【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のコイル装置を開発する過程で,簡易モデルと従来のコイル装置について,渦電密度と刺激範囲を検討した。また,この検討結果をもとに,本発明のドーム型コイル装置について渦電密度と刺激範囲を検討した。
【0012】
渦電流密度の解析は,有限要素法に基づき,jω法で行った。脳内を流れる渦電流からは磁場Beが発生し,その磁場のベクトルポテンシャルAeを,次の数式1によって定義する。
【数1】
アンペールの法則によって,渦電流jeと磁場との間には,数式2が成り立つ。
【数2】
ここでμ0は真空の透磁率である。また,渦電流と電場Eとの間には,次のオームの法則(数式3)が成り立つ。
【数3】
ここでσは脳の導電率である。数式1,3を数式2に代入すると,数式4が得られる。
【数4】
【0013】
渦電流が発生する磁場のベクトルポテンシャルAeと,コイルが発生する磁場のベクトルポテンシャルAcは,ファラデーの法則によって,数式5のように電場と関係づけられる。
【数5】
【0014】
コイル電流をI,コイルの巻き線の位置ベクトルをr',場を計算する位置ベクトルをrとすると,ビオ・サバールの法則によって,コイルが発生する磁場のベクトルポテンシャルは,数式6のように計算される。
【数6】
【0015】
数式5,数式6を数式4に代入すると,次の式が得られる.
【数7】
【0016】
電磁場が,角周波数ωをもって正弦波状に時間変化する場合,複素場A*(x, y, z)を数式8で定義できる。
【数8】
【0017】
数式8を数式7に代入して複素化すると,この複素場が満たすべき方程式は数式9で表される。
【数9】
解析では,この複素場を結果として得た。
【0018】
本発明者らが開発した駆動回路を元に,コンデンサの容量を180 μFとし,パルス幅を基準パラメータ決定時に用いた8字コイルを接続した際の298 μsに設定した。電圧値の設定は6人の被験者(表1参照)に対して行った一次運動野の刺激閾値に達する電流スルーレート(磁場を発生するためにコイルに正弦波の一周期分の電流を与えるとき,この電流が立ち上がる傾斜(又は時間当たりの電流の増加)をいう。)のデータをもとに決定した。
【表1】
【0019】
表1より電流スルーレートが110.5A/μs(数式10参照)であれば,97.7 %の人が刺激閾値に達することが分かる。
【数10】
【0020】
よって,パルス幅が298 μsであることから,A = 5.28 kAの振幅(数式11参照)を与えて解析を行った。
【数11】
【0021】
脳モデルとして,直径200 mmの半球型の導体をコイル中心から1 cm離れた位置に置いた。導電率は3.36 kHzにおける灰白質のそれに等しい0.1065 S/mと設定した。脳内の渦電流に関する解析をするうえで頭蓋等のその他の生体組織や空気層をまとめて,直径400 mmの絶縁層としてその周囲にモデリングした。この空気層は磁場が十分に減衰する大きさであるため,コイル近傍において磁場の歪みは生じないものと考えられる。モデル全体としては接点数が約20000,要素数が約100000となった。
【0022】
今回の解析においては,渦電流密度,コイル導線に平行方向および垂直方向の電流密度の広がり,コイルのインダクタンスを評価対象とした。渦電流密度は最大値と考えられるコイル中心の真下の値を用いた。電流密度の広がりは,
図5に示すように脳モデル表面に対して電流密度最大値の半分になる幅を用いた。コイルのインダクタンスは,空気領域のみで解析を行い,空気領域中の磁場エネルギーの総和を用いて数式12より求めた。
【数12】
【0023】
治療効果を得るのに有効とされているパルス幅Tは200 〜300 μs前後であるため,数式13にC = 180 μFを代入することで,磁気刺激の観点から望ましいインダクタンスは5.63 μH〜12.6 μHであると考えられる。
【数13】
【0024】
本研究では,位置決め誤差に対するロバスト性が高いコイル,及びより広い範囲に対す
る磁気刺激が可能なコイルとして,
図6に示すドーム型コイルを提案する。このドーム型
コイルでは,断面積に変化を持たせることによってインダクタンスを小さくしながら,渦
電流密度の大きさを保ち,渦電流密度が大きく流れる範囲を広くすることができると考え
られる。このドーム型コイルの評価をするために,
図7に示す簡易モデルを用いた。
【0025】
この簡易モデルでは,本発明者らが試作した
図8に示す8字コイルの設計パラメータを基にしており,幅6 mm,高さ2 mmの導体を使用し,導体間隔を8字コイルに等しい5 mmとすることでコイルの幅を97 mmとし,水平方向の長さを8字コイルの直径に等しい112 mm,簡易モデルの四角形の断面積が8字コイルの外径の半分の直径をもつ円の断面積と等しくなるように垂直方向の長さを27 mm,巻数を8字コイルに等しい20回として基準パラメータを決定した。この基準パラメータからコイル幅は49.55 mm〜154 mm,水平方向の長さは52 mmから175 mm,垂直方向の長さは15 mmから39 mm,巻数は10回〜30回でそれぞれ独立に変化させた。また,巻数を変化させる際は,コイル幅は一定とし,導体間隔を巻数に応じて変化させた。
【0026】
各パラメータを変化させたときの結果を
図9〜
図12に示す。図中の網掛けの枠は望ましいとされるインダクタンスの範囲である,5.63 μH〜12.6 μHを表す。コイル幅が大きくなるにしたがって渦電流の広がりは大きくなり,インダクタンスは小さくなる。しかし一方で電流密度は急激に小さくなる。水平方向の大きさの変化はインダクタンスの大きな変化に対して渦電流の広がりにあまり変化は見られず,渦電流密度は水平方向に大きくなるにつれて大きくなる。垂直方向の大きさの変化は渦電流の広がりに対してはほとんど影響を与えず,電流密度のみが影響をうけ,垂直方向に大きいほど電流密度は大きくなる。
巻数は渦電流の広がりに対しては影響をほとんど与えないが,巻数が多くなるにしたがって渦電流密度が大きくなることが分かった。また,同条件で従来の8字コイルに関して解析した結果は,渦電流密度は24.32 A/m2,渦電流の広がりは4.29 cm×7.55 cm,インダクタンスは9.71 μHであった。
【0027】
簡易コイルによる渦電流密度解析の結果において,垂直方向の導線の長さを最大の39 mmとしたコイルの設計が,渦電流密度は8.02 A/m2,渦電流の広がりは6.61 cm×12.1 cm,インダクタンスは12.67 μHと最も有効であった。
図13〜
図15に8字コイル,基準パラメータを設定したコイル,最も有効であったコイルの渦電流分布を示す。8字コイルと比べて,最大渦電流密度は劣るものの,本研究における目的である,広い範囲に渦電流を発生させることができた。
【0028】
渦電流の広がりに大きく影響を与えるのはコイル幅であり,コイル幅に応じて渦電流の広がりは大きくなるが,一方で渦電流密度は急激に小さくなる。これは,導体間隔が大きくなることにより,各導線の間から磁束が漏れてしまい,生体を通過する磁束の変化が小さくなるからだと考えられる。一方で,導線の水平方向の長さ,垂直方向の長さ,巻数の3つのパラメータにおいては渦電流の広がりはほぼ変化しないが,インダクタンスが大きくなるにつれて渦電流密度は大きくなる。ここでインダクタンス当りの最大電流密度の変化を比べる。水平方向の長さの変化に対しては1 μH : 0.46 A/m2であり,垂直方向の長さに対しては1 μH : 0.80 A/m2,巻数の変化に対しては 1 μH : 0.68 A/m2となる。これらのことから,垂直方向の長さは最大電流密度に対してより大きな影響を与えることが分かる。これは,垂直方向の長さが大きくなることで誘導電流を発生させる導線と逆向きに電流が流れる導線と脳との距離が大きくなり,その影響が小さくなるためであると考えられる。
【0029】
以上のことから,ドーム型コイルを設計するにあたって,コイル幅を変化させることによって渦電流の広がりを大きくしながら,そのことによる渦電流密度の低下を垂直方向の導線の長さを主として変化させることによって補うことが有効であると考えられる。また,導体内部の渦電流密度分布を断面図として8字コイルと
図16の最も有効なコイルの解析結果を
図17に示す。この結果から,ドーム型コイルは,8字コイルと比較して,より広い範囲に深く渦電流を発生させることができるということが分かる。
【0030】
簡易モデルによる解析結果をもとに,ドーム型コイルをモデルした。
図6に示したドーム型コイルのモデリングを行ううえで,
図19のように上下の円弧を接続しないモデルを用いることでモデリングにかかる時間を大幅に短くすることが可能となる。そこで,
図18のように上下の円弧を接続したモデルと
図19にように上下の円弧を接続していないモデルにおいて,同じ解析条件で解析した結果を比較する。コイルは水平方向の長さが117mm,上下の導線の幅を34 mmとし,導線間隔が3 mmの4回巻のモデルを用いた。
【0031】
解析結果を表2に示す。この結果から,両者に大きな差異がないことが分かった。以上からドーム型コイルのモデリングにおいては上下の円弧を接続しないコイルモデルを用いた。
【表2】
【0032】
簡易モデルによる解析で最も有効なコイルとした
図16のモデルをもとに
図20のような水平方向の長さを112 mm,垂直方向の長さを39 mm,コイル幅を97 mm,20回巻のドーム型コイルをモデリングし,同じ解析条件で解析を行った。
【0033】
簡易モデルで最も有効とされた
図16のコイルの解析結果と
図20のドーム型コイルの解析結果を比較したものを表3に示す。この結果から,ドーム型にすることにより,最大渦電流密度は小さくなるものの,インダクタンスが相当小さくなるため,ドーム型コイル作製時のパラメータをより変化させることにより,インダクタンスを大きくすることで最大渦電流密度は簡易コイルと同様の値をえられると予想される。また,
図21に示すコイル側から見た渦電流の分布から,簡易コイルと比較して渦電流分布の広がりにおいて異方性が小さくなり,より均等に広い範囲に渦電流を発生させることができることが分かる。
【0034】
【表3】
【0035】
ドーム型コイルモデルによる解析結果により,上部の円弧の半径に変化を持たせることにより,インダクタンスが大きく抑えられることが分かった。これは,当初の「インダクタンスをおさえながらより広い範囲に渦電流を均一に発生させる」というドーム型コイルの提案における想定に合致する。このドーム型コイルを作製するにあたり,上下の導線共に水平な2方向における曲率を各々同じとする。これを前提とするとパラメータは「巻数・垂直方向の長さ・上の導線の曲率」の3つにしぼられることが分かる。
【0036】
本発明は,位置決め誤差に対するロバスト性の高い新たな刺激コイルとしてドーム型コイルを提案するもので,その簡易モデルにより各パラメータの変化における渦電流密度,渦電流の広がり,およびインダクタンスを解析した。そして簡易モデルの結果をもとにドーム型コイルモデルを作製し,解析結果の比較を行った。その結果,今回設計したコイルが8字コイルと比較してより広い範囲に渦電流を発生させることができ,ドーム型にすることにより,広い範囲への渦電流の誘起を維持しながらインダクタンスを抑えることができることが分かった。
【0037】
本発明は,以上の知見に基づいてなされたもので,頭表面上に置かれ,電磁誘導によって脳内に電流を発生させてニューロンを刺激する,経頭蓋磁気刺激治療に使用するコイル装置及びこのコイル装置を有する経頭蓋磁気刺激システムであって,
横断面中の重心を連結した中立軸と前記中立軸を囲む筒状面とを有する巻枠と,
前記中立軸の周りで前記筒状面に巻かれた導線からなるコイルを備えており,
前記筒状面は,使用時に前記頭表面の近くに配置される内面部分と,前記中立軸と平行な第1の方向と前記第1の方向と直交する第2の方向に関して前記筒状面の外側に向かって突出した凸状の曲面を描く外面部分を有し,
前記コイルは,前記中立軸の一端側と他端側の端部横断面が,前記一端側と他端側の中央に位置する中央部横断面よりも小さく,
前記中立軸が前記内面部分から前記外面部分に向かって突出した凸状の曲線を描くことを特徴とするものである。
【0038】
このように構成された本発明のコイル装置は,使用時,コイル装置の内面部分患者頭部表面に対向して配置される。この状態で,コイルに交流または他の所定電流波形が印加されると,コイルの内側に磁界が形成される。この磁界は,巻枠の中立軸に沿って伸び,巻枠の形状に対応して巻枠の中央から巻枠の端部に向けて患者頭部に次第に接近するように偏向し,コイルの端部から放出される。放出された磁界は患者頭部に向かって進行し,患者の頭部内に広範囲にわたって均等に渦電流を発生する。したがって,コイル装置の位置が目標位置から多少ずれても,標的部位に確実に渦電流を発生させることができる。
それとともに,治療の対象や,患者個人の症状によっては,局所的な刺激とは逆に,より広い範囲で刺激することが有効な場合があるので,そのような治療に適合する治療コイルを実現できる。
【0039】
本発明の他の形態では,前記内面部分が前記筒状面の内側に向かって凹状に窪んだ曲面である。このコイル装置によれば,コイル装置を患者頭部表面にほぼぴったりと沿わせることができるので,コイル装置の位置決め精度が更に向上するとともに,コイルから放出される磁界を患者の頭部に効率良く集めることができる。
【0040】
本発明の他の形態では,前記内面部分が平坦な面である。この場合,前記内面部分の上に位置するコイル部分を覆う内側ハウジング部分を設け,前記内側ハウジング部分の外面を前記筒状面の内側に向かって凹状に窪んだ曲面とすることが好ましい。
【0041】
本発明の他の形態では,前記筒状面は,前記中立軸の一端側と他端側の端部横断面が,前記一端側と他端側の中央に位置する中央部横断面よりも小さい。この形態では,前記筒状面の横断面は,前記中央部横断面から前記端部横断面に向かって漸次小さくなるように構成されていることが好ましい。
【0042】
以上の形態において,前記中立軸は,前記筒状面の横断面の図心又は重心を通る軸であることが好ましい。これにより,コイルの磁界が,巻枠の中央から巻枠の端部に向けて患者頭部に次第に接近するように偏向してコイルの端部から放出され,患者の頭部内に広範囲にわたって均等に渦電流を発生する。
【0043】
前記巻枠は,前記中立軸に沿って伸びる中空の部材又は中実の部材のいずれであってもよい。