【文献】
中村 史,ナノニードルアレイを用いた細胞分離技術,JST発 新技術説明会資料 2014年3月3日,[検索日:2018年1月26日],URL,https://shingi.jst.go.jp/past_abst/abst/p/13/1362/sansoken_01.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ナノニードル表面に人工ヌクレアーゼをATPアプタマーを介して結合するステップと、人工ヌクレアーゼが結合したナノニードルを細胞に穿刺するステップと、細胞内でナノニードルと人工ヌクレアーゼとの結合を分離するステップとを含む、in vitroまたはex vivoにおける細胞への人工ヌクレアーゼの導入方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、ナノニードル表面に人工ヌクレアーゼを結合するステップと、人工ヌクレアーゼが結合したナノニードルを細胞に穿刺するステップと、細胞内でナノニードルと人工ヌクレアーゼとの結合を分離するステップとを含む、細胞への人工ヌクレアーゼの導入方法を提供するものである。
【0013】
本発明はまた、酸化還元条件またはATP濃度条件に依存して制御可能に結合された人工ヌクレアーゼを表面に有する、人工ヌクレアーゼを細胞内に導入するためのナノニードルを提供するものである。本発明において「制御可能に結合」とは、環境条件に応じて結合・放出(結合の切断)が制御できることを意味し、より具体的には、非還元的環境下では結合し、還元的環境下では結合しない「酸化還元条件に依存」する結合、あるいはATPの非存在下、または低濃度のATP存在下では結合し、より高濃度のATP存在下では結合しない「ATP濃度条件に依存」する結合を含む。
【0014】
針状物(ナノニードル)
細胞内に人工ヌクレアーゼを導入するための担体としては、定量的に人工ヌクレアーゼを導入することが可能であり、細胞にダメージを与えないものであれば、任意の固体材料を用いることが出来るが、特に好適な担体として、ナノニードルを用いることが好適である。
【0015】
本発明の方法において使用する「針状物」または「ナノニードル」とは、細長い形状を有する超極細の針状物質を意味し、細胞に対する侵襲性が低いものであれば特に限定されない。本明細書においては、便宜上、「ナノニードル」との用語を使用する。ナノニードルの形状は、例えば円柱形、円錐形等の形状が挙げられ、特に限定するものではないが、先端部と根本側で直径にあまり差がない方が細胞に対する侵襲性がより低く、人工ヌクレアーゼの導入効率を高めることが可能である。例えば円柱形のナノニードルの場合、直径は約800nm以下、好ましくは約600nm以下、より好ましくは400nm以下である。一方、人工ヌクレアーゼとの十分な結合のために、直径は約100nm以上とすることが好ましい。また、ナノニードルの長さは、目的とする細胞の種類等によっても異なるが、一般的には10μm〜50μm、好ましくは15μm〜25μmの範囲であり、特に20μm程度とすることが好ましい。ナノニードルのアスペクト比は、約10:1〜100:1の範囲、好ましくは20:1〜100:1、より好ましくは50:1〜100:1の範囲である。
【0016】
ナノニードルの材質としては、細胞に毒性のないものであればいずれも使用でき、特に限定するものではないが、被導入物質を制御可能に結合させるために、シリコン、プラスチック等を好適に使用することができる。原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)の単結晶シリコン探針をエッチング加工してナノニードルに使用することもできる。シリコン製等のナノニードルを使用する場合、人工ヌクレアーゼとの結合のために必要な官能基の導入のため、また細胞への導入に用いるため、例えばシリコン表面を生体適合性を有するポリマーで被覆することができる。
【0017】
より具体的には、本発明において利用可能なナノニードルに関し、例えば特許第4625925号に記載されたものを好適に使用することができる。
【0018】
また、ナノニードルは支持体と一体化した構成のものであっても良い。例えば
図1に示すように、複数のナノニードルをアレイ状に整列させたナノニードルアレイを使用することもできる。ナノニードルアレイの製造に関しては、例えば、シリコンウェハからエッチング等の技術を使用してシリコン製ナノニードルアレイを作製することができる。アレイ上でのナノニードルの間隔は、様々なものが作製可能であるが、例えば30μm〜100μmの間隔で配置すれば良い。例えば、
図1に示すナノニードルアレイは、直径200nm、長さ20μmのナノニードルを30μmピッチで10,000本アレイ状に並べたものである。ナノニードルアレイの作製方法については、例えば特開2013-183706号等の記載を参照することができる。
【0019】
細胞
本発明の方法は、人工ヌクレアーゼによるゲノム編集を必要とする任意の細胞に対して行うことができる、in vitroまたはex vivoの方法である。本発明の方法によって人工ヌクレアーゼを導入することができる細胞は、哺乳動物等の動物、植物、微生物等のいずれに由来する細胞であっても良く、細胞壁がある場合には細胞壁を除去し、プロトプラスト化することが好ましい。また真核細胞であっても原核細胞であっても良い。原核細胞の場合にはナノニードルを細胞質まで挿入するが、真核細胞の場合には細胞質もしくは核内まで挿入することができる。本発明者等は既に、細胞に大きなダメージを与えることなく真核細胞の核内にまでナノニードルを挿入できる技術を確立している(例えばJournal of Bioscience and Bioengineering, 116(3), 391-396 (2013) Sep. "Nanoneedle insertion into the cell nucleus does not induce double-strand breaks in chromosomal DNA")。また、細胞は、体細胞、卵子等の生殖細胞、ES細胞やiPS細胞などの幹細胞であっても良い。本発明の方法を好適に使用できる細胞は、10〜100μm、好ましくは10〜50μm、より好ましくは20〜30μmの範囲の大きさのものである。
【0020】
ナノニードルの細胞穿刺
ナノニードルの細胞への穿刺にあたっては、細胞は基板上に接着あるいは保持されていることが好ましい。また細胞へのナノニードルの導入は、1個の細胞に対して行うものであっても、複数の細胞(細胞アレイ)に対して同時に行うものであっても良い。複数の細胞に同時に行う場合には、上記したナノニードルアレイを用いて行うことができる(
図1)。本発明者等は、ナノニードルアレイを用いた複数の細胞への同時穿刺に適した細胞アレイの調製方法も開発し、文献等で発表している。この技術に関する詳細は、例えば特開2013-172690号公報、およびLangmuir, 29(21), 6429-6433 (2013) "Controlled cell adhesion using a biocompatible anchor for membrane-conjugated bovine serum albumin/bovine serum albumin mixed layer"等に記載されている。
【0021】
また、ナノニードルの細胞への穿刺技術(セルサージェリー技術)は、本発明者等によって既に確立されており、またインターネットを通じて技術の詳細が開示されている(https://unit.aist.go.jp/biomed-ri/biomed-cme/ja/research/index.html)。
【0022】
ナノニードルの細胞穿刺は、手動で行っても、またコンピュータ制御による自動化された方法で行っても良い。特にナノニードルアレイおよび細胞アレイを用いた場合には、細胞およびナノニードルの平面上の位置が固定されており、ナノニードルの上下方向の移動操作のみで穿刺が可能であるため、自動化された細胞穿刺が容易である。細胞へのナノニードルの挿入は、例えば原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)を用いてナノニードルにかかる斥力の緩和の有無によって確認することができるが、被導入物質、特に人工ヌクレアーゼを蛍光物質等で標識し、導入後の細胞からの蛍光を検出することによっても確認することができる。
【0023】
人工ヌクレアーゼ
本発明は、所望の部位での遺伝子の切断、変異の導入を目的とする細胞への人工ヌクレアーゼの導入を意図するものである。人工ヌクレアーゼとしては、最も良く知られているジンクフィンガーヌクレアーゼの他に、TALEN等が知られており、当分野においてDNA結合ドメインとDNA切断ドメインの設計、構築が種々検討、提案されている。本発明の方法は、こうした人工ヌクレアーゼのDNAへの結合および所望部位での切断の機能を損なわない範囲でナノニードルに制御可能に結合させることができれば良く、導入すべき人工ヌクレアーゼは特に限定されるものではない。
【0024】
本発明の方法の効果を実証するために、本明細書においては特に、当分野において最も良く研究されているジンクフィンガーヌクレアーゼを便宜的に使用したが、上記したように、本発明の方法はジンクフィンガーヌクレアーゼのみに適用されるものではない。
【0025】
ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)
本明細書において「ジンクフィンガーヌクレアーゼ」とは、当分野において知られたように、ジンクフィンガードメインと、DNA切断ドメインとを含む、キメラタンパク質をいう。
【0026】
ジンクフィンガーの構造は知られており、1個のジンクフィンガーモチーフが3〜4塩基対の二本鎖を認識するため、目的の配列を認識するために、複数個、例えば4〜6個のジンクフィンガーを連結させて用いることができる。例えば6個のジンクフィンガーを連結させた場合、標的配列に対して二量体で作用するため、合計して36個の塩基対を認識することができ、ヒトゲノムにおいて1カ所のみで二本鎖切断(double strand break: DBS)を起こすことができることとなる。
【0027】
従って、「ZFN認識配列」とは、複数のジンクフィンガーモチーフを連結して用いた場合に、個々のジンクフィンガーモチーフの認識する塩基対がつながった、目的の連続塩基配列を意味する。
【0028】
これまでに多数のジンクフィンガーモチーフが同定され、それぞれのアミノ酸配列と、それらが認識するDNA配列のデータベースは以下にて公開されている(http://zifit.partners.org/ZiFiT/Introduction.aspx)。
【0029】
所望の塩基配列を認識して結合するジンクフィンガーの設計方法も知られており、例えばProc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 2758-2763, "Toward controlling gene expression at will: selection and design of zinc finger domains recognizing each of the 5'-GNN-3' DNA target sequences" を参照することができる。
【0030】
所定のアミノ酸配列からなるジンクフィンガードメインは、遺伝子工学的手法により、または化学合成により、容易に調製することができる。遺伝子工学的手法により製造された、ジンクフィンガーを有するタンパク質も、市販品として入手することができる。
【0031】
本発明の方法において使用することができるDNA結合ドメインは、特に限定するものではないが、例えば細菌の制限酵素であるFokI由来の配列非依存的DNA切断ドメインを利用することができる。FokI遺伝子の配列は公知であり、遺伝子を合成することが可能である。また、市販品を使用することも可能である。
【0032】
ジンクフィンガードメインとDNA切断ドメインとを連結したZFNの構造は当分野において知られている。ZFNは標的部位の上流側配列を認識する分子と下流側配列を認識する分子とで標的配列に対して協同的に作用し、二量体化したFokIによって二本鎖の切断を生じさせる。
図2に、本発明の方法によるナノニードルによる細胞へのZFNの導入と、ZFNによる標的遺伝子の切断による遺伝子破壊を模式的に示す。
【0033】
図2に示すように、本発明の方法を使用して、ZFNをナノニードルに結合させたままの状態で、細胞の核内にまで導入することができる。一例として、ヒトの3番染色体上に存在するCCR5遺伝子を標的とする場合には、配列番号1に示す塩基配列の左から12塩基の相補鎖を認識するジンクフィンガードメインとFokIを融合したもの(上流側認識ZFNと示す)と、配列番号2に示す塩基配列の左から12塩基の相補鎖を認識するジンクフィンガードメインとFokIを融合したもの(下流側認識ZFNと示す)を作製する。2種のZFNが標的配列の2箇所を認識して配列特異的に結合し、二量体化したFokIヌクレアーゼによって二本鎖が切断される。
【0034】
ナノニードル表面の修飾
本発明の方法は、ナノニードルに人工ヌクレアーゼを制御可能に結合させることを含むものであるが、結合方法は特に限定されるものではない。例としてシリコン製ナノニードルを使用する場合について説明すると、例えばシリコン表面に、生体適合性のあるポリマー等を結合させることで、生体成分との望ましくない相互作用が最小化できる上、更なる結合を種々の様式で設計することが可能となる。
【0035】
生体適合性のあるポリマーとしては、例えばMPCポリマーが当分野において公知である。MPCポリマーとは、分子中にリン脂質極性基(ホスホリルコリン基)とメタクリロイル基とを有する2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の重合体をいい、生体膜を模倣したポリマーである。MPCポリマーは、タンパク質や血球などの生体成分との相互作用が極めて小さいことや、優れた抗血栓性を有することなど、高度な生体適合性を有すると考えられている。
【0036】
本発明の方法において好適に使用できるMPCポリマーとして、例えばアミノ基が提示されるMPCポリマー(PMSiA)、あるいはN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)基が提示されるMPCポリマー(PMSiNHS)等を挙げることができる。これらのポリマーは、東京大学の石原教授の研究室よりご提供頂いて使用したが、市販のものを同様に使用することが可能である。
【0037】
別の方法としては、例えば特許第4625925号に記載したように、MPTES等のシランカップリング剤を用いてナノニードル表面にチオール基を導入し、次いでチオール基とアミノ基の架橋剤であるEMCS等を使用して、タンパク質のアミノ基を結合させることができる。
【0038】
当業者であれば、本明細書の記載に基づいて、他の生体適合性ポリマーを同様に利用可能であることを理解することができ、従って本発明は上記の方法に限定するものではない。
【0039】
例えば、細胞への穿刺を行った際に発生する機械的なずり応力や、細胞膜との非特異的相互作用によって、脱離が起こらない安定なものであれば、共有結合せず、物理吸着によって固定化する方法も採用できる。例えばRostgaardらは、Nanoscale, 2013, 5, 10226-10235で、ナノニードル表面にビオチン化BSAを安定に吸着させる方法を示しており、このような吸着タンパク質を介してナノニードル表面を修飾することも可能である。このことはMPCポリマーについても同様であり、吸着させるタイプのポリマーを使用することも可能である。
【0040】
ジスルフィド結合を介した人工ヌクレアーゼの結合および還元条件下での放出
本発明の一態様は、細胞内が酸化還元電位の低い還元的環境であることに着目するものである。一態様として、本発明の方法は、シリコン表面へのジスルフィド結合を介した人工ヌクレアーゼの結合を利用する。
【0041】
上記のようにしてシリコン表面上に導入されたアミノ基に、例えばN-スクシンイミジル3-[2-ピリジルジチオ]プロピオネート(SPDP)を反応させてチオール基を導入し、これにジスルフィド結合を介して人工ヌクレアーゼのDNA切断ドメイン、例えばFokIドメインを結合させることができる。ヌクレアーゼFokI表面にはシステイン残基が1カ所存在しており、このシステイン残基を介してジスルフィド結合をさせることができる。
【0042】
非還元的環境下において、上記のジスルフィド結合は安定しており、シリコン製のナノニードル上に人工ヌクレアーゼを結合させたままで細胞穿刺を行うことができる。一方、細胞内では還元的環境であるため、細胞内に導入された人工ヌクレアーゼはジスルフィド結合が切断されることにより放出され得る。
図3に、シリコン表面へのジスルフィド結合を介したZFNの結合と、還元剤の添加によるZFNの放出を模式的に示す。
【0043】
ATPアプタマーを介した人工ヌクレアーゼの結合およびATP存在下での放出
本発明の別の態様は、細胞内外におけるATP濃度差を利用するものである。この態様では、ナノニードルにATPアプタマーを介して人工ヌクレアーゼを結合させる。ATPは通常の培地中では1μM以下の濃度であるが、細胞内では数mMの濃度である。この濃度差により、細胞内に導入されたATPアプタマーがATPとの結合による特異的な構造転換を生じるように設計し、それによって人工ヌクレアーゼの放出が生じるように設計すれば良い。
【0044】
本発明において「ATPアプタマー」とは、ATPと特異的に結合可能な核酸リガンドをいう。本発明の方法において好適に使用可能なアプタマーは、25〜35個の長さの塩基配列を有するものであり、所望の配列を有するものを合成することが可能である。また、例えばHuizenga and Szostak, JBiochemistry, 34(2):656-65,(1995)に記載されたものを好適に使用することができる。ATPアプタマーは、DNA分子であってもRNA分子であっても良く、更に改変された構造を有するものであっても良い。
【0045】
本発明の方法において好適に使用できるATPアプタマーは、例えばATPを認識する配列(ATPアプタマー配列)を、ZFNによって認識され得る配列(ZFN認識配列)と連結したオリゴDNAを含む機能性DNA分子として構築する(
図4)。
【0046】
図4に示すように、例えばZFN認識配列を、2個のATPアプタマー配列で挟むようにタンデムに連結する。
図4では、27塩基からなる2個のATPアプタマー配列を、12塩基のZFN認識配列を挟む形でタンデムに連結してある。更に、ZFNによる認識は二本鎖の状態で起こるため、ZFN認識配列部分は、別に作製した13塩基と14塩基の2個のオリゴヌクレオチドの相補鎖とハイブリダイズさせてZFNが認識可能な二本鎖を形成できるようにする。
【0047】
ATPの非存在下、または低濃度のATP存在下では、ATPアプタマー配列は鎖状構造をとり、3本のオリゴヌクレオチドによって一部が二本鎖となっている。分子の両端はオーバーハングした構造をとっている。ATPが存在すると、ATPアプタマー配列部分にATPが結合することで、
図4の下に示すようなヘアピン構造をとるようになる。
【0048】
図5に、この態様を利用したシリコン表面へのZFNの結合と、ATPの添加によるZFNの放出を模式的に示す。
【0049】
上記したように、シリコン表面に、例えばNHS基を提示するMPCポリマーを結合させてNHS基を導入し、これにストレプトアビジンを共有結合させることができる。次いで、
図4に示すようなATPアプタマーの5'または3'末端にビオチンを結合させたものを、ストレプトアビジン−ビオチンの特異的結合を介して結合させる。この段階で、ATPアプタマーは、2種の相補鎖オリゴヌクレオチドと安定にハイブリダイズし、鎖状構造をとっている。この二本鎖構造をとっている場合、ZFN認識配列を認識してZFNが結合し得る。
【0050】
次いでATPを添加することで、ATPアプタマー配列部分がATPと結合してATPアプタマーがヘアピン構造となり、この構造変化に伴って、ZFN認識配列の相補鎖(2個のオリゴヌクレオチド)が脱離し、ZFNが放出される。
【0051】
ジンクフィンガー(ZF)放出の確認
放出の際に、例えばZFNあるいはZFに蛍光標識をすることで、その放出を検出することができる。標識は、当分野で使用されるものであればいずれでも良く、特に限定するものではないが、蛍光標識の場合、以下の実施例では還元条件での放出では、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)をZFNに修飾したものを用い、高濃度ATP条件での放出ではZFに蛍光タンパク質Emeraldを融合させたもの(ZF-mEm)を使用した。
【0052】
上記した通り、ZFNは二量体として作用する。従って、
図2に示すように、上流側配列を認識するZFNと、下流側配列を認識するZFNの2種を導入することが必要である。本発明の方法は、細胞に対するダメージが非常に小さい方法であるため、2種のZFNを導入する際には、双方を結合させたナノニードルによって細胞を穿刺して、2種を同時に細胞に導入することもできるが、それぞれのZFNを別個に導入することも可能である。
【0053】
各細胞に導入することが意図される人工ヌクレアーゼの量は、限定するものではないが、例えば細胞あたり1〜10万個の分子の範囲内と想定され得る。ナノニードルあたり数万個の分子を結合させて細胞に導入することが可能である。従って、本発明におけるナノニードルを用いた方法が人工ヌクレアーゼの結合および放出効率が高いことから、標的遺伝子に到達できる確率等の種々の要因を考慮しても、1回の細胞穿刺によって、必要とされる人工ヌクレアーゼを導入することが可能である。しかしながら、本明細書に記載するナノニードルは細胞に与えるダメージがほとんどないことから、複数回の穿刺も問題なく実施できる。
【0054】
本発明の方法を用いた遺伝子の切断
本発明の方法を使用して、染色体上等の遺伝子を配列特異的に切断することができる。標的遺伝子は特に限定するものではないが、例えば以下の実施例では、HIV治療の標的遺伝子であるCCR5遺伝子を切断できることをCCR5遺伝子破壊のモデル細胞系を用いて示した。HIV感染の補受容体であるCCR5遺伝子欠損の患者はHIVウイルスに感作してもウイルスが増殖せず、AIDSを発症しないことから、CCR5ノックアウトがAIDS治療で注目を集めている。
【0055】
以下に、実施例を用いて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、実施例は例示として記載されたものであることを理解されたい。
【0056】
[実施例1]
ナノニードルの作製
本発明の方法において好適に使用できるナノニードルは、特開2013-183706号に記載の方法でアレイとして作製した。ナノニードルの直径は200nm、長さ20μmとし、30μmピッチで10,000本を整列させた。本発明において好適に使用できるナノニードルの例を
図1に示す。
【0057】
[実施例2]
ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)の作製
本発明の方法において好適に使用できる人工ヌクレアーゼの例として、HIV治療の標的遺伝子とされるCCR5遺伝子を切断するようなZFNを設計し、作製した。具体的には、上流側認識ZFNおよび下流側認識ZFNをコードするプラスミド(Nature Methods, 9, 805-807(2012)、スクリプス研究所より分与されたもの)を大腸菌BL21(DE3)に導入し、タンパク質発現を行った。25℃, 200 rpmで振とう培養を行い、ODが1.0〜1.3に達した時点で、10 mM 塩化亜鉛溶液、1 M塩化マグネシウム溶液、0.1 M IPTG溶液をそれぞれ100 μlずつ加えた。その後、25℃, 200 rpmで4〜6時間振とう培養した菌体を回収し、超音波破砕を行った後に、Ni-NTAアガロースカラムにて精製を行った。
【0058】
[実施例3]
SPDPを用いたジスルフィド結合によるシリコン表面上へのZFNの結合および還元条件下における放出
清浄化したシリコン基板にMPCポリマーPMSiAによる表面処理を行ってアミノ基を提示させ、更にN-スクシンイミジル3-[2-ピリジルジチオ]プロピオネート(SPDP)を介して、シリコン基板上にFITC標識したZFNを結合させ、ZFN修飾シリコン表面を作製した(
図3)。
【0059】
ZFN修飾シリコンウェハを、還元剤を含んだ細胞質模擬緩衝液(25mM HEPES, 115mM CH
3COOK, 2.5mM MgCl
2)中に入れることによって還元条件下におき、ジスルフィド結合の還元によるZFNの放出を観察した。
【0060】
まず、上記の緩衝液を20μl滴下し、521nmの蛍光強度を測定した。緩衝液を除いた後に、還元剤を含む緩衝液を20μl滴下し、同様に蛍光強度を測定した。還元剤として、DTT(1mM)、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP、1mM)、アスコルビン酸(1mM)をそれぞれ用いた。
【0061】
図6の結果から明らかなように、還元剤を添加しない場合には蛍光強度は上昇せず、ZFNが放出されないのに対し、還元剤の添加に依存した蛍光強度の増大が観察され、還元環境において固定化されたFITC標識ZFNがシリコン表面から放出されることが確認された。
【0062】
[実施例4]
機能性DNA分子の調製
実施例2で作製された上流側認識ZFNによって認識される配列を含み、かつATP分子と特異的に結合することができる機能性DNA分子を合成した。
【0063】
図4に示すように、本実施例における機能性DNA分子は、2個のATPアプタマー配列がZF認識配列を挟んだ一本鎖構造となるように作製した。ATPの非存在下、または低濃度のATP存在下ではZFと結合する二本鎖構造を形成するが、高濃度のATP存在下ではATPアプタマー配列がATPを介してヘアピン構造をとるために二本鎖構造が崩れ、その結果、ZFとの結合が外れるように設計した。
【0064】
本実施例では、27塩基のATPアプタマー配列が、12塩基のZF認識配列(下線で示す)を挟む形でタンデムに連結した主配列のオリゴDNA(配列番号3)と、ZF認識配列に対する13塩基および14塩基の2本の相補鎖オリゴDNA(配列番号4および5)をハイブリダイズさせることで、ZFが認識できるように二本鎖形成した機能性DNA分子を作製した。両端のATPアプタマー配列部分はオーバーハングした構造をとっている。この構造に対してATPが結合すると、ヘアピン構造をとるように設計されており、それによって、ZF認識配列の相補鎖が脱離し、ZFが放出される。
【0065】
機能性DNA分子を構成する3本のオリゴDNAの配列を以下に示す。
主配列
5’ビオチン-ACCTGGGGGAGTATTGCGGAGGAAGGT
GATGAGGATGACACCTGGGGGAGTATTGCGGAGGAAGGT 3’(配列番号3)
相補鎖1
CTCATCACCTTCCT(配列番号4)
相補鎖2
CCCAGGTGTCATC(配列番号5)
【0066】
本実施例で作製した機能性DNA分子の主配列オリゴDNAは、5'末端側にビオチンを連結して有しており、実施例5で調製するシリコン表面のストレプトアビジン分子と特異的に結合することができる。
【0067】
[実施例5]
ATPアプタマーを介したシリコン表面上へのZF-mEmの結合
清浄化したシリコン基板にMPCポリマーPMSiNHSによる表面処理を行ってNHS基を提示させ、更にストレプトアビジン(和光純薬製)を結合させた。次いで、実施例4で作成したビオチンを有する機能性DNA分子を結合させることができる。
【0068】
ATP非存在下で、ZF認識配列部分は二本鎖構造をとっている。これに対して、次に示すZF-mEmを結合する(
図5)。
【0069】
[実施例6]
ATP濃度依存的放出の確認
ATP依存的なZFの放出を確認するために、上流側認識ZFに蛍光タンパク質Emeraldが融合した上流側認識ZF-mEmを、実施例2でZFNを作製した方法で作製し、これを用いて放出試験を行った。ATPアプタマーを介してZF-mEmを結合させたシリコンウエハに、1mM TCEPを含んだ細胞質模擬緩衝液に、各濃度のATPを含有させた溶液20μLを滴下し、蛍光強度を測定した。
図7(A)に示すように、1mMのATPの存在下ではZF-mEmはほとんど放出されないが、3mM、5mMのATPの存在下でZF-mEmの放出が確認された。5mMATPの存在下では、放出されたZF-mEm量が30分経過後に7.0×10
8分子/mm
2となり、以後プラトーになっており、ほぼ全てのZFNが放出されたことが示されている。この結果より、ATPの濃度に依存した蛍光強度の増大が観察され、ZF-mEmがシリコン表面から放出されることが確認された。
【0070】
[実施例7]
配列特異的放出の確認
実施例6と同様に、ZF-mEmの放出がATP特異的であることを確認するために、CTPを用いた対照実験を行ってATPの場合と比較した。
図7(B)に示すように、CTPの添加ではZF-mEmの放出は生じず、ATPを添加した場合にのみ放出が確認された。
【0071】
[実施例8]
細胞へのZFNの導入と細胞内での放出
CCR5遺伝子破壊のモデル細胞系として、HEK293.GFP/CCR5(Nature Methods, 9, 805-807(2012)、スクリプス研究所より分与された)を用いた。この細胞系は、CCR5遺伝子が破壊され、欠失が起こると読み枠のずれにより緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する細胞である。GFPの発現により、単一細胞レベルでゲノム編集の成否を判定することが可能である。
【0072】
非相同末端結合による修復では、+1のGFPの読み枠ずれが欠失により回復する確率は3分の1である。
図2に示すように、ZFNは上流側認識ZFNおよび下流側認識ZFNを用いて、標的配列の2箇所を認識させ、二量体化したFokIヌクレアーゼにより、CCR5遺伝子を切断する。
【0073】
ナノニードルアレイを用い、HEK293.GFP/CCR5に対して、本発明の方法によるZFN導入を行った。その結果、GFP蛍光を発する細胞が確認された。ZFNは培地に添加するだけで導入されることが報告されている(Nature Methods, 9, 805-807(2012))が、本発明の方法によるGFP発現細胞の出現効率は、培地にZFNを添加する方法と比較して、2倍以上であった。このことから、本発明の方法によって目的のDNA切断を効率よく行うことが出来ることが明らかとなった。