(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
下記式(I)
【化1】
(式(I)中、
Xは、置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
R
1は、C
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示すか、或いは、一方のR
1は、上記Xとも結合している−O−C(=O)−基を示し、6員環を形成するものであり、且つ他方のR
1は、独立してC
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示し;
R
2とR
3は、一体となって−O−基、−S−基もしくは−N(R
8)−基(ここで、R
8は水素原子又はC
1-12アルキル基を示す)を形成し、且つR
4とR
5は水素原子基を示すか、或いは、R
4とR
5は、一体となって−O−基、−S−基、もしくは−N(R
8)−基(R
8は上記と同義を示す)を形成し、且つR
2とR
3は水素原子基を示し;
R
6とR
7は、独立して水素原子基、C
1-12アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
上記アリール基又はヘテロアリール基の置換基は、C
1-12アルキル基、モノ(C
1-12アルキル)アミノ基、ジ(C
1-12アルキル)アミノ基、水酸基及びC
1-12アルコキシ基からなる群より選択される1以上の基を示す。)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物からなる近赤外蛍光色素を含有する熱可塑性樹脂組成物であり、
極大吸収波長が650nm以上、かつストークスシフトが50nm以上であ
り、
前記近赤外蛍光色素と前記熱可塑性樹脂とが溶融混練されたものであることを特徴とする熱可塑性樹脂組成物。
【背景技術】
【0002】
近赤外蛍光色素は、様々な製品の識別、偽造防止を中心とした工業製品に利用されており、近年は、生体イメージング用プローブや検査薬等の医療用途にも利用されている。近赤外波長領域の特徴として、ヒトの肉眼では目視できないこと、生体への影響が少ないこと、皮膚などの生体透過性が高いこと等が知られている。医療用具自体に近赤外蛍光色素を含有させることにより、このような特徴を利用することができる。例えば、シャントチューブ等の医療用具に近赤外蛍光色素を含有させることにより、生体外から近赤外光を照射することによって生体内に埋め込まれた医療用具の位置を確認するシステムが開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
一般的に、蛍光色素から発される蛍光を検出する場合、励起光の散乱光や反射光も検出器に入ってきてしまうため、通常は、検出器に励起光の波長域をカットするフィルターが入れられている。このような検出器では、励起光と蛍光の波長域が重複し、蛍光がフィルターによってカットされる波長域にある蛍光色素の蛍光は検出できないという問題がある。蛍光と励起光を区別し、蛍光のみを高感度で検出することを可能にするためには、近赤外蛍光色素のストークスシフト(極大吸収波長と極大蛍光波長の差)が充分に大きいことが必要である。
【0004】
近赤外蛍光色素には、無機蛍光色素と有機蛍光色素がある。一般的に、無機近赤外蛍光色素は、比較的ストークスシフトは長いが、希少で高価な希土類等のレアアースや粒径の揃ったナノ粒子が必要である。一方で、有機近赤外蛍光色素は、比較的簡便に合成することができ、波長の調整がしやすいといった特徴があるものの、ストークスシフトが短く、熱安定性や耐光性が低いという問題点があった。そこで、これらの問題のないより優れた有機近赤外蛍光色素の開発が望まれている。例えば、特許文献2には、可視光領域での特に優れた光吸収特性と近赤外領域での良好な発光特性を示し、耐光性や耐熱性等に優れ、かつ製造も容易なアゾ−ホウ素錯体化合物が開示されている。
【0005】
樹脂に近赤外蛍光色素を分散させることができれば、当該樹脂を原料として、近赤外蛍光を発する様々な成形体を製造することができる。近赤外蛍光色素を分散させた樹脂としては、例えば、特許文献3には、ポリエステル反応性基を有する近赤外蛍光色素をPET(ポリエチレンテレフタレート)中に共重合させた近赤外蛍光樹脂が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献3に記載の近赤外蛍光樹脂は、近赤外蛍光色素を樹脂の高分子に直接共有結合させている。当該方法では、近赤外蛍光色素を樹脂に充分に分散させることが可能であるものの、近赤外蛍光色素を樹脂に共有結合させる反応を要するため、製造が困難であり、汎用性も低い。汎用性を鑑みれば、樹脂中に近赤外蛍光色素を混合して分散させるだけで、近赤外蛍光樹脂が製造できることが好ましい。
【0008】
特許文献2に記載のアゾ−ホウ素錯体化合物は、耐光性や耐熱性等に優れ、かつ製造も容易な非常に優れた近赤外蛍光色素であるが、樹脂組成物に分散させた場合に極大吸収波長が650nm以上、かつストークスシフトが50nm以上となるものは開示されていない。
【0009】
本発明の目的は、通常の可視光領域では肉眼によっては視認されず、かつ、視認困難な近赤外領域の励起光を照射しても、650nm以上で極大吸収波長を有することにより効率的に励起され、しかも極大蛍光波長が極大吸収波長よりも50nm以上離れた長波長側で近赤外線蛍光を発することにより、検出器で良好に検出できる樹脂組成物、及び当該樹脂組成物から得られる成形体を容易に提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る樹脂組成物及び成形体は、下記[1]〜[
5]である。
[1] 下記式(I)
【0011】
【化1】
【0012】
(式(I)中、
Xは、置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
R
1は、C
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示すか、或いは、一方のR
1は、上記Xとも結合している−O−C(=O)−基を示し、6員環を形成するものであり、且つ他方のR
1は、独立してC
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示し;
R
2とR
3は、一体となって−O−基、−S−基もしくは−N(R
8)−基(ここで、R
8は水素原子又はC
1-12アルキル基を示す)を形成し、且つR
4とR
5は水素原子基を示すか、或いは、R
4とR
5は、一体となって−O−基、−S−基、もしくは−N(R
8)−基(R
8は上記と同義を示す)を形成し、且つR
2とR
3は水素原子基を示し;
R
6とR
7は、独立して水素原子基、C
1-12アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
上記アリール基又はヘテロアリール基の置換基は、C
1-12アルキル基、モノ(C
1-12アルキル)アミノ基、ジ(C
1-12アルキル)アミノ基、水酸基及びC
1-12アルコキシ基からなる群より選択される1以上の基を示す。)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物からなる近赤外蛍光色素を含有する熱可塑性樹脂組成物であり、極大吸収波長が650nm以上、かつストークスシフトが50nm以上であ
り、前記近赤外蛍光色素と前記熱可塑性樹脂とが溶融混練されたものであることを特徴とする、熱可塑性樹脂組成物。
[2] 前記アゾ−ホウ素錯体化合物が、下記式(I
1)
【0013】
【化2】
【0014】
(式(I
1)中、Yは置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し、R
1〜R
7は、前記式(I)中のR
1〜R
7と同義を示す。)で表される、前記[1]の熱可塑性樹脂組成物。
[
3] 極大蛍光波長が700nm以上である、前記[1]
又は[2]の熱可塑性樹脂組成物。
[
4] 前記[1]〜[
3]のいずれかの熱可塑性樹脂組成物を加工して得られる成形体。
[
5] 少なくとも一部が、患者の体内で使用される医療用具である、前記[
4]の成形体。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る樹脂組成物及び当該組成物からなる成形体は、極大吸収波長が650nm以上、かつストークスシフトが50nm以上の近赤外蛍光を発する。本発明に係る樹脂組成物及び当該組成物からなる成形体は、有機近赤外蛍光色素を樹脂に単に混合、分散しているにもかかわらず、ストークスシフトが50nm以上と従来になく大きいため、近赤外領域の励起光を照射することで蛍光を発し、励起光によるノイズカットのためのフィルターが備えられている一般的な検出器を用いた場合でも、当該成形体から発される蛍光を高感度で検出することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<アゾ−ホウ素錯体化合物>
本発明に係る樹脂組成物が含有する近赤外蛍光色素は、下記式(I)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物である。
【0019】
[式(I)中、
Xは、置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
R
1は、C
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示すか、或いは、一方のR
1は、上記Xとも結合している−O−C(=O)−基を示し、6員環を形成するものであり、且つ他方のR
1は、独立してC
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示し;
R
2とR
3は、一体となって−O−基、−S−基もしくは−N(R
8)−基(ここで、R
8は水素原子又はC
1-12アルキル基を示す)を形成し、且つR
4とR
5は水素原子基を示すか、或いは、R
4とR
5は、一体となって−O−基、−S−基、もしくは−N(R
8)−基(R
8は上記と同義を示す)を形成し、且つR
2とR
3は水素原子基を示し;
R
6とR
7は、独立して水素原子基、C
1-12アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し;
上記アリール基又はヘテロアリール基の置換基は、C
1-12アルキル基、モノ(C
1-12アルキル)アミノ基、ジ(C
1-12アルキル)アミノ基、水酸基及びC
1-12アルコキシ基からなる群より選択される1以上の基を示す。]
【0020】
本発明において、「アリール基」は芳香族炭化水素基を意味する。例えば、フェニル基、ナフチル基、インデニル基、ビフェニル基等であり、好ましくはC
6-10アリール基、より好ましくはフェニル基である。
【0021】
「ヘテロアリール基」は、窒素原子、酸素原子又は硫黄原子等のヘテロ原子を少なくとも1個有する5員環、6員環又は縮合環を有する芳香族ヘテロシクリル基を意味する。「ヘテロアリール基」としては、ピロリル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、チエニル基、フリル基、オキサゾリル基、イソオキサゾリル基、チアゾリル基、イソチアゾリル基、チアジアゾール基等の5員環ヘテロアリール基;ピリジニル基、ピラジニル基、ピリミジニル基、ピリダジニル基等の6員環ヘテロアリール基;インドリル基、イソインドリル基、インダゾリル基、キノリジニル基、キノリニル基、イソキノリニル基、ベンゾフラニル基、イソベンゾフラニル基、クロメニル基、ベンゾオキサゾリル基、ベンゾイソオキサゾリル基、ベンゾチアゾリル基、ベンゾイソチアゾリル基などの縮合ヘテロアリール基を挙げることができる。好ましくは窒素原子を含むヘテロアリールであり、より好ましくはベンゾチアゾリル基である。
【0022】
「C
1-12アルキル基」とは、炭素数が1〜12の直鎖状又は分枝鎖状の1価脂肪族炭化水素基を意味する。例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、ペンチル基、イソアミル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノナニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等である。R
6〜R
7としては、C
2-12アルキル基が好ましく、C
2-10アルキル基がより好ましく、特にn−C
2-8アルキル基が好ましい。その他の場合では、C
1-6アルキル基が好ましく、C
1-4アルキル基がより好ましく、C
1-2アルキル基がより好ましく、メチル基がより好ましい。
【0023】
「アリールエテニル基」は、上記アリール基に置換された−CH=CH−基を示し、トランス型であってもシス型であってもよいが、安定性の点からトランス型のものが好ましい。また、「アリールエチニル基」は、上記アリール基に置換された−C≡C−基を示す。
【0024】
「C
1-12アルコキシ基」は、C
1-12アルキルオキシ基を意味し、C
1-6アルコキシ基が好ましく、C
1-4アルコキシ基がより好ましく、C
1-2アルコキシ基がより好ましく、メトキシ基がより好ましい。また、本発明において用いられるアゾ−ホウ素錯体化合物において、2つのR
1がアルコキシ基である場合には、炭化水素基同士が結合してホウ素原子と共に環状構造を形成していてもよい。
【0025】
「ハロゲン原子」としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子を例示することができ、フッ素原子、塩素原子及び臭素原子が好ましく、フッ素原子がより好ましい。
【0026】
「モノ(C
1-12アルキル)アミノ基」は、1つの上記C
1-12アルキルに置換されたアミノ基を意味し、例えば、メチルアミノ基、エチルアミノ基、プロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、ブチルアミノ基、イソブチルアミノ基、t−ブチルアミノ基、ペンチルアミノ基、ヘキシルアミノ基等を挙げることができ、好ましくはモノC
1-6アルキルアミノ基であり、より好ましくはモノC
1-4アルキルアミノ基であり、さらに好ましくはモノC
1-2アルキルアミノ基である。
【0027】
「ジ(C
1-12アルキル)アミノ基」は、2つの上記C
1-12アルキルに置換されたアミノ基を意味する。当該基において、2つのアルキル基は互いに同一であっても異なっていてもよい。ジC
1-12アルキルアミノ基としては、例えば、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基、ジイソプロピルアミノ基、ジブチルアミノ基、ジイソブチルアミノ基、ジペンチルアミノ基、ジヘキシルアミノ基、エチルメチルアミノ基、メチルプロピルアミノ基、ブチルメチルアミノ基、エチルプロピルアミノ基、ブチルエチルアミノ基等を挙げることができ、好ましくはジ(C
1-6アルキル)アミノ基であり、より好ましくはジ(C
1-4アルキル)アミノ基であり、さらに好ましくはジ(C
1-2アルキル)アミノ基である。
【0028】
本発明において用いられるアゾ−ホウ素錯体化合物(I)としては、一方のR
1が、上記Xとも結合している−O−C(=O)−基を示し、6員環を形成するものであり、且つ他方のR
1が、独立してC
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子を示す化合物、及び、下記式(I
1)〜(I
3)で表される化合物が好適である。中でも、式(I
1)で表される化合物がより好ましい。式(I
1)中、Yは置換基を有していてもよいアリール基、又は置換基を有していてもよいヘテロアリール基を示し、R
1〜R
7は、前記式(I)中のR
1〜R
7と同義を示す。また、式(I
2)及び(I
3)中、X及びR
1〜R
7は、前記式(I)中のX及びR
1〜R
7と同義を示す。
【0030】
なお、式(I)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物は、例えば、下記式(II)で表されるヒドラゾン化合物(II)にホウ素化合物を反応させることにより合成できる(例えば、特許文献2参照。)。下記式中、X及びR
1〜R
7は前記式(I)中のX及びR
1〜R
7と同義を示す。また、R
9はC
1-12アルキル基、アリール基、アリールエテニル基、アリールエチニル基、C
1-12アルコキシ基、アリールオキシ基又はハロゲン原子であり、R
1と同一であるか或いはR
1よりも脱離し易い基を示す。
【0032】
<樹脂成分>
本発明に係る熱可塑性樹脂組成物は、近赤外蛍光色素(前記式(I)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物)を含有する熱可塑性樹脂組成物である。本発明に係る熱可塑性樹脂組成物が含有する樹脂成分は、熱可塑性の樹脂組成物であれば特に限定されるものではなく、各種の熱可塑性樹脂が用いられる。本発明において用いられる樹脂成分としては、1種のみを用いてもよく、2種類以上を混合して用いてもよい。2種類以上を混合する場合には、相溶性の高い樹脂同士を組み合わせて用いることが好ましい。
【0033】
本発明において用いられる樹脂成分としては、例えば、ポリウレタン(PU)、熱可塑性ポリウレタン(TPU)等のウレタン系樹脂;ポリカーボネート(PC);ポリ塩化ビニル(PVC);ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリメタクリル酸エチル等のアクリル系樹脂;ポリエチレンテレフタレ−ト(PET)、ポリブチレンテレフタレ−ト、ポリトリメチレンテレフタレ−ト、ポリエチレンナフタレ−ト、ポリブチレンナフタレ−ト等のポリエステル系樹脂;ナイロン(登録商標)等のポリアミド系樹脂;ポリスチレン(PS)、イミド変性ポリスチレン、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)樹脂、イミド変性ABS樹脂、スチレン・アクリロニトリル共重合(SAN)樹脂、アクリロニトリル・エチレン−プロピレン−ジエン・スチレン(AES)樹脂等のポリスチレン系樹脂が挙げられる。中でも、前記式(I)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物の分散性が高いことから、当該樹脂成分としては、PU、PET、PVC、PC、PMMA、PSが好ましく、これらのうちの2種以上を混合して使用しても構わない。
【0034】
本発明において用いられる樹脂成分としては、樹脂成分全体として熱可塑性樹脂であればよく、少量の非熱可塑性樹脂を含有していてもよい。
【0035】
<熱可塑性樹脂組成物>
本発明に係る熱可塑性樹脂組成物は、前記樹脂成分に近赤外蛍光色素(前記式(I)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物)と混合・分散させることにより製造できる。近赤外蛍光色素を樹脂成分に混合・分散する方法は、特に限定されるものではなく、公知のいずれの方法で行ってもよく、さらに添加剤を併用しても構わない。例えば、適当な溶媒に溶解させた樹脂組成物溶液に、近赤外蛍光色素を添加して分散させてもよい。また、溶媒を使用しない場合も、樹脂組成物に近赤外蛍光色素を添加して溶融混練させ、本発明に係る熱可塑性樹脂組成物を得ることができる。こうして樹脂中に近赤外蛍光色素が均一に分散された状態の熱可塑性樹脂組成物が得られる。
【0036】
本発明に係る熱可塑性樹脂組成物は、近赤外領域の励起光で励起しても目視状態で色彩が変わらず、かつ、不可視の近赤外領域の蛍光を発し、検出器で検出できることを特徴とする。したがって、近赤外領域の励起光に対しては極大吸収波長が650nm以上であればよいが、吸収効率の観点からは、極大吸収波長が励起光の波長に近い方が好ましく、665nm以上がより好ましく、680nm以上であることが特に好ましい。また、本発明に係る熱可塑性樹脂組成物が発する蛍光は、極大吸収波長と極大発光波長の差(ストークスシフト)が50nm以上と大きいため、検出における励起光によるノイズが低減され、高感度に検出することができる。
本発明に係る樹脂組成物及び当該組成物からなる成形体は、被照射物の色彩が変わらず、かつ、検出感度を考慮すると、極大蛍光波長が700nm以上であれば実用的には問題がないが、720nm以上であることが好ましく、740nm以上であることがより好ましく、760nm以上であることが特に好ましい。なお、極大吸収波長が短い場合には、近赤外領域における検出感度の観点から、ストークスシフトがより大きいことが好ましい。
【0037】
本発明に係る熱可塑性樹脂組成物は、本発明の効果を損なわない限り、前記樹脂成分と前記式(I)で表されるアゾ−ホウ素錯体化合物以外の他の成分を含有していてもよい。当該他の成分としては、紫外線吸収剤、熱安定剤、光安定剤、酸化防止剤、難燃剤、難燃助剤、結晶化促進剤、可塑剤、帯電防止剤、着色剤、離型剤等が挙げられる。
【0038】
<成形体>
本発明に係る熱可塑性樹脂組成物を成形することにより、極大吸収波長が650nm以上、かつストークスシフトが50nm以上である近赤外蛍光を発する成形体が得られる。成形方法は、特に限定されないが、キャスティング(注型法)、金型を用いた射出成形、圧縮成形及びTダイ等による押し出し成形、ブロー成形などが挙げられる。
【0039】
こうして得られた成形体は、近赤外領域の光を照射しても色彩が変わらず、従来よりも高感度に検出可能な近赤外蛍光を発するため、当該成形体は、特に、患者の体内に挿入したり留置したりする医療用具に好適である。
検出に用いる励起光としては、任意の光源を使用でき、波長幅が長い近赤外線ランプの他、波長幅が狭いレーザー、LEDなどを使用することができる。
近赤外領域の励起光を照射することで、被照射物の色彩が変わらない特徴を有するが、被照射物の色彩が多少赤みを帯びても構わない場合には、必ずしも近赤外線領域の励起光を使用することはない。この場合、例えば体内の医療用具に励起光を照射し、蛍光検出しようとした場合、皮膚などの生体透過性の高い波長領域で励起光を使用することが必要となるが、皮膚などの生体透過性の高い650nm以上の励起光を使用すればよい。
当該医療用具としては、例えば、ステント、コイル塞栓子、カテーテルチューブ、注射針、シャントチューブ、ドレーンチューブ、インプラント等が挙げられる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、実施例4、5、6はいずれも参考例である。
【0041】
[製造例1]アゾ−ホウ素錯体化合物の合成
(1) ヒドラゾン化合物の製造
合成装置用ナスフラスコに、オルトキノン誘導体(200mg,5.33×10
−4mol)と2−ヒドラジノ安息香酸塩酸塩(402mg,2.13×10
−3mol)を加えた後、さらにメタノール:水:ジメチルスルホキシド=3:4:4の混合溶媒(55mL)を加え、50℃で加熱撹拌した。反応を開始すると、反応溶液に結晶が析出した。反応開始から13時間後、反応溶液の加熱をやめ、撹拌しながら室温で放冷した。析出した結晶を濾別し、メタノール:水=4:1の混合溶媒で洗浄し、赤茶色粉末状結晶を得た(収量:96mg,収率:35.3%)。この化合物は溶解性が低いため、これ以上精製せず、ホウ素錯体化を行った。
【0042】
(2) アゾ−ホウ素錯体化合物の製造
上記(1)で得られた赤茶色粉末状結晶(200mg,3.92×10
−4mol)を300mLナスフラスコに入れ、ジクロロメタン(70mL)を加えた。さらにトリエチルアミン(137mg,1.37×10
−3mol)を加えてヒドラゾン化合物を完全に溶解させてから、三フッ化ホウ素エーテル錯塩(334mg,2.35×10
−3mol)を滴下し、室温で撹拌して反応を行った。反応開始から3日間後、TLCで反応の進行が確認できなくなったため、水を加えて反応を停止した。ジクロロメタン層を分離し水洗した後、減圧濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:ジクロロメタン/酢酸エチル=10/1)で精製し、緑色粉末結晶である目的化合物を得た(収量:62.2mg,収率:29.4%)。
【0043】
1H-NMR(CDCl
3)δ=1.03(6H,t,J=7.46),1.40-1.49(4H,m),1.66-1.74(4H,m),3.47(4H,t),6.78(1H,d,J=2.20),6.90(1H,dd,J=2.20,J=9.16),7.48(1H,t,J=7.44),7.66-7.78(3H,m),8.13(1H,d,J=9.16),8.30-8.33(2H,m),8.39(1H,d,J=7.70),8.75(1H,d,J=7.70)
【0044】
【化6】
【0045】
[実施例1]
TPUペレット(製品名:Tecoflex EG65D、Lubrizol社製)55gと、製造例1で合成したアゾ−ホウ素錯体化合物55mgを混ぜて、ペレット表面に色素を付着させた。次いで、当該ペレットをラボプラストミルに投入し、設定温度190℃で10分間溶融混練(kneading)した。その後、混練された色素含有樹脂を取り出し、フィルム化した。
【0046】
フィルム化は、以下のようにして行った。まず、溶融混練された色素含有樹脂を200℃に熱した鉄板で挟みながら5分間加熱し、当該鉄板を冷却しながら、5〜10mPaでプレスした。
【0047】
得られたフィルムの吸収スペクトルをSHIMADZU社製の紫外可視近赤外分光光度計「UV3600」で測定し、発光スペクトルを浜松ホトニクス社製の絶対PL量子収率測定装置「Quantaurus−QY C11347」で測定したところ、極大吸収波長が683nm、極大蛍光波長が818nmであり、ストークスシフトが135nmでああった。
【0048】
[実施例2]
製造例1で合成したアゾ−ホウ素錯体化合物(近赤外蛍光色素)の添加量を、TPUペレット55gに対して、5.5mg(0.01質量%)、16.5mg(0.03質量%)、55mg(0.1質量%)、又は165mg(0.3質量%)とし、実施例1と同様にして色素含有樹脂を成形したフィルムを製造した。
得られたフィルムの吸収スペクトルと発光スペクトルを、実施例1と同様にして測定した。
図1に、683nmで励起した際の各フィルムの蛍光スペクトルを示し、表1に各フィルムの吸収スペクトルと発光スペクトルと発光効率の測定結果を示す。
なお、吸収スペクトルはSHIMADZU社製の紫外可視近赤外分光光度計「UV3600」で測定し、発光スペクトルと発光効率は浜松ホトニクス社製の絶対PL量子収率測定装置「Quantaurus−QY C11347」で測定した。
【0049】
【表1】
【0050】
この結果、樹脂に添加する近赤外蛍光色素の量が多くなるほど、発光効率は低下するものの、極大蛍光波長が長波長側にシフトしてストークスシフトが大きくなることがわかった。
【0051】
[実施例3]
PETペレット(製品名:SI173C、東洋紡績社製)50gと製造例1で合成したアゾ−ホウ素錯体化合物15mgを混ぜてペレット表面に色素を付着させた。次いで、当該ペレットをラボプラストミルに投入し、設定温度210℃で10分間溶融混練(kneading)した。その後、混練された色素含有樹脂を取り出し、実施例1と同様にしてフィルム化し、得られたフィルムの吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。測定結果を表2に示す。
【0052】
[実施例4]
実施例3で用いたPETペレット0.2gと製造例1で合成したアゾ−ホウ素錯体化合物0.6mgを溶媒2mLに溶解した。得られた樹脂溶液をスピンコーターで4cm×4cm(厚み1mm)のガラス基板に製膜し、90℃で30分乾燥させた(casting)。得られた樹脂被覆ガラス基板の吸収スペクトル及び蛍光スペクトルの測定結果を表2に示す。
【0053】
[実施例5]
PETペレットに代えてPVC樹脂(製品名:ソルバイン(登録商標)CL(塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体=86/14)、日信化学工業社製)を用いた以外は、実施例4と同様にして樹脂被覆ガラス基板を得、得られた樹脂被覆ガラス基板の吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。測定結果を表2に示す。
【0054】
[実施例6]
PETペレットに代えてPC樹脂(製品名:ユーピロン(登録商標)S−3000F、三菱エンジニアリングプラスチック社製)を用いた以外は、実施例4と同様にして樹脂被覆ガラス基板を得、得られた樹脂被覆ガラス基板の吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。測定結果を表2に示す。
【0055】
[実施例7]
PETペレットに代えてPSペレット(製品名:LP6000、DIC社製)を用い、ラボプラストミルの設定温度を230℃とした以外は、実施例3と同様にして、色素含有樹脂を得、当該樹脂をフィルム化し、得られたフィルムの吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。測定結果を表2に示す。
【0056】
[比較例1]
PET樹脂をPS樹脂に変更し、アゾ−ホウ素錯体化合物に代えて、BASF社製の蛍光色素「LUMOGEN(登録商標)F RED305」を用いた以外は、実施例4と同様にして樹脂被覆ガラス基板を得た。得られた樹脂被覆ガラス基板の吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。測定結果を表2に示す。
【0057】
【表2】
【0058】
実施例3と4を比較すると、同じ樹脂と近赤外蛍光色素を用いているにもかかわらず、PETペレットとアゾ−ホウ素錯体化合物を溶融混練した実施例3のほうが、キャスティングした実施例4よりもストークスシフトが30nmも大きく、発光効率も高かった。
【0059】
[参考例1]
アゾ−ホウ素錯体化合物に代えて、市販の近赤外蛍光色素IR−140(Aldrich社製)を用いた以外は、実施例1と同様にして色素含有樹脂を成形したフィルムを製造した。
得られたフィルムの吸収スペクトルと発光スペクトルを、実施例1と同様にして測定したところ、極大吸収波長が823nm、極大蛍光波長が900nmであり、ストークスシフトが77nmであった。
【0060】
[参考例2]
PETペレットに代えてPSペレット(製品名:LP6000、DIC社製)を用いた以外は、実施例4と同様にして樹脂被覆ガラス基板を得、得られた樹脂被覆ガラス基板の吸収スペクトルと発光スペクトルを測定したところ、極大吸収波長が670nm、極大蛍光波長が717nmであり、ストークスシフトが47nmであった。