【実施例】
【0021】
船体表面の摩擦抵抗を低減する塗料の基礎技術として、塗膜からの高分子の溶出機構を利用した摩擦抵抗低減技術を開発するために、水と塗膜表面の間に生じる摩擦抵抗の精密な計測手法の構築、模型船による船舶に適用した場合の摩擦抵抗の評価手法の開発、摩擦抵抗発現メカニズムの数値流体力学による検討、摩擦抵抗低減効果の高い高分子の探索、塗膜から高分子を溶出させる機構の開発等を実施した。
実施にあたり、塗膜表面で生じる水摩擦抵抗の要因に関する評価や、その低減機構を流体力学的なアプローチで研究するとともに、高分子種の選定や塗膜への配合方法、溶出物質の同定等の物質科学的アプローチを融合させた研究体制を構築した。
そして、塗膜から溶出した水溶性高分子にトムズ効果(ポリマー効果)を発揮させるための技術を開発し、現在の加水分解型防汚塗料より表面摩擦抵抗が低い摩擦抵抗低減塗料(実施例1)を作製した。この摩擦抵抗低減塗料について、二重円筒式抵抗測定装置による試験、および高精度摩擦抵抗計測装置を用いた曳航水槽試験から推定される実船(船長100m、船速13ノット)の摩擦抵抗が10%以上低減することを検証した。
【0022】
〔表面溶出によるポリマー効果の発現機構の検証〕
壁面滲出実験における壁面近傍の速度分布を粒子画像流速測定装置(Particle Image Velocimetry装置、PIV装置)により測定した。その結果、壁面から水溶性高分子が滲出することの効果(ポリマー効果)により、壁面近傍の主流方向および壁面垂直方向の速度変動が小さく、乱れが抑制されていることを確認した。
壁面滲出実験を模擬した計算流体力学(数値流体力学、Computational Fluid Dynamics、以下、適宜「CFD」と略する。)計算、より具体的には、乱流の直接数値シミュレーション(Direct Numerical Simulation、以下、適宜「DNS」と略する。)計算により、壁面から滲出した水溶性高分子の効果によって壁面近傍に高濃度の水溶性高分子の分布が形成されること、および下流に行くにしたがって、大きな摩擦抵抗低減効果が得られることを確認した。
【0023】
(壁面からの溶液供給による摩擦抵抗低減)
塗膜表面からの水溶性高分子の溶出を模擬するために、
図1に示した滲出試験実験装置を用いて、多孔質壁を有する水路から水溶性高分子溶液を滲出させ、抵抗の変化を測定した。その結果を
図2に示す。
図2に示したとおり、多孔質壁の壁面から水溶性高分子溶液を滲出させることにより、摩擦抵抗低減効果が得られることを確認した。なお、
図2に示した実験においては、水溶性高分子としてポリエチレンオキシドを用いた。
また、DNS計算により、壁面からの拡散により水溶性高分子が壁面近傍のバッファ領域に導入され摩擦抵抗低減が起きることが示された。このDNS計算により得られた結果を
図3に示す。
図3に示したとおり、壁面から水溶性高分子が滲出して拡散することにより、水溶性高分子がバッファ領域に導入され摩擦抵抗低減が起きることが示された。同図では、縦軸R
Dが摩擦抵抗低減率を示しており、横軸xが滲出面の長さを示している。また、Newtonianが高分子なしの数値計算値、DNSが高分子ありの数値計算値、+Experiment(C
1=100ppm)が実験結果値を示している。
x軸は、滲出面の長さを表し、0が滲出面の上流の部分で、流れが右側に行くようになっている。y軸は、滲出面より水溶性高分子を滲出させた場合のx軸に示されている滲出面の長さの点での低減効果を表している。下流に行けば行くほど低減効果が上がるのは、水溶性高分子の蓄積効果により濃度が高くなるためである。
【0024】
(レイノルズ応力が壁面近傍で減少することの実験結果と計算結果)
摩擦抵抗は以下の式で表される。
【数1】
式中、
τ :摩擦応力
u :速度の平行成分
v :速度の垂直成分
u’:uの変動成分
v’:vの変動成分
μ :粘性係数
ρ :密度 である。
第2項がレイノルズ応力(主成分)である。
【0025】
図4は、PIV法(Particle Image Velocimetry法:粒子画像流速測定法)により、壁面近傍の速度分布を計測する装置を説明するための図面代用写真である。
図4に示したように燒結金属板の滲出板を並べ、矢印(Flow)で示した方向に水を流し、差圧を測定することで摩擦抵抗値を測定した。測定結果を
図5に示す。なお、この装置を用いた実験においては、水溶性高分子として100ppmのポリエチレンオキシドおよび50ppmのポリエチレンオキシドを用いた。
同図では、縦軸がレイノルズ応力成分を表しており、横軸が壁面からの距離を示している。同図に示した結果から、水溶性高分子の滲出により壁面近傍の速度の変動が小さくなる(=流れの乱れが抑制される)ことが確認された。
【0026】
図6は、DNS計算を用いて水溶性高分子溶液の滲出の模擬計算を実施した結果を示すものである。同図では、縦軸がレイノルズ応力成分を表しており、横軸が壁面からの距離を示している。同図には、DNS計算によって
図5に示した実験結果と略同様の結果が得られることが示されている。この結果により、DNS計算は実験結果と対応の良い精度の高いものであることが分かる。
なお、DNS計算により得られた計算値と実験値の違いは、流速の違いによるものである。このように
図5と
図6の間でy軸の数値が違っていることは、実験と同じ流速としてDNS計算を行うことが計算能力の点で不可能であるためである。また、x軸の値が異なっているのは、
図5に示した実験値は、無次元化しているが、
図6に示した計算値は、実測値であることによるものである。しかし、両者の中身(技術的意義)は同じである。
以上のとおり、実験値(
図5)とDNS計算により得られた値(
図6)との比較により、定性的に、実験値と計算値の傾向が同じであることが確認されている。
【0027】
(摩擦抵抗低減と分子量との相関)
図7に示すように、摩擦抵抗低減効果を有する水溶性高分子を含有する塗料を用いて、回転円筒1表面に厚さ200μmの塗膜を形成し、超純水で満たされている円筒2に入れて、回転円筒1を500(回転/分、rpm)で回転させることにより、回転円筒1のトルクをトルク計3により計測した。この測定結果を、対照として測定した無塗装の回転円筒1について同条件で測定された結果と比較することにより、水溶性高分子の摩擦抵抗低減効果を計算した。また、測定中に塗料から溶出した水溶性高分子が円筒2内の超純水中に溶解するので、水溶性高分子が溶解したこの水溶液を円筒2の取り出し口4から採取し、ゲル浸透クロマトグラフ/多角度光散乱検出器(GPC-MALS)を用いて、Z平均分子量(Mz)と、重量平均分離量(Mw)とを求めた。
【数2】
上記の式中、Niは分子量Miの分子数を示している。
【0028】
図8は水溶性高分子のZ平均分子量(Mz)と摩擦抵抗低減率との関係を示すグラフである。同図に示すように、Z平均分子量を用いることにより、摩擦抵抗低減率と平均分子量との相関関係を良好に示すことができる。このため、Z平均分子量は、水溶性高分子の種類や水中に浸漬させた時間の長さに関わらず、摩擦抵抗低減率を推測するための統一的な指標として用いることができる。また、同図によれば、水溶性高分子のZ平均分子量100万以上のものは、摩擦抵抗低減率が10%以上となることから、摩擦抵抗低減効果が顕著であることが分かる。
図9は水溶性高分子の重量平均分子量(Mw)と摩擦抵抗低減率との関係を示すグラフである。同図に示すように、重量平均分子量を用いると、同じ重量平均分子量のものであっても、水溶性高分子を水中に浸漬させる時間が長くなるに従って、摩擦抵抗低減率が小さくなる。このことから、水中に浸漬させる時間が長くなるに従って水溶性高分子が劣化すること、および重量平均分子量は摩擦抵抗低減率を推測するための統一的な指標として適切な指標ではないことが分かった。
図9は、
図7を用いて説明した方法により、回転円筒1で攪拌し続けたときの抵抗低減を測定したものであり、攪拌開始を0分として、7分後、1時間後及び2時間後において、円筒2内の水溶性高分子の水溶液を回転円筒1の回転中に採取して、GPC-MALSで、その水溶液に含まれている水溶性高分子の分子量及び慣性半径を測定したものである。
【0029】
(分子量分布と摩擦抵抗低減効果の関係)
分子量分布と摩擦抵抗低減効果の関係を示すため、水溶性高分子としてポリエチレンオキシドを用い、水中への浸漬時間を7分としたものの結果(D−1)、水中への浸漬時間を1時間としたものの結果(C−4)、水中への浸漬時間を2時間としたものの結果(D−4)について、平均分子量(MzおよびMw)と摩擦抵抗低減率との関係を調べた。その結果を表1に示す。
図10はD−1、C−4およびD−5の分子量分布を示す。同図の横軸はその数値が大きくなるほど低分子量である。縦軸は、最も大きな割合で含まれている分子量の成分を1とし、当該成分に対する他の分子量の成分の相対的な割合を示している。
【表1】
表1により、重量平均分子量(Mw)が同等のものであっても、Z平均分子量(Mz)が大きいほど摩擦抵抗低減率が大きくなることが示されている。
また、D−1、C−4およびD−5は、重量平均分子量(Mw)が同等であるものの、
図10のグラフ中に丸を付して示したように高分子量成分に差がある。このことから、D−1、C−4およびD−5との間で摩擦抵抗低減率に大きな差が生じたのは、この丸を付した高分子量成分(超高分子量成分)の含有量の差に起因するものと考えられ、この超高分子量成分が摩擦抵抗低減率の向上に寄与しているものと推定することができる。
【0030】
(水溶性高分子のサイズと摩擦抵抗低減効果、DNS計算)
図11は、上述したとおり実測結果との対応が良好な(
図5、
図6参照)精度の高いDNS計算を用いて、水溶性高分子の長さと摩擦係数との関係とを求めた結果を示したものである。同図では、横軸が水溶性高分子の長さを示し、縦軸が摩擦係数を示している。
図11によれば、水溶性高分子を配合しない場合の摩擦係数の計算値(8.0×10
−3)よりも低い摩擦係数を得ることすなわち摩擦抵抗低減を実現するには、その長さが50μm以上の水溶性高分子を用いる必要があることが示唆されている。なお、DNS計算は、水溶性高分子の配合量を100ppmとして行った。
このようにDNS計算の結果により、摩擦抵抗低減は、壁面(塗膜表面)近傍の乱流中の渦構造に直接作用するだけのサイズ(渦構造の幅と同程度の長さ50μm以上)の水溶性高分子が必要であることが分かった。しかし、50μm以上の長さを単高分子で実現することは不可能であることから、50μm以上の長さを得るには、水溶性高分子により2次構造体を形成することが必要となる。このような2次構造体を形成する水溶性高分子としては、ポリエチレンオキシド(明成化学工業株式会社製E100および住友精化株式会社製PEO18ZF)がある。また、ポリエチレンオキシドの他にポリエチレングリコールもある。
ポリエチレングリコール(polyethylene glycol、略称PEG)は、エチレングリコールが重合した構造をもつ高分子化合物(ポリエーテル)である。ポリエチレンオキシド(polyethylene oxide、略称PEO)も基本的に同じ構造を有する化合物であるが、PEGは分子量が50,000g/mol以下のもの(エチレングリコールの重合体)をいい、PEOはより高分子量のもの(付加重合体)をいう。両者は物理的性質(融点、粘度など)が異なり用途も異なるが、化学的性質はほぼ同じである。
図12は、ポリエチレンオキシドにより形成される2次構造体の一例を示す模式図であり、ポリエチレンオキシド鎖の酸素原子が、水との水素結合を介して、他のポリエチレンオキシド鎖の酸素原子と結合することにより、会合体を形成しているものを模式的に示したものである。また、
図13は、ポリエチレンオキシドにより形成される2次構造体の一例を示す図面代用写真である。
Z平均分子量100万の水溶性高分子(理想長さ10μm)が互い違いに絡み合った場合を想定すると、2次構造体として50μmの水溶性高分子群を形成するためには、最低でも10本の水溶性高分子鎖が必要である。このことから、2次構造体としての分子量(群分子量)は、1000万以上であることが必要であると推測される。
【0031】
図14は、水溶性高分子の2次構造体が、壁面近傍に形成される渦構造を消すことにより、摩擦抵抗を低減する機構を模式的に示した図である。同図に示すように、その長さが5μm程度の短い水溶性高分子は、幅が50μm程度の渦構造に沿って流れることとなるから渦構造を消すことができない。これに対し、長い水溶性高分子は渦構造に作用してその渦構造を消すことができる。したがって、50μm以上の長さを有する二次構造体によれば、壁面近傍に不均一な渦が形成されることを抑制して摩擦抵抗低減を実現することができる。
【0032】
〔塗料の作製〕
水溶性高分子を含有する摩擦抵抗低減塗料は、(1)配合された水溶性高分子を劣化させないこと、(2)形成された塗膜からの水溶性高分子の安定した溶出が持続すること、(3)形成された塗膜から水溶性高分子が溶出した後の表面粗度が増大しないことが必要となる。
これら要件を充足させる塗料樹脂・顔料・溶剤を選定するにあたり、水溶性高分子の溶出・溶解過程をふまえて、樹脂の耐水性・強度、含有する水溶性高分子との親和性・反応性(劣化抑制)、水溶性高分子の加工(粒径、修飾)等を考慮した。
【0033】
〔実施例1〕
(水溶性高分子)
摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜から溶出した水溶性高分子により摩擦抵抗低減効果を得るには、水溶性高分子が水中において2次構造体を形成するものである必要がある。このような性質を備えたポリエチレンオキシドとして、本実施例1では、住友精化株式会社製PEO18ZFをジェットミルで最大粒径が38μm以下にしたものを用いた。
(塗料樹脂)
摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜の連続層を構成する不揮発性の塗料樹脂としては、配合された水溶性高分子を劣化させず、形成された塗膜からの水溶性高分子の安定した溶出を持続させるものを用いる必要がある。水溶性高分子として用いたポリエチレンオキシドに対して、上記のような性能を備えたものとして、アクリル樹脂(商品名:パラロイドB−66、ローム・アンド・ハース社製)を用いた。
(その他の成分)
摩擦抵抗低減塗料を着色するための顔料としてタルク(商品名:TTKタルク、竹原化学工業社製)、弁柄(商品名:弁柄No.404、森下弁柄工業社製)、亜鉛華(酸化亜鉛3種、ハクスイテック製)を、摩擦抵抗低減塗料の粘度調整などを目的とした揮発性の溶剤としてキシレンを、流れ止め剤(商品名:ディスパロン A630−20X、楠本化成社製)を用いた。なお、塗膜から水中への水溶性高分子の溶出は、塗料中の揮発成分が乾燥する際に形成された無数のピンホールを介して水に接した水溶性高分子が膨潤することにより生じる。
(調整方法)
上述した成分を表2に示す分量で混合し、実施例1の摩擦抵抗低減塗料を調製した。
〔実施例2〕
アクリル樹脂の代わりにエポキシ樹脂(商品名:D.E.R.671−X75、ダウケミカル社製)とポリアミド樹脂(商品名:ラッカマイド TD−966、大日本インキ化学工業社製)を用い、キシレンの代わりにキシレンとメチルイソブチルケトン(シェルジャパン製)、n−ブタノール(チッソ社製)を用いた以外は、実施例1と同様にして摩擦抵抗低減塗料を調製した。
【表2】
【0034】
(溶出速度の制御試験)
図15は、摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜から水溶性高分子が溶出する溶出メカニズムを模式的に示した説明図である。同図に示すように、鋼板11表面の塗膜12が水13と接すると、その表面層12Sに水13が染み込む。これにより表面層12Sの水溶性高分子14が水13により膨潤し、塗膜12の表面より溶出し2次構造体を形成する。
また、塗膜は塗料樹脂15の連続層に水溶性高分子14が分散されたものとして構成されている。このため、十分な強度を備えた塗料樹脂15により塗膜12を構成しないと、水3で水溶性高分子14が膨潤することにより塗膜12が崩壊してしまい、水溶性高分子14の溶出を制御することができなくなる。
また、水13が染み込むことにより塗膜12が崩壊しない範囲で、塗膜12中で2次構造体を形成させることもできる。
図16は、実施例1の摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜からの水溶性高分子の溶出速度を評価した結果を示すグラフである。水溶性高分子の溶出速度の評価は、鋼板上に乾燥した状態で約200μmの厚さとなる塗膜を形成し、20℃の水中に浸漬し、水中に溶出した炭素量を測定することにより、水溶性高分子の濃度を評価することで行った。
図16に示されているように、塗膜を浸漬した水中の水溶液濃度に急激な変化が生じていないことから、実施例1の摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜は、水溶性高分子の溶出速度が制御されていることが分かる。
図17は、実施例2の摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜からの水溶性高分子の溶出速度を評価した結果を示すグラフである。水溶性高分子の溶出速度の評価は、実施例1と同様の方法により行った。
図17に示されているように、実施例2の摩擦抵抗低減塗料により形成された塗膜は、水溶性高分子の溶出速度が制御されていることが分かる。
【0035】
(二重円筒式抵抗測定装置による摩擦抵抗低減効果の測定)
実施例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜による摩擦抵抗低減効果を、二重円筒式抵抗測定装置を用いて評価した。二重円筒式抵抗測定装置は、2つの円筒のうちの一方表面に測定対象試料の塗膜を形成し、二つの円筒の間に水を入れた状態で一方の円筒を回転させたときのトルク応力を測定するものである。実施例1の摩擦抵抗低減塗料との比較のため、既存製品(中国塗料株式会社製 自己研磨型防汚塗料SGP1000)についても、同様の条件により二重円筒式抵抗測定装置を用いた測定を行った。なお、二重円筒式抵抗測定装置としては、
図7を用いて説明した装置を用いた。
図18は、実施例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜による摩擦抵抗低減効果を、二重円筒式抵抗測定装置を用いて評価した結果を示すグラフである。同図に示されているように、実施例1の摩擦抵抗低減塗料では、既存製品(SGP1000)に比べて、明らかに摩擦抵抗に該当するトルクが低減している。このように、上記測定の結果、実施例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜により、比較対照とした既存製品よりも10%以上の摩擦抵抗低減効果が得られた。
【0036】
(水溶性高分子の粒径)
本実施例1の摩擦抵抗低減塗料は、水溶性高分子としてポリエチレンオキシドを含有している。このポリエチレンオキシドはジェットミルで粉砕したポリエチレンオキシド粒子として摩擦抵抗低減塗料に配合した。粉砕により得られるポリエチレンオキシド粒子の粒径と摩擦抵抗低減効果との関係を検討した結果について以下に示す。
図19は、粒径の異なるポリエチレンオキシド粒子が配合された摩擦抵抗低減塗料が塗布された鋼板の塗装面の曝露試験前後の状態を示す図面代用写真である。同図の(a)(b)は、最大粒径が100μmとなるように粉砕されたポリエチレンオキシド粒子が配合されたものの試験前後の塗装面の状態、(c)(d)は、最大粒径が38μmとなるように粉砕されたポリエチレンオキシド粒子が配合されたものの試験前後の塗装面の状態を、それぞれ示している。図面代用写真中に比較対照として示したスケールは、共通のものである。また、曝露試験は、鋼板表面に実施例1の摩擦抵抗低減塗料により厚さ200μmの塗膜を形成し、20℃の十分な量の水中に浸漬させた状態で50時間放置することにより行った。
【0037】
最大粒径が100μmであるポリエチレンオキシド粒子が配合されたものにより形成された塗膜は、
図19の(a)に示されるように、試験前の段階でやや表面に凹凸があることが認められる。そして、
図19の(b)に示されるように、試験後においては、水溶性高分子が溶出することにより空隙が形成され、表面の粗度が大きくなる。
対して、最大粒径が38μmであるポリエチレンオキシド粒子が配合されたものにより形成された塗膜は、
図19(c)に示されるように、塗膜表面が平滑なものとなる。さらに、
図19(d)に示されるように、試験後においても、塗膜表面を平滑なもののまま維持することができる。
以上のとおり、摩擦抵抗低減塗料に配合するポリエチレンオキシド粒子の最大粒子径を38μm以下とすることにより塗膜表面を平滑なままに維持することができる。このため、ポリエチレンオキシド粒子の最大粒子系を38μm以下とすることにより、経時的に塗膜表面の粗度が増大することに起因する摩擦抵抗の増大を抑制することができる。また、ポリエチレンオキシド粒子としては、その表面が円滑な曲面状のものが望ましい。
【0038】
(高精度摩擦抵抗計測装置を用いた抵抗測定)
実施例1の摩擦抵抗低減塗料により摩擦抵抗低減効果が得られることは、二重円筒式抵抗測定装置を用いた実験により確認されている。しかし、二重円筒式抵抗測定装置は、閉ざされた空間(内部流)中の結果を示すものである。これは、一つの目安にはなるものの、摩擦抵抗低減塗料から溶出した水溶性高分子が何時までも二重円筒内に留まるところから、船舶等に適用した場合の実態を正しく反映しているとは言い難い。
そこで、開かれた空間である海洋(外部流)中における摩擦抵抗低減効果を評価することができる高精度摩擦抵抗計測装置(特開2010−2356号公報参照)を用いて、実施例1の摩擦抵抗低減塗料の外部流中における摩擦抵抗低減効果を測定した。
図20は、本測定において用いた高精度摩擦抵抗計測装置の概略を説明する図面代用写真である。同図に示すように、高精度摩擦抵抗計測装置は、装置下部に前後の板バネを介してブランコ式につり下げられた測定対象の抵抗を計測する装置である。同図には、進行方向の長さが2mの厚さ10mmの平行につり下げられた平板の一方に実施例1の摩擦抵抗低減塗料(ポリエチレンオキシド8%、最大粒子径38μm以下)を塗布し(膜厚200μm)、他方に対照としての市販塗料(中国塗料株式会社製 自己研磨型防汚塗料SGP1000)を塗布し(膜厚200μm)、これら2枚の平板を同時に曳航することにより両者の抵抗差を測定する場合を示している。このように2枚の平板を同時に曳航し両者の抵抗差を評価することにより、試験状態の相違が緩和されることから、精度の高い結果が得られる。
本測定は、長さ150mの海上技術安全研究所の第三船舶試験水槽を用いて、曳航速度1.0m/sの条件で行った。
【0039】
図21は高精度摩擦抵抗計測装置を用いて2mの平板について行った試験結果を示すグラフである。同図では、横軸が時間の経過を示し、縦軸が摩擦抵抗低減率を示している。同図より、2mの平板を用いた試験では、初期段階において最大で21%の摩擦抵抗低減効果を発揮することが分かる。なお、初回を除いて、各航走の最初の段階における摩擦抵抗低減率が大きいのは、各航走の間において、波が消えることを待つ間(波待ち)や、進行方向を転換する際、塗膜表面からポリエチレンオキシドが溶出することにより、塗膜表面付近のポリエチレンオキシド濃度が高くなることによる。試験を繰り返すに従って、摩擦抵抗低減効果が漸減するものの、持続的に約2%の摩擦抵抗低減効果が得られている。
また、CFD計算によれば、実船スケール(船長100m)での船長長手方向のポリエチレンオキシドの濃度分布を推定すると、2mの平板において得られた2%の摩擦抵抗低減効果は、実船における14%の摩擦抵抗低減効果に相当する。このことから、実施例1の摩擦抵抗低減塗料により船体に塗膜を形成すれば、海洋において十分な摩擦抵抗低減効果が得られることが示唆されている。
【0040】
図22は、高精度摩擦抵抗計測装置を用いて抵抗測定を行った長さ8mの模型を底面側から示した図面代用写真である。同図に示した8m模型では、2mの平板のように、同時に2つのものをつり下げるのではなく、同じ模型の外面に実施例1の摩擦抵抗低減塗料を塗布したもの、および対照として用いた上記市販塗料を塗布したもののそれぞれについて別に試験を行い、両者の抵抗の差により摩擦抵抗低減効果を評価した。これ以外の条件については、長さ2mの平板を用いた試験と同様の条件で試験を行った。
【表3】
表3は、上述した長さ2mの平板模型および8m船型模型について高精度摩擦抵抗計測装置を用いて行った試験により得られた摩擦抵抗低減率を示している。同表においては、試験開始から2.5時間〜3.5時間の間に行われた4回〜9回の航走を平均して得られた結果の平均値を抵抗低減として示している。
表3によれば、摩擦抵抗低減率が、船長2mでは6.6%であるのに対し船長8mでは11.5%となっており、船長が長くなるに従って摩擦抵抗低減率も大きくなることが示されている。ポリエチレンオキシドの濃度が船尾側に行くにつれて大きくなる結果として、船長が長くなるに従って摩擦抵抗低減効果も大きくなったものと推定することができる。また、この実験結果は、長さ2mの平板における2%の摩擦抵抗低減効果が、実船における14%の摩擦抵抗低減効果に相当するとしたCFD計算の結果を支持している。CFD計算によれば、船長2mで6.6%、船長8mで11.5%の摩擦抵抗低減効果は、船長100mでは18.4%の摩擦抵抗低減効果に相当する。
【0041】
(高分子溶液の凍結乾燥像)
上述したとおり、実施例1の摩擦抵抗低減塗料によれば、外洋等の外部流においても十分な摩擦抵抗低減効果が得られる。そして、このことは、実施例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜から溶出したポリエチレンオキシドにより、塗膜表面近傍に2次構造体が形成されたことによるものである。
実施例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜から溶出した水溶性高分子が2次構造体を形成していることについては、水溶性高分子を含む水溶液を液体窒素で瞬間冷凍させて、真空ポンプで、水分等を蒸発させる方法(フリーズドライ法)で凍結乾燥させた状態を、走査型電子顕微鏡(FE−SEM)で観測した状態を、撮影した写真により確認した。
図23は、実施例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜から溶出したポリエチレンオキシドを含む水溶液を凍結乾燥させたものを示す図面代用写真である。同図よれば、ポリエチレンオキシドが2次構造体を形成していること、およびその長さが50μmよりも長いことが分かる。
【0042】
〔比較例1〕
比較例1として、実施例1のアクリル樹脂の代わりにビニル樹脂(商品名:UCAR Solution Vinyl Resin VAGD、ユニオン・カーバイド日本社製)を、キシレンの代わりにキシレンとメチルイソブチルケトン(シェルジャパン社製)を用いた以外は、実施例1と同様の条件により、比較例1の摩擦抵抗低減塗料を調製した。この比較例1の摩擦抵抗低減塗料は、上述した高精度摩擦抵抗計測装置を用いた抵抗測定の結果、摩擦抵抗低減効果が認められなかった。比較例1の摩擦抵抗低減塗料の組成を表4に示す。
【表4】
図24は、比較例1の摩擦抵抗低減塗料の塗膜から溶出した水溶性高分子を含む水溶液を凍結乾燥させたものを示す図面代用写真である。同図よれば、比較例1では、水溶性高分子が50μmよりも長い2次構造体を形成していないことが分かる。
【0043】
(水溶性高分子の含有量と摩擦抵抗)
摩擦抵抗低減塗料中に含まれる水溶性高分子量と摩擦抵抗低減効果との関係を調べるため、上述した実施例1の摩擦抵抗低減塗料中のポリエチレンオキシドの含有量を5重量%としたものと、8重量%としたものとを作製した。そして、2mの平板を用いて上述した高精度摩擦抵抗計測装置による抵抗測定を行った。
図25は5%のポリエチレンオキシドを含有するものの実験結果を示すグラフであり、
図26は8%のポリエチレンオキシドを含有するものの実験結果を示すグラフである。これらの図により、ポリエチレンオキシドを5%以上配合する摩擦低減効果が得られること、およびポリエチレンオキシドを8%配合すればより十分な摩擦低減効果が得られることが分かる。