特許第6143627号(P6143627)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6143627
(24)【登録日】2017年5月19日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】アンモニア回収方法
(51)【国際特許分類】
   C01C 1/02 20060101AFI20170529BHJP
   C01G 5/00 20060101ALI20170529BHJP
【FI】
   C01C1/02 EZAB
   C01G5/00 Z
【請求項の数】6
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-208671(P2013-208671)
(22)【出願日】2013年10月3日
(65)【公開番号】特開2015-71512(P2015-71512A)
(43)【公開日】2015年4月16日
【審査請求日】2016年7月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(74)【代理人】
【識別番号】100083910
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 正緒
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
(72)【発明者】
【氏名】寺尾 俊昭
(72)【発明者】
【氏名】松永 猛裕
(72)【発明者】
【氏名】岡田 賢
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 美也子
【審査官】 山口 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−265812(JP,A)
【文献】 特開2010−024533(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/099818(WO,A1)
【文献】 特開2011−001581(JP,A)
【文献】 特開2008−031526(JP,A)
【文献】 特開2000−129318(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01C1/00−1/28
C01G5/00−5/02
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀とアンモニアとを少なくとも含有する銀アンモニア溶液からアンモニアを回収する方法であって、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きくし、且つ該銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.0001mol/L以上0.05mol/L以下とし、アンモニア回収時の銀アンモニア溶液の温度を50℃より高くすることを特徴とする銀アンモニア溶液中のアンモニア回収方法。
【請求項2】
銀とアンモニアとを少なくとも含有する銀アンモニア溶液からアンモニアを回収する方法であって、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きくし、且つ該銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.05mol/Lを超え0.1mol/L以下とし、アンモニア回収時の銀アンモニア溶液の温度を50℃以下にすることを特徴とする銀アンモニア溶液中のアンモニア回収方法。
【請求項3】
銀とアンモニアとを少なくとも含有する銀アンモニア溶液からアンモニアを回収する方法であって、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1.07以上とし、且つ該銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.05mol/Lを超え0.2mol/L以下にして処理することを特徴とする銀アンモニア溶液中のアンモニア回収方法。
【請求項4】
前記銀アンモニア溶液が、アンモニアを含有する水溶液に塩化物塩を溶解したものであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の銀アンモニア溶液中のアンモニア回収方法。
【請求項5】
前記塩化物塩が、塩化リチウム、塩化ナトリウム、及び塩化カリウムのうち1以上を含むことを特徴とする、請求項4に記載の銀アンモニア溶液中のアンモニア回収方法。
【請求項6】
前記水酸化アルカリが、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、及び水酸化カリウムのうち1以上を含むことを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の銀アンモニア溶液中のアンモニア回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀アンモニア溶液からのアンモニア回収方法に関するものであり、特に、爆発性を有する雷銀の生成を抑えて銀アンモニア溶液から安全にアンモニアを回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器における配線層や電極などの導電膜の形成には、銀粉を含んだ銀ペーストや銀インクが多用されている。これら銀ペーストや銀インクは、加熱硬化あるいは加熱焼成によって銀粉が連なって電気的に接続した電流パスを形成するので、配線層や電極となる導電膜の材料として用いられている。例えば、銀ペーストの一種である樹脂型銀ペーストは、銀粉、樹脂、硬化剤、および溶剤などからなり、これを回路パターンや端子形状に印刷し、100℃〜200℃で加熱硬化させることで配線や電極用の導電膜を形成することができる。また、銀ペーストの一種である焼成型銀ペーストは、銀粉、ガラス、および溶剤などからなり、これを回路パターンや端子形状に印刷し、600℃〜800℃で加熱焼成することで配線や電極用の導電膜を形成することができる。
【0003】
かかる銀ペーストに使用する銀粉の粒径は一般に0.1μmから数μm程度であり、形成する配線の幅や電極の厚さに応じて異なる粒径の銀粉が使用される。銀粉はペースト中で均一に分散させることが望ましく、これにより均一な厚みと幅を有する配線や均一な厚みを有する電極を形成することができる。一方、銀インクはタッチパネルや高電流を必要しない配線材として用いられており、使用される銀粉の粒径は数nmから0.1μm程度であり、銀ペーストよりも細かい銀粉が使用される。
【0004】
これら銀ペーストや銀インクの製造コストでは銀粉が高い割合を占めており、低コストに銀粉を製造することが重要視されている。そのため、銀粉はアンモニアを用いた湿式還元法で製造されることが多い。アンモニアは銀イオンと安定な銀アンミン錯体を形成するため還元反応を制御しやすく、湿式還元法による銀粉の製造では有効な成分である。さらに、アンモニアは一般に薬剤コストが低く、廃液処理において容易に回収可能な薬剤である点においても工業上有利である。
【0005】
しかし、アンモニアは人体や環境に有害な物質であり、アンモニアを含む廃液を周辺環境に放出したり、あるいはアンモニアガスとして大気中に放出することは法律で制限されている。そのため、アンモニアを含む廃液は通常は放出前にアンモニアを除去する処理が施されている。この処理法には、例えば非特許文献1に示すようなアンモニアストリッピング法、薬剤または触媒による分解処理法、微生物による生物学的処理法、イオン交換法による吸着処理法等を挙げることができる。これらの内、アンモニア濃度が0.1質量%以上の高濃度の場合は、アンモニアストリッピング法によるアンモニアの回収が行われることが多い。アンモニアストリッピング法は、他の方法に比べて処理に要するエネルギー消費量が少なく、設備も簡易でコストを抑えることができるからである。
【0006】
アンモニアストリッピング法は、下記式1に示すように水酸化物イオンを添加することにより平衡を左に傾かせてアンモニアを非解離状態で遊離させ、さらに温度を上げることによってアンモニアガスの溶解度を下げて遊離したアンモニアガスを排水から分離する方法である。分離してアンモニアガスはアンモニア水として回収したり、硫酸に吸収させて硫酸アンモニウムとして回収したりできる。あるいは、触媒と接触させることにより窒素ガスに分解して無害化する方法がとられることがある。なお、式1の関係から水酸化物イオン濃度が高い方がアンモニアガスになりやすく、工業的にはpH11以上が好ましいとされている。
[式1]
NH+HO ⇔ NHOH ⇔ NH+OH
【0007】
特許文献1には、排水中の重金属イオンを水溶性ポリマーに吸着させた後、該水溶性ポリマーを分離膜を用いて分離し、分離後の液をアンモニアストリッピング法で処理してアンモニアを回収する技術が開示されている。排水中の重金属イオンの分離を行うには水酸化物や還元による重金属の分離の方が効率的であり、特許文献1の技術は水溶性ポリマーの処理および分離膜の維持コストがかかるという欠点がある。また、特許文献2には、アンモニア性窒素含有水に酸化剤を添加したのち、加温下で金属触媒と接触させてアンモニアを分解し、窒素ガスとして回収する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−333455号公報
【特許文献2】特許第3614186号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「用水・排水の産業別処理技術」2011年5月発行,和田洋六著,東京電機大学出版局
【非特許文献2】E.A.MacWilliam、M.J.Hazard、Photographic science and engineering、1977、Vol21、No.4、221−224
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
銀を含んだアンモニア溶液中では、銀イオンの大部分は銀アンミン錯体の形態で存在しており、この銀アンミン錯体は、条件によっては爆発性の雷銀を生成する可能性がある。これは、銀溶液やその廃液を管理しながら処理する反応槽内や配管系内のみならず、銀溶液やその廃液が飛散して乾固した場合も同様である。そのため、銀粉の製造工程における銀を含んだ銀溶液の一連の処理においては勿論、銀粉の製造工程から排出される廃液の取り扱いにおいても安全性に考慮する必要がある。
【0011】
しかしながら、従来のアンモニアを含む廃液の処理方法では、銀とアンモニアとを含む溶液に対して爆発性の雷銀の発生の回避を考慮しながらアンモニアを回収する方法については検討されていなかった。本発明は上記したような銀とアンモニアとを含む溶液の処理が抱える課題に鑑みてなされたものであり、銀アンミン錯体を含む溶液に対して、危険な雷銀を発生させることなく安全にアンモニアを回収する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、銀アンミン錯体がアンモニア回収工程において雷銀を生成する条件について鋭意研究を重ねた結果、銀を含んだアンモニア溶液(以降、銀アンモニア溶液と称する)に含まれる成分の濃度や温度を限定することにより雷銀の生成を抑えて安全にアンモニアを回収できることを見出し本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明が提供するアンモニアの回収方法の第1形態は、銀とアンモニアとを少なくとも含有する銀アンモニア溶液からアンモニアを回収する方法であって、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きくし、且つ該銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.0001mol/L以上0.05mol/L以下とし、アンモニア回収時の銀アンモニア溶液の温度を50℃より高くすることを特徴としている。
【0014】
また、本発明が提供するアンモニアの回収方法の第2形態は、銀とアンモニアとを少なくとも含有する銀アンモニア溶液からアンモニアを回収する方法であって、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きくし、且つ該銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.05mol/Lを超え0.1mol/L以下とし、アンモニア回収時の銀アンモニア溶液の温度を50℃以下にすることを特徴としている。
【0015】
さらに、本発明が提供するアンモニアの回収方法の第3形態は、銀とアンモニアとを少なくとも含有する銀アンモニア溶液からアンモニアを回収する方法であって、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1.07以上とし、且つ該銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.05mol/Lを超え0.2mol/L以下にすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、爆発性の雷銀の生成を抑制しながらアンモニアを効率よく回収して再利用できるので、その工業的価値は極めて高い。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るアンモニアの回収方法を、銀粉や銀コロイドの製造工程から排出される銀アンミン錯体を含む銀アンモニア溶液からストリッピング法でアンモニアを回収する場合を例に挙げて説明する。銀粉や銀コロイド溶液の製造方法では、アンモニアを含有する水溶液に必要に応じて塩化物塩を添加した後、銀塩を溶解して銀アンミン錯体を含む銀アンモニア溶液を作製し、この銀アンモニア溶液に還元剤を添加して銀イオンを還元することで銀微粒子を形成し、得られた銀微粒子を含む懸濁液を固液分離して銀粉を作製したり銀コロイド溶液を作製したりすることが行われている。
【0018】
必要に応じてアンモニア溶液に添加する塩化物塩は、溶解しないものや還元反応の際に水酸化物のような沈殿物を生じるものは好ましくないが、それ以外あれば特に限定はない。例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化リチウムなどを使用することができる。
【0019】
上記の製造方法では、形成する銀微粒子の粒径や形状、銀コロイドの特性などによっては銀イオンをすべて還元するとは限られず、この場合は未還元の銀アンミン錯体を含む溶液が発生する。また、銀アンミン錯体をすべて還元する工程であっても量産工程では還元を行う反応槽内での反応の偏りなどで、未還元の銀アンミン錯体を含んだ溶液が発生することもある。このような残留する未反応の銀アンミン錯体は、後段のアンモニア回収工程において処理する際、雷銀の生成により爆発などの危険を孕んでいることが問題になる。すなわち、銀アンミン錯体溶液は、乾燥、加熱、またはアルカリ性物質の添加を行うことにより、溶液中のアンモニア濃度が下がり、雷銀が生成されるので、その生成を抑える安全対策が重要となる。ここで雷銀とは、窒化銀、アミド銀、およびイミド銀などの銀を含む爆発性物質の一般的な総称である。
【0020】
具体的な雷銀の発生過程としては、銀アンミン錯体を含む銀アンモニア溶液を乾燥濃縮させると、銀アンミン錯体から配位子のアンモニアが外れてアミド銀(AgNH)が生成する。これは意図的に銀アンモニア溶液を濃縮する場合に限られず、例えば反応槽や配管系から銀アンモニア溶液が飛散して乾燥濃縮した場合も同様に雷銀が形成される。また、銀アンミン錯体を含む銀アンモニア溶液にアルカリを加えた場合は、銀アンミン錯体から配位子のアンモニアが外れ、これによりアミド銀が生成して窒化銀の生成が進行する。
【0021】
例えば非特許文献2よれば、銀アンミン錯体を含む銀アンモニア溶液に水酸化カリウムを添加すると、下記式2および式3の反応を経由して爆発性を有する窒化銀AgNが生成することが開示されている。このことから、アルカリの添加により雷銀の生成が促進されると考えられる。
[式2]
[Ag(NH)]2++OH→AgNH+NH+H
[式3]
AgNH→AgN+2NH
【0022】
ところで、廃液からアンモニア等を回収するアンモニアストリッピング法では、より高い効率でストリッピングするために廃液を加熱することが行われており、これは上記した式2の反応を促進させることになるため、pHや温度の制御だけでは雷銀の生成を防止することは困難である。そこで、本発明者らは銀とアンモニアを含む銀アンモニア溶液に対して雷銀の生成を抑えながらアンモニアを良好にストリッピングできる条件について鋭意研究した結果、下記に述べるように、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液中の全塩素のモル濃度と全銀のモル濃度との比率及び水酸化アルカリのモル濃度、並びにアンモニア回収時の銀アンモニア溶液の温度にそれぞれ所定の制限を課した3つの条件においては、いずれも雷銀を生成しないことを見出した。
【0023】
ここで、全塩素のモル濃度とは、銀アンモニア溶液中に含まれるClで示される塩素イオンやClで示される塩素分子、さらには銀アンモニア溶液中に塩素の化合物として存在するものの全てを塩素原子に換算したモル濃度である。また、全銀のモル濃度とは、銀アンモニア溶液中の銀の化学種を銀原子に換算したモル濃度であり、この場合、銀はほとんどが銀アンミン錯体[Ag(NHとして存在するが、化学平衡により銀アンミン錯体以外の錯体として存在する銀イオンが含まれる。さらに、水酸化アルカリとは、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、および水酸化カリウムのうちのいずれか1つ以上である。
【0024】
まず、第1の条件は、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液が下記式4または式5のいずれかの関係を満たすように、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を該銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きくし、また、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリ濃度を0.0001mol/L以上0.05mol/L以下とし、更にアンモニア回収時の銀アンモニア溶液の加熱温度を50℃より高い温度にする条件である。この条件下でアンモニアを回収すれば、雷銀を生成することはない。
【0025】
[式4]
1=(全塩素のモル濃度)/(全銀のモル濃度)
[式5]
1<(全塩素のモル濃度)/(全銀のモル濃度)
【0026】
アンモニア回収前の銀アンモニア溶液が上記式4および式5のいずれをも満たさない場合、すなわち、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液中の全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値が1未満の場合は、塩素が不足するため塩化銀の生成が不安定となり、雷銀が生成されてしまう。また、水酸化アルカリ濃度が0.0001mol/L未満では前述した式1の平衡が左に傾きにくく、溶液中でアンモニウムイオンとして残留する割合が高くなり、アンモニアの回収効率が著しく下がることになる。一方、水酸化アルカリ濃度が0.05mol/Lを超えると、銀アンミン錯体からアンモニア配位子が外れやすくなり、雷銀の生成を促進させることになる。アンモニアの回収時は、銀アンモニア溶液を50℃より高くする必要があり、85℃以上に加熱するのが好ましい。85℃よりも低いとアンモニアの回収効率が悪くなるからである。
【0027】
次に、第2の条件は、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液が上記式4または式5のいずれかの関係を満たすように、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を該銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1と等しくするか又は1より大きくし、また、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液中の水酸化アルカリの濃度を0.05mol/Lを超えて0.1mol/L以下とし、更にアンモニア回収時の銀アンモニア溶液の温度を50℃以下にする条件である。この条件下でアンモニアを回収すれば、雷銀を生成することはない。
【0028】
このように、水酸化アルカリ濃度が0.05mol/Lを超え0.1mol/L以下であっても、銀アンモニア溶液の温度を50℃以下に保てば、雷銀の生成を抑制することができる。0.1mol/Lを超えると、50℃以下であっても銀アンミン錯体からアンモニア配位子が外れやすくなり、雷銀の生成を促進させることになる。この第2の条件は第1の条件よりもアンモニア回収時の温度が低いため、アンモニアストリッピングの際は減圧することが望ましい。
【0029】
そして、第3の条件は、下記式6の関係を満たすように、アンモニア回収前の銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を前記銀アンモニア溶液に含まれる全銀のモル濃度で除した値を1.07以上とし、且つ水酸化アルカリ濃度が0.2mol/L以下とすることで雷銀を生成せずに処理できることを見出した。このように塩素原子を過剰にすることにより、水酸化アルカリ濃度が0.1mol/Lを超え0.2mol/L以下でも、銀アンミン錯体からアンモニア配位子が外れても塩化銀となる反応が優先され、雷銀の生成を抑制できる。なお、この第3の条件ではアンモニア回収時の温度について特に制約はない。
[式6]
1.07≦(全塩素のモル濃度)/(全銀のモル濃度)
【0030】
銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値の上限は特にないが、全塩素のモル濃度が高くなればなるほど水酸化アルカリの濃度を0.2mol/Lよりも高くできる可能性が高い。しかしながら、塩化銀の溶解度を超えた場合には塩化銀の析出が生じる可能性が高くなり、また、塩化ナトリウムの析出、中和のための薬剤コストが増加するので、これらの観点から上限を課すのが好ましい。
【実施例】
【0031】
[実施例1]
28%アンモニア水1gに塩化銀を60mg加えて溶解し、さらに水酸化ナトリウムを0.05mol/Lとなるように加えて銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値は1.00となる。この銀アンモニア溶液を100℃まで加熱して得た残留物に波長920nm〜940nm、パルスピーク出力5W、パルス幅2m秒の赤外線レーザを照射して着火試験を行ったところ、爆発は認められなかった。この結果から、この銀アンモニア溶液は100℃に加熱しても雷銀の生成はなく安全であることがわかった。
【0032】
そこで、還流冷却器を備えた丸底フラスコ内で28%アンモニア水10gに塩化銀0.6gを溶解し、純水100mLおよび水酸化ナトリウム濃度が0.05mol/Lとなるように加えて銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液を設定温度100℃にして加熱し、その際、還流冷却器から排出されるアンモニアガスを0.1mol/Lの硫酸水溶液50mLに吸収させた。この硫酸水溶液中のアンモニア量をインドフェノール青吸光光度法により分析したところ2.8gとなり、ほぼ全量のアンモニアを回収できた。このことから、上記条件の銀アンモニア溶液の場合はアンモニアストリッピング法を用いて効率よく且つ安全にアンモニアを回収できることがわかった。
【0033】
[実施例2]
水酸化ナトリウムの濃度を0.05mol/Lに代えて0.01mol/Lとなるように加えた以外は実施例1と同様にして着火試験及びアンモニアの回収を行ったところ、爆発は認められず、また、硫酸水溶液中のアンモニア量が2.7gとなり、アンモニアを95%以上回収できた。このことから、上記条件の銀アンモニア溶液の場合はアンモニアストリッピング法を用いて効率よく且つ安全にアンモニアを回収できることがわかった。
【0034】
[実施例3]
28%アンモニア水1gに塩化銀60mgと、塩化ナトリウム1.49mgと加えて溶解した。さらに水酸化ナトリウムを0.2mol/Lとなるように加えて銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液に含まれる全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値は1.07となる。この銀アンモニア溶液に対して実施例1と同様に加熱して着火試験及びアンモニアの回収を行ったところ、爆発は認められず、また、硫酸水溶液中のアンモニア量が2.8gとなりほぼ全量のアンモニアを回収できた。このことから、上記条件の銀アンモニア溶液の場合はアンモニアストリッピング法を用いて効率よく且つ安全にアンモニアを回収できることがわかった。
【0035】
[実施例4]
水酸化ナトリウムの濃度を0.05mol/Lに代えて0.1mol/Lとなるように加えた以外は実施例1と同様にして銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液を50℃に加熱して得た残留物に対して実施例1と同様に着火試験を行ったところ、爆発は認められなかった。この結果から、この銀アンモニア溶液は50℃の加熱では雷銀の生成はなく安全であることがわかった。
【0036】
そこで、還流冷却器を備えた耐圧の丸底フラスコ内で28%アンモニア水10gに塩化銀0.6gを溶解し、純水100mLおよび水酸化ナトリウム濃度が0.1mol/Lとなるように加え、設定温度を50℃となるように加熱し、還流冷却器から出たアンモニアガスを−50mmHgとなるように減圧しながら0.1mol/Lの硫酸水溶液50mLに吸収させた。硫酸水溶液中のアンモニア量をインドフェノール青吸光光度法により分析したところ2.6gとなり、90%以上のアンモニアを回収できた。このことから、上記条件の銀アンモニア溶液の場合はアンモニアストリッピング法を用いて効率よく且つ安全にアンモニアを回収できることがわかった。
【0037】
[比較例1]
28%アンモニア水1gに、塩化銀46mgおよび酸化銀13mgを溶解して全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値が0.75の銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液を常温で乾燥して得た残留物に対して実施例1と同様に着火試験を行ったところ、雷銀の生成が部分的に認められ、この銀アンモニア溶液を加熱すると爆発等の危険性があることがわかった。よって、以降のアンモニア回収試験は行わなかった。
【0038】
[比較例2]
28%アンモニア水1gに、塩化銀60mgを溶解して全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値が1.00の銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液に更に水酸化ナトリウムを0.1mol/Lとなるように添加し、60℃に加熱して得た残留物に対して実施例1と同様に着火試験を行ったところ、雷銀の生成が認められ、この銀アンモニア溶液を加熱すると爆発等の危険性があることがわかった。よって、以降のアンモニア回収試験は行わなかった。
【0039】
[比較例3]
28%アンモニア水1gに、塩化銀60mgを溶解して全塩素のモル濃度を全銀のモル濃度で除した値が1.00の銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液に更に水酸化ナトリウムを0.2mol/Lとなるように添加し、50℃に加熱して得た残留物に対して実施例1と同様に着火試験を行ったところ、雷銀の生成が認められ、この銀アンモニア溶液を加熱すると爆発等の危険性があることがわかった。よって、以降のアンモニア回収試験は行わなかった。
【0040】
[比較例4]
28%アンモニア水1gに、塩化銀60mgおよび塩化ナトリウム1.47mgを溶解して塩素のモル濃度を銀のモル濃度で除した値が1.06の銀アンモニア溶液を作製した。この銀アンモニア溶液に更に水酸化ナトリウムを0.2mol/Lとなるように添加し、100℃に加熱して得た残留物に対して実施例1と同様に着火試験を行ったところ、雷銀の生成が認められ、この銀アンモニア溶液を加熱すると爆発等の危険性があることがわかった。よって、以降のアンモニア回収試験は行わなかった。