特許第6157104号(P6157104)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 田中貴金属工業株式会社の特許一覧 ▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧

特許6157104銀化合物を製造するための銀前駆体及びその製造方法、並びに、銀化合物の製造方法
<>
  • 特許6157104-銀化合物を製造するための銀前駆体及びその製造方法、並びに、銀化合物の製造方法 図000005
  • 特許6157104-銀化合物を製造するための銀前駆体及びその製造方法、並びに、銀化合物の製造方法 図000006
  • 特許6157104-銀化合物を製造するための銀前駆体及びその製造方法、並びに、銀化合物の製造方法 図000007
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6157104
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】銀化合物を製造するための銀前駆体及びその製造方法、並びに、銀化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/24 20060101AFI20170626BHJP
【FI】
   B22F9/24 F
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-273137(P2012-273137)
(22)【出願日】2012年12月14日
(65)【公開番号】特開2014-118587(P2014-118587A)
(43)【公開日】2014年6月30日
【審査請求日】2015年10月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】久保 仁志
(72)【発明者】
【氏名】中村 紀章
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 優輔
(72)【発明者】
【氏名】牧田 勇一
(72)【発明者】
【氏名】谷内 淳一
(72)【発明者】
【氏名】野口 宏史
(72)【発明者】
【氏名】松永 猛裕
(72)【発明者】
【氏名】岡田 賢
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 美也子
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特公平06−078271(JP,B2)
【文献】 国際公開第2012/105682(WO,A1)
【文献】 特開2012−184451(JP,A)
【文献】 特表2008−517153(JP,A)
【文献】 特開2011−162467(JP,A)
【文献】 特開2009−270146(JP,A)
【文献】 特開2010−013723(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 9/00− 9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シュウ酸銀に、非ハロゲン系有機溶媒よりなる分散溶媒を混練してなる銀前駆体であって、
前記分散溶媒は、アルコール、アセトン、酢酸のいずれかよりなる第1溶媒と、ヘキサン、オクタン、デカン、テトラデカン、ドデカン、トルエン、シクロヘキサン、キシレンのいずれかよりなる第2溶媒と、からなり、
シュウ酸銀100重量部に対して、10〜200重量部の分散溶媒を混練してなる銀前駆体。
【請求項2】
ハロゲン濃度が、100ppm以下である請求項1記載の銀前駆体。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の銀前駆体の製造方法であって、
銀化合物の水溶液とシュウ酸とを混合してシュウ酸銀を生成する工程と、
生成したシュウ酸銀を含む反応液を固液分離してシュウ酸銀を分離する工程と、
分離されたシュウ酸銀に、アルコール、アセトン、酢酸のいずれかよりなる第1溶媒を接触させる工程と、
更に、ヘキサン、オクタン、デカン、テトラデカン、ドデカン、トルエン、シクロヘキサン、キシレンのいずれかよりなる第2溶媒をシュウ酸銀に接触させる工程と、を含み、
前記第1溶媒と前記第2溶媒とからなる分散溶媒の含有量がシュウ酸100重量部に対して10〜200重量部となるようにする方法
【請求項4】
銀化合物は、硝酸銀、酢酸銀、炭酸銀、酸化銀、亜硝酸銀、安息香酸銀、シアン酸銀、クエン酸銀、乳酸銀である請求項3記載の銀前駆体の製造方法。
【請求項5】
シュウ酸銀を銀前駆体として反応させる銀化合物の製造方法であって、
請求項3又は請求項4のいずれかに記載の銀前駆体の製造方法により製造された銀前駆体を反応させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀化合物を製造するための原料となる銀前駆体に関する。特に、シュウ酸銀を主要成分とし、その有用性を維持しつつ取扱い性が改良されたものに関する。
【背景技術】
【0002】
銀(Ag)は、貴金属の一種として装飾品としての利用が知られている金属であるが、優れた導電性を有すると共に、触媒作用や抗菌作用等の特異な特性も有することから、電極材料(導電性ペースト、導電性インク)、触媒、抗菌材等の各種の工業的用途にも利用される金属である。例えば、触媒では適宜の担体に銀又は銀合金の微粒子を担持して構成されている。また、微小な銀粒子を適宜の溶媒に懸濁させた溶液は、銀コロイド溶液として知られており、適宜の支持体に結合させることで各種の機能性材料を構成することができる。これら各種形態の銀の生成については、要求される性状に応じた各種の銀化合物が中間体として使用される。
【0003】
そして、各種の銀化合物の生成にもまた、その製造のための銀前駆体がある。この銀前駆体としては、硝酸銀(AgNO)、塩化銀(AgCl)等が用いられることが多い。これらは製造コストが比較的安価で入手が容易であり、適宜に溶液化することで反応性も良好であるからである。特に、硝酸銀は、水に対する溶解性が良好であり水中で好適に銀イオンを放出することができる。
【0004】
ここで、銀組成物生成のための銀前駆体として、近年、シュウ酸銀(Ag)を使用する例が報告されている。シュウ酸銀は、還元剤を要することなく比較的低温で熱分解により微細な銀微粒子を生成することができる。また、このとき放出されるシュウ酸イオン(C2−)は、二酸化炭素として除去されることから、溶液中に不純物を残留させることも無い。例えば、特許文献1では、シュウ酸銀を銀前駆体とし、アミンと反応させて銀化合物として銀アミン錯体を生成し、これを加熱分解してアミンが配位した銀微粒子を生成する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−265543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
銀前駆体としてのシュウ酸銀には上記した利点がある。しかし、シュウ酸銀は爆発性を有しその取扱い性について重大な問題がある。このシュウ酸銀の爆発性は、高温加熱時は勿論、摩擦や衝撃を受けても爆発・飛散し、その威力も極めて高いというものである。そのため、その保管段階から細心の注意を要し、使用段階においては防爆設備における作業を強いられ効率的な銀化合物の製造ができない。シュウ酸銀がこれまで工業的に利用されないのは、この爆発性にあるといえる。
【0007】
そこで、本発明はシュウ酸銀を主成分とする銀前駆体について、爆発性が低減され取扱い性が改善されたものを提供する。また、この銀前駆体の製造方法についても開示する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題解決においては、シュウ酸銀の爆発性のみを低減させることを前提となる。即ち、爆発性を抑制した結果、シュウ酸銀が有する低温熱分解性という利点までも損なうことは避けなければならない。この点、シュウ酸銀の熱的安定性を向上する手段として、例えば、シュウ酸銀からなる銀前駆体に対し、一部のシュウ酸銀のシュウ酸イオンを他の陰イオン(硝酸イオン、炭酸イオン、酸素イオン)に置換するという方法もあるが、このような一部を別物質に変化させる対処法では、シュウ酸銀の利点が損なわれるおそれがある。
【0009】
本発明者等は、まず、シュウ酸銀の爆発特性について検討を行った。ここで、一定量のシュウ酸銀は、その全体が爆発するのであれば相当量の爆発エネルギーを発するが、単位体積当たりの爆発エネルギーはさほど高くない。このことから、シュウ酸銀は、結晶粒子間の伝播速度が速いために、全体として高い爆発エネルギーを発揮すると考えられる。この検討結果から、シュウ酸銀の爆発性を低減するには、粒子間で生じる連鎖反応を抑制するのが有効であると考え、その具体的手段として、シュウ酸銀に所定量の溶媒を混練し、粒子界面に溶媒を滑り込ませることとした。
【0010】
即ち、本発明は、シュウ酸銀に、水又は非ハロゲン系有機溶媒の少なくともいずれかよりなる分散溶媒を混練してなる銀前駆体であって、シュウ酸銀100重量部に対して、10〜200重量部の分散溶媒を混練してなる銀前駆体である。
【0011】
上記の通り、本発明は、シュウ酸銀に適宜の分散溶媒を混合し湿潤状態にすることで、粒子間に分散溶媒を侵入させ、形成される溶媒層により粒子同士の連鎖反応を抑制するものである。ここで、シュウ酸銀と混合する分散溶媒としては、水又は非ハロゲン系有機溶媒である。これらの溶媒は、シュウ酸銀が有する低温分解特性等の利点を阻害することがないからである。また、非ハロゲン系の溶媒を用いるのは、ハロゲンを構成元素とする溶媒を使用する銀前駆体を用いて銀化合物を製造すると、銀化合物中にハロゲンが残留し、さらには安定なハロゲン化銀になり所望の銀化合物にはならないからである。ハロゲンは、触媒、電子材料、コロイド等の各種用途において忌避される元素であることを考慮するものである。
【0012】
非ハロゲン有機溶媒としては、アルコール、アルカン、アルケン、アルキン、ケトン、エーテル、エステル、カルボン酸、脂肪酸、芳香族、アミン、アミド、ニトリルなどが適用できる。好ましい非ハロゲン有機溶媒は、前記有機溶媒に属するものであって、25℃における蒸気圧が525mmHg以下であり、常温で液体状態にある有機溶媒である。具体的には、アルコールは、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ターピネオールが好ましい。また、アルカン、アルケン、アルキン、ケトン、エーテル、エステル、カルボン酸、脂肪酸、芳香族、アミンについては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ドデカン、テトラデカン、トルエン、シクロヘキサン、フェノール、キシレン、アセトン、ジエチルエーテル、酢酸エチル、酢酸、灯油、ヘキシルアミン、オクチルアミン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド等が好ましい。尚、分散溶媒は、上記の好ましい有機溶媒が混合されたものでも良い。
【0013】
分散溶媒として特に好ましいのは、ヘキサン、オクタン、デカン、テトラデカン、ドデカン、トルエン、シクロヘキサン、キシレン、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールである。これらは、25℃における蒸気圧が525mmHg以下であり、シュウ酸銀を所望の化合物に変化させる際、シュウ酸銀の湿潤状態を一定時間保持できるからである。また、分散溶媒は、25℃における粘度100mPa・S以下のものが好ましい。後述するように、銀前駆体の製造工程では適宜の溶媒添加や固液分離工程を行うことがあるため、これらを効率的に行うためである。
【0014】
分散溶媒として、水を適用するか、非ハロゲン系有機溶媒を適用するかは銀前駆体を利用して製造する銀化合物の性状、用途等に応じて選択できる。例えば、銀前駆体を水溶液系で反応させて銀化合物を製造する用途では、分散溶媒は水が好ましい。また、有機系で使用する用途では、分散溶媒は非ハロゲン系有機溶媒が好ましい。
【0015】
分散溶媒として非ハロゲン系有機溶媒を適用する場合、複数種の非ハロゲン系有機溶媒からなっていても良い。例えば、アルコールとアルカンとが混在しても良い。
【0016】
また、分散溶媒は、水と非ハロゲン系有機溶媒とが混合した状態であっても良い。もっとも、水と非ハロゲン系有機溶媒との混合溶媒の場合、両者が均等に混合していると、水溶液系、有機系の双方で使用し難いものとなるので、水又は非ハロゲン系有機溶媒の一方が30重量%(分散溶媒全体に対して)以下とするのが好ましい。
【0017】
本発明に係る銀前駆体では、シュウ酸銀と分散溶媒との混合量も重要な構成である。ここで、分散溶媒の混合量は、シュウ酸銀100重量部に対して10〜200重量部とする。10重量部未満の溶媒の混合では、シュウ酸銀粒子間に十分な溶媒層を形成することができず、シュウ酸銀の爆発性を抑制することができない。そのため、摩擦・衝撃によって爆発するおそれがある。
【0018】
一方、200重量部を超える分散溶媒を混合すると、銀前駆体としての反応性が低下する。これは、分散溶媒が多すぎると、部分的に溶媒層過多のシュウ酸銀粒子が存在するためであり、かかるシュウ酸銀粒子は反応物質を接触させても反応せず銀化合物を生成できないからである。この反応性の低下はさほど大きなものではないが、シュウ酸銀が本来有する利点を損なわないという本発明の目的からは除外される範囲である。そして、分散溶媒の混合量を200重量部以下にすることで、分散溶媒のない従来のシュウ酸銀と同じ化学的特性を有する。 尚、本発明において「シュウ酸銀100重量部」とは、乾燥状態のシュウ酸銀の重量を基準とするものである。
【0019】
また、上記の通り、本発明では非ハロゲン系の溶媒を適用しているが、当然に溶存ハロゲンも排除されたものが好ましい。そして、その結果、本発明係る銀前駆体は、ハロゲン濃度が100ppm以下のものが好ましい。
【0020】
本発明に係るシュウ酸銀を主成分とする銀前駆体の製造にあたっては、最も単純な態様として、乾燥状態のシュウ酸銀粉末と分散溶媒とを混合することで製造可能である。但しこの場合、溶媒混合量を少なくした条件において、混合段階で局所的に乾燥状態が存在しその部分では爆発性がある。また、シュウ酸銀は、もともと市販品の入手が困難な化合物であり、シュウ酸銀そのものを出発原料として本発明の銀前駆体を得るのは現実的には困難である。従って、他の銀化合物を出発原料としてシュウ酸銀を生成し、ここに上記範囲の溶媒が混合した状態を得るのが好ましい。
【0021】
そこで、本発明に係る銀前駆体の製造方法としては、他の銀化合物を出発原料とし、湿潤状態を維持した状態でシュウ酸銀を生成しつつ、分散溶媒の量を調節・添加するのが好ましい。即ち、銀化合物の水溶液と、シュウ酸とを混合してシュウ酸銀を生成し、生成したシュウ酸銀を含む反応液を固液分離してシュウ酸銀を分離し、分離されたシュウ酸銀について、その分散溶媒の含有量が、シュウ酸100重量部に対して10〜200重量部となるように調整するものである。この銀前駆体の製造方法によれば、出発原料から銀前駆体回収まで湿潤状態にあり、生成するシュウ酸銀の爆発性を抑制したまま銀前駆体とすることができる。
【0022】
ここで、出発原料となる銀化合物として好ましいのは、硝酸銀、酢酸銀、炭酸銀、酸化銀、亜硝酸銀、安息香酸銀、シアン酸銀、クエン酸銀、乳酸銀である。これらはシュウ酸との反応性が良好でシュウ酸銀を生成し易いからである。このときの銀化合物水溶液の銀濃度は、70wt%〜1wt%とするのが好ましい。これは銀濃度が高過ぎると粘度が高くなり未反応物が残る傾向があるためであり、逆に銀濃度が低過ぎるとシュウ酸銀製造後に固液分離したときの廃液が大量になる為である。
【0023】
銀化合物水溶液に添加するシュウ酸は、水溶液の状態で銀化合物水溶液に添加するのが好ましい。シュウ酸添加によるシュウ酸銀の生成は、室温で進行させることができる。
【0024】
反応液中で、シュウ酸銀は析出物として生成する。そして、この反応液を固液分離することで湿潤状態のシュウ酸銀を得ることができる。この固液分離の方法としては、濾過が好適である。濾過は常圧で行っても良いし、真空濾過でも良い。
【0025】
また、固液分離後のシュウ酸銀は、適宜に洗浄を行うのが好ましい。出発原料とシュウ酸との反応の際に、出発原料より発生したイオン又は化合物を除去するためである。例えば、硝酸銀の場合は硝酸イオンや硝酸が発生し、酢酸銀の場合は酢酸が発生する。これらは不純物である為、シュウ酸銀に対して100ppm以下にまで洗浄して除去するのが好ましい。
【0026】
ここで、本発明に係る銀前駆体の製造方法の最も簡易な態様は、分散溶媒として水または水と有機溶媒との混合溶媒のいずれかを適用する場合を想定するものである。即ち、上記の固液分離により得られた湿潤シュウ酸銀について、水分量がシュウ酸銀100重量部に対して10〜200重量部となるように調整することで銀前駆体と得ることができる。本発明に係る銀前駆体の製造方法は、水溶液系でシュウ酸銀を生成しているからである。尚、分離されたシュウ酸銀の水分量は、上記の固液分離の方法によって変化するので、水分量が10重量部未満となっていることがある。その場合には水を加えることで銀前駆体とすることができる。また、水と有機溶媒との混在が許容できる場合には、この湿潤シュウ酸銀に有機溶媒を添加しても良い。更に、分離されたシュウ酸銀の水分量が200重量部を超えている場合には、再濾過や適度の乾燥処理で水分量を調整すれば良い。
【0027】
一方、銀前駆体の分散溶媒として非ハロゲン系有機溶媒を適用するものを製造する場合には、分離された湿潤シュウ酸銀について溶媒置換を行う必要がある。この溶媒置換は、分離された湿潤シュウ酸銀に非ハロゲン系有機溶媒を接触させる。
【0028】
湿潤シュウ酸銀に非ハロゲン系有機溶媒を接触させる場合、複数回、複数種の有機溶媒を接触させても良い。置換前の湿潤シュウ酸銀は水を含むものであるが、親水性の高い非ハロゲン系溶媒を分散溶媒にするのであれば、その非ハロゲン系有機溶媒を第1溶媒として一回以上接触させることで溶媒置換が可能となる。例えば、イソプロパノール等のアルコールを分散溶媒とする銀前駆体を得る目的であれば、アルコールを第1溶媒として湿潤シュウ酸銀に接触させ、その含有量をシュウ酸100重量部に対して10〜200重量部となるように調整すれば良い。このような第1溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、アセトン、酢酸等が適用される。
【0029】
一方、疎水性の非ハロゲン系有機溶媒を分散溶媒とする銀前駆体を得る目的においては、その非ハロゲン系有機溶媒を接触させても水を含んでいる湿潤シュウ酸銀に対して溶媒置換を行うことは困難となる。そこで、親水性有機溶媒を第1溶媒として湿潤シュウ酸銀を脱水し、ここに疎水性の非ハロゲン系有機溶媒を第2溶媒として接触することで、目的とする銀前駆体を得ることができる。例えば、第1溶媒としてイソプロパノール等のアルコールを接触させた後、個々に第2溶媒としてデカンを接触させることで、分散溶媒としてデカンを含む銀前駆体を生成することができる。このような第2溶媒としては、ヘキサン、オクタン、デカン、テトラデカン、ドデカン、トルエン、シクロヘキサン、キシレンが適用される。このように2段階の溶媒置換を行って銀前駆体を製造する場合の分散溶媒の量は、第1溶媒による処理後に含まれる溶媒量と、第2の溶媒量の接触量との合計になる。従って、銀前駆体の分散溶媒として第2の溶媒(疎水性非ハロゲン有機溶媒)を主体にする場合、第1溶媒接触後のシュウ酸銀中の溶媒量を少なくする(好適には、シュウ酸100重量部に対して10重量部以下)とするのが好ましい。また、第2溶媒の供給を複数回行うことで第1溶媒の割合を減らす(完全に追い出す)ことも可能である。
【0030】
以上の工程により得られる銀前駆体は、適宜の容器に封入することで保管することができる。また、製造後直ちに銀組成物製造の銀前駆体として利用することができる。従って、上記銀前駆体の製造工程は、シュウ酸銀を銀前駆体とした銀化合物の製造工程の一部とすることができる。即ち、シュウ酸銀を銀前駆体として反応させる銀化合物の製造方法であって、上記の銀前駆体の製造方法により製造された銀前駆体を反応させる方法である。
【0031】
ここで、銀化合物とは、その構成成分に銀を含む化合物である。この化合物には錯体も含まれる。また、その形態は粉末、ペースト状態の他、コロイド粒子のような微細粒子のものが含まれる。
【0032】
例えば、特許文献1の銀微粒子の製造においては、シュウ酸銀とアミン類とを反応させて銀−アミン錯体を形成し、この中間体を溶媒中で加熱分解して超微粒の銀粒子が分散するコロイドを得ることができる。本発明に係る方法は、銀化合物として上記銀−アミン錯体の製造に好適に適用できる。そして、この銀錯体も爆発性の抑制されたものとすることができる。
【発明の効果】
【0033】
以上説明したように、本発明に係るシュウ酸銀を主成分とする銀前駆体は、シュウ酸銀が本来有する爆発性を抑制し、その取扱い性が改善されたものである。本発明によれば、シュウ酸銀から各種の銀組成物を製造する際に必要であった、爆発に対する対策を大幅に簡略化することができ、銀組成物の製造効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】第1実施形態の銀前駆体製造工程及び第2実施形態の銀コロイド製造工程を説明する図。
図2】摩擦感度試験で使用したBAM式摩擦感度試験器の構成を説明する図。
図3】落つい感度試験で使用した試験装置の構成を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。本実施形態では、硝酸銀水溶液からシュウ酸銀を製造し、これを濾過して得られた湿潤シュウ酸銀について溶媒置換を行って銀前駆体を製造した。この工程で、適宜に試料を採取して爆発性の評価を行った。また、製造した銀前駆体を用いて、銀化合物としてアミン錯体(中間体)を製造し、銀コロイドの製造を行った。
【0036】
第1実施形態:ここでは、銀前駆体の製造及びその爆発性評価を行っている。図1はその概略を示す。まず、500ccのポリ容器に硝酸銀28.5gを量り採り、ここにイオン交換水71.5gを加えて28.5wt%硝酸銀溶液を作製した。また、別の500ccのポリ容器にシュウ酸13gを量り採り、ここにイオン交換水87gを加えて13wt%シュウ酸溶液を作製した。そして、マグネチックスターラーにて上記の硝酸銀溶液の全量を攪拌し(250rpm)、ここに上記シュウ酸銀溶液の全量を加えて、3時間連続攪拌した。これにより、白色のシュウ酸銀の析出が認められた。
【0037】
次に、この反応液を濾過して個液分離した。濾別されたシュウ酸銀はイオン交換水にて中性になるまで洗浄した。この洗浄後の湿潤シュウ酸銀は、シュウ酸銀100重量部に対して、10重量部の水を含むものであった。洗浄後の湿潤シュウ酸銀を一部採取した。そして、採取した湿潤シュウ酸銀について水分量(分散溶媒量)を調整した試料(試料e〜g)を作製した。また、40度で12時間、真空乾燥処理した試料(試料h)も作製した。
【0038】
洗浄後の湿潤シュウ酸銀について、分散溶媒を混合した。まず、湿潤シュウ酸銀にイソプロパノール(第1溶媒)を加え、真空濾過した。この処理は湿潤シュウ酸銀の溶媒を置換するためのものである。この処理後のシュウ酸銀は、イソプロパノール8重量部を含むものであった。
【0039】
次に、このシュウ酸銀を漏斗から取り出し、1Lのセパラブルフラスコに移した。尚、このとき、一部を分散溶媒8重量部の試料(試料d)として採取している。セパラブルフラスコ内のシュウ酸銀については、デカンを加えて分散溶媒の量を調節した。デカンの添加量は、分散溶媒が100、30、10重量部となるようにして添加量を調節した(試料a〜c)。デカン添加においては、添加後、250rpmで3分間攪拌した。これにより、IPA及びデカンを分散溶媒とするペースト状の銀前駆体が生成した。
【0040】
そして、分散溶媒を含むシュウ酸銀からなる銀前駆体(試料a〜g)、乾燥状態のシュウ酸銀(試料e)について、爆発性評価の試験を行った。この評価試験としては、摩擦感度試験、落つい感度試験の2種の試験を行った。
【0041】
摩擦感度試験は、JIS K 4810(火薬類性能試験方法)に準拠した試験を行った。試験装置は、図2のBAM式摩擦感度試験器を使用した。この試験では、摩擦棒と摩擦板との間に試料をはさみ、荷重をかけて摩擦運動をさせるものである。腕木における重りの位置と重量を調節することで、試料への荷重を変化させることができる。本試験では、荷重を変化させて摩擦棒により試料を摩擦し、爆発の有無を判定した。このとき、上記JIS規格における判定基準に基づき、「爆」の挙動を示したものを「×」とし、「不爆」の挙動を示したものを「○」と判定した。また、この摩擦感度試験では火薬学会規格ES−22に基づき、各試料摩擦感度の等級(1〜7級)の判定も行っている。尚、摩擦感度については、一般的に火薬として知られているニトロセルロース、RDX(ヘキソーゲン)が4級である。
【0042】
落つい感度試験は、図3で示す試験装置にて行っている。落つい試験は、一定高さから鉄つい(5kg)を試料の上に落とし、その際の打撃で試料からの発火、発煙、試料の分解が生じるかを高速度カメラ、常速度カメラで撮影、観察するものである。このとき、表2の判定基準に基づき、「爆」の挙動を示したものを「×」とし、「不爆」の挙動を示したものを「○」と判定した。そして、落つい感度試験でも落つい感度の等級(1〜8級)の判定を行っている。
【0043】
以上の爆発性評価の結果について、摩擦感度試験及び落つい感度試験の結果を表1、2に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
表1、2の爆発性評価試験の結果から、乾燥シュウ酸銀は、一般的な爆薬並みの爆発性を有する。そして、シュウ酸銀に適宜の分散溶媒を混合することで、爆発性が抑制されることがわかる。もっとも、試料dの落つい感度試験の結果からみて、分散溶媒も10重量部を超えないと完全に爆発性を抑えることができないと考えられる。
【0047】
第2実施形態:第1実施形態で製造した銀前駆体が、銀化合物の前駆体として有効に作用することを確認するため、試料eの銀前駆体(分散溶媒:デカン+IPA、30重量部)を用いてアミン錯体を製造し、更に、銀コロイド溶液を製造した。また、参考のため、試料hの乾燥シュウ酸銀について、これを再度湿潤させたときの利用可能性も検討した。この参考例は、乾燥シュウ酸銀を銀前駆体とする場合の前処理方法として、乾燥シュウ酸銀を湿潤させることの有用性を確認するためのものである。
【0048】
試料hの乾燥シュウ酸銀については、前処理としてシュウ酸銀100重量部に対して30重量部のデカンを混合して湿潤状態にしている。そして、各試料の銀前駆体(シュウ酸銀)とN,N−ジメチル−1,3−ジアミノプロパンとを混練してN,N−ジメチル−1,3−ジアミノプロパン銀錯体を得た。このときの混合量は、湿潤シュウ酸銀2.17g(銀:10.0mmol)、N,N−ジメチル−1,3−ジアミン2.26g(22.0mmol)とした。これらを室温で白色のクリーム状になるまで混練した。
【0049】
上記で形成したアミン錯体について、TG−DTA分析を行ったところ、いずれも110℃付近で重量減に基づくピークが見られ、乾燥品を用いて製造されたアミン錯体との差は殆ど見られなかった。この110℃付近の重量減は、アミン錯体の分解によるものと推定されることから、試料e及び試料h(湿潤品)は、銀前駆体として有効に反応していることが確認された。
【0050】
次に、得られたアミン錯体に対して、n−ヘキシルアミン1.16g(11.42mmol)と、n−ドデシルアミン0.18g(0.95mmol)を加え、更に、オレイン酸2.02gを加えて、クリーム状になるまで混練した。そして、この混合物をオイルバスに移し、100℃で攪拌したところ、直ちに二酸化炭素が発生した。二酸化炭素の発生がとまるまで攪拌を継続した結果、青色光沢の銀微粒子が懸濁する液体となった。この結果、各実施例に係る銀前駆体から製造される銀化合物(アミン錯体)は、有効に銀微粒子を生成することができることが確認された。
【0051】
第3実施形態:ここでは、銀前駆体を構成する分散溶媒の種類、含有量の幅を広げ、銀前駆体として有効な範囲を検討することとした。図1の銀前駆体製造工程において、シュウ酸銀の生成・濾過・洗浄後の湿潤シュウ酸銀について、第1溶媒のみにより分散溶媒を混合して製造した銀前駆体、及び、第1、第2溶媒の2種の溶媒を適用して分散溶媒を混合して製造した銀前駆体を複数製造し、それぞれについて銀化合物としてアミン錯体を製造した。このときのアミン錯体の製造は、第2実施形態と同じ条件とした。
【0052】
そして、得られたアミン錯体について、TG−DTA分析を行った。この分析において、製造されたアミン錯体中に未反応のシュウ酸銀が存在する場合、アミン錯体の分解温度(110℃付近)での重量減に加えて、シュウ酸銀の分解温度(220℃付近)でも重量減が見られる。このシュウ酸銀の分解温度における重量減から、未反応のシュウ酸銀の質量を算出し、銀前駆体からのアミン生成率を求めた。この試験結果を表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
表3から、銀前駆体中の分散溶媒の混合量については、200重量部までは乾燥品と比較して反応性が同等であり良好な水準を維持していることがわかる。そして、分散溶媒が300重量部になると、反応率が62%と低下している。分散溶媒の過度の添加は、安全性は確保されているが、銀前駆体としての有用性に影響を及ぼすことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
以上説明したように、本発明によれば、その爆発性ゆえに従来は工業的利用が困難であったシュウ酸銀について、安全性を確保した状態で銀前駆体として利用できる。そして、シュウ酸銀が有する低温分解性等の利点を使用して各種用途に銀化合物を提供することができる。
図1
図2
図3