は受信ノードt0が他のノードt1,…,tM-1と非対称的となっているが、nの値に応じて異なる受信ノードがt0の役割を果たしても以後の議論は同様に展開できる。ここで、量子もつれ状態も含めた全系の量子状態を陽に書くと式(41)のように記述できる。
【0139】
【数48】
【0140】
ここで、nを引数として分割された直積空間のそれぞれ含まれる、式(42)の量子状態に対して以降の処理を行う。
【0141】
【数49】
【0142】
<S2:第一変換ステップ>
受信ノードt0が空間E0(n),E0,1(n),…,E0,M-1(n)を補助空間として持ち込み、式(43)を満たすユニタリ演算U(0)を作用させる。
【0143】
【数50】
【0144】
ただし、
【数51】
【0145】
また、受信ノードtm(m=1,…,M-1)が空間Em(n)を補助空間として持ち込み、式(44)を満たすユニタリ演算U(m)を作用させる。
【0146】
【数52】
【0147】
ユニタリ変換U(m)(m=0,…,M-1)により、式(45)で定義される量子状態が得られる。式(45)の量子状態を第一変換後量子状態と呼ぶ。
【0148】
【数53】
【0149】
つまり、式(43)(44)で定義されるユニタリ変換U(m)(m=0,…,M-1)は、補助空間E0(n),E0,1(n),…,E0,M-1(n),E1(n),…,EM-1(n)における量子状態が、当該受信ノードtmが保有している第一空間Bm(n)における量子状態|J→(n)>を第二空間Dm(n)における量子状態|x>もしくは|m’>で指定されるインデックス順で置き換えた状態(もしくは、インデックスで選択した要素の値を持つ状態)となるように変換する演算である。
【0150】
<S3:第二変換ステップ>
受信ノードtm(m=1,…,M-1)は、空間B0(n),D0(n)を使って空間Bm(n),Dm(n)を消去する。すなわち、第一変換後量子状態に対して空間Bm(n),Dm(n)をフーリエ基底で観測し、その観測結果を用いて空間B0(n),D0(n)へのユニタリ変換を実行する。変換後の量子状態は式(46)により表すことができる。式(46)の量子状態を第二変換後量子状態と呼ぶ。
【0151】
【数54】
【0152】
<S4:第三変換ステップ>
式(46)で表される第二変換後量子状態は、
【0153】
【数55】
【0154】
の関係式が成り立つことを利用して変数の取り換えを行うと、
【数56】
【0155】
と書くことができる。ただし、Ord(J)はJを昇順に並び替えたベクトルとする。このとき、
【0156】
【数57】
をJによって決まるベクトルとみなした場合、異なるベクトルは直交又は並行の関係にあることに注意されたい。
【0157】
この事実から、受信ノードt0は、補助空間E0(n),E0,1(n),…,E0,M-1(n)を使って空間B0(n),D0(n)を消去する。すなわち、第二変換後量子状態に対して空間B0(n),D0(n)をフーリエ基底で観測し、その観測結果を用いて補助空間E0(n),E0,1(n),…,E0,M-1(n)へのユニタリ変換を実行する。変換後の量子状態は式(50)により表すことができる。式(50)の量子状態を第三変換後量子状態と呼ぶ。
【0158】
【数58】
【0159】
ここで、係数に若干の変化が生じたのは、式(49)で示されるベクトルのセットが規格化されていないことに起因する。
【0160】
<S5:第四変換ステップ>
受信ノードtm(m=1,…,M-1)は、補助空間Em(n)を使って補助空間E0,1(n),…,E0,M-1(n)を消去する。すなわち、受信ノードt0が第三変換後量子状態に対して補助空間E0,1(n),…,E0,M-1(n)をフーリエ基底で観測し、受信ノードtmがその観測結果を用いて補助空間Em(n)へのユニタリ変換を実行する。変換後の量子状態は式(51)により表すことができる。式(51)の量子状態を第四変換後量子状態と呼ぶ。
【0161】
【数59】
【0162】
以上の操作を受信ノードt0,…,tM-1それぞれの直積状態に対して実行することで、式(52)に示す出力量子状態が得られる。
【0163】
【数60】
【0164】
[発明の効果]
ネットワーク符号化方法の効率はネットワークの形により大きく異なる。ネットワークの形とは通信が許容されているノード間を線で繋いだ場合にできるグラフのことである。上述の一般化されたネットワークではネットワークの形が特定されていないため、この発明による効率化の効果を数値的に示すことは困難である。そのため、ここでは一例として、第一実施形態に示したバタフライネットワークの場合において、従来技術と比較して量子通信が効率化されていることを示す。
【0165】
図1に示すバタフライネットワークにおいて、従来技術を用いた量子情報のマルチキャストは当業者が容易に思いつく方法としては二つの方法が考えられる。
【0166】
第一の方法は、入力量子状態|φ>を、アーク(s,1),(1,t0)とアーク(s,2),(2,t1)を使って、受信ノードt0と受信ノードt1に単純に送るというプロトコルである。この場合の各アークには、d次元の量子情報を送る容量が必要である。
【0167】
第二の方法は、アーク(s,1),(1,t0)とアーク(s,2),(2,3),(3,4),(4,t0)など受信ノードt0への通信路を2本確保し、入力量子状態|Φ>(×)2の完全対称空間を受信ノードt0へ送信し、そこで元の直積状態に戻してから、片割れを受信ノードt1へ量子もつれを使って量子テレポーテーションを行うプロトコルである。この場合の各アークでは~d’次元の量子通信を確保すればよいという点ではこの発明と同様である。ただし、~d’は上述の式(15)により求められる。
【0168】
しかし、受信ノードt0と受信ノードt1の間で共有しなければならない量子もつれは、この第二の方法ではd次元となるが、第一実施形態の量子ネットワーク符号化方法では2次元で済む。したがって、ネットワーク全体での量子通信の効率化がなされていることがわかる。
【0169】
[量子演算装置についての概説]
量子演算装置は、量子コンピュータ単体で実現できる。量子コンピュータの実現する物理系としては、例えば、イオントラップを用いる方法(J. I. Cirac and P. Zoller, Quantum computations with cold trapped ions, Physical Review Letter 74;4091, 1995)、量子ビットとして光子の偏光や光路を用いる方法(Y. Nakamura, M. Kitagawa, K. Igeta, In 3-rd Proc. Asia-Pacific Phys. Comf., World Scientific, Singapore, 1988)、液体中の核スピンを用いる方法(Gershenfield, Chuang, Bulk spin resonance quantum computation, Science, 275;350, 1997)、シリコン結晶中の核スピンを用いる方法(B. E. Kane, A silicon-based nuclear spin quantum computer, Nature 393, 133, 1998.)、量子ドット中の電子スピンを用いる方法(D. Loss and D. P. DiVincenzo, Quantum computation with quantum dots, Physical Review A 57, 120-126, 1998)、超伝導素子を用いる方法(Y. Nakamura, Yu. A. Pashkin and J. S. Tsai, Coherent control of macroscopic quantum states in a single-cooper pair box, Nature 393, 786-788, 1999)等を例示できる。また、それぞれの物理系に対する量子コンピュータの実現方法については、「http://www.ipa.go.jp/security/fy11/report/contents/crypto/crypto/report/QuantumComputers/contents/doc/qc_survey.pdf」や「M. A. Nielsen and I. L. Chuang, Quantum Computation and Quantum Information, Cambridge University Press, Chapter 7 Physical Realization」に詳しい。
【0170】
なお、この発明は既述の実施の形態に限定されるものではなく、その他、この発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能であることはいうまでもない。例えば、可換な演算については演算の順序に限定がない。また、n個の量子状態に対する任意のユニタリ変換は、2種類の基本量子ゲート(1量子状態に対し任意のユニタリ変換を作用させるUゲートと、2量子状態に作用する制御NOTゲート)を組み合わせることにより実現できることが知られている。また、量子回路に使われる全ての演算は単一量子状態に対する1量子状態演算と制御NOT演算に分解できるので(例えば、「M. A. Nielsen and I. L. Chuang, “Quantum Computation and Quantum Information”, Cambridge University Press, 2000.」参照)、各機能部の具体的構成についても種々等価な量子回路を構成できる。また、既述の各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるのみならず、処理を実行する装置の処理能力あるいは必要に応じて並列的にあるいは個別に実行されてもよい。
【符号の説明】
【0171】
S1 量子状態生成ステップ
S2 第一変換ステップ
S3 第二変換ステップ
S4 第三変換ステップ
S5 第四変換ステップ
図1
図2