【実施例】
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、帯電のさせ方、評価法、評価試料、浸漬条件などなど、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
【0033】
〔実施例1〕
市販の3mm厚のソーダ石灰ガラス板を砕き、一辺が10mm程度のガラス片を複数個用意し、このガラス片を、所定の液温に調整された0.1M酢酸緩衝液(pH4.5)中に所定時間浸漬した。所定の浸漬時間経過後、酢酸緩衝液からガラス片を取り出してイオン交換水ですすぎ、さらにペーパータオル上に置いて該ガラス片に付着した水分を除去し乾燥させた。こうして乾燥状態となったガラス片の表面の「帯電の振る舞い」、具体的には「帯電の大きさ」、「励起パワー依存」及びそれらの「温度依存」を、EUPS装置を用いて評価した。酢酸緩衝液の液温として、室温(約20℃)及び100℃の2種類を用意し、ガラス片の浸漬時間として、室温浸漬の場合は11日間、100℃浸漬の場合は5分間及び1時間を用意した。
【0034】
実施例1で、ガラス片を浸漬する液として、異なる温度の液を準備した理由を説明する。液に浸漬するガラスが受ける化学変化で知られている影響は、ガラスに含まれるNaイオンの液中への溶出である。一般的に、温度が10℃高くなると化学変化の速度が倍になると言われている。その温度依存がガラスの化学変化に適用できると仮定した場合、温度が80℃異なると化学反応速度が2の8乗=256倍異なることになるので、室温=20℃とした場合、液温が室温の液中にガラス片を11日間浸漬するのと、液温が100℃の液中にガラス片を1時間浸漬するのとが、等価と言うことになる。液温100℃の液中での、浸漬時間5分間と1時間との比較で、ガラス片の化学反応が10倍異なると予想され、液温が室温の液中で11日間浸漬のガラス片と、液温が100℃の液中で1時間浸漬のガラス片とが等価になると予想して、実験を行った。結果は、以下に示すように、浸漬時間5分間と1時間とでははっきりと差異がみられ、そして、室温で11日間浸漬と、100℃で1時間浸漬とは等価ではなかった。
【0035】
各条件におけるガラス片の表面の「帯電の振る舞い」の評価結果を
図1〜
図3に示す。EUPSを用いて、どのようにしてガラス片の帯電の大きさを評価するかを、図に示す。
図1は、ガラス片のSi2p内殻準位の光電子スペクトルである。横軸は光電子の運動エネルギーで、縦軸は信号強度である。EUV光源の繰り返し率は10Hzであった。
図1(a)〜
図1(c)それぞれにおいて、符号Aで示すグラフは、液温100℃の酢酸緩衝液にガラス片を5分間浸漬したガラス片の場合、符号Bで示すグラフは、液温100℃の酢酸緩衝液にガラス片を1時間浸漬した場合である。光電子は130Vの減速をして観測した。励起光の光子エネルギーは255.2eVで、測定器の仕事関数は3.4eV程度であるので、運動エネルギー17eVは、結合エネルギー105eV程度に相当する。
【0036】
図1(a)に示す通り、測定温度、即ち、EUPS装置における試料(ガラス片)を保持するキャリアの温度が室温の場合、符号Aで示すグラフのピークは11.5eV程度、符号Bで示すグラフのピークは13eV程度であった。これに対し、測定温度が55℃の場合は、
図1(b)に示す通り、符号Aで示すグラフのピークは16.5eV程度、符号Bで示すグラフのピークは17.5eV程度であり、測定温度が100℃の場合は、
図1(c)に示す通り、符号Aで示すグラフ及び符号Bで示すグラフの何れもピークは17.5eV程度であった。当初の予想通り、ピーク位置は若干異なるものの、符号Aと符号B両方の試料ともに、測定温度が高くなると、Si2p内殻準位の光電子スペクトルのピーク位置が高くなり、ガラス片の表面の帯電量が小さくなることが分かる。
【0037】
前述の説明のように、測定温度が高くなるとガラス片の如き絶縁物は帯電しにくくなるところ、ガラス片の表面が帯電しなくなったことは、繰り返し率(励起パワー)依存を見ることで判断できる。
図2に、実施例1で得られた、ガラス片の表面の「帯電の振る舞い」としての「励起パワー依存」を示す。このグラフは、酢酸緩衝液の液温100℃、浸漬時間5分間の場合のグラフである。
図2の縦軸は、
図1に示したガラス片のSi2p内殻準位スペクトルのピーク位置である。横軸は励起光(EUV光)の繰り返し率である。試料を励起するEUV光の平均励起パワーは繰り返し率に比例し、10Hz測定は2Hz測定での5倍である。測定温度、即ち、EUPS装置における試料(ガラス片)を保持するキャリアの温度が室温の場合、励起光の繰り返し率が2Hzではピーク位置14.5eV、励起光の繰り返し率が5Hzではピーク位置11.5eV、励起光の繰り返し率が10Hzではピーク位置8.5eVであり、励起パワーの小さい2Hzと励起パワーの大きい10Hzとで、ピーク位置に6eVも差があったが、測定温度を55℃にすると、2Hzと10Hzとのピーク位置の差は1.5eVに格段に小さくなった。測定温度70℃の場合でも、2Hzと10Hzとのピーク位置の差は1.5eVであったが、測定温度100℃の場合は、2Hzと10Hzとのピーク位置は略一致したので、測定温度100℃以上では、ガラス片の表面は帯電しなくなったと判断できる。
【0038】
図3は、100℃で1時間浸漬したガラス片と室温で11日間浸漬したガラス片との測定結果の比較である。両者で、化学変化の大きさは等価であること予想されたが、帯電の振る舞いは、大きく異なった。ガラス片を液温100℃の酢酸緩衝液中に1時間浸漬した場合(
図3(a))は、測定温度が室温の場合、励起光の繰り返し率が10Hzではピーク位置10eVだったが、液温が室温の酢酸緩衝液中にガラス片を11日間浸漬した場合(
図3(b))は、ピーク位置14.5eVだった。そして、
図3(a)では、測定温度が55℃でも、ハッキリと繰り返し率(励起パワー)依存があったが、
図3(b)では、繰り返し率依存がほとんど見られず、ガラス片の表面はほとんど帯電しなくなった。
【0039】
図2と
図3(a)とを比べると、100℃の酢酸緩衝液にガラス片を浸漬する時間が5分間と1時間とで、帯電の振る舞いが異なることが分かる。つまり、測定温度が室温の場合、浸漬時間5分間(
図2)では、2Hz励起の場合に14.5eV、10Hzの場合に8.5eVだったが、浸漬時間1時間(
図3(a))では、2Hz励起の場合に16eV、10Hzの場合に10eVだった。
【0040】
ここで、帯電評価時の温度と、液浸漬時の液の温度の、試料(ガラス片)への影響の違いを説明しておく。ガラスの構成元素であるNaイオンの液への溶出は、ガラス片が液に浸漬しているときに起きる。ガラスの帯電の振る舞いのEUPSでの評価は真空中で行うので、ガラスの温度を上げても、Naイオンがガラスの外部に出ていくことは考えられない。しかし、測定のために温度を高くすることで、ガラスの表面と内部ではNaイオンの移動が起きることが考えられる。そのことにより、帯電の振る舞いに、測定の履歴が反映される可能性が考えられる。この変化は不可逆であり、温度依存の測定は一回限りになる可能性がある。そして、測定のための「真空中での加熱」が、「液中浸漬」の履歴により引き起こされたガラス片表面の「構造変化」に影響を及ぼす可能性もある。これらの可能性を検証するために、
図2と
図3に示した測定で、まず室温で測定し、次に、徐々に温度を上げ100℃迄の測定を行った後で、再度、室温での測定を行ったところ、最初と同じ結果が得られた。つまり、「帯電の振る舞い」を評価するための「真空中」での測定での温度の履歴の、「帯電の振る舞い」への影響は、顕著でなかった。一方、液に浸漬して液中にいったん溶出したNaイオンは、ガラスに戻ることはない、と考えられる。浸漬時の温度の履歴は、消えることがないと考えられる。
【0041】
図1〜
図3に示す結果から、ガラス片の液中への浸漬時間の違いにより、該ガラス片の表面の「帯電の振る舞い」、より具体的には、帯電の大きさ及び励起パワー依存が顕著に異なり、これを評価測定することにより、ガラス片の浸漬条件を推定することが可能であることがわかる。
【0042】
〔実施例2〕
市販の3mm厚のソーダ石灰ガラス板を砕き、一辺が10mm程度のガラス片を複数個用意した。0.1M酢酸緩衝液(pH4.5)を加熱して液温100℃に調整し、その100℃の酢酸緩衝液中にガラス片全体を所定時間浸漬させた。ガラス片の浸漬中、酢酸緩衝液の液温(浸漬温度)を100℃に維持した。所定の浸漬時間経過後、酢酸緩衝液からガラス片を取り出してイオン交換水ですすぎ、さらにペーパータオル上に置いて該ガラス片に付着した水分を除去し乾燥させた。こうして乾燥状態となったガラス片の表面の「帯電の振る舞い」としての帯電量を、EUPS装置を用いて評価した。ガラス片の浸漬時間として、5分間及び1時間の2種類を用意し、各条件におけるガラス片の表面の帯電量を評価した。また別途、酢酸緩衝液中に浸漬させていないガラス片(前記無浸漬対照ガラス片に相当)を用意し、その表面の帯電量を、EUPS装置を用いて評価した。評価結果を下記表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
表1において対照ガラス片と評価対象のガラス片(サンプルNo.1及び2)との対比から明らかなように、ガラス片を100℃の酢酸緩衝液中に浸漬させることによって、帯電量が25%以上小さくなった。この結果から、ガラス片の表面の帯電量は、そのガラス片の浸漬履歴、即ち、過去に液中に存在していたことがあったか、を検査する指標となり得ることがわかる。