特許第6183958号(P6183958)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6183958マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法
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  • 特許6183958-マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法 図000125
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6183958
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法
(51)【国際特許分類】
   H04L 9/12 20060101AFI20170814BHJP
   H04L 12/761 20130101ALI20170814BHJP
   H04B 10/70 20130101ALI20170814BHJP
【FI】
   H04L9/00 631
   H04L12/761
   H04B10/70
【請求項の数】3
【全頁数】33
(21)【出願番号】特願2014-102986(P2014-102986)
(22)【出願日】2014年5月19日
(65)【公開番号】特開2015-220621(P2015-220621A)
(43)【公開日】2015年12月7日
【審査請求日】2016年6月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【弁理士】
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】加藤 豪
(72)【発明者】
【氏名】尾張 正樹
(72)【発明者】
【氏名】村尾 美緒
【審査官】 青木 重徳
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−201654(JP,A)
【文献】 特開2014−192875(JP,A)
【文献】 特表2012−526430(JP,A)
【文献】 特表2009−512238(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0078421(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第103414536(CN,A)
【文献】 Soeda, A. et al.,Quantum computation over the butterfly network,Physical Review A,2011年 7月27日,84. 012333
【文献】 Kobayashi, H. et al.,Constructing quantum network coding schemes from classical nonlinear protocols,2011 IEEE International Symposium on Information Theory Proceeding,2011年,pp.109-113
【文献】 Kobayashi, H. et al.,Perfect quantum network communication protocol based on classical network coding,2010 IEEE International Symposium on Information Theory Proceedings,2010年 6月,pp.2686-2690
【文献】 Ma. S.-Y. et al.,Probabilistic quantum network coding of M-qudit states over the butterfly network,Optics Communications,2009年,Volume 283, Issue 3,pp.497-501
【文献】 Shi, Y., et al. ,On Multicast in Quantum Networks,2006 40th Annual Conference on Information Sciences and Systems,2006年 3月,pp.871-876
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04L 9/12
H04B 10/70
H04L 12/761
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配信先のノードである受信ノードの数Mよりも少ない数の送信量子状態をそれぞれ有するN個の送信ノードs1,s2,…,sNから、M個の受信ノードの各々に前記送信量子状態を高精度で近似する量子状態を配信するマルチキャスト方法であって、
d(n),Q(n)をn(n=1,2,…,N)に応じて定まる正の整数とし、aを0≦a1≦…≦aQ≦dの関係を満たす数列a1,a2,…,aQとし、jを正の整数としてSjをj次の置換群とし、cを数列とし|c|を数列を構成する要素の数とし、cσを数列cを構成する各数を置換σによって置換した数により構成される数列とし、Ω_(c)を数列cに対して定義される集合{cσ|σ∈S_|c|}とし、(a,x)を2つの数列a,xを直列に並べた数列とし、d(n)[Q(n)]は整数
【数101】
を表すとし、|Ω_(c)|を集合を構成する要素の数とし、P(・)を・への射影演算子として、各送信ノードsn(n=1,2,…,N)において、以下の式で定義される測定を行う第1測定ステップと、
【数102】
前記第1測定ステップを実行して得られる測定結果である古典情報x(n)を前記M個の受信ノードに古典通信路を使って送信する古典通信ステップと、
前記送信ノードの状態を前記M個の受信ノードに送信する古典ネットワーク符号化プロトコルを、前記第1測定ステップを実行して得られる量子状態を初期値とする量子ネットワーク上でシミュレートするシミュレートステップと、
前記シミュレートステップにより生成される量子ネットワーク上のエンタングル状態に対して、フーリエ基底への測定を行う第2測定ステップと、
0(n)をM個の0列とし、
【数103】
とし、
【数104】
とし、~Am(n)を受信ノードtmに存在する状態空間とし、D1(n)を受信ノードt1に属し|σ∈SM〉を正規直交基底とするM!次元の量子状態空間とし、Cm(n)を受信ノードtmに属し|m∈{1,2,…,M}〉を正規直交基底とするM次元の量子状態空間とし、Em(n),Gm(n)を受信ノードtmに属し|a∈Z(d)〉を正規直交基底とするd(n)次元の量子状態空間とし、F1(n)を受信ノードt1に属し、
【数105】
を正規直交基底とする(d(n))M次元の量子状態空間とし、jを正の整数として(a,x)jを数列(a,x)のj番目の要素として、前記第2測定ステップにより生成される量子状態と前記M個の受信ノードの間で共有されている補助状態であるエンタングル状態とからなる量子状態
【数106】
にユニタリ演算を施すことにより、
【数107】
である量子状態を生成する第1演算ステップと、
前記第1演算ステップで生成された量子状態に対して、m≠1における空間~AmGmCmとCmの測定を行う第3測定ステップと、
前記第3測定ステップで得られた結果により特定される空間~A1G1D1へのユニタリ演算を施すことにより、
【数108】
である量子状態を生成する第2演算ステップと、
bmを数列bのm番目の要素とし、Ω_(a,b)を|a|=|b|が成り立つ二つの数列aとbに対して定義される集合{σ|σ∈S_|a|,aσ=b}とし、|ψ_(x)(b)>をb∈Ω_((a,x))となるaが存在する時に、
【数109】
で定義される量子状態であり、定義域の範囲の全ての入力bにおいて規格化されていているとともに、互いに直交しているとして、前記第2演算ステップで生成された量子状態を、
【数110】
で表されるものとして、空間~A1G1D1に対する測定を行う第4測定ステップと、
前記第4測定ステップで得られた結果により特定される空間F1へのユニタリ演算を施すことにより
【数111】
である量子状態を生成する第3演算ステップと、
前記第3演算ステップで生成された量子状態に対して、各mについて、空間F1,mに対する測定を行う第5測定ステップと、
cを数列とし|c>symを|Ω_c|(-1/2)Σ_(c’∈Ω_c)|c’>として、空間F1がM個のZd次元の部分空間F1,mにより構成されるとして、各mについて、前記第5測定ステップで得られた空間F1,mに対する測定結果により特定される部分空間Emへのユニタリ演算を施すことにより、
【数112】
である量子状態を生成する第4演算ステップと、
を有するマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【請求項2】
請求項1のマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法において、
上記第1演算ステップにおけるユニタリ演算は、受信ノードt1において、
【数113】
を作用させた後に、全ての受信ノードtmにおいて
【数114】
を作用させるものである、
マルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【請求項3】
1個の送信ノードs1から、2個の受信ノードt1,t2の各々に前記送信ノードs1の送信量子状態を高精度で近似する量子状態を配信するマルチキャスト方法であって、
dを正の整数とし、P(・)を・への射影演算子として、前記送信ノードs1において、以下の式で定義される測定を行う第1測定ステップと、
【数115】
前記第1測定ステップを実行して得られる測定結果である古典情報xを前記2個の受信ノードに古典通信路を使って送信する古典通信ステップと、
前記送信ノードの状態を前記2個の受信ノードに送信する古典ネットワーク符号化プロトコルを、前記第1測定ステップを実行して得られる量子状態を初期値とする量子ネットワーク上でシミュレートするシミュレートステップと、
前記シミュレートステップにより生成される量子ネットワーク上のエンタングル状態に対して、フーリエ基底への測定を行う第2測定ステップと、
AmとBm とCmとDmとEmとFmとGmはそれぞれtmに存在している状態空間であり、~AmをAmとBmとからなる状態空間とし、D1は|(1,2)〉と|(2,1)〉を正規直交基底とする2次元空間であり、Cmは|1〉と|2〉を正規直交基底とする2次元空間とし、Am,Bm,Em,Gmを|α∈Zd〉を正規直交基底とするd次元の空間とし、F1を|(α,α’)∈Zd(×)2>を正規直交基底とするd2次元空間として、前記第2測定ステップにより生成される量子状態と前記2個の受信ノードの間で共有されている補助状態であるエンタングル状態とからなる量子状態
【数116】
にユニタリ演算を施すことにより、
【数117】
である量子状態を生成する第1演算ステップと、
前記第1演算ステップで生成された量子状態に対して、空間~A2G2C2とC1の測定を行う第3測定ステップと、
前記第3測定ステップで得られた結果により特定される空間~A1G1D1へのユニタリ演算を施すことにより、
【数118】
である量子状態を生成する第2演算ステップと、
Ωa,xをa=xの時は(x,x)のみからなる集合で、a≠xの時は、(a,x), (x,a)の二つの要素からなる集合であるとし、|ψx(b1,b2)〉はb1=x又はb2=xの時に
【数119】
によって定義される量子状態であり、定義域において全ての入力(b1,b2)に対して規格化されていると共に、互いに直交しているとして、前記第2演算ステップで生成された量子状態を、
【数120】
で表されるものとして、空間~A1G1D1に対する測定を行う第4測定ステップと、
前記第4測定ステップで得られた結果により特定される空間F1へのユニタリ演算を施すことにより、
【数121】
である量子状態を生成する第3演算ステップと、
前記第3演算ステップで生成された量子状態に対して、各mについて、空間F1,mに対する測定を行う第5測定ステップと、
a1,a2を数列とし|a1,a2symはa1≠a2のときは
【数122】
でありa1=a2のときは|a1,a1〉として、空間F1がM個のZd次元の部分空間F1,mにより構成されるとして、各mについて、前記第5測定ステップで得られた空間F1,mに対する測定結果により特定される部分空間Emへのユニタリ演算を施すことにより、
【数123】
である量子状態を生成する第4演算ステップと、
を有するマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、受信者(受信ノード)間で若干の量子もつれをリソースとして持っている場合で、送信される量子状態の精度が必ずしも100%ではなくてよい状況において、量子状態をマルチキャストする量子ネットワーク符号化プロトコル、および、そのプロトコルをパーツとしてもつプロトコルに関する。
【背景技術】
【0002】
ネットワークにボトルネックが存在する場合に各ノードにおいて情報を符号化することによって、効率的に情報通信を行う手法は、ネットワーク符号化と呼ばれる情報処理技術の一分野である。量子情報処理技術においても、量子ネットワークの各ノードで量子状態を符号化することを許容することで、どのように効率的な量子通信を達成するかという問題が、量子ネットワーク符号化と呼ばれ近年盛んに研究されている。基本的なネットワーク符号化は、大きく分けて送信ノード・中継ノードでの符号化を経て、多数の受信ノードに同一の情報を送信するマルチキャストネットワーク符号化と、複数の送信ノードと複数の受信ノードが一対一対応しており、中継ノードでの符号化を用いることで、それぞれの送信ノードが対応する受信ノードに情報を送信するセッション間ネットワーク符号化に分類できる。
【0003】
本発明は、量子ネットワーク上で量子情報をマルチキャストする量子ネットワーク符号化技術に関する。量子情報をマルチキャストする従来技術としては非特許文献1が存在する。これは複数の送信ノードから複数の受信ノードへ量子情報を送信する事を目的としている。
【0004】
非特許文献1では、本発明が対象としている量子状態のマルチキャストをタスクとして実行しているが、高度なネットワーク符号化はなされておらず、ノード間の量子情報送受信時に逐一「符号化」「復号化」を実施するものであり、具体的には次のような技術である。任意の量子状態|φ〉で表される量子情報をM個の各受信ノードに送ろうとした場合、コピー不可能性の定理から、送信ノードが|φ〉(×)Mを用意して受信ノードに配信する必要がある。(×)はテンソル積である。|φ〉の存在する量子空間をd次元とした場合、この配信を単純に実行しようとすると、|φ〉(×)M をあるノードから他のノードに送ろうとするときにdM次元の容量が必要と思われるが、|φ〉(×)Mは、dM次元の全体の空間のうち、完全対称な部分空間につねに含まれるという事実を使って各ノード間で「符号化」「復号化」を実施する技術である。
【0005】
一方、特許文献1では、バタフライネットワークという特定のネットワークにおいて、転送レート2量子の状態のマルチキャストを扱っている。ノード間の自由な古典通信のみを仮定することにより、このプロトコルは、量子力学に従うという以外に、何の制約もない場合の最適な量子状態の複製機械(量子最適対称普遍クローン機械)に比較的近い性能を出している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】R. W. Yeung. "Information Theory and Network Coding", Springer-Verlag, (2007)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-201654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
量子状態を量子ネットワークによってマルチキャストするにあたって、送信する量子状態の精度を100%にするためには、コピー不可能性の定理により、受信者の数のだけ、送信者は量子状態を用意する必要がある。しかし、量子状態の精度がある程度低下しても良い場合においては、入力の量子状態の数を減らしても、原理的にはマルチキャストは可能である。また、その結果として、量子ネットワークに要求する性能も下げられる可能性がある。
【0009】
特許文献1に記載された技術は、初めてそのような条件の緩和を行ったプロトコルであり、非常に有効なプロトコルであるものの、バタフライネットワークで、かつ転送効率が2という非常に限定的な状況でのみ利用可能であり、また、プロトコルはその特殊な条件に強く依存しているため、他のネットワークに適応できない。
【0010】
そこで、本発明は、特許文献1と同様に送信する量子状態の精度を100%にするという条件を緩和した条件のもとで、任意の形状のネットワークに適応可能なマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様によるマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法は、配信先のノードである受信ノードの数Mよりも少ない数の送信量子状態をそれぞれ有するN個の送信ノードs1,s2,…,sNから、M個の受信ノードの各々に前記送信量子状態を高精度で近似する量子状態を配信するマルチキャスト方法であって、d(n),Q(n)をn(n=1,2,…,N)に応じて定まる正の整数とし、aを0≦a1≦…≦aQ≦dの関係を満たす数列a1,a2,…,aQとし、jを正の整数としてSjをj次の置換群とし、cを数列とし|c|を数列を構成する要素の数とし、cσを数列cを構成する各数を置換σによって置換した数により構成される数列とし、Ω_(c)を数列cに対して定義される集合{cσ|σ∈S_|c|}とし、(a,x)を2つの数列a,xを直列に並べた数列とし、d(n)[Q(n)]は整数
【0012】
【数1】
【0013】
を表すとし、|Ω_(c)|を集合を構成する要素の数とし、P(・)を・への射影演算子として、各送信ノードsn(n=1,2,…,N)において、以下の式で定義される測定を行う第1測定ステップと、
【0014】
【数2】
【0015】
前記第1測定ステップを実行して得られる測定結果である古典情報x(n)を前記M個の受信ノードに古典通信路を使って送信する古典通信ステップと、前記送信ノードの状態を前記M個の受信ノードに送信する古典ネットワーク符号化プロトコルを、前記第1測定ステップを実行して得られる量子状態を初期値とする量子ネットワーク上でシミュレートするシミュレートステップと、前記シミュレートステップにより生成される量子ネットワーク上のエンタングル状態に対して、フーリエ基底への測定を行う第2測定ステップと、0(n)をM個の0列とし、
【0016】
【数3】
【0017】
とし、
【0018】
【数4】
【0019】
とし、~Am(n)を受信ノードtmに存在する状態空間とし、D1(n)を受信ノードt1に属し|σ∈SM〉を正規直交基底とするM!次元の量子状態空間とし、Cm(n)を受信ノードtmに属し|m∈{1,2,…,M}〉を正規直交基底とするM次元の量子状態空間とし、Em(n),Gm(n)を受信ノードtmに属し|a∈Z(d)〉を正規直交基底とするd(n)次元の量子状態空間とし、F1(n)を受信ノードt1に属し、
【0020】
【数5】
【0021】
を正規直交基底とする(d(n))M次元の量子状態空間とし、jを正の整数として(a,x)jを数列(a,x)のj番目の要素として、前記第2測定ステップにより生成される量子状態と前記M個の受信ノードの間で共有されている補助状態であるエンタングル状態とからなる量子状態
【0022】
【数6】
【0023】
にユニタリ演算を施すことにより、
【0024】
【数7】
【0025】
である量子状態を生成する第1演算ステップと、前記第1演算ステップで生成された量子状態に対して、m≠1における空間~AmGmCmとC1の測定を行う第3測定ステップと、前記第3測定ステップで得られた結果により特定される空間~A1G1D1へのユニタリ演算を施すことにより、
【0026】
【数8】
【0027】
である量子状態を生成する第2演算ステップと、bmを数列bのm番目の要素とし、Ω_(a,b)を|a|=|b|が成り立つ二つの数列aとbに対して定義される集合{σ|σ∈S_|a|,aσ=b}とし、|ψ_(x)(b)>をb∈Ω_((a,x))となるaが存在する時に、
【0028】
【数9】
【0029】
で定義される量子状態であり、定義域の範囲の全ての入力bにおいて規格化されていているとともに、互いに直交しているとして、前記第2演算ステップで生成された量子状態を、
【0030】
【数10】
【0031】
で表されるものとして、空間~A1G1D1に対する測定を行う第4測定ステップと、前記第4測定ステップで得られた結果により特定される空間F1へのユニタリ演算を施すことにより
【0032】
【数11】
【0033】
である量子状態を生成する第3演算ステップと、前記第3演算ステップで生成された量子状態に対して、各mについて、空間F1,mに対する測定を行う第5測定ステップと、cを数列とし|c>symを|Ω_c|(-1/2)Σ_(c’∈Ω_c)|c’>として、空間F1がM個のZd次元の部分空間F1,mにより構成されるとして、各mについて、前記第5測定ステップで得られた空間F1,mに対する測定結果により特定される部分空間Emへのユニタリ演算を施すことにより、
【0034】
【数12】
【0035】
である量子状態を生成する第4演算ステップと、を有する。
【0036】
本発明の一態様によるマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法は、1個の送信ノードs1から、2個の受信ノードt1,t2の各々に前記送信ノードs1の送信量子状態を高精度で近似する量子状態を配信するマルチキャスト方法であって、dを正の整数とし、P(・)を・への射影演算子として、前記送信ノードs1において、以下の式で定義される測定を行う第1測定ステップと、
【0037】
【数13】
【0038】
前記第1測定ステップを実行して得られる測定結果である古典情報xを前記2個の受信ノードに古典通信路を使って送信する古典通信ステップと、前記送信ノードの状態を前記2個の受信ノードに送信する古典ネットワーク符号化プロトコルを、前記第1測定ステップを実行して得られる量子状態を初期値とする量子ネットワーク上でシミュレートするシミュレートステップと、前記シミュレートステップにより生成される量子ネットワーク上のエンタングル状態に対して、フーリエ基底への測定を行う第2測定ステップと、AmとBmとCmとDmとEmとFmとGmはそれぞれtmに存在している状態空間であり、~AmをAmとBmとからなる状態空間とし、D1は|(1,2)〉と|(2,1)〉を正規直交基底とする2次元空間であり、Cmは|1〉と|2〉を正規直交基底とする2次元空間とし、Am,Bm,Em,Gmを|α∈Zd〉を正規直交基底とするd次元の空間とし、F1を|(α,α’)∈Zd(×)2>を正規直交基底とするd2次元空間として、前記第2測定ステップにより生成される量子状態と前記2個の受信ノードの間で共有されている補助状態であるエンタングル状態とからなる量子状態
【0039】
【数14】
【0040】
にユニタリ演算を施すことにより、
【0041】
【数15】
【0042】
である量子状態を生成する第1演算ステップと、前記第1演算ステップで生成された量子状態に対して、空間~A2G2C2とC1の測定を行う第3測定ステップと、前記第3測定ステップで得られた結果により特定される空間~A1G1D1へのユニタリ演算を施すことにより、
【0043】
【数16】
【0044】
である量子状態を生成する第2演算ステップと、Ωa,xをa=xの時は(x,x)のみからなる集合で、a≠xの時は、(a,x), (x,a)の二つの要素からなる集合であるとし、|ψx(b1,b2)〉はb1=x又はb2=xの時に
【0045】
【数17】
【0046】
によって定義される量子状態であり、定義域において全ての入力(b1,b2)に対して規格化されていると共に、互いに直交しているとして、前記第2演算ステップで生成された量子状態を、
【0047】
【数18】
【0048】
で表されるものとして、空間~A1G1D1に対する測定を行う第4測定ステップと、前記第4測定ステップで得られた結果により特定される空間F1へのユニタリ演算を施すことにより、
【0049】
【数19】
【0050】
である量子状態を生成する第3演算ステップと、前記第3演算ステップで生成された量子状態に対して、各mについて、空間F1,mに対する測定を行う第5測定ステップと、a1,a2を数列とし|a1,a2symはa1≠a2のときは
【0051】
【数20】
【0052】
でありa1=a2のときは|a1,a1〉として、空間F1がM個のZd次元の部分空間F1,mにより構成されるとして、各mについて、前記第5測定ステップで得られた空間F1,mに対する測定結果により特定される部分空間Emへのユニタリ演算を施すことにより、
【0053】
【数21】
【0054】
である量子状態を生成する第4演算ステップと、を有する。
【発明の効果】
【0055】
本発明によれば、送信する量子状態の精度は100%でなくてもよいという条件のもとで、任意の形状のネットワークに適応可能なマルチキャスト量子ネットワーク符号化方法が構築できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
図1】バタフライネットワーク上での古典ネットワーク符号化を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0057】
[既存技術の概要]
量子ネットワーク符号化を分類する場合、背景技術で説明したように目的の面からも分類できるが、手段に関しても分類する事ができる。具体的には、ノード間の古典情報/量子情報の通信をどの様に許容するかで分類ができる。具体的には、例えば1ビットの古典情報通信と1量子ビットの量子情報を同等のコストととらえ、その総和を制限するというモデルがある。これは、1量子ビットの量子情報の通信のみを用いて古典情報を送る場合には、1ビットの古典情報しか送ることができない、という理論的な対応に裏打ちされたモデルである。もう一方で、古典情報の通信は無制限に許可され、量子情報の通信のみを制限するというモデルがある。このモデルは、量子通信を実現するのは古典通信を実現するのに比べれば桁違いに困難であるという実験的事実に裏打ちされたモデルである。
【0058】
本発明は、古典情報通信が無制限に許可されるモデルによるものである。このような量子ネットワークモデルにおける従来技術としては、参考文献1に説明されている技術と参考文献2を用いたその非線形符号への一般化が存在する。
【0059】
[参考文献1]H. Kobayashi, F. Le Gall, H. Nishimura, M. Roetteler, Proceedings of the 2010 IEEE International Symposium on Information Theory (ISIT 2010), 2686 (2010)
[参考文献2]H. Kobayashi, F. Le Gall, H. Nishimura, M. Roetteler, Proceedings of the 2011 IEEE International Symposium on Information Theory (ISIT 2011), pp. 109-113, (2011).
参考文献1,2はいずれも量子ネットワーク符号化技術に関するものではなく、セッション間で量子情報のやり取りを行う量子セッション間ネットワーク符号に関する技術である。
【0060】
参考文献1は、1個の送信ノードとN個の受信ノードを持ち、送信ノードから各受信ノードへの情報の転送レートがr(単位時間当たりrビットをN個すべての受信ノードに送信可能)であるような古典線型マルチキャストネットワーク符号を元にして、対応する古典通信が無制限に許容された量子ネットワーク上で場合において、N個のうちの任意の1個の受信ノードに単位時間当たりr量子ビットの情報を送信する量子ネットワーク符号の作成法を提案している。
【0061】
参考文献2は、N個の送信ノードとN個の受信ノードを持つ転送レートrの古典セッション間ネットワーク符号を元にして、無制限に古典通信が許される量子ネットワーク上でN個の送信ノードとN個の受信ノードを持つ転送レートr(送信ノードから対応する受信ノードへ、それぞれ単位時間当たりr量子ビットを送信可能)のセッション間ネットワーク符号の作成法を提案している。
【0062】
参考文献2では、非線形な古典セッション間ネットワーク符号に対しても、対応する量子セッション間ネットワーク符号の作成法を提案しているが、同じ手法は参考文献2で考えられているマルチキャストネットワーク符号化にも適応可能で、これにより1個の送信ノードとN個の受信ノードを持ち、転送レートがrであるような非線形も含む任意の古典マルチキャストネットワーク符号を元にして、N個の受信ノードのうちの任意のr個に1量子ビットの情報を送信する自由な古典情報通信を許す量子ネットワーク符号が作成できることがわかっている。
【0063】
参考文献1,2は、セッション間の量子情報の送信を目的とした量子ネットワーク符号化技術であって、本発明が対象とする複数の送信ノードから複数の受信ノードへ情報を送信するタスクとは対象としているタスクが異なる。ただし、古典情報のネットワークコーディングを援用して対応する量子ネットワークを定義し、符号化を具体的に構成しているという点が、本発明と同じであり本発明の説明に有用であるため、以下バタフライネットワークを例にとって参考文献1,2の詳細を説明する。
【0064】
バタフライネットワークは図1で表されるネットワークであり、1つの送信ノード(s)と2つの受信ノード(t1,t2)と4つの中継ノード(1,2,3,4)とアーク(s;1),(s;2),(1;3),(1;t1),(2;3),(2;t2),(3;4),(4;t1),(4;t2)から構成される。各アークは単位時間当たりd値の古典情報を伝送可能であるとすると、図1に表される方法で符号化することで、単位時間あたりd2値の古典情報のマルチキャスト通信が可能である。今、与えられたノードがn個の入力アークとm個の出力アークを持つとするとノードでの(古典)符号は一般にZd(×)nからZd(×)mへの写像fk(a1,a2,…,an)=(a’1,a’2,…,a’m)という形で与えられる、ここでは
【0065】
【数22】
【0066】
で与えられる。最後に受信ノードが復号
【0067】
【数23】
【0068】
を行うことで、入力b1,b2が2つの受信ノードに到達する。iを正の整数としてZiはiに関する剰余類群である。次に上記の古典ネットワーク符号を参考文献1に従って量子ネットワーク符号に書き換える。量子バタフライネットワークは、図1において入力がb1,b2の代わりにd2次元空間に含まれる量子状態
【0069】
【数24】
【0070】
で与えられる。また、古典情報の場合、各アークは単位時間当たりにd値の古典情報の通信を許されていたが、ここでは各アークは単位時間当たりd次元の量子状態の送信が許される。又、古典通信はすべてのノード間で無制限かつ瞬時に行われるものとする。この条件の下で、対応する量子ネットワーク上の量子ネットワーク符号化は以下の3つのステップで構成される。
【0071】
1. 古典プロトコルを量子ネットワーク上で形式的にシミュレートすることによりエンタングル状態を量子ネットワーク上に構成する。
【0072】
2. 余計なエンタングルメントをフーリエ基底への測定で壊すことによって、量子状態全体空間を縮小する。ここで、フーリエ基底とは、
【0073】
【数25】
【0074】
である。
【0075】
3. 測定結果に依存する位相のずれを訂正する。
【0076】
これらのステップは、参考文献1のようにノードごとに行ってもよいし、参考文献2のようにすべてのノードに対してステップ1を行ってから、ステップ2と3を順に行っていっても良い。
【0077】
ステップ1では、Zd(×)nからZd(×)mへの写像f:(a1,a2,…,an)→f(a1,a2,…,an)∈Zd(×)mに対してn+m個のd次元量子状態に対するユニタリーゲート
【0078】
【数26】
【0079】
を作用させる。ここで、Ufは一意ではなく、上式を満たす任意のユニタリーゲートでよい。今、ノードに対する入力量子状態が
【0080】
【数27】
【0081】
という一般のn個のd次元量子状態だとすると(ここでaiはZdの元であり、複素係数
【0082】
【数28】
【0083】
【0084】
【数29】
【0085】
を満たす)、初期化された補助空間を用意しユニタリーゲートUfを作用させた後の状態は、
【0086】
【数30】
【0087】
となる。ここで、入力のn個のd次元量子状態を消す必要がある。これは、次のように行われる。まず、入力のn個のd次元量子状態のそれぞれを、フーリエ基底、すなわち
【0088】
【数31】
【0089】
で測定しその出力を(p1,p2,…,pn)とする。この操作で、ユニタリーゲートの出力状態は、測定結果(p1,p2,…,pn)に依存して以下のように変形される。
【0090】
【数32】
【0091】
欲しい状態と上記の状態との間には、測定結果に依存する位相のずれ
【0092】
【数33】
【0093】
がある。この位相のずれを訂正するためには、測定結果(p1,p2,…,pn)とfに依存して量子ゲートを作用させる必要がある。これが量子ネットワーク符号化の最後のステップとなるのだが、最も複雑なところであるので、一般的な手法はここでは説明しない。代わりにバタフライネットワークの場合のプロトコルを例示する。なお、すでに定義しているf1等については、上記のような3ステップを実施することなく、入力量子ビットと初期化された補助量子ビット|0〉に対してゲートC-X:|a1,a2〉→|a1,a1(+)a2〉を演算するだけで、上記の手法ですべてのステップを行った場合と同じ結果を得る。以下では、ノード1,2,4はこちらの処理を使う。
【0094】
バタフライネットワークにおける図1で表される古典ネットワーク符号に対応する量子ネットワーク符号は以下のように構成される。なお、以下では、単位時間あたりの各ノードの操作と、その結果得られる単位時間における入力状態と出力状態の関係のみを扱う。実際の量子通信は単位時間あたりに以下の操作を繰り返す事で行われる。
【0095】
1. ノードsは2個のd次元空間に含まれる状態|Ψin〉を生成し、2つの空間をそれぞれノード1と2に送信する。
【0096】
2. ノード1とノード2は、それぞれ、受け取った量子状態と新しい量子状態|0〉を合わせてC-X ゲートを演算し、ノード1はノード3とノードt1に、ノード2はノード3とノードt2に出力量子状態を1つずつ送信する。
【0097】
3. ノード3は、ノード1とノード2から受け取った合計2個の量子状態と初期化された補助量子ビット|0〉にU_f3を掛け(f3は既出)、更にノード1とノード2から送られた量子状態をそれぞれフーリエ基底で測定して、測定結果(p1,p2)を得る。ここで、p1はノード1から来た量子状態空間に対する測定結果、p2はノード2から来た量子状態空間への測定結果である。p1をノードt1、p2をノードt2に送信する。最後にノード3は残った量子状態(自分で最初に用意した量子状態) をノード4に送信する。
【0098】
4. ノード4は、ノード3から受け取った状態と初期化された補助量子ビット|0〉をあわせてC-Xゲートを演算する。ノードt1とt2に出力した二つの量子状態をそれぞれ送信する。
【0099】
5. ノードt1はノード1から受信した量子状態にZp1を演算する。ノードt2もノード2から受信した量子状態にZp1を演算する。ここで
【0100】
【数34】
【0101】
である。
【0102】
6. ノードt1はノード1とノード4から送られてきた合計2個の量子状態に対してノード1からの状態を制御状態としてC-X ゲートの逆演算を作用させる。同様に、ノードt2はノード1とノード4から送られてきた合計2個の量子状態に対してノード2からの状態を制御ビットとしてC-X ゲートの逆演算を作用させる。上記のプロトコルを行うことで、入力量子状態
【0103】
【数35】
【0104】
に対して、ノードt1 とノードt2の4 つの量子状態の出力
【0105】
【数36】
【0106】
【0107】
【数37】
【0108】
となる。ここで量子空間AmとBmはノードtmが持っている。ここから、フーリエ基底での測定とその測定結果に応じたZ演算で、|Ψin〉の一つ目の状態空間を状態空間A1のA2どちらか望む方、|Ψin〉の二つ目の状態空間を状態空間B1とB2のどちらか望む方に再構成することができる。たとえば、A1とB2に構成したければ、A2をフーリエ基底で測定し、得られた測定結果pに応じてZpをA1に作用させ、更にB1をフーリエ基底で測定し、得られた測定結果qに応じてZqをB2に作用させると良い。これら一連の操作によって、
【0109】
【数38】
【0110】
が得られる。
【0111】
以上が、従来技術であるが、上記の古典ネットワーク符号を元にした量子ネットワーク符号はマルチキャストという目的を全くはたしていない。すなわち、もとの古典のネットワーク符号は、d2値の情報(b1, b2)を終端ノードt1とt2の両方に配信している(図1) が、対応する上記の量子ネットワーク符号は、2つのd次元空間にふくまれる量子状態の|Ψin〉の各々の空間をノードt1とt2に送信することしかできていない。なお、ノード1、「もしくは」ノード2に量子状態全体を送信することも可能であることは容易にわかる。この場合、もう片方のノードには入力量子状態に関する何の情報も残されない。
【0112】
本発明では、例えば、量子状態の|Ψin〉を2つのノードt1とt0両方に配信する事を目指す。すなわち、プロトコルの出力状態
【0113】
【数39】
【0114】
【0115】
【数40】
【0116】
となる量子ネットワーク符号を目指す。しかし、入力状態を変更させない場合、このようなタスクは量子力学の原理に反するため作成不可能であることは有名なクローン禁止定理(例えば、参考文献3参照。)より明らかである。一方、クローン禁止定理が許容する限界の精度となる出力状態を与えるプロトコルは『量子最適対称普遍クローン機械』と呼ばれる。そこで、本発明では、ネットワーク上でこの『量子最適対称普遍クローン機械』を実行する量子ネットワーク符号を提案する。
【0117】
[参考文献3]M.A. Nielsen, I.L. Chuang, "Quantum Computation and Quantum Information", Cambridge University Press (2000)
そのために、本発明でも、参考文献1,2と同様に古典的なネットワークコーディングによるマルチキャストプロトコルを援用して、若干の量子もつれを受信者間におけるリソースとして利用する量子ネットワーク符号化プロトコルを構成する。
【0118】
[バタフライネットワーク]
まず、バタフライネットワークの場合を例に、本発明の基本的な原理を説明する。援用する古典ネットワークとそこから生成する量子ネットワークの関係は参考文献1,2と同等の関係にある。
【0119】
具体的には入力状態を、
【0120】
【数41】
【0121】
とする。まず、ノードsで、
【0122】
【数42】
【0123】
によって定義される測定を|Φ〉に対しておこなう。ただし、P(・)はベクトル・への射影演算子である。δはいわゆるクロネッカーのデルタであり、x1=x2であればδ(x1,x2)=1であり、x1=x2であればδ(x1,x2)=1であり、x1≠x2であればδ(x1,x2)=0である。測定結果がxの時の出力状態として得られる量子状態は
【0124】
【数43】
【0125】
となる(ただし、
【0126】
【数44】
【0127】
として、規格化していない表現とする)。測定結果xはノードt1とノードt2に古典通信路を使って古典コンピュータによる通信装置により伝えられるものとする。測定の結果得られる量子状態はd次元空間中の量子状態であるが、┌(d)(1/2)┐次元の二つの量子空間の中に存在する量子状態と考える。ノードsでは、このd次元の入力状態|Φ〉を|Ψin〉として、[既存技術の概要]の欄で示したプロトコルを利用することで、
【0128】
【数45】
【0129】
が出力として得る。m=1,2として、~AmはAmとBmからなる状態空間であるとする。m=1,2として、AmとBmはtmに存在している状態空間のことである。ここで、事前に受信ノードであるt1とt2の間で
【0130】
【数46】
【0131】
をリソースとして共有しているとする。(CmとDmはそれぞれtmに存在している状態空間であり、D1は|(1,2)〉と|(2,1)〉を正規直交基底とする2次元空間であり、Cmは|1〉と|2〉を正規直交基底とする2次元空間である (この量子もつれはt1とt2の間でEPR対と同等の量子もつれを持っており、送信しようとしている量子状態の次元に依存しない事に注意されたい)。ここで、補助空間として、G1E1F1とG2E2をそれぞれのノードt1とt2に持ち込む。GmとEmは|α∈Zd〉を正規直交基底とするd次元空間であり、F1は|(α,α’)∈Zd(×)2〉を正規直交基底とするd2次元空間である。古典通信によって受信したx∈Zdを使う事で、全系を
【0132】
【数47】
【0133】
とすることができる。ここで、ノードt1に対して、
【0134】
【数48】
【0135】
となるユニタリ演算を作用させる。その後に、2つのノードtmに対して
【0136】
【数49】
【0137】
となるユニタリ演算を作用させる。ただし、各々の式において(1/2,2/1)は前者を1としたときは後者を2とし(1,2)、前者を2としたときには後者を1とする(2,1)ことを意味することとする。すると、
【0138】
【数50】
【0139】
が得られる。
【0140】
次に受信ノードであるt1とt2のそれぞれにおいて、上記演算により得られた量子状態をフーリエ基底で測定して、位相の修正をするという操作をするわけであるが、以下のように一般化した枠組みでみる。
【0141】
操作1, {|u〉}u, {|v〉}vを正規直交基底とする。
【0142】
【数51】
【0143】
が与えられた場合、Cの空間での測定とその結果を用いたAの空間へのユニタリ変換を実行することで
【0144】
【数52】
【0145】
を得る事ができる事が容易に証明できる。このような操作を今後『空間Aを使って空間Cを消去する』という言い方をする事とする。注意として、この操作において空間を跨いだ測定やユニタリ変換を行っていない点と、純粋に空間Cを無視すると失われてしまう位相情報が残されて全系が純粋状態のままである点に注意されたい。
【0146】
具体的な操作は以下のように実行する。
【0147】
Cの空間次元をdとした場合、のフーリエ基底
【0148】
【数53】
【0149】
による射影測定をおこない、測定結果pを得る。測定後の状態はpを用いて
【0150】
【数54】
【0151】
と記述する事ができる。次に出力pに応じて
【0152】
【数55】
【0153】
で定義されるユニタリ行列を作用させると所望の状態が得られる。
【0154】
以上の一般論の立場にたつと、空間~A1G1D1を使って空間~A2G2C2を消去し、空間D1を使って空間C1を消去することで
【0155】
【数56】
【0156】
が得られる。この表現をインデックスの付け替えによって
【0157】
【数57】
【0158】
と書きなおす事ができる。ただし、Ωa,xはa=xの時は、(x,x)のみからなる集合で、a≠xの時は、(a,x), (x,a)の二つの要素からなる集合であるとする。|ψx(b1,b2)〉はb1=x又はb2=xの時に
【0159】
【数58】
【0160】
によって定義される量子状態である。ここで、定義域において全ての入力(b1,b2)に対して規格化されていると共に、互いに直交している。そこで、空間F1を使って空間~A1G1D1を消去する事ができ、
【0161】
【数59】
【0162】
が得られる。空間F1の状態|(b1,b2)>F1はZd次元2つの部分空間F1,1とF1,2に分解し|(b1,b2)>F1,1F1,2と書く事ができる。ここで、にさらに空間Emを使って空間F1,mを消去することで
【0163】
【数60】
【0164】
が得られる。ただし、|a1,a2symはa1≠a2のときは
【0165】
【数61】
【0166】
であり、a1=a2のときは|a1,a1〉とする。そもそも、古典的な値xが測定によって確率的に生成されたことを考慮すると、最終的に得られる量子状態の密度行列は
【0167】
【数62】
【0168】
であり、
【0169】
【数63】
【0170】
と書く事ができる。ただし、Psymは対称空間への射影であるとする(対称空間とは、ここでは、|a1,a2symで張られるd(d+1)/2次元空間である)。これを書き直すと、
【0171】
【数64】
【0172】
が得られる。二つの部分空間に対して対称的であるこの密度行列において、その各々の部分空間は二つの受信ノードにそれぞれ存在する。また、この密度行列は、1つ純粋状態から2つの複製を作ろうとした場合の、複製精度の理論限界をあたえる量子状態を表していることがよく知られおり、それぞれの量子状態の複製精度は(1/2)+(1/(d+1))になる。このように複製精度の理論限界を達成する装置は一般的に『量子最適対称普遍クローン機械』と呼ばれ参考文献4に記載されている。本発明は量子ネットワーク符号を用いて『量子最適対称普遍クローン機械』の作成に成功した点に特徴がある。
【0173】
[参考文献4]V. Scarani, S. Iblisdir, and N. Gisin, Rev. Mod. Phys. 77, 1225, (2005)
以上が、各々のアークにおいて┌d(1/2)┐次元の完全な量子通信が可能で、古典通信は任意のノードで許され、受信者間でEPRペアをリソースとして持っている場合のd次元の量子状態を2受信者に配送する提案プロトコルである。
【0174】
ただし、上の条件は実効的に実現されれば良い事を注意しておく、例えば「完全な量子通信」は不完全な量子通信と誤り訂正で代用できるし、d’次元の量子もつれの2者間での共有は、その2者間におけるd’次元の完全な量子通信と同等である。
【0175】
[バタフライネットワークでの従来技術との比較]
量子情報のマルチキャストを行う方法は当業者が容易に思いつく方法としては2つある。
【0176】
・純粋に、|Φ〉をアーク(s;1),(1;t1)と(s;2),(2; t2)を使って、t1とt2に単純に送るというプロトコルが考えられる。この場合の各アークにd次元の量子情報を送る容量が必要である。
【0177】
・(s;1),(1;t1)と(s;1),(1;3),(3;4),(4;t1)となどt1への通信路を2本確保し|Φ〉を100%の精度でt1へ送信し、そこで最適な複製をしてから、片割れをt1とt2の間のエンタングルメントなどを利用して量子テレポーテーションをおこなうプロトコルが考えられる。この場合の各アークでは┌d(1/2)┐元の量子通信を確保すればよいという点では本提案プロトコルと同じであるが、t1とt2との間で共有しなければならない量子もつれについては、提案プロトコルでは2次元の量子もつれで十分であるのに対して、この方法ではd次元の量子もつれが必要となる。
【0178】
・バタフライネットワークに限れば、特許文献1はバタフライネットワーク上でd=4の場合に、受信ノードにおける量子もつれ状態の共有が不要であるという点以外は、本発明と同じ状況でのプロトコルが例示されていると言える。ただし、量子最適対称普遍クローニング機械になっておらず、本発明よりも低い複製精度しか出せていない。
【0179】
以上のように、従来の手法よりも良い点がみられる切り口が至る所にある。これが非自明なネットワークプロトコルを初めて提案したことで実現した。
【0180】
[一般的ネットワーク符号化から生成される量子ネットワーク符号化プロトコル]
N個の送信ノードからそれぞれ
【0181】
【数65】
【0182】
値(ここでnは送信ノードのラベルで1≦n≦Nを満たす)の古典情報をM個のすべての受信ノードへマルチキャストをおこなう古典ネットワークコーディングをおこなうプロトコルが存在する事を仮定する。この時このプロトコルを利用して、対応する量子ネットワークにおいて、N個の送信ノードからそれぞれd(n)次元(1≦n≦N)の量子情報(Q(n)個のコピーがn番目の送信ノードに与えられる)をM個の受信ノードへマルチキャストする量子プロトコルを構成する。ここで、構成されたプロトコルによってマルチキャストされた量子状態の複製精度はそれぞれ
【0183】
【数66】
【0184】
となる。これは、量子力学が許容する最適な複製精度であり、当プロトコルは例えば参考文献4に記載された『量子最適対称普遍クローン機械』をN個それぞれの入力ノードが並列に実現している。ただし、ここで対応関係にあると述べている古典的ネットワークと量子的ネットワークは以下の関係にあるとする。
【0185】
・古典ネットワークにおいて通信が許容されるノードのペアと量子ネットワークにおいて通信が許容されるノードのペアは等しい。
【0186】
・古典ネットワークにおいて単位時間当たりに各アークが通信する古典情報のサイズをと量子ネットワークにおいて単位時間当たりに各アークが通信する量子状態の次元が等しい。
【0187】
・量子ネットワークにおいて古典通信は無制限に可能である。
【0188】
・量子ネットワークにおいて、複数の受信者間に通信次元に依存しない量子もつれをリソースとして共有している。(具体的な形は以下の詳細に記述してある。)
以下具体的に、古典ネットワーク符号化を使って量子ネットワーク符号化を定義する。
【0189】
まず、N個の送信ノードをs1,s2,…,sN、M個の受信ノードをt1,t2,…,tMとし、個々のノードが配送しようとする状態を
【0190】
【数67】
【0191】
とする場合、まず
【0192】
【数68】
【0193】
が各送信ノードsnに与えられているものとする。この時、このように書き下せる任意の状態|Φ(n)〉は
【0194】
【数69】
【0195】
と書き下せ、d(n)[Q(n)]次元の対称空間に含まれることがわかる。ただし、
【0196】
【数70】
【0197】
と定義する。ここで、Ω_(a)は数列aに対して定義される集合で
【0198】
【数71】
【0199】
|a|は数列aの要素数を表し、SQはQ次の置換群、|Ω_(a)|は集合Ω_(a)の要素数をあらわす。置換σ∈S_(|a|)に対してaσは数列(aσ(1),aσ(2),…,aσ(Q))をあらわすものとする。これらから、|Φ(n)〉をd(n)[Q(n)]次元の量子状態とみなすことができる。ただし、これらの定義から|α>symのノルムが1になっていることに注意されたい。
【0200】
次に、ノードsnで、
【0201】
【数72】
【0202】
によって定義される測定を|Φ(n)〉に対しておこなう。ただし、(a,x)は二つの数列を直列に並べた数列とする。測定結果がxの時の出力状態として得られる量子状態は
【0203】
【数73】
【0204】
となる(ただし、
【0205】
【数74】
【0206】
として、規格化していない表現とする)。測定結果x(n)は受信ノードtmに古典通信路を通じて古典コンピュータによる通信装置により伝えられるものとする。
【0207】
次に、バタフライネットワークの時と同様に、対応する古典的ネットワーク符号のルールに従って、N個の送信ノードで作られた独立な量子状態の情報をM個の受信ノードに送る。つまり、全ての送信ノードsnにおけるd(n)[Q(n)]次元の量子状態|Φ(n)〉の直積を|Ψin〉として、[既存技術の概要]で示したプロトコルを実行する。この時、中間のノードでおこなう古典的なプロトコルにおける
【0208】
【数75】
【0209】
という計算は計算のたびごとに補助の量子空間を用意し、
【0210】
【数76】
【0211】
を満たすユニタリ行列をおこなう事で代用する。そして計算後にのこされた空間はそのままそのノードが保持する。
【0212】
古典的なネットワーク符号化によって古典情報がマルチキャストできるという事実から、一連の量子操作等を実行した後の状態は
【0213】
【数77】
【0214】
と書くことができる。ただし、ここでVは送信者(送信ノード)・受信者(受信ノード)・中継者(中継ノード)をふくむすべてのノードを表す。また、Cvはノードvに存在する状態空間であり、~Am(n)は受信ノードtmに存在する状態空間である。
【0215】
ここで、任意のv∈Vに対して、空間~A1(1)~A1(2)…~A1(N)を使って空間Cvを消去する事ができ、
【0216】
【数78】
【0217】
がえられる。以上が、対応する古典ネットワーク符号を利用した部分である。以下、ここで得られた量子状態と、M個の受信ノード間でリソースとして量子もつれを利用して、各送信ノードが送信しようとした量子状態に近い状態を各受信ノードで作成するプロトコルを明示する。まず、利用する量子もつれは具体的には
【0218】
【数79】
【0219】
とかけるものとする。ただし、Cm(n)はノードtmに属し|m∈{1,2,…,M}〉を正規直交基底とするM次元の量子状態空間であり、D1(n)はノードt1に属し|σ∈SM〉を正規直交基底とするM!次元の量子状態空間とする。注意として、上記のN個の量子もつれは全てにおいてノードt1が他のノードと非対称的となっているが、nの値に応じて異なるノードがt1の役割を果たしても以後の議論は同様に展開できる。ここで、補助空間としてGm(n)とEm(n)とF1(n)を持ち込む。Gm(n)Em(n)はそれぞれノードtmに属し|a∈Z_d(n)〉を正規直交基底とするd(n)次元の量子状態空間であり、F1(n)をt1に属し
【0220】
【数80】
【0221】
を正規直交基底とする(d(n))M次元の量子状態空間である。次に、古典通信によって受信した
【0222】
【数81】
【0223】
を使う事で、全系を
【0224】
【数82】
【0225】
と記述できる。ただし、0(n)はM個の0列とする。ここで、nを引数として分割された直積空間のそれぞれ含まれる状態、
【0226】
【数83】
【0227】
に対して以下の処理をおこなう(ただし、(n)の記号は簡単のため省略する)。
まず、t1において
【0228】
【数84】
【0229】
を作用させた後に、全ての受信ノードtmにおいて
【0230】
【数85】
【0231】
を作用させると、
【0232】
【数86】
【0233】
が得られる。ただし、二つの数列aとxを直列に並べた数列(a,x)に対して(a,x)mは数列(a,x)のm番目の要素とする。つまり、式(36)(式(37))で定義されるユニタリ演算U0,Um∈{1,2,…,M}は、補助空間F1(Em)における量子状態が、当該受信ノードが保有している空間~A1G1(~AmGm)における量子状態|a,x>を空間Cmにおける量子状態|σ〉(|σ(m)〉)で指定されるインデックスで選択した要素の値をもつ状態(インデックス順で置き換えた状態)となるように変換する演算である。ここで任意の1<m≦Mに対して、空間~A1G1D1を使って空間~AmGmCmを消去し、D1を使ってC1を消去する事ができ
【0234】
【数87】
【0235】
が得られる。さらに、任意の
【0236】
【数88】
【0237】
に対して次の一般的に成り立つ関係式を利用する。
【0238】
【数89】
【0239】
ただし、Ω_(a,b)を|a|=|b|が成り立つ二つの数列aとbに対して定義される集合{σ|σ∈S_|a|,aσ=b}とする。ここで、式(40)の関係式を使う事で、式(39)は
【0240】
【数90】
【0241】
と書くことができる。ただし、|ψ_(x)(b)>をb∈Ω_((a,x))となるaが存在する時に、
【0242】
【数91】
【0243】
で定義される量子状態であり、定義域の範囲の全ての入力bにおいて規格化されていているとともに、互いに直交している。そこで、空間F1を使って空間~A1G1D1を消去する事ができ、
【0244】
【数92】
【0245】
が得られる。空間F1の状態|b>_F1はM個のZd次元の部分空間F1,mに分解し
【0246】
【数93】
【0247】
と書く事ができる。ここで、さらに空間Emを使って空間F1,mをそれぞれのmで消去することで
【0248】
【数94】
【0249】
が得られる。ただし、ここでは~α_aの定義を陽に使うとともに、|b>sym
【0250】
【数95】
【0251】
とする。そもそも、古典的な値xが測定によって確率的に生成されたことを考慮すると、最終的に得られる量子状態の密度行列は
【0252】
【数96】
【0253】
であり、
【0254】
【数97】
【0255】
と書く事ができる。ただし、Psymは対称空間への射影であるとする(対称空間とは、ここでは、|b>symで張られるd[|b|]次元空間である)。これを書き直すと、
【0256】
【数98】
【0257】
が得られる。M個の部分空間に対して対称的であるこの密度行列において、その各々の部分空間はそれぞれ受信ノードtmに存在する。また、この密度行列は、Q個の純粋状態からM個の複製を作ろうとした場合の、複製精度の理論限界をあたえる量子状態を表していることがよく知られおり、それぞれの量子状態の複製精度は
【0258】
【数99】
【0259】
となる。以上の操作を受信ノードの各々の直積状態に対して実行する事で
【0260】
【数100】
【0261】
が得られる。直積になっている個々の対称的な状態における個々の部分空間が各々の受信ノードtmに存在する。すなわち、このプロトコルは、d次元量子状態をN個入力し、その複製M個を出力する例えば参考文献4に記載された『量子最適対称普遍クローン機械』をネットワーク上で実現することに成功している。
【0262】
[量子演算装置]
各量子状態における測定及びユニタリ演算は、量子演算装置により実現される。量子演算装置は、量子コンピュータ単体で実現できる。量子コンピュータの実現する物理系としては、例えば、イオントラップを用いる方法(J. I. Cirac and P. Zoller, Quantum computations with cold trapped ions, Physical Review Letter 74;4091, 1995)、量子ビットとして光子の偏光や光路を用いる方法(Y. Nakamura, M. Kitagawa, K. Igeta, In 3-rd Proc. Asia-Pacific Phys. Comf., World Scientific, Singapore, 1988)、液体中の各スピンを用いる方法(Gershenfield, Chuang, Bulk spin resonance quantum computation, Science, 275;350, 1997)、シリコン結晶中の核スピンを用いる方法(B. E. Kane, A silicon-based nuclear spin quantum computer, Nature 393, 133, 1998)、量子ドット中の電子スピンを用いる方法(D. Loss and D. P. DiVincenzo, Quantum computation with quantum dots, Physical Review A 57, 120-126, 1998)、超伝導素子を用いる方法(Y. Nakamura, Yu. A. Pashkin and J. S. Tsai, Coherent control of macroscopic quantum states in a single-cooper pair box, Nature 393, 786-788, 1999)等を例示できる。また、それぞれの物理系に対する量子コンピュータの実現方法については、「http://www.ipa.go.jp/security/fy11/report/contents/crypto/crypto/report/QuantumComputers/contents/doc/qc_survey.pdf」や「M. A. Nielsen and I. L. Chuang, Quantum Computation and Quantum Information, Cambridge UniversityPress, Chapter 7 Physical Realization」に詳しい。
図1