特許第6201099号(P6201099)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6201099南極産酵母による低温下でのエタノール製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6201099
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】南極産酵母による低温下でのエタノール製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/10 20060101AFI20170914BHJP
   C12P 7/06 20060101ALI20170914BHJP
   C12R 1/645 20060101ALN20170914BHJP
【FI】
   C12P7/10
   C12P7/06
   C12P7/10
   C12R1:645
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-64750(P2013-64750)
(22)【出願日】2013年3月26日
(65)【公開番号】特開2014-187905(P2014-187905A)
(43)【公開日】2014年10月6日
【審査請求日】2016年3月28日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 研究集会名:第34回極域生物シンポジウム 主催者名 :大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 開催日 :2012年11月27日 講演番号 :27−B−15
【微生物の受託番号】IPOD  FERM P-22126
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504202472
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(72)【発明者】
【氏名】星野 保
(72)【発明者】
【氏名】辻 雅晴
(72)【発明者】
【氏名】工藤 栄
【審査官】 宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−027374(JP,A)
【文献】 特開2008−092910(JP,A)
【文献】 TSUJI M. et al.,PLOS ONE,8(3)(2013 Mar 14) e59376,p.1-7
【文献】 江崎絢香 他,好冷性南極産担子菌酵母Mrakia sp. SK-4の生物学的特徴,極域科学・宙空間・気水圏・生物・地学シンポジウム講演予稿集,2011,ROMBUNNO.18-T-12
【文献】 THOMAS-HALL S.R. et al,Extremophiles,14(2010),p.47-59
【文献】 BALLESTEROS I. et al,Applied Biochemistry and Biotechnology,Vol.70-72(1998),p.369-381
【文献】 ALKASRAWI M. et al,Enzyme and Microbial Technology,33(2003),p.71-78
【文献】 ALOIA R. et al.,FUEL,94(2012),p.305-312
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/06−7/14
C12N 1/16
C12R 1/645
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CiNii
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/(STN)
NEDO成果報告書データベース
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ムラキア属に属するムラキア・ブロロピス(FERM P−22126株)を用いて、バイオマス糖化液から、4-15℃の低温下で、17.0g/l以上のエタノールを製造する方法。
【請求項2】
ムラキア属に属するムラキア・ブロロピス(FERM P−22126株)を用いて、低温下で、4-15℃のバイオマスから同時糖化発酵により、7.1g/l以上のエタノールを製造する方法。
【請求項3】
界面活性剤を添加することを特徴とする、請求項2記載のエタノールを製造する方法。
【請求項4】
バイオマスがユーカリ由来のバイオマスである請求項2又は3に記載のエタノールを製造する方法。
【請求項5】
ムラキア属に属するムラキア・ブロロピス(FERM P−22126株)を用いて、4-15℃の低温下で、糖液から45g/l以上の高濃度のエタノールを製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖又はバイオマス酵素糖化液から、南極産担子菌酵母を利用し、低温下でエタノールを製造する方法に関する。更に、本発明は、南極産担子菌酵母を利用した、バイオマスから低温化で同時糖化発酵するエタノールの製法に関する。
【背景技術】
【0002】
およそ7割を森林で囲われている緑豊かな国土を持っている我が国は、スギや稲ワラ、麦ワラなど未利用のリグノセルロース系バイオマスが豊富に存在している。このような未利用のリグノセルロース系バイオマスは、非食糧資源からのバイオマスエタノールの生産に役立つのみならず、石油資源枯渇後に、食料原料、化学工業原料又は発酵原料としての糖を生産するための地球上でもっとも重要な炭素源である(非特許文献1)。しかし自然界に存在しているリグノセルロース系バイオマスはセルロース、ヘミセルロース及びリグニンが絡み合った複雑な構成しているため、カッターミルなどによる物理的な粉砕やアルカリ処理によりリグニンとセルロース・ヘミセルロースの構造を破壊する前処理(非特許文献2)、又は前述の前処理を複数組み合わせた後、酵素処理が行われる。これら前処理がおこなわれているにも関わらず、リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化液はその後のエタノール発酵などと併せて価格面並びに発酵効率の面で実際に利用できるレベルには至っていない(非特許文献3、4)。これはセルラーゼによる糖化反応が生産物であるセルロース由来のグルコース及び、セロビオースならびにヘミセルロース由来のマンノース、ガラクトース及びキシロースが蓄積することによりセルラーゼおよびβ-グルコシターゼの活性が阻害されることによる(非特許文献5)。これら糖類の蓄積による酵素の活性が阻害される対策として、同時糖化発酵(Simultaneous saccharification and fermentation) という技術がある。この技術はセルラーゼによる糖化反応と酵母などによる発酵を同時に行うことにより、酵素によって生成される糖の濃度を低濃度に抑制することができることから、糖化反応や発酵効率の改善する方法として期待されている(非特許文献6)。
【0003】
一般にセルラーゼの至適活性温度は50℃〜60℃付近であり、酵母の至適発酵温度は30℃前後であることから、その中間である40℃前後での同時糖化発酵を行う研究が盛んに行われている(非特許文献7)。好冷性担子菌酵母のムラキア属菌はこれまでに北極、シベリア、アラスカ、アルプス、パタゴニア、南極など様々な極地(非特許文献8)から報告されている。ムラキア属菌は低温下でエタノール発酵をする担子菌類としても知られているが、糖類から2 % (v/v)以上の高濃度エタノールを生産したという報告はこれまでにない(非特許文献9)。
【0004】
ところで、日本の国土の約20%以上は冬季に0℃付近まで気温が低下する地域で占められている。このような地域で冬季に発酵や同時糖化発酵を行うには糖化・発酵槽を加温し続けなければならず、多大なエネルギーコストがかかり、バイオマスエタノールの価格を押し上げるという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許公開2011−115063 五十嵐優子ら : 樹皮の糖化方法および同時糖化発酵方法
【特許文献2】特許公開2011−55715 林俊介ら : 同時糖化発酵によるエタノール生産方法
【特許文献3】特許公開2012−179021 林俊介ら : 廃棄物からエタノールを製造する方法
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Nowakら:Composite structure of wood cellsin petrified wood. Materials Science and Engineering: C, 25, 119-130, 2005
【非特許文献2】Y. Yamashitaら: Effective enzyme saccharification and ethanol production from Japanese cedar using various pretreatment methods. Journal of Bioscience and Bioengineering, 110, 79-86, 2010
【非特許文献3】木本浩介 : 木質系原料からのバイオエタノール製造プロセス. 三井造船技報, 201, 24-29, 2010
【非特許文献4】朝野賢司ら : 日本におけるバイオエタノールの生産コストとCO2削減コスト分析. [online] AIST/BTRC DISCUSSION PAPER, July, 2007, インターネットhttps://unit.aist.go.jp/btrc/research_result/documents/DISCUSSIONPAPER.pdf
【非特許文献5】Z. Xiaoら: Effect of Sugar Inhibition on Cellulases and β- Glucosidase During Enzymatic Hydrolysis of Softwood Substrates. Applied Biochemistry and Biotechnology. 113-116, 1115-1126, 2004
【非特許文献6】I. Ballesterosら: Selection of ThermotolerantYeasts for Simultaneous Saccharification and Fermentation (SSF) of Cellulase to Ethanol. Applied Biochemistry and Biotechnologu. 28-29, 307-315, 1991
【非特許文献7】L. Dwiartiら: Simultaneous saccharification and fermentation of paper sludge without pretreatment using cellulasefrom Acremonium cellulolyticusand thermotolerant Saccharomyces cerevisiae. Biomass and Bioenergy. 42, 114-122, 2012
【非特許文献8】E. Brandaら: Yeast and yeast-like diversity in the southernmost glacier of Europe (Calderone Glacier, Appenines, Italy). FEMS Microbiology Ecology. 72, 354-369, 2010
【非特許文献9】S. R. Thomas-Hallら: Cold-adaped yeasts from Antarcticaand the Italian Alps-description of three novel species: Mrakia robertii sp. nov., Mrakia blollopis sp. nov. and Mrakiella niccombii sp. nov. Extremophiles(2010) Vol.14,pp.47-59
【発明の概要】
【0007】
本発明は以下の発明を包含する。
(1)ムラキア属菌に属する菌類を用いて、低温下で、高濃度エタノールを製造する方法。
(2)ムラキア属菌に属する菌類を用いて、低温下で、バイオマス酵素糖化液からバイオエタノールを生成する方法。
(3)ムラキア属菌に属する菌類を用いて、低温下で、バイオマスから同時糖化発酵によりバイオエタノールを生成する方法。
(4)非イオン性界面活性剤を添加し、低温下で、バイオマスからの糖化同時発酵による バイオエタノールを生成する方法。
(5)バイオマスがユーカリ由来である上記(2)から(4)いずれかに記載のバイオエタノールの生成方法。
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、外気温が低下する冬季に、糖化・発酵槽を加温することなく、又は加温するのに使用するエネルギーコストを低く抑えるため、低温下で、グルコースなどの糖液又はリグノセルロース系バイオマス等のバイオマス糖化液から、エタノール発酵を効率的に行う微生物変換法を提供することである。更なる本発明の第2番目の課題は、リグノセルロース系バイオマス等バイオマスの同時糖化発酵を効率的に行う微生物変換法を提供することである。
【0009】
ところで、近年、リグノセルロース系バイオマス原料として成長の早いユーカリ由来のバイオマスが注目されている。しかしながら、ユーカリ材の糖化液については、発酵微生物法ではエタノール産生が十分でないことも報告されている。そこで、ユーカリ材由来のバイオマスを用いても低温下で効率よくエタノール発酵ができる方法を提供することも本願発明の第3番目の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、南極産ムラキア・ブロロピス等の担子菌酵母が、低温下で、高濃度の糖類から高濃度のエタノールを生産すること見出した。そして、本発明者らは、ユーカリ由来のバイオマスを含め、バイオマスから調製した糖化液も、低温でエタノール発酵できること、更には、非イオン性界面活性剤を添加してリグノセルロース系バイオマスを同時発酵すると発酵効率が更に改善することを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0011】
本願発明は、バイオマスから低温で効率的にエタノールを提供することができるという優れた効果を奏する。より具体的には、例えば、本発明により、低温下で120 g/lの糖類から45 g/l以上のエタノールを提供することができる。更に、本発明により、従来は困難であった、ユーカリ材に由来するバイオマスから低温で効率的にエタノールを提供することができる。また、本発明により、例えば、100g/lのリグノセルロース系バイオマスから糖化同時発酵を行うことで、少なくとも11g/lのエタノールを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1の条件にてMrakia blollopisによるエタノール発酵を行った際の残存グルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
図2】実施例2の条件にてMrakia blollopisによるエタノール発酵を行った際の残存グルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
図3】比較例1の条件にてMrakia blollopisによる同時糖化発酵を行った際のグルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
図4】実施例3の条件にてMrakia blollopisによる同時糖化発酵を行った際のグルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
図5】実施例4の条件にてMrakia blollopisによる同時糖化発酵を行った際のグルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
図6】実施例5の条件にてMrakia blollopisによる同時糖化発酵を行った際のグルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
図7】実施例6の条件にてMrakia blollopisによる同時糖化発酵を行った際のグルコース濃度(▲)とエタノール濃度(●)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.低温高濃度アルコール製造法
本願発明は、低温で高濃度のアルコール生産をできる低温高濃度アルコール製造法を提供する。より具体的には、本願発明は、ムラキア属菌類を用いることによる、低温で糖液から高濃度のアルコールを製造する方法を提供する。
【0014】
本発明に用いるムラキア属菌類は、低温下でエタノール発酵が可能な菌株であれば、いずれの菌株であってもよいが、10℃以下の低温で生育およびエタノール発酵が可能な菌株が好ましい。このような菌株として、具体的には担子菌門ハラタケ亜門シロキクラゲ菌網シストフィロバシディウム目シストフィロバシディウム科ムラキア属の菌類であるムラキア・ブロロピスが挙げられ、もっとも好適には、ムラキア・ブロロピス SK-4株 (Mrakia blollopis) FERM P−22126株が挙げられる。
【0015】
本願発明において、低温とは、室温20℃以下の低温を意味しているが、好適には、-1℃から20℃の範囲、更に好適には、4℃から15℃の範囲を採用することができる。
【0016】
低温で高濃度のアルコールを製造する方法では、原料として、糖、具体的には、グルコース、スクロース、フルクトース、ガラクトース、マルトース、ラクトース、ラフィノース、トレハロース、及びメリビオースからなる群から選ばれる1種以上の糖を用いることができる。グルコース、フルクトース、スクロースいずれの場合も、糖濃度としては、例えば、1から200g/lのものを用いることができる。糖以外の成分としては、原料にでんぷん、小麦ふすま、及び/又は乳清などが含まれていても良い。
【0017】
本発明の低温高濃度アルコール生産法では、例えば、約120g/lのグルコース溶液にムラキア・ブロロピスを加えることにより10℃で約48 g/lのエタノールを得ることができる。
低温エタノール発酵中は、糖溶液を10 rpmから200 rpm程度の攪拌をすることもできる。
【0018】
2.バイオマスを用いる低温エタノール生産方法
また、本願発明は、バイオマスから、低温でアルコールを生産する方法を提供する。
より具体的には、本願発明は、ムラキア属菌類を用いることによる、リグノセルロース系バイオマスから低温アルコール生産法を提供する。
【0019】
本発明に用いるムラキア属菌類は、上記1.低温高濃度アルコール発酵法と同様、低温下でエタノール発酵が可能な菌株であれば、いずれの菌株であってもよいが、例えば、ムラキア・ブロロピス、より好適には、例えばムラキア・ブロロピス SK-4株 (Mrakia blollopis) (FERM P−22126株)が挙げられる。
【0020】
2−1.バイオマス
本願発明の対象となるバイオマスは、当該バイオマスから糖液が調製できるものであれば、いずれのバイオマスでも良いが、例えば、セルロース含有バイオマス、例えば、リグノセルロース系バイオマスを挙げることができる。
【0021】
本明細書においてセルロースとはグルコースがβ-1,4グルコシド結合により重合した重合体およびその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200 以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化又はエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物であるセロオリゴ糖及び/又はセロビオースを含んでもよい。さらに、セルロースは、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースはバイオマス由来のものであれば特に限定しない。植物由来、真菌由来、及び/又は細菌由来であってもよい。
【0022】
本発明方法の対象となるリグノセルロース系バイオマスには、セルロース及びヘミセルロースからなる多糖類がリグニンにより木化したものが挙げられる。本願発明におけるリグノセルロース系バイオマスには、広葉樹、針葉樹、バガス、稲ワラ、コーンストーバー、アブラヤシ空果房、その他農林水産物資源およびそれらの廃棄物が含まれ、更に、これらに由来する木材繊維、木材チップ、木くず、パルプ類及び古紙類などリグニン含量が少ないもしくは含まれないセルロース系バイオマス,セルロース系バイオマスおよびそれらの廃棄物をも含まれる。また、これらのバイオマス資源は2以上の組み合わせて用いても良い。
【0023】
好ましいリグノセルロース系バイオマスは例えば稲ワラ、バガス、コーンストーバー、アブラヤシ空果房、ユーカリ木粉、及びスギ木粉である。
【0024】
2−2.バイオマス糖化液発酵法
本願発明のバイオマス糖化液発酵法には、(1)まず、バイオマスを糖化しバイオマス糖化液を製造し、次にこのバイオマス糖化液を上記ムラキア属菌類を用いて低温でエタノール発酵する2工程に分ける方法、及び(2)バイオマスを糖化すると同時にする上記ムラキア属菌類を用いて低温エタノール発酵する、同時糖化発酵法が包含される。
【0025】
2−2−1.バイオマスの前処理
エタノール生産のためのバイオマスは、例えば、リグノセルロース系バイオマスであれば、廃材等の形体で入手されるが、これを効率よく糖化するために、通常粉砕し、更に酵素法により投下する場合はリグノセルロースが酵素により分解される前処理がなされる。
【0026】
本発明における前処理としては、バイオマスの糖化で通常なされているいずれの前処理方法を採用しても良い。前処理としては、例えば、(1)微粉砕処理、(2)蒸煮/爆砕処理または水熱処理、(3)希硫酸処理、(4)アルカリ処理、(5)オルガノソルブ処理、(6)生物学的前処理法などが知られており、これらを組み合わせることもできる。好適には、前処理として、メカノケミカル処理をすることができる。
【0027】
2−2−2.バイオマスの糖化
バイオマス中のセルロース及びヘミセルロースは、糖化処理により、まず、オリゴ糖又はグルコース等の単糖に分解される。糖化処理工程としては、硫酸などによる加水分解処理や、酵素処理があるが、好適には酵素処理によることができる。
【0028】
酵素処理に用いる酵素としては、セルラーゼ、及びへミセルラーゼが挙げられ、バイオマスのセルラーゼ及び/又はヘミセルラーゼによる糖化条件は、従来のバイオマスの糖化における一般的条件によることができる。
【0029】
セルラーゼはセルロースをグルコースにまで分解する一連の酵素群であり、セルラーゼとしては、こうした酵素群から選択されるが、好ましくは、エンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.74),セロビオヒドロラーゼ(EC 3.2.1.91),及びβ-グルコシナーゼ(EC 23.2.4.1,EC 3.2.1.21) が挙げられる。
【0030】
セルラーゼとしては、特に限定されないが、それ自体の活性が高いセルラーゼであることが好ましい。このようなセルラーゼとしては、例えばアクレモニウム属(Acremonium)菌、トリコデルマ属(Trichoderma)菌、フザリウム属(Fusarium)菌、ファネロケーテ属(Phanerochaete)菌、トレメテス属(Tremetes)菌、ペニシリウム属(Penicillium)菌、フミコーラ属(Humicola)菌、アスペルギルス属(Aspergillus)菌、ムラキア属(Mrakia)菌等の他に、クロストリジウム属(Clostridium)菌、シュードモナス属(Pseudomonas)菌、セルロモナス属(Cellulomonas)菌、ルミノコッカス属(Ruminococcus)菌、バチルス属(Bacillus)菌等の細菌、スルフォロバス属(Sulfolobus)菌、ストレプトマイセス属(Streptomyces)菌、サーモアクチノマイセス属(Thermoactinomyces)菌等の放線菌由来のセルラーゼが挙げられる。こうした各種セルラーゼから1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0031】
ヘミセルラーゼも、従来からバイオマスの糖化に利用されているヘミセルラーゼであれば、いずれを利用しても良い。ヘミセルラーゼは、ヘミセルロースをキシロース、アラビノース、マンノース、ガラクトース等に加水分解する酵素反応系を触媒する酵素群の総称であり、その作用様式により、キシラナーゼ、アラビナナーゼ、アラビノフラノシダーゼ、マンナナーゼ、ガラクタナーゼ、キシロシダーゼ、マンノシダーゼなど種々の名称で呼ばれる酵素が存在する。ヘミセルラーゼとしては、特に限定されないが、それ自体の活性が高いヘミセルラーゼであることが好ましい。こうした各種ヘミセルラーゼから1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0032】
また、当該酵素の作用温度範囲内であればよく、例えば酵素の作用温度範囲内の低温で糖化反応を行うこともできる。例えば、40℃以下の範囲を採用することができる。
【0033】
2−2−3.バイオマス糖化液のエタノール発酵
本願発明では、バイオマス糖化液は、低温で、アルコール発酵される。低温とは、上記1.低温高濃度エタノール発酵法に記載の条件と同様に、室温20℃以下の低温を意味しているが、好適には、-1℃から20℃の範囲、更に好適には、4℃から15℃の範囲を採用することができる。本発明に用いるムラキア属菌類についても、1.低温高濃度エタノール発酵法に記載の菌株と同じである。具体的には担子菌門ハラタケ亜門シロキクラゲ菌網シストフィロバシディウム目シストフィロバシディウム科ムラキア属の菌類、例えばムラキア・ブロロピス SK-4株 (Mrakia blollopis)(FERM P−22126株)が最も好ましい菌株として上げられる。
【0034】
なお、たとえば、リグノセルロース系バイオマス酵素糖化液を用いた発酵方法では、約41 g/lグルコース濃度の糖化液にムラキア・ブロロピスを加えることにより10℃で約17 g/lのエタノールをえることができる。
【0035】
2−2−4.バイオマスの同時糖化
前述のように、セルラーゼによる糖化反応が生産物であるセルロース由来のグルコース及びセロビオースが反応液中に蓄積することによりセルラーゼの活性が阻害されることが知られている。この阻害を防ぐために、糖化すると同時にエタノール発酵する、つまり、セルラーゼによる生産物を直ちにエタノール発酵することで、反応液中のセルラーゼによる生産物の濃度を低下して、生産物によりセルラーゼの活性阻害を防ぐことができる。このように糖化処理とエタノール発酵を同時に行う方法は、同時糖化発酵法と呼ばれている。
【0036】
本件発明においても、バイオマスからの糖化とエタノール発酵は同時に行うこともできる。本発明においてリグノセルロース系バイオマス等バイオマスを同時糖化発酵するにあたり、その方法および装置に特に制限は無く、公知の方法や装置が適応できる。同時糖化反応装置はバッチ式・固定床反応式・連続式などであってもよい。
【0037】
また、バイオマスの同時糖化においては、非イオン性の界面活性剤を更に添加することにより、エタノールの生産量を増大させることができる。非イオン性の界面活性剤の添加量としては、例えば、100 g/lリグノセルロース系バイオマスあたり、0.1% (v/v)から 10% (v/v)添加できる。好適には、1% (v/v)となるように非イオン性界面活性剤とムラキア・ブロロピスを加えることにより、界面活性剤を加えなかったバイオマスの同時糖化発酵と比べて約1.1-1.6倍のエタノール生成量を得ることができた。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0039】
[実施例1]
高濃度グルコースからのエタノール発酵は20 mM クエン酸緩衝液中に120 g/lのグルコースに5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2Oを含んだ発酵用培地にYPD 液体培地(10 g/l yeast extract, 20 g/l peptone, 20 g/l glucose)で96時間10℃、 120 rpmの条件で前培養していたムラキア・ブロロピス(FERM P−22126株)8 mlを3000 × g 4℃ 10分間遠心分離し、菌体を回収した。滅菌蒸留水で2回洗浄し再び遠心分離して回収した菌体を滅菌蒸留水1 mlに懸濁したものを接種源として植菌し10℃、 120 rpmの条件で19日間発酵試験を行った。発酵試験開始直後から発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃、 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにてグルコース濃度とエタノール濃度を測定した。グルコースの定量条件は検出器:日本分光RI-2031、 カラム:Aminex HPX87P、 移動相:イオン交換水、 流速: 0.6 mL / min、 カラム温度:80℃で行った。 エタノールの定量条件は検出器:日本分光RI-2031、 カラム:Aminex HPX87H、 移動相:5mM H2SO4、 流速: 0.6 mL / min、 カラム温度:65℃で行った。 結果を図1に示す。発酵開始からエタノール濃度は徐々に生産されることが確認され、グルコース濃度は徐々に減少した。発酵開始19日後にグルコースは完全に消費された。この条件では発酵終了後、エタノール濃度約48 g/lのエタノールを得た。
【0040】
[実施例2]
リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化反応は20 mM クエン酸緩衝液(pH 4.5)にメカノケミカル処理したスギ木粉を200 g/lとなるように加え十分に懸濁した後、株式会社 明治社製Acremozyme セルラーゼを6 FPU/g、 Genencor社製 Optimash BGを20 μl/ g添加し、37℃,120rpmで96時間撹拌しながら加水分解反応をおこなった。反応終了後、0.22μmのフィルターユニットにより糖化液を回収し、実施例1の条件でグルコース濃度を測定した。測定の結果グルコース濃度約40.9 g/lの糖化液を得ることができた。リグノセルロース系バイオマス酵素糖化液からのエタノール発酵はスギ糖化液に5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2Oを加え、実施例1の条件で培養を行った接種源を植菌し、10℃ 120 rpm 120時間、発酵試験を行った。発酵試験開始直後から発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃, 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにて実施例1の条件でグルコース濃度とエタノール濃度の測定を行った。結果を図2に示す。発酵試験開始96時間後にグルコースは完全に消費し、最終的に17.0 g/lのエタノールを得ることができた。
【0041】
[比較例1]
リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化反応は20 mM クエン酸緩衝液(pH 4.5)にメカノケミカル処理したユーカリ木粉を200 g/lとなるように加え十分に懸濁した後、株式会社 明治社製Acremozyme セルラーゼを6 FPU/g、 Genencor社製 Optimash BGを20 μl/ g添加し、37℃,120rpmで96時間撹拌しながら加水分解反応をおこなった。反応終了後、0.22μmのフィルターユニットにより糖化液を回収し、実施例1の条件でグルコース濃度を測定した。測定の結果グルコース濃度約40.9 g/lの糖化液を得ることができた。リグノセルロース系バイオマス酵素糖化液からのエタノール発酵はユーカリ糖化液に5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2Oを加え、実施例1の条件で培養を行った接種源を植菌し、10℃ 120 rpm 120時間、発酵試験を行った。発酵試験開始直後から発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃, 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにて実施例1の条件でグルコース濃度とエタノール濃度の測定を行った。結果を図3に示す。発酵試験開始120時間までもグルコースは消費されず、エタノールの生産も認められなかった。
【0042】
[実施例3]
20 mM クエン酸緩衝液(pH 4.5)にメカノケミカル処理したスギ木粉を200 g/l, 5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2Oを加え、実施例1の条件で培養を行った接種源を植菌した後、株式会社明治社製Acremozyme セルラーゼを50 FPU/g, Genencor社製 Optimash BGを20 μl/ g添加し、10℃,180rpmで120時間撹拌しながら同時糖化反応をおこなった。同時糖化発酵試験開始直後から同時糖化発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃、 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにて実施例1の条件でグルコース濃度とエタノール濃度の測定を行った。結果を図4に示す。同時糖化発酵試験開始24時間後に約7.2 g/lのグルコースが生産されその後、同時糖化発酵時間の経過と共にグルコース濃度は減少した。最終的に12.5 g/lのエタノールを得ることができた。
【0043】
[実施例4]
20 mM クエン酸緩衝液(pH 4.5)にメカノケミカル処理したユーカリ木粉を200 g/l, 5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2Oを加え、実施例1の条件で培養を行った接種源を植菌した後、株式会社明治社製Acremozyme セルラーゼを50 FPU/g, Genencor社製 Optimash BGを20μl/ g添加し、10℃,180rpmで120時間撹拌しながら同時糖化反応をおこなった。同時糖化発酵試験開始直後から同時糖化発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃、 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにて実施例1の条件でグルコース濃度とエタノール濃度の測定を行った。結果を図5に示す。同時糖化発酵試験開始24時間後に約11.9 g/lのグルコースが生産されその後、グルコース濃度はほぼ一定に推移した。最終的に14.2 g/lのグルコースが残存し、最大で7.1 g/lのエタノールを得ることができた。
【0044】
[実施例5]
20 mM クエン酸緩衝液(pH4.5)にメカノケミカル処理したスギ木粉を200 g/l, 5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2O, 非イオン性界面活性剤として1% (v/v) Tween 80を加え、実施例1の条件で培養を行った接種源を植菌した後、株式会社明治社製Acremozyme セルラーゼを50 FPU/g, Genencor社製 Optimash BGを20 μl/g添加し、10℃,180rpmで120時間撹拌しながら同時糖化反応をおこなった。同時糖化発酵試験開始直後から同時糖化発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃、 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにて実施例1の条件でグルコース濃度とエタノール濃度の測定を行った。結果を図6に示す。同時糖化発酵試験開始24時間後に約1.5 g/lのグルコースが生産されその後、グルコース濃度は発酵120時間目までにほぼ消化された。最大で13.2 g/lのエタノールを得ることができた。
【0045】
[実施例6]
20 mM クエン酸緩衝液(pH 4.5)にメカノケミカル処理したユーカリ木粉を200 g/l, 5 g/l yeast extract, 5 g/l Bacto peptone, 2 g/l NH4Cl, 1 g/l KH2PO4, 0.3 g/l MgSO4・7H2O、 非イオン性界面活性剤として1% (v/v) Tween 80を加え、実施例1の条件で培養を行った接種源を植菌した後、株式会社明治社製Acremozyme セルラーゼを50 FPU/g, Genencor社製 Optimash BGを20 μl/ g添加し、10℃,180rpmで120時間撹拌しながら同時糖化反応をおこなった。同時糖化発酵試験開始直後から同時糖化発酵試験溶液の一部を採取し、12100 × g 4℃、 5分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清はその後、高速クロマトグラフィーにて実施例1の条件でグルコース濃度とエタノール濃度の測定を行った。結果を図7に示す。同時糖化発酵試験開始24時間後に約7.3 g/lのグルコースが蓄積され、反応終了の時点で約4.7 g/lのグルコースが残存していた。最終的に最大で11.6 g/lのエタノールを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明により従来不可能であった、低温下で高濃度のグルコースから高濃度エタノールを得ることができる。また、例えば、リグノセルロース系バイオマス酵素糖化液からも、低温下で発酵によりエタノールを得ることができる。更に、リグノセルロース系バイオマスを加水分解する際に南極産担子菌酵母のムラキア・ブロロピスを加えることにより低温下で同時糖化発酵が可能である。
【0047】
この同時糖化発酵の反応容器に非イオン性界面活性剤を加えることにより、エタノール生産量を1.1-1.6倍にすることができる。このことから低温下でのバイオエタノールの際に反応容器を加温するコストを低下することが期待できるだけでなく、低温下でのアルコール性飲料の製造にも利用が期待できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7